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はてなキーワード: 高齢出産とは

2019-05-19

磯野貴理子離婚で泣いた

24歳年下の夫と離婚理由は、夫が子供が欲しくなったから。

これほとんど俺と同じ状況でしんどい。一度目の結婚は、24も上ではないが年上の相手で、子供なんかいなくてもこの人と一緒にいたいって思って結婚した。でもどうしても子供が欲しくて離婚。あの頃は実子以外なんてとても考えられなかったというのもある。辛いなあ。なんで神様高齢出産を認めないんやろうなあ。男は高齢でも子供作れんのにな。

anond:20190519000428

自分が寝てる間に書いたのかと思うくらいドンピシャだ…

すごくわかるよ

そのうち子ども欲しくなる、そういってる人がすぐ結婚するんだよといわれ続けてきたけど、

結婚適齢期で出産適齢期なのにまだ子どもはほしくない

震災経験してからは、助け合える人が欲しいとは思ってる

でもイコール結婚ではないし、同性でもいい

異性との結婚生活は進んで家政婦みたいなことしてして、自ら破綻しそう

子どもはこの先も欲しくならない気がしてる

それとも、手遅れになるくらい高齢出産の年齢になったらほしくなるのかな…

2019-05-18

命の選択をした

奥さん高齢出産で、世帯所得も多い方じゃない。

13トリソミー18トリソミー、そしてダウン症の子が生まれた時に支えられる自信がない。

から羊水検査で命の選択をすることにした。

もし陽性だったら中絶をしてもらうと思う。

まれて初めての殺人をすることになるのかもしれないと思うと、結果の出る再来週が怖い。

インターネットを調べても生かす方法がよくわからなかった。願わくば、誰か染色体異常のある子が生きていける方法を教えて欲しい。

2019-05-13

じっさい高齢出産でああだこうだ言われて左の人が信用できなくなったって人は結構いるっぽいからな

アキレス腱だろうな

anond:20190513122528

出生前診断高齢出産否定優生思想以外の何でもないですよはてサのみなさま

目をそむけないでね

2019-05-12

anond:20190512194123

女性男性を養え、ではなく女性男性を養え、な。

社会進出してなら社会的責任を果たしましょうってだけの簡単お話だよ

あと、綺麗でない女性結婚してるだろ。

若さ必須。男女ともに。なぜなら高齢出産は親にとっても社会にとってもリスクしかない。

相手の言ってないことを捏造して叩きの材料にしないと何も言えないのか?

2019-05-09

anond:20190509071017

実際社会はそのようになってないし、平均寿命だけ伸びてもなんの意味もないぞ?


君の命名したソース無し妄想理論レッテル貼りでは現実少子高齢化にはなんの効果もない。


問題になってるのはまさに少子高齢化

平均寿命がこれ以上伸びる必要はない。

高齢出産リスクもある。

2019-05-03

不妊治療について思うこと

自分が産まないからって他人事、そのくせ子供は欲しいと言う。まだ独身自由に生きたいと言うくせに、高齢出産は怖いね他人事のように言う。病院行くのも、基礎体温つけるのも、妊娠出産費用見積もるのもこっちなのに「日付を決められるとプレッシャーが」「デリケートな事だからゆっくりしたい」とかほざく。こっちだって同じ気持ちなんだが。病院で、じゃあこの日にセックスします!って言わされてんだけど。こないだ中出しされたけど出来ませんでした、って医者というだけの他人に話してるんだけど。それでもさ、出産休職しなきゃいけないのはこっちなわけ。

仕事なんか辞めていいよ。子供の面倒だけ見ててよ。俺が養うから」なんて言えないのは分かってるよ。だからちょっと体液出すぐらい頑張ってよ。

紙コップに、精液だすのそんなに嫌?酔うとあんなに大きな声で下ネタを話すのに。「デリケートなことだから」って、また?こっちだって病院で大股開いて嫌な思いしてるんだけど。泣くほど嫌なんだけど。君が子供欲しいっていうからこっちだって頑張ってるのに。個室でちょっと出すだけでしょう。誰にも見せなくていいんでしょう。ずるいよ。

痛いのすっごく怖いよ。だってハサミで会陰切るんだよ?麻酔も無しで。でもそんなの気にならないぐらい出産は痛いんでしょ。そんなのやりたくない。

ドアの外で待っていてさ、元気な男の子です、とかいって渡された赤ちゃん受け取るだけお父さんになれるんだもん。

きっと産まれからも、あんまり協力してくれないんだろうね。やっておく、って言ってしなかったこと沢山あるもの。そのくせ口出しだけは沢山するのかな。予防接種保育園書類PTA仕事も、習い事や塾も、調べてもくれないし、やっておいてもくれないのに、相談したって生返事で、そのくせお前にやらせると心配だ、とか言うんでしょう。

