「チャイコフスキー」を含む日記 RSS

はてなキーワード: チャイコフスキーとは

2019-08-25

anond:20190825151139

オー人事オー人事 脳内BGM再生された。あれ曲名はなんなんだろう。ググれ

チャイコフスキー 弦楽セレナーデ だった。

Ctrl+P って Ctrl+Vの間違い? C V はセットで使いますからねぇ。

エクセルが使えるとは……必要な処理をするマクロが作れることでは?関数ググるよりもFunction作った方が速くね?

2019-07-27

HIV血液検査

HIV検査に行ってきた事を書きます男性同性愛者です。二十代後半。

ネット経由でAIDSの恐ろしさや、感染してしまった際の金銭的・精神負担を知る。

デブで息の臭いおっさんに無理矢理組み敷かれ、ナマでヤラれてしまった経験があったため、不安になり検査を受けようと決意。

自治体が行なっている検査について調べてみる。『オンラインでの事前予約が必要だが、即日結果を教えてもらえる』ものと、『予約不要ではあるが、結果が出るまで一週間待たされる』と二種類あることがわかった。(どちらも定員人数あり。無料。)

しかしながら、前者は速攻で予約が埋まってしまう。これは東京都などでも同じらしい。HIV感染に対して心当たりがある人が意外に多いことに驚く。一週間やきもきした気持ちで結果を待つのは嫌だったが、仕方がない。

検査会場に行く。ごく普通ビルの中で催されている。受付で赤い番号札を貰い、渡された書類記載していく。氏名・住所・電話番号などの個人情報を書く欄は設けられていない。

来場者を案内しているボランティアスタッフは、初老女性ほとんどであった。

対照的に、検査を受けに来ているのは老若男女問わず幅広い層である女性割合が思ったより多い。これは偏見だが、服装などから何となくセックスワーカーなのではと思った。なぜかはわからないけれど、ひとり机に伏して号泣している女性がいた。

人が多い割に誰も言葉を発さないので、不安気持ちエスカレートするばかりだ。

ヒーリング系オルゴールBGMだった。チャイコフスキーの『金平糖の踊り』のメロディーがお通夜のような雰囲気さらに盛り立てる。

壁には大きなパッチワークが貼ってあり、『ONE FOR ALL, ALL FOR ONE』という文字が縫い付けてある。体育祭スローガンかよ。

20分くらいしてようやく番号を呼ばれる。会場の奥にある、4人掛けのテーブルがある個室へ案内される。まず女性スタッフに記入した用紙を渡し、内容を口頭で確認する。最後不安セックスをしたのはいつですとか、僕は男性セックスしますとか。もう慣れているのだろう、スタッフ淡々メモしていく。

「多分もうご存知だとは思いますが...」との前置きの後に、HIV感染経緯とAIDS発症について説明を受ける。

私の母より高齢と思われる女性の口からペニス』『膣』『精液』というワードが発せられるのを聞いていると、何だかいたたまれない気持ちになってくる。

採血後に渡す交換用紙を持参して頂かないと検査結果は開示できない、氏名や住所などの個人情報は一切記録していないことなどを念押しされる。

そのまま採血のための個室へ移動する。他の受験者と二人ずつ採血を行う。「この針は未使用で使い回しじゃないんですよ、きちんと確認して下さいね」と言われる。ハイわかりましたと言いながら針が装着されるのを目視する。隣の40代くらいの男性が「もっとちゃんと針を確認させてくれ」と少しイラついた声を出す。

採血が終わったあとは、そのまま退場する。

一週間の不安地獄のあと、仕事帰りにまた会場へ赴く。

今度は受付で青い番号札を貰う。どのタイミングか忘れたけれど、多分この時に検査結果の交換用紙を提出したはず。

相変わらず来場者は多い。おそらく50代くらいの、やたらファンシードレスを着た女性の姿を見る。顔には紫色のアザが出ていて、おそらくあれはAIDSの初期症状だ。

椅子に掛けながら番号が呼ばれるのを待つ。すると、日焼けした健康そうな大学生くらいの男の子が隣にやってきた。不安なのだろう、何となく私に話しかけたいような気配をしばらく感じたが、こんなところで誰かと関わるのは嫌だったので無視した。

番号が呼ばれた。個室に案内され、席に着く。貧血のような感じがする。顔が冷たくって手の感覚があまりなく、めまいがする。感染してたらどうしよう、怖いなぁ。私の身体に紫のアザがびっしりと浮かぶイメージ脳裏によぎる。泣き崩れる母、頭を抱える父の姿を思う。あの時、なぜオッさんに嫌ですやめてって言えなかったの。

封筒を持った女性スタッフ(前回とは別)に中身を確認してよいかと訊かれ、はいと答える。

封が切られる。取り出される用紙。結果欄には『陰性』の文字

安心した?」とおばさんスタッフが笑いかけるので私も笑顔はいと答えた。

2018-08-16

anond:20180815142355

JPOPに限定してはないな?ならば1812年チャイコフスキー)だ

大砲がないと演奏できないというトリビアにも出た曲

2018-08-08

クラシックオタがららマジに問いたいこと

ららマジというコンテンツがある。「キミと奏でる、音と魔法の学園RPG。」だそうだ。こんなこと言ってる時点でもう丸わかりだが、完全なる未プレイのままこれを書いている

そして自己紹介をすると、クラシックオタであるオタクと言ってもどれくらいかという話だが、バッハからギリギリウェーベルンまでと言った感じである

ルネサンスの完全ポリフォニー音楽は正直よくわからんし、ウェーベルンで十二音音楽ギリギリって程度で、ベルクとか分からんし、セリエ音楽とか完全にダメである

まあ要はクラシックオタとしては及第点ぐらいなのではないかという感じだ。自分で思っているだけだが、流石に新ウィーン楽派必修はキツすぎるしこんなもんだろう

そして、ららマジの存在は知っているのだが、それ故に全く手を付ける気になれない

要はミリヲタ艦これ文句つけてるアレである。知ってるとどうしたってアラが見えてしまうのだ

というわけで以降アラをあげつらう。ただ、最初に書いておくが、クラシックを題材に据えてくれたことそれ自体には感謝したい。大概な過疎界隈なので…

ワグナーチューバ

まず最初に引っかかったのがこれである。ワグナーチューバ専がいたのだ。おそらく人類初のワグナーチューバ専の演奏者ではないか

どういうことか説明する。ワグナーチューバとかその名の通りリヒャルト・ワグナーが導入した楽器である

問題はその役割である。ワグナーチューバというのは、端的に言うとホルン奏者が持ち替えで吹くチューバ、要は補助楽器なのである

まず楽曲に登場する際もその様な管弦合奏の中での役割しか無い。無論ワグナーチューバ独奏曲なるものも地上には殆ど存在していないと思われる

ワグナーチューバ専の彼女が何の為に生きているか深刻に謎なのだもっと彼女存在意義を明らかにして欲しい

単にワグナーチューバちょっと奇を衒ったチョイスだと思ってこんなことをしたのなら…正直それは最もオタクが憎むところである

まず器楽部ってなんだよ

さっきの発想を拡大していけば自然とこういう結論が導き出されるのだ

まず編成が滅茶苦茶である。ワグナーチューバは勿論だが、なぜか胡弓がいる。譚盾でもやるのか?

ピッコロフルート奏者と、ファゴットコントラファゴット奏者とそれぞれ別々ににいるし、オーボエもいないのになぜかイングリッシュホルンがいる

というか弦楽合奏縁の下の力持ちヴィオラがいない。クラシックやる気ねえだろお前

まず、各楽器一人づつしかいないのが致命的におかしい。これで合奏なんかできるわけないじゃないか

室内楽やるとしても室内楽の友であるピアノが居ないのである

一応確認してみたが、弦楽合奏ヴィオラが居ないのでまずどの編成も無理だし、金管五重奏をやるにはチューバがいないし

オーボエも居ないので木管五重奏も出来ない(イングリッシュホルンの奴を強制的オーボエに持ち替えさせればイケなくはないが)

率直に言ってこの部活、端から演奏活動をする気があるとは思えないのである演奏活動をしない音楽部ってなんだ?

まだ楽器弾けないクラシックオタが放課後に集まって一緒にクラシック聞く方がよほど真面目に部活動してると言えそうである

チューナーとはなんぞや

器楽部の存在自体が謎なら主人公たるチューナーくんも謎である

まず何のチューナーなのかが全く聞こえてこない。そこ、いちばん重要情報である

…が、状況を見れば十中八九ピアノ調律師であろう。そうすると次の問題が出てきて、器楽部なんかで遊ばずにピアノ調律師の専門学校へ行けということだ

ピアノの「チューニング自体は、実は器具さえあればクソ簡単である。あれは打弦楽器であり、本質的ギターチューニングと同じなんだから当然だ

ピアノ調律」のミソはピアノ全体の調整、とりわけハンマーの調整である。逆にここは素人が立ち入れるところでは全く無い

というかピアノ調律師は国家資格なのである。苟もこんな場所で遊んでいる暇などないはずなのだ

(ただ、ピアノ調律師なのではないかという推測は、チューナーくんがあれほどモテモテ事実への一つの根拠となる気がしている

ピアノ調律師はピアノ全体の調整をやらなきゃいけない都合上、一定程度のピアノ演奏の腕を持っていると考えていい

…そうピアノ奏者である室内楽をやりたい器楽部に致命的に欠けていたピアノ奏者がここにいるのだ

ピアノとの二重奏による室内楽ソナタというのは各楽器に果てしなくあり、というかほぼその楽器独奏曲レパートリーと言っていい

ピアノ演奏ができる、そして部員としてそれぐらいしかすることのないチューナーくんは引っ張りだこになること請け合いなのである

曲のチョイスが見るからにアレ

ここまではららマジの方に100%非があることだと思っているが、これはららマジの方の非が50%、この増田の方の非が50%ぐらいだと思う

要は多分に好みの問題であり、オタクがクッソ面倒な所以である

その前置きをした上で言うが、ららマジの曲チョイスはクラシックへの愛が欠片も感じられず、はっきり言って嫌悪感がするのである

とりあえず幕と元ネタ対応だが

Act 1「いばら姫」:バレエ音楽眠れる森の美女」(チャイコフスキー

Act 2「アマデウス」:モーツァルト

Act 3「どうにもとまらない」:「どうにもとまらない」(山本リンダ

Act 4「マイフェアレディ」:ミュージカルマイ・フェア・レディ」(フレデリックロウ

Act 5「ある晴れた日に」:歌劇蝶々夫人」(プッチーニ

Act 6「学園天国」:「学園天国」(フィンガー5

Act 7「マランドリーノ」:喜歌劇「怪盗団/山賊仕業」(スッペ)

Act 8「出囃子」:出囃子

Act 9「美しく蒼きドナウ」:「美しく青きドナウ」(ヨハン・シュトラウス2世

Act 10「雨だれ」:「24の前奏曲」(ショパン

Act 11ハッピーアンバースデイソング」:映画ふしぎの国のアリス」(オリバー・ウォレス

Act 12「カノホナピリカイ」:フラソング「カノホナピリカイ」(ケアリィ・レイシェル編曲

まず、クラシック全然ない。POPソングを選ばんでくれ

クラシック好きと言うのはガチ選民思想的なところがあり、こういう事をされると相当カチンと来るのである

そんなPOPなチョイスしたいなら吉松隆でも選べばいいじゃないか

数少ないクラシックのチョイスにしても、スッペの怪盗団を選んだ所以外全く評価できるところがない

24の前奏曲から第15番を選び、更にそれに「雨だれ」の題名を冠するのとか最悪である

今どきベト5を「運命が扉を叩く音」と言い出すぐらい古臭い最低なセンスである

音楽を、ただ音楽それ自体を聴いてくれ。エピソードはそれをやったもののみが語るべき要素である

終わりに

じゃあ具体的にどうしてほしいかはまた記事を下につなげて書くことにする

2018-06-25

anond:20180625154706

無音のオケ映像の冒頭から曲名を当てるかー

特徴的なのはベートーヴェン運命指揮者の手振りで簡単)、ストラヴィンスキー春の祭典(冒頭のファゴットソロでわかる)、リヒャルト・シュトラウスツァラトゥストラはかく語りき(ラッパが映って、全体にカメラが回ってティンパニカメラが変わって奏者が長く同じ音を叩き続ける・・・まででわかるかな)、あとは冒頭から出せるのって結構むずいか

