はてなキーワード: 目録とは
何の学科か分からないが、何かを調べる授業があり、何故かその調べ物をする場所がとんでもない傾斜の坂の上の山の中にある。
傾斜が凄まじく、自分は途中まで自転車に乗って登っていたのだが進む事すらできなくなり、あまりのことに笑いながら自転車を諦めて脇の空き地に横たえて置いて坂道に縋り付くように四つん這いになりながら道を登り始めた。路側帯の白線が何故か普通に帯のように紐のようになっていて握れるので、それに掴まりながら登山のようにアスファルトの道を登っていく。他にも同じ様に山の上に向かっている生徒があり、状況のとんでもなさに苦笑して笑い合いながら目的地に着いた。
山の中腹にある開けた空き地は周囲を木々に囲まれ短い下草が青々と茂っていて、そこに図工室にあるような作業台や角椅子が整然と並んでいる。細部をよく覚えていないが、本類、資料?文献?は卓上に置いてあったのかもしれない。本棚は無かった気がする。そこで多くの生徒、教師が角椅子に座り何かを調べたり読んだりしている。
男女の教員、1人はふくよかで豊かな癖毛をした落ち着いた服装の長髪の中年の女性、1人は顔色が極めて悪い、短髪で目をひん剥いたようなギョロ目をした和装の男性。で、何故か自分はその男性の向かい側で古書を見ていて、その古書は神社の御由緒のような、神社に伝わる書物の由来が記載された目録のようなものだった。読んでいるうちに、その神社の建立当初、帝から賜った宸翰が今に伝わっていると書かれており、へぇええ〜!!!と顔を上げると、夢なので唐突に、目の前の教職の男性の脇に60代くらいの落ち着きのある痩せた神主さんが居て、「持ってきましょうか」と言う。は???凄すぎる、見て良いのか、やべー!!と心中で慌てふためきながら大人しく待っているうちに、夢なので唐突に周囲に人は居なくなり、その作業机には自分と教職の白服の男性、少し向こうにふくよかな女性の教員だけが居て、何故か神主さんが神社に贈られた上等の和菓子をあけて自分と男性教職員に出してくれる。
そのひとつをようく覚えていて、それは艶々ぴかぴかとした光沢のある、一つ一つの粒がしっかりとしている黒豆のような茹で小豆?あんこ?に覆われたぼたもち/おはぎで、実際存在するのかと検索してみるとそのような物は見つけられなかったのだが、自分が見つけられなかっただけでどこかには存在するのかもしれない、それを美味しく食べた。あまりの旨さにまた感動して目を見開きながら顔を上げて目の前の男性教職員を見ると、わかるぞと言うように相手はうなずき、「本物は内側が7層になっているんですよ」と教えてくれて、こんな小さい和菓子の内側に何が7層も入っているのか気になって仕方がなかった。
夢なので唐突なのだが、我々の机の横手には、自分達が登ってきたはずのアスファルトの急斜面は無く、けばけばしくない、ぼろくもない、使い込まれた年代物の神楽殿があった。開け放たれたそこには、奥の方に木札のような、30センチ程の高さの有りそうな折紙に包まれた書状がいくつか重ねて立て掛けられていた。あまり恭しい扱いとは言えないように見えたが、粗雑に扱われているようでもなかった。そのうちのいくつかを今から読むのだろうか?神主さんが紙を開いて書面を出してくれたあたりで目が覚めた。
艶々の黒豆に覆われたあのぼたもち様のなにかが気になって仕方がないが、ぼたもちではなく生菓子かもしれない。
そうそう、真珠湾攻撃も核攻撃も先制攻撃も自衛権の範囲だからな。嘘つきさん。
あとウクライナがナチスではないとかどこまで馬鹿なのか。ウクライナを支持している時点でナチスだよ。
But even though Putin is engaging in propaganda, it’s also true that Ukraine has a genuine Nazi problem — both past and present. Putin’s destructive actions — among them the devastation of Jewish communities — make clear that he’s lying when he says his goal is to ensure anyone’s welfare. But important as it is to defend the yellow-and-blue flag against the Kremlin’s brutal aggression, it would be a dangerous oversight to deny Ukraine’s antisemitic history and collaboration with Hitler’s Nazis, as well as the latter-day embrace of neo-Nazi factions in some quarters.
しかし、プーチン大統領がプロパガンダに取り組んでいるとしても、ウクライナが過去も現在も真のナチス問題を抱えていることも事実だ。 プーチン大統領の破壊的な行動、その中にはユダヤ人コミュニティの破壊も含まれるが、自分の目標は誰かの福祉を確保することだと言っているプーチン大統領が嘘をついていることは明らかだ。 しかし、クレムリンの残忍な侵略から黄と青の国旗を守ることは重要であると同時に、ウクライナの反ユダヤ主義の歴史とヒトラーのナチスとの協力、そしてネオナチ派の末日の受け入れを否定することは危険な見落としとなるだろう。いくつかの地区では。
In another ominous development, Ukraine has in recent years erected a glut of statues honoring Ukrainian nationalists whose legacies are tainted by their indisputable record as Nazi proxies. The Forward newspaper cataloged some of these deplorables, including Stepan Bandera, leader of the Organization of Ukrainian Nationalists (OUN), whose followers acted as local militia members for the SS and German army. “Ukraine has several dozen monuments and scores of street names glorifying this Nazi collaborator, enough to require two separate Wikipedia pages,” the Forward wrote.
もう一つの不気味な展開として、ウクライナは近年、ナチスの代理人としての議論の余地のない経歴によってその遺産が汚されたウクライナ民族主義者を称える像を大量に建てている。 フォワード紙は、ウクライナ民族主義者組織(OUN)の指導者ステパン・バンデラを含む、こうした嘆かわしい人物の一部を目録にまとめ、その支持者たちは親衛隊やドイツ軍の地元民兵として活動していた。 「ウクライナには、このナチスの協力者を称賛する数十の記念碑と多数の通りの名前があり、ウィキペディアの2つの別々のページが必要になるほどだ」と同紙は書いた。
すずめの戸締まりを31回観た増田です。中身のないヤツが数を誇る!
先週くらいにふとすずめ展思い出して、調べたらまだやってたので、ローソンでチケット予約。日時指定なので、有給取得で平日に行くことも考えてたけど普通に休日で買えた。
で当日、指定時間5分前にフロアに着いたけど、ポケモンセンターの客で混雑してるし、フロアマップにも特設会場は載ってないので焦る。
歩き回っているとポケセンの裏あたりですずめのパネルが見え、何とか間に合った。
ドアの暖簾入ったとこで(暖簾の手前だった気もする。記憶が曖昧)ダイジンとかの設定画が貼ってあったが、パンフかガイドブックで観た気もする。
暖簾?で区切られた部屋で予告編上映。上映期間中はすずめしか観てないから予告編観るのは初めて。しかし、人が多くて何となくしんどい。すずめファンが多いのは喜ばしいんだけども。
溜まってた人が次の部屋に移るも、出入口付近で人が動かず、部屋に取り残される。
あとで分かったが、入り口すぐの画コンテを見るために渋滞が起きていたらしい。
しばらくして人が動き、次の会場に移る。
富野展の画コンテは面白かったので、すずめでも見れて嬉しい…はずだったけど、あれ?なんかあんまり…
遊園地のところだけ見ればいいかと思ったが、観覧車シーンのコンテはなくて残念。
第2会場に行くと戻れないらしい。
フロアを移る際、順路を間違えてそのまま退場しそうになる。
関係ないが、昔水族館で淡水魚コーナーだけ見てそのまま出口に行ってしまい、海の近くなのに淡水魚専門なんて珍しいなぁと思いながらそのまま帰宅したことがある。後日、そこには海水魚もイルカもいたことを知った。
第二会場は東京以降の原画や映像…なだけど、こっちもあんまり興味が…倦怠期?
グッズは、映画館で買い逃したステッカーやポスターが買えると思ったが、カフェや展覧会のグッズがメインだった。
すずめの時に明らかに在庫の君の名や天気グッズ再販してたから映画館で買えるだろうけど。
書籍類も揃ってるが、目録はなく…まあ転載されたら客減るだろうし仕方ないか。コミカライズ単行本はあったら買ってたけど、権利関係だろうか。サントラもなかった気がする。
キャラクターグッズ系は個人的にはあんまり…なので、ポスターカードと缶ケースのラムネを買った。
展示自体は良かったし、客も多く、全体的に若めだけど老若男女いて、オッサン一人でも浮いてる感はあんまりなかった。
個人的な感想言うとネガキャンみたいになっちゃうけど、演技や映像込みでのすずめの戸締まりが好きだったんやなと再確認。
ブルーレイは一番高いヤツ買う予定。TSUTAYAで予約しようとしたらTカードいるみたいで諦めた。
CCCとTカードは許してないけど、地元で書籍や新作CD、DVD買えるのそこくらいだから頑張って欲しいんだよね…TSUTAYAが個人店駆逐したせいでもあるけど
追記した→https://anond.hatelabo.jp/20230409121152
以下本編******************************************************
両親を比較的早く亡くして色々その後の始末をした体験から。また、人の親の終活のサポートをサポートするような仕事をしていた体験から。
そもそも、「終活」って、そこまで「むむむ、必須…!!」と思わなくてもよい。
そもそも、一番大切なのは終活する以前に、親御さんとちゃんと円満な人間関係を構築し続けておくということで、これが実は一番割と大変だったりする。
親がどこに何を仕舞っておきがちか、どんな人生を送ってきたかとかがなんとなく分かっていれば、別に整理整頓されていなくても残された子供たちで探し当てたりあちこちに問い合わせればいいだけなのでそんなに問題ない。親子の関係が良好なら、何なら親の方から「大事な書類や通帳や印鑑はこうやって保管してあるからね」とか言ってきてくれたりする。
そういう、あたたかくお互いを思いやれる親子関係でもないなぁ…という場合は、まぁまずは親に終活をさせる以前に、親子関係を良好化しておくことが必要。
そうじゃないと何を言っても親は子の言うことなんて聞かないんだよね。親にとっては子は中高年になったところで子供だし、老いの自覚があればなおさら我が子に対して頑なになる、ということはよくあること。
そもそも、金持ちで株式やら不動産やらを持っている人以外は、親が大した整理もせずに死んでもそこまで大変でもないことも多い。まぁそもそも、人が一人死んだらそりゃ多少は手続きやらが大変なので、そこはもうそういうもんだと思って。
親が金持ちの場合。傾向的には、ガチの資産持ちの人は弁護士や税理士やら銀行の担当者やら、誰かしら外部の相談者がいることが多いので、まだ元気なうちに「営業に来てる銀行の担当の人とか税理士とか、今度紹介しといてね」と言っておくと割とはかどる。税理士なんかがいる場合はほぼ無問題。名刺交換しておけばおけー。
小資産持ちの場合。プチブル勢(高給取りサラリーマンや自営)の場合、結構厄介かもしれない。親御さんがまめに日ごろから管理をしている人であれば心配ないが、GDP右肩上がり世代なので「なんとなく色んなとこに預けたり掛けたりしてるだけ」みたいなケースがあって、これはもう、がんばって、エンディングノートやら終活やらをしてもらう必要がある。
お金がなさそうな場合。自宅とちょっとの貯金だけ、なんていう場合は、もうほとんど心配しなくていい。実際はこういうご家庭が一番多いんじゃないかなと思う。通帳、保険証券、印鑑を仕舞っている場所だけ、何かのついでに(例えば親がちょっとした病気で入院した、とか体調崩して手伝いに来ている時とか)さらっと聞いておこう。銀行の届出印はちゃんと確認しとく方が良いなと思うが、死後に届出印が分からなくても銀行に提出する書類が1枚増えるだけなので、まぁわりとどうってことない。「窓口の人」は基本親切だし慣れているのでどうしたらいいか聞けば大丈夫。
もういちどおさらいだが、「銀行印が何かを聞いておく」とか「終活をお願いする」などは、要するに子供から老いて色々億劫になってきている親に頼む、大事な情報を聞き出す、ということなので、その前に人間関係を良好にしておけ、というのが鉄則になるわけです。
文章や文字を書くのが苦にならない人、普段から日記をつけてたりする人は、比較的楽だと思う。
エンディングノートは市販されている紙のものもあるが、アプリもあったりするので、親の性格に合った内容のものを子からプレゼントするのもよいと思う。
これぐらいが分かってれば財産回りは大丈夫。この辺は市販のエンディングノートだと記入式で書いていけるようになっている。また最近は終活アプリなんてのもあるので、スマホやコンピュータがいける口の親御さんならそれでもOK。
市販のエンディングノート選びでいうと、例えば、記入欄が多いものをズボラな親に渡しても嫌がるわけで、選ぶには匙加減が結構大事。結構「思い出記入欄」とか「自分史書き連ねページ」とかがあったりする。そういうのを書くのが好きでノリノリで書きそうな親御さんなら、自分史から書いてもらってついでに大事な資産周りの情報も書いてもらえる。
逆にそういうのを全然書きたがらない親御さんの場合は…記入項目が簡単なものを使って、親にヒアリングをして子供がノートに記入していくのがお勧め。ズボラな人や「そういう書類を作成したり整理したりする経験がない(今の高齢者世代だと女親は多くの場合就業経験が少ないので困る場合があるよ)人」は、緊張して思考停止しちゃうので、子供が寄り添おう。また同じ結論だが親子の人間関係を良好にしておく必要がある。
そして、しっかりした親御さんの場合でも、隠してたタンス預金やら隠してた借金やら、愛人がいたやら隠し子がいたやら、まぁ隠そうと思えば隠せるわけなので、あまり根を詰める必要はないわけです。
あとは、「死んだら葬式に誰を呼んでほしいか問題」も、エンディングノート項目にある。こういうのもノリノリで書いてくれる人もいるが、面倒くさがって書かない人も同じぐらい多い。書きたがらない場合は、実家の年賀状を取っておいてもらう。正月に帰省した時に、親あての年賀状を見ながら「この人誰だったっけ?」とか話をしながら、だと、整理する気になってくれるかもしれない。まぁ要するにノートに書いてなくても全然よくて、年賀状に付箋でも貼っておけばいい。
エンディングノートひとつ記入し終わるのは、現役の我々でも結構めんどいので、一度には片付かない。1年、2年と、年単位でゆっくりやればいい。
比較的多そうで且つ厄介そうなケース、「ズボラな小金持ち親」と「忙しいしなんだか色々面倒で帰省は年に1、2回の子」の場合、エンディングノート作ろうかと持ち掛けてから、帰省頻度を増やして1テーマごとに埋めていく、みたいな作業を想像した方がいいかなと思う。エンディングノートを作ることで親子関係を和らげて距離を近づけていく作戦。平行して介護が始まってきたりするんだよね…。
今日は通帳を整理したから乾杯!また再来月来るからそれまでに保険証とか、暇なときに探しといてねーと声をかけておく、次の帰省までの間にも連絡を入れて雑談をしつつ「見つかった?」と聞いておく、みたいな、まめな営業努力が効いてくる。通帳を整理し終わったはずなのに忘れてた通帳が出てきた、出てきたけどその通帳はとっくの昔に口座解約してたやつだった、みたいなことも起きます。でもまぁそれが笑い話になったりするので。
自分のことで言えば、これらの作業を両親とやっていたら、なぜか押し入れの奥から父の結婚当初の給与明細の束が出てきたり、両親の結婚前デート写真が出てきたり、新婚旅行の時のメモノートが出てきたりとめちゃ楽しかった。照れて無口になる父、はしゃぐ母、はしゃいだ母は記憶力がぐんぐん回復していって笑った。
親子関係を改善しつつ、楽しくエンディングノート作りをある程度進めていくと、親の方からぽつりぽつりと、聞きにくいことを話してくれたりするようになる。人間関係構築は偉大。
父親が三男、母親が姉妹の長女だったので、母方の墓を引き継ぐんだろな…と漠然と思っていたのだが、母方の祖母(父にとっての義母)が100才近くで元気なのに、先に父が病気で余命宣告が出てしまったので、墓の所有者である祖母よりも先に娘婿である父が墓に入る可能性が高まっていた。
実は、父と、母方の祖母はあまり仲が良くなくて、母と私は「お父さん、お墓どうしようかねぇ…」と悩んでいたのだった。
父は、仲が良くない義理の関係の墓に入りたくないのではないか、それなら別に墓を用意するなり樹木葬みたいにしてもいいよね、と母と私は話していたのだが、一方で、母としては姉妹なので、実家の墓を継ぐ人がいなくなってしまう心配もしていた。お父さんは海に撒いてくれと言ってたけど私は一緒のお墓がいいのよね…とか、別に墓を買えばいいじゃん檀家の金もかかるしおばあちゃんが死んだら合祀しよう、とか、合祀にもお金かかるねぇ…なんて母と娘は少し前に話をしてはいたのだ。でも言い出せず。
ある時、余命カウントダウン中の父の病床で、子供たちと孫たちに囲まれて、私は父のそばで通帳とかの整理をしていた(生々しい)時に、父が私に「東京の爺さん(母方)の墓に入るから、よろしく頼むよ」と言ってきた。お父さんそれでいいの?嫌じゃない?と聞いたら、まぁ婆さんはアレだったが爺さんにはさんざん世話になったしなぁ!色々面倒だろうからお前頼んだよ、と言われた。
もし順当に「祖母死去→母に墓を相続→父or母が墓に入る」であれば簡単だったのだが、順番が逆になってしまったので、実際ちょっと面倒だった。祖母と叔母(墓にまつわる利害関係者)への相談と許諾をもらったり、何やら一筆書いたり、父のカウントダウンと追いかけっこで奔走した。もっと早くに聞けてればなぁと思ったが、まぁそれもタイミングだし、しょうがない。病床で、傍らに金勘定してる娘がいて孫がわらわらしているところで「俺はあの墓に入るぞ!」といった父の話は今でも家族の間で語り草の笑い話だよ。
母は、まぁ父の死の片づけをしたわけで、「自分の時はもっと効率的にやるわよー」と張り切っていたが、やはり割と急スピードで病を得て亡くなったので、志半ばという感じだったかもしれない。エンディングノートこそ作らなかったが、財産関連の書類はファイルに整理されており、友人関係については娘の私がかなり把握していたので、多くの人に葬式に来てもらえてよかった。ご近所のお友達はもちろん、中学高校時代からの長い付き合いのお友達や、職場の友人や転勤先で仲良くしていた友人や、私も知っている人や私も知らない人や、大勢が母の思い出を私たちに話してくれて、それがとてもよかった。
父は、生前自分のことを語らない男(昔の男性は割とそういうところがある)だったのだが、闘病が長くゆるゆると終活を付き合ったので、その端々で父がぽつぽつと話してくれた色々なことが記憶に残っている。
そして余命カウントダウン期間に「会っておきたい人をリストアップして!」と父に命令をしたので、大勢の人に見舞いに来てもらえた。なので正直、葬式の時はかなりラクチンだった。連絡先を聞いておけたし父の古い友人の中から葬式の手伝いをしてくれる人もいて、大学の仲間がだいたい何人ぐらいくるよ!とか、職場OBがだいたい何人くるよ、とか、取りまとめてくれて葬式代の見積がめっちゃ捗った。お父さん人望あったんだなぁ…だっていいやつだったもんなーお父さん、と、しんとした通夜の夜にポロリとしたりね。
何ていうか、「死ぬ」というのは人生の時間の中の一つの点ではあるのだが、一方で、その一つの点である死に向かう状態が延々と続いていくのが人生、特に老人の人生なんだよなと思う。
終活は、1カ月でで終わらせる!ということではなく、徐々にゆっくり何年も時間をかけて死んでいくタイムラインのなかで整理をしていくことで、その「整理する時間」ごと思い出になったりするような、妙に充実する時間だったような気もする。文化祭は当日より準備が思い出深い、みたいなことというか…。
親の終活を手伝うことで親との関係が良くなったりなんか味わい深い思い出が増えたりするから、早いうちから、家庭内イベントとしてやるのがいいのかもしんない。
一般的にはエンディングノート業界では、エンディングノートは定期的に(数年に1度)見直して、変わったところがあったら修正しておきましょう、とか言われている。まぁ生きていれば当然、財産の状態も友人関係も変化をするからね。なので「財産目録を作らねば」とか「エンディングノートを書いてもらわねば」というよりも、親子ですごく間遠な感じの過去日記をつける、みたいな取り組み方なのかもしれないな。
ここは領収書が無い「だけ」で経費として認めないのは難しいのではないかと思われる。
税務調査で所得が増加する指摘された後に後出しで領収書を大量に提出してという経費を増やそうとするケースがあるが法人税だとこれを国税側が全て反面調査で裏を取ってその領収書が存在しない、若しくは経費として算入できないことを確認する。なぜなら国税側に立証責任があるため。
2023年からは税制改正により証拠書類のない簿外経費の必要経費不算入・損金不算入措置が追加されので反面を取る必要が無くなるが、これは簿外経費とあるように後出しの経費について適用されるもので、領収書が無いだけで帳簿には計上している経費については引き続き反面調査で裏取りしなければならない。
前提としてColabo側が実際に事業に必要な支出をしていた、とするならば帳簿に記載しているので正しいと主張は可能。裏取ってくれば分かりますけど?と言ってしまえばいいのである。この裏取りをせずに領収書が無いというだけで経費として認めないと決定してしまえば訴訟の可能性がある。刑事訴訟法では自らが作成した「帳簿」にも証拠能力が認められていたりするので。
実態の無い経費であれば自分なら今すぐ文房具屋に走って領収書作るね。あとは裏取りでなんでもすればいかがですか?とご丁寧に対応する。その後は東京都が調査に割くマンパワーがあるかどうかによるが、勝算は十分にあると思う。(追記:ここ冗談やで…。本気にしたのなら本当にごめんなさい。)
とここまで書いておいてあれなんだけど監査結果報告ではどの程度領収書が無い経費があったのかが分からないので何とも言いようがない。数万円かもしれないし、数百万円かもしれない。これについては続報待ちが正しいかと。普通の法人でも割り勘した時とか、お見舞い渡した時とか領収書が無い場合あるけどその時は支払証明書作成するか、帳簿への記載とそのお金の流れが把握できれば実際にOKだしね。税務上は。
ここは各々がそれぞれの会計知識でコメントしているので論点が見えにくくて困る。
後出しで表3を作成した、という認識のブクマカが多いのだが、それを判断する情報は無いと思う。
まずこの表は予算の実績報告ということを念頭に置く必要がある。
一般社団法人の財務諸表は公益法人会計基準(一般社団法人は公益法人では無いが、会計は公益法人会計基準を適用するのが一般的)にて作成されるのだが、予算準拠主義が2002年に廃止されているので予算を作成する必要が無く大抵の一般社団法人は予算書を作成していない。もともと自治体への報告用だからね。
よってまず自社の財務諸表(貸借対照表、正味財産増減計算書、キャッシュフロー計算書、財産目録など)を作成し、その金額を予算実績報告に転記するという流れになる。
各事業にまたがる費用、例えば職員が全ての事業に加え事務にも関わる場合、いわゆる共通費用となるその給与を収益事業、非収益事業、管理費に按分基準を用いて各事業に配賦する必要がある。
科目に応じて従事、職員数、使用などがあったり、全てを収益に応じた処理をする法人もあるが、決まりとしては「合理的」と定められているだけなので他の基準を使用することもできる。
ただここは自治体の監査や税務調査でも必ず指摘される事項なので、按分していない経費や不明瞭な基準(不統一は別に構わないと思う。ガイドラインでも費目に応じて基準が違うし)があるのは杜撰と言われて当然。税理士付いててこれかよ、という印象。会計ソフトにどの費目にどの基準でその基準をそれぞれ何%にするか設定する機能があるしね。かといって鬼の首を取ったかのように騒ぐ程度でも無い。会計ソフトの設定ミスかもしれないし、その基準の変更によってどの程度金額が変動するか判断する情報も無いので。
で表3に戻るんだけど、上記を考慮して弁護団の予算を超えた科目は自主事業に振替えた、という説明を合わせるとその振替前の委託事業の費目と見ることもできる。
前述の通り公益法人会計基準では予算準拠主義が廃止され予算書を作成しないので正味財産増減計算書の委託事業部門と予算実績報告は連動しておらず、予算実績報告は別途作成しているものと思われる。表3は単に委託事業部門の正味財産増減計算書ではないかと。
この辺りの報告の仕方は保育園を営む社会福法人と似てるんだよね。こちらは予算準拠主義のため、予算書を自治体に提出する義務があり、予算を超過している場合は指導監査の対象となってしまうが、その予算超過は科目間流用や科目の予算そのものを補正することによって回避させる。概算払いも一緒だし。これ予算については社会福祉法人に準拠させてるんじゃないかな。あの予算ぴったりに報告する様を見てそう思ったよ。暇空さんの指摘の科目によっては第4四半期がマイナス計上になるところも予算超過回避で他事業に振替えたってところも似ている。
でこれもここまで書いておいて後出しか単に委託事業の正味財産増減計算書を出しただけなのか断言できる情報が無い。監査の領収書と帳簿を見て作成したってまんま単なる正味財産増減計算書のこととも言えるからね。
現時点では何も分からん。
・かつて安倍晋三に保険行政裁判を訴えた資料、宗教2世で苦労した記録 →安倍暗殺事件あり、統一教会が注目された
・家族が病院で虐待された記録 →医療ミス死亡や保育士虐待事件が公になった
・明治時代の損害保険会社の悪行の記録 →裁判所が記録目録に書かない →裁判官忌避 →海上保険業界がロシア制裁
・現代の生命保険会社と宗教団体の共謀の記録 →どうしてかリアクションがない(とても報道できないのか)
なお、昔の裁判では
・東京弁護士会の保険会社工作員弁護士を訴え →東日本大震災・原発事故 →東京の弁護士たち臨時収入を得る
その他
・東京高裁判事に裁判官訴追請求 →判事引退につき却下 →岡口基一という高裁判事が分限処分 →判事、高層ビルの大手事務所にご就職
裁判所や法曹やメディア大手がディープ・ステート(アメリカロシア)の末端かと思うほどだw
そもそも自分も事故と見せかけて暗殺されかけたからこうなっている
しかし巻き込まれ裁判も暗殺者側の掌の上、司法関係施設では、ほぼ怪しげな人物にしか出会わない
工作員弁護士らは懲戒請求時効3年を逃げ切ろうと、カモった客に、3年間はガンガン妨害工作をする
法律業者・医療業者は殺人すらいとわない駒ばかりだろうし、先読み先回りして罠を仕掛けてるだろう、と予想だけはしてる
ヌルヌルした上から目線のニセ市民活動団体は知らない振りを決め込むだけだ
提示されている解決策が、現実的とは言えないが、事実誤認も多そうなので、自分が知ってる派遣事情を書いてみる。
> 2、最低賃金2000円へ。
派遣社員に対して、派遣会社が払っている金額はこれぐらい、むしろこれ以上払っているケースが多いとも聞く。資格が必要な専門職でなので、妥当な金額でしょう。
> 事務補助で雇用される非正規職員が正規職員と同等の給与を貰うことは難しいよね。だって同一労働じゃないからね。
> 大学図書館は財源として学費があるからまだマシで、だからきちんと正規雇用されるよね。
大学の方がひどい状況だと聞いています。図書館司書全員が、非正規雇用で業務を回しており、もちろん専門的な仕事のリファレンスサービス・目録作成・システム導入など、基本的な仕事はすべて派遣が回しており、司書免許持ちも半数以下のケースもあるそう。
なので、業務が回らず、教員への貸し出しサービスなどが滞ったり、最悪のケースで業務を知っている非正規雇用(派遣)社員が全員退職し、一時閉館したケースも。
どうして、大学(特に私立)でそういうケースが発生するかというと、大手書籍納入会社が派遣事業も請負っており、書籍購入を一本化して割引する代わりに、派遣のお仕事をすべて任されている状態になっており、直接雇用や、正規雇用の職がほとんどない状況が続いていたこと。
加えて、ブコメ等でも指摘のあるとおり、人気職だったため、一定以上のスキルを持った派遣社員が集まる状況だったため、買いたたき状態が横行していた様子です。
少子化で、大学予算がコスト削減のあおりを一番に受けたこと、書籍販売の不審で、書籍業界が利益の取れる場所に乗り出したこと、氷河期世代のスキルあり司書が大勢いたことなど、いくつもの条件が買いたたきが横行する状態になっていたためにここまで状況が悪化した様子。一応、上記の通り派遣の仕事を見限る人が増えてきたため、職場崩壊の後に、多少ましな環境になっているかもしれない。(とはいえ、派遣の単価は最低賃金+αで、変わっていないと聞く)
一番の問題は、派遣会社による、雇用の寡占状態が作り出されていることなので、司書免許を発行している文科省とは別に外郭団体として、司書組合を作って、そこで司書の紹介業を行うとか、司書の価値を損ねないための仕組みづくり。というのが必要で、たとえば、大学図書館の蔵書数に対する司書割合を策定するとか。業界団体としての動きが弱いことが、一つ問題としてありそうなので、提言自体に賛成できることは少ないが、これを機運といして、図書館と司書の意義を再定義していくことが大事なんじゃないかと思う限りです。
「いとこ婚の資産還流」自体初耳です。検索しても1件も出てこないし、「いとこ婚 相続」でも、それらしい話は出てこないです。そもそも「資産還流」って「相続資産を温存する」って意味では使わない言葉のような気がしますけど。「還流」は「どこかに行ったものが戻ってくる」って意味で、「資産還流」は地域とか国家単位での資産の移動を指す言葉でしょ。
相続の場合、そもそも故人の資産が一度国税に入った後で戻ってきたりはしてない。資産目録を作って、相続税を計算して、それを納付するわけで、「還流」って言い回しはおかしいですよね。
「いとこと結婚すると、その相手は相続税を節税できる」ということと「他人と結婚すると、その相手は相続税を節税できる」ということにどういう違いがあるんでしょうか。そこに愛があるかどうか、なんてのはどっちにも言えることですし、他人と結婚した場合だって、その「他人」は故人の係累、資産家一族の一員になるわけですから、「資産家一族は資産家一族のままに庶民一族は庶民のままにと固定化が発生してしまう」というのも、別にいとこ婚に限ったことでもないでしょう。
日本の相続制度は、横方向(同世代)の配偶者は配偶者控除で比較的厚遇されるけど、それ以外の相手(典型的には次の世代となる子や孫)への承継ではしっかり取られる仕組みです。いとこ婚で同世代の資産リレーはできても(といっても1.6億以上は普通に課税されますけど)、2人の間に次世代の子がいなければ、その財産は結局いとこの死亡時に国庫に入るのでは?
売れているジャンルの漫画ですら、1巻無料にして、2巻以降だったり、原作小説の価格を上げるといったことをしないといけなくなっている。
1巻無料の数はそれなりにあり、人を集めるための広告の役割を担っているわけだが、サーバー台はかかるわけで、他の販売価格に上乗せされる。
漫画以外だと、立ち読み機能があったとしても、目次と最初数ページ、目録くらいしか読めず、ほぼジャケ買いに近い。
セール品は売れるだろうが、それは期間限定だから、ハズレでもある程度許容できるという心理があるはずだ。
じゃあサブスクリプションはどうかというと、
ロングテールとか言われていたが、それは例外だからニュースバリューがあったのであって、
実際は新作しか売れないし、しかも消費できないくらい新作を投入し続けないとサブスクリプションは成立しない。
動画で稼いでいる少数の人はネタとして買うだろうが、それくらいじゃないか。
もう知識を残すとか、そういうのは成立しなくなる気がしているがどうだろうか。