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はてなキーワード: 還暦とは

2019-02-15

anond:20190213110914

還暦も近いおじいちゃんが「男子」とかほんとキッツイので止めて。

メンタルが弱る。

なんでいい年したおじちゃんオバちゃん男子女子自称するの?

オブラートに包んでいうと死んで欲しい。

2019-02-11

anond:20190211215238

12時間寝れるのは還暦過ぎてからは貴重な才能

中年睡眠短いやつはなんというか気が狂ってる

2019-01-28

anond:20190128101818

嵐のファンって還暦近いおばさんだしね

なんか色々と士気が下がるんだろ

2019-01-22

2回還暦迎えたら120歳

テロメア限界がこれくらいと言われているけど、そもそもその限界に到達できる者はいるのだろうか

過去に2人だけ120歳超えと称される人間がいたが、重ちーは兄の、カルマン母親替え玉だったと見なされて記録抹消もしくは抹消されつつある

毎年110歳と少しで最高長寿者が次々入れ替わるデッドヒートが繰り広げられているが、そろそろまた誰か、人類に夢を魅せてよ

おじいちゃん、おばあちゃん

anond:20190122170652

そりゃあの人もも還暦過ぎてんだぜ

もてはやされ始めたの40年前だ

お前のそれはヒッチコック映画見て「さして斬新なセンスを感じない」「見たことある凡庸な絵しか出てこない」って言ってるようなもの

2019-01-14

から漫画にありそうな話だが

もう還暦近くになる知り合いに、慇懃無礼俺様キャラおっさんがいる。

コミュ力があって割とマメなんだけど、一方でスキあらば相手マウントを取りたがり、自分のノリに巻き込みたがるタイプ

からマウンティングされつつもそういう構図を大して気にしない、コミュ障っぽい性格の俺はともかく、周囲のオヤジ連中の反感を買い、気がついたら疎遠になってしまっていた。

そんなふうだから、当然のように女性のことは全般的に見下している。

でもマメなうえに男としての甲斐性はあるような言動が取れる(=言動だけ見たら甲斐性ある男ってことになるし、相手から見れば言動人格のもの)と。

から若い頃は泣かした女は数知れずを地で行く「悪い男」だったらしい。


そんなおっさんでも、奥さんには敬語使いまくりで「恐妻家っすか?」みたいな話し方をいつもしていて、奥さんは常にすまし顔。

聞けば、奥さんはそれまでの人生で生まれて初めて心底尊敬できて「俺なんか絶対敵わない」と思い知らされた人だったそうな。

そんな相手を持ち前のマメさで惹き付け、土下座外交orお願い営業を仕掛け続けて結ばれたと。

まあ冷静に考えれば、タイトル通り昔から漫画にありそうな、クズ運命の人出会って改心した系の話の一つでしかないと思う。

でもこういうおっさんが、多分相手へのマウンティング目的も込みで虚実ないまぜに話すと、妙に美談に聞こえてしまうのだから始末に負えない。

そもそもコミュ障から見ると生きてる世界が違いすぎて、コメントにも困るレベルだったり。

2019-01-08

1995年って戦後50年だったんだな

そう考えるとすごいよな

当時還暦おっさんの子ども時代は戦中だったんだぜ

2019-01-03

anond:20190103194604

そう

一番医療費が使われるのは

まだ体力があって抗がん剤有効機能する還暦ちょっとくらいまでで

老人になったら麻薬打って眠らせるだけで金は要らない

2018-12-17

anond:20181217000924

小学生から30代までの若いときは、尿切れがすこぶる良い。

中年になってくると、勢いが落ちるの。よって、対策としてはライフリーとかサラメンズとかのパッドの利用を義務づけるべきだよね。

老年になると、常に漏れてる感じで介護の人とか可哀想だよね。

トイレの「あと一歩前へ」って張り紙がしてあっても還暦過ぎると機能的に八方へ飛び散るようになってしまうし、感覚が分からないんだろうな。。

昭和時代中年おっさんが、股引をはいていたのは、(冷え対策もあるが)漏れを誤魔化すためだった以前、どこかで読んだわ。

2018-12-15

anond:20181215233140

中身は成長しないで還暦をお迎えになられたのですね。

健康で何よりです。笑

2018-12-13

女子校なんて無理


女子高校女子大学なんて絶対いきたくない。

私の母は中高大と女子校に通っていたらしいけど、「もっと男の人と遊んでおけばよかった」と還暦間近のくせに愚痴ってる。大学ではなかったらしいけど中高時代はいじめや陰口が当たり前だったという。とにかく聞いていて嫌だったのは教育実習生と生徒が付き合うとか、講師と生徒が付き合うとかいう話。卒業たか問題ないでしょ?ってスタンスであったと。

...察しの良い方はお気づきかもしれないが、うちの両親がまさしくそなのだ。私は狭い男女の環境だけでおさまるなんてまっぴらだ!しかも母は愚痴を言うわりに「他の女生徒ではなく自分先生に選ばれた」という点にプライドを持っている。その話を聞くたびに私は絶対共学に行って、普通に男女問わず交友関係を保ちたいと思っていた。中学公立に行きたいとゴリ押しして、勉強を頑張ってMARCHレベル大学に行ける見込みのある高校に行けなければ両親のいた中高一貫校に行かなくてはならなかったので、勉強はとにかくひたすら頑張った(私がいたときには中学入学と、高校編入のどちらのパターンもあったので気を抜けば入学させられる状況だった)。

晴れて志望する共学校に通うことになった私は楽しくはつらつと通学した。共学に行けてほんとによかった。

そんな自分なので女子校に対するネガティブイメージ半端ない女子校なんて無理、絶対無理。ドロドロした陰険なとこなんて誰がいくか!異性への自意識ばっかり高めてさ。絶対いきたくないんだ。

2018-12-09

還暦のお祝いって何贈ってんの?

うちの両親が今年で還暦から年末にみんなでお祝いしようってなったんだけど

こういうやつのお祝いって何贈ればいいの?

さすがに赤いちゃんちゃんこあげたってしょうがないし

ネットだと似顔絵とか名前の字を組み込んだポエムとかが人気商品みたいだけど

いやーうちの場合贈る側も貰う側もそんな柄じゃないっすわーって感じなんだよね

お花にいつもありがとうメッセージだと毎年贈ってるプレゼントと変わらんし

なんか還暦ならでは、というかまぁ節目っぽい特別感のある感じのプレゼントって何かあります

2018-11-30

anond:20181130160037

不法外国人労働者ホームレス間近やメンヘラ

若い男ならなんでもいいの境地に達しているやたら元気だけど金はない還暦過ぎのおばあさんなら

気にしないと思うので

その中から好きなのを選べば良いと思う

結婚するのが目的ならば

2018-11-20

この前の初耳学

『子の学力母親から遺伝し、衝動攻撃性は父親から遺伝する』という研究結果が紹介されていて、昔のことを色々思い出してしまった。誰にも言えないのでここに吐かせてもらう。

うちの父は母に暴力をふるっていた。食器ガンガン投げて、朝台所に行くと母が泣きながら破片だらけの床を掃除していることが何度もあった。

一番忘れられないのは、私が小学校低学年のとき

テレビに夢中になっていて、「早くお風呂に入りなさい」と言う母に、もうちょっと観てから入る!と言い、お風呂時間が遅くなってしまった。私がお風呂に入ると同時ぐらいに父が帰ってきたのだが、なぜか激怒。怒りの矛先は母へ。

「なんで早く風呂に入らせないんだ!」

母を蹴る音と、痛いと叫ぶ母の声を浴室でちぢこまって聞いていた。

しかも私は、お父さんが怖かったのと自分のせいでお母さんが痛い目に合っているのが申し訳なくて、お母さんに声をかけることができず、お風呂から出たあと小走りで寝室に逃げた。床に座り、泣きながら蹴られた箇所をさすっている母の背中が今も焼き付いている。

あの時「大丈夫?」と声をかけていれば、母は少しは救われただろうか。勇気をだして父に立ち向かっていれば、何か変わっていただろうか。まだ10歳にもならない私には、見て見ぬふりをして逃げるのが精一杯だった。

数年後父は出ていくのだが、出ていったあとは母が怖かった。

教育ママで、言う通りにしなければ怒る。

宿題参考書を解いてるときは横に張りつき。解いてる途中でも、少しでも違っていれば頭をはたかれる。

怒られてる時は一切口答えできない。ただ泣いて我慢するしかなかった。怒りながらテーブルガンガン叩いているのが恐怖だった。物が飛んでくることもしょっちゅうだった。母へプレゼントしたコップが飛んできた時は凹んだ。

高校受験前は、ありがたくも塾に通わせてもらってたんだけど、志望校には落ちてしまった。「この金食い虫が」と言われた。

土下座して滑り止めの高校入学させてもらった。「資格をたくさん取ってたくさん勉強します」と念書も書かされた。

「お母さんは、よその着飾っている母親たちとは違う」「お母さんは、あなたよりもあなたのことを知っている。だからお母さんの言うことを聞きなさい」が口癖。

高校に上がると私は反抗する術を覚えた。口では勝てないので私も物に当たるようになった。この破壊行動は、20代に入り就職実家を出る頃まで続く。母は自分に都合の悪いことは知らぬ存ぜぬを貫く人で、話し合いで解決したことひとつもない。

話が通じないから物に当たることしかできず、ガラスを何枚も割り、扇風機や障子も躊躇なく投げた。

物を破壊しても満足できなければ、母を張り倒した。

母なんて死ねばいいと本気で思っていた。そのうち本当に殺してしまうんじゃないか自分が怖くなるときもあった。

あれから幾年。私は30代に入り、母はとっくに還暦を過ぎた。母はだいぶ丸くなったが、私は未だに母の前では笑えない。丸くなったといっても、私の就職先にケチをつけたり頼んでもないのに転職先をリストアップしてくるから本質は変わっていないと思う。

父の消息は知らない。高校卒業時、親戚の計らいで私とだけ再会したことがあったが、その後お金をせびられたので連絡を絶った。

母は、父から暴力を受けていたことは覚えていないという。私に吐いた暴言も、覚えていないと言う。

周りからは「女手一つで大学まで行かせてくれたんだから」「留学もさせてくれたんだから」「今は丸くなってるんだから」親を大事しろと言われる。

でも、大人になった今でも、忘れられない。

母に叩かれていたこと。

友達の家に遊びに行く度に、友達の家に「遊ぶな帰ってこい」と電話をかけてきたこと。

金食い虫と言われたこと。

土下座させられたこと。

反論するたびに出ていけと言われたこ

学校を辞めさせると脅されたこと。

辛かったことを伝える度に、私がそんなことを言うわけないと否定されつづけたこと。

かに助けてほしかったけど、誰にも言えなかったこと。

父に蹴られる母の泣き声と破片だらけの床。

「産んでくれたから」「学費を出してくれたから」ぜんぶ忘れて、水に流して、優しくしなければいけないのだろうか。

こういった、俗に言う辛い過去を抱える人は今は成功して幸せになりがちだと思うのだが、私は平々凡々。むしろパワハラ上司に負けて会社を辞めてニートまっしぐらだ。唯一の救いは、こんな私を見捨てないでくれている彼氏と、飼い猫が私にはもったいないぐらい可愛いことぐらいだ。いやそれで十分なんだけど。

から、初耳学のあの発表を見て、封印していた黒くてドロドロしたものが溢れ出てしまった。

いつか父のように暴力をふるってしまうのだろうか。

お金にだらしなくなってしまうのだろうか。

母のように、言ったことを「言ってない」と言い張り相手を混乱させてしまうのだろうか。

それとも母やみんなの言う通り、私は金食い虫で、一人っ子から甘くて、事実じゃないことばかり言っていて、親不孝なのだろうか。

2018-11-15

50歳から筋トレをしない方がいい。骨を鍛えた方がいい。

https://jp.quora.com/50%E6%AD%B3%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AF%E7%AD%8B%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%92%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%84%E6%96%B9%E3%81%8C%E3%81%84%E3%81%84-%E9%AA%A8%E3%82%92%E9%8D%9B%E3%81%88%E3%81%9F%E6%96%B9%E3%81%8C%E3%81%84

私は、還暦過ぎなので、ぜひ、回答させて下さい。

記事は、読みました。ある程度、正しいと思います

この話は、「スポーツ力学」ではなくて、「老化の問題」として考えてみて下さい。

「骨を鍛える」と言う意味は、骨芽細胞への適度な刺激(適度な衝撃、圧迫)と、姿勢の維持、矯正免疫強化と言う意味です。

いわゆる、筋肉特定部位を鍛えるための筋力トレーニングは、50歳以上はしない方が良いというのは、私の実体験上も、正しい気がします。

高齢でも、若いからスポーツ肉体労働を続けている人は、その筋力の維持と言う観点で、論外としますが。)

実は、私も50歳頃からスポーツ器具を使った筋力トレーニングをしていました。

鉄アレーやら、ウォームレスト等、筋力強化器具を付けてのトレーニングでした。

が、55歳を越えた頃から、それを続けていて、どうも、様々な、痛みや体の不調があるなあと、少しづつ感じはじめていました。

当時は、その不調の原因が判らなかったのと、「死ぬまで筋力をつけるべし」的な神話を信じていたのは確かです。

ところが、その神話が崩れたのは、2つのできごとがあってからでした。

一つ目のできごと。

ある時、パソコンを持って、急いで会社から帰宅中。

階段の途中で、足をよじってしまい、パソコンかばって、腕でそれを支えたまま、倒れてしまい、肩、背、股関節回りの筋をひどく痛めてしまいました。

捻挫した部分や、ぶつけた部分は、一ヶ月ぐらいで治り、その他の部分も痛みが消えたのですが、

しばらく後(数カ月後)、突然、異なる体のあちこちの部位に痛みがでるようになり、酷い時は、座布団に座った状態から、立ち上がるのも苦痛になってしまいました。

その後、整形外科に行ったのですが、そこの高齢医師に言われた原因は、「筋力不足」でした。「え?」って驚きました。

私は、「自分は、普段から筋トレもして、筋力には気を付けていたのですがね」と言うと、高齢医師は、「バカモン。そんな筋トレ、やめてしまえ!」と言います

「なんで?」と思ったのですが。

高齢医師いわく、

自分体重と年齢と体格を正しく見て、不必要筋肉をつけるのはやめるべき、ということでした。

日常生活動作で使わない筋肉ならば、ちょっとトレーニングをやめれば、すぐになくなる。そういう筋力は不要だ。

年寄りは、生活する上で使う、重要筋肉バランス良く鍛えねばならないのであって、スポーツ選手になるのでないなら、日常で使わない無駄な筋力を鍛えたりしてはいけない。

そんな特定の部位の筋力をつけたら、生活必要な体の筋力のバランスが崩れて、転倒した時なんかに、あちこちの細かい筋が切れたり、炎症を起こしたり、一部の弱い筋肉部位に無理なしわ寄せが来て、姿勢まで壊れてしまう。

歳をとった体を、舐めちゃいかん!!

お前は新人から年寄り新人?)、自分が老化した経験がないから、判っとらんのじゃ!!!勉強せい!!

そんなことより、自分姿勢を正し、日常的に内臓を守ったり、危険から避けるための体の中の筋肉とか、嚥下能力とか、目の筋力とか、姿勢を維持するために必要筋肉とかを、バランス良く鍛えるべし!!

筋トレなんかやめて、体操しろ体操を!!

ということで、私は、器具を使った筋トレをやめて、その後、ヨガ毎日30分するようになりましたが、これ、結構、気が付かない、体中の細かい筋力が付くことが判りました。

自分姿勢を維持するために必要な筋力というのは、筋トレでつけるような筋力とは異なるのですね。

これで、私は筋トレを完全にやめ、より有益な(筋力を鍛える)ヨガポーズ研究するようになりました。

2つ目の出来事は、

55歳頃から始めた、散歩での出来事

階段坂道上り下りすると、左や右の膝が痛くなり、2時間散歩すると、腰がバキバキになるのです。

これも、例の、高齢医師相談したら、

「ばかもん。足を見ろ足を」

と言われ、自分の歩く姿勢を見ていて、足先が、左右に大きく開き(がに股歩き)、姿勢が、前のめりになっていました。

「街を歩いている老人を見てみろ、歩けなくなり杖を付いているやつは、大抵、足先が、Vの字になって歩いている。靴底は、両サイドばかり、片減りしているだろう。それが、どんどん進み、腰が回り、いかにも老人という姿勢になる。お前が、膝が痛く、腰が痛いのは、その姿勢で歩いたり走ったりするからだ。長時間散歩はやめろ!!」

調べると、歩く姿勢に関する色んな文献がでていて、

ガニ股や前かがみの姿勢を続けると、姿勢を維持する筋力がどんどん弱くなり、骨も関節も曲がり、膝や腰に無理な負担がかかる。

若い人間は、それでも普通に暮らせるが、高齢者は、負担のかかった所から、老化が一気に進んで、最後は寝たきりだ。とのこと。

ゾッとした私は、以降、散歩時間を半分に短縮し、代わりに、歩き方を矯正し続けるようにしたのです。すると、様々な部分の筋肉が痛みました。

要するに、姿勢矯正して歩くことを維持すると、普段、使っていなかった(本来、使うべき)筋肉部位に負担がかかったのです。

半年ぐらいで、それらの姿勢維持のための筋力が付いてきたようで、痛みはなくなり、膝の痛みも、腰の痛みも、すっかりなくってしまいました!!(ラッキー

やっぱり、歳をとった体を、舐めちゃいかん!!ということです。

今では、散歩中は、瞑想をし、大きなガラスの前を通る時は、自分の歩く姿勢をチェックし、足先ができるだけ平行になるように常に意識して歩くようにしています

1年間ぐらい、歩き方を調整すると、靴の底の片減りがなくなりました。!!!

私の体験からは、確かに、50歳からは「不必要な」「体の筋力のバランスを壊すような」筋トレはしてはいけないということです。

まず、大切なのは、歳をとった自分の体をしっかり観察することです。

死ぬまで働かせ」「死ぬまで走らせ、食わせ、消費させ」、お国企業のお役に立てる人間にし、そして、年金を受け取らずに、早く死なせるための「筋力トレーニング本」なんて、騙しです(年寄りには)、そんなもの読まずに、まずは、徐々に老いていく、自分の体をしっかり、正しく、理解し、労ることです。

なお、減量ダイエットのために筋力を付ける人がいますが、一言言わせて下さい。

あなたは、「減量ダイエットするために食べ、食べるために減量ダイエットをしてやいませんか?」

筋力トレーニングや、運動ダイエットする前に、生活習慣、食習慣を治し、健康に気を付けて下さい。(特に中高年以降の人)

走りまくって汗かいて、麦酒を飲むのは、単なる快楽主義です。

再び、「死ぬまで働き、食って、消費して、早く死ね。」の戦略に乗せられているだけです。「俺は、経済拡大のために金を使って、太く短く生きたいのだ」等と考えているなら、それは自己責任で、それでいいのですが・・・(笑)

2018-11-07

1日過ぎるのが早い

小学生の時、休み時間20分だった。

その20分に、校庭や体育館で、ドッジボール鬼ごっこ泥団子つくりをした。

20分でもいっぱい遊べていた。

社会人になって、休憩時間は15分だった。

コーヒーを飲んで、スマホを眺める。

あっというまに15分が終わる。

今日水曜日。あと2日も行けば休み。もう一週間も終わりだなと感じる。

それどころか、もう11月。あと二か月で一年が終わる。

早い。

気が付いたら還暦を迎えてそう。

2018-10-23

田舎なんてぜんぜん好きになれないと思いながら、妻の実家に住むようになって5年。家は農家をやっているので、この季節になると米の収穫にまつわるイベントが次から次へとやってくる。

とうぜん自分労働力カウントされてるので、この週末も籾摺りという米作りの最後工程徴集された。何だかんだと人手がいるので、妻の妹とその義理の父母も呼ばれてるんだけど、ほかに男手もなく、普段プログラマーとして座ってるばかりの生活をしてるだけの自分がそこそこ主力の戦力になってる事態おもしろい。というか過疎と若い担い手不足ってやつなんだろうな。

籾摺りというのは籾殻つきの米をナントカして玄米にする工程で、収穫して乾燥させた米が材料になる。夜じゅう乾燥機がぐわんぐわん立てる音と灯油臭いも好きなんだけど、いまは籾摺りの話。文字どおり山のようになった米を籾摺り機? に供給し、計量機で計量された玄米を30kgずつ袋に詰めていく作業だ。

義父はさしずめプロジェクトオーナーといったところで、籾摺り機や計量器から出る米を随時チェックしつつ、大量に排出された籾殻の袋を次々取り替える。おれは最後の袋詰め係で、出来上がった米袋の口を縛っては積み並べていく。いちおうペア作業なんだけど、相手還暦こえているので、途中から作業を少し休んでもらった。次回はもうちょい若い人連れてこないといつか破綻するのだろうと思うが、義父は作業を知ってる人じゃないと呼ぶのが面倒なのらしく、ジリ貧だなあと思う。

自分は袋に定量が溜まるまでは空き時間なので、ほかのパートを手伝ったりする余裕がある。(おそらく大きさや重みが足りない)くず米として別に出た米を運んだり、籾摺り機に米を供給したりするわけだけど、見たところこの供給部分がボトルネックになっていた。籾摺り機のキューというのかバッファというのか、原材料を受ける口になっている部分が小さくて、米を運ぶ人間のほうが、それが捌けるのを待つのにかなりの時間を使ってしまっていたのだ。籾摺り機の設定を変えれば処理速度は上げられたはずなのだけど、義父はそのボトルネックに気づかないのか、そもそもその設定を変える気がないのか(たとえば供給がだぶつくことよりも足りなくなることのほうが致命的であるとか)、設定を知らないのか、というのが分からなかったし、機械は轟音を上げているので会話のコストが高かったし、何よりもこの作業自体当事者意識をまるで持っていなかったので、何の改善提案もする気が起きなかった。そういうのは平日職場でやるだけで十分だ。……と思っていたけど、書いてたら気が変わってきたので、来年は言ってみよう。覚えてたら。

仕事が終わって、数えてみると1トン近くの米を運んだことになっていて、これは去年も思ったことだけど、トンなんて単位にこの身が直接関わることがあるのはこんな時だけである。義父は何十本できたということは何石やな、とか言ってて、はーこれが一石か、加賀百万石とは大したもんだな、と思ったのでもあった。

2018-10-13

母の作品を破った

10年以上前、私がまだ高校生の時。

引っ越しすることになって、引っ越しの準備をしていた。

修学旅行でしばらく家を留守にしている間に、リビングにおいてあった自分で描いた絵のファイルの絵をすべて燃やされていた。

100円均一で買ったファイルは置いてあって、中身の50枚程度の絵だけすべて抜き取られて捨てられていた。

「なんで捨てたの!!」と大喧嘩になったのだけど、理由は「引っ越し業者さんに中身を見られると個人情報から恥ずかしいと思って」ということだった。

エロい絵とかは一切ない。中身をちゃん確認したのかと言ったら、「しないで中身だけ燃やした」そうだ。

そのファイルは小さい時から「この構図がとてもうまくかけた」とか、本当にお気に入りのものを厳選して選んでたファイルだったから、しばらく消失感がすごくて、何度も意味がないのはわかっていても捨てた理由を繰り返し聞いた。

最後は「なぜかわからないけど燃やしちゃったのよ!!!しつこい!!うるさい!!!」と怒られた。

そして、母が最近書道の展示会的なので賞をもらった。

母は小さい時から書道が得意で、自分作品額縁に飾っていたりする。

誰が見ても確かにうまい

なんだろう、自慢されて。自分でも衝動的だったんだけど、帰省ついでに母の作品をすべて破った。

帰ってきた最近賞取った作品も。

母はとても落ち込んでいた。還暦で弱くなっていたのもあるのだろうけど。

「ああ、何で破ったのよおーーー」と悲鳴にも似た声で泣きそうになりながら責められた。

罪悪感はすごかったけれど、どこかすっきりして。

「いいじゃん、前に私の絵を燃やしたんだからテープで繋げたら?」とアドバイスしたら、テープでほんとにつなげていたので、寝ている間に全部シンクの中に水ためてつけといた。

朝、嘆いてる母を見て「あー、人ってこんな悲しそうにするんだな」とかぼーっと考えて。

その日は帰省の最終日で、すき焼きを夜に食べる予定だったから食べた。

おいしかった。

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