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はてなキーワード: バレエとは

2021-05-01

バレエ先生が好きすぎて泣けてくる

バレエ団に所属する現役バレリーナ先生

顔が小さくて、美人で、妖精みたい。

私が先生と同じ人類を名乗るのは、おこがましいと感じる。

先生のお手本と、鏡の中の私、全然違い過ぎて泣ける。

練習しても、私がみっともないのは治らない。

先生になりたかったな。。

2021-04-30

5chでバレエピアノ話題は荒れる

同じ人が投稿してるんだから人格は同じなのに、バレエピアノに関する話題は荒れて人格否定される確率が高い。

あれは何だろうね?

2021-04-21

anond:20210421113856

バレエやって殴れるようになるならすりゃいいけどね。

でもやっぱ暴力があるのが強いぞ?

女は暴力で負けるとか、お前ぐらいの立場なら意外と嘘だからな。なにもガチンコで勝たなくていいんだから

2021-04-16

私の好きはずっと変わっていないのに

なんで勝手にひとの好きを

他人であった事もない人が

優先順位勝手に書き換えようとするのかな。

それはとても不思議で、信じられない事ですよ。

よっぽど嫌になったりは、しないものなのだけどね

まりに酷いと

どうしてもね。



歌舞伎

バレエ

ずっと好きで変わりはしないなぁ。

私の好きはずっと変わっていないのに

なんで勝手にひとの好きを

他人であった事もない人が

優先順位勝手に書き換えようとするのかな。

それはとても不思議で、信じられない事ですよ。

よっぽど嫌になったりは、しないものなのだけどね

まりに酷いと

どうしてもね。



歌舞伎

バレエ

ずっと好きで変わりはしないなぁ。

2021-04-15

世界が美しい

雨上がりで空気が澄んでいるからなのか

昨日、めんどくさい仕事ひとつが片付いたからなのか

昨日、久しぶりに楽器演奏たからなのか

昨日、久しぶりにカップラーメン冷凍食品以外のものを食べたからなのか

今、きれいなバレエ漫画を読んでいるからなのか

理由はよくわからないが、今日世界は美しい

2021-04-13

雑誌映画秘宝』の記憶(48)

ロックの魂とは?】

 コメディ映画スクール・オブ・ロック』(03年)が公開された当時、この映画肯定的評価するか否か、「有りか無しか」を巡って賛否両論となったこから映画秘宝』誌面では、少しばかりの論争が起きました。

 ご存知ない方のために粗筋を説明すると「ロックバンドをクビにされた主人公が、ひょんなことから坊ちゃんお嬢ちゃんたちばかりの通う小学校にニセ教師として潜り込み、生徒たちに『ロック音楽スピリッツ』の教育を施した末に、筋が良い生徒たちをバンドメンバーに従えた主人公が再びステージに立つ」という、ファミリー層向けコメディ映画です。

= = =

 当時の否定派の論調は「『反逆精神』が拠り所であるロックが(たとえニセ教師によるものとはいえ)、学校教育で身につくわけがねえだろ」とか「コメディとはいえ大人が『ロックは素晴らしい』と、特定価値観子供押し付けるのは正直いかがなものか」とか「ガキごときロックができてたまるか」とか、まあ大体そんな感じだったと記憶しています

 しかし「ひょんなことから『未知のカルチャー』に触れた子供若者が、その魅力に思いがけず目覚めて『カルチャー担い手』として育っていく物語」あるいは「大人側の視点で、色々な思いを抱えたり紆余曲折がありつつも『カルチャーの教え手』として年下の人間たちを育成していく物語」は、良くも悪くもありふれたものに過ぎず、そこまで腹を立てることだったのかと今でも疑問です。例えば、労働者階級の家庭に生まれ子供バレエの魅力とか宇宙ロケット打ち上げの夢に目覚めるといった物語が「有り」なのに、この映画がそんなに否定される必要はあったのでしょうか。それとも学校以外の場所舞台だったら許されたのでしょうか。こうして考えると、論争と呼ぶにも非常に掘り下げ不足であったように思えます

= = =

 そもそも否定派の気持ちの根っこには、特定カルチャーの愛好家が陥り易い「選民思想」が有ったのではないでしょうか?何しろ「女『子供から映画を取り戻せ!」が旧体制の『映画秘宝』の合言葉だった訳ですから否定派には「『ガキ風情』しかも『裕福な部類のお坊ちゃんお嬢ちゃん』が『オレたちの』ロックに手を出すこと自体我慢ならない!」「ファミリー向け映画ロックをイジるな!」という気持ちも有ったことと思います

 もう既にお分かりのように、ここに見られるのは要するに、いい歳したオッサンたちが、いつまでも上の方に居座って「このカルチャーはオレたちだけのモノだ!」「コレは『本物』ではない!」「それが理解できん若い者たちは、まだまだオレたち(=オッサンたち)に及ばんな!」という態度をとることによって、若い世代から敬遠されてジャンル全体の衰退を招くという、非常にありふれた「『本物の✕✕』とは何か論争問題」「サブカルチャーにおける老害問題」の1バリエーションです。

 しかし、この映画が公開されて長い年月が経過しました。今や音楽活動を始める若者たちの中で「バンド形式から/ロックから始める人」が占めるパーセンテージは、昔のように多くはないだろうと思われます外国でも事情は似たようなものです。今ではおじいちゃんになってしまった外国の大物ミュージシャンたちと、日本アイドルBABYMETALが共演した際には、馬鹿にされたり嫌がられたりするのかと思いきや「孫みたいに若い子供たちが、ワシらの音楽に興味を持ってくれた!」と、むしろ喜ばれたと聞き及んでいます若者子供にとって、この映画に出てくるようなロックが既に「何だか知らないけど、お年寄りたちが聴いている懐メロ」となってしまった今日では「映画スクール・オブ・ロック』は有りか無しか論争」をしていた『映画秘宝』編集者ライターたちは、実に贅沢な悩みに基づいて議論していたと言えます

= = =

 無論、あの頃に「ロックカルチャー担い手ファンの『高齢化』が問題になる」などと未来予測ができた人間は少なかったでしょうから現代人の立場で彼らの論争を「贅沢な悩みだった」と批判するのは酷と言われるかもしれません。

 しかし、未来予測とは違い、当時の人間でも『映画秘宝』の関係者や読者であれば、容易に気づくのが可能だったはずのことが有ります

 それは「当時の旧体制映画秘宝』と映画スクール・オブ・ロック』の主人公は、していることが『悪い意味で』五十歩百歩だった」ということです。

 旧体制の『映画秘宝』が「切り株映画は、世界真実を描いている!ヌル作品なんか観るのを止めて、切り株映画を観ろ!」とアジテーションする姿と、この映画主人公が「ロックが最高の音楽だ!ヌル音楽なんか聴くのを止めて、ロック名盤を聴け!」と生徒たちを『洗脳』する姿との間に、果たして本質的な違いが有ると言えるでしょうか?

 そうです。この映画主人公がしていることは「洗脳」です。もちろん「何らかのカルチャーの愛好家が、非・愛好家に対して自分の好きなものを紹介する」という行為は、大なり小なり「洗脳」の側面を持つものです。だから、単に「ロックは良いぞ」と他人に薦めるだけならば、何も批判される謂れは有りません。しかし、もしも「ロックを知らないのは不幸だ」とか「ロック以外のツマラナイ音楽聴くやつは馬鹿だ」とか説教をかまされたらどうでしょうか?そんなことをされたら「うるせえ」「布教するために他人価値観を踏み躙るな」と言いたくなりませんか?そもそも「『反逆精神』を拠り所にしてるくせに、上からモノを押し付けるんじゃねえよ」という話です。

 実際、この映画には、生徒たちが普段どんな音楽を聴いているのかを質問した主人公が、その回答を聞いて嘆息するという場面も出てきます。これを単に作品を彩るギャグとして軽く受け流すのか、見過ごせすに腹立たしく感じるのか、それは観る人によって受け取り方が異なるでしょう。しかし、仮に主人公批判する感性の持ち主ならば、同じことをしている旧体制の『映画秘宝』にも批判的な感情を抱くのが当然と言うか、それが「知的な誠実さ」というものではないでしょうか。仮にも批評活動生業にしている人間たちが雁首を揃えて「この描写は、自分たちみたいな(=若者世代に『本物のカルチャー』とは何かを教えたがる)オッサンのことを風刺しているのではないか?」という可能性に思い至る「内省視点」を少しも持たなかったのでしょうか。そうだとすれば『映画秘宝』関係者は「知的怠惰」と言わざるを得ません。

 まあ、可能性としては「映画主人公の行動と『映画秘宝』の行動は五十歩百歩」という事実に気づいていたけれども、センパイの機嫌を損ねるのを畏れて忖度して言わなかったというのも考えられますね。

 馬鹿なのか、忖度体質なのか、どっちにしても「批評活動を行う人間」としては「致命的な欠陥」だと思うのですが、そういう人たちでも業界デカイ顔をしていられる現状は、いかに本邦の映画ライター業界人材不足なのかを如実に物語ると言えるでしょう。

= = =

 ちなみに映画スクール・オブ・ロック』には、主人公が「ロックの反逆精神とは何か」を生徒たちに実地に教えるために「『権威』に逆らえ!教室では教師、つまりオレが『権威』だ!オレを罵ってみろ!」と命令する場面が出てきます。すると、生徒たちは素直で良い子ばかりだから、色々と頑張った末に「デブ野郎!」という火の玉ストレートを投げてしまい、自分で反逆を命じたのに「オイお前、後でちょっと職員室に来い!」と主人公がマジ切れするというギャグ場面が出てきます。(なお、主人公を演じるのは、ぽっちゃりコメディアンのジャック・ブラックです。)これは「『反逆精神』を『教育』する」という根本的な矛盾表現した、秀逸な場面と言えます

 町山智浩高橋ヨシキてらさわホークも、一度「権威に逆らえ!オレたちを罵ってみろ!」と若手ライターたちに呼びかけて「反・権力/反・権威精神とは何か」を教えて上げたら良いのではないでしょうか。パワハラ説教マンスプレイニングかますよりも、よほど後進の育成に寄与できると思いますよ。

 まあ、センパイの機嫌を取るためにパートナーの肉体を献上する人間、それを享受して面白おかしく語る人間嘘八百解説を書いて間違いを指摘されたらそそくさと逃げる人間には、到底「権力に逆らうとは何か」を若手ライターに教えることなんて無理な話でしょうけど。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-03-17

anond:20210317160959

進学校といっても、地方進学校ちょっと違う。

トリーバーチ増田が目にした「おだてられた」子供ってやつ。

あいった性格で、偏差値60前後の連中がいっぱいいる。

もちろん、クラシック音楽バレエなんてものは何も知らない。

親が高卒から

まり地方中学校テストの点はよいかもしれないが、せいぜい高卒程度の教養しかないやつ。

これは本当に悲劇しか言いようがないんだよね。

そいつはおそらく大学に入ってから、がっくり来たんだろうと思うけれどもね。

 この前、会社帰り道に新宿伊勢丹の前を通ったら、モンクレールのダウン着たおっさんと、ディオールのバッグにシャネルバレエシューズヴィトンスマホケース持った25歳くらいの女の子が「はじめまして、○○さんですか?」「今日よろしくお願いします」ってやってて、紛うことなパパ活で笑った。

 週末、ホテルお茶でもするかと思い立ってラウンジに行ったら、アフタヌーンティーの三段トレイを前にしたギャルが、向かいに座ってるスーツ姿のおっさん写真撮ってもらってた。親子かな、とも思ったけどギャル敬語だったから違うと思う。ギャルパパ活するんだなと思った。

 そして昨日、駅で仕事の待ち合わせをしていたら、ピンクのフリフリを着た女の子が私の隣で立ち止まった。女の子は一緒にいたおっさんに向かってキンプリのどこがいいかを熱弁していた。2人は手にタピオカを持っていた。女の子はしばらく喋ると、じゃあ帰ります、と宣言した。おっさん紙幣を渡していた。こう言うタイプパパ活もあるのか、と思った。

2021-03-12

anond:20210312103505

本当にパンプスは履きたい人だけが履くものになればいいのになあ

バレエシューズみたいなペタンコ靴でもいいと思うんだけど

2021-03-07

村上春樹文章は「うまくはないが読みやすい」(補足あり)

https://note.com/historicalmoc/n/n284957b96801

出したな! 俺の前で! 村上春樹文章の話を! 

村上春樹作品はほぼ読んだので大体同意だけれど、肝心の文章について全く語られていないのは片手落ちしか言いようがない。こういう何かを語っているようでその内実がわかりにくい言葉を並べるからハルキストだのなんだの揶揄られるんだ。ファンなら真面目にやれ。村上春樹以外の人間村上春樹の真似したら中身がない駄文しかならないって小学校で教わらなかったのか。

つーか村上春樹文章別にうまくねえから。特徴的で読解大好き人間ほいほいってだけ。

  1. リズムがあり、断定調である(巧くはないが読みやすい)
  2. 比喩表現を多用し、不思議モチーフをたくさん取り入れるが、書いてることの中身について説明しない
  3. めちゃくちゃはっきりした含意が含まれていることがある(ないこともある)

というこの3点が村上春樹文章もっとも印象に残る要素である。本気で語るなら時期によっての文体の変化とか、もっといえば情景描写についてもまとめたいのだけれど、とりあえず書き散らす。なお、3に関しては他作品に関する読解を含み、ひとによってはネタバレ解釈しうるものも混じるので注意。

1.リズムがあり、断定調である(巧くはないが読みやすい)

実例を挙げてみる。

四月のある晴れた朝、原宿の裏通りで僕は100パーセント女の子とすれ違う。

正直言ってそれほど綺麗な女の子ではない。目立つところがあるわけでもない。素敵な服を着ているわけでもない。髪の後ろの方にはしつこい寝癖がついたままだし、歳だってもう若くはない。もう三十に近いはずだ。厳密にいえば女の子とも呼べないだろう。しかしそれにもかかわらず、3メートルも先から僕にはちゃんとわかっていた。彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ彼女の姿を目にした瞬間から僕の胸は地鳴りのように震え、口の中は砂漠みたいにカラカラに乾いてしまう。

村上春樹4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて

1文1文が短い。技巧的な表現を使うわけでもない。文章から浮かんでくるイメージ閃烈鮮烈なわけでもない。日常語彙から離れた単語を使うこともない(「閃烈鮮烈」とか「語彙」といった単語が読めない人間は思いの外多いからな。ここでの「外(ほか)」とか/悪いATOKに頼りすぎて誤用なの気づいてなかった。指摘ありがとう)。ただただ「シンプル」だ。わかりやすい。

また、冒頭の1文の次にくるのは「~ない」で終わる文章連続だ。テンポがいい。あと、どのくらい意図的なおかわからないが、↑の文章音読していみると適度に七五調がまじっているのがわかる。そして、大事なところで「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ。」という断言を入れる。リズムで読者を惹きつけた上ですっと断定されると、その一文がすっと印象的に刺さってくるのである

まり別にうまい」わけじゃないんですよ。ただ「読みやすい」。それにつきる。読みやすい以外の褒め言葉あんまり信用しちゃいけない。「うまさ」って意味なら村上春樹をこえる作家なんてゴマンといるし、村上春樹の「文章」がすごいなんてことは絶対にない。うまいとか下手とかを語るならナボコフあたり読んだ方がいい。

とはいえ個人的な所感だと、この「読みやすさ」は村上春樹発見あるいは発明した最大のポイントだ。「リズムがよくわかりやす文章で圧倒的リーダビティを獲得する」という、一見してみんなやってそうでやっていない方策村上春樹が徹底しているせいで、誰でも座れそうなその席に座ろうとすると村上春樹と闘わなければならない。

2.比喩表現を多用し、不思議モチーフをたくさん取り入れるが、書いてることの中身について説明しない

で、そのあとにくるのが「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ彼女の姿を目にした瞬間から僕の胸は地鳴りのように震え、口の中は砂漠みたいにカラカラに乾いてしまう。」という文章である村上春樹比喩表現は独特で、たとえば『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を適当パラパラめくって見つけた表現として、「不気味な皮膚病の予兆のよう」「インカの井戸くらい深いため息」「エレベーターは訓練された犬のように扉を開けて」といったものもあった。この、比喩表現の多様さは彼の最大の持ち味であり、真似しようにもなかなか真似できない。

そして何より、「100パーセント女の子である。何が100パーセントなのか、どういうことなのか、この6ページの短編ではその詳細が説明されることはない。ただ、語り手による「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ。」という断定だけが確かなもので、読者はそれを受け入れざるをえない。それはこの短編に限らない。「かえるくん、東京を救う」におけるかえるくんとは。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』における〈世界の終わり〉とは。「パン屋再襲撃」はなんでパン屋を襲うのか。「象の消失」で象はなぜ消失するのか。「レーダーホーセン」でどうして妻は離婚するのか。羊男ってなに。

こういった例には枚挙に暇が無い。文章単体のレベルでは「読むことはできる」のに対して、村上春樹小説比喩モチーフ物語様々なレベルで「言っていることはわかるが何を言っているかがわからない」ことが、ものすごく多いのだ。

3.めちゃくちゃはっきりした含意が含まれていることがある(ないこともある)

じゃあ、「村上春樹作品ふわふわしたものを描いているだけなのか?」と言えば、そんなことはない。村上春樹作品には「答えがある」ものが、地味に多い。

たとえば、「納屋を焼く」という作品がある。ある男が恋人の紹介で「納屋を焼く」のが趣味だという男性出会いふわふわした会話をして、ふわふわとした話が進み、語り手は時々恋人セックスをするが、そのうち女性がいなくなる。読んでいるうちは「そうか、この男は納屋を焼いているのか」という、村上春樹っぽいよくわからないことをするよくわからない男だな……という風に、読んでいるうちは受け入れることができる。

だけれど、この作品問題は、「納屋を焼く」とは「女の子を殺す」というメタファー可能性がある……ということを、うっかりしていると完全に読み飛ばししまうことだ(あらすじをまとめるとそんな印象は受けないかも知れないが、本当に読み落とす)。それが答えとは明示されていないけど、そう考えるとふわふわとした会話だと思っていたものが一気に恐怖に裏返り、同時に腑に落ちるのである

その他、上記の「レーダーホーセン」においてレーダーホーセンが「男性にぐちゃぐちゃにされる女性」というメタファーでありそれを見た妻が夫に愛想をつかした、という読みが可能だし、「UFO釧路に降りる」でふわふわゆきずりの女と釧路に行ってセックスする話は「新興宗教勧誘されそうになっている男」の話と読み解くことができる(『神の子どもたちはみな踊る』という短編集は阪神大震災地下鉄サリン事件が起きた1995年1-3月頃をモチーフにしている)。

勿論、これらはあくまで「そういう解釈可能」というだけの話で、絶対的な答えではない。ただ、そもそもデビュー作『風の歌を聴け自体断章の寄せ集めという手法をとったことで作中に「小指のない女の子」の恋人が出てきていることが巧妙に隠されていたりするし(文学論文レベルガンガン指摘されてる)、「鼠の小説には優れた点が二つある。まずセックス・シーンの無いことと、それから一人も人が死なないことだ。放って置いても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ。」と書かせた村上春樹がその小説の中で実は死とセックスに関する話題を織り込みまくっている。近作では『色彩をもたない田崎つくると、彼の巡礼の年』で○○を××した犯人は誰なのかということを推測することは可能らしい。

何が言いたいか

まり村上春樹は信用できないのである

たとえば、『ノルウェイの森』で主人公自分のことを「普通」と表現する箇所があったが、村上春樹作品主人公が「普通」なわけない。基本的信頼できない語り手なのだ。信用できないからしっかり読み解かないといけないようにも思える。

(なお、なんなら村上春樹自分作品について語ることも本当の部分でどこまで信用していいのかわからない。「○○は読んでない」とか「××には意味がない」とか、読解が確定してしまうような発言はめちゃくちゃ避けてる節がある)

ただ、勿論全部が全部そうというわけじゃなく、羊男とかいるかホテルって何よとかって話には特に答えがなさそうだけれど、『海辺のカフカ』『ねじまき鳥クロニクル』『1Q84』あたりは何がなんだか全くわからないようにも見えるし、しかし何かを含意しているのでは、あるいは村上春樹本人が意図していないことであっても、読み解くことのできる何かがあるのではないか、そういう風な気持ちにさせるものが、彼の作品なかにはある。

このように、村上春樹メタファーモチーフには、「答えがあるかもしれない」という点において、読者を惹きつける強い魅力があるのである

増田も昔は村上春樹を「雰囲気のある作家」くらいの認識で読んでたんだけど、『風の歌を聴け』の読解で「自分作品ちゃんと読んでないだけだった」ということに気づかされて頭をハンマーで殴られる経験してから村上春樹には真面目に向き合わないと良くないな」と思い直して今も読み続けてる。

……なお、それはそれとして、セックスしすぎで気持ち悪いとか(やれやれ。僕は射精した)、そもそも文章がぐねぐねしてるとか(何が100パーセントだよ『天気の子』でも観とけ)(なお「4月のある晴れた朝に~」が『天気の子』の元ネタひとつなのは有名な話)、そういう微妙な要素に関して、ここまで書いた特徴は別にそれらを帳消ししてくれたりする訳じゃないんだよね。

たとえば『ノルウェイの森』は大多数の人間経験することの多い「好きな人と結ばれないこと」と「知人の死を経験し、受け入れること」を描いたから多くの人間に刺さったと自分は思っているが、だけどそれが刺さらない人だって世の中にはたくさんいるのは想像に難くない。

から、嫌いな人は嫌いなままでいいと思う。小説は良くも悪くも娯楽なんだから

余談

マジで村上春樹論やるなら初期~中期村上春樹作品における「直子」のモチーフの変遷、「井戸」や「エレベーター」をはじめとした垂直の経路を伝って辿り着く異界、あたりが有名な要素ではあるんだけれど、まあその辺は割愛します。あと解る人にはわかると思いますがこの増田元ネタ加藤典洋石原千秋なので興味ある人はその辺読んでね。

文章うまい」に関する長い補足(「小説文章」に限定

「うまくない」って連呼しながら「『うまい』のは何かって話をしてないのおかしくない?」 というツッコミはたしかにと思ったので、「この増田が考える『うまい』って何?」というのを試しに例示してみようと思う。村上春樹に対する「別に文章うまくない」とはここで挙げるような視点からの話なので、別の視点からのうまさは当然あってよい。

小説家の文章が読みやすいのは当たり前だが、「文章が読みやすい」なら「文章が読みやすい」と書けばいいのであって、わざわざ「文章うまい」なんて書くなら、そこでの文章」は「小説じゃなきゃ書けない文章であるはずだ。

じゃあ、増田が考える「(小説の)文章うまい」は何か。読んでる間にこちらのイメージをガッと喚起させてくるものが、短い文章のなかで多ければ多いほど、それは「文章うまい」と認識する。小説のなかで読者に喚起させるイメージ情報量が多いってことだから

具体例を挙げてみる。

 長い歳月がすぎて銃殺隊の前に立つはめになったとき、おそらくアウレリャーノ・ブエンディーア大佐は、父親に連れられて初めて氷を見にいった、遠い昔のあの午後を思い出したにちがいない。

 そのころのマコンドは、先史時代怪獣の卵のようにすべすべした、白く大きな石がごろごろしている瀬を澄んだ水がいきおいよく落ちていく川のほとりに、竹と泥づくりの家が二十軒ほど建っているだけの小さな村だった。

ガルシアマルケス百年の孤独』の冒頭。大佐子どもの頃を回想して大昔のマコンドに話が飛ぶ際、「先史時代の」という単語を選んでいることで文章上での時間的跳躍が(実際はせいぜいが数十年程度のはずなのに)先史時代にまで遡るように一瞬錯覚する。

津原泰水バレエメカニック』1章ラスト昏睡状態のままで何年も眠り続ける娘の夢が現実に溢れだして混乱に陥った東京で、父親世界を元に戻すために夢の中の浜辺で娘と最期の会話をするシーン。

「お父さんは?」

「ここにいる」君はおどける。

彼女は唇を尖らせる。「五人兄弟の」

「さあ……仕事で遠くまで出掛けているか、それとも天国かな。お母さんがいない子供は いないのと同じく、お父さんのいない子供もいない。世界のどこか、それとも天国、どちらかに必ずいるよ」

 彼女は君の答に満ち足りて、子供らしい笑みを泛べる。立ち上がろうとする彼女を、君は咄嗟に抱きとめる。すると君の腕のなかで、まぼろしの浜の流木の上で、奇蹟が織り成したネットワークのなかで、彼女はたちまち健やかに育って十六の美しい娘になる。「ああ面白かった」

 理沙は消え、浜も海も消える。君は景色を確かめ自分腰掛けていたのが青山通り表参道形成する交差の、一角に積まれ煉瓦であったことを知る。街は閑寂としている。 鴉が一羽、下り坂の歩道を跳ねている。間もなくそれも飛び去ってしまう。君は夢の終焉を悟る。電話が鳴りはじめる。

作中の主観時間にしてわずか数秒であろう情景、ありえたかもしれない姿とその幸せ笑顔から夢のなかで消えて一瞬で現実に引き戻すこの落差、そこからまれる余韻の美しさですよ。

あるいは(佐藤亜紀小説ストラテジーから受け売りで)ナボコフ「フィアルタの春」という小説ラスト

フィアルタの上の白い空はいつの間にか日の光に満たされてゆき、いまや空一面にくまなく陽光が行き渡っていたのだ。そしてこの白い輝きはますますますます広がっていき、すべてはその中に溶け、すべては消えていき、気がつくとぼくはもうミラノの駅に立って手には新聞を持ち、その新聞を読んで、プラタナスの木陰に見かけたあの黄色自動車がフィアルタ郊外巡回サーカス団のトラックに全速力で突っ込んだことを知ったのだが、そんな交通事故に遭ってもフェルディナンドとその友だちのセギュール、あの不死身の古狸ども、運命の火トカゲども、幸福の龍どもは鱗が局部的に一時損傷しただけで済み、他方、ニーナはだいぶ前から彼らの真似を献身的にしてきたというのに、結局は普通の死すべき人間しかなかった。

ふわーっと情景描写ホワイトアウトしていって、最後にふっと現実に引き戻される。この情景イメージの跳躍というか、記述の中でいつの間にか時間空間がふっと別の場所に移動してしまうことができるというのがナボコフの特徴のひとつである

散文として時間空間が一気に跳躍して物語世界を一気に拡張してしまう、この広がりを「わずかな文章」だけで実現していたとき増田は「文章うまい」と認識する。自分村上春樹文章を「うまくない」って書く時、そのような意味での「小説としての文章」を判断軸にしてた。

村上春樹は下手ではない。村上春樹に下手って言える人いるならよっぽどの書き手だし、その意味村上春樹に関しちゃ言うことはないでしょう。しかしごく個人的私見を言えば、「文章」って観点だと、文章から喚起されるイメージに「こちらの想像を超えてくる」ものがめちゃくちゃあるわけではないと思う。

日本語文法に則りシンプルで誤解の生まれにくい文章を書くことは高校国語レベル知識可能で、その点村上春樹文章プロとしてできて当たり前のことをやっているに過ぎない。平易な文章を徹底しつつその内実との間に謎や寓話モチーフを織り込んで物語を構築するところがすごいのであり、そこで特段褒められるべきは構成力や比喩表現の多様さだろう。その際に使うべきは「構成力がうまい」でも「比喩表現うまい」であって、「文章」などという曖昧模糊とした単語で「うまい」と表現することはない。小説=散文芸術において「文章うまい」と表現しうるときもっと文章としてできることは多いはずなので。そして、このことは、村上春樹がしばしば(「小説」ではなく)「エッセイ面白い」と言及されることと無関係ではない。

ちなみに、増田津原泰水ナボコフ文章技巧には翻訳村上春樹じゃおよぶべくもないと思ってるけど、面白いと思うのは圧倒的に村上春樹ですよ。技巧と好き嫌いは別の話なので。

ここで書こうとした「うまさ」は佐藤亜紀がいうところの「記述運動」を増田なりに表現したもので、元ネタ佐藤亜紀小説ストラテジー』です。

2021-03-04

[]バウンド王国の欠片 ps4

どぎつい現代アートっぽいセカイを進んでいくアクションゲーム

雰囲気ゲーと思いきや、バレエ的な動きのせいで思うように操作できずストレスたまるシーン多数

飛び石を渡ることはわかってるのにうまくジャンプが発動しなくて何度も落ちたり

かなりストレスたまっていらいらする

じつは妊婦精神世界冒険してトラウマ克服するゲームでしたー

というのは正直いらなかった

最後分岐も手動セーブしてもうひとつ分岐を見ることができず最初からやるしかないのもストレス

2,3時間で終わるとは言え面倒臭すぎる

プレイ動画みたら10秒もなかったし

VR対応してるらしくVRだと面白そうだなとは思った

ただ操作性が悪すぎる

キャラ普通挙動をして普通に移動、ジャンプができるだけでだいぶ違ったのに

個性出そうとして失敗してる感じ

2021-03-03

映画好きなら高校生までに見てないと恥ずかしい邦画100

作品監督公開年
1丹下左膳余話・百萬兩の壺山中貞雄1935
2鶴八鶴次郎成瀬巳喜男1938
3鴛鴦合戦マキノ正博1939
4残菊物語溝口健二1939
5内田吐夢1939
6父ありき小津安二郎1942
7一番美しく黒澤明1944
8カルメン故郷に帰る木下恵介1951
9雨月物語溝口健二1953
10近松物語溝口健二1954
11蜘蛛巣城黒澤明1957
12東京暮色小津安二郎1957
13幕末太陽傳川島雄三1957
14白蛇伝 藪下泰司1958
15独立愚連隊岡本喜八1959
16野火市川崑1959
17秋日和小津安二郎1960
18にっぽん昆虫記今村昇平1963
19砂の女勅使河原宏1964
20明治侠客伝 三代目襲名加藤泰1965
21網走番外地石井輝男1965
22沓掛時次郎 遊侠一匹加藤泰1966
23殺しの烙印鈴木清順1967
24昭和残侠伝 血染め唐獅子マキノ雅弘1967
25乱れ雲成瀬巳喜男1967
26博奕打ち 総長賭博山下耕作1968
27日本解放戦線 三里塚の夏小川紳介1968
28絞死大島渚1968
29エロス虐殺吉田喜重1969
30心中天網島篠田正浩1969
31処女ゲバゲバ若松孝二1969
32修羅松本俊夫1971
33水俣 - 患者さんとその世界土本典昭1971
34女郎責め地獄田中登1973
35戒厳令吉田喜重1973
36恋人たちは濡れた神代辰巳1974
37竜馬暗殺黒木和雄1974
38私的エロス 恋歌1974 原一男1974
39四畳半襖の裏張り神代辰巳1974
40県警対組織暴力深作欣二1975
41わたしSEX白書 絶頂曽根中生1976
42愛のコリーダ大島渚1976
43青春の殺人者長谷川和彦1976
44トラック野郎望郷一番星鈴木則文1976
45曽根崎心中増村保造1978
46ツィゴイネルワイゼン鈴木清順1980
47じゃりン子チエ 劇場版高畑勲1981
48ガキ帝国井筒和幸1981
49TATTOO刺青>あり高橋伴明1982
50家族ゲーム森田芳光1983
51ションベン・ライダー相米慎二1983
52戦場のメリークリスマス大島渚1983
53逆噴射家族石井聰亙1984
54お葬式伊丹十三1984
55変態家族兄貴の嫁さん周防正行1984
56Wの悲劇澤井信一郎1984
57台風クラブ相米慎二1985
58ゆきゆきて、神軍原一男1987
59鉄男塚本晋也1989
60その男、凶暴につき北野武1989
61八月の狂詩曲黒澤明1991
62紅の豚宮崎駿1992
63ソナチネ北野武1993
64月はどっちに出ている崔洋一1993
65トカレフ阪本順治1994
66耳をすませば近藤喜文1995
67すけべてんこもり瀬々敬久1995
68渚のシンドバッド橋口亮輔1995
69スワロウテイル岩井俊二1996
70Shall we ダンス?周防正行1996
71女優中田秀夫1996
72キッズ・リターン北野武1996
73萌の朱雀河瀬直美1997
74CURE黒沢清1997
75A 森達也1997
762/デュオ諏訪敦彦1997
77ラブ&ポップ庵野秀明1998
78鬼畜宴会熊切和嘉1998
79リング中田秀夫1998
80金融腐蝕列島 呪縛原田眞人1999
81バレットバレエ塚本晋也1999
82オーディション三池崇史2000
83EUREKA青山真治2000
84リリイ・シュシュのすべて岩井俊二2001
85A2森達也2001
86DISTANCE是枝裕和2001
87害虫塩田明彦2002
88アカルイミライ黒沢清2003
89世界の中心で、愛をさけぶ行定勲2004
90いつか読書する日緒方明2004
91メゾン・ド・ヒミコ犬童一心2005
92さよならみどりちゃん古厩智之2005
93リンダリンダリンダ山下敦弘2005
94立喰師列伝押井守2006
95パプリカ今敏2006
96大日本人松本人志2007
97実録・連合赤軍あさま山荘への道程若松孝二2008
98愛のむきだし園子温2009
99涼宮ハルヒの消失石原立也武本康弘2010
100桐島、部活やめるってよ吉田大八2012

2021-03-02

anond:20210302093544

なんかブクマ集めてるけど、納得できないわ。

だって現実では、かわいそうランキング権力勾配認定)でそんなにかわいそうじゃないとされてる奴らへは、嫌悪公言すら許されてるじゃないか

君がトラバで書いた内容は、「心の中で嫌う自由と、その嫌いを公言する自由は別で、公言する自由制限されるから気を付けよう」ということだと理解した。

ブコメでもはてなの外でもちょいちょい目にする理屈だ。

これが、現実で一律に通用してるルールならある程度頷くけどさ。というか昔は俺もそのシンプルな切り分けに頷いてて、他人をその理屈で説得しようとしたことすらあったけどさ。

でも実際には、あいつらに対しては嫌悪を表明してもよい、と扱われてる対象が沢山いるじゃん。

サムいダジャレをいう奴、仕事ができない奴、コミュ障アスペ傾向空気読めないオタクチンピラホストロリコンショタコンメンヘラアル中パチ中、服装ダサい奴やだらしない奴、体育会系オッサンバサン、デカくて腕力ありそうな奴、老害富裕層、強大な国家としてのアメリカ、など。(これだけあげた中には一個や二個反論が思いつくかもしれんが、それは俺が例示をミスっただけで話の大筋は覆らんからな)

サムいダジャレばっか言う人ってマジでキツいわ」「体育会系のノリが嫌すぎる、近寄らんとこ」みたいなのはTwitterに書いてもエッセイに書いても友達との会話で出てもほぼ問題がない。

たしなめられるにしてもマイノリティを嫌った時の猛烈な責められ方とは違う。

これって結局、権力勾配があるからマイノリティ弱者は手厚く保護されるべきだが、マジョリティ強者への保護は薄くしますよっていう、しょっちゅう非難されてる逆差別じゃないか

こういう話をすると、これからだんだんマジョリティへの攻撃嫌悪表明も咎められるようになっていくでしょうみたいに言う人もいるが、そんな理想的未来が来ることはまずありえない。

どんな層への嫌悪咎められる社会って、持続ができないだろ。一歩一歩地雷を踏んでないかかめるようなコミュニケーション日常からやるなんてコストがかかりすぎて崩壊する。

から「この弱者層への言及地雷を踏んだら致命的に咎められるので気を付けましょう、それ以外は強者だし言及地雷を踏んで咎められてもダメージ少ないのでリラックスして語っていいっす」という逆差別がどこまでいってもまかり通る。

おまけに弱者強者認定基準も胡散臭い

老化で鈍感になり、センス気遣い力が落ちたやつらは弱者じゃないのかい

ギャグ面白さはたまたま世間と違う好みに生まれ育ったんじゃなく自分意志で決めてることで、サムい人は「つまらないこと言うぞ!」とわざと顰蹙を買ってるから、そこら中で嫌いと言われるのが妥当なのかい

俺は、老化で足腰が衰えたり、たまたま男だけどバレエが好きに生まれ育ったりたまたま普通に話す時どもったり顔や体がゴツくて怖いのと近い、仕方のない要素だと思うけど。

(以前、センスが悪いなら黙ってればいいだけだろなんていう、ある種の人間楽しい会話への参加を求めず沈黙しろってヤバい抑圧を無自覚に書いてる奴も見たが)

もしも強者弱者認定がそこそこきっちりできたとしても、強者なら嫌悪公言されても受け入れろという非対称性を盾にした逆差別問題は残るしな。

それにしても、こういうかわいそうランキングの線引きや逆差別問題って指摘されすぎて、してる側の方が一つ覚えって言われそうだが、それでも問題が残ってるなら指摘されるべきだわ。


あと一応言っとくが、だから弾圧差別オールオッケーにしろとは言ってないぞ。

そういう趣旨だと思って読んでた奴は、正義vs悪とか差別vs反差別みたいな、白黒わかりやすイデオロギー闘争に夢中になりすぎだから自覚ときな。

逆差別なり恣意的弱者強者認定なりの問題があることを認めろ、そこを見ないふりした説教や説得はするな、そういう不誠実な説教の尻馬に乗るな、自分たちは正しく筋が通った考え方をしているという安心感を捨てて、「ワルモノ」からの疑問や反論があったらちゃん自分たちを疑え、それでも総合的に考えて犠牲はあっても断罪の剣をふるうべきと判断したなら構わないがその剣を振るうのは最小限かつ手加減するくらいの理性を持て、可能ならアフターケアしろ、という話だ。

こういうこと書いてる俺自身自分を疑ってないんじゃねえのという点については、その自問自答も入れてたらクソ長くなるので省略してるからな(自問自答が十分である自信は確かにないが)。

少なくとも今日の俺はまだわずかに世の中や社会に期待しているから、こういう立場だ。

まあ、この記事トラバしてるやつにはすでにすっかり絶望してもっと過激なこと言ってる増田がいて、俺はその絶望と諦めにも大いに同情するけどな。精神病調子が悪い時の俺はもっと破壊的な気分になる。



ブクマ元増田趣旨は「マイノリティを抑圧してはいけない」で、マジョリティへのヘイトは許されてるとは書いてない。お前の主張と何も矛盾しない。書いてないことを読み取るな。

書いてなくたって、マジョリティ強者(と認定された層)への悪口が甘く見られている現実は目を開けりゃ見えるだろ。

いわば議論の前提だ。

紙幅にも文章書く元気にも限りがあるので何もかもカバーした話をしろなんてことは言わないが、強者叩きは許されてる現実があるってのは重要だろ。

不都合からって重要な要素への言及を避けて、都合のいい部分だけ使って綺麗な断罪の剣を研ぎあげる、その輝きに人々が群がって正しいと持て囃す、そういうことのズルさと危うさを問題視してるんですよ俺は。

2021-02-19

anond:20210219081454

競技だったらもうちょい男にみられていたじゃろうなああああああああああああああああああああああああああああああああああ

バレエじゃああああああああああああああああああああああああああああ

クラシックじゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

ロイヤルじゃあああああああああああああああああああああああ

ピッチピチじゃああああああああああああああああああああああああ

anond:20210218231839

パドドゥとか着替え始めるとか身体は触ったことあるとかでバレエ趣味なんだろうなっては思ったけど、その界隈だと接触が多いことに慣れちゃって友達は異性として見てもらえなさそう。

条件が良くてコミュ力女性の扱いに自信があるなら別のコミュニティーに参加したりアプリとか合コンとかやってみたりしたら?

それでも友達まりならいよいよ真正非モテ童貞たるべき原因があるんじゃない?

2021-02-18

anond:20210218230817

元増田だがそもそもモテねええええええええええええええええええええええって言っておろう言っておろう

童貞モテるもなにもある訳なかろううううううううううううううううう

彼女の一人もいたことないんじゃぞないんじゃぞ

デートする度に今度こそいけると思いながらそんなことを幾度となく繰り返しているんじゃぞおおおおおおおおおおおおお

お察しの通り妹がいるし

親類に女性は多いから扱いは慣れている

そもそも記事にチラッと書いた女性が多い趣味ってバレエのことだから

女性の扱いは自分で言うのもなんだが割と上手い

その上手さが何の役にたってないんじゃがなああああああああああああああああああああああああああああああああああ

2021-02-15

逆のケースも報道してくれませんか?その4

https://www.asahi.com/articles/ASP2D3J6RP21UPQJ00L.html

https://anond.hatelabo.jp/20210215161530

https://anond.hatelabo.jp/20210215163758

https://anond.hatelabo.jp/20210215175223

そもそも、どうして転落組ができるのでしょうか?答えは「都民は元田舎者」だからです。

田舎者には文化資本もなければ、流行資本すらございません。ない者同士で子供を作ったところで、同じレヴェルしか出ないのです。都に流れ着いて、文化資本形成する例外もいますが、大勢にならないようです。

上京して映画を見たい」「上京してバレエを見たい」という人は文化資本形成するのですが、これが全員にはならないのです。

最近は、転落地方公立まりというケースも珍しくありません。かつては仮面浪人を親が許したのですが、現経済状況では許されないので、現役で都落ちです。大体ですが、都落ちの子供を持つ家庭の親の知能は、なぜか高くありません。高くならないのは当たり前で、学歴で知能が買えると思っているからです。

金で買えるのが学歴ですが、金では知能は買えません。

2021-02-11

SF好きに薦めるクラシック

https://anond.hatelabo.jp/20210210062305

 

SF好きに薦めるクラシックSFっぽいやつ。

 

ホルスト 惑星 より 「木星

 音楽教科書にも出てる、鉄板

 

ホルスト 惑星 より 「火星

 ダースイダ―のテーマみたいな曲

 

・リヒャルトシュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき

 冒頭だけ、2001年宇宙の旅で有名

 

レスピーギ 交響詩ローマの松」より「アッピア街道の松」

 静かに始まるが、もりあがってくると、ウルトラマンテーマみたいなフレーズが出てくる

 

ラヴェル バレエ組曲 ダフニスクロエ 第2番

 夜明けの描写が印象的

 

 

 

2021-02-10

没後100周年のサン=サーンス10曲聴こう

anond:20210210062305

・どういう人?

フランスまれ(1835-1921。七月王政第一次大戦後)。小さいころ神童で、ピアノオルガンも超一流で教養もあったすごい人。旅行も好きだった。オペラバレエ合唱曲、あとは超絶技巧ものみたいな総合芸術流行ってたフランスで、交響曲とかソナタみたいな堅苦しいジャンルフランス人が書くならどうすればいいか模範を見せた。意識的に「フランス音楽」を作り上げた功績は大きいけど、長生きしすぎた(あと口が悪かった)せいで晩年時代遅れ扱いを受けた。

普通に有名な5曲

交響曲第3番「オルガン付」

代表作。交響曲かいドイツ語圏名産の重苦しい形式を、華、明快、節度大事フランス流の美学で仕立て直した金字塔。近いコンセプトのピアノ協奏曲第4番、ヴァイオリンソナタ第1番を聴いてみると、編成に合わせてどう曲想を変えてるかも楽しめる。

www.youtube.com/watch?v=eTsbgDBC4_k

ピアノ協奏曲第2番

サン=サーンスといえば協奏曲ヴァイオリン協奏曲第3番とかチェロ協奏曲第1番も名作だけど、この曲は重厚な第1楽章、軽くて無邪気な第2楽章情熱的な第3楽章とそれぞれ対照的雰囲気が一度に楽しめる。

https://www.youtube.com/watch?v=tk_eqKUjDXE&list=OLAK5uy_kFlhz7yMPIyXhc1pQ-5NDDtQL0XezyFz8

交響詩「死の舞踏

若いころのサン=サーンスは「現代音楽家」で、古典大事にもするけれど、形式の堅苦しさから脱出しようとした。交響詩は当時最新鋭のジャンルで、死神ヴァイオリンとか、ガイコツを描写する木琴とか、ちょっと品のない表現もたくさん使って悪夢的な情景を表現しようとした意欲作。「オンファールの糸車」「アルジェリア組曲」もおすすめ

www.youtube.com/watch?v=k1s28gmLicc

動物の謝肉祭

本人は発表を嫌がったっていうのもわかるけど、言いたいことを短く言い切る発想力と技術、やっぱりサン=サーンスからこそ書けた作品だと思う。神秘的な「水族館」と馬鹿騒ぎの「化石」が個人的ハイライト

www.youtube.com/watch?v=7SjagpXeNhM

オペラサムソンとデリラ

サン=サーンスの堅いところと砕けたところが両方いい感じに出たオペラ。全部聴くと長い(でもオペラとしては短め)からオリエントっぽさ満点の「バッカナール」が入ってて最後も派手な第3幕をとりあえず聴くといいと思う。異国趣味だとピアノ協奏曲第5番「エジプト風」の第2楽章とか、本人なりになんとか日本っぽさを出そうとがんばった「黄色王女」も面白い

www.youtube.com/watch?v=GNa8HOMcDvk

・そんなに有名じゃない(好きな人はたぶん知ってる)5曲

ヴァイオリン協奏曲第1番

20代半ば、1860年ぐらいはサン=サーンス最初に輝きはじめた時期だと思う。自分はこの曲が一番好きだけど、序奏とロンド・カプリチオーソ、ピアノ協奏曲第1番、交響曲第2番、チェロピアノのための組曲 作品16、冒険心と若々しい覇気を感じる秀作ばかり。

https://www.youtube.com/watch?v=J34_SiyzsUw&list=OLAK5uy_nfoGOwtSlxkICv6SpIOPGmTsLh7soAVnU

チェロソナタ第1番

ドイツっぽいド根性ベートーヴェンとかブラームスとかワーグナーとかそういうやつ)はサン=サーンスの持ち味とは違うけど、この曲は珍しくベートーヴェンっぽい激しさ、硬質なかっこよさが味わえる。普仏戦争ドイツに負けて、自分たちのとこでも交響曲とかソナタとか作ってやろうと奮起した時期の曲だからだろうか。いわゆる「精神性」「深み」みたいなのは、「糸杉」作品156とかクラリネットソナタの第3楽章かにある。

https://www.youtube.com/watch?v=AU2Eq1jKJGE&list=OLAK5uy_najeRAiKZJwnS2_n9wzLaYdgzMiOZ1RtY

スケルツォ 作品87

ピアノ名人だったかピアノソロの曲もたくさんあるけど、楽器が身近すぎたからか良くも悪くも一瞬のひらめきで書いてて、波長が合わないといまいちアガらない。むしろ2台ピアノのほうが頭を悩ませながら作ったみたいな感じがあって工夫を楽しめる曲が揃ってる。この曲は優雅ワルツが軸なんだけど、ちょっと気を抜くと不穏な世界があるみたいな前衛的なシュールさもあって面白い

www.youtube.com/watch?v=wNc7UNFcPMA

詩人ミューズ 作品132

オルガン付」で一度総決算して一息ついたあとの60代(20世紀に入る前後)は完成した作曲技術をつぎこんだ、地味だけど傑作の森だと思う。ヴァイオリンソナタ第2番、チェロ協奏曲第2番、弦楽四重奏曲第1番とかを経てこの曲はヴァイオリンチェロの二重協奏曲。どこをとってもいい音楽を聴いてるなあと思う。

www.youtube.com/watch?v=wDT21gGt9FQ

オーボエソナタ

そして死んだその年の曲。年をとって無邪気になるというか、どっか遠いとこを見るようになる作曲はいろいろいるけど、86の爺さんはやっぱり格が違う。もう思い残すことはなさそうな感じ。クラリネットソナタファゴットソナタと合わせて三部作からそっちもぜひ聴いてほしい。

www.youtube.com/watch?v=xudGml9nOO4

anond:20210210140524

「展開がだるくない」って条件ちょっとわかる。

交響曲耐性があるかないかって話で、緩徐楽章入るとだるいって感じる。フィナーレだけ聞くといいんだけど、第2楽章かいらんやろってある。

バレエ組曲かいいと思う。だるい曲はスキップして聞けばいいし。同じ文脈オペラもよさそうって思ったけど、独唱というかセリフ部分が長くてだるいということに気づいた。

クラシックガイド増田) を見やすくしたよ。

 anond:20210210062305 (クラシックガイド) を見やすくしたよ。

 はてな記法で、分類表示した。テキストは変えていません。

 

   §1600年代前半

イタリア

ドイツ

 

   §1600年代後半

イタリア

おフランス

ドイツ

イギリス

 

   §1700年代前半

イタリア

フランス

ドイツ

イギリス

以上1600~1750年が「バロック音楽」の時代

 

   §1700年代後半

古典派音楽」の時代

イタリア

フランス

  • ゴセック  (日本では「ガヴォット」だけが有名)

ドイツ

オーストリア

 

   §1800年代前半  (晩期古典から初期ロマン派

イタリア

オーストリア

ドイツ

 

   §1800年代中盤  (盛期ロマン派

ドイツ

イタリア

フランス

ポーランドフランス

ハンガリー

ロシア

 

   §1800年代後半

イタリア

オーストリア

ドイツ

フランス

チェコ

ロシア

北欧

 

   §1800年代終盤から1900年代初頭  (後期ロマン派印象派音楽

イタリア

オーストリア

ドイツ

フランス

チェコ

ポーランド

ロシア

イギリス

北欧

 

   §1900年代中盤以降  (第一次大戦終了によってロマン主義印象主義が古くなった時代に真価を発揮した作曲家たち)

ドイツ

オーストリア

フランス

いわゆる「6人組」の時代現在でも有名なのは

現代音楽私的により重要なのは

ハンガリー

チェコ

イギリス

ソ連

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