はてなキーワード: ギャン泣きとは
私もパートナーも30歳なので、一人ぐらいまわりに子持ちがいてもいい年齢だと思う。 交友関係のある人の年齢は25〜50歳までさまざまだけど、リアルの付き合いもネットの付き合いも含め、本当に一人も子持ちがいない。(ネットの場合は子持ちなことを隠してるだけかもしれないけど)
子持ちの友達を作ればいいのかもしれないけど、「いたらいいのにな」の気持ちのために新しい交友関係を築くのは億劫すぎる。そもそもそれに割けるリソースはない。
子供は2歳なので、イヤイヤ期の真っ只中にいる。
仕事の前後に保育園の送り迎えをするのはかなり疲れる。食事や風呂、保湿、歯磨きをしたり、遊び相手になるのも疲れる。だるいな、ゴロゴロしたいなと思いながら相手している。まだ夜泣きがあるから夜ぐっすり眠れなくてイライラもする。外出も全部子供中心になって見たいものも見れないままドッと疲れる。
そしてこれらは全部ギャン泣きと共に行われるので、とにかく社会に謝り続けている。心身共に消耗していて、毎日毎日息切れしながら走っている感覚がある。
もちろん二人目を作る意思なんかあるわけない。一人っ子?と聞かれたりするけど、今までのことをもう一度いちからやるなんて到底無理だと思う。
私もパートナーもフルタイム正社員なので、家事育児も半々ぐらいでまかなっている。どちらか一方に皺寄せがいっているということはないと思う。産後クライシスも二人で乗り越えて、家の空気も悪くないと思う。子供は一人だし、二人以上子供がいる家庭に比べたらかなり余力があるのかもしれない。
それでも、私もパートナーも疲れていると思う。土日に交代で休む時間を作ったりしてはみるものの、焼石に水という感じがする。つかのまの休憩で一体なにが癒されるのか?と。どうせ帰れば育児仕事家事が待っている。
子供を産む前の、稼いで、ときどき遊んで、ゆっくり休めるオンオフの効いた自由な生活に戻りたいと思ってしまう。
そりゃこんな日常生活が破壊されること、誰もやらないよな。自分の周りは誰も産んでないのもその通りだわ、みんな分かって産まなかったのかな。かしこいな。自分はどうしてこんなことしてるんだろって思う瞬間がどうしてもある。子なしでもよかったんじゃないかと。そのほうが適度なエンジンのかけ具合で余裕がある人生で快適だったんじゃないかと。
周りから見たら特に不自由なく幸せに見えるのかもしれない。でも、だからこそ誰にも言えない。もちろん子供のためにも言えない。あなたを産んだせいで自由を失って不幸になったとはとても言えない。そもそもそこまでは思ってないと思う。子供が可愛くて仕方ないときももちろんある。でも子なしでよかったんじゃないか、子供がいなかったらこんなに疲れ果ててなかったんじゃないか、まわりのDINKSや独身の生活ぶりと比べて違いに愕然として、ボロ雑巾みたいになってる自分を嫌悪したりしなかったんじゃないかと思ってしまう時がある。
誰かに励まされたい。
こんなふうになると予測できず子供を作った自分が悪いんだから責任を取らないといけないんだ、と思いながら今日も粛々と学費と生活費を稼いでいる。育児に馴染めないことに対して、想定が甘かった自分がバカだと思えて仕方ない。
コンビニで雑誌のシン・仮面ライダー特集を立ち読みしてたら、お父さんと4~5歳くらいの息子さんっぽい二人連れが入店してきた。
息子、なぜかのっけからギャン泣き。お父さんが「どこが痛いの~」と聞いてあげているのは、途中で転んだかお腹でも痛いのかもしれないが、問いかける口調に少し苦笑が混じっているので、大げさにわざと泣いてるな、って状況っぽい。
お父さんが店内の端末機で何か手続きしてる間もずっと泣き通しだったんだけど、ひと言「じゃあポケモンのおもちゃ見ておいで~」って、約束だったのか気をまぎらわせるためなのか、提案した瞬間に脱兎のごとく走り出す息子。泣き声もだんだん小さくなっていくのは、俺やお父さんから距離が離れていくだけが理由じゃなくて、普通にそのときは泣くのをやめてたから。
アイテムの吟味が終わったらしく、欲しいものを手に戻ってくる息子。それと同時に、泣くのも再開。お父さんに駆け寄りながら音量のボリュームが上がっていくのを背後で聴きながら笑ってしまった。
