「いて座」を含む日記 RSS

はてなキーワード: いて座とは

2021-05-27

男が店でソファーに座る理由

ソファーは大体壁を背にして置いてると思うが、ソファーに座る(べき)理由は、店内で異変があったときに即座に対応するためにだ

店内を背に壁に向いて座ってしまうとアクションが遅くなるだろ

コンマ5秒で生死が分かれる世界

2021-04-26

田舎電車マナー悪すぎる

東京満員電車に嫌気がさして、田舎に逃げてきた

電車東京よりも空いていて快適だけど、マナーが悪すぎる

・列に並ばず横入り当たり前、降りる人を待たずに乗る

・朝のラッシュでもお構いなしに席に荷物を置く

・足を開いて座るので隣に人が座れない

・4人がけボックス席で足を伸ばして寝る

自分の向かいの席には誰も座らせない

・車内飲食は当たり前

食べカスが溢れる物をカスを撒き散ら、喋りながら食べる

たまに東京電車に信じられないマナーの人がいるけどその人は田舎出身だろうな

親との移動は車だからから車内マナーを教えてもらえないんだろう

せめて、1人1席、荷物は膝の上、足は閉じるこれぐらい守って欲しいもの

2021-03-19

プロ

今日試合から、短パンの下に競プロを履いてきた。

足を開いて座ってると、股間に競プロが覗く。

2021-02-23

人生で初めてオナホールを買った

齢27歳、独身

はじめてオナホを買って使った。衝撃だった。

もともと自慰はかなりの頻度でやるのだが、恋人(右手)で満足しているところがあった。

しかし、どうも他の人の話によると、オナホールというものはすさまじく快感を得られるという。

今は時代進化していて、AV連動型とかもあるらしい。

まあ流石にそれはやりすぎというか、絶対AV男優と同じ感じ方ができないといけない気がするが。

もともと手で満足していたと言ったが、それしかやってこなかったのだから、当たり前な話だろう。

10年くらい前に彼女いたことがあって、付き合ってる期間に2回くらいは致したことがあったが、そんな感覚も今になっちゃ忘れている。

実は先日、個人的にとても落ち込むことがあり、元気がなかなか戻らなかった。

そこで考えたのが、「三大欲求を満たそう」ということだ。

といっても、なにか美味しいものを食べよう!となっても、このご時世だから飲食店にいくのはちょっと気が引けるし、ストレスであまり睡眠も質が良くない。

じゃあまずは性欲だ、性欲を満たそう!となったわけだ。

普段から販売サイトにはお世話になっていてストックはある。500円くらいで買った超簡易的なスマホVRもある。

あと足りないものはなんだとなったら、それはシモへの刺激だろう、となった。

そうして、人生で初めてオナホを買うことを決意したわけである

ここからは早かった。

一応諸々レビューを見て、使い捨てタイプが気軽だろうという結論に至った。

そして、がっかりしたくないので、TENGA PREMIUMというちょっと高めのやつを買った。レビューもまあまあよかったし。

注文の翌日、ブツは届いた。

来たぞ……!

早速開封し、使うための準備を始めた。

下半身すっぽんぽんになり、椅子タオルを敷いて座り、今一番お気に入りAVを開いて、スマホVRにセットしてイヤホン装着。

見えなくなる前に、挿入……!

おお……これは……と思いながらすぐにVRを装着し、動かし始めた。

結果として、10ももたなかった。

刺激が強いというわけでもないのに、あっという間だった。

こんな、こんなに素晴らしいアイテムがあったのか……!と感動した。

賢者の私は、考察をし始めた。

内部構造はどうなっているのかわからないが、なぜこんなに気持ちよかったのか?

……それはきっと、手では味わえない、今の脳にはいない感覚が押し寄せたからではないだろうか。

実はローションも使ったことがなかったので、そういう意味で脳がびっくりしてしまったのではないだろうか。

しかしそれだと次回はどうなるのだろうか。快感を得られるのだろうか。

ここまで考えて、使ったオナホビニール袋に入れ、股間を洗い、パンツズボンを履いた。

忘れられない体験だった。

セットで買ったので、まだストックがある。

さて、次回はどうなるのだろうか……。

から、期待で胸が一杯になっている。

2021-02-04

肘を引いて座るやつタヒね

人の胸に肘をあててんじゃねぇ

そもそま1.5人分の幅とるなドクズ

2021-01-26

知的障害児の母親が忘れられない 追記

知的障害を持つ子供と親について、またそういった子供を産むことや育てることについて、比較マイナスな内容です。不快に思う方もいると思いますので自己責任でお読みください。


インスタのおすすめ欄を見ていたら、軽度の知的障害を持つ娘を小学校普通学級に通わせてるお母さんの投稿が出てきた。その子クラス孤立していること、授業の指示を理解できていないという報告をサポーターの人から受けたらしく、学校に行って状況を改善するよう話をしたいという投稿だった。

これを見て、ふと小学校の時に同じクラスにいた知的障害を持つ男の子のことを思い出した。その子、Aくんは、授業中、授業に関係ないことを唾を飛ばしながら話し、正面を向いて座れないのかいつも横向きに座っていた。国語からっきしだったが算数が得意で、足が早くて、ドッヂボールが好きだったと思う。正確に覚えていないけど、小学校までは普通学級で過ごして、中学支援学級に通っていたはずだ。

当時の担任先生は、大人になった今考えても非常に真摯に生徒に向き合ういい先生だった。私も当時3ヶ月ほど入院したことがあるのだが、他県の病院にいた私のもとへ平日の放課後にお見舞いに来てくれるような先生だった。何を話したかは覚えていないが、クラスの皆に手紙を書かせ、きれい製本し、お花と私の好きだったキャラクターの小さなぬいぐるみと共にプレゼントしてくれたのを覚えている。その先生はAくんにも目をかけ、目に余るようならば厳しく叱ったりするものの、しかし他の生徒と良い意味でも悪い意味でも同じように接した。そのため私たちもAくんのことについて「変わった子だな」とは思いつつ、Aくんが障害を持っていることは成長するまで知らなかった。察している子もいたかもしれないけど、少なくともあらゆることにおいて「障害があるから」ということを理由にしない先生だった。田舎学校なので、私も含めクラスメイトたちはなかなかいい子ではなかったけれど、注意することはあれど、強い言葉で怒ることはしなかったし、ましてや手をあげることは一度もなかったから、幼いなりに先生尊敬していた。

その先生が、唯一大きな声を出して、たった一度だけ、されど一度、手をあげた相手がAくんだった。詳しいことは忘れてしまったけれど、Aくんの腕を掴んで廊下へ連れて行こうとする先生の目がなぜか潤んでいたのは覚えている。

ところで、私は小学校から歩いて子供の足で30〜40分ほど離れたところに住んでいた。家が遠いので、近くに住む幼馴染と一緒に登下校していたのだが、幼馴染のクラスは私のクラスに比べて帰りの会が終わるのがかなり遅かった。そのため、私はよく廊下で幼馴染を待っていたのだが、ある時、ふと忘れ物したことに気づいた。幼馴染のクラスはまだ終わらなさそうだったので、自分教室へ取りに戻ることにした。教室電気がついていたので、先生挨拶しようと思って教室を覗き込めば、先生と誰かのお母さんらしき人が話しているのが見えた。特別聞き耳を立てたわけじゃないが、ドアが開いていたので声が聞こえてきた。Aくんのいることでクラスのみんなに迷惑をかけている、Aくんのことを叩いてしまう、先生にも手を出させてしま申し訳ない。そのお母さんは泣いているらしく、当時小学校の低学年だったけれど、これは聞いちゃいけない話だと思い急いで戻った記憶がある。

それからしばらくして知ったけれど、その女の人はAくんのお母さんだった。実は私はAくんと6年間同じクラスだったため、私の母とAくんの母は面識があった。私が小学校卒業してだいぶ経った後、母が酔った時に聞いた話だが、Aくんの母はAくんのことについてかなり思い詰めていたらしい。

Aくんの母は、Aくんを一人で育てていた。私も私の母も、小学校から中学までの9年間、Aくんの父親も、Aくんの祖父母も親戚も見たことはない。働いていたようだし、もしかしたら離婚していたのかもしれない。Aくんの下にいくつか年の離れた妹がおり、それでもAくんのことでクラス迷惑をかけてしまうからと、学級委員を引き受け、PTA活動にもかなり積極的に協力していた。そういえば、学期末にAくんのお母さんからクラスのみんなにお礼と言って高そうなお菓子をもらった気がする。とにかく、Aくんのお母さんは周囲の子供や先生保護者に常に頭を下げていた。授業参観懇談会行事も、常にAが迷惑をかけて申し訳ない、と言っていた。母は詳しく話さなかったが、AくんとAくんのお母さんについて、冷たい言葉を浴びせる保護者もいたらしい。私は特別Aくんと仲がいいわけではなかった(そもそも性別が違うので一緒に遊んだりはしなかった)が、Aくんのお母さんは授業参観等で私に会うといつも疲れた笑顔で「いつもありがとうね、Aが迷惑かけてごめんね」と頭を下げた。小学生の私は、大人の女の人から頭を下げられることなんてなかったから、なんだか不思議気持ちがした。

私は現在20代になり、友達との会話も、結婚子育てについての話題が出るようになった。特に仲良い友達子供好きで、最近お兄さんの子供が産まれたらしく、自分結婚して早く子供欲しい、そのためには彼氏を見つけなきゃね、と笑っていた。私に子供ができたら、自分の子供と遊ばせよう、と。

彼女は当たり前に自分の子供が健常児であると信じており、私の子供もそうであると思っている。私もそう思っていた。でも、Aくんのことを思い出すと、もし自分の子供が知的障害を持っていたら、と考えてしまう。わたしは、自分の子供のために尽くせるんだろうか。Aくんの母親のように周囲に常に頭を下げ、言うことを聞かずに周囲に迷惑をかける子供を躾け、周囲の心ない態度にも耐えることができるんだろうか。私がもっと人間的に成長すればできるのだろうか。今の私よりはるか人格者だった担任先生ですら、手をあげたのに?

子供可愛いと思う。昔は苦手だったのに、今は赤ちゃんをみると思わず笑ってしまう。自分が産むのは痛そうだし怖いけれど、好きな人の子供を産むのは素敵だとも思う。でもそう思えば思うほど、もし障害を持っていたらと考えてしまう。その子父親となる人は、私の両親は、友達は、理解を示してくれるだろうか。一人で育てることになるとしても、私は自分の子供を育てられるんだろうか。もちろん健常児でも同じ不安はあるけれど、障害児なら尚更、自信がなくなっていく。

知的障害の子供を捨てる方法はないらしい。親や親戚に育てられる環境があるなら、施設にはそう簡単に入れないという。産んでもし障害児だったら。もしくは、産まれときは元気でも、後天的障害を抱える可能性もある。そうなったら多分、私は捨てる方法を探してしまうかもしれない。子供を育てられる自信がないのはもちろん、わたしはAくんの母親のようにはなれないしなりたくないと思ってしまう。

こんなことを考えている私は多分子供を産む資格はないし、年齢的にもまだ産む予定はないが、子供を産んだ親は皆こういう悩みを乗り越えているのかな。それとも私の友達と同じように、自分の子供が健常児でないなんて想像もしていない?

ネット検索すれば綺麗事は沢山出てくる。色々考えて、乗り越えて、幸せ暮らしている家族だってたくさんいる。だけど、自分母親になれるような年齢になってから、Aくんの母親が忘れられない。優しい人で、でも小学校の後半は、子供の目から見てもやつれているのがわかった。彼女はどんな気持ちで、私たちと関わっていたのだろう。

Aくんと母親が今何をしているかは知らない。ただ、Aくんが楽しく過ごせて、あの母親がもう頭を下げなくていい生活をしていたらいいと思う。


1/27 1:22

注目エントリに入ってるのを見てビビり、タイトルがあまり露骨だなと思ったので変えました。本文も誤字直したり付け足したり。

本文に書いたように、どんな子供であっても自分の子を捨てるかもなんて考えをしている時点で私は子供を持つ資格はないと思っています。私の子がどうこうというより、障害を持っている子供とその周囲について、実際に見たことを思いだして、世の中の人はどう考えているのかなと疑問に思い書きました。不快な思いをした人はすみません問題があるようなら消します。

1/27 13:48

起きたら人気エントリに入っててさらビビりました。たくさんの反応ありがとうございます

編集タイトル変えても別のところ(ブックマーク?)では変わらないんですね。増田に書くのが初めてなので知りませんでした。消さなくて良いよと仰る方が多く安心しましたが、一部タイトル含め不快な思いをしてしまった方もいるようで、配慮が足りず申し訳ありませんでした。

コメントブックマーク等、全て読ませていただいています

私は親になったならばその子がどんな子供であれ幸せにする責任があると思っているので、福祉の充実も含め、親が二人(もしくは一人)で育てていかなくてはいけないという体制もっと良い方向に変化して欲しいなと思っています。勿論今も私の子供の頃に比べたら支援等かなり良くなっていると思うのですが、やはり世の中のお父さんお母さんでそこまで考えて産んでる人は少ないと思いますし、それこそ私の友人のように健常を前提として子供を産んだ親や、子供が産まれた後なんらかの事情障害を抱えた場合、すぐに「それでも我が子だから頑張ろう」と育てていける人ってかなり少ないと思います。これはもちろん健常児の場合も同じで、健常児だから楽というわけではないことは承知しています。ただ、親が正直しんどいと思った時、育てるか捨てるかという二択ではなく、少しでも子育てをお休みしたりできるシステムがあれば、親になりたい、もしくはなりたかったけど、という人も子供を持ちやすくなるしいいと思うのですが、これは子供からしたら親と離すなんて可哀想、という意見も出そうですし難しいのかな。まとまってなくてすみません

同じような不安を抱えているよ、と書いてくださる方が多くて嬉しかったです。また厳しい意見ありがとうございます。実際に体験した話もそうでなくても、皆さんから意見を読むことで、自分の中のモヤモヤしたもの記憶が整理されていく気がします。私はまだ社会に出たてのペーペーなので、まだ結婚出産といったものぼんやりとしたイメージしかないのですが、どんな選択をしたにしろ、自分も、産むとしたら自分の子供も、幸せであるように全力を尽くしたいと思います

ここまで読んでくださりありがとうございました。

2021-01-23

とある映画館スタッフが今更ながらこの一年を振り返ってみたんだけど

結論から言うと、映画館は閉めて補助金くれ。 これに尽きる。

去年の一月から二月は平常運転だった。

ただ、パラサイトが大ヒットしてミッドサマーが予想外に大ヒットしている間、ニュース流れる感染話題に若干の不安も感じつつあった。

三月になる頃には、子供向けの映画が延期になり始めた。しまじろうアンパンマンクレしんドラえもんそしてコナンなどが次々と延期になっていった。閉めなくていいのかな?映画館内にそんな空気が漂い始めていた。

三月上旬マスクは7割ぐらいのスタッフが着用。中旬ぐらいからは着用が義務づけられたがしかし、既に市場から消えていたので消毒液もマスク支給されず、ティッシュを中敷きに同じマスクを使い続けることに。

三月下旬から都市部映画館が週末休館に。都会は大変だねーと愚痴りあう余裕はまだあった。

四月、ついに都市部緊急事態宣言が。映画館も終日休館となり、地方映画館は流す映画がなく旧作でご機嫌をうかがう日々。レイトショーもこの頃やめたんだったかな。

ミニシアター危機が叫ばれていて、映画館スタッフであるとともにいち映画ファンである私はクラウフドファウンディングお金を投下し続けた。ちなみにとある映画館は全国規模のやつなので資金は潤沢と言われていた。マジかよ。じゃあもっと金くれよ。

四月中旬、全国の映画館が一斉休業に。仕事ゼロになった。保障があるとかないとかニュースで流れていたけど、まだ決まってないか有給を消化するんならしてくれと人事から言われた。正直、休館になったことは仕方ないぐらいの感覚だったし、保障さえされるのなら出たくなかった。とにかく金だ。金さえ貰えれば。ミニシアターの援助してる場合じゃないのかも…と思い始めた。

五月中旬緊急事態宣言が解除され、多くの映画館営業が再開。感染予防策がえぐい座席の間隔や検温やマスク着用はいいけど、毎回のアルコール消毒にポップコーン提供時の専用手袋配布などほんとにここまで出来るのかな?と思う程の徹底ぶり。マスクしてないお客さんが来たらどうするのか?配るマスクは用意できるのか?不安は尽きない。

六月、全ての映画館が再開。長きに渡る感染予防対策の幕開けである。上映する映画が圧倒的に少ない為、寅さんマーベル作品など旧作と新作(とはいえ休館前に上映していた作品)が半々。お客さんはまだまばら。時短営業間引き販売と弱い作品群で売り上げは侘しいものに。経費と売り上げで言ったら経費の方がかかっているのでは?

六月末、ここで映画館救世主ジブリ投下。これはマジですごかった。ゲドを除くすべてのジブリに人が押し寄せ、ポップコーンも売れたしやっと売り上げが上向き始めた感覚

それと同時にこの辺りから本格的なお客さんトラブルが起こり始める。

マスクをつけないのはポップコーン食べる以上しょうがない部分もあるけど、とにかく座席の間隔を空けてくれないのだ。

感染予防で一席一席に張り付けていった”この席には座らないでください”の紙なんて丸っきり無視。平気で剥がしたり上から座ってグチャグチャにする。注意しても無視家族なんだからいいだろ?と怒られる。そして食べながら会話する。必死注意喚起しても聞いてくれない徒労感。

注意以外の作業スタッフの心と体をジワジワ蝕む。こまめな清掃がマジでキツイ。手すりを拭きまくりドリンクホルダーを拭きまくりトイレを拭きまくり… 手袋はしているものの、手は荒れマスクで酸欠状態に。マスクの上からフェイスシールドつけてた時期もあったな… あれはいけない。息ができないんだ。お客さんの声も聞こえないし、撤廃になってよかった。

七月、今日から俺は!が始まり客層がさら悪化。全く注意を聞いてくれない。もともとあった、スマホ使用や会話などの映画館マナー破りに加えての感染予防対策無視攻撃

大ヒットしたら普段映画館に来ない人たちが来る、それは当然だけど同じように当然のごとくマナーの悪い人たちが増えるという現実

普段から映画館に来ているお客さん(マナーに厳しい)とそうでないお客さん(マナー無視)との板挟みになるのはいだってスタッフ。そうなんだ。

スマホの光でいら立つ気持ちはわかる。べちゃくちゃ喋られて気分が悪いのもわかる。けど、矢面に立たされて謝罪するしかないスタッフ気持ちちょっとだけでいいか想像してみて欲しい。我々はいつも注意してる。気付く範囲で注意してる。何もしてない訳じゃないんだ。それだけはわかって欲しい。あいつがくっついて座ってる、あいつがマスクを外して見てる、わかった、わかったから全てコントロールするのは不可能だと仮定してくれ。あと、そこまで不安だったら映画館に来ないでくれ。

八月、ジブリ今日俺ショックも収まりドラえもんは予想を下回る客足。毎年地獄のようになるお盆興業が初めてお盆興業でなかった夏。感染者は出ていたけど、今思えば全然控えめな数字だった。あの頃間引き販売で今の数千人規模で全席販売っていうのもおかしもんじゃいか


九月、伊勢谷友介さん逮捕とんかつDJはどうするんだよ…!


同九月、待ちに待った洋画の大作が公開。待ってたテネットありがとうノーラン草なぎさんのミッドナイトスワンも期待以上の集客だった。そしてこの二作品は客層がいい!

もともと、オタク気質の強い人が多いアニメ作品は、ポップコーンやグッズの売り上げも良いしマナーもきちんと守ってくれる(絶対一席づつ空けてくれる)のでありがたい限りなのだが、この辺りの作品もみなさん協力的で嬉しかった。

そして十月。鬼滅だった。鬼滅一色だった。コロナなどなかったように、映画館に人が押し寄せた。同時にマナーの悪い人たちも帰ってきた。むしろ大幅アップした。

公開にあたり、厚労省から映画館感染リスクが低いか飲食オッケー”とのお墨付きが出てスタッフは色めき立ったが、別のどこぞの省が待ったをかけた為とある映画館間引き販売をやめてドリンクのみ販売に切り替え。ただし、フードの販売禁止ではなく持ち帰りのみ可という建前で販売したせいで現場は大混乱。

まず、先日まで間引いていた席を全席開放したことに怒る常連客の発生。映画館に来た上で「どうして間隔空けないの!危ないじゃないの!」って理不尽過ぎないか

そして、先日まで飲食可だったスクリーン内でドリンクしか飲めないことに怒るお客さん。飛沫感染防止の為なので…と言っても聞いてくれない。勿論部屋に入ったら食べ始める。ポップコーンを?いや、持参したおやつを。

持ち帰り分だと言って購入したポップコーンを場内に持ち込み、上映が始まったらこっそり食べ始めるお客さんも続出。そうまでして食べたいかポップコーンを。注意したらさっと隠してスタッフが離れたらまた食べ始める。いたちごっこである

十一月、鬼滅は引き続き大ヒット。週末は全席販売ドリンクのみ可、平日は間引き販売でフード類可という変則的ルールのせいで混乱を極める現場スクリーン内でポップコーン食べてるお客さんを見つけて「コラー!」って注意したら平日だったなんていう悲劇も聞こえてきた。マスクはすっかり定着し、稀に見かけるしてないお客さんもマスクを渡せば極めて協力的な態度。

十二月、ついに全席販売下での飲食も解禁。十二月後半、鬼滅がさらブーストをかけるべく4DX、MX4Dまでも上映開始。アクキーと新たな入場者特典効果でまたもや映画館は満杯に。

感染は着実に増えていたのに、信じられないほどのお客さんでごった返すスクリーン。周囲ではコロナ感染や濃厚接触情報が飛び交っていたが、鬼滅で2500万密状態だった映画館ではクラスタが発生していなかったのでどこか現実味がない。そして増え続ける感染者。

現在一月中旬、鬼滅の熱狂も落ち着き、銀魂は初週の鬼滅ブーストのみでその後の動員は凪状態緊急事態宣言は出されたがレイトショー含む少しの時短のみで通常営業。再び洋邦画の大作が延期され始め、やっとヤバめな空気映画館にも漂い始めた。

映画館は換気が徹底されているし消毒も頻繁に行っているし、なにより会話が少ないか感染リスクが低い。

しかにその通りかもしれない。

でも、現場スタッフ懐疑的だ。だって絶対来てるから。無症状の感染者、症状あるけど来ちゃってる感染者、絶対いるから。

入り口で検温やってるけど、正直あの機械まり当てにならないから。測るたびに違う温度出るし。

ゴホゴホせき込むお客さんが来るとする。どうすると思います?注意する?帰ってもらう?言えないんですよ。様子見です。さすがに一時間咳っぱなしだったら一回出てもらいますけど、それだって注意に行ける通路寄りの席なら可能だけど奥の方に座られてたら行けないですし。

クラスタは発生していないかもしれないけど、把握出来てないだけなんじゃないかと思う。

から、お客さんも落ち着いてて新作も軒並み延期になりつつある今、映画館は思い切って閉めたらどうかな。そして国は補助金を出してくれ。とある映画館のような資本金の多い会社はいいから、ミニシアターには補助金を出してくれ。そして安心して休業させてくれ。空気だけで圧かけて自粛させないでくれ。正直映画館はもうギリギリだ。(他の業種もだろうけど)

今書いた一年間がもう一度繰り返されるかもしれないと思っただけで窒息しそう。

いつかコロナが落ち着いて、洋画の大作も世界中の人たちが安心してみられるようになった時、肝心の映画館が息していないんじゃあ意味がないじゃないか

金をくれ。そして映画館を閉めてくれ。明日の為に閉めてくれ。

2021-01-22

anond:20210120133357

うん。霊感だけど、欧米フェミだったら「女性電車で股を開いて座権利がある!」って言うと思う。「女性も街中でトップレスでいる権利がある!」って実際に主張しているように。

なんで日本フェミって「女性男性と同じ自由を与えよ!」ってリベラルな方向ではなく、「男性女性と同じ制限を味わえ!」って全体主義的な方向に行っちゃうんだろう?

それやっても女性押し付けられる制限は現状から減らないし、男性も「平等」に制限押し付けられることにより、その制限自体正当性ますます強くなるはず。要するに自分を苦しめている構造の強化に加担してる。

男性が苦しんだだけ女性の苦しみが減るとゼロサム思考してるのか、報復感情を満たそうとしてるのか……

2021-01-20

週末に多くの人が休日出勤したために、代休取得者が多く弛みしていた感のあるここ2日間。

私の身体が硬くなっていると感じたのか、上司は「背筋を伸ばせ」と言ってきた。

私は「?」と思った。

上司は「ハッハッハ。お前は一体何をしてるんだ」と激怒してきた。

そして私は座骨座布団(いわゆる姿勢矯正系の代物)活用し、背筋をのばそうと思いついた。

すごい発想だ。自分でも賢島だと思う。座骨座布団(略して座座)を普通オフィスデスクと一緒に使おうと思いました。

そのためにどうしたらいいのだ。普通オフィスチェアは背面がついていて座座が載せることができないわ。。

床に座座を直置きするとあまりにもデスクが高すぎる。ろくろっくびのようにびよーんと首がのばせればいいのだが。。そうは問屋がおろさないワン。

そうだ。背面のない椅子スツールの類)があればいい。ということで低床の丸椅子を早速購入してもらう。

それに木板を接着し、さらにその上に座骨座布団を載せればよいと考えた。

私の目論見は、ビンゴで、上司は喜んだ。その後私が来る日も来る日も座座で仕事し、表彰を受けたのは言うまでもない。

2020-12-23

クソみたいな無限ループ

電車で座る

隣に来たやつが肘を引いて

座席の背もたれまで肘を引いて座

肘を引いて座られると

ガリガリの女以外は、1.4倍の幅をとる

そして、肘が隣人の脇腹にあたる


隣のやつが女だった場合

脇腹と下乳を目当てに肘を引いてんだろと思う

隣のやつが肘を引いてきたか

肘を引いてガードする

そしたら隣のやつも肘を引く

そしたら隣の隣のやつも肘を引く

無限ループエンドレス

座ったとき自動的

脇腹に金属的な板を当てる仕組みになれば

不快感減るのに

こういうとき

「肘を引くのは良くない」ではなく

被害者であるやつに「席を立て」と言うやつがい

毎回思うのだが、そんなことだから

犯罪者が絶えることないんだわ

被害者が、セカンドレイプばりに

更に被害者になるんだわ

そういうことを言うやつは無自覚かもしれんが

加害者から

懺悔して改めろゴミ

2020-12-22

今年買って良かったもの2020

オカムラチェア

会社で使っていて座り心地の良さがわかっていたので、自宅のテレワーク用にも買った

中古を買ったけど新品と同レベルだったし組み立て済みだったのも良かった(新品だと自分で組み立てないといけないから逆に大変だった)

サロニアヘアアイロン

スイッチオンした後にすぐに温まるし温度も高い(230度)

アイラップ(耐熱性があるポリ袋

料理に何かと便利 浅漬けをもみもみしたり下味をつけたり粉をまぶしたり

生米と水を入れて鍋で茹でると米も炊ける(米に限らず、茹でるときは鍋の中に皿を敷くこと)

ユースキンのリリップケア

ちょっと高いリップクリームだけど、唇に塗ってから小さく切ったラップかぶせて寝るとぷるぷる唇がよみがえる

2020-12-10

年寄りを大切にの意味がわからない

いつも見る専門で日記を書くのは初めてなので読みにくい部分もあるかもしれないが、今日どうしても不満に思うことがあったのでここに書き出していこうと思う。

私は朝、最寄駅から15駅くらい電車に乗って通学している。

最寄駅から5駅目くらいにA高校があって、そこで降りる高校生が沢山いる。

から電車に乗って、席に座れない時は座っているA高校生の前に立っていて、A高校生が降りたらそこに座るという感じで毎日登校している。

今日電車が混んでいて座れなかったのでA高校生の前に立っていた。いつものようにA高校生が降りてから座ろうと思って準備をすると、

からおばさまが「え?」と言ってきたのだ。

座っているA高校生の前に立っているのは私だったし、おばさまは少し離れた位置にいた。「え?」ってなんだと思ったが、高校生なら席を譲るべきだろうと思って譲った。

だが、ここで不満が生まれた。

おばさまの見た目から年齢を感じ取ったところ、もうすぐで年金対象者という感じの見た目感じだった。そして私ももうすぐ年金を納めることになる。

そこで、なぜ私たちの納めた金で今後生活していく人に「は?」とか言われなければならないのかと思った。それと毎日生活高校生も疲れている。お年寄りが全て優遇される思わないでほしい。

若者がお年寄りに敬意を払っているところはよく見るが、お年寄り若者に敬意を払っているところを見たことがない。

例えば、電車で席を譲ってくれた若者に対して「そんな年寄りに見えるのか!」とキレる人や、歩いてるだけで急に「今の若者は!」とキレてくる人など、極一部ではあるがそういう人もいる。

席に座ろうとしたらえ?、譲ろうとしたらキレる

どっちかにしてほしい。まじで。

実際、席を譲っていて断られた人は見たことがあるが、素直に受け取っていたお年寄りを見たことがない。そりゃこれから譲りたくなくなるよなって気分。

年寄りって生きているだけで優遇されているが、人の金で生活しておきながらその態度かと思うことばかり。

まあとりあえずお互いに敬意を持って生きていこうってこと。

戦争を頑張ってくれた人がいたり、建物を建ててくれた人がいたり、商品を考えたりしてくれたから今の若者生活できる。

逆に、年金を納めたり、今社会のために頑張っていたり、役に立つために勉強している人がいるからお年寄り生活できる。

年寄りけが偉そうな態度を取っているのはおかしいのではないか

まだ私が若いからからないだけかな。

年寄りを大切にの意味がわからない

いつも見る専門で日記を書くのは初めてなので読みにくい部分もあるかもしれないが、今日どうしても不満に思うことがあったのでここに書き出していこうと思う。

私は朝、最寄駅から15駅くらい電車に乗って通学している。

最寄駅から5駅目くらいにA高校があって、そこで降りる高校生が沢山いる。

から座れない時は座っているA高校生の前に立っていて、A高校生が降りたらそこに座れるという仕組みなのだ

今日電車が混んでいて座れなかったのでA高校生の前に立っていた。いつものようにA高校生が降りてから座ろうと思って準備をすると、

え? 横からおばさまが言ってきたのだ。

A高校生の前に立っているのは私だったし、おばさまは少し離れた位置にいた。え?ってなんだと思ったが、高校生なら席を譲るべきだろうと思って譲った。

だが、なんで私ばかりが不満に思わなければならないのだろうか。

おばさまの見た目から年齢を感じ取ったところ、もうすぐで年金対象者という感じの見た目感じだった。私ももうすぐ年金を納めることになる。

そこで、なぜ私たちの納めた金で今後生活していく人に「は?」とか言われなければならないのかと思った。それと毎日生活高校生も疲れている。お年寄りが全て優遇される思わないでほしい。

若者がお年寄りに敬意を払っているところはよく見るが、お年寄り若者に敬意を払っているところを見たことがない。

例えば、電車で席を譲ってくれた若者に対して「そんな年寄りに見えるのか!」とキレる人や、歩いてるだけで急に「今の若者は!」とキレてくる人など極一部ではあるがそういう人もいる。

座ろうとしたらえ?、譲ったらキレる

どっちかにしてほしい。まじで。

私は譲っていて断られた人は見たことあるが、素直に受け取っていたお年寄りを見たことがない。そりゃこれから譲りたくなくなるよなって気分。

年寄りって生きているだけで優遇されているが、蓋を開けてみたら人の金で生活しておきながらその態度かと思うことばかり。

まとめるとお互いに敬意を持って生きていこうってこと。

戦争を頑張ってくれた人がいたり、建物を建ててくれた人がいたり、商品を考えたりしてくれたから今の若者生活できる。

逆に、年金を納めたり、今社会のために頑張っていたり、役に立つために勉強している人がいるからお年寄り生活できる。

年寄りけが偉そうな態度を取っているのはおかしいのではないか

まだ私が若いからからないだけかな。

2020-12-07

ぶつかってくる猫

実家帰省すると、猫がウニャナナーンと鳴きながら軽やかなステップ玄関まで走ってきて

脛に頭を擦りつけてくる

踏まないように気をつけながら廊下を歩くとずっと全身をぶつけてくる

リビングについて座ると今度は首をくねくねさせながら手に擦り付ける

頭を撫でてほしいようなので撫でると猫は目を細めてゴロゴロ鳴らす

後は膝にのせてテレビを見る

そんな頃もあった

2020-12-06

排除ベンチ

公園などのベンチで、一人分ずつ仕切るように肘掛けがついているもの排除ベンチというそうだ

ホームレスなどが寝られない(排除する)ようにするのが目的らしい

仕切りがないと真ん中に大股を開いて座って占領するような人がいるから、私は仕切りの肘掛け付きベンチは賛成なんだけどな

「○○駅前排除ベンチがあります」と市長ツイッターに訴えがあり、それにこたえて市役所が仕切りを外した例をツイッターで見たんだけど、わざわざ外さなくてもいいのにと思う

こんなこと言ったら、猛反発されそうだから匿名しか言えないけど

ホームレスが居心地の良いベンチを提供するより、居心地の良い住まい提供するほうが根本解決になるよね

2020-11-03

田舎にいると他人物理的に接触することがない。

都会じゃ袖触れ合うとかくっついて座るとか電車におしこまれるとか日常茶飯事なんだろ?

日常すぎて麻痺してるのかもしれんけど、改めて考えたらヤバいって分かるよね。

おまえら悪いことはいわん、都会を出ろ。

2020-10-19

舞台面白いけど現場が辛い…

声優オタクをずっとやっていて、去年までは主にライブトーク系の声優さんイベントに通いまくっていた。

しかし今年はコロナの影響でこれらのイベントほとんど行けず、その代わりに舞台にたくさん行くこととなった。

きっかけはコロナ直前の1月に観た舞台

当時推していた声優さん目当てに10公演全通し、面白くて、その舞台に出ていて気になった別の子が出る舞台2月も8回通った。

コロナで一旦途絶えたが、9月以降、ライブ系のイベントはまだほとんどがオンラインの中、舞台は実演が再開し、またちょこちょこ舞台を見に行った。

9月には1月に見た舞台の続編があり、今度は流石にコロナが怖いので全通とは行かなかったが、7公演見て世界観にどっぷりとハマった。

10月にも、9月舞台で気になった子を目当てに、2回ほど舞台を見に行った。

 

舞台の良さは、表現は難しいけど、何回も見て世界観にどっぷりとつかることの一体感個人的には感じる。

ライブは、良い音楽や会場と一体となった盛り上がりが楽しいが、どちらかというその場限りで、かつ一回一回でものすごく体力を消費する。

舞台は一回一回で得られる満足感は良いライブほどではないと感じるが、何回も見て、たくさんある登場人物の特徴、世界観等を理解し、ストーリー理解度を高め、謎への疑問や考察等を深める。

こういったじっくりと楽しめる点が面白いと感じる。

どっぷりとつかるので、舞台が終わった後の損失感、舞台ロスが非常に強く、しかしそのロスがなんとも気持ちいい、そういった楽しさだ。

 

長年声優オタクとしてライブ等のイベントに年間5〜60回通っていたけど、少々そういったイベントにも飽きてきていたので、これから声優さんが出る出ないに関わらず舞台を主現場にして行こうかな〜となんとなく確信してきているところだ。

しかし、どうしても現場が辛いなと思う出来事があり、迷っている。

 

今年計27回舞台を見たが、そのうち3回、座席の座り方で文句なり注意を受けた。

 

1回目は1月舞台の開演前。

この会場はパイプ椅子のため、2時間座り続けるのがとても辛く、脱いだ上着をクッションがわりとして敷いて座っていたら、後ろの席の男性に見えなくなるから勘弁してくれと言われた。

私は身長が180cmぐらいあり、座高もそこそこ高い。

しかも会場はフラット。ただでさえ後ろだと見えにくいのにさらにクッションで高くなったら見えにくいだろうなと思い、その場はそれに従った。

お尻が痛すぎて、観劇中は何度も姿勢をずらさざるを得なかったが。

多分私の座高が低かったら同じことをしても何も言われなかっただろう。

現に他の座席でクッションを敷いている女性を見かけた。

 

2回目は9月舞台の上演中。

3階の通路席で見ていたのだが、会場のスタッフ女性に横から、『前のめりでの観劇はやめろ』(正確な文言は当然これではないが、見せられた自分の印象としてはこれ)という旨が書かれたシートを見せられ、そこで集中していた観劇ストップし、以降集中して観劇できなくなってしまった。

自分姿勢は、前のめりかなんなのかは知らないが、確かに背もたれから背が離れて、腕に顎を乗せる形で見てしまっていた。

しかしこれには理由があって、3階席は座席前後の幅がめちゃくちゃ狭く、自分くらいの身長人間が背もたれに背をぴったりつけているとエコノミー症候群になるくらい苦しかたからだ。

普段こんな姿勢で見たことはなく、現に同じ会場の1階席で見たときは、座席幅がゆったりとしていたため、普通に前のめりにはならなかった。

また俺の隣(とは言ってもコロナ禍なので1席は空いていたが)のお兄ちゃんも同じような格好で見ていた(しかし俺と違って通路席ではなかったので、スタッフのお姉さんが見せようとしていたシートに気づかずそのまま観劇を続けていたが)。

前のめりで見るなという注意を聞いたのはその会場が初めてで、前のめりってなんやねん、それが一体どんな迷惑になるんだと思って、『舞台 前のめり』でググって上の方のページをいくつか見てみたら、そこには、この表現は適切ではないかもしれないが、俺には地獄しかと思えない光景が広がっていた。

前のめりは後ろの席の人を見えにくくする行為であり、音を立てたり、前の席を蹴ったり、録音録画したりするのと変わらない、いや、それらと違って実際に行われる頻度という意味ではそれらよりももっと怨嗟対象になりやすい、舞台観劇上の極悪非道マナー違反だったのだ。

前のめりする人に対する怨嗟怨嗟怨嗟の声を見た時は驚きとともに、寒気がした。

舞台界隈、怖え〜。某◯◯マス警察も可愛く見えるぐらいの地獄現場だな。』

前のめりの何が悪いんだなんて軽々しく口にしようものなら、完全に犯罪者糾弾されて、打首獄門晒し首にされかねない勢いだ。

個人的には前のめりだろうがなかろうが、座席の傾斜や前の人との座高差で見えるか見えないか決まるんじゃないかと思ったが、そんな疑問を口にしてスタッフに口答えでもしたら、それだけで迷惑な客、クレーマー客と認定されちゃうんだろうな…

実際今回の席も、後ろに座席は全くなく(客がいないのではなく席がない)、斜め後ろに席はあったが、斜め方向に見ても見える先は会場の壁であり、ステージを見るのを妨げることはあり得ない。

そんな理性的反論でも、「うぜ~。前のめり禁止は会場のルールなんだよ。従えないんだったら出て行け。」って思われるんだろうな…

なんだかな…

 

3回目、そしてこの文章を書くきっかけになった出来事が起こったのは10月の舞台の上演中。

その舞台を見る初めての回だったので、どんな舞台なのかなという気持ち観劇していた。

幸い今回は1階の前の方のゆったりした席だったため、前のめりの心配はない。

背もたれにぴったり背中をつけてじっくりと座って見ていた。

舞台を見始めて序盤、ステージ演者全員で歌うところがあり、この歌が非常に自分にハマり、「おっ、もしかたらこ舞台結構楽しめるかも」、と思った矢先だった。

『変な姿勢で見るのやめてくれません?』

突然暗闇の中、後ろの女性から言われ、一瞬なんのことやら理解できなかったが、自分のせいでステージが見えづらくなっているから頭を下げろと言われたということは理解し、頭を下げた。

自分はその時、前のめりにはなっていなかったが、席にかなり深く座っていたので、見ているときは気づかなかったが、頭がちょっと出ている状態だったと思う。

ただ、別に座席から腰を浮かせていたわけでも、背伸びをしていたわけでもない。

その劇場規定されている規則を一切破っていなくても、後ろの人が背が低くて、その人が見えづらくなったら、それだけで迷惑行為なのだ

そして迷惑行為をする奴ならば、被害者立場で、相手が同じ立場舞台を楽しもうとしているという事情など一切汲む必要なく、”正義の鉄槌”を振りかざして悪を退治できるのだ。

その舞台は、もうそれ以降まともに集中して見ることが出来なかった。

なんか俺悪いことしたのか?くそー、ふざけやがって、折角楽しく見ていたのに、今度なんか言われたら反論してやる、とか舞台の内容とは一切関係ない思いが頭の中を駆けずり回り続け、舞台の内容に集中するどころではなかった。

舞台が終わった今になっても、言われた言葉トラウマになって、思い出しただけでもイライライライラしてしまう(その気持ちちょっとは落ち着くかなと思ってこの文章を書いてはいるのだが)。

 

この3回の経験で、なんとなく悟ってしまった。

舞台現場では、背が高いこと、座高が高いことはそれだけで迷惑行為である。」

ということに。

背が低ければ座席間隔が狭くても前のめりになることはない。

背が低い、または後ろの人の背が高ければ、全く同じ姿勢で見ていても、変な姿勢で見ないでくれと後ろから正義”の鉄槌を振り下ろされることはない。

背が高くて、後ろの人を見えづらくしてしまえば、劇場規則に何ら違反はしていなくても、それは舞台現場では迷惑行為なのだ

これは長く声優現場に通っていた自分にはかなりショックだった。

声優さんライブトーク等のイベントでも、当然座席構造や前の人の身長によって、ステージが全く見えないまたは見えづらくなることはある。

私は身長は高い方ではあるが、それでも突出して高いわけではないので、前に背が同じくらいの人がいてステージが見えづらくなったなんてことはしょっちゅうある。

それでも前の人にしゃがめと言ったことなんてないし、私に限らず、背が高くて見えないからと言って前の人をどかそうとした人なんて声優現場では見たことがない。

当たり前であり、前の人は自分と同じ立場で、抽選の結果その席を獲得しており、その人の身長には何の罪もなく、そのようなことをする資格は誰にもないからだ。

しかし、舞台現場では、見えづらくしさえすればそれは迷惑行為として排除することが出来てしまうのだ。

ただ単にゆったりと座ってじっくりと見ているだけでも。

声優さんライブ現場でも迷惑行為と呼ばれるものはある。

輝度ペンライトを使ったり、曲の良い所でイエッタイガーと叫んだり、曲と関係なく声を出したり、周りにぶつかるのを気にせずに手足を動かしたり、オルスタで前の人間を無理やりはがして前に行ったり、ステージペンライトを投げたり、等々。

これらのどれが真に迷惑行為であるかどうかとかはどうでもいい。

言いたいことは、これらの行為は、それを行っているものが自らの意思に従って行っていることであり、それがゆえにその人自身意思でやめることが出来るということだ。

でも、背が高いことをやめるなんてのは不可能だ。

背が高いから、後ろの人に邪魔にならないように沈んで見ろというのも、2時間という観劇の間続けるのは困難であり、そもそも同じお金を払っている同じ立場の客として、背が高いということだけでそのような不利を強いられる謂れはない。

ただ、べき論とか筋論してはそうであると思うが、実際の舞台現場では、背が高いことを迷惑行為としてぶったたいても問題ないという状況になっているのだろう。

3回目のようなことを言われたのはその1回だけであるが、前のめりに関する怨嗟の声を見るにつけ、それを行った女性が少数派とはとても思えない。

少なくとも舞台現場では一定数いる可能性が高いと認識しておく必要があるんだと思う。

 

舞台にはまるきっかけとなった1月舞台の続編が、恐らく来年あり、それは絶対に見に行きたい。

その他にも、コロナのせいで今年できなかった舞台来年いくつか予定されており、それらも見に行きたいなと考えている。

でも、正直上に書いた経験により、私の心の中には舞台現場は怖いという認識が出来てしまっている。

私の身長来年縮むことはないので、私が舞台を見に行けば、それだけでステージペンライトを投げたり、周りの人を押しのけたりという迷惑行為をしているということにされてしまう。

今まで2~300回は行った声優現場で、迷惑行為いやだな~と思うことはあっても、自分自身迷惑行為当事者となることは全くなかったのに、舞台現場では、見に行っただけで、迷惑行為野郎とされてしまう。

本当それを考えるだけでも憂鬱だし、今度後ろからなんか言われたら言い返してやろうか?、とか舞台の内容とは全く関係ないことを頭の中で考えてしまっていること自体が嫌だ。

一応来年も前向きに舞台を見に行きたいなとは思っているが、少しでも嫌な経験をしたらぽっきりと折れてしまうかも...

折角舞台という楽しい現場を新たに見つけたと思っていたのに、本当に残念だ。

2020-10-18

おっちゃんがあまりにもデーンと足開いて座ってるので

無意識股間凝視してたら

気まずそうに足を閉じられてしまった

セクハラじゃないよ

2020-10-12

玄関マックを食べる家族

分譲の狭小住宅に住んでいるのだけど、向かい家族おかしい。

買い物帰りに通ったら、玄関の前にレジャーシートを敷いて座っている。

何をしているのかと思ったら、玄関マックを食べている。

しか家族全員で。。

ピクニックのつもりなのだろうか。

食べるところはたくさんあるのに。マックの中でも、公園でも。なんなら家の中でも。

なぜそこで。

不審者しか見えなかった。。

2020-09-28

anond:20200928231009

以前、女性作家(?)のインタビューを読んだら、自宅では全裸で過ごしてるとか。

インタヴュアーが家具とか汚れませんか?って質問したら、タオルを持ち歩いて座ときは敷いてるって答えていてなるほどって思ったわ。

2020-09-26

anond:20200926011818

昔、薬局入ったら床に新聞紙いて座ってメモ取ってるオッサンがいて、

薬局オッサンが凄い面倒くさそうに対応してたんだけど、後で聞いたら

刑事だったそうで、ブロン液大量に売っちゃって嫌がらで事情聴取目的

居座られたって言ってた。

まじで警察来るよ。

2020-09-06

巨女好きのためのアニメモンスター娘のお医者さん」入門

タイトルが言ってみたかっただけなのだ

モンスター娘のお医者さん」第8話で人を踏みつぶせそうなサイズ巨女が登場していたので、詳しく見て考えてみよう。

身体の大きさはどれくらい?

 具体的にサイズ比較できるシーンが少ないけれど頑張って探してみよう。櫓の上から巨女の喉を先生が診察する12分ごろのシーンでは人間先生巨女の顔が対比できる。おおよそ先生身長の3倍が巨女の顔といったところだろうか。この数字根拠にして身体の大きさを推定してみよう。日本人女性の平均身長159cmを平均的な顔の長さ21.8cmで割ると7.27等身になる。顔のサイズ推定値は先生3つ分、つまり青年男子の平均身長170cmの3倍で510cmだから巨女身長は510cm × 7.27でなんと37.0mということがわかった。

 巨女身長37.0mの実感を掴むために、いろいろなもの比較してみよう。まず奈良の大仏は座っていて座高で15.0m、立った場合推定身長は27.8mと巨女(身長37.0m)の圧勝であるお台場ユニコーンガンダム(20m)と比較しても大きさが際立つ。流石に牛久大仏身長100mとのことなので、牛久大仏の横では巨女子供のように小さく見えるはず。

 体重推定してみよう。青年女性の平均体重49.5kgと巨女身長が平均女性23.3倍というデータを使うと、なんと624tにもなる。25メートルプールに入る水が約500tほどなので、さながら歩くプールといったマッシブである。もし巨女が1mジャンプした場合、地面に与えるエネルギーは6.12MJになり、TNT換算で1.46kgだそうだ。地震マグニチュードで1.32に相当し、ペルー隕石落下時の地震に相当するので、巨女が歩くと地震が起きるのも納得である。ちなみに造船所には600tの重量に対応したクレーンがあるらしいので、現代技術をもってすれば巨女も怖くないはず。

時間の流れは違うのか?

 アニメの中で巨女風邪気味のまま10年を過ごしたという、それほどまでに時の流れは我々と違うのだろうか、検証してみよう。有名な「ゾウの時間 ネズミの時間サイズ生物学」によると、動物寿命体重の1/4乗に比例しているとされている。この原理適用巨女体重を使って計算すると、巨女寿命人間10.6倍ということになる。日本平均寿命84歳を踏まえると、巨女800年以上生きることになる。単純に考えて人間換算で1年風邪気味というのは、危険な感じがするので何か考慮できていないポイントがあるのかもしれない。巨女は奥が深い。

で、巨女はやらかいのかそうでないのか、それが問題

 劇中でのクライマックスは間違いなく先生巨女胸の谷間に落ちていくシーンだと思うのだけれど、果たして巨女の胸はやわらかいのかどうか、それが視聴者最大の関心事ではないだろうか。ある測定によると人間の胸の柔らかさは2-5kPaとの結果があるそうだ。身体が大きくなった場合、当然支えるべき胸の重さも増える。したがって、それを支える胸も硬くなければならないはず。例えば、バケツで作った巨大プリンはかなり硬く作らないと自壊してしまうが、硬く作れば形を保つことができる。このように考えると、巨女の胸はかなり硬いはずだ。だが、不幸にして私には計算方法がわからない。巨女胸の硬さ推定問題賢明な読者諸兄の手にゆだねられている。

2020-09-02

瀬田文学

 二十三時過ぎ、ホテルを出て近所にある和食さとへ向かった。道中、大通りをまたぐ信号を待つ間に何となく周りに目を向けると左方のフェンスに簡易な近隣の地図が括られている。近くに池がいくつもあるようだ。興味を惹かれたので食後に出向くことにした。地図を眺めつつ待つも一向に信号が変わらない。押しボタン式だった。ボタンを押ししばらく待つがやはり青にならない。車の通りが収まっていたので無視して渡った。

 和食さとでは刺身天ぷらいくらかの小鉢のついたようなセットを食ったが大して美味くもなく、胸焼けに似たような妙な不快感が残った。

 店を出て先の地図記憶を頼りに池を目指す。時折地図アプリを参照しつつ最寄りの池を目指すとすぐに着いた。四方を柵で囲まれセメントで岸を固められた、実用を旨とした何の風情もない水たまりだった。過度な期待をしていたわけでもないので、特段失望もなくしばらく柵に肘をついて暗いばかりの水面を眺めた。

 次の池を探して再び地図アプリを開く。目についたのは一つの長方形区画で、短辺に平行に三等分すると、端の三分の一が池で、残りは陸になっており、碁盤の目に道が走っている。また道の周囲が緑色で表されていることから樹木が茂っていることが窺われる。最も目を惹くのは池の中央に浮かぶ円形の陸で、そこへは陸から小路が一本延びている。いかなる場所だろうかと地図をよく見れば霊園だという。深夜に何の縁もない自分が訪ねるのも罰当たりな気がしたけれども、近隣の住民迷惑のないよう静かに立ち入る分には問題ないだろうと自分を納得させ墓地へと向かう。

 その区画境界まで着いたが周囲にはフェンスが張り巡らされており入れない。どこかに切れ目はないかと沿って歩くうち、フェンスに括られた地名表示板を見つけた。ここは月輪つきのわ)だという。

 この名前に触発されて月を見る。今夜は多少雲がかかっているけれども月は八分以上満ち、月明かりを確かに感じる。この優れた月の晩に月輪で池と共に月を眺めるのは非常にふさわしい気がして、池への期待が一層高まった。しかし一向にフェンスの切れ目は見つからず結局フェンスに沿って立つ人家に突き当たってしまった。どうにか入れないか迂回路を探すが地図を見る限り確実に入ることのできそうな場所はあれど、霊園を跨いだ対角側にあり遠い。そこまで行くのは面倒だが、諦めるのも早い気がして、回り道しつつ再びフェンス沿いへと歩き戻るうち気づけば他の池の近辺まで来ていた。その池の名を見ると月輪大池とあり、名前から言ってこちらの池の方がよっぽど立派そうなので、霊園の方はやめ、こちらの池に向かうことにした。

 その池は名に違わぬ立派な池で、近くまで寄ると鳥居が目に入った。その上部に掲げられた文字を見れば龍王神社だという。龍と池という組み合わせが不穏で、気味は悪いが入って見ることにした。鳥居をくぐると白い石の敷き詰められた参道が長く伸び、道の両脇には石灯籠が一列ずつ密に立ち並び、周囲の闇の中でそれらのみが微光を発するように浮き上がっている。それは幽玄さを感じさせるものではあれど古典的怪談舞台のようでもあり、すっと背筋が寒くなる思いがした。足を踏み出すと砂利は一歩一歩が僅かに沈みこむほどに厚く、粉を纏う玉砂利を踏んだときのあの軋む感覚が足の裏を伝わった。参道を歩む途中振り返ると、石灯籠の列が遥かに見え、正面を向き直るとやはり前方にも石灯籠に縁取られた道が長く続く。私は明らかに恐怖を感じた。それでも時折振り返りつつ歩みを進めた。

 やがて参道が果て、二つ目鳥居に辿り着いた。それをくぐり、二、三歩進み周囲を見渡す。正面には拝殿があり、周囲は薄く木々で覆われており暗いが、左方の木立の隙間からわずかに月明かりが漏れ、その先に池が垣間見える。目が慣れるまで待とうと立ち止まって周囲を見ていると、突然右方からかにふうふうと浅く早い吐息のような音が聞こえた。慌ててそちらに目を向けるが何もいない。そこには背の低い茂みがあり、その陰に何らかの獣でもいる可能性は否定できないものの、茂みの大きさからいってあまりありそうもない。微かな音だったか幻聴かもしれない。ともかくしばらくその方向を睨んだ後、気にしないことにした。

 正面の拝殿に参拝し、木立の隙間から池の方へ抜けようとそちらに向かうと、途中に小さな社があった。そこにも参拝した後、岸へと抜けた。月輪大池は非常に大きく、正面を向くと視界に収まらないほどの横幅がある。奥行きは向こう岸一帯が闇に融けているためはっきりとはしないが、その先にある人家のシルエットの大きさから推するに、それほど深い訳ではないだろう。それでも立派な池だ。月は私の背面にあり先ほどよりもやや濃く雲に覆われ、ぼやけていた。月と池を同時に眺められないのは残念ではあるがしばらくそこに佇み、交互に見た。そろそろ戻ろうと思いつつ、ふと脇に目を遣ると池を跨いで石灯籠の列が見えた。またあの道を行くと思うと気が進まない。「行きはよいよい・・・」などとふざけて呟き、気を紛らわせつつ帰路につく決心を先延ばしにしながら周りを見渡していると岸に沿って道が伸びているのに気が付いた。先を覗くとずっと続いており、先には低い丘とその上には東屋が見える。そちらから抜けることにした。

 東屋まで行くと、隣接して高いフェンスで囲まれた芝生のグラウンドがあった。無論人はいない。グラウンドへ入りずんずんと歩く。微風が吹き抜けている。中央辺りで芝生に触れると僅かに湿り気を含んでいるが濡れるほどではない。尻をついて座り、月を眺める。月は一層雲に覆われ今や輪郭も寸断され最早奇形の灯が天に浮かんでいるばかりだ。明瞭に見えたならばどれだけいいだろうと思いつつ、眺めているとしかしこの月も美しく見えて来、私は今更になって朧月なる観念を再発見したのだった(*1)。普段酒を飲まないけれども、この時ばかりはあたりめもつまみながら飲めたらどれだけ気分がいいだろうかと感じた。準備をしてまた来るのを心に決めた。

 ひとしきり眺めた後、地図で帰り道を探す。グラウンドの逆側から抜け、道路下りつつ戻る道を見つけた。グラウンドを抜けると、公衆便所があり煌々と光を放っていた。少し尿意はあったがまだ余裕があるためそのまま過ぎた。淡々ホテルへと向かう。

 しばらく歩いたのち尿意が強まってきた。近くに便所が無いため立ち小便も考えるが違法なので出来る限りは避けたい。しかし同時に私が立ち小便をしたところで、ばれる筈もなく誰が咎めることができるだろうかという不敵な気分もあった。歩き続けるうち住宅地の間に公園を見つけた。それは家屋の列と列の間に取り残された三日月状の領域に造られた小さな公園で簡易な遊具が並んでいる。ここの公衆便所を使おうと外縁に沿って歩きつつ中を伺うが見つけられない。どうやら無いらしい。私は憤慨した。便所のない公園などありふれていることは承知しているけれども、わざわざ今現れなくてもいいだろうと怒りが湧き、本来ならば便所のあってしかるべき空白に、あてつけに尿を撒いてやろうかと考えたが、この静寂の中放尿すればそれなりに音が響くに違いなく、周囲の住人に聞かれることを考えると不安になり止した。私の尿意限界近くまで高まっていた。地図アプリを見るとまだ二十分以上は歩かなくてはならない。どう考えてもホテルまでもつとは思えないが、ともかく足を進めると、見覚えのある道に出た。行きに通った道だ。記憶を辿ればこの先は道路建物が立ち並ぶばかりで立ち小便できるような茂みはない。一度足を止める。地図アプリを見るとすぐ右に行けば公園があることが分かったので、歩道脇の草むらを横切り、駐車場を過ぎ、公園へと向かう。この公園は先のとは異なり、庭園やら広い芝生やらがある大規模な公園だった。どこに便所がありそうか見当もつかないが、ひとまず建物が目についたのでそこへ向かった。しかしそこには施錠された建物があるのみで便所は見当たらない。建物に挟まれた道の奥へ行くと芝生が敷いてあり、奥に池、周囲には植え込みがある。この植え込みの陰で済まそうかと考えながら歩いているとある看板が目に入った。曰く、「山の神池では釣りをしないでください」。なんという名前だろうか。信仰心のない私でも山の神を冠する池で立ち小便をするのは流石に気が引けた。道を戻る。もう限界が近く、考える余裕もない。諦念が私を支配した。自らの限界、ただそればかりのためにどんな平行世界においても便所存在しないような場所を私は尿で汚すのだと、敗北感を感じつつ、間近の立ち小便に都合のいい場所を探して歩くうち、左手に蔦で上方が覆われたプレハブが現れ、「公衆」の文字が目に入った。慌ててその文字の続きを追うと、蔦で部分的に隠れているけれども確かにトイレ」の文字が続いていた。降って湧いたような都合のいい便所に驚いたが、ありがたく使うことにした。入り口のドアには窓がついており中は真暗だ。スライドドアを開き、中をスマートフォンライトで照らすが照明のスイッチは見つからない。もしや時間帯によっては電気がつかないのだろうかと不安を感じるも、これ以上我慢できないので闇の中でも済ませるつもりで足を進めるとカチとスイッチの入る音がし、灯りがついた。人感センサーがついていたようだ。無事に用を足した。非常な安堵を感じ、軽快な気分でホテルへと帰った。

 風呂に入るなどしつつ明日のことを考えた。出来れば龍王神社を改めて太陽の下で見たい。しかしすでに四時近くになっている。明日のチェックアウトは十一時までで、今から寝るとなるとぎりぎりまで眠ることになるだろう。午後のバイトを考えると十二時頃には瀬田を出なくてはならず、一時間で往復するのは不可能なので恐らくは無理だろうと諦め半分で床に就いた。

 翌朝九時過ぎに目が覚めた。まだ眠気はあり、もう一寝入りしようとするも寝付けない。それならばということで、龍王神社を見に行くことにした。

 日の光の下では龍王神社はありふれた田舎神社だった。あの幽玄さを湛えていた石灯籠は改めて見れば妙に小綺麗でそれ故安っぽさを感じさせるもので、大粒の玉砂利に思えた敷石は粒が大きめのバラスに過ぎなかった。しかし歩き心地さえ違って感じるのは不思議だ。昨日は沈み込むようにさえ感じたのが今や普通の砂利道と変わらない。あれだけ長く感じた参道も晴天の下では容易に見渡すことのできる程度のものだった。再び拝殿とその脇の社を拝み、木立を抜けて池の岸へ出る。昨日は闇に融けていた向こう岸も、今や明らかに見え、昨日よりもずっと小さな池に見える。しかし僅かに波打ちつつ光を反射する湖面は凡庸ではあれど清々しく、美しくはあった。

(*1 実際には朧月は春の月に対してのみ言うらしい。)

2020-08-29

駅前の路端に女の子女性?がものすごく俯いて座ってた

ぎょっとしたんだけど、こちらは男なので特に声はかけなかった

とにかく腕を枕にしていてバスを待ってるわけでもなく、スマホを見ているわけでもなくて

なんだろ、ケンカして家出をしたとかなのかな

からない

2020-08-27

anond:20200827151658

でもさあ、男が足を開いて座ったり屈んだりするのは、睾丸を冷やす(というか温めない)ための遺伝子に刻まれ所作なんだよね。

閉じて座ることを求める座席設計が悪いと思うんだよね。しらんけど。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん