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はてなキーワード: フィクション作品とは

2019-05-22

anond:20190522201300

女が弱者からそのへんの男でも妥協してた、その前提として、昔はそのへんの男であっても家族を養えるだけの仕事があり、終身雇用保証されてたからね。

実際、野原ひろしにしてもマスオさんにしても、昔のフィクション作品で「冴えない普通の男」として描かれている人間は、現代に持ってきたらスーパーエリート並みの生活水準でしょ。

女が弱者である場合、最低限、死ぬまで生活の安泰が保証される相手を選ばないといけない。

最低限の妥協ポイントはそこ。だから金のない男ではなく、金持ってる爺さんの愛人妥協するようになる。

女が働けなくなったとしても、KKOがそれだけの待遇が得られる仕事にはつけないからね。養ってもらえないんだから、どうしても無理じゃん?

結婚してる世帯だけのベーシックインカムがあったりしたらどうかなあ。偽装結婚はするかも。でもそれって虚しくない?

まあ、むっちゃ稼いでるエリート女性上方婚志向は、「大事に育てた娘の生活水準を落とさせたくない」という親の圧力が強いんじゃない?

下方婚しようとすると大反対されるらしい。

俺物語!!って男女逆だと売れないよね

ガチムチのブスな女がイケメンと付き合う話になるわけだが、

ガチムチのブスな女」は、マジで世間に受け入れられない

キャラ性格とか作品の内容とか関係なく、ガチムチのブスな女というビジュアルがまったく受け入れられない

ガチムチのブスな女が恋愛してる様は、「キツイ」と受け取られる

これはフィクション作品において、ガチムチのブ男に対してガチムチのブスな女が全然いないことからもわかる

ラピュタのドーラは数少ないガチムチのブスな女だが、あれはババア

若くてガチムチのブスな女が、主人公だったりメインキャラになっていて、しか恋愛してる作品、あるか?

あるだろうけど、その数は相当少なくないか

ガチムチのブスな女は性格とか関係なく、ただそのビジュアル商業的に使えないのだ

ブ男と美女がヤってるエロ同人は大量にあるけど、ブス女とイケメンがヤってるエロ同人存在するのか?

女側がブスだと成り立たないんだよな

男側がブスでも平気なのになんでだろうな

ガチムチのブスな女が恋愛してる作品教えてくれ〜

2019-04-17

ノートルダム大聖堂が壊れるフィクション作品

凱旋門エッフェル塔と並ぶノートルダム大聖堂。前二つが所詮19世紀に作られたのに対し、パリ中心地シテ島、まだルテティア・パリシオルムと呼ばれていた頃の都市部であり、積み重ねた歴史から世界遺産力はトップクラス

で、フィクションでもよく出てくるけど、ノートルダムが壊れる作品ってどういうのがあったっけ?

あ、世界滅亡系でそりゃ地球壊れたらノートルダムも壊れてるだろうけど、特に言及がないのは除く。

ヴァン・ヘルシングは初っ端、あのステンドグラスをぶち割ってたかな。

七人のイブは滅びゆく世界、降り注ぐ隕石の中ミサ曲やレクイエム演奏するあたりは有る種感動的だったな。

あと、サクラ大戦3は、ちょっと破壊された描写があったか覚えてないけど、あれ完全に木っ端微塵だよね?

2019-04-13

超読解・上野千鶴子スピーチ男性差別とは真逆である

東大入学式祝辞で著名なフェミニストである上野千鶴子スピーチを行い、その内容についてインターネット上では賛否の声が上がっている。

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

個人的感想を端的に言うと、内容の正否以前にわかりづらい部分があって、ときおり彼女が何を主張しているのか理解できない部分があった(私だけだったらすいませんでした)。インターネットの皆さまは内容を理解した上で議論しているのだろうか?まあ実際のところはこのようなスピーチを真面目に読む人暇人なんぞは少数派だろうから雰囲気で流し読みしてあーだこーだと感想を言っているのだろう。それはいいとしても、このスピーチでは、いか東大生の頭がいいと言っても口頭ではロジック理解できずに混乱してしまったのではないだろかと心配になる。

女性学パイオニアとして」の章は著者の自分語りであるし、「変化と多様性に拓かれた大学」と「東京大学で学ぶ価値」の章は良い雰囲気一般論なのでこれらの章に特に理解が難しい点はない。問題なのは女性学差別にまつわる内容が記述されている「女子学生の置かれている現実」の章であり、その中でも特に理解が難しく、思わず男性差別的なのではないか脊髄反射してしまいそうなパートは、第3パラグラフである。以下では、同パラグラフの読解を行うので、私と同様に一読してわからなかった人、特に男性差別的に感じた人は読んでほしい。

事実、各種のデータが、女子受験生偏差値の方が男子受験生より高いことを証明しています。まず第1に女子学生浪人を避けるために余裕を持って受験先を決める傾向があります。第2に東京大学入学者の女性比率は長期にわたって「2割の壁」を越えません。今年度に至っては18.1%と前年度を下回りました。統計的には偏差値正規分布に男女差はありませんから男子学生以上に優秀な女子学生東大受験していることになります。第3に、4年制大学進学率そのもの性別によるギャップがあります2016年度の学校基本調査によれば4年制大学進学率は男子55.6%、女子48.2%と7ポイントもの差があります。この差は成績の差ではありません。「息子は大学まで、娘は短大まで」でよいと考える親の性差別の結果です。

このパラグラフはいきなり衝撃的なトピックセンテンス「事実、各種のデータが、女子受験生偏差値の方が男子受験生より高いことを証明しています。」で始まる。おまけにサポートセンテンスの中には「男子学生以上に優秀な女子学生東大受験している」という主張が入ってくるので、恐らくこれを口頭で聴いたら「上野千鶴子はとりあえず男が馬鹿だと言いたいのか?」と感じてしま可能性がある(実際にTwitter上ではそのようなリアクションが少なからずみられる)。さらに、冒頭で「女子受験生偏差値の方が男子受験生より高い」と言っておきながら、サポートセンテンスでは「統計的には偏差値正規分布に男女差はありません」と真逆のことを言われて、読者(聴衆)は混乱の極致に達する。しかし、このパラグラフの本意はそうではない。鍵は、この前にある第2パラグラフにある。

女子学生男子学生より合格しにくいのは、男子受験生の成績の方がよいからでしょうか?全国医学部調査結果を公表した文科省担当者が、こんなコメントを述べています。「男子優位の学部学科は他に見当たらず、理工系文系女子が優位な場合が多い」。ということは、医学部を除く他学部では、女子の入りにくさは1以下であること、医学部が1を越えていることには、なんらかの説明が要ることを意味します。

まり、著者はひとつ前の第2パラグラフで、「医学部以外の女子の入りにくさは1以下で、医学部が1以上であることの理由をこれから説明するよー」と宣言しているわけだが、実際に次の第3パラグラフ説明されるのは、前者の「なぜ女子合格率は(医学部以外において)高いのか」ということに対する理由だけだ。この宣言と実際のズレが、まずもって2パラと3パラの繋がりを分かりづらくしている。

それを踏まえて第3パラグラフトピックセンテンスである事実、各種のデータが、女子受験生偏差値の方が男子受験生より高い」を解釈すると、これは実はかなり曖昧で、「受験生全体としてみたとき女子の方が偏差値が高い」という解釈(A)と「ある大学受験プールをみたとき女子の方が偏差値が高い」という解釈(B)の両方が必要となる。このトピックセンテンスの意味曖昧さが、続くサポートセンテンスとの繋がりを不明瞭にすることで、このパラグラフの読解を困難にしている。しかしながら、これらはいずれも、「なぜ女子合格率は男子に比べて高いのか?」という第2パラグラフの問いに対する明確な解答となっている。

では、このトピックセンテンスの解釈(A)、(B)を前提として、そのあとに続く3つのサポートセンテンスの内容を読み解いていこう。

①「第1に、女子学生浪人を避けるために余裕を持って受験先を決める傾向があります。」⇒要は、女子は余裕を持って受かる大学を選ぶため、ある大学受験プールで見たとき女子の方が偏差値が高い、という話なので解釈(B)を支持する内容。

②「第2に、東京大学入学者の女性比率は長期にわたって「2割の壁」を越えません。(中略)統計的には偏差値正規分布に男女差はありませんから男子学生以上に優秀な女子学生東大受験していることになります。」⇒これも①と似たような話。男子の方が相対的に下方の学力学生まで東大受験するため、平均的にみれば女子東大受験生の方が偏差値が高いということ。解釈(B)を支持する。なお、ここでいう偏差値正規分布とは、「東大受験する/しない」「大学受験する/しない」という条件を一切つけない高校生全体の分布の話をしていることに注意しよう。一方でトピックセンテンスの「女子受験生偏差値の方が男子受験生より高い」は、これらの条件を付けたとき条件付き確率分布の話をしている。ここもわかりづらいポイント

③「第3に、4年制大学進学率そのもの性別によるギャップがあります。」⇒要は、学力順に大学受験をするとしたら大学進学率の高い男子の方が下方の学力学生まで大学受験をするため、平均的にみれば女子受験生の方が偏差値が高いということ。これは受験生全体の話なので解釈(A)を支持する内容。

以上の様な形で、一見意味不明みえる第3パラグラフも、落ち着いてよく読んでみればしっかりと論理的構成になっている。では、結局のところ上野千鶴子はこのパラグラフで何が言いたいのか?私の理解は次の通り。「女子学生は、性差別の抑圧の結果として、浪人リスクをとって上位校を目指したり、東大生になろうとすることが忌避され、その上そもそも大学進学率が低いことから結果的大学合格率が高くなっている(除く医学部)。」つまり女子受験生偏差値が高い(⇔合格率が高い)というのは性差別による抑圧の結果なので、上野千鶴子はそれをポジティブに捉えてはいないということになり、男性差別的な意図とは真逆であるということがわかる。


以上、誤読しそうな一章第3パラグラフの読解を、ややスピーチ擁護しながら行ったが、以下ではこのスピーチに対する批判的な私見も+αで少し書く。

まず1パラグラフ目について。

その選抜試験が公正なものであることをあなたたちは疑っておられないと思います。もし不公正であれば、怒りが湧くでしょう。が、しかし、昨年、東京医科大不正入試問題が発覚し、女子学生浪人生に差別があることが判明しました。文科省が全国81の医科大・医学部の全数調査実施したところ、女子学生の入りにくさ、すなわち女子学生合格率に対する男子学生合格率は平均1.2倍と出ました。問題の東医大は1.29、最高が順天堂大の1.67、上位には昭和大、日本大慶応大などの私学が並んでいます。1.0よりも低い、すなわち女子学生の方が入りやす大学には鳥取大、島根大、徳島大、弘前大などの地方国立大医学部が並んでいます。ちなみに東京大学理科3類は1.03、平均よりは低いですが1.0よりは高い、この数字をどう読み解けばよいでしょうか。統計大事です、それをもとに考察が成り立つのですから

しか東京医科大では女性差別的な入試不正が行われていたのは事実だし、ここに列挙されている私大についても不正をしている可能性はある。それ自体は何らかの形で是正されていくべき問題であることは同意。ただ、私はこのパラグラフで拭えない違和感を覚えてしまう。それは、東大理3にもこの議論敷衍している点と、「地方国立大医学部が並んでいます」という記述である

当たり前だが、どれだけ男女平等選抜してもこの男女合格比率は1を超えたり1を下回ったりしてフレる。奇しくも彼女自身記述している通り、「鳥取大、島根大、徳島大、弘前大」では1を下回って、女性有利の結果となっているのだが、これは単なるフレであると考えられるので、彼女は「これらの大学では男性差別されている」とは主張しないだろう。にもかかわらず上野千鶴子は、断言はしないものの、この比率が1.03しかない理3に入試不正の話をつなげる訳だが、これは誰しもが感じる通り、さすがに無理筋である。1.03という差はどれほどなのか考えてみよう。理3女子合格率が概ね25%だとすると、男子合格率は25.75%であり、わずか0.75%ポイントの差でしかない。つまり100人受けたときに1人未満の合否の差が発生するということであるが、これは統計的有意な差たりえるだろうか?もちろん私は実際の分布についての情報を持たないので統計検定は出来ないが、理3受験者数の少なさ(標本の少なさ=この比率のフレも大きい)まで含めて考えれば検定するまでもないと思う。こんな微妙な差を以って、東大理3の入試においても男女差別存在しうることを仄めかす様な物言いをするのはいかがなものか。

また、些末過ぎて私しか感じないかもしれないが、「地方国立大医学部が並んでいます」という記述にもなんとなく違和感というか、いやらしさを覚えた。彼女がわざわざ先ほどの4校を持ち出して、「地方国立大医学部が並んでいます」と記述した理由は何なのか。うがった見方をすれば、「女子地方のless prestigiousな大学に追いやられ、東大理3を含む首都圏のprestigiousな大学差別により入れない」という印象を明確にしたいがために、これらの地方国立大医学部を拾ってきて並べたように思える。しかしながら、もしも彼女がこの様な印象操作を図ったとすれば、それはやや牽強付会みえしまう。なぜなら、理由は2つあって、そもそも地方国立大の方が医学部が多いということと、加えて、(平成30年入試データではあるが)帝京大学北里大学東京医科歯科大学医学部医学科、東京女子医科大学(当然)、自治医科大(首都圏微妙だが)、など首都圏大学でも女性有利の結果となっている大学存在しているので、地方国立だけ取り出してみせるのはいささか正当性に欠けるように思えるてしまうからである。(ソースhttp://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/09/10/1409128_002_1.pdf

もう一つ、東大生によるレイプ事件言及した第6パラグラフをみてほしい。

東大工学部大学院の男子学生5人が、私大女子学生集団性的凌辱した事件がありました。加害者男子学生は3人が退学、2人が停学処分を受けました。この事件モデルにして姫野カオルコさんという作家が『彼女頭が悪いから』という小説を書き、昨年それをテーマ学内シンポジウムが開かれました。「彼女頭が悪いから」というのは、取り調べの過程で、実際に加害者男子学生が口にしたコトバだそうです。この作品を読めば、東大男子学生社会からどんな目で見られているかがわかります

具体的に「どんな目」でみられているか上野千鶴子言及しないが、文脈からいえば、「他大学女子頭が悪いからと見下していて、彼女らをレイプしてもいいと考えている異常な選民思想を持った人々」と解釈できるだろう(この解釈は行き過ぎだろうか?否、これが男女差別文脈スピーチのおいて、レイプ事件と関連した東大"男子"学生イメージとして語られた以上、性的加虐意味必然的に含まれている)。「彼女頭が悪いから」という作品はたった一冊のフィクション作品であり、しかモデルとなった事件もおよそ東大一般に当てはまるようなものとは思い難い。そこに描かれた東大男子像を持ってして、お前らはこう見られてるから自覚しろ、と彼らを脅迫する行為はいくらなんでも行き過ぎであろう。少なくとも私は普通東大男子たちが、もしかしたらうちに秘めたエリート意識ぐらいは持っているのかもしれないが、それを以ってレイプに及ぶ様な集団だとは思っていない。世間東大男子のことを選民思想レイパーだと思っている、と本当に言いたいなら、アンケート調査統計をとってみてはいかがだろう。統計大事です、それをもとに考察が成り立つのですから

2019-03-06

anond:20190306105134

極端なフィクション作品に毒されて頭がおかしくなったディストピア連呼おじさんが馬鹿そうっていうのは同意

でも彼らは彼らで作者の適当妄想に振り回されてる被害者なんですよ。それをわかってあげて欲しい。

2018-12-15

anond:20181214204704

姫野カオルコって、分類はフェミニストなんですか?

話題になってるそうだけど、読むべきか読まぬべきか。

現実事件を題材にしてるのに、被害者女性の「下心」を省いて書いてるんなら、それはただの男叩き・東大叩きのフィクション作品なのでは?

2018-10-02

anond:20181002090010

フィクション作品読むやつは馬鹿だよな

から小説馬鹿になると言われたが現代でも同じだ

他人妄想話を聞いて喜んでるのはただのガキと変わらない

2018-08-11

わざと女性にだけぶつかる男性というアレ

実は男女の視覚情報処理特性差で、ぶつかり合わないよう回避し合った、どちらかが認識できないで居たという結論が出たらどうなるんだろうなって思った

フィクション作品表現では定番だけど、自分より小さな相手認識しにくいというのは現実にあるわけだしね

自分の足元を気にして歩く人は存在するけど、自分の胸のあたりを気にして歩く人はそんなに居ないと思うしさ

まぁただの予想妄想から無視して貰っても構わないんだけど、科学検証もしてないものへあまり頭ごなしに非難しまくるとひっくり返ったときに大変だよなと

2018-08-04

性における加害と被害非対称性はどこから生ずるのか

前々から疑問に思っていたことだが、男性は「見る」という行為においても「見られる」という行為においても、加害者たり得る。

「見る」性犯罪典型が「盗撮であるし、「見られる」性犯罪典型が「露出である

もちろんここで「男性」と書いたのは主語が大きすぎる & 偏見であり、妥当ではない。

当然ながら、女性盗撮犯もいるし、女性露出狂もいるだろう。

しかしながら、女性場合は「男性自慰行為を見る(窃視)」においても「男性自慰行為を見せる(露出)」においても、どちらも性産業としての需要が極めて高い。

犯罪リスクを冒すまでもなく、協力してくれる変態野郎は山ほどいるし、それどころかそれでお金を稼ぐことだってできるだろう。

当然ながら、上記文章についても主語デカ偏見不適切なのは言うまでもない。

ところで、アダルト漫画では「男と女性的観念を逆転させたらどうなるか」を思考実験する作品が多く見られる。

すなわち、童貞を捨てられて喜ぶ男 → 処女を失って喜ぶ女 の世界へと改変され、女性積極的セックスを持ちかけてくるようになる。

こうしたフィクション作品が成り立つのは、現実世界において男性と女声の持つ性的観念に「非対称性」が存在するからである

(※そもそも童貞を「捨てる」、処女を「失う」という言語表現のものが、性認識非対称性如実にあらわしている)

すなわち、見る―見られる行為に【加害】のウエイトが強くのしかかる性別と、見る―見られる行為に【被害】のウエイトが強くのしかかる性別とで二分されている。

痴漢盗撮にしても「男性被害者」はたしかに間違いなくこの世にいるし、事実、私(男)や私の友人(男)もじつは電車痴漢被害にあったことがある。

しかしやはり、周りに言っても信じてもらえないというか、信じてもらえても理解は得られない空気社会にはある。

もっとも、私や友人を痴漢した犯人はこれまた男性であったので、もしも痴漢してきた相手女性であったなら「あれはご褒美だったな」と被害に対する感想が180度逆転してしまっていた可能性は否定できない。

そう考えると内心は複雑で、やはりうまくは表現できないが、「非対称性」と呼ぶより他ない、よくわからないモヤモヤとしたものを感ずる。

やがて、人類性差がなくなって、みんなナメクジになってしまえば、男女間の不毛殺伐とした対立、争い、あるいは救いようのない断絶は解消するのかもしれない。

しかしそれは当分先の話となるので、増田としては卑怯にも結論を保留とし、あとの議論トラバ氏とブクマ氏の良心と見識に委ねることとしたい。

2018-07-15

悪役じゃない枢機卿が出てくるフィクション作品って

ある?

anond:20180714203618

一緒に育った兄弟姉妹結婚したいとはならないと思う。

手のうちが見えてる異性なんて恋愛対象じゃない。

フィクション作品でよくある子供時代は離れてくらしてたという過程があればまだわかる。

2018-06-22

anond:20180622234622

字数制限あん!?ごめん無知だったわ続き!

