「ブラインド」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ブラインドとは

2024-05-30

東京うらやましいよぉ

恵比寿(ってどこかよくわかってないけど)のワインマーケットパーティっていうワインショップ

毎週ブラインドテイスティングの出題してて、はてなブログにも毎週挑戦してる人の日記があるし

インスタとかXでも流れてきてめっちゃ楽しそうなんだよな~

こちとら気軽にブラインドテイスティング練習できる環境がないからうらやましい

スクール行くのが一番いいんだろうけど大袈裟だしお金もかかるしスケジュール的にも合わないことが多いし

友達ワイン会は1,2か月に1回やってるけど4,5人だからせいぜい5,6本しかできないし

真面目にブラインドやろうとすると面倒だから飲み会ついでだと適当なあなあになっちゃ

行きつけのワインバーとかで忙しくなさそうな時にやってもらったりするけど

行きつけの店だからグラスワイン何置いてるか大体わかっちゃってるんだよな

世界中まんべんなくグラスで取り揃えてて入れ替えも早い店・・・ないんだよな~

ワインエキスパートエクセレンスチャレンジしてみたいけど

試験会場が東京のみってのがネックでしり込みしてる

イベントの数も段違いだし東京うらやましいよぉ

ワインバーとかはこっちにもいいお店は結構あるんだけどねぇ

2024-05-23

豆腐を横に切るのを面倒くさがる増田須丸が咲く丼目を乗る木に子よを風と(回文

おはようございます

味噌汁の再発見というか、

鍋にやっぱり作り過ぎちゃったお味噌汁がまた滞在しているんだけど、

もう何日目?ってそうねだいたいねってすら何となくの日数も忘れちゃうぐらいの

でも1週間は経っていないとは思うの。

とは言え、

味噌汁の作りたてよりかは幾分というかだいぶ味噌の味はするけれど風味は抜けてきているけれど

まだ腐ってはいない、

味噌塩分がそれを阻止しているかのように、

野菜たっぷり入れたお味噌汁は今朝も食べられ続けるの。

さすがに鍋の底から味噌汁が沸いてくると言うわけでは無いけれど、

なんかさー

ルービーの入れるシステムで、

カチャって台にジョッキをはめ込んでスイッチを押せば下からビールビールグラスのジョッキの底を突き抜けて充填される

魔法みたいなビール注ぎシステムを見たときには

これもしかして無限ルービーのビールが飲めるんじゃね?って思って、

へーそんなシステムもあるんだ!って

あれサーバーでグラスを傾けて、

ハンドルを手前に引いて出すか押して出すかで

液体が出たり泡が出たりするじゃない。

あれって最初やり方が分からない方式セルフ自分でジョッキで注ぐお店のシステムだと

初見で手前か奥にレバーを倒すかの二択で選択を間違えて

泡だらけのジョッキになって笑っちゃって

あいにくのルービーが飲めなかった1杯捨てルービーになっちゃうぐらい笑っちゃったわ。

味噌汁も同じく、

私は鍋の底からまるで沸いてきてはいないけれど、

食べても食べてもまだあるたくさん作りすぎたお味噌汁を今朝もいただいたのよね。

だいぶ豆腐に「す」が入ってきているような気配もするけれど

その木綿豆腐存在感いや存在感というか食べ応えは充分にあるのよ。

手前味噌とは言うけれど、

陳列棚から豆腐を取るときは手前からとるようにして消費期限の先の方から取るようにしているのよ。

偉いでしょ?

なんか意地でも奥の方からとろうとする人いるけど、

たぶんブラインドスティングをレッツスタートしたとて、

消費期限いや賞味期限若い古いの1日の味の違いは鯵の開きなわけ

そんな鰯気なことある

絶対に分からないと思うわ。

なので、

から取るエネルギーを手前から取るエネルギーに買えた方がよっぽどエスディージーズなのよね。

そんなエスディージーズお味噌汁を今朝も

ちょうど具を全部さらったぐらいでなくなったので、

また新たなるお味噌汁

ラーメン屋さんで営業中って看板ちょっとトンチを効かせて「伝説中」とかって

何それバリバリ言ってんの?って思うぐらい

私のまた新しい伝説まり

新しいお味噌汁を作らなくちゃ!って意気込みだけはあるの。

味噌汁作るとき今なにがネックかと言うと

豆腐正方形キューブタイプにして切るとき

トレイの中で着ると長方形の長細い豆腐になるんだけど、

そこからまた横に包丁を入れたいとき

やっぱりトレイから豆腐を取り出して救い出さなくちゃいけなく

まな板の上に置いた豆腐のような魚をまるでさばくように

横に包丁を入れる際にまな板使うのが面倒だなぁって思うのよね。

それだけが

唯一調理道具を使うことになるから

包丁だけならまだ面倒ではないからいいんだけど、

まな板を使うとなると

ちゃんと洗わなくちゃいけないのもあるし、

まあ美味しいお豆腐のお味噌汁のためならえいや!ってまな板を使うことにするわ。

いかに洗い物を出さないか問題もあるので、

まな板一枚とてまな板1枚なのよ。

1本でもニンジン理論よ。

こう言っている間に私は俎を取り急ぎ取り出して可及的速やかに横に包丁を入れたらいいのよねって思ったし、

増田書いてしまったら豆腐を切ってくるわ。

うふふ。


今日朝ご飯

具を全部もうさらっちゃって食べ切った感じのモヤシ中心のカッツ野菜を使って豆腐を加えて味噌味のお味噌汁ね。

最近朝のお味噌汁だけ食べる率100パーセントだわ。

またなくなったら新しいお味噌汁作るわね。

デトックスウォーター

水出しルイボスティーウォーラー手軽すぎて

ボトルの2リットルはすぐに飲んじゃうのよね。

たこしらえておかないと、

さすがに6月前なので、

朝方も比較的寒くない日が過ぎ去ってしまった日々かも知れないので、

やっと優雅な気温の過ごしやすい朝になったわって感じよ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2024-05-12

詩とか俳句短歌について思うことメモ

もう人生の折り返し点をすぎて久しい。目を通す文字は、仕事書類ばかりとなった昨今。

でも小学校高学年から中学生にかけての頃に、文学少女に憧れた時期があった。

書店の奥のほうにいっては新潮文庫コーナーで、適当に数冊手に取っては解説に目を通したりしていた。

まれて初めて自分で買った詩集は、井上靖詩集だった。小学校5年生か6年生の頃だと思う。

頁を開いたとき、これは詩なの?というのが最初感想だった。普通に文章だったからだ。

調べてみると、井上靖の詩は、散文詩という形式らしい。なにが自分の知っている詩と違うのだろうというところで

「韻」という言葉もその時初めて知った。

井上靖詩集を手に取ったのは、国語教科書に載っている著者の本でなるべく読みやすそうなものを探したからだった。

というわけで、あすなろ物語のついでに手にしたのが、人生最初詩集だった。

小中学生の頃、国語の授業で、詩や短歌に少し関心をもった私は、韻を踏む、という作法が苦手だった。

季語などルールがあったり、韻で楽しめなければならない、みたいなもの短歌俳句だとすると、ちょっと縁がないなと。

特に覚えているのは、中学校の時習った在原業平短歌に、かきつばたを詠みこんだものがあるが、韻だけでなく、言葉ニュアンスにいろいろな仕掛けを作らないと詩として成立しないのかと思うと到底自分には向いてないジャンルだった。しかし、そうはいっても、短い言葉で何かを表現してみたいという思いは消えず、ひそかに詩集をつくって引き出しの奥底にいれていた。


井上靖の詩のなかに

幼少の頃、川辺の石段の下で手を洗っているとき不意に石鹸が手元を離れ、深みに落ちていったという情景の詩があった。その喪失感をその後の人生でも刻まれているという内容だった。これなら自分でも書けるかもしれない、と思った。

自分世界表現の仕方や詩の味わい方を学べたのも井上靖の詩の影響が大きかった。

例えば、雪という詩がある。


 ―― 雪が降って来た。

 ―― 鉛筆の字が濃くなった。

 こういう二行の少年の詩を読んだことがある。

 十何年も昔のこと、『キリン』という童詩雑誌

 みつけた詩だ。雪が降って来ると、

 私はいつもこの詩のことを思い出す。

 ああ、いま、小学校教室という教室で、

 子供たちの書く鉛筆の字が濃くなりつつあるのだ、と。

 この思いはちょっと類のないほど豊饒で冷厳だ。

 勤勉、真摯調和

 そんなものともどこかで関係を持っている。

井上靖詩集運河」より

中学生の私は、なるほどと思った。

詩というのは、雪が降って鉛筆の字が濃くなったという描写やその言葉なかにあるのではなくて、物語は書かれてない背景のなかにあるのだなと。

鉛筆の字という描写だけだったら、だから何?という感想しかない。しかし、鉛筆を持つ誰かの表情を想像し、その背景を想像して足してあげることで一枚の絵になる。

井上靖の次に手に取った詩集もよく覚えている。

武者小路実篤だった。やぱり散文詩だった。

当時、大好きだった先輩が「友情」を読んで感動したといっていたので、友情ともう一冊詩集を手に取った。その後しばらくして、私の失言が原因で先輩は私からフェイドアウトしていった(つまりフラれた)ので文学をダシに先輩と仲良くなろうという作戦は失敗した。しかし、武者小路実篤の詩はそんな私をなぐさめる言葉にあふれていた。

いじけて 他人にすかれるよりは 欠伸(あくび)して他人に嫌われる也 夏の日。 嫌う奴には嫌われて わかる人にはわかってもらえる 気らくさ。


ほどなくして、種田山頭火という自由律俳句というジャンルを知った。

山頭火面白い普通俳句じゃないところがいい。規律から解放されるってすばらしいことだと。

定型詩嫌いな私にとっては、ある意味で、俳句短歌エントリーポイントとなって、

新聞の俳壇や短歌欄に時々目をやるようになった。

いわばお勝手からこっそり入門したような形だ。

しか俳句は、季語の煩わしさにどうしてもなじめず、自分には遠い世界のままだった。

いつしか手にしていたのは、興津要解説する江戸川柳 誹風柳多留だった。古典落語にはまり始めた時期だった。

剣菱という酒を飲むことを江戸時代の人が剣菱る(けんびる)と言っていた、など、現代言語感覚と近い、興味深いことがいろいろと書かれていた。

エロい川柳結構好きだった。今でいうサブカルチャーだ。

その後は巴毎晩組み敷かれ

木曽義仲の元を離れ、和田義盛に見初められ身柄を預けられた巴御前、ネトラレ系の元祖ともいうべき味わい。思春期の私はこうした江戸時代川柳妄想たくましく想像し、手が動いた。五七五だったら、こっちの世界のほうが楽しい

一方、短歌のほうは、というと、当時の朝日歌壇は毎週とても楽しみにしていた。

俵万智サラダ記念日ベストセラーになったからというのとは全く関係なく、プロではなく、市井のいろいろな人が短歌を詠んでいるということが興味深かった。

例えば、こんな一首。

わが胸にリンチに死にし友らいて雪折れの枝叫び居るなり

あさま山荘事件を起こした連合赤軍幹部坂口弘収監中の東京拘置所から毎週のように短歌朝日歌壇投稿していた頃だ。

朝日歌壇では他にも穂村弘がいた。短歌表現する世界の幅広さを朝日歌壇で知った。

そして渡辺松男太田美和が常連投稿者として名を連ねていた。

風花って知っています

さよならも言わず別れた陸橋の上

渡辺松男太田美和は実社会で互いに関係があるわけではなく、それぞれの思いを歌に込めていたのだと思うけど、なぜか不思議と互いに呼応し合うものがあった。これは当時の歌壇リアルにみていた人にしかからないことだけど。雨の森や樹々など独特の世界観を表現する渡辺松男に対して、雨の日に部屋にこもれば憂鬱発酵すると詠んだりする太田美和。

生活で恋をしていた私は太田美和の言葉自分を重ね合わせた。


でもこのころが私の文学少女期のおわりだった。

大学卒業したものの、就職できずに苦しむ時期がやってきた。就職氷河期というやつだ。

生活が一変した。

書店で立ち寄るのは、奥の文庫コーナーではなく、店の前の新刊コーナーであり、資格取得のコーナーだった。

購読紙も朝日新聞から日経新聞に代わり、東洋経済となった。

世の中からどんどんと取り残されてゆく焦りでいっぱりになっていた。

山頭火武者小路実篤もへったくりもない、そんなことより面接資格だ!という日々。

就職が決まってからは、病気になったら人生終わりだし、干されたら終わり。もう一歩先に、もう一歩とただひたすら走り、走らされる人生が始まった。

たまに思い出しては、現代短歌最近の潮流を知りたくなって、枡野浩一の本を手に取ってみたりはしたものの、ピンとこなかった。

若い頃あれほど好きだった渡辺松男も改めて著作をみると作風が変わったのかと思うほど、何一つ言葉にくすぐられることなく、不感症になっていた。変わったのは自分のほうだ。


それから数十年、あるとき気が付くと、新しい家族が増え、家が建ち、旅行などしている。

そういえば何十年も詩や短歌を目にしていない。寺山修司の本は引っ越しのどさくさでどこかにいってしまっていた。

思春期のことを遠く思い出すようになった。実家の部屋の引き出しにはまだヘンな自作ポエム集が眠ってるはずだ・・。自分死ぬ前にはなんとしても奪取してこないといけない。

中年になっていいかげん自分限界を悟って、ふっと一息いれた、という形だ。

ふと思い出すのが、最初に買った井上靖詩集

 ―― 雪が降って来た。

 ―― 鉛筆の字が濃くなった。

この二行の子供の詩を、何十年も経って思い出す井上靖感覚がとてもよくわかるようになった。


これは人生の楽しみを食に見出して、ワインをたしなむようになってから思ったことでもある。

詩を楽しむということとワインを楽しむことには、ひとつ共通点がある。

どちらもウンチク語ってめんどくさい奴がいる、という意味じゃない。

鉛筆の字が濃くなる、という情景として、勤勉で真摯子供の姿を思い浮かべる、という

文として書かれていることと、書かれていない想像の背景の補完的な関係は、ワイン食事、一緒に食事するひととの関係によく似ている。

ワインの味や香りは、それだけで勿論、それぞれのワインに特徴があるし、品種ビンテージ気候土壌などさまざまな情報がある。

しかワインのおいしさを決めるのはそれだけではない。過去に飲んだ記憶とか、一緒に食べているもの、そしてそのとき話題、体調などに大きく左右される。

だって同じことで、喉が渇いているときの一杯と会議中にやり込められているときの一杯は全然違うはずだ。

マリアージュという言葉があるように、ワイン一種調味料として機能するため、食べ合わせ重要だ。

またワインプロファイル情報あるかないかも味を左右する。

ブラインドで呑むワインはどんな高級ワインだろうが、初見ワインしかない。ワインの特徴まではわかってもそこまでだ。

逆に偽の情報表現かに補完してしまえば、コンビニ販売しているワインを高級ワインと偽って出してもたいていの者には気が付かれないだろう。

ワインを色やら香り、余韻など物理的に因数分解した表現ができても、美味しさは客観的規律として表現することはできない。

詩も同じだと思う。規律ばかりを語るひとがあまりにも多い。本居宣長には悪いけれど、歌をつくるのは道だとしても楽しむのは道じゃないと思うんだよね。

井上靖が「小学校教室という教室で、子供たちの書く鉛筆の字が濃くなりつつあるのだ、と。この思いはちょっと類のないほど豊饒で冷厳だ。」というとき井上靖にとってその詩に初めて出会ってからの何十年間が効いてくる。井上靖は詩は規律ではなく、詩との出会い方だと教えてくれた人だ。

その情景を自分のなかでセットできるかどうかは、鑑賞眼の問題ではない。

どちらかというと、そのような情景がセットされてしまう、長年の思いの蓄積、その詩と出会ったときメンタル、いわば偶然の力だと思う。

渡辺松男太田美和が並んで歌壇掲載されていたあの空気感にしても、あのとき限りのものだったのだろう。

失恋をして武者小路実篤の詩に慰めれられた思い出もそう。まさに一期一会

先ほど、卒業してから詩どころではなくなったと書いた。

そのとき自分が置かれれる状況やそれまでの経験によっては、詩に対して、鈍感になることだってあるのだ。


ところで、先日、Yahoo芸能ニュースをみていたら、TBSプレバトというバラエティー番組で、俳句を競う企画があって、ある芸人俳句先生から5点と酷評されたと報じていた。

お題は「文房具」で彼女が読んだのは

消しゴムが 白き水面に ボウフラを

というもの。作者は「頑張って勉強して、消しゴムを何回も消すと、消しカスがたくさん出る。それが白いノートにたくさん積もっていると、ボウフラのように見えるという句です」と意味説明したものの、腹が立つ、とまで評者先生にののしられている。

ちょっと間抜けた感じはするものの、正直、なんでそこまで素人俳句酷評されなければならないか理解できなかった。だが、番組演出脚本としてはそれがオチなのだろう。

演出もさることながら、これは、他の出演者俳句が以下のようなものだったことも影響しているように思えた。

迎え梅雨 紙端に滲む 友の文字

虹の下 クレヨンの箱 踊り出す

天王山 黒ずむ袖に 薄暑光

薫風や 隣の君と 教科書

こんなふうに優等生を気取った俳句がずらりと来たら、それは「お約束」として、こき下ろすしかないのかもしれない。

バラエティー番組のなかで俳句を味わうということはつまり、こういうことなのだ。その芸人に対するイメージ作品クオリティが補完されてしまうのだ。

しかし、この句が仮にお笑い芸人ではなく、どこかの学校児童生徒が作ったものであったとしたらどうだろう。

消しゴムをかける姿は、情景としては授業中であることを示唆している。5月番組文房具からまだ気持ちフレッシュだ。だけどがんばろうという気持ちは長続きしない時期でもある。

ぼうふらにみえるほど消しゴムをかけるくらいだから、授業中、何度も消していて、その間、ノートをとる手が止まることになっただろう。

それでも授業はお構いなしに進んでいく。溜まってゆく消しごむのカスからは、授業についていく焦りとともに、生徒のひたむきさ、間違って消すことが多い生徒のどんくささも垣間見られる。

いかげん疲れたかもしれない。めんどくさいと思ったかもしれない。

一方で白い水面(ノート隠喩)は、清潔さや純粋さを象徴している。

ふと手を止めた瞬間に、そこにボウフラがいるようにみえた、というのは、一瞬立ち止まってボウフラ?などとくだらないことを想像してしまった自分の不純さや切れた集中力で抜けてしまった気力(投げ槍感)との鋭い対比となっている。

と、このように解釈すれば、俳句としてむしろ「ボウフラを」で間抜けた形で止めた意味が出てくる。そこから先は、苦笑いなのだ

ボウフラを季語と認めるかどうかはわからない。しかし、純粋に詩としてみれば、消しゴムとボウフラという組み合わせは非常にユニークだ。

また、どんくさいもの弱者がボウフラというノート上のより小さい存在視線フォーカスする、という手法小林一茶方法とも通じるところがある。

番組の評者は、この芸人俳句酷評したうえ、次のような添削をしたという。

しかすはボウフラみたい夏休み

夏休みかよ。口論の途中で勝手に話の前提を変えられたときのような不快感を覚える添削だった。消しかすって文房具じゃないし。

しかし、誰しも詩に対して鈍感になる、そういうことはある。端的にあれバラエティ番組からね。

ただ、私の場合、やっぱり俳句には縁遠いのだろうと思った。俳句がメインのカルチャーであろうとする、優等生を選ぼうとする、そのいやらしさも嫌だ。上品そうな季語を競うかのような世界一種ルッキズムだ。夏休みかいって勝手おめかしさせようとするんじゃねーよ。

そういうところがまさに、かつて私が川柳などのサブカルに引き寄せられるひとつ動機だった。ボウフラにシンパシーを感じる感受性は恐らくはかつて親しんでいた落語川柳で身につけたものだろうからゆりやん一句を悪くないと思うのは邪心かもしれない。そもそも番組ADがテキトーにつくりましたってオチかもしれないんだけどね。

300円でおいしく飲めるワインもあれば、駄作でも楽しめる作品もある。そういうことだと思う。

2024-05-08

会社が高層にあるので

覗くやつもおんめえってことなのか、

ガラス窓ですこーんと景色が広がっている。

ただ、男子トイレブラインド絶対に下ろすマン絶対に上げるマンがいるらしく、

トイレに立つ度に状態トグルされている。

2024-05-07

芭蕉や一茶の俳句ブラインドテストしたら評価クソになりそう

プレバトに出ている芸能人の方が名前を隠して俳句バトルしてるから俳句能力高いと思う

2024-04-26

グレ カボシャール

テスター品を購入

懐かしい系、普通に売ってて今現在も手に入りやすい、比較安価ということで

香調はシプレらしいが、そもそもシプレがよくわからない

シプレ香水と挙げられるものも試したことがなく

で、購入して試してみた

口コミだと辛口だとかメンズ寄りだとか難しい、合わなかったという評価が割とある

fragranticaだったか安全ブラインドバイではない、とレビューしたものもあった

人による好き嫌いが分かれる香りらしい

しかシプレ系の香りを試すにはかなり容易な部類になるし、まあ失敗するかもしれんがポチった

ティッシュに付けてみて

スッキリした香り、甘さがない

ハーブとかの精油みたいな雰囲気

しか典型的女性らしい香り…甘いフローラルとかフルーティとかサボンとか…ではないが

いや、普通に素敵な香りじゃないか?と思った

空間に香る分にはスッキリして落ち着いて心地よい香り

オフィス使いしてる人の口コミいくらかあった

香水名前は強情っぱりという意味だそうで、女の子らしく可憐で可愛くといった香りとは全く異なるけど

だけど変に肩肘はったり強く振る舞ってるとも感じない

凛と姿勢を正したような、そんな雰囲気

肌に実際つけてみてどうかは改めて確認したい

追記

肌にはまだ乗せていないが、ちょっと気持ちが離れ気味…

今、喉の調子が良くないのだけど、この香水香りそばだと、痛みを強く感じるように思う

香りがいがらいと表現した口コミを読み、なんだそれと思っていたが…自覚してしまった

しゃんとした香りと感じてたけど、時間がたつと何か変にパウダリーで、、オバサマ感が出る

うーん

これはルーコロン使いかな、、

追記

カボシャール、1959年の発売とか

歴史的な品だったんだなあ、としみじみ

バサマどころかおばあさん、いや、ひいおばあちゃんくらいの時代香りじゃないか

クラシカルすぎて驚く

そして今もって普通に買えることに驚く

追記

カボシャールを吹きつけティッシュ洗面所に置いても息苦しく、もう使い所ないわとゴミ箱へ捨てた

が、残ってるボトルはどうしよう、とトイレタオルにワンプッシュして一晩

起きてトイレに行くと、何か高級なとこの香りがする

ホテルトイレだとか、お高いブランドショップトイレだとかの、優雅すぎる化粧室の香り

ということでトイレ優雅芳香剤としてしばらく使うことにしよう

時間かぐだけなら悪くないのだ、うん

2024-04-24

懐かしい系の香りが気になって、マダムグレをブラインドバイポチった

これはいい匂い、で懐かしい香り

昔、デパートとか、こんな香りしてた気がする

ネットレビューなんかでも90年代流行った香りとある

トロピカルフルーティーという説明もあった

しかに甘くて華やかで、なんかこう明るい感じ

タイトルマダムとあることから、当時のコンセプトから若い人向けというよりちょっと上がターゲットだったんだろうと推察するけど

自分若い時の香りなので、案外若めの香りにも思う

まあ流行りの香りではないから、つければ中年以降の年齢イメージが出てしまうのかもしれないが

そこまでマダムじゃないな、なんなら今の自分普段使いできる感じだと思う

布につけて香り確認した程度で、肌につけたらどうなるのかはこれから

けどグレの香水安価なのにけっこう良いなと

2024-04-04

転売ヤーって儲かるの?

最近メルカリアニメのグッズを眺めてるんだけど、つい先日始まったポップアップストアのグッズが1000円増しくらいで売られてるのね。

ブラインド商品ならまだしも、キャラが選べて変える2000円くらいのアクスタとか。

買ってすぐ飽きたってのはちょっと考えづらい。

けど、転売ヤーにしても手数料+送料が引かれることを思ったら大して利益になってない。

同じ出品者の商品を見ると似たような未開封のが並んでるけど売れてるのはチラホラって感じ。

これはたまたま失敗してる転売ヤーを見てるだけなのか?

2024-04-03

かえりたい

ブラインドを閉じる

コピー機の電源を切る

シュレッダーの電源を確認する

モニターの電源を切るのを忘れない

システムの打刻

最終退館の入力

照明を落とす

施錠とセキュリティを起動

廊下の消灯で一度真っ暗になる

エレベーターで1階に降りる

玄関は閉じているので裏口に向かう

駐車場横のシリンキーを開けて出る

一階のピザ屋の匂いを嗅ぐ

大通りを歩く

高速道路沿い、高架につく明かりが深夜でも明るいオレンジ色をしている

小さく歌を歌いながら帰る日が多い。頭を空にするための歌なので、なんの歌でも良い。TikTokで聞いたサビしか知らない歌でも、学生時代合唱コンクール課題曲でも。車が多いか迷惑にはなっていないと思ってる。

いつも曲がらない角を曲がって帰る日もある。知らない坂の先の景色をみたり、通れるかわからない細い路地を入ってみたり。

自転車で帰った日もある。電動式のシェアサイクルはわたしをぐいぐい引くように走った。

自分の足で走った日もある。通りを走るランナーはたまに見るしそれほど浮かないだろうと思った。自分自分の体をコントロールして、心拍を上げる行動は何かに良い気がした。

酒を買って歩きながら飲んでみようとした日は、缶を路上に落としてしまい中身が噴出した。甘くないジンソーダで助かったと思いながら拾って帰った。

誰にも迷惑をかけない範囲で行う小さな奇行は、私が私に許す小さい遊びだ。1日の大半を仕事に明け渡してしまった今日ちょっとだけ取り返してから自分を寝かしつける、そういう儀式最初ちょっと外食をして自分の機嫌を取ったりしていたのだが、夕食をしっかり摂るのも憚られる退勤時間になってからは「帰る」ことに遊びを見つけていた。人目につかない深夜に、小学生の帰り道みたいな、誰にも話さな1人遊びがたくさんあった。

何も出来ない日は大抵泣きながら帰る。あの時の自分なかに何の感情があったのかわからない。悔しいなのか苦しいなのか、誰かに心配されて嬉しいなのか情けないなのか、

あのとき取りこぼしてしまった自分気持ちはもう、私がわからないってことはこの先誰にもわからない。

泣いている時に頭の中に入っていたのは、周りの人が私に投げかけた言葉だけで、それを咀嚼して反芻しても、なんの味を感じたのかわからないまま、子どものように口角をひん曲げてボロボロ泣いた。マスクの中に水分が溜まって蒸れて、でも外した顔はひどいから付けたまま歩く。

公園の横を抜けて、ファミレス駐車場を突っ切って、その先の横断歩道は押しボタン式の時間帯。渡った先のコンビニに寄る。朝昼は胃痛を避けるために軽いものしか摂らないので夜は多少好き勝手に食ってやろうと思いながら入店するが、運が悪いと夜中に腹を下すので結局中途半端惣菜軽食を買う。大体いつもボブヘアの男性店員シフトに入っている。コンビニの横の坂道を上ったらあと少しで家に着く。

徒歩25分。家も職場も駅からまり近くないせいで、電車に乗ってもせいぜい5分短縮できるか微妙な所だから歩いて通勤した。

机に縋り付いている記憶の方がたくさんあって良いはずなのだが、私は長い間、家に帰る道をずっと歩いているような、ずっと夜みたいな感覚を1番よく思い出す。

日中は、

食事睡眠、どちらかを満足に出来なくても片方が人並みならまだ保つ」

「このくらいの度数のロング缶を一度に飲み切ると眠れて二日酔いも残らない」

「この会社栄養剤がよく効くのであっちのコンビニで買う」

大丈夫だと口に出せるうちはまだきっと大丈夫

働き始めてから何年かで身につけたおまじないのような「これが出来ればまだ大丈夫」を幾つかポケットに入れて、指先で手触りを確認するような日々を過ごしていた。

 

「酒や乳酸菌飲料の力を借りて睡眠は取れているからまだ大丈夫

「胃が荒れていて平日は差し障るだけで、食欲はあるからまだ大丈夫

「朝は起きて支度できるからまだ」

部屋は荒れているが、不精なので繁忙期はそんなものだ。青クマデスクワーカーの職業病もっとひどい生活の人はたくさんいる。いつものちょっと忙しい時の感覚だ。

そんなふうに捉えて、「まだ大丈夫」を肯定的に捉えてサバイブしていたつもりだった。

つのまに切り替わったかからないが、これらの「まだ大丈夫」が、どこかのタイミングで「まだ私が故障しないから、ダメになるまで待つしかない」の諦めになった。

大丈夫な私は、まだ働かなくてはならない。みんな何かしらの苦しさを抱えながら生きているのだから、私が勝手に投げ出して良いものではない。この苦境から脱出方法は、壊れるまで働くしかない。多分本気でそう思っていた。

勤務中、気を抜くと頭を上げていられなくなった。

ひとの目を見るのは元々苦手ではあるけど、顔を見せるすら苦しくなった。

対面で働くチームメンバーには両手で伏せて早口で指示を出す。通話会議は声を出せれば成立する、まだ大丈夫

大丈夫自分を演じているのか、大丈夫ではない自分演出して逃げ出そうとしているのか、どっちにしろ何かのフリをできているうちは大丈夫なのか、大丈夫って何なんだ?

わたしは席に座れる、手を動かせる、web会議通話が出来る、謝罪を述べることができる。出来るけど、帰りたいと申し出てある日早退した。これはダメなことだってわかっているからまだきっと大丈夫。平日の明るいうちに外出するのが久々でなんだかスカスカした気持ちになりながら、せめて身体を労わるポーズをとらないと均衡が取れないか大戸屋で品目の多い定食を食べた。ポテトサラダが重くていつまでも口に残った。

わたしにも少ないが友人はいる ありがたいことに定期的に会う用事がある

他愛ない近況の報告をしようとしたら、言葉が出ない日があって、そのとき友人は精一杯わたしを傷つけないように、「頑張る私」を否定しないように選んだ言葉で、心配に思っている、あなたを害するものあなた拒否する権利があるとだけ 言葉を投げてくれた

書いて消して何度か回り道しただろう、書かれなかった文にたくさんの気持ちが詰まっていた それに対して言い訳のような自虐で返事をした 最悪だ

病院探しを始めた。

躊躇いは特になかった。「自分に限って」なんていうバイアスは思い上がりだ。弱さを認められる方がまともだと思う、そういうペラペラプライドを持っていた。「まだ大丈夫」のうちに、近い将来ダメになった時の避難経路を決める、それは賢い判断だと思った。

まあまあ都心に住んでいたので選択肢はいくつかあると知っていたし、思ったよりいっぱいあった。逃げ場ってコンビニほどはないけど歯医者くらいはある。場所を見つけて、予約を取ったあと、メモを書くことにした。

うまく話せるように、話せなくてもとにかく伝わるように。カンペなのか手紙なのか問診票の別紙なのか、わからないけど言葉を起こす必要があった。

身体精神状態を書き連ねた。

相手自分を「大丈夫」に見せたいのか、「大丈夫ではない」と言わせたいのか、なんだか意図がブレブレのメモ書きになった

紙に書き写す以上はありのままなんてどこにもない、本当のことを書いたのかどうか主観で見てもあやふやな文面。とにかく話せなくなればそれを読むか手渡すかしようと思って、印刷したものを携えて心療内科に行った。初診の予約は平日の昼しか取れないルールで、14時過ぎに中抜けして向かった。

名のついた診断が出た。

有給休暇の残数を尋ねられたり、直近で休養の取れるタイミングなどの話を流れるようにし始めた医師に、そんなつもりではない。 まだ大丈夫から、もう少しマシになるための方法をくれと訴えたら、それはまっすぐに否定をされた。でも自分に「休め」を許せなかった結果、中途半端診断書を持ち帰った。

朝、眠りから浮上する感覚を覚えると同時に心臓が跳ねるようになっていた。生きている、意識があるということに気づくと心が怯えるのはまあ自然なことかもしれないとその時は思っていたし、動悸そのもの業務差し障りないから「大丈夫」「ダメ」の判断基準にならなかった。寝覚めは悪いが寝起きは良いので、遅刻もしなかった。

今思うと、「大丈夫」と「ダメ」は同じ線の両端ではなかった。

なんの名前を付けたら良いのかもわからないけど、しっかりと質量のある「ダメ」の感触が胸の中に入っている日がある時やって来た。

もっと、動けないとかずっと泣くとか何かが出来なくなったことを以て「ダメ」に『なる』なのだと思っていたけど、そうではなかった。何がどうダメなのかなんてわからないのだけど、相対的な話ではない、とにかく「ダメ」が去来する朝が来た。突発の休暇をとった。休んだ罪悪感を原動力にその週は出勤する、というサイクルをいくらか続けた。

この頃に、「ダメ」になる階段を一歩降りたような気がしていたが、同時に睡眠も食欲も自分の思う「大丈夫」の基準のままだったのだから二元論で考えることが間違っていたと思う。

この「ダメ」は、「不安」の名前に片付けるものらしい。抗不安薬頓服の処方を受けた。「頓服」だから、常用してないからまだ大丈夫大丈夫の数をまだ数えていた。

かに怒っている日、逃げてしまおうと思う日、何も感じない日

そんなわけないのにいつもの道が歪んで見える日

物音が大きく聞こえる日

なんてことないじゃないかと思う日

そんなものちょっとずつずれながら積み上げてきて、綺麗に縛れない新聞の束のような、歪みが溜まっていくような感じがあった

退職願を書いた。

できるだけ綺麗な文字しかるべき封書に綴じた正しいフォーマットで、すぐに出せる完璧な一筆を仕上げようと思った。

遺書ではないけど、でも心持ちは少し近いかもしれない。白くて郵便番号欄のない封筒が望ましいとネットに書いてあったがコンビニにも百均にもなかった。緊急で必要になる人もいるだろうに。

下書きをして、それを見ながら丁寧に文字を書いた。書いている間は無心になれた。書いただけで、結局出せはしなかった。

退職願も、診断書も、私にとっての「勝訴」の紙にならなかった。結局私は、自分バツを付けて逃げるのが怖いまましばらく日々を過ごした。

ある朝、9時前、出勤してメール確認する

同僚が出勤してくる

涙が止まらない

頓服を飲んで、会議室に閉じこもって効くのを待ってみる

10時半過ぎ、何も変わらない

ここにいたらもう駄目なんだ、そういう日がついに来たのだと言われた気がした

トイレに逃げて、別の場所で勤務する上司に早退の連絡をする

そのあとは、とにかく手続きを滞りなく進めなければと、社会人として角の立たないように休職の手配をするために自分感情はどこか棚の上にでも置いたような感覚で、再診の予約をとり会社と連絡を取り、自分社会と切り離すことに成功した

今、会社に向かう朝も遊びながら帰る夜も無くした私は、子供の頃からの地続きの自分をあの夜の帰路に置いてきてしまって、残りかすの体だけがここにあるような気持ちで布団に横たわっている。じゃああの夜に私は何を思っていたのか、書き出してみようと思いメモ帳に書きつけるが、結局そこにも何もなかったとわかってしまった。今の私の回想だからそうなのか、本当に何も思うことはなかったのか、もうわからない。

出かけなくても良くなった今も、どこかに帰りたいような気持ちだけ残っている。

2024-03-31

ナニワ金融道のせいで「平ざる>テボ」の呪縛が解けない

ラーメン屋ラーメンがうまかったとしても、テボざるで麺を湯切りしたのを見た後だと「でもテボなんだよなぁ……」とがっかりする。

逆に場末いまいちなラーメン屋で、ありきたりの黄色い細麺で出汁も減ったくれもない醤油を薄めただけのスープの安っぽいラーメンでも、平ざるで湯切りをしてるのを見た後だと「平ざるとは本格的で技術もあっていいね」と思う。

湯切りがテボだったとしても、麺同士がくっついてたり湯切りが不十分で水っぽくなったりのラーメンを食べたことは無いからテボで十分なはずなのに。

ブラインドテストをしたとしても平ざるかテボかなんて分かるわけがないはずなんだけどなぁ……。

やはり私は、湯切りパフォーマンスも含めて情報を食ってるのか?

2024-03-21

鉄道車両ブラインドを復活させてほしい

ある時期から電車の車窓からブラインドが消えた。鉄道会社に言わせれば「遮熱・遮光ガラスによって車内は快適になりブラインド不要になった」と言いたいのだろうが、現実には眩しさや日差しの熱さはほとんど軽減されておらず、ブラインドが無くなった事でむしろ快適性は低下している。

今の時期だと冬晴れの名残りの澄んだ空から強烈な西陽が差し込み、南北に走る鉄道路線で運悪く東側ロングシートに座ると眩しい事この上ない。だが夏になるとこれに直射日光の熱さが加わり最悪だ。日差しが直撃するボックスシートに座ると顔面酷暑日差しが照りつけ、やきとんになった気分だ。

ブラインドさえ復活すればこれらの問題解決する。鉄道会社各社はブラインド復活を検討してほしい。

2024-03-14

anond:20240226154807

元増田記事リライトしてみました。

=====

オタク断捨離奮闘記:10年分のオタクグッズと戦う」

オタク部屋の崩壊

オタクである増田の部屋は、本とグッズであふれかえっていた。段ボールやケースに詰め込んだだけの「整理」状態が続き、本棚の本は荷物に埋もれて取り出せない始末。レンタル倉庫まで借りて荷物を預けたものの、部屋はまたすぐに荷物でいっぱい。漫画雑誌最新刊は読めるが、一つ前の刊は読めない状態だった。

断捨離への決意

さすがにヤバいと感じ、断捨離を決意した増田しかし、オタク特有の「これは価値がある」という思いが捨てられず、なかなか進まない。そんな時、Amazonで予約した商品が次々と届き、物価高の影響で財布がピンチに。一念発起、一気に整理を進めることにした。

毎日メルカリ出品

増田実践した方法は、以下の通り。

毎日1個以上はメルカリに出品する

・1週間売れなければ、放置・値下げ・捨てるのいずれかを選択

最初は売り上げにこだわるあまり写真撮影説明文に凝っていたが、ある程度慣れると「写真より価格が全て」であることに気づく。ほとんどの商品は大体の相場が決まっているため、100円安く出品することで、次々と売れた。

グッズは単品出品が鉄則!

手間がかかっても、グッズはセットより単品で出品するのがポイント

・ 一気に欲しい人よりも、特定アイテムだけ欲しい人が圧倒的に多い。

・セットの方が高く売れる場合もあるが、それは売り手の勝手であり、売れやすさを優先すべきだ。

売れないものはまとめてリサイクルショップ

出品しても売れないものは、まとめてリサイクルショップへ持ち込んだ。

・安く買い叩かれるが、処分の手間が省け、多少の金銭も手に入るため、メリットは大きい。

1年かけてオタクグッズを完全処分

倉庫も含めたグッズの出品に半年、すべての売却・処分に1年かかった。

・その間にオタクグッズ以外の本や衣料品なども整理し、気が付けば空っぽ本棚と厳選された衣料品だけになった。

10数年ぶりに広々とした部屋を手にして、増田は感慨にふける。

ミニマリスト生活の始まり

その後もオタク活動は続けているが、ライブで買うのはタオルTシャツくらいで、ブラインド系は買わなくなった。

・本は購入しても、読まなくなったらメルカリで売るようにした。

・服は吟味して長持ちするものを買い、インナー等は一定数を買い直しするように心がけている。

・新しいものにも慎重になり、今まで好きだったものをメインに応援することで、使うお金も減った。

心境の変化

・新しい趣味を始めることもなくなり、SNSで友人たちの持ち物と比べて対抗意識を持つこともなくなった。

・年齢を重ねたことも影響していると思うが、ライブなどの経験を積む中で、物よりも経験を重視するようになった。

感謝

メルカリなどのサービスがなければ、今でも物に囲まれていたかもしれない。

増田は、これらのサービス感謝しつつ、ミニマリスト生活満喫している。

2024-03-13

「受注生産ブラインド販売」が本当に意味分からん

受注生産は良いけど、何でブラインド販売にするの???

受注生産なら別に余るリスクとかないんだから、わざわざブラインドにする必要なくない?

「めちゃくちゃ儲かるから」以外の理由を聞かせてくれ

2024-02-26

片付け苦手だったオタクだったが断捨離毎日メルカリ出品してたら部

題名で内容が分かるなろう方式

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2321185

これを読んで思い出した。

増田オタクで部屋には本とグッズが溢れていた。そして整理と言うなの段ボールやケースに仕舞い開けることは無く、本棚に片づけた本は本棚の前に積まれ荷物のせいで取ることは出来なくなっていた。

挙句に季節の物を保管するために借りたレンタル倉庫にも段ボールに入れて保存しそれで綺麗になった部屋にまた次の物を置いていった。結果レンタル倉庫に置いた分と同量の荷物が部屋にあふれた。漫画雑誌最新刊は読めるがひとつ前の刊は読めなくなっていた。

流石にヤバいと思い断捨離を始めたがオタクなのでこれは価値があるとか言って中々進まなかった。しかAmazon等で予約したものガンガン届くのと昨今の物価高で財布がキツくなったのを機に一気に整理するようにした。

流れとしては毎日1個以上はメルカリに出品する→1週間売れなければ放置or値下げor捨てるのジャッジをする。

まずメルカリへの出品が面倒だった。最初は売り上げに影響するからとか言われ綺麗に写真撮ったり説明文や飾りつけに手を入れたけど、ある程度慣れたら写真より価格が全てと悟った。大半の商品は大体の相場収束しているので物を減らしたい私はそれより100円安価格で出品し結果バンバン売れた。無論ごく一部を除いては定価より安い金額である

あとグッズ系は手間でもセットより単品で出品した。一気に欲しい人よりこれだけ欲しいと言う人の方が圧倒的に多い。無論セットの方が高く売れるがそれは売り手の勝手しかない

そして何個も売っている内に目が肥えたのかこれは出品しても売れないなって物が分かるようになった。実際メルカリ等で検索しても売れ残っているグッズだったりした。その辺の物は段ボールにまとめてまんだらけ駿河屋に持ち込んだ。安く買いたたかれるが処分の手間と若干の金が手に入るのは良かった。

グッズ系は倉庫のも含めて出品に半年、全部売るか処分が終わったのは開始から1年かかった。その間にオタクグッズ以外の本や衣料品等も売ったり捨てたりして気付けば空っぽ本棚と歯抜けの多い本棚と厳選された衣料品だけの部屋になった。10数年ぶりの広々とした部屋だった。

それ以来もオタクとして活動はしているが、ライブ等で買うのはタオルTシャツくらいでブラインド系は買わなくなった。本は買うけど読まなくなったらメルカリで売るようにした。服は吟味して長持ちするものを買い、インナー等は一定数を買い直しをするようにした。そしてあんまり新しいもの吟味してから興味を持つようにし、今まで好きだった物をメインに応援したりするようにしたため使うお金も減った。

新しい趣味とかも始めるわけでも無くスカスカスケジュールとかSNSで友人たちの活動や持ち物に対抗意識も持たなくなった。年齢を重ねた部分もあるけどライブとかの経験さえつめれば物とかは別にいかな?って気持ちになった。

メルカリとかジモティーとかその辺のサービスが無かったら今でも物に囲まれたかもしれないのでこれらのサービスにはとても感謝しています。たまに昔売った物がプレミア価格になってて損したわ~って気持ちになるけど昔の部屋のままでまで得たい利益じゃないのでそこは我慢

2024/3/14 追記

急にはてブに乗ってて腰抜けた。

別に断捨離メルカリ勧めてるわけじゃないので生活に支障がないオタクばんばん買って応援してくれ。ちなみにオタク卒業していません。

コレクターというより購入機会が制限されるイベントとかで買っちゃうタイプです。なのでコンプとかはあんま無いです。トレードしてでも推し確保

ほんと自分みたいに生活に支障が出るくらいヤバくなってからだと手間ばっかりかかるんで、もし迷ってる人は手遅れになる前に行動するととっても楽よ

自分だって本当はあとのこと考えずに箱全部捨ててショーケースに並べてグッズ保存&見るためだけの部屋とか欲しかったわ

2024-01-24

anond:20240123213944

身心の不調、と感じるだろうが、それは精神ではなく身体問題なので、要は体力を回復し蓄えねばならない。

体力を回復するために、飯食って寝て出来れば健康になる範囲運動をするのだが、それするために動く一歩目は確かに大変だよな。

だってまだ体力は回復してないから。

 

なので回復してない体力で出来ることをやる。

一歩が辛いので、半歩ずつ進もう。10キロ走るのつらかったら、2キロを5回走るっしょ。

 

一気にベッドから立ち上がって着替え始めるのは辛い。ならとりあえず布団だけとってみるとか? あるいは体を起こして座った姿勢で壁によかって待機するとか? ブラインドあけて窓の外の太陽光だけ浴びとくとか?

からやるかは部屋の環境次第だけど、それやったら一旦休んでいい。またしばらくしてから続きをやれ。

2024-01-12

anond:20240112152833

DACかいブラインドテストしても差が出ないような所の技術よりも

Bluetoothに使われるコーデックとかそこらへんの音質への影響が大きい技術を気にしろよ。

2024-01-08

カウンター寿司屋死ぬほど嫌い

カウンター寿司屋の大嫌いな点まとめ

1. 素手で握ってて不衛生

酢飯から殺菌されているとか、裏ではどんなレストラン素手で触られてるとかどうでも良い。見ていて不快感を感じることを堂々と目の前でやらないでほしい。

2. 良いネタを切って乗せてるだけでシェフとしての能力がほぼいらない

お前は寿司握りに対して込められたエネルギーを感じ取れないのか?と批判されると思うが、正直わからないし感じ取りたくもない。そんなに自信があるなら、職人歴30-20-10-5年と並べてブラインドテイスティングしてみろよと言いたい。誰もやらないし、やろうともしない。だってからいから。

3. 謎の文化がたくさんある

素手で手渡ししたり、カウンターの付け台に直接寿司を置いたり非論理的で不衛生な文化を謎に残してる。それ江戸時代に皿洗えないからやってたことじゃないの?

4. 謎の姉弟制がうざい

握らせるまでに何十年も下積みさせることが、論理的に正しいと思っているのがキモい。これは単に寿司職人にはシェフとしてのノウハウはそんなに要らなくて簡単コピーされてしまう自信のなさの表れ。だから何十年も無駄な下積みをさせてマネされないようにしている。

5. 寿司好きのコミュニティがうざい

こういう批判をすると、寿司が大好きなおっさんやおばさんから、お前は本当の寿司を食べたことがないだろと言ってくる。その感じが超うざい。仲良しコミュニティお金を落とし合って、どんどん世間から離れて廃れてしまえよと思う。寿司は手渡しが1番とか、寿司の順番はどうとか、そういううんちくもウザい。聞きたくもない。

自分からしたら寿司屋は不衛生で特にシェフとしての能力必要としない、接客能力もそこまで高くない、リラックスして食事を楽しめない、なのに謎に高いお金を払う場所しかない。

和食イタリアンフレンチ料理人はみんなノウハウYouTubeレシピ本などで公開して交流もしているのに、寿司職人って出てこないし、交流もしない。すごく閉鎖的だし、出てきたとしても教えることなんて何もないからね。こうやって切って握ります、終わり、そんなもん誰が見たいかって話。あとは簡単マネされちゃうから怖くて絶対公開しないよね。

寿司食文化は素晴らしいと思うけど、もともとは江戸時代ファストフードなんだから、悪きところは見直すフットワークの軽さを持ってほしい。訳わからない職人神格化して祭上げたりするコミュニティダメだと思う。全体的に自浄作用がなさすぎると思うよ。

2023-12-27

anond:20231227021620

うた〇リとかかな?ゲゲ〇かもしれないけど

特典って2種類あって、1個目は初日から配る奴。ワンピーススパイファミリーの本やゴジはむくんやドラえもんの走る奴やプリキュアライトみたいな年齢的には子供向けね。映画オマケだ。

2個目が2週目以降のカンフル剤になる奴。マイナーアニメや客層が限られている作品はだいたいこっち。この辺りの作品は上映初週、極端な話だと金曜と土曜にファンの大半が観るということはよくある。つまり何もしないと初週ランキングは華々しいが2週目でランキング外になり1か月の上映期間の3週間は閑古鳥が鳴きその結果次の配給作品映画館は上映してくれなくなる。空っぽ劇場映画流しても金は発生しない。

なのでそんな自覚のある配給は如何にして初週に映画を観たファンを翌週以降にも観させて興行収入映画館の印象を良くしようと考えた結果がブラインドランダム特典だ。現場辟易するだろうが会員予約が17時や21時に始まると同時に満席になるのを見て映画館の上は大満足。

極端な話、上映週の火曜か水曜に映画館の座席が売れれば良い。月曜や火曜に問い合わせの電話が来ようが金曜日以降にロビーが大混雑しようが儲かるんだから止めない。ポップコーンジュースも買わず特典貰ってクルりと帰っても1000~2000円は支払っている。とりっぱぐれは無い。チケット代では儲からない、ポップコーンジュース売れなければってシネコンは潰れてしまえ。鳩の餌みたいなポップコーン自動販売機と紙コップのジュース自動販売機だけありゃ良いんだよ。映画で儲けろ。その為なら配給はいくらでも特典ばら撒く。映画以外で儲けようとするからけち臭い事言うんだよ。

追記あり映画館で働いているんだが、特典商法疲れた

映画館で働いているんだが、昨今の特典商法に疲れ果てました。

今年は本当に特典が多かった印象。

もはや、映画を観せているのか特典を配っているのか良く分からない状況。しんどい

まず、シンプルに滅茶苦茶めんどくさい。

仕事なのにめんどくさいとか言ってすまん。

でも聞いてくれ。

配布期間

土曜日から配布

金曜日から配布

初日から3日間のみ配布

配布方法

在庫が無くなるまで配り続ける

・週替わり

配布対象

・全員プレゼント

中学生以下のみ

配布後の対応

劇場にて廃棄

・返却(元払いにて返送)

これが、作品Aは土曜日より配布・週替わり・全員・返送/作品Bは金曜日から配布・在庫が無くなるなで配り続ける・全員・廃棄/作品Cは~/作品Dは~

みたいな感じで作品ごとに違って、複数の組み合わせが同時期に進行したりする。

その上「在庫が無くなるまで配り続け~」の場合、配り続けている間に、ハイ!第2弾!ハイ!第3弾!と畳みかけてきたりする。

頼んでもないにのにどんどん送ってくる。

もはや置く場所さえ困るレベル。そして余った場合、捨てるにも返すにもお金がかかる。

さらに昨今は「この特典のビジュアルは●月●日●時からの解禁となりますので取り扱いには十分ご注意ください。管理の徹底をお願いします。」とか責任重大なことを言われたり、

最近、特典の売買行為が見受けられるので、劇場におかれましても在庫管理の徹底をお願いいたします」とか、スタッフによる転売疑惑までかけられたりする。

昔(もはや太古の昔のように感じる)は余った特典はアルバイトスタッフにあげたり、

個数管理にもそこまで神経質になることは無かったが、特典に妙な価値を与えてしまった現在

無料で配るものにも関わらず管理にやたら労力と神経を使うことになっている。疲れる。

次に、特典目当てで来場したお客さんたちの様子を見るのが結構つらい。

特典でお客さんを集めること自体は今に始まったわけではないが、

数量限定やら週替わりやらブラインドランダム配布やら最近やりすぎ。

そんなんで煽りまくって釣りまくった結果、かつては考えられなかったお客さんが増えた。

例えばブラインドランダム配布の特典をなるべく多く入手する為に、映画を観ずに複数劇場はしごする方。

それも転売ヤーとかじゃなくて、トレーディング目的一般のお客さん。

特典だけ貰って次の劇場へ移動って、スタンプラリーじゃないんだから

最近劇場サイト一定時間を超えると入場できないルールを明記したり、

「入場者特典はチケット購入特典ではございません」とかわざわざ書く映画館が増えているように感じるが、

たぶん上映終了間際(場合によっては終了後)とかにやってきて特典だけくれという人が激増したからだと思う。

本当に上映終了後に来る人がいるんですよ。びっくりするわ。

また、自分チケットを買っていた回より前の回で特典の配布が終了してしまった場合

「貰えないないと分かっていたらチケットを買わなかった。払い戻して欲しい。」などとと言ってくる方もいる。

特典が終了するタイミングの告知は非常に難しい上に、あくまでも本体は「映画」なんじゃないの?と思うのだが、

転売ヤーじゃない一般のお客さんの中にも、あからさまに「映画の方に用は無い」という態度をとる方が増えた。

一般の方がSNSで、さも事情通のように好き勝手書き込んでいる様を見てモヤモヤすることもしばしばだ。

「A劇場は3日間配布できるのに、B劇場初日で無くなるなんておかしい」とかはよく見かけるが、

上映回数とキャパ数が違う劇場を単純に日数で比較されても困る。

そのあたりも計算して入荷数を推測して比較している方もいるが、

配布数は前週までの実績など加味して割り振られる為、同じキャパ劇場でも数はまちまちである

大前提として映画館が決めている訳ではないので「入荷数少なすぎ!」とか文句言われても困る。

この間の週末は「こんなに早く配布が終了してしまったのは映画館スタッフ転売して配布数が少なくなっているからでは?」

みたいなポストを見かけてしまい、暗澹たる気持ちになった。

配布できる上映回数に影響するほどの量を抜くとかできるわけないでしょ…

しかし、こんなわけ分からん状況になっているのは、

映画会社の側が特典を餌にオタクお金を使わせまくった結果に他ならず、

映画館とは言え業界の片隅で働いている者としては本当に忸怩たる思いと言うか、罪悪感すらある。

綺麗ごと言うなと怒られそうだから職場では言えないが、ほんと特典商法やめて欲しい。

でも映画会社の人は「こちらもビジネスなので」とか言いそうだよな。てか、たぶん言ってるだろうな。

まあ映画館で働いている人でも「客が入ればなんでもいい」って言う人もいるもんな。

そんな「運営」にあえて騙されているふりをしているオタクたちは

(その「あえて」というところに自分客観性見出しているつもりで、自尊心を守っているのかもしれないが、

というか、そうでも思わないと馬鹿馬鹿しくてやってらんないのかもしれないが)ちょっと冷静になってくれ。

配っている張本人が言うのも変な話だが、特典が貰えたり貰えなかったりすることがそんなに人生の一大事みたいな事か?

もちろん何を大事に思うかは個人自由だけど、

映画のおまけで大の大人激怒したり狂喜したり異常に悲しんだり、正直ちょっと怖い。

日本映画業界(もちろん全部じゃないけど。主に一部の大手映画会社)は、

自分たちの作った映画100人の人に観てもらうのではなく、

一定の人たちに餌を供給し続けて1人に100回観てもらうスタイルで行くんかな。

でもたぶん、こんなことを続けていたら映画死ぬ

配りきれずに捨てられた特典の山に埋もれて死ぬ


追記

深夜に書いた愚痴が予想外に広まってしまって正直ちょっと焦ったので追記する。

「特典が無くなったら、むしろ映画館死ぬのでは」みたいな意見を読んで、確かに興行の側が配給に対してかける圧もあるよなと思った。

特典だって興行の方から配給にもっとよこせと言ってるケースもあるかもしれんし。

きっと配給の側にも「特典、作りたくて作ってるわけじゃない」って人もいるよな。

なんか自分ばっか被害者みたいな書き方してすまん。

あと、返却が元払いの件に対しての意見も多かったけど、中には着払いでも構わないところもあるのでそれも追記しておきます

改めて読み返したら愚痴っぽすぎるうえにだいぶ感情的だな。

なんか先週末あたりあまりにも配るものが多すぎて、ふと「自分何やってるんだろ…」とか思っちゃったんだよな。

オタクに「冷静になれ」とか偉そうに言ってる自分が冷静じゃなかった。申し訳ない。

今回いろんな意見を読んでスゲー勉強になった。

話題にしてくれた皆さんありがとうございました。

2023-12-26

anond:20231226190019

サンリオオタク?のYouTuberが「ハッピーセット○個買ってきた」って開封動画を何回も見たわ。しかも目当てが出ないから「リベンジで○個追加」みたいな動画とかも見た。ちなみに女だけでなく、男のYouTuberでもサンリオブラインド商品開封動画上げているのいる。

2023-12-05

anond:20231205154547

2023-11-26

1歳過ぎの息子が愛想が良いので道行く様々な人にかわいがってもらえる。あやしてくれたり手を振ってくれたり。

印象的だったのは、特急車両で隣り合って窓側に座っていたスーツイカツイおじさん。私達が後から通路側に乗ってきたのだが、腕を組んで目を閉じていた。抱っこしている息子が騒いで嫌な顔されないかヒヤヒヤしていた。

おじさんは目を細く開けて息子を一瞥すると、そっと、下がっていた窓のブラインドを少し上げて、また目を閉じた。

(あっ、息子に窓の外を見せてあげようと…)

おじさんかわいいなって思った。息子は寝た。

2023-11-06

「三体」が好きだった人にオススメしたいSF小説・後編

オラフ・ステープルドン

最後にして最初人類現代人類から数えて第18番目の人類進化描写する奇書で、巨大な脳みそだけの存在になったり、知性を退化させてトドアザラシみたいになってしまったりと、何億年にも及ぶ人類歴史が豊かな空想力で描かれる。プロットキャラクターは極めて希薄で、現代作家がこんな作品を書いて売れることは考えにくいのだけれど(ほぼ設定資料に近いかも)、個人的にはお気に入りと言うか性癖に近い魅力を感じる。

スターメイカーはそれをさらに発展させたもので、時間空間を越えて精神銀河を飛び回り、エキセントリックエイリアンの生態の設定を惜しげもなく披露しつつ、それが銀河歴史にどのような影響を与えたかを語る。そして、この宇宙創造した存在意図を探求する旅をする。光速限界があるため、その旅やエイリアン同士の交流テレパシーで行われるという設定はSFとしては苦しいが、宇宙創造目的たる究極の歓喜の瞬間を目指すヴィジョンは美しい。残念ながら、その瞬間までには人類はとっくに滅亡していることが示唆されるんだけどね。冷えて寿命を迎えつつある宇宙必死に命をつなごうとする生命描写は壮絶。

チャールズ・ストロス

「アッチェレランド指数関数的に発展するAI10年ごとに描いた小説で、タイトル通り加速のスピードがとんでもない。最初21世紀現実世界と地続きなんだけど、21世紀半ばには進歩しすぎたAI地球解体してダイソン球を作り始め、その過程地球のすべての化石だとか地質だとかをアーカイブ化しはじめる。人類暴走するAIを止められなくて太陽系辺境に追いやられていく。その途中でエイリアンともコンタクトを取る。

これはとある一族の三代にわたる因縁話でもある。最初世代では夫がAI特異点信奉主義者コピーレフト大賛成、妻がガチガチ保守主義著作権かに厳しく、しかSMプレイ女王様だ。2代目は妻が夫を無理やり犯すことで妊娠した子どもだという、ドロドロの設定。

酉島伝法

皆勤の徒」は遠い未来地球で、地球生命体に奴隷として使役されるコピー人間の苦悩を描いている。この短篇集は優れた言語感覚日本語漢字表記とルビの可能性を拡張した造語であふれており(というか酉島伝法作品はだいたいそう)、異文化に触れたときの驚きや、似ているけれども少し違う文化に対する戸惑いが感じられる。ただし、かなり読解に力を要するので、場合によってはネタバレ覚悟世界観を通常のSF用語説明した巻末の大森望解説を先に読んでもいいのかもしれない。

「宿借りの星」とある惑星地球人類との宇宙戦争に勝利した昆虫生命弥次喜多道中記で、舞台固有名詞こそ異質だがストーリーのものは非常に読みやすくなっている。まったく異質なものを作り出すことにかけてはこの作家は他の追随を許していない。そして、滅ぼしたはずの人類がどこかに生き残っているのでは? という疑惑から物語は不穏になっていく。

野尻抱介

こちらで述べた通り。太陽簒奪者」はいいぞ。

天文部だった主人公宇宙に出ていくという意味でもすごく夢がある。

スティーブン・バクスター

まずは前述したH・G・ウエルズの「タイム・マシン」の遺族公認続編タイムシップ面白い。前作で行方不明になってしまったヒロインを救うために、再び未来に旅立ったはずが、なぜか前回とは似ても似つかない未来にたどり着いてしまう。

時間旅行のたびに歴史改編がなされ、パラレルワールドが生成されてしまうとしたら、主人公はどうやってヒロインと再会するのか? いっそ歴史を改変してしまってもいいのか? さまざまなジレンマに悩まされる冒険小説だ。

また、この著者は時間無限大という作品も書いている。これは宇宙最強の種族ジーリーを扱ったジーリークロニクルの一編だ。作中世界では、人類クワックスというエイリアン支配を受けており、それに対抗する手段を知っているという「ウィグナーの友人」という、とある思考実験にちなんだ名前を持つ謎の団体が暗躍する。主人公父親との(正確にはその再現人格との)屈折した関係に悩んでいる。作中に出てくるタイムマシンは、少なくとも現代物理学とは矛盾しないらしい。ちょうど90年代の「ニュートン」で紹介されていた。

で、確かこの作品だったと思うんだけれど、人類クワックスもジーリーという宇宙最古・最強の種族テクノロジーおこぼれで生活してるんだけど、そのジーリーでさえ恐れている存在がいる……というのがこのシリーズの基本設定。

なお、同一世界観の短編集がプランクゼロ」「真空ダイヤグラムにまとめられていることを最近知った。それに、長編結構邦訳がある。未読だけど気になる。

林譲治

短編ウロボロス波動高校生時代に読んですごく好きだった。実際にかなりありそうな宇宙探査が描かれていたからだ。太陽系侵入してきた小型ブラックホール捕獲して天王星を周回する軌道に乗せるという設定と、作中の謎解きがすごく魅力的だった。

ただ、なぜかそれ以降のストリンガー沈黙」「ファントマは哭く」が読めなかった。キャラクターの会話や背景となる政治の設定がかなり説明的で、ぎこちなく感じられたからだ。読むのに気合がいる本は、持っていてもあえて図書館で借りることで、期限を決めるという強硬策があるが、まだ試していない。

春暮康一

オーラリーメイカー」「法治の獣」。とにかく事前情報なしで読んでほしい。日本ファーストコンタクトもの第一線に立っている。とにかく奇抜なエイリアンが出てくるし、どうやら知的生命体の連合らしきもの確立されていく歴史の一部らしいのだが、この「オーラリーメイカー」という宇宙人の種族の作り上げたシステムは、素晴らしく絵になる。

H・P・ラブクラフト

おなじみクトゥルフ神話創始者の一人。前にも書いたけど、ラブクラフト作品知識欲に負けて禁断の知識に触れて発狂するか未知の存在拉致されるかするオチばっかりなんだけれど、人類宇宙の中では取るに足りない存在なんだという絶望感が僕は好き。

SFを紹介するのが趣旨なのでエイリアン地球外の神々や人類以前の種族)の歴史の壮大さを感じさせてくれるのをピックアップすると、南極探検発見した人類以前の知的種族を扱う狂気山脈にて」や、異種族図書館幽閉される時間からの影」だ。侵略ものとしては宇宙からの色」かな。ニコラス・ケイジがこれを原作した映画で主演を務めていたはず。

ダンセイニ風のファンタジー作品も好きだ。読みやすいとは言えないが、ラブクラフト全集を読んでほしい。というかアザトースの設定が好きすぎる。元ネタのマアナ・ユウド・スウシャイそのままだとしてもね。

ピーターワッツ

ブラインドサイトについてはこちらに書いたので、「6600万年革命について。巨大小惑星の中で暮らす人類と、それを管理するAI物語だ。彼らは銀河系にワームホールネットワークを作る旅路に出ているのだが、もはや地球文明が存続しているかどうかも定かではない。すでに正気を失いそうな時間が経過しているが、使命をひたすらこなしている。

管理AI人間の知能を越えないようにギリギリ調整を受けている。そのことから「チンプ」つまりチンパンジーあだ名がつけられている。とはいえ地球時間で6600万年が経過していると、「もしかしてシンギュラリティ迎えたんじゃない?」みたいな出来事があり、人間AIに対してレジスタンスというか隠蔽工作をする。バイタルを始め何から何まで知られている人類は、AIに対して何ができる?

少し条件がずれるので乗せなかった作品

アシモフの例えば銀河帝国の興亡」なんかはシリーズが進むと鋼鉄都市「はだかの太陽などのロボットシリーズクロスオーバーして行って、確かにアシモフが発表順に読んだほうがわかりやすくなるんだけど、さすがに全部読む前提で書くのはちょっとしんどかった。個人的にはアシモフ黒後家蜘蛛の会というおっさん萌え短編ミステリおすすめ英米文学地理に関する雑学が無いとわからないところもあるけど、口の悪い仲良しなおっさんの同士のじゃれあいを読んでなごんでください。

堀晃の「太陽系から3光日の距離発見された、銀河面を垂直に貫く直径1200キロ全長5380光年に及ぶレーザー光束」が出てくるバビロニアウェーブハードだなって思ったんだけど、どういう話か思い出せなかったので省いた。まずは太陽風交点」かな?

あと、SFじゃないんだけどマン・アフター・マンあたりも未読だったのでリストに入れなかった。人類グロテスク進化という意味では、上記条件は満たしていたと思う。フューチャー・イズ・ワイルドは読んだ。

ダン・シモンズのハイペリオン四部SF全部乗せだし、AIの反乱だとか人類進化した宇宙の蛮族だとか愛が宇宙を救うとかとにかく壮大なんだけど、とある場所増田では評判の悪い(?)夏への扉以上に男性主人公に都合のいい描写があるのが欠点。あと、それ以外の作品もっと男性に都合がよくなっていて、保守的な僕もちょっと「おや?」って感じた。でも、「三体」にどっぷりハマった人だったら好きになると思う。「三体」よりも前の90年代SFから時代背景を知ったうえで、加点法で楽しんでください。

あと、全然エイリアン宇宙SFじゃないんだけど、今注目しているのは空木春宵で、この人は東京創元社の年間傑作選やGenesisですごくいい作品を描いてる。どれもいいんだけど、たとえば地獄を縫い取る」アリスとの決別」「allo, toi, toi」に並ぶロリコンペドフィリアを扱った名作に並ぶ。

エイリアンSFも出てくるけど、世界の中心で愛を叫んだけもの」「ヒトラーの描いた薔薇ハーラン・エリスン人種差別を扱った作品も書いていて、これもいい。穏健派黒人男性テロリストに転身してしま作品はつらい。とかくエリスン絶望と怒りは若い人に読んでもらいたい。

Q. 選んだ作家日本人・欧米人男性に偏ってない?

自分が一番SFを読んでいた時期は、今と比べて女性作家が推されるずっと少なかったし、さら自分古典を好んで読んでいた。アジア作家が紹介される機会も少なく、そういう意味では感受性のみずみずしい今の若い読者がうらやましい。

後は、女性作家で今回のテーマである宇宙を扱った作品男性よりも少ない気がするのだが、よく考えてみればル・グインハイニッシュ・ユニバースがあるし、ティプトリー・ジニア「たった一つの冴えたやり方」で始まるシリーズがある。スペースオペラでは「叛逆航路のアン・レッキーもいることだし、単純に探し方が悪いのかもしれない。

最近短編ばっかりで腰を据えて長編を読んでないな。銀河系で忌み嫌われた人類の唯一の生き残りが活躍する「最終人類とか、面白そうなのがいっぱいあるので、そのうち読みたい。

というか、僕の選んだ作品の他にもっといい作品を知っている、勧めたいという方は、どんどんトラバブクマ追記していってほしい。

気が向いたらまたなんか書きたいな。まだおすすめしたいSFもあるし、池澤夏樹世界文学全集を9割読んだのでその感想も書きたいし、かなり疲れるから数ヶ月後にはなるだろうけど。

みんなでやろうぜ増田ビブリオバトル

前回

【翌朝追記あり】劉慈欣「三体」の好きなところと微妙なところについて

前編はこちら

追記

「三体」が好きだった人にオススメしたいSF小説・追補編

はみ出たのでこちらに。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん