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はてなキーワード: ブランコとは

2020-08-06

お前の字は何故右曲がりなのか お前の丸字は何を使うのか お前の

                で

小学生召喚癖と消化不良の違いま 来た

                インパクトトドライバーと消化不良といたちごっこの違いまで来た

愛はどこにあると座ったお話ソファへの憎しみまで来た

                   仕事探せと地獄潜伏ヌーボーとボンゴレブランコの違いまで来た

まだ寝てるんですか

私と付き合いたいならば起きてください   妄想オナニーじゃ駄目ですよ ウエメセを感じます

                     もう乗っかられてるんですよ

エックスサービスです    白雪姫さん  抱っこしてもらってるんですよ セクハラですセクハラです

              木曜日ですよ あっ アッキードですよサザエさん どうも山本一郎です

                                      こんな形で祝福を受けるとはね

跳ねっ返り虫なの    また始まった

    文盲ロードショー   音楽聞かせてくれなくなった途端にこれかよ

                  来た     きら きら サイコパス サイレント  マジ ジョリティ

マジパンティーなんだな

2020-08-03

ぐるぐる巻きブランコ

久々にファミレスに行ったんだけど、斜向かい家族連れが大変に賑やかで、どうやら小さい女の子が苦手な食べ物を完食した?かなにかを全力で誉めていたらしく、えらいよ!すごい!頑張った!等。

誕生日会かなと思うレベルの声の大きさだったので若干喧しいなと大人気ないことを思いながら聞いていたら、その女の子が、「そしたらね、ブランコのっていい?」と一言

あんなに誉められて、おねだりが許されるかなと思って尋ねるのがそんな些細なことで、でも叶ってないんだなというのが静まり返った一瞬でわかってしまって、なんとも言えない気持ちだった。という、どこかに吐き出したかった話。

親はもうしばらくはダメだってなんとか伝えようとしてた。ブランコがぐるぐる巻かれて短くなってて危ない、とかね。てかその遊び方今の子でもやるんだなと思ったり。ブランコ、いつ遊べるようになるんだろうな。

2020-07-29

高校生になった夢を見た

俺はどうやら転校してきたようで、何故が授業の間の休み時間自己紹介する事になった。体育教師らしき担任に「壇上に上がって自己紹介してくれ」と言われた。俺は言われた通りに、黒板前の教壇に上がり、謎かその上にあるキャスター付きの椅子の上に立ち上がった。脚がグラつく。「おうおうおうおう」と言いながら担任が横から支えてくれた。

「私は転校してきた!」何故かそう叫びながら目の前にあるテーブルを両手で思いっきり叩く。休み時間で賑わっていた教室が一気に静かになった。クラスメイトの数人が「なんか面白そう……」と呟き出す。しかし、俺は「えー……」「あー……」「私は……」と、そこから先を喋れないでいる。段々と教室内の雰囲気嘲笑的になってくるのを感じ取る。また教室休み時間のように賑わい出す。

場面は切り替わり、俺は何故か窓際の席でブランコを漕ぎながら、「あー……」「えー……」を繰り返し自己紹介をしている。言葉が出てこない。教室は何事も無かったこと様に、休み時間が続いている。

また場面が切り替わり、授業が終わり皆帰りだした。俺は自己紹介はしていなくて、普通に椅子に座っていた。俺もその流れで帰ろうとすると、クラスメイトの細くて目の大きい生徒と、背が低くて眼鏡をかけた童顔だがヒゲの濃い生徒の2人が俺の机と、他の生徒の机を漁っていることに気づく。そのうちの一人が「念の為ね」と笑いながらもう1人に言う。財布の置き忘れを漁ってることを察した俺は、まだ多くの生徒が残っているにも関わらず、細い方の生徒の首を掴み、黒板に叩きつける。「お前人の机で何してんだよクズ」と喉を締めあげながら尋ねる。嘲笑的な笑みを浮かべて「確認してただけだよ」と応える。眼鏡の方は焦ったように困ったように周りをキョロキョロしだす。俺は「おめえにも言ってんだよクズ」と眼鏡の頭を引っ叩く。そうすると眼鏡は「それがお前のやり方か!!!」と叫び出す。「そうやって俺たちの財布カツアゲするんだろ!」どうやら、クラスメイト達の前で恥をかかされたことを逆手にとって俺をカツアゲに仕立てあげたいらしい。盗人猛々しいとはこの事だ。怒りで頭に血が上った俺は何かを怒鳴ったが、夢の中でも聞こえた俺の「オ゛ォ゛」みたいなうめき声に気づき目を覚ました。

この夢は、学生時代上手く喋れなくて、その上うまく喋れる連中に容姿馬鹿にされ続けて、恥の意識けが肥大化していった俺が作り出した夢だと起きて5分ぐらいで察した。学生時代の嫌な思い出がたくさん甦ってきた。優しい人が多い職場で優しい人達に囲まれて、薄情な、攻撃的な、そういう嫌な人間が沢山いた事を忘れかけてた俺にそれを思い出させてくれる、本当に嫌な夢だった。学生時代の嫌な記憶が、たくさん甦ってきた。

俺は今から学生時代に戻れたら、あいつらと向かい合って行けるんだろうか。正直、自信が無い。教室にも居たくないだろうな。息が詰まりそうだ。

俺が変わったのは周りの環境だけで、十数年経ったあの頃から、俺はちっとも成長していない。そんな気がした。

2020-07-03

坂の上の家のはなし

今住んでいるところには海も丘もあります

私が子供の頃住んでいた場所には、そのどちらもありませんでした。

悲しいときに砂浜にしゃがみこんでじっとしていると、いつの間にか凪いだ気持ちになります。むしゃくしゃしているときに丘に登って街を見下ろすと、胸がすく思いがします。今はそうやって心を落ち着かせることができるのですが、昔このような環境享受できていればどんなに良かったかと思わずはいられません。

私の故郷の町は平べったくて、田んぼがどこまでもどこまでも続いていて、海ははるか遠く、電車に乗って数時間かるところにありました。案内板を見ても、図書館で詳しい地図を調べてみても、この町には目立った起伏はないようでした。

犬を飼いたかったのですがそれは叶わなかったので、隣の家の犬とこっそり仲良くしていたら、その家のおじさんのご厚意で自由散歩させてもらえることになり、起伏を探すための現地調査によく連れ立って出かけたものでした。しかし、長い時間をかけて町を隅から隅まで歩いて調べても、やはり小高場所存在しないようでした。

今ではそんなことをしなくても、グーグルマップを使えば半日もかからず調べ終わってしまます。そのくらい小さな町です。今調べても、ほとんど起伏は認められません。

なぜ、地図にないとわかっているのにわざわざ歩いて探していたのか疑問に思う人もいるかもしれません。私が執念深く町を歩き回って高い場所を探すようになったのは、ある出来事きっかけになっています。もちろん、高いところから自分が住んでいる町を見下ろしてみたいという願望は物心ついた頃からずっと持っていたのですが。

****

犬のことや、高い場所を探し回ったことはよくおぼえているのですが、その他のことはほとんどぼんやりしていて断片的にしか思い出せないのです。

から、具体的にその女の子がいつ転校してきて、どのくらいこの町に住んでいたのかはよくわかりません。ただ、クラスメイトランドセルを背負っていたような気がするので、おそらく小学生の頃だったのだと思います

その女の子をAと呼ぶことにします。Aのお父さんはトウモロコシ研究をしていて、私の町にはトウモロコシ国立研究所の一拠点があったらしく、それで一家引っ越してきたようでした。

私は幼い頃誰かと遊んだり、仲良くさせてもらったことはなかったように思います

から、どういう展開でAの家に遊びにいくことになったのかよくわかりません。Aは新参者でこの町のことをよく知らなかったので、ある意味暗黙の了解のようなもの認識しておらず、それで私のことも誘ってくれたのかもしれません。あるいは、Aが他のクラスメイトを誘い次いで私にも声をかけてくれたとき、その場には新卒若い担任先生居合わせていて、クラスメイトの多くはその先生に好かれたがっていたので、何となくそのままの流れでAの家に向かうことになったのかもしれません。

先ほども書いたように、子供の頃の記憶はじつに曖昧なのですが、その日のことは犬との思い出と同じくらい今でもくっきりと残っています

Aの家は学校からかなり離れたところにあるようで、自転車に乗って登校することを許可されていました。私の住む家がある地域を越えて、線路を越えて、さらにどんどん歩いていって、… そうしているうちに少しずつ夕暮れの気配が近づいてきました。

クラスメイト達は最初の方こそお喋りに花を咲かせていましたが、歩き疲れたいか徐々に口数が少なくなってきました。ずっと喋っているのはAだけで、家に友達を呼ぶのが初めてではしゃいでいるようでした。私はAの隣を歩いていたので黙っている訳にもいかず、ただひたすら相槌をうっていました。辺りはすっかり薄闇に包まれていて、お喋りをするAの大きな口だけが際立って見えました。

ふいにAが立ち止まり、この坂を登ったら私の家だよと言いました。

私たちの目の前には急勾配の広い道がまっすぐ伸びていて、Aが指差すその先は暗くて目を凝らしてもよく見えませんでした。こんな場所がこの町にあったのだなと私は思いました。ここまで来るのにかなりの距離を歩いてきたようでふくらはぎが痛かったのですが、ともかく登らなければAの家に着かないので、私たちは坂を登り始めました。

Aは学校を出発してからずっと自転車を押してきて疲れているだろうと考えて、私がAの家まで自転車を押して歩くことにしました。ただの親切心というよりは、ここまでの道のりでAは私にたくさん話しかけてくれたので、そのお返しのつもりでした。

恐ろしく急な坂でした。

急な坂がやたら多いNという街がありますが、そこと同じくらい険しかったように思えます自転車を押していると何度も後ろにひっくり返りそうになり、しょっちゅう立ち止まらなくてはいけませんでした。後に、授業中三角定規を使っていて、あの坂は60°くらいはあったなと思ってしまったほどです。

Aの家に漸く辿り着いた時にはもう日が暮れていました。いつの間にか他のクラスメイトはいなくなっていました。坂があまりにきつかったので途中で帰ったのだろうと思いました。

****

坂の上にはAの家だけがありました。

Aの家は平屋で、縁側がついていました。縁側の先には広い庭があり、両腕を広げた大きな木にブランコハンモックがぶら下がっていました。私はすぐにでもブランコハンモックに乗ってみたかったのですが、いきなりそれで遊ぼうとするのはお行儀が悪いだろうと思ったので黙っていました。Aは、お母さんが晩御飯を作って待っているから、食べ終わったら一緒に遊ぼうとにっこり笑って言いました。私は心の中を見透かされたようで少し恥ずかしくなりました。

Aの家族は私を暖かく迎えてくれました。

Aのお母さんはAとよく似ていて口が大きく、笑うと顔のほとんどが口であるかのような印象を受けました。テーブルにはお母さんの作った料理が湯気を立ててずらりと並び、張り切って作ったのと笑いました。トウモロコシ研究をしているというAのお父さんも食卓についていました。

オレンジ色の電燈の下で、Aとその両親と色々な話をしながら、Aのお母さんが作ってくれた晩御飯を食べました。私もAも半袖を着ていたのでおそらくそときの季節は夏だったと思うのですが、私の町では夏でも夕方になるとひんやりとしてくるので、温かい食事は沁み入るように美味しかたことを覚えています

こうやって談笑しながらみんなで食事をとるのは初めてでした。普段は話そうとすると喉がつっかえたようになってしまうのに、そのときはすらすらと言葉が出てきました。ハンモックブランコのことを聞くと、ここは借家で、ハンモックブランコは前の住人が残してくれたのだとAのお父さんが教えてくれました。

ブランコハンモックも私とAが二人で乗れるくらい巨大でした。

ハンモックバランスを取って乗らないとすぐに転げ落ちてしまうことを初めて知りました。何度も転げ落ちてしまうので笑いが止まりませんでした。仰向けに横たわって見上げると、いつもは見えない暗い星まで見ることができたので、ここらあたりには街灯が少ないのかもしれないと考えました。

まりに楽しかったので、この時間がずっと続けばいいと思いました。こんなに夜遅くまで人の家にお邪魔したので、きっと母は機嫌を悪くして私をひどく叱りつけるだろうということは容易に想像がつきました。それでもやはり帰る時間はやってきて、また来てねとAとお母さんとお父さんに玄関口で見送られて、Aの家を後にしました。

****

その後のことはあまりよく覚えていません。

Aのお父さんは別の拠点に行かなければいけなくなって、Aはすぐにまたどこかの町に転校していきました。私は犬と一緒にAの家があった場所を探すようになりましたが、とうとう見つかりませんでした。それから何年も経って私も町を出て、今は海も丘もある街で暮らしています

私には恋人がいて、その人はずっとこの街で暮らしています。ある日、海も丘もあるところで生まれ育ったことを羨んだら、そうですかね?と言いつつも誇らしげでした。

恋人は街のことを隅から隅まで知っていて、美味しい料理を出す店や景色が良いところへよく連れていってくれます。無口な人ですが、そうした場所にまつわる思い出について尋ねると、比較饒舌に、嬉しそうに話してくれます。私の隣でぽつぽつと語る横顔をこっそりと眺めながら、恋人がそのような良い環境の中で子供時代を過ごしていたことにいつも安堵するのでした。私の住んでいた町ですか?いきなり聞かれたのでびっくりしてしまいました。特に何もない平べったいただの田舎町で、冬にはたくさん雪が降ります。ここはとても素敵ですよね。海と山が近いなんてなかなかありません。食べ物も美味しいし。そんな風にして、いつも話題この街のことに戻すのでした。

私はもう故郷には帰らないと思います

隣の犬もずっと昔に死んでしまったので、帰る理由がなくなってしまいました。でも、結局Aの家を見つけられなかったことだけが心残りです。

町の人は、ここには見てわかるように丘なんてないし、線路の向こうにはそもそも家がないと言っていました。トウモロコシ研究をしているお父さんを持つAという子は確かに一時期この町に滞在していたけれど、遊びに行ったというのは君の夢か空想なのではないのかい?そう言って、人々はAの家を探すことに何年もずっと執着している私を気味悪がっているようでした。そう言われると、そうなのかもしれないと思います

でも、Aの家まで自転車を押して坂を登ったときふくらはぎの痛みや、Aのお母さんが何度もすすめてくれた不思議な味のする温かいスープが喉を伝う感覚や、ハンモックにうまくバランスをとって横たわることができたときの浮遊感と体に網目が少し食い込む感触は私の体にまだ残っていて、それらはリアリティをもって私をあの日に引き戻してくれるのです。

いつか自分たちの家を建てることになったら、それは坂を登ったところにあったらいいなと思います。庭もあったらいい。そこには両腕を広げた大きな木があったらもっといい。そうしたら、その木に大きなブランコハンモックをぶら下げて、私の子供が淋しそうにしている友達を連れてきたら、温かい食事をご馳走したいなと思うのです。

2020-07-02

家の庭にあるタイプブランコ

あとフラフープホッピングでひとしきり遊んだ後は細い缶の三ツ矢サイダーを一気飲みってわけ

2020-06-28

近所の公園で遊ぶ子どもたち

ブランコを押すんだかなんだかの掛け声が、

「いーち、にーの、よん!」

「いーち、にーの、よん!」

3はどこ行ったよ。3は。

2020-05-29

近所の小さな公園

朝、昼、夕とそれぞれ木陰ができて、いい感じにベンチが設置してあって素晴らしい設計だなと思う。とても癒される。

ローラー滑り台みたいな目立つ遊具はないけど、そのおかげで使用禁止テープも貼られず、ブランコ、滑り台、砂場など毎日近所の子たちが代わるがわる遊びに来る。

近くの病院リハビリしてるお年寄り、お昼を食べるサラリーマン飲み物を手におしゃべりに来る若者、近くの保育園児、いろんな人が来る。

10メートルくらいある大きな木が公園を取り囲むように立ってて、もともと丘陵地帯だったのを切り開いて宅地にした名残なんだろうなと思う。この辺は森のような大き目の公園もあり、自然が多くて助かる。そのぶん坂は多いけど。

コロナ休園中毎日のように子供を遊ばせてたけど、しみじみこの公園に助けられたなと思った。育児が終わって年を取っても忘れられない思い出になりそう。

2020-05-28

こんな御時世ですから

黒澤明「生きる」を是非ご覧になって頂きたい

市役所市民課長を務める渡辺勘治は、かつて持っていた仕事への熱情を忘れ去り、毎日書類の山を相手に黙々と判子を押すだけの無気力な日々を送っていた。市役所内部は縄張り意識で縛られ、住民陳情市役所市議会の中でたらい回しにされるなど、形式主義がはびこっていた。

ある日、渡辺体調不良のため休暇を取り、医師の診察を受ける。医師から軽い胃潰瘍だと告げられた渡辺は、実際には胃癌にかかっていると悟り、余命いくばくもないと考える。不意に訪れた死への不安などから、これまでの自分人生意味を見失った渡辺は、市役所無断欠勤し、これまで貯めた金をおろして夜の街をさまよう。そんな中、飲み屋で偶然知り合った小説家の案内でパチンコダンスホールストリップショーなどを巡る。しかし、一時の放蕩も虚しさだけが残り、事情を知らない家族には白い目で見られるようになる。

その翌日、渡辺市役所を辞めて玩具会社工場作業員転職していようとしていた部下の小田切とよと偶然に行き合う。何度か食事をともにし、一緒に時間を過ごすうちに渡辺若い彼女の奔放な生き方、その生命力に惹かれる。自分胃癌であることを渡辺がとよに伝えると、とよは自分工場で作っている玩具を見せて「あなたも何か作ってみたら」といった。その言葉に心を動かされた渡辺は「まだできることがある」と気づき、次の日市役所に復帰する。

それから5か月が経ち、渡辺は死んだ。渡辺通夜の席で、同僚たちが、役所に復帰したあとの渡辺の様子を語り始める。渡辺は復帰後、頭の固い役所幹部らを相手に粘り強く働きかけ、ヤクザから脅迫にも屈せず、ついに住民要望だった公園を完成させ、雪の降る夜、完成した公園ブランコに揺られて息を引き取ったのだった。新公園の周辺に住む住民も焼香に訪れ、渡辺遺影に泣いて感謝した。いたたまれなくなった助役など幹部たちが退出すると、市役所の同僚たちは実は常日頃から感じていた「お役所仕事」への疑問を吐き出し、口々に渡辺の功績をたたえ、これまでの自分たちが行なってきたやり方の批判を始めた。

通夜の翌日。市役所では、通夜の席で渡辺をたたえていた同僚たちが新しい課長の下、相変わらずの「お役所仕事」を続けている。しかし、渡辺の創った新しい公園は、子供たちの笑い声で溢れていた。

2020-05-15

どうしても集中できない人が考えた集中する方法

前半、一般人適当理論捏ねてるだけなので、方法だけ見たい人は飛ばしてください。なんでこの方法が集中する方法として挙げられているかからない場合は読んでもらえると嬉しいです。

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いろいろ考えたんだけど、集中している状態というのは頭の中でその作業が最も刺激的である状態だと思うんだよね。

めちゃくちゃお腹痛い時ってお腹痛いことしか考えられないじゃん? これだと腹痛という刺激に集中してしまっている。けどそこで何か音楽聴くとか別のことを考えるとかして、刺激を分散すると、少し楽になったりする。相対的な刺激の程度を下げることができてると言えない?

逆に集中できない状態というのは、いろいろな刺激が並立的に入ってきている状態だと言える。

で、刺激というものには、いわゆる五感で受けるものがある。これを受け取る感覚器は年中無休24時間営業で働いている。そうしないと危険が身に迫った時対処できないからね。

けど集中するにはぶっちゃけ邪魔。これをいかに鈍くするかということがポイント。みんながコンビニ本社だとして、客が入ってくるたびに「お客さんですー!」って各店舗から報告されたらうざいだろ? それくらいはあー来てるなあで受け流してくれればいい。報告するのは強盗くらいで良い。

コンビニの例えを続けるなら、報告が来ない間、みんなは特定の店の経営戦略会議(やりたいこと)を続けることができる。報告が来れば中断。そして感覚器というコンビニは来店が少なすぎると店の前を通った人さえ報告してくるクソまじめなやつら。

まり集中するためには、このコンビニからの報告をある程度コントロールすることが大事なんだよ。

刺激のコントロール

コンビニからの報告をコントロールする方法はいくつかある。

一つ目は、欲しい一部の情報以外拒否するというやり方。すごく集中している時は限りなくこれに近いんだと思う。ただ、万引きとか強盗とか、クリティカル情報も届かなくなってしま危険性があるので、意識的にやるのは難しい。

から集中するのは難しいんだろうね。生き物として危険から

二つ目は、コンビニを無害な客でそこそこ忙しくさせることだ。低い刺激を与え続けることで、客は来てるけど報告するほどではないな〜という状態を作り出す。ペットボトル一本とおにぎり買うくらいの客がずっと来ている、暇ではないが大変ではない状態にするのだ。

いわゆる、音楽聴くと集中できる、いや洋楽だ、いや歌詞なしが良いというような話のことだね。

三つ目は、店員を疲れさせる方法だ。客が来ようが来まいが、気づかなければ報告できない。

ちょっと疲れてる時の方が集中できる、ちょっと酒飲むといいみたいなアイデアのこと。


まり

刺激のコントロールが集中に関わるんじゃないかという話です。

個別方法はもう発想の領域だし、採用できるときとできないときがあるし、個体差で向き不向きあるので、いろいろ試すうちに良い方法を見つけてください。

というわけでいろいろなやり方。

疲れた状態にする

過度な空腹ではないかつそこそこ疲れている状態を作るのは難しい。個人的には2時間とか歩かないとダメだと思う。しかあんまりやると眠い

運動しながら

動画や暗記系の勉強なら可能方法踏み台昇降おすすめ。その場足踏みもいいけど大体だるくなってしまう。

編み物

同じく動画や暗記なら可能。手先が器用じゃないと厳しいし頭のリソースもわりと持っていかれるが、下のおもちゃより飽きにくい。棒針は抜けやすいのでかぎ針の方がいい。(逆に編み物に集中できない時に動画流すのも可)

おもちゃ

雑なくくりだが、主にフィジットキューブをイメージしている。あと無限プチプチ、何もなければ折り紙でも可。足元にボールを置いて転がしたりするのも効果ある。

電車に乗る

適度な揺れと無意味騒音読書に最適。車内がうるさいとか座れないとかだとよろしくないので空いてる時に。大回りで房総半島一周とかおすすめ。酔い止めは欲しい。

⑥ロッキングチェアハンモック

これは試したことないんだけど、電車が良いならこの辺りも良い気はしている。子ども迷惑でなければブランコもアリか。

⑦何か食べる

程々にしないと太る。飴ならこの飴舐め終わるまでは頑張るとか決めれて良い。

⑧音を聞く

ベタベタメソッドだけど、好きな曲・洋楽イージーリスニング環境音・アルファ波ホワイトノイズなど刺激の程度に幅を持たせるのが簡単なのが良い

⑨酒を飲む

量の調整が難しいけど、酒でちょっとぼんやりしながら読書するのは気持ちいい。タバコは吸わんのでわからないけど、シーシャ屋で読書する人もいるらしいし、わりと楽しくはあると思う。未成年ダメだよ。

こんなもんか。

五感で言うと嗅覚に関するものは出なかったけど、嗅覚は難しいなと思います。アロマで〜みたいなのもあるけど、あれはどちらかと言えば環境変えてスイッチ入れるタイプtipsかなと。

視覚も出てないけど視覚は概ねメイン作業に利用されてると思うので外した。視覚聴覚触覚が日常三大働いてる感覚器だと思うので、特に触覚と聴覚コントロール大事だと思う。

ちょっと話が変わるけど、どうしても心の中に何かモヤモヤがあるとき不安とき編み物とかペンシルパズルとかテトリスとか写経とかすると気が紛れることが多いよ。若干頭を使うくらいがちょうど良い。

あんまりまとまらねえな。

2020-05-08

anond:20200508114145

ボールみたいに意識をふりまわされてるかんじ

ブランコのってるときみたい

目が回ってる

2020-05-07

anond:20200507083808

ちょっと遠いLAWSONのLチキ買って腹壊した

白ワイン飲んで逆流性食道炎になった

公園ブランコポテチ食って近隣住民に白い目で見られた

2020-04-20

anond:20200420001833

ポケ森は、楽器作ると、ときどき演奏してくれるし、イベの動く遊具?にも乗ってくれるし、ブランコも漕いでるよー。

2020-04-06

3回目のリセット

妊活はほんとつらい。

月に何度も通院し、薬をのみ、たまにお尻へに注射を刺され、基本毎回オマタの中に器具をぶっこまれる....

肉体的な負担もでかいが、支払いの負担もでかい

すでに十万は払った。(うち五万は東京都から戻ってくる。ありがてぇ...)

何より辛いのは精神的な負担

期待が高まり、期待と不安に揺れ、そして期待が裏切られ、また期待に胸を膨らませる....

気持ちの乱高下がすごい。ブランコか!

やめ時も分からん

2020-04-04

昔「白いブランコ」って歌があったけど

ブランコ(Blanco)」は「白色」という意味らしいので「白い白色」という訳の分からない歌名となっている事に気付いた。

でも「だから何だ?」というしょうもない話で頭思いっきビリーバンバンされそうなんだけど。

2020-02-20

ポスター表現不快から禁止とかズルいって

自分の気に入らない表現禁止とかズルいって

ムカつくとかじゃなくてズルいって

こちとら毎日ホラー広告にヒエーって言っとんじゃ

ほんとはあんデカデカ印刷してほしくないんじゃ

映画館で明らかに人が死んでる予告映像とか見るの怖いんじゃ

性の消費どころか生の消費だし

でもそれは個人勝手であって好きな人もいるわけで

出会う機会を阻害する権利はないわけで

ホラー好きな人気持ちももちろんわかるし

自分のために作られた広告ってわけでもないし

こっちだって「犬が苦手なので!」とかでワンちゃん映画差し止められたら困る

から苦手でも目を閉じてやり過ごしているのにさ

それをおまえ

個人ライン規制するのはズルいじゃん

お互い様からこっちがうまく折り合いつけてやり過ごしてるのに

周りに迷惑かけたら要望が通るのはズルいじゃん

そんなのやったもん勝ちじゃん

別に人権的にどうとか

思想的にどうとか言うつもりはないけど

公園ブランコを声のデカ子供グループで独占されてるみたいな

そういう一方的なズルさが悔しくて

あいつらがちょっと譲ってくれればそれで全部解決するのに

なんでこんな皆で話し合わなきゃいけないんだろって

子供の頃と同じことかんがえてた

2020-02-18

anond:20200218024815

世の中から自転車ブランコなくして纏足復活させたいってか

アホやこいつ

2020-02-11

パプリカ歌詞考察について

米津玄師さんの曲はどれも心に残り、独特に感じます。パプリカは子どもたちも大好きです。曲なのかメロディなのか詩なのかリズムなのか、技巧として他のアーティストと異なる特筆する点があるのでしょうか?に対するNobuhiko Izumiさんの回答 - Quora

これ

説得力のある文章構成にまんまと騙されて、私もMV見て泣いちゃいましたけど、冷静になってほんまかいなと思って軽く調べたんです。


"大人になった僕が、幼少期に出会った「風の子」との思い出を回想するストーリー"


これが公式発表だった。

さらに調べると、元々このMV長崎原爆投下日に発表されたもんで、

の子ブランコから飛び降りるシーンが、鶴を背景に原爆の子の像と同じポーズだったりで、

当時からレクイエムじゃないか話題になってた。

それから、米津氏はパプリカのことについてインタビューで何度か話しているが、それっぽいことは一切言ってない。


この辺り調べて思ったのは、

米津玄師さんの歌詞に込められた祈りはとんでもなく深い」わけではなくて、

MV作成した加藤隆さんが、恐らく意図的に、パプリカに新しい意味を込めて、見事に描いたのが真相なんじゃないかなあと。

2020-02-01

anond:20200201142605

どんな記憶

保育園とかブランコから落ちて起き上がったところを戻ってきたブランコスコーンされたのしか覚えてない

2020-01-17

子供好きのフリをして傷ついたこ

2年前に地元親友から子供が生まれたと連絡を貰った。仕事が忙しくて行けずじまいだったのが、正月に長期の休みが取れたので、会いに行った。

2歳ともなればよく歩くし、喃語ではあるがよく喋るので、十分コミュニケーションが取れて、遊んであげられる。部屋に置かれた幼児用のブランコと滑り台で、その子が登ったり滑ったりするのを補助したり、アンパンマンの本を一緒に読んだり、幼児向けのテレビ番組を見たりしてたら、親友奥さんから子供と遊ぶのが上手だと褒められた。保育士になったら?とまで言われたので、エンジニアに行き詰まったらそれもいいかもな、なんて思った。

奥さんに「いやー、なんでそんなに子供と付き合うのが上手なの?」と聞かれ、言葉に詰まっていたら親友が「こいつ子供めっちゃ好きなんだよ」と言ってくれたのだが…。

俺は他人の子ものすごく苦手。公園で、子供から駆け寄られたり話しかけられたりすると、親が向こうにいる手前、下手なことはできない。遊びで腹を殴ってきたり、足を投げられたりすることがあるし、そんな場面になると、その子の親の教育方針が分からないので「そんなことしたらダメ!」とも強く言えなくて、困り顔を浮かべるだけになってしまう。

そんな時「俺は子供好きなんて名乗れないよ…」と傷つく。あんなに褒められたのに、どんな子供とでも上手く付き合える訳じゃない。よつばと!のよつばみたいに、聞き分けの良い子じゃないと付き合えないんだよ。でも、保育士学校先生は違う。

物を投げたり、ツバを吐いてきたりする幼児とも付き合わないといけない。叩くことなしで。学校先生もそう。タメ口を聞いてきたり、職員の車に傷を付けたり、ライターで火をつけてきたり、授業中にビールタバコを飲む生徒とも付き合わないといけない。かたや、聞き分けの良い生徒や幼児もいるが、そんな子ばかりに目をかけていると、不公平感が生まれ素行不良の子たちはますます疎外感を感じ、増長させてしまう。

子供が好きでいたいけど、ちょっと褒められたりすると、自分の見せかけの愛情が浮き彫りになって、刺さる。多分、教育を本職にすると、その報われなさに心を病んで、事に及んでしまう気がする。

本当の愛情を持つにはどうしたらいいんだろう。一度逃げ癖がついた人間はどうしようもないように、本当の愛情を知らない人間はずっと偽りの愛情を抱えて生きていくしかないのかな。恋人や伴侶や子供幸せそうにしている人たちを見るとキラキラして見える。煌めきは届かない。愛してる。I want you kill me. God kows I lost my heart.

2019-12-30

クソみてえな時間だった

5年くらい前に死ぬほど片思いしていた人が夢に出てきた。

適当にそこら辺デートして、笑わせてくれて、ご飯も食べさせてくれた。夕暮れごろに「ちょっと飲み物買ってくるね」と言われて、私は「うん分かった」と返し、目の前のブランコに座って待ってた。

そのまま日が暮れ、寒さが増し、夜が吹けた。私はずっとブランコで待ってた。

夢だったか時間の流れが不確かだった。

なんだか3時間にも感じたし、1日以上経ったようだったし、もっともっと長い時間待っていたようにも感じた。

とにかくずっと待ってたんだけど、結局彼は帰ってこなくて、綺麗な月を眺めながら私は、「あぁそういえばそういう人だった」と思い返した。

人の善意を喜ぶ人だった。

人の好意を有り難がる人だった。

でも欲を返してくれない人だった。

「帰ってきてほしいな」と思った瞬間、私は彼に手が届かなくなるのだと、そうだ散々学んだのだったと、思い出せたときにはもう周りに誰も人が居なかった。そうして目が覚めた。

うわぁ〜〜って思ったわもう。最悪だよ。

なんでこんな夢見たのかって、理由は単純で、ほんとひょんとした縁で、その人に2日連続で会ったんだ。昨日一昨日って。単純すぎて鼻水でる。

自分への嫌悪感に苛まれながら目を覚まし、スマホを見たら「今度ゆっくりさない?」と一件の連絡。

こんな夢を見たあとだから、喜べるわけもなかった。

「うんいいね。お互い落ち着いたときにでも」

簡単に返事をして、私は2度目の眠りについた。

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