あのとき誘拐犯を擁護して被害者売女扱いしたアカウントほんとめちゃくちゃあって「でもわかんないじゃーんひょっとしたらさーいやネタだってマジになんなよバーカバーカ顔真っ赤―しかし家帰ったら女の子が待ってるとか犯人勝ち組でしたなーあー俺も女の子保護”したいなー」みたいなの山のように見たからな。実写化でそんな意見が更に補強されたら、誘拐面白がってオッケー娯楽にしてオッケーみたいになったらたまったもんじゃねえわと思ったよ。

私は私の生きる現実の為にひとつ作品の首を絞めたがお前らも同罪だからな。逃げんじゃねぇぞ。

そんなことで大人が人の楽しみを、少年少女のためのフィクション作品を奪い取るようなことは、本来あってはいけないんだ。

いか現実がクソだからってフィクション作品が消される理由は無い。だから漫画連載自体は無くならないでほしいなと思う。

勝手だけど。

【まとめ】

・陰惨な作品も、アンモラル作品も、たくさんある。消させていいなんて思わないし、生みだすことも魅力に感じることも当然の権利

・展開するメディア漫画小説テレビドラマテレビアニメ映画などそれぞれ触れ、受け取るハードルの高さが違うのではないか

・こっちのメディアOKならこっちのメディアでもOKだよね、とは簡単にはならないと思う。

・歳くって経験値知識があるぶん嫌なことのフラッシュバックがきっついし、だからといって無視できない影響力があるとわかってるから行動する。楽しみにしてたファンは恨んでくれ。ごめん

というのが今回の騒動の一面ではあるよという話でした。4行になったわすまん。

しかアンビバレント文章である。長々とした文章をここまで読んでくれて本当にありがとう

幸色のワンルームって何がそんなに魅力で、何がそんなに問題なんだよ

これ「https://note.mu/amakara_no_tare/n/na4eb53fb6768」を受けて書きたいと思ったこ記事

自分は今回に関してはテレビ局に慎重に取り扱ってほしい旨をメールで送った、ドラマ実写化に関してのみ規制賛成派。

該当作品ツイッター投稿リアルタイムで見てて、その後ピクシブのぶんだけ読んだ。

ここまで前提。

幸色のワンルーム少女にとって魅力的なのは「性」の扱い方にもあるんじゃないか

クロスメディア展開がへたくそなのと制作側が色々甘く見てそうで怖い

■実写ドラマ反対したい理由は色々だけど、私個人に関しては”自分のため”だったと思う

の3本です。長い。一番最後に3行でまとめたから忙しい人はそれ読んでくれたら嬉しい。

幸色のワンルーム少女にとって魅力的なのは「性」の扱い方にもあるんじゃないか

幸色のワンルームは単なる誘拐の話ではなく、ただの男女の逃避行でもなく、

理不尽にただ蹲って耐えるしかなかった少女が守るべきもの(=居たいと思える居場所、人)をはじめて得て戦うことで少女から大人へと羽化する話であり、

リアルの男女の性に絶望した読者に対して「男と女ではなく、大人子供でもなく、ひとりとひとりの人間として関係性を結ぶ」という夢を与える物語

と捉えることができる。できるんですよ。傍から見たら犯罪だけど。

問題誘拐ストーカー設定なくてもこれを描けたことだけど、その設定のおかげで(いろんな意味で)バズってるから  うん…)

「男とか女とか性とか支配支配とかラベルだけの話ではなく、ぜんぶひっくるめて、私という人間あなたという人間の話であり、救いの話」というふうに見たとき

正直、読み口としては2000年代商業BLブロマンスに近いなと私は思った。

少女漫画系譜だ。

実際幸色のワンルームの幸とお兄さんの関係は決して恋愛感情だけにはとどまらないという風に描かれています

加害者被害者であり、無自覚的な搾取する側とされる側であり、姫と従僕であり、ナウシカ王蟲の幼生であり、友情であり、慈愛や同情であり、恋愛感情もうっすらあり、依存であり、共闘関係であり、勘違いであり、共犯者であり、そして全てを肯定し合う関係である

から人気が出た。

恋も愛もべたべたラベルが付いてひと山いくらで売られていることを、十代の少女たちはとっくに気づいている。そんなふうに安っぽくない、けれど十代少女たちに門戸を開いているフィクション作品をもとめている。それがどれだけ過去文学映画漫画でありふれてやりつくされてきたものだとしても、「いま」「ここ」で「私たちに対して」向けられている作品に惹かれて何がおかしいのだ。

たこれは重大なポイントだが、お兄さんは性のにおいがしない。

デフォルメされた世界で成人男性記号ほとんど持たない、いってしまえば無性の存在メンタル的にもそう。

その上、精神年齢少女とほぼ変わらないため、罪の意識を持った姿は読者にはどこか可哀想うつる過去の傷があるらしく年下の幸が守らねばと思うほどいたいけでたよりない。幸に都合の悪いこともしない。

けど、男。

という風にドリームカスタマイズされてるキャラ

「そんなやついねえよ」だ。だからこれはファンタジーだし理想たりえる。リアルと切り離せる免罪符でもある。

ひと山いくらラノベに出てくる都合のよいヒロインから性の匂いをひっぺがしたようなものだ。少女にとって男の性は不要もの、というか幼いころから自分を脅かしてきたものしかいから、無い方がいい。幸の安心できる居住空間提供する為にも。

からストーカー誘拐犯の男、というショッキングスキャンダラスな設定はあるものの、それは今やおにいさんと幸が法を犯したことをしても問題ないというハードル下げのための設定になり下がっており、基本「ある日突然(可愛くて自分が居ないと生きていけない(A))女の子が空から降ってきた」と同義なのだ。ぺらっぺらだが、それこそが求められている。「怖くないから」だ。

(A)には「やんごとない身分の」「血のつながらない妹/姉である」とか、あと「大量殺戮生体兵器の」とか「妖怪の」とか「暗殺者の」とか「殺人鬼の」とか「サイコパスの」とか入ったりする。よくあるやろ。そういうのを①男女逆にして②リアル現代の③クライムフィクションチューニングすると

ついこないだあった事件そっくりで笑えなくなる、みたいなの超あるあるなんすわ…

からまあ、あるある作品なのだ正直。

そんなもんがあるあるになる現実の方がクソというだけだ。



クロスメディア展開がへたくそなのと制作側が色々ガバガバで怖い

はいフィクションだし少女漫画だし、問題ねーじゃんと思うだろ?私も思う。お兄さんは捕まるか虐待親に突撃して共倒れして死んで美しい思い出になって欲しいけど(どうせやるなら徹底的に幸に都合よく退場して欲しい)。

これが少女漫画カテゴリで人気がある分には。

あと作者と制作側がゆるゆるかつタイミングが最悪でなければ。

ツイッターへの最初投稿とか現実事件に対してタイミングが最悪すぎる件に関してわざとかどうかはもう「関係ありません」で貫き通すだろうし実際分かんねえからいいわ…。マジでインスピレーションさえ受けてないとしてももう運が悪かったと思ってほしい。というか当時あれだけのトップニュースすらチェックしてなかったなら作者はうかつだし、チェックしてても特に何も考えず出したならそれはそれで大変アレなのでそれは怒られても仕方ないんじゃねーかと思う。

特に問題に思うのは、クロスメディアするとしたら慎重にやるべき題材だったということだ。

先生!」「PとJK」の実写化の時も同じこと思ったけど(あれも「少女漫画なら素敵だがリアルに考えるとわりとやばい案件)今回は格が違う。なんせ誘拐犯でストーカーだ。どれだけ気を使っても使いすぎるということは無いだろうに…と思う。

後ろめたさも、退廃的なことも、この作品の魅力と分かちがたく結びついている。伝え方を一つ間違えたら倫理観を疑われる作品なのは変わらないのだ。

このへんは制作側の、なかでもプロモーションの腕が必要作品だろうなと思う。

たとえば、この作品ギリギリまで性のにおいを消臭できているのは、絵柄の影響が大きい。デフォルメが強く、リアルさは無いティーン向けの絵。虐めのシーンにも性的ものは見受けられず変態教師とのバトルでさえ匂わせる程度だ。

性も犯罪も、それが主題ではないのだと、なによりも絵が主張している。

また、この作品家族で見てやいやい言いながら見るより、一人で集中して見たいものじゃないだろうか?ターゲット現在テレビを良く見る層と被っているか?いないんじゃないかティーン原作ファンがこの作品を見て語り合うなら、家族よりも、同性で趣味の合う友達とではないか

からメディア展開を思い切り間違えてる気がしてならないのだ。

テレビでやるならアニメ作品にすべきだったと思う。その人気に火を付けた一端でもあるキャッチーな絵柄を生かし、フィクションであることを最大限利用すればよかった。あくまでこれは夢物語で、リアルとは違うのだとアピールすればよかった。それでも非難は受けただろうが実写化よりはましだったはずだ。「誤解されやすいけど本来こういう話ですよ」と12話でも24話でもかけてやればよかった。

実写化したいなら、この退廃的な作品映画の方が合うだろうと思った。それに映画館でしか見れない、というフィルタリングは大きい。実写化することでどうしても露悪的に、生々しい匂いになる画面をテレビから無作為にまき散らすのではなく、納得して料金を払い席に着いた観客にだけ誠心誠意向き合う形をとれば良かった。観客を巻き込んで二人の世界に浸れる場所を作ればよかった。

広告展開で規制派の火に油を注ぐ可能性は大いにあっただろうが、中止よりはマシな結果になったんじゃないか

なんで再現が難しい絵柄を実写で、なんでナイーブかつ視聴者を選ぶであろう題材を全国放送の誰でも見れる割にメインターゲットを逃しまくるであろうテレビで、やろうとしたのだろう。やはりコスト問題だろうか。

プロデューサー編集部も何考えてたんだろうな。

いや本が売れたらいいなと思ってたんだろうけど炎上商法やった割にリターンがアレ過ぎない?そうでもない?わからんけど

正直、ドラマ制作側も作者の方も編集部も、「現実にある犯罪を扱った現代である」という認識が甘すぎたのではないかと思う。

それも、未成年被害者がいる事件を、「犯罪としてではなく救済として描く」というひねりを売りにした作品でだ。

カリオストロの城」でも撮っている感覚だったのかもしれない。モニタ解像度低いわ。

もしくは、とてもリアルだと思ったから実写にしよう!と思ったのかもしれない。

そのリアルさは虚構で夢でしかなく、それでいてとてもありふれた現実だ。

だって、実際の誘拐幼児への事案はひっきりなしに起こっていて(マジでひっきりなしに起こっている)。

ストーカー誘拐犯の脳内で、自分被害者と愛し合っていたという美しい物語が展開されているのは決して珍しくないのだから

その恐ろしさを無視して、リアルに寄せる実写化をするのは賛成できなかった。

苦言を呈す派に対して作者からコメントは「実際の事件とは切り離してみてください」これだけだ。たったこ一言で全て免罪されるなら表現の自由とはなんとも気楽で無責任ものではないですか。いや作品内で色々ファンタジー要素盛って免罪符切ってるしあれこれ言及するより作品に集中するのは良い手だと思うけど無責任だとは思うぞ。

だって「世の中いろんな人もいる」と、これが現実でもありえるかもね、とでも捉えられるコメントを付けて世に送り出したのは、他ならぬ作者自身なのだ

ドラマにしても、女優に「実際にこういうこともあるかもと思う」というコメントを、編集もせず流してしまった。(これで規制派の使命感に火を付けたようなものだと思っている)。制作側止めろよ…

現代クライムフィクション作品でこのコメントが出るときは「だから怖いなって思いました」くらいのことが続くはずが、「実際あったら素敵」と続いてしまうような。

作品のものというよりもその周りの倫理観ガバガバなのだ現実ガバガバ

そうでなくても今現在、長年沈黙されてきたハリウッドやら世界的に女優性的搾取告発が起きてて転換期で、それでも搾取する側の擁護をやめない(「いや、でも女性側も望んでたんじゃないか」みたいなのワイドショーで沢山見ましたね!)、日本テレビ業界をつい最近私たちは見せつけられているのだ。そもそもの信頼感が地に落ちている時に「地獄の真ん中で搾取されてるけど女の子ハッピーです」みたいな作品作ってもそりゃ倫理観が疑われるだろという話だ。

フィクションはいだって現実と地続きなのだ

不倫ドラマももちょっと気を使ってるんじゃないのかな。

■実写ドラマ反対したい理由は色々だけど、私個人に関しては”自分のため”だったと思う

お兄さんと幸の間にある感情はとても純粋もののように描かれる。

それは憂いを帯びて美しい。破滅に向かっているからだ。地獄の上にある安息からだ。あかるい太陽ではなく、暗闇の中の星。

薄汚く、ふたりを虐めるものばかりの世界でここだけは綺麗であるように感じる。実際そうだからなのだろう。未来なんて考えたくもないし過去の事は忘れたい。いまここにある、おにいさんと幸のあいだにある、形容しがたいなにか、それだけが全ての世界でいたい。

それは読者の心を掴むだろう。特に、十代の少女にとっては。

この作品メディア展開が一つ潰れることで、悲しく思うファンもいるだろうなと思う。恨まれるだろうなとも。

つーか私も十代の時に、リアルで起きた殺人事件(娘が父を鎌かなんかで…)をうけて「ひぐらしのなく頃に」のメインキャラが義父を鉈で殺す回の放送が見送られた時「いやリアルとの区別くらいついてますけども~~~~~????」って怒ってたよ。

でも今(アラサーだよ)、もし「新幹線で鉈をふるう殺人事件が起きたけど、犯人は実は悪い人ではなかった」みたいなフィクション作品テレビで予定されてるとしたら…今の私は、「それは見送った方が良いのではないか」と思う。

区別がつかないのは、つけられないのは、大人のほうなんだ。

大人になるにつれて、想像力は広がりだけではなくリアルさを増していった。経験知識が増えたからだ。

「これのせいでちいさい子供や、少年少女が酷い目にあうかもしれない」と思うと、耐えられなくなってくる。大人になれば強くなると思っていたのに、陰惨なフィクションも年々見れなくなっている。それは、年を重ねた分現実に起きる陰惨な事件を、それに対する酷い言説を、これまで見過ぎて、現実を見過ぎて、どうしても思い出すから、なんだか嫌になっちゃうからだと思う。大人になるにつれて、後からまれてくる子たちが傷つかない世界になればいいと、祈るようになってきたからだと思う。

フィクションなのに、現実被害に遭って泣いていた子や、かつて嫌な思いをしたとき自分を、思い出す。被害者の絞り出す様な言葉や、それに向けられた酷い言葉の数々を、理不尽を、やたらと思い出して、想像してしまって、苦しいときがある。

子供の時はフィクション作品メディアの力を舐めてたし、大人になればもっと区別がつくようになる、

なんならフィクションを見てリアルを思い出すなんてオタク失格だとすら思っていた。

でもそうじゃなかった。

倫理観スイッチ切って倫理観ゼロ作品を楽しむには、TPOがある程度大事だと知った。自分家族を亡くした直後に、家族を殺す話を楽しく読めないように。

倫理観ゼロ作品は、倫理観ゼロ現実世界では楽しめないと分かった。楽しめるならそれは娯楽である以上に、麻酔や薬であり、治療なのかもしれないと思った。生きるための救済。

作品の影響力を舐めたらダメだと思った。面倒なオタクである自分偶像フィクションに命を救われてなんとか生きてきた。

ならば人の命を奪う作品が無いなどとどうして言えるのか。

から今回の幸色のワンルームへの規制は、わたしは(あくまで私はな)、

これを見た「大人」がリアルに起きた事件や今までの経験フラッシュバックに耐えきれなくて「やめろ、せめて少女漫画カテゴリなかにいてくれ。そうでないなら無作為にまき散らす前に対策してくれ無作為にまき散らされて何が起こるか分かってんだおれはくわしいんだ(※嫌なことを沢山思い出しながら)」

って言ったんだと思う。

そういう側面は大いにあると思ってる。

「それでも僕はやってない。」が公開された以降から痴漢被害者への二次加害が酷くなったって話聞いてワァーってなった。

そんな変遷を見てきたら「こういう作品が公開されたら、また…」というフラバもそりゃ起きるよと思った。

直前に現実誘拐事件があり被害者バッシングを見てるんだから余計に「あれが、また…」ってなるよ。(だから本当にタイミングが悪すぎたんだよ…)

からといって作品自体消したいわけではなかった。

というかそれはダメだ。現実がこうだから配慮して作品自体消そうみたいなのは私が一番やりたくないことだった。だからゾーニングフィルタリング推進派なんだけどさ。

そしてゾーニングフィルタリングメディアの差でも実施できると思う。その作品に触れるまでのハードルの差があると考えているから。テレビ特にハードルが低い。例えば映画館での上映や本屋で棚が分けられパッキングされた単行本等とはそれだけでも違う。同列に語れないと思う。

からってガチガチにこの本は誰向け!この本はこの性別この年齢このカテゴリ!とかマジ誰もやりたくねーよ。なにそのディストピアだよ。

ネックは「現実事件に対する二次加害が野放しなこと」だから、ここがマシになれば結果的表現の自由も守られるんじゃねーかなと思うけどどうですかそのへん。

ほんとね現実クソだったよ。現実誘拐事件おこす犯人マジでクソだったし被害者に向ける目も相当クソ。二次加害を大量に見過ぎて本当にメンタル削れたし、なによりオタクリアル事件に対する大喜利に慣れ過ぎて、被害者がいるっつーのに自分も一瞬「あっそんなひどいことされてなかったのかも?」とか思ってしまったのがめちゃくちゃ自己嫌悪で死にたくなった(自分ネットアイドル二次オタクカルチャー10数年どっぷりなんですよ)。「そんなわけねーだろ」と思った。被害者の苦しみをも加害者のやったことも軽視出来るもんじゃない。絶対

この感覚のままでいるのはやばいと思った。でもこれは曲りなりにも女体持ちで嫌な思いも散々してきたから「そんなわけねーだろ」と思えた部分はあるだろうなってのもあるし、「そんなわけねー話」をいくらでも茶化せる人がいるのも知っていた。

誘拐ストーカー盗撮被害者叩きも遠い世界の人にとってはそれはファンタジーだろうしな。

でもファンタジーじゃねえんだよな。

私が生きていく現実に影響があるんなら、私は私のために戦わないといけないと思ったんだよ。

あのとき誘拐犯を擁護して被害者売女扱いしたアカウントほんとめちゃくちゃあって「で

2018-05-25

性犯罪犯罪者欲望に同情されやす

anond:20180524231941

についてたブコメ

加害者論理放置されている社会加害者論理で動かされている社会。もう力尽きてしまいそうだ。

なんで加害者擁護しまくる人がいるのかいつもよくわからないでいる

性犯罪は他の犯罪と大きく違うところがある。性犯罪者の性欲が非犯罪者でも理解できてしまうところだ。

多くの人間がさまざまな媒体で、性暴力や性暴力に繋がる行為の様子が描かれたフィクション作品を手に取り、性暴力主体あるいは客体に感情移入して、時には自分欲望投影して、鑑賞することができる。


一方他の犯罪、例えば窃盗殺人はどうだろう。そりゃあ、物語上のイベントとして描かれているフィクション作品は無数に存在するが、

窃盗殺人のみを描き、その主体客体に感情移入して楽しむ作品ってのは、あるっちゃあるんだろうけど、少なくとも性暴力描写を楽しむ作品と比べればかなり少ないはずだ。



性犯罪報道に対して、加害者擁護する意見がよく見られるのは、性犯罪欲望理解できる人間が多いからだ。

そして、窃盗殺人加害者擁護する者が見られないのは、そんな欲望理解できないから。

児童虐待致死事件なんかだったら被害者への非難なんて皆無だろう。「あー、児童虐待してぇー」って奴居るか?

でも、口説ける見込みのない相手に対して「あー、あいつとエッチしてぇー」って欲望は多くが一度は抱えたことがあるだろう。

ただし、欲望を持つこと自体は悪いことではない。誰しも内心の自由がある。

悪いのは、それを現実におおっぴらにしてよいという風潮だ。


性的欲望は、他の犯罪欲望と比べて、タブー感がなさすぎる。

仮にこういうブログ掲示板などで殺人への憧憬を語れば、「中二病」「犯罪者予備軍」「通報した」などと非難中傷的なレスポンスがつくが、

性的欲望を刺激する特徴や出来事を語れば、同意共感建設的な意見など、比較肯定的ものが集まる。

性的欲望イコール性犯罪ではないが、本来同意を得た人間しか向けてはいけないものなのだから、ほうぼうに広げてよいものではない。



ツイッターなんかでよく女オタクプロフで年齢確認したり、エロを別の鍵垢に分けたりしているが、あれくらいの空気感がほしい

安易に広めるものではない、他人にあけっぴろげにするものではない、という空気感

性的欲望を語ることに寛容な風潮こそが「しょうがない」「これが普通だ」という加害者擁護を生んでいる。

2018-05-02

anond:20180501230545

ずっとフィクション作品のみで満足する意志があるなら問題なし

実行したいとか考えるようであれば

自分相手立場だったらどうかを考えろ、徹底的に考えろ、リアルに考えろ

・考えても実感できなければ、実際に中年男に身体を触られてみろ

と言ってやりたいところだが

それで本気で喜んで「幼女も同じように喜ぶはずだ」と思ったらお手上げだな

なお、日本人気質を考えると、「相手被害者)のことを考えろ」よりも

「お前が犯罪起こしたら家族や友人がどうか考えろ」の方が効果

本当にイヤな話だ、セクハラ性犯罪の抑止には、多分この説得法の方が有効

なぜなら

元より相手女性にも人格があるとか考えられない奴がその手の犯罪に走るから

2018-03-26

私が「女性だけの世界に住みたい」と思うことになるとはね。

ショックな出来事があってムカムカするけど誰にも言えないのでここに書いてみようと思います

酔った親類の男性から手を出されそうになりました。

部屋から出ようとしたら連れ戻されそうになって怖かった。本当に気持ち悪い。

普通なら手を出すなんてありえない状況だったので(相手も私だし)物凄く酔ってたんだろうなって思います

物凄く酔ってたのはわかるんですけど、だから仕方ないとは思えないです。私が大げさなんでしょうか?

私が小学生の頃から知ってる男性なんですよ。

特に懐いていたわけじゃないけど身内だから信頼してるじゃないですか。

こんなこと起こると思わないじゃないですか

今後親族の集まりに行くのも気が重いし、その男性の奥さんや子どもに気まずさを感じるのも嫌だし

その夫婦一家を壊したいわけじゃない(そんな心労追いたくない)から誰にも言えない

フィクション作品で「強引に女性に迫る男性キャラ」を見るたびにウエッとなるし

ショックで高熱まで出て、何で私がこんな思いをしなきゃいけないんだよふざけんなって思います

今まで、痴漢や変質者の被害にあってもまともな男はいるって思ってました。もちろん親切にしてくれた男性もいます

でもそういう記憶も一部の男性から受ける心無い行動で全部塗りつぶされちゃうんですよ。今は本当に「男」が嫌で関わりたくないです。

今後男性に心を開くことあるのかなって不安になります女性だけの世界に住みたいです。

何で男性を信用させてくれないんですか?何で恐怖を植え付けるんですか?何でお酒節制して飲めないんですか?何で女性を侮るんですか?

誰に向けてるのかもよくわかんないイラつきと悔しい気持ちでいっぱいです。

多分謝るために「こっち来て」って誰もいない部屋に呼ばれたけど、1回変なことされたら2人きりになるのって怖いんですよ。そのときは他の親族もいたのでスルーしましたけど。

謝られたところでそのときの恐怖と不信感はどうにもならないのでその話にも一生触れてほしくないです。一生関わらないでほしいです。


そうだ

こういったことがあった方、他のことをしているとき結構忘れられるので、誰かと一緒にいたり、全く違うことをするといいですよ。

私も吐き出したのでまた気を逸らしてうまく忘れるようにして行こうと思います

終わり

2018-02-24

題名は知ってるけど鑑賞したことのないフィクション作品No.1はなに?

とりあえず「ゴドーを待ちながら」を推しておこう

2018-02-20

パソコン背景性格診断

スマホの背景には対応していないので注意

初期設定

頼りがいのある人。みずから頑迷さに気づけるかどうかが鍵。

シンプルな背景

まあまあふつうな人。もっと主張していいし、はっちゃけてもいい。自分が思っているほど他人自分のことを考えていないと知るべし。

写真風景

ごくごく一般的な人。多少ズレていても一般性の軸がしっかりとしているのでブレない。

写真家族・友人知人)

真面目な働き者。物事を深く考えることができないので騙されないように常に注意したほうがいい。

写真有名人

良くも悪くもミーハー馬鹿にされがちだけれど、ミーハーを貫き通せば大丈夫

写真偉人

そんな人いる?

写真(人工物)

堅実な人。ややマニアックなので人を困惑させることもしばしば。

写真(空、宇宙、海中、砂漠など)

夢見がちな人。人生に迷っているので、ちっぽけなプライドは捨てて、だれかに占い師でもいいから)相談すべし。

写真動物

みんなの潤滑油あるいは緩衝材。あまりモテないけれど、そういう星の下に生まれただけなので気に病む必要はない。

イラスト人物動物がメイン)

ナルシスト。美形だとキマっているけれど、そうじゃなかったら悲惨。鏡とよく相談すること。

イラスト風景・人工物がメイン)

自分他人とはひと味違うと思い込んでいるけれど、そんなことはない。写真風景写真(人工物)の項を参照。

イラストディズニーなどのキャラクター系)

優秀でもないし頭もよくないけれど、周囲とうまく合わせていける人。仕事もそつなくこなすのに、なぜか馬鹿にされがち。こういう人を馬鹿するのは品性がない証拠

やたらと幻想的なイラスト

自分他人とはひと味違うと思い込んでいるけれど、そんなことはない。写真(空、宇宙、海中、砂漠など)の項を参照。

フィクション作品写真イラスト

これをクールだと思っている人は中途半端ミーハー、とくに注目されることな人生を終える。クールだと思わない人はキモオタ、良くも悪くも印象的。

パッと見でなにかよくわからない写真イラスト

自分を完全に見失っている。バランス感覚が大きく欠如している。もう人に相談かいレベルじゃないんで、強く生きろ!

二次大戦以前の芸術作品

自分クレバークール人間だと思い込んでいる勘違いクソ野郎。周囲からはつまらない・意味不明気持ち悪い人間だと思われていて、最悪の場合セクハラをはたらいているけれど、当の本人はまったく気づかないどころか周囲を小馬鹿にしている。みずからの偏った知識しかも古臭く、やたらと権威主義的で、そのくせ穴だらけのガバガバ雑学知識)を誇っており、二十一世紀いまを生きる人間(とくに創作をしてる人)をなんの考えもなしに嘲笑する品性のなさに気づけない。自分はこの世の真理にすこしは近づけているはずだ!という無様な妄想をふくらましているけれど、じっさいは常識知らずで頭の能力が低いだけ。これらのことをちょっとでも指摘すると逆ギレ説教がはじまる。その内容は、私のような高らかな知識(笑)豊富経験(笑)を身につければ無知なお前にもわかるようになるよ的な内容、知るかボケナス。ほんとうに救えない。どうしようもない。手遅れ。恥知らず。もう手の施しようがないんで、このまま愚かな一生を過ごせばいいよ。

現代アート

ダメ人間

2018-01-25

anond:20180125212312

もうこういう男女対立煽りやめよう悲しいだけ。

今回の話での収穫は「妄想ならば問題ないらしい」ってこと。

フィクション作品犯罪示唆するものなどではない限りはまず問題ないし不満はないってことだろうし、創作物が盛んになる主張とでもとらえておけばいいのでは?

2018-01-07

アメリカ星は無知惑星と思われる」 映画の異星人メイク

アメリカで上映された映画で、俳優が異星人に扮するため特殊メイクをしたことを受けて、人種差別文化的配慮が足りないとの非難が相次いでいる。

映画スター・ウォーズ」では、有名な惑星タトゥイーンのジャバ・ザ・ハットを再現しようと、俳優ナメクジのような姿の特殊メイクで造形した姿で登場した。この造形の考案者はヒキガエルとチェシャ猫を合わせた姿と述べている。

顔や体型を特殊造形して風刺するいわゆる「アプライエンスメイク」は、全宇宙的にはきわめて侮辱的な風習だと広く受け止められている。ジャバのイメージアメリカ大衆文化に大きな影響を与え、彼の名前肥満や腐敗の象徴としてフィクション作品政治風刺に度々用いられている。「ジャバ・ザ・ハットのように見える」という言葉は、それを向けられた相手が「太っている」または「外見が醜い」という意味で用いられる。

タトゥイーン星出身ハット族の作家コラムニスト、リチャードソン氏は、ツイッターでこの作品問題を指摘。ハット族は、「笑いのオチ小道具」ではないと主張した。

氏はツイッターで、「#アプライエンスメイクで出演するアメリカ星の人へ。ハット族だというのは、オチ小道具じゃないんだ。ジョーク必要? もっと腕のいい作家を雇って。ハット族キャラ必要なら、英語を話すタトゥイーン人俳優を雇って。でもお願いだから、#アメリカ星でアプライエンスメイク止めて。カッコ悪いよ」と書いた。

リチャードソン氏は、自分にとって「悪夢シナリオ」は2028年アメリカ星で開催される宇宙五輪開会式で、「ハット族アスリートを称えるため特殊メイクに扮した俳優がチャルマン酒場演奏をやらかすんじゃないかって、真剣不安だ 」とツイートした。

「大失態だ! だからお願いだから、今すぐアメリカ星人はアプライエンスメイク止めて」

2017-11-22

エヴァンゲリオン

世の中に影響をあたえて、綾波っぽい女の子フィクション作品にあふれたけど、同時期のヒット作のるろうに剣心世間にまったく影響を与えてないのはどういうことなんだろう。

2017-06-17

クジラックスの件で分かった、2つの表現規制

ヘイトスピーチ規制するのにクジラックス規制しないのはなぜか

https://togetter.com/li/1120827

表現の自由に関して。

いまさらだが、表現規制派は、大きくわけて2つあることに気がついた。

  

一つ目は、ポリコレ派、ゾーニング派というべきもの

この立場クジラックスが描くエロ漫画に対し、その作成・配布・所持の権利尊重する。

それと同時に、「あまり目立つ場所には出てくるな」「ゾーニングもっと強化しろ」という条件をつける。

他には、「模倣犯を出さないように注意書きを載せてくれ」という要求もこれに含まれる。

これはどれだけ厳格な規制を求めているとしても、漫画存在のもの抹殺するものではない。愛好者たちはこの世界の片隅に追いやられるだろうが、そこでエロ漫画をひっそりと楽しむ分は権利保障される。

  

二つ目は完全な規制派だ。たとえるならば欧米っぽい方式であろうか。

これは、クジラックスが描くエロ漫画を「児童ポルノ」と見なす立場である

この場合、どれだけゾーニングを厳しくおこなっても、フィクション作品だという断り書きを付記しても、ああい漫画児童ポルノに当たる。だから作成・配布をしてはいけない。さら単純所持ダメということになる。

  

上記2つとは少し違うが、これ以外には「漫画の内容を変えろ」という主張もあった。

これは、「漫画の内容をマイルドに変えろ。さもないとゾーニングを強化してやる」という意味ならば前者になる。

一方、「けしからん表現があるから修正しろ。さもなくば世界から抹消してやる」という意味ならば後者になる。

  

はてサリベラルフェミニズムの人たちは、どっちの味方につくの?

  

  

  

追記(2017/6/19)

id:cloq ゾーニング強化ってあれ以上何ができるの? 違法アップロードサイト攻撃して石器時代にもどすとか? 警告文はイベント主催とか販売サイトクライテリアにするのがいいかもね。知らんけど

ゾーニングの強化をやろうと思えば、厳しくする方法いくらでもあります一般公開されたTwitterブログでの宣伝行為禁止して、それに違反したら罰金を科すとか……。

模倣犯を出さないようにする注意書きにしてみても、現状でそれを義務付ける法律はないのです。だから、そういう意味でまだ不徹底と言えるかもしれませんね。

私は必ずしもゾーニング強化に賛成するわけじゃないですが、ただ逆に、ゾーニングを完全撤廃して自由にさせろ、成人指定も外してしまえと言っている人はほぼ皆無だと思いますゾーニングのあり方については、たびたび再検討が求められるでしょう。

id:hanyan0401 ゾーニングの強化を主張をされる方は、例外なく現在ゾーニング施策に関する情報を有していない印象がありますコンビニグレーゾーン誌は通常の成人向け雑誌よりも表紙等配慮されているということすら知らない。

それ以前の問題として、規制必要だと言っている人たちが、いったい何のことを指して「規制」と言っているのか不明なのです。ゾーニングを強化した上で漫画の存続を認めるのか、それとも存続をまったく認めずに漫画抹殺しようとしているのか?

前者ならば、あなたのおっしゃるとおり、既存ゾーニングについて正しい知識を共有してもらって適当な落とし所を見つけることが可能です。規制は結局のところ程度の問題だし、たとえどれだけ厳格なものになったとしても、漫画を楽しむ権利はぎりぎりのところで残ります

後者については、そういう落とし所がないのです。フィクションである漫画(ひいては文芸)の表現に、絶対に描いてはいけないものを定めることになります

id:santo ゾーニングベストと思うけど、公式ゾーニングしても違法サイトダダ漏れなのは、どうすんだろうね。かといって監視社会も嫌だしなあ。

海賊版は、興味を持ってインターネット検索しないと、普通アクセスができません。自分がわざわざ探してきたものに対し、「ゾーニングが不徹底だ」という不満を漏らすのは、さすがにちょっと筋違いかなと思います

もっとも、上述したTwitterでの宣伝行為とか、2ch掲示板での拡散行為まとめサイト画像が多数転載されているのも事実です。その点については、ゾーニング強化で対策する余地があるかもしれません。

id:quick_past そもそも自由というもの各自がその責任を負い、そのうえで注意深くハンドリングして成り立つものだよ。何かを消費するとき、どうじにそうした自分が何かを傷つけてないかに想いを置くものでは。

今回の件では、このような意見をたくさん見かけたんですが、良識ぶってこういうことを言う奴が一番ダメだと思います

自由には責任が伴う」「他人迷惑を考えろ」と頭ごなしに叱りつけて、ものすごく理不尽校則を押しつけてくる体罰教師みたいなもんです。そういえば一部の政治家も、「権利には義務が伴う」(権利ばかりを求めるのはワガママだ)という言い回しで、国民の諸権利弾圧しようとしています

言うまでもなく、一人の市民としては、自由とその責任について考え続けることが大切です。しかし、威圧的にふるまう国家権力(とそれに味方する人々)が、今まさに規制されようとしている側に向かって「責任を果たせ!」と恫喝するのは、何ともイヤな感じがします。

それならばせめて、具体的に何をどうしたら責任を果たしたことになるのか、規制推進派が最初に述べるべきだと思うんです。改善点とその合格ラインをあげず、やみくもに責任だの規制だのと言ったら、それは「性表現を全廃しろ」という意味にも取れるんです。こんな言い方をされると、表現活動はいちじるしく萎縮してしまます

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