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はてなキーワード: ヒロイックとは

2018-03-26

幸色のワンルームという作品について

最近ドラマ化するらしいが

現実誘拐監禁事件を下敷きにした作品であり、賛否両論だと聞いたので、

クジ〇ックス先生的な(失礼)陰惨な性犯罪を賛美する内容を、中高生が熱烈に支持するマッポーめいた状況なのかと思い、

どんな内容なのかweb版をざっくりと読んでみることにした。

作品の内容について

作品自体の内容としては、まず誘拐というのは完全なミスリードというか誇大広告であり、無知JCハイエースされてダンダンケされ、ストックホルム症候群に陥っていく…

というような内容では全然なかった。実際の事件との関係性も(少なくとも物語上では)全く見いだせない。

男側も色々病んではいるのだが、そもそもハイエースしてない上、少女自殺を阻止したり、レイプ被害から救おうとするなど、むしろヒロイックに描かれている。

同棲してるのも、家族少女虐待しているので、帰る家がないためだ。少女未成年なので犯罪犯罪なのだが、成人同士ならおそらく罪には問われないだろう。

じゃなんで批判されるのか

作品批判する友人に聞いたところ、実際の朝霞市誘拐事件発覚当時、これが短編として公開されたのが原因であるらしいと分かった。

作品冒頭の誘拐犯が少女に優しくし、しか少女は家で虐待されているという描写しかなかったので、事件当時、下種の勘ぐりで色々被害者批判されていた内容を、そのまま肯定するセカンドレイプとして捉えられたものらしい。

現在、冒頭しか読まないで批判してる人は論外としても、当時から批判者にとっては、その後の作品の流れで、実は誘拐監禁など全くしてなかったということが判明しても、

それは単なる後付け設定に過ぎず、寝技に掛けられたようなもんで、壮大な言い訳を聞いているに過ぎないということのようだ。

そのため、公開当初にこれを見て衝撃を受けた人と、後から知って話の全体構造を知った人とでは、まるで受け止め方が異なってくる。

このあたりの事情が分からないと、擁護側と批判側の話は食い違ったままになるだろう。

今後は?

私は人の善性を信じたいので、作者は何も考えていなかったか、またはセンセーショナル効果を狙って冒頭だけを無邪気に公開してしまっただけと思いたい。

あるいは、あまりに無神経な短編になってしまった事に気づき責任を取る意味物語の続きを書き、実際の事件とは関係がなく、誘拐監禁なども起きてはいなかったのだと明示したものと信じたい。

しかしそれだけで批判がやむことはないだろうから漫画が完結した時、またはドラマ放送された時にでも、きちんと詳細な釈明を述べるとよいのではないかと思う。

とりあえず、何でアレが批判されてるのか分からない人向けに書いてみた。

2018-03-24

anond:20180321152456

『幸色のワンルーム』についてさわりしか読んだことないし、ほうっておこうと思ってたんだけど、ドラマ化で叩きが再発というのが本当に残酷だと思ったので、書いてみる。

まず自分小説家志望の人間で、クリエイター側に寄った意見になりがちになってしまうことは予め書いておく。

(なお自分作風は『幸色のワンルーム』のような「危ない」ものではないため、作品へのバッシングについては正直に言うと他人事だった。ただ、だから「見捨てよう」と思ったとき、それは残酷なことではないかと考えなおした)

まず対象作品の発表またはドラマ化が悪である理由として挙げられそうなものを考えてみる。(この他にもあれば教えてほしい(⑤はほかの方に教えてもらって追記したものです))

事件被害者作品を見た場合セカンドレイプとなり深く傷つけてしま可能性がある

事件被害者以外の類似した事件被害者作品を見た場合セカンドレイプとなり深く傷つけてしま可能性がある

誘拐という犯罪を美化しており、誘拐を触発してしま可能性がある

誘拐という犯罪を美化しており、(家出している未成年など)被害者となりうる者の正当な警戒心を阻害する可能性がある

事件に対するセカンドレイプ正当化するもの解釈されたり、助長するため

上記可能性を検討する前に、まず罰について、確認しておきたい

罰について

確認する。

あなたがたは当該作品の発表またはドラマ化が悪であり、それを罰するために下記のような罰が適切と考えている。

上記の罰は作者の人生破壊するに充分なものであることはきちんと認識しておいてほしい。

小説は正直に言って仕事をやりながらでも書ける。けれど漫画創作の手間から兼業でやっていくのはかなり難しい。人生時間のうち多大な時間を消費し、途中で別のルートを選ぶことも困難になる。

そういった覚悟はもちろん創作者の側で用意しておくべきことだろう。けれど作品の発表中止を求めるのであれば、それがどういった影響を他者人生に及ぼすのか――特に同様の観点で作者や作品批判するのであれば――認識しておくべきだろうと思う。

誰かの人生破壊するから批判はやめろと言いたいのではない。逆だ。あなたには絶対に、「これはだれかの人生破壊してでも中止させなければならない」と確信してもらいたいし、たぶんそうあるべきだ。でなければ、ほんとうに残酷すぎる。せめて覚悟をもってください。

セカンドレイプ可能

さきに挙げた①、②はもっともな批判だと思う。そういう可能性は実際にあるし、そうやって被害者の方が傷付くのはまったく看過できない

意外かもしれないけど、この点について少なくとも自分はまったく擁護の術を持たない。

(一点だけ気になる点があるとすれば、多くの場合批判自身はこの「被害者」に該当しないこと。被害者セカンドレイプバッシングを受ける可能性を考えると、こうした「代弁」は非常に重要なことであるのは確か。

けれど例えば(正直に言ってかなり考えにくいと思うが)当の「被害者」に該当する人が作品ファンであったり、または発表の中止までは求めない場合、こうした処罰の代行が被害者を苦しめてしまうことにならないか、ということが気にはなる。

ただ、「代弁」をしない場合デメリットや上のような事態可能性の多寡を考えると、やはり代弁をやめるべき理由にはおそらくならない)

というわけで、①、②の理由から作品の発表やドラマ化の中止を求めるのは不当だ、という結論は少なくとも自分は導けない。

ただしその場合、お願いしたいのは、絶対に①、②のような可能性を真剣に考えて、真剣に徹底してください、ということです。

当たり前のことですが、①、②は誘拐に限りません。あらゆる犯罪災害被害者にありうることです。そしてこの基準に触れている作品は世のなかにかなりあります

もちろん時代もあります。いまほど創作物に求められる倫理的水準が高くなかった時代作品には残念ながらこうした危険はらもの存在します。

そして注意してほしいのは「この作品犯罪を描いているが、悪として描いており、美化していない」というエスケープは後述する③、④には適用できても①、②には適用できないことです。

作品が悪として描いていようが、美化していなかろうが、フラッシュバックや、被害者が傷付く可能性はなくなったりしません。

お願いですから、①、②の理由作品批判するなら、ほかの作品に対しても(もちろんあなたの好きな作品に対しても)徹底してください。その方法はお任せします。作品クズだと思うのでも、ゴミだと思うのでも、発表中止を求めるのでも。作品によって対応が変わることももちろんあるでしょう。けれどお願いですからあなた自身絶対に正しいと思えるやり方で、徹底してください。あなたが正しいと思えない基準によって、ひとつ作品が消し去られ、作者の人生が崩れてしまうのが、いち創作者として本当に耐えがたいのです。

犯罪の美化

③、④の可能性についてはいわゆる「ゲーム脳」などの「創作物が犯罪を誘発する」タイプの言説を抜け切れていないと感じる。

ここでもう一度確認しておきたいのは、あなたがやろうとしているのはだれかの人生破壊する可能性があるということ。推測によってだれかの人生破壊して、あとで(あるいは永遠に結論はわからないのかもしれないが)「間違ってました」では済まないということ。

③、④についてはできれば科学的あるいは統計的根拠があった方がいいと思います作品擁護のためではない、だれかの人生破壊しうることを実行するなら、その根拠となる推測が正確であることを確かめからやるべきだと思うからです。

不正確な推測を根拠にだれかの人生破壊するというのは、残酷なことだと思います

そしてもちろん、③、④についても①、②と同様、真剣に考えて、真剣に徹底してほしい。

「この作品犯罪を描いているが、悪として描いており、美化していない」というのも、ただ自分の好きな作品だけ免罪させるための言い訳として使うのはやめてほしい。それは不当なことです。なにかを罰するなら、お願いですから、その正しさを信じ抜いて、貫徹してください。お願いします。

セカンドレイプ助長(追記分)

⑤についてはほかの方(anond:20180324003900から指摘を受けたので追記した。

ただし正直なところ、単純にディベート的な命題の強弱のみを考えるなら、⑤は①、②の下位互換しかないように思える。

作品セカンドレイプをエンカレッジしたり助長するものであるより、作品のものセカンドレイプであるほうが、より悪であるということになるだろうし、より強い批判ということになるだろうから

加えて⑤の場合は①、②よりも批判者(つまりあなた)がより際どい位置に立たされることは意識しておいてほしい。

⑤の場合作品のものあくまセカンドレイプ的言説に利用・悪用されたに過ぎず、悪いのはあくまセカンドレイプを行う者たちであり、作者はそこに含まれない可能性があります

その場合あなたは作者本人は悪くないにもかかわらず、人生破壊しうる処刑をくだすことになります。わかりやすく言えば、あなたが逆に「加害者」となり、悪側の立場に立たされる可能性もあるということです。(もちろんこうした可能性は①~④にもあります

もちろんこれは仮定の話です。だからこそ、何度もお願いしますが、絶対に正しいと確信して作品の発表中止等を求めてください。それはあなたが悪や加害者にならないために必要努力であるし、同時に不当に消し去られる作品やだれかの人生をなくすための手順です。

そしてもちろん、その正しさを真剣に信じて、真剣に徹底してください。お願いです。

結論

言いたいことはだいたい以上です。長くなってしまいました。すみません

創作者あるいは創作者志望にとって、創作は往々にして、人生をまるごと賭け金にした、自分人生のもの価値を左右する重要なことです。(もちろんそうでない人もいますが)

ただしそうしたある種ヒロイック比喩でもってして、だれかを傷付けることを正当化することはもちろんできません。

けれど、そうした重みをもっている物事を、そうと知らずに軽い気持ちゴミ箱に捨て去られるのは、正直にいって、耐えがたいです。

現在ある『幸色のワンルーム』への批判がそうした軽々しいものであるというわけではありません。ただせめて、「そうでない」ことを確認させてほしいと、思いました。

ドラマ化というのは、作者の方にとって本当に嬉しい知らせだったと思います。そうしたときにやはりまたバッシングを受ける。

ならせめて、そのバッシングだけは正しいものであってください。お願いです。本当にお願いです。正しくないバッシングによって、ドラマ化の知らせを受けた矢先に中止になるなんて残酷なことは(ありがちなことなのかもしれませんが)本当に起こってほしくないんです。

余談

ふたつ、蛇足を加えます

まずひとつ、私は個人的な考えとして、あらゆる創作物に対して、その客観的価値をだれかが決められるとは思っていません。

したがって anond:20180321152456 の方の下記の記述は正当ではないし、余計だったと思っています

というのも、この作品漫画としてのレベルは決して高くないからだ。

まずこの方は上記の文に続いて作品欠点を挙げられていますが、作品欠点を列挙することが作品の「レベル」の判断になるとは自分は考えません。作品欠点を美点が凌駕することは往々にあることだし、その美点は「自分にはわからない部分にある」のかもしれないと常に感じるからです。

またご本人が「持て囃された理由」として「「家族からの逃避と二人だけの世界への耽溺」というテーマが、思春期少年少女一部の人間に心地よいものだったから」を挙げられています。程度の低い理由として挙げられたのかもしれませんが、個人的意見を申し上げれば、これは充分にすごいことですよ。

蛇足ふたつめ、

私はどこかで『幸色のワンルーム』の作者の方が女性で、若い方だと見たような気がします。(今回その情報を探してみましたが、見つかりませんでした。正確な情報ではないかもしれません)

そうした先入見が本件への自分姿勢に影響を与えた可能性は否定できません。当然ですが、そういうことはあるべきではありません。もしそうだとしたら、反省点です。

女性が守られるべきであるかいった考えは、フェミニズム的でないというよりその正反対だと考えるべきでしょう。もちろんそれはわかっているのですが、若い女性漫画家としてデビューし、その後バッシングによって漫画家をやめることを余儀なくされた場合、その後の困難さが男性場合と比してより困難であるというような「想像」が、今回の筆致に影響を与えなかった確信が持てず、そしてそれを隠すのは誠実な態度ではないと考えたため、蛇足ながら書いておきます

2018-03-22

anond:20180322221533

女の「察して」っていうのは、その裏側に何千回も察して動いてきたということの積み重ねが背景にあるんだよな。

特に言われなくても部屋の掃除をしてあげたり、洗濯物をたたんでタンスにいれてあげてたり、あと病気になっても心配かけまいとして黙ってたりとか。

で、何千回と察して動いてくれていたという事実に無関心な男が、それを言われて「そんなこと言われても」と別に俺頼んでねーしみたいなことで「察して女はめんどくさい」って言ってんだよな。

察して動いてもらうことに慣れすぎててありがたみも何もないってこと。

尽くす女性って女性自身がヒロイックな気分に浸れていいけど、実は全く感謝されてないし「いつかわかってくれる」なんてこともないって早く気づいた方がいいね

2018-03-20

もう少し高カロリー朝ドラも見てみたい気もするが、まぁそれは無理な話だ

NHK-BSで、朝ドラ再放送~最新朝ドラ早版を30分連続でやってる朝の枠があって、出かける準備をしながら斜め見するのにちょうど良くて見ている。今は再放送花子とアンわろてんかが、どちらもちょうど太平洋戦争中というタイミングである

朝ドラにおけるお約束として、当時の世相は「軍国化する体制側」と「軍国化に追随する常識的市井」と「不本意ながらも追随せざるを得ない主人公界隈」という構図で書かれがちであるドラマなので美化しているところも現実とは違うところも沢山あるだろうが。

まぁ、言論弾圧に反骨し投獄され獄死した人も実際にはいたわけだが、朝ドラで取りあげるには明らかにカロリー過多だし、結果的にぼろ負けした戦争を指揮したボンクラもの尻馬に乗っかって踊った「善意市井」を主人公にしてヒロイックに描くほどさすがに無知性に極右化するわけにもいかないだろうし、「善意市井の恐ろしさ」を皮肉として描くには、獄中死を取りあげる以上に高カロリーすぎて朝から胃もたれ必至なので無理だろう。

増田若いころから、「こんなに分かりきって馬鹿たことをやっているのに、なぜ当時の「善意市井」たちはそれをどんどん受け入れていったのだろう」というのが不思議で、戦時中ものルポやら文学作品やら日記やらを読むのが好きである

朝ドラフィクションである、とはいえ、歴史資料(あまり正確なものが残っていない。当時も今と同じように時間がたつと自動的に消える仕組みになっていたのだろう)や日記文学者が残した戦時中日記はとても興味深い)などを読んでみても、朝ドラと同様の「アホな指導層/それに踊らされる自称常識人不本意ながら付き合わされる主人公」的な構図を見つけることはできる。

こういう趣味があるどちらかというとリベラル寄りの増田なので、ついそう読んでしまう面もあるが、太平洋戦争ではそれでまんまと、長期人口グラフでもあっここだよね!と分かるレベルでかくんと人口が減った戦争を、戦後は「ぼくら踊らされたんですー」みたいな顔した「善意市井」の多大な協力で成し遂げたわけで、「善意市井」の暴力性というか、大義お国のために)と生活(逆らうと生きていかれない)が直結したときの怖さというか、そういうものがもうちょっと朝ドラで書かれたらええのにないっそ、と思ったりもする。こういうご時世ですし、なおさら

まぁそれはそれとして黒木華藤井隆はほんと良い俳優だな、以前から両者とも好きだったが、どちらも難しい立ちどころの役をこなしている。藤井隆マシューズベストヒットTVベストアクトだと思っていたが、万丈目はんも相当良い。ドラマはまぁ、ちょっと吉本配慮が過ぎまへんか?とは思うが。

昨今は、民放局が良いドラマを作る体力がすっかり無くなっているせいかNHKドラマ相対的に良く見えるということもある。昨晩は録画しておいた弟の夫を見て号泣したところだ。あれは、演出演技脚本含めほぼ100点。

2018-03-07

anond:20180307145623

なんど砕けても直す、なんど挫けても立ち上がる、逃げられても逃げられても追い続ける、その精神の在り方が第四部テーマじゃないのか。

「砕けない」だと第三部の承太郎のようなあらゆる危機を表情ひとつ変えずに乗り越えてしまヒロイックキャラクター想像してしまう。

2018-02-28

久しぶりにヒロイックエイジってキーワードきいたわw

全部みたけどいまいち印象うすい

EDのなんとかライトって歌は好きだった

OPangelaで、キャラデザ平井久で脚本うぶかたでなんとなくふぁふなーっぽい感じ

2018-02-22

anond:20180220212352

サムライフラメンコWikipedia見てきたけど

平成仮面ライダーっぽい感じだな

今やってる「ビルド」が、自警団っぽいノリで始まって今は国家紛争みたいな感じになってて

久々にスケールのでかいやつ来たなとテンション上がってるんだけど

アニメにもそういうのあるんだ

(余談だが「ウィザード」は例外として、仮面ライダーは「フォーゼ」以降セカイ系っぽくなった。

一応世界の命運を握るようなあらすじになっているけど基本的に小さな町で話が完結しているような作品が多い。

僕の仮面ライダー観の根底にあるのは「クウガ」なのでやはり近年のこういった傾向は物足りない。

普通人間覚醒市民を守る「ヒーロー」となり国家世界の命運を委ねられ自分の力に飲まれそうになる、というのが僕の中では王道なのだ

自警団ものとして完成されていた「W」や、

異形の者同士の戦いに焦点を当て、ヒロイックな他作品と少し違う「555」や「ウィザード」、

主人公パーソナリティを描くことに注力した「キバ」のようなものならば不満もないのだが。)

2017-11-03

オリジナルカラオケ(歌なしバージョン)が面白い

ゆゆ式OPってあるじゃん

あの「明日を呪って線路に飛び込んだ」とかよく言われる奴。

あれのカラオケバージョンをさっきたまたま聞いたんだが(アマゾンプライム無料だったんだ)、やたらメロディアスというかヒロイックビビった。

歌付きだとポップな雰囲気になるから気づかなかったんだけど物凄くテンション熱量が高い。

女子高生友達と登校するノリの曲じゃない。

冒険テーマソングだ。

RPG宿命ライバルと決着をつける時に流れてるようなタイプの、少し切なくて物凄く熱苦しくて絶対に負けられないし絶対に負けるはずがない気持ちになれる曲調。

いやー大発見だったわ。

可愛らしい声とキャラデザに騙されて今まで気づかなかったのを恥ずかしがるべきなのかな。


こういう発見がある曲、他に知らない?

単純にカラオケバージョンめっちゃいい曲とかでも。

2017-10-29

おとなになったら エロゲをたくさん やるんだ

そういう妄想をしていた頃の憧れはどこにいったんだろう。

いざやってみると全く面白くない。

名作と言われているゲームが下手な文庫小説よりはずっと面白いことは分かるけど、それはヘタな小説ライバルに設定したから勝てているのだ。

ちゃんとした小説を前にすれば肉薄することすら困難を極めている作品だらけだ。

強いていうならば製作者と消費者の双方に共通した捨てきれぬ幼児からまれヒロイック幻想プライドの高さが混ぜ凝ぜになった欲望を満たすために作られた世界物語の歪さが醸し出す怪しさだけは中々の物がある。

だけど、それ以外の部分は稚拙も良い所だ。

18歳以上どころか40歳以上にすら思えるほどにおっさん臭いのに時には幼稚園レベル言動を繰り返す全く高校生らしくないキャラクター2ちゃんねらーのような喋り方をする地の文、たった一度のちゃぶ台返しだけを起伏としておきながら何十時間もかけて紡がれる物語

何もかもが低レベルだ。

絵のレベルも、名作と言われるようなゲームであっても決して高くなく、むしろ絵が上手すぎると抜きゲーとして扱われて名作という枠組みからはぶかれやすくなるのではないかという懸念すら生まれる。

18歳未満の名実ともに子供であった頃、エロゲに対して憧れを抱いたのはエロゲをやったことがなかったかなのだろう。

ゲームで一番楽しいのは購入した日の行き帰りの道だという人はいるが、その道中を延々と何年も歩き続けてきたのがあの日々だったのだ。

あぁ……あの頃は楽しかった。

楽しい道のりだった。

ありがとう

ゲーム自体面白かったとは言い難いが、いい夢を見させてもらった。

もう自分子供じゃないから、別れの言葉は前向きでお互いに気持ちよく終われそうなものを選ぶよ。

しかったよ。

本当に楽しかった。

ももう終わったんだ。

然らばこれにていざ別れ目。

今までどうもありがとう

2017-10-09

UNDERTALE やばすぎでは?

ロールプレイングゲームの「ロールプレイ」って何だろうって私はずっと不思議だった。

ゲームプレイヤーはいだって役割を演じている。

STG主人公だってACT主人公だって皆それぞれの役割を演じているんだ。

それなのにRPGゲームけがどうしてロールプレイを名乗るのかが不思議だった。

TRPGコンピューター上で再現してマスター不要で進められるようにしたのが大本の始まりだったとして、そこから何十年たってるのに何時までたってももっと相応しい名前を考えないのは何故なのだろうと思いながらRPGを遊んでいた。

アクション要素が薄いor成長要素が強いかRPGですと言われても、果たしてそれはロールプレイなのかと納得出来ないでいた。

でもこのゲーム出会って考えが変わったよ。

コンピューターRPGは確かにロールをプレイするゲームなのだ理解した。

最初のうちは神の目線コントローラーを握っていたはずの自分が、いつの間にか主人公と一体化していたんだ。

高揚感のあるBGMが鳴り響く最終決戦の中、一緒に冒険してきた仲間たちを救うためにラスボス絶対に倒してやるという決意が何度も胸に湧き上がった。

何でラスボスを倒すのかと問われれば、それはEDを迎えたいからではなくて、この世界を救いたいかなのだと本気で思っていた。

その瞬間、確かに私は世界を救うヒーローとしての役割を演じていた。

そして自分ヒーローとなり世界を救うために、これまでの戦いで培った自分戦闘スタイルを駆使して目の前の苦難を打ち砕くことに対して圧倒的な使命感を燃やしていた。

あの高揚感は何だ。

ヒロイックBGMに酔ったというだけでは説明がつかない。

あの瞬間、確かに自分世界を救おうとしていた。

大切な人を守ろうとしていた。

人間の脳には、フィクション体験現実自分体験を混ぜ凝ぜにして錯覚を引き起こすような欠陥がある。

それは確実だ。

何故なら私が実際にそうなったからだ。

そして私はそれを喜んで受け入れ、あの世界の住人として最後の戦いに挑んでいた。

いいロールプレイングゲーム役割を演じるゲームである以上に、プレイヤーに進んでその役割を演じさせてしまゲームなんだ。

間違いない。

人間現実空想を切り離せないバグった生き物である事を利用し、いつの間にか役割を本気で演じさせてしまシステムなんだ。

私の中にあったコンピューターロールプレイングゲームという名前に対する疑問は長い時間をかけてようやく氷解した。

よく出来たRPGは、プレイヤーに思わず演じたくなる役割提供し、そしてプレイヤーがその役にのめり込めるように創意工夫をこらし、最後にはそのゲームで起きた体験をかけがえのないものにしてしまうのだ。

その道が英雄か、殺戮マシーンか、聖人か、それはゲームによって違う。

だが、完成度の高いRPGは、そのゲームプレイヤーに与えてきた役割をいつの間にかプレイヤーに納得させ、プレイヤーの側が進んでその役になりきろうと自分の心を動かしていくように仕向けてくれる。

からロールプレイングゲームなのだ

ありがとうUNDERTALE。

私の長年の疑問が1つ解き終わった。

2017-10-08

anond:20171008001338

スターウォーズは確かに近い。

架空歴史があって設定が大量に用意されている大河ドラマ

長く噛むほど味が出てくるスルメみたいな。

でもガンダムスターウォーズほどヒロイックでない。

エヴァマブラヴ人間相手ではないし宇宙がメインでない。

リアル系宇宙舞台人間相手歴史の長いロボットアニメ、というと他にはマクロスくらいだ。

2017-09-29

H高校の生徒→教師暴力の件、義憤は必ずしも正しくない

高校教員です。

あれほどまで授業の成り立たない高校で教えた経験はありませんが、

同僚などから聞く話等も含めて思うことを。

1.なぜ生徒は教師を殴るのか

2.なぜこの事件拡散されるのか

3.隠蔽体質問題なのか

の三点から考えてみた。

1.なぜ生徒は教師を殴るのか

 例の動画の様子からそもそも教師と生徒の間に一切の信頼関係が築かれていないことがわかる。

 これはい高校教師の力量のみで解決するのは難しい問題だ。

 所謂教育困難校の生徒たちは、小学校中学校段階では教師から忌み嫌われ、問題児扱いされてきた生徒たちで、

彼らの中には大人教師)=敵という図式ができあがっている。さら高校で同様に問題児扱いされてきた生徒がが集まることにより、

団結して大人教師)=敵に抵抗することが、彼らの連帯を生んでいる。

 さらに言えば、教育困難校の生徒たちの保護者の中にも、経験学校教師をよく思ってないひとが多い。

子供基本的には家庭と学校のどちらかにしか居ない。同様に教育も家庭と学校の二つで行われて然るべきなのに、

教育(というより躾)を放棄した家庭も少なくない。小学校担任に「箸の持ち方を指導してくれ」と頼む保護者もいるそうだ。

多分その保護者は正しい箸の持ち方で食事をしていないのだろう。

さらに悪いことには、教育(躾)を放棄するばかりか、学校での教育を軽視する保護者一定数居る。

教育困難校の荒れた生徒たちの友情は、「教師に反抗するという同質性」を頼りにした友情なのだ

 「閉じた集団の中で何かを共有すること」、例えば同じような服装髪型をすることで連帯するヤンキーガングロギャル流行たことなどは、

「チャムグループ」という言葉説明できる。「似ていることを条件に入れる仲間グループである

教育困難校の生徒たちの間でつくられた「チャムグループ」は、教師排除したり軽蔑し続けることで安寧が保たれる。

Uくんはそのチャムグループ代表して教師を殴ったのだと思う。半ばヒロイック自己陶酔も感じながら。

それを囃し立てる仲間たちも痛快だっただろう。

 そして残念だが、多分そういうチャムグループ教師の間に信頼関係が生まれることは期待できない。

 信頼関係さえあれば、例えば軽い冗談の言い合いだとか、生徒教師相互に多少の「いじり」みたいなものが有っても愉快なのだが、

信頼関係のない「いじり」はいじめやハラスメントになる。信頼関係のないところには教育は、まともな人間関係絶対に生まれない。

 そもそも信頼することを教えられなかった生徒たちは不幸だ。そういう育て方をした親や小中学校教員に多分に責任がある。

 また別の話になるのだが、今回の件で騒ぎになったUくんもきっと、学校を信頼しない保護者になっていくだろう。

学歴社会的格差はそのようにして再生産されていくのだろうな。

2.なぜこの事件拡散されるのか

 匿名ネットユーザー性質として、教室では「素直で真面目な良い子」を演じてきた人間が多いのではないだろうか。

公の場では「素直で真面目な良い子」である一方で、匿名で誰かを吊し上げるのには、

いわゆる不良グループやお調子者が幅を利かせているパブリック空間に対してのささやか復讐意味合いがあるのはないか

 また、事件拡散簡単だ。リツイートボタン一つ押すだけだから

自らが汚い言葉を使ったり、誰かを攻撃している感覚は無い。むしろ悪事を白日のもとに晒すことに、一定正義さえ見出せそうだ。

抑圧されてきた「素直で真面目な良い子」の復讐心と、お手軽簡単リツイートボタンがこの事件拡散を相乗的に早めたのだろう。

3.隠蔽体質問題なのか

 いじめ自殺問題で「いじめはなかった」とする教育委員会などが隠蔽体質と叩かれることが多いが、 わたし隠蔽体質で仕方がないと思っている。

 例えばいじめ加害者実名報道されれば、彼らがネット上で叩かれ、後の人生でも様々な場面で偏見を受けることは

免れないだろう。

 それは当然の報いなのかもしれない。人を傷つけたら、そのくらいの懲罰があって当然だとも思える。

 一方で、その社会的懲罰は初期段階のいじめ構造が変わっていない。多数派が少数派を一方的排除攻撃することによって、

多数派の安寧を保つという構造だ。例えば第二次世界大戦中のドイツゲルマン民族という多数派血統のために少数派のユダヤ人殺害したのと同じように、

ネット上の「素直で真面目な良い子」だった人々が、悪事を犯した少年社会的抹殺したいだけなのではないか

 もし、教育委員会が「いじめが原因で自殺した」と早急に認めれば、

加害者への攻撃のゴーサインが出たのと同義だ。

教育委員会が「いじめはなかった」と言って槍玉に挙げられて居る限り、加害者への攻撃は及ばなくなるのだとすれば、

加害者を守るために隠蔽をするのが教育委員会仕事なのだ

 被害者感情はどうなるのか? そこは難しい問題だ。上のような説明をしてもなかなか納得はしてもらえないだろう。

 あるいは事件があるていど沈静化してからいじめはありました」と認めることで、世間の関心をひかない形で収めるのが関の山か。

 ともあれ、今回の事件に関しては顔も実名所属校も割れていて、拡散も限度を知らない状態だ。

 動画の内容もショッキングなだけに、ネットワイドショーで、かなりの批判がこれから湧いて出ることだろう。

 せめて知的大人ならば拡散はしないでほしい。それは正義ではないから。義憤は必ずしも正しくない。

2017-07-31

https://anond.hatelabo.jp/20170731135417

生存本能

まだ本能論にしがみつくのか。

弱いオス猿がそんなに悲壮存在だったら猿の群れは維持できないだろうな。

ヒロイック趣味を捨てると去勢されたように感じるわけだ。

弱いのに自分の弱さを受け入れられないのが弱者男性悲惨であり、最初から弱さを受け入れているのが弱者女性の強みなんだろう。

2017-07-26

https://anond.hatelabo.jp/20170726130357

不倫脳ってすごいな。どっか腐ってんのかな。

たか下半身欲求自分の都合で優先させてる不倫ときで「社会規範に反しても自分を貫く」みたいなヒロイック感傷に浸れるんだもんな。

2017-06-29

鉄血のオルフェンズの失敗

ヤクザ映画新撰組イメージして、主人公達が成り上がり破滅して全滅する物語として監督が構想を練り脚本に依頼した所がそもそも失敗。

主人公目的は達成されるべきだし殺すべきではない、そもそも主人公達にはっきり目標を持たせず流されるように動くようにしたのも悪い。

特に主人公はサブ主人公理想思考も託しており、敵に向ける人間味や外部への興味は薄く、自らの意思で行動しないまま最終回まで来てしまった。

しかも二期はサブ主人公までその状態になってしまった。

時間ヤクザ映画ならともかく四クールの長丁場の物語でこれをやるのはいけない。

世界設定も伝わりにくかった、酷い世界なのは解るが何をどうすればいいのか悪いのか視聴者には解らなかった。

主人公達が下層過ぎて目先の生存利益を目指して進むしかなく、ヒロイン火星の目先の利益を掴む為に動くしか無かった為に、視聴者にも主人公達の目先しか見えず世界に関わる物語目的が無かった。

一期は主人公達が成り上がり成功する物語だった、最終回では監督脚本希望を持って明るく終わらせろと依頼した結果驚くほどの御都合主義になってしまったがそれでも多くのファンに歓迎され受け入れられた。

しかし二期は一期で得たものを失っていきどんどん追い詰められ最後破滅する物語だった、主人公は死にガンダムの首は切り落とされ晒し首のようにかかげられた。

監督の構想ではヒロイン達も含めて主人公サイドを全滅させ三日月を殺してエンディングが流れ、生き残ったライドノブリスに復讐をして終わる予定だったが、脚本が救いが無さすぎると抵抗した為に多くの仲間が生き残り子作りや最終回Bパートが無理矢理捩込まれた。

キャラを救うためのこの中途半端さもいけない、悲劇をやらかすならとことん突き詰めた方がまだ物語としてまとまった。

主人公補正とも言えるほどに無理矢理主人公達が滅びに向かう中で、最終回Bパートの為に急に色々な物が主人公達に都合よく働き、何ともいびつ中途半端になってしまった。

無理矢理な救いは半年かけて主人公達がひたすら破滅する拷問に堪えた視聴者を救うほどの希望でも無かった。

しかしこの救いが無ければキツすぎる物語だった。

敵に監督脚本感情移入たから二期は面白く無くなったと言う意見を見かけるが私はそうは思わない。

しろ監督の興味が主人公サイドに集中し過ぎていた為に主人公達に時間を割き丹念に描写する反面、敵の最低限必要説明を削り本編に入れられず、視聴者に愛されるように個性描写された主人公達が描写が不足している敵に無様に追い詰められ滅びていく様子を見ると言う嫌な話になってしまったのだ。

強くするべき敵キャラ間抜けヘイト引き受け役や主人公サイドの引立て役に使われ、強パイロットを作らなかった結果最強主人公を倒せるのが遠距離兵器のみになってしまモビルスーツ戦も盛り上がらなかった。

脚本は確かに敵に愛着を持ったが、それは主人公の成長と変化を許さな監督三日月へのこだわりの為に主人公を動かせず、監督ノーマークなので好きに動かせて成長させられるガエリオ面白くなった為だ。

ガエリオ活躍シーンはヒロイック面白かった、監督の書きたかった変化せず感情もあまり表にださない強い主人公骨太興亡物語と、脚本の書きたかったドラマチックな物語の食い違いを感じる。

結果他と関係を持とうとしない主人公からドラマの中心が動いてしまった。

しかガエリオに尺はあまり割かれず視聴者説明をされなかった為によくわからないキャラになってしまった、普通に見てたら何で最終回で急に車椅子に乗っているのか解らない、監督インタビューで漏らすまで一期最終回時点で半身不随だった事すら解らなかった。

一期で一番面白くなかったのはドルコロニー辺りだと思うが、監督脚本が殺したかった主人公サイドキャラを殺させて貰えなかったと言っていて納得した、そのために中弛みしたのかと。

脚本が気に入った為に初期に殺す予定だったアインが一期のラスボスになり、初期に死ぬ予定だったガエリオユージン最後まで生き延び、最後鉄華団は生き延びた。

バンダイドラマを削りモビルスーツ戦を増やすように口を出した。

そのようなライブ感覚物語作りと、監督が譲らなかった滅びの物語の骨格の食い合わせが悪かった。

やるなら短編もっと根底が動かない骨太物語としてやるべきだった。

2017-05-16

共謀罪適用されるのはネット炎上かも

増田共謀罪には反対の立場ですが、そこまで詳しく調べているわけではありません。ご了承ください)

国会ウォッチャーではありません。

この件についてなぜか思い起こされたのが、少し前にあった2chなんJにおける炎上騒ぎです。ご存知の方も多いと思うので詳細は省略しますが、2chのあるクソコテ特定され、クソコテの雇った弁護士まで巻き込んで炎上したというものでした。

炎上といってもその方法は様々で、ネット上で殺害予告をする者、クソコテの住所や弁護士事務所の前まで出向いて嫌がらせをする者、専用の掲示板まとめサイト運営する者、騒動に乗じてひと儲けを企むアフィカスようつべニコ動MAD動画を上げる者、果てはそれを観て草を生やすだけの者など多岐にわたっています

どうやら現在法律では、集団でこのような子供じみた嫌がらせをする事態というのはあまり想定していなかったようです。被害者にしてみれば毎日のように何かが起こって全く気が休まりませんが、個々の嫌がらせだけでは犯罪にならなかったり軽いものだったりというケースもあり、警察裁判所対応も後手後手に回ってしまいました。

何より難しいのは、この集団にはトップもいなければ指導体制も、指揮系統もないという点です。単に身内で目立ちたいからというだけの理由で、嫌がらせエスカレートしていくことすらありました。

しかし、このネットイナゴの群れをひとつ集団として考えた場合集団の総意として嫌がらせ営業妨害を行っている、とみなすことはできるかもしれません。

各個撃破するより、そっちの方がいろいろスムーズだと思いませんか?

いやそんな2ちゃんねらーことなんか知らねえよ、と思われる方も多いでしょう。そんな気持ちの悪い集団みんなしょっ引いてしまえ、という意見も出てくるかもしれません。

しかし思うのですが、共謀罪対象になるのも、そんな怪しい集団なんじゃないでしょうか?

「無実の人が捜査対象になる! 絶対に廃案にしなければ!」というノリだと、無駄ヒロイックかつ悲壮な感じになってしまますが、おそらく現実はそんなドラマティックなものではありません。

一般人対象になることはない、というのも全くの的外れではなく、最初に誰かが対象になるとすれば、やはり普通感覚とはかけ離れたような、なんだかよくわからない不気味な連中なのでしょう。

明らかに白い一般人などどこにもおらず、黒ばかりに見える中、いったいどこで線引きをしていくかというような、一見地味ながらも苦しい決断になるのだと思います

よく引き合いに出される治安維持法にしても、敗戦とそれによる権力構造解体があったからこそ、今まで黒とされていたのが事後的かつ遡及的に白ということになったに過ぎません。

当時の感覚では危険思想の持ち主ですから一般的には黒や限りなく黒に近いグレーという扱いであり、リアルタイム最初から白だと思っていたのは彼らの同志やシンパぐらいでしょう。

それでも結果としては「無実の市民検挙した」という覆しようのない事実が残ってしまいました。

この件について、自分に害がなければどうでもいい、という考えの方も多いと思いますぶっちゃけ自分もそういう思いはあります

しかし、どっかの誰かも言ってましたが、知らないものへの無関心や不寛容こそ、結局は回り回って自分の首を絞めることになるのではないか、という漠然とした不安はあるのです。

2017-01-26

http://anond.hatelabo.jp/20170126211950

それがラノベなんですが…

ラノベにはヒロイックファンタジースペオペもありますよ?

トラバで言われてるオーバーロードラノベですよ?

SAO魔法科なんて実際のところかなりパルプフィクション的なSFですよ?

ニンジャスレイヤーとか横浜駅SFとかも世が世ならパルプ誌に載ってたでしょ?

ぜんぶラノベですよ?

2017-01-05

恋愛って今や「抑圧する側」だよな

ったく上の世代の奴らは「恋愛しないヤツは人として~」とかマウンティングかましやがるからムカつくですぅ腹立つですぅギリギリギリギリギリ

(どうでもいいけど「ったく」とタイプとき「たっく」って打ってしまうの俺だけ?)

しかもこの人らそもそも自分が「マウンティングしてる」とすら思ってないんだから激おこムカチャックノリスですぅ!んぁぁぁぁぁ!

あのねぇあなたたちは盛大なカンチガイしてるのよ

あなたたち「恋愛」について連想するのが「改革」「反抑圧」「反体制」と連想してるんでしょ?ねえそうなんでしょ?

それふっるーいでっすから!ふるふっるぅぅぅっぅぅぅぅぅぅぅぅ!

一体いつまでロミジュリカンイチオミヤのごとく大迷惑気分だってーのよ!

ほんっと未だに恋愛を「抑圧から解放」と思ってヒロイックに酔ってんじゃねーよベロベロ野郎

あのねぇ、恋愛は今や「恋愛」は「抑圧」側になってしまったんだよ!(な、なんだって!?

恋愛はむしろ保守」「体制」となってしまったんだよ!(ななななんだって!?

あ~~~もうほんっといい加減にしてくださいよ恋愛至上主義者。聞いているか!?HEY!ラヴィスト!

自分を抑圧側と認識してない抑圧者ほど厄介なもんはありえませんYOYO!HEY!YO!BE COOL

2016-10-12

アニメージュ表紙キャラ男女の変遷からみる女性読者の増加

人気女性アニメキャラの変遷。(http://prehyou2015.hatenablog.com/entry/animagefemale

上記の記事でのサンプルに採用されているアニメージュですが…個人的な印象として、【中高生オタ女子が一番手に取りやすアニメ雑誌がメージュ】だったので話の流れ的に「男オタの萌えるキャラ」なのにそこサンプルって?と疑問を持ちまして…思わず読者男女比が気になりアニメージュの表紙を男キャラのみ/女キャラのみ/男女混合でカウントしてみた暇人です。結構面白い結果になりましたので公開します。

■参考にしたサイト

ゆうゆうじてき(http://homepage2.nifty.com/yuyujiteki/etc/top.html

NAVERまとめ:歴代アニメージュの表紙まとめ(2000-2016)(http://matome.naver.jp/odai/2143969576830905201


キャラのみキャラのみ両方備考
1983138主人公ヒロインばっかり。男キャラバイファムキャラ
1984182キャラ増えた。ラムちゃんナウシカ、ミンメイ、美沙さん等。男キャラは犬ホームズ
1985256キャラは犬ホームズアムロ
1988442参考サイト様が欠番だったので88年へ。他、ガンダム機体とトトロあり。男キャラはAKIRAの金田ボーグマン女性人気の高かった侍トルーパー
1989462銀英伝表紙あり。
1990174キャラ1はSDガンダム…格好可愛かったので1カウント
1991183キャラはポルコ・ロッソ…!
1992542テッカマンブレードセーラームーン初出。ミンキーモモは1回のみ?男側多そうでいてサイバーフォーミュラ健全表紙だったりする
1993291ジブリ活躍中。男キャラマイトガインとパプワくん(パプワくん不在)
1994254ジブリのぽんぽこ。男キャラ未来冒険チャンネル5とGガンのドモン
1995264ガンダムW初出。そしてエヴァが初出。数字には表れないもののやっと女性向けらしさじんわり。
1996273スレイヤーズ初出。綾波率高い。
19971100エヴァ初号機ナデシコ初出。リナ・インバース率も高い。男1はアシタカ
1998182ラブ&ポップ実写映画)で庵野監督女優表紙アリ。CCさくらちゃん初出
1999372キャラ側にto Heart出てた。男キャラはカウボーイ・ビバップオーフェン
2000183キャラ側に最遊記初出。
2001435最遊記の登場により男キャラ表紙増える。
2002084増えたと思いきやザックリ消える。但しラクスいるから男女でカウントしたけどほぼ男子推し表紙なSEED初出。
2003831>突然の男女比逆転!!< 男側の内訳はSEED、犬夜叉、初出ハガレン最遊記。健闘している女子でじこ片瀬志麻おねがいツインズの子
2004804SEEDの勢いがすさまじく女子のみ表紙は皆無に
2005903SEEDとハガレン女子集客率が見て取れるしピンナップ感増し
2006525やっと女子のみキャラ表紙来たと思ったらNANAと別作品混合の女子表紙。
2007822ここでやっと灼眼のシャナが2回女子のみ表紙に。シャナすごい。
2008911他、魚の身体ポニョ。一人健闘し続けるシャナⅡ。
2009633けいおん初出。2回表紙をもぎとる。残り1回はマクロスFヒロイン
2010930キャラ内訳はけいおん×2回とアリエッティ
2011840けいおん×3回、ジブリコクリコ坂1回
2012831けいおん×2回、スマプリ1回。けいおんにより男性読者戻ってきた?
2013930たまこまーけっとプリキュア10周年、ドキプリ
2014840映画かぐや姫けいおんプリキュアオールスター思い出のマーニー
20151101両方の1は銀魂でかろうじて神楽ちゃん
2016910マクロスデルタフレイアちゃんと美雲さん

※参考のサイト様にはそれ以前の表紙の掲載もありましたが、引用元様にあわせて1983年からカウントしてみました。見落としやミスが大いにあると思います。ご容赦ください。


■以下、所感。

80年代ジブリ推しが多分だったり、元気な少年主人公の表紙があったりと割とほのぼのとした印象でした。ただし、魔女の宅急便のキキのピンナップ風とかあったしナウシカ様の人気も見えるというほのぼのの中のオタ感。

・女オタに人気だった(って聞いたことあるトルーパーも、普通な集合絵で特に女性向けのにおいを感じません。

・(金田の一枚絵ほしい)

90年代セーラームーン存在感単独表紙はうさぎちゃん、亜美ちゃん、セレニティはるか様でした。

男性キャラのみの表紙、健全宣伝絵気味だったのがピンナップ的になったのはガンダムWあたりからの印象を受けました。当時ジャニガン(ジャニーズのような少年ばかりのガンダム)とか揶揄されてた記憶があるので…女性読者増えたんでしょうか。ガンダム強い。人気余ってXのネタを取り込んだことは有名ですね。未見なのでX含めてそのうち見てみたいです。

エヴァは意外と綾波一辺倒でした。シンジくんはともかくアスカは…?今だとカヲル君も特集されるところですが、後方の登場からの人気爆発のせいか彼もいません。

・ということでWとエヴァでじんわり蓄積されていたかもしれない女オタ読者がハッキリと激増する様子が見受けられるのが2000年代引用元様でも「2010年を過ぎたあたりから(中略)男のリビドーを感じない」と言われておりますが同感です。

・逆転の起こる2003年頃。男女比を調べるつもりとはいっても、男キャラのみ表紙の場合にだけ作品名メモしていたのが、女キャラ側へと逆転したのは調べていて衝撃的でした。

男性オタク側にヒット作が無かったわけではなく、むしろ版権的あれこれもあるかもしれないんですが)あれだけヒットした涼宮ハルヒらき☆すたもありませんでした…既に客層が入れ替わっていたということでしょうか。そういえば、まどマギもない…。

・SEEDとその続編という長期に渡るアニメ女性にヒットしたのは大きいと思います。そして併せ技で「鋼の錬金術師」、前後の押しに「最遊記」のヒットが表紙から読み取れます。SEEDとハガレン、人気ありましたね。

・上記の私の「中高生オタ女子が一番手に取りやすアニメ雑誌」の印象はそのあたりで培われたもののようです。

蛇足ながら、下に2003年以降の男キャラのみ表紙の場合作品内訳も上げておきます。半端に略式で書いてますがご容赦ください。人気ランキングと照らし合わせると面白いと思います


作品名
2003犬夜叉ガンダムSEED、最遊記R、鋼の錬金術師
2004ガンダムSEED、最遊記R、鋼の錬金術師蒼穹のファフナー、SEEDデスティニー
2005鋼の錬金術師蒼穹のファフナー、SEEDデスティニー
2006SEED、今日からマ王!ガンダム映画コードギアス
2007BLEACH、コードギアスヒロイックエイジ、おおきく振りかぶってガンダム00
2008BLEACH、ガンダム00黒執事
2009ガンダム00黒執事鋼の錬金術師ヘタリア
2010黒執事ヘタリア戦国BASARA銀魂おおきく振りかぶって、デュラララ!
2011戦国BASARAイナズマイレブン、デュラララ!、TIGER&BUNNY青の祓魔師
2012イナズマイレブンTIGER&BUNNY、うたのプリンスさま、黒子のバスケ
2013イナズマイレブン黒子のバスケマギPSYCHO-PASS銀魂風立ちぬ進撃の巨人Free!
2014進撃の巨人Free!メカクシティアクターズハイキュー!、ダイヤのA
2015黒子のバスケ進撃の巨人Free!、デュラララ!、うたのプリンスさま、終わりのセラフ血界戦線弱虫ペダル
2016鉄血のオルフェンズおそ松さん銀魂文豪ストレイドッグス美男高校、アイドリッシュ・セブン

2016-08-11

シンゴジラをつくった人、人間ドラマなんて興味ないんじゃないか

昔、淀川長治が、マルクス兄弟について、「映画コメディではなく、舞台コメディ」っていったけど、「シンゴジラ」も映画である前に、シミュレーション映像化。この監督が撮ろうとしているのは、「ゴジラ」という生物が出現したとき対抗措置として作動するメカニズム人間ドラマとか、入る余地はないよ。

戦車ミサイルだけではなく、大型未確認生物日本上陸という非常事態対処する官邸を中心とした官僚組織メカ(機構)として扱われる。テロップはいる「内閣官房副長官秘書官」という肩書と「こんごう型護衛艦きりしま」」という艦名は、その機能を現すうえで等価であるということ。劇中、ヒロイックな面もあるけど「内閣官房副長官」がたまたま矢口」という人物だったのであって、「矢口」という人物の固有性は、ここでは意味を持たない。そこで俳優が演じるのは、固有の人物ではなくて、出世欲も含めて、その役職についている人物の類型を出ないが、それがシミュレーションを超えて「映画であるうえで問題とも思えない。

ストーリーを進めるにあたり、言葉説明し過ぎるのがこの映画欠点だけど、前述した理由からストーリーの展開上、あまり大事ではない演者の振る舞いやセリフこそ、見るべき。市川実日子のあまり感情を見せないが、ないわけではない理系女子もっさり感。高橋一生の一流大学院-研究機関と等質な環境で馬齢を重ねた人間特有のいい歳をしたおとこ学生気分の抜けなさ加減。ピエール瀧の、市川とはまた違った感情を表に出さない鈍重な顔をはじめ、自衛官役おしなべての顔の良さ。アメリカからの通告を聞くシーンで、撚れて「かっこ悪い」竹之内豊のかっこよさ、等。

映画として、大傑作かと言われると疑問だけど、自衛隊官邸組織について詳しく調べて、特撮映画としての「ゴジラ」に喰らいついてくるオタクマニアが何を好むか、よく考えている。

あらゆる映画は、ジャンル映画であり、個々のジャンル映画は、固有の観客層を持つ。結局、大ヒット作もコアとなる観客層にターゲットを絞って、それを土台に観客を増やしていくほかないと思うのだが、テレビドラマをそのまま映画館スクリーンに映しただけで、そのドラマファン映画館に来た一時期のバブルのせいでそれが忘れられていたのではないか、と思った。ただ、そんななかても、固有の観客層に向きあう映画もあり成功事例もいくつかあった。今回はそのなかでも評判がひときわよかったものではないか。実際、小説マンガ映画化の際、原作念頭において見にくる客を当てこんでいるはずなのに、原作も読まずに撮っている監督いるからね。それなら、はじめからオリジナル脚本で創ればいいのにね。いったい誰が見るのかさえ考えずに、作っているとしか思えない映画が多いなかで、いい映画だと思うが、この規模での成功を納める後続する作品が出てくるのかな、とも思う。

*** 

無料で見られるテレビですら視聴率を稼げないのに、身内でウケたちゃちなアイディアをもとにして金のとれる映画をつくろうとする無謀なテレビ屋。制作委員会に名をつらね、誰でも思いつきそうな注文を並べるだけで、金を抜こうとする広告代理店うすい内容をさら前後編に分けて薄めてしまおうとする映画会社。本編とはまるで関係のない歌詞のサビを大音量で歌いあげる予告編。練りこみが足りず、登場人物性格破たん者にしかみえないばかりでなく、物語自体も前半と終わりで話のつじつまがあわない脚本。そこそこ良質な映画でも、評判の立ち方が気に食わないとワースト映画に挙げたがるポーズだけの評論家

矢口蘭堂の目のまえに、がれきの山が拡がっていた。遠い昔であるが、ハリウッドに次ぐ映画大国であったこの国が、いまでは見る影もなかった。

日本映画は、まだまだいけるぞ!」つぶやく矢口の声に力はなく、目はうつろだった。

2016-08-07

庵野エヴァ虚構)を捨ててゴジラ現実)を作った

シン・ゴジラを観てきた。

実際にゴジラが現れたら、本当にこんな後手後手の対応に回るんだろうなというリアル感。

自衛隊が本気で攻撃しても倒せないという、お約束の展開をリアルに描くことで生まれ絶望感。

すごく面白かった。

ところでシン・ゴジラ評価として、エヴァっぽいという声をちらほら聞く。

この物語エヴァっぽい?

オーどこに目をつけているんだいキミタチィ。

エヴァとは真逆の話じゃんかよ。

なぜそれが分からないのか、分かろうとしないのか。

と思うので思うところを書く。

エヴァと言えば言わずもがな、『セカイ系』と呼ばれたジャンル最高峰である、と言われている。

セカイ系の特徴には諸説あるが、概ね、世界の命運がごく少数の登場人物意思決定によって左右される物語だとされている。

時として世界の命運を左右するのは、数奇なめぐりあわせのために巻き込まれた、覚悟も力もない少年少女であったりする。

そこで生まれドラマを描くのがセカイ系というジャンルである

シン・ゴジラはこのようなセカイ系の特徴を徹底的に排した物語構成を行っている。

ゴジラと戦うのは民主主義手続きによって選ばれた、国民代表たる政府関係者自衛隊である

何を決定するにも会議を行い、議事録が残り、行動するには法的根拠必要で、無いなら法案を作るという、民主政治プロセスが正統に実行されている。

ネルフみたいな胡散臭い特殊機関なんて存在しない。

また、ゴジラは確かに脅威ではあるが、セカイを滅ぼす存在ではない。

自衛隊の装備で傷をつけられずとも、米軍空爆でならダメージを与えられる。

当然、熱核兵器を打ち込めば瞬殺である

エヴァ使徒とは比べようもない、ただの生物である

ゴジラはセカイを滅ぼす存在ではない。

ゴジラを殺す兵器存在する。

それを使えないのはヒトの都合である

ゴジラを脅威たらしめているのは、ヒトの側の都合なのである

第2、第3形態ゴジラ自衛隊攻撃できなかったのは、ひとえに憲法9条下における自衛隊不自由運用のためである

第4形態ゴジラに核を撃ち込めないのは、ゴジラ東京のど真ん中にいるからであって、要するに今まで都市インフラ投資した金がもったいない、というだけの理由である

本当に、たったそれだけの理由である

からゴジラはセカイを滅ぼさない。

たか怪獣とき人類が滅ぼされるはずがない。

滅びるのは核攻撃の巻き添えを食う関東一帯の都市のみである

それも無人の都市である

住民は既に避難しており、直接的な人的被害はない。

日本人が生きている限り日本は滅ばない。

もし東京が壊滅しようと、京都首都機能移転大阪経済の中心となって、日本という国はつつがなく回っていくだろう。

ゴジラはセカイどころか日本すら滅ぼさない。

日本が滅ぶとしたら、劇中で指摘されている通り、株価、円、国債などの暴落によるデフォルトである

日本の滅亡すらヒトの側の都合で起こる。

ゴジラは何も滅ぼさない。

滅ぼさないのだ。

そんなセカイを滅ぼさなゴジラと、対策チームは不眠不休で戦っているのである

なぜなら、誰もセカイを救う力なんて持っていないから。

普通秀才の集まりから不眠不休対策を立てても、勝てるか分からないのである

できるだけ多くの協力者を募り、政府研究機関民間企業情報提供し、他国へのコネ活用して、ゴジラを倒す作戦を立てるのである

日本人の持つ力を集結させて戦うのである

それが、セカイを救う力なんて持っていない、普通の日本人達のリアルから

なんのために戦っているかと言えば、仕事として、国民生命財産を守るために戦っているのである

避難すれば命は助かるが、それは今までの生活を全て捨てることを意味する。

セカイの命運に比べて、実に些細な問題だ。

だが、劇中、その些細な問題に対し、

簡単に言うなよなぁ」

とボヤかせるのだ。

その些細な問題のために、命をかけてゴジラに戦いを挑むのだ。

仕事として、国民代表者として。

から、劇中の所々に見られる、主人公演説も、ドラマ的な演出もなく淡々と行われる。

ムードを盛り上げる感動的な音楽も流れない。

聴衆の歓声も、勝鬨の声も上がらない。

リアクションは、少し涙ぐむ程度である

作戦決行直前の演説も、演説の内容は重大であるが、その光景はまるで中小企業社長が朝礼で社員演説するかのような様子である

人類の命運をかけた、ヒロイックな戦いではないから。

自分たち生活の場を守るための、仕事から

こうして観ると、シン・ゴジラ全然エヴァっぽくないということが分かると思う。

ゴジラが現れようが暴れようが、セカイは盤石だ。

それを倒すのにも、優れたリーダー英断の下、日本科学力、工業力、軍事力を集結すれば可能なのだ

冗談みたいなIQ天才もいらないし、自己犠牲特攻必要ない。

国を守る覚悟のなってない、思春期少年少女の出番など、どこにもない。

庵野はどうしてエヴァ映画を作るのを放って、これを撮ったんだろうか。

エヴァセカイ系物語である

少年少女意思決定が、そのまま人類の滅亡を引き起こしたりする。

そういう話の持つ面白さは、そういう面白さとして存在するが、きっと庵野はもう飽きたんじゃないだろうか?

それより、ヒトの社会の営みの豊かさ、力強さに惹かれてるじゃないだろうか?

ゴジラときじゃ、俺たちの社会は滅ばない!」

そう言いたいんじゃないだろうか?

物語の全編から、もうセカイ系なんてやめよう、エヴァみたいな物語なんて作るのやめよう、というメッセージが伝わってくる。

だというのに、演出だけ見てエヴァっぽいの大合唱では。

そりゃ同じ人が作ってるんだから、同じような演出になるのは当然だろう。

それがクリエイターの持ち味なんだから

上っ面ばかり見て、どうこう言われて、庵野も気の毒だね。

2016-07-12

ハイファンタジー」の定義をめぐる問題

小説家になろう」のジャンル再編の影響で、「ハイファンタジー/ローファンタジー」の定義について議論になっている。

http://syosetu.com/teaser/genre/

問題の原因は、「ハイファンタジー」の定義が、「異世界舞台としたファンタジー「異世界歴史文化が作りこまれ重厚ファンタジーとに分裂している点にある。特に後者定義採用している人物が、Web小説ライトノベルファンタジーを指して「あんものハイファンタジーではない」と発言し、周囲の反発を招くことが多い。以下、便宜的に前者を「舞台」派、後者を「重厚」派と呼ぶ。

まずは「小説家になろう」の定義を見てみよう。ジャンル改編に際しての説明の中で、「なろう」の運営は「ハイファンタジー」を以下のように定義している。

ハイファンタジー

現実世界とは異なる世界を主な舞台とした小説

ローファンタジー

現実世界に近しい世界ファンタジー要素を取り入れた小説

まり舞台」派である。異世界転移系の扱いについて当初は混乱があったが、「主な舞台」が異世界であれば、異世界転移系でもハイファンタジーに分類するのが、「なろう」基準では妥当だと思われる(実際に多くの作品がそう分類されている)。

次にWikipediaを参照しよう。

ハイファンタジー (High Fantasy) は、ファンタジーサブジャンルの1つ。「異世界ファンタジー」と呼ばれる事もある。

独自世界観歴史もつ架空世界(異世界)を主な舞台とし、現実世界(の直線的な歴史風俗)とはかかわりが薄いのが特徴の物語で、ロー・ファンタジーと対比して使われる語句である。明確な定義ではないが、

どうやら「舞台」派の定義採用されているようである

ただし続けて、

本稿では主にハードファンタジー視点とした内容を記述する。

として、「その世界に生きる者や世界の成り立ちそのものから作られている」「作品傾向としては重厚」「シリアストーンで進行する」「叙事詩エピック)的である」「勢力の壮大な対抗をテーマとする」などの特徴が挙げられている。「重厚」派にも配慮した記述と言えよう。また、異世界転移系はハイファンタジーに含めないことがあるとも書かれている。

英語版Wikipediaも見てみよう。筆者に英語力は皆無なので誤訳もあろうかと思うがご容赦願いたい。

High fantasy is defined as fantasy set in an alternative, fictional ("secondary") world, rather than "the real", or "primary" world. The secondary world is usually internally consistent, but its rules differ from those of the primary world. By contrast, low fantasy is characterized by being set in the primary, or "real" world, or a rational and familiar fictional world, with the inclusion of magical elements.

ハイファンタジーは「現実世界」とは異なるもう一つの架空世界を描いたファンタジーとして定義される。異世界の内側には一貫した法則性存在するが、それは現実世界のものとは異なっている。対照的にローファンタジーは、現実か、もしくは現実に近い架空世界の中に、魔法的な要素が内包されるという点で特徴づけられる。

やはり「舞台」派であるハイファンタジーにしばしば含まれる特徴的な要素として、「特別な才能を持った主人公」「ビルドゥングスロマン」「善と悪の対決」「エルフドワーフゴブリンドラゴンなどの種族」「魔法使い」「人工言語」などが挙げられている。また異世界転移系もハイファンタジーに含められているようだ。「重厚」派の一部には、「エルフゴブリンが出てくるようなゲーム的なファンタジーは(始祖たる指輪物語を除いては)ハイファンタジーとは言えない」とか、「善なる英雄が悪を倒すというようなファンタジー(いわゆるヒロイックファンタジー)はハイファンタジーではない」とする者たちも存在するが、英語版Wikipedia記述は彼らの主張とは異なるように思われる。

ちなみに英語版Wikipediaが「High Fantasy」の命名者として指定しているLloyd Alexanderのエッセイ「High Fantasy and Heroic Romance」(1971)はこちら。

High Fantasy and Heroic Romance

読めねえよ。なんか神話的な側面を強調しているっぽい。

実際に「ハイ=異世界」「ロー=現実世界」が明確に定義されたのは、R.H.BoyerとK.J.Zahorskiによって編纂された「Dark imaginings」(1978)の序文によるらしい。

Dark imaginings: a collection of Gothic fantasy - Google ブックス

Dark Imaginings is also unique in bringing together two distinct types of fantasy under one cover: High Fantasy with its imaginary, secondary worlds and Low Fantasy with its realistic primary world

想像上の異世界を扱ったハイファンタジーと、現実的なこの世界を扱ったローファンタジーという、二つの異なるファンタジー類型を一冊にまとめている点もDark Imaginingsの特徴です。

舞台」派の用法が、ごく最近になって現れたものではないということが分かる。

もちろん、これをもって「重厚」派が完全に否定されるわけではない。

辞書的な意味の裏には「ローファンタジー」的な物語に対する差別的ニュアンスがあったのかもしれず、それは最初期の用例を詳しく調査してみなければ分からない。

ただ、いずれにせよ「ハイ=異世界」「ロー=現実世界」という区分けをしたほうが、より明確で、より平和であることは間違いないだろう。

追記。

ハイファンタジー」「異世界ファンタジー」を巡る問題についてはこちらも参照のこと。

『ロードス島戦記』は異世界ファンタジーではない……のかもしれない。 - 前島賢のラノベ以外

2016-06-15

Z MAN -ゼットマン-/西川 秀明

http://www.mangaz.com/book/detail/44121

熱い。ちょっとグロイ。女の子可愛いおっさんかっこいい。

2巻辺りの閉塞感と恐怖が好き。

聖戦エルナサーガ/堤 抄子

http://www.mangaz.com/book/detail/74741

ちょっと絵柄にクセがあるけど、基本的画力は高い。

ヒロイックファンタジー主人公のエルナ正統派だけどイヤミなく応援できる。

マジャン ~畏村奇聞~/カミムラ晋作

http://www.mangaz.com/book/detail/120651

閉塞した村での麻雀対決漫画独自麻雀ルールがあるのが面白い

少年漫画っぽい。表紙と違って中身は結構硬派でエロ度も低くていい。

石田 敦子先生 作品全般

http://www.mangaz.com/title/?query=%E7%9F%B3%E7%94%B0%20%E6%95%A6%E5%AD%90

アニメーター石田先生漫画作品

正直結構読みづらい(武井直子に通じる読みづらさがある)んだけど、

テーマ性の深さがすごいものが多いので、多分まどマギとか好きな人お勧めなのか?

わがまま戦隊 ブルームハート!(http://www.mangaz.com/book/detail/120141

個人的には辺りから入るのがお勧め

2016-03-29

これからウェブ小説書くならどこがいいのだろうか

なろうは名称問題で悪いイメージだしカクヨム互助会活動しないといけなさそうなのがイヤ

でもほかにある程度トラフィックあって有名なサービス知らない

関係ないけどどうして小説ってプロ志望前提みたいな扱いされがちなのかね

詩作エッセイならプロ目指してなくてもどんどん作品発表していけるのに小説だとそういう趣味での発表が低く見られがちな傾向を感じる

個人的には今世紀の出版業の衰退に伴って小説から商業性が失われていくだろうとは思うのだけれど、俳句ソネットヒロイックカプレットを発表するくらいの気軽さで小説を発表したり読みに集まったりできる環境ができあがるには社会レベルでそれなりの意識変革が必要だとは思うから小説投稿サイト健全な発展はわりと小説未来にとって死活問題だと思ってる

まあ、なろうやカクヨムに期待せず英語で書くって手もあるけれど、日本人に生まれたからには言語で少しくらい楽させてもらってもいいじゃない?

誰もがナボコフになれるわけじゃないんだから

2016-01-16

キムタク SMAP存続直訴 電話で「あいつらと一緒にやりたい」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160116-00000002-spnannex-ent

幾らなんでもキムタクヒロイックにしすぎだろう。もう飽きたわ。キムタクが嫌いってわけじゃねーけど、本人も毎回こんな感じで画を作られてなんか可哀想だわ。

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