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2020-04-21

馬車馬のように働いていたけれど

妊娠してつわり等々で体力も気力もがた落ち。それに加えてコロナによって強制在宅勤務、普通に仕事してても効率三割減。すっかりスピードが遅くなった。

こればっかりは致し方無しと思う一方、このままでは自分自身がこのぬるい温度に慣れて、スピード上げたくても上げられなくなるのではと不安に思ってる。

がんばれない、大した仕事もできない、堕落したおじさん達のようにはなりたくない。

とりあえず午後の仕事をがんばろう。

2020-04-14

anond:20200414232813

難しいところだがつわりがあるしなあ

ダメな人はコメ匂いで吐いてしまって寝たきりじゃないとダメって人もいる

一度一緒に病院に行ってお医者さんの話を聞くのが良いか

2020-04-13

anond:20200413010847

異食症、妊娠中のつわり、鉄貧血赤身肉くってない)

サプリはヘム鉄のカプセル入りが飲みやすくておすすめ

※そういえばあったなぁとおもったとおりすがりです

2020-04-10

1ヶ月後に出産を控えた妊婦だけどもう疲れた

タイトルの通り。

 

この間、産婦人科に行ったときコロナの影響で出産時の立ち会いも入院時の面会もできなくなったと言われた。

覚悟はしていたが、泣きそうになった。

 

まりに真っ青な顔をしていたんだろう。

そんな私を見て助産師さんが「緊急事態宣言が終わったあと、落ち着いてたらまたどうなるかわからいから」と言ってくれた。

たった一ヶ月でですか?と言い返しそうになるのをぐっと抑えた。

助産師さんだって、私を安心させるために言ってくれたのだ。

 

妊娠が発覚したのは9月。大好きな夫の子供を授かれて本当に嬉しかった。

安定期に入ってもつわりは収まらなくて、会社に休む連絡をするときは気まずくて消えてしまたかった。

産休に入ったら散歩しよう、子供のグッズを買いに行くんだというのを心の支えにした。

妊娠してからはいつも以上に家事を手伝ってくれるようになった。

頑張ろうと思えた。

2月に入って急にマスクが手に入らなくなった。

妊婦免疫力が下がる(子供を異物として攻撃しないように身体勝手にそういうふうに調整する)ので、

インフルエンザにかからないためにも薬局に並んでマスクを買った。

本当はもっと備蓄しておきたかったけど、私みたいな妊婦がいたらと思うと一箱しか買えなかった。

政府が「マスクを増産する」と言ったのでそれを信じてもう薬局には並ばなかった。今思うとそんなの無視して並んでおけばよかった。

  

3月に入ってどんどんとコロナの影響が強くなり、産婦人科では感染予防のために待合室で夫が一緒に待てなくなった。

それまで夫はいつも一緒について来てくれて、エコーを一緒に見た。心臓の音も一緒に聞いていた。

心細かったが、もしも夫が無症状保菌者で、誰かが感染してしまうのも恐ろしかったので素直に従った。

 

私がやっと産休に入ったころ、自体はどんどん悪くなり、ついに緊急事態宣言が発令された。

つわりがひどかった頃に夢見ていた生活はできなかったが、正直ほっとした。

これで感染者の拡大は抑えられると思った。

 

これは批判されることを承知で書くのだが、私は実家に里帰りした。

もともと里帰り出産予定で去年秋ごろに産院の予約をしていたのだが、帰るのはすごく怖かった。

私が保菌者で、親にうつしてしまったら、産院で菌を撒き散らしてしまったら。

そう思うと帰らないほうがいいと思ったが、都内では妊娠9ヶ月目の妊婦を受け入れてくれるところなんてない。

とある女性実家に帰ったせいで親を感染させた」というニュースを見るたびに「これは私かもしれない」と思って怖かった。

なにか事情があるかもしれないのに、批判なんてできるわけなかった。

帰ったら帰ったで引きこもる私に、温度感の違う母は買い物に行こうとしつこく誘った。

もし保菌者だったらうつしてしまうのが怖い、もしうつってしまったらお腹の子にどんな影響があるかわからなくて怖い、と言って断る私に

「じゃあ近所のスーパーなら大丈夫?」と聞く母にキレてしまい、罪悪感で死にたくなった。なんで私帰ってきたんだろうと思った。

 

政府自粛を2週間見合わせる、飲食店20時まで開ける、といったニュースを見るたびに絶望的な気分になった。

そんなんじゃ私の予定日までにコロナ収束するわけない。やっぱり立ち会い出産も面会も無理なんだと言われている気持ちになった。

 

退院したあとは何年も一緒にいられるんだから」と助産師さんは言った。

わかってる。それでも、我が子を生んだ瞬間を、喜びを、不安を共有したかった。

毎日泣いている。ストレスはよくない、我が子に悪影響だと思ってまた泣く。どうしたらいいんだろう。

2020-03-29

中絶体験

ものすごい長文になってしまったが投下。

日曜の午後だった。整理が2週間近く遅れていた。

3週間ほど,体も熱っぽく胸も貼っていて,いつものPMSとは何か違うなとは思っていた。

でもまあ生理不順だろう,妊娠なんてしてないよねと検査してみたら,

まさか妊娠だった。

思い当たることは何もなかった・・・と胸をはって言えないのが情けないが,

まさかまさかだった。

これまで,避妊に甘かった自分を猛省した。

ゴムつけると痛いし気持ちよくないし,

中に出さなきゃOKでしょ,位に考えていた大アホな自分をぶん殴りたい。

慌ててパートナーに連絡を取る。

空港で登場手続き中だった彼,急遽行き先を変更して,会いに来てくれることになった。

翌朝一緒に病院へ行こうと決め,

互いの職場上司有給を取る旨連絡する。

病院はどこがいいの?

話し合って,中絶することに決めたものの,

信頼できそうな病院を探すのにはかなり時間がかかった。

口コミサイトを読み漁り,移動中の彼にも調べてもらう。

ホームページできちんと手術の情報提供をしているところを3つほど選んで,

電話をかける。

日曜だからか,つながらない。

最後の3つ目でやっとつながり,翌朝の予約を入れることができた。

22時過ぎ,彼が到着。

不安なまま眠りにつく。

●診察,手術日決め

翌朝,予約時間より30分も早く病院へ到着。

受付にはまだ人がいない。

問診表に一通り記入し,診察の順番を待つ。

中絶希望の欄んにチェックを入れる。苦しい。

名前を呼ばれ,彼もいっしょに診察室へ入った。

担当は,ベテラン男性医師だった。

下着をとり,診察台へ座る。

カーテン越しに先生の気配。隣にはパートナーが入ってきてくれている。

「さて,赤ちゃんはいるかな?」と先生エコーを私のおなかにさしこむ。

あ,いるね。「見えますか?心臓がぽこんぽこんってしていますよ」

大きさは3ミリ,6週と3日だと言われる。

心臓が動いているの,見えるね」

赤ちゃん,いるんだ。

私たちは顔を見合わせた。言葉が出なかった。

別室で先生から手術の説明を受ける。

手術は麻酔で眠っている間に終わり,4時間ほどで日帰りでできる。

当日は,二人の署名押印をした同意書と,ショーツナプキンを持ってくるよう言われる。

手術費用は,妊娠週数が増えるごとに5千円ずつ高くなるらしい。

お互いの仕事の都合もあり,

結局,8週目の金曜日に手術を受けることに決めた。

金曜なら,週末,家で安静に過ごせる。

その後,採決と血圧などの検査があって,1時間ほどで終了。

保険がきかないので1万5千円の支払い,高い。

産んであげられる環境だったらよかったのにね。

結婚していたら,おめでとうって心から思えたのにね。

複雑な気持ちで,そんなことを話しながら家に帰った。

●手術まで

手術までの10日間ほど,体はゆるやかに変化していった。

妊娠6~8週目,つわりが出てくる時期だ。

激しい眠気,熱っぽさと体のだるさにはじまり

空腹時の吐き気,船酔いのような気持ち悪さと胸の張り。

初めて経験するつわりだった。

このまま産んであげられたら,と何度も考えた。

計算すると,出産予定日9月24日

それまでに婚姻届けを提出して,7月から産休に入って。。

家はどうしよう。仕事は?親にいつ話す?

色んな妄想をしてしまって,仕事も手につかなかった。

彼も相当に悩んだらしかった。

でも結局,飛行機2時間遠距離恋愛で,お互いキャリアも別々で,

すぐに結婚→同居→育児なんて,非現実的すぎる話だった。

看護師さんは「考えが変わったら,いつでも連絡してね」

と言ってくれた。

でも私たちは結局,中絶を選んだ。

●手術当日

同意書とお金必要ものを準備して,

彼に付き添ってもらい,病院へ。

順番が来て,診察室へ入る。

エコーでおなかを見ると,赤ちゃんは少し大きくなっていて,心臓は元気に拍動していた。

心臓,元気に動いているね」

もう決めたことなのに,心がとても痛んだ。ごめんね。

私がとても悲しそうな顔をしたからだろう,先生

「あまり言うとつらくなるからね。これくらいで」と言って手を止めた。

子宮はおなかの方に傾いているね」と言われる。

子宮位置に後屈とか個人差あるなんて初めて知った。

再度手術の説明を受け,支払いを済ませる。

手術費+診察費+赤ちゃんの埋葬費で合計12万円ほど。

手術は眠っている間に終わり,出血と軽い腹痛はあるかもしれないが,翌日から不通に生活できるとのこと。

性交渉は2週間ほど禁止らしい。入浴もNGシャワーは翌日から大丈夫とのこと。

看護師さんは,ビビりな私の質問にも丁寧に回答してくれて,

やっと安心できた。

9時半過ぎ,個室に荷物を置き,彼に見送られて手術室へ向かう。

手術は10時過ぎからだった。

15分くらいで終わる,難しい手術ではないという。

手術室で看護師さんが一人,淡々と準備を進めていく。

手術台に寝かされ,足を固定される。

筋肉注射のあと,点滴で麻酔がはじまる。

私は一瞬で意識を失った。

遠くから名前を呼ぶ声が聞こえる,終わったらしい。

下腹部の鈍い痛みを感じつつもうろうとするなか,担架にのせられ個室のベッドへ運ばれる。

手術は無事に終わっていた。

ずっと悪夢を見ていたが,

目が覚めて気が付いたら彼が来ていて,昼過ぎになっていた。

最初に思ったのは,とにかくおしっこがしたい。

立ち上がろうとするもふらついてまともに立てない。

ほんの数メートル先のトイレに行くのも危ないというので,

おまるを持ってきてもらう。

ぐったりしている。体が鉛のように思い。

そのまま1時間ほどまた眠った。

二度目に目覚めたとき,気分はそれほど悪くなかった。

14時過ぎに病院を出た。

無事に終わってほっとした,それが一番だった。

遅めのランチに何を食べようか,彼と話しながらバス停までのゆるい坂道ゆっくり歩いた。

バスはすぐ北。

あたたか日差しのなか,バスに揺られてぼーっとしていたが,

突然,めまい吐き気に襲われた。

麻酔が抜けきっていなかったのだろうと思う。

何とも言えない気持ち悪さで,すぐバスから降りて横になりたかったが,そうもいかない。

何とかターミナル駅バスを降りてタクシーに乗り換え,家に着くとベッドに倒れこんだ。

述語は安静にね,としつこく言われたのに,私が甘かった。

おとなしく病院からタクシーで直帰すべきだった。

アルコールに弱い,もしくは全く飲めない体質の人は麻酔がききやすいらしい。

私がまさにそうで,しかも体力もないのだから,用心すべきだったのだ。

●術後の経過

翌朝,退庁はかなり良い。

が,昨日のこともあるので家でおとなしく過ごす。

術後の腹痛や出欠具合は個人差が大きいそうだが,私の場合はどちらもほとんどなかった。

体の熱っぽさが嘘のように消えていて,船酔いのようなつわりもさっぱり消失していた。

久しぶりに「体が自分だけのものになった感じがした。

術後は3日間ほど薬を飲み続ける。

支給収縮剤,痛み止め,抗生物質の3種類を一日4回。

薬を飲み切った翌日の夜,急に生理痛のような下腹部痛があった。

耐えられないほどではないが,生理痛が普段ほとんどない私にとっては,かなりしんどい痛みだったため,痛み止めを飲んだ。

調べてみたら,妊娠で大きくなった支給が元の大きさに戻ろうとするときにおこる,正常な痛みらしい,ほっとした。

市販の痛み止めは買っておいてよかった。

●1週間後

術後の回復状態を見るため,最後の診察へ。

診察台へ上がり,エコーの機会を挿入されるのも慣れたもんだ。

「うん,完璧ですね」

先生いわく,きれいに手術できていて回復も順調とのこと。

よかった。

最後の診察費を払い,病院を出た。

次,もしここに来ることがあれば,幸せ妊婦として期待。

●まとめ

膣外射精でも妊娠する(当たり前)

病院選びは慎重に,料金よりも安心感で選ぶ

・術後すぐはあまり動かないこと

・痛み止めは買っておいたほうがいい

・料金は8週目で総額14万ほど(診察費,薬代等含む)

2020-03-13

食べつわりは満腹感のゲージを壊す

妊娠中の「食べつわり」の本質は、「満腹感のゲージがぶっこわれる」ことじゃないかと思うに至った。

増田妊婦である現在妊娠4ヵ月。妊娠3か月のころからつわりの症状がでており、特に「食べつわり」がでている。

食べつわりは、

・満腹感でも気持ち悪い

・空腹だと気持ち悪い

・食べるものが変に限られる。マックポテトとかマックポテトとかマックポテトとか。

という症状がでる。

今朝は会社に出社前に、マックの誘惑に勝てず、朝マックハッシュポテトを決めてしまった。しかも3枚。

オレンジジュースハッシュポテト3枚という異様な組み合わせに、レジのお姉さんはびっくりしていた。

しか増田にとってハッシュポテト3枚は足りないのである

昼にもマックポテトLサイズハンバーガーを頼んだ。何かが足りない。

増田は食べれているし、吐きづわりがない分、つわりが酷いほうだとは思わない。

しかしこの「足りない」感は何なのだ

食べ過ぎても気持ち悪くて足りない感がするし、食べないと足りない感じがする。

満腹感のゲージが壊れてしまったようだ。

マックポテトを延々とつまみながらこの日記を書いている。

会社マックポテトを持っていきたいがテロになりそうでできない。

この壊れたゲージと、増えた体重は戻るのだろうか。不安

2020-03-11

出産して10日経った

母乳が出るようになったのか、子のウンチがゆるゆるになってきた

沐浴に慣れてきた。慣れというよりは、どうでもいいや精神が出てきてしまっているせいなのかもしれない

・1.5〜2時間くらいしか間隔あけてないのにミルクあげてしまった

ミルクの量が増えた。80ml

・会陰切開の痛みがマシになってきた。でもまだ痛い。

・排尿、排便時に下腹部が痛む

・産前から体重は7キロ落ちた。あと2キロ妊娠前に戻る

・食欲はない。つわりとき以上に食べれてない気がする

・相変わらず原因不明下痢が続いている

・気付いたら泣いてる、子より泣いているかもしれない。情けない。

・まだ可愛いとは思えない。むしろイライラしてしまうことが増えてきた

・子や旦那イライラが向く前に死にたい、やっぱり私は子供を作ってはいけなかった

2020-03-01

マンガでよく見るつわり描写、口元押さえてトイレに駆け込むってやつ、あれはまだない

けど胃が詰まるような感覚はある

まだお腹が出たりはしない時期だけど、内臓の配置とか変えてるのかな

知らんけど

2020-02-09

マタニティブルー

現在妊娠9ヶ月。

出産育児もなーんも自信もない。まぁよくあるマタニティブルーなんだろうなとは思うけど、辛いものは辛いのでぶちまけることにする。


そもそも凄く子供が欲しかったわけじゃないんだよなあ。できればいいよね~くらいの軽い気持ち妊娠したって知った時は嬉しい気持ちや楽しみな気持ちもあったけど、不安心配の方が何十倍も大きかった。つわりも、大きくなって重くて息苦しいお腹もなんで私がこんなつらい思いしなきゃいけないの?って思っちゃう育児も自信ない。そもそもお腹の子の為に自分時間人生犠牲にしたくないと考えちゃう母子手帳だって必要最低限のことしか書いてない。結局行けって言われた歯科検診も両親学級も行けてないし子の保険かのこともなんも考えてなけりゃ~お金の算段とかもろくにしてない。これからまれた時に発生する書類手続きとか全部めんどくさいしもう何もしたくない。


毎日仕事に行って帰ってたまに贅沢する生活の方がよっぽど良かったんじゃないかなあ。。子供いてもいいかも~なんて軽い気持ちで考えるんじゃなかったなあ。それでも私がこんな不謹慎で情けないのにお腹の中で胎動ドンドコしてるのすげ~な~。


マジでこんなクソみたいな親ですまんな~。。

2020-02-05

流産記録

8日

出来たかも?

喜びよりも経済的余裕がないこと、妊娠時の情緒不安定さと毎日のだるさ気持ち悪さ体の重さ子ども2人を相手にすることの出来なさなどが思い出され不安要素で頭がいっぱい

検査薬 陽性

んあああ〜〜〜〜やっぱりか〜〜〜でも腹括るしかいかな〜〜〜妊婦生活はほんと嫌だけどな〜〜〜腰痛いし体重いしほんと嫌だけど〜〜〜

出産育児自体には前向き

でもほんおいまら

と思うように体の動かない動かせないマタニティライフには不安しかない


22日

初診

の子出産した産院(とても良かった)だったので勝手知ったる感じ

胎嚢確認、中身は確認出来ず

ここ数日いろいろ考え過ぎてもう既に12週くらいの気分だったけど最後生理開始日や胎嚢の成長具合(大きさ)を見ても6週程度

来週また診てみましょうとのこと

帰宅後「胎芽 確認出来ない」でググりまくる

つわり?なのか午後から気持ち悪しんどくなる日々

夕飯は作れたり(でも一品のみ)作れなかったり家事も碌に出来なくてほんとに妊婦生活は嫌なんだ…出産は好き…でもほんとに妊婦生活だけは……

体がしんどい思考ネガティブになったり普段は何てことな子どもの声にいちいちイライラしてしま

つらい

翌月8?9?日

胎芽やっぱり確認出来ず

そこまでショックも受けず、目の前の先生はご愁傷様ですムードなんだけど自分的にはそうでもなくて私の中の綾波が(いない)どんな顔したらいいかからないのってずっと言ってた(笑ってられない)(その場の雰囲気的に)

なんかショックよりも妊婦生活回避出来て、というか今ですらあまり子ども相手してやれてないのにそれに輪をかけてまだ小さな子どもたちを寂しがらせてしまうのを避けられたのでちょっとほっとした。

まぁまだ確定ではないんだけど

今回はだめだったかなー、という気持ちで過ごす

子どもは3人欲しがっていた旦那がショックを受けてて、今回の妊娠に際して初めて「ごめん」という感情

誰が悪いでもない、初期流産(たぶん母体問題がっていうより精子とか卵子かに育つ力がなかっただけ)(と私は思ってる)なので赤子に対して「産んであげられなくてごめんね」みたいなのはゼロだったんだけど、普段喜怒哀楽のほぼ喜楽しか表に出さな旦那しょんぼりしてたのはちょっと切なくなった

その後すぐ旦那通常運転(喜楽)に戻ったけども

改めて、避妊しようね出来たらまぁしょうがない頑張って育てようねでも35くらいまでかなしんどいからアラフォー妊婦生活はしたくないほんとしたくない!!っていうことは伝えた

女性特有の疾病が〜みたいな保険に加入してたことを思い出す

もし処置ってことになっても保険下りそうで不幸中の幸い

診察だけでも数千円かかるから……

なんとなくだるい上に待ち時間しんどくて疲労から診察後に外食したりして出費嵩むから………




8日

9:00

昨夜22時〜絶飲食

お腹すいた

最後の内診で胎芽が見えないことを確認(胎嚢は3センチ

「今回は残念でしたが…」とのことで処置のため部屋(個室)に通され、処置待ち

出産した時とは全然違う、狭くて殺風景な部屋。

処置後2時間はここで安静に、と言われて空腹だし退屈だし軽く絶望

終わったら何食べようかなーだけを考えて過ごす

10:00

点滴&筋肉注射

点滴の際my血管がどんどこ逃げたようで2回無駄な針を刺されました…手首に近いほど痛い。ちぃおぼえた。

なので痛いと噂の筋肉注射はあまり痛みを感じず。

その後処置室へ

10:25

処置室へ

寒い

処置室に時計があったのでぼんやり見てた

処置どうこうより「全身麻酔意識が戻らなかったら嫌だなあ怖いなあ」ばかり考えてた

10:40

処置開始

全身麻酔入ってカウント始まって「10」数えて「ええぇまだ寝落ちないよー術中声だけ聞こえてるとか嫌だよ寝たいよー」って思ってたら「11」の後は

「終わりましたよー(あと何か労いの言葉)」

知らぬ間に数十分過ぎてた

運ばれてるんだろうなー

「捕まっててくださいね

ベッドに移動したんだろうなー

などはわかったけれどもまったく目が開かず(怠くて?)

薬を嗅がされて…みたいなドラマアニメよくあるけどあれは卑怯だな体に力が入らないというか入れる気力が起きない頭がぐらぐらしてないけどする感じがあって下手に動きたくない何も出来ないというのは強く覚えてる

気付いたら個室ベッドの上だった

血が出てるのか痛みがあるのかよくわからない状態(頭が全然働かない)

そしてまた眠る

11:15

初めて目を開けながら喋れたのがこの時

「今何時ですか」「えっと、11時15分ですねー」

たぶん血圧測ったり「気分はどうですか」訊かれたりこの後のことを軽く説明されてその後また寝てた

たぶん麻酔で寝てる間口開いてたんだと思う。唇乾いて喉が渇いてたんだけど今何かしら飲んだら吐くな…と思ったしだる眠いので伝えられず

とにかくいろんな夢を見てた

12:47

起きる

13時過ぎ

軽食

パンケーキフルーツ!!美味しそう!!!

フルーツほんとにありがたかった。水分万歳

しかし怠くて上体を起こしていられず、起き上がって一口食べては横になる、を繰り返し1時間くらいかけて食べるフルーツうまー

痛み止めと抗生剤(5日分)を処方され、飲む

食後診察

出血を抑えるために挿入していたガーゼを取る

本日処置終了

帰宅

お腹すいた

保険会社に電話

休日を挟むので数日後速達発送する、とのこと

こちらで用意するもの診断書保険会社の所定用紙)くらいらしい。書類が届いてからまた病院か…

帰宅後の様子

1日寝転がってた(フライングボディアタックかまして来る1歳児が居るので油断出来ない)

ごはん旦那オムライスをいつもどおり食べられた

でもずっと座ってるのしんどい。食後即寝

翌日

再診

出血量も多くないし、とシャワーと軽い家事(近所への買い物)の許可下り

昼は外食で済ますが、食後駐車場までの道のりで倒れそうになる

貧血とかではないんだよな〜何だろう、動悸、息切れ。恐ろしく疲れやすい。帰宅後はグロッキー

翌々日

寝て過ごす

昼食を作れるくらいには回復した気になってたらその後寝込む

術後は大人しく身体を労ろう…と再確認

翌々々日

あれー身体かるーーい!と思って朝から家事バタバタこなしていたら夕方から安定のポンコツ

しかし幼子2人居るので、セーブしつつも最低限は動けるのがわかって良かった

しかししばらく性欲を発散してないムラムラが溜まってきており陰核だけいじってみた。絶頂を迎えると子宮が痛むので性交は当分お預けだな…

以降、まだ家事を頑張ると息切れはするものの、術後すぐの「どうやって生きていこう…」みたいな動けない絶望感はない。

2020-01-18

anond:20200118204839

ブロッコリーが苦く感じる遺伝子を持ってる人間が少数ながらいるという研究論文があるよ

でも毎日野菜などの野菜ジュースでだめなら味覚障害のほうを疑ったほうがよさそう

薬の副作用のと、亜鉛不足の、あとつわりでなるらしいよ>味覚障害

2020-01-04

母親の苦労・苦痛について言われるたび「じゃあ産むなよ」と思う

妊娠つわりホルモンバランスが乱れ、吐き気が止まらず、常に体調が悪い状態

胎児奇形になったり先天性の病気にならないよう、食べてはいけないものや飲んではいけない薬があるため、

食事に気を遣い、病気にも感染しないようにしなければならない。

しか共働き化が進んでおり、病原菌ウヨウヨした環境である通勤労働はしなくてはならない。

 

陣痛出産。何十時間も苦しんだり、脳出血を起こしたり、多量出血で生死の境を彷徨ったり。

会陰をハサミで切断する痛みもよくわからいくらいの陣痛の激痛。

 

産後、0歳児保育。夫は外で労働するので家事育児は育休取得した妻のワンオペ

授乳乳首に裂傷ができ、夜泣きで眠れず、精神状態思考力はボロボロに。

赤子が泣きわめくのでトイレにも行けず、自分食事もとれず、寝ていなくて憔悴した状態でいると、

から仕事して疲れて帰ってきたのだから、家では癒されたいのに、部屋が散らかっているし、飯ができていないし、

子供がうるさいし、全く癒されない。俺が稼いできた金で食ってる専業主婦のくせに、一日中家にいるくせに、なんだそのざまは」と文句を言われる。

質的母乳が出ない、乳腺炎を起こした、乳首の傷が悪化して痛みが酷すぎて授乳できない、

などの理由ミルクを使うと「完全母乳でないと母親失格」と難癖をつけられる。

 

復職。運よく保育園に受かることができて復職できても、子供が頻繁に発熱して、

そのたびに迎えにこいと言われて、同僚から白い目で見られながら早退しなければならない。

保育園のお迎え時間のために時短勤務して、早退が多いことで子無し時代よりも大幅に待遇は下がり、

そのせいでフルタイム勤務で稼げている夫からはきつく当たられ、労働育児家事・厳しい周囲の目で身体精神疲弊しきった状態が数年続く。

 

そうやってお前は育てられましたよって言われても、母親感謝しようっていう気持ちが起こらない。

じゃあ、産むなよ。育児が大変なことなんか、事前情報でわかりきってることじゃねえかよ。

つわり出産も保育も死ぬほどキツくて、しかも近年は夫の賃金ダウンや教育費の高騰により

共働きしなければいけなくなっているから、専業主婦で良かった90年代までと比べて母親のキツさはマシマシになっていて、

そんな情報いくらでも転がっている当たり前のことじゃねえかよ。

「私はお前のために、私の手首を切ってあげました。私は首を吊ってあげました。感謝してください。」って言われても、

頼んでねーよ、有難くねーよ、ただただ怖えよってなるだろ。

産んでくれって頼んでないし、そんな死ぬほどの苦労されるなら産まれたくもねえよ。

いや避妊しとけよ。ふざけんなよ。そうして母親死ぬほど苦労して育てた子供が育っていっても、高校生になったら死ぬほど勉強しなきゃいけないし、

大学生になったら死ぬほど就活しなきゃいけないし、採用されたらされたで地獄みたいに労働納税し続けないといけない人生が待ってるだけなんだよ。

産むなよ。母親もつらいし産まれ子供もつらいんだから産むなよ。予期できるんだから産むなよ。

何が嬉しくて自分から地獄に突っ込んで、感謝をせびるんだよ。どういう神経してるんだ。迷惑だ。

 

id:zeromoon0 すごい事実を書いちゃうけど、大部分の親は子供感謝しろなんてほとんど思ってないぞ。むしろ有難い有難いと思ってるぞ。

大部分の親がどうであろうが、俺は母親に「苦労したか感謝しろ」と言われているんだが? それが俺の事実なんだが?

それに、有難いと思っていようが、親が身勝手子供生産して受験地獄労働地獄に放り込む事実は変わらないんだが?

「大部分の親は子供に有難い有難いと思ってる」のどこが「すごい事実」なんだ? 大丈夫か? カスなのか?

関東地方公立小に勤めていた30代の男性は数年前、担任する4年生のクラス父親を亡くした子どもがいた。

ほかのクラス担任校長と話し合い、保護者は呼ばず、子どもが将来の夢などを考える授業に変えた。

ところが、保護者からは「上の子もの時はやったのに、どうして今年はないのか」「楽しみにしていたのに」などの苦情が寄せられた。

子どもから文句はなかったという。

https://www.asahi.com/articles/ASK5B5Q4MK5BUTFL01N.html

大部分の親は、ほとんどの親は、子供感謝しろなんて思ってない。

そうですか。へぇー。

 

id:norinorisan42 見ず知らずの家族愚痴を見るたびに、「文句は直接いえ」「他人が見る前提の増田愚痴るな」と思う/この手の連中、独りよがり理屈以外の反論たことない

育児愚痴・夫愚痴アカウントのほうがよほど人数が多いうえにうるっっっっっせえんだよなああああああああ!!!!!!

てめえが産みたがって産んだくせして「育児が大変すぎて子供が可愛くない」だの「夫が非協力的」だのよおおおおおお!!!!!!

夫に頼まれて産んだのに夫が協力しないならまだしも、てめえが産みたがって夫に協力させて我欲で産んだくせして!!!!!!

 

id:baikoku_sensei 増田さん、そうやって憎まれ口を叩けるのも、命を与えてくださったお母さんがいらっしゃるからでしょ

"憎まれ口叩き権"を与えてくださってありがとう母親感謝しろと?

俺に、そういう内心を持つように、命じているのか?

 

id:kpkpkpchang 自分母親に言いたいことを言えない人は、世間母親一般呪詛を撒き散らしがち。

夫に言いたいことを言えないか男性一般呪詛を撒き散らしているママアカウントどもにもぜひ同じことを言って頂きたいですね。

 

id:rtyujbvcd それは増田母親クズなだけだ、他の女性と一緒にするな。お前の母親クズなだけ。

子供感謝されようとする母親クズ、なるほどね。2分の1成人式をやってほしがる親は全員クズということで。

 

id:tableturning じゃあ産むなよ自己責任とみんなが言い続けた結果日本は深刻な少子化少子化になってからは女が産まないのが悪いに変わり子供さらに減りあなた負担する分も倍々で増えていく。本当に必要なのは苦労削減

少子化の何が困るって、お前や俺が老いて働けなくなり介護必要になったとき納税者や介護者がいなくなる問題だろ。

そのために納税者や介護者を産んでおけって話だろ。

そして納税者や介護者が老いて働けなくなり介護必要になったときのために、また未来納税者や介護者を産んでおくんだろ。

今生きてる人間の老後のために、これからも生まれさせられる人間が出続けるんだろ。もううんざりだ。

 

id:damonon 直接親に言え系のコメントは全部逸らしてるからやっぱり刺さってるんですね。ここで呪詛を撒き散らしてもすっきりするどころかモヤモヤした気持ちのままであることに気づいたら同じことを直接親に言いましょうね。

学生時代に「産んでくれと頼んでない。勝手に産んで、育てざるを得ない状況に自分を追い込んでおいて、息子に何を求めるんだよ」と言ったら

なんでそんなこと言うのおーーーと泣きやがった。そしてそれ以降も似たような愚痴を繰り返しやがる。進歩ゼロ知的障害かよ。

実家は出ている。正月帰省して不快な思いをした。帰省するなと?父親にも弟にも会うなと?まあ二度と帰省しなきゃいいだけだろうな。クソ母。二度と顔も見たくない

 

id:yuuula8192 こういう人を見て「あー世間妊婦に優しくない人がいるってこういう人の存在なんだなー」とブコメ含め勉強になる。妊娠出産子ども関連は幸せな家庭しか周りにいない幸福者なので、大変勉強になります。お大事

不幸になって欲しい。

これにスターつけた奴らも。

 

id:Arturo_Ui 出産育児苦痛理由で殺される幼児もいる。自分がそういう母子を愚弄できる立場なのか、少しは考えような // どの程度の苦痛なのか事前に仮想体験可能なら、「産まない」選択をする人はもっと増えるはずだが。

虐待され殺された幼児を愚弄した覚えは全くありませんが。

 

id:key_llow 恋愛家族自己実現などの建前を引っ剥がすと、社会は今生きてる人間福祉にありつくために新しい人間労働地獄に送り込む必要を持っている。増田の怒りはその建前に苦役が誤魔化されている歪みから来ているよね。

完全にそう。母親への私怨のみではない。母親への私怨は大きなきっかけにはなったが母親と切り離したところに世間おためごかしへの憎しみがある。

 

id:imanot 親と言いつつ父親の話が全然出て来なくて母への憎悪や見下しだけがあるのが強いミソジニーを感じる、製造責任(この言い方嫌いだけど)を男に問わないのってホモ仕草強者にへつらってるからなのかね

父親感謝をせびらないし自分いかに苦労してきたかという長話をしないし俺がしてくれと頼んだことをしてくれるからですわ。

お前が子供を欲しがる妻の言いなりになって協力しなければ俺は生まれずに済んだのにとは思うが強烈に憎むほどではないね

最も憎いのは主犯

 

id:kitano__ow お前はゴミだわ。なんでお前みたいなゴミクズがこの世に存在しているのか不思議。とにかくお前が死んでくれる事をただ願うのみ。いちいち必死反論してるようだが、クズはお前ただ一人。早く死んでくれないかな。

傷つきました!謝ってください!

 

id:bigapple11 女だがわかるよ。子供は親の究極のエゴだ。それは否定しようがない。/前半、世の大半の男があえて「見ないふりをしている」女達の「現実」がこと細かく書いてあって増田男性と知り感動した。勤勉だと思った

しかし女が被害者で男が加害者という感覚を具体性を持ってすりこまれ苦痛しかないわ。

では女に生まれたかたかというとそれもごめんだしな。

男に生まれようが女に生まれようが地獄だ。

 

id:wuzuki 精子だった頃に真っ先に着床したのは貴方だったのでは、というのは反論にはならないかな。/ 仕事学校ダルい、と言う人には「じゃあ辞めれば」と言えるように、気軽に子どもを手放せるようになればいいとは思う

精子責任能力があると?

法に触れた少年ですら保護されるのに精子自己責任問われるとは凄いな。

そこまでして親を擁護したいか

 

インセルじゃねー

書かれてないことを妄想で補完お疲れ様です

女性嫌悪でもねえ、元カノ憎んでねえ、同僚の女憎んでねえ、弟の彼女のことも憎んでねえ、むしろ母体苦痛については一般的な女好きの男よりも理解しているほうだろ

2020-01-02

後期流産がきつかったので書く

昨年、2度目の流産をした。

妊娠初期で流産する人は、1/3とも言われ、私も経験がある。

ショックだったけど、妊娠して間もない頃で、正直子供の形なんてないし、

体もまだ変わり始めだったので、回復も早かった。

けれど、今回は妊娠中期19週での「後期」流産

22週以降は、基本的中絶禁止。早期でも出産し生きている人も沢山いる。

から胎児の体がほぼ完成に近づいていた頃でもあった。

一般的に15週から安定期に入る時期だったが、私の場合はひたすら辛いまま終わった。

12週以降は、出産と同じ手順で死んだものを生まないといけない。

お金も同じようにかかる。死んでるから死産届も出さないといけない。火葬必要

誰にも祝福されなくて、痛みとダメージだけで何も残らない。

そんなこと、どこ調べてもあまり出てこなくて、実際はショックばかり。

そもそも誰もしらないし、経験者は辛くて思い出したくないことだからなのかもしれないけど。

流産について

妊娠初期の流産や異常は、胎児側の問題であることがほとんど。

無理しすぎは禁物だが、どうか妊娠中の人自分を責めないでほしい。

私は、義母に無理しすぎたか流産したんだとか、職場で唯一相談せざるを得なかった子育て中の人に後悔するから休んだ方がいいと言われたけれど、正直傷ついただけ。

実際、流産後に遺伝子検査して、胎児側の原因であることが判明した。

そもそも歳をとるとそういう確率がぐんと上がるのは承知のこと。

色んな理由はあれど、自己責任だし、そうなってしまった以上時間は戻せないし、不運としか言いようのないことで、現実運命を受け入れるしかない。

から、周りの人は、安易自分意見押し付けるのは気を付けてほしい。

育ちが遅い?

9~10週頃に、出産する病院を決めて近所に移った。そこで育ちが悪いと言われる。

年齢的に心配だったこともあり、胎児専門の病院にも行って、似たようなことを言われた。

そこはより詳しく、1時間くらいかけて診察してくれた。

トリソミーなどでよくある形状の異常は見られないけれど、小さいと。

(首の付け根の厚みなどで、その兆候が初期に出たりする)

原因不明で、あまり見ない症例だということで、そこにはその後も何度も通った。

体調の変化もろもろ

毎日毎日しんどすぎて、びっくりであった。ホルモンバランスの変化のきつさ。

つわり食事

まず、つわりで常にムカムカ。食欲でない。

口にするにも、ジュース飲みたくなったり、パスタ食べたくなったり、偏食になってしまった。

妊婦は生ものNG。ってことで、気を使うと食べられるもんが少ない。

<血流1.5倍>

血流が1.5倍になるって知ってた?妊娠してから知ったんだけど、1.5倍って!マジきつい。

例の胎嚢で栄養やっているうちはいいんだけど、胎盤ができてきて子供とつながっていき、血液から栄養送らないといけなくなる。

それは知識では知ってるけど、こんなに母体に負荷がかかるとは。身を持って実感した。

まず階段しんどすぎて、登れない。いつもさっさと歩いていた坂だって、途中休み休み

電車バスも立つのは本当にきつくて、息切れして心臓バクバク。人混みもすぐ酔うし、休み休み

<頻尿>

お腹が大きくなるにつれ、それはそれは頻尿で参った。打ち合わせなどで事前に行っても、終わる頃にはギリギリ。客先などで苦労した。

免疫低下と持病いろいろ>

赤ちゃんを異物とみなさないよう、妊婦免疫が低下するらしい。知らなかった、、、、

から、何年かに一度、弱っているときになるような病気がいっぺんにきた。

風邪悪化アレルギーによる咳喘息に。

むせ返る止められない咳がきつくて、お腹にも力入るし、ハラハラだった。

それによりヘルニアが再発して、咳すると激痛走って痛い痛い。

さらお腹がくるしくて前屈みになるから、腰が痛い。ヘルニアがいっそうきつくなる。

肌の痒みもすごくて、寝ているときに掻きむしってしまい手足がボロボロに。血だらけ。

目は結膜炎やらものもらいやらを左右繰り返し、まぶたの痒みはまだ残っている。

口の中がべとつくせいか虫歯悪化。何もかもボロボロに。

<不眠>

体調が悪くて寝付けなかったり、夜中に起きてしまって苦しくてもがいたり。

とにかく夜中に睡眠から覚めるのが毎日で、しんどすぎた。トイレも近いので夜中に何度も。

当然日中回復どころか体力奪われて朝から毎日ぐったり。

夜中に目が覚めてしまうと、色んな不安が吹き出すのも困った。このときスマホは悪の味方。

病院で言われたことや、言われなかったことや、とにかく育ちが悪かったせいもあって色々調べてしまった。

むくみ

色々辛かったけど、一番はこれかも。

もともと浮腫やすい体質なんだけど、無理をするとお腹パンパンに張ってしまい苦しくて気持ち悪くて動けなくなる。

職場ではヘルニアが出てしまい、と誤魔化していたが本当に辛かった。(実際それも出ていた)

下痢便秘なども色々あったけど、上記色々が辛すぎたので記憶から薄れている。

つわり気持ち悪さと、お腹が張って気持ち悪いのと。数ヶ月ほとんどずっと。

仕事もあるから寝ているわけにもいかないし、どうにもこうにも辛かった。

仕事

仕事は人に任せられないものも多く、立場的なこともあり部下の手前、がっつり働いていた。

しか夕方には体力ががくんと落ちて、ぐったりしがち。

頭の回転も悪いし、パフォーマンス落ちていたと思うが、何せ流産するかもしれないか妊娠も伝えられないため、頑張るしかなかった。

義父義母は近くに住んでいることもあり、夫経由で伝わってしまい、何度かお食事などもした。

自分の親は、少し離れていることもあり、育ちが不安定と言われている以上、言うに言えず。

流産の時は、母が子宮一部摘出手術になってると聞き、自分のことは言えず仕舞いになってしまった。

まだ伝えられていない。

その後も育たない

いや、一応、ゆっくりとは育っていた。けれど、一般的胎児成長曲線からは外れてしまっていた。

1W遅れくらいの大きさだ、と言われていたものが、14~15週にはそれ以上の開きが出てしまっていた。

普通だったら安定期に入るころ。一番楽しい時よと言われていたころ。

知らないことばかりだが、妊娠初期からこの辺までの成長ペースは、どんな人も大差ないらしい。大きさに差が出るのは、もっと何ヶ月も経ってから

ネットで調べても、生理日や受精着床日が曖昧であることによる妊娠週数のずれ、というのがよくある話らしいが、こちらは不妊治療病院に通っての妊娠なので、ずれはない。

病院では二箇所とも、原因不明と言われていた。胎児専門の病院では、万が一このまま育っても、低体重で生まれたり、障害を負うリスクが高いと言われた。

中絶も勧められた。産むとしても、NICUなど施設が整っているところでないとまずNGだとも言われた。

2人目、3人目だったら諦めたかもしれないけど、私には諦められず、悩む日々。

染色体異常

専門病院で教えてもらって、遺伝子についても勉強になった。

から1本ずつもらって2本のペアになった遺伝子は、全部で22対に加えてXYの46本。

数が欠けても多くてもだめなこと。数が合っていても、どれか1本でも短かったり欠けていても駄目なこと。

例えばダウン症21トリソミー、21番目の染色体が3本あることで起こる、一般的障害だ。

私の胎児は結果として6番目の染色体が少しだけ欠けていたことが、死後の精密検査でわかった。

胎児の死亡確認

話を戻す。中絶する?しない?など悩みながらも、22週を越えれば出産している人も世の中にはいて、育っている人もいるという希望のもと、胎児がまだ生きたいと育つのなら、覚悟を持って産む選択をしたいとも考えていた。

しかし、育ちが悪いと言うことは、低体重児以前にそもそもまだ外では生きていけない大きさなわけで。

いずれにしてもリスクがあるので、紹介された病院に一時変えることになり、初診察の矢先。

胎児は動いておらず、死亡が確認された。

こうなることも想定内ではあったんだけど。やっぱりショックで。わかりました、と言って涙を堪えるのがやっとだった。

夫はずっと仕事で忙しく、やっと同行してもらえたんだけど、動いている様子を一緒に見ることはなく終わった。(その前に録画した映像は見せたけど。)

超音波検査の後に、別の部屋で、今後について話があった。

頭ではわかっていて、話もちゃんと聞いているんだけど、目からは涙がぼろぼろ止まらなかった。

すぐに処置したほうがいいということだったんだけど、仕事があったり、先生の予定が合わなかったりで、入院10日以上先になってしまった。

体がなぜか楽になった矢先だったので、やっぱりそういうことなんだ、と思った。

妊娠19週。5ヶ月が終わる頃。

入院処置葬儀死産届けの手続き

初期の流産の時は、静脈麻酔で寝ている間に掻き出されて終わった。

1日の入院なので、日帰り。

鈍痛はあったけど、お腹も大きくなっていないし、なんてことなかった。

しかし19週での処置は、出産と同じ扱いなんだ。

から、分娩なの。

もちろん、流産専門の病院なんてないから、普通産婦人科

キラキラしたし新米ママのいる場所で、新生児の声が聞こえる場所で、自分は死と向き合う。

そんなところで、陣痛を起こして、産まないといけない。死んでるのに。

まれてくるものでないものを生むように仕向けるわけだから、前段階の処理もきつい。

お金も、出産と一緒の金額がっつりかかる。もう生きてないのに…

初期流産と違って、この数ヶ月、育っていたことを実感していて、胎動と思われるようなものも感じていて、一人じゃない日々を過ごしていたから、本当にショックで。

心身、お金、なにもかも、ダメージしかない。

理不尽に酷い仕打ちに、痛みも恐怖もすごいし、辛すぎて、前世で何か悪いことしたのかな?と思ったりもした。

監獄へ入って拷問を受けるかのような心持ちで、入院

入院1日目>

から荷物持って入院先へ。当初は個室なんて贅沢言ってられないと思っていた。

本当に4人部屋でいいですか、はい、と言ったものの。

聞くと、普通出産する、し終えた、お母さん方と一緒だという。

赤ちゃんは別部屋だが、見ることもあるという。

それはさすがに今の精神状態きついと思った。

個室は高すぎるので、せめて1日1万少々プラスの2人部屋を希望

他の妊婦がいつ入るかはわからないが、幸い今日はいないと言う。

2人部屋へ案内され、奥のベッドで荷物を整え、1日目の処置へ。

子宮口を広げる処置。何か棒を何棒も入れられて。そのままにされるので、痛いったら。

鈍痛で動けず。なぜか突然何度も吐いてしまって食事も取れず。

体が拒絶しているんだろうか。

この時から基本的にずっと点滴。この日は栄養や水分を入れるため、その後は薬を入れるなど。手が穴と痣だらけに。

入院2日目>

昨日に続き、さら子宮口を広げるために、棒を追加される。

激痛。この日から静脈麻酔

しかしこれが、意識が完全に落ちず、悪趣味映画みたいな幻覚が見えて辛すぎた。

吐くのはおさまってきたけど痛みがずっとあって寝てるしかない。寝てても辛い。

翌日の処置も怖くて寝るに寝れない。

入院3日目>

AM処置

静脈麻酔で、棒を全部取る。

分娩台へ移動。なぜか色んな不安とか悲しみとか?で涙がボロボロ出てしまった。

プラス15万とかするけど無痛分娩でお願いした。

猫のように丸まるように言われる。

背骨横に刺して麻酔を入れるんだけど、ヘルニアいかうまく入らず、激痛。全身ビックン!!てなるくらいの痛み。

位置を変えてもらい、3~4回目でなんとか成功。仰向けになる。

陣痛の促進はどうやったか忘れたけど、麻酔が切れたあたりで周りに誰もいなくて、言うに言えず結局30分くらい陣痛くらってたのが辛かった。

ずーーーーーんという痛みの大きな波が、やってきては引いていきまた来る〜!というのを繰り返していた。

これが陣痛か、、、と思った。

やっと先生が見に来て、もうきてるね、となって、掻き出されると言うか引っ張り出されると言うか。

どろどろにゅるにゅるしたあったかものが出て行き、どうやら出産したようだった。時間を記録される。

あの生暖かい気持ち悪い感触は、一生忘れないだろう。

その後、また静脈麻酔意識朦朧

残りのものを掻き出す処理。これをきちんとしないと、後々いけないらしい。

その後、意識は戻ったものの体がまだちゃんと動かないため、ナースセンター裏あたりで寝かされることしばらく。

やっと昼すぎに、自分のベッドへ戻る。

出産時、赤ちゃんを見る勇気は、私にはなかった。

あらかじめどうするか聞かれるんだけど、長く死んだままお腹に起きっぱなしだったし、そもそも成熟状態かつ人間死体は、見てしまったらそれが呪いのように忘れられなくなりそうで、怖かった。

でも、ごめんね、って気持ちは今もあって、向き合えなかったことも、やっぱり辛い。

PM葬儀対応

遅めの昼ごはんをとったあと、葬儀屋がくる。

火葬をしてもらい、死産届を出すためだ。

子供名前は?火葬場はどこにるすか?火葬はいつにするか?遺体はいつ運ぶか?立ち会うか?骨壺はこれでいいか?一緒に入れたいものはないか?お骨は引き取らなくていいか

などなど。

まだ出産直後でぐったりしていて、恐怖と痛みの感覚が残る茫然自失のところ、言われる。

名前なんてないよ!色々考えてたけどないよそんなの!入れるものだって、その子のためになんか用意したら思い出や思い入れ増えてもっと辛くなるじゃん!だから用意なんてできなかったよ!

そんな色んな気持ちがぐちゃぐちゃにあるんだけど冷静に言葉にできないから、涙がぼろぼろでて、たった一言ずつ、「ないです」とか、用件だけ答えるのがやっとだった。葬儀屋さんも別に悪気あってでもなく、人の良さそうなおじさんで、一緒に涙されてしまって、仕事から必要なこと聞いてるのわかるんだけど、でもこの仕打ちは、死産後直後の女性には辛すぎる。

市町村への提出、代理で行ってもらうようにはしたんだけど、そもそもこれなんとかならないのだろうか。

火葬も含めて、十数万。もちろん自己負担

ぐったりして色々終わったあと、同じ部屋に急遽入院患者

若くて可愛らしい、女の子らしい妊婦が、夫に甘えながらやってきた。

夫は、夜八時の面会時間MAXまでいて、翌日も朝からきていた。

赤ちゃん心音チェックや、夫へ甘えられる状況、すべてが羨ましく見えて辛かった。

<4日目、退院

体調も大分マシになってきて、順調につき退院OKとなった。

事務が動き出したら手続きしてすぐ出た。休み休み帰り、自宅で仕事など少々。

夫は仕事で忙しいこともあって、自分もそっちを優先すべきだと思い、死産のためにわざわざ来てもらうこともないと一人で頑張ったけど、これを見た男性は、女性が遠慮してもぜひ付き添ってあげてほしい。精神的にも、入院荷物運びで体力的にも、きつい。

帰路は、お腹の中が空っぽになり、心も何か穴が開いたような気持ちだった。

その後

仕事と体調の回復状況>

休日含んで入院たから、仕事は3日しか休まずすぐ復帰。

職場には、急遽ちょっと手術で。ということにした。

ただ、疲れやすくて夕方にはぐったりする日々はしばらく続いた。

何せホルモンバランスが一気に戻ろうとするため、なんか色々ぐったり。

骨盤内臓位置?もきっと戻ろうとしていたんだろう。なんかあちこち痛かった。

妊娠運動もまともにできない辛さだったので筋力も体力もぐんと落ちてしまった。

一週間はほんとぐったりしていて、夜もすぐ寝て休みも寝ていた。

二週間目くらいから、アルコールも美味しいと思えるようになって、仕事外で人とも会えるくらいになっていった。

階段や坂も、徐々に登れるようになった。

しか骨盤のあたりが痛い、というのはしばらく続いた。1ヶ月以上。

休み休み動いていたせいで驚くほど下がっていたヒップも、日常生活で2ヶ月後には大分戻ってきた。

<安置されたお寺へ>

1ヶ月半ほどして、お骨があるお寺に顔を出した。やや緊張しつつ。

本当は行かないつもりでいたけれど、それではあまりにも可哀想だと思って。

夫と一緒に足を運んだ小さなお寺では、本堂の仏さんの横らへんに、大切そうに小さな骨壺たちが沢山並んでいた。お人形やらぬいぐるみやらと一緒に。

それを見たら、涙が出た。手を合わせる。

家に引き取られなかったものたちを、大事に祀ってくれていたお寺に感謝気持ちしかなかった。

天国でお友達ができてるといいな。ここでは1〜2年安置していただいたあと、供養となる。

染色体検査

結果が出るまで1ヶ月以上かかった。

結果、6番目の遺伝子がほんの少しだけ欠けていたそうだ。

身体形状の異常は全くなく、指先も鼻も、内臓も、体はきれいに作られていたのにな。

いずれにしても、生まれても育たないものだったってこと。

女の子だったこともわかった。

お金

結局、今回の入院だけで全部で100万以上。入院費や葬儀屋代、無痛分娩や、染色体遺伝子精密検査も含んで。

出産一時金で40万ほど戻ったけど、それでも痛い出費となった。それ以外に、事前に検査も色々したし事後も病院に数回通った。

おわりに

これを書いてみたら色々思い出して涙が出た。普段もふと、思い出して一人涙が出るときもある。

何も残らなかったけど、経産婦になってしまい、心も体もめっちゃ痛めた。

友達幸せそうな出産記録や子育て記録などを見かけると、ああ、あの子同級生になるはずだったんだよなあ、と、思ったりする。

まずぜひ、みんな妊婦には優しくしてあげてほしい。

席を譲られたことはほぼなく、幸い座れた時に妊婦マークをつけておくことで高齢者の譲ってくれアピールには効果ありだった。

おばさんが譲ってくれたことが2回ある。流産しそうだったし、殆ど誰にも打ち明けられない状態だったから、妊婦として優しくされたことに、泣きそうになってしまった。

お腹大きく見えない頃こそ、心身共にしんどかったりする。男性が譲ってくれたことはない。

無事出産した人は、どんなに辛くても、そこまでいけなかった人もいることを知っておいてほしい。

子育ていかもしれないけど、私からしたらそれすら羨ましい。

子供大事にしてあげてほしい。

妊婦の夫である人へ。

本当に意味不明に辛くて、本人も理解できない状態だったりするから、一番近くにいる人が、一番大切にしてあげてほしい。

過剰なくらいで丁度いいし、どんな用事よりも優先してなるべく付き添ってあげてほしい。

最後に、お金めちゃちゃかかることや、精神的にも身体的にもダメージ大きいことが、誰にも知られず女性一人辛い思いして終わっている事実が、もう少し何とかなっていったらいいなと思う。

悩んでいる妊婦は、どう転んでも現実は一つだから勇気持って受け入れて、前向きに生きてほしい。

体調悪いのしんどいと思うけど、頑張って。

とりとめなく長々書いてしまったけど、読んでくださった方ありがとう。*誤字直しました

2019-12-31

彼氏のチ○チ○を扱いた手で推しに触らないでほしい

私はアラサー腐女子だ。これくらいの年齢になるとTwitterのTLでこんな報告をちらほら目にするようになる。

「昨日、婚姻届を提出しました(ピース)」

今日から私も人妻です(ハート)」

「名義の変更の手続きめちゃ大変~!(泣く絵文字)」

腐女子と侮るなかれ、

彼女たちは恋愛するなり婚活するなりなんなりして未来配偶者と巡りあい、ゴールインする。

男性一般の人は「オタク女性」のことを恋愛に奥手、おしゃれもしない、結婚なんて夢のまた夢と思うかもしれないが、普通に綺麗な人もたくさんいるしそうじゃなくても結婚する人もかなりいる。

私はそれを見る度にこう思う。

「これまでお前は彼氏のチ○チ○を扱いた手で推しに触っていたのか!?」と。

推し別にアニメでも漫画でもゲームでもミュージシャンでも俳優でもいい、本当に生きてなくてもいい。腐女子として活動していくなかで「このキャラとこのキャラを組み合わせて腐った妄想をしたい!」と思った対象に、お前は、そんな手で触っていたのか!?

推しが汚された気分だ。

お前が推しについて深夜にTwitterで語っていたとき、それは彼氏とのセックスセックスの休憩時間のTL巡回だったのか?

腐女子に限らず、オタクにとって「オタク活動」は「ライフ(つまり人生)」だと思っていた。

しかし突然の結婚宣言、もしくはかれぴっぴ匂わせから、私は気付いてしまう。

「お前のオタクは、ライフじゃなかったんか…」

「お前のライフかれぴっぴとの生活で、その合間に、おやつを食べるみたいに腐ってただけなんか…」

たぶんまっとうな人は「そうだよw一生オタクやってられるわけないじゃんw」と言ってくれるだろうな。

でもさ、それTwitterプロフに書いてなかったじゃん。

「私は一生オタクをするつもりはなく、週末彼氏の○ン○ンを扱きながらpixiv巡回しています」って書いてなかったじゃん…書いてあったらこっちも自衛したよ。腐女子の大好きな「自衛」したよ…でも突然の結婚報告は自衛できない爆弾じゃねーか…

最近流行ってる「ヲタクに恋は難しい」じゃねーんだよ「腐女子の恋は戦犯」なんだよ…

現実で男と楽しくしててなんで更に追加で腐ったもの摂取するんだ!?順番が逆?知るか…

そしていつかその腐女子は「つわりしんどい…」とか「ワンオペしんどい…」になり、やがて「育児アカウントこちら→@」になるのだ。

もう永遠に、TLで共に推しについて語ることはできない。

半年後のイベントが告知されたとき

「ずらせない予定と重なってる~(泣く絵文字)」と呟いた腐女子がいたら要注意だ。

きっとしばらくして、

「今年は人生大事な年になりました。」

とか投稿する。

2019-12-28

明日出産する

長かったようで短かった妊婦生活明日で終わることになった。

予定日を過ぎても一向に中の人が出てこないので、促進剤を打って強制出産する。本当はもう少し様子を見ることもできるらしいが、年末年始を挟むと病院側も色々あるらしい。オトナの事情だ。

妊婦生活終了の記念に、思い出を書き散らかしていこうと思う。

妊婦は意外としんどい

妊娠する前、正直に言うと、妊婦なんて腹が大きくなるだけで何でもないと思っていた。

実際になってみると、意外としんどい

自分の体力が普段の倍速で減っていくかんじ。

ついでに頭も全く回らない。文章を読んでも一回では頭に入ってこないし、口頭での指示は言われたそばから抜けていく。

動悸や息切れもあるし、腰は痛いし、電車や車で酔う回数も明らかに増えた。

1日外をウロウロすると、あまりに疲れて顔色が真っ青になってしまう。

私は体力に全く自信のない自営業なので、妊娠が分かってからすぐに仕事を減らし、妊娠中はほとんど働かずに過ごしていた。

でも、他の妊婦さんはフルタイムで働いていたりする。

こんな状態でどうやって働き続けているのだろう。女の人ってすごい。

私も優しい人になりたい

電車に乗ると、妊娠マークを見てすぐに席を譲ってくれる人がたくさんいた。

ヘロヘロ妊婦だったので、譲ってくれると本当に助かった。譲ってくれた人には、もれなく一生幸せに過ごせる呪いをかけておいた。

でも、面白いことに、席を譲ってくれる人は全員おば様。

若い人や男性は譲ってはくれない。譲ってくれないのか、妊婦マークに気付いてないのか、気付いても譲る必要性を感じていないのかは分からない。

ちなみに私も妊婦になる前は席を譲らない側の人間だった(席を譲ろうと思うほど妊婦に興味がなかった)から、譲られなくても格段何も思わなかった。

逆に譲ってくれたおば様たちは、きっと妊娠中に大変な思いをしたのだろうなぁと思うと涙が出そうだ。

私も妊婦さんを見たら、席を譲るようなオバちゃんになろうと思う。

体重が増えない

妊婦空気を吸っても太る、と聞いていたからビクビクしていたら、なんとびっくり体重が増えずに医者に怒られる、というレア体験をした。

普段は食べないオヤツを1日2回食べ、カロリー気にせず食べたいものを朝昼晩と食べ、炭水化物を多めに取っても効果なし。

何が腹立たしいって、妊娠する前はこんな生活してたら普通に太っていたという事実である

結局、妊娠する前から5キロ増加して、現在に至る。

胎児羊水、増加分の血液胎盤の重さを全て足すとそのぐらいの重さらしいので、産んだら元の体重に戻りそうだ。

戻らなかったらどうしよう。

豚足食べたいな

美味しいお店があると聞いて、父と豚足を食べに行った。

汚い立ち飲み屋のようなところで豚足を食べ、あまりに美味しいのでお持ち帰り。

翌日お持ち帰りを嬉々として食べたら、その日の晩に盛大に吐いた。

体調が悪かったのか、豚足が悪かったのか、つわりだったのか。

1つ言えることは、豚足はおいしいということ。

駅で倒れた

電車に乗って出かけようとしたら、人身事故の影響で混んでいた。

とりあえず乗った各駅停車。その中で、頭の先から冷たいものが足元まで降りてくる、という初めての感覚があった。

ああこれダメなやつ、と、次の駅で転がるように下車し、壁を伝って何とかベンチに腰を下ろした。

人でごった返したホームの中で、一緒に電車に乗っていた夫が温かい飲み物を買いに走り、全く回復しない私を見てすぐに駅員を呼びに行ってくれた。

私がベンチで気分の悪さと戦っていると、電車待ちの行列の中から2人のおば様がやってきた。

大丈夫?」

「あら、あなた妊娠中?駅員さん呼ぼうか?ああ旦那さんが呼んでくれているのね。」

「顔が真っ白よ。」

そう言って見ず知らずの私の背中を撫で、大丈夫大丈夫、と励ましの呪文をかけてくれた。

まさかの優しさに号泣してしまった私を見て、泣かなくていいのよぉ〜とおば様たちが笑った。

男の子なの?女の子なの?」

妊娠ははじめてかしら?」

知らない妊婦の腹の事情なんかに興味を持ってくれて、私はその質問に答えることで何とか気持ちを立て直すことができた。

あの優しさは一生忘れない。

そして、私もそういうことができる人間になりたいと思った。

人身事故の時の駅員さん

その後、駅長室に入れてもらい、ソファで寝かせてもらえた私。

これ以上電車に乗せるのは不安だと、夫は電車で家に帰り、車で迎えに来てくれることになった。

電車に乗った意味が全くなくなってしまったが、夫があまりに優しいので、将来介護は任せろと心の中で呟き駅長室でお留守番

駅員さんはとても優しく気遣ってくれて、毛布やら枕やらを準備し、何かあったら声をかけてと丁寧に言って、仕事場へ戻って行った。

人身事故最中なので、駅長室はたくさんの放送が飛び交っていた。ドコで電車が止まってるとか、駅のホームで何が起こったとか。

向こうの方で駅員さんの

「うぉおぅ…。こりゃもうダメだわ…。」

という、この世の終わりを見た人みたいな呟きが聞こえた。

その間にも、忘れ物をしたとか、切符がないとか、道に迷ったとか、迷子を見つけたとか、お客さんがドンドンやってきて、一つ一つ優しく対応する声が聞こえ続けていた。

ソファでまどろみながら、駅員さんってすごいなぁと思った。

お仕事、本当にご苦労様です。

駅で怒鳴る系オッサン

私が倒れた駅のホームで、対応が遅いとか情報がないとか客の誘導が出来てないとか、ずっと大声で文句をつけているオッサンが1人いた。

でも、私におば様たちが駆け寄って慰めている姿を見て、声を荒げるのをすぐにやめていた。

気遣ってくれてありがとう。でも、駅員さんにも優しくしてほしいな。

乳首正中線

妊娠して明らかに変わったのは、バストサイズ乳首の色だ。バストは大きくなり、乳首は真っ黒になった。

それはもうまっくろくろ乳首で、こりゃ「乳首ピンクします」みたいな怪しげなクリームが売れるわけだと妙に納得した。

そしてお腹には、正中線と呼ばれるらしい、一本の黒い線が浮き出てきた。

胃のあたりから股の上にかけて、まっすぐ引かれた黒い線。妊娠週数が進むにつれ、ちょっとずつ濃くなっていった。

これは最初細胞分裂の跡だと、どこかに書いてあった気がする。本当ならおもしろい。

切り取り線に見えるので、てっきり帝王切開の時はこの線を目印に縦にメスを入れるのかと思っていたら、横に切るらしい。

なんだ、キリトリ線じゃないのか…。

とにかく黒くなる

黒くなったのは乳首だけじゃない。

脇のあたりとか、背中の上の方とか、局所的に黒くなっているところがいくつかある。何故かはサッパリからない。

私は毛深くない方だが、明らかに産毛の量も増えた。背中気持ちフワフワになり、お腹にも毛が生え、腰にも産毛のクッションができた。

毛が生えているところは弱いところだと聞いたことがある。胎児を守ろうとしてこうなっているのなら、私の身体は私の気持ちなんかよりよっぽどお母さんだ。

私は普段から化粧を全くしない程度には美容に興味がない。だから黒くなったところで、そういうものか、ぐらいの感慨で済んでいる。

でも美容にしっかり向き合っている女性は、この黒くなったり毛が生えたりする現象をどう受け止めるんだろう。

やはり、ショックを受けるのだろうか。

それとも、子が産めるのならと受け入れるのだろうか。

まだ見ぬ子のために自分のこだわりを一旦置いておけるって、すごいことだ。

動けvs動くな

里帰り出産をする関係で、2つの産婦人科病院に通った。

一方では「妊婦は動くな、ゴロゴロすべし」と言われた。お腹が張ったりすると、赤ちゃんも苦しいらしい。

もう一方では「妊婦は動け、何でもやっちゃえ」と言われた。動いてはいけない場合は指示をするから、それ以外はお産に向けての体力作りのために動いてほしいらしい。

病院によってこんなにも方針が違うものかと驚いた。

仕方ないので、都合のいい方を日替わりで信じることにした。おかげで楽しい妊婦生活だった。

まれているということ

私は良識ある両親に、束縛されることなくのびのび育てられた。

おかげで好き勝手ストレスほとんどなく過ごしてきた気がする。

夫は優しさが服を着て歩いているような人で、義両親は付かず離れずの距離で気を回してくれる。

実の兄弟とも仲良しで、義兄弟やイトコ、ハトコとも、深夜まで話し込むことができる程度に仲がいい。

友人もそれなりにいて、出産経験のある子からお下がりとお祝いで、赤ちゃん用品はほとんど買うことなく済んでしまった。

これだけ味方がいて、みんなに励まされているけど、やはり出産は怖い。どれだけ痛いのか考えただけで震える。

そして妊娠中は苦しい。何の理由もないのにメソメソ泣いて夫を困らせたり、何もしていないのに疲れて一日中寝ていたりした。

それでも周りは許してくれて、慰めてくれて、私の好物を買って来てくれたりする。

から何とかここまで耐えることができた。

病院助産師さんから、たまにアンケート用紙をもらう。

そこには必ず、DVを受けていませんか?と書いてある。

世の中にはいるのだ。人に恵まれず、望まない妊娠をして、苦しい妊婦生活を一人で過ごし、出産の恐怖に怯える人が。

私が大勢に支えられて何とかやってきた生活を、ただ一人で耐え抜くのはどんな気持ちなのだろう。

しかすると、私が今いる病院の中にも居るのかもしれない。

幸せになってほしい。

母になるとは

女の人はお腹に子を宿すからゆっくり母親になっていく。

なんて言う人がいるが、あんなのは嘘っぱちだ。

つわり気持ちが悪いと「腹の中の人のせいだ!」と思うし、胎動で眠れないと「ちょっとは静かにしてよ!」とウンザリするし、思うように動けないと「お腹重すぎるよ!」と悪態をついたりする。

そもそもお腹が膨らんでいったところで、その中に人間が1人入っている、というのが信じられない。

明日まれてくることだって半信半疑だ。

でも、もし本当に産まれてくれたら、精一杯かわいがってみようと思っている。

最初は上手く可愛がれないかもしれない。

私は子どもを産んで育てたいと思っているけれど、別に子ども好きではない。

から泣き声を聞いてうるさいと思うことだってあるだろうし、イライラすることもあると思う。

ついでに家事も上手くないから、子どもにいい環境なんて作ってあげられない。

それでも休み休み愛して、一緒の時間を過ごして、ゆっくりお母さんになっていけたら素敵だ。

明日まれたら、お腹中の人は初めての肺呼吸と初めての哺乳で大パニックだろう。

その前に、狭い産道を通ることでヘロヘロかもしれない。

一緒に頑張ろう。

痛いのは怖いけど、私も何とかやってみるよ。

前回の最終月経から考えると、今日から8週のはずだった。

前回は胎嚢が確認できた。

今回こそいい加減、心音確認できるだろうと思ってた。

結果。

心音確認できなかった。

今日わかったこと。

・大きさ的に8週はありえない

・たぶん5週くらいだろう

・胎嚢の形が細長い

・中で赤ちゃんが潰れて亡くなっている可能性がないわけではない

・ともかくまだ小さいからなんとも言えない

心音がこのまま確認できなければ、かきだす手術をすることになるかもしれない

上2人はこういうことがなかったから、とてもびっくりした。

つわりがあまりないことも気になってはいた。(つわりゼロではない。でも上2人の時と比べて確実に軽い)

大きさは今回で16.8ミリ、くらいだそうだ。

月経が大きくずれ込むこともあまりなかった。

でもまあ、何かあって、排卵が遅れることは、あるんだろう。

不安だけど何もする術がない。

調べるのも不安になるだけだから、なるべくやめようとは思ってる。(なるべく)

3人目、驚いたけど、嬉しかったし、頑張ろう、と思ってたんだけどなあ…

わたしの器が小さすぎて、赤ちゃんはやっぱりやめようと思ってしまったんだろうか…

2019-12-13

出産したけどあと五人くらい産みたい

先日第一子を出産した。

人間とは怖いもので、妊娠中は陣痛があれほど怖かったのに、産んだ後になってみると痛みのことはほとんど忘れてしまい、赤ちゃん可愛いしか思えない。ホルモンの影響ですかね。

妊娠中は大きなトラブルもなく過ごせた方だったけど、やはりメンタルや体調が不安定になる中、仕事最後まで続けられたのは夫の献身的サポートが大きかった。もともと家事をやってくれる人だけど、つわりの時は食べやすものを作ってくれたり、妊娠後期で体重が増えすぎたときはヘルシーメニューを作ってくれたり。入院中も毎日通って赤ちゃんの顔を見にきてくれるし、必要ものをお願いすると必ず買ってきてくれる。

産院から自宅に戻るのが不安だと思っていたけど、夫の「赤ちゃん帰ってきたら我が家は賑やかで楽しくなるね」という言葉号泣して早く帰りたくなってしまった。

この人の子供ならあと五人くらい、いや十人くらい産みたいし、遺伝子残したい。出産の恐怖なんて何処へやら。経済的にも体力的にも無理だけど、心は今そんな感じ。

私なんでこんな素敵な人と結婚できたのかしら。前世で多くの徳を積んだのかな。

出生率を上げるには女性への支援とか保育園増設かいろいろあるけど、いい男を増やすことが効果的なんじゃないでしょうか。

小泉進次郎あたりが頑張ってくれないかな。無理かな。

2019-12-04

もしも男性妊娠出産できるようになったら?

「よし!じゃあ俺産むよ!」

と自ら声を上げる男性はどれくらい入るのだろうか。

出産は女の役目だろとキレる人が半数を超えそう。

である自分妊娠下時のことを想像してみたが、つわりで何ヶ月もゲーゲー吐いて、お腹がどんどん膨らんできて、日常生活に支障が出る。

でも自分お腹にいる子供が生まれた時は凄い感動するだろうなぁ。

嫁さん俺の代わりにバリバリ働いてさ。

そうなってくると段々性別が逆になってきたりして?

なんてことを妄想した。

出産する女性大事にしない男はクソ。

2019-12-01

妊娠したら周りの女がなんちゃって産科医ばかりで引いた

妊娠後期。見た目にも腹が出て腰が反りケツが痛み肉がついて妊婦らしい見た目になってきた。

妊婦検診も2週に1回になり、分娩予定の病院に戻るための予約も取り、より一層職場迷惑をかけている。ほんと毎日すみません

それで、どうせ子供が産まれたら行動に制限が出るし

ちょうど母校で卒業生交流会やるって言うから行ってみた。

というか夫についていった。

で、散々お世話になったA先生(50-60代女性)にお会いした。

せっかくなので夫と私とその先生たまたま居合わせたB先生(新婚20代女性)とで10分ほど立ち話した。

結論がっかりした。

先生も『なんちゃって産科医』だった。

なんちゃって産科医』とは、

自分経験や人から聞いた話を元に妊婦トンデモ診断を下してしまう人」のことで、私が勝手につけた呼称だ。

先生、まず私の腹を断りなく触り(人によると思うが私はこの行為が嫌い。せめて一言声かけろ)、質問攻めスタート

先生性別はどっちなの?」

私「女の子です」

「あら!じゃあ夫くんちゃんと仕事してるのね!」

私と夫「ん?」

先生「SEの子供はだいたい女の子なのよ」

夫「えっ?なんでですか?」

先生電磁波よ」

?????

先生によると

SEは毎日パソコンに向かっていて電磁波を浴びている。

電磁波の影響で女の子が産まれやすい。

男の子場合は、父親ちゃん仕事をしてないということ。

……だそうで。

電磁波云々って、私が子供の頃に「電子レンジの近くにいると体に悪いからやめろ」と祖父に言われた以来ですけど。

夫は黙ってたので、どう思ったかは知らない。

更にA先生トークはまだ続く。

女の子だとつわりがひどくなる」

→女の体に女の胎児だと成分が同じだからケンカするらしい。つわりが軽いなら男の子

「産む直前に好物が食べられなくなる」

→A先生の好物は焼肉だそうだが臨月にはほとんど食べられなかったそうだ

等々。

つわり云々に関しては私はそれほどひどくなく

短期間で落ちついたし

妊娠前と比べ食欲も好みも変わらないか

さっぱり共感できず、10分ほどのトーク中ずっと一歩引いて聞いていた。

そして最後に、B先生に「30歳になる前に妊娠しな!仕事ことなんて気にしなくていいのよ!」とよく分からんエールを送り、去っていった。

まあA先生まではいかないにしろ、『なんちゃって産科医』状態にはかなりの先輩ママさんが陥っていると思う。

職場仕事上、子を持つ女性が多く

妊娠の報告をしてからは、体調を気遣ってくれる人ばかりで本当に助かっている。

ただ1点、こちらが困ってもいないのに、謎アドバイス自分語りしてくることを除けば。

男の子の親っぽい」という理由から、まだ性別がわからないのに男の子だよ!と毎日顔を合わせるたびに言ってくる人、

女の子妊娠すると顔が優しくなる。男の子ときつくなる」という理由から、やっぱり女の子だね~と言ってくる人

(散々男って言ってたじゃん)、

体調の心配をしてくれたかと思いきや、うちの娘のときは吐くものもなくなるくらい吐いてさ〜と延々話してくる人、

切迫流産前置胎盤妊娠中毒症!と不安を煽ってくる上司

「平日昼に帝王切開で産めば一番安上り」とご親切に教えてくれた上司

あと、本当に多い、腹が出てると男の子で横に広がると女の子って言う人(骨盤の大きさの問題だっちゅうねん)。

初産婦である私のことを心配して声をかけてくれているということは分かってる。

ほんとありがたいけど、皆さまが信じていらっしゃる性別判別法とか、医学が発達してなくて産むまで分からなかった時代の話。都市伝説ですよ。

5か月くらいまでは本気にしてたものもあったけど、もういちいち聞いてられない。

腹が出てるけど女の子だし、食べたいもの好きに食べてるけど体重血圧問題なし。胎児も順調に育ってると、主治医からお墨付きを頂いてますので。

なんちゃって産科医』の皆さま、いただいたアドバイス、全部私には不要でしたよ。残念でした~。

2019-11-22

妊娠してる友達から話聞いてると「こっちが朝から何も食べてないのに夫は一人でパスタ作って食っててむかついた」っつっててヒデ旦那だなって思ってたけどよくよく聞いたら嫁分のパスタも作ってたけど嫁がつわりパスタ食えなかったらしい。だったら食えるモン作ってもらえば?って話してたら「自分でも何が食べられるかわからない、友達旦那さんが色々な食べ物たくさん買ってきてくれて一つずつ食べられるか試してくれたらしい」とか「パスタ食べる?って言われて食えんって言ったらそのまま夜まで放置っておかしくない?」とか言っててもう地獄だなって思った。

「食べたいものがあっても〇〇買ってきてって言いにくいから、「何か食べられそうなものある?」って聞いてほしい」らしい。

最終的に「母さんならそういうのも頼みやすいから結局最後のほうはずっと実家にいた」らしい。

2019-11-08

妊娠出産奇跡だなんて誰も教えてくれなかった

30代前半、結婚5年目、不妊治療のため病院に通い始めて1年

排卵月経が疑われたのでクロミッド1錠を服用

卵胞確認をしてHCG注射を打って排卵させ、排卵確認しては着床安定のためまた着床を打つ。

妊娠したのは6周期タイミング法を終えた後の休薬期間だった。

薬も注射も使わずに卵胞は正常サイズに成長し、正常サイクル通りに排卵をして、妊娠した。

やたら体温が高いのは生理予定日前から分かっていた。

それでも2週間そわそわ不安になりながら待って、妊娠検査薬を使った。

初めて陽性になった検査薬を見て泣くよりも小躍りした。

よかった!よかった!バンザーイって。

でもそこから地獄だった。

陽性から3日後、受診して見てもらうと胎嚢が確認できた。

最終生理開始日から数えてもう6週と2日だった。

正常妊娠であることが確認できただけでその日は終わり。

小さく見える胎嚢の中は真っ黒だった。

この後くらいかつわりが始まりご飯が少しづしか食べられなくなり、えづいては胃液を吐くようになった。

翌週また診察。

今度は歪んだ胎嚢が見えた。筋腫のせいだと言われ、今日も胎芽は見えなかった。

先生からは「来週もう一度来て。そこで心拍確認出来なかったらちょっと…」と言葉を濁された。

また翌週診察。もう8週目に入った心拍確認出来なくてはおかしい。

でも胎芽どころか胎嚢もはっきり見えずに終わった。その日流産の宣告をされるのかと覚悟したが、先生からは「また来週」とだけ言われた。

9週目に入った。この日の診察で初めて胎芽を見た。

小さく見える胎嚢の中に小さい白い胎芽。

でも小さすぎて心拍確認は出来なかった。先生は「また来週」と「覚悟もして」と言った。

本当なら、普通なら、もう心拍確認できて、赤ちゃんは2頭身になっててもおかしくない。

ただHCG値の結果が良かったので先生も期待を込めて待っていてくれている、というのを看護師さんから聞いた。

もうここまでで、陽性が分かってから1ヶ月経った。

心拍確認が出来てから両方の両親に伝えようね』と言っていたので、夫以外は誰も知らない

常に吐き気があり、食べれるものは限られ、辛くてたまらないのにお腹赤ちゃんがいるのかどうかさえ先週まで分からなかった。

妊娠奇跡だというのは1年の通院で充分思い知った。

多い時は週に2回も3回も仕事終わりに病院へ向かった。

それでもダメ生理の度に泣いた。

クロミッドを使えばきちんと排卵するし、ホルモン値に問題は無いと言われていた。

夫も自主的に精液検査をしてくれて、そちらの結果も良好だった。

それでも妊娠までいくのに1年かかった。

そして私は陽性さえ出れば全て上手くいくと思っていた。

どんなにつわりが辛くても赤ちゃんのためなら頑張れると思っていた。

陽性が出たのに赤ちゃんがいるのかさえ分からないなんてことがあるなんて思いもしなかった。

今は病院でも心拍確認まで出来ないと「おめでとうございます」とは言ってくれないらしい。

私も言われてない。

来週の診察が怖い。最後まで信じる、なんてお花畑精神でいたらダメだった時に耐えられない。

でもダメかもしれないと思いながら過ごすのも辛すぎる。

2019-11-04

妊娠出産奇跡だなんて誰も教えてくれなかった

30代前半、結婚5年目、不妊治療のため病院に通い始めて1年

排卵月経が疑われたのでクロミッド1錠を服用

卵胞確認をしてHCG注射を打って排卵させ、排卵確認しては着床安定のためまた着床を打つ。

妊娠したのは6周期タイミング法を終えた後の休薬期間だった。

薬も注射も使わずに卵胞は正常サイズに成長し、正常サイクル通りに排卵をして、妊娠した。

やたら体温が高いのは生理予定日前から分かっていた。

それでも2週間そわそわ不安になりながら待って、妊娠検査薬を使った。

初めて陽性になった検査薬を見て泣くよりも小躍りした。

よかった!よかった!バンザーイって。

でもそこから地獄だった。

陽性から3日後、受診して見てもらうと胎嚢が確認できた。

最終生理開始日から数えてもう6週と2日だった。

正常妊娠であることが確認できただけでその日は終わり。

小さく見える胎嚢の中は真っ黒だった。

この後くらいかつわりが始まりご飯が少しづしか食べられなくなり、えづいては胃液を吐くようになった。

翌週また診察。

今度は歪んだ胎嚢が見えた。筋腫のせいだと言われ、今日も胎芽は見えなかった。

先生からは「来週もう一度来て。そこで心拍確認出来なかったらちょっと…」と言葉を濁された。

また翌週診察。もう8週目に入った心拍確認出来なくてはおかしい。

でも胎芽どころか胎嚢もはっきり見えずに終わった。その日流産の宣告をされるのかと覚悟したが、先生からは「また来週」とだけ言われた。

9週目に入った。この日の診察で初めて胎芽を見た。

小さく見える胎嚢の中に小さい白い胎芽。

でも小さすぎて心拍確認は出来なかった。先生は「また来週」と「覚悟もして」と言った。

本当なら、普通なら、もう心拍確認できて、赤ちゃんは2頭身になっててもおかしくない。

ただHCG値の結果が良かったので先生も期待を込めて待っていてくれている、というのを看護師さんから聞いた。

もうここまでで、陽性が分かってから1ヶ月経った。

心拍確認が出来てから両方の両親に伝えようね』と言っていたので、夫以外は誰も知らない

常に吐き気があり、食べれるものは限られ、辛くてたまらないのにお腹赤ちゃんがいるのかどうかさえ先週まで分からなかった。

妊娠奇跡だというのは1年の通院で充分思い知った。

多い時は週に2回も3回も仕事終わりに病院へ向かった。

それでもダメ生理の度に泣いた。

クロミッドを使えばきちんと排卵するし、ホルモン値に問題は無いと言われていた。

夫も自主的に精液検査をしてくれて、そちらの結果も良好だった。

それでも妊娠までいくのに1年かかった。

そして私は陽性さえ出れば全て上手くいくと思っていた。

どんなにつわりが辛くても赤ちゃんのためなら頑張れると思っていた。

陽性が出たのに赤ちゃんがいるのかさえ分からないなんてことがあるなんて思いもしなかった。

今は病院でも心拍確認まで出来ないと「おめでとうございます」とは言ってくれないらしい。

私も言われてない。

来週の診察が怖い。最後まで信じる、なんてお花畑精神でいたらダメだった時に耐えられない。

でもダメかもしれないと思いながら過ごすのも辛すぎる。

2019-10-30

anond:20191030115725

163でも男性にしたら背が小さいか男性用のBMI係数が適用できない

たぶん60キロこえたから53キロにもどりたいか、53キロから47キロくらい

その身長で30キロ台だと摂食障害を疑うレベル生理が来ない子も増えるし、

つわりでそのくらいになってしまうとお産で死にかけるので健康とはいえない

スポーツ選手だとさら筋肉の重みがあるから60キロまで減らすといっててもおかしくない

 

でもなんで女性のことがわかりもしないくせに36キロ?とか見当違いの詮索に夢中になるのかはわからんよね

ファンタジー押し付け今日も熱心だなあ

2019-10-22

自分だったらって考えて欲しい

なんで、妊娠することは女の仕事なのー???

女の人の中でも、自分妊娠して子供を持てて幸せって人もいると思うし、それは個人の考えだと思う

でも、母親になった人の中には社会バリバリ働きたいって思ってる人だっているだろうし、もっとキャリアを積んでみたいって人も居るはず

それなのに妊娠したらつわりがあるし、産んだら産んだらで体はきついしかつそこに赤ちゃんのお世話もあるし普通にキツくない!?

妊娠したら職場でも気を使うだろうし、そのまわりの人も気を使うだろうし

なんか女の人ばっかが妊娠については損してない!?

男の人は結婚して奥さん出産しても普通に仕事するし、職場にも何も影響ないしなんなん!ほんまになんなん!?

こんなの当たり前だって分かってるけど私はいやだぁぁぁぁあ!!

なんなんだよー

だって自分が産まないんだったら子供ほしいよー

でも、自分で産むと考えたらデメリットの方が圧倒的に多すぎる(今のところ)

子供がいる生活もとても素敵だと思う

けど、私は今の生活に満足してるし、このまま2人で生活していくのも全然いいと思ってる、それに私は働きたいたいんだよぉぉぉ、クソガァァォァ

ちょうど仕事面白いとこなんだよぉぉぉ

それなのにあいつは「そろそろ、じゃない??僕は子供欲しいな」だって

はぁぁぁぁあ???

じゃあ、お前産めよ

自分十月十日、お腹の中で育てるって考えたらそんなこと言わないっておらぁしってるからな!!

そもそも、今の生活にお前は子育てという行為をぶっ込むことは出来んの!?

子供!!!2人で!!!育てるものだと思います!!!

2019-10-07

anond:20191004204918

たぶん、睡眠薬盛られて眠りついている間にレイプされてるやつや。

そのうち、つわりが来て妊娠させられたことに気が付くことになる。

そうなってからでは遅いから、今すぐ離れたし。

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