の子供なんて欲しくなくなっちゃったって、言ってしまいたい。

2019-04-30

離婚した

平成最後の平日、

私たち結婚生活は幕を閉じた。


子供には離婚することは告げていなかったが、役所に行く私を見つめていた眼差しは心なしか寂しそうな顔をしていた気がする。

妻のほうから離婚してほしいと言われたが、役所に着いたら「やっぱりやめよう」と連絡があった。

私は「今ここで止めてもこの先同じ話を繰り返すだろう」と伝えて離婚届を提出した。


他人同士が仲良く暮らすということの難しさを感じた4年間だった。

まして子供が生まれるとそれをより痛感していた。

道行く家族や両親はこれを乗り越えて私たちを育ててくれていたのかと思うと、親のありがたみを感じる。


思えば付き合った当初からすれ違いや喧嘩は多かった。

当然、喧嘩がないカップル夫婦が仲が良いとは思わない。

意見の食い違いや価値観の違いを話し合って乗り越えて成長していくものだ。

しかし、私たちはそれをしなかった。

何かある度に時間解決してもらった。

どちらかのほとぼりが冷めるまで待つだけで、今後同じようなことをしないための取り決めや話し合いを怠った。


私はこのやり方は間違っていると気付いていた。

しかし、収まった事態をまた掘り返して相手の機嫌を損ねることを恐れた。

その場限りの対応で恒久的な対策をしない。

今考えても呆れる。

ただそのとき彼女暴言自分ストレスとなり、どうしても次に生かす話し合いができなかった。

せっかく収まったのに、また心無いことを言われるのではないかと。


そんなことを続けながら付き合って1年くらい経った。

喧嘩の頻度が増えてきていよいよ私が耐えられなくなった。

お互いの家は3時間ほど離れており、すぐ会えないことも原因だと考え、同棲提案した。

今思えばここで別れるという選択肢もあったが、私も彼女もお互いに依存してしまっていたのだと思う。

同棲して一緒に居れば大丈夫だろう。』


同棲を始め、しばらくはうまくいっていたが、それも長くは続かなかった。

やはり根本的に解決していない問題を前にしては、同棲という付け焼き刃では役に立たない。


同棲前は物理的な距離があったたため、険悪な雰囲気になっても、自宅で一人知らないふりができた。

一緒に住んだらそれができない。


同棲したらすべてが解決すると思っていた。

「良いことばかりではない。」

頭ではわかっていたはずなのに、それが起こったときには結局何もできない。

こういうとき対処法をなぜ誰も教えてくれないのだろうか。

そんな馬鹿なような真面目なことを考えたりもした。


何かあったときは淀んだ空気の中で2人、喋ることもなく置物のように存在していた。

最初問題に向き合っていたが、何度も繰り返すうちに心が錆びていくのを感じた。

まるでどうやっても動かない岩を一人で運ぼうとするような。

すべてをシャットアウトする彼女を見ると、そんな虚しさを感じた。


そんなときでもお互いどちらも居づらくなって、家を出るようなことはしなかった。

彼女はそんな状態でも一緒に居ることを望んだ。

私は気分転換に家を外したかったが、自分が1人で出掛けることは浮気とみなされたので、それは叶わなかった。


一緒に住むと、いわゆる「自分時間」というものはなかった。

仕事をするか家にいるかのどちらかだ。


このあたりから別れることを意識するようになった。

ただ一緒に住んでしまうとそれは言い出すのが難しかった。


そんなとき彼女がぽつりと「結婚」というワードを漏らした。

さすがにこれには私は首を縦には振らず、「今の状態ではできない」と伝えた。


彼女は泣きながら「自分の行動を改める」と必死で訴えた。

結婚すれば大丈夫だろう。』

数日考えて結婚することにした。

彼女だけではなく、私自身を改めなければいけないことがたくさんあった。

これからは逃げずにぶつかっていかなければなからなかった。

染み付いた逃げ癖は自分の中から抜けることな居座り続けた。


ここまで読んでいただければ予想ができる通り、結婚後も何も変わらなかった。

彼女は私にありったけの暴言をぶつけ、私は逃げ続けた。

彼女の気が済むとまた日常に戻っていく。


結婚したら次は子供だった。

子供が欲しいということは以前から聞いていたので、結婚後はすぐに欲しがった。

子供は愚か2人の関係も続くか問題視していた私は反対した。

それにお互い貯金も貯まっていなかった。


彼女は激昂した。

概ね彼女意見は以下の通りだった。


・産まないほうは何とでも言える。

・作ろうとしてもできないこともあり、危険高齢出産なんかしたくない。

子供を産むのが遅くなったら仕事に影響する。

子供を作るのを止められるなら結婚しなければよかった。


2人の関係が続くかどうかや、こんな状態子育てができるかどうかは気にしていないようだった。


子供が生まれればこんな状態も終わるだろう』

子育てが始まればこんな不毛な争いを夫婦間でやっている暇はないのだ。

逃げ続けた私はあろうことか、まだ見ぬ自分の子供に救いを求めた。

それから子供ができればこの生活は終わるんだと言い聞かせて生きてきた。

1年ほどで子供を授かり、去年無事産まれた。


私の希望的観測は一瞬にして崩れ去った。

育児の忙しさやストレスから彼女攻撃性は増していった。

同棲結婚出産

夫婦の一大イベントをすべて経験してやっと理解できた。

私たちは変われないのだと。

もしくは変わる気がないのだ。


事あるごとに「離婚しろ」とは言われていたが、今回初めてそれに同意した。

彼女は一瞬目を丸くしたが、「そう。」と一言呟いた。


そして冒頭に戻る。


『一緒に住むようなれば…

結婚すれば…

子供が生まれれば…

きっと私たち関係は良くなっていくだろう。』

そんなことを毎回信じていた。


今考えたら何と甘い考えだろうか。

話し合うことから逃げて、意見の衝突を恐れて、相手に付き従う。

私たち離婚届など出さずとも、初めから夫婦にはなれていなかった。

依存の愚かなカップルまりだったのだ。


自分の行動が彼女を狂わせてしまった。

自分がまっすぐ正面から向き合って矯正しなければならなかった。

自分が例え嫌な思いをしたとしても、それは後々の自分のためになったのに。

離婚したことに対して後悔はしなかったが、子供に対しては無責任なことをしてしまったと罪悪感は残った。


結婚して子供もいて、何年も何十年も一緒に居る方達には敬意を表する。

悪いところは平成に置き去り、元号とともに自分自身を改めないといけないと感じたGWだった。

2019-04-15

anond:20190415165914

ちょっと違うと思う。

人類のために」というなら男女平等なんていったそばから皆ころされてるはずだ。

今の社会は「人権のために人権制限する社会」なんだよ

から優生思想高齢出産奨励が両立する。「女性人権」を上位においたら矛盾しない。

anond:20190415165350

高齢出産を避けるのだって緩やかな優生思想だろうと前から言ってるけど、あまり同意されんわ(ゼロではない)

