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2024-02-16

anond:20240216124331

感覚によらない「証明」をすることに価値を見出す人が数学をありがたがることがありますが、数学もまた根源的には感覚ありきの理解に基づいていると思うわけです。

この考えは間違っているでしょうか?そうであればどうして間違いなのか、どこがどう理解を誤っているのか知りたいので教えてください。


意味の心象説」

言葉意味とは何か」という問いが一般的であることが了解されたとき、それに対して与えられる解答として未だにしばしば出会ものがある。

それは、言葉意味を何らかの心的なイメージ(心象)であるとするものである。たとえば、「赤」という言葉意味とは、この言葉出会ったときに心の中に生ずる赤い(物体の)イメージである、といった具合である

こうした考え方を基礎とする「意味理論」は、その洗練度はさまざまであっても、どれも根本的に誤っている

言葉意味に対するこうした考え方(意味の心象説」とでも呼ぶことができよう)は、ウィトゲンシュタインが『哲学探究』のなかで徹底的に批判したものであり、その批判は決定的なものであるとみなすことができる。

そして、意味の心象説を批判するにあたって、ウィトゲンシュタインフレーゲに多くを負っていることは疑いが無い。


フレーゲが主として問題としたのは、数学哲学特に算術の基礎づけにおいて、心理的な要素を持ち込むという当時の風潮(心理主義)であった。

算術の基礎』においてフレーゲが出した問いのひとつは、「数詞、たとえば『5』、の意味は何か」というものである

言葉意味とは心的なイメージであるとする、フレーゲ以前伝統的であった答え(=意味の心象説)の弱点がもっとも鮮明に現れるのは、フレーゲが出したような問いに、その答を当てはめようとするときである

(言語哲学大全)


実証

さて、元増田は、"語の意味"は究極的には個人経験感覚から想起される心象に基礎づけられる、と主張しているのだから元増田は「意味の心象説」論者です。


意味の心象説論者は、以下のプロセスを経て、言葉意味理解します。

1.何らかの言語表現を(音、または視覚、触覚から)受け取る。

2.言語表現に紐づく心象を、こころの中に想起させる。(この時点では、言葉意味はまだ理解できていない)

3.こころに浮かんだ心象にたよることによって、言語表現が表そうとした"意味"を理解する。


では、元増田は「三角形」をご存じでしょうか?(三角形意味理解しているでしょうか?)


意味の心象説論者は、以下三つのプロセスを経て、言葉意味理解する、という主張に同意するでしょう。

1.『「三角形」をご存じでしょうか?』という言語表現を、視覚から(もしくは聴覚から)受け取る。

2.かつて、どこかで経験した「三角形と呼ばれたなにか」を、こころの中に想起させる。

3.こころに浮かんだ「三角形」を参照することによって、"三角形意味"を理解する。


三角形意味再確認」できましたね?では、あなたが想起させたその三角形は、どのような三角形でしょうか?

もしも、あなたこころに想起させた三角形が、正三角形だったとしましょう。

もしそうだとするならば、直角三角形三角形ではないということになります

なぜならば、

正三角形は直角三角形ではないし、

・「語の意味は個々人がこころに想起させたイメージである」と(『意味の心象説』論者が)主張するならば、

 こころに浮かんだ三角形(正三角形)と異なる図形(直角三角形)は、"意味が異なる"がゆえに、三角形ではないと主張しなければならないからです。


逆も同じです。直角三角形を想起させたのならば、正三角形三角形ではありません。また、「直角三角形であり、かつ、正三角形であるような三角形」は存在しません。

ところで、あなたこころに想起させた三角形とはどのような図形なのでしょう?

仮にどのような"三角形"であったとしても、「その図形と異なるにも関わらず三角形であるような図形」は、容易に示すことができるでしょう。


もしもあなたが「私は、あらゆる三角形を含む集合そのものと、集合に含まれひとつひとつの図形を想起させることができるがゆえに、三角形の正しい意味理解している」などと言い逃れしてみたとしましょう。

その時、私はこのように問うことができます。「あなたこころに想起させた図形の集合の中の、一つ一つの図形すべてが、"同じ"三角形であることをどのように知るのですか?」と。


意味の心象説」論者は、語の意味は個々人の心象に基礎づけられる、などと主張します。

しかし、三角形意味を心象に浮かぶ図形に求めるならば、異なる性質を持つ三角形を示されたときに"三角形意味"を説明することができず、

無限三角形連想できるなどとうそぶいた場合、「では、あなたの(無限の)心象にうかんだうちの、二つの"異なる三角形"が、"同じ三角形である"ことをどうやって知るのですか」と問うならば、

意味無限後退」に陥るのはむしろ意味の心象説」論者のほうであることになります

なぜなら、その人は三角形意味を心象に浮かぶ図形に求めたのだから、心象に浮かぶつの三角形が"同じ言葉(三角形)"に対応することを、またさらに心象に求めなければならないからです。

まりあなたが主張する「三角形意味」=「"三角形の集合"の心象」のなかに、実は四角形がまぎれこんではいないでしょうか?という疑いをどのように晴らすのでしょうか?

(この時あなたは、三角形形式的定義を利用して証明したい、と思うことでしょう。しかし、「三角形形式的定義」に含まれる語彙は、本来感覚によって基礎づけられると主張したのは『意味の心象説』論者自身です。)


ここで示された無限後退は、あくまでも意味の心象説」がもつ問題によるものであり、

言葉意味の厳密な定義を求める方法が、(ほかの)なんであるにせよ、「意味の心象説」がその役目を果たさないことだけは明らかです。

ゆえに、意味の心象説は、根本的に誤りといえるのです。



話を元に戻します。

どこまで突っ込まれても感覚に頼らない定義可能なんですかね?と思います

何をするにせよ、少なくとも、語の意味を(さら限定すると、数学的語彙の意味を)感覚、心象に基礎づけようとする方法が誤っていることだけは明らかでしょう。

2023-11-30

anond:20231129185247

……。

都内(都会)なら大学病院池」以外正解はない。

町医者町医者。医は算術

これはマジで

2023-11-13

anond:20231113104308

物価指数の基礎となる価格基本的県庁所在地市内の調査店舗価格を単純算術平均の偶数価格を単純算術平均した値だぞ。

価格の振れ幅は、安い方には小さく、高い方には大きくなるから、単純算術平均値は上振れるから東京は見た目より上振れしてる、という話は一旦置いといて。

安く生活できるかどうかは安い店があるかどうかの問題なので、平均額の問題ではない。

2023-11-05

(追追記しました)(追記しました)国民皆保険制度になくなってほしい

(追追記

思ったよりバズり困惑する一方でこの話題に感心を持ってもらって嬉しくも思います表現の汚さは、連休中日の当直後、概日リズムを崩すまいと、徹夜明けのハイ状態で書いていた文章である事を以て言い訳とさせてください。

一点、誤解されている点を追記させてください。あん文章を書いておいてアレなのですが、私個人は、皆保険制度をまるごと消滅させるべきとは考えておりません。医者他人の金をクソの山に埋める事を生業としている現状を変えたいと思っているのです。

現状は、様々なプレイヤーが種々の程度で皆保険チャンに乱暴を加えている状況であり、それが日本の衰退を惹起させているのだと認識しております

(そして、すべてが手遅れになった際には、全て医師のせいにされるのであろうという、強い予感も感じております。)

しかしながら、ルール悪用されるに当たっては、悪いのは悪用されるルールの方です。日本だとこのルール及び細かい数字はよーわからん方々がエイヤーとやって定めているのだと理解しております

自己負担○割に変更するのも一つの手でしょうが、明確な理由も無くそ数字が定められる以上、本質的最適化ではないと思われます。勿論、1割よりかは3割の方が望ましいと思います

根本的にこれを是正するにあたって、米国の様に見えざる手に委ねるか、或いは英国の様に医療アクセスを絞り費用対効果分析から得られた結論トップダウンで課すか。

表題では医師というポジションのみを考え露悪的に前者を推してみましたが、現実的には後者でしょう。

まりは「○○歳の五体満足な人間一年間は、○○万円に相当し、bedriddenであればそれを0.○倍する」という、地球より重いはずの人命を日本円で測定する事をやらねばならない訳です。

忖度なしにこれをやると、いまの医療漬けのご老人方は壊滅すると思われますが、忖度無しに行うからこその費用対効果なのです。

このベースに加え、足りない分を、英国のように、修練を積んだconsultantにのみprivate practiceを許して補うという制度あたりがちょうど良いのだと考えております

もっとも、NHSは今絶賛ストライキ中ですが。

追記

医者バッシング一色になるかと思ったら、意外にもそうではなくびっくりしました。

我々の富が如何にして投資に回されず、誰のためにもならない形で浪費され、みんなで不幸になっているかを知ってもらうため、注目を引きたいが為に露悪的に、過激に書きました。ハマスがやってるような手法です。大勢の方々が気分を害されたと思いますが、誰も半裸にして引き回したりしてないので、許してね(^_-)

日本人が皆保険を手放す訳無いと理解しておりますし、仮にもし、皆保険制度がなくなったとしても、案外多くの勤務医がクソみたいな低い値段で医療提供し始め、そんなに人件費は上がらんじゃないかと思います。奴ら、どうしようもないお人好しばかりなので。

個人普段努めて優しく臨床をしております患者が憎いわけではないのです。先程私が口汚く罵ったような方々を実際に目の前にした際には、「大変だなぁ」と思います患者ご本人に対し、そして世話をする家族自分含めた医療従事者、そのシステムを支える皆様方や将来の子供たちに対して、です。

もうちょっと制度が違っていれば、もっとうまくいくのになあと感じます

さて、皆様に於かれましてはお医者さんが大嫌いな方も多いと思われますので、以下、医者を困らせる方法記載しておきます

これらをされると、我々のお客さんが「なんもしてないのに病気になった人」だけになってしまい、困ります

それでは、お大事になさってくださいね

(本文)