特徴的なところだけ抜き出すならチャイコフスキーの1812年とかベートーヴェンの第九なんかもありかな

グスタフ・クリムトクイズ番組出るなら知ってて当然問題だと思う。

2018-01-13

この記事は半保護されています。(半保護の方針による半保護) ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 曖昧さ回避ベートーヴェンベートーベン、ヴァン・ベートーヴェン」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「ベートーヴェン (曖昧さ回避)」をご覧ください。 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン Ludwig van Beethoven Beethoven.jpg 基本情報 別名 楽聖 生誕 1770年12月16日頃 出身地 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、ボン 死没 1827年3月26日(56歳没) オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国ウィーン ジャンル 古典派音楽 活動期間 1792 - 1827 ベートーヴェンのサイン ウィキポータル クラシック音楽 ポータル クラシック音楽 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(独: Ludwig van Beethoven、標準ドイツ語ではルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェンに近い[1]、1770年12月16日頃[2] - 1827年3月26日)は、ドイツの作曲家。J.S.バッハ等と並んで音楽史上極めて重要な作曲家であり、日本では「楽聖」とも呼ばれる。その作品は古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされている。 目次 [非表示] 1 生涯 2 作風 2.1 初期 2.2 中期 2.3 後期 3 後世の音楽家への影響と評価 4 芸術観 5 思想 6 人物 6.1 名前 6.2 ベートーヴェンフリーメイソンリー 7 死因また健康について 7.1 聴覚障害について 8 親族 9 弟子 10 代表作 10.1 交響曲(全9曲) 10.2 管弦楽曲 10.3 協奏曲、協奏的作品 10.4 室内楽曲 10.5 ピアノ曲 10.6 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品 10.7 宗教曲 10.8 歌曲 11 著作 12 伝記 13 脚注 14 参考文献 15 関連項目 16 外部リンク 16.1 録音ファイル 16.2 伝記 生涯 ベートーヴェン(1803年) 1770年12月16日頃、神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ領)のボンにおいて、父ヨハンと、宮廷料理人の娘である母マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)の長男[3]として生まれる。ベートーヴェン一家はボンのケルン選帝侯宮廷の歌手(後に楽長)であり、幼少のベートーヴェンも慕っていた、祖父ルートヴィヒの援助により生計を立てていた。ベートーヴェンの父も宮廷歌手(テノール)[4]であったが、元来無類の酒好きであったために収入は途絶えがちで、1773年に祖父が亡くなると生活は困窮した。1774年頃よりベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、虐待とも言えるほどの苛烈を極める音楽のスパルタ教育を受けたことから、一時は音楽そのものに対して強い嫌悪感すら抱くようにまでなってしまった。1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年11歳の時よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。 1787年、16歳のベートーヴェンウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問したが、最愛の母マリアの危篤の報を受けてボンに戻った。母はまもなく死没し(肺結核)[5]、母の死後は、アルコール依存症となり失職した父に代わり、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごした。 1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められて弟子入りを許され、11月にはウィーンに移住し(12月に父死去)、まもなく、ピアノ即興演奏の名手(ヴィルトゥオーゾ)として広く名声を博した。 20歳代後半ごろより持病の難聴(原因については諸説あり、鉛中毒説が通説)が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死にも等しい絶望感から、1802年には『ハイリゲンシュタットの遺書』をしたため自殺も考えたが、彼自身の芸術(音楽)への強い情熱をもってこの苦悩を乗り越え、再び生きる意欲を得て新たな芸術の道へと進んでいくことになる。 1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(ロマン・ロランによる表現)と呼ばれる時期となる。その後、ピアニスト兼作曲家から、完全に作曲専業へと移った。 40歳頃(晩年の約15年)には全聾となっり、更に神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられた。加えて、度々非行に走ったり自殺未遂を起こすなどした甥カールの後見人として苦悩するなどして一時作曲が停滞したが、そうした苦悩の中で書き上げた交響曲第9番や『ミサ・ソレムニス』といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は彼の未曾有の境地の高さを示すものであった。 1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も併発するなど病状が急激に悪化し、以後病臥に伏す。病床の中で10番目の交響曲に着手するも未完成のまま翌1827年3月26日、肝硬変のため56年の生涯を終えた。その葬儀には2万人もの人々が参列するという異例のものとなった。この葬儀には、翌年亡くなるシューベルトも参列している。 作風 初期 作曲家としてデビューしたての頃は耳疾に悩まされることもなく、古典派様式に忠実な明るく活気に満ちた作品を書いていた。この作風は、ハイドンモーツァルトの強い影響下にあるためとの指摘もある[6]。 中期 1802年の一度目の危機とは、遺書を書いた精神的な危機である。ベートーヴェンはこの危機を、ウィーン古典派の形式を再発見する事により脱出した。つまりウィーン古典派の2人の先達よりも、素材としての動機の発展や展開・変容を徹底して重視し、形式的・構成的なものを追求した。この後は中期と呼ばれ、コーダの拡張など古典派形式の拡大に成功した。 中期の交響曲はメヌエットではなくスケルツォの導入(第2番以降)、従来のソナタ形式を飛躍的に拡大(第3番)、旋律のもととなる動機やリズムの徹底操作(第5、7番)、標題的要素(第6番)、楽章の連結(第5、6番)、5楽章形式(6番)など、革新的な技法を編み出している。その作品は、古典派の様式美とロマン主義とをきわめて高い次元で両立させており、音楽の理想的存在として、以後の作曲家に影響を与えた。第5交響曲に典型的に示されている「暗→明」、「苦悩を突き抜け歓喜へ至る」という図式は劇性構成の規範となり、後のロマン派の多くの作品がこれに追随した。 これらのベートーヴェンの要求は必然的に「演奏人数の増加」と結びつき、その人数で生み出される人生を鼓舞するかのような強音やすすり泣くような弱音は多くの音楽家を刺激した。 後期 1818年の二度目の危機の時には後期の序曲集に代表される様にスランプに陥っていたが、ホモフォニー全盛であった当時においてバッハの遺産、対位法つまりポリフォニーを研究した。対位法は中期においても部分的には用いられたが、大々的に取り入れる事に成功し危機を乗り越えた。変奏曲やフーガはここに究められた。これにより晩年の弦楽四重奏曲ピアノソナタ、『ミサ・ソレムニス』、『ディアベリ変奏曲』、交響曲第9番などの後期の代表作が作られた。 後世の音楽家への影響と評価 ベートーヴェンの音楽界への寄与は甚だ大きく、彼以降の音楽家は大なり小なり彼の影響を受けている。 ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式・私的行事における機会音楽として作曲されたものがほとんどであった。ベートーヴェンはそうしたパトロンとの主従関係(および、そのための音楽)を拒否し、大衆に向けた作品を発表する音楽家の嚆矢となった。音楽家=芸術家であると公言した彼の態度表明、また一作一作が芸術作品として意味を持つ創作であったことは、音楽の歴史において重要な分岐点であり革命的とも言える出来事であった。 中でもワーグナーは、ベートーヴェン交響曲第9番における「詩と音楽の融合」という理念に触発され、ロマン派音楽の急先鋒として、その理念をより押し進め、楽劇を生み出した。また、その表現のため、豊かな管弦楽法により音響効果を増大させ、ベートーヴェンの用いた古典的な和声法を解体し、トリスタン和音に代表される革新的和声で調性を拡大した。 一方のブラームスは、ロマン派の時代に生きながらもワーグナー派とは一線を画し、あくまでもベートーヴェンの堅固な構成と劇的な展開による古典的音楽形式の構築という面を受け継ぎ、ロマン派の時代の中で音楽形式的には古典派的な作風を保った。しかし、旋律や和声などの音楽自体に溢れる叙情性はロマン派以外の何者でもなかった。また、この古典的形式における劇的な展開と構成という側面はブラームスのみならず、ドヴォルザークチャイコフスキー、20世紀においてはシェーンベルクバルトークプロコフィエフショスタコーヴィチラッヘンマンにまで影響を与えている。 芸術観 同時代のロマン派を代表する芸術家E.T.A.ホフマンは、ベートーヴェンの芸術を褒め称え、自分たちロマン派の陣営に引き入れようとしたが、ベートーヴェンは当時のロマン派の、形式的な統一感を無視した、感傷性と感情表現に代表される芸術からは距離を置いた。ベートーヴェンが注目したものは、同時代の文芸ではゲーテやシラー、また古くはウィリアム・シェイクスピアらのものであり、本業の音楽ではバッハ、ヘンデルモーツァルトなどから影響を受けた[7]。 ベートーヴェンが「前衛」であったのかどうかは、多くの音楽学者で見解が分かれる。原博は「ベートーヴェンは前衛ではない」と言い切り[8]、彼は当時の「交響曲」「協奏曲」「ソナタ」「変奏曲」などの構造モデルに準拠し、発案した新ジャンルというものは存在しない。ただし、「メトロノームの活用」「母語での速度表示」「ピアノの構造強化と音域の拡張」「楽曲の大規模化」「大胆な管弦楽法」「演奏不可能への挑戦」「騒音の導入(戦争交響曲)」など、後世の作曲家に与えた影響は計り知れないものがある。 思想 ベートーヴェンカトリックであったが敬虔なキリスト教徒とはいえなかった。『ミサ・ソレムニス』の作曲においてさえも「キリストなどただの磔(はりつけ)にされたユダヤ人に過ぎない」と発言した。ホメロスプラトンなどの古代ギリシア思想に共感し、バガヴァッド・ギーターを読み込むなどしてインド哲学に近づき、ゲーテやシラーなどの教養人にも見られる異端とされる汎神論的な考えを持つに至った。彼の未完に終わった交響曲第10番においては、キリスト教的世界と、ギリシア的世界との融合を目標にしていたとされる。これはゲーテが『ファウスト』第2部で試みたことであったが、ベートーヴェンの生存中は第1部のみが発表され、第2部はベートーヴェンの死後に発表された。権威にとらわれない宗教観が、『ミサ・ソレムニス』や交響曲第9番につながった。 また哲学者カントの思想にも触れ、カントの講義に出席する事も企画していたといわれる[7]。 政治思想的には自由主義者であり、リベラル進歩的政治思想を持っていた。このことを隠さなかったためメッテルニヒウィーン体制では反体制分子と見られた。 その他にも、天文学についての書物を深く読み込んでおり、彼はボン大学での聴講生としての受講やヴェーゲナー家での教育を受けた以外正規な教育は受けていないにも関わらず、当時において相当の教養人であったと見られている。 人物 身長は165cm前後と当時の西洋人としては中背ながら、筋肉質のがっしりとした体格をしていた。肌は浅黒く、天然痘の瘢痕があったとされるが、肖像画や銅像、ライフマスクや近年明らかとなった多彩な女性関係などから容貌は美男とは言えないものの、さほど悪くなかったのではないかと思われる。表情豊かで生き生きした眼差しが人々に強い印象を与え多くの崇拝者がいた。 基本的に服装には無頓着であり、若い頃には着飾っていたものの、歳を取ってからは一向に構わなくなった。弟子のツェルニーは初めてベートーヴェンに会った時、「ロビンソン・クルーソーのよう」、「黒い髪の毛は頭の周りでもじゃもじゃと逆立っている」という感想を抱いたと言われる。また作曲に夢中になって無帽で歩いていたため、浮浪者誤認逮捕されてウィーン市長が謝罪する珍事も起こった。部屋の中は乱雑であった一方、入浴と洗濯を好むなど綺麗好きであったと言われる。また生涯で少なくとも60回以上引越しを繰り返したことも知られている。 当時のウィーンではベートーヴェンが変わり者であることを知らない者はいなかったが、それでも他のどんな作曲家よりも敬愛されており、それは盛大な葬儀と多数の参列者を描いた書画からも伺える。しかし、「ベートーヴェン変人説」も、メッテルニヒ政権によるデマであるとする見解もある。 潔癖症で手を執拗に洗うところがあった。 性格は矛盾と言っても差し支えのない正反対な側面があった。人づきあいにおいて、ことのほか親切で無邪気かと思えば、厳しく冷酷で非道な行動に出るなどと気分の揺れが激しかった。親しくなると度が過ぎた冗談を口にしたり無遠慮な振る舞いを見せたりすることが多かったため、自分本位で野蛮で非社交的という評判であったとされている。これもどこまで真実なのかは定かではないが、ピアノソナタ・ワルトシュタインや弦楽四重奏曲・大フーガつきの出版に際して、出版社の「カット」命令には律儀に応じている。癇癪持ちであったとされ、女中(女性)に物を投げつけるなどしばしば暴力的な行動に出ることもあったという。 師ハイドンに、楽譜に「ハイドンの教え子」と書くよう命じられた時は、「私は確かにあなたの生徒だったが、教えられたことは何もない」と突っぱねた。 パトロンカール・アロイス・フォン・リヒノフスキー侯爵には、「侯爵よ、あなたが今あるのはたまたま生まれがそうだったからに過ぎない。私が今あるのは私自身の努力によってである。これまで侯爵は数限りなくいたし、これからももっと数多く生まれるだろうが、ベートーヴェンは私一人だけだ!」と書き送っている。(1812年)この「場を全くわきまえない」発言の数々はメッテルニヒ政権成立後に仇となり、大編成の委嘱が遠ざかる。 テプリツェでゲーテと共に散歩をしていて、オーストリア皇后・大公の一行と遭遇した際も、ゲーテが脱帽・最敬礼をもって一行を見送ったのに対し、ベートーヴェンは昂然(こうぜん)として頭を上げ行列を横切り、大公らの挨拶を受けたという。後にゲーテは「その才能には驚くほかないが、残念なことに不羈(ふき)奔放な人柄だ」とベートーヴェンを評している。 交響曲第5番の冒頭について「運命はこのように戸を叩く」と語ったことや、ピアノソナタ第17番が“テンペスト”と呼ばれるようになったいきさつなど、伝記で語られるベートーヴェンの逸話は、自称「ベートーヴェンの無給の秘書」のアントンシンドラーの著作によるものが多い。しかし、この人物はベートーヴェンの死後、ベートヴェンの資料を破棄したり改竄(かいざん)を加えたりしたため、現在ではそれらの逸話にはあまり信憑性が認められていない。 聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげたことから、ロマン・ロランをはじめ、彼を英雄視・神格化する人々が多く生まれた。 死後、「不滅の恋人」宛に書かれた1812年の手紙が3通発見されており、この「不滅の恋人」が誰であるかについては諸説ある。テレーゼ・フォン・ブルンスヴィック(独語版)やその妹ヨゼフィーネ(独語版)等とする説があったが、現在ではメイナード・ソロモン(en:Maynard Solomon)らが提唱するアントニエ・ブレンターノ(独語版)(クレメンス・ブレンターノらの義姉、当時すでに結婚し4児の母であった)説が最も有力である。しかし、「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]のような、これらの定説を覆す新たな研究も生まれている。 これらは氷山の一角に過ぎず、20-30代でピアニストとして一世を風靡していたころは大変なプレイボーイであり、多くの女性との交際経験があった。この行動を模倣した人物に、後年のフランツ・リストがいる。 メトロノームの価値を認め、初めて活用した音楽家だといわれている。積極的に数字を書き込んだために、後世の演奏家にとって交響曲第9番ハンマークラフィーアソナタのメトロノーム記号については、多くの混乱が生まれている。 彼はイタリア語ではなく、母語ドイツ語で速度表示を行った最初の人物である。この慣習の打破はあまり歓迎されず、多くの当時の作曲家も速度表示にはイタリア語を用い、本人も短期間でイタリア語に戻している。 パンと生卵を入れて煮込んだスープや、魚料理に肉料理、茹でたてのマカロニにチーズを和えたものが大好物であった。またワインを嗜み、銘柄は安物のトカイワインを好んでいた。父親に似て大の酒好きであり、寿命を縮めることになったのは疑いがない。 コーヒーは必ず自ら豆を60粒数えて淹れたという[10]。 名前 原語であるドイツ語ではルートゥヴィヒ・ファン・ベートホーフェン ドイツ語発音: [ˈluːtvɪç fan ˈbeːthoːfən] ( 音声ファイル)と発音される。 日本では明治時代の書物の中には「ベートーフェン」と記したものが若干あったが、ほどなく「ベートーヴェン」という記述が浸透していき、リヒャルト・ワーグナーのように複数の表記が残る(ワーグナーヴァーグナー、ワグネル)こともなかった。唯一の例外は、NHKおよび教科書における表記の「ベートーベン」である。 姓に“van”がついているのは、ベートーヴェン家がネーデルラントフランドル)にルーツがあるためである(祖父の代にボンに移住)。vanがつく著名人といえば、画家のヴァン・ダイク(van Dyck)、ファン・エイク(van Eyck)、ファン・ゴッホ(van Gogh)などがいる。 vanはドイツ語オランダ語では「ファン」と発音されるが、貴族を表す「von(フォン)」と間違われることが多い。「van」は単に出自を表し、庶民の姓にも使われ、「van Beethoven」という姓は「ビート(Beet)農場(Hoven)主の」という意味に過ぎない。しかしながら、当時のウィーンではベートーヴェンが貴族であると勘違いする者も多かった。 偉大な音楽家を意味する「楽聖」という呼称は古くから存在するが、近代以降はベートーヴェンをもって代表させることも多い。例えば3月26日の楽聖忌とはベートーヴェンの命日のことである。 ベートーヴェンフリーメイソンリー 詳細は「フリーメイソン#ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」を参照 死因また健康について 慢性的な腹痛や下痢は終生悩みの種であった。死後に行われた解剖では肝臓、腎臓、脾臓、他、多くの内臓に損傷が見られた。これらの病の原因については諸説あり、定説はない。近年、ベートーヴェンの毛髪から通常の100倍近い鉛が検出されて注目を集めた。鉛は聴覚や精神状態に悪影響を与える重金属であるが、ベートーヴェンがどのような経緯で鉛に汚染されたかについても諸説あり、以下のごとくである。 ワインの甘味料として用いられた酢酸鉛とする説。 1826年の1月から、肝障害による腹水治療を行ったアンドレアス・ヴァヴルフ医師が、腹部に針で穿刺して腹水を排水した際、毛髪の分析結果では腹部に穿孔するたびに鉛濃度が高くなっていることから、傷口の消毒のために使用された鉛ではないかとする説。 聴覚障害について 難聴(40歳頃には全聾となった)の原因については諸説[11]ある。 耳硬化症説 伝音性の難聴であり、中耳の耳小骨の「つち・きぬた・あぶみ」の内のあぶみ骨が硬化して、振動を伝達できず、音が聞こえなくなる難病。ベートーヴェンの難聴が耳硬化症である論拠として、ベートーヴェンが人の声は全く聞こえていなかったにも関わらず、後ろでピアノを弾いている弟子に、「そこはおかしい!」と注意したエピソードが挙げられる。これは耳硬化症に特有の、人の声は全く聞こえなくなるが、ピアノの高音部の振動は僅かに感じ取ることが出来る性質にあると考えられる。 又、ベートーヴェンは歯とピアノの鍵盤をスティックで繋ぐことで、ピアノの音を聞いていたという逸話もこの説を裏付ける論拠として挙げられる。 先天性梅毒説 「蒸発性の軟膏を体に塗り込んだ(水銀の可能性。当時梅毒の治療法の一つ)」という記述がある為に、論拠とされている。しかし、後にベートーヴェンの毛髪を分析した結果、水銀は検出されず、又、梅毒は眩暈(めまい)の症状を併発するにも関わらず、そうした話が無い為に、先天性梅毒説は説得力の乏しいものとなっている。 鉛中毒説 上載の死因また健康についてを参照。 メッテルニヒ政権説 ベートーヴェンが難聴であっても完全に失聴していたかどうかは、21世紀の現代では疑問視する声が大きい。ベートーヴェンは1820年代のメッテルニヒ政権ではブラックリストに入れられたため、盗聴を防ぐために「筆談帳」を使った可能性は大きい。その延長として「ベートーヴェンは暗号を用いていた」という仮説に基づく「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]という書籍が出版された。 有名な逸話に「女中に卵を投げつけた」という類の物が残されているが、これは「女中に変装したスパイ」への正当防衛であるという見解がある。 デビューほやほやのリストの演奏に臨み、彼を高く評価したのは、もし失聴していれば出来ない行為である。 完全失聴や聴覚障害を患った作曲家に、ボイスやフォーレがいるが、彼らの作曲活動はその後伸び悩んでいるのに対し、失聴したベートーヴェンはその間に多くの重要作を書いている。 親族 祖父:ルートヴィヒ同姓同名) (英語版) フランドル地方メヘレン出身。ケルン大司教(選帝侯)クレメンスアウグストに見出され、21歳でボンの宮廷バス歌手、後に宮廷楽長となった。 祖母:マリア・ヨゼファ 父:ヨハン 母:マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)  ヨハンとは再婚(初婚は死別)。肺結核により死去。 弟:カスパール・アントンカール 甥:カールドイツ語版)  カスパールの息子。1806年生まれ~1858年没。1826年にピストル自殺未遂事件を起こす。 弟:ニコラウス・ヨーハン 同姓同名の兄や妹2人がいるがすぐになくなっている。 弟カールの血筋が現在も残ってはいるが、ベートーヴェン姓は名乗っていない。カールの直系子孫の一人であるカール・ユリウス・マリア・ヴァン・ベートーヴェン(1870年5月8日生まれ)が1917年12月10日に他界したのを最後に、ベートーヴェン姓を名乗る子孫は途絶えている。 弟子 カール・ツェルニー - クラヴィア奏者・作曲家。 フェルディナント・リース - ボンのクラヴィア奏者・作曲家。 ルドルフ大公 - ベートーヴェンの最大のパトロン。のちにオルミュッツ大司教。弟子としては唯一、ベートーヴェンが彼のために曲を書いている。 ドロテア・エルトマン男爵夫人 - メンデルスゾーンと交流。 アントンシンドラー - 秘書だが、弟子とされることがある。 代表作 詳細は「ベートーヴェンの楽曲一覧」を参照 交響曲(全9曲) 第1番 ハ長調 op.21 第2番 ニ長調 op.36 第3番 変ホ長調エロイカ(英雄)』 op.55[12][13] 第4番 変ロ長調 op.60 第5番 ハ短調 (運命) op.67 [12][13] 第6番 ヘ長調 『田園』 op.68 [12] 第7番 イ長調 op.92 第8番 ヘ長調 op.93 第9番 ニ短調 (合唱付き) op.125 [12][13] 管弦楽曲 『レオノーレ』序曲第1番 op.138 『レオノーレ』序曲第3番 op.72b 序曲『コリオラン』ハ短調 op.62 交響曲『ウェリントンの勝利またはビトリアの戦い』 op.91 『命名祝日』序曲 op.115 『アテネの廃墟』序曲 ハ長調op.113 『献堂式』序曲 ハ長調op.124 協奏曲、協奏的作品 ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 『皇帝』 op.73 [12] ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61 ロマンス第1番 ト長調 op.40 ロマンス第2番 ヘ長調 op.50 三重協奏曲(ピアノヴァイオリン・チェロのための)ハ長調 op.56 合唱幻想曲 ハ短調 op.80 室内楽曲 弦楽四重奏曲(全16曲) 第7番 ヘ長調(ラズモフスキー第1番) op.59-1 第8番 ホ短調(ラズモフスキー第2番) op.59-2 第9番 ハ長調(ラズモフスキー第3番) op.59-3 第10番 変ホ長調(ハープ) op.74 第11番 ヘ短調『セリオーソ』 op.95 第12番 変ホ長調 op.127 第13番 変ロ長調 op.130 大フーガ 変ロ長調 op.133 第14番 嬰ハ短調 op.131 第15番 イ短調 op.132 第16番 ヘ長調 op.135 弦楽五重奏曲 (全3曲) ヴァイオリンソナタ(全10曲) 第5番 ヘ長調 『春』 op.24 第9番 イ長調 『クロイツェル』 op.47 チェロソナタ(全5曲) ピアノ三重奏曲(全7曲) 第5番 ニ長調『幽霊』 op.70-1 第7番 変ロ長調『大公』 op.97 その他の室内楽曲 ホルン・ソナタ ヘ長調 op.17 六重奏曲 op.81b 七重奏曲 変ホ長調 op.20 管楽八重奏曲 op.103 ピアノ曲 ピアノソナタ(全32曲)   第8番 ハ短調『悲愴』 op.13 第14番 嬰ハ短調 『月光』 op.27-2 [13] 第15番 ニ長調 『田園』 第17番 ニ短調『テンペスト』 op.31-2 第21番 ハ長調 『ヴァルトシュタイン』op.53 第23番 ヘ短調 『熱情』 op.57 [12][13] 第26番 変ホ長調『告別』 op.81a 第29番 変ロ長調ハンマークラヴィーア』 op.106 第30番 ホ長調 op.109 第31番 変イ長調 op.110 第32番 ハ短調 op.111 その他のピアノ曲(変奏曲、バガテル等) 創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 op.34 創作主題による15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)変ホ長調 op.35 『ゴッド・セイヴ・ザ・キング』の主題による7つの変奏曲 ハ長調 WoO.78 『ルール・ブリタニア』の主題による5つの変奏曲 ニ長調 WoO.79 創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO.80 創作主題による6つの変奏曲 ニ長調 op.76 ディアベリのワルツによる33の変容(ディアベリ変奏曲) ハ長調 op.120 アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57 幻想曲 op.77 ポロネーズ ハ長調 op.89 7つのバガテル op.33 11の新しいバガテル op.119 6つのバガテル op.126 バガテル『エリーゼのために』 WoO.59 本来の曲名は『テレーゼのために』であった、という説が有力視されている。 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品 歌劇『フィデリオ』 op.72c 劇付随音楽『エグモント』op.84 劇付随音楽『アテネの廃墟』 op.113 バレエ音楽プロメテウスの創造物』 op.43 オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』 op.85 カンタータ『静かな海と楽しい航海』 op.112 別れの歌 皇帝ヨーゼフ2世の為の葬送カンタータ WoO.87 宗教曲 ミサ曲 ハ長調 op.86 ミサ・ソレムニス ニ長調 [12]  修道僧の歌 歌曲 アデライーデ op.46 汝を愛す 鶉の鳴き声 新しい愛、新しい生 口づけ 追憶 懺悔の歌 モルモット(旅芸人) 連作歌曲集『遥かなる恋人に寄す』 op.98 曇りのち、快晴 著作 『ベートホーヴェンの手紙』 外山楢夫訳、新しき村出版部、1926年。 『ベートーヷンの手紙』 中西武夫訳、啓明社、1928年。 『ベートーヷン書翰集』 中西武夫訳、啓明社、1930年。 『ベートーヴェンの手紙』第1編、鈴木賢之進訳、音楽世界社〈楽聖書簡叢書〉、1936年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎訳、岩波書店岩波文庫 2579-2581〉、1940年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎選訳、岩波書店岩波文庫〉、1950年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎訳、岩波書店岩波文庫〉、1957年、改訂増補版。 - 附:

