2024-11-19

犬が死んだ

犬が死んだ。

6歳だった。

急だった。


一昨日まで元気だった、らしい。

というのも犬は実家に預かってもらっていて、俺が実際に一昨日の犬の様子を見たわけではない。

母親からそう聞かされた。

俺が仕事の都合でペット不可の物件で一人暮らさなければならなくなり、1年半前に実家に置いてきた犬。

それが昨日死んだ。


急に体調を崩してごはんを食べなくなったので、母親病院に連れて行って、検査をしてもらった。

白血球が多くなっています肝臓の数値も悪いです、とにかく他にも色々なところが悪くて……と医者に言われた、らしい。


俺は仕事終わりに実家へ帰って、病院に行った。

その時はまだ生きていた。

しっぽを丸め込んで全く元気のない目でこちらを見つめる犬を撫でた。

たくさん撫でた。

つらそうなのはひと目でわかった。

結局俺は入院させることだけ決めて、翌日の仕事のためにとんぼ返りでまた一人の家に戻った。


翌朝、病院から犬が死んだと電話で連絡が来た。

それでも仕事に行った。

なぜか犬が死んだのは嘘だと思い込んでいたから、問題なく仕事ができた。


俺は仕事終わりに実家に帰って、病院に行った。

ダンボール箱に入って、質素な毛布をかけられて、2輪の花が添えられた、死んだ犬を引き取った。

眠ってるみたいに安らかな顔だけど、口や鼻から少し血が出たあとがある、死んだ犬を引き取った。

なんの病気かわからいから、直接触るのは避けてください、と言われた。

そして、本当に獣医にもどうしようもなかったに違いないのに、力及ばずすみません、と謝られた。


田舎だったから半分外飼いだった。

それで何か野生動物と触れ合って病気をもらったのかもしれない。

実は何かずっと病気を抱えていて、ここ数日の冷え込みで急激に悪化したのかもしれない。

理由は、明確には分からない。

でも死んだ。


可愛がられていたし、世話も十分されていた。

毎日2回ごはんをもらい、毎日水を替えてもらい、毎日散歩に連れて行ってもらい、家族にも親戚にも近所の人にも可愛がってもらっていた。

でも死んだ。


入院を決めたとき内臓の炎症を抑える薬を使いたいと思いますが、これがかなり高額で……と獣医に言われた。

構わなかった。

いくらかかってもいいから、やれることをやってもらいたかった。

何十万だって払う。

貯めたお金全部なくなってもいい。

そう決めて獣医に、全てを委ねた。

そしてそう決めただけで俺は勝手に、犬は病気を治してまた帰ってくるのだと思い込んでいた。

帰ってきたらしばらくは完全に室内で飼ってもらえるよう母親にお願いもしていた。

でも死んだ。


譲渡会でもらってきた犬だった。

保護された野良犬が孕んでいて、そうして産まれてきた犬だったらしい。

6年前、俺がまだ実家暮らしだったから、家を出ていく気もなかったから、そして家族も犬を飼った経験があったから、何かあっても大丈夫だ、と思って迎え入れた。

6年前、祖父が死んで、家が寂しくなって、犬嫌いの祖父がいたら怒っただろうに、でももうそ祖父もいなくなったし、と思って迎え入れた。


死んだ犬と家に帰って、犬の顔を見る。

安らかに眠っているようだけれど、口と鼻に血が滲んでいる。

それを見て、気付きたくなくても気付いてしまう。

この犬は多分、苦しんで死んだのだ。

血を吐きながら、悶えながら死んだのだ。

接触ってはいけないと言われたから、毛布の上からひたすら撫でた。

嘘みたいに涙が出た。


かなしい。

さみしい。

ごめんなさい。


体に力が入らなかった。

ただ撫でることしかできなかった。

もうぬくもりの無い体に、もう一度ぬくもりを移してやれるのではないかと思って、撫でた。

安らかな死に顔とは裏腹の、口と鼻に滲んだ血を、敷き詰められたペットシーツで拭ってやった。

犬の体に、ぼとぼとと涙をこぼしながら、最後に撫でて、撫でてやりたくて、撫でた。

撫でても撫でても、何も変わりはしなかった。

でもこの文章を書いている今、撫でておいてよかったと思っている。

生きている間にも、撫でておいてよかったと思っている。


今日は一日、何もしていないと、犬のことばかり頭をよぎった。

から仕事に打ち込んだ。

それでもすきまの時間に涙が勝手に出てくるので、目薬を差して誤魔化した。

犬は今日昼過ぎに、火葬されたらしい。


もっとしてあげられることがあったのではないか

もっと早く気づいてあげることができたのではないか

都会の犬のようにキラキラはしていなくとも、もっともっと幸せを描けたはずではないか

もっとのしっぽを振らせてあげることができたのではないか


一人暮らしになってからも、月に2〜3度は実家に帰っていた。

家業の手伝いがあったから、めんどくさくても帰っていた。

その度に犬は飛びつくようにして僕の元に駆け寄ってきた。

やっぱりあんたが一番すきなんやわ、一番よろこんでる、と母親は言っていた。


お前の苦しみを、お前が生きている間に預かってやりたかった。

苦しんで死ななければならなかったのなら、それは全て俺のせいだ。

その苦しみは、お前が引き受けなければならないものではない。

しませてしまって、すまなかった。


死んでしまったら安らかな顔になるものなのか。

それとも獣医の計らいなのか。

どっちでもいいけど、せめて死んだ後くらいは安らかであってほしい。

安らかに、安らかに、眠ってほしい。

そしてその眠りの中で、喜びに満ちた夢を見ていてほしい。

永遠の夢の中で、跳ね回っていてほしい。

俺と初めて出会った子犬の時のように元気いっぱいに、でも、うちに来て慣れて安心しきったようなあの顔でいて。

不安も苦しみも、全部こっちに置いていってくれていい。

全部預かるから

たのむ。

そうであってくれ。

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