当方、お医者さんである

国民民主党の玉木議員医者給与を減らせというツイートが昨今話題になっている。その理由医療に金がかかりすぎ、成長と全体の幸福を損ねているから、らしい。

ここに、手っ取り早い解決法を提案したいと思う。国民皆保険制度廃止すれば良い。

国民皆保険制度、そして高額医療制度は非効率医療サービスバラマキを行っている。

発熱すらしていないコロナ患者に対するラゲブリオや末期肝硬変患者貧血に対するエリスロポエチン。どうしようもなくボケちまった爺さん婆さんはあめ玉のようにアリセプトを舐めている。大正まれのご老人に順内と血外の連中がTAVIやらEVAR,TEVARをするせいで、ピンピンコロリへの道筋が絶たれていく。一種の老人病であるアミロイドシスという病気にタファミジスのような冗談みたいな価格の薬が投与される。

PD-1阻害薬なんて薬ができたせいで森○朗が復活してしまい、東京五輪遺憾無く老害っぷりを発揮したのは記憶に新しい。ヤニカス年金を受け取る前に早く死んでくれるから財政的にトントンだったのであって、延命してしまえば単なる息の臭い金食い虫だ。

糖尿病腎臓をぶっ壊せば医療費がタダになる上に週3人工透析をする権利付与される。これは米国だと週2回である別に週2でも死にはしないのだが、政治家にとっての票田、透析病院にとってのアクティブユーザー数を維持する為に週3となった。

そして今後これにレカネマブが加わる。

この話を欧米医者にすると、イかれてんなwどこからその金が出てんの?、と言われる。納税者の財布からである日銀円債を引き受け、円の価値希釈させることでそれを行うこともやっている。

世間イメージとは裏腹で、日本医療従事者の人件費はとても安い。

これは一人当たり医療支出を見れば明らかだ(4,691ドルOECD加盟中15位/38位)。上述のような無意味バラマキをしており、かつ失敗国家のような人口比率であるのにもかかわらず、日本医療支出相対的に低い。何故か?それは医療従事者の人件費が安く押さえられているからだ。

米国医者看護師給与水準は日本の5〜6倍くらいはある。最近円安でそれにブーストがかかった。米国の一人あたりGDP日本の2倍程度であるのを考慮しても、単純計算で3倍もらっていいことになる。しかも、日本医療サービス必要とする高齢者割合が高く、富は高齢者に集中している。その上、日本人口あたりの医者数は米国の二分の一強しかいない(看護師数は知らん)。自由競争が許されれば、価格はどこまで上げて良いのだろうか?

社会主義的な医療制度採用しているカナダオーストラリアイギリス比較しても日本医療従事者の待遇は地を這うような水準だ。この差は、これら国々は費用対効果に見合う医療のみ提供する事より生まれる。そして、費用対効果という言葉日本で最も忌み嫌われる言葉だ。医は算術ではなく、バラマキなのである

少々話が脱線するが、日本医療は安いだけでなく、質が良い。

看護師の方々の礼節は海外比較するとびっくりする程だ。大して金を払っていない患者に対して奴隷の如くクソ丁重にもてなす個人的にやめたほうがいいと思っている)。消化器の先生海外ではまず不可能であろうESDなどを華麗にこなしてみせる。外科先生はクソ面倒くさいリンパ節郭清などを毎回丁寧にやってらっしゃる(あれエビデンスあるんすか?)。心外脳外婦人科先生方はキチガイじみた24hオンコールを律儀に請け負っている。

ネットに出没する出羽守の方々が海外で稼げなくなってから日本凱旋するのはまさにこれが理由である医療が安いだけが理由であったのなら、金が腐るほどある金持ち海外医療を受け、そこを終の住処とするだろう。

要するに国民皆保険制度医療従事者を抑圧する制度でもあるということだ。

この手の話題では、医業の独占を医者から譲り渡すべきだという議論になりがちがだが、別にそうすればいいと思う。

chatGPTの言われた通りに動けば素人でも9割方正解を出せる(残り一割はとんでもなく間違う)。

ただ、麻薬とか向精神薬とか抗癌剤など人を殺せる系薬剤の処方権をお譲りするのは難しいと思うし、無免許医が患者不利益を及ぼした場合、たとえ事前の患者同意があったとしても殺人罪やら傷害罪適応されるべきだと思う。じゃないと麻薬密売やら自殺幇助などがはびこるだろう。

血圧とか糖尿病の薬程度であれば各々自由にやればいいんじゃないかな。ここら辺も匙加減間違うと死ぬけどね。

ネット上では医者が率先して寝たきり患者を量産していることとなっているが、それは嘘だ。寝たきり患者が増えることで得をするのは病院であって、医者ではない(そして、病院にも大した得にならない)。医者胃瘻やら中心静脈栄養やら喉頭気管分離を行うのは、家族から「できることはやってあげてください」、或いは「昇圧剤と心マは希望しないけど、他はやってください」と言われるためである。一度そう言われてしまうと、文字通りできる限りの事をしないと訴訟医師免許お取り潰し、場合によっては殺人罪を着せられることになる。延命を行わないことのデメリットが甚大である一方で、メリットは皆無なのだ

そんな中でも過去ALS患者安楽死させようとした医者や、透析を中断させようとさせた医者過去に居たが、日本人はその行為の是非を議論しようとはせず、彼らは司法やらメディアの袋叩きに逢い、無事死亡した。

「寝たきり患者量産」は、国是であり、日本国民の総意なのだ

医療従事者は、低所得者生活保護者ともっと交流する職業のうちの一つだ。実際に相手をしてみると解るが、大抵彼らは愚かで、卑しく、救い難い。そんな人々を相手にしたくないし、彼らのために真面目に労働納税している人々の税金を注ぎ込む際には良心が痛む。

だが、そうせざるを得ない。国民皆保険制度がそうさせているのだ。

国民皆保険制度廃止することのメリットは以下の通りだ

デメリットは以下の通りである

要するにフリーライダー死ぬということである

ただ、想像してみてほしい。ご高齢の方々は、周囲からまれながら、そんなに長く生きたいだろうか?役目を終え、尊敬される老人のまま、死にたくないか

デブアル中、ヤニカスの皆様方は、太く短い生涯を送りたくて、そういったライフスタイルを営んでいるのではないだろうか?

そしてなんといっても皆さん、フリーライダーは、お嫌いでしょう??

「お前もいずれは高齢者になる」と言われるが、私の経験では生産可能年齢を過ぎてから延命は本人含め、誰も幸せにしない。

病院に巣くうご老人方は醜く礼節に欠きそれでいて生産性は皆無である家族含めた周囲は陰に陽に早く死んでほしいと考えている。そんな中貴重な医療資源を浪費し、死ぬはずであった今日先延ばしにしているご本人は少しも幸せそうでなく、それどころか不機嫌な顔をしている。飯塚○三のような、あの顔である

医療に縋らないと生きられない時点で、生物として破綻しているのである。そんな中長く生きても、なーーーーーーーーーーーんもいいことないよ。

私は、基本的には人の為になりたくて医者になった。給与労働条件が他国に比べてイけてないのはまだ我慢できる。だが、劣悪な労働条件で滅私奉公し、それが故に国賊の様に扱われるのは納得がいかない。国民皆保険制度医療従事者の待遇悪化させているだけではなく、医療従事者が頑張れば頑張るほど、日本国民、および患者とその家族不利益を及ぼすような制度設計になっている。悪いのは制度であって、医療従事者でも、患者でも、老人でもないのだ。

保険制度は捨て去られるべきだ。

レッツ、レッセフェーーーーーーーール!!!!!!!!!

2023-10-01

anond:20230930180156

10と50の間に46時中(明治維新前は26時中)も入れたい。

24時間=4×6(明治維新前は12刻=2×6)にちなんだ算術表現

2023-06-08

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20230608/k10014093911000.html

kuippa A.3のデータリストみて違和感武蔵野市が15.8で三鷹市11.5。地形、取水的にも違和感国分寺市データとか分散、散布図どうなってるんだろ。算術平均じゃなくて。府中がこの数字だと米軍基地以外に仮説ありそ

ルネサス武蔵工場説あると思います

調布も高いし

野川沿いを二子玉川まで再調査してほしい

2023-04-26

anond:20230426025751

いずれ来る異世界転生に備えて万難を排すため科学医学算術工学政治経済歴史地理、を学んでおくとあら不思議 現世でも成功できる

2023-04-07

anond:20230406220727

算術がすべての軍事を変える。

 

剣の時代は終わり、これから科学時代になるのだなあ

2022-06-19

anond:20220619174544

社会の上の方は一夫多妻、下の方は多夫一妻にするなどの柔軟な数理計画法要求される

国中の算術師を呼ぼう

2022-05-13

かーにはんとりっちーになんとかしてもらいたかたこ

setjmp/longjmpの存在。かんべんしろ

switchcaseで毎度書かないといけないbreak文。なくしておいてフォースルーしたいときになんかの命令を書くようにしてほしかった

算術シフト論理シフト演算子をわけてほしかった。符号整数の右シフトきらい。というか演算子にしないで関数にしてほしかった

rotとビットカウントと最左ビット位置検出と左右ビット反転の標準関数つけといてほしかった

2022-02-04

anond:20220204130820

FFTの 踊る、歌う、算術は、

それさえあればなんでも良くなっちゃうから

大抵のプレイで最終的に縛ることになる。

2021-12-06

anond:20211206233147

中央値であって最頻値ではないんだろ? だったら算術平均(ミーン)と大きくは異ならないはず。

2021-12-03

anond:20211203071706

馬鹿だなぁ

江戸時代百姓は勤勉だったんだぞ

算術なんかも増田よりかなりできたんだぞ

2021-08-26

掛け算の順序問題計算論理の科目としての算数

掛け算の順序問題なるものがある。
りんごが4つ入った袋が3つあったらりんごは全部でいくつありますか?」という問題に「4×3=12 答え 12個」と「3×4=12 答え 12個」という回答があって、前者だけを正答とすべきだとか両方正答とするべきだとか、そういう問題だ。長方形の面積について話している場合もある。

この意見対立には、(一面として)数学をどのように抽象的に捉えるか、というのや数学算数という科目の持つ役割に関してのスタンスの相違が原因にあると考える。
数学をより純粋抽象的に捉えるにしたがって「順序強要」→「順序容認」→「順序強要」のように立場が変化することを以下で述べる。

念の為記しておくが、この文章は掛け算の順序問題に関してどの立場が正しいというような文章ではない。
俺は教育専門家でもなければ小学生算数を教えたベテラン教師というわけでもない。
数学への向き合い方が真摯になるにつれて変化する立場が単調でないことに気づき、その非自明な振る舞いについて筆を執ろうと思っただけのものである
この文章で誰かの何らかに影響があればそれは幸いである。

順序強要派1

りんごが4つ入った袋が3つあったらりんごは全部でいくつありますか?」という問題に「4×3=12 答え 12個」と答えるのが正答であり、「3×4=12 答え 12個」と答えるのは誤答であるという立場である
"4×3"という数式には「『1つぶんが4つ』のものが『3つぶん』ある」という意味があるとして、"3×4"という数式は題意にそぐわないとする。

正直なところ、数学でこれを正当化するような解釈を俺は知らない。
より高学年、あるいは中学高校大学・それ以降で出現する数式(例えば e^iθ=i sinθ+cosθ が成り立つとは、どういう意味合いのものが等しいということを言っているんだろうか?)に対して、その数式の"意味"は適切に存在して、何らかの実態と一致するだろうか。そのような体系がある場合、ぜひ知りたいのでご一報いただければ嬉しい。

順序容認

上記思想とは翻って「4×3=12 答え 12個」も「3×4=12 答え 12個」も正答とする立場である
数式そのものに何か「実際的意味」はなく、そこには記号の間の関係操作があるという立場はより現代的な数学に近いものであり、納得できるものだろう。

俺が現実計算をするときもこの立場にいる。「日本国民全員が2回ずつ…」などと聞いたら脳内で出てくる式は"1億3000万×2=2億6000万"だし、「2人が1億3000万個ずつ…」と聞いても思い浮かべる式は"1億3000万×2=2億6000万"のままだ(自分の脳は乗数が単純なほど高速に乗算が行えるから、そのような式のほうを思い浮かべるように訓練されたのではないかと思う)。単なる道具としての使い勝手ならば、この立場はとても強い。道具として(正しい答えを出せるなら、という条件付きだが)順序を気にしない方が順序を気にする方より楽だろう。

算数を「現実事柄に付随して必要となる計算を正しく行う能力を育てる」科目だと考えるなら──教養大学などで学ぶそれではない)としての算術としての用途としては実際にそれで十分だろう──、真っ当な立場だろう。

しかし、この立場には少し弱いところがある。
数式そのもの意味はないとするのはよいが、その結果立式の段階で「状況」から一足飛ばしで「数式」が出来上がっている。これは、少なくとも数学の厳密な操作ではない。より厳密であろうとするならば、次の立場になるだろう。

順序強要派2

数学的に厳密な立場であろうとするならば、意味論的操作を取り除く必要がある。この立場において、「『ひとつ分の数』が『いくつ分』あるとき、全体で『(ひとつ分の数)×(いくつ分)』あります」という定義にしたがって被乗数と乗数を区別することには意義がある。

この立場では、「りんごが4つ入った袋が3つあったらりんごは全部でいくつありますか?」という問題文に記述欄があった上で、「4×3=12 答え 12個」と答えるのも「3×4=12 答え 12個」と答えるのも厳密には誤答とする。
「これは、りんごが袋ひとつ分につき4つあり、袋が3つ分あるので、全体で4×3個のりんごがある。4×3=12なので、答えは12である。 答え 12個」のように定義形式に構文的に当てはめて答えて初めて正答である。この立場は「3×4=12」という立式を否定するものではない。「りんごを袋にひとつずつ入れていくことを考えると、これは一周分につき3つのりんごを入れ、4周分入れるので全体で3×4個のりんごがある。3×4=12なので、12個入れたことになり、全部でりんご12個ある。 答え 12個」という回答も正答である

この立場のもとで、「これは、りんごが袋ひとつ分につき4つあり、袋が3つ分あるので、全体で3×4個のりんごがある。3×4=12なので、答えは12である。 答え 12個」という回答は全くの間違いとなる。「3×4=12」という立式ができる解釈はあるが、その式を導出するに至る構文的操作が誤っているためである。同様に、定義が「『ひとつ分の数』が『いくつ分』あるとき、全体で『(いくつ分)×(ひとつ分の数)』あります」というものならば、「これは、りんごが袋ひとつ分につき4つあり、袋が3つ分あるので、全体で4×3個のりんごがある。4×3=12なので、答えは12である。 答え 12個」という回答は間違いとなる。

"3×4"と"4×3"はそれが"12"と等しいことを示すための証明木も異なるなど、式として完全に異なるものである。値が等しいことは証明されるべき非自明命題であり、何も断らず用いてよいことではない。
「被乗数と乗数を入れ替えても答えが変わらないため、立式の際に断らずにこれらを入れ替えることがある」と答案の先頭で述べてある答案があれば(このようなことが書ける生徒は単なる乗算でつまづくような生徒ではないだろうが)、「りんごが袋ひとつ分につき4つあり、袋が3つ分あるので、全体で3×4個」でも正答としてよいだろう。

余談だが、長方形の面積に関してさらに状況は混迷を極める場合がある。長方形の面積を「たて×よこ」とするとき、これは「定義」か、「定理」かすら明らかでない。「1cm×1cm正方形の面積は1cm^2」で「1cm×1cm正方形がある図形にすきまも重なりもなく敷き詰められる場合その図形の面積は 使った正方形の個数 cm^2」という定義によって導かれる「定理」とする立場もあるだろう。この場合、「たて×よこ」は単なる立式の1宗派に過ぎず「よこ×たて」で面積を計算しようと1つ1つ数えようとどんな式で計算しようと使った正方形の個数を正しく導くことができる式ならば正答である。対して、「たて×よこ」が「定義」ならば、どちらを"たて"と見るかを記述する2択のみがあり、それ以外は誤答である(別の定理がある場合を除く)。

この思想は非常に窮屈に思えるかもしれないが、数学直感理解否定するものではない。
必ずしも全生徒がそこまで進むわけではないが、数学科などで学ぶような数学においてはこのような思想が顕著になる。
純粋数学において、自然数すら現実の何の対象とも厳密には対応せず、論理学は実際の"正しさ"と一致する保証を持たせるものではない。数学基礎論などを学ぶことでこのような数学思想に触れることができると考える。

もし俺が正義感とやる気と生徒への期待と十分な時間を持ち合わせているなら、生徒にこのように指導するだろう。算数(は賛否両論あるかもしれないが)・数学計算するだけの科目ではなく、論理学を学ぶための学問でもあるからだ。特に文章題を「現実対象数学的にモデル化してそこから論理的結論を導く」ことを問うものであるとするならば、この立場に立つことには合理性がある。

しかし、これは理想的な状況における対応である。例えば回答欄が「(しき) (こたえ)」のように分かれている場合そもそもこのような記述を行うべき欄がない。この場合問題文を「『ひとつ分の数』が4であるようなものが3つ分あるとき、全体でいくつあるでしょう?」のように非常に定義に近づけて初めて「3×4=12」を減点する準備が整うといえよう(これでもまだ即座に誤答とするべきではないだろう)。そうでない場合、「4×3=12」と「3×4=12」の2つの式は同程度に論理の飛躍を伴っており、それらに点数の別をつけるべきではないかもしれない。

まとめ

冒頭でも述べた通り俺は教育専門家でもなんでもないから、どの立場を取れば生徒がよく理解するかなどについて何も言えない(どの立場に対しても理解できる生徒と理解できない生徒がいるだろうと思うが)。
個人的には2つ目と3つ目の中間のような立場だ。算数計算をするだけでもないし論理をするだけでもない。単に計算をする手段としてなら順番なんてどうでもいい、素早く正しい答えが出るなら3袋の4個入りみかんを見て3+3+3+3だと思おうが(2*2)*3だと思おうが10+2だと思おうが構わない。他人と考えを共有するための道具なら前提から論理を組み立てる訓練が必要で、掛け算の順番にまで気を遣わなければ意味のある結果を出せない。数学はどちらをする科目でもあることに我々は自覚的だろうか。

2021-05-17

anond:20210517080239

広告とかプロパガンダは、そのメッセージが届くことが直接発信者の利得につながっていくから互いに凌ぎを削って最適化が進んでいくわけだけど、複雑なことを複雑なまま伝える技術は、そもそも市場がない(ないことはないけど、簡単なことを刺さるように伝える技術に比べて圧倒的に小さい)からあんまり発展しないんだと思う。テクニックとしても難易度が高いし、どうしても受け手の最低レベルっていう制約条件が出てしまう。基礎的な算術がわかってないひとに感染症幾何級数的拡大の怖さについてイメージしてもらうのは超絶難しい。論理学の考え方が身についてないひとにロジカル分析理解してもらおうとしても、途中で躓いたり、たとえば特称命題全称命題を取り違えて間違った展開をしてしま可能性が高い。

相手が持ってる教育教養レベルを遙かに上回ることを伝えるには、本当はそこに到るための階段を登ってもらわなきゃいけなくて、そこをテクニックで一足飛びに飛び越えようとすると、あまり精度の高くない比喩ごまかす形になってしまいがち。それにしたって「うまい伝え方をすれば、階段の1段下にいるぐらいの人がギリギリわかってくれる」という程度の底上げしかできないのではなかろうか。

