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はてなキーワード: 文壇とは

2019-10-18

anond:20191018131222

承認欲求ならまだかわいいもので、仕事でしょ、飯の種。

文壇に立つために自ら分断を作り出してる。

えこれ上手くない? フリーダジャレだから使ってもいいよ!

2019-08-13

anond:20190813085856

当時から文壇目指す系男には叩かれまくってたからね

実力が無い女が枕営業のし上がったみたいに思われてた感じ

実際はその後もヒット作いくつか出して16年経っても既婚子持ちBBAになっても小説家として生き残ってるわけだから

ちゃんと実力あったわけだけど

2019-08-03

anond:20190803152445

右系は文壇に多い気がする。右脳左脳の差とか?w

アニメーションで言えばガサラキとかヤマトとかあるでしょ。

2019-03-25

anond:20190325182653

過小評価っていうか文芸評論とか文壇世界って男が女向け作品について語るとすげー面倒くさいことになるんだよ

文章として発表してないけど女性向け作品個人的に観てるし評価してるっていう人は多分そこそこいるんじゃないかな…

2019-01-22

anond:20190122141644

師匠にブチ切れて文壇から放逐されて極貧生活を送りながら同人作品を発表し続けた作家がかっていた。

稲垣足穂という。

2018-10-09

https://togetter.com/li/1274544

自分メモ社会学では査読付き論文がなぜ重要視されないのか

人文学社会科学の国際化について」(独立行政法人日本学術振興会人文・社会科学の国際化に関する研究会 p.73-75)

https://www.jsps.go.jp/j-kenkyukai/data/02houkokusho/houkokusho.pdf

阪大を去るにあたって: 社会学危機希望

http://sociology.jugem.jp/?eid=277

Laudanの研究伝統論による社会学理論発展法の考察 - J-Stage

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsr1950/57/1/57_1_41/_pdf/-char/ja

太郎丸博氏の論↑の極私的まとめ)

日本社会学には「学説研究」と「理論形成(構築、発展含む)」の2つがある。

学説研究」とは優れた理論を適切に読み、解釈することである

社会学」を欧米から輸入した日本では、この「学説研究」が(すくなくとも2000年代まで)社会学の中心となってきた。

一方、「理論形成」は社会の諸問題経験問題)を「以前より効率よく解決する」ためのものである

創造的で想像力必要仕事であり、歴史的にはフーコーハーバーマスのような一部の天才的な英雄によってなされてきた(英雄史観)。

例えば、新しい人間観や社会観の創造採用、適切な概念を作り出すことがこれに当たる。

日本でも「学説研究から理論形成」へと移行すべき時期なのだが、「どうすれば理論形成できるようになるのか」というハウツー世界中のどこにも未だ存在しない。

1970年代アメリカでは理論構築のためのテキストが数冊出版されており、

1.学説専門家ではなく,統計数理モデルに詳しい研究者によって書かれており,

2.具体的な現象説明するための理論=モデルをどう作るかを学生向けにひもといたものであり,

3.しばしば数式で理論のコアは表現され,

4.思想哲学的問題最初に登場するだけで,その後はほとんど登場しない

といったものであった。

データ収集分析重要であるという考えは社会学の「統計学化」として社会学から懸念されていた。

これは理論形成データから帰納命題から演繹によってのみなされるわけではないかである

(「社会学理論役割」を考える際、統計学化された社会学では認識論存在論、人間観や社会観などの哲学的問題が脇に追いやられてしまう)

また、理論を発展させるためには「解くべき問題発見(未解決問題発見)」が必要である

「なにが未解決であるか」「すでに言及している・使える学説はないのか」を知るためには、今までの学説研究研究伝統基本的な文献)が結局のとこと必要となる。

まとめると、社会の諸問題経験問題)を解くにはデータ収集分析重要であるが、手法問題概念問題)の解決への手掛かりは学説研究の中にある。

凡人であればあるほど、二兎を追うべきなのである

(まとめここまで)



北条かやインターネット死ぬということ』

https://twitter.com/kaya_hojo/status/1049257254552125440

私は研究者というよりコラムニストになりたかったんだな。もともと東浩紀上野千鶴子大塚英志宮台真司に憧れて社会学を志したのだから研究者というよりは表現者への憧憬が強かったんだろうな。でも社会学を学んだ6年間はすごくキラキラしていて充実していたよ。合掌。

ここに挙がっている名前がすべてで、学者じゃなくて文壇の延長線上にいるコラムニストだよなという感じ。

権威付けで学者を名乗っているだけで、天才にあこがれて社会の諸問題を論じているだけの人々という印象。

2018-10-05

anond:20180930044326

2chの文芸版で流出たからさ(笑)

 お左翼ごっこは文壇と共に世論誘導の為の政治の道具に過ぎず、紙袋に詰め込まれ札束討論番組論客文士が受け取ってたのがバレた。

有名なセンセー方の名簿や金額も、どこの出版社がどの勢力と繋がってるかも、どういう論争をしてどう結論付けるか予め決めてある事も、僅かな期間だが流れてから消された。

 増田姑息工作勢力作りをしてた奴の名前も出た。

連中は初めからジユウなゲンロンなんぞさせる気もなかったし、そんなものはどこにもありゃしなかったんだよ。

 批評家評論家がナリを潜めてるのは流出リストを出されたら何も言えないからで、若手だったアズマが台頭してきたのは偶々受け取ってなかったから。

他の連中は嫌気がさしてwebの若手を見守っていく事に決めたのさ。

 本当かどうかなんざ知った事じゃない。

俺は見たし、そいつを仄めかすとデカイ口を叩く奴が減っていっただけの話。

 右だの左だのなんてどうでもいい。ビジョンもないし理念もない。それなりの生活で満足してる今のこの国に、命懸けで語るべき事も語らなきゃならない事ももうねぇし、そんな事をする道化もいないって話だ。後に残ったのは政治無関係名前が売れりゃいいってクソとその場だけ話題になりゃいいアクセス稼ぎのゴミそれから承認欲求奴隷になった病人露出狂アンケートステマ業者、箸にも棒にも掛からないマヌケ学生弁士って寸法だよ!

2018-09-26

マンガ響~小説家になる方法~」がくっそおもしろくなる方法

響~小説家になる方法~」は青二才氏が書いているようにアスペ俺TUEEEEするだけで巻を追うごとに面白くなくなっていく。

引用青二才氏のブログhttp://tm2501.com/entry/post-20733

残念だ。残念で仕方ないから三巻以降のストーリー勝手に考えてみる。作者は三巻から書き直すべきなのである

響は新人賞に応募するが、作品に住所や本名を書いておらず、結局その原稿はお蔵入りとなる。

同じ文芸部の凛夏の才能が先に発掘され、凡庸ではあるがエンタメ性の高い彼女が先にプロデビュー

その関係出版社編集が響のいる文芸部に出入りするようになる。

響は相変わらず生意気な態度を取り、編集の男と小説の話をしても「これはゴミ」などと暴言を吐く。

ある夕暮れ時、部室には誰もおらず編集の男はふいに響の言葉にカチンと来てしまう。

「今の発言はさ……ちょっとおいたが過ぎるんじゃないのかい?」

編集は響の手を軽くひねる。響は抵抗しても良かったのだが、その編集それからどのようなことをするのかが知りたくて、

抵抗せずにされるがままになる。

「初めてだろうから普通にしてやるよ」

響は初めて自分女性性を意識させられた。小説の中でしか知らなかった、胸の突起がどれほど感じる場所であるのか、

そして雌穴こそ鈍感であったが、表側にある女性器が自分に与える快楽を始めて知った。

小さく震える響を見て編集は「今日はここまでだ、あとは合意の上でないとしない」と言った。

響はその編集と定期的に会うようになった。合意の上ということでもう編集も遠慮することは無い。

最初女性器の表面を掌全体で擦ることでイカせていたが、やがて指先で転がすようにしてイカせ、

乳首を刺激しながら同時の刺激でイカせた。何度も何度も会って編集は響の体を開発していった。

挿入はしていたが、それは響にとって最重要ものではなかった。響にとっては他の場所から得られる快楽の方が大きいと感じていたからだ。

編集もそれをわかっており、会うたびに女性器の表面で何度もイカせて、挿入は最後にそっとするだけであった。

ある時から編集は「吸引バイブ」を使うようになった。響の小さな女性器の核は、開発されプックリと丸く大きくなり、

吸引の刺激も快感ととらえられるようになっていた。

吸引の刺激を味わってしまった響は快楽の海に溺れていった。

「だいたいわかっただろう。これを全部文章にして書け。設定はマッサージ師と女性客だ。できるな?」

響は編集に言われた通り、女性快楽に堕ちていく物語を書き上げた。それは黒い背表紙の本となり書店に並んだ。

響のデビュー作は「敏腕マッサージ、何度もイカされて……」であった。

その後も義理の父や義理の兄から快楽責めを受けて堕ちていく作品を何本も書いた。

執拗すぎる責めが一部のコアなファンに受けた。

響は昼間は官能小説を書き、夜は編集と夜の遊戯をした。

その頃には雌穴の中も二か所感じるようになっており、「欲しいの……入れてください」と言わされてから挿入されるまでになっていた。

作風ワンパターンになってきたので、編集は別の編集者を紹介した。「今日から担当が変わるから

はいきなりの担当替えに驚いたが、よろしくお願いしますと挨拶をした。

新しい編集者は「おい、これがあの態度の悪い高校生か? 随分おとなしいじゃないか」と言った。

「外では相変わらずのじゃじゃ馬だ。しかし俺の前では可愛い女になったよ。後任よろしく頼むぜ」

後任の編集は前任の編集と違い、若干肥った男だった。汗のにおいがした。

ネタ切れ起こしてるって聞いたから、新しいお話を書けるようにしてあげるよ」

後任の編集は響と一度だけ普通行為をし、二度目からは後ろの穴の開発を始めた。

「う、うう……そこは嫌です……」

響は抵抗を示したが、後任の編集は慣れた手つきで響の小さな菊の花にワセリンを塗っていく。

ゆっくりゆっくり、擦りこむようにワセリンを塗るその手が優しくて、響の心は開かれていった。

ぬぷ……と指が入っても響は深く呼吸をしていた。響の呼吸に合わせて菊の花が小さく開閉する。

その流れにそって少しずつ指を奥に届かせていく。

つぷん。編集の指が抜かれた時響は「ああっ」と声をあげた。

「続きは次回ね」

次回はあっという間にやってきた。

今日ちゃんと準備してから前と同じことするから編集はそう言って注射器の形をしたプラスチック

洗面器からぬるま湯を吸わせた。身を固くする響を編集は後ろから優しく抱き、胸やわき腹を愛撫し、

菊の花にワセリンを塗った。その流れで編集は響の雌穴を確認するように触った。そこはぐっしょりと濡れていた。

「期待してるのかな。いいよ、期待してて。もっともっと良くなるから

編集は響を四つん這いにさせ、頭を枕に押し付けるように指示した。菊の花を大きく開く体制を取らされ、

響は恐怖を覚えた。

「お水が入るけど大丈夫からね」

編集スムーズに響の菊の花にぬるま湯を入れていく。「んっ……!」響はすぐにトイレに行かせてくれと懇願したが、

編集は「あともう1回、我慢して。できるから」と言って合計200ミリリットルぬるま湯を響に入れた。

編集は響を立たせてユニットバスに連れていく。「いいよ、トイレに座って」

「あの……一人にしてもらえない……?」「何かあったら困るから見てるよ」

響はユニットバスの個室から出ていかない編集と、迫りくる便意狭間で激しく悶えた。

「もう……出ちゃうから……」「いいよ出して。きれいになるから

「ああもうダメ……!!」

ピュウ……と最初の水が出るまでは音を我慢できたけれど、その後ビチビチ……という排泄音が響き、

はいやあと叫んだ。声で排泄音を隠そうとした。

編集は立ち上がり、響の背面に回って右手で響の口をおさえた。そして左手と足で響の足を開かせた。

様式便器の中に排泄された響の排せつ物の匂いがただよってくる。

浣腸による排泄のため、細くなって出てきた茶色い塊が見える。響は恥ずかしさで喉奥から叫んだ。

しか編集に口を押えられているため、その声はむなしい高音となって浴室に響くだけであった。

はいやいやと首を振り、しかし腹の中のものをすべて便器に出し切った。

「全部出た?」「……はい」響は半泣きで返事をした。

その後二人でシャワーを浴び、響の気持ち落ち着けるために編集は通常の愛撫を行い、

その後菊の花に細いバイブを入れた。

この遊戯は何度も繰り返され、逢瀬のたびに響は開発されていった。

この頃になると響は前任の編集とも定期的に会い、女としての一般的快楽を追求していった。

前任編集には情のようなものもあり、ご奉仕積極的に行うようになっていった。

適度な大きさの男性器を口に含み、側面を舌でしごきあげ、やわらかな袋を掌で遊ぶ。

後任編集とは後ろの穴を使ったり拘束具を使った遊戯をする。

響の書く官能小説は幅広いジャンルわたり監禁モノや連続アクメを上手に書けるようになっていた。

そんなある日、響は官能小説界における小さな賞を受賞した。

授賞式当日、響はワンピースを着て壇上に上がっていった。用意していたスピーチ原稿を開くと……

ブルルルルルル……

響の雌穴にはバイブが挿入されており、女性器の外側には防水テープで貼り付けられていた。

バイブとローターが同時に、小さく振動し始めた。

足を閉じて立っているため、ダイレクト女性核に当たるのを止められなかった。

「ほ、本日は……このような賞をいただき……んっ」

響は長期にわたる開発によって、刺激を受けたら必ず逝く体になっていた。この刺激もあとどのくらい続いたら逝くか、

自身よく理解していた。スピーチを早く終わらせて壇上から降りたい……そんな一心で響は原稿早口で読み続けた。

ありがとうございます、これからも様々な作風、幅広いジャンルに挑戦し……」

そこで会場にいる前任編集と後任編集と目が合った。

彼らの手にはリモコン。前任編集女性器の外側に貼ったローターのリモコンを、後任編集は響の中に収まっているバイブのリモコン

二人は同時にリモコン操作し、強度を徐々に上げていった。

一気に上げるのではなく徐々に上げることで響が逝きやすいことを二人ともよく知っていた。

「……っ!! ……より読者の方に楽しんでいただける作品を……ああああああああっ!!!!」

響はその場で崩れ落ちた。

床に突っ伏す形で小刻みに震える響の股間から、透明な液体がとめどなく流れていた。

その後、この授賞式は伝説となり、響の名は永遠に文壇刻印された。

おわり

2018-09-13

anond:20180913174144

ラノベでない小説」のことを「文庫」と呼ぶ

へー知らなかった。ありがとう

ラノベでない小説最初ハードカバーで出されることが多いか

ラノベの方が文庫って感じがするけどねえ。

だとしても元増田のいう

オーバーロードとか、SAOとか、ログホラとか、無職転生とか、蜘蛛子とか

文壇でそんなに話題になってたの?

2018-07-31

ポケモンのやつの元ネタってこれ?

茂木健一郎さんは、中森さんに連れられて行った文壇バーで、私の会話を完全に無視しながら中森さんと会話をして、話かけてきたと思ったら「唐十郎は知っているのか。知らないとは教養がない。君はもっと勉強したほうがいい」とか言い出した ちなみに文壇バーは女ポケモンを連れて行って自慢する場です

文壇バーみたいなの本当にきっもち悪いわ

自分が手持ちで持ってる価値があるかも?みたいな女を、自分テリトリーに連れていき、披露する行為を女ポケモンを連れて行くと評しています 中森さんはポケモン選択ミスしました 

もそも茂木健一郎さんは中森さんの連れている女ポケモンに対して「唐十郎を知らないなんて教養がない。君はもっと勉強したほうがいい」とか説教を垂れるとか、脳トレで脳を鍛えても心根は腐ってるんだよな その後ラジオ出演の依頼が来るとかも意味分からんかった 

2018-07-26

読解力のない人ほど誤字脱字を嫌う

読書に慣れた人間は、誤字や脱字があっても無意識修正して読み進める。

描写に食い違いがあっても「本当はこう書きたいんだろうな」と自分解釈してしまう。

それらにいちいち気を取られ、不平を漏らすのは、小説を読み慣れない人間に他ならない。

昨今、なろう作品の拙い表現などが話題になることが多いが、

それを嘲笑しているアカウントを見ると、アニメゲームについてしか語っていないようなオタクが多い。

考えてみれば当然だ、彼らが他に自慢できるほど小説を購入しているなら、文壇はこんなにも不遇をかこってはいない。

2018-07-25

ホモソーシャルで育ったマイノリティ、大抵極端な思想持ってる説

水脈ちゃんとか変なトレース作家みたいなウヨサーの姫もそうだけど

単一集団の中であえてマイノリティである人間が育つと

そいつ思想ってすごい先鋭化するよな

 

かつては三島由紀夫チビホモマイノリティ側だったけど

文壇というホモソで揉まれてあえなくハラキリ化したし

現代だと芸能人オカマとか外人とかが

普通芸能人より妙に思想が振れてたり

 

この現象なんか名前付いてんのか?

2018-06-11

anond:20180611132641

文壇統治方式は悪意を蔓延してるから失敗だと思う

分けても5階級ぐらいだな

細かく分断しすぎて社会必要とする規模の結束も期待できない

2018-06-09

文豪ものナマモノなのか

※これは読んだ後に「へーそうなん」と言ってほしいだけの話です※

簡単に言うと、文豪元ネタとしたアニメ漫画小説ゲームドラマ、等々の二次創作(イラスト漫画小説動画、等々)はタレントアイドル声優スポーツ選手、等々の二次創作であるナマモノと同じ扱いなのか、という話。

これまで私は少年漫画アニメオリジナル作品二次創作小説を書いてきた。

からその「文豪元ネタとした某ジャンル」にハマるのも同じノリだった。

私は元々国語が得意で近代文学もそこそこ読んでて推し作家がいた。

そう、ジャンルに沼落ちする前から推していた推し作家がいた。三次元のほう。御本尊のほう。

で、推しが出ている漫画ゲーム、私が知っているだけで四つあるんだけど、そのうちの一つにハマった。ハマった、というのは、二次創作を書いた、ということ。

推し教科書作品が載ってたり載ってなかったりな準メジャーくらいの文豪一般人でも名前作品名が出てくるかも、くらいの文豪

そのジャンルは準メジャーくらいかな?特別有名ではないかも。ファン人口も多いとは言えないと思う。

それでも「二次元キャラ愛」と「三次元本尊作品リスペクト」でバランス取ってるジャンルだと思う。ジャンル公式ファンも。少人数で色濃く、といった感じ。

ジャンル公式三次元本尊関係施設コラボすることもある。記念館の来場者数が前年の何倍、と小さく新聞に載る程度の影響力。

あと「ギャー!!!案件もあったが、割愛偉人ものメリットデメリットは似たようなもの。それでもしもいつかデメリットに振り切れちゃってジャンル公式が終了しても、理由には納得できるし仕方ない、と私は思える。そういう付き合い方。そういう、ジャンルとの距離感

で、二次創作をしたわけだが。

当然三次元に興味ある一般人の目に触れないように検索避けしようと、他ジャンルと同じレベル危機感普通にある。腐った話はぷらいべったーやふせったーを使うとか。鍵かけた裏垢使うとか。まあTwitterpixiv検索避けガバガバから完全雲隠れはいかないけどな!それでも投稿者としてできる努力はしていたつもりだ。

結構Twitterで、公式の話もするし、非公式妄想の話もするし、ジャンルとは関係ない三次元本尊関連の話をする、って人はいる。

というか、私がそうだ。二次元キャラを愛でる同志に会いたかったし、三次元本尊のことも布教たかった。勿論検索避けしてな。あだ名使うとか。

それで、たまにRTで回ってくるわけだよ。御本尊の遺族の方がご存命なので腐は隠れてね、って注意ツイート

その度に横目でスルーしていた。

一つは、そもそも腐は隠れるものっていにしえの教えを疑いなくずっとずっと守っていたから。二次創作をやるものとして、守るべき暗黙のルールは守っているつもりだった。

もう一つは、文豪元ネタとした一次創作(文壇創作呼称するらしい)ではなく、あくま二次元キャラ二次創作であるから二次元作品ファンとして作品を全力で楽しむ権利公式他者迷惑にならない程度のことは、同じもの好きな人だとしても邪魔されたくなかった。

まあ部外者から見たら一緒だと思われるかもしれないが、それこそぷらいべったーとかふせったーとかpixivとかTwitter鍵垢とか、一般人には見つけにくい方法をとっていたつもりだ。完全とは言えないだろうけど、努力はした。

私は他人はわりにどうでもいいので、大っぴらにTwitterやばい妄想ツイートしている人に凸るなんて面倒くさいことはしない。ただ自分が守っていれば燃えることはない、と思っていた。

それが、急に弱気になった。

全然関係ない、ナマモノ二次創作暗黙ルールの話がTLに流れてきたときだった。

文豪ものは、二次元化を挟んだとしても、御本尊とかけ離れていようがいまいが、ナマモノ扱いで、ナマモノルール適用したほうがいいのでは、と急に思った。

ようは半ナマなのではないか、と思った。

私はナマモノを通ったことがない。リアル地雷なので2.5次元を履修したことがない。舞台ミュージカルも観に行っことがないし、声優は聞き分けができないので興味が持てないし、ドラマも観ないし、流行りの芸能人にも興味がない。

でも、なら何故文豪に興味を持ったのか。

蛇足だけど、明治150周年をしたわけで、戦前の人はもう私にとっては歴史上の人物なのだ。おだのぶながもなつめそうせきも歴史上の人物という広義の中の一人なのだ

推し(御本尊のこと)が生まれて100年過ぎて、推しが亡くなって50年はとっくに過ぎた。戦前没だし。

遠い、遠い、教科書に載っている人たちなのだテレビに出ている人たちと同じとは思えない。かつて存在していたらしい、という伝説上の人物なのだ

まあ私が生まれる前年まで生きていた文豪も、私が生まれて翌年まで生きていた文豪もいるが。物心ついたときにはもう「文豪」はご存命ではなかったのではないだろうか。

特に私にとっては、推しは没後50年も70年も過ぎていて、著作権は切れていて、死後評価かつご家族文学に明るくなかったから、遺族が〜と言われても私には他人事に思えるのだ、正直に言うと。推し権利まわりのことで何か用事があったらどこに話がいくのだろう。私には分からない。きっと日本のどこかにいらっしゃる遺族の方を探すところから始めるのだろうと思う。

話を戻すが、私が急に今ジャンル二次創作を発表するのがこわくなった理由は、御本尊関係者に二次創作を読まれしまうことではない。

文豪ものは隠れなきゃいけないとルール押し付けてくる某がいるかもしれない、という被害妄想で、こわいと思った。

いや黙って隠れろよ!

そのとおりなのだが。

直接言われたわけでもないし、ただ見かけた対岸の火事自分のことのように被害妄想しただけで、ジャンルに何か転換期があったわけでも、フォロワートラブルがあったわけでもないのだが。

文豪ものナマモノなのだろうか。

二次創作の中でも更なる特殊ルールがあるらしいナマモノ半ナマと同じレベルで隠れるべきジャンルなのだろうか。

なのかもしれない。ならば、私は、それなりに、もっと深くまで潜るまで。なのだが、甘かった頃の自分をほじくり返されて、今まではこうだっただろう!と突きつけられたら、私はどうすることもできない。それがただただこわいのだ。

ただ、二次元キャラとなった推しも、三次元本尊推しも、自分で愛でて、同じファンと愛でて、たくさんの人に愛されてほしいと願っただけなのに。



追記

干物ジャンル。なるほど。さらっとぐぐった。やはりナマモノから派生扱いなのか〜と。

マナー云々は……三次元二次創作ナマモノよりも二次元二次創作に寄っている、のかなぁという初見の印象。

よい言葉を知りました。ありがとう

2018-06-08

英語/日本語

「私は英語が話せます」は…https://togetter.com/li/1234512

講談としては面白いし、英語のうんちくも「ナルホドソウデスカ」って感じだけど、日本語論のところは眉唾で、あまり信用されると困るなあという印象。以下、気づいた点をメモ


漱石の日本語は別に近代文学最初のものではないし、その後のスタンダードでもない。明治近代文学濫觴となった二葉亭とロシア語の影響、鷗外文学ドイツ語受容その他様々なジャーナリズム公文書、そして文法学的研究など明治二十年代、三十年代の様々な文学状況を無視して、現代人に聞こえの良い「漱石」と英語との関連だけで近代日本語の成立を語るのは乱暴まりないし、漱石の影響を一番受けた芥川文壇日本語としてはどこまでも異質で、そして大正の終わりには滅びたような古臭い日本語だった。代わりに現代語の基盤を築いたのは、フランス文学に影響された自然主義新感覚派文学であって、これらの日本語は、漱石の日本語とは似ても似つかない代物だよ。


そもそも漱石の日本語が翻訳文体だというのもほんとに漱石読んだことあるの?というレベルの話で、デビュー当初のあの奔放な江戸弁と漢文脈のミックス体は、むしろ英語の影響を見て取る方が難しいと思うのだが。


まあ、本当の意味英文翻訳文体漢文脈に代わって日本語の基本になるのは、正直戦後じゃないかな。その典型は、日本国憲法かなあと思う。あれ、術語こそ漢文ぽいけど、構文や何かは英語のものだよね。


それにしても英→日ができて日→英が不便だから「欠陥OS」という言い方はちょっと頂けないね講談としても口が滑った感じだ。じゃあ英語は何か国語翻訳できる優秀なOSなんですか?って。機械的翻訳馬鹿にするが、奈良時代の昔からそれが海外文化を一気に取り入れるとき日本語十八番なんだよ。そうして、中国語ヨーロッパ諸語と、複数のまったく文法体系の異なる言語を構文レベル移入しながら独自言語としてのアイデンティティを維持する…そんなアクロバティックな進化を経てきた言語を、軽々しく扱おうとはちょっと不見識が過ぎるんじゃないかね。

英語をやってると、とかく英語ができるってことでひとかどの知識を持っているかのように思い込む輩がいるが、この人は一応は勉強家のようだから、そういう輩の轍を踏むことの無いよう祈っておくよ。

2018-06-07

anond:20180607083130

それをいうなら本流の文壇でも残る作品があるのかなと思う。綿矢りさ芥川賞以来俺は本を読まなくなった

anond:20180607082522

「今文学作品として評価され教科書に載っている○○も、当時は世俗的、扇情的として文壇から黙殺され当局から取り締まりを受け…

2017-03-10

http://anond.hatelabo.jp/20170310140225

増田が、自分の言ってることが正しいと本気で思ってるなら、ゲーム界は終わらざるを得ないと思うぞ

モニョるつがいることを理解して欲しい」、オーケー理解しよう、おかしなこだわりを正当化して、コアゲーマー以外を削ぎ落としたい層がいるんだなあ、そういう人が多いとゲームやるの嫌になってくるなあ、ってね

文壇の人が、純文学芸術で、「登場人物共感した」って感想を鼻で笑ってるの見たら、もう本とか読みたくなくなるよね

増田がやってる活動はそんなのやで

ライトノベル純文学より売れるのはおかしい、もっと敬意を払うべき!って活動とそっくりや

ゲーム作品なのはいいけど、コアゲーマーがそれを主張して、ライトユーザーローカルルール適応して、あげく糾弾し出すとか地獄絵図だよう

2016-11-15

恣意的誤用

追記

誤用ではありませんでした

恣意的誤用」という記事は誤りです

http://anond.hatelabo.jp/20161119102702

謹んでお詫び申し上げます

本文

最近恣意的」の本当の意味を知りました

恣意的 誤用」で検索すると非常に沢山の記事が出て来ます、もう何年も前から有名な話なんですね

こんな有名な誤用も知らずに自分は今の今まで、ドヤ顔で「恣意的に~」とか使っていたわけです

正しい意味を知っている人たちは誤用を見るたびに内心笑っていたことでしょう

本当に恥ずかしい……

以下正しい使用例です

はてなキーワード - 恣意

恣意的であるとは一貫した思想に基づかずその場限りの考えに基づいている点で、明確な目的をもった「意図的」とは区別されるべきである

ttp://d.hatena.ne.jp/keyword/%D7%F3%B0%D5

ニコニコ大百科 - 恣意的

恣意的』という言葉は、文中での登場の仕方が似ているせいか意図的作為的故意とという意味で使われることがあるが、恣意的には、無作為や定まった意図がないというニュアンスがあり、正しくない

http://dic.nicovideo.jp/a/%E6%81%A3%E6%84%8F%E7%9A%84

▼「恣意的」を「意図的」と同じ意味で使ってる人は低学歴 「恣意的」は「偶然に」という意味ですよ

http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1343400752/

▼「意図的」と「恣意的(しいてき)」の正しい使い分け方

自分や誰かの行動の理由説明できない(と思われる)ときに使います

https://nanapi.com/ja/105751

恣意的の読み方は?皆が誤用しているその意味とは?反対語は?

ランダム」と言い換えることもできます

http://rubeusu-trend.com/1709/

▼どうして意図的って書かないの?

勝手気ままに」「任意に」「ランダムに」「自分勝手に」「無作為に」「その場その場の思いつきで」

http://blogs.yahoo.co.jp/delightful_mikan/60763792.html

▼【誤字等の雑記帳 3】

深く考えず、でたらめに行動している様子

http://www.tt.rim.or.jp/~rudyard/misc003.html

解釈記事によって少し揺れています

分かりやすく2点書き出すとすると

ということらしいです

まり意図的」という言葉に置き換えてもニュアンスこそ違えど意味が十分に伝わる文章や、"偶然に"といった意味が含意されていない文章誤用ということですね

ではここから誤用だということも知らずにドヤ顔で「恣意的に~」とか言ってる日本語の下手くそ馬鹿達を見ていきましょう

▼****さんのツイート

NHK恣意的編集にはうんざり

まずは個人です、まあ可哀想なので晒さないであますが、NHK批判の前に自分言葉を直してほしいですね、思いっき誤用しています

政府年金運用情報を開示へ…懸念払拭の狙い : 政治 : 読売新聞

運用信託銀行などに委託しているが、情報公開には恣意(しい)的な運用への懸念などを払拭する狙いがある。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/20160307-OYT1T50167.html

次は世界最多の発行部数を誇る読売新聞、なんと振り仮名まで振って誤用しています、これは恥ずかしいですね、情報公開で偶然性を廃するなんて意味不明ですからこれは言い逃れできません

フェイスブックニュース表示 恣意的と指摘で調査 | NHKニュース

フェイスブック利用者の画面に表示するニュースについて共和党政治家話題を避けるなど恣意的(しいてき)に選ばれているとアメリカの一部のメディアが伝え、内部で調査が進められることになりました

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160514/k10010520761000.html

言葉遣いには厳しいはずのNHK、なんと表題誤用してます、相当恥ずかしいですね、しかもこれは"偶然に"という意味だったとは絶対言い逃れできない誤用です、NHKしっかりw

▼「哲學研究入門」小石川書房 - 1949(昭和24)年9月30日発行

併しこういう歴史的現實の把握は全く恣意的な直觀に訴えるわけにはいかないから、そこに類型了解ということが必要になって來る

京大名誉教授矢田部達郎先生1949年上梓した本の一節です、旧字体でカッコつけてる割には普通に誤用してます

場当たり的な直感っておかしいですし、明らかに「作為的な」という意味で使っています先生どんまい

▼「文芸」1940(昭和15)年1月

今度の問題は、素子がそれほど恣意的に振舞う筈のものだろうか。

宮本百合子という文壇の元天才少女小説家先生です

全文読めばわかりますが、明らかに偶然性など含んでいませんし、自分の思うままに~という典型的誤用例と同じ形で使っています

▼「文藝春秋 第二八巻第一号」 1950(昭和25)年1月1日発行

まことに二つながら恣意的で、こうワガママでは、どこまで行っても、同じくりかえしにすぎない。

皆さんご存知、坂口安吾文章です、文意にはまったくもって「ランダム性」など含まれていません、典型的誤用ですね

油脂の浪費は法度監視制を創設 : 帝国油糧重点統制要綱決る : 化学 日本産業経済新聞 1943.4.14

地方割当民需(雑工業油、食料油等)の割当を、地方官吏の低度観点、古めかしい実績主義業者請託による虞あるが如き恣意的割当等に委せない制度確立

戦中の新聞記事です、こんな古くから誤用してます

▼日支政府呼応す : 社説 - 大阪朝日新聞 1940.3.31

思うに、今般反共和平建国親日政府樹立の挙たるや、他国家のロボット政権として恣意的に駆使するていの意図によるものでもなくてさりとて戦争相手政府として講和談判の衝に当っているわけでもない

少し遡って戦前朝日新聞の社説です、誤用してます

政党ファッショ大阪時事新報 1933.1.1-1933.1.7

かれらは所謂議院内閣主義否認し、国王恣意的に任命した官僚内閣組織し、議会対立したのである

更に遡って昭和一桁の頃の新聞記事です、誤用してます

▼減債基金存廃問題 大阪朝日新聞 1916.11.22(大正5)

経常費とす可しというにあり、乍併這は既にシェフレーの言えるが如く国債償還費は恣意的に定む可き最可動的の臨時費として各年の予算状態に応じ国家余裕を考察し大小有無伸縮的に定めらる可く

大正新聞記事です、「ほしいままに~」という意味で使っています、偶然やランダム性などという意味は含まれていません誤用ですね

ちなみにこの大正5年の使用例が調べる限りでは最も古い「恣意的」の使用例となっています

まり恣意的」という言葉は一番最初に使われた時、生まれた瞬間から誤用されていたんですね

そしてこの大正5年から2000年頃まで、1世紀近くの間、ほぼ全ての使用例が誤用となっています

酷いですね

正しい使い方、本来意味で使われるのは2000年以降、ネットが普及してからになります

特に最近は親切な人達ネット上で

とか

とか言って正しい使い方を普及してくれています

ありがたいですね

皆さんも誤用には気を付けましょう

2016-05-20

 百の不倫があれば、二百もしくはそれ以上の人間模様があり、けして一般論など言えないものなのでしょうけれど、SNS だのブログだのがこれだけ定着しても、いや、定着したからこそ、なかなかその真実は語られないように伺えます

 その一方、過去の偉大な文学とされる作品に実録不倫ものが多く含まれることはみなさんご存じでしょう。文壇というリングにおいて繰り広げられる彼らのクズ行動は、文学の名のもとに時には許され、時には断罪される。彼らと私たちの差は一体どこにあるのでしょうか?

2016-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20160220014437

 仰りたいことは分かります

 そのうえで言い得て妙だと思った加藤ヨシキさんのツイート引用します。

>「王様は裸だ!」と指摘するのは良いと思うんですが、「王様は裸だ!あの小さなチンポを見ろ!あれじゃ奥さんも浮気してるに違いないぜ!」まで行くと王様も怒りますし、なんなら奥さんも怒りますし、周囲もなぜそこまで言うのかと思いますよ。その辺の常識礼儀大事にしていきたいです。(https://twitter.com/DAITOTETSUGEN/status/699594948023181314

 どこの世界でもそうですが、ニワカは古参に叩かれます文壇スポーツ音楽ゲーム仕事も。先達に比べて知識量のない人が偉そうにしているのは、鼻につくものです。でもね、ニワカが罪を犯しているのかというと、そうではないと思うのです。

 誰を傷つけたわけでもない。知識がないだけでアホ呼ばわりされて叩かれるのは、やはり不当で止めるべき悪習だと自分は考えます。(腹が立つのは仕方のないことなので、出来るだけそれを外に出さないよう心がけたいと思っています

 映画を羅列する意味についても、大本記事には「私を構成する9枚のCD」という企画を読み、それに着想を得たとあります。羅列に意味はないとしても、実際に彼は羅列を面白いと感じ、それで記事を書いた。それは好みの問題に過ぎません。(パク……インスパイア問題はあるかもしれません)タランティーノもよく映画ランキング作りますが、世界中ファンがそれを待っています。年間200という数字が、タランティーノ存在同様の重みを持つかどうかは、それぞれの読者が判断することです。

 アクセス数云々も「彼には認められる記事が書けなかった」という意味使用した表現で、記事存在意義問題にするのなら「彼には意義ある記事が書けなかった、以上」というつもりで書いたものです。分かりにくかったら申し訳ない。

 興行作品である映画は、観客に受けるような工夫が(当たるかどうかは別にして)散りばめられています玄人好みのものと、一般層に向けてのものはあるかもしれません。世間的に受けたとは言いづらいヱヴァQですら、スタッフロールに入った劇場内に立ちこめるポカーンとした雰囲気に「エヴァはこうじゃなくっちゃ!」とワクワクした人(悪いファンかもしれませんが)もいます

 表現規制の話とかでもよく出てくる話ですが、名作を排出するためには、ピラミッド的に数多くの駄作を必要とすると自分は考えています。多産とクオリティは比例の関係にある。ファッション映画が増えたからといって、名作が駆逐されるわけではないと自分は思いますジャッキー・ブラウンがそうだったように、ファッション層ってすぐ離れちゃいますしね。ファッション的な映画がって、増えればすぐさまダサくなるし。(ホイチョイ製作映画も廃れました)カウンターカルチャーはそういう土壌で出てくるので、良い映画が無くなってしまうことはないと自分は思います

 表現の自由について論じたいわけでもなく、「老害になるのはよそうぜ」って自戒を込めて言いたいだけなんです。感じたことを書くことは自由で、だから自分感想を書いているわけです。(『高知名度の漫画ドヤ顔で薦めてくる男たち』までくると「分かるわー」としか思えないんですが)

 なのであなたが(なのかな?よく分からなくてすみません)そうなさったように、「自分はこういう記事の方が面白いと思う」って記事を書くのが、よりスマートクリエイティブで良いと思うんです。でもそれにハリーハウゼン名前も出てこないアホが……って言われるのはイヤじゃないですか。その名前を出さな理由だってあるかもしれないし。

 より良いものを出せばいい。その方がかっこいい。他人を貶める必要は無いと思うんですよ。

 と自分はやっぱり思うのです。世の中そんなもんでしょというのも分かるけど、やっぱりそれは変だと思うのです。前に書いたのと主張はほとんど変わらないから蛇足だし、理解し合えるとは思わないんですけど、書かせていただきました。

 あと話は移ってしまうんですが、「キル・ビルが駄目な人」ってのが自分ドンピシャで(文章からそういうにおいがしたんでしょうか?)、あれの楽しさが全然からなくって……そうするとタランティーノ好きの話にも入れなくって、たいへん寂しい思いをしています

2016-01-06

メモの供養

0フォロー0フォロワーtwitterアカウントに鍵かけて、ちょっとしたメモ帳代わりにしている。ネットが繋がっていればどこでも見れるので案外便利だ。

といっても、思いつきを書き散らかしているにすぎないので、意味不明ものばかりだ。

その中でも少しはマシなものを選んで、この場で供養していきたい。

カラオケでふざけてサビ前で演奏停止押すやつがいたんだけど、そいつあだ名556になった。

多分サビ止めで掛けてるんでしょうけど、全然おもしろくない。

ISO12000の暗闇に

カタカナとか横文字とかの固い言葉で、柔らかい表現をしているものに憧れる。

むかつく辶を書く人

むかつく辶を書く人、居るんですよね。ぐしゃぐしゃ、とした辶を書く人。

素人童貞ジレンマ

何がどうジレンマなのだろうか。

発情期の猫は赤子の鳴き声に似て非常にあれだ

この頃まじでうるさくて眠れなかったなあ。

文壇と、喧嘩凸、ネットバトル類似性

文学はさっぱりだから完全な妄想なのだけれど、多分似ていると思う。

半分ぐらい人がいるバスに乗ったん怒けど、乗客が俺しかいなかった

割りとマジで何言っているかからない

正しさって気持ちいい

ネット見ていると割と頻繁に思う。間違いを正さずには居られない人の多さよ。

納豆の 糸を引いてる ネバネバの ネバネバしてる 糸を見ている

割と好き

資本主義に毒されているから、RPGで売れないアイテムがあるとすごく腹立つ

「それを売るなんてとんでもない」なんてとんでもない。一流の商人なら伝説の剣にも値段をつけろよ

nyakiniku

このタイトルでひたすら猫が網で焼かれるだけのマンガを描こうと思ったけど、絵が描けないことに気づいたのでやめた。このアイデア著作権放棄しますので、絵が描ける方、是非どうぞ。

2015-08-30

今「見立て」って言葉使ってる奴にまともな奴残ってないよな。

使われだした最初期には文壇最先端ナイス概念だったのかも知れないけど今やすっかり陳腐化しきって流行に何十年も遅れてようやく追いついた阿呆自分の頭の悪さに気づかずに使ってるだけになっちゃってる

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