自分閾値善悪を左右しやがるくそやな以上の感想がない

2019-04-14

男女平等の5:5比率」の中にいない自分

東大祝辞を読んで、どう受け止めたらいいのか考えている兼業主婦です。

いや、東大祝辞はあまり関係ないのかも…ずっと感じていたことのメモ

まだまだ、男尊女卑があって、女性評価されない社会なんだろうなと思っています

医大不正なんて、ああやっぱりと。

その一方で、私のような「学歴」や「仕事」をそもそも選択しなかった「母親」という女は、どこの数にも入れて貰えていないなぁ…といつも感じています

父親家事育児分担するべき、という風潮ありがたいです。

夫はとてもよく(時に私より)家事しますし、育児などは子供かわいさで率先してやっています

兄も、弟も、結婚して子供が産まれて、驚くほど家庭に関わっています

きっと、昔よりずっと主婦や妻や母は、家事育児自分だけでやらなきゃいけない、という思い込みを無くせてきているのでは。

それでも、

それでも、やっぱり産むのは母親です。

10ヶ月の妊娠期間、自分身体自分のものでないような状態になります

つわりはじめマイナートラブル切迫流産心理的プレッシャー…、これは産む性として仕方のないことです。

そして産んでから1ヶ月はまともに動けず、そして一年かけて身体を正常な状態に戻していきます

そしてこの期間、仕事に専念できなかったり、仕事をやめたり、休んだり、重要立場から遠ざかったり…キャリアは止まります

夫は育休を取ってくれました。

しかし、産んだ本人の私も身体のために一年仕事から離れました。

二子が産まれます

私はまたつわり休み産休をとり、育休をとり、キャリアは止まります

私は、結婚出産願望があり進学を選びませんでした。

どちらか、を選ばなければいけないと思ったからです。

両方選ぶことももちろん可能でした。しかし以下のことを考えた結果でした。

大学大学院への希望もありました、研究がしたい、でも卒業して就職して、あっという間に高齢出産の35歳。

きっとその頃には仕事が楽しく忙しい、いや、仕事で苦しんで他のなにも手につかないかも。

そして、私は三人子供が欲しいと思っています

10ヶ月妊娠さらに1年休む…復職してしばらく働きまた妊娠

これを三回繰り返すことを思うと、院まで進めば高齢出産リスクになるだろうことや、休みながらの専門的な職業は難しいのではと思い、決断したことです。

現在職業も、妊娠トラブルでも休めるような、辞めるとしても誰でも代わりがいそうな事務を選びました。役職もありません。

多くのフェミニストたちは、進学率や、就職率、管理職比率の男女比を5:5にしたいと思っているのかもしれません。

でもそれは、私のような産む選択をした母親たちにも「進学するべき」「働くべき」「昇進するべき」と言っているようで、時々苦しくなります

産むという女特有選択をしたばっかりに、男女平等の足を引っ張っていると言われているようで。

産まない選択も、産む選択自由で、自己責任です。

キャリア出産どちらもこなす人もいます

高齢出産でも無事に産める人もいます

産んでから夫婦役割として話し合い、納得して専業主婦になる人もいます

産んでから復職したくて、夫が家事育児をして母親キャリアを積んでいく人もいます

でもやっぱり、産む人には妊娠期間と産後は×子供の数だけ、必ず年単位であります

自分で選んだのだから、これは仕方のないことです。

でも、できればその産む選択をした母親出産に専念し、身体を休めている間のことを、「女性差別されて進学や会社の中に入れなかった被差別者」としてカウントして欲しくないんです。

その学校のなか、その会社のなか、その職業のなかで男女比が偏っていたとして、女性が少ないことをみんな差別だと感じるのはごく自然だと思います

でも、社会構成員として、私たち母親も数えて入れてほしい。働いてないけど、進学してないけど、ここにいます

女性の半分が産まない選択をして進学やキャリアの道を突き進んで行っても、残りの半分の女性が産む選択をして、そこから自分下りることを許してほしい。

5:2.5:2.5であることも許してほしい。

祝辞で語られたような女性差別や、男女どちらでも性別による差別は本当になくなればいいと思っています

その人個人が望む道へ、選択へ進むことに、障害が少なくなればいい。

から文句をつけられることなく。

子供たちが育ったあと、私もまた学問や、専門的な仕事へ挑戦するかもしれません。

あるいは、三人目を産み、専業主婦になるかもしれません。

あるいは、体力がもうなくなりこのまま事務を続けて趣味などで余生を過ごすかもしれない。

ただ、いまは、子供たちを安全に産むことが望みです。その間も、「社会構成員としての数」に数えてもらえたら嬉しい。

勝手子供産んだくせにと言われる昨今、それでも私は産む選択しました。

子供たちの命と未来に、責任をもって。

重大な仕事だと、信じて選びました。

それでも、私という女を、進学させ働かせ昇進させなければ男女5:5を達成できないと言うなら、あんまりにもしんどいです。

しんどいです。

疲れちゃいます

走り書きでごめんなさい。

※※※※※※🙋

4/14

色々なコメントありがとうございます

勘違い…気のせい…そうなのかも知れませんね。私の気持ちのなかだけの問題なのかもしれません。

専業主婦勘違いされている方もいらっしゃいますが、兼業主婦です。

フルタイム残業なし定時勤務。負担少なめな毎日同じ書類事務

男性三人女性三人でやっています(半々ですね!)

