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はてなキーワード: 激情とは

2018-05-12

anond:20180512104656

俺は、小学生のころ、プールで泳ぐ恐竜をみたことがある。

と書くと嘘松だが、

俺は、小学生のころ、プールで泳ぐ恐竜をみたと錯覚したことがある。

と書くと信ぴょう性がある。

でも、これ、どちらも主観的体験内容は同じなんですよね。

小学生の時に、「プールで泳ぐ恐竜をみた」と当時感じた事実に変わりはないのに、

それをあとから客観的に考えて恐竜は居ないのだから錯覚に違いないと思って書き直しているだけ。

こういう書き手客観性の有無が、嘘松とそうでないのの境い目になるのかなって思ってる。

から女性がしばしば激情的に自分体験をひたすら主観のままに綴ってしまうと、

そこに書き手客観性が見て取れないために、嘘松扱いされてしまうんじゃないかなと。

2018-03-12

嫌なら

嫌って言っていいんだ!

兄弟げんかしても、相手はまだ小さいんだから手加減してやれから始まって

オトナになっても立場を考えて等で、常に抑制してきた。

今日ものすごく頭にくる事があって、耐え切れず激情に身を委ねたら

周囲が明らかに狼狽えて、今までに見たことのない展開になって驚いた。

怒るってこういうことなのか。いままで遠慮しすぎていたのか?

ももともと少ししか持っていないアドレナリン使い果たして

疲れ果てた。

2018-03-07

マクロスΔ激情ワルキューレが観れてよかった

よかった。

色々あったけど生きてきてよかった。

突然わけのわからない怖いのに襲われても笑顔で歌を届けるフレイアで泣いた。

ハヤテフレイアに助けられた、と最初から一貫して言ってるなんかこう支え合いみたいなアレに泣いた。

生きてるとどうしようもない生活の垢がたまるし、時間はたつし、昔は感動できていた色々なものに「もうみた」と思いがちだけど、

劇場スクリーンで、ワルキューレライブが観れて、劇場でかがやくフレイアが観れてよかった。

カナメさんの歌を聴けてよかった。

激情ワルキューレは、テレビ版をみていたときの若かった私の、そのとき気持ち、もう失われて日常の中では絶対に思い出さな大事気持ちを呼び起こしてくれた。

一話のライブシーンを見て、これはすごいアニメが始まったぞとワクワクした気持ちと、

バアル化した兵士を撃っちゃいけんとフレイアが命がけで守って、フレイアが歌えるように守ったハヤテの優しさや絆と、

ハヤテが飛べるように歌を届けるため飛んだフレイア勇気と愛と、

テレビ版を追いかけて毎回感動してた私の気持ちが、劇場中盤の一話リバイバルライブシーンで爆発して、「生きててよかった」と思った。

ワルキューレの歌は、次元を超えて、時間を超えて、ずっと私を支えてくれたんだと分かった。

ありがとうワルキューレ

美雲さんがみんなと歌いたいって言って泣かない人いる〜〜!?!?

ミラージュさんもかわいくてとてもよかったです。

マキマキはいつでもみんなを明るくしてくれて、テレビ版では女子親子にもサービスシーンが喜ばれてたけど本当に老若男女に親しめるかわいいアイドルだと思うし、

レイレイがそんなマキマキとかかわって柔らかくなるまでの軌跡も劇場で観れてとても贅沢でした。

情報でカナメさんとメッサーくんが好きな人は観たらいいと言われていたけど、本当によかった。

メッサーくんにカナメさんとの時間をくれてありがとう

カナメさんがメッサーくんを遠くの空で見送るだけでなく、受け止められて、よかった。ありがとう

よりパワーアップしたアクシアありがとう

ひくほど泣いた。鼻も出た。

観終わった後「最高」「どう考えても最高」としか言葉が出なかった。

すばらしい物語、そして歌、命でした。

ありがとうワルキューレ

2018-02-07

anond:20180203225911

いいねアルドノア・ゼロが良い作品だったのは自分も同感だ。ネットでは整合性やらをネチネチつついて喜んでいるアスペだらけだったが、戦記ものとして、群像劇として、生き方を鮮やかに描いた作品だった。スレインやイナホの境遇、どんな思いであの行動を起こしたのか、そういう人物を中心に見ていたからか幾度となく涙腺を刺激された記憶がある。物語世界観に没入させ、涙が滲んでくるくらいに感情を揺さぶってくるアニメというのは例外なく傑作だ。そういう意味では、PSYCHO-PASSなんかもそうだったし、ラブライブアイドルマスターシンデレラガールズもそうだった。ただ、没入できるかどうか、キャラクター激情共感できるかどうかは、観る人にその素地があるかどうかに依るところが大きい。ネットのどこの誰が大声で酷評しているかからないような評価につられて、自分の受け取った感動を、感性ねじまげてはいけない。どちらかというと、ネット批評ぶったことを言う人間ほどねじまがっていて、まともに創作を評する素地のある人間ではない事のほうが多いのだ。なぜだか「自分には合わなかった」と言って素直に去れない人たちが、独り善がりな「俺の考える『正しい』展開」を叫び続け、作品作家勝手断罪してエゴを肥やす遊びをしてるのだが、付き合う義理はない。だいたいそういう精神性に留まっている人間共感性に乏しいので作品鑑賞自体が苦手なのだ。それゆえ、取り沙汰する必要のないシーンで躓いて、頓珍漢なことを考えるうちに物語に置いて行かれてしまい、勝手に恨みをつのらせてしまうのだ。残念なことに。ただそうやって頓珍漢な取り沙汰をすることで、それを読んだ普通の人までも悪意的な視点に囚われてしまうので害悪しかない。

 

ともかく、思い当たる良作が少し前のものばかりなのも同感で、自分の実感としても確かに最近、涙が滲むほどの作品には出会えていない。先期はいろいろ見ていて、宝石の国キノの旅クジラの子あたりは良かったのだが個人的には目頭が熱くなるほどのスマッシュヒット感はなかった。だが佳作には違いないと思うし、原作はどれもすばらしいものだ。宝石の国に関してはこれ以上ない幸せ映像化だったとは思うが、一般に、アニメ放送枠という限られた時間と編成の中で十分にカタルシスを引き出すのはそれだけ難しい事なのだろう。それにボロ泣きできるものけが良作なわけでもなく、決定的な場面がなくとも心臓を掴んでくるような良さがある作品もある。デビルマンcrybabyを引き合いにだして、主戦場Netflix劇場に移っているという論を言う人がいたが、それにも同意できる。でも、良いものは見たいけれどそこまででも…という、あくま日常ルーティン範囲で楽しめる娯楽作品を探す人がまだ多いのだろう。自分もその例に漏れず、今期はポプテピピックは惰性でみている。おそ松さんと同じで、いつ切ってもいいのだけれど惰性で見れるシリーズという感じ。あれはいろんな面で業界的な「お決まり」をぶち壊してくる作風で、アウトサイダーからこそできるアバンギャルドな仕掛けには目を見張るものがある。コンテクスト消費の塊のような作品だ。ただやはり自称クソアニメだけあって「次が見たい!」となるような構成力があるわけでもなく、飽きたころに見切りをつけてもいいよ、と言わんばかりの懐の広い作品のように感じる。それ以外でひとつ今期のTVアニメで注目しているのを挙げるなら、宇宙よりも遠い場所を推す。青春ドラマなので、増田の好みに合うかは分からないが、引き込まれる、感動できそうな作品だと思う。完結していない物語作品を評するのは避けたいので現時点ではこれ以上言えることはないけれど。

 

バーチャルYouTuberを追っているのも自分と同じで、去年の夏頃からキズナアイだけは追っていたが、最近になってシロにもハマり、月も興味深く見ている。一つ一つの動画他愛のない癒やしや元気を貰える動画に過ぎないが、最近の隆盛で「親分」と慕われるようになりVtuberのメンター役を演じるようになったキズナアイを筆頭にVtuber同士の交流が増え始め、現在進行系のドラマだかサクセスストーリーだかを見ているかのようだ。Vtuber全体がひとつの「物語」的コンテンツの域になっている。この感じはμ'sの奇跡的な躍進劇をリアルタイムで追っていた時と似ている。アニメにVtuberにと追うようになって、スマホゲーム断捨離が進んだ。増田はアズレンかと推察するが、自分は一時期デレステ/ららマジ/スクフェス/バンドリ/崩壊3rdと並行してどれも相当やりこんでいたが、前2つを残してログボすら辞める決意をして消した。これだけ並行できる時点でお察しの通りニートだけれども、それでもスマホゲーを続けるのは時間的にも気力的にも辛い。継続している2つも、最低限のプレイしかできなくなっている。その点でららマジはすばらしいゲームだ。あまり時間を奪わない作りだし、ストーリーがメインのゲームなので、更新が遅いアニメを見ているような感覚で続けている。プレイ人口は多くないが、思春期少女たちの心の傷を解き明かして救いを取り戻す、その筆致が素晴らしいので万人に勧めたい「作品」だ。デレステを続けているのも、結局のところ、リアルタイムアイドルたちに声がついていくストーリーに参加したいだけなのかもしれない。サービス開始からやっているが、正直リズムゲームの周回部分は飽きていて、必要以上にプレイする気にはならない。そういえばもっと以前はグラブルランク100過ぎまでやっていたが、メインストリーで詰んでからはやらなくなった。日課が重すぎるのもあった。結局自分スマホゲーに対しても、物語体験を求めているんだろう。コンテンツ自体もつ物語プラスライブ体験大事だと感じる。両方ないと、より深い充足感を得られない。よく考えればVtuberの動画だってからイッキ見してもいいのだが、小ネタを把握してSNSなどのフロー上の話題キャッチアップし、ライブからくる楽しさを得るためにはオンタイムで見ておく必要がある。そういった性質に注目すると、今見ておく必要があるコンテンツと、そうでないコンテンツが切り分けられる気がする。ただ悩ましいのは、「後で見よう」と思って積んだものは、結局何年経っても「よし見よう」という時がやってこない事だ。なので小難しいことを考えず、「今すぐに見たい!やりたい!」と思うことだけをやっていくのが一番幸せなんじゃないかと思い始めている。

 

なんだか増田に乗じたとりとめのない自分語り日記になってしまった。このへんで。

2018-01-30

夢は呪いだって海堂さんも言ってた

https://anond.hatelabo.jp/20180130030322

夢追うのやめたけどあきらめきれないシンパシー自分は絵じゃないけど。

いま25歳。小中高と吹奏楽部トランペットやってきた。周りと比べるとうまい方だった。

小学校器楽隊ではじめて楽器を触ったときから音階ができた。

中学では二年で先輩を押しのけてトップに座ってた。

高校は毎年地方大会出るような強豪だったけど一年レギュラー取った。

完全に調子乗ってた。

毎日居残り練してもレギュラー取れない同級生や先輩たちを見てせせら笑って過ごした。

追われる立場のもろさも知らず。

高校二年の冬から三年の夏にかけてスランプに陥った。

今思うと成長期で口が変わってたのもあったし、そのため無理やりアンブッシュア変える訓練を強いられていた(アンブッシュアとは吹く口の形。要するに投球フォーム変えるようなもん)のもあったし、当時心酔していた先輩からペダルトーンっていう練習法(古く最良のトレーニングと言われてきたけど最近研究ではあまりよろしくないとされてるもの※諸説あり。気になる人はググれ)を教えられてたのもあった。

バカにしていた同期はぐんぐん上達し、高校三年の夏、ついにトップの座から陥落した。

それで意気消沈なんてしてられるか。自分はまだまだこんなものじゃない。まだやれる。今は調子悪いだけで、大学行けば、また昔みたいにふける。ダブルハイベーだって出る。と言い聞かせて、現状への不安や迷いは見て見ぬふりして昔から目標だった音大への進学を決めた。

この時点で今思うともう完全に周りも自分も見えてない。強迫観念と執着心だけだったと思う。

ところで、中学生のころから師事していたトランペット師匠がいた。学校とは別に個人レッスンに

通っていたのだ。

中学の時はまだそんなガチガチになっていなかったので、受験の季節に高校でも吹奏楽を続けるか迷っていた。それを師匠相談したら、「続けなよ。そして、僕が講師をしてる音大にもおいで」と言ってくれた。それに胸を打たれて、ちょっと無理して遠く私学の強豪校を選んだ。

そんなこんなで師匠が待つ大学入学したものの、メンタル演奏もコンディションの悪かった。当時おそらく鬱だったためか記憶があまり残っていないが、吹いても吹いてもうまくならない。思った音が出ない。音大つったってもちろん吹いてばかりじゃない。ソルフェージュ和声、副科声楽ドイツ語フランス語。どれも集中できなかった。思い通り吹けない焦りに覆い尽くされて目の前が真っ暗だった。

