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熊笹
「熊笹」を含む日記
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熊笹とは
2024-09-30
■
三 学年は九月十一日に始まった。
三四郎
は正直に午前十時半ごろ
学校
へ行ってみたが、
玄関
前の
掲示
場に
講義
の
時間割
りがあるばかりで
学生
は一人もいない。
自分
の聞くべき分だけを
手帳
に書きとめて、
それから
事務室
へ寄ったら、さすがに
事務員
だけは出ていた。
講義
はい
つ
から
始
まり
ます
かと聞くと、九月十一日
から
始まると言っている。すました
もの
である
。でも、どの部屋を見ても
講義
がないようですがと尋ねると、それは
先生
がいな
いか
らだと答えた。
三四郎
はなるほどと思って
事務室
を出た。裏へ回って、大きな欅の下
から
高い空をのぞいたら、
普通
の空よりも明ら
かに
見えた。
熊笹
の中を水ぎわへおりて、例の椎の木の所まで来て、またしゃがんだ。あの女がもう一ぺん通ればい
いくら
いに考えて、たびたび丘の上をながめたが、丘の上には人影もしなかった。
三四郎
はそれが当然だと考えた。けれどもやはりしゃがんでいた。すると、午砲が鳴ったんで驚いて
下宿
へ帰った。 翌日は正八時に
学校
へ行った。正門を
はい
ると、とっつきの
大通り
の左右に植えてある
銀杏
の
並木
が目についた。
銀杏
が向こうの方で尽きるあたり
から
、だらだら坂に下がって、正門のきわに立った
三四郎
から
見ると、坂の向こうにある
理科大
学は二階の一部
しか
出ていない。その
屋根
のう
しろ
に
朝日
を受けた
上野の森
が遠く輝いている。日は正面にある。
三四郎
はこの奥行のある
景色
を愉快に感じた。
銀杏
の
並木
が
こち
ら側で尽きる
右手
には法文科
大学
がある。
左手
には少しさがって博物の
教室
がある。
建築
は双方ともに同じで、細長い窓の上に、
三角
にとがった
屋根
が
突き出し
ている。その
三角
の縁に当る赤
煉瓦
と黒い
屋根
のつぎめの所が細い石の直線でできている。そうしてその石の色が少し青味を帯びて、すぐ下にくるはでな赤
煉瓦
に
一種
の趣を添えている。そうしてこの長い窓と、高い
三角
が横にいくつも続いている。
三四郎
はこの
あい
だ野々宮君の説を聞いて
から
以来、急にこの
建物
をありがたく思っていたが、けさは、この
意見
が野々宮君の
意見
でなくって、初手
から
自分
の持説
である
ような気がしだした。ことに博物室が法文科と一直線に並んでいないで、少し奥へ引っ込んでいるところが不
規則
で妙だと思った。こんど野々宮君に会ったら
自分
の
発明
としてこの説を持ち出そうと考えた。 法文科の右のはずれ
から
半町ほど前へ
突き出し
ている
図書館
にも感服した。よくわ
から
ないがなんでも同じ
建築
だろうと考えられる。その赤い壁につけて、大きな
棕櫚
の木を五、六本植えたところが大いにいい。
左手
のずっと奥にある工科
大学
は
封建時代
の
西洋
のお城
から
割り出したように見えた。まっ四角にできあがっている。窓も四角
である
。ただ四すみと
入口
が丸い。これは櫓を形取ったんだろう。お城だけにしっかりしている。法文科みたように倒れそうでない。なんだか背の低い
相撲取り
に似ている。
三四郎
は見渡すかぎり見渡して、このほ
かに
もまだ目に入らない
建物
がたくさんあることを
勘定
に入れて、ど
ことな
く
雄大
な感じを起こした。「
学問
の府はこうなくってはならない。こういう構えがあればこそ
研究
もできる。えらい
もの
だ」――
三四郎
は
大学
者になったような
心持ち
がした。 けれども
教室
へ
はい
ってみたら、鐘は鳴っても
先生
は来なかった。その代り
学生
も出て来ない。次の
時間
もそのとおりであった。
三四郎
は癇癪を起こして
教場
を出た。そうして念のために池の周囲を二へんばかり回って
下宿
へ帰った。
それから
約十日ばかりたって
から
、ようやく
講義
が始まった。
三四郎
がはじめて
教室
へ
はい
って、ほかの
学生
といっしょに
先生
の来るのを待っていた時の
心持ち
はじつに殊勝な
もの
であった。
神主
が装束を着けて、これ
から
祭典でも行なおうとするまぎわには、こういう気分がするだろうと、
三四郎
は
自分
で
自分
の了見を
推定
した。じっさい
学問
の威厳に打たれたに違いない。それのみならず、
先生
が
ベル
が鳴って十五分立っても出て来ないので
ます
ます
予期
から
生ずる敬畏の念を増した。そのうち人品のいいおじいさんの
西洋
人が戸をあけて
はい
ってきて、流暢な
英語
で
講義
を始めた。
三四郎
はその時
answer
という字は
アングロ・サクソン
語の and-swaru
から
出たんだということを覚えた。
それから
スコットの通った
小学校
の村の名を覚えた。いずれも大切に筆記帳に
しるし
ておいた。その次には
文学
論の
講義
に出た。この
先生
は
教室
に
はい
って、
ちょっと
黒板をながめていたが、黒板の上に書いてある Geschehen という字と Nachbild という字を見て、はあ
ドイツ語
かと言って、笑いながらさっさと消して
しま
った。
三四郎
はこれがために
ドイツ語
に対する敬意を少し失ったように感じた。
先生
は、
それから
古来
文学
者が
文学
に対して下した
定義
をおよそ二十ばかり並べた。
三四郎
はこれも
大事
に
手帳
に筆記しておいた。午後は大
教室
に出た。その
教室
には約七、八十人ほどの聴講者がいた。したがって
先生
も
演説
口調であった。砲声一発
浦賀
の夢を破ってという冒頭であっ
たか
ら、
三四郎
は
おもしろ
がって聞いていると、
しま
いには
ドイツ
の
哲学者
の名がたくさん出てきてはなはだ解しにくくなった。机の上を見ると、落第という字がみごとに彫ってある。よほど暇に任せて仕上げた
もの
と
みえ
て、堅い樫の板をき
れい
に切り込んだてぎわは
素人
とは思われない。深刻のでき
である
。隣の男は感心に根気よく筆記をつづけている。のぞいて見ると筆記ではない。遠く
から
先生
の似顔をポンチに
かい
ていたの
である
。
三四郎
が
のぞく
やいなや隣の男は
ノート
を
三四郎
の方に出して見せた。絵はうまくできているが、
そば
に久方の雲井の空
の子
規と書いてあるのは、なんのことだか判じ
かねた
。
講義
が終って
から
、
三四郎
はなんとなく
疲労
したような気味で、二階の窓
から
頬杖
を突いて、正門内の庭を見
おろし
ていた。ただ大きな松や桜を植えてその
あい
だに砂利を敷いた広い道をつけたばかり
である
が、手を入れすぎていないだけに、見ていて
心持ち
がいい。野々宮君の話によるとここは昔はこうき
れい
ではなかった。野々宮君の
先生
のなんと
かい
う人が、
学生
の時分馬に乗って、ここを乗り回すうち、馬がいうことを聞かないで、意地を悪くわざと木の下を通るので、
帽子
が松の枝に引っかかる。
下駄
の歯が鐙にはさまる。
先生
はたいへん困っていると、正
門前
の
喜多
床という髪結床の
職人
がおおぜい出てきて、
おもしろ
がって笑っていたそう
である
。その時分には有志の者が醵金して構内に厩をこしらえて、三頭の馬と、馬の
先生
とを飼っておいた。ところが
先生
がたいへんな酒飲みで、とうとう三頭のうちの
いちばん
いい白い馬を売って飲んで
しま
った。それは
ナポレオン三世
時代
の老馬であったそうだ。
まさか
ナポレオン三世
時代
でもなかろう。
しか
し
のん
気な
時代
もあった
もの
だと考えていると、さっき
ポンチ絵
を
かい
た男が来て、 「
大学
の
講義
はつ
まら
んなあ」と言った。
三四郎
はい
いか
げんな返事をした。じつはつまるかつ
まら
な
いか
、
三四郎
にはちっとも
判断
ができないの
である
。
しか
しこの時
から
この男と口をきくようになった。 その日はなんとなく気が鬱して、
おもしろ
くなかったので、池の周囲を回ることは見合わせて家へ帰った。晩食後筆記を繰り返して読んでみたが、べつに愉快にも
不愉快
にもならなかった。母に
言文一致
の
手紙
を書いた。――
学校
は始まった。これ
から
毎日
出る。
学校
はたいへん広いいい
場所
で、
建物
もたいへん美しい。まん中に池がある。池の周囲を
散歩
するのが楽しみだ。
電車
には近ごろようやく乗り馴れた。何か買ってあげたいが、何がい
いか
わ
から
な
いか
ら、買ってあげない。ほしければそっち
から
言ってきてくれ。今年の米
はい
まに価が出る
から
、売らずにおくほうが得だろう。
三輪
田のお光さんにはあ
まり
愛想よくしないほうがよかろう。
東京
へ来てみると人
はい
くらでもいる。男も多いが女も多い。というような事をごたごた並べた
もの
であった。
手紙
を書いて、
英語
の本を六、七ページ読んだらいやになった。こんな本を一冊ぐらい読んでもだめだと思いだした。床を取って寝ることにしたが、寝つかれない。
不眠症
になったらはやく
病院
に行って見てもらおうなどと考えているうちに寝て
しま
った。 あくる日も例刻に
学校
へ行って
講義
を聞いた。
講義
の
あい
だに今年の
卒業生
がどこそこへ
いくら
で売れたという話を耳にした。だれとだれがまだ残っていて、それがある
官立
学校
の
地位
を
競争
している噂だなどと話している者があった。
三四郎
は
漠然
と、
未来
が遠く
から
眼前に押し寄せるようなにぶい圧迫を感じたが、それはすぐ忘れて
しま
った。む
しろ
昇之助がなんとかしたというほうの話が
おもしろ
かった。そこで
廊下
で
熊本
出の
同級生
をつかまえて、昇之助とはなんだと聞いたら、
寄席
へ出る娘
義太夫
だと教えてくれた。
それから
寄席
の
看板
はこんな
もの
で、
本郷
のどこにあるということまで言って聞かせたうえ、今度の土曜にいっしょに行こうと誘ってくれた。よく知ってると思ったら、この男はゆうべはじめて、
寄席
へ、
はい
ったのだそうだ。
三四郎
はなんだか
寄席
へ行って昇之助が見たくなった。 昼飯を食いに
下宿
へ帰ろうと思ったら、きのう
ポンチ絵
を
かい
た男が来て、おいおいと言いながら、
本郷
の通りの淀見軒という所に引っ張って行って、
ライスカレー
を食わした。淀見軒という所は店で
果物
を売っている。新しい
普請
であった。
ポンチ絵
を
かい
た男はこの
建築
の表を指さして、これが
ヌー
ボー式だと教えた。
三四郎
は
建築
にも
ヌー
ボー式がある
もの
とはじめて悟った。帰り道に
青木
堂も教わった。やはり
大学
生のよく行く所だそう
である
。
赤門
を
はい
って、二人で池の周囲を
散歩
した。その時
ポンチ絵
の男は、死んだ
小泉八雲
先生
は
教員
控室へ
はい
るのがきらいで
講義
がすむといつでもこの周囲をぐるぐる回って歩いたんだと、あ
たか
も
小泉
先生
に教わったようなことを言った。なぜ控室へ
はい
らなかったのだろうかと
三四郎
が尋ねたら、 「そりゃあたりまえださ。
第一
彼らの
講義
を聞いてもわかるじゃな
いか
。話せる
もの
は一人もいやしない」と手ひどいことを平気で言ったには
三四郎
も驚いた。この男は
佐々木
与次郎
といって、
専門学校
を
卒業
して、今年また選科へ
はい
ったのだそうだ。東
片町
の五番地の
広田
という家に
いるか
ら、遊びに来いと言う。
下宿
かと聞くと、なに
高等学校
の
先生
の家だと答えた。
それから
当分の
あい
だ
三四郎
は
毎日
学校
へ通って、律義に
講義
を聞いた。必修課目以外
のもの
へも時々出席してみた。それでも、まだ
もの
足りない。そこでついには専攻課目にまるで
縁故
のない
もの
までへもおりおりは顔を出した。
しか
したいていは二度か三度でやめて
しま
った。一か月と続いたのは少しもなかった。それでも平均一週に約四十
時間
ほどになる。
いか
な勤勉な
三四郎
にも四十
時間
はちと多すぎる。
三四郎
はたえず
一種
の圧迫を感じていた。
しか
るに
もの
足りない。
三四郎
は楽
しま
なくなった。 ある日
佐々木
与次郎
に会ってその話をすると、
与次郎
は四十
時間
と聞いて、目を丸くして、「ば
かば
か」と言ったが、「
下宿
屋のまずい飯を一日に十ぺん食ったら
もの
足りるようになるか考えてみろ」といきなり
警句
でもって
三四郎
をどやしつけた。
三四郎
はすぐさま恐れ入って、「どうしたらよかろう」と
相談
をかけた。 「
電車
に乗るがいい」と
与次郎
が言った。
三四郎
は何か
寓意
でもあることと思って、しばらく考えてみたが、べつにこれという思案も浮
かば
ないので、 「本当の
電車
か」と聞き直した。その時
与次郎
はげらげら笑って、 「
電車
に乗って、
東京
を十五、六ぺん乗り回しているうちにはおのず
から
もの
足りるようになるさ」と言う。 「なぜ」 「なぜって、そう、生きてる頭を、死んだ
講義
で封じ込めちゃ、助
から
ない。外へ出て風を入れるさ。その上に
もの
足りる工夫
はい
くらでもあるが、まあ
電車
が一番の初歩でかつ
もっと
も軽便だ」 その日の
夕方
、
与次郎
は
三四郎
を拉して、四丁目
から
電車
に乗って、
新橋
へ行って、
新橋
から
また引き返して、
日本橋
へ来て、そこで降りて、 「どうだ」と聞いた。 次に
大通り
から
細い
横町
へ曲がって、平の家という
看板
のある
料理
屋へ上がって、
晩飯
を食って酒を飲んだ。そこの
下女
はみんな
京都弁
を使う。はなはだ纏綿している。表へ出た
与次郎
は赤い顔をして、また 「どうだ」と聞いた。 次に本場の
寄席
へ連れて行ってやると言って、また細い
横町
へ
はい
って、
木原
店という
寄席
を上がった。ここで小さんという
落語家
を聞いた。十時過ぎ通りへ出た
与次郎
は、また 「どうだ」と聞いた。
三四郎
は物足りたとは答えなかった。
しか
しま
んざら
もの
足りない
心持ち
もしなかった。すると
与次郎
は大いに小さん論を始めた。 小さんは
天才
である
。
あん
な
芸術家
はめったに出る
もの
じゃない。いつでも聞けると思
うから
安っぽい感じがして、はなはだ気の毒だ。じつは彼と時を同じゅうして生きている我々はたいへんなしあわせ
である
。今
から
少
しま
えに生
まれ
ても小さんは聞けない。少しおくれても同様だ。――円遊も
うまい
。
しか
し小さんとは趣が違っている。円遊のふんした
太鼓
持は、
太鼓
持になった円遊だ
から
おもしろ
いので、小さんのやる
太鼓
持は、小さんを離れた
太鼓
持だ
から
おもしろ
い。円遊の演ずる
人物
から
円遊を隠せば、
人物
がまるで
消滅
して
しま
う。小さんの演ずる
人物
から
、
いくら
小さんを隠したって、
人物
は活発溌地に躍動するばかりだ。そこがえらい。
与次郎
はこんなことを言って、また 「どうだ」と聞いた。実をいうと
三四郎
には小さんの味わいがよくわ
から
なかった。そのうえ円遊なる
もの
はい
まだかつて聞
いたこ
とがない。したがって
与次郎
の説の当否は判定しにくい。
しか
しその
比較
の
ほと
んど
文学
的といいうるほどに要領を得たには感服した。
高等学校
の前で別れる時、
三四郎
は、 「
ありがとう
、大いに
もの
足りた」と礼を述べた。すると
与次郎
は、 「これ
から
さきは
図書館
でなくっちゃ
もの
足りない」と言って
片町
の方へ曲がって
しま
った。この
一言
で
三四郎
ははじめて
図書館
に
はい
ることを知った。 その翌日
から
三四郎
は四十
時間
の
講義
を
ほと
んど半分に減らして
しま
った。そうして
図書館
に
はい
った。広く、長く、
天井
が高く、左右に窓のたくさんある
建物
であった。
書庫
は
入口
しか
見えない。こっちの正面
から
のぞく
と奥には、
書物
が
いくら
でも備えつけてあるように思われる。立って見ていると、
書庫
の中
から
、厚い本を二、三冊かかえて、出口へ来て左へ折れて行く者がある。
職員
閲覧室へ行く人
である
。
なかに
は
必要
の本を書棚
から
とり
おろし
て、胸いっぱいにひろげて、立ちながら調べている人もある。
三四郎
はうらやましくなった。奥まで行って二階へ上がって、
それから
三階へ上がって、
本郷
より高い所で、生きた
もの
を近づけずに、紙のにおいをかぎながら、――読んでみたい。けれども何を読む
かに
いたっては、べつにはっきりした考えがない。読んでみなければわ
から
ないが、何かあの奥にたくさんありそうに思う。
三四郎
は
一年
生だ
から
書庫
へ
はい
る
権利
がない。
しか
たなしに、大きな箱入りの札
目録
を、こごんで一枚一枚調べてゆくと、
いくら
めくってもあと
から
新しい本の名が出てくる。
しま
いに肩が痛くなった。顔を上げて、中
休み
に、館内を見回すと、さすがに
図書館
だけあって静かな
もの
である
。
しか
も人がたくさんいる。そうして向こうのはずれにいる人の頭が黒く見える。目口ははっきりしない。高い窓の外
から
所々に木が見える。空も少し見える。遠く
から
町の音がする。
三四郎
は立ちながら、
学者
の
生活
は静かで深い
もの
だと考えた。それでその日はそのまま帰った。 次の日は
空想
をやめて、
はい
るとさっそく本を借りた。
しか
し借りそくなったので、すぐ返した。あと
から
借りた本はむずかしすぎて読めなかっ
たか
らまた返した。
三四郎
はこういうふうにして
毎日
本を八、九冊ずつは必ず借りた。
もっと
もたまにはすこし読んだのもある。
三四郎
が驚いたのは、どんな本を借りても、きっとだれか一度は目を通しているという
事実
を
発見
した時であった。それは書中ここ
かしこ
に見える
鉛筆
のあとでた
しか
である
。ある時
三四郎
は念のため、
アフラ
・
ベーン
という
作家
の
小説
を借りてみた。あけるまでは、よもやと思ったが、見るとやはり
鉛筆
で丁寧に
しるし
がつけてあった。この時
三四郎
はこれはとうていやりきれないと思った。ところへ窓の外を
楽隊
が通ったんで、つい
散歩
に出る気になって、通りへ出て、とうとう
青木
堂へ
はい
った。
はい
ってみると客が二組あって、いずれも
学生
であったが、向こうのすみにたった一人離れて茶を飲んでいた男がある。
三四郎
がふとその横顔を見ると、どうも
上京
の節
汽車
の中で
水蜜桃
をたくさん食った人のよう
である
。向こうは気がつかない。茶を
一口
飲んでは
煙草
を一吸いすって、たいへん
ゆっくり
構えている。きょうは白地の
浴衣
をやめて、
背広
を着ている。
しか
しけっしてりっぱな
もの
じゃない。光線の
圧力
の野々宮君より白
シャツ
だ
けが
ましなくらいな
もの
である
。
三四郎
は様子を見ているうちにた
しか
に
水蜜桃
だと物色した。
大学
の
講義
を聞いて
から
以来、
汽車
の中でこの男の話
したこと
がなんだか急に意義のあるように思われだしたところなので、
三四郎
は
そば
へ行って
挨拶
をしようかと思った。けれども先方は正面を見たなり、茶を飲んでは
煙草
をふかし、
煙草
をふかしては茶を飲んでいる。手の出しようがない。
anond:20240930173301
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