この記事は半保護されています。(半保護の方針による半保護)

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

曖昧さ回避ベートーヴェンベートーベン、ヴァン・ベートーヴェン」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「ベートーヴェン (曖昧さ回避)」をご覧ください。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

Ludwig van Beethoven

Beethoven.jpg

基本情報

別名 楽聖

生誕 1770年12月16日

出身地 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、ボン

死没 1827年3月26日(56歳没)

オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国ウィーン

ジャンル 古典派音楽

活動期間 1792 - 1827

ベートーヴェンのサイン

ウィキポータル クラシック音楽 ポータル クラシック音楽

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(独: Ludwig van Beethoven、標準ドイツ語ではルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェンに近い[1]、1770年12月16日頃[2] - 1827年3月26日)は、ドイツの作曲家。J.S.バッハ等と並んで音楽史上極めて重要な作曲家であり、日本では「楽聖」とも呼ばれる。その作品は古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされている。

目次 [非表示]

1 生涯

2 作風

2.1 初期

2.2 中期

2.3 後期

3 後世の音楽家への影響と評価

4 芸術観

5 思想

6 人物

6.1 名前

6.2 ベートーヴェンフリーメイソンリー

7 死因また健康について

7.1 聴覚障害について

8 親族

9 弟子

10 代表作

10.1 交響曲(全9曲)

10.2 管弦楽曲

10.3 協奏曲、協奏的作品

10.4 室内楽曲

10.5 ピアノ曲

10.6 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品

10.7 宗教曲

10.8 歌曲

11 著作

12 伝記

13 脚注

14 参考文献

15 関連項目

16 外部リンク

16.1 録音ファイル

16.2 伝記

生涯

ベートーヴェン(1803年)

1770年12月16日頃、神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ領)のボンにおいて、父ヨハンと、宮廷料理人の娘である母マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)の長男[3]として生まれる。ベートーヴェン一家はボンのケルン選帝侯宮廷の歌手(後に楽長)であり、幼少のベートーヴェンも慕っていた、祖父ルートヴィヒの援助により生計を立てていた。ベートーヴェンの父も宮廷歌手(テノール)[4]であったが、元来無類の酒好きであったために収入は途絶えがちで、1773年に祖父が亡くなると生活は困窮した。1774年頃よりベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、虐待とも言えるほどの苛烈を極める音楽のスパルタ教育を受けたことから、一時は音楽そのものに対して強い嫌悪感すら抱くようにまでなってしまった。1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年11歳の時よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。

1787年、16歳のベートーヴェンウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問したが、最愛の母マリアの危篤の報を受けてボンに戻った。母はまもなく死没し(肺結核)[5]、母の死後は、アルコール依存症となり失職した父に代わり、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごした。

1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められて弟子入りを許され、11月にはウィーンに移住し(12月に父死去)、まもなく、ピアノ即興演奏の名手(ヴィルトゥオーゾ)として広く名声を博した。

20歳代後半ごろより持病の難聴(原因については諸説あり、鉛中毒説が通説)が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死にも等しい絶望感から、1802年には『ハイリゲンシュタットの遺書』をしたため自殺も考えたが、彼自身の芸術(音楽)への強い情熱をもってこの苦悩を乗り越え、再び生きる意欲を得て新たな芸術の道へと進んでいくことになる。

1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(ロマン・ロランによる表現)と呼ばれる時期となる。その後、ピアニスト兼作曲家から、完全に作曲専業へと移った。

40歳頃(晩年の約15年)には全聾となっり、更に神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられた。加えて、度々非行に走ったり自殺未遂を起こすなどした甥カールの後見人として苦悩するなどして一時作曲が停滞したが、そうした苦悩の中で書き上げた交響曲第9番や『ミサ・ソレムニス』といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は彼の未曾有の境地の高さを示すものであった。

1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も併発するなど病状が急激に悪化し、以後病臥に伏す。病床の中で10番目の交響曲に着手するも未完成のまま翌1827年3月26日、肝硬変のため56年の生涯を終えた。その葬儀には2万人もの人々が参列するという異例のものとなった。この葬儀には、翌年亡くなるシューベルトも参列している。

作風

初期

作曲家としてデビューしたての頃は耳疾に悩まされることもなく、古典派様式に忠実な明るく活気に満ちた作品を書いていた。この作風は、ハイドンモーツァルトの強い影響下にあるためとの指摘もある[6]。

中期

1802年の一度目の危機とは、遺書を書いた精神的な危機である。ベートーヴェンはこの危機を、ウィーン古典派の形式を再発見する事により脱出した。つまりウィーン古典派の2人の先達よりも、素材としての動機の発展や展開・変容を徹底して重視し、形式的・構成的なものを追求した。この後は中期と呼ばれ、コーダの拡張など古典派形式の拡大に成功した。

中期の交響曲はメヌエットではなくスケルツォの導入(第2番以降)、従来のソナタ形式を飛躍的に拡大(第3番)、旋律のもととなる動機やリズムの徹底操作(第5、7番)、標題的要素(第6番)、楽章の連結(第5、6番)、5楽章形式(6番)など、革新的な技法を編み出している。その作品は、古典派の様式美とロマン主義とをきわめて高い次元で両立させており、音楽の理想的存在として、以後の作曲家に影響を与えた。第5交響曲に典型的に示されている「暗→明」、「苦悩を突き抜け歓喜へ至る」という図式は劇性構成の規範となり、後のロマン派の多くの作品がこれに追随した。

これらのベートーヴェンの要求は必然的に「演奏人数の増加」と結びつき、その人数で生み出される人生を鼓舞するかのような強音やすすり泣くような弱音は多くの音楽家を刺激した。

後期

1818年の二度目の危機の時には後期の序曲集に代表される様にスランプに陥っていたが、ホモフォニー全盛であった当時においてバッハの遺産、対位法つまりポリフォニーを研究した。対位法は中期においても部分的には用いられたが、大々的に取り入れる事に成功し危機を乗り越えた。変奏曲やフーガはここに究められた。これにより晩年の弦楽四重奏曲ピアノソナタ、『ミサ・ソレムニス』、『ディアベリ変奏曲』、交響曲第9番などの後期の代表作が作られた。

後世の音楽家への影響と評価

ベートーヴェンの音楽界への寄与は甚だ大きく、彼以降の音楽家は大なり小なり彼の影響を受けている。

ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式・私的行事における機会音楽として作曲されたものがほとんどであった。ベートーヴェンはそうしたパトロンとの主従関係(および、そのための音楽)を拒否し、大衆に向けた作品を発表する音楽家の嚆矢となった。音楽家=芸術家であると公言した彼の態度表明、また一作一作が芸術作品として意味を持つ創作であったことは、音楽の歴史において重要な分岐点であり革命的とも言える出来事であった。

中でもワーグナーは、ベートーヴェン交響曲第9番における「詩と音楽の融合」という理念に触発され、ロマン派音楽の急先鋒として、その理念をより押し進め、楽劇を生み出した。また、その表現のため、豊かな管弦楽法により音響効果を増大させ、ベートーヴェンの用いた古典的な和声法を解体し、トリスタン和音に代表される革新的和声で調性を拡大した。

一方のブラームスは、ロマン派の時代に生きながらもワーグナー派とは一線を画し、あくまでもベートーヴェンの堅固な構成と劇的な展開による古典的音楽形式の構築という面を受け継ぎ、ロマン派の時代の中で音楽形式的には古典派的な作風を保った。しかし、旋律や和声などの音楽自体に溢れる叙情性はロマン派以外の何者でもなかった。また、この古典的形式における劇的な展開と構成という側面はブラームスのみならず、ドヴォルザークチャイコフスキー、20世紀においてはシェーンベルクバルトークプロコフィエフショスタコーヴィチラッヘンマンにまで影響を与えている。

芸術観

同時代のロマン派を代表する芸術家E.T.A.ホフマンは、ベートーヴェンの芸術を褒め称え、自分たちロマン派の陣営に引き入れようとしたが、ベートーヴェンは当時のロマン派の、形式的な統一感を無視した、感傷性と感情表現に代表される芸術からは距離を置いた。ベートーヴェンが注目したものは、同時代の文芸ではゲーテやシラー、また古くはウィリアム・シェイクスピアらのものであり、本業の音楽ではバッハ、ヘンデルモーツァルトなどから影響を受けた[7]。

ベートーヴェンが「前衛」であったのかどうかは、多くの音楽学者で見解が分かれる。原博は「ベートーヴェンは前衛ではない」と言い切り[8]、彼は当時の「交響曲」「協奏曲」「ソナタ」「変奏曲」などの構造モデルに準拠し、発案した新ジャンルというものは存在しない。ただし、「メトロノームの活用」「母語での速度表示」「ピアノの構造強化と音域の拡張」「楽曲の大規模化」「大胆な管弦楽法」「演奏不可能への挑戦」「騒音の導入(戦争交響曲)」など、後世の作曲家に与えた影響は計り知れないものがある。

思想

ベートーヴェンカトリックであったが敬虔なキリスト教徒とはいえなかった。『ミサ・ソレムニス』の作曲においてさえも「キリストなどただの磔(はりつけ)にされたユダヤ人に過ぎない」と発言した。ホメロスプラトンなどの古代ギリシア思想に共感し、バガヴァッド・ギーターを読み込むなどしてインド哲学に近づき、ゲーテやシラーなどの教養人にも見られる異端とされる汎神論的な考えを持つに至った。彼の未完に終わった交響曲第10番においては、キリスト教的世界と、ギリシア的世界との融合を目標にしていたとされる。これはゲーテが『ファウスト』第2部で試みたことであったが、ベートーヴェンの生存中は第1部のみが発表され、第2部はベートーヴェンの死後に発表された。権威にとらわれない宗教観が、『ミサ・ソレムニス』や交響曲第9番につながった。

また哲学者カントの思想にも触れ、カントの講義に出席する事も企画していたといわれる[7]。

政治思想的には自由主義者であり、リベラルで進歩的な政治思想を持っていた。このことを隠さなかったためメッテルニヒウィーン体制では反体制分子と見られた。

その他にも、天文学についての書物を深く読み込んでおり、彼はボン大学での聴講生としての受講やヴェーゲナー家での教育を受けた以外正規な教育は受けていないにも関わらず、当時において相当の教養人であったと見られている。

人物

身長は165cm前後と当時の西洋人としては中背ながら、筋肉質のがっしりとした体格をしていた。肌は浅黒く、天然痘の瘢痕があったとされるが、肖像画や銅像、ライフマスクや近年明らかとなった多彩な女性関係などから容貌は美男とは言えないものの、さほど悪くなかったのではないかと思われる。表情豊かで生き生きした眼差しが人々に強い印象を与え多くの崇拝者がいた。

基本的に服装には無頓着であり、若い頃には着飾っていたものの、歳を取ってからは一向に構わなくなった。弟子のツェルニーは初めてベートーヴェンに会った時、「ロビンソン・クルーソーのよう」、「黒い髪の毛は頭の周りでもじゃもじゃと逆立っている」という感想を抱いたと言われる。また作曲に夢中になって無帽で歩いていたため、浮浪者誤認逮捕されてウィーン市長が謝罪する珍事も起こった。部屋の中は乱雑であった一方、入浴と洗濯を好むなど綺麗好きであったと言われる。また生涯で少なくとも60回以上引越しを繰り返したことも知られている。

当時のウィーンではベートーヴェンが変わり者であることを知らない者はいなかったが、それでも他のどんな作曲家よりも敬愛されており、それは盛大な葬儀と多数の参列者を描いた書画からも伺える。しかし、「ベートーヴェン変人説」も、メッテルニヒ政権によるデマであるとする見解もある。

潔癖症で手を執拗に洗うところがあった。

性格は矛盾と言っても差し支えのない正反対な側面があった。人づきあいにおいて、ことのほか親切で無邪気かと思えば、厳しく冷酷で非道な行動に出るなどと気分の揺れが激しかった。親しくなると度が過ぎた冗談を口にしたり無遠慮な振る舞いを見せたりすることが多かったため、自分本位で野蛮で非社交的という評判であったとされている。これもどこまで真実なのかは定かではないが、ピアノソナタ・ワルトシュタインや弦楽四重奏曲・大フーガつきの出版に際して、出版社の「カット」命令には律儀に応じている。癇癪持ちであったとされ、女中(女性)に物を投げつけるなどしばしば暴力的な行動に出ることもあったという。

