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はてなキーワード: 生演奏とは

2021-04-13

北欧交通機関面白いなあと思ったのは

バスとかの中で楽器演奏させてくれたりするんだよなあ

まあ、流石に何をどう演奏していいかというレギュレーションはあるだろうけど

北欧メタルゴス家族で観に行くぐらい緩いところもあるけど、流石にアウトだと思われる

環境音楽的にジャズやクラッシック生演奏流れるなら、まあ許せるのではないだろうか

日頃儲からないアーティストの人たちの収入にもなるし

2021-02-28

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その11

https://anond.hatelabo.jp/20210223005708

もうここまでくると、「音に囲まれた」ことではなく「情報に囲まれた」ことに近いではないかと思うが、私の中では依然として「音」なので抜き書きができると思う。

ピアノコンクールの待ち時間は、図書館相場が決まっていた。

審査まで待たなければならない。

そうすると、子供たちは、自然と近場の図書館に集まる。

あの図書館は閉館はしていないと思われるが、やはり、小さな図書館であり、その日はコンクールの結果待ちの子供でいっぱいだった。

毎年がこの調子だったらしい。

そこには、禁持ち出しの、最新名曲解説全集があった。

現在は、作曲家名曲解説ライブラリーとして改訂された本である

なぜ改訂されたのかは理由がある。それは、著作権法改訂国連から勧告を受けたため、存命の作曲家に関する記述が認められなくなってしまったのである

悔しいが仕方がない。音楽之友社は、急いで「作曲家名曲解説ライブラリー」として、著名な作曲家だけを厳選することにした。

しかし、まだ最新名曲解説全集がそのまんまの図書館は多かった。

どこの地方都市図書館にもあったらしい。

学校図書館にも多くあった。

そうしたら、どういうわけか、管弦楽曲Ⅳの項を読むことになった。どうしてそんな本を読むことになったのかわからないが、今の音楽家は何をしているのかなという意識が、中学1年ではあったんだろう。

そこには、クセナキスのアホリシス解説があった。

正確には思い出せないが、「この曲を理解するには高校3年から大学初年度の数学の専門知識必要で、ポアソン分布が」と書いてあった。

理系に進もうと思ったのはこの時だったに違いない。たった一冊の本人生が変わってしまったのである

かに本を読み続ける小学生中学生に交じって、私もじっと黙って本を読んでいた。

私の故郷の不気味な薬屋の沈黙というほどではなく、冷房が適度にかかった快適な環境で照明が明るかったことを思い出した。

はいまだにクセナキスのアホリシス生演奏に接したことはない。

2021-02-21

anond:20210220202618

「どんな音か」よりも「誰が奏でるか」に、観客の関心が向いているからでは。

 

リモート演奏ができるようになった今でも、観客にとって目の前での生演奏価値って高いんだろうな。

2021-02-20

anond:20210220212433

ああ、そういうことか。

そういう物なら既にいろいろ作られていて実在するよ。

デジタル技術以前のもので、からくり人形的なメカで作られたもの19世紀あたりからいろいろある。

時々テレビで取り上げられているし、俺自身海外で見たことがある。ピザ屋かなんかのレストランにあった。楽しかったけど、まあ、オルゴールの複雑なやつ的な位置付けであって、人間による楽器生演奏の替わりになるようなものでは全くない。

2021-02-16

コン喫を知らなかったので

ググる前に、なんの【喫茶】なのか考えてみることにした。

”会話のリハビリ”とのことなので、喫茶でありながら店員と会話をする店であることは間違いないらしい。

メイドカフェみたいなものか。

コンが、最初言葉なのか最後の言葉なのか。

以下、コン喫の予想

コンサート喫茶

生演奏を聞く。会話がなさそうなので違うと思う

合コン喫茶

しっくりこないし、合コン喫茶を合わせる意味がわからない

・コンセプト喫茶

メイドカフェのようなもの

忍者執事など一定のコンセプトに基づいた喫茶

これが大本命か。

しかし、コンセプト喫茶にいる男性店員執事など?)は、客と他愛ない話をしてくれるものなのか。

かにも何個か考えてしまったけど、本命が出てきたのでこのあたりでやめておく。

2021-01-15

聴き間違え

「好きな〇〇っているかい?」

「ああ!今聴いてるのはKarol SzymanowskiのSymphony 4だよ」

女の子の話だよ…」

どこをどう聞き逃してこんなやり取りになったのか覚えてないが、こんなことがあった。

当時何十回もカセットテープで聴いていたのは、Szymanowskiの交響曲第4番で、ルービンシュタイン独奏を務めたものだった。

この曲も日本生演奏聴くことはほとんどできない。

まだ20世紀は、ルービンシュタイン盤くらいしかまともに弾きこなせている演奏がなく、後日フルスコアで音符を確認したことが懐かしい。

今は、Jan Krzysztof Broja盤が丁寧な演奏お勧めである

キュレーターとは,現代美術文脈において展覧会企画運営等を総合的に指揮する人のことである。どんな作品を取り扱うのか,どんなタイトル展覧会にするのか,展示の順はどうするのか,ライティングは?解説は?チラシに掲載するキャッチフレーズは?等々。

今日クラシックにおける自主企画演奏会は,多くの場合プレイヤーがやりたい演目をやる」ということになっている。もちろんそこにコンセプトやテーマがあったりする場合もあるのだが,美術作品とお客さんをキュレーターという専門家架橋している美術市場と異なり,クラシック市場にはキュレーションを専門に勉強している人がいない。現状コンサートマネジメント演奏家がやっているわけだが,あまりに画一化しすぎているのではないかクラシック音楽にも,お客さんと作品キュレーション架橋する発想があってもいいのではないか。そのあたりのことが気になってのツイートだった。

ということで,このnoteではこの件についてもう少しだけ深堀してみようと思う。久々の投稿ですが,お付き合いください。

目次

1.現状は相変わらず「上手い人一強」の世界

2.運営さん,ゲームバランスの調整まだですか?

3.キュレーション差別化手段になりうる

4.プレイヤーキュレーターorプレイヤークリエイター

5.まとめ

1.現状は相変わらず「上手い人一強」の世界

繰り返しになるが,現状のクラシック自主企画コンサートは「演奏家がやりたい演目披露する場」として機能している。これ自体が悪いわけではないし,演奏家独りよがりだと批判するつもりもない。もちろん演奏家選曲プログラムノートに苦心しているし,そこには確かに工夫の痕跡がある。

でもね,正直クラシックコンサート演目って似たり寄ったりじゃないですか。

コンサートに「一度も聞いたことのない楽曲」が含まれていることは稀だし,大体定番曲が並んでたまに新曲初演があるくらい。クラシックサックスなんかはまさにそうだ。クラシック音楽が「過去音楽再現する」文化である以上,演目の重複は避けられない。まぁこれは仕方のないことではある。