ほどなくして、音大をやめた。

なんで辞めたの、なんて聞かれても一言じゃ答えられない。

そりゃ食ってけなささも続けんの無理と思った理由の一つではあるかもしれないけど、そんなの承知の上で飛び込んだ世界だし、それが理由とは言い切れない。

スランプで思い通り吹けなかったことかもしれないけど、それこそとしかたないことだし、乗り越えなければならないことだから理由にならない。

しいて言えうなら、あの時はもう精神的に続けられる状況じゃなかったということが理由かもしれない。

まあそういう精神状態に追い込まれた背景としては上記のようなしがらみにさいなまれたこともないとは言えない。

しばらくは楽器見んのもいやだった。長い付き合いだったbachの180MLは箪笥の肥やしどころか忘れ去られた過去遺物だった。

大学中退後、わたし適当デザイン専門に入り、ヘラヘラ学生をし、順当に卒業就職し、4年。

今はwebデザイナーとしてそれなりにやってる。

webデザイナーを選んだのは、グラフィックより求人もあるし給料もよかったから)

(元々オタク時代同人サイトを少しかじってたのでとっつきやすかったのもある)

残業もたいしてないし、自分デザインし構築したサイトが世に出回ってるのは、なかなかやりがいも感じる。

(図らずもデザイン業界在職という点にも元増田シンパシー)

そして、実は昨年の夏からトランペットをもう一度握っている。

もうすぐ社会人五年目に突入というのもあり、社会人と呼ばれることにも慣れ、バランス感覚というのがようやく身についてきた気がしたと思ったら、トランペット無性に恋しくなった。

実家から楽器ケースを引っ張り出し、久々に吹くと音色はひどいものだったが、当時の嫌悪感は完全になりを潜めていた。

幸い高校にOBOGによる一般バンド存在したため、数年ぶりに顔を出した。

当時のい比でないほどひどい音にはなってしまったけど、随分と夢からは遠くそれてしまったけど、今は吹くのがとても楽しい

これから先の人生ではもう投げ出さないで、周りと比べたり焦ったり嘆いたりせず気楽に楽しく吹いて、少しでいいか学生の頃より上達して、いい演奏をして、当時の自分への餞になればと思ってる。

はいったものの。

たまに大学時代の友のfacebookツイッターを覗くと、自己研鑽のためドイツ留学した先でのレッスン中の写真、T●Lの鼓笛隊になるべくオーディションを受けた所感、バイトいくつも掛け持ちしながらフリーランスとして講師やエキや小さなハコでコンサートセルフ主催などしながら演奏活動を続けている様子など、あいかわらず音楽に当時と寸分たがわない情熱を傾けている様が見られる。(こういうのも最近になってようやく受け止められるようになった)

今の暮らし不自由もないし、それなりに楽しくやっているが、それでもやはり苦労やコストもなりふり構わず夢を追う彼らを見ると、憧れと羨望と嫉妬で少しだけ胸がざわつき、当時の激情を思い出す。

2017-12-22

IDコール勇気をもらった

はじめて増田します。

某Hあちゅうラブラブまとめ記事に米をしたら熱いIDコールをいただいた。

死ねだのクソだのというアレなメッセージだが、この送り主は絨毯爆撃よろしく多数のユーザーにクソコメ…じゃない、熱いコールを送りまくっていた。しかも2日続けて。

この熱量に本当に感動している。

あなたの貴重な時間を、何の実にもならない事に費やせる激情と行動力に感動している。

しかも下手を打つと自らの不利益になりかねないのに。

自分が望んだ事とは言え、私の日常計画立案と行動が全てである

到着地点の確認タイムテーブル運動や休憩も計画の内。イレギュラーは嫌い、でももう慣れた。

私はこの送り主に感動している。

そして時には感情に委せた行動も良いかもしれない。己の激情をもって行動したい。

そんなことを思いました。ありがとう

ももちょっとトーンダウンしてほしいな、あなた心配です。

2017-11-16

男性作家が描く女性像は3パターンしかない」と書かれた記事が物議

って記事が上がってて、「女性差別だー」と炎上してたか

その関連ツイートtogetterで見たところ、

 

女性作家が描く男性像は❍❍個もパターンがあるので、

 よって男性作家差別的である

みたいな論拠を示してるツイート全然無くて、

ただ男に文句ばっかり言ってる激情おばさんばかりって感じで

ぜんぜん参考にならなかった。

 

女性作家が描く男性像は本当は何個パターンがあるの?

anond:20171116144427

東大は頭いいから入れるとこじゃないような気もうっすらする、あれはある意味学業キチガイさん向けだから

んで、国民全員が高等教育を余裕で修了できる能力を持ったとして、じゃあ何が起こるかというと、まあ国際競争力は上がる

アフリカのどっか適当内陸国がどっか適当ヨーロッパの国に「経済力として勝てない」のは国民全員が享受する教育のせいだから



ただし、社会はさほど変わらないし政治も特段変化ないし経済界もだいたいそのままだろう

なんでかというとこのへんは損得勘定激情支配するエリアから

それは勉強や自頭の良し悪しではたいして変化がない

2017-10-11

TOKIOたつき界隈がきもちわるい

かたやアニメーター、かたやアイドル

大きな違いはあるが一つだけ言えるのは界隈が面倒って事だ

なんでこうなったんだろうか

アイドル界隈が面倒なのはよくみるが

アニメーターがこうも面倒なのはどうしてだろうと思った

そういえば小島秀夫もそうだ


そういえば小島秀夫問題たつき問題も、真相がそこそこわかってくると「あれ?これどっちも糞じゃね」みたいな感じになるのも多い

糞かどうかはおいといて、とりあえず距離をとるか・・・みたいな人が多くなってくる

まぁ小島秀夫はまだ界隈が面倒ではないので保留


とにかくTOKIOたつき

とにかくこいつら界隈は何かあったらtogetter

とにかく馬鹿みたいにまとめる

そんで「さすがTOKIOはすごいね芸」をするんだよ

アイドルなのに〇〇してる~だとか

それアイドル馬鹿にしてね?みたいな糞みたいな持ち上げ芸をしている

忖度太鼓持ち、とにかくなんなんだろうね


そんでたつきだよ

たつき先生~とか言って、12.1話ときとか最高に気持ち悪かった

TOKIOと似てるんだよね

さすが~しびれる~って感じで


親戚のおじさんが子供相撲でわざと負けてあげて「いや~きみすごいね~」なノリ

なんなんだろうね

そんで虐げられたら激情怒髪天ですよ


気持ち悪いけど迷惑かけずに楽しんでたならおれは何も言わないけど

たちき界隈は角川に食って掛かったり

TOKIO界隈は掃除せずに帰ったという報告ツイッターに食って掛かったり

とにかくいよいよ、あの界隈独特の嫌な感じが漏れ出してると思うんだよ

きもちわるいじゃすまされなくなった

2017-10-05

村上春樹ノーベル文学賞またまたまたまた逃す!!!

ということでここ10年のノーベル文学賞受賞者の受賞理由をご紹介します。

ボブ・ディランなど、小説家以外は抜いてます


ドリス・レッシング 「女性経験叙事詩的に描いた。懐疑と激情、予見力をもって、分裂する現代社会〔分断された文明〕を吟味し、題材にした」

ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ 「新しい旅立ち、詩的な冒険官能的な喜びの作家であり、支配的な文明を超越した人間性の探」

ヘルタ・ミュラー 「韻文の濃密さと散文の率直さをもって疎外された人びとの風景を描き出している」

マリオ・バルガス・リョサ 「権力構造を明確に描き出し、個人の抵抗と反抗、挫折を鋭く描写した」

莫言 「幻覚を伴ったリアリズムによって、民話歴史現代を融合させた」

アリス・マンロー 「現代短編小説の名手」

パトリック・モディアノ 「とらえがたい人間運命を想起し、占領下の生活を明らかにする記憶芸術

だめだ……大学生の身辺雑記ちょっと軽妙に、ときには意味ありげに書けるに過ぎない作家が受賞できるわけがない……

2017-09-18

離婚後の寂しさ

25歳位から6年付き合って結婚した彼女と、6年の結婚期間の末に離婚した。子供は一人いる。親権は元妻側。

面会交流は月一程度で会えるようになった。まるで会えない時期が一年ほどあったので子供と会えるのは嬉しい限りだ。

子供はパパと(も一緒に)住みたいと言う。これが辛い。

元妻はいわゆるボーダーというやつで、機嫌が悪くなった時の俺に対する攻撃性は尋常じゃなかった。自分が無くしたもの子育てに忙しいことにかこつけて探せよ!と叫んだり、俺が口答えしてしまうと、泣き叫びながらあんたのせいであんたのせいで!と叩いてくるのを繰り返した。極め付けは子供がいるのにも関わらず、睡眠薬を大量に飲んで半自殺行為をした。救急車を何回か呼んだ。子供は何が起きてるのか分かっておらず不安そうだった。もちろん元妻は浮気もしていた。浮気相手電話して警告したりして、俺は何をしているのか分からなくなり、あの頃は俺自体が深刻なう状態に陥っていた気がする。マインドフルネス仏道にはまって、諸行無常であったり一切皆苦であることを受け入れようとした。相手の男は俺と同じ会社(元妻も)で別の部署だったが会社を辞めた。いづらくなったのだろう。それは俺も変わらない。俺も色々ありすぎた会社にいるのがしんどくて辞めて転職した。表向きはステップアップで給料も二百万くらい上がったが、本当は現実逃避だった気がする。

一切皆苦であることを受け入れることはできなかった。人生がこうやって妻の激情にビクビクしながら生き、そんな妻をなんとかお茶を濁すが如くに喜ばすことだけが俺の人生なのかと思い悲しかった。それが何年も続いていた。どうにかしてこの終わりゆく世界から出られるだろうか考えた。世界は終わっていた。恐怖の中で奴隷のように生きる世界とはこのようなものなのか。隣の芝生は青いというが、私には現実に青かった。夫婦はお互い正直な気持ちを話し合えるのに、私は正直な気持ちは置いてけぼりだった。正直な気持ちで話すと私のことをあなた絶対理解しない!!と激怒されるだけだった。その割には腹を割って話したいと言われていた。腹を割って話すと激怒された。冗談でもなく、もうイヤァァァ!!!離婚するーー!!!と大声で叫ばれた。マンションなので恥ずかしかった。エヴァンゲリオンで言えばアスカみたいなものだった。そして一週間以上何も話してくれない、ということが何回もあった。

自殺することは実際にはないだろうと思っていたが、半自殺にかこつけて妻実家に頼ることにした。少し距離を作る必要があると思った。

ある日仕事が終わって夜遅くに家に帰ると泣いていて、理由を聞いても何も言わず子供には強く当たってしまうと言っていた。これはもう実家に頼るしかないと判断し、義母電話事情説明し「強制送還」した。強制送還された妻は激怒した。私のことをなんだと思ってる!!と言っていた。精神不安定だよ、心の中でつぶやいた。そして帰ってこなくなった。夫婦カウンセリングを受けた。カウンセラーも妻の圧力に困っていた。私のことを理解しない!そんなことでは結婚生活を続けられない!という主張から一歩も譲歩がなく話にならなかった。カウンセリングは妻側から突然打ち切りになった。

義母の様子もおかしくなってきた。明らかに私を攻撃しまくってきた。あんたのせいで娘はうつ病になった。あんたが根暗からこんなことになった。離婚しろ!と言ってきた。

離婚については子供のことを考えてするとは思っていなかった。でも心の奥では離婚たかったとは思う。幸せはここにはないと悟っていた。子供が生まれ子供からはたくさんの幸せがあった。お世話は大変だったけど一通り一人でなんでもできる。寝かしつけとかたくさん抱っこしてたからか分からないが子供は俺のことが大好きであるのは手に取るように分かる。

離婚すべきかは分からなかった。そして離婚調停が開始された。数ヶ月立って決心はついていた。だが中々離婚させてくれなかった。面会交流させないというめちゃくちゃなことを言ってきた。調停委員も奥さんが落ち着くまでは子供と会わないのも選択肢として良い、と言ってきた。全く許せない。完全に他人事だった。なぜ親子愛のうちにいる俺たちが、妻の精神不安定で会ってはいけない事になるのか。馬鹿げている。ずっと争った。普通は二、三回で終わるところが10回以上続いた。最終的には月に一度会えることになった。回数が少ないのが私には許し難いので、一年後に見直しとなった。

それからは元妻と三人で面会交流することになった。子供がいるとかであるのと月一ということもあり、妻の激情は発露せず、一見普通の親子三人のようになった。ただ面会交流の日時を決めるやりとりなどでは激情に駆られたメッセージが書かれており、俺をコントロールする意思をビンビン感じるので、実態は何も変わってないのだろう。そして今に至る。

一人暮らしして2年になった。妻と争っていた時はそればかり考えていたから寂しくはなかった。だがこうやって落ち着いてきて思うのは寂しいということだ。もしまたなんとかなるなら三人で暮らしたい。そんなことも思ってしまう。なんともならないと分かっているのに。子供には申し訳ない。一生つきまとう悲しみを与えてしまった。苦しい。だが俺が死ぬわけにもいかにい。

俺はこの先どうやって暮らしていけばいいんだろう。友人やお世話になっている人は自分を優先して自分人生を生きろという。でも子供を置いてけぼりにしてるようでそんなことできない。俺はどうすればいいんだろうか。子供言い訳にして現実を変えることを拒んでいるのだろうか。そんなことはない。仮に俺が新たな家庭を見つけてもしも幸せになったら、子供はどう思うだろうか。辛い。

2017-09-16

[]

今回はモアイで読める受賞作品感想

可動域、いっぱい。 (モーニングゼロ2017年7月奨励賞

プロット自体は、入学したての主人公たちが部活を選ぶまでの過程を描いているだけだが、登場人物たちの掛け合いや主人公の心情描写が丁寧。

フキダシとかの多さは姦しさの演出に一役買っているけれども、文字情報としては興味深いことは書かれていないので、読んでて多少かったるい印象もあるかな

肝心のハンドボール部分での構図も寄りすぎていて、あまり躍動感がないのは残念だけれども、消極的主人公視野の狭さを表現していると前向きに解釈できなくもない。

進め! 北高吹奏楽部モーニングゼロ2017年7月奨励賞

あれこれ言語化しようとするのも、理屈っぽいことも必ずしも悪いことではない。

私は「語るより見せろ派」だけれども、だからといって分かりにくいのはダメだとも思っているし。

けれども、これは読んでてゲンナリするだけだ。

かかえている問題が複雑だから、主要人物の性格なりの補完が必要なのはからなくもないんだけれども、もう少しバランスどうにかならなかったのかなあ。

情報の過不足の是非なんて明確にあるわけじゃないけれどもさ、いくら言語化をして理屈っぽいことを並べても、読者が100%理解できることなんて稀なわけで。

削る勇気がないなら、せめて構成バランス意識して描いたほうがいいんじゃないかなあ。

デザインド、アンデザインド(第36回イブニング新人賞 優秀賞・古谷実特別賞)

やっぱりストーリー面での構成力って大事だと常々思う。

テーマプロットなど、作者の表現したいものがはっきりしていると、それだけで読んでて苦じゃなくなるから助かる。

荒い絵ながらも登場人物の所々鬼気迫る激情ポイントを抑えているし。

昼食も半ばをすぎて(第36回イブニング新人賞 優秀賞)

今回の中では一番マンガマンガしている。

構図とか、演出とか、擬音の使い方とか。

ジョークも小気味よい。

話のテーマ性が希薄というか、読んだ後「何の話だったの?」ってなる感じはちょっと気になった。

ベイビー症候群(第36回イブニング新人賞 優秀賞)

合間に合間にギャグを挟んで飽きさせないようにする工夫は感じられる。

設定に反してテーマ性が希薄から舞台装置的だし、起承転結あって構成や展開も筋は通ってはいるけれども強引であることは否めない。

終始楽しく読めたけれども、私が語れることは少ない。

瀬戸くんと中田さん(第36回イブニング新人賞 奨励賞

すごい絵が荒いなあ。

下手だけど味があるって感じでもないし。

そんな明らかなマイナスポイントを抱えながらも受賞したんだからスゴいんだろうなあ。

話に起伏があまりないけれども、主要人物のキャラクターがちゃんと出来ているから読んでて楽しくはある。

残った恋(第36回イブニング新人賞 大賞)

私はあまり表面的な表現技法については高く評価しないタイプだけれども、ちゃんとした演出意図も含まれていると感心してしまう。

序盤でそれを持ってきて読者をまず引きこもうとする目論見が上手い。

中盤でちょっと中だるみするんだけれども、終盤でまたハッとするような表現をしてくるのも良い。

表現したいことや読者に伝えたいことを絵で抽象的に、かつ分かりやすく見せるのって並大抵のことではないだろうからね。

個人的には読んでて面白いかといわれるとそこまでじゃないんだけれども、まあ大賞を取るに足るレベル作品だっていうことは分かる。

2017-08-11

「アァ~~~~夏休みィ~~」ってサビの曲

一言表現すると、ダサいですよね。

夏休み表現するのにただ「夏休み」って言葉通り叫ばれてもなんの情緒もない。

知恵のある人間なんだからもっと違う言葉を使って夏休みを歌ってほしい。

タナソーが「粉雪が降ってきた時に、いきなり「こな~ゆき~」と叫ばれても、

それがレイザーライトジョニー・ボーレルのような激情ナルシス王子ならいざ知らず、普通感性からすれば、俺は無理。」

と昔言っていたが、まさにその通りである

2017-07-25

https://anond.hatelabo.jp/20170725122327

俺も若いころにメンヘラと付き合ってたけど、良かったよ。

家帰って玄関開けたら即尺ごっくんとかよくあったな。包丁持って脅されながらフェラされたり。四六時中セックス三昧。

ピル飲んでたけどゴム避妊しようとするとリストカットとかあったし。マジやばいクラミジアになったし。

特に喧嘩したあとはすごいね元カノDVもすごくて窓ガラス割ったり椅子投げてきたり階段から落とされたりの激情タイプだったけど

喧嘩して「ボタンを掛け違えちゃったね」みたいなこと言って許したら、もうそのあとのセックスは最高だったな。

半年くらいで俺の精神がまいっちゃって別れたけど、別れる時はめっちゃ大変だった。今は別の寄生先が見つかってるみたいだけど。見た目は可愛かったのになぁ。

2017-07-22

セクハラ解雇された

プロジェクトリーダー、30代後半、男。部下の女性社員20代半ば)の香水があまりにもキツくて、他の部下からクレームが来ていたので、注意した。

「お前、香水、キツすぎるよ。鼻が駄目になっているよ。周りの迷惑考えろよ」

そしたら、女が急に泣き出して激情し、「これ、セクハラですよ!」

数日後、副社長に呼び出されて、セクシャルハラスメント理由退職するように言われた。退職しない場合は、セクハラ委員会処分すると。

で、辞めました。あの女が副社長と出来ている噂って本当だったんだな。

2017-06-19

須藤凜々花が尊敬する、ニーチェ格言

樹木にとって最も大切なものは何かと問うたら、

それは果実だと誰もが答えるだろう。

しかし実際には種なのだ

 ぜってー参考になってねー

あなた出会う最悪の敵は、

いつもあなた自身であるだろう。

 これは当たりか


世論と共に考えるような人は、

自分で目隠しをし、

自分で耳に栓をしているのである

 そうだとしても、少しは考えたほうがいいよね



いい手本を示そうとする者は、

自分の徳に微量の

馬鹿げたところを添えなくてはならぬ。

すると人は見習って、

同時にその模範を眼下に見下ろす、

– これが人々の好むところである

 今回はさすがに好まないと思うが

自分破壊する一歩手前の負荷が、

自分を強くしてくれる。

 なれたか





およそこの世の中で、

怒りという激情ほど、

男性の精カをあれっと思うほど急速に

消耗させるものはない。

 そうですね



事実というもの存在しない。

存在するのは解釈だけである

 恋愛☓ 結婚




一段深く考える人は、

自分がどんな行動をしどんな判断をしようと、

いつも間違っているということを知っている。

考え過ぎたことは

すべて問題になる。


他の人に懺悔してしまうと、

当人自己の罪は忘れるが、

たいてい相手の人はそれを忘れない。


人生に対して

もっと大きい信頼を寄せているなら、

おまえたちはこれほど瞬間に

身を委ねることもないだろうに。

2017-05-31

30過ぎると恋心ってのもよくわかんなくなるなぁ。

どうも俺は職場の年下上司女が好きな気がする。

一緒にいると意識してるってことはめっちゃ自覚ある。

この間、その女との会話中に呼ばれて、つい口から「このタイミング・・・。」と出てしまって自分もびっくりした。別に呼ばれて困るタイミングじゃなかったから、アレは内心あちゃー・・・とも思った。

が、どうにもこうにも恋心がそんなに熱烈じゃない。

仕事関係なのに名前すら覚えられていなかった事に、普通ならしんどくなりそうなものだが、「まいっか。」と思ってる。

そして、「その女のことが頭から片時も離れない」なんてこともなく、休日には全然違うこと(趣味のこととか)を考えてて、女のことなんかすっかり忘れてる。職場で顔を合わせてからようやくなんかスイッチが入る。

1020代恋愛感情ってもっと心を引き裂かれるような激情だったんだが、もう歳かねぇ。

元彼女と別れて半年ちょいになるが、全く引きずらなかったし、その前の彼女ともかなりあっさり別れた。

まぁ、そんなに激しく恋愛してても疲れるからこれはこれで良いんだが、なんだか少し寂しい気持ちもあるな。

2017-04-21

感情的になれない、ロボットみたいと言われた

俗に言う人間らしさってもの自分には備わっていないらしい。

祖母にあたる人の通夜に参加した時姉にロボットだと言われた。

多分、親族皆がメソメソ泣いているところで私だけが普通にしていたからだろう。

悲しくなかったわけではないのだけれど、別に泣くほどじゃなかった。

私にとって涙を流すというのはとんでもない激情支配されたときぐらいで、正直な所祖母が亡くなったからと言ってそこまでの気持ちにはならない。

逆に話を聞く限り祖母に早く亡くなって欲しい、財産がほしいと語っていたという私の母の姉(何ていうんだっけ?)がわんわん泣いていたのが不思議しょうがない。お前死んでほしかったちゃうんか?

私も喜怒哀楽がないわけでは無いのだけれど普通の人よりは弱いとは思う。

感情支配されないおかげで得られるメリットも色々あるけれど、他人からロボットと言われるデメリットよりは大きくない。人間らしくないと避けられることはちょくちょくあるからね。

表情に出ないだけで私も喜怒哀楽を感じているので、ロボットと言われるとちょっと傷つく。

少しのことで喜んだり悲しんだりできる人が心底羨ましい、そっちのほうが楽しそう。

2017-04-10

忘れてしま

もうずっと昔のこと。

ヒト一人が生まれて、大人になって、そこからまたヒトが生まれるぐらいの昔のこと。

だけどすごく大事な、自分の中ではとてつもなく大事なこと。

だったのに。

あの時はあんなに忘れないって思ったのに

忘れられるわけなんてないって思ってたのに

そんなことは不可能

気が付いたらそのことを一度も思い出さずにいる日があって

そんな日が気が付いたら週に何度もあって

気が付いたらそれが1ヶ月の半分ぐらいになって

でも時々思い出して泣くんだよ

つの間にか、思い出しても涙が出なくなって

つの間にか 思い出せていたはずのディテールあやふやになって

つの間にか 靄がかったようなぼんやりしたものになって

その頃の辛かったことなんてもう思い出せないけど

その頃の幸せだったことだけは何故か消えなくて

壊してしまった理由は鮮明に覚えてるのに

あの日激情はとうに消えてしまっていて

悲しみは薄れこそすれ

愛しさは消えることはないのに

それなのに、思い出せない

今もこんなに愛おしく思っているのに

忘れてしま

砂時計の砂粒よりも小さい欠片になって崩れていくように?

素焼きの器から水が染み出していくように?

つの間にか

その笑顔さえも

2017-02-12

3回目 ラスト 印象と感想

一旦投稿


毬が転がった後の暗転が、すごく暗闇。DVD撮影日、最前列、と見たので、今まで実はそんな暗くなかった。

ほぼ最後尾だったので、暗闇がすごかった。

その暗闇から「不幸という言葉が…」という一説(長い)(日本どうこうまで入るよ)が聞こえると、井戸の中で亡くなったものの嘆きに聞こえます

場所紀州の孤島。「ここが最後場所」と言う。物語最後場所であるらしい。

ちなみに舞台では紀州の孤島の諸戸屋敷改装しているとやはり最後に言っている。

亡くなられた方が、私たちのいる現代に帰ってこられて、語られているようす。

鬼のことは姿が見えないという。

どうにも諸戸の最後手紙に苦しんだという旨かのような発言に聞こえる。暗記できない…

なんというか簑浦と諸戸やはりお亡くなりになっていて一緒にいる。

私は学生時代の簑浦が「あつい手だね」と言ったこと、~`,+@~若いから嫌悪感なかったということなど、『私』の簑浦は諸戸との恋愛にどうしても繋げてしまう。

というか、学生時代の終わった恋の簑浦、諸戸との友情箕浦というのは、状況的にはスッキリする。いや心理的にもそうなのだけど、後半の解釈がうまくゆかぬのだ…

箕浦「ここからは僕の物語」が、おそらくセリフとして正しいはず。毎日稽古しているようだけどセリフ変わってたらどうしよう…見る回によって難易度違うのは勘弁してほしい…

役者以上に完全に登場キャラクターだよなあこれは。

から結構衝撃だった。

よくよく聞いてないと本当に流してしまう…

諸戸との再会は初代さんちで深山木さんもいる時でしたね。

作中で声が重なるのは4回。

  • あつい手だね
  • ヒグチ?
  • 早くないですか?
  • 僕の(お前の)母親だよ

最初最後はわかる。まん中二つがわからん

「早くないですか」は、もっと諸戸と話したかった(のに邪魔された)という意味

ヒグチは初代と秀子…あ~

言葉に二重の意味がある時に同時に話すのか? いや、私は原作からも「あつい手」を二人が同時に感じる相思相愛エロチシズム表現だと解釈している。これはハッピーエンドを目指すとき絶対に揺るがせない。

私>箕浦って世界への権力差は確実にある。これがな~どこまでを私とし箕浦とするか、というのが厄介にさせている。

いや逆か。おそらくどこかに数式の解があって、それであるならすべて説明可能になるように設定の証拠が上演されているのだ。

『私』と諸戸だと共犯関係のような雰囲気を感じるけれど、箕浦と諸戸は親しく親密にしていてもどこか絶対の別個体感があったんだけどなぁ。う~ん…印象に補正かけている気もする。

諸戸と箕浦萌えるのって、それこそ不倫の恋のように感じて抵抗がある。初代から秀ちゃんに心変わりすることを「恥はないのか」と責めることと、まったく同じ事象が「箕浦が諸戸に心変わりした」という場面でも発生すると思うのだ。

諸戸と箕浦身長であるとか、近い距離感であるとか、激情を秘めた哀しみのHSK×鈍感素直な陽属性ノンケという組合せだとか、萌えなくはないのだけど…ってあーーーー!

これが「諸戸と簑浦は何かへんだぞ」か! そして箕浦完璧ノンケの態度しかとっておらず、盗み見たり接触しようとしたり近い距離にドキドキしていそうなのは、変なのは諸戸の方だ!

学生時代の再来ではないか

そうだ、二回聞いたなと思っていたのはここだ。学生時代の思い出語りで諸戸の友愛や親切に感謝していると『私』は言い募るのだ。セリフの仔細はちがうだろうけど、井戸で襲われかけている時も『私』はそう募る。

どうにも『私』は諸戸と恋愛できる可能性を抱えているように見えてしかたなく…やはり手を握り返さな箕浦に驚いて『私』を見るシーンの解釈が…

あれは握り返すより握り返さない方がエロくないか…?

あれ?もしかして再会してから、諸戸が初めて『私』を見たのがあの時か!?

ねえそれなら、諸戸は「手を握り返されられない」ことに『私』=簑浦の中にある恋の種に気付いたのではないか

から諸戸に見られた『私』は顔を背けその瞬間箕浦は手を握るんじゃないか

恋する人格から初代さんの名前も呼ぶ…?

ああそうか、もし諸戸が自分の身を恋に燃えるイドと美しい友情超自我に分けられたなら…

箕浦が居ないときに『私』と話していたり、

五郎滞在していけと言われた時、諸戸は先に『私』を見て「だってさ。」と言い、それから箕浦を見ている。

秀ちゃんが吉ちゃんの手を自分の胸にやるシーン。あそこは死んでしまいたいというセリフだっけ? 井戸の中で諸戸と死ぬことを受け入れた箕浦は、抱き締める諸戸の手をどうした?

あの時は吉ちゃんは発情していなかった。だから胸に手をやるのは凌辱表現ではなく、秀ちゃんによる吉ちゃんの受容だったのでは。セリフはなんだったか

《みのうら》している箕浦は、諸戸の回想とか見えていない。だから語っている諸戸を見ている。『私』には諸戸の回想が諸戸と同じように見えている。

そう、秀ちゃんに恋したところを見咎める諸戸、めっちゃ非難する諸戸、あれって諸戸よりももう一人の自分みたいだったんだ。ある意味箕浦に似ていた、諸戸とは少し違わなかった?

私、簑浦が同性愛否定するようになったのはあの夜以降で、その倫理形成は諸戸だったのではと思うの。超自我教育で培われるでしょ、簑浦の同性愛嫌悪はそのまま自己否定する諸戸のようだと思うの。

「君は嫉妬しているの?」ってセリフ、あれはああ言うしかない会話の流れででもそしたら嫉妬しているって答えるしかなくてじゃあ今こそ受け入れてくれるの?って流れになるに決まってて…って思うんだけど、そこでも簑浦は友情しか受け取らない…「うん秀ちゃんが無事で嬉しい」って言えばよかったの?

あさましい!」と叫んで振り切って、「(原作セリフ) 死んでたまるか!まっぴらごめんだ!」と

2017-01-31

AVデビューに俺の名字を使われた

かなり訳が分から困惑している。

しかも下の名前本名漢字を変えているだけなので、知り合いが見たらすぐに分かるはずだ。

ゲーセンで知り合った中卒の女で、当時から確かに悪い噂はあった。

飲んだ勢いで告白されたとき相手にはまだ彼氏がいたのだが、高校出たばかりの自分童貞を捨てたい一心でその誘いに乗ってしまった。

実際に付き合ってみると感情の起伏が激しくかなり扱いづらい部分はあったが、それでも浮気もされずに何年か付き合うことになった。

同棲まではしてみたものの、仕事が忙しくなって相手ができなくなると、突然同棲をやめると言いはじめて、それから連絡がとれないままに別れてしまった。

悪い噂というのは、とにかく片っ端から男に手を付けるというもので、本人にも問いただしてみたことはあるがそれなりの数の男と付き合っていたらしい。

付き合っている最中もこちらの気持ちお構いなしに求めてくることが多く、贅沢なことかもしれないが、正直仕事との両立は厳しいと感じられるほどだった。

別れてから2年ほど経った今、まさかこんな形で相手の今を知ることになるとは思わなかった。

はっきり言って何故そんな風に自分名前が使われているか理由が全くわからない。

復讐?それとも未練?

いずれにしてもそんな激情のもとに別れを迎えたような恋愛ではなかったはずだ。

金遣いも性欲も、AV女優になりかねない素養は多分にあったとは言え、これはなかなかにきつい。

当時のゲーセン仲間も縁遠くなっているから構わないと言えばかまわないのだが、こんなに気持ちが悪い経験は初めてだ。

とりあえず理由が知りたい。うっかり読んでくれたりしないだろうか。

2016-08-30

例のあれ

自分はすごく面白かったんだが、「面白かったね~」って言ってたら「あーーww俺あの映画いっきらいだわwww」とわざわざ口出ししてくるひとが居て、好きな映画だったはずなのにもうそれで色々と萎えて、楽しかった思い出が全部ぶっ飛んでしまった。もうあんまり思い出したくない。

すごく悲しかった。

まあ自分で気付いていないだけで、同じようなことをわたしもきっとこれまで繰り返してきたんだろう。対人コミュニケーションとは傷付き傷付けられることだし、多くの場合勝手に傷付けられる方が悪い。繊細ヤクザという言葉もあるし、そうならないよう、自分もっと愚鈍であらねばならない。そう思って溜飲を下げようとしている。

--

そういう自分脆弱さが本当に憎らしい。

本当はその楽しかった思い出を、向こう半年くらいは反芻しながら生きていくつもりだったのに。今はその作品について思い出そうとすると、あのときの場の変な空気とか、自分の子供っぽい激情とか、数刻後にどっと押し寄せた疲れと悲しみが思い出されるので、後悔しかない。↑のひとに対して多少ムムときたのは否定しないが、自分への怒りと後悔の方がそれに勝る。自分もっと他人価値観尊重したうえでコミュニケートできるような人間であれば何も問題はなかった。

--

TBのひとありがとう

2016-08-12

邦画うんこぶり

ロストバケーション面白かった。

85分ぐらいの短い映画だが、見せ場に富んでいて興奮した。

この作品に緊張感を与えているのはインテリヒロインの奮闘ぶりだろう。

どれだけ追い詰められてもヤケクソにならず、サメの特徴を見極めながら冷静に対策検討し、

その上で決断勇気で策を実行していく。

逃げるだけでなく、サメ攻撃するアイディアをひらめいたら果敢に攻撃に転じていた。

 

これと対照的映画として思い浮かんだのが、品川さんのZアイランドだ。

ゾンビだらけの島に来てしまった人々はパニックになったまま、必死に知恵を絞ることな

激情もしくはあきらめに駆られて玉砕戦法に走ってバタバタ死んでいく。

死にたがっている人たちが死んでもスリルが無い。

日本人は考えることから逃げるんだよ。無根拠覚悟気合いが美学になってしまってる。

頭が無くて気持ちだけで作っている邦画ゴミだらけなのも仕方が無い。

2016-06-17

[]

白鳥異伝を読んだ。久しぶりの読書。読みきった充実感はあるけど、荻原規子小説自分には合わないのかもしれないと思った。

少女主人公から仕方がないのかもしれないけど、白鳥異伝も少女小説っぽいなって感想を持った。生まれ持った使命や純真恋愛などもろもろもの要素を練り込んだ大作になっていたと思う。

空色勾玉よりかエンターテイメント性に指針を振っていてので読んでいて楽しかった。特に小倶那の出生および悲劇的な運命は読ませるものがあったと思う。本当に可哀想男の子だった。

一方の遠子なんだけどすごい癖のある人物で困った。最後の方は好きになれたけど、中盤は本当にきつい。菅流に指摘された通りの思い込みの激しい人物で、なおかつ直情的なもんだから本当に共感しづらかった。初めに少女小説的って言ったのはこの遠子の性格が原因。彼女感情移入できるならかなり楽しめる作品なんだと思うんだけど、自分には難しかった。

また遠子に限らず、登場人物が揃いも揃ってものすごく感情に忠実なもんだからわず突っ込みたくなった。激情に駆られても理性が勝って冷静な判断をする場面が、殊に遠子に至っては殆ど無かったんじゃないかと思う。何やってんだよと何度か思ってしまったし、またこうなるのかとうんざりすることも多かった。

また古代日本舞台にしたファンタジーから当然とはいえ、折に触れて運命やら定めやらのキーワードが出てくるのも辛かった。その運命なり定めなりにしても、内実をある程度明らかにしてくれていたらすんなりと読み込めるのだけれど、ぼんやりとぼやけたままある状況下に陥ったのはお前の運命なんだよみたいな流れが出てくるのでもやもやした。まあ運命やら定めって言葉はそのように使いのが普通なのかもしれないけれど。

これら二つの気になる箇所が所々で悪魔合体たかのような読書感を与えてくるもんだから閉口してしまった。もちろんそのように感じる方にも問題があるんだけど、なかなかに辛かった。二度目読むときはその時々の登場人物が抱いている本当の感情がわかっているから楽しめるような気がする。一度目は文章だけを頼りに頭空っぽにして読んではつらいと思う。いろいろ想像して書かれていな本当の気持まで読まないと楽しめない小説なのかも。

その他の人物について。菅流がとびきり良い人物だった。喧嘩っ早くておちゃらけてて尻が軽いのに、面倒見が良くて優しい菅流は遠子と小倶那のいいお兄さんになっていた。七掬や武彦みたいな年長者たちは相変わらずどっしりと構えていて頼りがいがあった。

結局この物語大王が糞なのと、百襲姫が狂ってたのが元凶だったのかなあ。妄執というものは何に対してであれ恐ろしいものだと思った。

二巻三部に渡る物語で、それぞれガラリと話の感触が変わるけれど、一貫したエピソードでもって引っ張っていく小説だった。今度は薄紅天女を読む。

2016-06-02

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.「○○に親でも殺されたのか」といった文言は何ですか。

個人が唱える論が執拗であったり感情的であったりするときに、揶揄的な意味合いで使われることが多いな。

これにはいくつかの説がある。

定説は、「人間は身内を殺されたりするほどの背景や動機がなければ、そこまで執拗だったり情熱的になれない」とする説だ。

もちろん、冷静に考えれば必ずしもそうではない。

だが受け手にしてみれば、その人間が「なぜそのような言動を?」というのを納得するアンサーとして“物語”が必要なんだ。

虚実がどうあれ、他人理解する手法としてコストパフォーマンスに優れているからな。

では、なぜその理由が「親が殺されたのか」というと古今東西物語において主人公の親の死亡率は高かったのさ。

そうやって物語に触れてきた人たちにとって、動機や背景として「親が殺された」というのは分かりやすかったんだ。

だって、親が殺されたら激情に駆られるだろ?

……そうか、無神経なことを聞いてしまったようだな。

まあ、私の中でも親は死んでいるので、おあいことしようじゃないか

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