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はてなキーワード: 火葬とは

2017-09-18

プリンセス・プリンシパル11話でずっと脚本担当してた大河内一楼が外された理由

プリプリ大河内外された件は何となくカバネリやヴヴヴみたいな事をやらかすと思われたからの緊急措置なら笑う。

よく擁護派にプラネテスあずまんが挙げる奴がいるが、プラネテスたまたま原作改変が上手くいった例だし、あずまんが原作面白い

あと同時期にヒロイン火葬エンドになった魔法先生ネギま!ってのがある。宮崎なぎさ更迭されたアレな。大河内シリーズ構成だったんだよ

これでギルクラもシリーズ構成だったら文句のつけようのない紙脚本家として不動だったのに惜しい。

2017-09-16

受験科目の古典漢文廃止するべきです。(受験生人殺しだよ。)

国語受験科目は、現代文だけで十分だ。

なぜなら、現代日本語からである

受験科目の古典漢文廃止するべきです。

なぜなら、古典漢文受験生にとって、火葬炉の中で発生する強烈な死臭(強烈な悪臭)であり、強烈な猛毒ガスだからです。

古典漢文の授業を廃止するべきです。(受験生人殺しだよ。)

国語の授業は、現代文だけで十分だ。

なぜなら、現代日本語からである

古典漢文の授業を廃止するべきです。

なぜなら、古典漢文の授業を受ける生徒にとっては、火葬炉の中で発生する強烈な死臭(強烈な悪臭)であり、強烈な猛毒ガスだからです。

2017-09-12

anond:20170912145226

骨上げの作法宗派地域によってさまざまなので、葬儀前に葬儀会社の人に聞くか、お寺の方などの司式者に確認しておきましょう。二人で一つの骨をお箸で持つ場合や、ひとりひとつ骨を箸で持ち骨壷に入れる際に、他の人に箸を渡すなどがあります

http://life-support-plus.com/sougi/1223/

1人が箸で持った遺骨を次の人に渡していく形、いわゆる「箸渡し」で行います

しかしながら、2人1組で遺骨を拾うとこもあるとか。

http://www.m1122.com/mtdata/2012/05/post-152.html

さらに省き、火葬場ではまとめて箸を置いてある場合もあり、何も気にせず皆、一人ずつで骨壷におさめることもあります

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1026461110

先日主人が参列した長野では、1人で1つの骨を素手でつかみ骨壺に入れたそうです。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q106889460

2017-09-02

メイドインアビスアニメ一期が原作のどこまでやるのか気になる5 +愚痴

原作未読の人は注意。あと今回は愚痴が入っているので、注意。



アニメ第9話を見た。

まさかここでオリジナルというか引き延ばしをするとは。

原作消化で言えば、9話は3巻の10%分しか進んでいない。

このペースだと、一期は3巻だけで終わってしまいかねない。

いや、さすがにそれはないと思うけど・・・

だって3巻終了時点では、一人昏睡中だし・・・

それよりも前に無理やり目覚めさせるオリジナルってのも考えられるけど、

それだと目覚めるためのエピソードが大きく矛盾することになる。

4巻の最初の方だけやって、「俺たちの戦いはこれからだ」ENDなのかな。

第3巻:10,11,12

第4巻途中:13

うそう、

原作未読組の「PVEDにいるウサ耳っ子はいつ出てくるんじゃー!」という怒りの声が聞こえてきそう・・・

このペースだと9話かな。

っていう予想は思いっきり外れました。度し難い。

そしてここからは第9話の愚痴

引き延ばしのオリジナル回だからって、ちょっと今回の話はいろいろと粗がなあ・・・

以下大きく気になったところ。

1.レグがいきなり火葬砲打っちゃう

「どうしてもって時以外は打っちゃだめだよ」と言われているのを、

ちょっと敵が素早いからって「今しかない」って打つのはどうなのよ。

メンタル弱すぎない?