ただそうすると,当然誰しもが「同じ曲を聴くなら上手い人の演奏聴きたいよね」と思うようになる。つまり技術で劣る演奏家演奏会に行く理由がなくなってしまうのである

このnoteでも何度も言っていることだが,クラシック音楽特に文化的に醸成された良さや美しさの基準」が強烈に機能するジャンルで,「この人あんま上手くないけど個性的で好き!」とか「この若手は下手だけどトッププロにはない魅力があるなぁ」みたいな評価が生じにくい。また,特にクラシックサックスのように難しい近現代曲が必須レパートリーになっているジャンルは,必須とされる技術レベル結構高い。例えば音色がめちゃくちゃ魅力的だったとしても「指が回らない人は使えない」「スラップタンギングできない人はコンクールの一次予選の課題曲が吹けない」みたいな悲しい評価が下される。

結果的に,クラシック演奏家市場では「楽器の上手さ」が保障されているプレイヤーしか人が集まらない状況が生まれやすいのである。これは,ブルーハーツ東京事変がどちらもCDになって成功できるポピュラー音楽とは事情が全く違う。ブルーハーツみたいなパンクロックって,演奏したり作曲したりするのに必要西洋音楽技術結構低いんですよ。川谷絵音東京事変King Gnuの曲とは複雑さが全然違うわけです。それでもブルーハーツとかモンゴル800とかが世間に認められてCDを出しているという事実は,「ポップスクラシックに比べて多角的評価されている」ということの証左だろう。個人的にはとても健全だと思う。一方のクラシック演奏家市場は,「楽器の上手さ」がほぼ唯一の評価観点として強烈に幅を利かせているのである

2.運営さん,ゲームバランスの調整まだですか?

プロ世界なんてそんなもんだよ」というかもしれない。でも,僕はこの「楽器の上手さというパラメーターが最強の世界」が気にくわないんですよね。

例えばこれが「クラシック演奏家育成」をテーマとするソーシャルゲームだったら,と思って考えてみてほしい。

このゲームでは,プレイヤー最初ガチャで引いたキャラを「一流のクラシック演奏家」に育て上げることが目標とされている。当然キャラクターには「楽器の上手さ」というパラメーター以外にも「音楽史についての知識」とか「自身活動への俯瞰的視座」とか「個性的音色」とかのパラメータもあるわけで,キャラによっては「音楽史についての知識」が先天的に強い,みたいなやつもいる。当然プレイヤーもその辺をコツコツ育てたりするわけだ。なのに,「音大卒業」というチュートリアルイベント以降,ゲームで勝っているのは「楽器の上手さ」のパラメータに全振りしてキャラ育成をしたプレイヤーのみ。もっといろんな勝ち方があるとおもってたよ…最初キャラガチャで「音楽史についての知識」が強いキャラを引いた人はどうしたらいいの…運営しっかりしてくれよ…

まともなゲーム運営なら「これだと勝ち筋がひとつしかないゲームになってしまうな。よし,他のパラメータを育成した人が勝てるようなイベントを投下するか!」などといった対応がなされるはずだ。しかし,このゲームにおいて運営がそのような神対応をすることはない。いつになったら修正はいるの?まだなの??もう勝てそうにないし…リセマラするかゲームやめるかどっちかだな…。

…まぁでも現実世界にはゲーム運営はいないし当然リセマラもできない。だれもゲームバランスの調整をしてくれないのだ。結果的に,「楽器の上手さ」が一定値を超えていない人は今後も仕事がないし,今仕事がある人でさえもそれを上回るパラメータをもった若手が現れた瞬間に仕事を取られる世界になっている。多様性とは程遠い市場が出来上がってしまっているのである

3.キュレーション差別化手段になりうる

そこで,「せめて僕の周りにいる音楽家には幸せになってほしい(そして一生楽しい飲み会に付き合ってほしい)」と考えている僕は,「演奏会プログラミングやプログラムノート等に拘りまくってお客さんの聴取経験を素敵なものデザインできれば,技術トッププロに勝てない演奏家にもファンがつくのでは?これってつまりキュレーションでは?」と考えた。

モナリザ」みたいな超有名絵画を目当てに美術館に行く場合を除き,僕たちは「特定の絵」を見にいくというより「その展覧会デザインされている体験」に価値を感じて美術館に足を運ぶ。例えば僕は以前「ベルギー奇想展」という展覧会にいったのだが,一つ一つの絵のクオリティというよりも,複数の絵の鑑賞を通して得られたその展覧会全体の印象のようなものに興味を覚えた。「作品価値」ではなく「作品群を総体として経験することの価値」に感動したのである。まさにキュレーションの賜物だったのだろう。

また,「ベルギー奇想展」というタイトルやチラシに載せられていたペストマスクみたいなデザインキャラクターにも強烈に惹かれた。頻繁に美術館にいくタイプではない僕でさえ,「行ってみたい」と思えたのである。そして,この辺のこと全てを把握し,「美術館での体験」をデザインする人がキュレーターなのである(と僕は思っているんですがあってますかね。もしかしたら広報にはそこまでコミットしないキュレーターもいるのかもしれない)。

一方,クラシック音楽演奏会はどうだろうか。そこに「体験デザイン」という発想が見て取れる場合は少ない。もちろん選曲や曲順にこだわりが詰め込まれていることはわかっている。それでも,普段美術館に行かない僕に足を運ばせたような,「作品群を総体として経験することの価値」を際立たせるようなコンサートってなかなかないんじゃないかな。少なくとも,多くのプレイヤーは,「コンテンツ演奏楽曲)のクオリティ,そのほかはあくま付属品」だと考えているし,むしろ演奏クオリティのみでガチンコ勝負することが美徳だとされている感さえある。でも先ほども指摘したように,この土俵で戦って勝てるのは「楽器の上手さ」というパラメータが抜きん出ている人だけだ。

キュレーター自分作品を作れない。その代わりに,個別作品の羅列に「作品群を総体として経験することの価値」を付与する。演奏家も,キュレーターのように体験デザインすることができれば,お客さんを呼べるのではないか,というのが冒頭で引用したツイート意図だった。つまり,「楽器の上手さ」以外のパラメータを活かせる場はありますよ,ということだ。

具体的には,音楽史や楽曲分析に関わるパラメータを磨いてきた人は,それを用いてMCや曲目解説選曲で魅せることができるだろう。その場合,チラシやSNS広報のあり方も抜本的に考え直さなければならない。このへんについては別途記事を書こうかな。とにかく,僕は「楽器の上手さ」のパラメータが高い上位5%の演奏家しか生き残れない現状を打破する手段として,キュレーションの発想を生かさない手はない,と考えている。

4.プレイヤーキュレーターorプレイヤークリエイター

はいっても,「そんなことできねーよ」という声も聞こえてきそうだ。キュレーションそれ自体仕事にする人がいるんだから,「作品に対する俯瞰的視座をもって聴取体験デザインする」とかめちゃくちゃ高度じゃん。自分たちは演奏家なんだよ,演奏以外やりたくねぇ!

