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はてなキーワード: 通信簿とは

2021-11-08

祖母との思い出

私は本当に出来が悪く、親戚従兄弟の中では

ダントツ最下位

毎回お盆正月通信簿の提出を求められ

親戚一堂の中で開示。これでは大学に行けないだろうと、大勢の前で言われ、それがもう40代中盤の今になっても夢に出てくるほどだ。

もう一つ、頭に焼き付いているエピソード

お盆雑誌クイズに応募しようという事になってハガキを従兄弟と書いたんだけど、わたしだけ葉書に住所や氏名、宛名を書くことができませんでした。それを祖母はとても呆れかえってしまい私は夕方まで完成するまで何回も書かされ、ため息をつかれ、しまいには、こりゃダメだと。

それは40代を過ぎたいまも頭に鮮明にこびりついており、たまに苦しくなる。

そんな私ですが今はそこそこ稼いでいると思います。今は時代が味方してくれてると思う。

2021-10-01

学校通信簿に「落ち着きがない 」って書かれてた人たち

あれってADHDだったのだろうか

2021-06-09

○ンポさんに期待してたものはなかった

Pixiv検索したけど「○ンポさんがイックゾー!敏腕プロデューサーポルノで主演デビュー!90分ポッキリコース!」みたいのはありませんでした。

残念です。

私はこのときを6年待ち続けましたよ?

いつかもっと有名になって、そしたら名前キャッチーだしきっと出るだろうって。

映画がでっるぞ~~~」のCMを見たときは、これなら「薄い本がでっるぞ~~~」がいいたくて書く人が続出でしょうなと思ったものです。

でも違ったんです。

なかったんですよ。

なにも。

○ンポさんが○ンポに囲まれているような絵はどこにも。

こんなことってありますか?

○ンポさんの作者が大好きな○イカだって女児向けアニメなのに平気で○ンポが出てくるような絵がPixivいくらでもあるじゃないですかコミケでの新作の告知がされているじゃないですか。

なんでですか?

その境界はどこにあるんですか?

あなた達の視聴覚と○ンタマを繋ぐ神経がバグってるんですか?

それともなんですか5年ぐらいかけて私が画力を鍛えて自分で描いてればよかったんですか?

美術の授業通信簿2(課題は送れずに提出しましたが3以上を与えることを美術教師としてのプライドが許しませんでしたの意)を12年間守り続けたこの私に絵を描けと?

事故で脚を切り落とした子供サッカーボールプレゼントする○ンタクロースかなんかですか?

2021-03-22

又三郎

風の又三郎

宮沢賢治


どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう

 谷川の岸に小さな学校がありました。

 教室はたった一つでしたが生徒は三年生がないだけで、あとは一年から六年までみんなありました。運動場もテニスコートのくらいでしたが、すぐうしろは栗くりの木のあるきれいな草の山でしたし、運動場のすみにはごぼごぼつめたい水を噴ふく岩穴もあったのです。

 さわやかな九月一日の朝でした。青ぞらで風がどうと鳴り、日光運動場いっぱいでした。黒い雪袴ゆきばかまをはいた二人の一年の子がどてをまわって運動場にはいって来て、まだほかにだれも来ていないのを見て、「ほう、おら一等だぞ。一等だぞ。」とかわるがわる叫びながら大よろこびで門をはいって来たのでしたが、ちょっと教室の中を見ますと、二人ふたりともまるでびっくりして棒立ちになり、それから顔を見合わせてぶるぶるふるえましたが、ひとりはとうとう泣き出してしまいました。というわけは、そのしんとした朝の教室なかにどこから来たのか、まるで顔も知らないおかしな赤い髪の子供がひとり、いちばん前の机にちゃんとすわっていたのです。そしてその机といったらまったくこの泣いた子の自分の机だったのです。

 もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやり目をりんと張って、そっちのほうをにらめていましたら、ちょうどそのとき川上から

「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり。」と高く叫ぶ声がして、それからまるで大きなからすのように、嘉助かすけがかばんをかかえてわらって運動場へかけて来ました。と思ったらすぐそのあとから太郎さたろうだの耕助こうすけだのどやどややってきました。

「なして泣いでら、うなかもたのが。」嘉助が泣かないこどもの肩をつかまえて言いました。するとその子もわあと泣いてしまいました。おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛おかしな子がすまして、しゃんとすわっているのが目につきました。

 みんなはしんとなってしまいました。だんだんみんな女の子たちも集まって来ましたが、だれもなんとも言えませんでした。

 赤毛の子どもはいっこうこわがるふうもなくやっぱりちゃんとすわって、じっと黒板を見ています。すると六年生の一郎いちろうが来ました。一郎はまるでおとなのようにゆっくり大またにやってきて、みんなを見て、

「何なにした。」とききました。

 みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指さしました。一郎はしばらくそっちを見ていましたが、やがて鞄かばんをしっかりかかえて、さっさと窓の下へ行きました。

 みんなもすっかり元気になってついて行きました。

「だれだ、時間にならないに教室はいってるのは。」一郎は窓へはいのぼって教室の中へ顔をつき出して言いました。

「お天気のいい時教室はいってるづど先生にうんとしからえるぞ。」窓の下の耕助が言いました。

しからえでもおら知らないよ。」嘉助が言いました。

「早ぐ出はって来こ、出はって来。」一郎が言いました。けれどもそのこどもはきょろきょろ室へやの中やみんなのほうを見るばかりで、やっぱりちゃんとひざに手をおいて腰掛けにすわっていました。

 ぜんたいその形からが実におかしいのでした。変てこなねずみいろのだぶだぶの上着を着て、白い半ずぼんをはいて、それに赤い革かわの半靴はんぐつをはいていたのです。

 それに顔といったらまるで熟したりんごのよう、ことに目はまん丸でまっくろなのでした。いっこう言葉が通じないようなので一郎も全く困ってしまいました。

あいづは外国人だな。」

学校はいるのだな。」みんなはがやがやがやがや言いました。ところが五年生の嘉助がいきなり、

「ああ三年生さはいるのだ。」と叫びましたので、

「ああそうだ。」と小さいこどもらは思いましたが、一郎はだまってくびをまげました。

 変なこどもはやはりきょろきょろこっちを見るだけ、きちんと腰掛けています

 そのとき風がどうと吹いて来て教室ガラス戸はみんながたがた鳴り、学校のうしろの山の萱かやや栗くりの木はみんな変に青じろくなってゆれ、教室のなかのこどもはなんだかにやっとわらってすこしうごいたようでした。

 すると嘉助がすぐ叫びました。

「ああわかった。あいつは風の又三郎またさぶろうだぞ。」

 そうだっとみんなもおもったときにわかにうしろのほうで五郎が、

「わあ、痛いぢゃあ。」と叫びました。

 みんなそっちへ振り向きますと、五郎が耕助に足のゆびをふまれて、まるでおこって耕助をなぐりつけていたのです。すると耕助もおこって、

「わあ、われ悪くてでひと撲はだいだなあ。」と言ってまた五郎をなぐろうとしました。

 五郎はまるで顔じゅう涙だらけにして耕助に組み付こうとしました。そこで一郎が間へはいって嘉助が耕助を押えてしまいました。

「わあい、けんかするなったら、先生ちゃん職員室に来てらぞ。」と一郎が言いながらまた教室のほうを見ましたら、一郎はにわかにまるでぽかんとしてしまいました。

 たったいままで教室にいたあの変な子が影もかたちもないのです。みんなもまるでせっかく友だちになった子うまが遠くへやられたよう、せっかく捕とった山雀やまがらに逃げられたように思いました。

 風がまたどうと吹いて来て窓ガラスをがたがた言わせ、うしろの山の萱かやをだんだん上流のほうへ青じろく波だてて行きました。

「わあ、うなだけんかしたんだがら又三郎いなぐなったな。」嘉助がおこって言いました。

 みんなもほんとうにそう思いました。五郎はじつに申しわけないと思って、足の痛いのも忘れてしょんぼり肩をすぼめて立ったのです。

「やっぱりあいつは風の又三郎だったな。」

二百十日で来たのだな。」

「靴くつはいでだたぞ。」

「服も着でだたぞ。」

「髪赤くておかしやづだったな。」

「ありゃありゃ、又三郎おれの机の上さ石かけ乗せでったぞ。」二年生の子が言いました。見るとその子の机の上にはきたない石かけが乗っていたのです。

「そうだ、ありゃ。あそごのガラスもぶっかしたぞ。」

「そだないでああいづあ休み前に嘉助石ぶっつけだのだな。」

「わあい。そだないであ。」と言っていたとき、これはまたなんというわけでしょう。先生玄関から出て来たのです。先生はぴかぴか光る呼び子を右手にもって、もう集まれのしたくをしているのでしたが、そのすぐうしろから、さっきの赤い髪の子が、まるで権現ごんげんさまの尾おっぱ持ちのようにすまし込んで、白いシャッポかぶって、先生についてすぱすぱとあるいて来たのです。

 みんなはしいんとなってしまいました。やっと一郎が「先生お早うございます。」と言いましたのでみんなもついて、

先生お早うございます。」と言っただけでした。

「みなさん。お早う。どなたも元気ですね。では並んで。」先生は呼び子をビルルと吹きました。それはすぐ谷の向こうの山へひびいてまたビルルルと低く戻もどってきました。

 すっかりやすみの前のとおりだとみんなが思いながら六年生は一人、五年生は七人、四年生は六人、一二年生は十二人、組ごとに一列に縦にならびました。

 二年は八人、一年生は四人前へならえをしてならんだのです。

 するとその間あのおかしな子は、何かおかしいのかおもしろいのか奥歯で横っちょに舌をかむようにして、じろじろみんなを見ながら先生のうしろに立っていたのです。すると先生は、高田たかださんこっちへおはいりなさいと言いながら五年生の列のところへ連れて行って、丈たけを嘉助とくらべてから嘉助とそのうしろのきよの間へ立たせました。

 みんなはふりかえってじっとそれを見ていました。

 先生はまた玄関の前に戻って、

「前へならえ。」と号令をかけました。

 みんなはもう一ぺん前へならえをしてすっかり列をつくりましたが、じつはあの変な子がどういうふうにしているのか見たくて、かわるがわるそっちをふりむいたり横目でにらんだりしたのでした。するとその子ちゃんと前へならえでもなんでも知ってるらしく平気で両腕を前へ出して、指さきを嘉助のせなかへやっと届くくらいにしていたものですから、嘉助はなんだかせなかがかゆく、くすぐったいというふうにもじもじしていました。

「直れ。」先生がまた号令をかけました。

一年から順に前へおい。」そこで一年生はあるき出し、まもなく二年生もあるき出してみんなの前をぐるっと通って、右手下駄箱げたばこのある入り口はいって行きました。四年生があるき出すとさっきの子も嘉助のあとへついて大威張りであるいて行きました。前へ行った子もときどきふりかえって見、あとの者もじっと見ていたのです。

 まもなくみんなははきもの下駄箱げたばこに入れて教室はいって、ちょうど外へならんだときのように組ごとに一列に机にすわりました。さっきの子もすまし込んで嘉助のうしろにすわりました。ところがもう大さわぎです。

「わあ、おらの机さ石かけはいってるぞ。」

「わあ、おらの机代わってるぞ。」

「キッコ、キッコ、うな通信簿持って来たが。おら忘れで来たぢゃあ。」

「わあい、さの、木ペン借せ、木ペン借せったら。」

「わあがない。ひとの雑記帳とってって。」

 そのとき先生はいって来ましたのでみんなもさわぎながらとにかく立ちあがり、一郎がいちばんしろで、

「礼。」と言いました。

 みんなはおじぎをする間はちょっとしんとなりましたが、それからまたがやがやがやがや言いました。

「しずかに、みなさん。しずかにするのです。」先生が言いました。

「しっ、悦治えつじ、やがましったら、嘉助え、喜きっこう。わあい。」と一郎がいちばんしろからまりさわぐものを一人ずつしかりました。

 みんなはしんとなりました。

 先生が言いました。

「みなさん、長い夏のお休みおもしろかったですね。みなさんは朝から水泳ぎもできたし、林の中で鷹たかにも負けないくらい高く叫んだり、またにいさんの草刈りについて上うえの野原へ行ったりしたでしょう。けれどももうきのうで休みは終わりました。これからは第二学期で秋です。むかしから秋はいちばんからだもこころもひきしまって、勉強のできる時だといってあるのです。ですから、みなさんもきょうからまたいっしょにしっかり勉強しましょう。それからこのお休みの間にみなさんのお友だちが一人ふえました。それはそこにいる高田さんです。そのかたのおとうさんはこんど会社のご用で上の野原の入り口へおいでになっていられるのです。高田さんはいままでは北海道学校におられたのですが、きょうからみなさんのお友だちになるのですから、みなさんは学校勉強ときも、また栗拾くりひろいや魚さかなとりに行くときも、高田さんをさそうようにしなければなりません。わかりましたか。わかった人は手をあげてごらんなさい。」

 すぐみんなは手をあげました。その高田とよばれた子も勢いよく手をあげましたので、ちょっと先生はわらいましたが、すぐ、

「わかりましたね、ではよし。」と言いましたので、みんなは火の消えたように一ぺんに手をおろしました。

 ところが嘉助がすぐ、

先生。」といってまた手をあげました。

はい。」先生は嘉助を指さしました。

高田さん名はなんて言うべな。」

高田三郎さぶろうさんです。」

「わあ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」嘉助はまるで手をたたいて机の中で踊るようにしましたので、大きなほうの子どもらはどっと笑いましたが、下の子どもらは何かこわいというふうにしいんとして三郎のほうを見ていたのです。

 先生はまた言いました。

「きょうはみなさんは通信簿宿題をもってくるのでしたね。持って来た人は机の上へ出してください。私がいま集めに行きますから。」

 みんなはばたばた鞄かばんをあけたりふろしきをといたりして、通信簿宿題を机の上に出しました。そして先生一年生のほうから順にそれを集めはじめました。そのときみんなはぎょっとしました。というわけはみんなのうしろのところにいつか一人の大人おとなが立っていたのです。その人は白いだぶだぶの麻服を着て黒いてかてかしたはんけちをネクタイの代わりに首に巻いて、手には白い扇をもって軽くじぶんの顔を扇あおぎながら少し笑ってみんなを見おろしていたのです。さあみんなはだんだんしいんとなって、まるで堅くなってしまいました。

 ところが先生別にその人を気にかけるふうもなく、順々に通信簿を集めて三郎の席まで行きますと、三郎は通信簿宿題帳もないかわりに両手をにぎりこぶしにして二つ机の上にのせていたのです。先生はだまってそこを通りすぎ、みんなのを集めてしまうとそれを両手でそろえながらまた教壇に戻りました。

「では宿題帳はこの次の土曜日に直して渡しまから、きょう持って来なかった人は、あしたきっと忘れないで持って来てください。それは悦治さんと勇治ゆうじさんと良作りょうさくさんとですね。ではきょうはここまでです。あしたかちゃんといつものとおりのしたくをしておいでなさい。それから四年生と六年生の人は、先生といっしょに教室のお掃除そうじをしましょう。ではここまで。」

 一郎が気をつけ、と言いみんなは一ぺんに立ちました。うしろ大人おとなも扇を下にさげて立ちました。

「礼。」先生もみんなも礼をしました。うしろ大人も軽く頭を下げました。それからずうっと下の組の子どもらは一目散に教室を飛び出しましたが、四年生の子どもらはまだもじもじしていました。

 すると三郎はさっきのだぶだぶの白い服の人のところへ行きました。先生も教壇をおりてその人のところへ行きました。

「いやどうもご苦労さまでございます。」その大人はていねいに先生に礼をしました。

「じきみんなとお友だちになりますから。」先生も礼を返しながら言いました。

「何ぶんどうかよろしくねがいいたします。それでは。」その人はまたていねいに礼をして目で三郎に合図すると、自分玄関のほうへまわって外へ出て待っていますと、三郎はみんなの見ている中を目をりんとはってだまって昇降口から出て行って追いつき、二人は運動場を通って川下のほうへ歩いて行きました。

 運動場を出るときの子はこっちをふりむいて、じっと学校やみんなのほうをにらむようにすると、またすたすた白服の大人おとなについて歩いて行きました。

先生、あの人は高田さんのとうさんですか。」一郎が箒ほうきをもちながら先生にききました。

「そうです。」

「なんの用で来たべ。」

「上の野原の入り口モリブデンという鉱石ができるので、それをだんだん掘るようにするためだそうです。」

「どこらあだりだべな。」

「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行くみちから、少し川下へ寄ったほうなようです。」

モリブデン何にするべな。」

「それは鉄とまぜたり、薬をつくったりするのだそうです。」

「そだら又三郎も掘るべが。」嘉助が言いました。

又三郎だない。高田三郎だぢゃ。」佐太郎が言いました。

又三郎又三郎だ。」嘉助が顔をまっ赤かにしてがん張りました。

「嘉助、うなも残ってらば掃除そうじしてすけろ。」一郎が言いました。

「わあい。やんたぢゃ。きょう四年生ど六年生だな。」

 嘉助は大急ぎで教室をはねだして逃げてしまいました。

 風がまた吹いて来て窓ガラスはまたがたがた鳴り、ぞうきんを入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。

 次の日一郎はあのおかし子供が、きょうからほんとうに学校へ来て本を読んだりするかどうか早く見たいような気がして、いつもより早く嘉助をさそいました。ところが嘉助のほうは一郎よりもっとそう考えていたと見えて、とうにごはんもたべ、ふろしきに包んだ本ももって家の前へ出て一郎を待っていたのでした。二人は途中もいろいろその子のことを話しながら学校へ来ました。すると運動場には小さな子供らがもう七八人集まっていて、棒かくしをしていましたが、その子はまだ来ていませんでした。またきのうのように教室の中にいるのかと思って中をのぞいて見ましたが、教室の中はしいんとしてだれもいず、黒板の上にはきのう掃除ときぞうきんでふいた跡がかわいてぼんやり白い縞しまになっていました。

「きのうのやつまだ来てないな。」一郎が言いました。

「うん。」嘉助も言ってそこらを見まわしました。

 一郎はそこで鉄棒の下へ行って、じゃみ上がりというやり方で、無理やりに鉄棒の上にのぼり両腕をだんだん寄せて右の腕木に行くと、そこへ腰掛けてきのう三郎の行ったほうをじっと見おろして待っていました。谷川はそっちのほうへきらきら光ってながれて行き、その下の山の上のほうでは風も吹いているらしく、ときどき萱かやが白く波立っていました。

 嘉助もやっぱりその柱の下でじっとそっちを見て待っていました。ところが二人はそんなに長く待つこともありませんでした。それは突然三郎がその下手のみちから灰いろの鞄かばんを右手にかかえて走るようにして出て来たのです。

「来たぞ。」と一郎が思わず下にいる嘉助へ叫ぼうとしていますと、早くも三郎はどてをぐるっとまわって、どんどん正門をはいって来ると、

お早う。」とはっきり言いました。みんなはいっしょにそっちをふり向きましたが、一人も返事をしたものがありませんでした。

 それは返事をしないのではなくて、みんなは先生はいつでも「お早うございます。」というように習っていたのですが、お互いに「お早う。」なんて言ったことがなかったのに三郎にそう言われても、一郎や嘉助はあんまりにわかで、また勢いがいいのでとうとう臆おくしてしまって一郎も嘉助も口の中でお早うというかわりに、もにゃもにゃっと言ってしまったのでした。

 ところが三郎のほうはべつだんそれを苦にするふうもなく、二三歩また前へ進むとじっと立って、そのまっ黒な目でぐるっと運動場じゅうを見まわしました。そしてしばらくだれか遊ぶ相手がないかさがしているようでした。けれどもみんなきょろきょろ三郎のほうはみていても、やはり忙しそうに棒かくしをしたり三郎のほうへ行くものがありませんでした。三郎はちょっと具合が悪いようにそこにつっ立っていましたが、また運動場をもう一度見まわしました。

 それからぜんたいこの運動場は何間なんげんあるかというように、正門から玄関まで大またに歩数を数えながら歩きはじめました。一郎は急いで鉄棒をはねおりて嘉助とならんで、息をこらしてそれを見ていました。

 そのうち三郎は向こうの玄関の前まで行ってしまうと、こっちへ向いてしばらく暗算をするように少し首をまげて立っていました。

 みんなはやはりきろきろそっちを見ています。三郎は少し困ったように両手をうしろへ組むと向こう側の土手のほうへ職員室の前を通って歩きだしました。

 その時風がざあっと吹いて来て土手の草はざわざわ波になり、運動場のまん中でさあっと塵ちりがあがり、それが玄関の前まで行くと、きりきりとまわって小さなつむじ風になって、黄いろな塵は瓶びんをさかさまにしたような形になって屋根より高くのぼりました。

 すると嘉助が突然高く言いました。

「そうだ。やっぱりあい又三郎だぞ。あいづ何かするときっと風吹いてくるぞ。」

「うん。」一郎はどうだかわからないと思いながらもだまってそっちを見ていました。三郎はそんなことにはかまわず土手のほうへやはりすたすた歩いて行きます

 そのとき先生がいつものように呼び子をもって玄関を出て来たのです。

お早うございます。」小さな子どもらはみんな集まりました。

お早う。」先生はちらっと運動場を見まわしてから、「ではならんで。」と言いながらビルルッと笛を吹きました。

 みんなは集まってきてきのうのとおりきちんとならびました。三郎もきのう言われた所へちゃんと立っています

 先生はお日さまがまっ正面なのですこしまぶしそうにしながら号令をだんだんかけて、とうとうみんなは昇降口から教室はいりました。そして礼がすむと先生は、

「ではみなさんきょうから勉強をはじめましょう。みなさんはちゃんとお道具をもってきましたね。では一年生(と二年生)の人はお習字のお手本と硯すずりと紙を出して、二年生と四年生の人は算術帳と雑記帳と鉛筆を出して、五年生と六年生の人は国語の本を出してください。」

 さあするとあっちでもこっちでも大さわぎがはじまりました。中にも三郎のすぐ横の四年生の机の佐太郎が、いきなり手をのばして二年生のかよの鉛筆ひらりととってしまったのです。かよは佐太郎の妹でした。するとかよは、

「うわあ、兄あいな、木ペン取とてわかんないな。」と言いながら取り返そうとしますと佐太郎が、

「わあ、こいつおれのだなあ。」と言いながら鉛筆をふところの中へ入れて、あとはシナ人がおじぎするときのように両手を袖そでへ入れて、机へぴったり胸をくっつけました。するとかよは立って来て、

「兄あいな、兄なの木ペンはきのう小屋でなくしてしまったけなあ。よこせったら。」と言いながら一生けん命とり返そうとしましたが、どうしてももう佐太郎は机にくっついた大きな蟹かに化石みたいになっているので、とうとうかよは立ったまま口を大きくまげて泣きだしそうになりました。

 すると三郎は国語の本をちゃんと机にのせて困ったようにしてこれを見ていましたが、かよがとうとうぼろぼろ涙をこぼしたのを見ると、だまって右手に持っていた半分ばかりになった鉛筆を佐太郎の目の前の机に置きました。

 すると佐太郎はにわかに元気になって、むっくり起き上がりました。そして、

「くれる?」と三郎にききました。三郎はちょっとまごついたようでしたが覚悟したように、「うん。」と言いました。すると佐太郎はいきなりわらい出してふところの鉛筆をかよの小さな赤い手に持たせました。

 先生は向こうで一年の子の硯すずりに水をついでやったりしていましたし、嘉助は三郎の前ですから知りませんでしたが、一郎はこれをいちばんしろちゃんと見ていました。そしてまるでなんと言ったらいいかからない、変な気持ちがして歯をきりきり言わせました。

「では二年生のひとはお休みの前にならった引き算をもう一ぺん習ってみましょう。これを勘定してごらんなさい。」先生は黒板に25-12=の数式と書きました。二年生のこどもらはみんな一生

風の

どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう

 谷川の岸に小さな学校がありました。

 教室はたった一つでしたが生徒は三年生がないだけで、あとは一年から六年までみんなありました。運動場もテニスコートのくらいでしたが、すぐうしろは栗くりの木のあるきれいな草の山でしたし、運動場のすみにはごぼごぼつめたい水を噴ふく岩穴もあったのです。

 さわやかな九月一日の朝でした。青ぞらで風がどうと鳴り、日光運動場いっぱいでした。黒い雪袴ゆきばかまをはいた二人の一年の子がどてをまわって運動場にはいって来て、まだほかにだれも来ていないのを見て、「ほう、おら一等だぞ。一等だぞ。」とかわるがわる叫びながら大よろこびで門をはいって来たのでしたが、ちょっと教室の中を見ますと、二人ふたりともまるでびっくりして棒立ちになり、それから顔を見合わせてぶるぶるふるえましたが、ひとりはとうとう泣き出してしまいました。というわけは、そのしんとした朝の教室なかにどこから来たのか、まるで顔も知らないおかしな赤い髪の子供がひとり、いちばん前の机にちゃんとすわっていたのです。そしてその机といったらまったくこの泣いた子の自分の机だったのです。

 もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやり目をりんと張って、そっちのほうをにらめていましたら、ちょうどそのとき川上から

「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり。」と高く叫ぶ声がして、それからまるで大きなからすのように、嘉助かすけがかばんをかかえてわらって運動場へかけて来ました。と思ったらすぐそのあとから太郎さたろうだの耕助こうすけだのどやどややってきました。

「なして泣いでら、うなかもたのが。」嘉助が泣かないこどもの肩をつかまえて言いました。するとその子もわあと泣いてしまいました。おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛おかしな子がすまして、しゃんとすわっているのが目につきました。

 みんなはしんとなってしまいました。だんだんみんな女の子たちも集まって来ましたが、だれもなんとも言えませんでした。

 赤毛の子どもはいっこうこわがるふうもなくやっぱりちゃんとすわって、じっと黒板を見ています。すると六年生の一郎いちろうが来ました。一郎はまるでおとなのようにゆっくり大またにやってきて、みんなを見て、

「何なにした。」とききました。

 みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指さしました。一郎はしばらくそっちを見ていましたが、やがて鞄かばんをしっかりかかえて、さっさと窓の下へ行きました。

 みんなもすっかり元気になってついて行きました。

「だれだ、時間にならないに教室はいってるのは。」一郎は窓へはいのぼって教室の中へ顔をつき出して言いました。

「お天気のいい時教室はいってるづど先生にうんとしからえるぞ。」窓の下の耕助が言いました。

しからえでもおら知らないよ。」嘉助が言いました。

「早ぐ出はって来こ、出はって来。」一郎が言いました。けれどもそのこどもはきょろきょろ室へやの中やみんなのほうを見るばかりで、やっぱりちゃんとひざに手をおいて腰掛けにすわっていました。

 ぜんたいその形からが実におかしいのでした。変てこなねずみいろのだぶだぶの上着を着て、白い半ずぼんをはいて、それに赤い革かわの半靴はんぐつをはいていたのです。

 それに顔といったらまるで熟したりんごのよう、ことに目はまん丸でまっくろなのでした。いっこう言葉が通じないようなので一郎も全く困ってしまいました。

あいづは外国人だな。」

学校はいるのだな。」みんなはがやがやがやがや言いました。ところが五年生の嘉助がいきなり、

「ああ三年生さはいるのだ。」と叫びましたので、

「ああそうだ。」と小さいこどもらは思いましたが、一郎はだまってくびをまげました。

 変なこどもはやはりきょろきょろこっちを見るだけ、きちんと腰掛けています

 そのとき風がどうと吹いて来て教室ガラス戸はみんながたがた鳴り、学校のうしろの山の萱かやや栗くりの木はみんな変に青じろくなってゆれ、教室のなかのこどもはなんだかにやっとわらってすこしうごいたようでした。

 すると嘉助がすぐ叫びました。

「ああわかった。あいつは風の又三郎またさぶろうだぞ。」

 そうだっとみんなもおもったときにわかにうしろのほうで五郎が、

「わあ、痛いぢゃあ。」と叫びました。

 みんなそっちへ振り向きますと、五郎が耕助に足のゆびをふまれて、まるでおこって耕助をなぐりつけていたのです。すると耕助もおこって、

「わあ、われ悪くてでひと撲はだいだなあ。」と言ってまた五郎をなぐろうとしました。

 五郎はまるで顔じゅう涙だらけにして耕助に組み付こうとしました。そこで一郎が間へはいって嘉助が耕助を押えてしまいました。

「わあい、けんかするなったら、先生ちゃん職員室に来てらぞ。」と一郎が言いながらまた教室のほうを見ましたら、一郎はにわかにまるでぽかんとしてしまいました。

 たったいままで教室にいたあの変な子が影もかたちもないのです。みんなもまるでせっかく友だちになった子うまが遠くへやられたよう、せっかく捕とった山雀やまがらに逃げられたように思いました。

 風がまたどうと吹いて来て窓ガラスをがたがた言わせ、うしろの山の萱かやをだんだん上流のほうへ青じろく波だてて行きました。

「わあ、うなだけんかしたんだがら又三郎いなぐなったな。」嘉助がおこって言いました。

 みんなもほんとうにそう思いました。五郎はじつに申しわけないと思って、足の痛いのも忘れてしょんぼり肩をすぼめて立ったのです。

「やっぱりあいつは風の又三郎だったな。」

二百十日で来たのだな。」

「靴くつはいでだたぞ。」

「服も着でだたぞ。」

「髪赤くておかしやづだったな。」

「ありゃありゃ、又三郎おれの机の上さ石かけ乗せでったぞ。」二年生の子が言いました。見るとその子の机の上にはきたない石かけが乗っていたのです。

「そうだ、ありゃ。あそごのガラスもぶっかしたぞ。」

「そだないでああいづあ休み前に嘉助石ぶっつけだのだな。」

「わあい。そだないであ。」と言っていたとき、これはまたなんというわけでしょう。先生玄関から出て来たのです。先生はぴかぴか光る呼び子を右手にもって、もう集まれのしたくをしているのでしたが、そのすぐうしろから、さっきの赤い髪の子が、まるで権現ごんげんさまの尾おっぱ持ちのようにすまし込んで、白いシャッポかぶって、先生についてすぱすぱとあるいて来たのです。

 みんなはしいんとなってしまいました。やっと一郎が「先生お早うございます。」と言いましたのでみんなもついて、

先生お早うございます。」と言っただけでした。

「みなさん。お早う。どなたも元気ですね。では並んで。」先生は呼び子をビルルと吹きました。それはすぐ谷の向こうの山へひびいてまたビルルルと低く戻もどってきました。

 すっかりやすみの前のとおりだとみんなが思いながら六年生は一人、五年生は七人、四年生は六人、一二年生は十二人、組ごとに一列に縦にならびました。

 二年は八人、一年生は四人前へならえをしてならんだのです。

 するとその間あのおかしな子は、何かおかしいのかおもしろいのか奥歯で横っちょに舌をかむようにして、じろじろみんなを見ながら先生のうしろに立っていたのです。すると先生は、高田たかださんこっちへおはいりなさいと言いながら五年生の列のところへ連れて行って、丈たけを嘉助とくらべてから嘉助とそのうしろのきよの間へ立たせました。

 みんなはふりかえってじっとそれを見ていました。

 先生はまた玄関の前に戻って、

「前へならえ。」と号令をかけました。

 みんなはもう一ぺん前へならえをしてすっかり列をつくりましたが、じつはあの変な子がどういうふうにしているのか見たくて、かわるがわるそっちをふりむいたり横目でにらんだりしたのでした。するとその子ちゃんと前へならえでもなんでも知ってるらしく平気で両腕を前へ出して、指さきを嘉助のせなかへやっと届くくらいにしていたものですから、嘉助はなんだかせなかがかゆく、くすぐったいというふうにもじもじしていました。

「直れ。」先生がまた号令をかけました。

一年から順に前へおい。」そこで一年生はあるき出し、まもなく二年生もあるき出してみんなの前をぐるっと通って、右手下駄箱げたばこのある入り口はいって行きました。四年生があるき出すとさっきの子も嘉助のあとへついて大威張りであるいて行きました。前へ行った子もときどきふりかえって見、あとの者もじっと見ていたのです。

 まもなくみんなははきもの下駄箱げたばこに入れて教室はいって、ちょうど外へならんだときのように組ごとに一列に机にすわりました。さっきの子もすまし込んで嘉助のうしろにすわりました。ところがもう大さわぎです。

「わあ、おらの机さ石かけはいってるぞ。」

「わあ、おらの机代わってるぞ。」

「キッコ、キッコ、うな通信簿持って来たが。おら忘れで来たぢゃあ。」

「わあい、さの、木ペン借せ、木ペン借せったら。」

「わあがない。ひとの雑記帳とってって。」

 そのとき先生はいって来ましたのでみんなもさわぎながらとにかく立ちあがり、一郎がいちばんしろで、

「礼。」と言いました。

 みんなはおじぎをする間はちょっとしんとなりましたが、それからまたがやがやがやがや言いました。

「しずかに、みなさん。しずかにするのです。」先生が言いました。

「しっ、悦治えつじ、やがましったら、嘉助え、喜きっこう。わあい。」と一郎がいちばんしろからまりさわぐものを一人ずつしかりました。

 みんなはしんとなりました。

 先生が言いました。

「みなさん、長い夏のお休みおもしろかったですね。みなさんは朝から水泳ぎもできたし、林の中で鷹たかにも負けないくらい高く叫んだり、またにいさんの草刈りについて上うえの野原へ行ったりしたでしょう。けれどももうきのうで休みは終わりました。これからは第二学期で秋です。むかしから秋はいちばんからだもこころもひきしまって、勉強のできる時だといってあるのです。ですから、みなさんもきょうからまたいっしょにしっかり勉強しましょう。それからこのお休みの間にみなさんのお友だちが一人ふえました。それはそこにいる高田さんです。そのかたのおとうさんはこんど会社のご用で上の野原の入り口へおいでになっていられるのです。高田さんはいままでは北海道学校におられたのですが、きょうからみなさんのお友だちになるのですから、みなさんは学校勉強ときも、また栗拾くりひろいや魚さかなとりに行くときも、高田さんをさそうようにしなければなりません。わかりましたか。わかった人は手をあげてごらんなさい。」

 すぐみんなは手をあげました。その高田とよばれた子も勢いよく手をあげましたので、ちょっと先生はわらいましたが、すぐ、

「わかりましたね、ではよし。」と言いましたので、みんなは火の消えたように一ぺんに手をおろしました。

 ところが嘉助がすぐ、

先生。」といってまた手をあげました。

はい。」先生は嘉助を指さしました。

高田さん名はなんて言うべな。」

高田三郎さぶろうさんです。」

「わあ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」嘉助はまるで手をたたいて机の中で踊るようにしましたので、大きなほうの子どもらはどっと笑いましたが、下の子どもらは何かこわいというふうにしいんとして三郎のほうを見ていたのです。

 先生はまた言いました。

「きょうはみなさんは通信簿宿題をもってくるのでしたね。持って来た人は机の上へ出してください。私がいま集めに行きますから。」

 みんなはばたばた鞄かばんをあけたりふろしきをといたりして、通信簿宿題を机の上に出しました。そして先生一年生のほうから順にそれを集めはじめました。そのときみんなはぎょっとしました。というわけはみんなのうしろのところにいつか一人の大人おとなが立っていたのです。その人は白いだぶだぶの麻服を着て黒いてかてかしたはんけちをネクタイの代わりに首に巻いて、手には白い扇をもって軽くじぶんの顔を扇あおぎながら少し笑ってみんなを見おろしていたのです。さあみんなはだんだんしいんとなって、まるで堅くなってしまいました。

 ところが先生別にその人を気にかけるふうもなく、順々に通信簿を集めて三郎の席まで行きますと、三郎は通信簿宿題帳もないかわりに両手をにぎりこぶしにして二つ机の上にのせていたのです。先生はだまってそこを通りすぎ、みんなのを集めてしまうとそれを両手でそろえながらまた教壇に戻りました。

「では宿題帳はこの次の土曜日に直して渡しまから、きょう持って来なかった人は、あしたきっと忘れないで持って来てください。それは悦治さんと勇治ゆうじさんと良作りょうさくさんとですね。ではきょうはここまでです。あしたかちゃんといつものとおりのしたくをしておいでなさい。それから四年生と六年生の人は、先生といっしょに教室のお掃除そうじをしましょう。ではここまで。」

 一郎が気をつけ、と言いみんなは一ぺんに立ちました。うしろ大人おとなも扇を下にさげて立ちました。

「礼。」先生もみんなも礼をしました。うしろ大人も軽く頭を下げました。それからずうっと下の組の子どもらは一目散に教室を飛び出しましたが、四年生の子どもらはまだもじもじしていました。

 すると三郎はさっきのだぶだぶの白い服の人のところへ行きました。先生も教壇をおりてその人のところへ行きました。

「いやどうもご苦労さまでございます。」その大人はていねいに先生に礼をしました。

「じきみんなとお友だちになりますから。」先生も礼を返しながら言いました。

「何ぶんどうかよろしくねがいいたします。それでは。」その人はまたていねいに礼をして目で三郎に合図すると、自分玄関のほうへまわって外へ出て待っていますと、三郎はみんなの見ている中を目をりんとはってだまって昇降口から出て行って追いつき、二人は運動場を通って川下のほうへ歩いて行きました。

 運動場を出るときの子はこっちをふりむいて、じっと学校やみんなのほうをにらむようにすると、またすたすた白服の大人おとなについて歩いて行きました。

先生、あの人は高田さんのとうさんですか。」一郎が箒ほうきをもちながら先生にききました。

「そうです。」

「なんの用で来たべ。」

「上の野原の入り口モリブデンという鉱石ができるので、それをだんだん掘るようにするためだそうです。」

「どこらあだりだべな。」

「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行くみちから、少し川下へ寄ったほうなようです。」

モリブデン何にするべな。」

「それは鉄とまぜたり、薬をつくったりするのだそうです。」

「そだら又三郎も掘るべが。」嘉助が言いました。

又三郎だない。高田三郎だぢゃ。」佐太郎が言いました。

又三郎又三郎だ。」嘉助が顔をまっ赤かにしてがん張りました。

「嘉助、うなも残ってらば掃除そうじしてすけろ。」一郎が言いました。

「わあい。やんたぢゃ。きょう四年生ど六年生だな。」

 嘉助は大急ぎで教室をはねだして逃げてしまいました。

 風がまた吹いて来て窓ガラスはまたがたがた鳴り、ぞうきんを入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。

2021-01-20

想像力のない人の夢は小規模なんだろうか

子供の頃から通信簿想像力豊かとか書かれるタイプなんだけど

夢でご飯を食べれるしおいしいしウンコが落ちてればウンコ臭いセックスをすれば気持ちいいんだよね

その上なんていうか夢の中の世界が大抵壮大というか

自宅にいる夢なのにリビングが40畳ぐらいあったりだとかするんだわ

これって想像力問題なのかなあと考えたりしてみるけど

他人の夢は意外と4畳の部屋でお茶漬けを食べてる(味はしない)みたいな規模だったりするのかな

2021-01-01

原神キャラクター通信簿~星5編~

▼刻晴無凸Lv90▼

弱くはない。

強くもない。

片手剣/雷属性という超不遇属性を2つ抱えていてもそれなりに戦えてしまうのは彼女ポテンシャル物語っているだろう。

物理型も雷討ち型も両方試したけどすっげー強いってことはない。

重撃はめっちゃ優秀だしこれから強化されるってこともないし、ずっとこのポジションだと思う。

まあ無凸だし?こんなもんじゃいかな。

総合評価:80点+かわいい

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ディルック1凸Lv90▼

刻晴とは真逆大剣/火属性という超優遇属性

別名・橋上鳩判決下真君。

何をしても雑に強くてどこでも出番があるという便利真君。

螺旋でも使えるしとりあえず出たら育てておくに越したことは無い真君。

特に語ることもない真君。

総合評価:95点

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▼タルタリヤ完凸Lv90▼

天空弓3凸で運用

合計20万円也。

金を払っただけあってめちゃくちゃ強い。

当初弱いって評判だったけど、近接で属性攻撃しかできない且つ遠隔持ち時点で人権待ったなしなんだよなあ。

お試しで使って即完凸を決意させたイケメン

アクションが下手な私でも螺旋で大活躍

12層(星6だけど)もクリアできたよありがとうタルタリヤ。

総合評価:100点

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▼鐘離完凸Lv90▼

タルタリヤの予算が30万だったので余った予算で回した。

13万円也。

ストーリー的にもイケメンだし神だし。

適当天丼落としてるだけで強い。

バリアもつくし、バリア中はちょっとだけど回復もするし。

通常はマジで雑魚

モーションが早くてカッコイイ割にちょっと育てたレベル80くらいの奴と同じくらいのダメージ

まあ旧貴族4セットで天丼落としてバフ+石化させたらひっこむしあんまり関係ないけど。

これから様々な面が強化されるらしいけど、どっちかってーと完凸の性能を調整してほしい。

総合評価:80点

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▼七七2凸Lv90▼

最強のヒーラー

攻撃聖遺物剣闘士+少女)にしておけば1回5000くらい回復してくれるし、相手に札付けて殴れば大抵のアタッカーは全回復する。

2凸しちゃったし本当は普通にアタッカーとしても運用したいけど、アタッカーパンパンなんだごめんよ七七。

よくタルと組んで氷漬けにしてそのまま殴り殺す運用をしている。

あんまり強さを引き出せてない気もする。

あと小さいので足がめっちゃ遅いのもマイナス

総合評価:90点

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▼ウェンティ1凸Lv71(80までは凸してるアピール)▼

バランスブレイカー

ダメージディーラーとしてでなく、単にバラバラになった敵を集めるだけ。(それに付随する拡散反応)

それが螺旋はいかに重要か。

ウェンティがいる螺旋といない螺旋難易度が段違いだと思う。

スクロースも優秀だけど、ウェンティには及ばないんだよなあ。

彼がピックアップされていたサービス開始当初はあまり課金する気がなくて

「とりあえず限定は引いておこう」

というソシャゲ脳が働いた結果である

引いといてよかったマジで・・・

ただカワイイ女の子だったらなあと思う。

総合評価:105点

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ジン無凸Lv80▼

片手剣/風属性

アタッカーとしては微妙

バッファーとしてはチャージ80が重い。

ヒーラーとしては即効性が無い。

とすべての要素において中途半端彼女

ケツがプリップリだしクレーPVで出てきたとき

クレー、わかっているな?」

マジでカワイイけど、いかんせん性能が微妙すぎる。

恒常無凸勢の中でもダントツで使い道が無いと思う。

役割を特化させようにもナンバーワンオンリーワンになれない時点でダメでしょ。

探索ではその中途半端さが割と便利かも。もう1人の風と組んで足も速くなるし。

そう考えると今後も調整は絶望的だし、あえて育成リソースを割く必要はなさそうな感じがする。

総合評価:70点

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モナ1凸Lv5▼

水はタルタリヤがいるし育てなくていっか感。

カワイイし、いつかは育てたいけど使い道がなさそう。

大抵の螺旋タイムアタックにいるので元素爆発自体は優秀で強いのだろう。

ユニ先輩の声好き。

総合評価:無

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クレー

引いてない。

無凸でいいから引いておけばよかったと後悔した。

法器/火属性の時点でめちゃくちゃ人権だった。

当時の私はそんなことを知る由もなかったのだ・・・

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アルベド

引いてない。引く予定もない。

お試しで使ってめっちゃつえー!とか言ってた勢はあれがただの広告であることをわかっていない。

あんなに敵が密集してたら誰でも強く感じるっつーの。

属性自体が他属性とのシナジーが無いので自身スキル強制的シナジーを発生させるという意味では優秀だと思うけど。

使い方によっては強いというちょっとクセのある星5かな?という感想

私はわかりやすい強さが無いと引きたくないんだ。

宜野座さんの声は好きだけど、アルベドの声はなんかあんまりきじゃない。

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▼今後▼

甘雨・・・見送り

ショウ・・・見送り

綾華・・・見送り

胡桃・・・全力

の予定。

果たして

2020-12-24

anond:20201224073638

バカにされてるんじゃ?じゃなくてされてるんだよ気づけよ。

プレゼント通信簿なんだ。お前の価値や嗜好が見積もられた結果なんだぞ。

キモいおっさんに冷たい目で対応しなかっただけなんじゃないか自業自得なんだ。

2020-11-30

新人とロクな会話ができない

私はしがない勤め人。

役職もない、平社員

まぁそれは良いんだよ、出世欲無いし。


特に容姿が良いわけでもなく、優秀なわけでもなく。目立った能力もない人間なんだけどさ、ひとつだけ特徴があるとすれば通信簿に「明朗快活」の文字が必ず書かれてたことくらい。

そのせいで、新人がやってきた時に既存社員新人緩衝材としてよく利用される。

そう、わたし新人にとってのプチプチ。だけどプチプチだって緩和できない衝撃がある。


なんかさ、コミュニケーション能力が壊滅的な子が多いんだわ。

コミュニケーション、そんな横文字使わんでええわ…うん、ただまともな会話ができない。

会話はキャッチボールとよく言い表されるけど。キャッチボールは、1人の1ターンにつき受ける。投げる。の二回動作があることを知らない奴が多い。


私「どうだった?むずかしかった?」

新人はい

はい、じゃねーよ。

お前グローブで球受けてるだけじゃねーか。投げかえしてこんかい。何が難しかったとかさ…。

投げかえして初めてキャッチボールになるんだよ。はい、で投げかえしてるつもりになってるならお前の頭はAI以下だぞ。Siriの方遥かにまともな返しすんぞ。

………あと自分ことなのに話広げるのがクソ下手。

私「休日とか遊びに行ったりするの?」

新人はい友達と」

……世の中の人間、5割以上は休日遊びに行くなら友達とだろうがよ。んな当たり前のことだけ言う必要がどこにありまして???

5W1Hのうち、一番どうでもいい内容だけ明らかにすんな。どこに、何を。だけでも教えてくれたら全然広げ方が違うんだっての。

え?秘密主義から上司や先輩、会社の人になんかに教えたくない?

……こっちだってお前のプライベートなんざ1mmも知りたくねーよ…。お前と会話してる暇があったら、種火を脳死周回とかしてる方がよっぽど身になるわ。

だけどさ。仲良くねえ奴同士が無言に陥ると最高にキツイって知ってるから、仕方なくネタ振ってんだよ…。

お前も社会人だろ。それくらい読み取って、嘘でも虚構でも何でもいいから話広げる努力しろよ…。別に真偽なんか確かめねえからよ。

本当に会話が広がらなくてつまらない…。今思ったけど、そんなことでお前の友達よく友達やってくれてんな…?感謝しろ友達に。



んで、最後に。そのくせこっちに求めるものが多すぎるんだわ。

上記、ロクに返ってこない会話に対して「へーそうなんだ」で会話を終えてみろ?

次の日には上司に色々報告が行くんだよな。


新人「私先輩機嫌悪かったんですか?」

新人「私先輩、僕のこと嫌いなんですか?」

新人「私先輩とうまくコミュニケーション出来ません…」

新人との会話を回せない私も悪いけど、己にも原因があるかもしれないとちょっとは省みろ…。

さっき自分プチプチだって言ったけど、人間なんだよ…まともに出来ない会話を投げたくなる時だってあらぁよ…。

別にわたしは無言になっても良いんだよ本当は。明朗快活ってのも表向きだし、ずーーっとお喋りしたいほど会話に飢えてもねえんだわ。暇になれば種火周回するだけだからね。

…でもそうなると耐えられないのは絶対そっちなんだよ。立場が上の人間と無言で過ごすのってキッツいだろうよ。自分から話振れるわけでもねーだろうし。

からといって何で私がまともにお話しできない奴に気を使わなきゃなんねーんだ。


ちなみに。

そんな風に気を使って面倒みて育てた結果どうなると思う?


部署に配属されたら、上司や周りとうまくいきません…とか言ってすぐ辞めよるのwwwwwwww


そしてまた新しい人間が入ってきて私が面倒を(ry

ハァーーーーーーーあぁーーー無情ーーーーーー。


はぁ…ヤダヤダ。

新人の面倒見るのってやっぱクソ面倒。

日当たりの良い場所で、水さえやっときゃ伸びる豆苗の方がよっぽど楽だし有用だっつの…。

2020-10-31

不労所得生活していたけどサラリーマンに戻った話

からサラリーマンは無理だと思っていた。

小さい頃から集団行動が苦手で、通信簿にはよく「協調性がない」と書かれていた。

サラリーマンになることなく生きていくことを強く意識し始めたのは高校生の頃で、どうすれば実現できるかを考え、情報工学に進むことを決めた。

大学生の頃にいくつかWebサービスを作ってはいたが、食べていけるほどの収益はあげられず、結局サラリーマンとして就職した。

就職先は幸運にもホワイト企業で、それなりに楽しく働いていた(技術職ということで技術に没頭できるのも良かった)。

とはいえツラいこともあり、何より人間関係億劫に感じ、自前のサービスを作ることはやめなかった。

そんな中、サービスちょっとだけ当たり、毎月10万円くらい入ってくるようになった。

10万円では生活できないが、もともとスキマ時間で開発していたものなので、フルコミットすれば売上を伸ばして生活もできるのではないかと思い、仕事を辞め個人開発に集中することにした。

初めは全く上手くいかず、貯金けが減っていく生活だったが、紆余曲折あって、最終的には毎月100万円弱くらいの売上まで持っていくことができた。

こうして昔から目標にしていた生活に到達したのだが、全く幸福を感じることがなかった。

100万円を200万円、300万円に増やそうという意欲は湧かず、もともと好きだったゲームに没頭していたが、それも何となく暇つぶしでやっていた。

そんな自堕落生活をしていたこともあり、売上はどんどん落ちていった。

それでもサービス開発する意欲はなく、一応食べていけるくらいの売上と貯金を切り崩して漫然と生きていた。

しかしいよいよ売上が落ちていき、就職することを決めた。

この期間は空白期間ではあるものの、実績っぽいものはあるので就職することはできた。

就職してから1年くらい経った。

平日は毎日出社して、納期に追われながら多少のストレスのもと働いている。

人間関係は良好だが、全くストレスがないわけではない。

しかし、目標にしていた全く幸福ではなかった生活よりも、必死に避けようとしてた今の生活の方がよっぽど幸福に感じる。

5年くらいかけてよく分からない遠回りをして結局たどり着いた結論は、ごくごく平凡な日常を過ごすことだった。

納得感のもと生きているが、これが理想形なのかは分からない。

幸せ青い鳥は身近なところにいたのかもしれないし、どこにもいないのかもしれない。

2020-10-29

anond:20180115220235

特別選考枠で受かった、と思われる人間です。特別選考枠が今もうないと知って驚いています

自分はとにかく提出物が出せなくて通信簿がよくなかった。通っていた中学勉強のできる子が多くて(というのも理由にさせてください…)自分は内申が平均2くらいだったと思う。1も何個かついていた。受験とき先生か親か忘れたけど特別選考枠のことを教えてくれて、それでだめもとで都立を受けて、受かった。合格の連絡を先生電話したとき、非常に驚かれたのは忘れられない。特別選考枠は自分人生を広げてくれたよ。

自分の子ももしそんな感じだったら特別選考枠を教えてあげたいなと思っていたのに。

2020-08-30

習ってない漢字を褒めたら管理職に怒られたって話を読んで

学校の悪いところってここだよなって思うわけだよ。

テストの点数や生活態度などで通信簿の良し悪しをつける癖に、習ってない漢字を使っていたのを褒めただけで、

「他の生徒を見下すようになる」なんて考えがよく出るなって感じ。

なら、そもそもテストというもので生徒の理解力の良し悪しを決めるなよ。生徒同士がテストの点を見せあったりする時点で「見下す可能性」はあるわけでしょう。

それを棚に上げて、子供が難しい漢字を使ったのを褒めたくらいで管理職がギャーギャーいうのはおかしいんだよ。

なんでそんなに同じ高さの杭しか育てようとしないのかが不思議

同じ高さの杭にだってなれない子はいるでしょうに。その時点で見下すための要素を作り出しているわけだよね。

日本人の悪いところ(全員じゃないよ)って、こういう管理職のようなネガティブ的な考えばかりする大人がいるってところ。

習ってない漢字だろうが、習ってない数式だろうが使える子は勉強読書で関心を持ったから出来るようになっただけで、なぜ同じ歩数で歩かなきゃならないのってね。

そりゃね、一定協調性必要だよ。だけど、同じ歩数にしてすでに理解している授業をつまんなく受けさせてどうするの?

理解しているから見下すってくだらないネガティブ思考を持つよりも、理解しているから周りの生徒も勉強読書に関心を持つかもしれない影響力を考えないのかね。

「すげー、なんでそんなの知ってるの?」から始まって「それはこれを読んだからなんだよねー」っていう流れよりも

「なんでそんな事も知らないの?馬鹿なの?」って生徒になる!なんて、根暗な考えに持っていく管理職ってどうかなって思うのね。

どんなに同じように育てようが差は生まれものなんだから、同じ授業を受けさせても多様な考えを持てるような生徒たちの個性に発展させたほうが良いと思うんだけどね。

というか、昔の学校でも辞書を読むのが好きな子普通に知らない漢字を使ってたし、担任に「よく知ってるな!」って褒められていたし、それによってその子勉強に強く興味を持つようになったよ。

それが普通だったのに、なんで同じようにしか育てようとしないのかね。協調性うんたらの話を出すのなら、それはイベントなどでのクラス一丸、全校生徒一丸での協力作業で育成すればいい話でしょう。

管理職子供可能性を潰しにかかるって教職として失格じゃないかな。

2020-08-29

anond:20200829132546

通信簿書き換えちゃうし、都合の悪い書類は(ヾノ・∀・`)ナイナイしちゃうし、本当に国政を小学校か何かと勘違いしてるやつだった。

2020-08-20

anond:20200820182039

お前は通信簿で思いやりに△付けられてそうだがw

2020-07-26

そんな簡単なことだったのか

筆者は球技全般が大の苦手である

例外的に、社会人になって少しの間スクールに通っていたこから、かろうじてテニスダブルスゲームっぽい「ボール遊び」ができる程度。


それで、具体的に球技の何が苦手なのか考えてみると色々あるけど、その中でも致命的な問題なのが、おそらく

体重移動理解していなかった

だと思う。

バットラケットを使う系の球技バレーサーブだと「手打ちするな」という注意はよく聞くし、投げる系の球技ダメな投げ方が「女の子投げ」と揶揄されたり、サッカー利き足じゃない方踏み込みはかなり大事と聞く。

で、ココらへんは全て体重移動の話なわけで、自分テニスを習うまで自覚できなかった。

自覚できなかったので、とにかくどんな球技でもボールが全く飛ばず、結果学校の体育は筆記試験水泳スコアを稼ぎ、なんとか通信簿評価1を免れる体たらくだった。

でも当時は足腰の使い方の問題であるとは気づかず、腕の使い方ばっかり気にしていた。

そして結局、打球でも投球でも最低限のお約束として、利き手の反対側の足を踏み込むのが大事ということに、後で教えられるまで気づかなかったと。

まさしく運動音痴の見本だ。


というわけで、どうにかフットワーク重要性に気づいたのだが、それでもなお

「足を踏み込んだときとそうじゃないときで、なんでこうもボールの飛びが違うんだ?意味わからん

という疑問を、長年抱いていた。

それがようやく最近理解できたのだが、わかってみれば結構簡単(高校物理でほぼ最初に習う、基本中の基本の話)だった。

要は、ボールに伝わる力は、身体で動かした部分の質量加速度の積であり、加速度が一緒なら、力は質量に比例する。

から手だけ動かすのと、足を踏み込んで体全体を動かしたのでは、実のところ腕の質量と体の全質量という大きな違いがあり、それがそのままボールの飛びの大きな違いになると。

運動エネルギーもまた公式の通りなので、ボールの速さだって断然違ってくると。


なんだよ、そういうことかよ、なんで誰も早く教えてくれないんだよーと思った。

とはいえ、得意な人は多分こういう小難しい原理的な話を知らなくてもできてしまうので、教えてくれというのは無理筋だよなあとも同時に思わされた。

からプロ指導者必要なんだろうなという他力本願結論で、とりあえず締めることにする。

2020-07-24

潔癖症の親には子どもがいる

母が言うに、彼女の父(つまり私の祖父)は潔癖だったらしい。母も綺麗好きだったし、私もそうだ。私は潔癖症とまでいかずきれい好きの範疇だとは思う。通信簿に「きれい好きです」と数回書かれた程度で、日常に支障をきたすほどではない。

私は性行為したことがない。母から結婚するまでするなとしつこく言われてきたのもあるが、そもそもたぶん性欲というものが無いんだと思う。思う、というのは、性欲がどのようなものなのかよく分からないので、「ない」ことを自覚することも今までなかった。お腹が空いたことがない人はきっとお腹が空く感覚がどういうものか分からないだろう。同じことだ。

付き合う人とは大体半年くらいで一方的関係を終わらせる。よくよく考えると飽きたというよりも、ふとした瞬間に見せられるぎらついた眼差しだとか、さりげなく体を触られたりだとか、口の中に舌を入れらりたりだとか、そういう性行為を暗示するようなもの気持ち悪くて相手の事を一方的に薄っすら嫌いになっていたのかもしれない。それに半年も付き合うとそろそろ…みたいな雰囲気になるし、断るには関係を終わらせるのが手っ取り早い。(言い訳だけど、自分からかに告白して関係を始めたりしたことはない)

私はふと最近子どもは3人くらい欲しいな」と思った。しかし、子どもを作るときには性行為必要だということに今さら思い当たった。さすがに知識としてなんとなく知ってはいたが深く考えたことはなかった。私が性行為をせずに子どもを作る方法はあるからいいものの、私は驚愕事実に思い当たった。私は2人兄弟がいる。つまりれい好きの母は3人も子どもがいる。そして潔癖症だった祖父も2人子どもがいる。潔癖症なのにできるものなのか……?男の人はまあ事後にきれいに洗えそうだからいいとして、女は……?行為の後に風呂場に直行して洗い流しても妊娠できるのだろうか。そもそも構造的にきちんと洗えるのかよく分からない……どうしてるんだろう

2020-06-08

anond:20200608185841

こち亀風に言えば「小学校時代通信簿国語が1課2が多かったんじゃありませんか」

2020-03-03

休校中の小学校は案外平和だ。

元々教員たちの建前上の勤務開始時間子どもたちの登校時間と一緒という理不尽な設定だったので、サービスで早朝出勤を強いられていたのが、本来の出勤時間職場に出てくれば良いようになった。

私は教員ではないので始めからそんなサービス早朝勤務はやっていなかったけど、家庭持ちの教員特にこれだけでも助かると思う。たまに「この際だから有給取っちゃえ」という輩も出るかと思ったんだが案外そういうのは少ない。

普段なら昼間はガラガラ職員室に人があふれ、一足早い春休みがやってきたかのようなのんびり感が漂っている。3月後半から授業は再開される見込みなので、通信簿をつけたり修了式や卒業式の準備はやらなきゃいけないんだよと思うのだが、良くも悪くも普段のピリピリした感じはない。

いつもだと昼間にデスクワークはできないので、私が職場から帰る頃に教員が「これからが本番」みたいな感じで職員室がわさわさし始めるんだが、今はそういう仕事を昼間片付けて定時で帰るようにすべきなんじゃないだろうか。

しからんことに大挙して卒業生が遊びに来て、元担任が嬉しそうにおしゃべりをしている。お前ら感染してない保証はあるのか、自分中学休校からって母校に来て良い理由は何もないぞ。元担任も彼らに早く帰るよう叱りやがれ。

いかにも子どもたちが大好きでこの仕事をやっているように見えた校長すらも何だかリラックスして神経を緩めているように見える。最初安倍は何てことしてくれるんだ!」と思っていたけど、こと現場教員に関しては思いがけない休息の時が訪れたかのようである

この休校騒ぎで大変な思いをしている人は沢山いると思うけど、学校現場は案外平和だということを報告しておく。(学校名は伏せたけど、こういう報告がヤバいようなら後で消すかも。)

2020-03-01

臨時休校を機に、中学校以降も定期考査を廃止して「単元テスト」に

変えればいい。

コロナウイルスによる臨時休校の影響で、期末考査実施できない学校がたくさんあり、「3学期の成績はどうやってつけるんだ!」みたいな話が出ている。

しかし、教育関係者以外にはあまり知られていないけれど、成績をつける上で定期考査の実施必須ではない。例えば、千代田区とある中学校では廃止されている。

から、定期考査の代替課題を出し、その出来で成績をつけることは十分可能である

そして、その中学校で定期考査の代わりに導入されているのは、小学校と同様の単元毎の小テスト、すなわち「単元テストである

私も、中学校以降でも定期考査を廃止して「単元テスト」を実施した方が良いと思っている。その理由は3つある。

1つ目は、こまめにテスト実施することで、生徒側の理解が深まることである

定期考査は実施回数が少ない分、1回の出題範囲が広い。しかし、「単元テスト」に変更すれば、生徒が出題範囲が広くてヤマを張るみたいなことは少なくなる。

しかも、単元毎につまづきをフォローできるようになり、理解できない点が多すぎて生徒が授業についていけなくなるということも、今よりは防げるだろう。

そして、この点こそ、「単元テスト」がまさに今回の臨時休校のような事態にうってつけだと言える。

期末考査でなく、「単元テスト」としてこまめに評価を行っていれば、3月に期末考査ができないから成績の材料が無いなどと慌てる必要は無かったのだ。

「単元テスト」を実施していたなら、実施できた単元までで成績をつけて、残りの評価は次学年に回すという対応が取れたはずなのだ

2つ目は、出題範囲正規化されることである

小学校までの「単元テスト」とは違い、定期考査が各学校手作り作成されているのは、学校によって授業の進み方が違うため、出題範囲が異なるからである

出題範囲が単元毎として正規化されるなら、テスト問題教科書会社教科書に合わせて単元毎に作り、教材として売ればいい。それにより教員の手間が省け、学習指導に集中できる。

(ついでに、N高やオンライン学習塾のように授業自体映像化するか、先に挙げた中学校のようにグループ学習化してしまえば、

教師は授業する必要がなくなり、個別指導に集中できるので、さら効率化できる上に、個々の学生フォローができて良いと思うが、これはまた別な話。)

3つ目は、「単元テスト」は単元終了ごとに実施するので、全教共通の考査期間が無くなることである

生徒側も、考査期間1週間前だけ勉強して他の期間はずっと遊ぶみたいなことがなくなり、常に学習する習慣が身に付く。

考査期間なのでこのあたりは1週間ほど授業も行事もできない、というのも無くなるので、スクールカレンダーにも柔軟性が生まれる。

ちなみに、「単元テスト」には、先に単元が終わったクラスは、後から単元が終わったクラスより不利になる(後から終わったクラスの生徒は、先に終わったクラスの生徒から問題内容を聞くことができる)という問題点があるが、

これについては、問題用紙を複数パターン用意するか(作成の手間は先ほどの通り、教科書会社に任せればいい)、テストに繰返し受験を認めて、納得行く成績が出るまで何回でも解かせるようにすれば解決する。

個人的には後者が良いと思う。学校内のテスト入試と違い、一発勝負で優劣を評価するものではなく、学習内容の定着のために行う授業の一環なのだから別に繰り返し受けたっていいはずだ。

それに、今の通信簿は、昔と違って相対評価でなく絶対評価なのであるリトライによって全員「5」になったって、規則的には別に構いはしない。

しろそれは生徒が全員十分に理解したということなのだから、そちらの方が教師としては望ましいはずだ。

学校内のテストは、優劣を振り分けるものではなく、生徒全員を掬い上げるものでなくてはいけない。

2020-02-15

通信簿にかききれなかった言葉たち

茅場君へ】

君があの時、みんなを止めたのは正しかった。でもそれが後々、君のためになったかどうかは分からない。

あと、君には夢があるのだから、一つの恋がうまく行かなかったからといって悲観することはないはずだ。

先生は、君を応援しています


平山さんへ】

良かれ悪かれ、逃げるのには勇気がいる。この一年でそのことを一番考えて、経験してくれたと思う。

あの時最後まで弾き切った君なら、きっと海外でも食らいついていけることでしょう。

先生は、君を誇りに思っています


【六分一君へ】

君はあの事件を恥だと考えているかもしれませんが、みんなも、そして先生もそうだとは思っていない。

辛くて長い道を選択したけれど、横に添い、周囲から支えてくれる人がいる今なら大丈夫

多くの物を得た君に、より幸運が訪れることを先生は願っています


勝間田さんへ】

あの場での選択は、ひょっとしたら間違っていたかもしれない。けれど、一番君らしかった。

立場上素直に祝福することはできないけれど、おめでとう。末永く、お幸せに。

君の破天荒さを、先生はきっと忘れないでしょう。


【館君へ】

君のおかげで助かったことは何度もあった。ただ、「模範的」の殻を破っても良い時分だと思う。

引け目を感じる気持ちは分かるが、折角勝ち取った立場なのだから、自信をもって胸を張りなさい。

先生は、これからの君の活躍を期待しています

2020-01-24

スタンド・バイ・ミー

スタンド・バイ・ミーを見た。

自分の昔を思い出した。

お前、早熟で嫌味っぽかったよな?自己中で打算的に動くのは良くないって通信簿に書かれたよな?

結局、仲のいい友達なんて一人もできなかったよな?そりゃそんな性格だもん。当たり前だわ。

今の俺が当時の俺を見たらぶん殴りたくなるわ。

その割には運動もだめ。勉強もだめ。不潔。口は臭いし、風呂嫌いだから体も臭い

ぽっちゃりしてたし、友達もいない。

休み放課後もずっと一人で家。何をするわけでもなく一人で家。

THE無気力

からそうなんだよ。不器用でグズでのろまで、人の気持ちも踏みにじるタイプのやつ。

勉強だけじゃないわ。

何か意見求められても自分意見とかないから答えられないでやんの。好きな食べ物は?特にない。好きな芸能人は?興味ない。

つまんねーーーーーーやつだよ本当に。話したくもないなってみんなそりゃ思うわ。

遊びにも誘われなくなるわ。

中学入ってちょっとがんばって運動部入ったよな?中学の間は頑張ったけど、結局大会すら出してもらえないの。

いや俺なりには当時は頑張ったつもりだったんだけどさ、今思うと死ぬほど練習してないし、友達練習付き合ってもらってもないし、

本も読んでないし、動画撮ったり、助言求めたり、そういうことなんもしてないの。

そりゃ冴えないやつが一般人がしてるような努力すらしてなかったら冴えないまんま。

当たり前だよな?

高校入って運動部入ってもそんな調子から1ヶ月でやめたよな?

いまだに顧問に言われた言葉引きずってやんの。

お前今何歳だよ。そろそろ切り替えろよ。

大学は頑張って国立大に入ったよな。それだけは俺の人生で一番凄いことだったと我ながら思う。

でもな、部活もしてなくてゴリゴリ勉強して苦労してやっとそれ。同級生は秋までサッカーして、急激に追い上げて合格

まりその程度なの。一般人よりちょーーーースペック低いのわかる?

から大学サークルで酒飲んでウェイウェイしてるやつとか、体育会のやつとかに余裕でGPAとかまけんの。

過去問だってもらったよ。授業も全部とは言わないけど出たし、ノートもとった。

けど、その程度なの、お前は。地頭が悪いの。わかる?

意識高いやつとか留学するやつとか正直こころのどっかで見下してたよな。

でも今になって思うわ。そういうことチャレンジするのが怖かったんだろ?本当は自分チャレンジたかったんだろ?

知らない世界に飛び込んだりする勇気が俺もほしかった。

けど、ないかバカにする。保身する。くっっっっっっっそダサいよ。

社会人に成ってから留学したくなったり、無性に海外旅行に行ったりしてんの。

その裏返しだよ。わかってるんだ。

俺には努力する才能も天性のセンスもないし、

なんにも価値を生み出せないのが嫌すぎた。

でも、過去自分は変えられないし、今の自分を変えるしかないんだよな。

スタンド・バイ・ミー見て思うよ。俺もこういう少年時代を過ごしたかった。

けど過ぎ去ったことはどうにもならなくて、今を生きていくしかないんだよな。

今に見てろよ過去自分

過去自分は今の自分定義する。

今の過ごし方次第で過去解釈なんて変えられる、頑張るよ。

社費留学目指すし、英語ペラペラになっていろんな人と話してみたいし、まだ見たことのない場所へ直接見に行きたいし、

もっと専門的な勉強をして研究もしていきたい。

今に見てろよ過去自分

2020-01-22

せめぎ合う可能

僕は小学5年生で、来年小学校6年になりますスタンド能力は「良くなる可能性を百分率で表示する」能力です。

何かを選ばなければならない時、どれがどれだけ上手くいくか百分率で出てくるんです。

例えば右の道で帰る時と、左の道で帰る時。右86%、左23%みたいに出ます

僕の家は右にあるので、だいたい右のほうが高い数字が出ます

百分率は5年生で習います。でも僕はゲームで知ってました。

サクセスでケガする可能性があったり、ロボットミサイルをかわしたりする割合のことだと友達と遊んでてなんとなく知っていました。

時々、左の道の百分率が上がることがあります。右86%、左94%、みたいな。

そんな時左を選ぶと、お母さんと道で会えたり、友達と遊べたりします。

逆に右が9%になったことがありました。

多分、右を普段通り歩いていくと怖いことが起こるんだと思います

その日右の道で大きな交通事故がありました。

出た百分率がどれも悪かったら、選ばない、ということも全然できます

友達トランプで遊ぶときはこの能力は使いません。面白くないからです。

スイッチポケモンやるときも使いません。卑怯からです。

スマブラスタンド出す前に殴ったり殴られたりするので、そう言うの考えなくて気が楽です。


最近、家にお姉ちゃん部活の後輩の人が家に遊びに来ます

その中に丸尾さんという人がいます

たまたまお姉ちゃん花川さんと播磨さんがどこかに出かけて行って、丸尾さんと部屋で二人きりになったとき丸尾さんが二段ベッドの僕のところに来て隣に座りました。

そして、ちょっとやってるゲームについて話した後、手を握られて、それで、しばらくしてギュってされました。

誰もいなくてすごく怖かったんだけど、女の人の、シャンプーみたいないい匂いがして、髪が触れる感じとか、手の柔らかな感じがしました。

丸尾さんは「ごめん」って言って、どこかに行きました。

僕は小学5年生です。そーいうのはもうなんとなくわかりますクラスの早い人は同学年で付き合っている人もいます

でも、小学生と高校生はお付き合いしていいのかわかりません。できるんでしょうか?

丸尾さんを追いかけるかどうか、スタンド能力で百分率を出しました。

部屋の向こう、追いかける先は50%、部屋の手前、ゲームのあるところは50%とでました。

数日後、右の道で丸尾さんを見かけました。右の道が50%丸尾さんのいない左の道は50%でした。

道の豆腐屋で見かけたときも、中に入る50%、そのまま行く50%

丸尾さんに関しては、いつも選ぶ百分率はどれも50%になります

お付き合いしてないのに抱きつくのはいけないことだと思います。でも、丸尾さんはそれをちゃんとわかって謝って、それでどこかに行きました。

この後は何もありません。もっかい、直接あの話じゃなくても、ちょっとずつ話したほうが、丸尾さんは気が楽になるのかもと思います

心で思っている通り「ちょっと怖かったけど気にしないよ」と伝えたほうがいいかも。もっと普通の話をしたりゲーム遊んだりしたら、何か変わってくるかも。

でも、もう、こういうことがあったら話をしないほうがいいのかも。

ちゃんにも相談できません。

僕は丸尾さんにどうしたらいいのでしょうか。


スタンド名:白虎野の娘(パプリカ聴いてたら次の動画で出てきて知りました)

破壊力:E(スタンドで翔都くんを殴っても効きませんでした)

スピード:C(ダッシュしたたかっぴくらいのスピード

射程範囲:D(用具室にある先生が使うでかいコンパスくらいです)

持続力:E(デブ吉岡くんのたいくの時みたいです)

精密機動性:D(図工は苦手です)

成長性:B(この前の通信簿がこれくらいでした)

2019-11-22

子供の頃の落ち着きのなさを取り戻したい

子供の頃は落ち着いていなかった。

通信簿にもよく「落ち着きましょう」と書かれていた、気がする。

今はあの頃の落ち着きの無さがない。

落ち着いたかと言えばそうでもなく、気力が無くなったというのが正しいのだと思う。

もっとあの頃の落ち着きの無さを取り戻したい。

毎日外で走り回ってれば良いのだろうか。

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