ただ、俺は無関係の他人だから面白いで済むが、お父さんはすごい。偉すぎる。
痛みというのは、よっぽど切迫したものでない限り、いくらか誤魔化すことができるらしい。だから、好きなおもちゃを探す!っていう感情が優位に立って、子どもの中で本当に、痛みが一瞬どこかに行ったのかもしれない。
でも、邪推すれば、大人を急き立てるために大声で泣いていた、という想像もできるわけで、俺が父親だったら「憎たらしいガキだな~」と思ってしまうだろう。おもちゃを手に入れて泣くのを再開したのも、これで泣き止んだらバツが悪いから、整合性取るためにまた泣いとこう、みたいな嫌な知性を感じて好きになれない(たぶん、実際はそんなことはないだろうが…)。正直、あんまりおもちゃ買ってあげたくない。
2023年1月3日、15:03宇都宮発逗子行きの湘南新宿ラインのグリーン車(下側)で、
Uターンラッシュで満席の中、子供を好き勝手にギャン泣きさせて放置していた親へ。
あなた達は、少しでも、「子供の泣き声が他人に迷惑」とは思わなかったのでしょうか。
ギャン泣きするあまり他の乗客も会話をせず、社内に子供の大きな泣き声だけが響き渡っていた時間、
あなた達は何を思っていたのでしょうか。
少しでも「子供をあやして泣くのを止めさせよう、他人に迷惑がかかってしまう」と思わなかったのでしょうか。
その配慮が無かったため、非常に近い席で子供のギャン泣きを長時間聞かされた私は体調不良を起こし、
予定の駅で降りるまで体調が持たず、赤羽駅で降りざるを得ませんでした。
その後しばらく休養し、不快感が消えない中電車に乗ってようやく今自宅に戻りました。
夕ご飯を食べる元気もありません。正月からひどい思いをしてしまいました。
親戚で集まる機会があったのだが自分は本当に子供が嫌いなのだと再確認した
来てそうそう見慣れない環境に戸惑ったのかギャン泣きし、機嫌を直したかと思えば大人の荷物をあさって財布やら紐やらをかじる
親戚で集まる事自体は嫌ではないのだが、この子供が生まれてから本当に最悪
自分の荷物は無事だったのでまだ良いが、その光景自体が汚くて不愉快だった
そもそもその子の親も最悪で、意味不明なキラキラネームをつけちゃう程度のおつむしか持ち合わせてないし、大勢が飯を食ってる空間で平然と公開オムツ替えをする
前回集まったときに焼肉食ってる目の前でやられたので、視界に入れないようにするのに必死だった
私は育休中。娘は1歳になったばかり。
夫が
「冷蔵庫の中と炊事場とトイレはきれいにしていないと貧乏神が来るんだよ」
と言って、食後、食べた皿をそのままにして煙草を吸いに行ったので内心若干切れた。
タバコを吸いに行っても、私が皿洗いをしているのをよそに、スマホをいじりながらテレビを見ているので
「そこで寝ているなら、娘を寝かしつけて」と頼んだ。
夫が寝室に連れて行くも娘は、ギャン泣き。
結局、台所の片付けをして居間を片付けて、娘のオムツを替えて、その後、私が、授乳しながら娘を寝かしつけた。
悪いと思ったのか、その後夫は私の腰をもんでくれた。
ただ、育休中で家にいるんだから、もっと片付けや掃除とかしろよ、って夫は思っているんだろうなーと思う。
私としてはハイハイする1才児の娘がいるので最低限ではあるけど掃除はしているし、洗濯物も片付けているし、食事作って、夫の弁当も用意しているんだから、これで勘弁してくれって感じ。
夫も夕食後の食器の片付けや皿洗いはいつも一緒にしてくれるので、しなかったときは疲れているんだろうなあ、と、そのときは私一人で皿洗いするんだけど。
ゴミ捨てもしてくれるし、洗剤の補充とかこまめにしてくれる夫なので、全く家事をしない夫ではないんだけど。
なお野生のお子様ではないものの一時的ギャン泣き獣状態をおさめないクソ親とする
ルノワール 本当に無理
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この分け方でいくとつるとんたんは無理で丸亀製麺は当然OKとなる
結果自分が払ってる金額に「叫び声鳴き声泣き声でウッってなる瞬間などを減らし極力落ち着いて快適に過ごせるか」込みで納得してるかどうかってことかなと思った
そう考えると300円ちょいでお子様の声に文句言うのは筋違いなのかもしれない。でも自分もスタバに徘徊・咆哮・号泣の人(障害の人を含む)がいたらちょっと顔を顰めちゃうかもしれない。静かなお子様なら乳幼児でも全然気にしないけどそれはみんなそうだと思う。
「子連れは申し訳なさそうに利用しなきゃいけないのか」みたいなコメントが元増田にあった気がするけど「申し訳なさそうな態度」が大事なんじゃなくて「騒ぐ珍獣を宥めようとしているかどうか」が大事なのにそこが分かってないクソ親っているんだなって思った。宥めようとかその場から離れようとしているのに幼児が全然おさまらない場合もあるってのは仕方ないって分かってるので。
話を戻すと、その状態になっていて「子供はそれが仕事なので〜」ってツラで何もしないのが腹立つ金額の店かどうかってのが人によって違うんだろうなと思った。
元増田の「なんで」が本当に理由を知りたいという意味だという仮定ではあるが。
ショッピングセンターでギャン泣きする子をスタバに連れてくる親ってのは、親になりたてなんだよ。大体ギャン泣きする子なんて4歳以下だろうし、親としてまだ幼稚園児だ。
だからついまだ子供がいなかったときに慣れ親しんでいたスタバに入ってしまう。仮にスタバは失敗したなあ、って学んでもそれが継承されるのは何十年後だ。そこまで将来になるともうスタバってのが存在しているのかすら怪しい。それがショッピングセンター。ってか元増田は(趣味の都合とか書いてあるけど)なんでショッピングセンターを選んでしまうんだ。その時点でもう選択を間違えてないか?
生まれたてのときはかわいくてかわいくてどうしようと毎日思ってたけど、数ヶ月ずっといっしょにいてだんだんかわいさに慣れてしまっている。
こんなにかわいいのにたいした感動もなくお世話してしまっていてなんてもったいないんだろう。
きっと子供が大きくなったころに「あの頃かわいかったな~」と懐かしくおもうんだろうからもっと満喫したいのに、慣れてしまってるんだよ、もったいないなぁ。
抱っこするとわたしのシャツをギュっと握るとこ、寝返りしたときのおむつぱんぱんのおしり、寝ながら手をばたばたしてお母さんを探してるようす、おっぱい飲みながら寝て夢の中でもちゅぱちゅぱしてるとこ、泣きすぎて一瞬シン…となってからMAX音量でギャン泣きするとこ、あうーえうーとかわいい声でお話してくれるとこ、全部かわいいのに毎日見れるからありがたみがなくてもったいない。
かわいさ、分割で出してくれんかなぁ。もしくはかわいさ銀行に預けておきたい。もったいないなぁ。
子パンダの飼育員のひとってかわいさに悶絶しないのかなって長年疑問に思ってたけど、彼らもきっと同じだろうな、かわいさに慣れているんだろうな。
TEAMSのファイルを参照するときに、帯域不足などで参照できず、「指定されたリストは無効です」と表示されることがあるんだけど、同時に「地面に落ちたソフトクリーム」の絵が表示されるんだよ。これ。やめてほしい。
地面に落ちたソフトクリームを見るたびにいまでも動悸が激しくなる。
幼稚園のころ。名店ビルでソフトクリーム買ってもらってうきうき。食べようとしたら地面におとしちゃったんだよ。くやしいやらなさけないやらでギャン泣きしたらおやじがメチャクチャ怒り出して、おれの顔を首がひん曲がると思うぐらい殴り始めた。口の中に血がにじむやらソフトクリーム食べたいやらでもうギャンなきするしかなくて。1時間ぐらい泣いたらしゃっくりがとまらなくなってうるさいとまた激しく殴られた。
いまでも超トラウマ。
ブクマやコメントくださった皆さんありがとう。ひとつひとつ大切に読ませてもらっています。
この日記は、コロナ前の2018-2019年。妊娠&出産したとき書き殴っていたメモがスマホから発掘されまして、削除するのも勿体なかったためここに放流させてもらいました。
あれから我が子はもう3歳になっており、毎日元気にすごしています。(「うちの子と同じくらい!」とコメントくださった方ごめんな...)
・妊娠しているのが判明したとき母親になる実感とか覚悟とか全然なかった。子供は嫌いじゃないけど自分が育てるとなると。。不安と恐怖ばかり。
・仕事や趣味もいっぱいやり残した事あったし、まだもう少し夫と恋人同士でいたかった。でもまあ…40前にもなって結局大成もせず何者にもなれない人生だったが、どうやら母親にはなれそう。か。
・妊娠8wかな。心音確認後、母子手帳交付へ。保健センターは大勢の妊婦さんでいっぱい。つわりが始まりかけていたので、しんどかった。
・エコー写真は相変わらず宇宙人みたいなウネウネ。その得体の知れない存在が怖かった。母としての実感なし。
・空腹が気持ち悪い...かといって何か食べても気持ち悪くて吐いてしまう。。
・つわりの酷かった時期の全てがトラウマに。当時よく食べてた物、よく行ってたスーパー、トイレの芳香剤の香り、よく聴いてた音楽までも…思い浮かべるだけで気持ち悪いよだれが口いっぱいに湧いてきて軽くえづく。
・食材のにおいや鍋の熱気などが気持ち悪くて台所に立てなくなり、以来ずうっと現在に至るまで夫が料理を作ってくれている。。夫は元々料理が趣味だからと快く引き受けてくれている。掃除洗濯皿洗いが私、買い出しと料理が夫。役割分担をしてちゃんとやってるのに、料理をしないことに罪悪感がある。
・15w頃。高齢出産のため出生前検査を受ける。何かしら障害があるのなら生まない選択をするつもりだった...が、容易いことではない。だって、あんな元気な心音を聞かされて、くるくるよく動き回る胎児の姿を見たら。
・18w 結果がわかる。異常なし。いくで!ようやく決心がついた。このあたりから母性と覚悟が座ってきた。
・22w頃。エコーでの最終検査もまったく異常なし。元気な男の子と判明。
・妊娠糖尿病に引っかかる。。1日5回の血糖値測定、毎食の記録、週1糖尿病内科への通院を義務付けられる。
・お腹が大きくなってきた頃、夫以外の男性に生理的嫌悪。道の向かいから男性が歩いてきたら回り道をする、レジ係の男性、会社の同僚と目が合うのも嫌。体の表面が警戒心という電気でビリビリ覆われている感じ。
・妊娠中期〜(産後半年まで続いた)はホルモンバランスのせいか感情過多&涙もろくなる。
・母親学級にて、先生が朗読したポエム「わたしがあなたを選びました」で、おんおん号泣。
・TV番組「ワイルドライフ 野生動物のリアル」産卵終えたばかりで弱っている母ウミガメをバリバリ食うヒョウ。むご過ぎて号泣。
・エコー越しの赤ちゃんが、ただ、ただ、可愛くて愛おしすぎて号泣「可愛い」って感情だけでここまで泣けるものなんだな。
・出産予定日に検診。胎動カウントを聞かれ「そういえば昨晩からあまり動いてないんですよね」と伝えたら即日入院になった。臨月は胎動が落ち着いてくるとか聞いてたから特に気にしてなかったがあかんかったのか。。内診エコーNSTの結果、いまのとこ緊急性はないけど予定日だし促進剤いれてもう産んじゃいましょうって。
・翌朝破水、陣痛はじまる。なんかおかしい...なんか異変を感じるんです看護師さん...→ヘイヘイ赤ちゃん心拍弱ってる〜→緊急帝王切開の流れ。
・硬膜外麻酔で大暴れしてごめんなさい。。陣痛よりも背中に刺す麻酔が1番痛い&恐怖だった…
・感覚のない下半身は、長時間雪遊びしたあとのジーンと痺れる感じに似てた。
・ずっとお腹の辺りでカチャカチャすること約30分後、赤ちゃんの鳴き声。生まれましたよ!と同時、胸元にドサッと生暖かい肉塊を置かれたのを感じた。カンガルーケアってやつ?シートで阻まれ姿がよくみえないうちに連れ去られたw
・術後、朦朧として「お腹の上に乗せてる重り?文鎮ですか?をどかして下さい」と言った。重いと感じていたものは文鎮ではなく、どうやら傷の痛みだったらしい。
・術後の姿を見て「難産だったね…」と義母に同情されたが、赤ちゃんが無事健康に産まれてきたのなら安産だと思う(思ってた。。)のでそう答えた。
・腹の傷の痛みがとにかくつら過ぎた。腹筋どこいった?て感じで腹に力が入らない。あと、傷口にブッ刺さった2本のチューブから出血を溜める小さなボトルがぶら下がってる。トマトジュースのように濁った体液が常にタポタポしてて気持ち悪かった…
・縦に走った傷跡にはホチキスの芯がびっしりと。抜糸はそれを一本一本抜いてく。「陰毛を抜く程度の痛み」とネットで事前に知れたので、恐怖はそれほどでも。
・術後のガスがなかなか出てくれなかったので、入院食はずっと五分粥。お祝い膳をすごく楽しみにしてたが結局出てこなかった…ものすごく豪華で美味しいと評判の産院だったので残念。。
・術後のガス出ない。。お腹はガスでパンパン膨れ、とても産後に見えない大きさw傷口が開きそうで怖くなる。歩くのも苦痛。ガス出すために下剤飲まされたり浣腸されたが無駄だった…肛門ボロボロいぼ痔悪化…。ネットで調べたオナラ体操が一番効いたかな。体をひねってなんとか出した。
・「赤ちゃんと一緒にがんばりましょう♪」という通常分娩を前提としたイメージトレーニングを受け続けてきたせいだろう。緊急帝王切開となり「ちゃんと産めなかった」みたいな負い目がずっとある。泣きたくなる。「出産頑張ったね、大変だったね」の声に紛れて、実母が「この子はラクして産んだから〜」と親戚に話してるのが聞こえて悲しかった。
・産後翌日。保育器に入り色んな管に繋がれた我が子と対面。こんなに可愛い子が胎便漏らすほどお腹の中で苦しんでたなんて...可愛さといたましさに保育器の前で体をくの字に曲げおんおん号泣。異様な姿だったと思う。
・産後すぐ姉や友人たちに送ったメールを読み返すと、出産時の様子を生々しく熱っぽく報告してあって、テンションが二郎レポのそれだった。以上、レポっす!!ってやつ。
・産後すぐ、実母がすごく嫌だった。帝王切開はラクなお産発言とか母乳足りてないんじゃないのとしつこかった。マルチ商品みたいな怪しいドリンク持ってくるし。
・実父が「自分に似てる」と言うのが心底嫌だった。授乳する時思い出しては最悪。。
・ 実家は狭いうえ底冷えがひどく、両親が高齢なのもあり頼れないなと思ってたから里には帰らなかった。かといって、赤ちゃんとの暮らしなんて想像もつかないし実際体験してみないとわからない事だらけだ。退院後すぐ自宅育児が出来る自信がなかったので、産後ケア施設に2週間入所することにした。
・24時間助産師さんのもと赤ちゃんと2人の生活を監修して貰えるのはありがたいと思う。自宅育児が始まる前に、赤ちゃんと実生活しながら育児に必要な細々としたものを揃えていき(夜な夜なAmazonポチポチ)、日々のお世話の仕方をしっかり身につけられてあんしんできた。母乳の状態もみてもらえるし、疲れたら助産師さんに子を預けて休息をとれるし、栄養ボリュームたっぷりな1日3回の食事、おやつ、マッサージと至れり尽くせり。お金があれば、ずうっと入所してたいくらいだった。。。
・2週間、夫は毎日来てくれた。夕食の18時から2時間ほど親子3人で過ごした。たまに夕食を持ち込んで一緒に食べたり。面会終了時間までベッドで横になり、初めて3人一緒に眠ったり。嬉しくて幸せで貴重な時間だった。赤ちゃんの名前はこの時に2人で決めた。
・施設を退所して自宅育児開始。産後0ヶ月は壮絶だった。。赤ちゃんは1日のほとんど寝るか泣くかの繰り返し。愛おしい我が子なのに理由のわからないギャン泣きは異生物感凄くて、正直ギブつって放って逃げ出したかった。独身時代の自由気ままな暮らしに戻りたくてたまらなかった。産後はもっとこう、母性が芽生えて無限の愛に溢れたキラキラママへ自動的になれるものだと思ってたのに。なれない自分に自己嫌悪したり。
・止まないギャン泣き。途方にくれる。リビングが精神と時の部屋化する。
・おっぱい咥えてる間は泣かない、咥えたいだけそうさせればギャン泣きしない。解決!
・産後1〜2ヶ月頃。夢を見るが不思議と我が子は出てこない。一度だけ、仕事もバリバリやってスタイリッシュなオフィス、魅力的な同僚に甘酸っぱい恋、うんとオシャレして素敵なレストランでワインを飲んで…というコテコテの月9かよみたいな世界観の夢みて、まじでどんな悪夢よりもきついものがあった。だって自分には決してもう有り得ないんだもの。
・我が子はものすごく可愛いし毎日幸せでたまらん…のに、退屈で死にそうになる事がある。
・開き直るようになった。これまでは、電話が取れなかったりメールの返事が遅れる自分をだめなやつだと責めてたけど、今では「だって育児してるんだもーんしょうがないでしょ」と。
・お洒落しなくなった。白髪増えていくのにそのまま、化粧も適当、服買わない、身なりに興味なし。
・人とうまく喋れない。言葉がでてこない。話し相手は夫だけ。それも生活上必要最低限の会話だけ。
・自宅育児初日のこと。「沐浴はどうしようか...」となり、とりあえず沐浴マットを敷いたシンクに横たわらせシャワーをジャーっと…したっけ大号泣よ。洗剤スポンジ置く鉄網?を、ちっちゃな手で力一杯握りしめながら怯え泣いている姿を見てハッと我に返った。赤ちゃんをお皿や食材みたいに洗っちゃいかん、これはいかん、わしら何てことをしてしまったんや(寒かっただろうしね…)それ以降は湯舟に一緒に浸かるスタイルで安定。
・母親学級で習った「怒責感(どせきかん)」という言葉が流行る。うんこしたい時の合言葉になった。
(使用例:「怒責感が…」と言ってそそくさとトイレへ立つ。怒責(どせき)ってきた。など)
・オムツ替えは、うんちの回数が多くまぁ進んでやりたいような楽しい作業ではないのもあり、そこでちょっとワクワク感を加えようという思いもあって、うんち量が多いほど小吉〜中吉、うんちがオムツからはみ出したら大吉といううんち占いを
・自宅にて家族3人ようやく念願の川の字になるが、我が子ピンポイントで夫の股間を蹴るため、PK時のサッカー選手みたいなポーズで就寝する夫。
・イベント化する選挙。夫婦2人だった頃の生活上には「投票に行く」なんて一度もなかったが、いまでは選挙があるたび散歩がてら家族揃って投票所へ足を運ぶようになった。
・産後1ヶ月あたりからずーーーっと手首痛い。抱っこが苦痛。おむつ替えのとき、赤ちゃんの蹴りが手首にちょっと当たっただけで痛みにうずくまって泣いた。
・整形外科通院。手首の腱鞘炎に注射。むちゃくちゃ恐怖だったが、硬膜外麻酔よりマシ...!と脳内で繰り返し唱えて耐えた。手首への注射はすんごく不思議ななんともいえん新感覚な感触。。ポクン!て鳴った。
・痛みが緩和されるのはほんの数日。根治治療にはならないのと、あと注射の効きにムラがある。。注射後かえって痛くなる日もあった。
・やたらとオナラがでるんだが。。。
・首、肩、手首、乳首がボロボロ。。首という首がやられる。(足首だけが無事)
・妊娠中20kg近く太り、産後1ヶ月で10kg痩せたが残り10kgェ…
・産後すぐの授乳指導で、助産師さんがおっぱいのあげ方を「手に乗せたハンバーグを差し出すように」と表現したのだが、いまだにイメージがわかない。もしかして単に聞き間違いだったのかな。。
・母乳が壊れた蛇口のようにビャービャー出る。我が子の顔や頭にまき散らして笑ってしまった。
・紐の扱いが天才的にうまいw いつのまにかヒュヒュッと絡め取ってる(見ないで取ることも)胎内で臍の緒で遊んでた名残とも言うがはてさて...。
・新生児期、ミルクあげると両手を胸元でキュッと寄せるぶりっ子ポーズをしたり、ゲップ出しで背中とんとんする際、酔っ払いみたくクッタリする姿がほんと可愛くて。
・いつ見てもホコリや垢を握りしめている。
・布類を顔にかぶせたがる。洗濯物に埋もれていることが多々ある。
・「THIS IS IT」のポーズで大喜びしてくれる。
・たっちができる頃には組み手、歩けるようになったらぶつかり稽古の相手をしている。
・突進してきては抱きついて私の着ている服で口や手を拭ってゆく。
・夜中寝ているとき、ちゃんと生きているのか不安になって呼吸や鼓動を確認する。
実母との関係を心配されているようでしたが関係は至って良好です。母は人から褒められたり持ち上げられると、つい自分sage身内sageをしてしまう性格に加え、母自身もあの頃は孫ハイになっていて深く考えず発言していたんだと思います。実父に対してはほんと理不尽だったなと反省...。
超個人差があると思いますが、ガルガル期、いま振り返ると自分でも異常なほど攻撃的でした。人が変わったように感じることがあるでしょうが一時的なものですので安心してくださいね。
本文中あまり登場しないですが、とても家事や育児に積極的で頑張ってくれてます。
優しくユーモアがあり私にはもったいない。「THIS IS US」って海外ドラマわかる人いますか?ケイトの旦那トビーに似てる。
https://anond.hatelabo.jp/20200725021108
1年間の育休が明け、いざ職場復帰!...のはずが時はコロナ禍まっただなか。いや〜乱世乱世!
https://anond.hatelabo.jp/20220618055150
私たちだけじゃない、大変な世の中ですよね。それでも負けへんで!!(OVER THE SUNリスナー)
こんなグダグダな長駄文......最後まで読んでくれて本当にありがとう。お疲れ様でした。
育児をしていて確信したことがあります。私も、あなたも、多くはないが決して少なくもない人たちに慈しまれ愛されて育ってきたことを。
全ての人に幸多くありますように!
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20220902/k10013791241000.html
“ベビーカーたため”とどなられた 1.4万リツイートの波紋 | NHK | WEB特集
周囲の理解・サポートがという話が沢山あって、実際そうだろうなと想像するのでかってに実践している。
・電車で小学生くらいまでの子供(単体)、そして勿論子連れさんを見たら理由ない限り席を譲る。
ただ、譲らない場合の理由は疲れてて眠くて勘弁~とか、飲みすぎて勘弁~だからそんなたいそうなことはできていない。譲っているのは5回に4回くらいだろう。
・この間スーパー出口付近でギャン泣きしている4~5歳の男の子と母親がいた。
暫くは特に何もしなかったが、泣き止む気配がなくお母さんが困って困ってどうしようという雰囲気だったので
そっと、正面から近づいて、目を合わせてお母さんに小声で「大丈夫ですか」と声をかけて、
「え?」と首をかしげる二人。
子供に向かって2~3m離れた距離からゆっくりとした口調で、「こんにちは、急に声かけちゃってごめんね、びっくりしちゃったかな」「実はお母さんのお友達なんだ。だからつい挨拶しちゃった。こんにちは。」お母さんに向かって
「こんにちは、お久しぶりです。今日はお天気暑いですね。お買い物も大変だ。」
そして「気をつけてお帰り下さいね。今日は久しぶりにお顔を見れて嬉しかったです。ではー」
とお声がけをしてみた。とりあえずお子さんは泣き止んで、ちょっと不思議そうな顔でお母さんを見上げていてお母さんの声も聞く耳持ってくれるようになってたみたい・・?
小さな親切余計なお世話な自己満足である危険も承知しつつ、困ったときはできる範囲で手伝いますよな意思表示をしているつもり。