「メトロノーム」を含む日記 RSS

はてなキーワード: メトロノームとは

2020-03-05

リモートワークに便利そう

2019-11-19

急募】なるべく早く眠れる方法

タイトル通り。最近眠るまでに時間がかかり過ぎて、近いうちに死ぬ気がしてきた。仮に眠れたとしても、全く眠れた気がしない。疲れが取れない。クマが日に日に濃く刻まれていく。

日中も、頭がボーっとしていて話しかけられてもうまく思考できなくて頓珍漢な返事になってしまうことがしばしば。

以下に今までに試してきた入眠法を記そうと思う。一時的効果があったやつもあったけど、大抵効果は持続しなかった。

英単語を一語思い浮かべて、その英単語の冒頭のスペルから始まる単語を出来る限り思い浮かべていく。(appleだったらaから始まる英単語をどんどん思い浮かべていく)

身体の力を出来る限り抜いてリラックスする→自分ハンモックで眠っていることを想像するor静寂に包まれた湖でボートを浮かべて、その上で満点の星空を思い浮かべながら仰向けになっていることを想像する

・4-7-8呼吸法(はじめはかなり効き目があったが、次第に効果が薄れていった。

風呂は入眠2時間前に入る。

アルコール睡眠の質を下げるので寝る前は極力飲まない。

・布団にいる間はスマホに触れない

・羊が一匹、羊が二匹、…

メトロノームをどこかの振動数に合わせて聴く

ホワイトノイズを聞く

ラジオ聴く(笑ってしまって逆に目が冴えてしまった

・なんちゃら波(アルファベータ)を聞く

自然の音(カエルの鳴き声、キャンプファイアの音、川のせせらぎ)を聞く

上記以外の方法でなにかあったら教えてほしい

この不眠のスパイラルから早く抜け出して前みたいに会話を楽しみたい

誰か助けて下さい

2019-08-12

心臓マッサージの訓練で隣にメトロノーム置かれてテンポずれとるとか怒られるやん

太鼓の達人ちゃうねんけど、あれって🍤エビデンスあんの?自由律やとあかんのん

2019-06-11

anond:20190611110212

弾いてない実家ピアノ増田の子どもに譲りたいぐらいだわ。防音の問題だけなら、消音ユニットも売られているのでお金解決できなくもないかな。

ただ、キータッチとか音の良さって

電子ピアノ<安いアップライトピアノ<<<一般的グランドピアノ<(超えられない壁)<コンサートピアノ

って感じなので、サロンでいろいろ試奏させた後、電子ピアノハイエンド機に落ち着くと幸せじゃないかなあ。

電子ピアノだと時間制限なく思いっき練習できるというメリットもある。消音機能つけてものびのび弾ける感じではないしね。

あと、メトロノームとか録音機能とか練習に便利な機能も多い。

ピアノ先生相談して、先生から説得してもらうのもいいかもね。

2019-04-22

おい、メトロノームでググったら、

メトロノームでてきた。便利ー。

2018-09-07

強制サマータイム装置

anond:20180906085723

anond:20180906170906 ←「消えた2時間 」を最初に読むと良いデス。

2018年秋の国会で、なし崩し的に成立してしまった日本サマータイム法への対応は、

遅々として進んでいなかった。

2019年6月サマータイム導入テストは、延期に延期を重ねて、遂に年内に実行されることは無かった。

対応させるべき機器があまりにも多く、対応済み機器と未対応機器との間の膨大な組合せ数の通信テスト計画段階で既に5年掛かると予想された。



まり・・・ピンチはチャンスとの森会長言葉も虚しく、ピンチピンチのままだったのである




2020年1月 首相官邸 では、サマータイム実施の無期限延期について最終決断をするべく議論が続いている中、

サマータイムを強行に進めたい議員の一人が、京都大学理学部の年老い教授を連れてきた。

その教授の名は秋月伸治郎といい、半世紀にわたって宇宙時間物理学研究しているその分野の権威とのことだった。


秋月教授提案は、常人理解想像を遥かに超えたものであり、日本列島全体を特殊エネルギー場で覆い、

日本列島全体の時間の進む速度そのものを速めたり遅くすることで、サマータイムの時刻調整を実現するのだという。



サマータイム推進派の切り札が、こんなオカルトとはね・・・。笑」

その場にいた誰もが笑い出し、教授を連れてきた議員は顔を真っ赤にして怒りともあきらめともとれる複雑な表情で固まっていた。


秋月教授は気にすることもなく、一言、「論より証拠。見ればわかるから…」とつぶやいて、

助手たちに指示して部屋の片隅に3本の白いポールを設置させた。

2つの懐中時計の時刻が一致していることを皆に確認させたのち、1つを3本のポールの真ん中に置いた。

ポールに繋がったコントロール装置教授操作して1分ほど経ったが、何も起こらなかった。


本当に何も起こらなかった…としか思えなかったのだが、改めて、2つの懐中時計を調べてみると、

きっちり12秒差のズレが生じていた。

それからの数時間は、腕時計目覚まし時計ストップウォッチメトロノーム等々、時間が測れる道具での検証大会となった。

その結果、コントロール装置の設定次第で、ポールに囲まれエリアだけ1分に付き12秒速く時間が進んだり、逆に12秒ほど遅れさせることが可能であると誰もが認めざるを得なくなった。

秋月教授は、再びサマータイムの実現方法について説明を始めた。

・このポールを大型化したもの日本国内18か所に設置して日本全土をカバーする

サマータイム開始日/終了日の夜に10時間かけて2時間分の時差を生じさせる

・夜寝て、朝起きると国内の全ての時計が2時間ずれるのでサマータイムによる時刻調整は不要

早起きする必要が無いので、睡眠不足による健康被害などは起こらない

現実的予算3月までに完成可能



秋月教授提案に異を唱える者はおらず、諸々の検討会を経たのち、国会にて全会一致で実施が決まった。

ポールが設置される地域での説明会でも、秋月教授難解な言葉で煙を巻くようなことはせずに、

分かりやす言葉で教え諭すように説明されたので、全てが計画通りにスムーズに進行していった。


地域説明会での説明内容を要約すると、

時間の進み方に差がでるのは、本質的にはウラシマ効果によるもの(だから健康に影響は無い)

ポール虚数空間と呼ばれるある種の亜空間からタキオン粒子を取り出して見えない壁を作り出している

タキオン粒子は、実空間上の物質には一切干渉せず、数時間消失する(だから健康に影響は無い)

タキオン粒子の壁は毎分12秒程度の時間差であれば、魚介類も含めてどんな生物問題無く通過できる(だから漁場に影響は無い)

タキオン粒子の見えない壁に包まれ空間は、人間の暮らす実空間上では静止しているが、虚数空間内では高速で移動している

タキオン粒子の振動数を変えることで移動速度が変わり、その結果、空間内の時間の進む速さも変わる

・移動速度がプラスであれば、時間ゆっくり流れ、マイナスであれば、時間は速く流れる

というものだった。

これらを正確に理解するには、宇宙ダイミュラー空間における時間平面の扱いを超複素時間と再定義して理論拡張した500ページほどの論文を読めばよいと秋月教授は話していたが、同時に、この論文理解できる専門家は著者であるしか居ないのが寂しいところだと嘆いていたのが印象的だった。



やがて、すべての装置が設置完了し、個別作動テスト問題無く終えて遂にサマータイム開始日前日を迎えた。

日本中、それどころか世界中がこの強制サマータイム装置とも呼べる装置挙動に注目している中、

日本時間午後8時になると装置は一斉に作動を開始した。


時刻修正体験するためだけに来日した観光客も多く、彼らは刻一刻と海外日本時間に差が生じる様子に歓喜した。

日本発のこの技術世界にもたらす影響は大きい。

白物家電メーカーは、時間の遅延現象(≒ほぼ時間凍結)を利用して冷凍庫の代わりにできないかと小型化について相談しているそうだ。

某国軍事部門では、10年掛かる軍用開発を1年で済ませられないか?と日本政府交渉しているという噂もある。

強制サマータイム装置原理がもたらす経済効果は予想外に大きく、サマータイム推進を強行した政治家たちはホクホク顔で

自身の先見性と有能さを誇らしげにアピールしていた。







夜2時を過ぎると、通信衛星との電波が激しく混信したのち、一切の通信ができなくなった。

タキオン粒子の壁は、理論上、内と外の時間速度差に応じて光子の一部を反射するが、今の時間速度差では電波ほとんど遮断しないはずなんだが…。天候が曇ってるせいなのか…。また新たな研究課題が見つかったかな」と秋月教授は話していた。

時間程度の不便は我慢すべきだし、朝になれば復旧するだろうと考える者も多く、大きな騒ぎにはならなかった。





日本「現地」時間午前6時になり、装置は予定通り停止した。









最初に異常を伝えたのは地方テレビ局かどこかだったと思う。

海外支局との通信ができない。

海外インターネットに繋がらない。

朝のニュースで深刻な通信障害の状況を簡潔に説明していた。


その後も様々な報告が続いた。

ホットラインが繋がらない

アマチュア無線家が海外の愛好者と通信できない

隣国から常時聞こえてくる短波ラジオがなぜか受信されない


世界に何か異変が起きている。だが、その異変の正体が分からない。

そんな不安が広まりつつある中で、昼過ぎ明石天文台で行われた記者会見は驚くべきものだった。


明石天文台星野研究員は、計算値に10倍程度の誤差が見込まれると何度もしつこく繰り返し前置きした上で、

「今朝の惑星恒星位置関係観測した結果、一晩で10万年が経過したと思われます

と報告した。

星野研究員は、恒星距離による時代推定原理や、より正確な推定をするには、1日以上、

できれば地球が公転する1年間は観測必要だと説明を続けていたが、多くの者は上の空で聞いていなかっただろう。


その後、政府隣国自衛隊航空機飛ばしたり調査隊を送り出すことで、速やかな状況把握に努めた。

近隣諸国建物崩壊していて、ヒトが居住していない

核戦争痕跡がある

・新種の動植物が多数みつかる

宇宙や他の惑星にヒトが移住したという証拠は見つかっていない


さまざまな状況証拠から、一晩のうちに、1万年か10万年かそれ以上の月日が流れていたのは間違いなかった。

食料自給率40%、石油自給率0.4%の日本が諸外国の助け無しにどうやって生き延びるか?

誰もが日本の将来を考え、苦悩する生活は、苦労の連続だが決してわるいものではない。

しろ核戦争から生存成功した我々こそ勝ち組なのではないか?と言い出す者もいた。



ちなみに、世界の探索と並行して進められていた、この事故の原因究明についての調査は難航を極めた。

10時間分のセンサーログには何の不自然な変動も記録されておらず、

3年掛けて18本の大型ポールを細部に渡って調べ尽したが異常は一切みつからなかった。

何度実験しても、全く問題無く正常に動作したのだった。


事故から5年過ぎた頃、故障時に備えて用意されていたコールドバックアップ用の未通電の大型ポール

偶然、別の研究者が譲り受けて、細かく分解して状態を記録した時から調査は一気に進展した。


タキオン粒子の振動数監視するセンサーファームウェアのCRC値が、18本の本番機の記録と一致していなかったのだ。

ファイルサイズ更新日も同じだから、不揮発性メモリ劣化による単なる読取り間違いでは?

調査団の技術者は即座に決めつけた。

だが、その研究者は高度に難読化されたファームウェアコードを手作業デコンパイル(解読)することに成功し、

ファームウェアに仕込まれ精巧トラップ挙動を明らかにした。


トラップの発動は、サマータイム開始日の午前2時から時間だけ

トラップ発動中は、センサー入力値を無視して、過去時間分の入力値をランダムに出力する

・発動から時間後、ファームウェア自分自身正規ファームウェアに書き換えてトラップ痕跡を消す


まりタキオン粒子の振動数監視するセンサーあの日の午前2時から時間だけ機能不全となり、

その2時間の間は振動数制御できず、日本国内時間はほぼ止まったまま、外の世界では10万年が経過した…。

というのが事故真相のようだ。



誰がいったい何の目的で、いつどこでどうやって悪質なファームウェアを仕込んだのか?

結局、肝心なところは分からずじまいで、事故原因はセンサーの不良として報告され、調査正式に終了した。



私がこの話を耳にした時、脳裏にふと何かがよぎった…気がした。

あれ?これって・・・

事件真相に繋がる何かを思い出せそうな気がしたのだが、よくわからなかった。


そんなことよりも、私は今夜の夕食のおかずを採ってこなくてはならない。

政府配給の完全食であるペーストフードだけの食事には、もう飽き飽きしているのだ。

せめて、フナの一匹でも釣れれば良いのにと思いつつ、

釣り道具片手に湖に出かけるのだった。(終

2018-07-11

どの二つ名が好き?