2.消化液に溶かされず、大勢のネリタンタン(モルモットような小動物)にかじられても大したことないリコ

胃袋の中に落ちても甘い匂いしか、消化しかかりのネリタンタンの姿を見てやっと危険に気づくリコ。

いや、消化液であちこち溶かされて痛いでしょうに。

なんとか脱出しても大勢のネリタンタンにかじられる、しかし大したケガをしてないリコ。

あんな全身が埋まるほどのネリタンタンにかじられたらただでは済まないでしょうに。

3.呪い幻覚の内容がチープ

アビス呪いってもっと分かりにくい、エグイやつでしょ。

あんな「ここにいるはずのない人たちがやさしい言葉をかけてくれる」幻覚なんて分かりやすくて、ぬる過ぎる。

子供だましは嫌いだよ。

他にも細かいところいろいろ・・・

まあ、全13話すべてを最高品質でってわけにもいかないだろうから、今回は中休みってことで次回以降にまた期待。

そして4巻の「レグ・・・”それ”どうしたの?」のシーンをぜひ放送してほしい。

願わくばアニメオリジナルカットを付けて。

ロボットなのに”それ”が付いているんだから、このシーンを出さずして、何を出すというのだ。

https://anond.hatelabo.jp/20170828005856

2017-08-15

孤独死対策サービス

孤独死って急な発作とかで助けを呼べなくてそのまま死んじゃうことが多いらしいから、

そういった異常を検知して、近隣の人とかにアラートを飛ばす、マンションであれば管理人さんとか、それで駆けつけて救急車を呼ぶみたいな、

そんな感じで実装出来ればいいなと思ったんだけど。

まり孤独死を防ぐサービスなんだけど、心肺停止では死んでないからとか書いてる奴は、

ちゃんと死ぬのを待って死んだら速やかに火葬場にみたいな感じで考えてるのかな。残虐すぎてワロたわ。

2017-08-14

人は死ぬんだ

人間っていつかは死ぬ

それは僕も知っていた。


1週間前の事。

親戚のおじさんが入院したと聞いた。

入院理由は「歩けるようになるまで検査をかねて入院する」という話だった。

お世話になっていたので、次の日病院に行くことにした。

会ってみると、呼吸するのも苦しそうな位、変わり果てた姿だった。

しかし、僕に気遣ってくれたのか、おじさんは「俺の予定だと3日で退院すると」


その3日後、おじさんは亡くなってしまった。

突然の死に、僕は現実を受け入れられなかった。

通夜でおじさんの顔を見ようとしたけど、僕にはできなかった。

何故?急に死んでしまったのかと言う現実を受け止め切れなかったからだ。


つい一週間前は会話できてたのに・・・


お葬式火葬炉に入る瞬間、堪えていた涙がどっと溢れてきた。

これが本当のお別れなんだと。


「腹いっぱいくって寝ろ」

「それが一番の幸せだ」

と教えてくれたおじさん。





本当に本当に

辛かった。

この時、僕は人は死ぬんだと実感した。

今更の話になってしまうけど、

僕がお見舞いに行った時点で、詳しい検査すら受けてなかったらしい。

あの時、容態の変化を察して、病院側にもっと口を出してもよかったかも知れない。

後悔しても後悔しきれない。

ごめんね。

2017-08-04

変性性脊髄症(DM)になったコーギーと私の備忘録

うちの犬の様子がおかしくなったのは、3年前の秋、私が高校1年生のときだった。

後ろ脚だけがもつれる。ふらつく。地面に脚を擦って歩く。何か、様子がおかしい。その時点でそれなりに年を取っていたこと(当時12歳)、以前子宮系の病気になって九死に一生を得たこともあって病院先生にもよくそ存在を知られていたこともあり、すぐに動物病院へ連れて行った。

というのも我が家には昔、その子と一緒に飼っていて、小学生の頃に白血病で死んでしまったもう一匹のコーギーがいたのだが、異変に気付いていたのに大丈夫だと高をくくってしまったが為に病院へ行くのが遅れてしまったという過去があったからだった。

最初獣医さんが言ったのは、ヘルニアかもしれない、とのこと。コーギーのような胴長短足犬がヘルニアになりやすいのはよく知られた事実である。実際に、昔読んだ様々なコーギー飼育本のどれもが、ヘルニアという病気について取り上げていた。発症を防ぐために階段上り下りはさせない、だとか、そんなようなことが書かれていたことを覚えている。実際に、レントゲン写真を見せつつ説明もしてくれた。

ただ、それと同時にちらっと言われた、別の病気可能性。現段階では確定できないけれども、もうひとつ「これかもしれない」という病気がある、と、何気なく言われた。後ろ足からどんどん動かなくなっていく病気ヘルニアと違って痛みはないけれども、だからこそ犬自身は気づかず普段通り歩こうとする。今考えると、あれは変性性脊髄症(DM)のことを言っていたのだろう。

とりあえず当面はヘルニアの疑いとして治療を行っていきましょう、という方針になったが、その後の病気の進行は今考えるとまさしくDMのものであった。

まず、自力での散歩ができなくなった。後ろ脚が本格的に動かなくなってきても、犬はそれに気づいていない。だから、後ろ脚を引きずって前脚だけで歩こうとする。ちょうど、お座りの姿勢で移動しているような格好になる。そうなると、お腹のあたりが傷ついてしまうため、介助ベルトを使って後ろ脚を持ち上げて歩かせる必要がある。だけどそれはかなり負担で、かつうちの犬はあまりそのベルトで釣り上げられつつ散歩するのを好んでいなかった。もともと散歩が大好きで走り回るのも大好きな子だったから、なおさらだと思う。

またこのころ、排便がうまくできなくなってきた。後ろ脚でふんばることができないからとのことだった。獣医さん曰く、自力で出せないが為に腸の中に便がたまっており、新しい便に押されるようにして出てくるしかないため、コントロールができなくなっていたらしい。

もともと排泄はすべて散歩ときに済ませトイレシートなどは使わないのが常だったので、仕方がなくおむつを履かせることになった。ここでうっかりしていたのが、犬用おむつコーギー例外的だが、ほとんどの犬にはしっぽがついている。そのためおむつにもしっぽを出す穴が付いているのだが、コーギー場合はそれが仇となった。しっぽがないために、排泄物がその穴から出てきてしまうのだ。結局、赤ちゃん用のおむつの中でもとりわけ大きいサイズのものを着用させる方向に落ち着いた。

また、病気になる前からも誰かが家にいるとき基本的ケージから出してリビングの中を自由に動き回らせていたのだが、病気になり外へ散歩に行けなくなってからほとんどケージを使わなくなっていった。以前のように階段を昇って行ってしま心配もなかったし、そこまで部屋の中を動き回らないだろうと思ってのことだった。だが、そのすぐ後に問題に直面することとなった。

脚を擦って歩くと、おむつが脱げてしまう。これではどんなに今のおむつに優秀なポリマーが入っていても意味がない。そう考えた私たちは、仕方なく犬に服を着せてその服とおむつとをガムテープで結ぶことにした。見栄えも何もないが、仕方がない。

本当はうちの犬は服を着るのが嫌いで、幼いころに着せた時には気づいたら自力で脱いでしまっていたのだが、この時ばかりは何の不満げな様子も見せずにいてくれた。その後タンクトップスタイルの服から介護用の多機能ベストのような服を着せるようになっていったのだが、その時も何もなく受け入れてくれた。人間と同じで、犬も年を取ると丸くなるのかな、なんて考えたりもした。

ともあれ、私たち家族も犬自身も、病気うまいこと付き合いながら、いつも通りの生活を続けていっていた。

そして2年前の初夏、ちょうど私が定期考査を終える頃に、犬が体調を崩して入院した。それと同時に、獣医さんからDMのことを聞かされた。そして、DMにかかっている犬の献体を受け付けている大学がある、ということも聞かされた。現段階ではヘルニアではなくDM可能性が非常に互いが、この病気脊髄病気から生きている間にその検査を行うことはできないため、除外診断的にしかからないこと、また今はまだ治療法どころか詳しいメカニズムさえも明らかにされておらず、病気の進行を見守るしかないということ。だからこそ、もしも亡くなったときには献体に協力してあげてほしい。そう、言われた。

私はその時点から亡骸を献体として提供することをある程度は覚悟していたが、家族の思いはもっと複雑だったらしい。今年の春先にようやく意見が固まったぐらいだったのだ。かくいう私も、それが本当に犬にとっても良いことなのか、最初は迷った。もちろん遠い目で見れば、病気が解明されて多くのDM犬が助けられるようになったほうがいいだろう。

だけど、そんなそろばん勘定ではものごとは片付かない。臓器移植云々で色々な意見が出ているのと同じだ。当人意思を省いた周りの勝手エゴで、犬に嫌な思いをさせてしまわないか? 何度そう考えたか、分からない。

それと同時に、家の中では車いすの話が持ち上がった。自宅から少し離れたところに、犬用の車いすを取り扱っているところがあるらしい。それを聞きつけてほんの少し後の2年前の7月初旬、本当に車いすを作ってもらうことになった。まだ前脚がまったく動かなくなったわけでもないし、車いすを使えば昔のように走り回ることができて犬も喜ぶだろう、という考えだったそうだ。