…まぁもちろん気持ちはわかるんですが,今の僕が「楽器の上手さ」のパラメータで勝てない人にできるアドバイスは,①プレイヤーキュレーターになれ,もしくは②プレイヤークリエイターになれ,くらいしか思いつかないのが現状だ。すいません。

クラシック演奏家って特殊立場なんですよね。CDスピーカーがなかった昔のヨーロッパなら,演奏家はまさに一家に一台欲しい人材だったはずだ。演奏家がいないと音楽聴くことすらできなかったのである。そのような時代背景とパトロンがいてこそ演奏家という仕事は成立していた。でも現代ではbluetoothスピーカーとAppleMusicがあればいくらでも自宅で音楽を聴けてしまう。馬車や人力車自家用車にとって変わられたように,そして今後タクシー運転手自動運転にとって変わられるように,中途半端演奏家オーディオ機器および音源の中の一流プレイヤーにとって変わられるだろう。個人的には,オーディオ機器音楽サブスクリプションサービスの発達は,演奏家という職種に対する破壊イノベーションだと思っている。

からこそ,演奏家は「他者作品再現」以外の価値を作らなければならないのだ。

こういうと,「演奏家だって生演奏という価値を生み出している!!」という反論が聞こえてきそうだ。もちろんわかってます。僕はクラシック音楽愛好家なので,生演奏に魅力を感じています。でも「生演奏は素晴らしいのでサブスクで聴かずに演奏会に来てください!」という売り方をしたとしても,多くの人は,「わざわざホールまでいって中の上くらいの生演奏聴くより,自宅のスピーカートッププロ演奏聴く方が楽だよな…」と考えるのではないだろうか。コンサートホールまで往復2時間かかるし,演奏会って夜ご飯時間丸かぶりだし,拍手するタイミングとかマナーとかよくわからないし…だったら家で聞けばいいや,「楽器の上手さ」ならこのCD中の人の方が上でしょ?…これが一般人残酷本音のような気がする。だからこそ,「作品群の連続体験デザインする」というキュレーターとしてのスキルを磨いてはどうか,という提案をしているというわけだ。

また,オリジナル作品を作れる演奏家も強いと思う。むしろこっちの方がわかりやす価値提示でき,周りと差別化できるような気もする。「他者作品再現」や「生演奏」以外の価値を生み出す上で手っ取り早いのは作品を作ってしまうことだ。もちろん,他の作曲専業の人々と張り合うような作品を作るのは難しいしむしろ得策ではないので,毎回演奏するアンコーピースだけ作るとか,曲間に即興演奏を入れるとか,そんなことから始めてもいいかもしれない。

ちなみに,「自分作品を持った方がいい」と言っているクラシックサックス演奏家出身の僕自身作品を作っていないのはなんか説得力がないと思ったので,最近気が向いた時に曲を作っています

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2020-12-15

リアル声優からVTuber推し変してしまい、禁忌に悩まされるオタクの雑

私は20になりかけの学生オタクである


以前は声優推しだったが、推し引退や新たな推し担当しているコンテンツに飽きてしまい、じわじわ声優オタクから離れてしまった。

流れ着いた先はここ数年話題となっているVTuber業界。あえて個人名は出さないが歌に惹かれたり、話に惹かれたり、ゲームスキルに惹かれたり……

推し始めるのに時間はかからなかった。


つい先日、推していたVTuberライブを行った。

私は運よく現地のチケットが当たり、さらに発券してみるとステージの間近の座席に座ることができた。


私は声優推しの頃からライブに行く人物であったが、今回初めてVTuberライブに参戦することになった。

元々配信等で歌唱力に定評のあった人物であり、当日の生歌にとても期待をしていたし、不安もしていなかった。

メタい話にはなるが、VTuberステージ上にどのように表れるのか、バンドメンバーや観客とどのようにコミュニケーションを取っていくか……等々、技術的な演出面もとても興味があった。


当日は歌こそ主眼ではあったものの、上記技術的な面も垣間見ようと思いながら現地に向かった。

そしていざ本番、ステージ上の高画質・大型スクリーン上には圧倒的な歌唱力披露する推しの姿があった。


まさに圧巻の歌唱力であり、生歌と生演奏、声が出せないとはいえ盛り上がった会場の雰囲気も相まり、この世界の全てに感謝したくなるほどの感動を覚えることができた。


本番も終わり、終演放送も入り、いざ会場を後にしようという頃には、「VTuber?まぁ軽く推してる感じかなぁ~」という気持ちは「○○さん最高、私の最推しですわ」という強い”推し”の気持ちに変わっていた。

その後当日参加していた他のVTuberを含め、複数感想配信を聞いていく上で、この気持ちにある考えが混じってきてしまう。



私は「VTuberというキャラクター」を推しているのか?それとも「VTuberを演じる中の人」を推しているのか?



という考えである


VTuberには「担当声優」や「中の人」というのは基本的存在しないし、無いもの公表されない(一部例外アリ)。

おおよそその存在を醸し出すことはあれど、明言はされないものである


しかし私が元々いた声優オタ界隈は、基本的に”キャラクター”を演じている”声優”、つまり中の人”を推している界隈であった。

声優さんが演じるキャラクター自体が好きなこともあったが、根本には”推し声優”そのものを推す心があった。

そのため演者名前公表されるし、お渡し会等のリアルイベントも頻繁に開催されていた。

この「中の人」を意識し「中の人のもの」を推す界隈にいたこともあり、私は上記の考えに至ってしまった。


また、私の専門は情報工学であり、「VTuber」という存在を形作る技術はほぼすべて頭の中に入っている。

まり、どのようなスタッフが、どのように協力をして、どのようなソフトハードを用いて、どのような行動を取ればVTuberとなるのか、ということがおおよそ分かってしまうのである

かくいう私も自らソフトウェアを自作しており(未出未完)、VTuberになってみようかな?と考える程度には、「中の人」について理解をしている。


表立って話すことは滅多になくなった「中の人」論であるが、「完全な無」から「声が出て動きもできるキャラクター」を生成する技術が無い現代では、「キャラクター」には確実に「演者」が存在する。

明日になって唐突技術的特異点にでも到達しない限り、「中の人」は切っても切れない存在である


また、大きな事務所所属しているVTuberは、だいたいの人物は以前に生配信動画投稿を行っていた人物である。要するにVTuberになる前に活動していた「前世」が存在する。

中の人」はバーチャルでない前世から輪廻転生し、VTuberになっているのである


ここまで話しておいて、「いや!推しの○○ちゃん中の人とか前世とかないから! ○○ちゃんは今画面上にいる○○ちゃんだけだから!!」という純粋強火オタクはいるだろうか。

正直、様々なコンテンツを疑ったり背景を考えることなく、ストレートに受け取れる人物を、私は尊敬するし、もはやそうなりたいレベルである

しかしそのように受け取るには、私は様々なことを知りすぎてしまったのである


知ってしまった以上後戻りすることはできず、VTuberを推すときには、常に”前世”のことについて考えてしまう。

配信画面の向こう側、配信スマホの向こう側には、私たち視聴者と何も変わらない、血の通った人間がいることを想像してしまう。


あの歌声を持つ推しは、前世で振るわなかったからここにいるのだろうか。

前世で振るわなかったのに今更話題になって、悲しんだりはしないのだろうか。

VTuberで売れても自分の顔や名前は一切売れないことに辛さはないだろうか。


その答えを得ることは一切できないと分かりながら、活動の裏にある悲しみを想像してしまっている自分がいる。

知れたところで何かできる行動はないのだろうが。


推しに対して辛さを抱えるならば、推さなければいい話だという意見もあるだろう。

しかオタクというものは、一度推し始めたら生半可な辛さでは推しの炎は消えないのである

それが中の人推していようが、バーチャルキャラクター推していようが、表面上の”推し方”には、恐らく変わりはないのである


私の不安や思いとは裏腹に、今日推しは生配信をし、コメ欄の皆と笑いあっている。

恐らく中と外どちらを推しいるか、という問いに答えは出ないだろう。


からこそ私は、様々な思いも胸に抱きつつも、推しの笑い声を聞きながら秀逸なコメをする1人の視聴者になるのである

2020-12-13

ヒプアニ 11感想 「DEATH RESPECT」ぜひ聴いてください

ヒプアニ(ヒプノシスマイク Rhyme Anima11


やりたい展開にあわせてキャラを動かした結果魅力を損なった、と感じました。


原作での決勝バトルの曲「DEATH RESPECT」(作詞:KOJIMA 作曲編曲山嵐)はとっても格好良い曲です。

ヨコハマシンジュクは特に確執はない、どころかチーム同士の関係はむしろ良好な方なのでどんな曲になるのだろうと当時はドキドキしていたのですが、リスペクトがありながらも熱いバトルを繰り広げている非常に格好良い曲が発表されて、ものすごく興奮したのを覚えています


ロックバンドの方が、ドラマCDを聴いて関係値を丁寧に拾い、こんなに格好良く仕上げてくださったのです。

(当時はまだコミカライズ存在していませんでした)

プロってすごいと思いましたし、真面目にヒプノシスマイクに向き合ってくださったことにいちファンとして感謝、そして山嵐さんのことを本当に格好良いと思いました。

4thライブではゲスト生演奏もしてくださいました。


DEATH RESPECT」はオリコンで1位も獲得しました。

これはCD投票バトルという性質のものでもありますが、それによって一層注目され、ヒプノシスマイクが盛り上がる一端に確実になったと思っています


一方のヒプアニの11話、決勝戦です。


10 話のときから優勝チームがこんなに弱かったらバトル自体全然盛り上がらないのでは?と懸念していました。

こんなに弱いシンジュクが優勝しても、ディビジョンバトルってラッキーで勝てる程度の試合なんだなとしか思いませんし、そのシンジュクに負けた他のチームはもっと弱いしダサいし格好悪いなとしか思えないのでは?と懸念していました。


そして11話、私達は弱いを連呼する寂雷。そこから弱いけど突然出てきた絆というワードで勝ちましたという展開。

なるほどこれがやりたかったがために、シンジュクを意図的に弱くしたのかと理解しました。


理解しましたが、やはり懸念していたとおり、ダサかったです。

寂雷は10話の時あんなにあっさり負けておいて何を偉そうなことを言っているんだ?となってしまいました。

10話であんなに強かった独歩はどこにいってしまったのか。

一二三に至っては1011話通して特に見せ場もなく影が薄かったです。


そしてそんな弱い弱いを連呼し、今までヒプアニ中で特にフォーカスされてもいなかった絆を突然連呼して結局勝ってしまったシンジュク、に負けたヨコハマもっとダサくなってしまいました。そのヨコハマに負けたイケブクロはもうなんと言うか、言葉がないです。

でもヨコハマとイケブクロは真面目に戦っていただけ良かったと思います

一番ダサく見えたのは油断してただけで本当はシンジュクより強いですというアピールを欠かさないシブヤでした。

でもヒプアニ内ではそれがクールなのかもしれません。シブヤは会場から歓声を浴びていましたし、シブヤの三人も満足そうにしていました。原作ファンとしてはダサすぎて見ていられませんでした。


ディビジョンバトル全体がダサく格好悪く終わってしまいましたし、これをジャンルメインコンテンツとしているヒプノシスマイク自体の魅力がものすごく損なわれていると私は感じました。


しかも突然出てきた絆というワードによって、負けたチームは弱い格好悪いダサい、だけでなく、チームとしての絆も弱いと言うことになってしまいました。

10話時点で懸念していたよりもっと悲惨なことになったと感じました。


※念のため申し上げますが、ヒプアニ中のバトル曲はとても素晴らしかったです。

あくまシナリオやここに至るまでの整合性の話をしております


私は原作ヒプノシスマイクファンです。

2018年投票にも積極的に参加した、いわゆる強火のヒプマイファンです。


そんないちファンとして、ヒプアニに原作としてのヒプノシスマイクは軽んじられていると感じました。

本当に悲しいです。悔しいです。


原作でのシンジュクは、特に最初のバトルでは最も、というより唯一攻撃的なチーム曲を掲げてその曲のリリックの通りに優勝したチームです。

ファン達も、決勝戦ではヨコハマファンと共に通販サイト東京中の店舗からCD駆逐する勢いで本気のバトルを繰り広げました。


そういう強いチームが勝ち上がって優勝し、しかし大接戦だったから、作品としてはディビジョンバトルは激しい戦いだし盛り上がる戦いだ、という説得力に繋がるのだと思います

それを弱い連呼で実際弱く、11話で突然連呼され始めた絆というワードで何故か勝利、という展開では盛り上がらない上に見ていて置いてけぼりでした。

ディビジョンバトルの魅力を感じることができませんでした。


そして投票に参加したものとして、当時はファン声優さんもかなり活発にバトルを意識した言動をしており、絆があったと思います

攻撃的なファンもいましたし、嫌な思いをすることがなかったといえば嘘になりますから美化するつもりは一切ありませんが、とにかくみんな推しに勝ってもらいたくて一生懸命だったのは確かです。


ですがヒプアニではシンジュクが絆で優勝したため、他のチームにはシンジュクよりも絆がないということになってしまいました。

これ以降の話数でフォローが入るのでしょうか?

ですがシンジュクが本当に弱かったので、ああ絆で勝ったんだな…絆がなんなのかはわからないけど…という悪い方向の説得力があり、どんなフォローが入ったとしても覆せないと感じます


どうして原作シナリオを変更してまでこのような展開に?と思うのですが、これはアニメ雑誌のヒプマイ(ヒプアニ)特集でのヒプアニ制作陣のインタビューを読んで少しわかりました。


各話の解説に、原作シナリオキャラに対する愛やリスペクトは残念ながら感じられませんでした。

原作いかに「自分達の」面白いように料理たかというお話ばかりでした。

私にはそのように読み取れたのでした。


インタビューなので「(笑)」と書かれている箇所がたくさんありますが、それ、笑って言うことですか?と感じた部分がたくさんありました。

原作ファンなので辛かったです。

しかしどうしてヒプアニがあのようなことになったかのヒントはありました。


たくさん思うところはありましたが、今回は11話の感想なのでインタビュー中のバトルに関係ある部分について触れます


『バトルをするためには理由因縁必要。じゃないとバトルをしても燃えない』

一理あると思います


ですが例えば冒頭で述べたように、特に因縁もなければお互い嫌う理由もないヨコハマシンジュクのバトル曲「DEATH RESPECT」は本当に熱く格好良い曲です。


理由因縁を追加しないと燃えるバトルにならない、いうのはあくま監督氏の考えではないでしょうか。

監督氏はアニメ制作プロなので、アニメ作品としてはそれが正しいのでしょうきっと。

ですが原作ヒプノシスマイクを愛してきたファンとしては『じゃないとバトルをしても燃えない』と断言されたことを悲しく思いました。


そしてその考えのもと監督氏が新しく作り上げた『燃えるバトル』が、原作での優勝チームを弱くかっこ悪くダサく描き、1〜10話で特にフォーカスされてこなかった「絆」というワードで勝つというもので、結果としてその優勝チームに負けた他のチームはもっと弱くかっこ悪くダサく、しかもチームとしての絆すら劣ると表現されたことを悲しく思いました。


原作キャラ達が、私が、本気で戦ったディビジョンバトルの魅力がまったく感じられなくて悲しく思いました。


ファンが築いてきた歴史へのリスペクト

こちらは雑誌インタビューではなく、10/3公開の座談会制作陣が仰っていたことです。


しか原作と異なる展開のシナリオ(シブヤ対シンジュクで決着を独歩につけさせたこと)についてなぜそのようにしたのか、制作陣は「なんでだっけ?」「なんでだろう?」と先日発売の雑誌インタビューで仰っています

深い意図はなく原作を変更したのだと、最初から原作ファンに向けては作られていないのだと、私は読み取りました。

ファンが築いてきた歴史へのリスペクト』は、なかったということのようです。


どうやら、私が原作で魅力に感じていた部分はヒプアニ制作陣にはつまらないものに感じられカットされ、別物に置き換えられていたようです。

まり私にはヒプアニを、ヒプノシスマイク原作アニメとして楽しめる素養がなかったのでしょう。


原作がある作品アニメ化するにあたってアニメ制作としての正しさを貫くのが良いことなのか、原作ファン気持ちを汲むことが良いことなのか、素人の私にはわかりません。

一口原作ファンと言ってもいろんな思いがありますしね。

実際原作ファンの方で、全話楽しんで観ている人がいらっしゃることを私もわかっています


しかし少なくとも私は、ヒプアニが「ヒプノシスマイク」としてこの世に出ていることに対してやるせない気持ちでいます


とはいえアニメ自体は本当に嬉しかったです。

新しい曲、動くキャラクター、本当に嬉しかったです。

ありがとうございました。


オタクの戯れ言をお読みいただきありがとうございました。


★★★


ヒプノシスマイクCD原作ジャンルですが、脚本百瀬氏がシナリオ担当しているコミカライズについても原作であるという認識のもとこの投稿を書きました。


バトル曲は現在下記の三つが出ています

どれもたいへん熱くかっこよく素晴らしい曲です。興味を持たれましたらぜひ聴いてください。


イケブクロ V.S. ヨコハマWAR WAR WAR

シブヤ V.S. シンジュク『BATTLE BATTLE BATTLE』

ヨコハマ V.S シンジュク『DEATH RESPECT

2020-11-08

エレクトーン存在意義ってなに

楽器エレクトーンって存在してる理由がよくわからないんだけど

なんか大抵オーケストラとかの曲を一人で弾いてたりするけど

オーケストラ生演奏でいいよね

もしくはCDでいいよね

エレクトーンの良さって何

2020-07-29

anond:20200727231331

医療に関してはそうかもな

でもいい料理や酒は昔も今も値が張るよ

音楽生演奏にはやっぱり金が要る

対人承認は比べるまでもなく貴族が上だな

2020-05-18

そこまでしてライブ演劇見たいか

新型コロナも落ち着いてきたが、今までみたいなライブハウスコンサートホールアリーナ等での公演はほぼ不可能になってきた

演劇はずっと黙っていれば出来るかもしれないが、一人でもマスクしない陽性者が居たら危険MAX

コンサートクラシック以外はまず無理。オルスタとか正気の沙汰じゃない。実際ライブハウスで即クラスター発生しているしね

おそらく配信かに移っていくんだが、正直生演奏じゃないコンサートを金払って見たいか自分は嫌だ

ぶっちゃけライブ・ビューイングも嫌い。コンサートの料金より安いけど、豆粒程度でも本人が見れる現地とは違って結局は映像映画館音響なんでまだマシだけど一体感は感じられない

多分映画館でのライブ・ビューイングも無理になって自宅のPCでだろうけど、そうなると自宅環境に影響される。防音室ある?最低限サウンドバーとかある?イヤホンはいくらの?あとディスプレイサイズは?

最悪スマホの画面とBluetoothイヤホンで数千円払ってライブ見るとかバカバカしい。カラオケのシアタールームとか一人で入って見るのが最適解か?

自分グループ1つと個人数人を追っかけているけど、そんな感じのライブ形態になったら見ないわ。古いかもしれないけどライブは生で見るもの場所は問わない(最前命みたいなオタクはそれこそコロナ諸々病気持ってそうだし)

からWEB配信ライブやったり、会場等対策してビニール越しでマスクしたショッパイ雰囲気とそれに伴う高騰したチケ代でライブするくらいなら、FCとは別にラファンでもやって延命して新型コロナ気にしなくて大丈夫になったらライブして欲しい

なんか『なんとかしてライブしないと!』ってアーティストが多すぎ。ファンは最高のライブを求めてて、無理くり開催して消化不良のライブとかやんなくていいわ。そんなの求めているの最前に行きたがる汚い太った病気持ちのオタクくらいだよ

2020-03-30

キャバクラコロナ

接待を伴う飲食店って遠回しに言うなよ。ホステスホスト接客するクラブキャバクラって言えよ。

なんではっきり言わないの?言えないの?

だったらライブハウス生演奏のある飲食店ていいかえろよ。

クラスタ発生した病院大学ライブハウス名前公表されてるのに。なんなんだ、これは。

2020-03-16

俺の好きなアルゼンチンバンド(便乗)

anond:20200315214945 さんに便乗して…

あんまり知ってるバンドいないかランキング形式って感じでもないんだけど、アルゼンチンバンドもいいぞ スペイン語圏バンド色々聴いてみた中で国として一番好みに合う ロキノン系ぽい?というか…

Él Mató a Un Policía Motorizado

「奴は機械警官を殺した」みたいな名前バンド(映画ロボコップ台詞からとってるらしい) 「水中、それは苦しい」みたいなノリを感じる

奇をてらったバンドからしてキノコヘアの若者みたいなやつがやってんのかと思いきや熊みたいなオッサンボーカルなのが面白いところ

とにかくメロディと声がよくて、アッサリした歌詞もいい

El Perro

https://m.youtube.com/watch?v=FKuiJoT7GVM

最新シングル 曲名「犬」

いなくなった犬を探してるんだ、犬なしじゃやってけないよ、どこにいるんだい…というような内容(かわいそう)

Busco a mi perro perdido…オッオッオッオッ-っていう出だしがかなりいい 

La casa fantasmal

https://m.youtube.com/watch?v=x8NxfAml-a4

曲名は「幽霊屋敷」 彼らお得意の繰り返し系の曲のひとつ

エキセントリックな感じの「君」と幽霊屋敷に行って帰ってくるという謎の歌詞

基本同じメロディの繰り返しだから盛り上がりはあんまりないけど、だからこそ鼻歌かにいい

Mi próximo movimiento

https://m.youtube.com/watch?v=O7LqP7tmQjU

直訳で「僕の次の動き」 この曲からハマったので一番思い入れがある

たぶんゾンビクライシスを描いていて、そんな中ライフルを持って自分ちの屋上に出た主人公が「さあ次の動きをやるぞ」つったところで終わる 戦うのか自殺するのかわからないところがクールでいい

映像生演奏版だけどサビの高音が苦しそうなのが逆にすごくいいんだよなあ

Las Ligas Menores

一曲しかちゃんと聴いてないけど、貴重な女性ボーカル

Ni una canción

https://m.youtube.com/watch?v=1xp4abUwzWw

失恋ソング 振られちゃって完全に気力がなくなってもう家から出たくない、音楽すら聴く元気がない!って歌詞

このライブ版のボーカルさんがすごい可愛いんだよな 歌は正直あんまうまくはないけど、だからこその良さがある

「君のものがいくつかわたしの部屋に散らばってて、どうしていいかわかんないや」って歌い出しが切ない

Perras on the beach

若さを感じるバンド(本当に若いのかは知らない)

https://m.youtube.com/watch?v=HFmAwKDaoV0

公式でフルアルバムをあげてる(アルバム名が「チンポ舐めろ」で酷い)んだけどこれの二曲目が好き

拗らせた高校生くらいの男が自分に興味を示さな女の子一方的になじってる感じの歌詞 ただ曲っていうより歌詞とか雰囲気を楽しむ系のバンドな気もするからスペイン語素養がないとアレかも

その他

Cianuro - Pato Patín

https://m.youtube.com/watch?v=4GTRPMrSYFM

たぶんチリの歌をアルゼンチン人の青年カバーしてYouTubeにあげてるやつ

アマチュアなんだけど俺はなんなら原曲越えしてると思う 迫力がある 最初の方に「この曲実は前にも上げてたんだけど自分で聴いてみたらマジで酷かったから消した、誰も聴いてなくてよかったよ、でも本当に酷かった、恥ずかしい…」って言っててかわいい

曲名は「シアン(化化合物)」 社会への不満みたいなのを歌ってる内容で、「僕はツバなんて吐くようなやつらのいる学校の出じゃないけど、最近はこのうんざりするような世界に唾を吐くようになった」って歌詞結構好き 出身の良さを出してくるな

2019-12-16

国産列車の一等車ってさ

一般車両との違いが分からない

座席は三等車より上って言ってもフカフカソファではなくて椅子なんでしょ

椅子だといくらフカフカでもかったるいと思う

座席位置座高も固定だろうし

全然ゆったりリクライニングではないんだろう。

高速バス最近一人一部屋っていう一等車らしい作りになってるけど

列車の一等車ってあんまり座席が凄く悦に入れるようなゆったりベッド気分じゃないと思うのね。

せいぜい毛布が備え付けてあるとかその辺だと思う

食事飛行機エコノミークラスビジネスクラスお酒飲み放題位じゃないの?

一等車なのに一等車分のお金の他に食事代が掛かる、そんな無粋なツアーが組まれてるのをパンフレットでよく見るんだけど

ビジネスクラスですら食事代込みでワイン飲み放題一蘭食べ放題なのに列車ってそういうのないよね

ステーキ心持ち食べれたらええかな?位の微量しかなくてそれがオシャレなのかと

そしてその車内で調理された訳じゃなくて外部から持ち込まれものを温めただけなんじゃないか

というか飛行機と違って列車の一等車って殆ど弁当形式やんか。

中には100万円くらい積んだスイートコースといって一等車に更に倍額お金をかけたら葉加瀬太郎が目の前で生演奏してくれる特別寝台列車もあるんだけど

一般的な一等車ってそれほど凄い訳じゃないんだよね

座椅子から食事までエコノミークラスよりちょっと待遇いい位。それでビジネスクラス位金取るんだからおかしいわ

2019-11-11

シンデレラガールズ7thライブ名古屋演出演者歌唱力偏差値ランク

久々にシンデレラライブを見たんですが差が激しすぎて笑ってしまった

オタクなのでキャラランク作成とか好きだから作ってみました

該当声優が好きな方は不快になるかもしれないから見ないでね

大橋彩香 60

ソロ無かったのでこの値が適正かは諸説

藍原ことみ 59

本当は60↑上げたいけど今回ちょっと調子出てなくなかったか

五十嵐裕美 46

お前本当に古参なのか?

ソロあったらもう少し下がってたか

大空直美 52

飴島では一番上手いんじゃない

大坪由佳 49

SmileY inc.のこと俺はまだ忘れてないぞ

髙野麻美 49

狂狂の2番サビ前毎回泣いてるけどあれは加点にも減点にもならない

立花理香 52

なんでソロデビューしたのか分からんけど今回のメンツではマシな方

中島由貴 59

これ一番諸説ありそうだけどどんだけ少なめに見積っても53以上は硬い

藤本彩花 51

キャラ声が地声から歌っても崩れないのは偉いよね

福原綾香 51

特に言うことな

青木志貴 42

未完成歴史とか言う公開処刑

バベルなかったら40切ってた

飯田友子 50

この人あまり歌上手いと思わない 下手とも思わないけど

小市眞琴 54

この人嫌いなんだけどそれはそれとしてパフォーマンス高水準だよね

洲崎綾 59

っぱ場数がものを言うでしょ

鈴木みのり 64

ソロデビュー組の暴力その①

高橋花林 67

今期最強だったけどこの人にこんな点数上げるなら大橋彩香ももう少し上げても良かったかもしれない

田辺留依 55

歌上手いの知ってるけど印象に残ってない

ソロ曲来ないかなあ

長島光那 47

よくいる下手さをエモでカバーしようとしてる人種

原田彩楓 48

まあ下手なんだけどあまり下手さを感じさせない下手さ まあ下手なんだけど

松井恵理子 54

下手ではないけど実はそんな騒ぐほど上手でもない

パーソナルな部分でパフォーマンス上げてるけど

原紗友里 50

マジで言及することがない

金子有希 49

ソロがあったらもう少し下がってた

鈴木絵理 52

可愛いよね

高田憂希 51

相当練習したんだろうなあってのはわかった

のぐちゆり 55

眼鏡かかってるかも

深川芹亜 50

ソロをよこせ

松嵜麗 51

まり評価してないんだけど今回よかったね

杜野まこ 57

まり評価してないんだけど今回めっちゃ良かったね

安野希世乃 65

ソロデビュー組の暴力その②

全曲のオリメンにこいつ入れようぜ

山下七海 52

すっぼんぽんのせいで数値が著しく下がってしまった

山本希望 49

すっぽんぽんのせいで数値が著しく下がってしまった

佳村はるか 43

初日は「上手なったやん」思ったけどすっぽんぽんがキツすぎた

あれ音響のせい?

和氣あず未 50

本当に何も言及することがない

花谷麻妃 56

新人歌唱力で負けるやつ多すぎるのどうなんだ?(この人本業歌手だけど)

生田輝 55

新人歌唱力で負けるやつ多すぎるのほんとどうなんだ?

これはガチ

おわりです

ダンスはみんな高水準だからまあ歌下手は許すか…って思いたかったけどなまじ上手い奴そこそこいたのが可哀想だったよね

大阪もやりたいなあ

ファスなんたらかんたらは無限に期待してます生演奏ですし

2019-09-20

駅で名探偵コナンのメインテーマピアノで弾く人

最近、駅の構内に自由演奏OKピアノが設置された。

仕事を終えエスカレーターで地下へ降りていると、

ピアノ名探偵コナンのメインテーマが聴こえてきた。

これを聞けばだいたいの人がコナンの曲だ!と分かるあの曲。

最後クライマックスまで聞き終えたタイミングで改札に入った。

物語のドキドキ感が蘇る。

めちゃくちゃテンションが上がってしまった。

小学生の時から大人になった今まで映画を見続けているのだ。

しかピアノがすっごく上手い。

曲の最後クライマックスの盛り上がりサイコーなので、いつも最後まで聞きたい気持ちになる。

それから、3回以上はコナンテーマに遭遇している。

だんだん聞いているうちに、

ありがとう拍手したい!という気持ちになってきた。

静かな構内でピアノを弾くことのほうが思い切りが必要だろうに、

気恥ずかしくて現在に至っても拍手ひとつ出来ていないでいる。

私のようにコナンテーマしか生演奏を聴いて心踊った人はきっと沢山いると思う。

ありがとう、駅でコナンテーマピアノで弾く人。

仕事帰りの疲れた心を楽しい気分にさせてくれてありがとう

拍手ができないでいるので、せめて匿名ダイアリーに。

2019-08-20

友人の結婚式に際して。

ちょうどお盆休みの始め、田舎で友人の結婚式に出てきた。良い式だった。荘厳な結婚式場、楽団生演奏、多くの友人、親族職場上司スピーチ、豪華な料理

友人の結婚式にでたのは初めてではないが、今回は、泣けた。

私は田舎を出て、借金をしながら、大学院アカハラに耐えながら、2年留年の末やっと博士を取り、愛する人を見つけ、一緒になろうと思い、そしてバカな行動で失った矢先であった。

私がわけのわからん細胞相手にしている時に、地元に残った彼女らは他人と、その家族と一から信頼関係を築き、新しい命を育もうとすらしている。

あの式の中心にいる私も、隣にいる人も、祝ってくれる沢山の友人も、今の自分には想像できない。そんな資格はない。相手気持ちもわからず、ただ通り一辺倒の親切らしいことしか私はできなかった。これまであまりにも人間の心を見ようとしていなかった。

自分にあるのは、研究だけである研究への情熱は、いつまであるだろうか。それを失った時、なに私に残るものはあるだろうか。

2019-06-12

今こそw3mを使おう

w3mが(個人的に)アツい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/W3m

テキストベースWebブラウザです。

昨今のサイトを見るにはとても不便で、操作性も何もかも非効率だけども、ブラウジングがとても新鮮なものになるよ

いかポエム

CDが売れなくなっている昨今、EPLPとかレコード好調らしい。

なんかそんな記事を見た中に、

「もはや音楽聴くことに娯楽的意味がなくなってしまい、CDセールスが衰退、アーティスト音楽のみで身を立てることが困難になっている中で、

音楽聴く”ことを愛でるようになった人がいる。

ライブに行き生演奏を目で体で聴くことで原初的感動を受ける人や、繊細なアナログメディア音楽享受する”儀式行為”により、新しい価値見出している人がいるため」

というようなことが書いてあって、なるほどなあと思った。

効率無視した献身的行為、ある種の狂信とも言うべき自慰的な活動こそが、拡散してしまいがちなアイデンティティを収斂するための一助になっていると考えているので、

それが音楽であれ、ピュアオーディオであれ、ルリ儀式筋トレ政権批判ガチャ課金、なんにでも没頭できるものが見つかるということはとても喜ばしいと思う。(誰かに迷惑をかけなければ)

音楽ほど歴史が長くないが、Webブラウザも年々大きく変動している最中で、研究者ツールだったもの大衆向けに整備され、一般化されるコンテンツに合わせてWWWの利用も複雑化している。

SNSと高度に連携したスマホファースト無味乾燥に大量消費されるコンテンツを見ていると、WWWを見るという行為を愛で、儀式行為価値見出しても良いように思う。

きっかけとしては何年か前のYAPCで、

インターネットを介したコミュニケーションでは情報が多すぎる、たくさん情報を受け渡しすると疲弊する。

情報量を極限まで削ることで、原初的な伝わったことが嬉しいという気持ちを得られる。

→だからモールス信号を使う」

といったネタのようなLTを見たこと。

ここからw3m適当Webブラウジングをするのが習慣になった。

原理主義というならLineModeBrowserとかLynxとかを選ぶべきなのだろうが、

日本発というアニミズム的発想(とドキュメントの多さ)からW3mを選んだ。

何よりも、w3mは「WWW-wo-Miru」の略だというと、上にあげた「WWWを見る」という行為儀式意味を持たせるためには必要な要素だと思われた。

最近だとBrow.shという画像も何とかテキストで表示してやろうという意欲的なものもあるんだけども、これは端末の解像度依存が大きいため断念。

というか画像必要であれば普通ブラウザ環境も使うという腥っぷり。

twitterは、twtermを使ってこれも余計なTLチェックが不要となった。

というような落書きを、適当EC2インスタンス上のw3mから書いている。

EC2tmux + w3m + twterm という環境をほぼ放置してあり、コマンド一発でほぼ同じ環境無料AWSを乗り継いで利用できるようにしてある。

はてブテキストベースで閲覧する方法を探している。それがあれば、より原初的感動を持ってクソのようなコメントを投げ合えるパラダイスが待っていることは自明である

2019-05-31

映画は安いと思った日記

ジャズピアニストビル・エヴァンスの生涯を振り返るドキュメンタリー

以下、かかるお金と聴ける音楽比較

日本場合映画と同じヴィレッジヴァンガードライブに行くなら倍近くかかると思う

だいたいこんな感じ?

映画安くて満足度高くていいね

2019-04-15

日清カップヌードル味噌が売れてるらしいが、

そういえば昔ジェームスブラウンカップヌードル仕事に出ていた

日本屈指のスタジオミュージシャンJBセックスマシーン生演奏し、JBがミソッパ!と叫ぶ

なんとも豪華なCMだった

せっかく新発売したカップヌードル味噌味も売れてるらしいので、

ケンリックラマーあたりを呼んできてラップさせてみてはどうだろうか?

歴史に残る事間違いなしで費用対効果を考えると安いもんだと思うが

2019-02-19

才能とか努力とかと、美人の目が怖かった話

才能とかいうのはよくわからない。

まず定量化できないものから簡単比較できないし、私はこの言葉が嫌い。

私は子供のころ、ピアノクラシックバレエ乗馬フルート書道を習っていた。

教育熱心な親だ。

ピアノは大嫌いだった。先生が異常に厳しいのだ。最初はみんなでおなじ曲を弾いていたけど、私が少し弾けるようになると、先生母親を呼び出して、個人レッスンを勧めた。

私が褒められたと感じた母は、嬉しそうにそれを快諾した。

最初は楽しかったピアノがどんどん苦痛になってきた。家での練習さぼり気味になり、そうするとレッスンにどんどん行けなくなる。

運指、とか、フットペダルをどう踏むかとか、スラーがどうとか、楽典がどうとか(まあ、楽典面白かったけど)、そういうのが私は本当に苦手だった。聴いた音楽をなんとなく弾くことは人より得意だったけど、それだけ。

「どうしてちゃんとやらないの?」と先生に何度も聞かれた。そのたびに答えられなかった。

「才能があるかもしれないのに!」と先生は言った。それを聞いた母も同じようなことを言った。

私には姉がいて、同じ習いごとをしていたが、確かに姉に比べると少しだけ私の方がなにごとも得意だった。

でも、それは才能があるということとは関係ないと、子供ながらに思っていた。

姉は、ひたむきに努力できる人だった。思い通りに弾けない時、怒った母が「もうやめなさい!こんなこと!」と言ってピアノ教本を窓から放り投げた時も、

から泥だらけになった教本を拾ってきて、泣きながら「ママ、私頑張るからやらせてください」と言っていた。

これが才能でなくてなんだというのだろうか。私は姉がうらやましかった。

捨てられても、泣いても、縋りつけるくらい執着の持てることが私にはなかったから。


クラシックバレエ。これは結構好きだった。ピアノ生演奏で、ジュニアクラス先生は優しくて、バレエの日は姉と一緒に髪をお団子にして手をつないでバスに乗った。

小学校高学年になり、そろそろ中学受験のためにバレエを辞めるという話をしたとき先生が母に意外なことを言った。

「この子バレエに向いています。辞めさせるのは勿体ないです」

そんなこと、先生からも一度も聞いたことがなかった。母は少し悩んでいるようだった。

中学受験バレエの両立は、できなくもなかった。ただ、バレエというのはなかなか厄介なもので、休むと取り戻すのがすごーく大変なのだ

あんたがやりたいなら、両方やってみなさい」と母は言った。

もう暗くなったバレエスタジオで、いつもニコニコ先生が真面目な目で私を見ていた。

やれない、と私は家に帰ってから母に伝えた。

「そうよね、あんたに才能があるとは思えないし。それに努力もできないでしょ」と母は言った。

その時すでにピアノ教室不登校気味になっていた私に、その言葉ストレートにぐさっときた。


乗馬は、私が最も才能がある習い事だったと思うし、私がいちばん好きな習い事でもあった。もともと動物が好きで、通うのが楽しみで仕方なかった。

早く上のクラスに行きたくて、先生の言うことを真面目に聞いて、雨の日も、寒い日も通っていた。

でもまあ、運悪くというか、姉が落馬して怪我をした。

大した怪我ではなかったけど、それを機に兄弟全員が乗馬クラブを辞めさせられた。

私は泣いて泣いて懇願した。こんなに何かをお願いしたことはないんじゃないかというくらい。

私は馬から落ちたりしないから、落ちても怪我しないから、怪我しても勉強はするから、と、土下座もしたけど、「危ないから」の一言で全部なしになってしまった。

まあ、仕方ない。決めるのは親だ。


さて、長々と書いたのには理由がある。

相変わらずやりたいことも見つからず、器用貧乏な私に、ちょっとしたチャンスが舞い込んできた。

「とってもやりたい!」というほどのことではない。

「へえ、できたら楽しそうだな」くらいの感覚だが、興味はあった。

その話を持ち掛けてくれたのは、綺麗な女の人で、もともとその業界にいた人だった。

淡々と話を聞く私を、その人はじっと見ていた。

「やりたいってことでいいの?」、と聞かれ、

「そうですね、やってみたいです」と私は答えた。

その女の人はため息をついた。怒っているんだなと思った。

「あのね、やってみたいとかじゃないの。本当にやりたいのかどうかを聞いてるの」

出た、と私は思った。久々だなこの感じ。

「私はね、あなたが本気でやりたいと思うなら応援するし、なれると思う。才能があると思うから」と、その人は言って、すごく綺麗な目で私をじっと見ていた。

「でもね、才能だけじゃダメなの。努力しないと。本人がやる気ないのにお膳立てはできないの。」

「それはわかります

全然わかってない。この仕事はね、やりたいっていう人がたくさんたくさんいるの。努力して努力して、ほんの一握りの人が成功するのよ。今みたいにノホホンとしたまんまじゃダメなの。頑張れるでしょ?本当にやりたいのなら」

そこではい!と即答できるほど私はできた人間ではない。好きな映画である花とアリス」をなんとなく思い浮かべながら、曖昧な笑みを浮かべて、ひたすらこの「努力と才能の嵐」が過ぎ去るのを待った。


結局、私がどうしたいのかは自分で決めなければいけない、と言われた。

私は迷っている。なんで才能があると思われたのかも正直わからないし、そんなにすぐやりたいと思えるようになる自信もない。

普通に大学卒業して、就職するんだろうなと思っていたが、就職したくないなら、そっちの道に行くのもいいだろう。

でもきっとその世界では、みんながああいう目をしているんだろうな。

やりたくて選んだ道なんだからって、すぐ言われるんだろうな。

努力家の姉は、夢を叶え、ものすごく狭き門をくぐりぬけ、やりたい仕事をしている。

ピアノはたまに弾く。お遊びのようなものだけど、好きな曲を弾いていると落ち着く。

バレエは、大学に入ってから再開した。もちろん本格的にではないけど、姿勢がいいと褒められることはある。

やってきたことはたぶん無駄ではなかったけど、でも結局、努力する才能は得られなかった。

私はきっとあの綺麗な女の人に、「できません」と言うだろう。

私は甘ったれ子供から、すぐに弱音を吐いてしまうし、それを許してほしいと思ってしまうのだ。

才能があるとかないとか、そういうのはたぶん他人が決めることではない。

本人がそう思えない限り、才能は「ない」のだ。

甘えと言われても、何と言われても、あんなこわい目に晒されて生きていくことは、私にはできない。

それもまた一つの勇気ある決断ということで、ここはひとつ、勘弁してもらいたい。

2019-02-11

anond:20180929133910

そうなんだよ。本チャンは生演奏を聞きに行くことであって、金はそこにつぎ込む。だからオーディオ機器にはあまり拘らない人も結構多い。

というか、最近オーディオ機器レベル結構高いので、あまり高価なものでなくてもそこそこ楽しめるよね。(だからオーディオ趣味自体が以前ほどは盛り上がらないのではなかろうか。)

あと、クラシック音楽好きは自分楽器演奏する趣味の人も割と多くて、そういう人たちはオーディオ機器よりも楽器の方に金を注ぎ込みたがる傾向があるかな

2019-01-19

楽器演者演奏法に興味が持てない

タイトル通りのチラ裏

好きなアーティストファン界隈では演奏を味わえない奴は人非人みたいな扱いなので言い出しにくいが

音楽を聴いてもどんな演奏技法が使われているかとか、演者が誰でどのような思いで演奏していたかなどに興味持てない。

もう少し正確にいうなら、バイオリンとかフルートとか個々の楽器の「音色」は好きだし、

楽器生演奏CDにはない迫力があって好き。

でもそこで満足してもっと突っ込んで味わおうという気分にはなぜかなれない。

最近ボーカルだとどんなテクニック発声で歌ったかに興味を持てるようになったが

自分脳内重要位置を占めているのは作曲編曲>>>>>(超えられない壁)>>>>ボーカル>>>楽器という感じ。

自分にとって「楽器」の存在自体が身近でなく、演奏技法もよく知らないからだろうか。

それとも楽器はしょせん楽譜通りに演奏しているだけという思い込みが捨てられないからだろうか。

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