第一子は女の子ですが、三人産んでもみんな大学へ行きたいと言っても叶えてあげられるように共働きです。

夫は家事育児もよくします(手伝ってくれる、ではなく自身責任のように)。

そういう意味で、夫は兼業主夫ですね。話し合い、経済的にも夫は管理職を目指すということで、今後は私が主に家事を担うでしょう。

女性けが育児家事選択できる、または押し付けられる、とは微塵も思いませんし、夫婦間でその割合は働き方や経済力を考えて家族ごと、自由に取り決めたら良いものだと思っています

男性が私のような選択をしてもいいはずです。

なので、「家事育児を私(母親)」という話は記事でもしませんでした、あくまでも産前産後の肉体的な、男性に半分分けられない部分の負担のことです。

育児のこと?と思われた方も多いかも知れませんが、もちろん夫婦二人で分けあっても育児は大変なものでしたが、産前から切迫流産入院産後も輸血、子宮復古不全などという肉体的な休息や回復期間のままならない身体…、その間仕事のことを気にしなくていいのは気が少し楽でした。

ご指摘の通り、夫や家族職場にも幸運にも恵まれて、私の望む選択の結果としてとてもよい環境だと思います

なので、進学や仕事に関する選択に恨みがあるとか、後悔があるということでは全くないのです。

ただ、もっと大変で不幸で、選択が上手くいかなかった人も、選べなかった人もいるのだから、好運なあなたは黙っていなさい、と口を塞がないで欲しい。

この世で最も不幸なただ一人だけが、望み求めることを許されるのでしょうか。

産んでもキャリアに戻れるような制度、とても大切だと思います

産みたい、それが仕事でも進みたい気持ちを妨げるものにならないように。

産んだあとに挑戦できる、学び直せる、専門的に働ける、そんな社会がいいなと思いますし、私の周囲にもそんな選択をした人もいます

私の母などは、40歳准看護師になりました。

しかし今の私個人はそこではなくて…

休んで止まっている空白のキャリアに、産む選択をせず休まなかった人に劣らない「補填」を求めているわけではいんです。

(もちろん、その補填必要とする方もいます出産リスクだけ、損だけだと思われるのはおかしい)

私の選択は、肉体的、精神的、時間的負担仕事に大きく割かない、10年かけて子どもを三人産み、その子供たちが進学の選択をしたいときに選ばせてあげられるだけ夫婦で働く、という選択でした。

この選択と、いまだ試行錯誤している家庭生活バランスとれてるぞ!とホッとしている産後自分、これが弱い弱い女性被害者の姿だと数えられたらとても、かなしい。

これが、被害者弱者です。恵まれた人は彼女たちを救ってあげなさい、ほら、と指差されたような。

そんな悲しい気持ちの、私の気持ちだけの、記録でした。

2019-04-13

お父さんお母さん、私に謝ってください

自分の気持の整理のために書き連ねる。自分語りで相当長い。


昭和生まれ就職氷河期経験済みのアラフォー

二歳年上の兄(長男)がいる。自分は長女だ。

幼い頃は特に兄と自分への待遇に差を感じたことはなかった。

親は団塊世代で当時は給料右肩上がり時代で、それなりの中流家庭だったと思う。

習い事などもどちらもそれぞれ好きにやらせてもらえていた。

兄が通っていた地元の塾に自分も行かせてもらい、兄は一足先に中学受験をして某私立中高一貫校へ進学した。

自分最初の塾(兄と同じ)で、『御三家も狙える』と言われ、有名な大手進学塾へ通うようになった。

毎週土日のどちらかには親に連れて行ってもらって都内テストを受けに行き、自分純粋に楽しんでいたが、それに付きあう親は大変だったろうと思う。


そしてその頃から、どうやら兄は道を徐々に踏み外していったらしい。

具体的に中学生の兄の身に何があってそうなったのかは今でも知らない。

兄は万引きなど軽犯罪を繰り返すようになり、親が警察に行くこともたびたびあった(当時、自分にはそれらの事実は知らされなかった)。

自分と兄はひとつ屋根の下暮らしていたが、部屋は別々で元々仲の良い兄妹でもなかったし、

自分中学高校御三家の一つに受かった)で良い友人に恵まれ学生生活を楽しんでいて、兄のことはほぼ眼中になかった。

ただ、それでも兄や両親を見ていて、『兄が道を踏み外しつつある』こと、『親が兄の対応で大変らしいこと』は雰囲気でわかった。

から自分まで親に負担をかけてはいけないな、と子供ながらに思っていた。

別に親のためにいい子でいようと思ったわけではない。

道を踏み外していく兄を尊敬できなかった、いや、心から軽蔑していた。ああはなりたくない、と思っていただけだ。

学校の友人の兄弟はみな出来が良くて、どこに出しても恥ずかしくない「まっとうな」人達で、比べると自分の兄が恥ずかしかった。

学歴なんかの問題じゃない、今でもそれで兄を差別する気はない。

犯罪を犯すこと(万引き以外にも路駐やら何かでしょっちゅう警察から電話があった。警察バカにし、遵法精神などまるでなかった)、

それで親に多大なる迷惑と心労をかけていたこと、それを反省もせずにまた繰り返すこと。

兄の心理など知る由もないし、なにか彼の思春期問題があったのかもしれない。

だがだからといって兄の行為正当化される訳もない。繰り返すならなおさら弁護の余地もない。

私は心の底から兄を嫌い、軽蔑し、しかし表にはそれを出さずに、ただ兄とは接触しないようにしていた。

(なぜなら、兄は短気で暴力に訴える人間だったからだ。一度自分がそういった態度を見せた時、夜中に枕元に金属バッドを持ってすごんできたのは忘れられない。

  そしてそういった基質もまた、私の兄への侮蔑をより強める結果になった)



そして兄は高校を(なんとか)卒業し、大学へは行かずにフリーターになった。

親はどこでもいいか大学へ行かせたかったようだが、兄本人が『大学でやりたいことがない』と進学しなかった(ここは兄が正しいと思う)。

ありがちな話だが、兄は音楽の道を進もうとしたらしい。バンドを組んで、いわゆるバンドマンになった。

音楽活動の実態は何をしてるのかさっぱりわからなかったが、さほど身を入れてやっている様子もなく、芽も出なかった。だが諦めきれないのか、フリーターをしながらだらだらと続けていた。

自分高校卒業大学へ進学した後も、兄はその生活をしばらく続けていた。

そのうち、兄は一人の女性(Aさん)と知り合った。そして二人は結婚を考える仲になった。

Aさんはとても良い女性だった。自分や両親とも仲良くしてくれて、兄は大嫌いだがこんな姉ができるなんてほんとに嬉しい、ようやく兄が自分にとって良い行いをしてくれたと思った。

しかしここで、両親は最大の過ちを犯した。

何を思ったのか、兄にマンションを買い与えたのだ。親の名義でローンを組んで、兄と彼女の新居にしろと兄に与えた。

フリーターの兄に月々のマンションに係る支払が払えるはずもない。それはすべて親が払っていたのだ。しか結婚も確定しないうちに買って与えた。

呆気に取られた。納得できないが親の気持ちになって考えてみれば、『Aさんに逃げられないように、住居が確定していれば結婚生活も楽になるだろう』ということだったのかもしれない。

『妹は大学へ行かせてやったのだから、兄にも何か与えねば』と思ったのかもしれない(しか自分国立大で、学費トータルしてもマンション費用20%にもならないのだが)。

兄は別に特段の感謝をする様子でもなく、当たり前のようにそれを受け取った。

そしてその後、結婚が決まっても一向に定職につこうとせずに自堕落生活を続ける兄は、Aさんに愛想をつかされて結婚前に出ていかれた。

(兄はAさんに入れ込んでいたらしく相当なショックを受けていたが、自分から見れば当たり前だばーかしか思えなかった)


この頃からだろうか、自分が『親は兄を贔屓している』と思うようになったのは。正確には、『親は兄を甘やかしている(自分には厳しいのに)』と感じ始めたのは。


自分は親に言われた。『私立大に行かせる金はないし仕送りをする余裕もないから、家から通える国立大しろ』と。

親の言うことに従おうとしたわけではなかったが、自分の行きたい大学はその条件を満たしていたので、結果として親ののぞみを叶えた形になった。

しかし心のどこかに、『親ののぞみを叶えたい』という気持ちがなかったとは言えない。兄で苦労させられている親を見てきて、自分だけは親が誇れる子供でいようとしたのかもしれない。

通おうと思えば通えたが、一人暮らしに憧れていたこともあり、親の援助は一切受けずに一人暮らしを始めた。貯金バイトでなんとかまかない、4年間それを続けた。

親が兄にマンションを買い与えるまではそれも納得していた。だが、親がそれをした時、自分の中で不公平だという気持ちが生じた。

根底に『「親に迷惑ばかりかける穀潰しろくでなしの」兄に、なぜそんなに金をかけて甘やかすのか?』という考えも当然あった。

自分にとって兄は「いないほうがマシ」で、存在する事で何もいいことがない、迷惑なだけの存在だった。

グレてようがフリーターだろうが、優しい兄なら愛せたろう。だが、兄としての優しさを見せてくれたことなど数える程もない(その数回も小学生以下の時だけ)。

家庭を持って子を為し、親に孫の顔を見せて安心させてくれたなら、「普通」で「まっとう」な人間になってくれたなら、それで兄を見直すこともできただろう。

しかし兄は正真正銘クズなので、逆の道にしか行かなかったのだ(それについては後述)。自分が兄を見直す機会はおそらく死ぬまで来ないだろう。

(余談だが、なかにし礼氏の小説再現ドラマ(兄との関係を描いたもの)を見た時、心からなかにし礼氏に共感した。自堕落でお調子者で弟にとって迷惑な兄。

なかにし礼氏が兄の葬式後につぶやく、『兄さん、死んでくれてありがとう』がわかりすぎて辛かった。

何年先かわからないが、おそらく自分も兄が死んだ時、『死んでくれてありがとう』と心から思うだろう。自分が先に死ぬかもしれないが)



Aさんに逃げられた後、しばらく兄は自堕落生活をしていた(親が金を払っているマンションで一人ぐらし)。

自分は何度も親に『マンションから出て行かせろ、でなければ兄は自立できない』と言ったが、親は『そんなこと実際にできるわけがない』『目の届かないところに行かせるほうが不安だ』と言って聞かなかった。

この頃から自分の中で『兄が駄目になったのは親の(甘やかしの)せいではないのか』『親は己の見栄しか考えてないのではないか』という疑念が湧いてきた。

やがて自分大学卒業して、氷河期の中なんとか上場企業就職を決めた。

希望の会から内定が出ず、文系プログラムなど全くわからないのにSEになることになったが、就職できただけでよしとするしかなかった。

親の反応は『とりあえず上場企業から、外への体裁が整った』というものだった。親にとって自分は見栄のための存在なのだなということが、徐々にわかってきていた。

同じ頃、兄もようやく某リフォーム会社営業として働きはじめた。

兄の営業成績は良かった(もともと外面だけは良い)ので、いっとき小金持ちになれたらしい。外車を買ったが、マンションの金を親に返す気はさらさら無いようだった。

その外車ポンコツなのかあるいは外車とはそういうものなのか、しょっちゅう壊れて修理代がかかった。あまり乗らないせいもあっただろう。

乗らないのなら売ればいいのに『売っても二束三文しかならない』と兄は言い張り、親はなぜか修理代を肩代わりして払ってやっていた。

(散々修理代を払って直して、最後にはやはり壊れ、ろくに乗りもしないままに結局二束三文で売ったようだった)

マンションの支払いは親が続けていた。このころようやく、月々の管理費や積立金などの維持費だけは兄が支払うようになったようだった。

そのうち、バツイチ子持ちの女性Bさんと知り合い、今度は結婚した。Bさんについては自分ほとんど知らない。

その頃自分は向いていない仕事かつ長時間労働で心身を病みかけており、朝焼けの街を徹夜明けで泣きながら一人家路についたりしていたので、兄のことなど構う暇もなかった。

結婚式には一応出た。ストレスで過食気味になりむくんだ顔の自分愛想笑いを浮かべて写っている写真は見返したくもない。

兄の結婚になんの感慨もなく、『これで普通人間になってくれれば』と願っただけだった。兄に望むただ一つのことは『普通の家庭を築いてくれ』で、それ以上は望まなかった。


予想していたが、兄の結婚生活は長くは続かなかった。

営業成績が良いのに浮かれ、独立すると言って仕事を辞めた兄だったが、ろくなノウハウもない個人リフォーム営業がそうそう上手く行くわけもない。

あっという間に生活は行き詰まり、さっさとBさんに逃げられた(どうやら浮気されていたようだが、それを追い詰める気力もなかったようだった)。

そしてまた、マンションで自堕落生活に戻った(もちろんマンション維持費は親払いに戻った)。

自分はずっと『兄を甘やかしすぎだ、マンションから追い出せ、マンションを売ってしまえ、でなければ兄は自立しない』と親に言い続けていたが、ずっとでもでもだってで聞き流された。

『(万引きなどの)前科があるから、追い出したら何をするかわからない。もっと悪いことになるかもしれない』『どれだけ言ってもあいつはこちらの言うことを聞かない』。これが親の言い分だった。

しみじみ、親も兄も情けなく、どうしようもないと思った。『お前は冷たい』と言われた。

そもそも最初にあれが道を踏み外した時、お前の中学受験にかかりきりで、親としてろくに関わってやれなかったのが悪かったから』と。

そう言われて自分にどうしろと? 責任を感じろというのだろうか? もうとっくに成人していい年になった兄を憐れめと? 親でもない自分がなぜ親と同じ感情を共有せねばならないのか?

『ずっとそう言い続けて兄を甘やかして、それで状況が好転たか? 好転する見込みがあるというのか? 兄の自立を妨げているだけではないのか?』

そう言っても、親は同じ言い訳を繰り返して兄への甘やかし(マンション与え)をやめようとしなかった。 

自分の中で、兄への嫌悪と親への嫌悪比率は徐々に逆転していった。兄がどれほどのクズだろうが、どんな人生を送ろうがもはやどうでもいい。

自分と同じ親のもとで、恵まれ環境で育ったにも関わらず、兄は自ら堕ちていったのだ。兄の人生は兄のもの、好きに生きればいいしどこでのたれ死のうが勝手にすればいい。

兄よりも、そんな兄を甘やかし続ける親のほうに不信と不満が募っていった。なるほど、親がこうして甘やかすから兄は更生できないのだと納得した。

そして『兄が自分よりも甘やかされてる事実』にどうしても納得できなかった。自分特別扱いしろというのではない、兄を特別扱いするのが耐えられなかったのだ。同じ子供として平等に扱ってほしかった。

自分大学時代、兄は親が与えたマンションゆうゆう一人暮らしして、自分仕送りを一切受けられずに生活費のすべてを自力で稼いだ。

就職してから、兄は親が与えたマンションで好き勝手暮らして、自分は親に金を入れていた。家に金を入れるのは当然だと思う気持ちもあったが、理不尽だと思う気持ちはどうしても拭えなかった。

その気持ちに耐えられず、『兄と比べてあまりにも不平等だ、兄にも金を支払わせろ、兄を甘やかすのもいい加減にしろ』と泣いて言ったら、『じゃあこれからお前も金は入れなくていい』と言われた(そうじゃないだろ)。


家庭のことや仕事ことなど色々あり、結局自分新卒で入った会社を3年ほどで辞めてしまった。親に『30までにやりたい道(フリーランス)で食っていく目処をたてる』と誓い、宣言どおりに28で目処を立てた。

兄は親が見つけてきた非正規パート仕事をなんとかこなし、その頃にはそこそこ年季も入って板についてきていた。新しい彼女(Cさん)もできたようで、マンションで一緒に暮らし始めた。

だが、そんな矢先。兄が、クスリで捕まった。

最初に一報を聞いた時、親はともかく、自分は『まあ、あるだろうな。やっぱりな』としか思わなかった(基本的に兄の人格を信頼していないので、何を起こしたと聞いても『やりかねない』としか思わない)。

もちろん家族の誰も気づいていなかった。家族の目の届かないマンションでずっとやってきたものらしい。

自分は『言わんこっちゃない、だからマンションから追い出せとあれほど言ったのに、甘やかし続けた結果がこれだ』と親に言った。親は『そんなこと今更言っても仕方ない』としか言わなかった。

そこからの詳細は省くが、兄は執行猶予がついて戻ってきて、兄を見捨てなかったCさん(菩薩かよ)と今でも親の与えたマンション暮らしている。Cさんが見張っているので再犯はないと思いたい。

Cさんには敬意と感謝しかない。彼女がいなかったら兄はもっとだめになっただろう。

しばらくCさんに食わせてもらっていた兄だが、今はまた派遣で職について、そこでの仕事軌道にのってきたようだ。今度こそは歳も歳なので落ち着いたと思いたい。

(ちなみに、また維持費だけは払うようになったが、購入費は一切払っておらず、名義は父のまま。毎年実家よりも高い固定資産税を払っているのも父)



兄はもうどうでもよく、二度と犯罪を犯すなCさんにだけは迷惑をかけるなCさんだけは大切にしろしか思っていない。

残念なことに、自分の中で兄の見方が変わることはこの先死ぬまでない。今の兄と表面上でも付き合えるのはCさんあってこそだ。Cさんを姉と慕っても、兄を兄と慕うことは生涯ない。

きょうだい他人の始まりとはよく言ったもので、兄への気持ちはもうこれでいいと落ち着いている。

だが、「未だに」なのか、「今だからこそ今まで積もり積もったものが」なのか、自分の中で親へのわだかまりだけはどうしても消えない。考えると落ち着かず、心がざわつく。

もう親も老い自分もいい年だ。親も人間であり、それも見栄っぱりで子供平等に扱わず贔屓するようなできの悪い人間だったんだと納得するしかないとわかっているのに、

自分はどうしても、親に『自分たちが間違っていた』と言ってほしい。子育ての過ちを認め、自分がどれほど辛い思いをしたか理解し、悪かったと謝ってほしい。

だが、過去喧嘩した時の経験から、親は絶対自分の過ちを認めない、ましてや子供から言われる言葉を決して正面から受け止めないとわかっている。

『それが親に対して言う言葉か』『何様のつもりだ』『はいはい、全部こっちのせいだって言いたいんでしょう』…そう言って絶対絶対自分の過ちを認めない。老いた今、なおさら頑なになり認めないだろう。



自分自分なりに、親の期待には応えてきたと思う。教育で親に金をかけてもらった事は感謝しているが、それだけの成果をちゃんと出し、結果をだした。

なのになぜ、自分は兄と同じに扱われなかったのだろう。自分けが要求され、応え続けねばならず、それなのにそれを評価もされなかったのだろう。

これを言うと嫌な人間だと思われるだろうが、客観的に見て自分のほうが親に貢献しているしまともな人間として育った(少なくとも前科ものでなく、親に迷惑をかけていない)という自負があるだけに、やるせない思いがある。

本来なら自分のほうが親に贔屓されて然るべきではないのかという思いがあることは否定しないが、贔屓してほしいとは言わないしするべきでもない。

ただ自分に求めるものは兄にも求め、兄に与えたもの自分にも与えてほしい、子供の間に差をつけないで平等に接してほしかっただけだ。

男女の差だというのならばなおさら、兄には『長男』としての役割と責務を求めるべきだったろうに、なぜ私が長男役割も果たさねばならないのだろう。

兄が結婚した時、自分は『兄が孫を作ってくれたらそれだけが兄の親孝行だ、自分にも兄がいた意味がある。せめてそれくらい孝行しやがれ』とわずかに期待したが、兄は子供を作る間もなく離婚した(そもそも作る気もない)。

母は自分にだけ言う、兄には絶対に言わないのに、『老後の楽しみがほしい、孫が見たい』と。

子供はジジババの楽しみのために産むもんじゃねえし産んでおしまいじゃない、何ならあなたがたが育ててくれんの? 育てる金あるの? と応えたら沈黙した。

そんなに孫が見たいなら兄に言ってくれ、男なんだから自分よりよほど確率が高いだろうと言ったら、『あの子に育てられるわけがない』。『何を言っても無駄』と言って、兄には20年以上何も要求しない。

精子バンクとかあるでしょう』『50歳で産んだって例もあるし』とまで言われた日には本当に失望した。

50歳で産んだ女性はほぼ卵子提供で母方の遺伝子は入らないし、養子じゃ嫌だってんならそれ(母方の遺伝子が入らない)も嫌なんだろうに。

そもそも出産までにどれだけ苦労したか流産だって何度も経験してるはず)、不妊治療にどれだけお金がかかったかわかってて言っているのか、そして不妊治療高齢出産がどれだけ母体負担がかかると思っているのか。

娘の体など、自分の楽しみのためにはどうなってもいいのだろう。

孫の立場にしたって、父親がいない家庭に生まれることになるのだが、そういったことを考えてもいないのだろう。ただ、自分が欲しいから、だ。 

私の結婚も、自分の見栄だけのためにしてほしかったらしい。大切なのは見栄と体裁で、娘の幸福などどうでもよかった。

結婚しない女はなにか問題があると思われる』なんて言われても、それはあなただけの醜い価値観だろう、未婚率が三割の時代にそんな事思うほうが少数派だ。

図らずも未婚女性への「己の偏見」を曝け出したことにも気づかずに、『あなたのために言っている、それが世間だ』などと諭してくる醜さ。兄にも同じことを言えばいいのに。

結婚しろ』と言われるのが嫌で、それを避けるために誰でもいい、一回結婚さえすれば文句を言われまいと思って結婚したけれど、上手く行くわけもなく2年も経たずに破綻

(付き合っていた人とは、兄の事件で別れざるを得なかった。結婚した人には家族ぐるみで兄のことを隠した。そんな結婚うまくいくわけもなかったし相手には申し訳ないことをしたと思う)

その時の言葉も『せめて2年は持たせろ、外聞が悪い』『相手の親に私(母)の顔が立たない』『どうせお前のわがままだろう』…出てくるのは己の見栄と体裁のための言葉だけで、一度も娘の心情を慮る言葉は出てこなかった。

兄が同じように2年程度で破綻した時、兄に同じ言葉を突きつけたなら、そういう人なのだと納得もできたかもしれない。だが、兄の離婚に関して親は兄に何も言わなかったのだ。

(主に要求を突きつけ言ってくるのは このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2019-03-26

anond:20190326230507

子としても自分成人式を迎える前にパパが老衰で死去って嫌すぎる

高齢出産問題だけはジェンダーを問わずNG

2019-03-13

anond:20190313130619

産休育休はやめたほうがいい。辞めても不利にならない社会にしないといけない。そうすると女性けが辞めることになりそうなので、男は30才くらいで徴兵制でいったんクビ。女性も30まで生まなければ徴兵でクビ。ギリ妊娠して生まれたら免除。嫁さんに子どもで来たら育休でクビまたは兵役軽減措置。全員クビになるなら産休育休もいらないだろ。高齢出産少子化解決するだろう。

2019-03-06

anond:20190306222928

高齢出産ディスりが激しいから今の若い世代ちょっとでも早く

妊娠出産したいんじゃね。馬鹿みたいに女が社会進出したって

一つも幸せことなんてないって今の30,40代証明してるし

これも短いブームで終わってこれから世代専業主婦を選ぶようになると思う。

2019-03-01

結局妻は4人目を作ることに決めた

20代中盤から10年あまりかけて3人の子供を生み育て、それぞれ個性豊かな良い子供に育った。

ようやく一番下の子供が小学校に上がる。小学生になるとだいたいのことは一人でできるので、

子育てに関する肉体的・精神負担は急減することになる。(金銭負担は増える)

時間的余裕ができるので、妻はやりたいこと、やるべきことを探し始めた。

資格をとって週2で働いてみたり、料理教室ダンスを習ってみたり、

私の仕事を手伝うから教えてくれと言い出したこともあった。

しかしいずれも長続きしなかった。

妻の出した結論は、4人目を作る、体が持つ限り子供を作り続けたいということだった。

私は、3人とも小学生以上になったら自分人生における子育てフェーズは終わりだと

考えていた。40〜50代はバリバリ仕事するフェーズにするつもりだった。

学資保険などでそれぞれの子供の最低限の教育費は確保しているが、

4人揃って大学まで入れて仕送り続けるだけの収入を維持し続ける自信はない。(私立は無理だろう)

何より心配なのは妻の体である。3人の子供いずれも楽なお産ではなかったし、

妊娠期間ずっと不安がつきまとう。流産不安もある。

出産直後の血の気を失った顔を思い出すと、とてもまたやらせたいとは思えない。

かにまれ赤ちゃん可愛い自分も3人を本気で育ててきたので世話をすることに不安はない。

しかし1歳半までは何をどう気をつけても突然死のリスクがある。

抱っこしたまま階段上り下りするとき、いま足を滑らせたらこいつは死ぬ、という緊張感。

寝ている赤ちゃんちゃんと呼吸しているかどうか恐る恐る確かめ毎日

そんなストレスリスクを、これ以上抱えたくはなかった。

高齢出産ゆえ障害をもって生まれ可能性も増える。

それらを説明しても、妻の決意が揺らぐことはなかった。

結局、妻の人生において、子育て以上にやりたいこと、彼女にとって有意義と思えることは見つからなかったのだ。

だがそれを間違っていると言えるだろうか?

人生をかけて大事にすると誓ったパートナーだし、何人子供ができてもいちばん大事なのはもちろん妻だ。

その人が人生をかけてやりたいことが、一人でも多くの(私との)子供を育てることだというのだから

リスクを取りたくないという理由でその生きがいを奪うことはしたくない。

私は妻とともにリスクをとることを了承した。

2019-02-26

anond:20190226173935

自分の親も、高齢出産で出掛ける先でお孫さん?と尋ねられること多かった。

2019-02-21

anond:20190220202245

両親どっちも高齢出産児で介護育児が同時進行、しか痴呆という今思うと地獄みたいな環境で育ったから確実に言える事があるよ。言っちゃいけない事なんだけど…

他人介護必要になった老人を、ましてまともに会話も出来なくなった老人を生かす意味必要は何もないんだ。

家族幸せに死んで欲しい、介護者の微かな望みと自分への誇りがあるだけなんだ…。

そんな優しい普通の人が割に合わない微かな望みのために地獄を見るのが法的に正しい国に生まれしまった。そういう事なんだよな。

自分がそうなったらどうにかして殺して欲しいし、なんだったら見知らぬ冬山にでも置いてきて欲しい…。今後貧乏な老人だらけの素敵な国になる事が決定してる以上、同意があれば老人の安楽死を認めるとか政治も動いてくれないかね…。

あと痴呆は循環器系の病気と「絶望」が引き金になるので、食事に気をつけて、人生絶望しないために正直に生きようと思ってる。(増田は思った事正直に書けていいね)

個人観測範囲の話だけど、嘘つき、人のせいにしまくりの人、嫉妬深い人、口を開けば苦労話や悪口の人は絶望やすボケやすい。ボケなくても厄介な老人にしかならないしね。

2019-01-23

anond:20190123012309

個人でも高齢出産を避けるくらいの緩やかな優生思想では文句言わないくせに

結局は命を奪うかどうかの問題ダウン症なんかどうでもいいんでしょ

お前も虫唾が走る奴の一人だ

2019-01-22

無自覚な○○

ちょっと前は差別だっけ。

ここ数日は優生思想だな。

遺伝子疾患のリスクが増えるから高齢出産を避けようって考えたことない?

それ。それだよそれ。

自覚ないだろ。

2019-01-21

高齢出産リスクを言っている奴にも優生思想ですかって言って回れよ

できねえなら黙ってろゴミクズ

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