車いすを使い始めてすぐは慣れておらずたびたび角にぶつけたり私や家族の足を車輪で轢いて行ったりしたこともあったが(笑)、犬は車いすを気に入ってくれたようだった。昔のように散歩ができることを、何よりもうれしそうにしていた。体力が落ち、徐々に前脚にも力が入らなくなってくるまでずっと、その車いすと共に外を歩き回ったことをよく覚えている。

車いすに乗らなくなって少ししてから、悪い癖がついた。目に留まったものを噛んでボロボロにしてしまう癖だった。それまではほとんどそんなことをする子ではなかったが、動けないことへのストレスがたまっていたのだと思う。新聞に始まりプラスチック製のかご、障子、畳まで噛むようになった。少し目を離したすきにやられてしまうのでどうしようもなかった。帰ってきたら新聞バラバラになって床に散乱している、なんてのはしょっちゅうだった。

同じころに、褥瘡が見られるようになった。いわゆる床ずれだ。お腹のあたりを中心に、毛がなくなり、代わりにかさぶたのようなものができていった。とても痛々しく、見ていてもかわいそうだった。せめて早く治るようにと、患部を清潔に保つことを心掛けるしかなかった。

受験勉強で私しか家にいないときは同じ部屋に犬を連れてきて、冷房の効いた部屋にいさせて熱中症を防ぐと共に様子を気にかけつつ勉強する、なんてこともあった。基本的に昼間はずっと寝ているので、そのいびきに少し腹が立ったこともあったが、それもいい思い出だ。

私が高校卒業実家を出たころから、呼吸がおかしくなっていった。この頃には胸ではなくお腹で呼吸をするようになっていて、呼吸自体も荒くなったりすることもよくあった。また、それより前ではあるものの、鳴き声も以前のように太いものではなくて、かすれたような声で鳴くようになっていた。

息を引き取る二日前、お水もご飯も摂らなくなった。大好きなおやつミルクにも興味を示さなくなり、いよいよか、と覚悟した。DM基本的には食欲の低下は見られない。ただし、終末期を除いて。病院で点滴を打ってもらってから少し食べ物を食べたりもしたそうだが、嫌な予感は当たっていた。次の日の昼、呼吸がおかしくなり、そのまま息を引き取った。

学校からそのまま急いで実家へ帰り、亡骸とようやく対面した。寝ているときの様子とまったく変わらない、いつも通りの表情をしていた。そのとき、以前獣医さんが言っていたことを思い出した。DMは、たとえ進行していても犬自身は痛みを感じない。白血病で亡くなってしまったもう一匹のコーギー最期のその瞬間以外はずっと苦しそうだったけれど、この子は苦しまずに逝けた。それだけでもずっと幸せだったのかもしれない、と思った。

翌日の朝にDMコーギー献体を受け入れている大学へと訪れ、病気の経過を伝えるとともに献体として提供した。褥瘡の少ないからだを見た大学動物病院獣医さんに、よく介護されていたんですね、と言われ、自分たちのやってきたことは間違っていなかったんだとようやく一安心した。

そして、ご協力ありがとうございます、と何度も感謝された。大学のほうにはかかりつけの獣医さんに連絡してもらっていたそうなのだが、そのどちらからもすごく感謝されたことをよく覚えている。DMコーギー大学付属動物病院でも何匹か診ているそうなのだが、あまり献体提供することに協力的な飼い主さんはいないらしい。最後最後に、苦しい思いをさせるかもしれない。そんな気持ちは、誰だってあるだろう。

献体提供後、検査をした後にはペット葬儀社で個別火葬してもらい、お骨はこちらに戻ってくるとのことだった。私が実家を出る日の朝、ちょうどお骨が家に届いた。大学を訪れて3日後だったと記憶している。人間葬儀の時のようにしっかりとした骨壺と骨袋に入れられて帰ってきたそれは、他のペットたちの写真と一緒に今も実家に大切に保管されている。

2017-07-25

母を亡くした話

先月、母が亡くなった。

母を亡くしてからとても寂しくて時々私も死にたくなる。

早く死んでしまいたい。

私には父がいない。いないというより、いるにはいるが私が生まれる頃から別々に暮らしていて、あまり面識がない。あまり会ったことのない人を父親だと思えないので、父がいないということにしている。

から、私の家族は母と姉の2人だ。

私は昔から内弁慶で外では大人しく良い子のように振る舞うのに家ではワガママ自己中だ。母には何度もワガママを言った。母が私を生んだ歳は初老に近い歳と言ってもいいと思う。その為、私が小学生に上がる頃には母は子育てだけではなく、更年期とも戦っていた。更年期で気分の下がる中、私のワガママはうっとおしかっただろう。更に気分の下がった母はよく、「死ぬ」ということを口にしていた。その母の口癖がうつったのか、中学に上がる前には「死にたい」とよく言う子供になっていた。

小学校高学年のとき、私はいじめにあった。今思うと、いじめではないのかもしれない。ただ、「からかい」の延長線なのかもしれない。クラス男の子から見た目のことをよくからかわれ、それが嫌で嫌でたまらなく、自殺をした。「死ぬ」という言葉が身近だったからつらいことがあれば死ねばいいのだと思った。でも自殺は失敗した。遺書まで書いたのに、首を吊ろうとしたロープは途中で千切れ、ただ首に痣を残しただけだった。死ねなかったことがあまりにも惨めで寂しく感じ、母に、男子いじめられてること、自殺しようとしたことを伝えたら母は泣いた。「気付いてあげられなくてごめんね」と言いながら泣いた。なんだか余計に自分が惨めだと感じた。

中学の頃もいじめられた。これももしかしたらいじめられてはないのかもしれない。ただ、私は人付き合いが苦手で上手くクラスの子と話せず、完全にクラスで浮いてた。親友だった子は他の子といっぱい喋っていた。親友を取られたように感じた。

私は被害妄想が激しい方なのでもしかしたらそれは妄想かもしれない。でも、私を菌扱いしてる男子いたことは事実だし妄想じゃないことははっきりしている。

この時も死にたくなった。でももう失敗はしたくないし、あんな惨めな思いはしたくなくて、なんとか学校に行って生きてた。

学校から帰ってきて、家の庭で何度も泣いた。家の中で泣いたらいじめられてることが母や姉にバレるから。なぜか家族にバレたくなかった。理由はよく覚えてないけど、とにかくバレたくなかった。

でも精神不安定から家の中で横暴な態度を取り続け、母に当たっていた。何かを察した母は「またいじめられたの?」と聞いてきた。私が母に当たる度に母はそれを聞いてきた。私はそれに腹がたって更に母に強く当たった。

そんなことが続いて、ある日母と大げんかをした。私は何かを言った。言った内容は覚えてないけど、何か、母をとても傷付けることを言った。それを聞いて母は私に「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言った。私は泣いた。産まなきゃ良かったと言われたことではなく、母にそんなことを言わせてしまったことに泣いた。私があの時母に言った言葉は覚えていないが、私が母に「産まなきゃ良かった」と言わせるような、誘導するような言葉を言った気がする。私は母をすごく傷つけただろう。

私が高校にあがり、しばらく経った時、母は癌になった。家族でいっぱい泣いた。みんなで頑張ろうと言いながら泣いた。

何度か入退院を繰り返し、発症から約1年後、母は頑張って癌を治した。

それで安心したのも束の間、私が高校卒業する頃には母の癌が再発した。脳腫瘍だった。

私は高校卒業した後、短大に通うために少し遠くで一人暮らしをした。母が再び闘病する姿は近くでは見ていない。姉や母がたまにかけてくる電話で母の様子を知っていた。

私が短大卒業し、地元に戻って来る頃、二度目の闘病を母は乗り越えた。

でも、後遺症は残っていた。

身体の左半分は思うように動かないし、少し認知症のような感じの言動も見られた。

母の闘病を間近で見ていない私は認知症のように幼児退行した言動を時々起こしたり、理不尽なことを言う母を自分の母と思えなかった。

別人のように感じた。

どうしても受け入れられず、また、キツく当たってしまった。

最低だ。恥ずかしい。そんな思いはあったが、気付くとキツく当たっていた。本当にバカだと思う。

私がバカから、母はとても辛かっただろう。

母の脳腫瘍はまた再発したのだ。

もうこれで三度目の闘病だ。担当医は「もうダメだ」というようなことを言った。

そのことは母には伝えなかった。だからなのかわからないが、母は、担当医が予想するよりも長く生きた。最後の方は意識ほとんどなかったがそれでも生きていた。

それでも私はバカから母との残された時間大事にしていなかった。

母が死んだのは朝方だった。病院は家から車で1時間ほどかかるところにある。寝起きの姉と私は母の最後に間に合わず、看取ることができなかった。私達が病室に着いた時、母はもう冷たかった。

「なんで私達のことを待ってくれなかったんだろう」そう思ったとき、母の「あんたなんか産まなきゃ良かった」という声が頭の中に響いた。

姉は献身的に母のことを見てたが、私は違う。バカから母を沢山傷付けたし、悲しませた。

しかしたら母は死に際に私の顔なんて見たくなかったのかもしれない。

通夜葬式で沢山泣いた。

一番泣いたのは火葬場で母を焼くときだ。声をあげて泣いた。

周りの、親戚や母の知り合いはそんな私のことを慰めた。

「お母さんはあんたたちのような娘がいて幸せだっただろう」

ありがたい言葉だ。でも、そんなの他人の予想でしかない。母の本心はわからない。私にあんなに傷付けられ、本当に幸せだったのだろうか。自分が授けた命を無駄にしようとし、酷い言葉を投げるような娘など本当は大嫌いなのかもしれない。

だって、「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言わせてしまった。

母の本心が知りたい。

私はバカからまた、母を傷付けるようなことを口にしてしまう。死にたい

また命を無駄にしたいと思っている。

でも痛いのや苦しいのは嫌だから楽をして死にたい

今夜眠りに着いたら明日の朝、目が覚めなければいいのにと思う。

死んで、母に会いたい。母に会って母に謝りたい。沢山傷付けた分、沢山沢山謝りたい。

そして母の本心を知りたい。私のことを許さなくてもいい。私のことが嫌いなら罵倒されたって構わない。「あんたなんか産まなきゃ良かった」ともう一度言ってくれたっていい。なんで私達を待たずに死んでしまったのか聞きたい。

母の本心を聞いたら私のこの不安定気持ちは落ち着く気がする。早く死にたいという漠然とした不安も無くなる気がする。

さっさと死んで、母に会いたい。

明日の朝、目が覚めなきゃいいのに。

2017-07-07

愛犬がお星さまになった。

今日、十四年飼っていた犬が死んだ。ミニチュアダックスフンドのオス。名前は書かないでおく。

耳の中に腫瘍ができていて、摘出には手術が必要だったけれど年齢的に全身麻酔は厳しかったこともあり、消毒と薬でこれ以上大きくならないように対処していた。

視力大分落ちて、いろんなところにぶつかりつつノロノロと家の中を歩いたり、自分で排泄することはできていたけれど、十日ほど前からそれもできなくなった。

一日のほとんどを寝て過ごしていた。頭を撫でると顔を上げて、床に這ったしっぽが左右に揺れたりした。水飲み場にも自分で行けなかったので、こまめにお皿に入れた水を口元に持って行っては飲みたいかどうか確かめていた。

四日ぐらい前から排泄したい、というアクションもなくなって、寝たままおしっこをするようになった。トイレシートを何枚も重ねて引いて、その上に犬を寝かせた。

おしっこをしたらシートを取り換えて、汚れた体を拭いて、また寝かせた。

耳の腫瘍のせいだと思うけれど、体液が耳から鼻へ流れて呼吸が苦しそうだった。鼻水が垂れるたびに拭った。

毎日今日死ぬかもしれないと思ったし、こんな状況だけど寝ているだけだからまだまだ生きれるんじゃないかと思った。

呼吸する犬の胸に耳を近づけて、人間のよりもずっと早い心拍の音を聞いていた。

六日の夜、自分が寝る前に犬を撫でた。痩せて、撫でると骨の形がわかる。固形ごはんを受け付けず、痩せぎすな体だけど、温かくて、心臓が動いてて、呼吸していた。

撫でたのは深夜一時過ぎ。犬の短い呼吸を聞いて、それから自分も寝た。

七日の朝四時過ぎ。家族が泣きながら自分を起こした。犬が息をしていないという。

犬に触ると死後硬直が始まっていて、体が硬かった。あー死んじゃったんだ、と思った。動けなくても、寝てばっかりでも、ずっと生きてくれるんじゃないかって思ってたけどそんなことはなかった。

体を撫でても温かくない。でも毛並は変わらなかった。この十四年、撫で続けた愛犬の感触だった。

家族で犬を囲んで撫で合った。それから犬とのお別れ方法を話し合った。結果、市のゴミ処理場のペット火葬してもらう部署へ連れて行くことにした。

ダンボールに犬と、犬の好きだったおもちゃをいれた。

九時前にゴミ処理場を訪れて、犬を預かってもらった。大きい冷蔵庫に案内されて、その一角に犬を置いた。「ばいばい○○」と名前を呼んでお別れした。

アッサリ犬を置いて冷蔵庫から出てきたけど、犬を預ける料金を支払ったり署名をしたりするときに本当にこれでお別れだと思ったら泣けてきた。


今日一日、犬のいない家に帰るのを無意識に避けていたみたいで、映画を見て時間を潰したり、本屋を何軒もまわったり、用もないのに車を出して出かけたりした。

それでも帰らないわけにはいかないから、帰ってきたけど、犬がいないのはショックだった。

毎日犬に話しかけて生活していた。家族がまだ帰ってきてなくても、留守番している犬にただいまって声をかけて頭を撫でていた。もういない。

ついさっきスマホの待ち受けが愛犬だったことに気付いて、可愛らしくカメラ目線を向けている(正しくは自分が犬の視線カメラを持っていったんだけれど)写真を見ながら泣いた。

随分前から同じ待ち受けにしてたから、犬が生きてる時にはそんなに気に留めてなかったんだろう。

スマホの中に保存されている犬の写真を眺めてまた泣いた。


悲しくて、苦しくて、誰かに聞いてほしくて匿名投稿することにした。

自分ツイッターに書くことはまだ出来ない。ツイッターを開くたびに泣いてしまいそうだから

十四年、よく生きてくれたと思う。犬に噛まれて血が出たことも何度もあったし、腹が立ったことも数えきれないぐらいある。

なんで犬なんか飼ってるんだってイライラする時もあったけど、でも楽しくて笑い転げる時間の方が多かった。

今は寂しいし、本当に悲しいけれど、泣いてばかりいても生きるのが楽しくないだろうから早く笑顔で犬のことを思い出せる日がくるといいなと思う。


ばいばい○○。十四年間本当にありがとう。とっても楽しかった。ずっとずっと忘れないよ。お星さまになって、みまもっててね。それで私が死んだら、むかえに来てね。

2017-06-22

https://anond.hatelabo.jp/20170622194233

確かにそうなんだが、

街中にある老朽化した火葬場を、

郊外(というかド田舎)に移転して新しく作ろう!ってことになってて、

そもそも地価が高いとは思えないんだよね。

Googleマップで見たら愕然とする感じ)

ただ、ぽつぽつ住んでる近隣住民がぎゃーぎゃー言ってるだけで。

移転費用土地を買ってもらえるだけましだと思うんだが。

迷惑施設としての火葬

今住んでる県内火葬場作るか作らないかで揉めてる。

NHKでも特集をやってたみたいだけどね。

要するに「火葬場は迷惑施設から、うちの近所に建てるな!」っていう反対派がいるからなんだけど。

ただ、そんなに迷惑か?

そこがわからん

というのも、ガキの頃住んでたところでは、すげえ近所に火葬場があった。

で、その火葬場に住んでる友達がいた。

別に、それで虐められてたわけでもないし、

仲良かったから、泊まりに行ったこともある。

そいつが言うには「お前らが死んだら俺んちに来るんだぜ!」って言ってた。

子供心に結構納得した。

結局、みんなお世話になるのに、迷惑ってのはどういう了見なんだろうか。

そこがわからん

死ぬのがこわい

最近死ぬのが怖い」という思考が頭から離れない。

具体的に言えば、死んだとき自分意識が離れるのが怖い、焼かれて骨になるのが怖い。

父が亡くなった時、立ち会ったし火葬場で父の体が焼かれて、骨になるところも見た。それが頭の中で情景として思い浮かぶ。自分もそうなるのかって思う。

昨年後輩が自殺して、今年は先輩が亡くなった。そのこともあってか、女の子の部屋みたいなところに白い陶器の骨壺がぽつん、と置いてあるのが思い浮かぶ。


いくらその思考から離れようと思っても離れることができない。

中学生のころは死にたいと思ってリストカットを繰り返していたのに、今度は死ぬのが怖くなってしまった。

死ぬことはみんな避けられないし、今考えたってどうにもならないのに

なにやっているんだろう。

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170529212658

それって人が死んだら火葬するかで議論になって、人間一人を燃やすのにそんなコスパの悪いシステムなんてありえないし人間自然の一部なのだから死体になった現世の肉体ははてな村還元するべきだということになって死体の肉を村人たちが食べたら美味しすぎる!!やっぱり小難しい理屈こねて悦にひたるような自意識の塊肉美味しすぎ!!生肉が食べたい!そうだ!はてな村人の生きた肉だ!ヒャッハー!って感じでカニバリズムに逝き着きそうってこと?

2017-05-20

人間産地直送してるよな

病院で生まれ病院で死んで火葬場に直接送られる。

まさに産地直葬!!

2017-05-17

どうでもいい皇族葬式死体の腐敗を毎日見送る儀式があるというどうでもいい煮るなり焼くなり好きにしてくれ

好きにしてくれってなんだよ

煮るか焼くかの選択提示してるだろ

腐敗する前に死体を煮るか焼くかの選択

選択したくないなら死体を捨てると選択法律では死体遺棄罪のおまけつきだ

何を選択したんだい

役所に死亡届けを出し第三者立ち会いのもと死亡を確認書類を書き

無縁仏になるのも迷惑がかかるからねえ

いや近所の墓場に無縁墓あるし

なんだよこのケーススタディ

やがて死にゆく者の備えでしょ

骨のことなら犬にまかせとけよ

犬が食えるぐらいの骨にするには

大友克明の漫画で読んだよ

冷蔵庫で保存して鍋にする話

うるさいなあ

なにせ死体を見た記憶動物のもの

植え込みにそっと置いてきたもの

うるさいなあ人の死体だよ人の

肋骨ってきれいですなあ

分かったか

内蔵はどうするんです

臓器提供とかじゃないの

死後まもなくなら死因にもよるね

ガイドブック読んだほうがいいんじゃない

そりゃそうだけど

選択続き疲れた

肉が焼ける火葬場の匂い

当たり前だけどさ

山に死体を捨てると獣が食うよな

人肉の味を覚えた獣はやがて

まあその味の境界狩猟

何の話だよ

ダリ絵画かよ

うるさいなあ

死体をどうするか

犬の死体なら埋めたよ

ああ

私は犬に育てられたんだ

また自分の話かよ

死体に向き合えよ

とりあえず火葬

ダリじゃねーよゴヤだよ

どっちでもいいや

死体から見える自分ブサイクなんだろうなあ

そのとおりだろうさ

大友克明じゃねーよ大友カツヒロだよ

どうでもいい

あきらかにならない事ばかり

お前は回収できないんだよ

そりゃあ断片だもんなお前も同じ

違うなら違うって言えばいい

違う

言いたいことはそれだけか

別に痛くないが

から言葉にはそんなしっかりとした対応関係はないの

いやしるかよ

知ってないわけないよな

知っててだまってるんだもんな

お前は頭の中で渦巻いて大変だな

いや大変な人は他にもいます

お前は頭の中で渦巻いて大変だな

ちくしょー

まあ頭の中が母の怒鳴り声を聞きながら寝ている日は調子が悪い日です

そんなもんでしょう

何がしたいの

さあ

生活

とか

妥協したねえ人殺し

だいたいの人は人殺しの子孫でしょ

途絶えてないってことは殺してるってことだから

加害者意識を持つべきだよ

反省するなら

加害者意識ってのはどうすると芽生えるんですか

まあ日常で取捨選択してることで芽生えるんでしょうね

まあ夜も短くなった

ここにいたくないんだな

はじめからそう言ってた気がしますけど

そうですね出ていきます

2017-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20170512222735

火葬場では火力で2000度行くんだけど、

わざと一部1000度くらいまでしか上げないで

骨が全部灰にならないようにしているんだよ

本気出せば全部灰になっちゃうんだよ

2017-05-09

誰でも30万円持ってれば自殺して良い

自殺他人迷惑とか言われるが、それは嘘だ。他人迷惑をかけずに死ぬ方法がある。それは、30万円の現金を近くに分かるように置いて、国有地死ぬことだ。

自殺他人迷惑、と言われるのは、葬儀費用他人に立て替えさせることになるからだ。本人の銀行口座は凍結されるからな。

30万円あれば、日本の大半の場所で、最低限の火葬が出来る。だから、30万円現金持って、自殺すれば、残された人に損はない。私有地自殺するとその土地建物風評被害を通じて他人迷惑をかけるかもしれない与えるかもしれぬ。国有地自殺すれば、風評被害が起きたとしても、損害を被るのは国という法人であって人じゃない。

え?親族友人が悲しむ?30万円より絶対豪華な式になる?それは、残された人がそういう決断をしたのが悪いんだ。残された奴の自己責任だ。死んだやつは悪くない。本来なら30万で最低限の火葬はできるのだから、死んだやつは損はさせてない。

他人迷惑をかけずに死ぬ方法がないなんて嘘だ。30万円現金で近くに置いて、国有地自殺すれば、他人迷惑はかけない。

何か間違ってるか?

2017-05-06

http://anond.hatelabo.jp/20170506180026

もし可能なら、火葬や埋葬の前に一度会いに行った方がいい。

自分新幹線実家に戻って、数十分だけ顔を見て、それで別れを受け入れられたように思う。

2017-05-01

焼身自殺した人がいたら教えてほしいんだけどやっぱ熱いの?

なんで火葬まで待てなかったの?

2017-04-08

乞食死すべし!

被見下し対象として乞食はあったのに

今はもう生活保護正義になってる

乞食納税者より偉くなっている

火葬すべき

2017-02-26

喪主喪主ホットライン

あみんお尻の拭けなかったお(兄|じ)さんだよ。

俺も歳をとったね。うんとった。どれくらいとったかというと母が死んだくらいとった。

そうなんだよ、この前母がなくなったのね。

みんな知ってると思うから言うけど、俺一人っ子なのね。

もともとは姉がいたけどいろいろあって今は一人っ子なのね。

でほらさ、うち一家離散しちゃってんじゃん。

父母姉俺だったけど、

はいろいろあっていなくなっているし、その十年後くらいに父母は別居して、

父と実家に残った俺は、けっきょく父が嫌んなってさ、大学卒業してすぐ東京出てそれっきりって感じじゃん。

だけど俺においては両親の連絡先だけは知っててさ。

「だけは」っていうのは文字通り「だけは」でさ。

連絡なんて5年に1度もしなければ、実家に帰る、別居先に会いに行くなんてことも当然なくてさ。

まあ不完全ながらも一家離散しちゃってるわけですよ。

数学も離散したの扱っていこうぜってジャンルあるらしいし、

「家族」って形式にもそういうことってあってもおかしくないわけさ、ってのがあってさ。

あいいや。

でだ、喪主をすることになるわけですね。

配偶者がやるパターンってのもあるわけだろうけど、

ほら、母と父は別居状態からである俺がやる流れになるわけですね。

個人死生観は「死人に口なし」という感じの考えなので、

葬儀」というものは畢竟親族のためにあるんだ、ってな勢いで考えていたわけさ。

ほんとに非情に思えるかもしれないけれど、これはけっこう本心なんだよね。

お金の話しようか。

喪主っつったって単に火葬しておしまいなんて話だったらそこまでお金からないわけじゃん。

それでいいじゃんって思ったわけですよ、当初は。

だってそんな金もってるわけじゃないし、葬儀屋みたいなのいい噂聞かないしさ。

「こっちは一人っ子だし喪主だ」なんて大義名分背負ってるから

その俺が「そんな大層な葬儀必要なくね」って思ってんだからいいだろって思ったわけですよ。

でもまあ「そうじゃなかったしそいつはちっと浅はかだったかな」って話をするね。

母が死んだ病院ってのはもともと母の勤め先だったんだよね。

これは俺、その場で知ったんだ。

というか彼女がどこで何していたか、出ていったあとの20年くらい詳しい話を俺は知らないんだよね。

からああそうなんだって思った。

で病室片付けたあと遺体葬儀場の霊安室に運ぶって段になったときに、

病院関係者が、つまり母の元同僚が見送りに来てくれたのね。

忙しい病院だよ。そんな暇ないはずなのにそれだけでも十数人くらいは来てくれたのね。

俺はまったくあったことない人だよ。

でも俺の母のことを思ってきてくれて涙をしているというのを目の当たりにしたときに、

なんか俺は間違っていることをしたんじゃないか、しようと思っていたんじゃないかって気になった。

整理するね。

俺の死生観ってのはこの状況を見ても実のところ全く変わらなかったんだけど、

でも「葬儀」を私物化してた、しようとしていたことは間違っていると思えたんだよね。

だって離散家族なんだよ。

その「家族」のいままでなんもしてこなかった「息子」とやらがいきなり現れて、

喪主」という大義名分を振りかざして、

今ここで見送ってくれている人たちをないがしろにしていいのかなって思ったわけですよ。

「ああこれ俺たしか喪主なんだけど、これはこの人達代理でやるべきなんだよな」

とか、もっと言えば

「この人達こそが葬儀運営したいんだろうけど、世間の仕組み上、確定された『喪主である俺に一任する他ないんだよな」

とか感じたということなんだよね。

「何をすべきか」がわからいからこういう状況になっちゃってんだけど、

でも「これしたらまずいよね」はさすがにわかるんだよね。

たぶんこの場に見送りに来れない人もいただろうし、

遠くからでも葬儀に出たいという人がいるかもしれないだろうし。

いやあったこともない人たちだし、そんなもの憶測しかないんだけどさ、

でもそれで誰かの、少なくとも母と時間を共有した人の人生を、不容易に傷つけない方向で考えるべきなんだろうね、

って思ったんですよ。

それじゃあ喪主の話するね。

1. 葬儀プラン決める

2. 返礼品オプション外す

3. その分通夜ぶるまいはする

4. 葬儀連絡を母の知人にする(98%くらい、俺は全く知らない人たちだ)

1. は一番安いのにした。そこは本質関係ないと思ったから。

今回はこの場を設けることが重要でありミッションだったからね。

2. は礼を失するという話があるやもしれんけど、

思い出してほしいのは「今まであなたが参加した葬儀で返礼品あったか

「なかったとしたら別感情を抱いたか」ってことなんだ。

で俺個人としては「そんなこと気にする人いないでしょ」って結論だった。

あとお金の話(大好きなんだ)すると、

香典平均5000円/1人」って情報葬儀屋から聞いていて、

その計算すると「香典5000円 - 返礼品2000円 = 3000円」とかになるわけ。

しか葬儀屋は「返礼品は日持ちするからキャンセルありで補充可能」って感じで、

バンバン持ってこようとするわけ。

どうなるかっていうと会葬者x2000円の出費が変動費で乗ってくるということなんだよね。

これだと費用読めないからさ、なのでやめてくれって話にしたんだよ。

3. は2の逆なのね。これは費用が読めるんだ。

人数分の食事がでればいいわけだし、

香典はこっちに当てさせてもらうほうが正しいと思ったんだよね。

葬儀」って多分悲しむよりかは同窓会的に楽しい会話の中に、

故人を登場させてもらうって場所なのかなって思うんだよな。

からここをケチりたくなかったというのはあるんだ。

4. これが一番たいへんだったこと。

なのでお前さんがたが喪主をする側か亡くなる側かはしらんけれども、

とにかく「葬儀呼びたい人リスト」はつくれといいたい。

まじで。

このご時世メーリングリストで一発やんか。

なんで年賀状あさって簡易住所録つくって、

ちょっと誰呼べばいいか分かる人いませんかー」ってプチ個人情報漏洩しなきゃいかんのじゃ。

はいえ、これを難儀するのは俺が親不孝だった証明しかないですね。

という感じで式に臨んだ結果、120人くらい来てくれたわけだ。

最期最期まで母のそばにいてくれたような人や、

前日御見舞きて「花見行こうね」って言ってくれた人を、

とりこぼすことなく呼べたのでよかったという感想だった。

この期間中、よくしてくれた母の元同僚の方にも「ほんとうによかった」といってもらえた。

この言葉聞いて、人として危うい選択をするところだったけど、俺は間違わずにすんだかな、と思った。

自分自分の尻をふけるような大人になりたい」なんて言ったけどさ、

まだまだ全然拭けないよね。喪主なんて助けてもらってばかりだったよね。

最後に言いたいのはね、こんな俺が言うのもあれなんだけど、

「家族」一般的にも実質的にも大事かもしれないけど、

「同僚」や「友達」以上の存在でなければならないってことではないと思うのね。

逆説的に言えば「家族」以上の「同僚」や「友達」がいる形はあっていいんだよね。

それらは比較するべきでなくて、並列に存在して全部大事でいいんだよね。

から家族離散」してるからといって「家族葬儀を簡略化していいってわけじゃない」ってこと。

俺はそれを今回知れたってことを、みんなに教えたかったんだよね。

2017-02-06

十五年前に見た夢のせいで結婚するのが怖い

私は今30歳である

これまで何度も結婚のチャンスはあったが、どれも見送ってきた。

それもこれも全部、高校生の頃に見た幾つかの夢のせいだ。

夢の内容を以下に書く。

妊娠している夢

真夏に、私は大きなお腹を抱えて汗をかきながら歩いている。

狭い道では、人とすれ違うとき迷惑をかけてしまい、罪悪感がひどく私はずっと謝っている。

あの時セックスしなければこんなことにはならなかったのにと後悔しながら、お腹邪魔に思いながらカニのように歩いている。

そこで目が覚めた。

赤ちゃんをつぶす夢

夜、私は赤ちゃんと一緒の布団で寝ている。状況からして私の子ものようだ。

だがこみあげてくる愛しさのようなものはなく、ただの小さい動物赤ん坊という印象だ。

眺めているうちに眠ってしまい、朝目が覚めると私の体の下で赤ちゃんがつぶれている。

あーあ、どうしようと思っているうちに目が覚めた。

③親子3人の夢

高い塀がはりめぐらされた道を、親子3人で歩いている。子どもは小さく、囚われた宇宙人のように私と夫に手を繋がれている。利発的な可愛い子だ。

すごく暑い日で、夫はたくさん汗をかいている。彼はとても背が高いので、私の位置からは顎先までしか見えない。

我々は誰かの葬式(恐らく私か夫の親)に来ていて、火葬場の遠い煙を3人で黙って眺めている。

私はこの関係をそれなりに大切に思いながら、しかしもう自分人生限定されてしまったように感じている。

そこで目が覚めた。

どれも悪夢というわけではないが、私は夢の中でいつも後悔している。目が覚めて夢だとわかったときには、本当に安堵した。

まだ自分が若く、この先の未来を何者かによって阻まれていないことに心から感謝した。

まり、私は結婚して母親になって責任を負うのが恐ろしいのだった。

しかしこの夢を見たのは十代の頃で、まだ子どもだった。だから大人になれば大丈夫だと思っていた。

でも違った。

結婚相手が匂わせてきたり、具体的な将来の家庭の話を相手がしだすと、私は怖くなってしまった。

しかし、昔こういう夢を見て怖かったので子どもは作りたくないですと言うことはできなかった。頭のおかしい人だと思われたくはないから。

それで、何かと理由をつけて別れてきた。

私はけっして子どもが嫌いなわけではない。一時期仕事子どもに深く関わっていたことがあったが、生意気だが可愛いと感じた。

また、両親の仲は良く、ごく普通に育てられ、きちんとした教育も受けさせてくれたので彼らには感謝している。

いったい何が原因であんな夢を見たのだろうか?

私には今婚約者がいる。

彼は複雑な家庭の出で、子どもなんか欲しくないと言っていた。だから安心していた。

だけど、最近になって、私と付き合ううちに子どもが欲しいと思うようになってきたと言ってきたのだ。

約束が違うじゃないかと言いかけて、私は自分が「子どもを欲しくない」とちゃんと言っていないことに気が付いた。

今年の冬はとても寒いが、ときどき日差しが眩しくてポカポカと暖かい日がたまにある。

厚いコートニットの下で汗をかくと、夢の中で熱がこもった大きなお腹をかかえて汗だくになって歩いていたことを思い出す。

夜ベッドに横になり、カーテンから差し込む月明かりが婚約者の寝顔を青く照らしているさまを見つめていると、夢の中で赤ちゃんをつぶしてしまったことを思い出す。

街の中で何かの煙を見ると、夢の中で親子3人で黙って火葬場の煙を眺めていたことを思い出す。

結婚の話はどんどん進み、お互いの親(彼の場合は、親的役割人間だが)との顔合わせも済み、婚約者避妊を嫌がるようになってきた。

私は多分彼のことを愛しているのだと思う。

けれども、自分人生がどんどん狭められていくようになって、とても息苦しさを感じている。

昔、何かの漫画で、男が狭い道を何とか進もうとしている内にとうとう抜けられなくなってしまう話があったけれど、そんな気分を味わっている。

私はどうしたらいいのだろう?

2017-01-31

遺骨と記憶

昭和集合住宅に住んでいて平成不況人口流出で空室が多いんだが、火災報知器が昨日誤作動して消防出動の事態になったからか、工事をしていてうるさい。うるさくてつらいので、ヘッドフォンで昔に買った音楽を聴いている。それでふと思い起こしてこの人のブログを見たんだが、いまも死んだペットのことに執着しているらしい http://ameblo.jp/mariko-kouda/entry-12243053638.html

さて、私は仏教徒から遺骨には執着しない。遺骨に後生大事に執着するのは儒教徒だ。ちなみに中国仏教儒教習合してしまって渡来たか日本では混同されている。

私は数年前にもペットが死んだけど、遺骨は残さずにパアッと処分してしまった。私は、片親殺されているが、親の遺骨を相続したくないし、親の遺産相続したくない。

遺骨が残るのは、超高温でもなければ燃え残るからだ。火葬にするのは、インドではおそらく、遺体が腐ってむごくなるのを避けたかたか火葬にしたわけで、そうやって火葬された人の霊魂は報われていいとこに生まれかわると信じられていた。だから、偉い人、偲ばれている人は、火葬にされる。火葬にもされなかった人はいいとこに生まれかわれないと思われていた。

遺骨は残さない方が本当はよい。遺骨に執着するのは凶相だ。ちなみに世の中には「お焚きあげ」というのがあるが、捨てるに捨てられないものを焼却処分してもらう、ごみ処理である。以前流行った(流行らせた)ことばでいえば「断捨離である。例えば写真にしても、焚きあげて処分してもらう。それを、いまでも世の中にはなんでもかんでも写真に撮りたがる人々がいるが、画像データが大変だ。そして、見て記憶に残すことを忘れて、カメラで撮るのに必死になっている。

千の風になって」ではないが、遺骨はナノ単位にでも砕いて風葬にでもした方がよい。それとも、処分に困ったら一心寺にでも持っていけばいい。遺骨を墓碑か寺院にでも納める人は多いと思う、遺骨を手元に置いて仏壇にでも納めていると大変だ。ましてや、遺骨や位牌に執着して逃げ遅れて死ぬ人がいるが、正直に言って客観的にみて、滑稽だ。

遺骨は生きていないし、生前のものでもない。古代エジプト人ではないから、ミイラにしたらいつか復活するとも思っていないし。

生きているというのは状態であって、実体ではない。生きものというのは状態である

死んでもうこの世にない生きもののことは、記憶には残る。忘れられない。しかしその記憶所詮細胞状態しかない。記憶している人もそのうち死ぬ。残された記録もデータであって、実体ではない。

日記であろうが、枕草子であろうが徒然草であろうが愚管抄であろうが、経典であろうが、データである日本では驚異的なまでに昔の経巻が保存されているそうだが、それも経巻の内容より経巻そのものに執着し信仰してきたかららしく、「御真影」ではないが火事になっても必死に経巻を運び出したからだそうだ。しかし経巻を後生大事にとっておいてもしかたがない。それなら中村元岩波文庫のやつでも読んだほうがよい。

そうならないのは、貴重な経巻が残っているということが寺院資産であり「箔」が付くからでもあり、それで檀信徒から財施(供養)をもらっている。法要にでもなれば、漢訳経典暗誦するんだが、聞いている方は意味不明だ。我々は漢文ネイティブではないし、そもそもその漢文はいま「生きている」言語ではなく中国に行っても話さないだろう、ラテン語みたいに学術のものしかない。それでもその檀信徒財施をするのも、彼らがモノに執着しているからであり、だから古い仏像とか経巻とか建物とかをみて大したもんだといい、布施をするのである。そして、経典の中味ではなく、経典を読むこと自体目的化している。

あの人も、遺骨もアロマドームも生きていないしうまくすれば朽ちないだろうから後生大事に持っていれば何十年後かわからないが自分死ぬ方が先だろう。

忘れられないのはわかるし、忘れてはいけないのかもしれない。死なないと消えない記憶というのは、ときには快いかもしれないし、ときには残念かもしれないが、ある。空襲だか「鉄の暴風」だかに遭ったり、ベトナム戦争だかイラク戦争だかに行ったりした人は、忘れられないトラウマが残ってつらいものである。ヘタすれば人は80年とか100年とか生きられてしまうから大変であるしかしその記憶データであって、細胞状態である

本当に火事になったら私は死ぬかもしれないし、そうでなくとも私もいつか死ぬ。いま聴いている音楽も、データしかなく、ディスククラッシュでもしたら消える。人類が滅亡したらヒトの遺伝子も失われる、それがいつのことかは、ちょっと、わからないけど。

それにしても、あの人もそのうち50である。どうなんだろう。たしか40を「不惑」とかいったと思うが。当人も、未だに残っているファンも、互いに執着して、共依存して、期待される姿を互いに演じて定着してしまっているということもあるかもしれない。しかしそうした姿は、私の望んでいることではなかった。

私も歳とった。個人的には早く死にたいんだけれど、それもエゴか。

なお、この日記にはオチはないしTL;DRも書かない。

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