2021-04-09

anond:20210409095223

ちょっと頭冷やした

適切であれば受け入れる、それさえ聞けたらまあいいよ

自分リニア新幹線の話は知らなかったし、北海道とかで駅が廃止されてるって話は聞いてたかもっと金が無い組織なのかなと思ってたわ

まあ実際今バリアフリー化進めてるみたいだし全く意識してないということはないと思うけど

もうちょっと小さい企業なら話は変わってくると思うけど、十分リソースがあると予想される企業相手なら批判するだけでもまあ別にいいのかも

ちなみに1+1=80の元ネタ東条英機算術とされているものだけど、2+2=80だったわ すまん

2021-03-22

又三郎

風の又三郎

宮沢賢治


どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう

 谷川の岸に小さな学校がありました。

 教室はたった一つでしたが生徒は三年生がないだけで、あとは一年から六年までみんなありました。運動場もテニスコートのくらいでしたが、すぐうしろは栗くりの木のあるきれいな草の山でしたし、運動場のすみにはごぼごぼつめたい水を噴ふく岩穴もあったのです。

 さわやかな九月一日の朝でした。青ぞらで風がどうと鳴り、日光運動場いっぱいでした。黒い雪袴ゆきばかまをはいた二人の一年の子がどてをまわって運動場にはいって来て、まだほかにだれも来ていないのを見て、「ほう、おら一等だぞ。一等だぞ。」とかわるがわる叫びながら大よろこびで門をはいって来たのでしたが、ちょっと教室の中を見ますと、二人ふたりともまるでびっくりして棒立ちになり、それから顔を見合わせてぶるぶるふるえましたが、ひとりはとうとう泣き出してしまいました。というわけは、そのしんとした朝の教室なかにどこから来たのか、まるで顔も知らないおかしな赤い髪の子供がひとり、いちばん前の机にちゃんとすわっていたのです。そしてその机といったらまったくこの泣いた子の自分の机だったのです。

 もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやり目をりんと張って、そっちのほうをにらめていましたら、ちょうどそのとき川上から

「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり。」と高く叫ぶ声がして、それからまるで大きなからすのように、嘉助かすけがかばんをかかえてわらって運動場へかけて来ました。と思ったらすぐそのあとから太郎さたろうだの耕助こうすけだのどやどややってきました。

「なして泣いでら、うなかもたのが。」嘉助が泣かないこどもの肩をつかまえて言いました。するとその子もわあと泣いてしまいました。おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛おかしな子がすまして、しゃんとすわっているのが目につきました。

 みんなはしんとなってしまいました。だんだんみんな女の子たちも集まって来ましたが、だれもなんとも言えませんでした。

 赤毛の子どもはいっこうこわがるふうもなくやっぱりちゃんとすわって、じっと黒板を見ています。すると六年生の一郎いちろうが来ました。一郎はまるでおとなのようにゆっくり大またにやってきて、みんなを見て、

「何なにした。」とききました。

 みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指さしました。一郎はしばらくそっちを見ていましたが、やがて鞄かばんをしっかりかかえて、さっさと窓の下へ行きました。

 みんなもすっかり元気になってついて行きました。

「だれだ、時間にならないに教室はいってるのは。」一郎は窓へはいのぼって教室の中へ顔をつき出して言いました。

「お天気のいい時教室はいってるづど先生にうんとしからえるぞ。」窓の下の耕助が言いました。

しからえでもおら知らないよ。」嘉助が言いました。

「早ぐ出はって来こ、出はって来。」一郎が言いました。けれどもそのこどもはきょろきょろ室へやの中やみんなのほうを見るばかりで、やっぱりちゃんとひざに手をおいて腰掛けにすわっていました。

 ぜんたいその形からが実におかしいのでした。変てこなねずみいろのだぶだぶの上着を着て、白い半ずぼんをはいて、それに赤い革かわの半靴はんぐつをはいていたのです。

 それに顔といったらまるで熟したりんごのよう、ことに目はまん丸でまっくろなのでした。いっこう言葉が通じないようなので一郎も全く困ってしまいました。

あいづは外国人だな。」

学校はいるのだな。」みんなはがやがやがやがや言いました。ところが五年生の嘉助がいきなり、

「ああ三年生さはいるのだ。」と叫びましたので、

「ああそうだ。」と小さいこどもらは思いましたが、一郎はだまってくびをまげました。

 変なこどもはやはりきょろきょろこっちを見るだけ、きちんと腰掛けています

 そのとき風がどうと吹いて来て教室ガラス戸はみんながたがた鳴り、学校のうしろの山の萱かやや栗くりの木はみんな変に青じろくなってゆれ、教室のなかのこどもはなんだかにやっとわらってすこしうごいたようでした。

 すると嘉助がすぐ叫びました。

「ああわかった。あいつは風の又三郎またさぶろうだぞ。」

 そうだっとみんなもおもったときにわかにうしろのほうで五郎が、

「わあ、痛いぢゃあ。」と叫びました。

 みんなそっちへ振り向きますと、五郎が耕助に足のゆびをふまれて、まるでおこって耕助をなぐりつけていたのです。すると耕助もおこって、

「わあ、われ悪くてでひと撲はだいだなあ。」と言ってまた五郎をなぐろうとしました。

 五郎はまるで顔じゅう涙だらけにして耕助に組み付こうとしました。そこで一郎が間へはいって嘉助が耕助を押えてしまいました。

「わあい、けんかするなったら、先生ちゃん職員室に来てらぞ。」と一郎が言いながらまた教室のほうを見ましたら、一郎はにわかにまるでぽかんとしてしまいました。

 たったいままで教室にいたあの変な子が影もかたちもないのです。みんなもまるでせっかく友だちになった子うまが遠くへやられたよう、せっかく捕とった山雀やまがらに逃げられたように思いました。

 風がまたどうと吹いて来て窓ガラスをがたがた言わせ、うしろの山の萱かやをだんだん上流のほうへ青じろく波だてて行きました。

「わあ、うなだけんかしたんだがら又三郎いなぐなったな。」嘉助がおこって言いました。

 みんなもほんとうにそう思いました。五郎はじつに申しわけないと思って、足の痛いのも忘れてしょんぼり肩をすぼめて立ったのです。

「やっぱりあいつは風の又三郎だったな。」

二百十日で来たのだな。」

「靴くつはいでだたぞ。」

「服も着でだたぞ。」

「髪赤くておかしやづだったな。」

「ありゃありゃ、又三郎おれの机の上さ石かけ乗せでったぞ。」二年生の子が言いました。見るとその子の机の上にはきたない石かけが乗っていたのです。

「そうだ、ありゃ。あそごのガラスもぶっかしたぞ。」

「そだないでああいづあ休み前に嘉助石ぶっつけだのだな。」

「わあい。そだないであ。」と言っていたとき、これはまたなんというわけでしょう。先生玄関から出て来たのです。先生はぴかぴか光る呼び子を右手にもって、もう集まれのしたくをしているのでしたが、そのすぐうしろから、さっきの赤い髪の子が、まるで権現ごんげんさまの尾おっぱ持ちのようにすまし込んで、白いシャッポかぶって、先生についてすぱすぱとあるいて来たのです。

 みんなはしいんとなってしまいました。やっと一郎が「先生お早うございます。」と言いましたのでみんなもついて、

先生お早うございます。」と言っただけでした。

「みなさん。お早う。どなたも元気ですね。では並んで。」先生は呼び子をビルルと吹きました。それはすぐ谷の向こうの山へひびいてまたビルルルと低く戻もどってきました。

 すっかりやすみの前のとおりだとみんなが思いながら六年生は一人、五年生は七人、四年生は六人、一二年生は十二人、組ごとに一列に縦にならびました。

 二年は八人、一年生は四人前へならえをしてならんだのです。

 するとその間あのおかしな子は、何かおかしいのかおもしろいのか奥歯で横っちょに舌をかむようにして、じろじろみんなを見ながら先生のうしろに立っていたのです。すると先生は、高田たかださんこっちへおはいりなさいと言いながら五年生の列のところへ連れて行って、丈たけを嘉助とくらべてから嘉助とそのうしろのきよの間へ立たせました。

 みんなはふりかえってじっとそれを見ていました。

 先生はまた玄関の前に戻って、

「前へならえ。」と号令をかけました。

 みんなはもう一ぺん前へならえをしてすっかり列をつくりましたが、じつはあの変な子がどういうふうにしているのか見たくて、かわるがわるそっちをふりむいたり横目でにらんだりしたのでした。するとその子ちゃんと前へならえでもなんでも知ってるらしく平気で両腕を前へ出して、指さきを嘉助のせなかへやっと届くくらいにしていたものですから、嘉助はなんだかせなかがかゆく、くすぐったいというふうにもじもじしていました。

「直れ。」先生がまた号令をかけました。

一年から順に前へおい。」そこで一年生はあるき出し、まもなく二年生もあるき出してみんなの前をぐるっと通って、右手下駄箱げたばこのある入り口はいって行きました。四年生があるき出すとさっきの子も嘉助のあとへついて大威張りであるいて行きました。前へ行った子もときどきふりかえって見、あとの者もじっと見ていたのです。

 まもなくみんなははきもの下駄箱げたばこに入れて教室はいって、ちょうど外へならんだときのように組ごとに一列に机にすわりました。さっきの子もすまし込んで嘉助のうしろにすわりました。ところがもう大さわぎです。

「わあ、おらの机さ石かけはいってるぞ。」

「わあ、おらの机代わってるぞ。」

「キッコ、キッコ、うな通信簿持って来たが。おら忘れで来たぢゃあ。」

「わあい、さの、木ペン借せ、木ペン借せったら。」

「わあがない。ひとの雑記帳とってって。」

 そのとき先生はいって来ましたのでみんなもさわぎながらとにかく立ちあがり、一郎がいちばんしろで、

「礼。」と言いました。

 みんなはおじぎをする間はちょっとしんとなりましたが、それからまたがやがやがやがや言いました。

「しずかに、みなさん。しずかにするのです。」先生が言いました。

「しっ、悦治えつじ、やがましったら、嘉助え、喜きっこう。わあい。」と一郎がいちばんしろからまりさわぐものを一人ずつしかりました。

 みんなはしんとなりました。

 先生が言いました。

「みなさん、長い夏のお休みおもしろかったですね。みなさんは朝から水泳ぎもできたし、林の中で鷹たかにも負けないくらい高く叫んだり、またにいさんの草刈りについて上うえの野原へ行ったりしたでしょう。けれどももうきのうで休みは終わりました。これからは第二学期で秋です。むかしから秋はいちばんからだもこころもひきしまって、勉強のできる時だといってあるのです。ですから、みなさんもきょうからまたいっしょにしっかり勉強しましょう。それからこのお休みの間にみなさんのお友だちが一人ふえました。それはそこにいる高田さんです。そのかたのおとうさんはこんど会社のご用で上の野原の入り口へおいでになっていられるのです。高田さんはいままでは北海道学校におられたのですが、きょうからみなさんのお友だちになるのですから、みなさんは学校勉強ときも、また栗拾くりひろいや魚さかなとりに行くときも、高田さんをさそうようにしなければなりません。わかりましたか。わかった人は手をあげてごらんなさい。」

 すぐみんなは手をあげました。その高田とよばれた子も勢いよく手をあげましたので、ちょっと先生はわらいましたが、すぐ、

「わかりましたね、ではよし。」と言いましたので、みんなは火の消えたように一ぺんに手をおろしました。

 ところが嘉助がすぐ、

先生。」といってまた手をあげました。

はい。」先生は嘉助を指さしました。

高田さん名はなんて言うべな。」

高田三郎さぶろうさんです。」

「わあ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」嘉助はまるで手をたたいて机の中で踊るようにしましたので、大きなほうの子どもらはどっと笑いましたが、下の子どもらは何かこわいというふうにしいんとして三郎のほうを見ていたのです。

 先生はまた言いました。

「きょうはみなさんは通信簿宿題をもってくるのでしたね。持って来た人は机の上へ出してください。私がいま集めに行きますから。」

 みんなはばたばた鞄かばんをあけたりふろしきをといたりして、通信簿宿題を机の上に出しました。そして先生一年生のほうから順にそれを集めはじめました。そのときみんなはぎょっとしました。というわけはみんなのうしろのところにいつか一人の大人おとなが立っていたのです。その人は白いだぶだぶの麻服を着て黒いてかてかしたはんけちをネクタイの代わりに首に巻いて、手には白い扇をもって軽くじぶんの顔を扇あおぎながら少し笑ってみんなを見おろしていたのです。さあみんなはだんだんしいんとなって、まるで堅くなってしまいました。

 ところが先生別にその人を気にかけるふうもなく、順々に通信簿を集めて三郎の席まで行きますと、三郎は通信簿宿題帳もないかわりに両手をにぎりこぶしにして二つ机の上にのせていたのです。先生はだまってそこを通りすぎ、みんなのを集めてしまうとそれを両手でそろえながらまた教壇に戻りました。

「では宿題帳はこの次の土曜日に直して渡しまから、きょう持って来なかった人は、あしたきっと忘れないで持って来てください。それは悦治さんと勇治ゆうじさんと良作りょうさくさんとですね。ではきょうはここまでです。あしたかちゃんといつものとおりのしたくをしておいでなさい。それから四年生と六年生の人は、先生といっしょに教室のお掃除そうじをしましょう。ではここまで。」

 一郎が気をつけ、と言いみんなは一ぺんに立ちました。うしろ大人おとなも扇を下にさげて立ちました。

「礼。」先生もみんなも礼をしました。うしろ大人も軽く頭を下げました。それからずうっと下の組の子どもらは一目散に教室を飛び出しましたが、四年生の子どもらはまだもじもじしていました。

 すると三郎はさっきのだぶだぶの白い服の人のところへ行きました。先生も教壇をおりてその人のところへ行きました。

「いやどうもご苦労さまでございます。」その大人はていねいに先生に礼をしました。

「じきみんなとお友だちになりますから。」先生も礼を返しながら言いました。

「何ぶんどうかよろしくねがいいたします。それでは。」その人はまたていねいに礼をして目で三郎に合図すると、自分玄関のほうへまわって外へ出て待っていますと、三郎はみんなの見ている中を目をりんとはってだまって昇降口から出て行って追いつき、二人は運動場を通って川下のほうへ歩いて行きました。

 運動場を出るときの子はこっちをふりむいて、じっと学校やみんなのほうをにらむようにすると、またすたすた白服の大人おとなについて歩いて行きました。

先生、あの人は高田さんのとうさんですか。」一郎が箒ほうきをもちながら先生にききました。

「そうです。」

「なんの用で来たべ。」

「上の野原の入り口モリブデンという鉱石ができるので、それをだんだん掘るようにするためだそうです。」

「どこらあだりだべな。」

「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行くみちから、少し川下へ寄ったほうなようです。」

モリブデン何にするべな。」

「それは鉄とまぜたり、薬をつくったりするのだそうです。」

「そだら又三郎も掘るべが。」嘉助が言いました。

又三郎だない。高田三郎だぢゃ。」佐太郎が言いました。

又三郎又三郎だ。」嘉助が顔をまっ赤かにしてがん張りました。

「嘉助、うなも残ってらば掃除そうじしてすけろ。」一郎が言いました。

「わあい。やんたぢゃ。きょう四年生ど六年生だな。」

 嘉助は大急ぎで教室をはねだして逃げてしまいました。

 風がまた吹いて来て窓ガラスはまたがたがた鳴り、ぞうきんを入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。

 次の日一郎はあのおかし子供が、きょうからほんとうに学校へ来て本を読んだりするかどうか早く見たいような気がして、いつもより早く嘉助をさそいました。ところが嘉助のほうは一郎よりもっとそう考えていたと見えて、とうにごはんもたべ、ふろしきに包んだ本ももって家の前へ出て一郎を待っていたのでした。二人は途中もいろいろその子のことを話しながら学校へ来ました。すると運動場には小さな子供らがもう七八人集まっていて、棒かくしをしていましたが、その子はまだ来ていませんでした。またきのうのように教室の中にいるのかと思って中をのぞいて見ましたが、教室の中はしいんとしてだれもいず、黒板の上にはきのう掃除ときぞうきんでふいた跡がかわいてぼんやり白い縞しまになっていました。

「きのうのやつまだ来てないな。」一郎が言いました。

「うん。」嘉助も言ってそこらを見まわしました。

 一郎はそこで鉄棒の下へ行って、じゃみ上がりというやり方で、無理やりに鉄棒の上にのぼり両腕をだんだん寄せて右の腕木に行くと、そこへ腰掛けてきのう三郎の行ったほうをじっと見おろして待っていました。谷川はそっちのほうへきらきら光ってながれて行き、その下の山の上のほうでは風も吹いているらしく、ときどき萱かやが白く波立っていました。

 嘉助もやっぱりその柱の下でじっとそっちを見て待っていました。ところが二人はそんなに長く待つこともありませんでした。それは突然三郎がその下手のみちから灰いろの鞄かばんを右手にかかえて走るようにして出て来たのです。

「来たぞ。」と一郎が思わず下にいる嘉助へ叫ぼうとしていますと、早くも三郎はどてをぐるっとまわって、どんどん正門をはいって来ると、

お早う。」とはっきり言いました。みんなはいっしょにそっちをふり向きましたが、一人も返事をしたものがありませんでした。

 それは返事をしないのではなくて、みんなは先生はいつでも「お早うございます。」というように習っていたのですが、お互いに「お早う。」なんて言ったことがなかったのに三郎にそう言われても、一郎や嘉助はあんまりにわかで、また勢いがいいのでとうとう臆おくしてしまって一郎も嘉助も口の中でお早うというかわりに、もにゃもにゃっと言ってしまったのでした。

 ところが三郎のほうはべつだんそれを苦にするふうもなく、二三歩また前へ進むとじっと立って、そのまっ黒な目でぐるっと運動場じゅうを見まわしました。そしてしばらくだれか遊ぶ相手がないかさがしているようでした。けれどもみんなきょろきょろ三郎のほうはみていても、やはり忙しそうに棒かくしをしたり三郎のほうへ行くものがありませんでした。三郎はちょっと具合が悪いようにそこにつっ立っていましたが、また運動場をもう一度見まわしました。

 それからぜんたいこの運動場は何間なんげんあるかというように、正門から玄関まで大またに歩数を数えながら歩きはじめました。一郎は急いで鉄棒をはねおりて嘉助とならんで、息をこらしてそれを見ていました。

 そのうち三郎は向こうの玄関の前まで行ってしまうと、こっちへ向いてしばらく暗算をするように少し首をまげて立っていました。

 みんなはやはりきろきろそっちを見ています。三郎は少し困ったように両手をうしろへ組むと向こう側の土手のほうへ職員室の前を通って歩きだしました。

 その時風がざあっと吹いて来て土手の草はざわざわ波になり、運動場のまん中でさあっと塵ちりがあがり、それが玄関の前まで行くと、きりきりとまわって小さなつむじ風になって、黄いろな塵は瓶びんをさかさまにしたような形になって屋根より高くのぼりました。

 すると嘉助が突然高く言いました。

「そうだ。やっぱりあい又三郎だぞ。あいづ何かするときっと風吹いてくるぞ。」

「うん。」一郎はどうだかわからないと思いながらもだまってそっちを見ていました。三郎はそんなことにはかまわず土手のほうへやはりすたすた歩いて行きます

 そのとき先生がいつものように呼び子をもって玄関を出て来たのです。

お早うございます。」小さな子どもらはみんな集まりました。

お早う。」先生はちらっと運動場を見まわしてから、「ではならんで。」と言いながらビルルッと笛を吹きました。

 みんなは集まってきてきのうのとおりきちんとならびました。三郎もきのう言われた所へちゃんと立っています

 先生はお日さまがまっ正面なのですこしまぶしそうにしながら号令をだんだんかけて、とうとうみんなは昇降口から教室はいりました。そして礼がすむと先生は、

「ではみなさんきょうから勉強をはじめましょう。みなさんはちゃんとお道具をもってきましたね。では一年生(と二年生)の人はお習字のお手本と硯すずりと紙を出して、二年生と四年生の人は算術帳と雑記帳と鉛筆を出して、五年生と六年生の人は国語の本を出してください。」

 さあするとあっちでもこっちでも大さわぎがはじまりました。中にも三郎のすぐ横の四年生の机の佐太郎が、いきなり手をのばして二年生のかよの鉛筆ひらりととってしまったのです。かよは佐太郎の妹でした。するとかよは、

「うわあ、兄あいな、木ペン取とてわかんないな。」と言いながら取り返そうとしますと佐太郎が、

「わあ、こいつおれのだなあ。」と言いながら鉛筆をふところの中へ入れて、あとはシナ人がおじぎするときのように両手を袖そでへ入れて、机へぴったり胸をくっつけました。するとかよは立って来て、

「兄あいな、兄なの木ペンはきのう小屋でなくしてしまったけなあ。よこせったら。」と言いながら一生けん命とり返そうとしましたが、どうしてももう佐太郎は机にくっついた大きな蟹かに化石みたいになっているので、とうとうかよは立ったまま口を大きくまげて泣きだしそうになりました。

 すると三郎は国語の本をちゃんと机にのせて困ったようにしてこれを見ていましたが、かよがとうとうぼろぼろ涙をこぼしたのを見ると、だまって右手に持っていた半分ばかりになった鉛筆を佐太郎の目の前の机に置きました。

 すると佐太郎はにわかに元気になって、むっくり起き上がりました。そして、

「くれる?」と三郎にききました。三郎はちょっとまごついたようでしたが覚悟したように、「うん。」と言いました。すると佐太郎はいきなりわらい出してふところの鉛筆をかよの小さな赤い手に持たせました。

 先生は向こうで一年の子の硯すずりに水をついでやったりしていましたし、嘉助は三郎の前ですから知りませんでしたが、一郎はこれをいちばんしろちゃんと見ていました。そしてまるでなんと言ったらいいかからない、変な気持ちがして歯をきりきり言わせました。

「では二年生のひとはお休みの前にならった引き算をもう一ぺん習ってみましょう。これを勘定してごらんなさい。」先生は黒板に25-12=の数式と書きました。二年生のこどもらはみんな一生

カイロ団長

あるとき、三十疋ぴきのあまがえるが、一緒いっしょに面白おもしろ仕事をやって居おりました。

 これは主に虫仲間からたのまれて、紫蘇しその実やけしの実をひろって来て花ばたけをこしらえたり、かたちのいい石や苔こけを集めて来て立派なお庭をつくったりする職業しょうばいでした。

 こんなようにして出来たきれいなお庭を、私どもはたびたび、あちこちで見ます。それは畑の豆まめの木の下や、林の楢ならの木の根もとや、又また雨垂あまだれの石のかげなどに、それはそれは上手に可愛かあいらしくつくってあるのです。

 さて三十疋は、毎日大へん面白くやっていました。朝は、黄金色きんいろのお日さまの光が、とうもろこし影法師かげぼうしを二千六百寸も遠くへ投げ出すころからさっぱりした空気すぱすぱ吸って働き出し、夕方は、お日さまの光が木や草の緑を飴色あめいろにうきうきさせるまで歌ったり笑ったり叫さけんだりして仕事しました。殊ことにあらしの次の日などは、あっちからもこっちからもどうか早く来てお庭をかくしてしまった板を起して下さいとか、うちのすぎごけの木が倒たおれましたから大いそぎで五六人来てみて下さいとか、それはそれはいそがしいのでした。いそがしければいそがしいほど、みんなは自分たちが立派な人になったような気がして、もう大よろこびでした。さあ、それ、しっかりひっぱれ、いいか、よいとこしょ、おい、ブチュコ、縄なわがたるむよ、いいとも、そらひっぱれ、おい、おい、ビキコ、そこをはなせ、縄を結んで呉くれ、よういやさ、そらもう一いき、よおいやしゃ、なんてまあこんな工合ぐあいです。

 ところがある日三十疋のあまがえるが、蟻ありの公園地をすっかり仕上げて、みんなよろこんで一まず本部へ引きあげる途中とちゅうで、一本の桃ももの木の下を通りますと、そこへ新らしい店が一軒けん出ていました。そして看板がかかって、

「舶来はくらいウェスキイ 一杯ぱい、二厘りん半。」と書いてありました。

 あまがえるは珍めずらしいものですから、ぞろぞろ店の中へはいって行きました。すると店にはうすぐろいとのさまがえるが、のっそりとすわって退くつそうにひとりでべろべろ舌を出して遊んでいましたが、みんなの来たのを見て途方もないいい声で云いいました。

「へい、いらっしゃい。みなさん。一寸ちょっとおやすみなさい。」

「なんですか。舶来のウェクーというものがあるそうですね。どんなもんですか。ためしに一杯呑のませて下さいませんか。」

「へい、舶来のウェスキイですか。一杯二厘半ですよ。ようござんすか。」

「ええ、よござんす。」

 とのさまがえるは粟あわつぶをくり抜ぬいたコップにその強いお酒を汲くんで出しました。

「ウーイ。これはどうもひどいもんだ。腹がやけるようだ。ウーイ。おい、みんな、これはきたいなもんだよ。咽喉のどへはいると急に熱くなるんだ。ああ、いい気分だ。もう一杯下さいませんか。」

はいはいこちらが一ぺんすんでからさしあげます。」

「こっちへも早く下さい。」

はいはい。お声の順にさしあげます。さあ、これはあなた。」

「いやありがとう、ウーイ。ウフッ、ウウ、どうもうまいもんだ。」

「こっちへも早く下さい。」

はい、これはあなたです。」

「ウウイ。」

おいもう一杯お呉れ。」

「こっちへ早くよ。」

「もう一杯早く。」

「へい、へい。どうぞお急せきにならないで下さい。折角せっかく、はかったのがこぼれますから。へいと、これはあなた。」

「いや、ありがとう、ウーイ、ケホン、ケホン、ウーイうまいね。どうも。」

 さてこんな工合で、あまがえるはお代りお代りで、沢山たくさんお酒を呑みましたが、呑めば呑むほどもっと呑みたくなります

 もっとも、とのさまがえるのウィスキーは、石油缶かんに一ぱいありましたから、粟つぶをくりぬいたコップで一万べんはかっても、一分もへりはしませんでした。

おいもう一杯おくれ。」

「も一杯お呉れったらよう。早くよう。」

「さあ、早くお呉れよう。」

「へいへい。あなたさまはもう三百二杯目でございますがよろしゅうございますか。」

「いいよう。お呉れったらお呉れよう。」

「へいへい。よければさし上げます。さあ、」

「ウーイ、うまい。」

「おい、早くこっちへもお呉れ。」

 そのうちにあまがえるは、だんだん酔よいがまわって来て、あっちでもこっちでも、キーキーイといびきかいて寝ねてしまいました。

 とのさまがえるはそこでにやりと笑って、いそいですっかり店をしめて、お酒石油缶にはきちんと蓋ふたをしてしまいました。それから戸棚とだなからくさりかたびらを出して、頭からから足のさきまでちゃんと着込きこんでしまいました。

 それからテーブル椅子いすをもって来て、きちんとすわり込みました。あまがえるはみんな、キーキーイといびきかいています。とのさまがえるはそこで小さなしかけを一つ持って来て、自分椅子の向う側に置きました。

 それからから鉄の棒をおろして来て椅子へどっかり座すわって一ばんはじのあまがえる緑色のあたまをこつんとたたきました。

「おい。起きな。勘定かんじょうを払はらうんだよ。さあ。」

キーイ、キーイ、クヮア、あ、痛い、誰たれだい。ひとの頭を撲なぐるやつは。」

勘定を払いな。」

「あっ、そうそう。勘定はいくらになっていますか。」

「お前のは三百四十二杯で、八十五銭五厘だ。どうだ。払えるか。」

 あまがえるは財布さいふを出して見ましたが、三銭二厘しかありません。

「何だい。おまえは三銭二厘しかないのか。呆あきれたやつだ。さあどうするんだ。警察へ届けるよ。」

「許して下さい。許して下さい。」

「いいや、いかん。さあ払え。」

「ないんですよ。許して下さい。そのかわりあなたのけらいになりますから。」

「そうか。よかろう。それじゃお前はおれのけらいだぞ。」

「へい。仕方ありません。」

「よし、この中にはいれ。」

 とのさまがえるは次の室へやの戸を開いてその閉口したあまがえるを押おし込んで、戸をぴたんとしめました。そしてにやりと笑って、又どっしり椅子へ座りました。それから例の鉄の棒を持ち直して、二番目のあま蛙がえるの緑青ろくしょういろの頭をこつんとたたいて云いました。

「おいおい。起きるんだよ。勘定勘定だ。」

キーイ、キーイ、クワァ、ううい。もう一杯お呉れ。」

「何をねぼけてんだよ。起きるんだよ。目をさますんだよ。勘定だよ。」

「ううい、あああっ。ううい。何だい。なぜひとの頭をたたくんだい。」

「いつまでねぼけてんだよ。勘定を払え。勘定を。」

「あっ、そうそう。そうでしたね。いくらになりますか。」

「お前のは六百杯で、一円五十銭だよ。どうだい、それ位あるかい。」

 あまがえるはすきとおる位青くなって、財布をひっくりかえして見ましたが、たった一銭二厘しかありませんでした。

「ある位みんな出しまからどうかこれだけに負けて下さい。」

「うん、一円二十銭もあるかい。おや、これはたった一銭二厘じゃないかあんまり人をばかにするんじゃないぞ。勘定の百分の一に負けろとはよくも云えたもんだ。外国のことばで云えば、一パーセントに負けて呉れと云うんだろう。人を馬鹿にするなよ。さあ払え。早く払え。」

だって無いんだもの。」

「なきゃおれのけらいになれ。」

「仕方ない。そいじゃそうして下さい。」

「さあ、こっちへ来い。」とのさまがえるはあまがえるを又次の室へやに追い込みました。それから又どっかりと椅子へかけようとしましたが何か考えついたらしく、いきなりキーキーいびきかいているあまがえるの方へ進んで行って、かたっぱしからみんなの財布を引っぱり出して中を改めました。どの財布もみんな三銭より下でした。ただ一つ、いかにも大きくふくれたのがありましたが、開いて見ると、お金が一つぶも入っていないで、椿つばきの葉が小さく折って入れてあるだけでした。とのさまがえるは、よろこんで、にこにこにこにこ笑って、棒を取り直し、片っぱしかあまがえる緑色の頭をポンポンポンポンたたきつけました。さあ、大へん、みんな、

「あ痛っ、あ痛っ。誰だい。」なんて云いながら目をさまして、しばらくきょろきょろきょろきょろしていましたが、いよいよそれが酒屋のおやじのとのさまがえるの仕業しわざだとわかると、もうみな一ぺんに、

「何だい。おやじ。よくもひとをなぐったな。」と云いながら、四方八方から、飛びかかりましたが、何分とのさまがえるは三十がえる力りきあるのですし、くさりかたびらは着ていますし、それにあまがえるはみんな舶来ウェスキーでひょろひょろしてますから、片っぱしかストンストンと投げつけられました。おしまいにはとのさまがえるは、十一疋のあまがえるを、もじゃもじゃ堅かためて、ぺちゃんと投げつけました。あまがえるはすっかり恐おそれ入って、ふるえて、すきとおる位青くなって、その辺に平伏へいふくいたしました。そこでとのさまがえるがおごそかに云いいました。

「お前たちはわしの酒を呑のんだ。どの勘定も八十銭より下のはない。ところがお前らは五銭より多く持っているやつは一人もない。どうじゃ。誰かあるか。無かろう。うん。」

 あまがえるは一同ふうふうと息をついて顔を見合せるばかりです。とのさまがえるは得意になって又はじめました。

「どうじゃ。無かろう。あるか。無かろう。そこでお前たちの仲間は、前に二人お金を払うかわりに、おれのけらいになるという約束くそくをしたがお前たちはどうじゃ。」この時です、みなさんもご存じの通り向うの室の中の二疋ひきが戸のすきまから目だけ出してキーと低く鳴いたのは。

 みんなは顔を見合せました。

「どうも仕方ない。そうしようか。」

「そうお願いしよう。」

「どうかそうお願いいたします。」

 どうです。あまがえるなんというものは人のいいものですからすぐとのさまがえるのけらいになりました。そこでとのさまがえるは、うしろの戸をあけて、前の二人を引っぱり出しました。そして一同へおごそかに云いました。

「いいか。この団体カイロ団ということにしよう。わしはカイロ団長じゃ。あしたからはみんな、おれの命令にしたがうんだぞ。いいか。」

「仕方ありません。」とみんなは答えました。すると、とのさまがえるは立ちあがって、家をぐるっと一まわしましました。すると酒屋はたちまちカイロ団長の本宅にかわりました。つまり前には四角だったのが今度は六角形の家になったのですな。

 さて、その日は暮くれて、次の日になりました。お日さまの黄金色きんいろの光は、うしろの桃の木の影法師かげぼうしを三千寸も遠くまで投げ出し、空はまっ青にひかりましたが、誰もカイロ団に仕事を頼たのみに来ませんでした。そこでとのさまがえるはみんなを集めて云いました。

「さっぱり誰も仕事を頼みに来んな。どうもこう仕事がなくちゃ、お前たちを養っておいても仕方ない。俺おれもとうとう飛んだことになったよ。それにつけても仕事のない時に、いそがしい時の仕度したくをして置くことが、最必要だ。つまりその仕事材料を、こんな時に集めて置かないといかんな。ついてはまず第一が木だがな。今日はみんな出て行って立派な木を十本だけ、十本じゃすくない、ええと、百本、百本でもすくないな、千本だけ集めて来い。もし千本まらなかったらすぐ警察へ訴うったえるぞ。貴様らはみんな死刑しけいになるぞ。その太い首をスポンと切られるぞ。首が太いからスポンとはいかない、シュッポォンと切られるぞ。」

 あまがえるどもは緑色の手足をぶるぶるぶるっとけいれんさせました。そしてこそこそこそこそ、逃にげるようにおもてに出てひとりが三十三本三分三厘強ずつという見当で、一生けん命いい木をさがしましたが、大体もう前々からさがす位さがしてしまっていたのですからいくらそこらをみんながひょいひょいかけまわっても、夕方までにたった九本しか見つかりませんでした。さあ、あまがえるはみんな泣き顔になって、うろうろうろうろやりましたがますますどうもいけません。そこへ丁度一ぴきの蟻ありが通りかかりました。そしてみんなが飴色あめいろの夕日にまっ青にすきとおって泣いているのを見て驚おどろいてたずねました。

あまがえるさん。昨日はどうもありがとう。一体どうしたのですか。」

今日は木を千本、とのさまがえるに持っていかないといけないのです。まだ九本しか見つかりません。」

 蟻はこれを聞いて「ケッケッケッケ」と大笑いに笑いはじめました。それからしました。

千本持って来いというのなら、千本持って行ったらいいじゃありませんか。そら、そこにあるそのけむりのようなかびの木などは、一つかみ五百本にもなるじゃありませんか。」

 なるほどとみんなはよろこんでそのけむりのようなかびの木を一人が三十三本三分三厘ずつ取って、蟻にお礼を云って、カイロ団長のところへ帰って来ました。すると団長は大機嫌だいきげんです。

「ふんふん。よし、よし。さあ、みんな舶来はくらいウィスキーを一杯いっぱいずつ飲んでやすむんだよ。」

 そこでみんなは粟あわつぶのコップで舶来ウィスキーを一杯ずつ呑んで、くらくら、キーキーイと、ねむってしまいました。

 次の朝またお日さまがおのぼりになりますと、とのさまがえるは云いました。

「おい、みんな。集れ。今日もどこから仕事をたのみに来ない。いいか今日はな、あちこち花畑へ出て行って花の種をひろって来るんだ。一人が百つぶずつ、いや百つぶではすくない。千つぶずつ、いや、千つぶもこんな日の長い時にあんまり少い。万粒つぶずつがいいかな。万粒ずつひろって来い。いいか、もし、来なかったらすぐお前らを巡査じゅんさに渡わたすぞ。巡査は首をシュッポンと切るぞ。」

 あまがえるどもはみんな、お日さまにまっさおにすきとおりながら、花畑の方へ参りました。ところが丁度幸さいわいに花のたねは雨のようにこぼれていましたし蜂はちもぶんぶん鳴いていましたのであまがえるはみんなしゃがんで一生けん命ひろいました。ひろいながらこんなことを云っていました。

「おい、ビチュコ。一万つぶひろえそうかい。」

「いそがないとだめそうだよ、まだ三百つぶにしかならないんだもの。」

「さっき団長が百粒ってはじめに云ったねい。百つぶならよかったねい。」

「うん。その次に千つぶって云ったねい。千つぶでもよかったねい。」

「ほんとうにねい。おいら、お酒をなぜあんにのんだろうなあ。」

「おいらもそいつを考えているんだよ。どうも一ぱい目と二杯目、二杯目と三杯目、みんな順ぐりに糸か何かついていたよ。三百五十杯つながって居たとおいら今考えてるんだ。」

「全くだよ。おっと、急がないと大へんだ。」

「そうそう。」

 さて、みんなはひろってひろってひろって、夕方までにやっと一万つぶずつあつめて、カイロ団長のところへ帰って来ました。

 するととのさまがえるのカイロ団長はよろこんで、

「うん。よし。さあ、みんな舶来ウェスキーを一杯ずつのんで寝ねるんだよ。」と云いました。

 あまがえるもも大よろこびでみんな粟あわのこっぷで舶来ウィスキイを一杯ずつ呑んで、キーキーイと寝てしまいました。

 次の朝あまがえるどもは眼めをさまして見ますと、もう一ぴきのとのさまがえるが来ていて、団長とこんなはなしをしていました。

「とにかく大いに盛さかんにやらないといかんね。そうでないと笑いものになってしまうだけだ。」

「全くだよ。どうだろう、一人前九十円ずつということにしたら。」

「うん。それ位ならまあよかろうかな。」

「よかろうよ。おや、みんな起きたね、今日は何の仕事をさせようかな。どうも毎日仕事がなくて困るんだよ。」

「うん。それは大いに同情するね。」

今日は石を運ばせてやろうか。おい。みんな今日は石を一人で九十匁もんめずつ運んで来い。いや、九十匁じゃあまりいかな。」

「うん。九百貫という方が口調がいいね。」

「そうだ、そうだ。どれだけいいか知れないね。おい、みんな。今日は石を一人につき九百貫ずつ運んで来い。もし来なかったら早速警察貴様らを引き渡すぞ。ここには裁判の方のお方もお出いでになるのだ。首をシュッポオンと切ってしまう位、実にわけないはなしだ。」

 あまがえるはみなすきとおってまっ青になってしまいました。それはその筈はずです。一人九百貫の石なんて、人間でさえ出来るもんじゃありません。ところがあまがえるの目方が何匁あるかと云ったら、たかが八匁か九匁でしょう。それが一日に一人で九百貫の石を運ぶなどはもうみんな考えただけでめまいを起してクゥウ、クゥウと鳴ってばたりばたり倒たおれてしまたことは全く無理もありません。

 とのさまがえるは早速例の鉄の棒を持ち出してあまがえるの頭をコツンコツンと叩たたいてまわりました。あまがえるはまわりが青くくるくるするように思いながら仕事に出て行きました。お日さまさえ、ずうっと遠くの天の隅すみのあたりで、三角になってくるりくるりうごいているように見えたのです。

 みんなは石のある所に来ました。そしててんでに百匁ばかりの石につなをつけて、エンヤラヤア、ホイ、エンヤラヤアホイ。とひっぱりはじめました。みんなあんまり一生けん命だったので、汗あせがからだ中チクチクチクチク出て、からだはまるでへたへた風のようになり、世界ほとんどまっくらに見えました。とにかくそれでも三十疋が首尾よくめいめいの石をカイロ団長の家まで運んだときはもうおひるになっていました。それにみんなはつかれてふらふらして、目をあいていることも立っていることもできませんでした。あーあ、ところが、これから晩までにもう八百九十九貫九百匁運ばないと首をシュッポオンと切られるのです。

 カイロ団長は丁度この時うちの中でいびきかいて寝て居おりましたがやっと目をさまして、ゆっくりと外へ出て見ました。あまがえるどもは、はこんで来た石にこしかけてため息をついたり、土の上に大の字になって寝たりしています。その影法師は青く日がすきとおって地面に美しく落ちていました。団長は怒おこって急いで鉄の棒を取りに家の中にはいますと、その間に、目をさましていたあまがえるは、寝ていたものゆり起して、団長が又出て来たときは、もうみんなちゃんと立っていました。カイロ団長が申しました。

「何だ。のろまども。今までかかってたったこれだけしか運ばないのか。何という貴様らは意気地いくじなしだ。おれなどは石の九百貫やそこら、三十分で運んで見せるぞ。」

「とても私らにはできません。私らはもう死にそうなんです。」

「えい、意気地なしめ。早く運べ。晩までに出来なかったら、みんな警察へやってしまうぞ。警察ではシュッポンと首を切るぞ。ばかめ。」

 あまがえるはみんなやけ糞くそになって叫さけびました。

「どうか早く警察へやって下さい。シュッポン、シュッポンと聞いていると何だか面白おもしろいような気がします。」

 カイロ団長は怒って叫びしました。

「えい、馬鹿者め意気地なしめ。

 えい、ガーアアアアアアアアア。」カイロ団長何だか変な顔をして口をパタンと閉じました。ところが「ガーアアアアアアア」と云う音はまだつづいています。それは全くカイロ団長の咽喉のどから出たのではありませんでした。かの青空高くひびきわたるかたつむりメガホーンの声でした。王さまの新らしい命令のさきぶれでした。

「そら、あたらしいご命令だ。」と、あまがえるもとのさまがえるも、急いでしゃんと立ちました。かたつむりの吹くメガホーンの声はいともほがらかにひびきわたりました。

「王さまの新らしいご命令。王さまの新らしいご命令。一個条。ひとに物を云いつける方法。ひとに物を云いつける方法第一、ひとにものを云いつけるときはそのいいつけられるものの目方で自分からだの目方を割って答を見つける。第二、云いつける仕事にその答をかける。第三、その仕事を一ぺん自分で二日間やって見る。以上。その通りやらないものは鳥の国へ引き渡す。」

 さああまがえるどもはよろこんだのなんのって、チェッコという算術うまいかえるなどは、もうすぐ暗算をはじめました。云いつけられるわれわれの目方は拾じゅう匁、云いつける団長のめがたは百匁、百匁割る十匁、答十。仕事は九百貫目、九百貫目掛ける十、答九千貫目。

「九千貫だよ。おい。みんな。」

団長さん。さあこれから晩までに四千五百貫目、石をひっぱって下さい。」

「さあ王様命令です。引っぱって下さい。」

 今度は、とのさまがえるは、だんだん色がさめて、飴色あめいろにすきとおって、そしてブルブルふるえて参りました。

 あまがえるはみんなでとのさまがえるを囲んで、石のある処ところへ連れて行きました。そして一貫目ばかりある石へ、綱つなを結びつけて

「さあ、これを晩までに四千五百運べばいいのです。」と云いながらカイロ団長肩に綱のさきを引っかけてやりました。団長もやっと覚悟かくごがきまったと見えて、持っていた鉄の棒を投げすてて、眼をちゃんときめて、石を運んで行く方角を見定めましたがまだどうも本当に引っぱる気にはなりませんでした。そこであまがえるは声をそろえてはやしてやりました。

「ヨウイト、ヨウイト、ヨウイト、ヨウイトショ。」

 カイロ団長は、はやしにつりこまれて、五へんばかり足をテクテクふんばってつなを引っ張りましたが、石はびくとも動きません。

 とのさまがえるはチクチク汗を流して、口をあらんかぎりあけて、フウフウといきをしました。全くあたりがみんなくらくらして、茶色に見えてしまったのです。

「ヨウイト、ヨウイト、ヨウイト、ヨウイトショ。」

 とのさまがえるは又四へんばかり足をふんばりましたが、おしまいの時は足がキクッと鳴ってくにゃりと曲ってしまいました。あまがえるは思わずどっと笑い出しました。がどう云うわけかそれから急にしいんとなってしまいました。それはそれはしいんとしてしまいました。みなさん、この時のさびしいことと云ったら私はとても口で云えません。みなさんはおわかりですか。ドッと一緒いっしょに人をあざけり笑ってそれからにわかにしいんとなった時のこのさびしいことです。

 ところが丁度その時、又もや青ぞら高く、かたつむりメガホーンの声がひびきわたりました。

王様の新らしいご命令王様の新らしいご命令。すべてあらゆるいきものはみんな気のいい、かあいそうなものである。けっして憎にくんではならん。以上。」それから声が又向うの方へ行って「王様の新らしいご命令。」とひびきわたって居ります

 そこであまがえるは、みんな走り寄って、とのさまがえるに水をやったり、曲った足をなおしてやったり、とんとんせなかをたたいたりいたしました。

 とのさまがえるはホロホロ悔悟かいごのなみだをこぼして、

「ああ、みなさん、私がわるかったのです。私はもうあなた方の団長でもなんでもありません。私はやっぱりただの蛙かえるです。あしたから仕立屋をやります。」

 あまがえるは、みんなよろこんで、手をパチパチたたきました。

 次の日からあまがえるはもとのように愉快ゆかいにやりはじめました。

 みなさん。あまあがりや、風の次の日、そうでなくてもお天気のいい日に、畑の中や花壇かだんのかげでこんなようなさらさらさらさら云う声を聞きませんか。

「おい。ベッコ。そこん処とこをも少しよくならして呉くれ。いいともさ。おいおい。ここへ植えるの

2021-03-12

プログラミングを学んだが作りたいものが無い人が作るとよいもの

プログラミング言語を作りましょう。

実用的なもの(少なくともBASIC以上の表現力を持つもの)でも簡単に作れます

言語処理系には様々なアルゴリズムが使われますし、モジュールの分割のよい題材でもあり、低レイヤーにも詳しくなれます

まずは、算術演算実装からチャレンジしてみましょう。

2021-03-11

プログラミングができる初心者」の基準

大学専門課程ではじめてプログラミングに触れるケースを想定する。

プログラミング歴90分
C言語基本的機能データ型、制御構造関数再帰構造体、ポインタetc)をマスターする
プログラミング歴1日
SOLIDやデザインパターンなどのソフトウェア設計の基本原則独自発見する
プログラミング歴1週間
二分探索やグラフなどの基本的アルゴリズム理解し、実装できる
プログラミング暦2週間
簡単言語処理系算術演算変数制御構造関数を含む)を自作できる

情報科学専攻で半年一年かけてやる程度の内容だが、他のほとんどの科目でもそうであるように、要領の良い奴なら数週間でマスターできる。

実際、世の中にはこのレベルの奴なんか珍しくもなくいる一方、Pythonチュートリアルレベルの文献を数ヶ月かけても前半数章すら読めないような奴もいて、そういう奴が「プログラマになりたい」とか言ってる。本当に社会迷惑。やめてくれ

2021-01-14

ヤフコメの怪

「外出しません五輪までは」

日本人なら外食は出来ない筈だ!」

「足らぬ足らぬは自粛が足らぬ」

「進め (Go To) 一億、火の車」

「ぜいたく (給付金) よりステーキだ!」

菅首相算術 : n の n 乗 = 0」

ヤフコメに ↑ を貼ると

毎回非表示になるのだが、

どこが NG ワードなのだろうか

2021-01-02

anond:20210102185125

算術演算中にレジスターを使うのか?すごくわかりやすく言うと

加算に3クロックかかる場合、真ん中の1クロックがどうして、レジスターが空いていないんだ?

通常はレジスターからロード算術レジスターへのストアだから、真ん中の1クロックにはレジスター命令が通る

逆にレジスター命令中にどうやったら、レジスターが開くんだ?

anond:20210102184552

i++;というのはレジスター制御命令という命令を呼び出せということであり

i=i+1;というのは算術命令を呼び出せ

といういみであり1を加算しろというだけではない。

レジスター制御命令を使って1を加算しろというのと

算術命令を使って1を加算しろというのは

理屈があって、同じ結果にはならない。

一番簡単には算術回路を8個も16個も積んでいるような算術CPU場合圧倒的な速度差になる。

だけど逆に言うと8個の算術回路がある場合、8個の算術命令をやりながらi++;をしろというのはCPUが受け入れるからi++を勝手算術命令にするなということは起き得る。

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