ハイドンに、楽譜に「ハイドンの教え子」と書くよう命じられた時は、「私は確かにあなたの生徒だったが、教えられたことは何もない」と突っぱねた。

パトロンカール・アロイス・フォン・リヒノフスキー侯爵には、「侯爵よ、あなたが今あるのはたまたま生まれがそうだったからに過ぎない。私が今あるのは私自身の努力によってである。これまで侯爵は数限りなくいたし、これからももっと数多く生まれるだろうが、ベートーヴェンは私一人だけだ!」と書き送っている。(1812年)この「場を全くわきまえない」発言の数々はメッテルニヒ政権成立後に仇となり、大編成の委嘱が遠ざかる。

テプリツェでゲーテと共に散歩をしていて、オーストリア皇后・大公の一行と遭遇した際も、ゲーテが脱帽・最敬礼をもって一行を見送ったのに対し、ベートーヴェンは昂然(こうぜん)として頭を上げ行列を横切り、大公らの挨拶を受けたという。後にゲーテは「その才能には驚くほかないが、残念なことに不羈(ふき)奔放な人柄だ」とベートーヴェンを評している。

交響曲第5番の冒頭について「運命はこのように戸を叩く」と語ったことや、ピアノソナタ第17番が“テンペスト”と呼ばれるようになったいきさつなど、伝記で語られるベートーヴェンの逸話は、自称「ベートーヴェンの無給の秘書」のアントンシンドラーの著作によるものが多い。しかし、この人物はベートーヴェンの死後、ベートヴェンの資料を破棄したり改竄(かいざん)を加えたりしたため、現在ではそれらの逸話にはあまり信憑性が認められていない。

聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげたことから、ロマン・ロランをはじめ、彼を英雄視・神格化する人々が多く生まれた。

死後、「不滅の恋人」宛に書かれた1812年の手紙が3通発見されており、この「不滅の恋人」が誰であるかについては諸説ある。テレーゼ・フォン・ブルンスヴィック(独語版)やその妹ヨゼフィーネ(独語版)等とする説があったが、現在ではメイナード・ソロモン(en:Maynard Solomon)らが提唱するアントニエ・ブレンターノ(独語版)(クレメンス・ブレンターノらの義姉、当時すでに結婚し4児の母であった)説が最も有力である。しかし、「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]のような、これらの定説を覆す新たな研究も生まれている。

これらは氷山の一角に過ぎず、20-30代でピアニストとして一世を風靡していたころは大変なプレイボーイであり、多くの女性との交際経験があった。この行動を模倣した人物に、後年のフランツ・リストがいる。

メトロノームの価値を認め、初めて活用した音楽家だといわれている。積極的に数字を書き込んだために、後世の演奏家にとって交響曲第9番ハンマークラフィーアソナタのメトロノーム記号については、多くの混乱が生まれている。

彼はイタリア語ではなく、母語ドイツ語で速度表示を行った最初の人物である。この慣習の打破はあまり歓迎されず、多くの当時の作曲家も速度表示にはイタリア語を用い、本人も短期間でイタリア語に戻している。

パンと生卵を入れて煮込んだスープや、魚料理に肉料理、茹でたてのマカロニにチーズを和えたものが大好物であった。またワインを嗜み、銘柄は安物のトカイワインを好んでいた。父親に似て大の酒好きであり、寿命を縮めることになったのは疑いがない。

コーヒーは必ず自ら豆を60粒数えて淹れたという[10]。

名前

原語であるドイツ語ではルートゥヴィヒ・ファン・ベートホーフェン ドイツ語発音: [ˈluːtvɪç fan ˈbeːthoːfən] ( 音声ファイル)と発音される。

日本では明治時代の書物の中には「ベートーフェン」と記したものが若干あったが、ほどなく「ベートーヴェン」という記述が浸透していき、リヒャルト・ワーグナーのように複数の表記が残る(ワーグナーヴァーグナー、ワグネル)こともなかった。唯一の例外は、NHKおよび教科書における表記の「ベートーベン」である。

姓に“van”がついているのは、ベートーヴェン家がネーデルラントフランドル)にルーツがあるためである(祖父の代にボンに移住)。vanがつく著名人といえば、画家のヴァン・ダイク(van Dyck)、ファン・エイク(van Eyck)、ファン・ゴッホ(van Gogh)などがいる。

vanはドイツ語オランダ語では「ファン」と発音されるが、貴族を表す「von(フォン)」と間違われることが多い。「van」は単に出自を表し、庶民の姓にも使われ、「van Beethoven」という姓は「ビート(Beet)農場(Hoven)主の」という意味に過ぎない。しかしながら、当時のウィーンではベートーヴェンが貴族であると勘違いする者も多かった。

偉大な音楽家を意味する「楽聖」という呼称は古くから存在するが、近代以降はベートーヴェンをもって代表させることも多い。例えば3月26日の楽聖忌とはベートーヴェンの命日のことである。

ベートーヴェンフリーメイソンリー

詳細は「フリーメイソン#ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」を参照

死因また健康について

慢性的な腹痛や下痢は終生悩みの種であった。死後に行われた解剖では肝臓、腎臓、脾臓、他、多くの内臓に損傷が見られた。これらの病の原因については諸説あり、定説はない。近年、ベートーヴェンの毛髪から通常の100倍近い鉛が検出されて注目を集めた。鉛は聴覚や精神状態に悪影響を与える重金属であるが、ベートーヴェンがどのような経緯で鉛に汚染されたかについても諸説あり、以下のごとくである。

ワインの甘味料として用いられた酢酸鉛とする説。

1826年の1月から、肝障害による腹水治療を行ったアンドレアス・ヴァヴルフ医師が、腹部に針で穿刺して腹水を排水した際、毛髪の分析結果では腹部に穿孔するたびに鉛濃度が高くなっていることから、傷口の消毒のために使用された鉛ではないかとする説。

聴覚障害について

難聴(40歳頃には全聾となった)の原因については諸説[11]ある。

耳硬化症説

伝音性の難聴であり、中耳の耳小骨の「つち・きぬた・あぶみ」の内のあぶみ骨が硬化して、振動を伝達できず、音が聞こえなくなる難病。ベートーヴェンの難聴が耳硬化症である論拠として、ベートーヴェンが人の声は全く聞こえていなかったにも関わらず、後ろでピアノを弾いている弟子に、「そこはおかしい!」と注意したエピソードが挙げられる。これは耳硬化症に特有の、人の声は全く聞こえなくなるが、ピアノの高音部の振動は僅かに感じ取ることが出来る性質にあると考えられる。

又、ベートーヴェンは歯とピアノの鍵盤をスティックで繋ぐことで、ピアノの音を聞いていたという逸話もこの説を裏付ける論拠として挙げられる。

先天性梅毒説

「蒸発性の軟膏を体に塗り込んだ(水銀の可能性。当時梅毒の治療法の一つ)」という記述がある為に、論拠とされている。しかし、後にベートーヴェンの毛髪を分析した結果、水銀は検出されず、又、梅毒は眩暈(めまい)の症状を併発するにも関わらず、そうした話が無い為に、先天性梅毒説は説得力の乏しいものとなっている。

鉛中毒説

上載の死因また健康についてを参照。

メッテルニヒ政権説

ベートーヴェンが難聴であっても完全に失聴していたかどうかは、21世紀の現代では疑問視する声が大きい。ベートーヴェンは1820年代のメッテルニヒ政権ではブラックリストに入れられたため、盗聴を防ぐために「筆談帳」を使った可能性は大きい。その延長として「ベートーヴェンは暗号を用いていた」という仮説に基づく「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]という書籍が出版された。

有名な逸話に「女中に卵を投げつけた」という類の物が残されているが、これは「女中に変装したスパイ」への正当防衛であるという見解がある。

デビューほやほやのリストの演奏に臨み、彼を高く評価したのは、もし失聴していれば出来ない行為である。

完全失聴や聴覚障害を患った作曲家に、ボイスやフォーレがいるが、彼らの作曲活動はその後伸び悩んでいるのに対し、失聴したベートーヴェンはその間に多くの重要作を書いている。

親族

祖父:ルートヴィヒ同姓同名) (英語版)

フランドル地方メヘレン出身。ケルン大司教(選帝侯)クレメンスアウグストに見出され、21歳でボンの宮廷バス歌手、後に宮廷楽長となった。

祖母:マリア・ヨゼファ

父:ヨハン

母:マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)  ヨハンとは再婚(初婚は死別)。肺結核により死去。

弟:カスパール・アントンカール

甥:カールドイツ語版)  カスパールの息子。1806年生まれ~1858年没。1826年にピストル自殺未遂事件を起こす。

弟:ニコラウス・ヨーハン

同姓同名の兄や妹2人がいるがすぐになくなっている。

カールの血筋が現在も残ってはいるが、ベートーヴェン姓は名乗っていない。カールの直系子孫の一人であるカール・ユリウス・マリア・ヴァン・ベートーヴェン(1870年5月8日生まれ)が1917年12月10日に他界したのを最後に、ベートーヴェン姓を名乗る子孫は途絶えている。

弟子

カール・ツェルニー - クラヴィア奏者・作曲家。

フェルディナント・リース - ボンのクラヴィア奏者・作曲家。

ルドルフ大公 - ベートーヴェンの最大のパトロン。のちにオルミュッツ大司教。弟子としては唯一、ベートーヴェンが彼のために曲を書いている。

ドロテア・エルトマン男爵夫人 - メンデルスゾーンと交流。

アントンシンドラー - 秘書だが、弟子とされることがある。

代表作

詳細は「ベートーヴェンの楽曲一覧」を参照

交響曲(全9曲)

第1番 ハ長調 op.21

第2番 ニ長調 op.36

第3番 変ホ長調エロイカ(英雄)』 op.55[12][13]

第4番 変ロ長調 op.60

第5番 ハ短調 (運命) op.67 [12][13]

第6番 ヘ長調 『田園』 op.68 [12]

第7番 イ長調 op.92

第8番 ヘ長調 op.93

第9番 ニ短調 (合唱付き) op.125 [12][13]

管弦楽曲

『レオノーレ』序曲第1番 op.138

『レオノーレ』序曲第3番 op.72b

序曲『コリオラン』ハ短調 op.62

交響曲『ウェリントンの勝利またはビトリアの戦い』 op.91

『命名祝日』序曲 op.115

『アテネの廃墟』序曲 ハ長調op.113

『献堂式』序曲 ハ長調op.124

協奏曲、協奏的作品

ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 『皇帝』 op.73 [12]

ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61

ロマンス第1番 ト長調 op.40

ロマンス第2番 ヘ長調 op.50

三重協奏曲(ピアノヴァイオリン・チェロのための)ハ長調 op.56

合唱幻想曲 ハ短調 op.80

室内楽曲

弦楽四重奏曲(全16曲)

第7番 ヘ長調(ラズモフスキー第1番) op.59-1

第8番 ホ短調(ラズモフスキー第2番) op.59-2

第9番 ハ長調(ラズモフスキー第3番) op.59-3

第10番 変ホ長調(ハープ) op.74

第11番 ヘ短調『セリオーソ』 op.95

第12番 変ホ長調 op.127

第13番 変ロ長調 op.130

大フーガ 変ロ長調 op.133

第14番 嬰ハ短調 op.131

第15番 イ短調 op.132

第16番 ヘ長調 op.135

弦楽五重奏曲 (全3曲)

ヴァイオリンソナタ(全10曲)

第5番 ヘ長調 『春』 op.24

第9番 イ長調 『クロイツェル』 op.47

チェロソナタ(全5曲)

ピアノ三重奏曲(全7曲)

第5番 ニ長調『幽霊』 op.70-1

第7番 変ロ長調『大公』 op.97

その他の室内楽曲

ホルン・ソナタ ヘ長調 op.17

六重奏曲 op.81b

七重奏曲 変ホ長調 op.20

管楽八重奏曲 op.103

ピアノ曲

ピアノソナタ(全32曲)  

第8番 ハ短調『悲愴』 op.13

第14番 嬰ハ短調 『月光』 op.27-2 [13]

第15番 ニ長調 『田園』

第17番 ニ短調『テンペスト』 op.31-2

第21番 ハ長調 『ヴァルトシュタイン』op.53

第23番 ヘ短調 『熱情』 op.57 [12][13]

第26番 変ホ長調『告別』 op.81a

第29番 変ロ長調ハンマークラヴィーア』 op.106

第30番 ホ長調 op.109

第31番 変イ長調 op.110

第32番 ハ短調 op.111

その他のピアノ曲(変奏曲、バガテル等)

創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 op.34

創作主題による15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)変ホ長調 op.35

『ゴッド・セイヴ・ザ・キング』の主題による7つの変奏曲 ハ長調 WoO.78

ルール・ブリタニア』の主題による5つの変奏曲 ニ長調 WoO.79

創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO.80

創作主題による6つの変奏曲 ニ長調 op.76

ディアベリのワルツによる33の変容(ディアベリ変奏曲) ハ長調 op.120

アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57

幻想曲 op.77

ポロネーズ ハ長調 op.89

7つのバガテル op.33

11の新しいバガテル op.119

6つのバガテル op.126

バガテル『エリーゼのために』 WoO.59

本来の曲名は『テレーゼのために』であった、という説が有力視されている。

オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品

歌劇『フィデリオ』 op.72c

劇付随音楽『エグモント』op.84

劇付随音楽『アテネの廃墟』 op.113

バレエ音楽プロメテウスの創造物』 op.43

オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』 op.85

カンタータ『静かな海と楽しい航海』 op.112

別れの歌

皇帝ヨーゼフ2世の為の葬送カンタータ WoO.87

宗教曲

ミサ曲 ハ長調 op.86

ミサ・ソレムニス ニ長調 [12] 

修道僧の歌

歌曲

アデライーデ op.46

汝を愛す

鶉の鳴き声

新しい愛、新しい生

口づけ

追憶

懺悔の歌

モルモット このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2017-11-22

親愛なるはてなおっさん達へ。今回だけ助けてください。

俺はなんでこれを書くんだろうね。

ここに書くしかないというこの状況が終わっているのかもしれない。

まっとうな皆さんはきっと家族友達や同僚に話したりするんだろうね。

八方塞になってしまった。

まれてはじめて打ったよはっぽうふさがり。

塞がりって送り仮名いらないか知らないけど今は調べる気力もないわ。

まぁでもね。

自業自得であることは間違いないんですよ。

最初はさ、一方二方ぐらいの塞がりだったんだけどね。

まぁ見ないフリするわけですよ。六方はまだ空いてるし。

なんだこの抽象的な話。でも続けますね。

でもまぁなんとかなるかななんて思いながら暮らしてたら八方塞がっちゃいまして。

塞がっちゃいちゃいチャイコフスキーでして。最後の二方ぐらいは自分で塞ぎましたからね。救いようがないわ。

なんだろ、別になんか同情を誘うアレじゃないんですけどね。

自ら死ぬことを選ぶ人の入り口に立っちゃってる感がすごいんすわ今。鬱&UTSUKAが歌ってるんすわ。セイエスって。

このセイエスっていうのは小さい頃に渡辺くんがSAY YESってちゃんと書けなくて黒板に書いたワードってだけで全然関係ないんですけどね。

戻りたいわあの頃に。

あー、どうしてるんだよみんな。こんな非常に抽象的な文章に一石を投じる具体的な状況が登場(最後だけ韻を踏んだ)。

そう私は。分不相応職務分不相応スキル対峙分不相応給与を得ているのである

それが辛いなら辞めれば、だってはいはいはい、そうですねそうですね。スーパー正論キッドあなたはそう言うでしょうけど、無理ですよ。

なぜなら私はさら分不相応から

そう私はさらに。分不相応借家に住み。分不相応な嫁を持ち。分不相応子供を2人もうけているかである

そして分不相応故に、分不相応給与をもってしてもカッツカツ、見てみい俺の口座!カッツカツやぞ!カッツカツやぞ!

いやもうちょっとね。もうちょっと面白い文章書けるんですよ私。

でも今はこれが限界。頭から漏れ出るゲル状の思い付きを新品のまな板という名の増田に塗りたくることしかできないワケです。

大体お前らあれだぞ!俺が作った最高に面白い記事で満載のはてなブログブクマしないからいけないんだぞ!

互助会のやつらあれなのな、最初ちょっとブクマくれるんだけどさ、返さないとブクマからスターに変えてもったいつけんの。

気味悪いわ。だれがお前のコピーコピーを重ねてクリアな部分とモザイクの境目すらわからなくなったVHSAVみたいにボッケボケブログブクマを返すかよ。

でもさ、最初はその流れに乗らなきゃいけないのかね。誰も来なくなった廃墟の様なブログには2年前の記事が悲しくはためいているよ。

あのころ互助会の流れに乗ってブクマを増やしまともな読者を増やしていれば、今頃は互助会に頼らなくても人気のブログになっていたかな。

なってねぇか。でもさ、いまでも悲しくはためくあの記事たちは、やっぱり俺は最高だと思うわけ。

全部オリジナル企画記事でさ、何度も何度も推敲を繰り返してさ、悲しいこの世の一服の清涼剤となり、私の承認欲求も満たされたら最高だなぁなんて思ってたのにさ。お前らが互助会記事文句書きながらブクマしてるせいだよ!無視しろよ!そして俺の面白記事を掘り出してブクマしろよ!

そんな話をしたいんじゃなかったんだよ!

どこのどいつだ!こんなところまで律儀に読んじゃっている天使!?

あん天使だよ!翼の折れたところを竹で補強して低コストでの翼の長期運用を実現させている伴侶にしたいタイプエンジェルだよ!

どうだ調子が出てきたぞ!どこかないですか、こんな文章毎日書きますんで年俸850万ぐらいで安定雇用してくれる財団は?ないですか。いやです。作ってください。翼を竹で補強したエンジェルあなたが作ってください後生ですから

もう無理なんすわ。いや逆によくここまで無理なくやってこれた。

なんて言うんすかね、私は今ですね、コミュ障のくせに調整業務をメインで行ってるわけですよ。

しかもその上に判断力も無い、実行力も無い、理解力もない、ないないない、I wanna dance every night.

そのくせ、なーんかちょっと難しいことを上手いことやっているぞ、という空気をもやぁ~と出すことだけは上手かった。

もう何年もね、もやぁ~とその空気を出しながらだらだら仕事するだけの私だったんですよずっと。ほら自業自得でしょ?

ももう終わりだ。みんなすげー難しい話するよね。俺ぜんっぜんわからないもん。根本として何を議論しているのかわからない。

何がわからいかからないんすよ。何でですかね?しらねーよって話でしょうけどマジで助けて欲しいんですわ。

なんか会社ってさ、いろんな役割の人いるじゃないですか、その切り分けが全然からなくて。いつも自分範疇は足りなくて、

自分範疇じゃないところまで手をだして、相手範疇がわからず、どこからかわけのわからないサポートに助けられる繰り返しですよ。

ステークホルダーとかの話が出てくるとお手上げ。みんなじゃなくて?みんな関係してるじゃん。みんなの合意とればいいんじゃないの?

わかんねーわ。そこは合意いらないっていうからさ、今度俺が決めたらそこはちゃんと議論して決めろとか判断相手にゆだねろとか。

しらねーってその基準をどこかに表にして貼っとけ!とか言うとさ、なんだアスペかとか言われるわけでしょ?ちげーよ。たぶん!

相手気持ちがよくわかるもん。みんな隠しきれてないからね。「あーあ、こいつダメだわ。」っていう感情

いいよ、思うのはいいよ。出すなよバカ思い込みじゃないからね!絶対思ってるし。

と、ここまでで十分わかると思うけど俺仕事できないの。

でさ、ちょくちょく「ダメだわ」って顔されるわけ。で萎縮するわけ。で萎縮してたらさらに「ダメだわ」って顔されるわけ。

わー、ヘルプヘルプルードヴィヒヴァンヘルピング

wordイルカさんに聞いたら教えてくれるかな?「上手く仕事する方法」って。でもそれ教えてくれるなら「数年で価値が100倍になる株」で聞きたいな。Officeが入ったWin95どっかにいかな?よし、聞いてみよう。聞いたらきっと教えてくれる!メルカリで買おう!

どんなお買い上げありがとうメモついてくるかな。「おじいちゃんが使いこなせなかったパソコンです。」みたいなのついてくるかな。ホロリとしちゃうな。ちょっと弱めだなこのくだりは。

はい、翻って仕事ですけどね。じゃあ辞めて相応な職につけって話じゃないですか。あなた方のようなおまかせウルトラ正論ボーイ達が言うのは。

でもさ、愛する妻と子供たちがいるわけ。俺が稼がないと幸せ暮らしが送れない家族がいるわけ。

嫁は昔勤めていたブラック業界を抜けて、その次にブラックと言われている主婦業に邁進しているわけ。マジで尊敬するわ。

そんな家族を支えなきゃいけないわけ。どんなに苦しくたって俺はこの分不相応にもなんだかできそうな空気によって獲得したこ職業とこの賃金を維持しないといけないわけ。おとーしゃんおとーしゃん言ってくれる子供幸せにしなきゃいけないわけ!

そしてその子供はおとーしゃんがいないと幸せじゃないってわかってるわけ。思い込みじゃないわ!絶対必要だ俺が。だから死ねないわけ。

からさ。どんなにバカにされてもさ。こいつクソだなって顔されてもさ。今の職にしがみつくよ俺は。だから誰か教えてくれよ。

どうしたらみんなが言っている話を少しでも理解できるようになるんだよ。どうしたらビジネスの話ができるんだよ。

なんなんだろうな。今年入って来たような新卒がさ。バリバリ理解してバリバリ調整してバリバリ偉い人と意思疎通しながらバリバリ伝説の序章をしたためているわけ。もうこれは素質的問題なの?仕事できるやつは生まれながらに仕事ができるの?なんなの。この間まで学生だったのにそのスキルはどこでつけるの?本に書いてあるの?マジで何をどうやって勉強したらそういう風になれるんだよ。どうやったらそういう風に同僚たちと笑い合えるんだよ。っていうこの流れを一行で書くことで疾走感や迷走感をダダ漏れ感情表現してみたのですがいかがだったでしょうか?いいね!と思ったら是非クリックしてくださいね!僕の左乳首を(但し吉高由里子に限る)。

はぁ。

書くって良いね。元気出てきたよ。

こうでもしてないとさ結局大した努力もしないままに今日に至ってしまった自分への怨嗟とかさ、

いつも不機嫌だからみんな気を使ってもらって上手く回っているだけなのにそれを仕事ができると勘違いしているマネージャーへの怨嗟とかがあふれてきてしまうわけ。いやたった今あふれてしまったけど。

よし。今日は乗り越えた。また明日をがんばろう。

なんだかんだお前幸せじゃねーかって思う奴多いでしょ?幸せだよ。

それなのにその幸せの代償として努力を重ねてこなかったからさ、こんなに苦しいんだと思うよ。

から努力はするよ。する。でもわからないんだ。俺は何を努力すればいい?

ダメか。こんな幸せな奴に手を差し伸べるやつはいないのか。でも他に居ないんだよ。

頼りになるのははてなおっさんたちお前らしかいないんだよ。

ずっと一緒にこのネットの海を漂ってきたじゃないか

頼むよ。今回。今回だけ助けてくれ。

恐ろしい恐ろしい言われてプリントアウトする状況ではないと思うんだよ。

きっと何か打開できる策があると思うんだよそうだろう?伝わってるかなこの感じ。

この文章のようにさ。自分の考えをシンプル相手提供できなかったりするわけ。こういうクソなやつなわけ。

いい夫婦の日に何やってんだろうな。ゲボちゃん出そうだわ。

ゲボって最近言わないよね。すっごく名は体をあらわす良いワードだと思う。

2017年11月22日 - いい夫婦の日セーヌ川ほとりのプライベートコテージにて

親愛なるはてなおっさん達へ。今回だけ助けてください。

俺はなんでこれを書くんだろうね。

ここに書くしかないというこの状況が終わっているのかもしれない。

まっとうな皆さんはきっと家族友達や同僚に話したりするんだろうね。

八方塞になってしまった。

まれてはじめて打ったよはっぽうふさがり。

塞がりって送り仮名いらないか知らないけど今は調べる気力もないわ。

まぁでもね。

自業自得であることは間違いないんですよ。

最初はさ、一方二方ぐらいの塞がりだったんだけどね。

まぁ見ないフリするわけですよ。六方はまだ空いてるし。

なんだこの抽象的な話。でも続けますね。

でもまぁなんとかなるかななんて思いながら暮らしてたら八方塞がっちゃいまして。

塞がっちゃいちゃいチャイコフスキーでして。最後の二方ぐらいは自分で塞ぎましたからね。救いようがないわ。

なんだろ、別になんか同情を誘うアレじゃないんですけどね。

自ら死ぬことを選ぶ人の入り口に立っちゃってる感がすごいんすわ今。鬱&UTSUKAが歌ってるんすわ。セイエスって。

このセイエスっていうのは小さい頃に渡辺くんがSAY YESってちゃんと書けなくて黒板に書いたワードってだけで全然関係ないんですけどね。

戻りたいわあの頃に。

あー、どうしてるんだよみんな。こんな非常に抽象的な文章に一石を投じる具体的な状況が登場(最後だけ韻を踏んだ)。

そう私は。分不相応職務分不相応スキル対峙分不相応給与を得ているのである

それが辛いなら辞めれば、だってはいはいはい、そうですねそうですね。スーパー正論キッドあなたはそう言うでしょうけど、無理ですよ。

なぜなら私はさら分不相応から

そう私はさらに。分不相応借家に住み。分不相応な嫁を持ち。分不相応子供を2人もうけているかである

そして分不相応故に、分不相応給与をもってしてもカッツカツ、見てみい俺の口座!カッツカツやぞ!カッツカツやぞ!

いやもうちょっとね。もうちょっと面白い文章書けるんですよ私。

でも今はこれが限界。頭から漏れ出るゲル状の思い付きを新品のまな板という名の増田に塗りたくることしかできないワケです。

大体お前らあれだぞ!俺が作った最高に面白い記事で満載のはてなブログブクマしないからいけないんだぞ!

互助会のやつらあれなのな、最初ちょっとブクマくれるんだけどさ、返さないとブクマからスターに変えてもったいつけんの。

気味悪いわ。だれがお前のコピーコピーを重ねてクリアな部分とモザイクの境目すらわからなくなったVHSAVみたいにボッケボケブログブクマを返すかよ。

でもさ、最初はその流れに乗らなきゃいけないのかね。誰も来なくなった廃墟の様なブログには2年前の記事が悲しくはためいているよ。

あのころ互助会の流れに乗ってブクマを増やしまともな読者を増やしていれば、今頃は互助会に頼らなくても人気のブログになっていたかな。

なってねぇか。でもさ、いまでも悲しくはためくあの記事たちは、やっぱり俺は最高だと思うわけ。

全部オリジナル企画記事でさ、何度も何度も推敲を繰り返してさ、悲しいこの世の一服の清涼剤となり、私の承認欲求も満たされたら最高だなぁなんて思ってたのにさ。お前らが互助会記事文句書きながらブクマしてるせいだよ!無視しろよ!そして俺の面白記事を掘り出してブクマしろよ!

そんな話をしたいんじゃなかったんだよ!

どこのどいつだ!こんなところまで律儀に読んじゃっている天使!?

あん天使だよ!翼の折れたところを竹で補強して低コストでの翼の長期運用を実現させている伴侶にしたいタイプエンジェルだよ!

どうだ調子が出てきたぞ!どこかないですか、こんな文章毎日書きますんで年俸850万ぐらいで安定雇用してくれる財団は?ないですか。いやです。作ってください。翼を竹で補強したエンジェルあなたが作ってください後生ですから

もう無理なんすわ。いや逆によくここまで無理なくやってこれた。

なんて言うんすかね、私は今ですね、コミュ障のくせに調整業務をメインで行ってるわけですよ。

しかもその上に判断力も無い、実行力も無い、理解力もない、ないないない、I wanna dance every night.

そのくせ、なーんかちょっと難しいことを上手いことやっているぞ、という空気をもやぁ~と出すことだけは上手かった。

もう何年もね、もやぁ~とその空気を出しながらだらだら仕事するだけの私だったんですよずっと。ほら自業自得でしょ?

ももう終わりだ。みんなすげー難しい話するよね。俺ぜんっぜんわからないもん。根本として何を議論しているのかわからない。

何がわからいかからないんすよ。何でですかね?しらねーよって話でしょうけどマジで助けて欲しいんですわ。

なんか会社ってさ、いろんな役割の人いるじゃないですか、その切り分けが全然からなくて。いつも自分範疇は足りなくて、

自分範疇じゃないところまで手をだして、相手範疇がわからず、どこからかわけのわからないサポートに助けられる繰り返しですよ。

ステークホルダーとかの話が出てくるとお手上げ。みんなじゃなくて?みんな関係してるじゃん。みんなの合意とればいいんじゃないの?

わかんねーわ。そこは合意いらないっていうからさ、今度俺が決めたらそこはちゃんと議論して決めろとか判断相手にゆだねろとか。

しらねーってその基準をどこかに表にして貼っとけ!とか言うとさ、なんだアスペかとか言われるわけでしょ?ちげーよ。たぶん!

相手気持ちがよくわかるもん。みんな隠しきれてないからね。「あーあ、こいつダメだわ。」っていう感情

いいよ、思うのはいいよ。出すなよバカ思い込みじゃないからね!絶対思ってるし。

と、ここまでで十分わかると思うけど俺仕事できないの。

でさ、ちょくちょく「ダメだわ」って顔されるわけ。で萎縮するわけ。で萎縮してたらさらに「ダメだわ」って顔されるわけ。

わー、ヘルプヘルプルードヴィヒヴァンヘルピング

wordイルカさんに聞いたら教えてくれるかな?「上手く仕事する方法」って。でもそれ教えてくれるなら「数年で価値が100倍になる株」で聞きたいな。Officeが入ったWin95どっかにいかな?よし、聞いてみよう。聞いたらきっと教えてくれる!メルカリで買おう!

どんなお買い上げありがとうメモついてくるかな。「おじいちゃんが使いこなせなかったパソコンです。」みたいなのついてくるかな。ホロリとしちゃうな。ちょっと弱めだなこのくだりは。

はい、翻って仕事ですけどね。じゃあ辞めて相応な職につけって話じゃないですか。あなた方のようなおまかせウルトラ正論ボーイ達が言うのは。

でもさ、愛する妻と子供たちがいるわけ。俺が稼がないと幸せ暮らしが遅れない家族がいるわけ。

嫁は昔勤めていたブラック業界を抜けて、その次にブラックと言われている主婦業に邁進しているわけ。マジで尊敬するわ。

そんな家族を支えなきゃいけないわけ。どんなに苦しくたって俺はこの分不相応にもなんだかできそうな空気によって獲得したこ職業とこの賃金を維持しないといけないわけ。おとーしゃんおとーしゃん言ってくれる子供幸せにしなきゃいけないわけ!

そしてその子供はおとーしゃんがいないと幸せじゃないってわかってるわけ。思い込みじゃないわ!絶対必要だ俺が。だから死ねないわけ。

からさ。どんなにバカにされてもさ。こいつクソだなって顔されてもさ。今の職にしがみつくよ俺は。だから誰か教えてくれよ。

どうしたらみんなが言っている話を少しでも理解できるようになるんだよ。どうしたらビジネスの話ができるんだよ。

なんなんだろうな。今年入って来たような新卒がさ。バリバリ理解してバリバリ調整してバリバリ偉い人と意思疎通しながらバリバリ伝説の序章をしたためているわけ。もうこれは素質的問題なの?仕事できるやつは生まれながらに仕事ができるの?なんなの。この間まで学生だったのにそのスキルはどこでつけるの?本に書いてあるの?マジで何をどうやって勉強したらそういう風になれるんだよ。どうやったらそういう風に同僚たちと笑い合えるんだよ。っていうこの流れを一行で書くことで疾走感や迷走感をダダ漏れ感情表現してみたのですがいかがだったでしょうか?いいね!と思ったら是非クリックしてくださいね!僕の左乳首を(但し吉高由里子に限る)。

はぁ。

書くって良いね。元気出てきたよ。

こうでもしてないとさ結局大した努力もしないままに今日に至ってしまった自分への怨嗟とかさ、

いつも不機嫌だからみんな気を使ってもらって上手く回っているだけなのにそれを仕事ができると勘違いしているマネージャーへの怨嗟とかがあふれてきてしまうわけ。いやたった今あふれてしまったけど。

よし。今日は乗り越えた。また明日をがんばろう。

なんだかんだお前幸せじゃねーかって思う奴多いでしょ?幸せだよ。

それなのにその幸せの代償として努力を重ねてこなかったからさ、こんなに苦しいんだと思うよ。

から努力はするよ。する。でもわからないんだ。俺は何を努力すればいい?

ダメか。こんな幸せな奴に手を差し伸べるやつはいないのか。でも他に居ないんだよ。

頼りになるのははてなおっさんたちお前らしかいないんだよ。

ずっと一緒にこのネットの海を漂ってきたじゃないか

頼むよ。今回。今回だけ助けてくれ。

恐ろしい恐ろしい言われてプリントアウトする状況ではないと思うんだよ。

きっと何か打開できる策があると思うんだよそうだろう?伝わってるかなこの感じ。

この文章のようにさ。自分の考えをシンプル相手提供できなかったりするわけ。こういうクソなやつなわけ。

いい夫婦の日に何やってんだろうな。ゲボちゃん出そうだわ。

ゲボって最近言わないよね。すっごく名は体をあらわす良いワードだと思う。

2017年11月22日 - いい夫婦の日セーヌ川ほとりのプライベートコテージにて

親愛なるはてなおっさん達へ。今回だけ助けてください。

俺はなんでこれを書くんだろうね。

ここに書くしかないというこの状況が終わっているのかもしれない。

まっとうな皆さんはきっと家族友達や同僚に話したりするんだろうね。

八方塞になってしまった。

まれてはじめて打ったよはっぽうふさがり。

塞がりって送り仮名いらないか知らないけど今は調べる気力もないわ。

まぁでもね。

自業自得であることは間違いないんですよ。

最初はさ、一方二方ぐらいの塞がりだったんだけどね。

まぁ見ないフリするわけですよ。六方はまだ空いてるし。

なんだこの抽象的な話。でも続けますね。

でもまぁなんとかなるかななんて思いながら暮らしてたら八方塞がっちゃいまして。

塞がっちゃいちゃいチャイコフスキーでして。最後の二方ぐらいは自分で塞ぎましたからね。救いようがないわ。

なんだろ、別になんか同情を誘うアレじゃないんですけどね。

自ら死ぬことを選ぶ人の入り口に立っちゃってる感がすごいんすわ今。鬱&UTSUKAが歌ってるんすわ。セイエスって。

このセイエスっていうのは小さい頃に渡辺くんがSAY YESってちゃんと書けなくて黒板に書いたワードってだけで全然関係ないんですけどね。

戻りたいわあの頃に。

あー、どうしてるんだよみんな。こんな非常に抽象的な文章に一石を投じる具体的な状況が登場(最後だけ韻を踏んだ)。

そう私は。分不相応職務分不相応スキル対峙分不相応給与を得ているのである

それが辛いなら辞めれば、だってはいはいはい、そうですねそうですね。スーパー正論キッドあなたはそう言うでしょうけど、無理ですよ。

なぜなら私はさら分不相応から

そう私はさらに。分不相応借家に住み。分不相応な嫁を持ち。分相応に子供を2人もうけているかである

そして分不相応故に、分不相応給与をもってしてもカッツカツ、見てみい俺の口座!カッツカツやぞ!カッツカツやぞ!

いやもうちょっとね。もうちょっと面白い文章書けるんですよ私。

でも今はこれが限界。頭から漏れ出るゲル状の思い付きを新品のまな板という名の増田に塗りたくることしかできないワケです。

大体お前らあれだぞ!俺が作った最高に面白い記事で満載のはてなブログブクマしないからいけないんだぞ!

互助会のやつらあれなのな、最初ちょっとブクマくれるんだけどさ、返さないとブクマからスターに変えてもったいつけんの。

気味悪いわ。だれがお前のコピーコピーを重ねてクリアな部分とモザイクの境目すらわからなくなったVHSAVみたいにボッケボケブログブクマを返すかよ。

でもさ、最初はその流れに乗らなきゃいけないのかね。誰も来なくなった廃墟の様なブログには2年前の記事が悲しくはためいているよ。

あのころ互助会の流れに乗ってブクマを増やしまともな読者を増やしていれば、今頃は互助会に頼らなくても人気のブログになっていたかな。

なってねぇか。でもさ、いまでも悲しくはためくあの記事たちは、やっぱり俺は最高だと思うわけ。

全部オリジナル企画記事でさ、何度も何度も推敲を繰り返してさ、悲しいこの世の一服の清涼剤となり、私の承認欲求も満たされたら最高だなぁなんて思ってたのにさ。お前らが互助会記事文句書きながらブクマしてるせいだよ!無視しろよ!そして俺の面白記事を掘り出してブクマしろよ!

そんな話をしたいんじゃなかったんだよ!

どこのどいつだ!こんなところまで律儀に読んじゃっている天使!?

あん天使だよ!翼の折れたところを竹で補強して低コストでの翼の長期運用を実現させている伴侶にしたいタイプエンジェルだよ!

どうだ調子が出てきたぞ!どこかないですか、こんな文章毎日書きますんで年俸850万ぐらいで安定雇用してくれる財団は?ないですか。いやです。作ってください。翼を竹で補強したエンジェルあなたが作ってください後生ですから

もう無理なんすわ。いや逆によくここまで無理なくやってこれた。

なんて言うんすかね、私は今ですね、コミュ障のくせに調整業務をメインで行ってるわけですよ。

しかもその上に判断力も無い、実行力も無い、理解力もない、ないないない、I wanna dance every night.

そのくせ、なーんかちょっと難しいことを上手いことやっているぞ、という空気をもやぁ~と出すことだけは上手かった。

もう何年もね、もやぁ~とその空気を出しながらだらだら仕事するだけの私だったんですよずっと。ほら自業自得でしょ?

ももう終わりだ。みんなすげー難しい話するよね。俺ぜんっぜんわからないもん。根本として何を議論しているのかわからない。

何がわからいかからないんすよ。何でですかね?しらねーよって話でしょうけどマジで助けて欲しいんですわ。

なんか会社ってさ、いろんな役割の人いるじゃないですか、その切り分けが全然からなくて。いつも自分範疇は足りなくて、

自分範疇じゃないところまで手をだして、相手範疇がわからず、どこからかわけのわからないサポートに助けられる繰り返しですよ。

ステークホルダーとかの話が出てくるとお手上げ。みんなじゃなくて?みんな関係してるじゃん。みんなの合意とればいいんじゃないの?

わかんねーわ。そこは合意いらないっていうからさ、今度俺が決めたらそこはちゃんと議論して決めろとか判断相手にゆだねろとか。

しらねーってその基準をどこかに表にして貼っとけ!とか言うとさ、なんだアスペかとか言われるわけでしょ?ちげーよ。たぶん!

相手気持ちがよくわかるもん。みんな隠しきれてないからね。「あーあ、こいつダメだわ。」っていう感情

いいよ、思うのはいいよ。出すなよバカ思い込みじゃないからね!絶対思ってるし。

と、ここまでで十分わかると思うけど俺仕事できないの。

でさ、ちょくちょく「ダメだわ」って顔されるわけ。で萎縮するわけ。で萎縮してたらさらに「ダメだわ」って顔されるわけ。

わー、ヘルプヘルプルードヴィヒヴァンヘルピング

wordイルカさんに聞いたら教えてくれるかな?「上手く仕事する方法」って。でもそれ教えてくれるなら「数年で価値が100倍になる株」で聞きたいな。Officeが入ったWin95どっかにいかな?よし、聞いてみよう。聞いたらきっと教えてくれる!メルカリで買おう!

どんなお買い上げありがとうメモついてくるかな。「おじいちゃんが使いこなせなかったパソコンです。」みたいなのついてくるかな。ホロリとしちゃうな。ちょっと弱めだなこのくだりは。

はい、翻って仕事ですけどね。じゃあ辞めて相応な職につけって話じゃないですか。あなた方のようなおまかせウルトラ正論ボーイ達が言うのは。

でもさ、愛する妻と子供たちがいるわけ。俺が稼がないと幸せ暮らしが遅れない家族がいるわけ。

嫁は昔勤めていたブラック業界を抜けて、その次にブラックと言われている主婦業に邁進しているわけ。マジで尊敬するわ。

そんな家族を支えなきゃいけないわけ。どんなに苦しくたって俺はこの分不相応にもなんだかできそうな空気によって獲得したこ職業とこの賃金を維持しないといけないわけ。おとーしゃんおとーしゃん言ってくれる子供幸せにしなきゃいけないわけ!

そしてその子供はおとーしゃんがいないと幸せじゃないってわかってるわけ。思い込みじゃないわ!絶対必要だ俺が。だから死ねないわけ。

からさ。どんなにバカにされてもさ。こいつクソだなって顔されてもさ。今の職にしがみつくよ俺は。だから誰か教えてくれよ。

どうしたらみんなが言っている話を少しでも理解できるようになるんだよ。どうしたらビジネスの話ができるんだよ。

なんなんだろうな。今年入って来たような新卒がさ。バリバリ理解してバリバリ調整してバリバリ偉い人と意思疎通しながらバリバリ伝説の序章をしたためているわけ。もうこれは素質的問題なの?仕事できるやつは生まれながらに仕事ができるの?なんなの。この間まで学生だったのにそのスキルはどこでつけるの?本に書いてあるの?マジで何をどうやって勉強したらそういう風になれるんだよ。どうやったらそういう風に同僚たちと笑い合えるんだよ。っていうこの流れを一行で書くことで疾走感や迷走感をダダ漏れ感情表現してみたのですがいかがだったでしょうか?いいね!と思ったら是非クリックしてくださいね!僕の左乳首を(但し吉高由里子に限る)。

はぁ。

書くって良いね。元気出てきたよ。

こうでもしてないとさ結局大した努力もしないままに今日に至ってしまった自分への怨嗟とかさ、

いつも不機嫌だからみんな気を使ってもらって上手く回っているだけなのにそれを仕事ができると勘違いしているマネージャーへの怨嗟とかがあふれてきてしまうわけ。いやたった今あふれてしまったけど。

よし。今日は乗り越えた。また明日をがんばろう。

なんだかんだお前幸せじゃねーかって思う奴多いでしょ?幸せだよ。

それなのにその幸せの代償として努力を重ねてこなかったからさ、こんなに苦しいんだと思うよ。

から努力はするよ。する。でもわからないんだ。俺は何を努力すればいい?

ダメか。こんな幸せな奴に手を差し伸べるやつはいないのか。でも他に居ないんだよ。

頼りになるのははてなおっさんたちお前らしかいないんだよ。

ずっと一緒にこのネットの海を漂ってきたじゃないか

頼むよ。今回。今回だけ助けてくれ。

恐ろしい恐ろしい言われてプリントアウトする状況ではないと思うんだよ。

きっと何か打開できる策があると思うんだよそうだろう?伝わってるかなこの感じ。

この文章のようにさ。自分の考えをシンプル相手提供できなかったりするわけ。こういうクソなやつなわけ。

いい夫婦の日に何やってんだろうな。ゲボちゃん出そうだわ。

ゲボって最近言わないよね。すっごく名は体をあらわす良いワードだと思う。

2017年11月22日 - いい夫婦の日セーヌ川ほとりのプライベートコテージにて

2016-03-27

結婚式の祝いに金平糖貰ったんだが

祝儀渡したら金平糖の箱貰ったんだけど、

これ一箱5000円するんだとか。

金平糖ってそんな高いのかと愕然とした。

6つ入っててそれぞれ色が違うけど味は同じ。

何となく食べてたら懐かしさと共にチャイコフスキー金平糖の踊りを

思い出しにやけてしまった。

これ貰った人はきっと皆同じ様な夢を見られたんじゃないだろうか。

そう考えると金平糖というおみやげは中々乙なものだと思う。

2015-11-15

アイカツ!楽曲元ネタ探しをしてみよう

(思ったより反応をいただけたので少し追記しました。2015-11-16)


バンダイが展開する女児向けアーケードゲーム/アニメアイカツ!

アイカツ!はいわゆる「音ゲー」の一種で、トップスボトムスシューズアクセサリーの4種のカードを組み合わせてコーディネートし、オーディションという名のリズムゲームクリアしてお仕事をゲットしていくという仕組みだ。

当然、豊富なバリエーションオーディションステージが用意されるため、アイカツ!では年間20曲以上の楽曲が生まれている。

その楽曲の特徴は、キャラクターの声優とは別に歌唱担当が存在すること(STAR☆ANIS、AIKATSU☆STARS!など)、とにかくジャンルの幅が広いということ、そして“攻めてる”楽曲が多いということだ。

アイカツ!の立ち上げにはスーパーバイザーとしてアイドルにも造詣が深いアニメ監督水島精二氏が関わっており、音楽制作については別のエントリを参照してほしい。

アイカツ!における水島スーパーバイザーの仕事について - Togetterまとめ

そして幅広いジャンルで攻めるという場合、楽曲の発注では、そのジャンルの先達の楽曲を参考にすることが当然多くなる。

特に水島氏はそこのイメージが具体的だったようで、アイカツ!の初期の楽曲は「何を参考にしたか」が比較的分かりやすい。

そこで、今回はアイカツ!の初期の楽曲を中心に、その元ネタ探しをしてみようと思う。(あくまで推察なので的外れなものもあると思う)


アイドル活動! 作詞 - uRy / 作曲・編曲 - 田中秀和MONACA)(YouTubeリンク)

アニメ主題歌にこそなっていないものの、アイカツ!の原点ともいえる曲で、ゲームの企画段階の初期に作られたものだ。

アイドル」というテーマの基本となる王道の曲であることから、当時の最も有名なアイドルグループを参考にしただろうことは想像に難くない。

明言はされていないものの、曲を聴いたイメージからおそらくAKB48ヘビーローテーションを参考にしただろうと推察できる。

【MV】 ヘビーローテーション / AKB48 [公式]

硝子ドール 作詞 - こだまさおり / 作曲・編曲 - 帆足圭吾(MONACA)(YouTubeリンク)

アイカツ!で最も人気があると思われる曲で、YouTubeでの再生数が350万を超える化け物である

いわゆる「メタル」であり、生粋のアイドルオタクである水島氏がBABYMETALを意識しただろうと考えることもできるが、

この曲はアイドルが歌うメタルというわけではなく、普通にかっこいいメタルなので、ベビメタ元ネタというには少し安易すぎる。

フルバージョンでは1分を超えるキーボードギターソロがあり、「ベビメタみたいにしてください」という発注だけではこの曲は生まれていないのではないか。

実は、この曲については元ネタが明言されている。

吸血鬼キャラを演じているユリカが歌う「硝子ドール」は特別にエッジのきいた楽曲ですが、あれも“NIGHTWISH”というオペラ風に歌いあげる女性ヴォーカルヘヴィメタルバンドを参考にしています。 」

VOL.14 監督:水島精二 インタビュー│クリエイターズ・セレクション│バンダイチャンネル

Storytimeという曲を聴けば、なるほどと納得していただけるかと思う。

NIGHTWISH - Storytime (OFFICIAL MUSIC VIDEO)

(追記:DREAM THEATERっぽいとの意見もあるが、それは作曲の帆足圭吾氏がDREAM THEATERの大ファンである影響かと思われる)

DREAM THEATER - Forsaken (Official Music Video)

Growing for a dream 作詞 - 小内喜文 / 作曲 - 今井ひろし / 編曲 - 小澤正澄(YouTubeリンク)

硝子ドールで触れたインタビューにおいて水島氏は

「最初のうちは「アヴリル・ラヴィーンのようなポップスで」とオーダーしても、どこか抑えてしまうので、「存分にお願いします」と言うのも僕の仕事になりました。 」

と発言している。つまり、アヴリルのようなポップスアイカツ!の楽曲にあるのだということになるが、自分の考える限りではこの曲が最もアヴリル・ラヴィーンに近い。

もちろん没になった可能性もある。(例として、2年目に登場するDance in the rainという曲は実際にはかなり初期に制作されていた)

Avril Lavigne - Girlfriend

Angel Snow 作詞 - こだまさおり / 作曲・編曲 - 田中秀和MONACA)(YouTubeリンク)

アイカツ!アイドルテーマであることもあり、実際のアイドルイメージしたような曲がいくつか見られるのも特徴のひとつだ。

こちらの冬っぽい曲もおそらくそのひとつで、自分の考えでは広末涼子なのではないかと思う。

広末涼子の「MajiでKoiする5秒前」は、ケンタッキーのCMでいつのまにか冬のイメージになってしまった竹内まりやが作曲している。

広末涼子 『MajiでKoiする5秒前』

fashion check! 作詞 - uRy / 作曲・編曲 - 石濱翔(MONACA)(YouTubeリンク)

ピチカート・ファイヴや初期のcapsuleイメージするようなキュートな「渋谷系」っぽい曲である

そのまま渋谷系っぽいオーダーで制作されたのかな、とも考えられるが、MVを見ると元ネタはなんとなく松浦亜弥の「ね〜え?」かもしれないと思った。

小さな箱の中で踊るというイメージが「ね〜え?」のMVと似ているかである

しかも、「ね〜え?」は編曲がピチカート・ファイヴ小西康陽(作曲はつんく♂)ということもあり、渋谷系から外れてはいないのだ。

松浦亜弥 - ね〜え?

ダイヤモンドハッピー 作詞 - 畑亜貴 / 作曲・編曲 - 石濱翔(MONACA)(YouTubeリンク)

アニメの2番目のOPテーマで、主人公いちごとあおいと蘭の3人によるユニット「ソレイユ」の持ち歌というのもあり人気の高い曲。

疾走感のあるスカパンクです。 - 水島精二

(徳間書店アニメージュ2013年8月号より)

こちらも元ネタが明言されている。

KEMURI 「PMA (Positive Mental Attitude)」 Music Video (SKA BRAVO Version)

戸松 遥「Q&A リサイタル!」 iTunesリンク

同じ地球のしあわせに 作詞 - こだまさおり / 作曲・編曲 - 高田龍一(MONACA)(YouTubeリンク)

音ゲーにしてはかなりスローな曲で、おそらくアイカツ楽曲で最も遅いのでは。

エンヤ(アイルランド出身の歌手)っぽい壮大な感じがほしいとの要望で取り組んだ曲です。 - 水島精二

(徳間書店アニメージュ2013年8月号より)

Enya - Only Time (Official Music Video)

Take Me Higher 作詞 - 只野菜摘 / 作曲・編曲 - 永谷喬夫(YouTubeリンク)

神崎美月、一ノ瀬かえで、藤堂ユリカの3人によるユニットトライスター」の持ち歌。

アニメでは、トライスターの結成にあたってメンバー選抜オーディションが行われ、物語上の重要な転換点で登場する曲である

STAR☆ANISとの雑談で「難易度の高い曲が歌いたい」って話が出て。ならばKalafinaのようなハモリが絡み合う感じがいいかなと。 - 水島精二

(徳間書店アニメージュ2013年8月号より)

Kalafina 『Magia』

prism spiral 作詞 - uRy / 作曲・編曲 - 田中秀和MONACA)(YouTubeリンク)

アイカツ!内に登場する近未来テーマブランドフューチャリングガール」をイメージした曲。

いわゆるテクノポップな感じの曲なので、Perfumeイメージなのかな?とは思うけれど、正直全くわからない。

2年目にもstranger alienというprism spiralの後継とでもいうべきテクノポップな曲が登場するが、単純にコンセプトから結果的にそうなっただけなのかもしれない。

(2015-11-19追記:prism spiralはどっちかっていうとハウスだろ、とお叱りを受けた。それは確かにそうかもしれない。stranger alienに引っ張られすぎて見失っていた。

 大変申し訳ない。そして指摘とかほかにあったらどんどんしてほしい、というかむしろ自分より音楽の詳しい人にどんどん楽曲を分析してほしい)

Perfume「ポリリズム」

wake up my music 作詞 - こだまさおり / 作曲・編曲 - 岡部啓一(MONACA)(YouTubeリンク)

これに関してはちょっと楽曲からズレた話になる。

かつて一世を風靡したレジェンドアイドルユニットマスカレード」の代表曲となる1曲で、

アニメでは「懐メロライブガールオーディション」で「懐メロの曲」として、いちごとあおいがカバーすることになる。

そして、マスカレードピンクレディーモチーフにしているユニットだと思われる。

僕的にはピンクレディー。それこそ社会現象を起こしたアイドルイメージです。 - 木村隆一

徳間書店アニメージュ2014年7月号より)

僕のイメージでは、マスカレードピンクレディーなので、キャンディーズくらい人気のライバルがいたんでしょう。 - 木村隆一

徳間書店アニメージュ2014年8月号より)

けれども、曲のイメージとしてはピンクレディーっぽい感じはとくにないので、そこまでは意識してはいなかったのだろう。

その代わりに、面白い仕掛けとして、この曲のメロディーアニメの初期からBGMとして頻繁に使われており、女児にとっても「懐かしい」感じに聞こえるような工夫が為されている。

Thrilling Dream 作詞 - こだまさおり / 作曲・編曲 - 石濱翔(MONACA

ドラマ「オシャレ怪盗スワロウテイル」のオーディションステージの曲。

ジャジーな曲で、怪盗がテーマなことからおそらくルパン三世を意識したところがあるのだと思われる。

スワロウテイル」はかつてマスカレードが出演していたドラマだったのを考えると、「ペッパー警部」も念頭にあったのかもしれない。

余談だが、現在放映中のルパン三世シリーズの監督はアイカツ!1年目にも深くかかわり、劇場版アイカツ!で監督も務めた矢野雄一郎さんである

「ルパン三世」オープニング映像

マジカタイム 作詞 - こだまさおり / 作曲・編曲 - 高橋邦幸(MONACA)(YouTubeリンク)

これまた面白い曲で、はっきりと元ネタが存在する曲である

いわゆる「サンプリング」であり、クラシックの名曲が使われているのだ。

チャイコフスキー作曲「くるみ割り人形」より「行進曲」のメロディーが使われている。

くるみ割り人形より「行進曲」(DTM)

KIRA☆Power 作詞 - 畑亜貴 / 作曲・編曲 - 石濱翔(MONACAYouTubeリンク

はっきりと元ネタがあるわけではないが、「EDM」「ダブステップ」をキーワードに制作されたことが明言されている。

「KIRA☆Power」は、ダブステップという攻撃的なサウンドの音楽ジャンルを取り入れた、かなり攻めている曲です。

ダブステップのように旬なサウンドは、あとで遅れてやるとダサイので、「やれるうちにやっておこう」と思いました。 - 石濱翔

(学研「アイカツ!オフィシャルコンプリートブック」より)

輝きのエチュード 作詞 - こだまさおり / 作曲・編曲 - 石濱翔(MONACA)(YouTubeリンク)

劇場版アイカツ!で、いちごが歌うことになる1曲。

映画でいちごが出会うことになるシンガーソングライター・花音がいちごのために作った曲だ。

アイドルシンガー。異なるタイプの2人が出会い、新しい何かが生まれる。そんなストーリーを描きたかった。下敷きになっているのは、1980年代アイドルの歴史の転換点です」

制作陣が、80年代と現代をつなぐイメージとして共有したのが、あの名曲「赤いスイートピー」だった。そして、当時トップアイドルへの階段を駆け上がっていた松田聖子さんが歌うこの楽曲こそ、木村さんの言う「アイドルの歴史の転換点」だった。

アニメ「アイカツ!」に隠された80年代フレーバー 〈AERA〉|dot.ドット 朝日新聞出版

さらに、花音のイメージ赤いスイートピー作曲者でもある松任谷(荒井)由実であるとも発言している。

ユーミン(松任谷由実)がイメージなので、フォークシンガーと言ってもいいかな。フォーカツ!ですね。」 - 木村隆一

(徳間書店アニメージュ2014年10月号より)

松田聖子「赤いスイートピー」iTunesリンク

チュチュ・バレリーナ 作詞 - 只野菜摘 / 作曲 - 石原理酉 / 編曲 - 成瀬裕介(onetrap)(YouTubeリンク)

アイカツ!3年目の2つ目のEDテーマであり、氷上スミレと黒沢凛が組むユニットダンシングディーヴァ」の持ち歌である

ダンシングディーヴァ」のイメージはSPEED。スミレが歌って、凛が横でダンスしている感じがカッコいいんじゃないかと思いました。 - 木村隆一

徳間書店アニメージュ2015年6月号より)

Steady (SPEED)

恋するみたいなキャラメリゼ 作詞 - 辻純更/ 作曲・編曲 - 石濱翔(MONACA)(YouTubeリンク)

コード進行などがとても渋谷系っぽい。

ではなぜ渋谷系なのか。それは、このステージが「レトロクローバー」というブランドイメージしたものであるところにヒントがありそうである

60~70年代レトロフィーチャーなテイストイメージしました。参考にしたのは、ツイッギー(英国の女優、モデル、歌手)のファッション。 - 中屋有貴(バンダイカード事業部

徳間書店アニメージュ2015年6月号より)

華奢な体形からツイッギー(小枝)の愛称で呼ばれ、(藤原みやびが履くのをためらった)「ミニスカート」で話題になったツイッギーから着想を得ている。

そして、ツイッギーといえば連想するのがピチカート・ファイヴの「トゥイギー・トゥイギー」、繋がった。(ただのこじつけ

U-MV053 - Pizzicato 5 - Twiggy Twiggy

薄紅デイトリッパー 作詞 - オノダヒロユキ / 作曲・編曲 - fu_mou(YouTubeリンク)

大和撫子ブランド「桜色花伝」をイメージした曲で、とても和風。

近年よく耳にする「和ロック」な曲であるといっていいだろう。和ロックの出自についてはよくわからないが、「凛として咲く花の如く」「千本桜」などがよく挙げられるようだ。

紅色リトマス「凛として咲く花の如く」iTunesリンク

『初音ミク』千本桜『オリジナル曲PV』

フレンド 作詞 - やまだ麻美 / 作曲 - 山崎佳祐 / 編曲 - 南田健吾(YouTubeリンク)

何を意識して作られたのかはわからないけど、この多幸感がなんかすごい「っぽいな」と思ったので貼りたくなっただけです。

岡村靖幸「だいすき from エチケット」

タルト・タタン 作詞 - 只野菜摘 / 作曲・編曲 - NARASAKI(YouTubeリンク)

氷上スミレの持ち歌で、懐かしの歌謡曲を思わせるような不思議な1曲。

Winkっぽい。音楽理論とか全く詳しくなくてほとんどイメージこじつけてるので公式ソースがあるの以外は参考程度に考えてください。

淋しい熱帯魚(M.V.) / Wink

最後に

アイカツ!にはほかにもたくさん良い曲がある。ロカビリーな曲や映画音楽のような壮大なもの、80年代ディスコ風、渋谷系テイスト……とにかく幅が広い。

自分の好みの曲が必ずひとつは見つかるだろう、というくらいいろいろやっている。

そして、ときどき思わぬ人が楽曲提供をしていてびっくりすることもある。(NARASAKI浜渦正志、ミト(クラムボン)、ナカノモリアヤコ、Kensuke ushioなど)

そんな楽曲を女児たちが聴いて成長すると思うと、音楽の未来は明るいなあと思ったりもする。

アイカツ!の○○みたいな曲ってなんていうジャンルなんだろう、と掘り下げたり、○○みたいな曲が作りたい、と作曲に手を出してみたり、

そんな楽しみ方もできるのもアイカツ!の魅力のひとつではないかなあと感じているわけである

2015-07-21

オスメス

ちょっと前に、オスとメスの違和感について増田話題になった。雄しべと雌しべは分からんでもない。受粉

しかし皆が言う通り、雄ねじ雌ねじってモロ、セックスじゃないか。ちなみに正式JISでは「ねじ」であってネジでは無い。和エロ。ばねもバネでは無い

私事で恐縮だが、もう一つ違和感があるのが

エクストラバージン・オイル

意識し過ぎだろうか?料理に興味を持ったお子様に「バージンって何?」と聞かれたらどう答える?

もこみちオリーブオイルをドボドボ入れようが、「バージン」って言葉は使いずらい

奇しくも、オリーブの種を潰して、初めて絞れる油のことだ

「種」を潰す時に最初出汁のことを言う・・・、おいおいおい

ナットクラッカーは分かる。チャイコフスキーバレエ音楽

しかし”ナッツ”クラッカーとなると玉周りがヒュンヒュンする

ナッツが潰されてバージンオイルが絞り出されるとは皮肉な物である

2015-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20150313212225

そんな物は当然だと思うよ。

表現の自由は「可能な限り」尊重されるべきであるが、当然ながら他の権利利益と対立する場合は制約を受ける場合もある。

薬・医療関係広告などは当然ながら人の命に係わることなので、一定の程度制約を受けるのはやむを得ない。

チャイコフスキーの『序曲1812年』を街中で原曲通りの指定演奏するのも表現の自由範囲ではあるが、流石にこの場合は静穏に暮らす権利のほうが優先されるのは当然である。(註:楽器指定に『大砲』がある)

「○○を表現するのには物凄く強い光を出すことが必要なんだ!」と言い出すクリエーターが出てくる可能性はあるし、もちろんそれも『表現の自由範囲ではある』。が、不特定多数の身体の安全を損なうような光量については『そちらの権利のほうが優先される』。

元増田問題にしたいのがヘイトスピーチ児童ポルノ猥褻かそれ以外なのかは知らないけど、表現の自由にうるさい俺として世間に問いたいことはただ一つ。

「いかなる権利利益に反するから規制するというのですか? それは本当に根拠のある物なのですか?」ということだけ。

(なお断わっておくけど、『見たくない権利』は著しく狭き門だよ。 参考

 KKK会員が「黒人を見たくない権利」、在特会の会員が「在日朝鮮人を見たくない権利」を主張したらどうなるかを考えてみるといい)

2014-10-05

ホンモノより本質を捉えてると思うニセモノ芸術作品10

http://anond.hatelabo.jp/20141003100544

ブコメ好きな物評価されるよう啓蒙するか、そうじゃないもの評価を下げようとするか」に触発されて。

どちらかというと、自分は高次なものを読んで、低次なもの共通点を見いだして一人悦に入るタイプだとわかったので、記録してみることにする。

ここでのホンモノ=より高く評価されているジャンル、およびオリジナル、ニセモノ=より低く評価されているジャンル、およびコピーとする。

ちなみに嫌いなホンモノやニセモノも当然ながらある。映画自分にとっては舞台のニセモノで、基本、CGが多用されたアクション映画しか受け付けない。

文学の場合

好きなホンモノはシェイクスピアドスト。嫌いなホンモノは伊坂幸太郎。嫌いなニセモノは特にないが、ラノベは読んだことがない。

1.ソローキン「ロマン

 望月哲男曰く、“19世紀ロシア小説の百科事典ともいうべき体裁をなしている。プーシキン『オネーギン』、トゥルゲーネフ『猟人日記』、トルストイ戦争と平和』、ドストエフスキー罪と罰』、チェーホフ『黒衣の僧』『桜の園からのアリュージョン。また、19世紀ロシアの小説に現れるモチーフを混ぜ合わせた一種のカタログ的な側面がある”という本作。高次なものの高次なコピーなので一般受けするかどうかというと違うと思うが、割と読みやす大衆的ではあると思う。途中までは。途中からは文学を殺している。早稲田文学の力もあって、作者ソローキンは、最終的には篠山紀信グラビアを撮られる程の人気を獲得した。


2.ティメール・ヴェルメシュ『帰ってきたヒトラー

 ヒトラーに関連する作品は、どうも反省や真面目さを持ち合わせたものが多い。ヒトラーを嗤う。ヒトラーと笑う。この恐怖体験を面白く思ってしまうのは何故だ?もちろんヒトラーパロディならミュージカルプロデューサーズ」の中でも見られる。しかし、あの作品ではヒトラーゲイが演じていた。今回はヒトラーのものが、緻密なリサーチの上に、いかにも言いそうなことをくっちゃべる。それがなんだかおかしくて笑えてしまう。彼が目指した理想の方が、現状のドイツ極右政党移民問題に揺れる)より良く見えてしまうことがあるのは気のせいか?



絵の場合

好きなホンモノは17〜19世紀はだいたい。嫌いなホンモノはフェルメール。嫌いなニセモノはあまりいないが、村上隆には興味がない。メインカルチャーすぎてニセモノがホンモノっぽい。

3. エドゥワール・マネ『フォリー=ベルジェール劇場のバー』

 マネがゴヤベラスケスティツィアーノなどのポーズをそのまま借りてきたことは有名。エル・グレコの影響も指摘される。正直言ってゴヤ『1808年5月3日、 プリンシペ・ピオの丘での銃殺』の模倣である『皇帝マクシミリアンの処刑』はとてもじゃないがホンモノに敵うとは思わない、マネがマネなりの政治的美術的な意図作品に込めたことを加味しても、だ。しかしながら、総合的に過去画家たちを再構築したことに加え、何と言ってもベラスケスの『ラス・メニーナス』を解釈した絵、『フォリー=ベルジェール劇場のバー』が素晴らしい。『ラス・メニーナス』にまつわる作品は、ピカソダリも多数残しているが、そのいずれもがマネには及ばない。他の拝借作品に比べ、鏡のある構成・見つめられる人の不在の2つ以外、共通点がないマネ独自構成が光る。

4.ジェフ・クーンズハルク

NYホイットニー美術館で回顧展。バルーンを模したいくつかのアートがあるが、明らかにビニールしか見えないチープな質感の『ハルク』は実はブロンズ製。ブロンズバルーン特有の皺を模すという、高価で難しいものを使って、安価で簡単なものを再現する試みを行なっている。写真で見ただけでは決して分からないだろう、その意味のない凄さが凄い。1億6千万の値がついたというマイケル・ジャクソン陶器も、スキャンダラス話題性ではなく、実はアートとしては失われつつある高度な陶器制作技術をつぎ込んである、と考えることもできる。



ミュージカル歌手場合

ミュージカルのものが、オペラバレエ下位互換である。という風潮は、ある程度あるように思える。

この場合複雑で、自分はホンモノに興味が持てない。高い金払ってオペラを見てもあんまり感動しないのである

一方、ロイヤルバレエを出てミュージカルスターになることを選んだアダム・クーパー(今度来日)のように、この世界ではクラシックトレーニングを積んだ人が続々出て着ている。

5.ジェロニモ・ラッチ

現在ロンドンオペラ座の怪人ファントムを演じているが、将来ジョン・オーウェン=ジョーンズや、ラミン・カリムルーに次ぐ世界的なスターになるに違いない逸材。アルゼンチンクラシックトレーニングを受けてきた。なぜミュージカル界に進出したのかはよくわからない、しかも英国。ファントムの前はレ・ミズでJVJ役をやっていた。

6.シエラ・ボーゲス

今更だが、やはり彼女ソプラノミュージカル女優としては別格。彼女オペラトレーニングを積んでいるが、あのサラ・ブライトマン比較しても、こっちが怖くなるくらいの情念の込め方で、単なる美しい歌を、心を締め付ける歌に昇華させる無二の能力を持っている。サラのオペラ座の怪人比較すると、ああ、シエラがオペラ歌手にならなくて本当よかった、と思うのである。鼻とかぐじゅぐじゅで、めちゃめちゃになっても歌い続けるような、そういう地に足がついた役者根性を感じる。


ミュージカル場合


7.Avenue Q

こんなトニー賞を取ったような超メジャー作品を挙げるのも何だが、ブロードウェイ代表作として。パロディミュージカルは数多くあり、今年も50 shades! The Musicalなどが上演されていたが、その中でも珠玉の出来を誇り、オフブロードウェイで今も上演されている。ジム・ヘンソンマペットを使いセサミ・ストリートを思わせる設定と楽曲で、普段はクチにできない本音をぶちまける。その後作曲家はもう1つトニー賞を取った後「Let It Go」でアカデミー賞受賞。


バレエ場合

バレエオペラにとっては添え物、現代ダンスにとっては堅苦しい教科書的な物と見なされる、難しいポジションにある。

8.クランコ「オネーギン」

オネーギンはコピーなのか?オリジナルなのか?翻案なのか?単なるアダプテーションではないか、マンガアニメ化するのと同じじゃないか、ニセモノと呼ぶとは何事だ、と、きっとあなたは言うだろうが、オネーギンには本来の作品にあるべき重要な要素が2つ欠けている。まず、オネーギンは韻文小説であって、詩のような形態で描かれている。ダンテ神曲と同じく、単なる小説ではないのだ、とはいえ我ら凡人が、ロシア語を学び本来の魅力を解することはおそらく一生ないであろう。というわけでバレエにしてくれるととっても有り難い訳だが、ここでつけられた音楽は、他の物語バレエ作品と違って書き下ろされたものですらなく、チャイコフスキーが奥様向けに月刊誌に書いたピアノ曲オーケストラアレンジしたものである。このように、他のバレエ作品に比べて若干不利になる要素を持っている本作だが……結果はどうだ。シュツットガルトけが持つこの演目を、自らのレパートリーに加えようと、世界中の著名ダンサー客演にくるような、まさにワン&オンリー珠玉の名作に仕上がっている。人々の所作振り付けにしてしまうのは、この時代バレエの特徴で、クランコはその名手。昔はストーリーダンスが完全に分離されていて、ストーリーマイムで進んでいた。


ファッション場合


9.モスキーノ

ジェレミー・スコットの就任で、故・モスキーノを上回る直接的すぎるパロディファッションを世に送り出したモスキーノ。就任直後の2014a/wコレクションマクドナルド元ネタだった。

http://youpouch.com/2014/02/25/174143/

モスキーノ自身が持ち合わせていた反骨精神、批判精神、風刺の能力を彼がどこまで発揮できるかが見物。


漫画場合


10.冨樫義博

作品の中でいくつか画像トレースしたことで知られるが、28、29巻の表紙ではマネよろしく古代美術ポーズを借り、また30巻表紙では2年越しの伏線を仕込んでいるなど無駄に芸が細かい作者。マネは足がなくなり、ゴヤは耳が聞こえなくなっても描き続けていたのに……という気がしなくもないが、やはり彼の行動原理は極めて特異だと言えよう。それは、野火ノビタも指摘する、「強制された身体のマイナスへの変化と、強さに相関がある女性」への異様な執着である玄海、躯、ビスケパームコムギカイトキメラアントになったレイナも、もしかしたらアルカも。玄海以外は皆、見た目がマイナスに変化する方が強くなるという特性を備えている。そこに共通するのは、極端なまでの女性の“自立”であり、“私はわたしである”というぞんざいな主張形態である。好みの女性タイプとして、「見た目がいかつくて、強くて、自分を持っている人」と答える人は、「見た目が華奢で、守ってあげたくて、頼ってくれる人」と答える人に比べると圧倒的に少ないと思われるが、冨樫は、冨樫だけは、なぜか前者に“変化させられる”女性大好物なのである

そして、怪物の戦いを描く時、冨樫は必ず怪物の味方をする。更に言えば、怪物の味方をしてくれるから、もしくは自分も怪物であることに気付いたから、という理由しか人間を肯定できない。それは「君と僕はおなじだ」という同質性への反応であり、「私とあなた全然違う、私はわたしだ」という状況に身体的に追い込まれた玄海、躯、パームなどと対極をなす。そして、男性は、(女性に比べればよっぽど自分の意思で、積極的に)怪物化する。幽助も、目の移植を受けた飛影も、ゴンもだ。さらに、怪物化した男性は、“自立”した女性に縛られ、ある種“依存”する。戸愚呂の玄海への、飛影の妹への感情が形を変えた躯への、メルエムからコムギへの、コルトレイナ(とカイト)への、ゴンコアラカイトへの、キルアアルカへの“依存”は、このように示される。「お前があって自分がある」。こうした究極の女←男の関係性を何度も描き続けているのが冨樫義博であり、男性作家のこういった表現への執着は世界でも類を見ない。いや、そんなことないか。なんか、ヒラリー・スワンクはいつもそんな役どころな気もする。まあどうでもいいや、出来るだけ多くの芸術を見てこようとしたけれど、その一つ一つが冨樫義博をより特別存在にしていく。たか漫画たか漫画なのだけどね。「あたちに謝りながらあたちの言うとおりに働いて あたちのために生きるんだ」と蟲になっちゃった女性が男性に言い放つ、これが冨樫イズム。



終わりに

もちろんホンモノ/ニセモノなんて区切りはこのエントリしか通じない区分けで、世間には通用しません。

ここではあえて、ラノベみたいに「くだらねー」「所詮○○」ってレッテルを貼られそうなものを、「ニセモノ」と書いてみました。

ただ、いろいろな芸術を見て思ったこと。ライトノベル純文学より面白いとか、そんな逆転はありとあらゆる場所で起こっている。じゃないとバンクシーとかどうすんのさ。

入れようと思ったけど、仮にも「ニセモノ」と呼ぶのがおこがましいと思ったインスピレーション作品高橋源一郎日本文学盛衰史」。あれは評論として受け止めるのが正しいかと思って。

正直「元ネタ」と「パクリ」の区分自分でも難しかった。ま、とにかく自分パロディが大好きなのであるラップサンプリングとかも好き。圧倒的にオリジナル好きな物もあるけどね(高慢と偏見ブリジット・ジョーンズとか)。あと冨樫義博が好き。

2014-02-10

極めて手のひらを返すクラシック

佐村河内守の話

匿名じゃないと書けないからそっと出し

今回の問題は『障害者広島』ていう日本人の同情心

を煽った以外はなにも悪い事はないと思う。

評論家オタク勢が絶賛してたけど、その後の世論

アンチ佐村河内バッシングの方がひどいと思った。

残念ながらクラシックの土壌はマニアックオタク層に

しか、響かず現代音楽なんて枯れたある種のアカデミック

性癖をもった人間の閉ざされた世界だ。

佐村河内批判をしている人の中に、新垣を知っていたか

細川を知っているか徳永川島は?

どれも皆無だろう。残念ながらクラシック愛好家であっても

現代の、特に邦人作曲家など見向きもしない。

アマチュアの愛好家にとっても、同じだ。ベートーヴェン

チャイコフスキー、アヴェルのようなキャッチーメロディ

音楽一般的音楽会でも広く聴く機会がある。もしくは

久石譲やジョンウィリアムのような映画音楽も広く愛されて

いる。最近では、ゲーム音楽に取り組むオーケストラもある

しかし、近現代邦楽作曲家など取り組まない。

プロであっても同じだ

話を戻すと『現代音楽を学んだものなら簡単に作れる』という

交響曲第一番。新垣氏が真剣に取り組んでも売れないしお蔵入

なのは、間違いない。才能があっても華が無い。

会見をみてもわかるが『苦難を乗り越えた雰囲気のある作曲家』とアカデミック

出身斜視で風貌にも華の無い現代音楽ならば、前者をとるだろう。

所詮世論も全てその程度。

たとえ片手間に作った曲であって、ゴーストライターを使った

音楽で、障害者を売り物にしてもここまでのヒットに貢献した

佐村河内を完全な悪者にはできない。

しろ、隠れた悪は今になって告発した被害者面の新垣氏だと

いう見方もできる。

そもそも、18年間もゴーストに取り組んだならば立派な共犯

ある。

中途半端良心の呵責を主張するより。金銭面での訴訟の方が

潔い。世論見方につけた新垣氏には今後仕事がくるかもしれ

ない。しかし、それは佐村河内氏によるチャンスときっかけが

あった事を彼は忘れてはいけないと思う。

2013-01-03

ヴァイオリン曲の難易度らしい

既知の人も多いと思うけど、2ちゃんの大昔のスレより転載


75

74 バルトーク 協奏曲ヴィエニャフスキー エチュードカプリース

73 ヴィエニャフスキー 協奏曲第1番、イザイ無伴奏Vnソナタハチャトゥリアン 協奏曲

72 パガニーニ 協奏曲 第1番 第2番、24カプリース

71 バッジーニ 妖精の踊り

70 ブラームス 協奏曲

69

68 チャイコフスキー 協奏曲

67 バッハ シャコンヌ

66

65 シベリウス 協奏曲グラズノフ 協奏曲

64 ショーソン 詩曲 / ブルッフ スコットランド幻想曲

63 サンサーンス協奏曲

62 ビュータン 協奏曲2、4、5番

61 ラロ スペイン交響曲

60 メンデルスゾーン 協奏曲

59 ベートーヴェン 協奏曲

58 

57 ブルッフ 協奏曲1番

56 ヴィターリ シャコンヌ

55 フランクフォーレブラームスソナタ、ローデ/カプリス(~67)

54 モーツァルト 協奏曲第4、5番

53 モーツァルト 協奏曲3番

52 ヴィオッティ 協奏曲22番、ローデ 協奏曲

51 バッハ無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティ―タ(~69)

50 バッハ協奏曲1番(a-mall)、クロイツェル・エチュード(~60)

49 ヘンデルソナタ第1~6番(~54)

48 バッハ 2つのヴァイオリンのための協奏曲(第1ヴァイオリン

47

46 ヴィヴァルディ 調和霊感より第6番第1楽章a-moll、カイザーエチュード(~54)

ザイツ協奏曲は圏外


ご覧の通り、偏差値45以下は載っていない。

まあ、これより下のレベルは、早い人だと小学校上がる前にクリアしてしまう(そして中学校上がる前にメンデルスゾーンをやってしまう)し、クリアすると歯牙にもかけない人が殆どからだろう。

そんなヴァイオリン弾きの感性が、存分に発揮された書き込みだと思う。

2010-12-04

プライベートハプニング

よろしくないってばよぉ!!!!!!!!!!!!

およしよぉ!!!!!!!!!!!!!!!

ねじこめ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

熱さをとりのぞけ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

今朝からちょっと考えていた。どうしてこんなに熱いの。

うわああああああああああああああああああああああああああ

最高だあああああああああああああああああああああああああああああ

なんという最高な世界。生まれてきてよかった!人生楽しすぎわろたwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

やばいやばいやばいっしゅ!!!!!!!!!!!!イッシュ地方痴呆!!!!!!!!!!!!!!!

大好きビーム放つよ。君に届けルよ期待。誰にも越えられない境界線。

僕は僕であることを誇る。ナイスデース君に伝えないとなんにも意味がないわかってるってさああああああああああああああああああああ

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

やばいっしゅ!てらわろっしゅ!!!!!!!!!!!!

生き潜んでえええええええええええええええええ

絞りとってえええええええええええええええええええええええええええ

ずっとそう遠くへえええええええええええええええええええ

ここは捨ててるコミュニティ。だから自由にやらせてもらうぜ。

どうせいらないッコミュニティなんだぜ。ふざけてろ1!!!!!!!!!!!!!!!

面白おかしければなんでもいいんだって、くっだらねぇって、君に伝えたいI want you.

ぐぎゃぎゃwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

さぁいこう!無限の彼方へ!!!!!!!!!

チャイコフスキーに負けないように!自分自身に負けないように!!!!!!!!!

見た目はオトナ!頭脳子供!その名は迷探偵!!!!!!!!!!!!!!

ノリノリだぜええええええええええええええええええええええええええええええ

ジジイになっても振る頭!!!!!!!!!!!!!!!!!

ぐしょしょっしょしょしょwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

何もできなくなって、何もかも無くしてしまった時は、そんときゃ腹を抱えて笑おう。

奴隷人生を考えさせるーーーーーーーーーーーーー

2009-07-30

今日本屋をうろつく

私は非常識なほう。

先生には反抗ばかりしてた。中にはいい先生もいたけど。

先生とは権力と同じようなものだ。権力っぽい先生は嫌いだ。

私は見栄っ張りなほう。

知識人に見られたくて、難しい本ばかり持ち歩いてた。

クラシックだってたくさん聞いた。

だが共鳴しないんだ。

私の友人は

クラシックがお好き。

絵画も。

チャイコフスキーとは共鳴するんだ。」

マジな顔でそういっていた。

おいおい。本物がここにいたよ。

私は見栄っ張りで非常識

もし、私になんの感性もないとしたら、ただの見栄っ張りで非常識

なんていいたいかというとね

私は何かを探して、きょうもまた本屋をうろつく。

2009-04-04

大人になるとか

なんかこの界隈で色々とあれみたいなんで思うところを書いてみる。

多分取りとめがなくなると思うが、いやなら読まないで次いこ、次、ってことでよろしく。

この前の誕生日で、46歳になった。

イタイ大人なのかもしれないし、大人になれないオトナコドモなのかも知れない。

こんなところに出入りしてROMったりDISったりしているのはオトナのすることじゃないのかもしれない。

これを読む若い人たちには夢も希望もない話に聞こえるかもしれない。

もとい、自分にとって大人になることとは自由になることだった。

親や教師や社会ルールや、自分を縛る何もかもから逃げ出すこと。尾崎豊みたいだなあ。

少なくとも経済的に自立しないと自分の好きなものは手に入らない。好きなところには行くことが出来ない。

好きな人と好きなようにあって好きなだけいちゃいちゃすることも出来ない。

だから、まずある程度経済的に独立した状態、それが自由の基本だ。

そのための手段としての仕事をどうしたか。

安っぽい言い方でほんと申し訳ないんだが、好きなことを仕事にした。

好きなものを作る業界で、自分の得意な分野での仕事に付くことができた。

2回転職してのことだけどね。結果収入も増えた、と思いたいが、日本給与制度には永年勤続に対する退職金というすばらしい制度があるので、

生涯収入としてはどうだったのかはよく分からない。

新卒大企業就職していたら、そのまま一生留まるのがお得なのが日本社会なのだ、とも思う。

これは時代背景やら経済状況やらとのからみで、上手いこと波に乗れたので運がよかったのだと思っている。

こればっかりは人の話はさっぱり参考にならないと思う。巡り合わせ。色々と一期一会

んで、だ。

自由になって何がしたかったのか。

楽がしたかったんだ。好きな時間が欲しかったんだ。おいしいものが好きなだけ我慢せずに食べたかったんだ。

この夢は未だに叶っていないけどね。

その夢と引き換えにして(経済的には)家族を得た。パートナー子どもが二人。

家を手に入れた。借金のかたに取られるかもしれないけど(普通住宅ローンには普通抵当権設定されるのが日本の標準)

はたから見たらごく平凡な、いや平均以上の家庭に見えるだろう、と思う。

そんな自分は大人なのだろうか?

子どもの頃、可能性は無限にあった。何にだってなれた。

けれど可能性はだんだんと減っていき、残ったものを得意なものと決めざるを得なくなる。

協調性もなく、空気も読めず、頭も悪い。

それに気付いて、残った僅かな可能性を握り締めて何とか仕事に繋いできた。

結果、必死で仕事をし、良いことも悪いことも色々あって、

成長なのか、鈍化なのか、

技術を習得したのか、変化に順応したのか、

ともかく仕事は続いている。

子どもを一応大学までは行かせてやりたいと思うから、仕事を放り出して逃げたい時でも頑張って仕事をしている。

仕事そのものは嫌いじゃないが、正直、矛盾だらけでしがらみだらけの会社ライフに嫌気が差して、

一人でどこかへ行ってしまいたいと思いながら、会社帰りに部下とカラオケしたり、コンビニ立ち読みしたりする程度で発散しいる。

こいつは小物だ、雑魚だなあ、と思うけれどもそれが自分だからしょうがないな。これを矮小化というだろうか。

これは大人のやることだろうか?

さっきまで教育テレビアルゼンチン生まれのユダヤ人バレンボイムの指揮するウエストイースタン・ディバン・オーケストラを聴いていた。

ロシア作曲家チャイコフスキーの悲壮を、アラブイスラエルの若い音楽家で構成されたオーケストラ演奏している。

輝く音楽指揮者は早々に(高校生の判断を早々と呼ぶのならだが)諦めた可能性の一つだけれど、音楽は美しい。民族人種を超えて美しい。

なにか、分かり合えなくても共有できるのではないか、永遠に続く錯覚ならそれでも良いではないか、と思わずにいられない。

世界平和を願い続けることをばかげているという人たちもいるけれど、自分はそれを信じたい。

大人になったからそう思うのではないと思う。

そういえば高校生の頃、別マを愛読していた。くらもちふさこは今でも好きだ。最近のだめカンタービレが好きだ。

子どもにつられて読み始めたワンピース大人買いして、今も毎週立ち読みするのも自分だ。コミックス自分が買う。

そういえば小さい時から徒競走がとにかく苦手で、いっつもお前は本気で走っているのか?と訊かれていた。ああ、本気だったとも。

だから走るのが速くなれば女の子にもてると本気で思ってたぞ。今も心のどこかで思っているな。マッチョ信仰だな。

いや、ないものねだりか。大人には足の速さって価値がないな。プロスポーツ世界でもない限り。

昔から、軸がぶれていて、定まらなくて、今もぶれている。コンプレックスの塊だったから、早く大人の男になりたかった。

強く、揺るがない信念を持った大人の男。

今の自分はそんなものとはかけ離れている。

流れてゆく時間の中で、今を生きていくことだけを追いかけてたら、こうなった。とにかく、ここまで生きて来た。

これを流されたというのだろうか。

今まで生きて来て分かったことは、自分の自由は自分で決めて自分でやるしかないということ。

自分のしてきたことを認めること。後悔することもある。でも認める。それは自分であると。

過去何がしかの決心で分岐を選んだ自分を認めること。だからといって他の道を永遠に諦める必要はない。それは夢だから。

可能性が0でない限り、持っていてもかまわない夢だから。

こんな浮ついたことを言いながら多分50になり、還暦を迎え、だらだらと意地汚く行き続け、願わくばあっさりとひっそりと死んで行けると良い。

こんな自分は大人なんだろうか。

だらだら書いてすまなかった。もう終わりにするよ。

まあ、こんなオヤジもそれなりにいるのではないだろうかと思うのだ。

大人になりたい人は自分にとっての大人を決めるといいよ。

死ぬまで追いかけるぐらい遠いことに気が付くのは多分死ぬ時なんだと思うけれどね。

ああ、本当に大人気ないなあ。

2007-03-24

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん