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はてなキーワード: 寝返りとは

2024-11-16

anond:20241114160022

まじめな話、子育て家事もそこそこやろうとなると、仕事をどこかでセーブするみたいなのは必要になるんだよな。

他の人が残業して150%くらいでやって、成果を上げ、給与を増やし、役職も得ている中、ほどほどで済ませないといけない。

元増田旦那役職もあったという話だけれど、役職を持つとさら会社へのコミットメントをして当たり前になるし、それができないなら辞めてくださいってなる。

これを書いている俺は子供ができたら喜んでパパトラックに乗った口だよ。

パトラックというのはマミトラックをもじっているが、要は子育て時間を割けるようセーブした働き方ってこと。

子供との時間は確保できたし、子供の成長もずっと追えていた。

何なら、最初に「ママ」って呼んだのは俺の方だったし、寝返りを見たのも俺なんだ。

離乳食献立調理もめちゃくちゃ大変だけれど、それなりにやったかいもあり、子供子供に嫌われがちな食材も食べてくれる。

色々対立することがあっても子供は懐いてくれているし、俺も子供は大好きだ。

ここ数年は出張費を減らすようにという流れになったから、子供と離れたくなくて出張はしなくなった。

その間、自分より後に入った若い社員自分と同じ職級になったり、自分より上の職級になったり、上司になったりするのを見てきた。

えらくなった人たちは突然の出張にも応じていたし、出張抑制があるなかでもそれなりに出張していると思う。

仕事についての知識技能もその社員の方が上だと感じることもそれなりにあって、それは仕事投資した時間がやはり自分は少ないからだなって思う。

から子供が生まれから時間、そっちに時間を取ってたら、それなりの役職があっただろうなって思うこともある。

一方で、自分よりも役職が高い人、上司になった人は自分ほど家族中心の生活は送れていない。

その人がまとめている人がそれなりにいるわけで、その人が決済しないといけないことが増えたし、その人が考え、決めないといけないことも増えたので当たり前だと思う。

元増田に思うのは、選ばないとだったんだろうなってこと。

収入を半分にして、仕事も半分にして、家事をその分やってもらうことと、旦那の今の収入継続することとを。

「お前の稼ぎが少ないからだろ!」と家事ちゃんしろというのは増田もわかっている通り、矛盾した要求なんだよな。

会社側の視点で言えば、より成果をあげた人の給料をあげるのが当たり前で、会社に貢献した量の差だし、多くの時間をかけたほうが多くの貢献を上げやすいんだよね。

男女共同参画だとかなんだとか言うけれど、そういう当たり前のことをわからない人がいるのはなんでなんだろうね。

男の「子供欲しい」にモヤる理由

男の「子供欲しい」という発言モヤモヤしてしまうのは私だけだろうか。

だって男は子供を産めないんだよ?射精するだけ。他力本願じゃん。

妊娠中は食べたいものも食べられず、行きたいところにも行けず、お腹が大きくて寝返りもままならず、お腹の重みで腰や背中が痛んで、つわりに苦しんで、ホルモンバランスの変化で精神的にも不安定になって、出産はもちろん命懸け。

男の「子供欲しい」ってそういう女性負担を考えてないよね。そりゃ考える必要ないよね、自分射精するだけだもん。

これは極論かもしれないけど、子供を産めない方の性別子供を欲しがる権利なくない?

そう思っちゃう私の心が狭いだけ?

2024-11-10

男だが乳首が擦れて痛い。

子供の頃からわりと乳首が立っている。んで、最近になって服に擦れて痛むまでになってきた。具体的に一番痛いのは寝返りするときに敷布団に乳首が当たるとき。私は腰痛時代の癖でうつ伏せに寝がちなのだ結構痛い。

ニップレスみたいなものを貼るのはカッコ悪いので、なにか目立たない肌着的なもので乗り越えたいのだが、なにがいいだろう。

2024-11-05

anond:20241105175209

メリーランド植民地はオエスズ会の避難地でした

したがって秀吉家康に追い出された日本通もいたはずです

敗戦前は反イギリス国教会地域でした

南北戦争でも一部は南軍寝返りました

しか南軍は当時イギリス支援を受けていましたので、これは寝返りを装ったプロテスタント全体主義の別働隊だったかもしれません

2024-10-28

anond:20241028113451

医療従事者じゃないでしょ君

現場見れば分かるよ

寝たきり高齢者 人工透析 意思疎通とれない 手足硬直 自分寝返り打てない

そんなのが当たり前のようにいるのは日本くらいなもの

2024-10-17

昔嵐の櫻井が出てる番組タイトルは忘れたんだけどおねしょの瞬間を見るという検証があった。

よくおねしょをする子供だかを取材して暗視カメラ撮影するんだけども

しばらくするとその子供が寝た状態でもぞもぞし始めて、何分後だかに寝返りをうったら見事におねしょしてたというすごい映像だった。

youtubeに上がってたはずなんだが何回調べても出てこない。

なんて名前番組なんだろ

追記

発見されました。ご協力誠にありがとうございます

2024-10-15

夫婦関係は結局、夜の営み次第

夫婦関係には夜の営みが大事だと思いはじめた話。

今、未婚の人は、結婚する際は夜の相性か趣味の一致を真剣に気にした方が良いというアドバイスになるだろう体験

そして、既婚の人からは何か助言が欲しい。

自分たち場合、7、8年くらい交際して結婚した。

いまは結婚5年目の30代夫婦

結婚たころにはもうレス気味だった。

こちらは向こうに性的な魅力を大して感じてないから誘わないし、向こうも大して誘ってはこない。

ただ、それでお互い大きな不満はなかったのだと思う。

少なくともこちらに不満は無かった。


結婚後、妊活期間があった。

そして子供に恵まれた。

妊活のために一時的レスは解消されたが、妊娠を機にまた止めておこうとなった。

そして、出産以降は女性身体は大きな負担がかかった後だし、なにより新生児育児が大変で、こちらもそんな気持ちにはならなかった。

そうして、またレスに戻った。

子供が生まれると、仕事家事育児に追われるようになった。

乳幼児がいると家事が数倍に増えるが、子供相手をしながらになるので、能率は急激に低下する。

1人暮らし比較すると、家事は3倍程度に増えるが、能率が半分以下になる感じか。

そして、10kgを超える子供の抱っこやおんぶのせいで、肩こり腰痛をかかえることになる。

夜も子供が泣いたり、寝返りで顔や腹を蹴られたりして、十分に休めない。

土日が休める訳でもない。

昔は一緒にテレビYoutubeを見たりして、それを和気あいあいと話したりしてたが、そんな時間も無くなる。

時間もないが、それ以上に夜は早々に子供が寝るので、出来る限り夫婦で静かに過ごすようになる。

すると、夫婦の会話は子供の成長か、互いの家事の至らなさの指摘ばかりになる。

自分たちフルタイム共働きなので、互いに家事を分担するから、互いに不満がある。

仕事が終わるのがこちらの方が早く、家事育児負担こちらが多い。8:2くらいだ。

せめて、共通趣味でもあれば違ったのだろうが、うちはそういう夫婦ではない。

まり、俺たち夫婦は、特に一緒に何かをすることもないし、話すこともない。

家事育児関連で溜まった押し付け合いで、喧嘩だけは随時勃発する。

すると、時間を経るごとに夫婦関係が冷めていくのが分かる。

ふと、「もし夜の営みを維持してたら、もう少し違ったのか?」という考えがよぎった。

ただ、自分別に相手とヤりたい訳ではないし、夜の営み一度で夫婦関係改善する根拠もない。

互いに忙しいし、ムード関係なく無理やり誘うことになると思う。

そこまでして、誘う気になれない。

から夜の相性が良い夫婦は良いなと羨ましく思う。

結局、男女関係にとって、夜の営みは切っても切れないものじゃないかと思いはじめた。

このままだと、二人とも不幸になる気がしているし、何より子供のためにも良くないように思っている。

先人たちはどうやって夫婦関係を維持しているんだ?

良好とまではいかずとも、悪くない夫婦関係にしたい。

何か良いコツや知恵があれば教えてほしい。

2024-10-05

オランダ明朝派とイギリス清朝派が戦って、後者が勝った

しか清朝派の義勇団は戦争終結で職を失ったため、清朝に不満を持ち明朝復興派に寝返りテロ集団可老会に加入

坊主の釈元恭や頭山満もこれを支持して、後に辛亥革命をして失敗して一部は暴力団になっていったと

軍人失業もこれもイギリス政策だったってことだよなあ

2024-10-04

妻に「いつ寝てるの?」って言われた話

当方33歳。2歳と0歳1ヶ月の子供あり。

現在は育休取得中で、妻も産休中。

昨日、妻に「いつ寝てるの?」と言われ、そこから夫婦喧嘩というか一方的な怒られが発生した。

■見てくれた人に何を求めているか

何だろ?

ただ愚痴というか吐き出したいのかも。

とはいえ何も無いのもアレなので、何でもいいので思ったことを書いてほしい。

■前提(長い)

平日の増田の1日のスケジュールはだいたいこんな感じ。

6:30 起床、洗顔

6:40 朝食が米食なら炊飯みそ汁作り、パン食ならゴロゴロタイム

7:30 上の子を起こして少し遊び、保育園への登園準備

8:40 妻を起こす

8:50 上の子保育園まで送迎

9:20 妻と朝食をとる

9:40 食器洗い洗濯開始(ある場合)、ゴロゴロタイム

10:20 洗濯物干し(ある場合)

10:30 ひとりで食材買い出しや家電量販店家具屋を巡ったり、妻と住宅設備ショールームを巡ったり(中古戸建を購入するので、リフォーム計画中)、家でゴロゴロタイム

12:00 家にいる場合はお昼ご飯調理開始(妻が作ることもあり)

12:30 家にいる場合は昼食をとったあと皿洗い

13:00 家にいる場合ゴロゴロタイム

16:30 上の子保育園へのお迎えをして家で遊ぶ、日によってはお迎え後に近くの公園施設で遊んで18:30に帰宅

18:00 家にいる場合は夕食の調理開始(妻が作る場合もあり)

18:45 洗濯物がある場合は取込み、夕食開始

19:30 上の子と下の子をお風呂に入れる(この間に妻が洗濯物を畳んでくれる)

20:30 上の子と遊ぶ

21:00 上の子の寝かしつけ(妻がやる場合もあり)、その後はゴロゴロタイム&起きた下の子のお世話

0:00 就寝

1:00〜4:00 下の子が泣き始めたタイミングで起きてお世話開始、オムツを替え、ある程度ミルクを飲ませたら妻を一瞬起こして添い乳してもらい、添い乳後のゲップ出しと寝かしつけ実施後は上の子保育園の登園バッグを準備し、ゴロゴロタイム

お腹の中にいる時からの子夜行性で、夜間は眠りが浅くて1020分寝たらまた起きたりするので、そのたびに寝かしつけが必要。なので基本的に起き続けておく必要がある。逆に日中はすぐ寝てくれる。

4:00〜6:00 下の子の夜間2回目のお世話&寝かしつけ

※5時を超えている場合はだいたいすぐ寝てくれて、そのまま次の授乳まで寝続けてくれる

6:00 就寝

休日日中、上の子を遊ばせに午前は公園、午後は商業施設に行ったりする感じ。

日中や深夜を除いた夜間の下の子授乳基本的に妻のおっぱいミルク(妻が昼寝しているときミルクのみ)で、増田ミルクとゲップ当番。寝かしつけは妻と半々くらい。日中増田(休日は、+上の子)だけが出かけている場合は妻のワンオペが発生する。

ゴロゴロタイム動画見たり、ネットサーフィンしたり、今後引っ越す予定の新しい家について考えたり、夫婦で話したり、下の子が起きてる場合遊んだり、10分ほど寝たりしている。

■怒られた経緯

妻が数日体調を崩して、その間は増田がほぼワンオペだった(添い乳はしてもらってたけど)。

そして妻が復帰した昨日、妻がお風呂に入っている間に上の子と下の子が同時に起きたので、早く寝かしつけたくて、下の子を抱っこ紐で抱っこしながら片手で首を支え、上の子を片手でおんぶした体勢で、暗い部屋の中でスクワットをしていた。

風呂からあがった妻はその姿を見て絶句

無事に寝かしつけたあとの夫婦の会話で、ここ数日ありがとう・ごめんね、という言葉とともに、「ずっと思ってたけどいつ寝てるの?」と増田に問いかけた。

1回目の夜間授乳までと、2回目の夜間授乳後、たまにお昼に少し、と正直に答えたら、重労働を見た直後のせいか、妻からそんなにされると私の存在意義おっぱいをあげるだけになるからやめてほしいと怒られたという経緯。

■妻は本当におっぱい担当だけなのか?

そんなことはない。

家の片付けは妻がしてくれてるし、ご飯も作ってくれたり、洗濯物を畳んでくれている。

増田ご飯を作っている間は上の子の世話をしてくれ、上の子の夕食のフォローやその後の歯磨きと遊びは妻が行ってくれている。

なので、そこまで卑下しなくてもいいのではと思う。

とはいえ気にすると言うなら、何かを妻にお願いしたほうがいいんだろうけど、妻は寝ないと機嫌が悪くなるタイプだし、下の子寝返りをうたないのでまだお世話はチョロいから、渡して納得感のある仕事ってそんなにない。

休日に上の子と二人で遊びに行くのも、搾乳の関係あんまり適してないしね。

ゴロゴロタイムを多く取れているので、自分としてもしんどいとかはなく、寝返りうつまでは体力的に余裕がありそう。

2024-10-02

 三四郎は、その不思議な事を、すぐ話せばいいと思うのに、与次郎は平気なもので、一人でのみこんで、一人で不思議がっている。三四郎はしばらく我慢していたが、とうとう焦れったくなって、与次郎に、美禰子に関するすべての事実を隠さずに話してくれと請求した。与次郎は笑いだした。そうして慰謝のためかなんだか、とんだところへ話頭を持っていってしまった。 「ばかだなあ、あんな女を思って。思ったってしかたがないよ。第一、君と同年ぐらいじゃないか。同年ぐらいの男にほれるのは昔の事だ。八百屋お七時代の恋だ」  三四郎は黙っていた。けれども与次郎意味はよくわからなかった。 「なぜというに。二十前後の同じ年の男女を二人並べてみろ。女のほうが万事上手だあね。男は馬鹿にされるばかりだ。女だって自分軽蔑する男の所へ嫁へ行く気は出ないやね。もっと自分世界いちばん偉いと思ってる女は例外だ。軽蔑する所へ行かなければ独身で暮らすよりほかに方法はないんだから。よく金持ちの娘や何かにそんなのがあるじゃないか、望んで嫁に来ておきながら、亭主を軽蔑しているのが。美禰子さんはそれよりずっと偉い。その代り、夫として尊敬のできない人の所へははじめから行く気はないんだから相手になるものはその気でいなくっちゃいけない。そういう点で君だのぼくだのは、あの女の夫になる資格はないんだよ」  三四郎はとうとう与次郎といっしょにされてしまった。しかし依然として黙っていた。 「そりゃ君だって、ぼくだって、あの女よりはるかに偉いさ。お互いにこれでも、なあ。けれども、もう五、六年たたなくっちゃ、その偉さ加減がかの女の目に映ってこない。しかして、かの女は五、六年じっとしている気づかいはない。したがって、君があの女と結婚する事は風馬牛だ」  与次郎は風馬牛という熟字を妙なところへ使った。そうして一人で笑っている。 「なに、もう五、六年もすると、あれより、ずっと上等なのが、あらわれて来るよ。日本じゃ今女のほうが余っているんだから風邪なんか引いて熱を出したってはじまらない。――なに世の中は広いから、心配するがものはない。じつはぼくにもいろいろあるんだが、ぼくのほうであんまりうるさいから、御用で長崎出張すると言ってね」 「なんだ、それは」 「なんだって、ぼくの関係した女さ」  三四郎は驚いた。 「なに、女だって、君なんぞのかつて近寄ったことのない種類の女だよ。それをね、長崎へ黴菌の試験出張するから当分だめだってわっちまった。ところがその女が林檎を持って停車場まで送りに行くと言いだしたんで、ぼくは弱ったね」  三四郎ますます驚いた。驚きながら聞いた。 「それで、どうした」 「どうしたか知らない。林檎を持って、停車場に待っていたんだろう」 「ひどい男だ。よく、そんな悪い事ができるね」 「悪い事で、かあいそうな事だとは知ってるけれども、しかたがない。はじめから次第次第に、そこまで運命に持っていかれるんだから。じつはとうのさきからぼくが医科の学生になっていたんだからなあ」 「なんで、そんなよけいな嘘をつくんだ」 「そりゃ、またそれぞれの事情のあることなのさ。それで、女が病気の時に、診断を頼まれて困ったこともある」  三四郎おかしくなった。 「その時は舌を見て、胸をたたいて、いいかげんにごまかしたが、その次に病院へ行って、見てもらいたいがいいかと聞かれたには閉口した」  三四郎はとうとう笑いだした。与次郎は、 「そういうこともたくさんあるから、まあ安心するがよかろう」と言った。なんの事だかわからない。しかし愉快になった。  与次郎はその時はじめて、美禰子に関する不思議説明した。与次郎の言うところによると、よし子にも結婚の話がある。それから美禰子にもある。それだけならばいいが、よし子の行く所と、美禰子の行く所が、同じ人らしい。だから不思議なのだそうだ。  三四郎も少しばかにされたような気がした。しかしよし子の結婚だけはたしかである。現に自分がその話をそばで聞いていた。ことによるとその話を美禰子のと取り違えたのかもしれない。けれども美禰子の結婚も、まったく嘘ではないらしい。三四郎ははっきりしたところが知りたくなった。ついでだから与次郎に教えてくれと頼んだ。与次郎はわけなく承知した。よし子を見舞いに来るようにしてやるから、じかに聞いてみろという。うまい事を考えた。 「だから、薬を飲んで、待っていなくってはいけない」 「病気が直っても、寝て待っている」  二人は笑って別れた。帰りがけに与次郎が、近所の医者に来てもらう手続きをした。  晩になって、医者が来た。三四郎自分医者を迎えた覚えがないんだから、はじめは少し狼狽した。そのうち脈を取られたのでようやく気がついた。年の若い丁寧な男である三四郎は代診と鑑定した。五分ののち病症はインフルエンザときまった。今夜頓服を飲んで、なるべく風にあたらないようにしろという注意である。  翌日目がさめると、頭がだいぶ軽くなっている。寝ていれば、ほとんど常体に近い。ただ枕を離れると、ふらふらする下女が来て、だいぶ部屋の中が熱臭いと言った。三四郎は飯も食わずに、仰向けに天井をながめていた。時々うとうと眠くなる。明らかに熱と疲れとにとらわれたありさである三四郎は、とらわれたまま、逆らわずに、寝たりさめたりするあいだに、自然に従う一種快感を得た。病症が軽いからだと思った。  四時間、五時間とたつうちに、そろそろ退屈を感じだした。しきりに寝返りを打つ。外はいい天気である。障子にあたる日が、次第に影を移してゆく。雀が鳴く。三四郎はきょうも与次郎が遊びに来てくれればいいと思った。  ところへ下女が障子をあけて、女のお客様だと言う。よし子が、そう早く来ようとは待ち設けなかった。与次郎だけに敏捷な働きをした。寝たまま、あけ放しの入口に目をつけていると、やがて高い姿が敷居の上へ現われた。きょうは紫の袴をはいている。足は両方とも廊下にある。ちょっとはいるのを躊躇した様子が見える。三四郎は肩を床から上げて、「いらっしゃい」と言った。  よし子は障子をたてて、枕元へすわった。六畳の座敷が、取り乱してあるうえに、けさは掃除をしないから、なお狭苦しい。女は、三四郎に、 「寝ていらっしゃい」と言った。三四郎はまた頭を枕へつけた。自分だけは穏やかである。 「臭くはないですか」と聞いた。 「ええ、少し」と言ったが、べつだん臭い顔もしなかった。「熱がおありなの。なんなんでしょう、御病気は。お医者はいらしって」 「医者はゆうべ来ました。インフルエンザだそうです」 「けさ早く佐々木さんがおいでになって、小川病気から見舞いに行ってやってください。何病だかわからないが、なんでも軽くはないようだっておっしゃるものから、私も美禰子さんもびっくりしたの」  与次郎がまた少しほらを吹いた。悪く言えば、よし子を釣り出したようなものである三四郎は人がいいから、気の毒でならない。「どうもありがとう」と言って寝ている。よし子は風呂敷包みの中から蜜柑の籠を出した。 「美禰子さんの御注意があったから買ってきました」と正直な事を言う。どっちのお見舞だかわからない。三四郎はよし子に対して礼を述べておいた。 「美禰子さんもあがるはずですが、このごろ少し忙しいものですから――どうぞよろしくって……」 「何か特別に忙しいことができたのですか」 「ええ。できたの」と言った。大きな黒い目が、枕についた三四郎の顔の上に落ちている。三四郎は下から、よし子の青白い額を見上げた。はじめてこの女に病院で会った昔を思い出した。今でもものうげに見える。同時に快活である。頼りになるべきすべての慰謝を三四郎の枕の上にもたらしてきた。 「蜜柑をむいてあげましょうか」  女は青い葉の間から果物を取り出した。渇いた人は、香にほとばしる甘い露を、したたかに飲んだ。 「おいしいでしょう。美禰子さんのお見舞よ」 「もうたくさん」  女は袂から白いハンケチを出して手をふいた。 「野々宮さん、あなたの御縁談はどうなりました」 「あれぎりです」 「美禰子さんにも縁談の口があるそうじゃありませんか」 「ええ、もうまとまりました」 「だれですか、さきは」 「私をもらうと言ったかたなの。ほほほおかしいでしょう。美禰子さんのお兄いさんのお友だちよ。私近いうちにまた兄といっしょに家を持ちますの。美禰子さんが行ってしまうと、もうご厄介になってるわけにゆかないから」 「あなたはお嫁には行かないんですか」 「行きたい所がありさえすれば行きますわ」  女はこう言い捨てて心持ちよく笑った。まだ行きたい所がないにきまっている。  三四郎はその日から四日ほど床を離れなかった。五日目にこわごわながら湯にはいって、鏡を見た。亡者の相がある。思い切って床屋へ行った。そのあくる日は日曜である。  朝飯後、シャツを重ねて、外套を着て、寒くないようにして美禰子の家へ行った。玄関によし子が立って、今沓脱へ降りようとしている。今兄の所へ行くところだと言う。美禰子はいない。三四郎はいっしょに表へ出た。 「もうすっかりいいんですか」 「ありがとう。もう直りました。――里見さんはどこへ行ったんですか」 「にいさん?」 「いいえ、美禰子さんです」 「美禰子さんは会堂」  美禰子の会堂へ行くことは、はじめて聞いた。どこの会堂か教えてもらって、三四郎はよし子に別れた。横町を三つほど曲がると、すぐ前へ出た。三四郎はまったく耶蘇教に縁のない男である。会堂の中はのぞいて見たこともない。前へ立って、建物をながめた。説教掲示を読んだ。鉄柵の所を行ったり来たりした。ある時は寄りかかってみた。三四郎はともかくもして、美禰子の出てくるのを待つつもりである。  やがて唱歌の声が聞こえた。賛美歌というものだろうと考えた。締め切った高い窓のうちのでき事である。音量から察するとよほどの人数らしい。美禰子の声もそのうちにある。三四郎は耳を傾けた。歌はやんだ。風が吹く。三四郎外套の襟を立てた。空に美禰子の好きな雲が出た。  かつて美禰子といっしょに秋の空を見たこともあった。所は広田先生の二階であった。田端小川の縁にすわったこともあった。その時も一人ではなかった。迷羊。迷羊。雲が羊の形をしている。  忽然として会堂の戸が開いた。中から人が出る。人は天国から浮世へ帰る。美禰子は終りから四番目であった。縞の吾妻コートを着て、うつ向いて、上り口の階段を降りて来た。寒いみえて、肩をすぼめて、両手を前で重ねて、できるだけ外界との交渉を少なくしている。美禰子はこのすべてにあがらざる態度を門ぎわまで持続した。その時、往来の忙しさに、はじめて気がついたように顔を上げた。三四郎の脱いだ帽子の影が、女の目に映った。二人は説教掲示のある所で、互いに近寄った。 「どうなすって」 「今お宅までちょっと出たところです」 「そう、じゃいらっしゃい」  女はなかば歩をめぐらしかけた。相変らず低い下駄はいている。男はわざと会堂の垣に身を寄せた。 「ここでお目にかかればそれでよい。さっきからあなたの出て来るのを待っていた」 「おはいりになればよいのに。寒かったでしょう」 「寒かった」 「お風邪はもうよいの。大事になさらないと、ぶり返しますよ。まだ顔色がよくないようね」  男は返事をしずに、外套の隠袋から半紙に包んだものを出した。 「拝借した金です。ながながありがとう。返そう返そうと思って、ついおそくなった」  美禰子はちょっと三四郎の顔を見たが、そのまま逆らわずに、紙包みを受け取った。しかし手に持ったなり、しまわずにながめている。三四郎もそれをながめている。言葉が少しのあいだ切れた。やがて、美禰子が言った。 「あなた、御不自由じゃなくって」 「いいえ、このあいからそのつもりで国から取り寄せておいたのだから、どうか取ってください」 「そう。じゃいただいておきましょう」  女は紙包みを懐へ入れた。その手を吾妻コートから出した時、白いハンケチを持っていた。鼻のところへあてて、三四郎を見ている。ハンケチをかぐ様子でもある。やがて、その手を不意に延ばした。ハンケチ三四郎の顔の前へ来た。鋭い香がぷんとする。 「ヘリオトロープ」と女が静かに言った。三四郎は思わず顔をあとへ引いた。ヘリオトロープの罎。四丁目の夕暮。迷羊。迷羊。空には高い日が明らかにかかる。 「結婚なさるそうですね」  美禰子は白いハンケチを袂へ落とした。 「御存じなの」と言いながら、二重瞼を細目にして、男の顔を見た。三四郎を遠くに置いて、かえって遠くにいるのを気づかいすぎた目つきである。そのくせ眉だけははっきりおちついている。三四郎の舌が上顎へひっついてしまった。  女はややしばらく三四郎をながめたのち、聞きかねるほどのため息をかすかにもらした。やがて細い手を濃い眉の上に加えて言った。 「我はわが愆を知る。わが罪は常にわが前にあり」  聞き取れないくらいな声であった。それを三四郎は明らかに聞き取った。三四郎と美禰子はかようにして別れた。下宿へ帰ったら母から電報が来ていた。あけて見ると、いつ立つとある

anond:20241002010446

 原口さんはそこでちょっと絵を離れて、画筆の結果をながめていたが、今度は、美禰子に向かって、 「里見さん。あなた単衣を着てくれないものから着物がかきにくくって困る。まるでいいかげんにやるんだから、少し大胆すぎますね」 「お気の毒さま」と美禰子が言った。  原口さんは返事もせずにまた画面へ近寄った。「それでね、細君のお尻が離縁するにはあまり重くあったものから、友人が細君に向かって、こう言ったんだとさ。出るのがいやなら、出ないでもいい。いつまでも家にいるがいい。その代りおれのほうが出るから。――里見さんちょっと立ってみてください。団扇はどうでもいい。ただ立てば。そう。ありがとう。――細君が、私が家におっても、あなたが出ておしまいになれば、後が困るじゃありませんかと言うと、なにかまわないさ、お前はかってに入夫でもしたらよかろうと答えたんだって」 「それから、どうなりました」と三四郎が聞いた。原口さんは、語るに足りないと思ったものか、まだあとをつけた。 「どうもならないのさ。だから結婚は考え物だよ。離合集散、ともに自由にならない。広田先生を見たまえ、野々宮さんを見たまえ、里見恭助君を見たまえ、ついでにぼくを見たまえ。みんな結婚をしていない。女が偉くなると、こういう独身ものがたくさんできてくる。だから社会原則は、独身ものが、できえない程度内において、女が偉くならなくっちゃだめだね」 「でも兄は近々結婚いたしますよ」 「おや、そうですか。するとあなたはどうなります」 「存じません」  三四郎は美禰子を見た。美禰子も三四郎を見て笑った。原口さんだけは絵に向いている。「存じません。存じません――じゃ」と画筆を動かした。  三四郎はこの機会を利用して、丸テーブルの側を離れて、美禰子の傍へ近寄った。美禰子は椅子の背に、油気のない頭を、無造作に持たせて、疲れた人の、身繕いに心なきなげやりの姿である。あからさまに襦袢の襟から咽喉首が出ている。椅子には脱ぎ捨てた羽織をかけた。廂髪の上にきれいな裏が見える。  三四郎は懐に三十円入れている。この三十円が二人の間にある、説明しにくいもの代表している。――と三四郎は信じた。返そうと思って、返さなかったのもこれがためである。思いきって、今返そうとするのもこれがためである。返すと用がなくなって、遠ざかるか、用がなくなっても、いっそう近づいて来るか、――普通の人から見ると、三四郎は少し迷信家の調子を帯びている。 「里見さん」と言った。 「なに」と答えた。仰向いて下から三四郎を見た。顔をもとのごとくにおちつけている。目だけは動いた。それも三四郎真正面で穏やかにとまった。三四郎は女を多少疲れていると判じた。 「ちょうどついでだから、ここで返しましょう」と言いながら、ボタンを一つはずして、内懐へ手を入れた。  女はまた、 「なに」と繰り返した。もとのとおり、刺激のない調子である。内懐へ手を入れながら、三四郎はどうしようと考えた。やがて思いきった。 「このあいだの金です」 「今くだすってもしかたがないわ」  女は下から見上げたままである。手も出さない。からだも動かさない。顔も元のところにおちつけている。男は女の返事さえよくは解しかねた。その時、 「もう少しだから、どうです」と言う声がうしろで聞こえた。見ると、原口さんがこっちを向いて立っている。画筆を指の股にはさんだまま、三角に刈り込んだ髯の先を引っ張って笑った。美禰子は両手を椅子の肘にかけて、腰をおろしたなり、頭と背をまっすぐにのばした。三四郎は小さな声で、 「まだよほどかかりますか」と聞いた。 「もう一時間ばかり」と美禰子も小さな声で答えた。三四郎はまた丸テーブルに帰った。女はもう描かるべき姿勢を取った。原口さんはまたパイプをつけた。画筆はまた動きだす。背を向けながら、原口さんがこう言った。 「小川さん。里見さんの目を見てごらん」  三四郎は言われたとおりにした。美禰子は突然額から団扇を放して、静かな姿勢を崩した。横を向いてガラス越しに庭をながめている。 「いけない。横を向いてしまっちゃ、いけない。今かきだしたばかりだのに」 「なぜよけいな事をおっしゃる」と女は正面に帰った。原口さんは弁解をする。 「ひやかしたんじゃない。小川さんに話す事があったんです」 「何を」 「これから話すから、まあ元のとおりの姿勢に復してください。そう。もう少し肱を前へ出して。それで小川さん、ぼくの描いた目が、実物の表情どおりできているかね」 「どうもよくわからんですが。いったいこうやって、毎日毎日描いているのに、描かれる人の目の表情がいつも変らずにいるものでしょうか」 「それは変るだろう。本人が変るばかりじゃない、画工のほうの気分も毎日変るんだから、本当を言うと、肖像画が何枚でもできあがらなくっちゃならないわけだが、そうはいかない。またたった一枚でかなりまとまったものができるから不思議だ。なぜといって見たまえ……」  原口さんはこのあいだしじゅう筆を使っている。美禰子の方も見ている。三四郎原口さんの諸機関が一度に働くのを目撃して恐れ入った。 「こうやって毎日描いていると、毎日の量が積もり積もって、しばらくするうちに、描いている絵に一定の気分ができてくる。だから、たといほかの気分で戸外から帰って来ても、画室へはいって、絵に向かいさえすれば、じきに一種一定の気分になれる。つまり絵の中の気分が、こっちへ乗り移るのだね。里見さんだって同じ事だ。しぜんのままにほうっておけばいろいろの刺激でいろいろの表情になるにきまっているんだが、それがじっさい絵のうえへ大した影響を及ぼさないのは、ああい姿勢や、こういう乱雑な鼓だとか、鎧だとか、虎の皮だとかいう周囲のものが、しぜんに一種一定の表情を引き起こすようになってきて、その習慣が次第にほかの表情を圧迫するほど強くなるから、まあたいていなら、この目つきをこのままで仕上げていけばいいんだね。それに表情といったって……」  原口さんは突然黙った。どこかむずかしいところへきたとみえる。二足ばかり立ちのいて、美禰子と絵をしきりに見比べている。 「里見さん、どうかしましたか」と聞いた。 「いいえ」  この答は美禰子の口から出たとは思えなかった。美禰子はそれほど静かに姿勢をくずさずにいる。 「それに表情といったって」と原口さんがまた始めた。「画工はね、心を描くんじゃない。心が外へ見世を出しているところを描くんだから見世さえ手落ちなく観察すれば、身代はおのずからわかるものと、まあ、そうしておくんだね。見世でうかがえない身代は画工の担任区域以外とあきらめべきものだよ。だから我々は肉ばかり描いている。どんな肉を描いたって、霊がこもらなければ、死肉だから、絵として通用しないだけだ。そこでこの里見さんの目もね。里見さんの心を写すつもりで描いているんじゃない。ただ目として描いている。この目が気に入ったから描いている。この目の恰好だの、二重瞼の影だの、眸の深さだの、なんでもぼくに見えるところだけを残りなく描いてゆく。すると偶然の結果として、一種の表情が出てくる。もし出てこなければ、ぼくの色の出しぐあいが悪かったか恰好の取り方がまちがっていたか、どっちかになる。現にあの色あの形そのもの一種の表情なんだからしかたがない」  原口さんは、この時また二足ばかりあとへさがって、美禰子と絵とを見比べた。 「どうも、きょうはどうかしているね。疲れたんでしょう。疲れたら、もうよしましょう。――疲れましたか」 「いいえ」  原口さんはまた絵へ近寄った。 「それで、ぼくがなぜ里見さんの目を選んだかというとね。まあ話すから聞きたまえ。西洋画の女の顔を見ると、だれのかい美人でも、きっと大きな目をしている。おかしいくらい大きな目ばかりだ。ところが日本では観音様をはじめとして、お多福、能の面、もっとも著しいのは浮世絵にあらわれた美人、ことごとく細い。みんな象に似ている。なぜ東西で美の標準がこれほど違うかと思うと、ちょっと不思議だろう。ところがじつはなんでもない。西洋には目の大きいやつばかりいるから、大きい目のうちで、美的淘汰が行なわれる。日本は鯨の系統ばかりだから――ピエルロチーという男は、日本人の目は、あれでどうしてあけるだろうなんてひやかしている。――そら、そういう国柄から、どうしたって材料の少ない大きな目に対する審美眼が発達しようがない。そこで選択の自由のきく細い目のうちで、理想ができてしまったのが、歌麿になったり、祐信になったりして珍重がられている。しかいくら日本的でも、西洋画には、ああ細いのは盲目かいたようでみっともなくっていけない。といって、ラファエル聖母のようなのは、てんでありゃしないし、あったところが日本人とは言われないから、そこで里見さんを煩わすことになったのさ。里見さんもう少しですよ」  答はなかった。美禰子はじっとしている。  三四郎はこの画家の話をはなはだおもしろく感じた。とくに話だけ聞きに来たのならばなお幾倍の興味を添えたろうにと思った。三四郎の注意の焦点は、今、原口さんの話のうえにもない、原口さんの絵のうえにもない。むろん向こうに立っている美禰子に集まっている。三四郎画家の話に耳を傾けながら、目だけはついに美禰子を離れなかった。彼の目に映じた女の姿勢は、自然の経過を、もっとも美しい刹那に、捕虜にして動けなくしたようである。変らないところに、長い慰謝がある。しかるに原口さんが突然首をひねって、女にどうかしましたかと聞いた。その時三四郎は、少し恐ろしくなったくらいである。移りやすい美しさを、移さずにすえておく手段が、もう尽きたと画家から注意されたように聞こえたかである。  なるほどそう思って見ると、どうかしているらしくもある。色光沢がよくない。目尻にたえがたいものうさが見える。三四郎はこの活人画から受ける安慰の念を失った。同時にもしや自分がこの変化の原因ではなかろうかと考えついた。たちまち強烈な個性的の刺激が三四郎の心をおそってきた。移り行く美をはかなむという共通性情緒はまるで影をひそめてしまった。――自分はそれほどの影響をこの女のうえに有しておる。――三四郎はこの自覚のもとにいっさいの己を意識した。けれどもその影響が自分にとって、利益不利益かは未決の問題である。  その時原口さんが、とうとう筆をおいて、 「もうよそう。きょうはどうしてもだめだ」と言いだした。美禰子は持っていた団扇を、立ちながら床の上に落とした。椅子にかけた羽織を取って着ながら、こちらへ寄って来た。 「きょうは疲れていますね」 「私?」と羽織の裄をそろえて、紐を結んだ。 「いやじつはぼくも疲れた。またあした天気のいい時にやりましょう。まあお茶でも飲んでゆっくりなさい」  夕暮れには、まだ間があった。けれども美禰子は少し用があるから帰るという。三四郎も留められたが、わざと断って、美禰子といっしょに表へ出た。日本社会状態で、こういう機会を、随意に造ることは、三四郎にとって困難である三四郎はなるべくこの機会を長く引き延ばして利用しようと試みた。それで比較的人の通らない、閑静な曙町を一回り散歩しようじゃないかと女をいざなってみた。ところが相手は案外にも応じなかった。一直線に生垣の間を横切って、大通りへ出た。三四郎は、並んで歩きながら、 「原口さんもそう言っていたが、本当にどうかしたんですか」と聞いた。 「私?」と美禰子がまた言った。原口さんに答えたと同じことである三四郎が美禰子を知ってから、美禰子はかつて、長い言葉を使ったことがない。たいていの応対は一句か二句で済ましている。しかもはなはだ簡単ものにすぎない。それでいて、三四郎の耳には一種の深い響を与える。ほとんど他の人からは、聞きうることのできない色が出る。三四郎はそれに敬服した。それを不思議がった。 「私?」と言った時、女は顔を半分ほど三四郎の方へ向けた。そうして二重瞼の切れ目から男を見た。その目には暈がかかっているように思われた。いつになく感じがなまぬるくきた。頬の色も少し青い。 「色が少し悪いようです」 「そうですか」  二人は五、六歩無言で歩いた。三四郎はどうともして、二人のあいだにかかった薄い幕のようなものを裂き破りたくなった。しかしなんといったら破れるか、まるで分別が出なかった。小説などにある甘い言葉は使いたくない。趣味のうえからいっても、社交上若い男女の習慣としても、使いたくない。三四郎事実上不可能の事を望んでいる。望んでいるばかりではない。歩きながら工夫している。  やがて、女のほうから口をききだした。 「きょう何か原口さんに御用がおありだったの」 「いいえ、用事はなかったです」 「じゃ、ただ遊びにいらしったの」 「いいえ、遊びに行ったんじゃありません」 「じゃ、なんでいらしったの」  三四郎はこの瞬間を捕えた。 「あなたに会いに行ったんです」  三四郎はこれで言えるだけの事をことごとく言ったつもりである。すると、女はすこしも刺激に感じない、しかも、いつものごとく男を酔わせる調子で、 「お金は、あすこじゃいただけないのよ」と言った。三四郎がっかりした。  二人はまた無言で五、六間来た。三四郎は突然口を開いた。 「本当は金を返しに行ったのじゃありません」  美禰子はしばらく返事をしなかった。やがて、静かに言った。 「お金は私もいりません。持っていらっしゃい」  三四郎は堪えられなくなった。急に、 「ただ、あなたに会いたいから行ったのです」と言って、横に女の顔をのぞきこんだ。女は三四郎を見なかった。その時三四郎の耳に、女の口をもれたかすかなため息が聞こえた。 「お金は……」 「金なんぞ……」  二人の会話は双方とも意味をなさないで、途中で切れた。それなりで、また小半町ほど来た。今度は女からしかけた。 「原口さんの絵を御覧になって、どうお思いなすって」  答え方がいろいろあるので、三四郎は返事をせずに少しのあいだ歩いた。 「あんまりでき方が早いのでお驚きなさりゃしなくって」 「ええ」と言ったが、じつははじめて気がついた。考えると、原口広田先生の所へ来て、美禰子の肖像をかく意志をもらしてから、まだ一か月ぐらいにしかならない。展覧会で直接に美禰子に依頼していたのは、それよりのちのことである三四郎は絵の道に暗いから、あんな大きな額が、どのくらいな速度で仕上げられるものか、ほとんど想像のほかにあったが、美禰子から注意されてみると、あまり早くできすぎているように思われる。 「いつから取りかかったんです」 「本当に取りかかったのは、ついこのあいだですけれども、そのまえから少しずつ描いていただいていたんです」 「そのまえって、いつごろからですか」 「あの服装でわかるでしょう」  三四郎は突然として、はじめて池の周囲で美禰子に会った暑い昔を思い出した。 「そら、あなた、椎の木の下にしゃがんでいらしったじゃありませんか」 「あなた団扇をかざして、高い所に立っていた」 「あの絵のとおりでしょう」 「ええ。あのとおりです」  二人は顔を見合わした。もう少しで白山の坂の上へ出る。  向こうから車がかけて来た。黒い帽子かぶって、金縁の眼鏡を掛けて、遠くから見ても色光沢のいい男が乗っている。この車が三四郎の目にはいった時から、車の上の若い紳士は美禰子の方を見つめているらしく思われた。二、三間先へ来ると、車を急にとめた。前掛けを器用にはねのけて、蹴込みから飛び降りたところを見ると、背のすらりと高い細面のりっぱな人であった。髪をきれいにすっている。それでいて、まったく男らしい。 「今まで待っていたけれども、あんまりおそいから迎えに来た」と美禰子のまん前に立った。見おろして笑っている。 「そう、ありがとう」と美禰子も笑って、男の顔を見返したが、その目をすぐ三四郎の方へ向けた。 「どなた」と男が聞いた。 「大学小川さん」と美禰子が答えた。  男は軽く帽子を取って、向こうから挨拶をした。 「はやく行こう。にいさんも待っている」  いいぐあい三四郎追分へ曲がるべき横町の角に立っていた。金はとうとう返さずに別れた。

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一一

 このごろ与次郎学校文芸協会切符を売って回っている。二、三日かかって、知った者へはほぼ売りつけた様子である与次郎それから知らない者をつかまえることにした。たいていは廊下でつかまえる。するとなかなか放さない。どうかこうか、買わせてしまう。時には談判中にベルが鳴って取り逃すこともある。与次郎はこれを時利あらずと号している。時には相手が笑っていて、いつまでも要領を得ないことがある。与次郎はこれを人利あらずと号している。ある時便所から出て来た教授をつかまえた。その教授ハンケチで手をふきながら、今ちょっとと言ったまま急いで図書館はいってしまった。それぎりけっして出て来ない。与次郎はこれを――なんとも号しなかった。後影を見送って、あれは腸カタルに違いないと三四郎に教えてくれた。

 与次郎切符販売方を何枚頼まれたのかと聞くと、何枚でも売れるだけ頼まれたのだと言う。あまり売れすぎて演芸場はいりきれない恐れはないかと聞くと、少しはあると言う。それでは売ったあとで困るだろうと念をおすと、なに大丈夫だ、なかに義理で買う者もあるし、事故で来ないのもあるし、それからカタルも少しはできるだろうと言って、すましている。

 与次郎切符を売るところを見ていると、引きかえに金を渡す者からはむろん即座に受け取るが、そうでない学生にはただ切符だけ渡している。気の小さい三四郎が見ると、心配になるくらい渡して歩く。あとから思うとおりお金が寄るかと聞いてみると、むろん寄らないという答だ。几帳面わずか売るよりも、だらしなくたくさん売るほうが、大体のうえにおいて利益からこうすると言っている。与次郎はこれをタイムス社が日本百科全書を売った方法比較している。比較だけはりっぱに聞こえたが、三四郎はなんだか心もとなく思った。そこで一応与次郎に注意した時に、与次郎の返事はおもしろかった。

相手東京帝国大学学生だよ」

いくら学生だって、君のように金にかけるとのん気なのが多いだろう」

「なに善意に払わないのは、文芸協会のほうでもやかましくは言わないはずだ。どうせいくら切符が売れたって、とどのつまり協会借金になることは明らかだから

 三四郎は念のため、それは君の意見か、協会意見かとただしてみた。与次郎は、むろんぼくの意見であって、協会意見であるとつごうのいいことを答えた。

 与次郎の説を聞くと、今度は演芸会を見ない者は、まるでばかのような気がする。ばかのような気がするまで与次郎講釈をする。それが切符を売るためだか、じっさい演芸会を信仰しているためだか、あるいはただ自分の景気をつけて、かねて相手の景気をつけ、次いでは演芸会の景気をつけて、世上一般空気をできるだけにぎやかにするためだか、そこのところがちょっと明晰に区別が立たないものから相手はばかのような気がするにもかかわらず、あまり与次郎の感化をこうむらない。

 与次郎第一に会員の練習に骨を折っている話をする。話どおりに聞いていると、会員の多数は、練習の結果として、当日前に役に立たなくなりそうだ。それから背景の話をする。その背景が大したもので、東京にいる有為青年画家をことごとく引き上げて、ことごとく応分の技倆を振るわしたようなことになる。次に服装の話をする。その服装が頭から足の先まで故実ずくめにでき上がっている。次に脚本の話をする。それが、みんな新作で、みんなおもしろい。そのほかいくらでもある。

 与次郎広田先生原口さんに招待券を送ったと言っている。野々宮兄妹と里見兄妹には上等の切符を買わせたと言っている。万事が好都合だと言っている。三四郎与次郎のために演芸万歳を唱えた。

 万歳を唱える晩、与次郎三四郎下宿へ来た。昼間とはうって変っている。堅くなって火鉢そばへすわって寒い寒いと言う。その顔がただ寒いのではないらしい。はじめは火鉢へ乗りかかるように手をかざしていたが、やがて懐手になった。三四郎与次郎の顔を陽気にするために、机の上のランプを端から端へ移した。ところが与次郎は顎をがっくり落して、大きな坊主頭だけを黒く灯に照らしている。いっこうさえない。どうかしたかと聞いた時に、首をあげてランプを見た。

「この家ではまだ電気を引かないのか」と顔つきにはまったく縁のないことを聞いた。

「まだ引かない。そのうち電気にするつもりだそうだ。ランプは暗くていかんね」と答えていると、急に、ランプのことは忘れたとみえて、

「おい、小川、たいへんな事ができてしまった」と言いだした。

 一応理由を聞いてみる。与次郎は懐から皺だらけの新聞を出した。二枚重なっている。その一枚をはがして、新しく畳み直して、ここを読んでみろと差しつけた。読むところを指の頭で押えている。三四郎は目をランプのそばへ寄せた。見出し大学の純文科とある

 大学外国文学科は従来西洋人担当で、当事者はいっさいの授業を外国教師に依頼していたが、時勢の進歩と多数学生の希望に促されて、今度いよいよ本邦人講義必須課目として認めるに至った。そこでこのあいだじゅうから適当人物を人選中であったが、ようやく某氏に決定して、近々発表になるそうだ。某氏は近き過去において、海外留学の命を受けたことのある秀才から至極適任だろうという内容である

広田先生じゃなかったんだな」と三四郎与次郎を顧みた。与次郎はやっぱり新聞の上を見ている。

「これはたしかなのか」と三四郎がまた聞いた。

「どうも」と首を曲げたが、「たいてい大丈夫だろうと思っていたんだがな。やりそくなった。もっともこの男がだいぶ運動をしているという話は聞いたこともあるが」と言う。

しかしこれだけじゃ、まだ風説じゃないか。いよいよ発表になってみなければわからないのだから

「いや、それだけならむろんかまわない。先生関係したことじゃないから、しかし」と言って、また残りの新聞を畳み直して、標題を指の頭で押えて、三四郎の目の下へ出した。

 今度の新聞にもほぼ同様の事が載っている。そこだけはべつだんに新しい印象を起こしようもないが、そのあとへ来て、三四郎は驚かされた。広田先生がたいへんな不徳義漢のように書いてある。十年間語学教師をして、世間には杳として聞こえない凡材のくせに、大学で本邦人外国文学講師を入れると聞くやいなや、急にこそこそ運動を始めて、自分の評判記を学生間に流布した。のみならずその門下生をして「偉大なる暗闇」などという論文を小雑誌に草せしめた。この論文零余子なる匿名のもとにあらわれたが、じつは広田の家に出入する文科大学小川三四郎なるものの筆であることまでわかっている。と、とうとう三四郎名前が出て来た。

 三四郎は妙な顔をして与次郎を見た。与次郎はまえから三四郎の顔を見ている。二人ともしばらく黙っていた。やがて、三四郎が、

「困るなあ」と言った。少し与次郎を恨んでいる。与次郎は、そこはあまりかまっていない。

「君、これをどう思う」と言う。

「どう思うとは」

「投書をそのまま出したに違いない。けっして社のほうで調べたものじゃない。文芸時評の六号活字の投書にこんなのが、いくらでも来る。六号活字ほとんど罪悪のかたまりだ。よくよく探ってみると嘘が多い。目に見えた嘘をついているのもある。なぜそんな愚な事をやるかというとね、君。みんな利害問題動機になっているらしい。それでぼくが六号活字を受持っている時には、性質のよくないのは、たいてい屑籠へ放り込んだ。この記事もまったくそれだね。反対運動の結果だ」

「なぜ、君の名が出ないで、ぼくの名が出たものだろうな」

 与次郎は「そうさ」と言っている。しばらくしてから

「やっぱり、なんだろう。君は本科生でぼくは選科生だからだろう」と説明した。けれども三四郎には、これが説明にもなんにもならなかった。三四郎は依然として迷惑である

「ぜんたいぼくが零余子なんてけちな号を使わずに、堂々と佐々木与次郎署名しておけばよかった。じっさいあの論文佐々木与次郎以外に書ける者は一人もないんだからなあ」

 与次郎はまじめである三四郎に「偉大なる暗闇」の著作権を奪われて、かえって迷惑しているのかもしれない。三四郎はばかばかしくなった。

「君、先生に話したか」と聞いた。

「さあ、そこだ。偉大なる暗闇の作者なんか、君だって、ぼくだって、どちらだってかまわないが、こと先生人格関係してくる以上は、話さずにはいられない。ああい先生から、いっこう知りません、何か間違いでしょう、偉大なる暗闇という論文雑誌に出ましたが、匿名です、先生の崇拝者が書いたものですから安心なさいくらいに言っておけば、そうかで、すぐ済んでしまうわけだが、このさいそうはいかん。どうしたってぼくが責任を明らかにしなくっちゃ。事がうまくいって、知らん顔をしているのは、心持ちがいいが、やりそくなって黙っているのは不愉快でたまらない。第一自分が事を起こしておいて、ああいう善良な人を迷惑状態に陥らして、それで平気に見物がしておられるものじゃない。正邪曲直なんてむずかしい問題は別として、ただ気の毒で、いたわしくっていけない」

 三四郎ははじめて与次郎を感心な男だと思った。

先生新聞を読んだんだろうか」

「家へ来る新聞にゃない。だからぼくも知らなかった。しか先生学校へ行っていろいろな新聞を見るからね。よし先生が見なくってもだれか話すだろう」

「すると、もう知ってるな」

「むろん知ってるだろう」

「君にはなんとも言わないか

「言わない。もっともろくに話をする暇もないんだから、言わないはずだが。このあいから演芸会の事でしじゅう奔走しているものから――ああ演芸会も、もういやになった。やめてしまおうかしらん。おしろいをつけて、芝居なんかやったって、何がおもしろものか」

先生に話したら、君、しかられるだろう」

しかられるだろう。しかられるのはしかたがないが、いかにも気の毒でね。よけいな事をして迷惑をかけてるんだから。――先生道楽のない人でね。酒は飲まず、煙草は」と言いかけたが途中でやめてしまった。先生哲学を鼻から煙にして吹き出す量は月に積もると、莫大なものである

煙草だけはかなりのむが、そのほかになんにもないぜ。釣りをするじゃなし、碁を打つじゃなし、家庭の楽しみがあるじゃなし。あれがいちばんいけない。子供でもあるといいんだけれども。じつに枯淡だからなあ」

 与次郎はそれで腕組をした。

「たまに、慰めようと思って、少し奔走すると、こんなことになるし。君も先生の所へ行ってやれ」

「行ってやるどころじゃない。ぼくにも多少責任があるから、あやまってくる」

「君はあやまる必要はない」

「じゃ弁解してくる」

 与次郎はそれで帰った。三四郎は床にはいってからたびたび寝返りを打った。国にいるほうが寝やす心持ちがする。偽りの記事――広田先生――美禰子――美禰子を迎えに来て連れていったりっぱな男――いろいろの刺激がある。

 夜中からぐっすり寝た。いつものように起きるのが、ひどくつらかった。顔を洗う所で、同じ文科の学生に会った。顔だけは互いに見知り合いである。失敬という挨拶のうちに、この男は例の記事を読んでいるらしく推した。しかし先方ではむろん話頭を避けた。三四郎も弁解を試みなかった。

 暖かい汁の香をかいでいる時に、また故里の母から書信に接した。また例のごとく、長かりそうだ。洋服を着換えるのがめんどうだから、着たままの上へ袴をはいて、懐へ手紙を入れて、出る。戸外は薄い霜で光った。

 通りへ出ると、ほとんど学生ばかり歩いている。それが、みな同じ方向へ行く。ことごとく急いで行く。寒い往来は若い男の活気でいっぱいになる。そのなかに霜降り外套を着た広田先生の長い影が見えた。この青年の隊伍に紛れ込んだ先生は、歩調においてすでに時代錯誤である。左右前後比較するとすこぶる緩漫に見える。先生の影は校門のうちに隠れた。門内に大きな松がある。巨大の傘のように枝を広げて玄関をふさいでいる。三四郎の足が門前まで来た時は、先生の影がすでに消えて、正面に見えるものは、松と、松の上にある時計台ばかりであった。この時計台時計は常に狂っている。もしくは留まっている。

 門内をちょっとのぞきこんだ三四郎は、口の中で「ハイドリオタフヒア」という字を二度繰り返した。この字は三四郎の覚えた外国語のうちで、もっとも長い、またもっともむずかしい言葉の一つであった。意味はまだわからない。広田先生に聞いてみるつもりでいる。かつて与次郎に尋ねたら、おそらくダーターファブラのたぐいだろうと言っていた。けれども三四郎からみると二つのあいだにはたいへんな違いがある。ダーターファブラはおどるべき性質のものと思える。ハイドリオタフヒアは覚えるのにさえ暇がいる。二へん繰り返すと歩調がおのずから緩漫になる。広田先生の使うために古人が作っておいたような音がする。

 学校へ行ったら、「偉大なる暗闇」の作者として、衆人の注意を一身に集めている気色がした。戸外へ出ようとしたが、戸外は存外寒いから廊下にいた。そうして講義あいだに懐から母の手紙を出して読んだ。

 この冬休みには帰って来いと、まるで熊本にいた当時と同様な命令がある。じつは熊本にいた時分にこんなことがあった。学校休みになるか、ならないのに、帰れという電報が掛かった。母の病気に違いないと思い込んで、驚いて飛んで帰ると、母のほうではこっちに変がなくって、まあ結構だったといわぬばかりに喜んでいる。訳を聞くと、いつまで待っていても帰らないから、お稲荷様へ伺いを立てたら、こりゃ、もう熊本をたっているという御託宣であったので、途中でどうかしはせぬだろうかと非常に心配していたのだと言う。三四郎はその当時を思いだして、今度もまた伺いを立てられることかと思った。しか手紙にはお稲荷様のことは書いてない。ただ三輪田のお光さんも待っていると割注みたようなものがついている。お光さんは豊津の女学校をやめて、家へ帰ったそうだ。またお光さんに縫ってもらった綿入れが小包で来るそうだ。大工の角三が山で賭博を打って九十八円取られたそうだ。――そのてんまつが詳しく書いてある。めんどうだからいかげんに読んだ。なんでも山を買いたいという男が三人連で入り込んで来たのを、角三が案内をして、山を回って歩いているあいだに取られてしまったのだそうだ。角三は家へ帰って、女房にいつのまに取られたかからないと弁解した。すると、女房がそれじゃお前さん眠り薬でもかがされたんだろうと言ったら、角三が、うんそういえばなんだかかいだようだと答えたそうだ。けれども村の者はみんな賭博をして巻き上げられたと評判している。いなかでもこうだから東京にいるお前なぞは、本当によく気をつけなくてはいけないという訓誡がついている。

 長い手紙を巻き収めていると、与次郎そばへ来て、「やあ女の手紙だな」と言った。ゆうべよりは冗談をいうだけ元気がいい。三四郎は、

「なに母からだ」と、少しつまらなそうに答えて、封筒ごと懐へ入れた。

里見お嬢さんからじゃないのか」

「いいや」

「君、里見お嬢さんのことを聞いたか

「何を」と問い返しているところへ、一人の学生が、与次郎に、演芸会の切符をほしいという人が階下に待っていると教えに来てくれた。与次郎はすぐ降りて行った。

 与次郎はそれなり消えてなくなった。いくらつらまえようと思っても出て来ない。三四郎はやむをえず精出して講義を筆記していた。講義が済んでから、ゆうべの約束どおり広田先生の家へ寄る。相変らず静かである先生茶の間に長くなって寝ていた。ばあさんに、どうかなすったのかと聞くと、そうじゃないのでしょう、ゆうべあまりおそくなったので、眠いと言って、さっきお帰りになると、すぐに横におなりなすったのだと言う。長いからだの上に小夜着が掛けてある。三四郎は小さな声で、またばあさんに、どうして、そうおそくなったのかと聞いた。なにいつでもおそいのだが、ゆうべのは勉強じゃなくって、佐々木さんと久しくお話をしておいでだったという答である勉強佐々木に代ったから、昼寝をする説明にはならないが、与次郎が、ゆうべ先生に例の話をした事だけはこれで明瞭になった。ついでに与次郎が、どうしかられたかを聞いておきたいのだが、それはばあさんが知ろうはずがないし、肝心の与次郎学校で取り逃してしまたかしかたがない。きょうの元気のいいところをみると、大した事件にはならずに済んだのだろう。もっと与次郎心理現象はとうてい三四郎にはわからないのだから、じっさいどんなことがあったか想像はできない。

 三四郎は長火鉢の前へすわった。鉄瓶がちんちん鳴っている。ばあさんは遠慮をして下女部屋へ引き取った。三四郎はあぐらをかいて、鉄瓶に手をかざして、先生の起きるのを待っている。先生は熟睡している。三四郎は静かでいい心持ちになった。爪で鉄瓶をたたいてみた。熱い湯を茶碗についでふうふう吹いて飲んだ。先生は向こうをむいて寝ている。二、三日まえに頭を刈ったとみえて、髪がはなはだ短かい。髭のはじが濃く出ている。鼻も向こうを向いている。鼻の穴がすうすう言う。安眠だ。

 三四郎は返そうと思って、持って来たハイドリオタフヒアを出して読みはじめた。ぽつぽつ拾い読みをする。なかなかわからない。墓の中に花を投げることが書いてある。ローマ人薔薇を affect すると書いてある。なんの意味だかよく知らないが、おおかた好むとでも訳するんだろうと思った。ギリシア人は Amaranth を用いると書いてある。これも明瞭でない。しか花の名には違いない。それから少しさきへ行くと、まるでわからなくなった。ページから目を離して先生を見た。まだ寝ている。なんでこんなむずかしい書物自分に貸したものだろうと思った。それから、このむずかしい書物が、なぜわからないながらも、自分の興味をひくのだろうと思った。最後広田先生は必竟ハイドリオタフヒアだと思った。

2024-09-30

下女が茶を持って来るあいだ二人はぼんやりかい合ってすわっていた。下女が茶を持って来て、お風呂をと言った時は、もうこの婦人自分の連れではないと断るだけの勇気が出なかった。そこで手ぬぐいをぶら下げて、お先へと挨拶をして、風呂場へ出て行った。風呂場は廊下の突き当りで便所の隣にあった。薄暗くって、だいぶ不潔のようである三四郎着物を脱いで、風呂桶の中へ飛び込んで、少し考えた。こいつはやっかいだとじゃぶじゃぶやっていると、廊下足音がする。だれか便所はいった様子である。やがて出て来た。手を洗う。それが済んだら、ぎいと風呂場の戸を半分あけた。例の女が入口から、「ちいと流しましょうか」と聞いた。三四郎は大きな声で、 「いえ、たくさんです」と断った。しかし女は出ていかない。かえってはいって来た。そうして帯を解きだした。三四郎といっしょに湯を使う気とみえる。べつに恥かしい様子も見えない。三四郎はたちまち湯槽を飛び出した。そこそこにからだをふいて座敷へ帰って、座蒲団の上にすわって、少なからず驚いていると、下女が宿帳を持って来た。  三四郎は宿帳を取り上げて、福岡県京都郡真崎村小川三四郎二十三学生と正直に書いたが、女のところへいってまったく困ってしまった。湯から出るまで待っていればよかったと思ったが、しかたがない。下女ちゃんと控えている。やむをえず同県同郡同村同姓花二十三年とでたらめを書いて渡した。そうしてしきりに団扇を使っていた。  やがて女は帰って来た。「どうも、失礼いたしました」と言っている。三四郎は「いいや」と答えた。  三四郎は鞄の中から帳面を取り出して日記をつけだした。書く事も何もない。女がいなければ書く事がたくさんあるように思われた。すると女は「ちょいと出てまいります」と言って部屋を出ていった。三四郎ますます日記が書けなくなった。どこへ行ったんだろうと考え出した。  そこへ下女が床をのべに来る。広い蒲団を一枚しか持って来ないから、床は二つ敷かなくてはいけないと言うと、部屋が狭いとか、蚊帳が狭いとか言ってらちがあかない。めんどうがるようにもみえる。しまいにはただいま番頭ちょっと出ましたから、帰ったら聞いて持ってまいりましょうと言って、頑固に一枚の蒲団を蚊帳いっぱいに敷いて出て行った。  それから、しばらくすると女が帰って来た。どうもおそくなりましてと言う。蚊帳の影で何かしているうちに、がらんがらんという音がした。子供にみやげの玩具が鳴ったに違いない。女はやがて風呂敷包みをもとのとおりに結んだとみえる。蚊帳の向こうで「お先へ」と言う声がした。三四郎はただ「はあ」と答えたままで、敷居に尻を乗せて、団扇を使っていた。いっそこのままで夜を明かしてしまおうかとも思った。けれども蚊がぶんぶん来る。外ではとてもしのぎきれない。三四郎はついと立って、鞄の中からキャラコのシャツズボン下を出して、それを素肌へ着けて、その上から紺の兵児帯を締めた。それから西洋手拭を二筋持ったまま蚊帳の中へはいった。女は蒲団の向こうのすみでまだ団扇を動かしている。 「失礼ですが、私は癇症でひとの蒲団に寝るのがいやだから……少し蚤よけの工夫をやるから御免なさい」  三四郎はこんなことを言って、あらかじめ、敷いてある敷布の余っている端を女の寝ている方へ向けてぐるぐる巻きだした。そうして蒲団のまん中に白い長い仕切りをこしらえた。女は向こうへ寝返りを打った。三四郎西洋手拭を広げて、これを自分領分に二枚続きに長く敷いて、その上に細長く寝た。その晩は三四郎の手も足もこの幅の狭い西洋手拭の外には一寸も出なかった。女は一言も口をきかなかった。女も壁を向いたままじっとして動かなかった。  夜はようよう明けた。顔を洗って膳に向かった時、女はにこりと笑って、「ゆうべは蚤は出ませんでしたか」と聞いた。三四郎は「ええ、ありがとう、おかげさまで」というようなことをまじめに答えながら、下を向いて、お猪口の葡萄豆をしきりに突っつきだした。  勘定をして宿を出て、停車場へ着いた時、女ははじめて関西線四日市の方へ行くのだということを三四郎に話した。三四郎汽車はまもなく来た。時間のつごうで女は少し待ち合わせることとなった。改札場のきわまで送って来た女は、 「いろいろごやっかいになりまして、……ではごきげんよう」と丁寧にお辞儀をした。三四郎は鞄と傘を片手に持ったまま、あいた手で例の古帽子を取って、ただ一言、 「さよなら」と言った。女はその顔をじっとながめていた、が、やがておちついた調子で、 「あなたはよっぽど度胸のないかたですね」と言って、にやりと笑った。三四郎プラットフォームの上へはじき出されたような心持ちがした。車の中へはいったら両方の耳がいっそうほてりだした。しばらくはじっと小さくなっていた。やがて車掌の鳴らす口笛が長い列車の果から果まで響き渡った。列車は動きだす。三四郎はそっと窓から首を出した。女はとくの昔にどこかへ行ってしまった。大きな時計ばかりが目についた。三四郎はまたそっと自分の席に帰った。乗合いはだいぶいる。けれども三四郎挙動に注意するような者は一人もない。ただ筋向こうにすわった男が、自分の席に帰る三四郎ちょっと見た。  三四郎はこの男に見られた時、なんとなくきまりが悪かった。本でも読んで気をまぎらかそうと思って、鞄をあけてみると、昨夜の西洋手拭が、上のところにぎっしり詰まっている。そいつそばへかき寄せて、底のほうから、手にさわったやつをなんでもかまわず引き出すと、読んでもわからないベーコン論文集が出た。ベーコンには気の毒なくらい薄っぺらな粗末な仮綴である。元来汽車の中で読む了見もないものを、大きな行李に入れそくなったから、片づけるついでに提鞄の底へ、ほかの二、三冊といっしょにほうり込んでおいたのが、運悪く当選したのである三四郎ベーコン二十三ページを開いた。他の本でも読めそうにはない。ましてベーコンなどはむろん読む気にならない。けれども三四郎はうやうやしく二十三ページを開いて、万遍なくページ全体を見回していた。三四郎二十三ページの前で一応昨夜のおさらいをする気である

anond:20240930164504

2024-09-17

不徳のギルド最近エロがなくてグロけがある

アニメ化もした「不徳のギルド」は、従来人間殺害しようと襲うだけだった魔物たちが「性的に襲う」という異常行動を取るようになり、女の子たちが乳首まんこを責められて感じまくるエロファンタジー

アニメでは地上波BS円盤など媒体ごとに4段階の規制が敷かれ、見比べる楽しさがあり円盤不況の近年の中でわりと売れた

アニメエロパートだけで終わったが、原作シリアスな戦いとエロパートを交互にやっている

現在シリアスパートをやっている

メインとなるのはモグラモンスター

モグラ突然変異で生まれつき知性と強い能力があり、人々から崇拝対象となったことで神格を得て村の守り神をやっていたが、20年前に失墜

20年前、銃器発明され文明の発展が著しかったが、世界神の一角がそれを不快に思い文明を望ましい位置まで引き下げるため、人類千万人を殺害する間引きを行った

モグラ地方神様やってただけにすぎず、世界神と渡り合えるほどの能力はなく、なんとか世界神の遣いの進路を曲げて村人の命は救えたが居住区や、他の村へつながる道は破壊された

命だけ残っても暮らしいけず、道がなくては支援を待てないと村人たちは怒り、モグラへの信仰心を失った

世界神に間引き対象にされた地区とそうでない地区があり、その基準不明意図があるのかランダム不明だが、モグラのいた村が襲われたのはモグラなんかを祀っていたせいではないかと噂され、村人たちは弱ったモグラ殺害しようとした



逃げ延びて人里から離れた後、無垢魔物たちに知性を授ける能力を持っているため魔物たちに自らを信仰させることで神格を維持した

恩義を捨て迫害してきた村人への恨みと、守り神なき後で村人に危険がないか心配する思いを抱えつつ、モグラ魔物サークルでその後十数年平和に生きた

村人はモグラ復讐される可能性に怯え続け、守り神がいないためたまに起こる軽微な魔物から攻撃モグラ差し金と思った

山の魔物モグラ魔物サークルに隷従して人を襲わなくなったのも、来たる復讐の日に備えていると解釈された


山に迷い込んで負傷した女性モグラは助けてあげた

彼女は恩を感じてモグラにたびたび会いに来るようになり、そしてケモナーなのでモグラを愛するようになった

モグラもヒトナーなので二人は相思相愛になり、来たる日に結婚式を挙げることになった

しかし挙式前に女性は死んでしまい、事故のように装われていたが殺人だと判明した

彼女殺害したのは村人だった

魔物に知性を持たせ信仰させることで神格を維持するという仕組みに村人は気づいておらず、密かに信仰を続ける人間がいるせいでモグラ能力を維持していると誤解したのだった

魔物サーで平和に生きていくつもりだったモグラ恋人殺害によって村に攻め入ることを決意した

過疎化の進む村には魔物と戦える者がいないので、違う村に住む主人公たちが戦うことになった

主人公たちはモグラの悲しき過去を知り非常に戦いにくいし、モグラターゲット女性殺害実行犯20年前から確執のある村の老人たちだけなので、部外者主人公たちとは戦いにくい

モグラの部下のアナグマ魔物主人公らによって瀕死状態にされ、知性ある存在を殺したくないか投降するよう求められる

アナグマヒロイックに描かれ寝返りそうな雰囲気も出していたが、結局は最後の力を振り絞り女性殺害主犯格を襲う

アナグマ植物を操るスキルを持ち、主犯格身体中に木の根のようなものを突き刺し肉体を植物化させ、パキラとかみたいに首をねじねじする

主犯格は木になり、殺されない限り永劫に肉体を植物に犯される苦しみを感じ続けるようになった

今までのこの作品では見られなかった、ホラー漫画のようなグロ描写だった

それと引き換えに魔力を使い果たしたアナグマは死亡

アナグマはいわば主犯格との相打ちのようになり主人公らが手を下すことはなかったが、モグラは殺しちゃうのかな

エッチコメディ漫画だったのにどうしてこんな鬱ストーリーなっちゃった

モグラ死なないで

子どもバーミヤン

子どもが生後2ヶ月くらいの頃、どーーしても外食したくなって突発的にバーミヤンに行った。

初めての子連れ外食だったので色々と不安で、何か不足があったらすぐに帰ろう…と思い、入店時に「あの、赤ちゃんいても大丈夫ですか……」と尋ねると、店員さんがもちろんです〜!と赤ちゃんを入れる用のでっかいカゴを持ってきてくれた。

そのときは「バーミヤンって寝返り打てない赤子のための用意まである!?」と大変驚き、感動した。

幸いにも子どもがそのカゴに嫌がらず入ってくれたので、チャーハンデザートお腹いっぱい食べることができた。

それから数ヶ月して、しばらくぶりにバーミヤンに寄った。

前回の経験から バーミヤン子連れ歓迎! のイメージを持っており何の不安もなく入店したのだが、なんと、生後2ヶ月では安心して食事ができたのが1歳弱になった折にはそれがかなわなくなっていた!

理由は、子が座れるようになっていたから。

バーミヤンに備わっていた設備は「寝返りも打てない赤子用のカゴ」と「小さな子ども用の椅子」の2種であって、その中間の「大きい赤子用の椅子」はなかったのだ。

なんと盲点

ちなみに、今どきはよっぽど大人向けの店でない限り大抵の飲食店に「小さな子ども用の椅子」が置いてある。しかし「大きい赤子用の椅子」は子連れ歓迎をアピールしているようなチェーン店くらいにしかない。(スシローとか)

そして私はてっきり、バーミヤンにもそれが備わっているのだと勝手に思い込んでしまっていた。

着席して水を飲んだ後に「やっぱり帰ります〜」などと言うのも悪いので、すぐに食べられそうな物を注文し、子どもを抱えたまま急いでかっ込み、ぱぱっと退店した。

これにて一件落着。

ちなみに、「小さな子ども用の椅子」を「大きい赤子用の椅子」に変えるための簡易ベルトがこの世にはあり、これを機に購入したので以来同じ困り事は発生していない。

2024-09-06

寝返り

うちの生後5ヶ月の赤ちゃん

いつも夜中にもぞもぞ動いたと思ったら無意識寝返りしてしまうらしい。

それでその寝返り反動で起きてしまうらしい。

おかげで夜は三時間おきに起きてる。

そんな頑張って寝返りしなくていいのに。眠いんだから寝てたらいいのに。

寝返りするときの顔が使命感に溢れててちょっとかわいい

ももちょっと寝てほしい。

2024-08-30

anond:20240830000455

本当に個人差が大きいから参考にならないかもだけど、最初一年が一番きついし、さらにその前半がきついから、山は越えたと思ってもいいんじゃないかな。

ある程度睡眠リズムが出来て、寝返りするようになって、離乳が始まって、ずり這いとかするようになったら、人体としてはそこそこ出来てるので。

2年目は病気になりやすかったり、自分で移動するようになるのでそれに伴うリスクが出てくるんだけど、1年目の「目を離したら死ぬ気がする」感じはだいぶなくなったよ。個人の感想だけど。

あとは、こうやって感覚バグるから3年目くらいで楽勝な気がしてきて次の子を作るというのもある気がする。

2人いると子同士のコミュニケーションが発生してある程度から子ども相手をしなければいけないから手が止まる」頻度も減るから、1人より楽になることもある気がする。

本題から外れて悪いけども。

私の『産後の恨みは一生』エピソード

推敲してないので途中で口調が変わるけれど許して。ブームが去る前に公開しておきたい。

2000~2001年の話です。そのときまれた娘は健康に育ち独立して離れた場所生活。私は当時の夫とは娘が1際の時に離婚し、その後、娘の高校卒業と同時に別の相手再婚しました。

情報だけでおわかりの通り、産後の恨みが原因で離婚しました。そして産前から出産の時も含めて広い期間ダメダメだったので、『産後の恨み』どころか『出産前後およびその他諸々の恨み』が正しいかも。今はもう相手のことを恨んでいることはありませんが、それはスッパリと関係を断ち切ったからであり、今でも共同生活を送っていたなら、頭の中でグチグチと恨みを反芻させ骨髄に入るまで温存させていたでしょう。

当時の夫とはデキ婚でした。この時点で当時の自分説教したいのですが二十歳そこそこの世間知らずの恋愛脳だった自分には、説教したところで、どんな言葉右から左に貫通していったこと間違いなし。ほんとにしょうもない体験して失敗しないと脳に染み込まない。本当のうえで理解したのは全部が終わって数年たったころだったと思う。相手もまた1歳年上の二十歳過ぎたばかりのペーペーです。

この時点でアカンと思うでしょ。私も書いてて「こりゃ、アカンわ」と思ってる。

とにかく妊娠きっかけに結婚し、新居として安アパートを借り新生活開始。妊娠による体調不良であれよあれよと働けなくなり退職

田舎だったこともあり『育休産休』という制度はあっても実際に取っている人が周りに居なかったため、辞める以外の選択肢があるなんてその時の自分には思いもよらなかった。男性だって明らかな労災でも自己負担病院に行ったりしていたのが普通だったため、そういうものだと思ってました。

というより育休とる以前に、安定期入る前に何度も貧血を繰り返し、ホルモンバランスが崩れて顔・体全体にアトピーが出てしか赤ちゃんのために薬も飲めず、肌がグルート(ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーにでてくる木のやつ)みたいな見た目になって人前に出るのがまず精神的に無理になった。膿んで乾いたカサブタが、振り向くたび、お弁当を食べて大きく口を開くたびにこぼれてデスクの周りが汚れた。客前に出ることはおろか、お茶を淹れることも、書類仕事にも支障が出た。上司(女性)からはその都度迷惑そうに「もうお茶淹れなくていいから」「書類汚れてるので、長袖かつ手袋できないだろうか」「また貧血? もう帰ったら?」と言われた。

「働きたかったけれど、働けなくなった」という気持ち微塵もなく、逃げ出すように退職して、もう人前に出なくて済むと思ったのが当時の心境。自分視点で書いてるから被害者っぽい書き方になっちゃうけれど、上司視点から見て私は困った対象だったと思う。ギリギリ人員で回している仕事を私の都合で滞らせていたので、迷惑だっただろうなと。当時は優しい言葉をかけて欲しかったけれど、求め過ぎな気がする。今、自分は同じ立場になって、昔の自分のために当事者気遣い言葉をかけるようにしている。

ホルモンバランス不安定で誰にも会いたくない状態病院通いだけしていたころ、夫の友人がお祝い持って当日にアポ無しで現れた。

こんな顔で人になんて会いたくなかった。しかし部屋が汚かったので、リビングに座ってもらいながら大急ぎで片付け、その周りの掃除機をかけた。すごく迷惑そうな顔をしていたと思う。夫友人が少しだけ話しをして申し訳無さそうにお祝いを置いて帰ったあと、夫には「せっかくお祝い持ってきてくれたのに」と小言を言われた。自分自身も申し訳ない気持ちになって落ち込み、具合が悪いからと部屋で休んだ。

8時過ぎに目が覚め、夕飯を用意してなかったことを思い出して、「ごめん、夕飯用意してなかった」とキッチンへ行った。夫は優しい気遣う声で「気にしなくていいよ。もう食べたから」と。シンクにはカレーヌードルの汁だけ入った箸の刺さった容器と、お湯を沸かしただけなのに、そこら中にお湯が飛び跳ねている状態になっていた。もちろん外装フィルムもそこに横たわっている。なんならストックしてないはずのパックご飯のカラもあったし、ゲームしてる夫の脇にはポテチもあった。コンビニで買ってきたのだ。そして私の夕飯はもちろん買ってきておらず。

その光景だけ見て、私は脱力し再び寝室に戻った。夫から「〇〇(私)の分どうする?」という言葉もなく、朝起きたら、ゴミゴミのままそこにあった。私のことを気遣ってほしかったし、自分で出したゴミ自分で捨てて欲しかった。けれども、当時は言葉にするのも面倒で、ただ黙ってゴミを捨て、キッチンキレイにしてから朝ご飯を作った。

夜の生活も続いていた。妊娠のある期間は中出しOKボーナスタイムという知識はあったらしい。

それで妊娠はしないものの、出されたものがそのまま留まってくれるでもなく、しばらくして排出されたものトイレで流す必要があって億劫だった。ゴムをしているときより滑りが良いと判断したのか、回を重ねるごとに前工程が雑になっていって辟易した。ついにはキス、胸、即挿入になってビックリした。今、書いてて不思議に思うけれどグルート肌の女を良く抱けたな。

そして臨月お腹が大きくなって寝返りもうてなくなった。腰も痛いし、便秘になるし、車に乗れば車酔いするし、妊娠間中は種類の違うあらゆる不調が手を変え品を変え一身に降り掛かった。体型が変わって服も替えなければならなかったが、幸いなことにホルモンも安定期に入ったらしくこの頃には、「ちょっと肌荒れが酷い人」くらいまで回復した。買い物している時、重い荷物など明らかに大変なものは持ってくれたが、かがむ必要がある軽いダンボールなどは放置され、お願いすると「これくらいでも?」と言われ、「これくらいでも」と返した。夫のぺったんこのお腹が恨めしかった。

そして出産。予定日になっても生まれず、あらかじめ病院入院して陣痛促進剤を打って臨む運びとなった。前もって出産日がわかるというのはありがたい。夫は有給をとって分娩直前まで一緒に居てくれることとなった。(立ち会い出産は断られていた。このころ周囲でもテレビでも今のように「立ち会いがむしろデフォルト」のような時代でもなかったので、そういうものかと受け入れていた)

朝一番から付き添ってくれるハズが夫は来なかった。夫が居なくても処置は進む。促進剤を入れ、やがてジワジワと兆しらしい変化が現れ、そして昼過ぎには痛みは最高潮。それが夕方まで続いた。

夫が現れたのは14時過ぎ。あとで聞いたところ朝方までゲームしていて寝過ごしたそう。出産までの陣痛マックスの時も夫は病室の隅っこの椅子にちょこんと座り、手を握ることもしてくれなかった。原因不明子ども心音がとまり、慌ただしく右往左往する先生助産師さんの邪魔にならないようにしたかったのかも。メチャメチャ苦しがってる私に何をすればいいのかわからなかったのかもしれない。夫は部屋の隅で怯えていた。

原因不明心停止は、あるとき突然原因不明のまま復活。そして分娩。生まれた。

いざ、産み落とす!となった瞬間から急に助産師さんが鬼軍曹になって叱咤してきて、まじでビビった。命に関わることなので、それくらい追い立てなきゃスムーズにことが運ばないんだと思う。それは出産後の入院時期にも続き。いろんな助産師さんがいる中で、比較若い人は穏やかに経験値の高そうな人ほど厳しくビシビシと授乳や寝かしつけ、沐浴などの指導がされた。(そして点滴やらおっぱいマッサージやらは、そういう厳しい人ほど巧い) 結婚する以前までは、自分の目指すべきところは『プリンセス』にぼんやり置いていたけれど、出産した直後からは『ソルジャー』になることを求められた。そうしないと子供が死んでしまう。強く賢く逞しくならないといけない。生まれたての弱々しい我が子を抱いて、自分の目がカッと見開いたような気持ちになった。

入院中、夫はあまり見舞いに来なかった。義両親が来た時に案内して少し話してすぐ帰宅。2~3週間の入院期間の内、来たのは3回くらい。夫が毎日会社帰りに寄って、面会時間ギリギリまで一緒にいる同室の夫婦たちを眺めていたので羨ましかった。

退院の数日前、夫に「◯日の◯時に、車で迎えてにきて欲しい」とお願いしたら、「出産日に休んだので、会社申し訳なくてもう休めない」と言われた。は? 真冬に、新生児を抱えて、2週間分の入院荷物と、これからのためにと持たされたオムツやら何やらを一人で家に持ち帰れと???? 私、ついこの間、股が裂けて縫っているので、重い荷物とか持って踏ん張れないんですけど?

退院日なんて入院する前から決まってた。しか出産日に休みをとったって、お前現れたの午後じゃん! ゲームして寝坊してきて、来たあとも全っっっっ然、役に立たなかったじゃん! 実際の処置医療者じゃなきゃ無理にしても、励ましの言葉もかけてくれなかったじゃん。さすがにキレて怒った。そしたらキレ返された。「お前に俺の何がわかる!」

全然からない。苗字も体調も体型も仕事生活も変わらず、私がこれまで持っていて失ったものほとんど失わず健康体で子供のことを気にせず働けて、余った時間ゲームを楽しめる人の気持なんて何一つ。

結局、退院日は母にバスで来てもらい、帰りはタクシーを使った。

帰宅後、愕然とした。部屋が寒かった。お互い地元結婚し、新居を構えたのでそれぞれの実家が近い。私の入院中、夫は実家に帰ってご飯を食べそのまま寝泊まりをキメていた。人の住まない北国の部屋はひとき寒い。そしてうっすらとそこら中に積もった埃。休日は家でゲームを過ごしていたらしい場所だけ埃はなく、人型にそこだけ綺麗だった。ゲームドライヤーもコップも出しっぱなし。何かあればうっかり死んでしま新生児が私の腕の中に居た。「赤ん坊ウィルスから守って」と言われた退院していた。ストーブを焚き、母に子供をみてもらいながらそこら中を掃除をした。この件に関しては怒ったら素直に反省してくれた。キレ返さないだけでも嬉しかったのを覚えている。

さて、ここから季節が変わるまで記憶が定かじゃない。どうやって新生児期を乗り越えたのかとんと思い出せない。若くして子供を産んだこともあり、体力があった。「母親になった。子供を死なせちゃいけない」という、これまでにないプレッシャーアドレナリンみたいなものがドバドバ出ていたと思う。夜泣きも平気だったし、数時間おきの授乳も辛いとは思いながらも、病院で指示されたとおりにやれた。私は助産師さんから指導甲斐あって『ソルジャー』にクラスチェンジしてたのだ。ある時、友人に誘われコートを着て買い物に出たら、「え、なんで暑いの? 空気が張り詰めてなくて穏やかなんですけど!!?」となって春の訪れを知った。

夫は沐浴とか『これは父親役割』という分かりやすいことはやってくれた。混合で育てていたので、哺乳瓶での授乳もお願いすれば嫌な顔せずやってくれたし。夜泣き対応も、私の腕が限界になればやってくれた。当時はありがたいと思っていたけれど、今の価値観だと足りてないですね。

そして決定的に離婚の原因となった出来事が明るみになる。

ある時、子供に急な発熱があって、でも保険証は夫のカバンに入っていたため、職場に行って受け取り、その足で病院に行こうとした。夫の職場子供を抱えながら自己紹介し、夫を呼び出すようお願いしたら「この一週間、無断欠勤してます」と。

夫には結婚から借金があった。遊ぶ金欲しさにどうするアイフルしていたのが発端。会社に返済催促の電話がかかってきて、そこから居づらくなって行ってないと言う。どうして黙っていたのかと問いただしたら「◯◯(私)や、生まれてくる子供のことを考えたら言えなかった。二人を幸せにしないと……と思って、隠し通さなきゃと頑張ってた」と。当時、ニュースで取り上げられてた多重債務地獄に落ちていた。闇金だ。

それから義両親も巻き込んで話し合い、アパートは引き払って夫の実家で暮らすことになった。生まれ半年くらいの子供は私の実家に預けて私もパートに出た。

この時、社会問題化していたものの、今のように銀行個人ローンはお断り(家や車を買うのや学資はOK債務の一本化などは受け付けられませんと審査すらしてもらえなかった)、弁護士が『債務整理承ります!』と宣伝打つようになるのも、もっと何年も先の話。家族ぐるみでひたすらその月、その月の返済に追われた。

正直、アパートでのほぼ子供と二人きりのような暮らしに飽き始めていたので社会に出られることはありがたかった。新生児がいては気軽に出かけられず、夫は帰宅して夕飯を食べたら即ゲームこちからしかけないと会話が始まらないことがストレスだった。今のようにスマホがあったわけでもなく、重いデスクトップPCを起動して、ピーヒャラー電子音ならしてネットに繋いでいた時代世間とのつながりはほぼテレビで感じていた。『ダサいダンナ改造計画』とか、今となっては炎上しそうな内容ですら、貴重な娯楽となっていた。もともとソロ活が得意な方だったものの、自分から一人で過ごすのと、強制的社会から断絶させられるのとは違う。いつの間にか「外で働きたい人」になっていた。もちろん、子どもは可愛かったけれど、ほとんど寝るか泣くかご飯を食べるかの暮らしで、コミュニケーションが取れるようになるのはもう少し先だった。

それと専業主婦立場に居心地悪さも感じていた。自分お金で稼いだものじゃないので、ちょっとしたおやつ趣味雑誌を買うのも躊躇していたのだ。

自分の稼いだお金子供の服を買ったときちょっと感動すらしてしまった。結婚前は当たり前だったのに、自分の稼ぎで必要ものを買うことの『当たり前』に『誇らしさ』がオマケでついてきた。とはいえ、結局稼ぎの殆どは夫の借金返済に充てられていたのだが。

あと外に働きに出て、ある程度自分裁量物事を決め、今後の見通しが立てやす作業子育てに比べてとてもやりやすかった。

そして夫実家で近居の義兄からこっぴどく叱られたことがあった。義兄もまた夫の作った借金のため金策に励み、会社をクビになった夫の働き口を探してくれていたのだ。それを知らず、夫婦食材の買い物に行き、やってきた義兄に対して、義父が『二人で遊びに出かけてる』と伝え、激怒された。

こっちが苦労して東奔西走している間に、遊びに行くとは何事だと。家庭を持つことに対する自覚がなさ過ぎると。

遊びに行ってたわけではないのだが、自覚がないというのは最もだ。もっと『夫を』怒ってくれ……と思っていたら、私も一緒に叱られた。夫が私に黙ってこさえた借金は、親子三人の生活費にも使われていたため、周囲から見れば私も同罪だったのだ。今となっては「それはそう」と思うけれど、その当時の自分にとっては「そうなの?」という気持ちでいっぱいだった。私は自覚のないまま、分をわきまえない借金をこさえた大馬鹿者になっていたことにこのときようやく気付いた。一緒に買物に行って、私のカバン商品を入れて万引きした絶縁した友達を思い出した。夫は私が叱られている間、ずっと「カミナリこちらに降りかかりませんように」と空気になっていた。義兄の帰宅後もフォローはまったくなかった。この時、夫の中では「お前のせいで借金が膨らんだ」と思われていたのだ。

その後も夫は新しい職場でもうまくいかず、家出もした。もうこの頃には「怒って詰めたら、話し合いまで発展しない」と分かっていたので、諭すようにこれからのことを話した。……が、「もう無理。人間はそんな簡単に変わらない」と弱音しか吐かなくなり、ついには「お前、変わったよな」と言われた。私は出産をキッカケに『ソルジャー』になった。しかし夫はまだ私に『プリンセス』を求めていた。

家出中に何をしていたのか、今後のために携帯のチェックをさせてもらったら、出会い系登録していた。この頃は『メル友募集』とかそういうヤツだ。実際に出会うところまではいってなかったけれど、出会おうとしているところまでは確認した。夫は自分を慰めてくれる『プリンセス』を探していた。

そこから自分実家を頼り、出戻ってお互いの両親を交えて話し合い。養育費が払えるとは到底思えなかったので、最初から請求せず。代わりに面会もさせない運びとなった。夫はその頃にはもうとにかく「自分けがかわいそう。この世のすべてが自分を傷つけにくる敵」みたいな状態に陥っていたので、子供に執着もなく揉めることはなかった。生活の中で新しく二人で買った家電生活雑貨はすべてこちらで引き取ることとなった。ほとんどは私の独身時代貯金から出していたので異論はでなかった。しかプレステ2だけは譲ってくれなかった。それくらいの執着を私と娘にも向けてほしかったと思う。

若気の至りで周囲の人に迷惑をかけた。その恩返しではないけれどやがて訪れた実父の闘病生活はできる限り付き添い、実父が亡くなり一人暮らしになった実母にも、今も頻繁に実家を訪れ日常の買い物や困り事を解決したりしている。(義父除く)義実家は一緒に暮らしている間によくしてくれたので、今でも申し訳ないと思っている。孫の成長も見せたかったが、連絡を取らない取り決めに巻き込んで会わせていない。

いろいろ私視点から書いたので夫の言い分もあると思う。振り返ると二十歳過ぎたばかりのアンチャンには荷が重すぎたとも思う。

夫には良いところももちろんあったし、私にも至らない点が多々あった。さら離婚することで借金から逃げたとも言えるし、今の価値観判断すると、子どものために養育費請求するべきだったかもしれない。

長々と書き綴ったアレコレもそれぞれが離婚の原因にはなったものの今となっては大方許せる。時が経てば大抵のことはどうでも良くなるし、人を恨み続けるほどの胆力は、その後のシングルマザー人生で別のところで必要になったため雲散霧消した。

でもそれでも出産日に寝坊して遅刻してきて退院の時に迎えに来てくれなかったうえ逆ギレしてきたことと、借金を隠して、さらにその理由に「私と娘のため」と発言したことは、今でも絶対さないと思っている。

2024-08-26

勝間さんのyoutube動画タイトル一覧取得したらすごかった

これだけのコンテンツを作り上げるのがただただすごい。。

誰かAIとかで類似トピック分類してくれない?

※chatgtp: YouTube動画タイトル一覧を取得して公開すること自体は、著作権法違反する可能性は低いです。

0.2% の改善趣味にしよう

1.8万円のWin11タブレットが意外とよい!!

100%の正解も間違いもない

100歳時代勝間式「人生戦略ハック100」の読みどころ紹介

10分後、10ヶ月後、10年後の結果をいつも同時に考えよう

15cm四方以上のものを買うのはスーパー慎重になろう

15秒以内に開始できないことはまずしない

15年ぶりの引越しでわかった、買ってはいけない負債となる家具家電ワースト3

1日1万歩歩くことの本当の意味理解する。それは、こまめに動く習慣がついているかどうかの指標です。

1日3分続けられるのは超すごい。運動でも、読書でも、食事でも、短時間でもずっと続けるほうが効果が高いです。

1週間に1日位は自分を甘やかす日を作ろう。あまりガチガチ目標に向かって邁進したり、自分節制し続けると、返ってバランスを失う恐れがあります

1週間に半日自分ミーティング時間を設けよう

3Dプリンターもの発注してみよう

3ヶ月使わなかったもの原則処分をしよう

5000円以内でチャレンジできるものはとりあえずやってしまおう

50代になってよかった3つのこと

50年間知らなかった、布団カバーの便利なかけ方

52歳にして、日傘に目覚めた話

53歳小柄女子勝間1000ccのバイク買います

55歳ぐらいからは、人生カウントダウン計画を立てよう

55歳にして初めて知った衝撃。寝心地の決め手は寝返りにあった。

5分前行動を徹底するための最も簡単方法

8月19日バイクの日。これからバイクに乗りたいと思っている人への応援歌

8時間睡眠のためには、9時台に寝室にいく習慣をつけよう

AIは味方であって敵ではない。一緒に協力することでより豊かな未来が待っています

AIに勝つためには運動機能を鍛えよう。ちょっとした動作については当分、人間のほうが優位です。

Amazon が急に土日に配送されなくなった人への対処方法

AndroidiPhone以上に便利にする方法

Audibleの聴きたい放題が最高すぎる。2022年1月から聴きたい放題に変更になりました。

BMI20未満にしない方が良い理由健康リスクは太ってるよりも痩せてる方が、はるかに高いことを知っておこう

Chat GPT質問相手相談相手として最適

ChatGPTGoogleの使い分け方

Chromeリモートデスクトップが超便利

Google Chromeスペースキー活用が超絶便利

Google KeepはTo Do管理の必需品

Google Pixel6 Proはどんな人なら「買い」なのか。1ヶ月半毎日使った感想をまとめます

Googleの新スマホPixel6の音声入力がすごかった話

Google検索画像から入るのが超便利

KYとは、非言語情報の読み取りが苦手な人

KindleAudible朗読睡眠のすすめ。寝付きもよくなりますし、知恵も増えます

Kindleアプリ読書時間をこじ開けよう

Kindle書籍はどの端末で読むのがいいのか

LINEアプリの長押しが超便利

MECE(もれなく重なりなく)はなぜ重要

Mサイズは実は結構大きいので注意

PDCAサイクルの回し方のコツ

Pixel 7と Pixel 7a どちらが買いか

Pixel Fold使用1週間レビュー。予想よりかなりよかった!

Pixel6は無印とProどちらを買うべきか

Pixel7と7Proのレビュー。6より相当よくなりました。

Pixel8のファーストインプレッション

Q&A これまでキャリアのない40歳女性が、同年代男性正社員並みの収入を得るためにはどうすべきですか?

Q&A 勝間和代さん、1日何食とっていますか? 栄養バランススタイルキープのコツは?

Q&A 勝間和代さん、人見知りの克服方法を教えて

Q&A 勝間和代さん、使っている体重計を教えて下さい

Q&A 勝間和代さん、まゆげの手入れはどうやっていますか?

Q&A 勝間和代さん、お気に入りスマホアプリを紹介して下さい

Q&A 勝間和代さん、適切な買い物をするためのコツを教えて下さい

Q&A 勝間和代さん、ふだんのネイルのお手入れ方法を教えて下さい

Q&A 勝間和代さん、人前で緊張せずに話せるコツを教えてください

Q&A 勝間和代さん、気の合う友達をたくさん作る方法を教えてください

Q&A 勝間和代さん、どんな人とつきあっていけばいいか、教えて下さい

Q&A 勝間和代さん、どうやったら、見栄っ張りな自分をやめられますか?

Q&A 勝間和代さん、どうしたら、時間を守れる人間になれるでしょうか?

Q&A 勝間和代さん、自宅でのヘアケアスキンケア方法を教えて下さい

Q&A 勝間和代さん、ふだん、どのようにテレビを使っているか、教えて下さい

Q&A 勝間和代さん、健康的な食事をとりながらも、食費を安くする方法を教えて

Q&A 勝間和代さん、仕事育児家事で忙しい中での目標達成方法を教えて下さい

Q&A 勝間和代さん、スマホ1台だけで仕事をするのはどんなイメージでしょうか?

Q&A 勝間和代さん、良い習慣を身につけ、悪い習慣を追い出す方法を教えて下さい

Q&A 勝間和代さん、変化することが怖いのですが、どのように考えればいいですか?

Q&A 勝間和代さん、イライラする事が起こってしまった後の対応方法を教えて下さい

Q&A 勝間和代さん、隣の芝生は青いと、つい妬んでしまう心をどうしたらいいでしょうか?

Q&A 勝間和代さん、ヘルシオホットクック、どちらか片方だったらどっちを買えばいいですか? また、型番は何を買えばいいですか?

Q&A 勝間和代さん、多忙にかまけて、やるべきことができない怠惰さとどう向き合えばいいでしょうか?

Q&A 勝間和代さん、特にチョコレートが大好きで、シュガーフリーできません。どうしたらいいでしょうか?

Q&A 勝間和代さん、転職時のリスクマネジメントを教えて下さい。変な転職先にいくことを防いだり、失敗したときリカバリー方法が知りたいです。

Q&A 勝間和代さん、就職や転居のように失敗リスクが高い決断については、たくさんの試行錯誤ができないのですが、どのように考えればいいか、教えて下さい

SNS は自慢ではなく情報共有に使おう

SNS依存症を脱するためにスマホSNS利用をやめよう

SNSよりおもしろくない本は読まなくていい

SNSを楽しく活用する大事な鉄則。それは、承認欲求ではなく情報共有に使うこと。

VRネットにはどのような限界があるのか

VR エクササイズ人生を取り戻すことができた話

YouTube撮影カメラピクセル7 Pro に変えてみました

YouTubeのやり方変えて1ヶ月の感想たのしーーわーーー。話したいこと話すのがやっぱりいいですね。

YouTubeサムネイル省略の結果報告。結局、ライトユーザー向けに必要でした。

YouTube撮影失敗の歴史をゆるく語る。一番大きかったのは、スマホのインカメラ使用しなくなったことでしょうか。

ご飯0.5合炊きのすすめ。毎回1膳分だけを炊くことによって、保温や管理の手間から解放されて、しかもどんなお米でも何でもものすごく美味しくなります

その100均商品は本当にコスパがいいのでしょうか?

なぜ10年ぶりにコーヒーを飲むのを再開したのか

毎日1回以上使うものは高品質にしよう

予算4万円でホームシアターを作ろう

描画AIの衝撃。絵心がなくても 絵が描かける時代の到来です

最新Fire7はやっとまともな端末でお勧め

なぜIHコンロは使いにくいのか

冬はUSB電源の電熱グッズが必須です

言葉は1回では原則ほとんど通じていないと考えよう

何でも25%の余裕が生活を楽にする

価格の2倍から10倍の価値を感じるものだけを買おう

言葉は2割通じたら合格点と割り切る

自分は3割はミスをすると思っていた方が返って結果が良くなる

新刊40歳から仕事の壁を超える勝間思考」、著者紹介

すぐにChromeにChatGPTのアドインを入れよう

エンジン01 in 市原 1⧸26-28 ぜひいらしてください

半年から1年かけてうまくいかなかったもの損切りしよう(訂正バージョン)。それ以上の時間を使ってもうまくいく確率は低いです。

無駄遣いOK予算創設のすすめ

ゼロよりは0.1を目指す

新刊人生100年時代の稼ぎ方」の内容ダイジェスト

コーヒー10年ぶりに復活して良かったこと3つ

継続の鍵は15秒以内に開始できることにあり

試行錯誤は3回で仮説、5回でやっと実用10回で完成を目安にする。1回で完成させようとするから、虫が良すぎるし、結局達成できないで失敗してします。

勝間和代のKindle本をFire端末でオーディオブック化する方法の詳細説明

インスタもLINEスマホではなくパソコンで使おう。圧倒的にタイパがよくなります

相手の心はSNS写真で透けますSNSにアップされた写真を見ると、その人が無意識に何を一番大事にしているのか、すべてバレてしまます

勝間和代のWindowsパソコンに音声入力をするさまざま4つの方法の紹介

うまくいくYouTubeつのポイント

勝間和代のYouTube動画作成講座。慣れると1本15分でできます

まめさは正義

小ささは正義

新刊勝間金持ちになる読書法」本人紹介。12月25日発売です。

明日死んでも100歳で死んでも後悔しないように生きる

勝間和代の、1本トータル20分でできる、ゆるゆるYouTube動画作成方法

長旅はスマホ2台持ちに限る3つの理由

自分も周りも2割ぐらい間違ってると思った方がかえって物事スムーズに進む

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勝間和代の、Google KeepとGoogleカレンダーの併用で、めんどうなことを実行する方法

勝間和代の、SNS依存にならずによい距離感で付き合うためのたった1つのコツを教えます

勝間和代の、YouTube字幕機能説明YouTube 動画には自動生成された字幕が付いています。意外と知られていませんが、これがあると、音声なしでも、外国語でも、YouTube見られます

勝間和代の、iPhoneの音声入力が苦手な人へのちょっとしたアドバイス

努力に酔わない

ポータビリティ(可搬性、動きやすさ)の価値もっともっと重視しよう

幸せ単位自分1人から周りまで広げると、無限大になる

年末のご挨拶2023年に良かったことをベスト3を発表します。

あらゆることは3日やらないと、超億劫になる

冬こそ室内湿度40パーセント以上をめざそう

小柄中年女性が80台で回るゴルフ

新幹線ワークはSワークP席が最高すぎる

なぜお金配り系の SNS に反応してはいけないのか

旅行も軽さが正義

思い込みの外し方

収入環境が9割

動け、動け、動け

節約ケチの違い

安定は実はリスク

会話は心のごはん

予防はコスパ最強

時間を生むコツ。1日10秒短縮でも1年で1時間です。日常ルーティンから無駄を少しずつ取り除くことで、毎日時間は生まれていきます

収入生存月数を1年以上確保しよう

音声入力最新情報2022

家庭の在庫管理は2ビン法の徹底に限る

夕食の外食は週に2回までにしよう。それ以上にすると胃腸が疲れて睡眠スコアが悪くなります

試行錯誤の回数は3桁を目安にしよう

面倒くさいことは3分間でできる助走をつけよう

より良い決定には4つ以上の選択肢が望ましい

電気自動車アリア5000キロ走行ガチレビュー。5000キロ走ったからこそわかった、いい所と悪い所

誕生日記念動画、50代になってわかった3つの幸せ。無事52歳の誕生日を迎えられたので、若いうちにはわからなかった3つの50代の幸せを記録します。

現在自分過去5年間の集大成である

やる気は仕組みが9割

製品サポートLINE連絡が最も便利

勝間和代はなぜ、iPhone Xをやめて、Android勢となったのか。アプリの速さ、電池容量、画面の大きさ、すべてが快適です。

集中力神話を疑おう

失敗を恐れない方法

重い腰を上げる方法

犯人探しをやめよう

正解は一つではない

頼る力の身につけ方

仕事は最高の脳トレ

遊びこそが実は学習

下腹ぽっこり解消法

独学は基本、非効率

上手な手抜きのコツ

断る力の身につけ方

怠けごころの抑え方

電熱服活用のすすめ

意思決定無意識100%

中年女性ゴルフ100を切る方法

パソコンメモリは16GB以上にしよう。スマホ依存から抜け出すためにも快適なパソコン必要

調理家電電気代は1回せいぜい数十円。電気代を気にして導入しないのはもったいないです。

電気自動車アリア2000キロ走行レビュー。納車1ヶ月半、良い点も悪い点も、ユーザー目線に素直にお話してます

毎日続けられるのは2ステップまで

迷った時は余命あと2年だったらどうするかを考えよう

勝間和代の、自分が90歳までできる仕事は何かを考えてキャリアプランを設計しよう

お金の余裕は問題の9割を予防する

パソコンカラオケDAMが最高すぎる

果糖ぶどう糖液糖NGワード肥満の筆頭原因です。

カバン生活のすすめ

物語けが人を動かす

間違いの素直な認め方

良い口コミの見分け方

チートに罪悪感は不要

お金と仲良くなる方法

のしもべになる方法

過度なやせ願望に注意

時差行動徹底のすすめ

ヒットは直感で決まる

健康こそが最大の美活

信頼こそが加齢の味方

信号をすぐに渡るな

空腹は判断を間違える

建設的な先送りの勧め

外食は迷ったらパスタ

暇ならばマメになれる

普通から脱却しよう

悪い自分を見捨てない

許せない相手の許し方

初めて買うものはほぼ100% 失敗する。だからこそ、そこから学習することが重要

古いスマホは売らずに2台持ちにしよう

無意識掃除を実現しよう

から親切にされるコツ

細切れ行動蓄積のすすめ

少食は行動力を阻害する

根気の正体は体力である

ドライブ読書は最高!!

使える道具は全部使おう

美容整形功罪について

妖怪「出不精」の退治法

レシピから抜け出そう

天気予報は風速も見よう

音声入力人生を変える

サボりぐせの乗り越え方

怠けたい心が変革を生む

イチゼロ習慣をやめよう

気が散りやすいのも才能

情報クッキングのすすめ

体力はすべてを解決する

不安能力を低下させる

最高効率幻想を捨てよう

ライフログで身を守ろう

寝具にはお金をかけよう

ギリギリは頭が悪くなる

会話泥棒に気をつけよう

上手な利他力発揮のコツ

風呂は最高の瞑想場所

適切なムダは人生必要

寝室は静かでなくていい

1日1やめ運動のすすめ

脅す人には注意をしよう

目標を追い求めすぎない

わが道を行く最大のコツ

損切りをする3つの技術

歯磨きは歯間磨きが主役

楽しくなければ学べない

時間割引率の引き下げ方

健康にも完璧求めない

試せることは全部試そう

遊びこそが最高の脳トレ

自動運転プロパイロット2.0で気ままな全国旅

私達は自分の実力よりも2割ぐらい自信過剰だと思うとちょうど良い

アドバイスとクソバイス3つの違い

勝間和代の、キャリアは5年かけて、強みを活かす仕事100%状態まで持っていこう。そうすれば、短時間労働になるし、収入も上がります

複数端末ユーザー複数SIM契約が超便利です

真夏は空冷服で熱中症対策

家庭料理にだしはいらない

自分花咲ニッチを探せ

悩むのは悪いことではない

運を良くする技術を学ぼう

自炊は実は最高のぜいたく

猫に圧倒的に好かれる Permalink | 記事への反応(3) | 14:37

2024-08-18

高校の時の合宿山田のチンポコを咥えたのは俺。

あんまりにも好きすぎて我慢できなかった。1年のくせに生意気にも女子マネ彼女がいた山田彼女が忍び込んできてチンポコを咥えてるもんだと勘違い(というか寝ぼけていた?)していたようだが実は俺が咥えていた。山田のチンポコ一年のくせにかなり長かった。当時の俺が咥えたチンポコの中では顧問吉田よりも大きい唯一のチンポコだった。もう夢中になってしまった。山田が起きる心配はしていなかった。合宿中散々実験してきたからだ。頬を数発ビンタしても「う、うーん」と寝返りをうっただけなのを(逆に他の部活メンバーには気づかれそうになった)確認した俺は確信した。山田馬鹿だ。こいつなら気づかない。俺は夢中になった。ビンビンの山田自身からは青臭い匂いがする。もう入れてやろうか!!?激情仕掛けたが流石にそれはキャプテンとして相応しくないと思い抑えた。なんとか射精まで持ち込もうとしたが「うーん〇〇(彼女名前)、ヤバイって」という言葉をかなりハッキリと寝ぼけながら発生したのだ周りに気づかれたら一大事と無念ながら中断した。このリベンジはのちに山田彼女の手引で2人が抱き合っているところに乱入した俺がなんやかんやと言いがかりをつけたうえで最終的に俺がフェラチオするということを強引に認めさせて晴らすこととなる(山田彼女ヤリマンで俺のことが実は好きだった。男しか好きにならない俺の気を引こうと必死だった)。

2024-08-14

家族間の防災意識温度

家族間の防災意識温度

なんか、フッと「あ、もう自分で用意しよう」ってなった。それくらい夫と私で温度差がある。 私は過去の大震災経験していて、夫は一度も被災経験がない。温度差があっても仕方ないのかなあ。 過去被災経験が私にとってはトラウマになっている。 家は新築だったのに庭が陥没し、外壁にヒビが入った。傾きこそしなかったものの、部屋のドアの建付けが悪くなって、閉めても勝手に開くようになった。 親戚の家も新築だったのに大きく傾いて、障子と窓ガラスは全部割れ食器棚から食器が転げ落ち、浴槽にヒビが入った。トイレのドアは鍵がかからなくなった。向かいの家は1階が完全に潰れて、歪んだ平屋みたいになってた。 登下校中は垂れ下がった電線と水たまり絶対近づくなと言われた。引き戸ゴロゴロと動かす音が、地震発生当時の音と似てて震えが来るほど怖くてたまらない。 毎日ダイニングテーブルの下で眠り、寝返りを打つと足がテーブルの脚に

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240811141811

2024-07-12

こういうジャンルラノベってどんな作品がある?

主人公は有能なんだけれども、上司とか所属する組織とか国家とかから評価されずぞんざいに扱われている

しかしある時、主人公価値をより理解している、敵対する側から勧誘を受けて寝返り、その結果古巣が大変なことになる、みたいなのってどんな作品あるかな

いわゆる「追放もの」が近いけど、ちょっと違う気もするんだよな

2024-06-27

シナぷしゅの曲にボロッボロに泣かされた

育児ゼロ座標は虐待である。そんな意識がうっすらとある

特殊人間関係だと思う。これが恋愛関係なら、ゼロ座標は他人である。付き合う前に「何もしない」ことを選べばそもそも関係が始まらず、付き合ってから「何もしない」を選べば関係が終わるだけの話だ。

しかし、育児の「何もしない」は加害である。それどころか、ミルク育児をしても、パックの離乳食を開けても、保育園に入れても、見る人によっては「かわいそう」という感想を持たれてあわや加害になる。これがそこそこ心にくる。現実には、ただそこに選択肢があるだけだ。けれどもなまじ正解がないばっかりに、何かひとつ選択すれば選ばなかった方の声がひときわ大きく聞こえてしまう。

から日々、自分は何かを間違えているんじゃないか、知らないうちにマイナスを生み出しているんじゃないか、とどこか疑いながら生きている。そんな自分からだと思う。

この間、シナぷしゅで流れてきた曲に顔が滝になるぐらい泣かされた。

https://youtu.be/eyEatipGzqI?si=RZs8LlZrVKwuJRw3

この曲であるシナぷしゅという赤ちゃん向け番組の中で流されている2分少しの短い曲だ。

再生すると、赤い、歯がギザギザの、何を考えてるか分からない顔の生き物が変ちくりんなダンスをしながら歩き始める。軽快なイントロと間の抜けた絵面に、こんな曲のどこで泣くんだ、とあなたは油断するだろう。私もそう思っていた。

歌詞は毎晩泣く赤子に辟易する親の語りかけから始まる。赤子はミルクだって吐く。けれどそのうち泣き止んで、その顔を見た親の感想がサビである

あんたって もうけもんだ。もうけもんだ。もうけもんだね。笑えてきた」

なんだ、もうけもんだったのか。繰り返されたフレーズにはっとする。儲け物、つまりいてくれるだけでプラス。赤子をただ存在させている、その現状だけで正解なのだ

そう思うと急に肩の力が抜けた。今まで選んできたことの何が正解で何が誤りだったかは分からない。でも、今ここに赤子が存在している、その事実だけは間違いなく正解であるならいいじゃないか歌詞につられて私まで笑えてきた。そして知らずに涙がこぼれた。

2番の歌詞それから少し成長した赤子の話だ。最初は緩やかだった時間の流れがどんどん加速していき、途中から歌詞の一行ごとに何年も時が過ぎていく。もうちょっとゆっくりやってくれよ、と歌に対して思う。けれど、育児体感時間もそんなものなのかもしれない。なんだかひどく名残惜しくて、まだその年まで育ててもいないのに、次のサビに入る前から顔が滝になってしまった。

そこへ降り注ぐ「もうけもん」というパンチラインである。勘弁してくれ。ありがとう。泣きっ面にこれでもかと叩き込まれて、気持ちのいい涙があとからあとから出る。

「もうけもん」、本当にいい肯定言葉だと思う。押し付けがましくなく、大仰でもない。ただ、その価値だけはしっかり伝えてくれる。だから素直に受け入れられる。

やっぱりこれからも、私は正解が分からないまま育児をやっていくのだと思う。けれど、それでも我が子はきっと、いつまでももうけもんでいてくれる。その展望だけでどれほど心が救われることだろう。なんだか明日も生きていけそうだ。

そんな私へ、この曲は最後に小さく暗示をかけてくれる。

「私も含む もうけもんだね」

まり私も誰かのもうけもんとして生まれてきた。そうして、その価値は今もなくなっていないのだ。いい加減にしてほしい。ありがとう。とどめを刺されたようにまた涙が押し出される。

この曲はシナぷしゅでもわりと最近の方に追加された曲らしい。なので、今私と同じぐらいの子どもを育てている人だけでなく、昔育児をしていたような人もぜひ聞いてみてほしい。

今、そばで寝ている赤子がフムム……と息をついて寝返りをうった。確かにもうけもんである。涙がまたひとつこぼれた。

2024-05-24

テリー面影がないバーグの増田酢魔のグー倍長げ鴨生ノーリ手(回文

おはようございます

リンド亭ってお店に行ったとき照り焼きバーグ系のランチをいただいた日だったわ。

タブレットの注文チョイスをレッツスタートした際に、

カスタマイズ的なチョイスの画面サラダの項目ドレッシングいらないと選択したら、

照り焼きの照りの部分がなくって思わずテリー!って叫んでしまって、

ハンバーガーを片手に壁にもたれながら食べるキン肉マンテリーマン食いしてしまったわ、

おもわず

壁ぎわに寝返り打って背中で聞いているのはジュリー

ハンバーガーを片手に持ちながら壁にもたれながらハンバーガーを食べるのはテリーマン

まりそう言うことよ。

まあそもそもとして、

私はランチには最近味よりもスピード重視の作戦を目指しているの。

と言うのも最近ずーっとなにか良いアイデアいか増田の、

って具合にタブレットを開きながら態度こそは開き直ってないけれど、

いろいろパチパチ入力していたりするの。

そうなるってーと

スピード提供かーらーの完食で残った時間アイデアに費やすってことをしたいの。

それでも15分。

最近発見したのがカレースピードタイプキャラだってこと!

やっぱりボリュームタイプランチ

食べ応えのパワーこそあるけれど

スピードには欠けるところがあるので

そこはやっぱりパワーかスピードかって選ぶ理由になるの。

牛丼早くね?って言われそうだけど、

牛丼屋さんでタブレットを開いてそれこそ態度開き直ってない?

さすがに空気読むわ。

牛丼屋さんだとそんなイキフンの雰囲気じゃなくない?

なので

最近ファミレス率100パーセントを誇るランチ率!

そこで起こったのが、

この照り焼きハンバーグ定食の照りの部分がなくってテリー山脈に向かってヤッホー!って叫んだのよ。

実際にはヤッホー!じゃなくてテリー!だけどね。

かと言って

先ほども私が目指しているタイプ

スピード重視なので

多少の照りが足りなくてもテリー!って言わないし

まだ日替わりランチスピード提供に特化している強みがあるから

充分時間が取れるのよね。

そんな銚子なので、

あっと言う間にランチタイムが終了してしまうわ。

昨日の夜は思いっ切り時間気が済むまで考えてみよう!って思って

気が済むまでいたとしてもやっぱりそれでも2時間ゆっくりいろいろと考察とか考えたり推敲とかしたいじゃない。

思いのほか書くこと

書き散らかしたこと

それをまとめてるってことの時間のかかり具合が最近痛感していて時間が欲しいのよ。

そんなこんなで

今日は忙しそうだから

そもそもとしてランチには出られそうにないのが悲しいわ。

それに睡眠時間大事じゃない。

それも私の今のテーマだし

味噌汁も美味しいやつ作りたいし、

やりたいことやることが山積して山積みだわ!

優先順位を見失いがちだから

まずは睡眠野菜あと一つなんだっけ?

まあ思い出したら実行するわね。

うふふ。


今日朝ご飯

豆乳だけ飲んで出掛けてきたわ。

味噌汁はほぼ食べ切っちゃった具合なので、

たこしらえて具をなににしたいかのを適当マーケットにある美味しそうな食材出会えたらいいわね。

デトックスウォーター

レモン炭酸ウォーラーね。

忙しい時期はこれできまり

かなり助かりまくりまくりすてぃーよ!

冷蔵庫ストック冷やし忘れのないように!

から私へのメッセージよ!

今日は3本入れてるの確認目視たからヨシって感じね!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2024-05-19

アメリカ侵略後の新生イラク軍で起きたこと一覧

幽霊師団誕生

占領軍命令イラク政府は軍を組織したが、実際には兵役についていない人物まで登録し、給与を支払っていた。

最大で同時に6万人の幽霊兵士がおり、彼らに支払われていた給与は上官や政府高官ポッケに入れていた。

武器行方不明

占領軍最初期に40万丁以上の小火器再軍備のために軍・治安部隊供与したが、トレーサビリティ機能しなかった。

このうち最終的に26万丁程度が行方不明として会計処理された。

売却されて海外流出したのはまだマシな方で、半分以上がのちのイスラム国の蜂起で使用された。

イスラム国寝返り

イラクISは旧バース党フセイン派)を中心とした反乱勢力であり、彼らの呼びかけで軍や治安部隊の一部はそのまま寝返った

占領軍統治正当性がないという主張は真っ当なので、これは仕方がないだろう。

旧式兵器の押し売られ

アメリカ連邦軍合衆国州兵侵略先の土地から持って帰るのが手間になった車両兵器を多数下げ渡した。

しかし稼働状態や保存状態曖昧なまま決済が横行し、分配も適当になされた。

これに関してはどれくらい抜かれたか、誰に引き渡したかの記録がない。

ウクライナ大丈夫かな?

大丈夫かな~~~???

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