不発の大号令

大いなる普通

反骨の赤メッシュ

ゴーマイウェイ

豚骨しょうゆ姉後肌

微笑みの鉄仮面

北欧から来たサムライ

とびだせエゴサーチ

荒れ狂う機材ヲタク

となりの天才ちゃん

北沢印は元気印

熊の中の常識人

笑顔の波状攻撃

荒唐無稽の一人芝居

迷宮ジェリーフィッシュ

サッドネスメトロノーム

闇の波動がアレする黒っぽい堕天使

狂い咲く紫炎の薔薇

不動のスキルマ

慈愛の女神

これでいちコロネ

兎追いし花園

甘辛パーソナリティ

発酵少女

星のカリスマ

2018-01-13

この記事は半保護されています。(半保護の方針による半保護) ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 曖昧さ回避ベートーヴェンベートーベン、ヴァン・ベートーヴェン」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「ベートーヴェン (曖昧さ回避)」をご覧ください。 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン Ludwig van Beethoven Beethoven.jpg 基本情報 別名 楽聖 生誕 1770年12月16日頃 出身地 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、ボン 死没 1827年3月26日(56歳没) オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国ウィーン ジャンル 古典派音楽 活動期間 1792 - 1827 ベートーヴェンのサイン ウィキポータル クラシック音楽 ポータル クラシック音楽 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(独: Ludwig van Beethoven、標準ドイツ語ではルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェンに近い[1]、1770年12月16日頃[2] - 1827年3月26日)は、ドイツの作曲家。J.S.バッハ等と並んで音楽史上極めて重要な作曲家であり、日本では「楽聖」とも呼ばれる。その作品は古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされている。 目次 [非表示] 1 生涯 2 作風 2.1 初期 2.2 中期 2.3 後期 3 後世の音楽家への影響と評価 4 芸術観 5 思想 6 人物 6.1 名前 6.2 ベートーヴェンフリーメイソンリー 7 死因また健康について 7.1 聴覚障害について 8 親族 9 弟子 10 代表作 10.1 交響曲(全9曲) 10.2 管弦楽曲 10.3 協奏曲、協奏的作品 10.4 室内楽曲 10.5 ピアノ曲 10.6 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品 10.7 宗教曲 10.8 歌曲 11 著作 12 伝記 13 脚注 14 参考文献 15 関連項目 16 外部リンク 16.1 録音ファイル 16.2 伝記 生涯 ベートーヴェン(1803年) 1770年12月16日頃、神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ領)のボンにおいて、父ヨハンと、宮廷料理人の娘である母マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)の長男[3]として生まれる。ベートーヴェン一家はボンのケルン選帝侯宮廷の歌手(後に楽長)であり、幼少のベートーヴェンも慕っていた、祖父ルートヴィヒの援助により生計を立てていた。ベートーヴェンの父も宮廷歌手(テノール)[4]であったが、元来無類の酒好きであったために収入は途絶えがちで、1773年に祖父が亡くなると生活は困窮した。1774年頃よりベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、虐待とも言えるほどの苛烈を極める音楽のスパルタ教育を受けたことから、一時は音楽そのものに対して強い嫌悪感すら抱くようにまでなってしまった。1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年11歳の時よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。 1787年、16歳のベートーヴェンウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問したが、最愛の母マリアの危篤の報を受けてボンに戻った。母はまもなく死没し(肺結核)[5]、母の死後は、アルコール依存症となり失職した父に代わり、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごした。 1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められて弟子入りを許され、11月にはウィーンに移住し(12月に父死去)、まもなく、ピアノ即興演奏の名手(ヴィルトゥオーゾ)として広く名声を博した。 20歳代後半ごろより持病の難聴(原因については諸説あり、鉛中毒説が通説)が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死にも等しい絶望感から、1802年には『ハイリゲンシュタットの遺書』をしたため自殺も考えたが、彼自身の芸術(音楽)への強い情熱をもってこの苦悩を乗り越え、再び生きる意欲を得て新たな芸術の道へと進んでいくことになる。 1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(ロマン・ロランによる表現)と呼ばれる時期となる。その後、ピアニスト兼作曲家から、完全に作曲専業へと移った。 40歳頃(晩年の約15年)には全聾となっり、更に神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられた。加えて、度々非行に走ったり自殺未遂を起こすなどした甥カールの後見人として苦悩するなどして一時作曲が停滞したが、そうした苦悩の中で書き上げた交響曲第9番や『ミサ・ソレムニス』といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は彼の未曾有の境地の高さを示すものであった。 1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も併発するなど病状が急激に悪化し、以後病臥に伏す。病床の中で10番目の交響曲に着手するも未完成のまま翌1827年3月26日、肝硬変のため56年の生涯を終えた。その葬儀には2万人もの人々が参列するという異例のものとなった。この葬儀には、翌年亡くなるシューベルトも参列している。 作風 初期 作曲家としてデビューしたての頃は耳疾に悩まされることもなく、古典派様式に忠実な明るく活気に満ちた作品を書いていた。この作風は、ハイドンモーツァルトの強い影響下にあるためとの指摘もある[6]。 中期 1802年の一度目の危機とは、遺書を書いた精神的な危機である。ベートーヴェンはこの危機を、ウィーン古典派の形式を再発見する事により脱出した。つまりウィーン古典派の2人の先達よりも、素材としての動機の発展や展開・変容を徹底して重視し、形式的・構成的なものを追求した。この後は中期と呼ばれ、コーダの拡張など古典派形式の拡大に成功した。 中期の交響曲はメヌエットではなくスケルツォの導入(第2番以降)、従来のソナタ形式を飛躍的に拡大(第3番)、旋律のもととなる動機やリズムの徹底操作(第5、7番)、標題的要素(第6番)、楽章の連結(第5、6番)、5楽章形式(6番)など、革新的な技法を編み出している。その作品は、古典派の様式美とロマン主義とをきわめて高い次元で両立させており、音楽の理想的存在として、以後の作曲家に影響を与えた。第5交響曲に典型的に示されている「暗→明」、「苦悩を突き抜け歓喜へ至る」という図式は劇性構成の規範となり、後のロマン派の多くの作品がこれに追随した。 これらのベートーヴェンの要求は必然的に「演奏人数の増加」と結びつき、その人数で生み出される人生を鼓舞するかのような強音やすすり泣くような弱音は多くの音楽家を刺激した。 後期 1818年の二度目の危機の時には後期の序曲集に代表される様にスランプに陥っていたが、ホモフォニー全盛であった当時においてバッハの遺産、対位法つまりポリフォニーを研究した。対位法は中期においても部分的には用いられたが、大々的に取り入れる事に成功し危機を乗り越えた。変奏曲やフーガはここに究められた。これにより晩年の弦楽四重奏曲ピアノソナタ、『ミサ・ソレムニス』、『ディアベリ変奏曲』、交響曲第9番などの後期の代表作が作られた。 後世の音楽家への影響と評価 ベートーヴェンの音楽界への寄与は甚だ大きく、彼以降の音楽家は大なり小なり彼の影響を受けている。 ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式・私的行事における機会音楽として作曲されたものがほとんどであった。ベートーヴェンはそうしたパトロンとの主従関係(および、そのための音楽)を拒否し、大衆に向けた作品を発表する音楽家の嚆矢となった。音楽家=芸術家であると公言した彼の態度表明、また一作一作が芸術作品として意味を持つ創作であったことは、音楽の歴史において重要な分岐点であり革命的とも言える出来事であった。 中でもワーグナーは、ベートーヴェン交響曲第9番における「詩と音楽の融合」という理念に触発され、ロマン派音楽の急先鋒として、その理念をより押し進め、楽劇を生み出した。また、その表現のため、豊かな管弦楽法により音響効果を増大させ、ベートーヴェンの用いた古典的な和声法を解体し、トリスタン和音に代表される革新的和声で調性を拡大した。 一方のブラームスは、ロマン派の時代に生きながらもワーグナー派とは一線を画し、あくまでもベートーヴェンの堅固な構成と劇的な展開による古典的音楽形式の構築という面を受け継ぎ、ロマン派の時代の中で音楽形式的には古典派的な作風を保った。しかし、旋律や和声などの音楽自体に溢れる叙情性はロマン派以外の何者でもなかった。また、この古典的形式における劇的な展開と構成という側面はブラームスのみならず、ドヴォルザークチャイコフスキー、20世紀においてはシェーンベルクバルトークプロコフィエフショスタコーヴィチラッヘンマンにまで影響を与えている。 芸術観 同時代のロマン派を代表する芸術家E.T.A.ホフマンは、ベートーヴェンの芸術を褒め称え、自分たちロマン派の陣営に引き入れようとしたが、ベートーヴェンは当時のロマン派の、形式的な統一感を無視した、感傷性と感情表現に代表される芸術からは距離を置いた。ベートーヴェンが注目したものは、同時代の文芸ではゲーテやシラー、また古くはウィリアム・シェイクスピアらのものであり、本業の音楽ではバッハ、ヘンデルモーツァルトなどから影響を受けた[7]。 ベートーヴェンが「前衛」であったのかどうかは、多くの音楽学者で見解が分かれる。原博は「ベートーヴェンは前衛ではない」と言い切り[8]、彼は当時の「交響曲」「協奏曲」「ソナタ」「変奏曲」などの構造モデルに準拠し、発案した新ジャンルというものは存在しない。ただし、「メトロノームの活用」「母語での速度表示」「ピアノの構造強化と音域の拡張」「楽曲の大規模化」「大胆な管弦楽法」「演奏不可能への挑戦」「騒音の導入(戦争交響曲)」など、後世の作曲家に与えた影響は計り知れないものがある。 思想 ベートーヴェンカトリックであったが敬虔なキリスト教徒とはいえなかった。『ミサ・ソレムニス』の作曲においてさえも「キリストなどただの磔(はりつけ)にされたユダヤ人に過ぎない」と発言した。ホメロスプラトンなどの古代ギリシア思想に共感し、バガヴァッド・ギーターを読み込むなどしてインド哲学に近づき、ゲーテやシラーなどの教養人にも見られる異端とされる汎神論的な考えを持つに至った。彼の未完に終わった交響曲第10番においては、キリスト教的世界と、ギリシア的世界との融合を目標にしていたとされる。これはゲーテが『ファウスト』第2部で試みたことであったが、ベートーヴェンの生存中は第1部のみが発表され、第2部はベートーヴェンの死後に発表された。権威にとらわれない宗教観が、『ミサ・ソレムニス』や交響曲第9番につながった。 また哲学者カントの思想にも触れ、カントの講義に出席する事も企画していたといわれる[7]。 政治思想的には自由主義者であり、リベラル進歩的政治思想を持っていた。このことを隠さなかったためメッテルニヒウィーン体制では反体制分子と見られた。 その他にも、天文学についての書物を深く読み込んでおり、彼はボン大学での聴講生としての受講やヴェーゲナー家での教育を受けた以外正規な教育は受けていないにも関わらず、当時において相当の教養人であったと見られている。 人物 身長は165cm前後と当時の西洋人としては中背ながら、筋肉質のがっしりとした体格をしていた。肌は浅黒く、天然痘の瘢痕があったとされるが、肖像画や銅像、ライフマスクや近年明らかとなった多彩な女性関係などから容貌は美男とは言えないものの、さほど悪くなかったのではないかと思われる。表情豊かで生き生きした眼差しが人々に強い印象を与え多くの崇拝者がいた。 基本的に服装には無頓着であり、若い頃には着飾っていたものの、歳を取ってからは一向に構わなくなった。弟子のツェルニーは初めてベートーヴェンに会った時、「ロビンソン・クルーソーのよう」、「黒い髪の毛は頭の周りでもじゃもじゃと逆立っている」という感想を抱いたと言われる。また作曲に夢中になって無帽で歩いていたため、浮浪者誤認逮捕されてウィーン市長が謝罪する珍事も起こった。部屋の中は乱雑であった一方、入浴と洗濯を好むなど綺麗好きであったと言われる。また生涯で少なくとも60回以上引越しを繰り返したことも知られている。 当時のウィーンではベートーヴェンが変わり者であることを知らない者はいなかったが、それでも他のどんな作曲家よりも敬愛されており、それは盛大な葬儀と多数の参列者を描いた書画からも伺える。しかし、「ベートーヴェン変人説」も、メッテルニヒ政権によるデマであるとする見解もある。 潔癖症で手を執拗に洗うところがあった。 性格は矛盾と言っても差し支えのない正反対な側面があった。人づきあいにおいて、ことのほか親切で無邪気かと思えば、厳しく冷酷で非道な行動に出るなどと気分の揺れが激しかった。親しくなると度が過ぎた冗談を口にしたり無遠慮な振る舞いを見せたりすることが多かったため、自分本位で野蛮で非社交的という評判であったとされている。これもどこまで真実なのかは定かではないが、ピアノソナタ・ワルトシュタインや弦楽四重奏曲・大フーガつきの出版に際して、出版社の「カット」命令には律儀に応じている。癇癪持ちであったとされ、女中(女性)に物を投げつけるなどしばしば暴力的な行動に出ることもあったという。 師ハイドンに、楽譜に「ハイドンの教え子」と書くよう命じられた時は、「私は確かにあなたの生徒だったが、教えられたことは何もない」と突っぱねた。 パトロンカール・アロイス・フォン・リヒノフスキー侯爵には、「侯爵よ、あなたが今あるのはたまたま生まれがそうだったからに過ぎない。私が今あるのは私自身の努力によってである。これまで侯爵は数限りなくいたし、これからももっと数多く生まれるだろうが、ベートーヴェンは私一人だけだ!」と書き送っている。(1812年)この「場を全くわきまえない」発言の数々はメッテルニヒ政権成立後に仇となり、大編成の委嘱が遠ざかる。 テプリツェでゲーテと共に散歩をしていて、オーストリア皇后・大公の一行と遭遇した際も、ゲーテが脱帽・最敬礼をもって一行を見送ったのに対し、ベートーヴェンは昂然(こうぜん)として頭を上げ行列を横切り、大公らの挨拶を受けたという。後にゲーテは「その才能には驚くほかないが、残念なことに不羈(ふき)奔放な人柄だ」とベートーヴェンを評している。 交響曲第5番の冒頭について「運命はこのように戸を叩く」と語ったことや、ピアノソナタ第17番が“テンペスト”と呼ばれるようになったいきさつなど、伝記で語られるベートーヴェンの逸話は、自称「ベートーヴェンの無給の秘書」のアントンシンドラーの著作によるものが多い。しかし、この人物はベートーヴェンの死後、ベートヴェンの資料を破棄したり改竄(かいざん)を加えたりしたため、現在ではそれらの逸話にはあまり信憑性が認められていない。 聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげたことから、ロマン・ロランをはじめ、彼を英雄視・神格化する人々が多く生まれた。 死後、「不滅の恋人」宛に書かれた1812年の手紙が3通発見されており、この「不滅の恋人」が誰であるかについては諸説ある。テレーゼ・フォン・ブルンスヴィック(独語版)やその妹ヨゼフィーネ(独語版)等とする説があったが、現在ではメイナード・ソロモン(en:Maynard Solomon)らが提唱するアントニエ・ブレンターノ(独語版)(クレメンス・ブレンターノらの義姉、当時すでに結婚し4児の母であった)説が最も有力である。しかし、「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]のような、これらの定説を覆す新たな研究も生まれている。 これらは氷山の一角に過ぎず、20-30代でピアニストとして一世を風靡していたころは大変なプレイボーイであり、多くの女性との交際経験があった。この行動を模倣した人物に、後年のフランツ・リストがいる。 メトロノームの価値を認め、初めて活用した音楽家だといわれている。積極的に数字を書き込んだために、後世の演奏家にとって交響曲第9番ハンマークラフィーアソナタのメトロノーム記号については、多くの混乱が生まれている。 彼はイタリア語ではなく、母語ドイツ語で速度表示を行った最初の人物である。この慣習の打破はあまり歓迎されず、多くの当時の作曲家も速度表示にはイタリア語を用い、本人も短期間でイタリア語に戻している。 パンと生卵を入れて煮込んだスープや、魚料理に肉料理、茹でたてのマカロニにチーズを和えたものが大好物であった。またワインを嗜み、銘柄は安物のトカイワインを好んでいた。父親に似て大の酒好きであり、寿命を縮めることになったのは疑いがない。 コーヒーは必ず自ら豆を60粒数えて淹れたという[10]。 名前 原語であるドイツ語ではルートゥヴィヒ・ファン・ベートホーフェン ドイツ語発音: [ˈluːtvɪç fan ˈbeːthoːfən] ( 音声ファイル)と発音される。 日本では明治時代の書物の中には「ベートーフェン」と記したものが若干あったが、ほどなく「ベートーヴェン」という記述が浸透していき、リヒャルト・ワーグナーのように複数の表記が残る(ワーグナーヴァーグナー、ワグネル)こともなかった。唯一の例外は、NHKおよび教科書における表記の「ベートーベン」である。 姓に“van”がついているのは、ベートーヴェン家がネーデルラントフランドル)にルーツがあるためである(祖父の代にボンに移住)。vanがつく著名人といえば、画家のヴァン・ダイク(van Dyck)、ファン・エイク(van Eyck)、ファン・ゴッホ(van Gogh)などがいる。 vanはドイツ語オランダ語では「ファン」と発音されるが、貴族を表す「von(フォン)」と間違われることが多い。「van」は単に出自を表し、庶民の姓にも使われ、「van Beethoven」という姓は「ビート(Beet)農場(Hoven)主の」という意味に過ぎない。しかしながら、当時のウィーンではベートーヴェンが貴族であると勘違いする者も多かった。 偉大な音楽家を意味する「楽聖」という呼称は古くから存在するが、近代以降はベートーヴェンをもって代表させることも多い。例えば3月26日の楽聖忌とはベートーヴェンの命日のことである。 ベートーヴェンフリーメイソンリー 詳細は「フリーメイソン#ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」を参照 死因また健康について 慢性的な腹痛や下痢は終生悩みの種であった。死後に行われた解剖では肝臓、腎臓、脾臓、他、多くの内臓に損傷が見られた。これらの病の原因については諸説あり、定説はない。近年、ベートーヴェンの毛髪から通常の100倍近い鉛が検出されて注目を集めた。鉛は聴覚や精神状態に悪影響を与える重金属であるが、ベートーヴェンがどのような経緯で鉛に汚染されたかについても諸説あり、以下のごとくである。 ワインの甘味料として用いられた酢酸鉛とする説。 1826年の1月から、肝障害による腹水治療を行ったアンドレアス・ヴァヴルフ医師が、腹部に針で穿刺して腹水を排水した際、毛髪の分析結果では腹部に穿孔するたびに鉛濃度が高くなっていることから、傷口の消毒のために使用された鉛ではないかとする説。 聴覚障害について 難聴(40歳頃には全聾となった)の原因については諸説[11]ある。 耳硬化症説 伝音性の難聴であり、中耳の耳小骨の「つち・きぬた・あぶみ」の内のあぶみ骨が硬化して、振動を伝達できず、音が聞こえなくなる難病。ベートーヴェンの難聴が耳硬化症である論拠として、ベートーヴェンが人の声は全く聞こえていなかったにも関わらず、後ろでピアノを弾いている弟子に、「そこはおかしい!」と注意したエピソードが挙げられる。これは耳硬化症に特有の、人の声は全く聞こえなくなるが、ピアノの高音部の振動は僅かに感じ取ることが出来る性質にあると考えられる。 又、ベートーヴェンは歯とピアノの鍵盤をスティックで繋ぐことで、ピアノの音を聞いていたという逸話もこの説を裏付ける論拠として挙げられる。 先天性梅毒説 「蒸発性の軟膏を体に塗り込んだ(水銀の可能性。当時梅毒の治療法の一つ)」という記述がある為に、論拠とされている。しかし、後にベートーヴェンの毛髪を分析した結果、水銀は検出されず、又、梅毒は眩暈(めまい)の症状を併発するにも関わらず、そうした話が無い為に、先天性梅毒説は説得力の乏しいものとなっている。 鉛中毒説 上載の死因また健康についてを参照。 メッテルニヒ政権説 ベートーヴェンが難聴であっても完全に失聴していたかどうかは、21世紀の現代では疑問視する声が大きい。ベートーヴェンは1820年代のメッテルニヒ政権ではブラックリストに入れられたため、盗聴を防ぐために「筆談帳」を使った可能性は大きい。その延長として「ベートーヴェンは暗号を用いていた」という仮説に基づく「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]という書籍が出版された。 有名な逸話に「女中に卵を投げつけた」という類の物が残されているが、これは「女中に変装したスパイ」への正当防衛であるという見解がある。 デビューほやほやのリストの演奏に臨み、彼を高く評価したのは、もし失聴していれば出来ない行為である。 完全失聴や聴覚障害を患った作曲家に、ボイスやフォーレがいるが、彼らの作曲活動はその後伸び悩んでいるのに対し、失聴したベートーヴェンはその間に多くの重要作を書いている。 親族 祖父:ルートヴィヒ同姓同名) (英語版) フランドル地方メヘレン出身。ケルン大司教(選帝侯)クレメンスアウグストに見出され、21歳でボンの宮廷バス歌手、後に宮廷楽長となった。 祖母:マリア・ヨゼファ 父:ヨハン 母:マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)  ヨハンとは再婚(初婚は死別)。肺結核により死去。 弟:カスパール・アントンカール 甥:カールドイツ語版)  カスパールの息子。1806年生まれ~1858年没。1826年にピストル自殺未遂事件を起こす。 弟:ニコラウス・ヨーハン 同姓同名の兄や妹2人がいるがすぐになくなっている。 弟カールの血筋が現在も残ってはいるが、ベートーヴェン姓は名乗っていない。カールの直系子孫の一人であるカール・ユリウス・マリア・ヴァン・ベートーヴェン(1870年5月8日生まれ)が1917年12月10日に他界したのを最後に、ベートーヴェン姓を名乗る子孫は途絶えている。 弟子 カール・ツェルニー - クラヴィア奏者・作曲家。 フェルディナント・リース - ボンのクラヴィア奏者・作曲家。 ルドルフ大公 - ベートーヴェンの最大のパトロン。のちにオルミュッツ大司教。弟子としては唯一、ベートーヴェンが彼のために曲を書いている。 ドロテア・エルトマン男爵夫人 - メンデルスゾーンと交流。 アントンシンドラー - 秘書だが、弟子とされることがある。 代表作 詳細は「ベートーヴェンの楽曲一覧」を参照 交響曲(全9曲) 第1番 ハ長調 op.21 第2番 ニ長調 op.36 第3番 変ホ長調エロイカ(英雄)』 op.55[12][13] 第4番 変ロ長調 op.60 第5番 ハ短調 (運命) op.67 [12][13] 第6番 ヘ長調 『田園』 op.68 [12] 第7番 イ長調 op.92 第8番 ヘ長調 op.93 第9番 ニ短調 (合唱付き) op.125 [12][13] 管弦楽曲 『レオノーレ』序曲第1番 op.138 『レオノーレ』序曲第3番 op.72b 序曲『コリオラン』ハ短調 op.62 交響曲『ウェリントンの勝利またはビトリアの戦い』 op.91 『命名祝日』序曲 op.115 『アテネの廃墟』序曲 ハ長調op.113 『献堂式』序曲 ハ長調op.124 協奏曲、協奏的作品 ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 『皇帝』 op.73 [12] ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61 ロマンス第1番 ト長調 op.40 ロマンス第2番 ヘ長調 op.50 三重協奏曲(ピアノヴァイオリン・チェロのための)ハ長調 op.56 合唱幻想曲 ハ短調 op.80 室内楽曲 弦楽四重奏曲(全16曲) 第7番 ヘ長調(ラズモフスキー第1番) op.59-1 第8番 ホ短調(ラズモフスキー第2番) op.59-2 第9番 ハ長調(ラズモフスキー第3番) op.59-3 第10番 変ホ長調(ハープ) op.74 第11番 ヘ短調『セリオーソ』 op.95 第12番 変ホ長調 op.127 第13番 変ロ長調 op.130 大フーガ 変ロ長調 op.133 第14番 嬰ハ短調 op.131 第15番 イ短調 op.132 第16番 ヘ長調 op.135 弦楽五重奏曲 (全3曲) ヴァイオリンソナタ(全10曲) 第5番 ヘ長調 『春』 op.24 第9番 イ長調 『クロイツェル』 op.47 チェロソナタ(全5曲) ピアノ三重奏曲(全7曲) 第5番 ニ長調『幽霊』 op.70-1 第7番 変ロ長調『大公』 op.97 その他の室内楽曲 ホルン・ソナタ ヘ長調 op.17 六重奏曲 op.81b 七重奏曲 変ホ長調 op.20 管楽八重奏曲 op.103 ピアノ曲 ピアノソナタ(全32曲)   第8番 ハ短調『悲愴』 op.13 第14番 嬰ハ短調 『月光』 op.27-2 [13] 第15番 ニ長調 『田園』 第17番 ニ短調『テンペスト』 op.31-2 第21番 ハ長調 『ヴァルトシュタイン』op.53 第23番 ヘ短調 『熱情』 op.57 [12][13] 第26番 変ホ長調『告別』 op.81a 第29番 変ロ長調ハンマークラヴィーア』 op.106 第30番 ホ長調 op.109 第31番 変イ長調 op.110 第32番 ハ短調 op.111 その他のピアノ曲(変奏曲、バガテル等) 創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 op.34 創作主題による15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)変ホ長調 op.35 『ゴッド・セイヴ・ザ・キング』の主題による7つの変奏曲 ハ長調 WoO.78 『ルール・ブリタニア』の主題による5つの変奏曲 ニ長調 WoO.79 創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO.80 創作主題による6つの変奏曲 ニ長調 op.76 ディアベリのワルツによる33の変容(ディアベリ変奏曲) ハ長調 op.120 アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57 幻想曲 op.77 ポロネーズ ハ長調 op.89 7つのバガテル op.33 11の新しいバガテル op.119 6つのバガテル op.126 バガテル『エリーゼのために』 WoO.59 本来の曲名は『テレーゼのために』であった、という説が有力視されている。 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品 歌劇『フィデリオ』 op.72c 劇付随音楽『エグモント』op.84 劇付随音楽『アテネの廃墟』 op.113 バレエ音楽プロメテウスの創造物』 op.43 オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』 op.85 カンタータ『静かな海と楽しい航海』 op.112 別れの歌 皇帝ヨーゼフ2世の為の葬送カンタータ WoO.87 宗教曲 ミサ曲 ハ長調 op.86 ミサ・ソレムニス ニ長調 [12]  修道僧の歌 歌曲 アデライーデ op.46 汝を愛す 鶉の鳴き声 新しい愛、新しい生 口づけ 追憶 懺悔の歌 モルモット(旅芸人) 連作歌曲集『遥かなる恋人に寄す』 op.98 曇りのち、快晴 著作 『ベートホーヴェンの手紙』 外山楢夫訳、新しき村出版部、1926年。 『ベートーヷンの手紙』 中西武夫訳、啓明社、1928年。 『ベートーヷン書翰集』 中西武夫訳、啓明社、1930年。 『ベートーヴェンの手紙』第1編、鈴木賢之進訳、音楽世界社〈楽聖書簡叢書〉、1936年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎訳、岩波書店岩波文庫 2579-2581〉、1940年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎選訳、岩波書店岩波文庫〉、1950年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎訳、岩波書店岩波文庫〉、1957年、改訂増補版。 - 附:

この記事は半保護されています。(半保護の方針による半保護)

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

曖昧さ回避ベートーヴェンベートーベン、ヴァン・ベートーヴェン」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「ベートーヴェン (曖昧さ回避)」をご覧ください。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

Ludwig van Beethoven

Beethoven.jpg

基本情報

別名 楽聖

生誕 1770年12月16日

出身地 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、ボン

死没 1827年3月26日(56歳没)

オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国ウィーン

ジャンル 古典派音楽

活動期間 1792 - 1827

ベートーヴェンのサイン

ウィキポータル クラシック音楽 ポータル クラシック音楽

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(独: Ludwig van Beethoven、標準ドイツ語ではルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェンに近い[1]、1770年12月16日頃[2] - 1827年3月26日)は、ドイツの作曲家。J.S.バッハ等と並んで音楽史上極めて重要な作曲家であり、日本では「楽聖」とも呼ばれる。その作品は古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされている。

目次 [非表示]

1 生涯

2 作風

2.1 初期

2.2 中期

2.3 後期

3 後世の音楽家への影響と評価

4 芸術観

5 思想

6 人物

6.1 名前

6.2 ベートーヴェンフリーメイソンリー

7 死因また健康について

7.1 聴覚障害について

8 親族

9 弟子

10 代表作

10.1 交響曲(全9曲)

10.2 管弦楽曲

10.3 協奏曲、協奏的作品

10.4 室内楽曲

10.5 ピアノ曲

10.6 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品

10.7 宗教曲

10.8 歌曲

11 著作

12 伝記

13 脚注

14 参考文献

15 関連項目

16 外部リンク

16.1 録音ファイル

16.2 伝記

生涯

ベートーヴェン(1803年)

1770年12月16日頃、神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ領)のボンにおいて、父ヨハンと、宮廷料理人の娘である母マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)の長男[3]として生まれる。ベートーヴェン一家はボンのケルン選帝侯宮廷の歌手(後に楽長)であり、幼少のベートーヴェンも慕っていた、祖父ルートヴィヒの援助により生計を立てていた。ベートーヴェンの父も宮廷歌手(テノール)[4]であったが、元来無類の酒好きであったために収入は途絶えがちで、1773年に祖父が亡くなると生活は困窮した。1774年頃よりベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、虐待とも言えるほどの苛烈を極める音楽のスパルタ教育を受けたことから、一時は音楽そのものに対して強い嫌悪感すら抱くようにまでなってしまった。1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年11歳の時よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。

1787年、16歳のベートーヴェンウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問したが、最愛の母マリアの危篤の報を受けてボンに戻った。母はまもなく死没し(肺結核)[5]、母の死後は、アルコール依存症となり失職した父に代わり、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごした。

1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められて弟子入りを許され、11月にはウィーンに移住し(12月に父死去)、まもなく、ピアノ即興演奏の名手(ヴィルトゥオーゾ)として広く名声を博した。

20歳代後半ごろより持病の難聴(原因については諸説あり、鉛中毒説が通説)が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死にも等しい絶望感から、1802年には『ハイリゲンシュタットの遺書』をしたため自殺も考えたが、彼自身の芸術(音楽)への強い情熱をもってこの苦悩を乗り越え、再び生きる意欲を得て新たな芸術の道へと進んでいくことになる。

1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(ロマン・ロランによる表現)と呼ばれる時期となる。その後、ピアニスト兼作曲家から、完全に作曲専業へと移った。

40歳頃(晩年の約15年)には全聾となっり、更に神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられた。加えて、度々非行に走ったり自殺未遂を起こすなどした甥カールの後見人として苦悩するなどして一時作曲が停滞したが、そうした苦悩の中で書き上げた交響曲第9番や『ミサ・ソレムニス』といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は彼の未曾有の境地の高さを示すものであった。

1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も併発するなど病状が急激に悪化し、以後病臥に伏す。病床の中で10番目の交響曲に着手するも未完成のまま翌1827年3月26日、肝硬変のため56年の生涯を終えた。その葬儀には2万人もの人々が参列するという異例のものとなった。この葬儀には、翌年亡くなるシューベルトも参列している。

作風

初期

作曲家としてデビューしたての頃は耳疾に悩まされることもなく、古典派様式に忠実な明るく活気に満ちた作品を書いていた。この作風は、ハイドンモーツァルトの強い影響下にあるためとの指摘もある[6]。

中期

1802年の一度目の危機とは、遺書を書いた精神的な危機である。ベートーヴェンはこの危機を、ウィーン古典派の形式を再発見する事により脱出した。つまりウィーン古典派の2人の先達よりも、素材としての動機の発展や展開・変容を徹底して重視し、形式的・構成的なものを追求した。この後は中期と呼ばれ、コーダの拡張など古典派形式の拡大に成功した。

中期の交響曲はメヌエットではなくスケルツォの導入(第2番以降)、従来のソナタ形式を飛躍的に拡大(第3番)、旋律のもととなる動機やリズムの徹底操作(第5、7番)、標題的要素(第6番)、楽章の連結(第5、6番)、5楽章形式(6番)など、革新的な技法を編み出している。その作品は、古典派の様式美とロマン主義とをきわめて高い次元で両立させており、音楽の理想的存在として、以後の作曲家に影響を与えた。第5交響曲に典型的に示されている「暗→明」、「苦悩を突き抜け歓喜へ至る」という図式は劇性構成の規範となり、後のロマン派の多くの作品がこれに追随した。

これらのベートーヴェンの要求は必然的に「演奏人数の増加」と結びつき、その人数で生み出される人生を鼓舞するかのような強音やすすり泣くような弱音は多くの音楽家を刺激した。

後期

1818年の二度目の危機の時には後期の序曲集に代表される様にスランプに陥っていたが、ホモフォニー全盛であった当時においてバッハの遺産、対位法つまりポリフォニーを研究した。対位法は中期においても部分的には用いられたが、大々的に取り入れる事に成功し危機を乗り越えた。変奏曲やフーガはここに究められた。これにより晩年の弦楽四重奏曲ピアノソナタ、『ミサ・ソレムニス』、『ディアベリ変奏曲』、交響曲第9番などの後期の代表作が作られた。

後世の音楽家への影響と評価

ベートーヴェンの音楽界への寄与は甚だ大きく、彼以降の音楽家は大なり小なり彼の影響を受けている。

ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式・私的行事における機会音楽として作曲されたものがほとんどであった。ベートーヴェンはそうしたパトロンとの主従関係(および、そのための音楽)を拒否し、大衆に向けた作品を発表する音楽家の嚆矢となった。音楽家=芸術家であると公言した彼の態度表明、また一作一作が芸術作品として意味を持つ創作であったことは、音楽の歴史において重要な分岐点であり革命的とも言える出来事であった。

中でもワーグナーは、ベートーヴェン交響曲第9番における「詩と音楽の融合」という理念に触発され、ロマン派音楽の急先鋒として、その理念をより押し進め、楽劇を生み出した。また、その表現のため、豊かな管弦楽法により音響効果を増大させ、ベートーヴェンの用いた古典的な和声法を解体し、トリスタン和音に代表される革新的和声で調性を拡大した。

一方のブラームスは、ロマン派の時代に生きながらもワーグナー派とは一線を画し、あくまでもベートーヴェンの堅固な構成と劇的な展開による古典的音楽形式の構築という面を受け継ぎ、ロマン派の時代の中で音楽形式的には古典派的な作風を保った。しかし、旋律や和声などの音楽自体に溢れる叙情性はロマン派以外の何者でもなかった。また、この古典的形式における劇的な展開と構成という側面はブラームスのみならず、ドヴォルザークチャイコフスキー、20世紀においてはシェーンベルクバルトークプロコフィエフショスタコーヴィチラッヘンマンにまで影響を与えている。

芸術観

同時代のロマン派を代表する芸術家E.T.A.ホフマンは、ベートーヴェンの芸術を褒め称え、自分たちロマン派の陣営に引き入れようとしたが、ベートーヴェンは当時のロマン派の、形式的な統一感を無視した、感傷性と感情表現に代表される芸術からは距離を置いた。ベートーヴェンが注目したものは、同時代の文芸ではゲーテやシラー、また古くはウィリアム・シェイクスピアらのものであり、本業の音楽ではバッハ、ヘンデルモーツァルトなどから影響を受けた[7]。

ベートーヴェンが「前衛」であったのかどうかは、多くの音楽学者で見解が分かれる。原博は「ベートーヴェンは前衛ではない」と言い切り[8]、彼は当時の「交響曲」「協奏曲」「ソナタ」「変奏曲」などの構造モデルに準拠し、発案した新ジャンルというものは存在しない。ただし、「メトロノームの活用」「母語での速度表示」「ピアノの構造強化と音域の拡張」「楽曲の大規模化」「大胆な管弦楽法」「演奏不可能への挑戦」「騒音の導入(戦争交響曲)」など、後世の作曲家に与えた影響は計り知れないものがある。

思想

ベートーヴェンカトリックであったが敬虔なキリスト教徒とはいえなかった。『ミサ・ソレムニス』の作曲においてさえも「キリストなどただの磔(はりつけ)にされたユダヤ人に過ぎない」と発言した。ホメロスプラトンなどの古代ギリシア思想に共感し、バガヴァッド・ギーターを読み込むなどしてインド哲学に近づき、ゲーテやシラーなどの教養人にも見られる異端とされる汎神論的な考えを持つに至った。彼の未完に終わった交響曲第10番においては、キリスト教的世界と、ギリシア的世界との融合を目標にしていたとされる。これはゲーテが『ファウスト』第2部で試みたことであったが、ベートーヴェンの生存中は第1部のみが発表され、第2部はベートーヴェンの死後に発表された。権威にとらわれない宗教観が、『ミサ・ソレムニス』や交響曲第9番につながった。

また哲学者カントの思想にも触れ、カントの講義に出席する事も企画していたといわれる[7]。

政治思想的には自由主義者であり、リベラルで進歩的な政治思想を持っていた。このことを隠さなかったためメッテルニヒウィーン体制では反体制分子と見られた。

その他にも、天文学についての書物を深く読み込んでおり、彼はボン大学での聴講生としての受講やヴェーゲナー家での教育を受けた以外正規な教育は受けていないにも関わらず、当時において相当の教養人であったと見られている。

人物

身長は165cm前後と当時の西洋人としては中背ながら、筋肉質のがっしりとした体格をしていた。肌は浅黒く、天然痘の瘢痕があったとされるが、肖像画や銅像、ライフマスクや近年明らかとなった多彩な女性関係などから容貌は美男とは言えないものの、さほど悪くなかったのではないかと思われる。表情豊かで生き生きした眼差しが人々に強い印象を与え多くの崇拝者がいた。

基本的に服装には無頓着であり、若い頃には着飾っていたものの、歳を取ってからは一向に構わなくなった。弟子のツェルニーは初めてベートーヴェンに会った時、「ロビンソン・クルーソーのよう」、「黒い髪の毛は頭の周りでもじゃもじゃと逆立っている」という感想を抱いたと言われる。また作曲に夢中になって無帽で歩いていたため、浮浪者誤認逮捕されてウィーン市長が謝罪する珍事も起こった。部屋の中は乱雑であった一方、入浴と洗濯を好むなど綺麗好きであったと言われる。また生涯で少なくとも60回以上引越しを繰り返したことも知られている。

当時のウィーンではベートーヴェンが変わり者であることを知らない者はいなかったが、それでも他のどんな作曲家よりも敬愛されており、それは盛大な葬儀と多数の参列者を描いた書画からも伺える。しかし、「ベートーヴェン変人説」も、メッテルニヒ政権によるデマであるとする見解もある。

潔癖症で手を執拗に洗うところがあった。

性格は矛盾と言っても差し支えのない正反対な側面があった。人づきあいにおいて、ことのほか親切で無邪気かと思えば、厳しく冷酷で非道な行動に出るなどと気分の揺れが激しかった。親しくなると度が過ぎた冗談を口にしたり無遠慮な振る舞いを見せたりすることが多かったため、自分本位で野蛮で非社交的という評判であったとされている。これもどこまで真実なのかは定かではないが、ピアノソナタ・ワルトシュタインや弦楽四重奏曲・大フーガつきの出版に際して、出版社の「カット」命令には律儀に応じている。癇癪持ちであったとされ、女中(女性)に物を投げつけるなどしばしば暴力的な行動に出ることもあったという。

ハイドンに、楽譜に「ハイドンの教え子」と書くよう命じられた時は、「私は確かにあなたの生徒だったが、教えられたことは何もない」と突っぱねた。

パトロンカール・アロイス・フォン・リヒノフスキー侯爵には、「侯爵よ、あなたが今あるのはたまたま生まれがそうだったからに過ぎない。私が今あるのは私自身の努力によってである。これまで侯爵は数限りなくいたし、これからももっと数多く生まれるだろうが、ベートーヴェンは私一人だけだ!」と書き送っている。(1812年)この「場を全くわきまえない」発言の数々はメッテルニヒ政権成立後に仇となり、大編成の委嘱が遠ざかる。

テプリツェでゲーテと共に散歩をしていて、オーストリア皇后・大公の一行と遭遇した際も、ゲーテが脱帽・最敬礼をもって一行を見送ったのに対し、ベートーヴェンは昂然(こうぜん)として頭を上げ行列を横切り、大公らの挨拶を受けたという。後にゲーテは「その才能には驚くほかないが、残念なことに不羈(ふき)奔放な人柄だ」とベートーヴェンを評している。

交響曲第5番の冒頭について「運命はこのように戸を叩く」と語ったことや、ピアノソナタ第17番が“テンペスト”と呼ばれるようになったいきさつなど、伝記で語られるベートーヴェンの逸話は、自称「ベートーヴェンの無給の秘書」のアントンシンドラーの著作によるものが多い。しかし、この人物はベートーヴェンの死後、ベートヴェンの資料を破棄したり改竄(かいざん)を加えたりしたため、現在ではそれらの逸話にはあまり信憑性が認められていない。

聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげたことから、ロマン・ロランをはじめ、彼を英雄視・神格化する人々が多く生まれた。

死後、「不滅の恋人」宛に書かれた1812年の手紙が3通発見されており、この「不滅の恋人」が誰であるかについては諸説ある。テレーゼ・フォン・ブルンスヴィック(独語版)やその妹ヨゼフィーネ(独語版)等とする説があったが、現在ではメイナード・ソロモン(en:Maynard Solomon)らが提唱するアントニエ・ブレンターノ(独語版)(クレメンス・ブレンターノらの義姉、当時すでに結婚し4児の母であった)説が最も有力である。しかし、「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]のような、これらの定説を覆す新たな研究も生まれている。

これらは氷山の一角に過ぎず、20-30代でピアニストとして一世を風靡していたころは大変なプレイボーイであり、多くの女性との交際経験があった。この行動を模倣した人物に、後年のフランツ・リストがいる。

メトロノームの価値を認め、初めて活用した音楽家だといわれている。積極的に数字を書き込んだために、後世の演奏家にとって交響曲第9番ハンマークラフィーアソナタのメトロノーム記号については、多くの混乱が生まれている。

彼はイタリア語ではなく、母語ドイツ語で速度表示を行った最初の人物である。この慣習の打破はあまり歓迎されず、多くの当時の作曲家も速度表示にはイタリア語を用い、本人も短期間でイタリア語に戻している。

パンと生卵を入れて煮込んだスープや、魚料理に肉料理、茹でたてのマカロニにチーズを和えたものが大好物であった。またワインを嗜み、銘柄は安物のトカイワインを好んでいた。父親に似て大の酒好きであり、寿命を縮めることになったのは疑いがない。

コーヒーは必ず自ら豆を60粒数えて淹れたという[10]。

名前

原語であるドイツ語ではルートゥヴィヒ・ファン・ベートホーフェン ドイツ語発音: [ˈluːtvɪç fan ˈbeːthoːfən] ( 音声ファイル)と発音される。

日本では明治時代の書物の中には「ベートーフェン」と記したものが若干あったが、ほどなく「ベートーヴェン」という記述が浸透していき、リヒャルト・ワーグナーのように複数の表記が残る(ワーグナーヴァーグナー、ワグネル)こともなかった。唯一の例外は、NHKおよび教科書における表記の「ベートーベン」である。

姓に“van”がついているのは、ベートーヴェン家がネーデルラントフランドル)にルーツがあるためである(祖父の代にボンに移住)。vanがつく著名人といえば、画家のヴァン・ダイク(van Dyck)、ファン・エイク(van Eyck)、ファン・ゴッホ(van Gogh)などがいる。

vanはドイツ語オランダ語では「ファン」と発音されるが、貴族を表す「von(フォン)」と間違われることが多い。「van」は単に出自を表し、庶民の姓にも使われ、「van Beethoven」という姓は「ビート(Beet)農場(Hoven)主の」という意味に過ぎない。しかしながら、当時のウィーンではベートーヴェンが貴族であると勘違いする者も多かった。

偉大な音楽家を意味する「楽聖」という呼称は古くから存在するが、近代以降はベートーヴェンをもって代表させることも多い。例えば3月26日の楽聖忌とはベートーヴェンの命日のことである。

ベートーヴェンフリーメイソンリー

詳細は「フリーメイソン#ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」を参照

死因また健康について

慢性的な腹痛や下痢は終生悩みの種であった。死後に行われた解剖では肝臓、腎臓、脾臓、他、多くの内臓に損傷が見られた。これらの病の原因については諸説あり、定説はない。近年、ベートーヴェンの毛髪から通常の100倍近い鉛が検出されて注目を集めた。鉛は聴覚や精神状態に悪影響を与える重金属であるが、ベートーヴェンがどのような経緯で鉛に汚染されたかについても諸説あり、以下のごとくである。

ワインの甘味料として用いられた酢酸鉛とする説。

1826年の1月から、肝障害による腹水治療を行ったアンドレアス・ヴァヴルフ医師が、腹部に針で穿刺して腹水を排水した際、毛髪の分析結果では腹部に穿孔するたびに鉛濃度が高くなっていることから、傷口の消毒のために使用された鉛ではないかとする説。

聴覚障害について

難聴(40歳頃には全聾となった)の原因については諸説[11]ある。

耳硬化症説

伝音性の難聴であり、中耳の耳小骨の「つち・きぬた・あぶみ」の内のあぶみ骨が硬化して、振動を伝達できず、音が聞こえなくなる難病。ベートーヴェンの難聴が耳硬化症である論拠として、ベートーヴェンが人の声は全く聞こえていなかったにも関わらず、後ろでピアノを弾いている弟子に、「そこはおかしい!」と注意したエピソードが挙げられる。これは耳硬化症に特有の、人の声は全く聞こえなくなるが、ピアノの高音部の振動は僅かに感じ取ることが出来る性質にあると考えられる。

又、ベートーヴェンは歯とピアノの鍵盤をスティックで繋ぐことで、ピアノの音を聞いていたという逸話もこの説を裏付ける論拠として挙げられる。

先天性梅毒説

「蒸発性の軟膏を体に塗り込んだ(水銀の可能性。当時梅毒の治療法の一つ)」という記述がある為に、論拠とされている。しかし、後にベートーヴェンの毛髪を分析した結果、水銀は検出されず、又、梅毒は眩暈(めまい)の症状を併発するにも関わらず、そうした話が無い為に、先天性梅毒説は説得力の乏しいものとなっている。

鉛中毒説

上載の死因また健康についてを参照。

メッテルニヒ政権説

ベートーヴェンが難聴であっても完全に失聴していたかどうかは、21世紀の現代では疑問視する声が大きい。ベートーヴェンは1820年代のメッテルニヒ政権ではブラックリストに入れられたため、盗聴を防ぐために「筆談帳」を使った可能性は大きい。その延長として「ベートーヴェンは暗号を用いていた」という仮説に基づく「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]という書籍が出版された。

有名な逸話に「女中に卵を投げつけた」という類の物が残されているが、これは「女中に変装したスパイ」への正当防衛であるという見解がある。

デビューほやほやのリストの演奏に臨み、彼を高く評価したのは、もし失聴していれば出来ない行為である。

完全失聴や聴覚障害を患った作曲家に、ボイスやフォーレがいるが、彼らの作曲活動はその後伸び悩んでいるのに対し、失聴したベートーヴェンはその間に多くの重要作を書いている。

親族

祖父:ルートヴィヒ同姓同名) (英語版)

フランドル地方メヘレン出身。ケルン大司教(選帝侯)クレメンスアウグストに見出され、21歳でボンの宮廷バス歌手、後に宮廷楽長となった。

祖母:マリア・ヨゼファ

父:ヨハン

母:マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)  ヨハンとは再婚(初婚は死別)。肺結核により死去。

弟:カスパール・アントンカール

甥:カールドイツ語版)  カスパールの息子。1806年生まれ~1858年没。1826年にピストル自殺未遂事件を起こす。

弟:ニコラウス・ヨーハン

同姓同名の兄や妹2人がいるがすぐになくなっている。

カールの血筋が現在も残ってはいるが、ベートーヴェン姓は名乗っていない。カールの直系子孫の一人であるカール・ユリウス・マリア・ヴァン・ベートーヴェン(1870年5月8日生まれ)が1917年12月10日に他界したのを最後に、ベートーヴェン姓を名乗る子孫は途絶えている。

弟子

カール・ツェルニー - クラヴィア奏者・作曲家。

フェルディナント・リース - ボンのクラヴィア奏者・作曲家。

ルドルフ大公 - ベートーヴェンの最大のパトロン。のちにオルミュッツ大司教。弟子としては唯一、ベートーヴェンが彼のために曲を書いている。

ドロテア・エルトマン男爵夫人 - メンデルスゾーンと交流。

アントンシンドラー - 秘書だが、弟子とされることがある。

代表作

詳細は「ベートーヴェンの楽曲一覧」を参照

交響曲(全9曲)

第1番 ハ長調 op.21

第2番 ニ長調 op.36

第3番 変ホ長調エロイカ(英雄)』 op.55[12][13]

第4番 変ロ長調 op.60

第5番 ハ短調 (運命) op.67 [12][13]

第6番 ヘ長調 『田園』 op.68 [12]

第7番 イ長調 op.92

第8番 ヘ長調 op.93

第9番 ニ短調 (合唱付き) op.125 [12][13]

管弦楽曲

『レオノーレ』序曲第1番 op.138

『レオノーレ』序曲第3番 op.72b

序曲『コリオラン』ハ短調 op.62

交響曲『ウェリントンの勝利またはビトリアの戦い』 op.91

『命名祝日』序曲 op.115

『アテネの廃墟』序曲 ハ長調op.113

『献堂式』序曲 ハ長調op.124

協奏曲、協奏的作品

ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 『皇帝』 op.73 [12]

ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61

ロマンス第1番 ト長調 op.40

ロマンス第2番 ヘ長調 op.50

三重協奏曲(ピアノヴァイオリン・チェロのための)ハ長調 op.56

合唱幻想曲 ハ短調 op.80

室内楽曲

弦楽四重奏曲(全16曲)

第7番 ヘ長調(ラズモフスキー第1番) op.59-1

第8番 ホ短調(ラズモフスキー第2番) op.59-2

第9番 ハ長調(ラズモフスキー第3番) op.59-3

第10番 変ホ長調(ハープ) op.74

第11番 ヘ短調『セリオーソ』 op.95

第12番 変ホ長調 op.127

第13番 変ロ長調 op.130

大フーガ 変ロ長調 op.133

第14番 嬰ハ短調 op.131

第15番 イ短調 op.132

第16番 ヘ長調 op.135

弦楽五重奏曲 (全3曲)

ヴァイオリンソナタ(全10曲)

第5番 ヘ長調 『春』 op.24

第9番 イ長調 『クロイツェル』 op.47

チェロソナタ(全5曲)

ピアノ三重奏曲(全7曲)

第5番 ニ長調『幽霊』 op.70-1

第7番 変ロ長調『大公』 op.97

その他の室内楽曲

ホルン・ソナタ ヘ長調 op.17

六重奏曲 op.81b

七重奏曲 変ホ長調 op.20

管楽八重奏曲 op.103

ピアノ曲

ピアノソナタ(全32曲)  

第8番 ハ短調『悲愴』 op.13

第14番 嬰ハ短調 『月光』 op.27-2 [13]

第15番 ニ長調 『田園』

第17番 ニ短調『テンペスト』 op.31-2

第21番 ハ長調 『ヴァルトシュタイン』op.53

第23番 ヘ短調 『熱情』 op.57 [12][13]

第26番 変ホ長調『告別』 op.81a

第29番 変ロ長調ハンマークラヴィーア』 op.106

第30番 ホ長調 op.109

第31番 変イ長調 op.110

第32番 ハ短調 op.111

その他のピアノ曲(変奏曲、バガテル等)

創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 op.34

創作主題による15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)変ホ長調 op.35

『ゴッド・セイヴ・ザ・キング』の主題による7つの変奏曲 ハ長調 WoO.78

ルール・ブリタニア』の主題による5つの変奏曲 ニ長調 WoO.79

創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO.80

創作主題による6つの変奏曲 ニ長調 op.76

ディアベリのワルツによる33の変容(ディアベリ変奏曲) ハ長調 op.120

アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57

幻想曲 op.77

ポロネーズ ハ長調 op.89

7つのバガテル op.33

11の新しいバガテル op.119

6つのバガテル op.126

バガテル『エリーゼのために』 WoO.59

本来の曲名は『テレーゼのために』であった、という説が有力視されている。

オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品

歌劇『フィデリオ』 op.72c

劇付随音楽『エグモント』op.84

劇付随音楽『アテネの廃墟』 op.113

バレエ音楽プロメテウスの創造物』 op.43

オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』 op.85

カンタータ『静かな海と楽しい航海』 op.112

別れの歌

皇帝ヨーゼフ2世の為の葬送カンタータ WoO.87

宗教曲

ミサ曲 ハ長調 op.86

ミサ・ソレムニス ニ長調 [12] 

修道僧の歌

歌曲

アデライーデ op.46

汝を愛す

鶉の鳴き声

新しい愛、新しい生

口づけ

追憶

懺悔の歌

モルモット このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2017-04-27

2017-02-08

サーバルちゃんかわいい

けものフレンズについて、はてなの関連記事はだいたい目を通しているつもりだが、斜にかまえたネタですよーっていうエクスキューズ混じりの考察が多く見受けられる。あとは知能指数が下がるという指摘が多いようだが、まず大前提としてサーバルちゃんものすごいかわいいということを強く、強く申し上げたい。大前提すぎてだれも触れないだけかもしれない。しかしそれでもスカイツリーてっぺんからダイブしながらサーバルちゃんかわいーーーーーーーと絶叫して隅田川に落下し派手な水しぶきを上げる必要があるくらいサーバルちゃんはかわいい。どの点においてかわいいかというとまずワキ見えるのですごい。くすぐりたい。あとサーバルちゃんお風呂入ってないしけものなのでけっこう体臭つよい。かわいい。食物についてはジャパリまんの存在があるようだが、食べる以上は排泄する。よっておしっこもする。サバンナ地域に生息していることから考えて、サーバルちゃんのおしっこけっこう濃い。ましてやスナネコちゃんである。わざわざ水分を逃さないようにする生態に進化したと言及があるように、スナネコちゃんのおしっこすごい尿臭強い。まちがって吸い込んだら強くて死ぬしかし若干液体として分泌される場所は違えどジャコネコのような例もある。ひょっとしたらスナネコちゃんの尿臭かなりいいにおいで依存性高いかもしれない。あとスナネコちゃん声かわいいし「またあそびましょ」だしすごいかわいい。スナネコちゃんかわいいサーバルちゃんかわいい。みんなかわいい天国か。

あと強く断言しておきたいが、あたまよわいおんなのこすごいかわいい。ケースから自分地図取り出せないサーバルちゃんあたまよわくてすごいかわいい。汗ほとんどかけないので体のなかにいろいろ蓄積してちょっとくさそうなサーバルちゃんすごいかわいい。サーバルちゃん顔かわいいし動きかわいいしおーいしょって自転車こぐしすごいかわいい。サーバルちゃんならなわばり主張するためにそのへんでおしっこしてもすごいかわいいっていうかむしろ俺が大地、俺がサバンナ。主張されるなわばりとしての俺。サーバルちゃんの主張を全身に受け入れ、いま俺は、ジャパリパークである

それと意外にスルーされているかアルパカちゃんものすごいのでぜひアルパカちゃんにツバ吐きかけられたい。あの東北北関東かわからないが独特のなまり背中をばっしんばっしん叩くおばちゃんのようなスタイルがたまらない。方言キャラは数多く存在したが、あそこまで明確になまっている女の子はそうそういない。今後エロゲでもあれくらい強烈な訛りのキャラが出現してほしい所存であるいくらなんでもピーキーすぎる。

俺は強く強く申し上げたい。たーのしーと呟くも君は性的な意味でサーバルちゃんを消費するゴミみたいなフレンズなんだね構文でもなんでもよい。しかしそれ以前にすべての事象を超越してサーバルちゃんかわいい。スナネコちゃんかわいい。ジャパリパークはかわいいものが闊歩している大地である。なのですばらしい。君は母性を求めてもよい。尿臭を求めてもよい。サーバルちゃんのお風呂入ってないワキに鼻つっこんでもよい。7話あたりに存在するかもしれない温泉回に向けて、スナネコちゃんとサーバルちゃんがお風呂いやがる姿を想像して一人おわら風の盆を開いてもよい。俺はいま開催中だ。あと2日は続く。あとカバンちゃんのぱんつが交換しなくなってから何日目なのかについて真剣に考えてもよい。4日経過したらお茶にしよう。これがカバンちゃんのヴァージンスノウ……ふわりとただようカバンちゃんカバンちゃん……。とまあ、どのように消費しようとその人の自由であるが、作品についてなにか述べようとするのならば、己は作品にどう向き合ったのか、なにを求めてなにを得られたのか、どこがどう素晴らしいのか、その熱量テキストにぶつけてほしいと切に願う。ぶつけた結果が御無体なものであろうとも熱量そのままで価値である。わーいたーのしー、よかろう。楽しいのよかろう。乗ることが楽しいというのをもう一歩進めて、熱量のあるテキストを見せてほしい。俺はそういうものを読みたい。スナネコちゃんの前でぱんつぬいでちんこ晒して「わーきたなーい」っていわれて3秒で飽きられたい。3秒もてばまだマシかもしれない。俺のちんこメトロノームはジャパリパークをめざして今日も右に、左に揺れている。ライクアローリンドストーン。コケがついたちんこはもはやちんこじゃないんだ。サーバルちゃんかわいい死にたい

2016-08-11

ただひとつ

凄く好きな芸能人がいる。

踊って歌って演技をして、スタイル抜群。びっくりするほど太らなくて、尚且つ良い所にお肉がある。

声も見た目も好みで「性格が良い!」と持ち上げられる事も無ければ某掲示板で「性格が悪い!」と言われることもない。

でも、確実に売れる風に乗っている。(これはファンの贔屓目で見ているからなのかもしれない)

そんないろんなものに味方された彼が大好きでずっと応援しているんだけど、ただひとつだけ不満に思ってるものがある。

彼が「リズム音痴」なこと。

20パフォーマンスをすれば1回は前ノリになってしまっているような状態で、しかも曲のド頭にズレるものからとても目立つ。

この曲凄くカッコイイし好きなんだよな、と思ってイントロで期待して歌い出しで大きく転ぶのが辛い。

好きなのに!好きなのに!!

全部のステージを見に行けている訳でも全部のテレビを見れている訳でもない私が、20回に1回って分かっちゃう位に同じミスをする彼。

優しいんだけどキレのある歌声、激しい踊りなのに爪先まで振り付けの通りに動かす真面目さ、そして地のキャラの良さ。

大好きで大好きで、不安定な時に声をかけたくなるくらい大好きなんだけど、ただひとつリズム音痴な所だけが苦手。

本人様がこんな愚痴のような物を書いてる所へ来るとは到底思えないし、周りの人がこれを見て「○○じゃないの?」なんて言う事も無いと思うけれど、もし思い当たる人が居たならメトロノームアプリを入れてほしい。もしくは、楽器店に並んでるチューナーメトロノームが一緒になっているようなものを買って、イヤホンを刺してただひたすら120を流してほしい。聞いててつらい。音痴じゃないし、本当に大好きだから、ついこんなことを書いてしまいました。

彼がデビューする7年前から応援してきたしがないファンのしょうもない愚痴でした。

2016-08-06

[]

今回はガンガンオンライン

閉ざされたネルガル MISTAKE 16

拷問器具も、見方を変えればアイデア商品になりうるか

まあ、現実にあるいくつかの商品も、当初の目的で作られたのとは違う用途で売り出したら、成功っていう話がよくあるしね。

いや、いくつかはさすがに強引な解釈だなあと思う箇所もあるが。

余談だが、私は今回みたいなネタを「ちょっとかわいいアイアンメイデン」とかにもっと期待しているけれども、何というかあっちは“違う路線”に特化しているんだよなあ。

それはそれで嫌いではないけれども、当初予想していたテーマとは外れていっている感覚は否めない。

演技もん遠藤くん 第十一幕

まともだと思っていた人が、意外にもまともじゃなかった一面があるってパターンか。

遠藤も適度にボケてるんだけれども、監督が酷すぎて後半はツッコミ役になってしまう程とか。

普段ボケ役のキャラツッコミに回ったり、ツッコミ役がボケ役になるとか。

キャラクター役割遵守も大事だと思うけれど、現実人間一貫性に乏しいのだから、むしろそういう多彩さがあったほうが私の好みだ。

それにしても、肉じゃが毎日3食でも大丈夫というのもアレだが、趣味が「回る洗濯機を眺める」って……。

キャラの設定を付加する上で、趣味をこれに設定しようと思った発想には驚かされる。

はんだくん 第22話

そばから事件は、家庭科実習での悲劇を想起させるな……。

半田体験談も怖かったが、「友人H」とボかしているのに瞬時に半田だと気づく取り巻きの察しのよさも怖い。

あと、柱のコメントちょっと上手くて腹立つ。

モドキドキ #2

舌打ちメトロノームちょっと面白かった。

二人とも、詰めの甘さが失敗の原因なんだけれども、ベクトルが全く違うのは対称的ともいえるなあ。

まあ今回は、六条は愚直にやりすぎて失敗して、元木はそもそもロクにできなかったからなんだけれども。

2016-04-26

2016-02-12

初体験備忘録

はじめてみたおちんちんは思ったよりも大きかった。

小さいものが膨らむと聞いていたけど、最初から大きかったし、想像より大きかった。

それより意外だったのが、ほぼ無臭だったこと。

勝手臭いものだと思っていたけど、耳の後ろの脂臭さや、脇の酸っぱい臭いに比べるとほとんどなにも匂いがない。

不思議おしっこ匂いもない。

私のパンツのほうがずっと臭う。

エッチはおもったよりも、ギクシャクだった。

もっとスムーズに、言葉はなくともお互いが空気を読んで動けるかと思いきや、わりとお互いに相手が思った通りの行動をしてくれないことにヤキモキして

「脱いで」「もう少しこっちに」

みたいに指示を出し合って、慣れない肉体労働バイトみたいになってしまった。

ヘッドボードに頭をぶつけたり、ベッドから落ちそうになったり、大変だった。

実はけっこう、最初から気持ちよかった。

かなりハマる気持ちよさだった。

よく言う破瓜の痛みはなく、むしろ身体が硬いせいからくる痛みがキツかった。

それに脚をあげるとわたしの腹が段腹になるので、めっちゃ抵抗した。

それに、思ったよりも長かった。

長くても10分くらいかと思ってたけど、30分以上メトロノームみたいに同じリズムで腰を振ってた。

重くなかったので、彼氏はずっと自分体重を腕で支えて、かつずっと腰はリズムを保って動かしつづけたわけで、男性は大変だなと思った。

初体験後数日ヒリヒリしたけど、処女膜がやぶれたせいとかでなくて、摩擦(ゴムのせい?)のためだと思う。

声は自然と出るものと思っていたけど、別に出なかった。

逆に彼氏のほうが声を出してた。

2014-04-18

時計の針が動く音にしばらく耳を傾けていると

時間を忘れて聴き入っている自分に気付くはず。

こういうのを何と言うか分からない。

ただ聴き入れば聴き入る程その明快な音とリズムに心躍る思いであるに違いない。

しろ音は正確かつ極め細やかに細心の注意を払いながら揺り鳴らしている訳だから

要するに時計が壊れでもしない限り一定にして均一に音を奏で続けるのである

それはさながらメトロノームである

音は時間を知らせるための重要手段であり、常に一定リズムで鳴り続けるのである

音を辿っていくと先行イメージがふと脳裏に浮かび、そのイメージ通りの音を奏でると

それはもう快感なのである

人間エクスタシーを感じる時は二通りある

一つは変化である

変化が加わった時に初めてそれはリビドーに達するのである

一つは均一である

常に同じ量と質を小刻みに振るわせていく事で人間は主だった器官を閉じてただそれだけに身を委ねて行くのである

時計の針とは後者であろう。

一定リズムに合わせて覚えていく快感はいつの間にか快楽となり、リビドーに達するのであるから

時計の針が動く音に耳を傾けるゆとりがあれば、いつでもその虜になるであろう。

2012-08-19

本を速く読みたいひとへ、速読

一行ずつ漏れなく目を通して読む速読です。

これだと分速2000文字前後限界です。


―目次―

1.目のストレッチ筋トレ

2.音読・音声化のクセをできるだけなくす

3.イメージ力を鍛える

4.識字視野を広げる、使う



―本編―

1.目のストレッチ筋トレ(3分間とちょっと)

裸眼の状態で、顔は前を向いたまま右の限界を見ます。少ししんどくなるぐらい。そのままキープ30秒。左・上・下も同様に。(30秒×4)

つぎに、顔も目も前方向。焦点は合わさずに前をぼんやりと眺めるが、左右両側の視界のギリギリ意識して30秒キープ。上下も同様に。(30秒×2)

最後に目のふちに沿って大きく黒目をぐるりと回す。右に3回、左に3回。


2.音声化のクセをとる指さし読み(10分~15分)

メトロノーム30に設定、一つの音で一行をなぞる。指を添えて、止まらスムーズに。

30からスタートし、10~15ずつ速度を上げ、2,3分ずつなぞる。難しくても100~150ぐらいまで上げる。もっとできそうなら200前後までどんどん速くする。

・読めそうなら読む

・読めなければ単語を拾おうとする

・拾えなければ目と指をしっかり動かす

・目がついていかなければ指だけ動かす(最後は必ずこれ)

最終段階まで上げたら一気に速度を50~60まで下げてひき続き指さし読み。自分でがんばってギリギリ読めるところまで自由に速度を上げ下げ。調節ができたらその速さで、指でなぞりながら2,3分読む。


3.イメージ力を鍛える(適当に)

漫画を読んで、もしくは映画を観て五感で回想する。

小説を読むときなどは想像しながら読んでみる。


4.識字視野を広げる、使う、平行読み(適当に)

新聞雑誌など、比較的一行あたりの文字数が少ないものを平行に読もうとする。初めは難しくても1のストレッチを続ければ識字視野は広がるが、実際に使う訓練として平行読みをする。

2009-12-11

現役GoogleプログラマーがすすめるiPhoneアプリ一覧

iPhoneって本当に便利で楽しいと思う。物って買ったとき一番楽しくて後はしだいに飽きていく傾向があるのにiPhoneは別だった。最初も今も同じくらい楽しい

ということで今年の3月に買ったiPhone3Gで利用しているアプリ適当にまとめてみた。(一部併用中のiPodTouchも含まれている)

記号:◎「メイン、よく使う」 ○「◎の次によく使う」 <>「個人的な使い方、目的など」、☆標準搭載「iPhoneに購入時から含まれているアプリ

Webブラウザ

◎iCabMobile <メイン利用>

回転機能防止、全画面表示

Safari ☆標準搭載

iCabMobileで利用できない場合に利用

RSSリーダーGoogle Readerとの連携

Gazette <高速閲覧>

RSSリーダーとしての要点だけをもつあきれるくらいシンプルな作り。故に動作が速い

Byline <オフライン閲覧(主に地下鉄で利用)>

 万能なRSSリーダー。若干遅いがそれ以外は完璧な出来

メール

メール ☆標準搭載 <iPhoneSoftbank提供メールアドレス管理iPodTouch:Gmailアドレス管理

PCメールの一元化。これでPCメール確認することが9割以上減った。

SMS ☆標準搭載 <softbank同士の友人とのメール

チャットメッセンジャー)の表示形式がユニークで親しみが持てる

メモ

momo <メイン利用 メモと短期TODO(日・週)> 

Web同期、タグの付加・検索メモ全文検索、条件検索 条件検索リスト保存、カメラ撮影機能・画像添付(最大iPhone画面サイズまで) タグでのメモ管理でこれを超えるアプリは存在しないと思う。Evernoteより好き。

◎TweetMemo <サブ利用 戯言、つぶやき程度の短文メモ> 

Twitter連携機能 お気に入りメモ登録。どうでもいいが文字に頭のもやもやをはき出したいときにはこのアプリがいい。「とにかく書き出したい」という目的を素直に叶えてくれる。

・Fast Memo <迅速さを求められる際のメモ書き> 

起動後即入力可能、日付自動挿入機能。「1秒でも速くメモさせてくれ」というただそれだけのためにあるアプリ。「あ」をメモするならアイコン起動含めて2タップで出来る。

○iNote <情報メモ(主に外部情報)とメールテンプレート置き場>

ディレクトリ管理全文検索メモ単位での文字サイズ変更、GoogleDocs同期機能。メモからまとめメモへと昇華した情報を置いておくアプリ。しっかり編集したいときはGoogleDocsにアップロードPCでの編集Wordはもう使なくてもいいかな。

○Outliner <思考整理、情報考察> 

簡易アウトラインプロセッサTODO機能。物事を階層構造で把握したいときに使う。マインドマップよりもいいのは階層表示時でも本文を全文表示出来ること。

・ChecklistWrangler <チェックリスト作成> 

リストテンプレート登録。旅行の荷物確認、特定の料理レシピなど何度も繰り返すチェックリストをテンプレート化して自動作成してくれる。これがあれば他のチェックリスアプリは不要

・SimpleMind <思考整理、情報考察> 

簡易マインドマップ。「Outliner」の方が利用頻度は多いがまれに「何が何でもマインドマップで考えたい」というときがある。その時用。

・Sketch Pad <手書き、お絵かきメモ> 

文字ではメモできない時がまれにある。その時用。

・ボイスメモ ☆標準搭載 <音声メモ> 

「おまけのおもちゃだろ!」と馬鹿に出来なかった。おかげで専用ボイスレコーダー機はお蔵入りした。

写真 ☆標準搭載 <画像閲覧、画像、画面メモ> 

写っていればいいやという手軽な画像置き場。快適な動作を維持するためか画像は全部圧縮(劣化)させられる。よってそれを避けたい画像は「Files」

・Read it Later <WEBサイト保存>

Webスクラップは「iCabMobile」でもできるがこちらはWeb管理PCでもiPodTouchでもハード依存せずに管理できる。

・itemShelf <本の管理、購入予定の本をリスト登録> 

ISBN入力するだけでほぼすべての書籍を登録可能。データベースは全部Amazon頼り。

ファイル管理

◎Files <メイン利用> 

MicrosoftWord,Excel,PowerPoint,txt,音楽ファイル動画画像ファイルサムネイル表示される)

GoodReader <PDF閲覧> 

大容量PDFの閲覧対応。これで見れないPDFは諦めるのが賢い(おそらく)。

Dropbox <PC情報データの閲覧> 

PCで作成した文書データ画像などを見る際に利用。「Files」「GoodReader」が手作業による管理に対してこちらは自動管理自動同期)。とはいえ実際は機能が今のところ未熟なためあまり使ってはいない。

辞書

大辞林 <メイン利用> 

国語辞典。フォントもきれいで文句なし。傾きセンサーによる自動横表示機能がないので寝ながら使えるのもずぼら人間には重宝

大辞泉 <サブ利用> 

国語辞典。写真、図表もそこそこある。大辞林だけでは理解できなかったとき用

Wikiamo <Web百科事典Wikipediaの閲覧> 

PCで確認するのが面倒な時用。とはいえ、PCの目の前でこのアプリを使う時もあり。それくらい便利。

◎i英辞郎 <メイン利用>

英和辞典。紙の簡易辞書を捨てさせたアプリお気に入りもあるので単語帳も捨てた

Longman現代英英辞典 <英語学習時に随時利用>

英英辞典。ノリで買った。後悔はしていない。

・Cambridge TalkingDict <英語学習時に随時利用>

英英辞典。「英英辞典は二冊はほしいだろ」、とノリで買った。後悔はしていない。

予定管理

カレンダー ☆標準搭載 <週間定期予定表> 

学生でいう時間割のような使い方。「月曜は可燃ゴミ収集で 火曜はサスペンスドラマで、など」

PocketInformant <予定管理(一日単位でない中長期予定)> 

カレンダーTODOの一元管理Googleカレンダー、Toodledoとの同期ができる。手帳をあっさり捨てさせたアプリ

○ひとめカレンダー <目的今日または特定の日付の確認> 

当日緑マーカー表示 祝祭日赤色表示 祝日名表示。デフォルトカレンダーをただ見るだけのアプリ。「次の連休がいつあるか」とか「今月の25日は何曜日か」とかを調べるためだけにあるアプリ

ゲーム

・つみねこ <超短時間暇つぶしiPhone宣伝用> 

猫の上に猫をいかに積めるかを競うだけのゲーム。積んだ分だけ得点になる。

◎StoneLoops! <娯楽> 

動的パズルゲームゲームを普段やらない自分馬鹿みたいに遊んだゲーム。今でも暇に耐えられないときは無意識に起動するゲーム

・Labyrinth <暇つぶし> 

落とし穴に気をつけて球をゴールまで運ぶゲーム。傾きセンサーでの操作前提、iPhoneらしいゲーム

・四人麻雀 <暇つぶし> 

ひとりで遊ぶマージャン

・Lock'n'Roll <暇つぶし> 

頭脳パズルゲーム。地味にはまる面白さ。

○PaperToss <暇つぶし> 

風の向きや力の考慮しつつ紙くずを遠く離れたゴミ箱に捨てるゲーム。くだらないが面白い

プリズムLite <暇つぶし> 

テトリスに似たブロック崩しゲーム。3D表示でブロックが回転する。ゲームBGMも良い

・TapDefense <娯楽> 

戦略タワーディフェンスゲーム。当初は相当はまった。しかも無料だから驚く。

家計簿

◎iXpenseit <メイン利用>

家計簿馬鹿馬鹿しいと思っていた自分喧嘩を売ったアプリ。結果、自分は負けた。購入履歴データ分析がおもしろくて家計簿つけることをやめられない。

その他

◎Appstore ☆標準搭載 <iPHoneアプリの買い物、アプリアップデート> 

PCiTunesから見るよりも見やすい。アプリアップデート情報自動で教えてくれる。

iPod  ☆標準搭載 <iTunesから同期した音楽、音声の再生> 

そのまんま。iPhoneiPod機能。もちろんこれに頼ってポータブルオーディオプレーヤ捨てても良い。自分は実際はバッテリ対策でiPodNano常用してたりする。

マップ ☆標準搭載 <地図の閲覧、目的地へのルート検索> 

徒歩ルート案内も使える。

時計 ☆標準搭載 <ストップウォッチタイマーアラーム

・My辞書登録 <ユーザー辞書> 

完璧とは言えないがこれを超えるアプリはないと思う。

・weathernews <天気予報の確認> 

標準搭載の「天気」より細かい情報が得られる

WifiTrak <無線LANアクセスポイント検索接続> 

WiFi接続がとにかく楽

・i文庫 <青空文庫読書Zip書庫画像閲覧(マンガ閲覧)> 

・iComic <マンガ閲覧>

・TruveoVideo <ネット内の動画検索> 

複数のサイト動画コンテンツを一括検索動画の質もいい。おかげで標準搭載の「Youtube」はほとんど使わなくなった。

◎MemoryStatus <iPhoneの空きメモリを増やして動作を正常化する> 

今では動作が遅いとレッテル付きのiPhone 3Gを意地でも速くするアプリ。性能コンプレックスをそれなりに癒してくれる常用アプリ

産経新聞 <産経新聞の閲覧> 

正直見にくいが大文字見出しニュースの確認としてたまに使う。

・About Battery <詳細バッテリ残量と用途別の残り駆動時間の確認> 

正直なくても何の問題もない。だがあると意味もなく安心する。存在自体に価値がある電池ステータスアプリ。でもたまに見る

・乗換案内 <地下鉄時刻表確認> 

全国の鉄道時刻表ルート検索。紙の時刻表を捨てさせたアプリ

Skype <Skypeの利用> 

メッセンジャー機能、電話の呼出・待受。知人に利用者がいないため使っていない。でもいつかは使いたい。その時を待つために存在するアプリ

◎BB2C <2ch2ch形式掲示板専用ブラウザー>

PC2chを見なくなった

○GoodChoice <Amazonレビューの閲覧> 

目的の本を買う前に一応レビューを参考にする習慣があるのでそのためのアプリPCで見るよりも見やすい。

・PhotoCooker <メイン利用 写真のリサイズ、書込み、その他編集> 

画像を縮小するときに使う

・Photolab <利用度低 コントラストフリーハンドスポットエフェクト、色彩編集> 

削除しても良い。でも一応残してある。いつかのジョーク写真の作成のために。

Darkroom <簡易手ぶれ補正付きカメラ撮影> 

傾きセンサーを使ったユニークアプリ。正直使えないが、発想がおもしろいので作者に敬意を表して残してある。

・GoogleEarth <手軽な世界一周暇つぶし> 

GoogleEarthのiPhone版。PC版に引けを取らないクオリティ。おまけにiPhoneの性能、操作性の高さががよくわかる。

便利だがほとんど使っていないアプリ

ニコニコ動画 <ニコニコ動画動画閲覧> 

動画検索お気に入り動画ランキングニコニコ動画が嫌いになるジョークアプリ

・30min <現在地周辺の食べ物検索> 

検索レビューの投稿機能

ぐるなび <現在地周辺の食べ物検索> 

検索レビュー 

Yahoo!地図 <現在地周辺の店情報> 

地図表示、検索

・ZoomeAppTown <iPhoneアプリ紹介動画サイトの閲覧> 

アプリを買う楽しみを与えてくれたアプリ。今は購入欲が落ち着いたので放置

タイピング~ <フリック入力習得、鍛練> 

タイピングソフト。このアプリがなかったらフリック入力なんて一生利用しなかったかもしれない。購入当初、一番お世話になったアプリ

・GuitarToolkit <ギターのお供> 

スケールコード表示、メトロノームチューナーギタリストは全員持ってて良いと思う。でも自分ギター弾いてないので放置

おわりに

iPhone使い始めてパソコンネットする時間が減った」

ソフトバンク社長がそんなことを言ってたみたいだがこれは確かに嘘じゃない。

確かに今でも相変わらずWEB閲覧はPCの方が見やすいのは間違いないが、iPhoneにはPCとは別の「iPhone独自の見やすさ」というのがあるのだ。

その魅力と相まって、平均してPCでのWEBに使っていた時間の半分ちかくをiPhoneに移行することが出来た。

そしてその移行した時間は、電車仕事の休憩時間やありとあらゆる本来ならとるにたりない時間にすっぽり埋まった。

それにより知らないうちに時間を作ることに成功し、そして新たな楽しい時間を作ることに成功したのだった。

ここでもiPhone自分を楽しませてくれた。

というわけで来年新型のiPhoneを買う。うんと速いやつ

一介ユーザーiPhoneアプリまとめ

iPhoneって本当に便利で楽しいと思う。物って買ったとき一番楽しくて後はしだいに飽きていく傾向があるのにiPhoneは別だった。最初も今も同じくらい楽しい

ということで今年の3月に買ったiPhone3Gで利用しているアプリ適当にまとめてみた。(一部併用中のiPodTouchも含まれている)

記号:◎「メイン、よく使う」 ○「◎の次によく使う」 <>「個人的な使い方、目的など」、☆標準搭載「iPhoneに購入時から含まれているアプリ

Webブラウザ

◎iCabMobile <メイン利用>

回転機能防止、全画面表示

Safari ☆標準搭載

iCabMobileで利用できない場合に利用

RSSリーダーGoogle Readerとの連携

Gazette <高速閲覧>

RSSリーダーとしての要点だけをもつあきれるくらいシンプルな作り。故に動作が速い

Byline <オフライン閲覧(主に地下鉄で利用)>

 万能なRSSリーダー。若干遅いがそれ以外は完璧な出来

メール

メール ☆標準搭載 <iPhoneSoftbank提供メールアドレス管理iPodTouch:Gmailアドレス管理

PCメールの一元化。これでPCメール確認することが9割以上減った。

SMS ☆標準搭載 <softbank同士の友人とのメール

チャットメッセンジャー)の表示形式がユニークで親しみが持てる

メモ

momo <メイン利用 メモと短期TODO(日・週)> 

Web同期、タグの付加・検索メモ全文検索、条件検索 条件検索リスト保存、カメラ撮影機能・画像添付(最大iPhone画面サイズまで) タグでのメモ管理でこれを超えるアプリは存在しないと思う。Evernoteより好き。

◎TweetMemo <サブ利用 戯言、つぶやき程度の短文メモ> 

Twitter連携機能 お気に入りメモ登録。どうでもいいが文字に頭のもやもやをはき出したいときにはこのアプリがいい。「とにかく書き出したい」という目的を素直に叶えてくれる。

・Fast Memo <迅速さを求められる際のメモ書き> 

起動後即入力可能、日付自動挿入機能。「1秒でも速くメモさせてくれ」というただそれだけのためにあるアプリ。「あ」をメモするならアイコン起動含めて2タップで出来る。

○iNote <情報メモ(主に外部情報)とメールテンプレート置き場>

ディレクトリ管理全文検索メモ単位での文字サイズ変更、GoogleDocs同期機能。メモからまとめメモへと昇華した情報を置いておくアプリ。しっかり編集したいときはGoogleDocsにアップロードPCでの編集Wordはもう使なくてもいいかな。

○Outliner <思考整理、情報考察> 

簡易アウトラインプロセッサTODO機能。物事を階層構造で把握したいときに使う。マインドマップよりもいいのは階層表示時でも本文を全文表示出来ること。

・ChecklistWrangler <チェックリスト作成> 

リストテンプレート登録。旅行の荷物確認、特定の料理レシピなど何度も繰り返すチェックリストをテンプレート化して自動作成してくれる。これがあれば他のチェックリスアプリは不要

・SimpleMind <思考整理、情報考察> 

簡易マインドマップ。「Outliner」の方が利用頻度は多いがまれに「何が何でもマインドマップで考えたい」というときがある。その時用。

・Sketch Pad <手書き、お絵かきメモ> 

文字ではメモできない時がまれにある。その時用。

・ボイスメモ ☆標準搭載 <音声メモ> 

「おまけのおもちゃだろ!」と馬鹿に出来なかった。おかげで専用ボイスレコーダー機はお蔵入りした。

写真 ☆標準搭載 <画像閲覧、画像、画面メモ> 

写っていればいいやという手軽な画像置き場。快適な動作を維持するためか画像は全部圧縮(劣化)させられる。よってそれを避けたい画像は「Files」

・Read it Later <WEBサイト保存>

Webスクラップは「iCabMobile」でもできるがこちらはWeb管理PCでもiPodTouchでもハード依存せずに管理できる。

・itemShelf <本の管理、購入予定の本をリスト登録> 

ISBN入力するだけでほぼすべての書籍を登録可能。データベースは全部Amazon頼り。

ファイル管理

◎Files <メイン利用> 

MicrosoftWord,Excel,PowerPoint,txt,音楽ファイル動画画像ファイルサムネイル表示される)

GoodReader <PDF閲覧> 

大容量PDFの閲覧対応。これで見れないPDFは諦めるのが賢い(おそらく)。

Dropbox <PC情報データの閲覧> 

PCで作成した文書データ画像などを見る際に利用。「Files」「GoodReader」が手作業による管理に対してこちらは自動管理自動同期)。とはいえ実際は機能が今のところ未熟なためあまり使ってはいない。

辞書

大辞林 <メイン利用> 

国語辞典。フォントもきれいで文句なし。傾きセンサーによる自動横表示機能がないので寝ながら使えるのもずぼら人間には重宝

大辞泉 <サブ利用> 

国語辞典。写真、図表もそこそこある。大辞林だけでは理解できなかったとき用

Wikiamo <Web百科事典Wikipediaの閲覧> 

PCで確認するのが面倒な時用。とはいえ、PCの目の前でこのアプリを使う時もあり。それくらい便利。

◎i英辞郎 <メイン利用>

英和辞典。紙の簡易辞書を捨てさせたアプリお気に入りもあるので単語帳も捨てた

Longman現代英英辞典 <英語学習時に随時利用>

英英辞典。ノリで買った。後悔はしていない。

・Cambridge TalkingDict <英語学習時に随時利用>

英英辞典。「英英辞典は二冊はほしいだろ」、とノリで買った。後悔はしていない。

予定管理

カレンダー ☆標準搭載 <週間定期予定表> 

学生でいう時間割のような使い方。「月曜は可燃ゴミ収集で 火曜はサスペンスドラマで、など」

PocketInformant <予定管理(一日単位でない中長期予定)> 

カレンダーTODOの一元管理Googleカレンダー、Toodledoとの同期ができる。手帳をあっさり捨てさせたアプリ

○ひとめカレンダー <目的今日または特定の日付の確認> 

当日緑マーカー表示 祝祭日赤色表示 祝日名表示。デフォルトカレンダーをただ見るだけのアプリ。「次の連休がいつあるか」とか「今月の25日は何曜日か」とかを調べるためだけにあるアプリ

ゲーム

・つみねこ <超短時間暇つぶしiPhone宣伝用> 

猫の上に猫をいかに積めるかを競うだけのゲーム。積んだ分だけ得点になる。

◎StoneLoops! <娯楽> 

動的パズルゲームゲームを普段やらない自分馬鹿みたいに遊んだゲーム。今でも暇に耐えられないときは無意識に起動するゲーム

・Labyrinth <暇つぶし> 

落とし穴に気をつけて球をゴールまで運ぶゲーム。傾きセンサーでの操作前提、iPhoneらしいゲーム

・四人麻雀 <暇つぶし> 

ひとりで遊ぶマージャン

・Lock'n'Roll <暇つぶし> 

頭脳パズルゲーム。地味にはまる面白さ。

○PaperToss <暇つぶし> 

風の向きや力の考慮しつつ紙くずを遠く離れたゴミ箱に捨てるゲーム。くだらないが面白い

プリズムLite <暇つぶし> 

テトリスに似たブロック崩しゲーム。3D表示でブロックが回転する。ゲームBGMも良い

・TapDefense <娯楽> 

戦略タワーディフェンスゲーム。当初は相当はまった。しかも無料だから驚く。

家計簿

◎iXpenseit <メイン利用>

家計簿馬鹿馬鹿しいと思っていた自分喧嘩を売ったアプリ。結果、自分は負けた。購入履歴データ分析がおもしろくて家計簿つけることをやめられない。

その他

◎Appstore ☆標準搭載 <iPHoneアプリの買い物、アプリアップデート> 

PCiTunesから見るよりも見やすい。アプリアップデート情報自動で教えてくれる。

iPod  ☆標準搭載 <iTunesから同期した音楽、音声の再生> 

そのまんま。iPhoneiPod機能。もちろんこれに頼ってポータブルオーディオプレーヤ捨てても良い。自分は実際はバッテリ対策でiPodNano常用してたりする。

マップ ☆標準搭載 <地図の閲覧、目的地へのルート検索> 

徒歩ルート案内も使える。

時計 ☆標準搭載 <ストップウォッチタイマーアラーム
・My辞書登録 <ユーザー辞書> 

完璧とは言えないがこれを超えるアプリはないと思う。

・weathernews <天気予報の確認> 

標準搭載の「天気」より細かい情報が得られる

WifiTrak <無線LANアクセスポイント検索接続> 

WiFi接続がとにかく楽

・i文庫 <青空文庫読書Zip書庫画像閲覧(マンガ閲覧)> 
・iComic <マンガ閲覧>
・TruveoVideo <ネット内の動画検索> 

複数のサイト動画コンテンツを一括検索動画の質もいい。おかげで標準搭載の「Youtube」はほとんど使わなくなった。

◎MemoryStatus <iPhoneの空きメモリを増やして動作を正常化する> 

今では動作が遅いとレッテル付きのiPhone 3Gを意地でも速くするアプリ。性能コンプレックスをそれなりに癒してくれる常用アプリ

産経新聞 <産経新聞の閲覧> 

正直見にくいが大文字見出しニュースの確認としてたまに使う。

・About Battery <詳細バッテリ残量と用途別の残り駆動時間の確認> 

正直なくても何の問題もない。だがあると意味もなく安心する。存在自体に価値がある電池ステータスアプリ。でもたまに見る

・乗換案内 <地下鉄時刻表確認> 

全国の鉄道時刻表ルート検索。紙の時刻表を捨てさせたアプリ

Skype <Skypeの利用> 

メッセンジャー機能、電話の呼出・待受。知人に利用者がいないため使っていない。でもいつかは使いたい。その時を待つために存在するアプリ

◎BB2C <2ch2ch形式掲示板専用ブラウザー>

PC2chを見なくなった

○GoodChoice <Amazonレビューの閲覧> 

目的の本を買う前に一応レビューを参考にする習慣があるのでそのためのアプリPCで見るよりも見やすい。

・PhotoCooker <メイン利用 写真のリサイズ、書込み、その他編集> 

画像を縮小するときに使う

・Photolab <利用度低 コントラストフリーハンドスポットエフェクト、色彩編集> 

削除しても良い。でも一応残してある。いつかのジョーク写真の作成のために。

Darkroom <簡易手ぶれ補正付きカメラ撮影> 

傾きセンサーを使ったユニークアプリ。正直使えないが、発想がおもしろいので作者に敬意を表して残してある。

・GoogleEarth <手軽な世界一周暇つぶし> 

GoogleEarthのiPhone版。PC版に引けを取らないクオリティ。おまけにiPhoneの性能、操作性の高さががよくわかる。

便利だがほとんど使っていないアプリ

ニコニコ動画 <ニコニコ動画動画閲覧> 

動画検索お気に入り動画ランキングニコニコ動画が嫌いになるジョークアプリ

・30min <現在地周辺の食べ物検索> 

検索レビューの投稿機能

ぐるなび <現在地周辺の食べ物検索> 

検索レビュー 

Yahoo!地図 <現在地周辺の店情報> 

地図表示、検索

・ZoomeAppTown <iPhoneアプリ紹介動画サイトの閲覧> 

アプリを買う楽しみを与えてくれたアプリ。今は購入欲が落ち着いたので放置

タイピング~ <フリック入力習得、鍛練> 

タイピングソフト。このアプリがなかったらフリック入力なんて一生利用しなかったかもしれない。購入当初、一番お世話になったアプリ

・GuitarToolkit <ギターのお供> 

スケールコード表示、メトロノームチューナーギタリストは全員持ってて良いと思う。でも自分ギター弾いてないので放置

おわりに

iPhone使い始めてパソコンネットする時間が減った」

ソフトバンク社長がそんなことを言ってたみたいだがこれは確かに嘘じゃない。

確かに今でも相変わらずWEB閲覧はPCの方が見やすいのは間違いないが、iPhoneにはPCとは別の「iPhone独自の見やすさ」というのがあるのだ。

その魅力と相まって、平均してPCでのWEBに使っていた時間の半分ちかくをiPhoneに移行することが出来た。

そしてその移行した時間は、電車仕事の休憩時間やありとあらゆる本来ならとるにたりない時間にすっぽり埋まった。

それにより知らないうちに時間を作ることに成功し、そして新たな楽しい時間を作ることに成功したのだった。

ここでもiPhone自分を楽しませてくれた。

というわけで来年新型のiPhoneを買う。うんと速いやつ。

2009-01-27

http://anond.hatelabo.jp/20090126082040

自分が訓練したのは小学校低学年の時だから、そんなに覚えてないけれど、

超早口+吃音だったから、まずはゆっくり喋る事から始めた。

メトロノームに合わせて喋ったり、教師(でいいのかな)の話を聞いて、それと同じ速度で喋ったり。

”あ い う え お”をそれぞれ大きく口を開けて(わざとらしく)発音。口の動き、舌の動きの違いがわかるまで。

か行、さ行等もやった。"あかさたなはまやらわ"みたいな横の繋がりも訓練した。

"あえいうえおあお"系の発音トレーニングもした。早口言葉をゆっくり、はっきり喋るのも結構やった記憶がある。

自分は"ち-き"の繋がりのような発音し辛い所や、単語の繋がりでつっかかって吃音になる事が多かったので、

つっかかる言葉の繋がりを繰り返し発声して、苦手なフレーズを減らしていった。

会話を録音して聞く→悪い所を直す→また話して録音する→の繰り返しもやったな。

結構大事な事として、下を向いたりすると発声し辛くなるから、

発音しやすい首、頭の角度で話すように努める(苦手な角度で喋らない)。振り向く時は上体ごと、とか。

個人的に、タイマンで話すとき相手の顔を見るのが苦手だったけど、逆に意識して目を見るようになったら楽になった。

今でも興奮すると早口になってしまったり、疲れた/酔ってる時に口を小さく動かしてしまって聴き直される事があるけど、

一息ついてもう一度ゆっくりと話す(頭にあーごめん、とかつけて)事で、意思の疎通が取れない事態は防ぐ事ができてる。

2007-04-21

投票したいと思わせる選挙活動を見かけた

自分の名前をひたすら連呼する候補者には投票したくないという人を見るけれど、

じゃあその人たち以外のどの人に投票するんだろう。まだまだ沢山候補者はいるしなあ。

ということを考えていると、昨日行き帰りに面白い候補者を見かけた。

一人目は、電車に乗った時に見た候補者。駅前で「行ってらっしゃいませ!!」ではなく、電車の中。

もちろん電車の中に候補者がいるわけがなく、どうしてたかというと、電車に手を振って見送ってた。

まだ電車の速度の遅い駅近くで、工事現場の白い鉄板の壁をバックにして、ただ淡々と手を振っていた。

選挙カーも、支援者も、のぼりすら回りに見当たらない。たすきだけが、彼を候補者だと言っていた。

たった一人で手を振って、ほどなく視界から消えていった。恐らく後ろの方の車両からは見えもしない。

俺のいた車両でもほとんど気づかれていない様子だった。そんな候補者を見た。

二人目は、駅から出る時に見た候補者。彼は、駅前で「おかえりなさいませ!!」の定番パターンだった。

だが、時間は既に夜の10時前。当然マイクを使えるはずも無く、肉声。

駅の出口はシネコンと直結している歩道橋で、利用者がとても多いため広い。

彼はその広い出口の隅っこでおかえりなさいませと言い続け、メトロノームのように頭を上げ下げしていた。

声はとっくに枯れてしまった様子で、彼にも支援者は一人もついていなかった。

その枯れた声は小さく、駅の出口は広いため、彼に気づかずに素通りした人も多いだろう。そんな候補者を見た。

彼らのそれは戦略だったのかもしれない。どうせ電車の中には声は届かないのだから、

支援者はたくさんついていても意味が無いかもしれないし、枯れた声は演技だったりするかもしれない。

情に訴えかけるような部分計算づくなのだろうとは俺も思うし、そもそもこういう手法自体、

うるさい候補者がいてはじめて成り立つニッチなものだ。

しかし、彼らがたった一人でそこに立ち、うるさくない方法で有権者に訴えかけたのは事実だ。

俺はこういう候補者にこそ投票したいなあと思い、

たすきの氏名を読み取ろうと思ったときにはすでに彼が後方遥か彼方だったり、

あまりに声が枯れているため彼の名前がよく聞き取れなかったりしたことを少し悔やんだ。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん