「訓読」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 訓読とは

2020-09-16

漢字にまつわるあれこれにイライラする理由に気付いた。

俺に無断で俺を含めたみんなの物事勝手に決めるんじゃない______。

学校でよくある話だが、声のデカい奴らの意見クラスの総意のように扱われることがある。

わかったわかった。お前らが団結したのはわかった。B組の絆もわかった。だけど、それを俺にも押し付けるな。

そんな感覚。あ、ちょっと違うかも。

とにかく、私には嫌いなことがある。

1つは、花言葉を“語られる”こと。

もう1つは、今日は〇〇の日だという“話題を振られる”ことだ。

花言葉は嫌いじゃない。〇〇の日という記念日も嫌いじゃない。

だが、さも当然、私もそれに納得するものだという前提を持ったまま、その話題を振られるのがなによりも嫌いだ。

当然だが、花は誰のものではないと同時に、誰のものでもある。

例えば、日本園芸協会みたいな、とにかく花言葉管理している団体(知らんけど)が、バラ花言葉が“愛”や“美”であると決める。そうか。勝手にやっていてくれ。

だが、誰かが私に対して「バラ花言葉は“愛”なんだよ」と話しかけてくる。

私はそれに同意していないし、私がバラに対して持っている権利、否、すべての人間バラに対して等しく持っている権利を、団体という一部の人間によって侵害された気分になる。

私にそれを押し付けるな。

〇〇の日も同様だ。例えば2月22日ネコの日として盛り上がる。いいじゃないか

だが、私に対して「今日ネコの日なんだよ」と2月22日に話しかけてくる。馬鹿言え。私がネコに対して持っている権利侵害するな。私はそれを認めていない。

「みんなのもの」に対して「一部」が定めたルールを「みんな」に適用することが、非常に苦手なのである

前置きが長かった。本題に入る。

私は塾でアルバイト講師をしていたことがあった。基本的になんでも教えるのだが、特に国語の授業を担当することが多かった。

そうすると生徒に漢字に関するアレコレを言われることがある。

「ねぇ先生、一番読み方が多い漢字って知ってる?」

答えは、“生”もしくは“下”だ。純粋質問なら答えるし、自慢したい風ならば、わざと知らないふりをして生徒に言わせる。

だが、それは限定的な話だ。

これは「常用漢字表」に載っている漢字の話である

そして常用漢字表の“生”の音読みは「ショウ」と「セイ」が、“下”の音読みは「カ」と「ゲ」が載っているだけであり、ほかの漢字と大差ない。

まり、こいつらは「訓読みで読みの数を稼いでいる」のである

例えば“生”は、「苔生(む)す」と読めるが、これは常用漢字表にはないし、“下”は「ひく(し)」など、おおよそ“低”のような感じで読むことがしばしばある。

そして“生”や“下”以外にもそのように色々な読み方(特に訓読み)をできる漢字は無数にあるわけである

訓読みは「漢字日本語での意味」を出発点としているから、どこまでが訓読みでどこからが意読かは判然としない。

したがって、どの字が一番読み方が多いか、などというのは、そもそも成立しない質問なのである

多様な読み方ができるはずの漢字に対して、「文科省が設定した常用漢字」が、唯一絶対真実かのように、私に向かってくる。

これが嫌なのである

また、筆順の話もしておきたい。

筆順なんてもの文部省(当時)が設定したものであり、しかも、文部省ですら、参考であって絶対基準でないと明言している。

そもそも現代の筆順があるのは、単に「そういう順番で書くと伝わってきた」からである

字というよりも図のニュアンスが強い甲骨文や金文などから当時の筆順を判別することは難しく、また、仮に史料から筆順を解析できたとしても、一定基準があったかもわからない。

完全に推測なので根拠はないが、当時の人は特定の筆順を持たずに、その場その場で書き(描き)やすい順番で書いていたのではなかろうか。

日本において文部省(当時)が国語を教える上での筆順を策定する際には、流派によって筆順が違う字も多く論争があったというし、日中で筆順が違う漢字も多い。

また、常用漢字以外には筆順が設定されていないという現実もある。

もちろん、私は筆順が不要という論者ではない。

漢字を書く際の大原則(上から下、左から右、など)を理論でなく体で体得することは非常に重要で、それこそ教育漢字の筆順を習得することでその後の漢字自然な筆順で書くようになることができると思うし、

整った漢字を書く際には筆順は非常に重要な要素となってくる。

しかし、筆順の問題を出題するような学校や塾のテスト特にテレビクイズ番組本末転倒であり、無意味と言わざるを得ない。

多様であるはずの筆順に対して、「文科省が設定した基準」が、唯一絶対真実かのように、私に向かってくる。

これが嫌なのである

他、おまけのような話だが、字形問題もある。

漢字字形は思っているよりもはるかに“揺れる”。

いわゆる異体字というやつで、現代活字文化で目にすることは少なくなってしまったが、手書きではよく見られるものである

当然だが、文字絶対的に必要要件は、“意味を伝えること”である私たち本質的意味を伝えたくて文字を紡いでいるはずである

したがって、字形も当然“同じ字として認識できる範囲で”揺れていいはずである

もちろん、学校漢字の書き取りで異体字を書くのは勘弁してほしい。そこは国の定めた基準に従ってほしい。しかし、それ以外の場面で漢字基準と違ったとしても、とやかく言うのはどうにかしてほしい。

伝わることに意義があり、伝わったから正しい字形を指摘できるのだろう。じゃあいいじゃないか

文科省(ry

当然だが漢字漢字を使う皆のものであり、文科省が完全に管轄できる存在ではない。

しかし、子供たち(否、塾で対面するのが子供というだけで、大人の大部分もそうだろう)はそれを唯一絶対の真理として内面化している。

子供のうちはそれでいいだろう。一度型に嵌めて教えたほうが色々考えやすい(それでも筆順を徒に問うようなテストには反対だが)。

しょーもない漢字雑学本やら、漢字クイズやら、最近だと特にバラエティ系Youtuberクイズ企画/学力テスト企画に顕著だが、大人たちが無意識的にこの基準を唯一絶対の真理かのように誤解しているさまは、見ていて虫唾が走る

11月11日ポッキーの日これはいいポッキーグリコが完全に管轄しているから。

ながらくイライラしてるだけで理由について考えたことなかったけど、花言葉とか〇〇の日と同じなんだなって気づいた、だいたいそういうお話

ーーー追記あれこれーーー

〇その1

当たり前だが私は瞬間湯沸かし器ではないので、他人花言葉/〇〇の日の話題を振られたからと言ってブチ切れるわけがないし、たぶん不愉快な表情一つせず、無難な会話を続けることができる。

日常生活思想は別の問題

〇その2

誤読してほしくないが、常用漢字教育漢字否定をしたいわけではない。それが必要から存在していることはわかっている。ただ、それを“ただ一つの真実”かのようにすること、

まり“それ以外を誤りである”とするような態度に対して非常にイラついているのである。多数の正解を認められないことにうんざりしているのだ。

〇その3

花言葉は例が悪かった。バラが美の象徴であることは(記事矛盾しているが)私は実は了承している。漢字という伝統を受け継ごうという意欲を見せている私がバラ花言葉(というか花のもつイメージ)に反対しているわけがない。

もっとこう、バラがn本の時はこれこれこういう意味で~、とか、〇〇は色によって意味が変わってX色では~、とか、明らかにその品種伝統”がないよな?みたいな花とか、そういうタイプ花言葉を私は了承していないのである

了承していないだけなら問題がないが、そうした“話題を振ってくる”のが苦手なのだ

〇その4

この話題は、誰もが経験したことがある「お前の普通を俺に押し付けるな」という話題に決着する。

子供に顕著だが、自分常識他人にとっても常識だと思ってしまうことがある。子供は平気で友達名前代表される固有名詞説明なしに会話にぶち込んでくる。

これには理由がある。ピアジェの発達理論に従えば2~7歳の子供は自他の認識区別がつかないらしい。

からかくれんぼで目をつむれば他人から自分の姿が見えていないと思うし、自分の知っている友達は当然会話の相手も知っていると思っている。

子供ならかわいらしいが、大人にこれをやられると「自分への配慮蔑ろにされた」気がして腹が立つだろう。

界隈のスラングをさも当然かのように使ってくる奴にイラつくのと同じだ。

それと同じかもしれないし、漢字話題はまたちょっと別の話題かもしれない。

2020-07-17

息子の名前が決まらない

植物動物、季節、その他汎ゆる花鳥風月に因む字を入れない

五倫五常四維八徳から、一文字と止め字、もしくは二文字構成、仁の字は慎重に使う

且つ日本人らしい訓読みの響き 

以上が希望

増田名付け親になってくれ

2020-07-13

今日もツイランキングで学ぶハングル

로데오역

アルファベットで書くとRodeoyok。

最初の3文字カタカナみたいに発音記号外来語のロデオを表してる。

最後の字は駅。

駅の読みの「えき」は訓読みっぽいが実は音読み。

広東語でも「イェッキ」と発音しててれっきとした中国由来の音なのだ

まとめると「ロデオ駅」。

なんかのアイドルグループの曲らしい。中身は知らん。

にしてもNaverハングルアプリ入れてから調べ物が楽。勉強捗るね。

2020-07-12

富岳

ずっとトガクって読んでた。

まだ会話で使ってなかったからセーフ。

たまに音読みすべき感じを訓読みしてしまう癖がある。

なぜだろうか。

2020-06-29

anond:20200629120910

”いり” が訓読みで "ゼンセン" が音読みだからでは?

2020-06-27

anond:20200627110818

ジャパニーズ英語教育って漢文訓読なんだよな 意味は取れるし真似して書けても中国語は出来ないまんま ただ十分だしコスパが超良いか別に問題ない

2020-05-14

anond:20200514164029

どっちでもいいんだけどね。

漢字音読みは言ってしまえば中国語読みで、訓読みは日本語読み。

から普通は混ぜない。

でも長い年月かけて変化してく内に混ざって来たのもあると。

更にもっと言うと今は誰も中国音だなんて思わないので、ゴチャって気にされない。

それが文化ってもんなので好きなのお使い下さいで良いとも思う。

それが国名の読み方が2つある日本らしい姿。

anond:20200513203632

詳しいなら教えてほしいんだけど、「是」とか、漢文での「之」を代名詞「これ」と訓読するのは、当時としてはなかなかうまい誤魔化しだったと思うんだけど、実際の意味から考えれば間違いだよね?

2020-05-13

『死』という漢字すごくない?

音読みで『シ』、訓読みで『し‐ぬ』。音読みと訓読みが同じなのってこれしかなくね?

2020-05-10

訓読みだと変な感じになる言葉

残滓。ザンシと読めばそれなりにカッコつくけど、訓読みだとのこりかす。超カッコ悪。

2020-05-04

anond:20200504195608

訓読みで、まが。

音読みで、か。

禍々しいって言うでしょ。

不幸な事態の意。

漢字大事にしてかないと韓国みたいに国民的に忘れてっちゃうよ。

2020-04-29

自粛とかコロナ禍という言い方

語感と使われ方との違和感が大きいなって感じてる。

自粛っていったら、自分から進んで行うことで、社会的問題に対することでも行動を決定するのは自分判断によるものだという意思を感じる言葉

から自粛要請とか言われたら、要請している側の気持ちを察して行動せよという圧力を感じる言葉になる。

自粛だとあくま自分問題から社会的な協力体制とは遠い語感になる。

中止協力とか言ったほうがまだ語感が近い。協力は相互的なもので、政治システムとしても、ご近所さんとのつながり的にも、いかにお互いに生き延びていくのかを全摘に考えやす言葉になると思う。

コロナ禍は意味がわからない。

普段、「禍」という文字を使わないし。

地震に対する震災のように、関連する影響を踏まえた言い方なのだと思う。訓読みでは「災」は災い」(わざわい)と、「禍」は禍々しい(まがまがしい)と読める。訓読みで読んだ場合、禍のほうが生理的嫌悪感が強い対象に向けるような言葉に感じる。禍という文字普段ほとんど使わないから、訓読みの印象に引きづられやすい。

こういう言い方って、誰が言い出して、どうやって定着したんだろうかと気になる。

人に伝わる言い方をしようとしたら人が使っている言い方をすることが必要なんだけれど、その言い方に違和感が残されてるときに困る。

2020-04-20

小並感墨東病院

小並感」は「小学生並みの感想」を略したものから、「こなみかん」と呼ぶのはなんか違うと思っていた。

しかし、昨今話題墨東病院は「ぼくとうびょういん」と読むことを知り、言葉を略するとき訓読から音読みに変わることがアリということがわかったので、今後は遠慮なく「こなみかん」と呼ぶことにした。

2020-04-12

ガースーって何

笑ってはいけないで毎回でるのと、肝官房長官に対して使われてるのはしってる

後者は肝を訓読みしてのスガの逆読みってのはわかるけど笑ってはいけないのガースーの意味がわからない

2020-02-25

https://anond.hatelabo.jp/20200225101912

人称代名詞はしばしば立場を表す語から転用される。

「僕」なんて訓読みでは「しもべ」だぞ。

これが二者のどちらの側に適用されるべきなのかは元から曖昧なんだろう。

2019-12-16

読み方なんて、どうでもいいじゃない

私は中国茶が好きで、よく飲んでいるのですが、一言、言いたいことがあり、だけど狭い世界なので、どこの誰が言ったかも、すぐ分かってしまうかも知れません。ですが、どうしても言わずはいれないことがあり、この場を借りて発言させてもらいます

中国茶、つまり烏龍茶とかプーアル茶世界ですが、日本茶紅茶に比べて、とても小さな世界です。その小さな世界の中のトップに近い人が、ブログで、このような発言をされていました。

https://www.teamedia.co.jp/blog_88/

例えば、中国茶に「岩茶」というものがあります。これを「いわちゃ」と読むか、「がんちゃ」と読むかは、当然、そこにルールは無いわけです。もともと、中国のものですから中国言葉を、日本語読みするときに、どのように読んだらいいのか、これといったルールは無く、みんなが自由に読んでいるのが現状です。

それを、上記ブログの筆者でいらっしゃるエライ人は、読み方の統一がなされないと、多くの人に受け入れられるものにならない、どこかで誰かが「正しい」読み方を定義したほうがいい、もしくは、自然発生的に大多数を占めたものを「正しい」として定めたほうが良い、と書いています

私は、これに反対します。そもそも日本語というのは、漢字の読み方に「音読み」「訓読み」があります。だからと言って、どちらが正しい、ということも無いわけです。エンジンがついて動く乗り物を「自動車」と呼ぼうが「くるま」と呼ぼうが、それは同じものを指しています日本語とは、そういう言語です。

ここで、読みの統一をしてしまうと、今まで、自由に読んでいたものの幾つかを「間違っているもの」としてしまい、排除してしまうことに、つながります。それは、中国茶という狭い世界を、さらに狭くしてしまうことです。いろいろな人に門戸を広げたいのであれば、できるだけ「間違っているもの」を作らないで、多くの人を受け入れるほうが良いのです。

そもそも、読み方が統一されないと、皆が受け入れない、そのようなことがあるでしょうか。木村拓哉キムタクと呼び、マクドナルドマックマクドと呼び、ファイナルファンタジーFFファイファンと呼び、私たちは、そのものを愛しく表現しているのです。もし、スクエアが「ファイナルファンタジーという読み方以外は認めない」などと言い出したら、どう思いますか? 冷めますよね。上記ブログの「正しい読み方」を推進しているのは、そういうことなのです。

私は、中国茶が好きです。より多くの人が中国茶に親しんでほしいと思っています。そのためには、安易に「正しいもの」を定義し、その結果、誰かを「間違っている」と排除してしまう、そのような事態が起こらないようにしたいのです。この文章が、誰かの目に届き、世界が皆を受け入れる優しい場所になれたら良いなと思います

2019-11-22

anond:20191121230831

若干趣旨が違うっちゃー違うのだが、

貿易の「貿」の字。

これ以外の熟語とか訓読みで使うとかの例を見たことない。

OS付属辞書アプリでみても、貿易管理令の略で「貿管令」、貿易手形の略で「貿手」しかなかった。

2019-11-20

anond:20191119235125

これってアレか

売買(ばいばい)の買(ばい)ってのは、下の方の部首(って言っていいのかな?)の読みに合わせてたのか?

というか

貝(かい)って読み方が訓読みだとは知らなかったぞ。音読みだと思ってた・・・ぎょばいるいとかいま初めて知ったぞ。

しっかし、人生のどの局面で貝(ばい)と呼ぶ機会があるのだろう?

まさかおなじみの「バイガイ」とは、漢字で書くと「貝貝(ばいがい)」で重箱読みという奴なのか?

2019-10-08

熟字訓

身体」を「シンタイ」ではなく「からだ」と読むのは熟字訓

熟字訓読みが付いてるやつ。

梅雨」を「バイウ」ではなく「つゆ」と読んだり、「昨日」を「サクジツ」ではなく「きのう」と読む。

2019-09-05

千と千尋

千尋から名前を奪って「お前は今日から千だよ!」と言うけど、海外の人ってなんでチヒロがセンになるのか意味からないんじゃないかと思うんだが。

音読み、訓読分からんだろう。

2019-08-21

検索の仕方を知らない人が検索結果がクソと言う

Googleに限らない話なんだけど、検索ワードにも種類があるわけだよ。

同じ意味なのに、表現の仕方が違ったりとかね。

そういう機転が働かない人が、検索サイトをクソクソ言うんだ。

なんのために自分の頭があるのかなってね。

検索ワードに機転が働かない人は、普段から辞書もロクに引けない、音読訓読みすらまともにできない人みたいなイメージがする。

そりゃ確実に出るとは限らないよ。すべてのワードを細切れにして検索されるときもあるからね。

だけど、それ以上にワードについての発想力が乏しい人がいる。(これから言及で噛みついてくるのは、だいたいそうだろう)

検索サイトにあれこれケチつける前に、自分の足りない脳で考えた陳腐ワードケチつけなよ。

2019-07-05

anond:20190704203147

そもそも、男女問わず「正しい名前」ってもの自体重要性も低かったんだろう。男は仕事柄、正式署名を残す機会が圧倒的に多かったか特定できるケースが多いってだけで。

秀吉の妻高台院なんか、政治的にも超活躍してて朝廷から従一位までもらってるのに、「正しい名前」は未だ諸説ありまくって特定できてない。大国今川采配を振るった女大名寿桂尼ですら、名前わからん

社会的地位バカ高くても名前特定が困難ってのは、それほど女の地位が低かったというよりは、「名前特定とかさほど重要でない」ということだと思うんだよ。

というか、男だってひらがな署名残ってないと、正しい読み方は特定できないよな。俺が学生とき訓読みの名前で習ってた歴史上の人物が、最近歴史ものだと音読みの名前で書かれてたりする。

2019-07-04

女性名前に「○子」が多く四音の名前が少ない理由

anond:20190701200632

日本では個人名前は「石川麻呂(いしかわまろ)」や「穴穂部間人(あなほべのはしひと)」といったふうに長い訓に漢字を当ててきたが、嵯峨天皇のころ遣唐使であった菅原清公の進言によって、男子名前漢字で二文字か一字、女子名前は「○子」とするといった、漢風の名前使用が進められ、定着した。

諱 - Wikipedia

この菅原清公っていうのは菅原道真のおじいちゃんな。

具体的な後世に残った事績としては、それまで和風だった人名のつけ方を唐風に改めたことが挙げられる。男子場合坂上田村麻呂」の「田村麻呂」のような形式から菅原道真」の「道真」や「藤原基経」の「基経」といった二文字訓読みか「源融(みなもと の とおる)」の「融」や「源信(みなもとの・まこと)」の「信」など一文字訓読みという形式にし、女性名前の「○子」という形式にすることは彼の建言によって導入されたものである

菅原清公 - Wikipedia

まず単純に、名前の二文字目が「子」で固定されると、必然的に読みは三音になりやすい。

男性名だって、「○太」とか「○斗」といった形式だとだいたい三音で、二音や四音は少ないもんな。

このあたりは音韻問題もあるのかもしれん。

で、貴族実名に付けられるこの「○子」はいちおう庶民にも広まったらしいが、

室町時代からそもそも女性に「実名」をつける風習がなくなり「通称」だけを持つようになった。

まり「松」とか「亀」みたいな二音の簡単名前がつけられて、

「お松さん」とか「お亀さん」とか呼ばれるようになった。

この傾向は江戸時代まで続いたけど、

明治になって庶民公式の姓名を名乗るようになると、

貴族の名付けである「○子」は庶民の憧れだったので一気に増加する。

女性名と[子] - nihonjin-name !

最初のうちは「〜〜氏」「〜〜女史」みたいなのと同じ敬称として扱われていて、

本名の「松」や「亀」に「子」をつけて「松子」「亀子」とか呼んでいたらしい。

津田梅子与謝野晶子本名「うめ」「しょう」だった。

それがだんだん本名として最初から「○子」と名付けられるようになった。

もとが二音、「子」を付けて三音、というのがここで増えていったわけだ。

明治安田生命の名前ランキング大正元年まで遡れる。

明治安田生命 | 名前ランキング2018 - 生まれ年別名前ベスト10 - 女の子

「○子」のピークは1956年と言われていて、そこから「○美」が増えていったらしい。

なんでこの時期に「○美」が増えたのか分からんが、

高度経済成長時代に入って社会雰囲気が変わったのもあるだろうし、

そのちょっとから「由美子」「久美子」「恵美子」「美代子」「美智子」などと「美」入りの三字名の人気があったから、

そこから自然と「子」を外すようになったのかもしれんね。

思いついて宝塚歌劇団女優芸名確認してみたけど、

1953年入団宝塚歌劇団40期生あたりから「○美」が増えている気がする。

「当時、こういう名前がかっこいいと思われていた」という傍証になりそうだ。

宝塚歌劇団40期生 - Wikipedia

(もうちょっと遡ってみたら33期生だけ特異的に「○美」が多いな…何かあったんだろうか…)

それからしばらく「○子」と「○美」の時代が続くけれども、

1970年代に入ると「美香」「美穂」「香織」「恵」「愛」などがランキング上位に登場してきて、

ようやくバリエーションが増えていったという流れ。

一方で、男性のほうのランキングを見ると、思ったよりも三音の名前が多い。

「清」「正」「茂」のような一字名はもちろん「正治」「和夫」「達也」なんかも三音。

四音の名前は「○一」「○郎」「○介」「○平」などの形になる。

これらはだいたい「生まれの順番を表す字」か「官位名に由来する字」なので、

女性名に見られないのは納得。

武士時代が長くなかで男性名けが多様化していったのだと言えそうだ。

ちなみに「○郎」の由来は「○子」と同じく嵯峨天皇な。

日本において太郎という人名が登場したのは、嵯峨天皇第一皇子の幼名に命名したのが初見とされる。

以後、武士階級の名としても広まり今日では一般的命名される人名ひとつとなっている。



以上から考えると「四音の女性名が少ないのは何故か」には、

二音の女性接尾辞が無かったからだ、ということになり、

「二音の女性接尾辞が無かったのは何故か」というと、

社会的地位の低かった女性人名接尾辞バリエーションが少なかったからだ、

と言えるのではないか

(「人名接尾辞」って書きましたがたぶん正式用語ではないので「止め字」でいいと思います

2019-07-02

anond:20180104135141

付け加えると、その「古い法律」は今でも「生きてる」からね。たとえば民法の出だし。

民法第一編第二編第三編別冊ノ通定ム

法律施行ノ期日ハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム

明治二十三法律二十八民法財産財産取得編債権担保証拠編ハ此法律発布ノ日ヨリ廃止

これを

民法を、第一編、第二編、第三編及び別冊の通り定める。

 この法律施行する期日は勅令天皇の裁可による命令)をもって定める。

 明治23年法律第28号民法財産編、財産取得編、債権担保編、証拠編は、この法律発布の日から廃止する。」

という意味に誤りなく理解するためには、古文漢文知識普通にいる。(たとえば、古文では原則として主語助詞がつかない。「定ム」はマ行下二段活用動詞終止形が「定む」(口語文法ではマ行下一段で終止形は「定める」)だから、ここで文は終止している、とか。「此法律」は、あとの名詞に係っているので「此」は「これ」でなく「この」と連体詞で読む、とか(純粋漢文というよりこれは日本漢文知識だが)。)そもそも漢字片仮名交じりの表記漢文訓読体をベースにしているので、漢文にある程度なじみがないと違和感がすごい。「このくらい分かるだろ」という人は、それは自分がいやいやながら「古文漢文」をやらされてきたからだということを理解しておいた方がいい。たとえば中国以外の外国出身日本語ある程度読み書きできる人とかでも、こんな条文になると全くお手上げだ。大学入試から古文漢文を廃して「実用現代教育」みたいなことだけにするということは、日本人の日本語力をその(外国人)レベルにする、ということと同義でもある。)

これが万人に絶対必要知識教育だとは言わない。だから義務教育では文法まで教えないし、大学入試でも、古文漢文なしで入れる大学普通にある。そういう人が先の法律を見て「訳分からん」となることも、当然おかしいとは思わない。だが、ある程度専門の学習を行う「高等教育」に進学する人間にとっては、戦前に制定された法律や文献が現代社会の重要な基盤となっているという意味で、やはりこれは普通必要知識のうちだろうとは思っている。これが不要と言うなら、文系の大半の人間にとって有機化合物に関する化学の複雑な中身とか全く不要なわけだが、それが現代社会の重要な基盤となっているという点では、やはり高等教育を受ける人間にとってクリアすべき知識とされていることに疑問はない。


問題は、その「必要性」が充分教育現場で徹底されていないことなのだと思うよ。高校教師でそういうことを考えている人間は確かに少ない。「なぜそれを現代社会で、高等教育を望む人間試験として課す必要があるか」は、最初増田のように常に問題提起されてよいとは思うし、指導者は常にそれに対して説明する/できるようにする義務があるはずだね。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん