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はてなキーワード: 激情とは

2021-03-22

菰田

以上のお話によって、郷田三郎と、明智小五郎との交渉、又は三郎の犯罪嗜好癖などについて、読者に呑み込んで頂いた上、さて、本題に戻って、東栄館という新築下宿屋で、郷田三郎がどんな楽しみを発見たかという点に、お話を進めることに致しましょう。

 三郎が東栄館の建築が出来上るのを待ち兼ねて、いの一番にそこへ引移ったのは、彼が明智交際を結んだ時分から一年以上もたっていました。随したがってあの「犯罪」の真似事にも、もう一向興味がなくなり、といって、外ほかにそれに代る様な事柄もなく、彼は毎日毎日の退屈な長々しい時間を、過し兼ねていました。東栄館に移った当座は、それでも、新しい友達が出来たりして、いくらか気がまぎれていましたけれど、人間というものは何と退屈極きわまる生物なのでしょう。どこへ行って見ても、同じ様な思想を同じ様な表情で、同じ様な言葉で、繰り返し繰り返し、発表し合っているに過ぎないのです。折角せっかく下宿屋を替えて、新しい人達に接して見ても、一週間たつかたたない内に、彼は又しても底知れぬ倦怠けんたいの中に沈み込んで了うのでした。

 そうして、東栄館に移って十日ばかりたったある日のことです。退屈の余り、彼はふと妙な事を考えつきました。

 彼の部屋には、――それは二階にあったのですが――安っぽい床とこの間まの傍に、一間の押入がついていて、その内部は、鴨居かもいと敷居との丁度中程に、押入れ一杯の巌丈がんじょうな棚があって、上下二段に分れているのです。彼はその下段の方に数個の行李こうりを納め、上段には蒲団をのせることにしていましたが、一々そこから蒲団を取出して、部屋の真中へ敷く代りに、始終棚の上に寝台ベッドの様に蒲団を重ねて置いて、眠くなったらそこへ上って寝ることにしたらどうだろう。彼はそんなことを考えたのです。これが今迄いままでの下宿屋であったら、仮令たとえ押入れの中に同じような棚があっても、壁がひどく汚れていたり、天井蜘蛛もの巣が張っていたりして、一寸その中へ寝る気にはならなかったのでしょうが、ここの押入れは、新築早々のことですから、非常に綺麗きれいで、天井も真白なれば、黄色く塗った滑かな壁にも、しみ一つ出来てはいませんし、そして全体の感じが、棚の作り方にもよるのでしょうが何となく船の中の寝台に似ていて、妙に、一度そこへ寝て見たい様な誘惑を感じさえするのです。

 そこで、彼は早速さっそくその晩から押入れの中へ寝ることを始めました。この下宿は、部屋毎に内部から戸締りの出来る様になっていて、女中などが無断で這入はいって来る様なこともなく、彼は安心してこの奇行を続けることが出来るのでした。さてそこへ寝て見ますと、予期以上に感じがいいのです。四枚の蒲団を積み重ね、その上にフワリと寝転んで、目の上二尺ばかりの所に迫っている天井を眺める心持は、一寸異様な味あじわいのあるものです。襖ふすまをピッシャリ締め切って、その隙間から洩れて来る糸の様な電気の光を見ていますと、何だかこう自分探偵小説中の人物にでもなった様な気がして、愉快ですし、又それを細目に開けて、そこから自分自身の部屋を、泥棒他人の部屋をでも覗く様な気持で、色々の激情的な場面を想像しながら、眺めるのも、興味がありました。時によると、彼は昼間から押入に這入り込んで、一間と三尺の長方形の箱の様な中で、大好物煙草をプカリカリとふかしながら、取りとめもない妄想に耽ることもありました。そんな時には、締切った襖の隙間から、押入れの中で火事でも始ったのではないかと思われる程、夥しい白煙が洩れているのでした。

 ところが、この奇行を二三日続ける間に、彼は又しても、妙なことに気がついたのです。飽きっぽい彼は、三日目あたりになると、もう押入れの寝台ベッドには興味がなくなって、所在なさに、そこの壁や、寝ながら手の届く天井板に、落書きなどしていましたが、ふと気がつくと、丁度頭の上の一枚の天井板が、釘を打ち忘れたのか、なんだかフカフカと動く様なのです。どうしたのだろうと思って、手で突っぱって持上げて見ますと、なんなく上の方へ外はずれることは外れるのですが、妙なことには、その手を離すと、釘づけにした箇所は一つもないのに、まるでバネ仕掛けの様に、元々通りになって了います。どうやら、何者かが上から圧おさえつけている様な手ごたえなのです。

 はてな、ひょっとしたら、丁度この天井板の上に、何か生物が、例えば大きな青大将あおだいしょうか何かがいるのではあるまいかと、三郎は俄にわかに気味が悪くなって来ましたが、そのまま逃げ出すのも残念なものですから、なおも手で押し試みて見ますと、ズッシリと、重い手ごたえを感じるばかりでなく、天井板を動かす度に、その上で何だかゴロゴロと鈍い音がするではありませんか。愈々いよいよ変です。そこで彼は思切って、力まかせにその天井板をはね除のけて見ますと、すると、その途端、ガラガラという音がして、上から何かが落ちて来ました。彼は咄嗟とっさの場合ハッと片傍かたわきへ飛びのいたからよかったものの、若もしそうでなかったら、その物体に打たれて大怪我おおけがをしている所でした。

「ナアンダ、つまらない」

 ところが、その落ちて来た品物を見ますと、何か変ったものでもあればよいがと、少からず期待していた彼は、余りのことに呆あきれて了いました。それは、漬物石つけものいしを小さくした様な、ただの石塊いしころに過ぎないのでした。よく考えて見れば、別に不思議でも何でもありません。電燈工夫が天井裏へもぐる通路にと、天井板を一枚丈け態わざと外して、そこからねずみなどが押入れに這入はいらぬ様に石塊で重しがしてあったのです。

 それは如何いかにも飛んだ喜劇でした。でも、その喜劇が機縁となって、郷田三郎は、あるすばらしい楽みを発見することになったのです。

 彼は暫しばらくの間、自分の頭の上に開いている、洞穴ほらあなの入口とでも云った感じのする、その天井の穴を眺めていましたが、ふと、持前もちまえの好奇心から、一体天井裏というものはどんな風になっているのだろうと、恐る恐る、その穴に首を入れて、四方あたりを見廻しました。それは丁度朝の事で、屋根の上にはもう陽が照りつけていると見え、方々の隙間から沢山の細い光線が、まるで大小無数の探照燈を照してでもいる様に、屋根裏の空洞へさし込んでいて、そこは存外明るいのです。

 先まず目につくのは、縦に、長々と横よこたえられた、太い、曲りくねった、大蛇の様な棟木むなぎです。明るいといっても屋根裏のことで、そう遠くまでは見通しが利かないのと、それに、細長い下宿屋の建物ですから、実際長い棟木でもあったのですが、それが向うの方は霞んで見える程、遠く遠く連つらなっている様に思われます。そして、その棟木と直角に、これは大蛇肋骨あばらに当る沢山の梁はりが両側へ、屋根の傾斜に沿ってニョキニョキと突き出ています。それ丈けでも随分雄大景色ですが、その上、天井を支える為に、梁から無数の細い棒が下っていて、それが、まるで鐘乳洞しょうにゅうどうの内部を見る様な感じを起させます

「これは素敵だ」

 一応屋根裏を見廻してから、三郎は思わずそう呟つぶやくのでした。病的な彼は、世間普通の興味にはひきつけられないで、常人には下らなく見える様な、こうした事物に、却かえって、云い知れぬ魅力を覚えるのです。

 その日から、彼の「屋根裏の散歩」が始まりました。夜となく昼となく、暇さえあれば、彼は泥坊猫の様に跫音あしおとを盗んで、棟木や梁の上を伝い歩くのです。幸さいわいなことには、建てたばかりの家ですから屋根裏につき物の蜘蛛の巣もなければ、煤すすや埃ほこりもまだ少しも溜っていず、鼠の汚したあとさえありません。それ故ゆえ着物や手足の汚くなる心配はないのです。彼はシャツ一枚になって、思うがままに屋根裏を跳梁ちょうりょうしました。時候も丁度春のことで、屋根裏だからといって、さして暑くも寒くもないのです。

 東栄館の建物は、下宿屋などにはよくある、中央まんなかに庭を囲んで、そのまわりに、桝型ますがたに、部屋が並んでいる様な作り方でしたから、随って屋根裏も、ずっとその形に続いていて、行止ゆきまりというものがありません。彼の部屋の天井から出発して、グルッと一廻りしますと、又元の彼の部屋の上まで帰って来る様になっています

 下の部屋部屋には、さも厳重に壁で仕切りが出来ていて、その出入口には締りをする為の金具まで取りつけているのに、一度天井裏に上って見ますと、これは又何という開放的な有様でしょう。誰の部屋の上を歩き廻ろうと、自由自在なのです。若し、その気があれば、三郎の部屋のと同じ様な、石塊の重しのしてある箇所が所々にあるのですから、そこから他人の部屋へ忍込んで、窃盗を働くことも出来ます廊下を通って、それをするのは、今も云う様に、桝型の建物の各方面に人目があるばかりでなく、いつ何時なんどき他の止宿人ししゅくにんや女中などが通り合わさないとも限りませんから、非常に危険ですけれど、天井裏の通路からでは、絶対にその危険がありません。

 それから又、ここでは、他人秘密を隙見することも、勝手次第なのです。新築と云っても、下宿屋の安普請やすぶしんのことですから天井には到る所に隙間があります。――部屋の中にいては気が附きませんけれど、暗い屋根からますと、その隙間が意外に大きいのに一驚いっきょうを喫きっします――稀には、節穴さえもあるのです。

 この、屋根裏という屈指の舞台発見しますと、郷田三郎の頭には、いつのまにか忘れて了っていた、あの犯罪嗜好癖が又ムラムラと湧き上って来るのでした。この舞台でならば、あの当時試みたそれよりも、もっともっと刺戟の強い、「犯罪の真似事」が出来るに相違ない。そう思うと、彼はもう嬉しくて耐たまらないのです。どうしてまあ、こんな手近な所に、こんな面白い興味があるのを、今日まで気附かないでいたのでしょう。魔物の様に暗闇の世界を歩き廻って、二十人に近い東栄館の二階中の止宿人の秘密を、次から次へと隙見して行く、そのこと丈けでも、三郎はもう十分愉快なのです。そして、久方振りで、生き甲斐を感じさえするのです。

 彼は又、この「屋根裏の散歩」を、いやが上にも興深くするために、先ず、身支度からして、さも本物の犯罪人らしく装うことを忘れませんでした。ピッタリ身についた、濃い茶色の毛織のシャツ、同じズボン下――なろうことなら、昔活動写真で見た、女賊プロテアの様に、真黒なシャツを着たかったのですけれど、生憎あいくそんなものは持合せていないので、まあ我慢することにして――足袋たびを穿はき、手袋をはめ――天井裏は、皆荒削あらけずりの木材ばかりで、指紋の残る心配などは殆どないのですが――そして手にはピストルが……欲しくても、それもないので、懐中電燈を持つことにしました。

 夜更けなど、昼とは違って、洩れて来る光線の量が極く僅かなので、一寸先も見分けられぬ闇の中を、少しも物音を立てない様に注意しながら、その姿で、ソロソロリと、棟木の上を伝っていますと、何かこう、自分が蛇にでもなって、太い木の幹を這い廻っている様な気持がして、我ながら妙に凄くなって来ます。でも、その凄さが、何の因果か、彼にはゾクゾクする程嬉しいのです。

 こうして、数日、彼は有頂天になって、「屋根裏の散歩」を続けました。その間には、予期にたがわず、色々と彼を喜ばせる様な出来事があって、それを記しるす丈けでも、十分一篇の小説が出来上る程ですが、この物語の本題には直接関係のない事柄ですから、残念ながら、端折はしょって、ごく簡単に二三の例をお話するに止とどめましょう。

 天井からの隙見というものが、どれ程異様な興味のあるものだかは、実際やって見た人でなければ、恐らく想像も出来ますまい。仮令、その下に別段事件が起っていなくても、誰も見ているものがないと信じて、その本性をさらけ出した人間というものを観察すること丈けで、十分面白いのです。よく注意して見ますと、ある人々は、その側に他人のいるときと、ひとりきりの時とでは、立居ふるまいは勿論もちろん、その顔の相好そうごうまでが、まるで変るものだということを発見して、彼は少なからず驚きました。それに、平常ふだん、横から同じ水平線で見るのと違って、真上から見下すのですから、この、目の角度の相違によって、あたり前の座敷が、随分異様な景色に感じられます人間は頭のてっぺんや両肩が、本箱、机、箪笥たんす、火鉢などは、その上方の面丈けが、主として目に映ります。そして、壁というものは、殆ど見えないで、その代りに、凡ての品物のバックには、畳が一杯に拡っているのです。

 何事がなくても、こうした興味がある上に、そこには、往々おうおうにして、滑稽こっけいな、悲惨な、或は物凄い光景が、展開されています。平常過激反資本主義議論を吐いている会社員が、誰も見ていない所では、貰もらったばかりの昇給辞令を、折鞄おりかばから出したり、しまったり、幾度も幾度も、飽かず打眺うちながめて喜んでいる光景ゾロリとしたお召めし着物不断着ふだんぎにして、果敢はかない豪奢振ごうしゃぶりを示している、ある相場師が、いざ床とこにつく時には、その、昼間はさも無雑作むぞうさに着こなしていた着物を、女の様に、丁寧に畳んで、床の下へ敷くばかりか、しみでもついたのと見えて、それを丹念に口で嘗なめて――お召などの小さな汚れは、口で嘗めとるのが一番いいのだといいます――一種クリーニングをやっている光景、何々大学野球選手だというニキビ面の青年が、運動家にも似合わない臆病さを以て、女中への附文つけぶみを、食べて了った夕飯のお膳の上へ、のせて見たり、思い返して、引込めて見たり、又のせて見たり、モジモジと同じことを繰返している光景、中には、大胆にも、淫売婦(?)を引入れて、茲ここに書くことを憚はばかる様な、すさまじい狂態を演じている光景さえも、誰憚らず、見たい丈け見ることが出来るのです。

 三郎は又、止宿人と止宿人との、感情葛藤かっとうを研究することに、興味を持ちました。同じ人間が、相手によって、様々に態度を換えて行く有様、今の先まで、笑顔で話し合っていた相手を、隣の部屋へ来ては、まるで不倶戴天ふぐたいてんの仇あだででもある様に罵ののしっている者もあれば、蝙蝠こうもりの様に、どちらへ行っても、都合のいいお座なりを云って、蔭でペロリと舌を出している者もあります。そして、それが女の止宿人――東栄館の二階には一人の女画学生がいたのです――になると一層興味があります。「恋の三角関係」どころではありません。五角六角と、複雑した関係が、手に取る様に見えるばかりか、競争者達の誰れも知らない、本人の真意が、局外者の「屋根裏の散歩者」に丈け、ハッキリと分るではありませんか。お伽噺とぎばなしに隠かくれ蓑みのというものがありますが、天井裏の三郎は、云わばその隠れ蓑を着ているも同然なのです。

 若しその上、他人の部屋の天井板をはがして、そこへ忍び込み、色々ないたずらをやることが出来たら、一層面白かったでしょうが、三郎には、その勇気がありませんでした。そこには、三間に一箇所位の割合で、三郎の部屋のと同様に、石塊いしころで重しをした抜け道があるのですから、忍び込むのは造作もありませんけれど、いつ部屋の主が帰って来るか知れませんし、そうでなくとも、窓は皆、透明なガラス障子しょうじになっていますから、外から見つけられる危険もあり、それに、天井板をめくって押入れの中へ下り、襖をあけて部屋に這入り、又押入れの棚へよじ上って、元の屋根裏へ帰る、その間には、どうかして物音を立てないとは限りません。それを廊下や隣室から気附かれたら、もうおしまいなのです。

 さて、ある夜更けのことでした。三郎は、一巡ひとまわり「散歩」を済ませて、自分の部屋へ帰る為に、梁から梁を伝っていましたが、彼の部屋とは、庭を隔てて、丁度向い側になっている棟の、一方の隅の天井に、ふと、これまで気のつかなかった、幽かすかな隙間を発見しました。径二寸ばかりの雲形をして、糸よりも細い光線が洩れているのです。なんだろうと思って、彼はソッと懐中電燈を点ともして、検しらべて見ますと、それは可也かなり大きな木の節で、半分以上まわりの板から離れているのですが、あとの半分で、やっとつながり、危く節穴になるのを免れたものでした。一寸爪の先でこじさえすれば、何なく離れて了い相なのです。そこで、三郎は外ほかの隙間から下を見て、部屋の主が已すでに寝ていることを確めた上、音のしない様に注意しながら、長い間かかって、とうとうそれをはがして了いました。都合のいいことには、はがした後の節穴が、杯さかずき形に下側が狭くなっていますので、その木の節を元々通りつめてさえ置けば、下へ落ちる様なことはなく、そこにこんな大きな覗き穴があるのを、誰にも気附かれずに済むのです。

 これはうまい工合ぐあいだと思いながら、その節穴から下を覗いて見ますと、外の隙間の様に、縦には長くても、幅はせいぜい一分ぶ内外の不自由なのと違って、下側の狭い方でも直径一寸以上はあるのですから、部屋の全景が、楽々と見渡せます。そこで三郎は思わず道草を食って、その部屋を眺めたことですが、それは偶然にも、東栄館の止宿人の内で、三郎の一番虫の好かぬ、遠藤えんどうという歯科医学校卒業生で、目下はどっかの歯医者助手を勤めている男の部屋でした。その遠藤が、いやにのっぺりした虫唾むしずの走る様な顔を、一層のっぺりさせて、すぐ目の下に寝ているのでした。馬鹿几帳面きちょうめんな男と見えて、部屋の中は、他のどの止宿人のそれにもまして、キチンと整頓せいとんしています。机の上の文房具位置、本箱の中の書物の並べ方、蒲団の敷き方、枕許まくらもとに置き並べた、舶来物でもあるのか、見なれぬ形の目醒めざまし時計漆器しっきの巻煙草まきたばこ入れ、色硝子いろがらすの灰皿、何いずれを見ても、それらの品物の主人公が、世にも綺麗きれい好きな、重箱の隅を楊子ようじでほじくる様な神経家であることを証拠立てています。又遠藤自身の寝姿も、実に行儀がいいのです。ただ、それらの光景にそぐわぬのは、彼が大きな口を開あいて、雷の様に鼾いびきかいていることでした。

 三郎は、何か汚いものでも見る様に、眉をしかめて、遠藤の寝顔を眺めました。彼の顔は、綺麗といえば綺麗です。成程彼自身で吹聴ふいちょうする通り、女などには好かれる顔かも知れません。併し、何という間延びな、長々とした顔の造作でしょう。濃い頭髪、顔全体が長い割には、変に狭い富士ふじびたい、短い眉、細い目、始終笑っている様な目尻の皺しわ、長い鼻、そして異様に大ぶりな口。三郎はこの口がどうにも気に入らないのでした。鼻の下の所から段を為なして、上顎うわあごと下顎とが、オンモリと前方へせり出し、その部分一杯に、青白い顔と妙な対照を示して、大きな紫色の唇が開いています。そして、肥厚性鼻炎ひこうせいびえんででもあるのか、始終鼻を詰つまらせ、その大きな口をポカンと開けて呼吸をしているのです。寝ていて、鼾をかくのも、やっぱり鼻の病気のせいなのでしょう。

 三郎は、いつでもこの遠藤の顔を見さえすれば、何だかこう背中がムズムズして来て、彼ののっぺりした頬っぺたを、いきなり殴なぐりつけてやり度たい様な気持になるのでした。

 そうして、遠藤の寝顔を見ている内に、三郎はふと妙なことを考えました。それは、その節穴から唾つばをはけば、丁度遠藤の大きく開いた口の中へ、うまく這入りはしないかということでした。なぜなら、彼の口は、まるで誂あつらえでもした様に、節穴の真下の所にあったからです。三郎は物好きにも、股引ももひきの下に穿いていた、猿股さるまたの紐を抜出して、それを節穴の上に垂直に垂らし、片目を紐にくっつけて、丁度銃の照準でも定める様に、試して見ますと、不思議な偶然です。紐と節穴と、遠藤の口とが、全く一点に見えるのです。つまり節穴から唾を吐けば、必ず彼の口へ落ちるに相違ないことが分ったのです。

 併し、まさかほんとうに唾を吐きかける訳にも行きませんので、三郎は、節穴を元の通りに埋うずめて置いて、立去ろうとしましたが、其時そのとき、不意に、チラリとある恐しい考えが、彼の頭に閃きました。彼は思わず屋根裏の暗闇の中で、真青になって、ブルブルと震えました。それは実に、何の恨うらみもない遠藤殺害するという考えだったのです。

 彼は遠藤に対して何の恨みもないばかりか、まだ知り合いになってから半月もたってはいないのでした。それも、偶然二人の引越しが同じ日だったものですから、それを縁に、二三度部屋を訪ね合ったばかりで別に深い交渉がある訳ではないのです。では、何故なにゆえその遠藤を、殺そうなどと考えたかといいますと、今も云う様に、彼の容貌言動が、殴りつけたい程虫が好かぬということも、多少は手伝っていましたけれど、三郎のこの考かんがえの主たる動機は、相手人物にあるのではなくて、ただ殺人行為のものの興味にあったのです。先からお話して来た通り、三郎の精神状態は非常に変態的で、犯罪嗜好癖ともいうべき病気を持ってい、その犯罪の中でも彼が最も魅力を感じたのは殺人罪なのですから、こうした考えの起るのも決して偶然ではないのです。ただ今までは、仮令屡々しばしば殺意を生ずることがあっても、罪の発覚を恐れて、一度も実行しようなどと思ったことがないばかりなのです。

 ところが、今遠藤場合は、全然疑うたがいを受けないで、発覚の憂うれいなしに、殺人が行われ相そうに思われます。我身に危険さえなければ、仮令相手が見ず知らずの人間であろうと、三郎はそんなことを顧慮こりょするのではありません。寧むしろ、その殺人行為が、残虐であればある程、彼の異常な慾望は、一層満足させられるのでした。それでは、何故遠藤に限って、殺人罪が発覚しない――少くとも三郎がそう信じていたか――といいますと、それには、次の様な事情があったのです。

 東栄館へ引越して四五日たった時分でした。三郎は懇意こんいになったばかりの、ある同宿者と、近所のカフェへ出掛けたことがあります。その時同じカフェ遠藤も来ていて、三人が一つテーブルへ寄って酒を――尤もっとも酒の嫌いな三郎はコーヒーでしたけれど――飲んだりして、三人とも大分いい心持になって、連立つれだって下宿へ帰ったのですが、少しの酒に酔っぱらった遠藤は、「まあ僕の部屋へ来て下さい」と無理に二人を、彼の部屋へ引ぱり込みました。遠藤は独ひとりではしゃいで、夜が更けているのも構わず女中を呼んでお茶を入れさせたりして、カフェから持越しの惚気話のろけばなしを繰返すのでした。――三郎が彼を嫌い出したのは、その晩からです――その時、遠藤は、真赤に充血した脣くちびるをペロペロと嘗め廻しながら

2021-03-21

オタクお気持ち長文セレクション

お気持ち長文といえば女オタクが書くものというイメージがあるが、男オタクが書いたお気持ち長文も少なくはない。

簡単な紹介文とともに紹介したい。

7年間いたジャンルを離れた自分ハム太郎アンチを笑えない

anond:20200614131659

ゆるゆり作者が自分取り巻きばかり優先し、普通ファン蔑ろにすることで心が折れてしまった増田

タイトルの付け方、文章構成オチまで完璧。圧巻。

作者と繋がっていなくても作品を好きでいることで愛を証明しようするも、ついに折れてしまう展開は哀愁を誘う。

無償の愛を捧げ続けるだけであれば耐えられたかもしれないが、露骨な扱いの違いに疲れ果てる様は同情するに余りある

クラウドファンディング対応のお粗末さは制度自体への信頼を揺らがすものであり、増田ならずとも憤りを感じるであろう。

まとめておいてなんだが読み返したら女性のような気がする。でも紹介したいので許して。

追記百合好きが野郎キャラヘテロババアお気持ち表明

anond:20200717180056

アイカツ! -アイドルカツドウ!-の大空あかり瀬名翼のカップリングが許せない増田

ヘテロ同人に対する暴言の切れ味が鋭く小気味良いが、それ以上に公式側の人間投稿したせなあかを推奨するようなツイートに対しての激怒が凄まじい。

可能性を生み出しただけでアウトなんだよ」はけだし名言であるが、原典以外でこれほどこの言葉が似合う文章を私は知らない。

女の子同士の友情を描いてきた作品で急に恋愛を入れるなというのは一種正論であり、素人が言うのと公式サイドの人間が言うのはわけがうから立場を考えろというのは完全な正論である。怒りを覚えるのも当然だ。

最後に冷静に自身省みる辺りに増田人間性が伺えどこか微笑ましさを感じられる。

続き(anond:20200817181345)にあるブクマカへの返信も愛を感じられて必見。

追記アイカツ!に引導を渡された

anond:20200812183017

実写とアニメを融合させたアイカツプラネットに引導を渡された増田

今までアニメしかなかった作品名前を使って突然実写ドラマ化を発表されて戸惑うのは当然であるし、作品への愛ゆえに感情を爆発させるのもまた当然だ。

「うるせえでございます。黙ってろでございます。」から続く冷笑系へ向けての罵倒と、わかっているがその上で怒っているのだという下りは名文。

「俺たちは数字で動いてるわけじゃない」とはオタクであれば誰もが一度は思ったことがあるだろう。抑えきれない感情とはこのことをいうのだ。

そうしてひとしきり怒りを吐き出した後、最後に改めてアイカツプラネットへの期待を綴って終わる。爽やかな読後感を残す稀代のお気持ち長文。これぞオタクだ。

こちらも続き(anond:20200813130432)が投稿されている。

アイカツ!に引導を渡されたアイカツ!ゾンビに引導を渡した

anond:20210120180007

上の続編。アイカツプラネットを受け入れ楽しんでいる増田

DCDの方は今ひとつダメなようだが、実写パートがありガワが変わってもやっていることはアイカツなのだと楽しめているよう。

本人が楽しめているなら何よりであり、アイカツプラネット増田の期待に応えてくれたようだ。

このような後日談を読むこともまたお気持ち長文を読む楽しみの一つである

作者に嫌われているキャラクターを好きになってつらい

anond:20200724234926

ぼくたちは勉強ができないの武元うるかの扱いが不遇で作者に愛されていないと嘆く増田

原作の展開をつぶさに追いながら感想を書いていて、憤怒と憎悪愛情がありありと伝わる。

上の2人のアイカツ増田からはある種の爽やかさを感じるが、こちから感じられるのはドロドロとした激情だ。

ハンロンの剃刀であって好き嫌いというよりは無能想像力の欠如の合わせ技に思えるが、当事者にとってはどちらも変わらないのだろう。

煮えたぎる怒りを文章にして、叩きつけるように書き殴る。これもオタクだ。

追記】作者に嫌われているキャラを好きになったら特典でも冷遇されてつらい

anond:20210308181806

上の続編。ボイスドラマと各ルート最終話後の後日談ヒロインの中で武元うるか一人だけなかったことが許せない増田

ヒロイン全員が並列、平等を謳った作品での推しキャラへの仕打ちであり、増田の心情は察するに余りある

作中以外での扱いの違いは無能ではなく無配慮と無神経の産物であり、実情がどうあれその格差に悪意を見出すのはそれほど難しいことではない。

無限死体蹴りされると書いたら現実になったとはまさしく増田の実感なのだろう。

愛が報われるとは限らない。公式に切り捨てられたファンの恨みつらみが詰まっている。

追記③】女児アニキャラに乳を盛る馬鹿と賛美するアホ全員死ね【続き有】

anond:20210210183005(削除済)

魚拓https://megalodon.jp/2021-0211-1903-52/https://anond.hatelabo.jp:443/20210210183005

webarchive:https://web.archive.org/web/20210211040932/https://anond.hatelabo.jp/20210210183005

アイカツフレンズ!の友希あいねにブルーアーカイブエイミの衣装を着せる二次創作が許せない増田

豊富な語彙の鋭い罵倒にキレのある文章で人気を博したもの身バレして削除。脇が甘い。

ブログ増田投稿したとアピールするとかここをなんだと思っているのか。

もっと女児アニメキャラに乳を盛ること、露出度の高い衣装を着せることに嫌悪感があるファンがいるのは当然であるのでその気持ち尊重すべきだろう。

それを理由二次創作をやめる必要がないこともまた当然であるし、発端の絵は性的魅力より可愛らしさが全面に出ているようには思うが。

公式に殴りかかる男オタクほとんどな中、二次創作界隈に向けて書いた点で希少性が高い。

総評

オタクお気持ち長文は女児アニメ百合関係が多かった。というかアイカツが多かった。一体何が彼らを狂わせるのか。

男が好きで炎上やすジャンルといえばラブコメだが意外にもぼく勉以外は見当たらない。あれだけ言われている五等分にないのは予想外だった。

サンプル数が少ないものの、二次創作同人界隈に向けてではなく公式に向けて呪詛を吐くのが男オタクの傾向といえそうか。

アイマスFGO関係もありそうだが増田を見始めた時期のためか、見かけたことがなく紹介できなかった。

なおエヴァネタバレ回避のため見ていないのであしからず

余談だが!や?が多いとカラッとした印象になり、それが少ないとドロドロとした印象になる。

余白になる部分の差なのか脳内で読み上げたときの差なのかはわからないが、書くときの参考にされたい。

2021-03-13

マジでどうかしてるぞ

作品賛否や好みや個々人の思い入れとか見た人それぞれだろう。

テーマ大人になるならないとかメタ意味での責任がどうとかも

各々で咀嚼すればいいと思う。

でも作品を、作品制作した側を貶す言葉が強すぎない?

っていうか普通にアウトでしょ。

そして呪詛だか激情だか何だか知らんが明らかな悪意を

「これぞエヴァ」「こういうのを読みたかった」だのブコメで煽るんじゃないよ。

2019年の7月に京都で何が起きた?

同業者あんな目にあった中に作られたものであるってことをちょっと考えたら

「クソ」だ「クズ」だ「0点」とかは論外としても

「○ね」とか「○す」とか出てくるか?

から作品の採点を甘くしろ総監督はじめ制作陣に優しくしろっていうんじゃない。

大人とか子ども以前に人間として、人間に、人間が命とか時間とかリソース削って作ったものに対して

言っていい言葉言ってはいけない言葉があることぐらい想像しろよ、できるだろって話だよ。

んで、あの事件経てそれが想像できないってどうかしてるぞ。煽ってるやつら込みでな。

現実があって虚構があるんじゃないの。

現実の血肉の通った人間虚構を作ってんの。

で、その虚構物理的に壊したら壊れんの。

昨日だかフランスでもデータセンター壊れてたろ。

壊れんだよ。分かれよ。

2021-03-12

これよりつまらないエヴァンゲリオンの楽しみ方をできた人が優勝

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序から見返そうとしたら、死ぬほど頭悪いコメントアマゾンレビューについてて

「はぁ?」

って思った。

いや、序とか破に相当する部分って、年齢に応じてシンジ共感したり、ゲンドウに共感できたりするすごく心理描写が高度なシーン多いのに…それがわかんないんだ…



典型的なのが

「乗るなら早くしろでなければ帰れ」

的なシーンですよ。

アレ、14歳のガキからすりゃロボットに乗るのは怖いですし、親から突き放されたこと言われるのは、ガッカリです。

でも、お仕事として重責を担ってるゲンドウとしては職務的にも状況的にもそれしか言えんわけで…


で、視聴者大人になっていくにつれて

「みんなまとめて死にそうな時に、自分本位駄々こねてるシンジってクソガキだし、ゲンドウって非情なようでいて立場的にアレしか言えないよね。」

っていうのを理解していくわけですよ。

からエヴァ思春期向けだ、バトルアニメだ言うやつはバカなのよ



アマゾントップページに書いてある

「参考になったレビュー

でさえこの程度のことが理解できてないのを見て

「序破Q以前に、基礎の基礎からエヴァについて説明しないとダメなんじゃないか?」

みたいな危機感に震えてる…。


このレベルのことがわかんないやつが映画見に言っても多分ムダだぜ?

エヴァンゲリオンの話に戻るけど…

ミサトでいいわよ」

っていうの、30過ぎのおっさんになってから見ると

中学生の異性に下の名前で呼ばせるミサトさん、けっこう攻めたことするよなぁ〜」

って思った。



シンジくんに近い年齢の時は距離詰めてくれるお色気お姉さん感あったけど、大人的にはやべぇ

ミサトさんって独身一人暮らしなのに、シンジくんに併せて距離を詰めたんだとしたら、それはものすごく頭のいい人だよね。

逆に、ミサトがシンジ料理作らせ、数分で下の名前で呼ばせてるところを見ると

子供の時は気づかなかったが、実は結構やべぇ女なんおでは?」

おっさんは気づいたり…




ミサトさんをヤベェ女だと気づくと、Qって納得なんだわ。

序といい、破といいシンジくんの理解ポジキャラみたく思ってたところがあった。

だけど、大人的には理解者というよりもうちょっと気分屋というか激情家というか、感情で動いてる人なんだろうね…女らしいといいます

ミサトさん、気を使ってフランクに接してるんじゃなくてやべぇ女の方で固めたほうがいい気がしてきた。

ネルフに降下中のささいなシーンなんだけども、中学生にワキ見せる格好でいて少しも気を使わない大人ってなんか想像できん。

いきなり下の名前で呼ばせたのも含めてけっこう強烈だよなぁ



やべぇ、ミサトが大人として本来持ってるはずの距離感がないやべぇ女だと気づいた後に、律子

「ゴメン(*ノω・*)テヘ」

ってやってるのをみて、

「ああやっぱこれ大人が見た時にはやべぇ女か相当なパーティーピーポーみたいな性格なんだな」

って改めて思った。シンジくんに対してだけでなく



「乗るなら早くしろ、でなければ帰れ」

の後に、よく見ると作業員さんもゲンドウとシンジくんのやり取りを申し訳ないやら、早くしてほしいやらの複雑な表情で見てるんだね!

シンジくんの言い分もわかるし、ゲンドウの言い分通りに仕事を進めて欲しいしで、複雑な表情をしてるねぇ

大人的にもシンジくんみたいな情緒不安定で、未成熟子どもに命がけでエヴァに乗って欲しいとは思ってないんですよ。

自分仕事が完遂できるかどうかに他人が入るだけでも大変なのに、ましてや子どもが入るんでしょ?

そうなると申し訳ないやらめんどくさいやらですわ…大人的には





エヴァについてアマゾンレビューで誤解したコメントとして

思春期向けのバトルアニメ

みたいにいう人いたんだけど、逆よ!

大人になると子供の時とは違う細かーいところに共感したり、申し訳なくなったりする「ダメまたは普通大人を描く」ことがエヴァの魅力ですって




薄々思ってたんだけど、碇親子はね…都合のいい女に慕われるスキルやたら高いと思う!!

母性本能くすぶると言うんですか?

モテてるという感じじゃないけど、かわいいとは思われてるのはなんか伝わるよね〜



過去自分ミサトさんをヤベェ女だと思わなかったのは

「ちとはしゃぎすぎたか

というミサトさんが演技を匂わせてるシーンがあるから

でも、演技でも過剰だし、その後も感情的にキレたり優しくなったりを繰り返してるからミサトさん単細胞というか感情的な女性なんですよ…やっぱり




一貫性がないこともないんだけど、目の前の感情で行動が大げさになりすぎるのがミサトさんなんですよね。

映像作品感情表現なんかみんな大げさ」

と思われがちだけど、エヴァ大人感情表現が大げさな人って逆にミサトさんぐらいなんですよね。

場所相手を選ばないで感情的っていうのかな

序を見終わったけど…序を見た当時高校生ぐらいだった時に比べて、ミサトさんが全然違うキャラに見える不思議

ゲンドウが理不尽というかアスペっぽく見えるところもあるんだけども、【余計なことを言って周りに気を使わせる上司や先輩】という職場理不尽あるあるを知るとアレはアレで気づかいしてる

序の印象が変わった理由としては、昔はミサトに違和感どころか、シンジくんの理解者的な側面を感じてたのに、今見るとけっこう気分屋なんですよね。

ネルフ大人で唯一感情的な発言をいっぱいするからこそ愛されてたりもするし、ゲンドウのやりすぎに歯止めをかける部分もあるんだけども…

ネルフ職員はそれぞれにダメ大人

なんてエヴァファンの間ではよく言われてたけど、大人になると一番ガラッと印象が変わるのはミサト。

最初シンジくん目線で見て、ゲンドウの気持ちが少しわかる年になり、ミサトのヤバさに気づく年になるみたいな…そんな感じ。

予習してよかった

中2病卒業できたつもりになってシンジ共感してるやつを見下ろしてご満悦って・・・ただの高2病やん!

高2になって高2病発症するのはいいけど僕もおっさんになったわーっていいながら高2病って!

エヴァンゲリオンの一番つまらない楽しみ方を実践してる!

これよりつまらない楽しみ方を想像するのが難しいくらいにつまらない楽しみ方してる!

これよりつまらない楽しみ方できる人が想像できない!

2021-03-10

[]エヴァンゲリオンスターウォーズになれなかった

シンエヴァンゲリオンを見た。

最後の結末を見て、エヴァンゲリオンスターウォーズになれなかったという結論に至った。

  

エヴァンゲリオンスターウォーズエピソード6との類似点は父子との対決だ。

スターウォーズは、父親であるダースベーダーアナキン・スカイウォーカーは子のルーク・スカイウォーカーと対決する。

シンエヴァンゲリオンは、父親である碇ゲンドウが子の碇シンジと対決する。

どちらも対決するという点では同じなのだが、結果はまるで違う。

スターウォーズは正面から対決し、息子は勝つのである

エヴァンゲリオンは正面から対決し、息子は勝てない。

この父子に歴然とした力の差があるのだ。

  

これでは父子において大事な要素である父を超えるということができない。

現実世界東京においては、超える必要など全くない父子関係における父を乗り越えるという儀式

碇ゲンドウは劇中で言っていた。父子同士戦うという行為、これは儀式なのだそうだ。

しかシンジはそれを乗り越えられなかったのだ。

もしシンジルーク・スカイウォーカーだったらどうなっていただろうか。

碇ゲンドウが発する挑発激情し、右手を吹き飛ばしていたに違いない。

  

シンジ儀式を乗り越えられなかったという問題だけではない。

あろうことか父との対話を試みてしまうのである

スターウォーズでは、ルークが父の善性を信じることによってアナキンを改心させた。

シンジ対話をし、その後の改心のためゲンドウを理解しようとする。

だがそこまでであるゲンドウはひとしきりしゃべった後、退場してしまう。

ゲンドウの善性をシンジは信じることができなかった。

というか意味不明すぎてシンジ理解できなかったのだ。

当たり前だ。父子が対話で乗り越えられるなら、ルークアナキンも戦う必要はなかった。

ゲンドウは改心することなく消え、シンジは父のやったことは自分責任を取るというのだった。

スターウォーズはどうだろうか、アナキンは改心し、自分の命を顧みず息子を守り、敵である皇帝を倒す。

父親としてちゃん責任をとっているのだ。

  

もしシンジルーク・スカイウォーカーだったらどうなっていただろうか

ゲンドウの右手を吹き飛ばした後、こういうだろう

「僕にユリはいらない。僕は大人だ、かつて碇ゲンドウという人間大人がだったように。」

ゲンドウはシンジ自分を上回る大人になったこと、そして自分子供になっていることに気付き改心する。

そして自分の命を顧みずシンジを守り、敵である皇帝を倒す。

  

エヴァンゲリオンスターウォーズになれなかった。

しかし、日本社会にとってなにか重要メッセージを送っているのかもしれない。

それが分かるためにもう少し映画を見ようと思う。

そして私は思うスターウォーズの続編ってあったんだ・・・

2021-02-15

作画微妙だと思ったなろう系コミカライズまとめ

https://anond.hatelabo.jp/20210214094821

これ読んで思うところはめちゃくちゃあったのでまとめてみた

 

そのおっさん異世界で二週目プレイ満喫

https://seiga.nicovideo.jp/comic/42845

 

背景はアシが入っているのかきれいだが、キャラ作画微妙ときがある。特に男がアレ

 

 

アラフォー社畜ゴーレムマスター

https://seiga.nicovideo.jp/comic/34776

 

表紙などのカラーの塗りでごまかされるが、漫画作画はめちゃくちゃに違和感がある

話的には面白い……か?主人公激情型なので合わない人は合わない

 

 

極振り拒否して手探りスタート! 特化しないヒーラー、仲間と別れて旅に出る

https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_FS04201112010000_68/

 

一目見た印象はドボちゃん……話は文字数が多いが面白いと思う。

 

 

絶対に働きたくないダンジョンマスターが惰眠をむさぼるまで

https://comic-gardo.com/episode/10834108156661710062

 

美少女作画を極振りして主人公作画がよくない。話は面白い

 

 

ホームレス転生~異世界自由すぎる自給自足生活

https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF00000088010000_68/

 

ゴーレムマスターよりはマシだがそれでも違和感がぬぐえない作画

話は無料で読めるなら見るくらい

 

 

軍オタ魔法世界に転生したら、現代兵器軍隊ハーレムを作っちゃいました!?

https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_FS01000022010000_68/

 

人物だけ出す構図は違和感ないが、漫画的構図の経験が少ないのか

顔だけ出したりする場合の角度が苦手なのか違和感が多い

主人公が考えているシーン等、作画に困ったら目だけ書いたりが多い印象

 

 

出版社別にみると

角川

ピンキリだがそこまで悪くはないWEB掲載作家の実力は保証されている印象

 

ホビージャパン

作画が良い漫画しかない印象

ほぼ月刊ペースなので話の進みが遅いと思う

構成力がある作者は話のスピード感があってよい

 

双葉社

なろうコミカライズスラム街

粗製乱造で数うちゃ当たればよいだろうみたいな感じがする

 

講談社

転スラで持ってるくらい。作家陣は悪くはないが無料で読める媒体がなさすぎる

 

小学館

作画全然良いがなろう系コミカライズは案外少ないのでは?作画違和感ないと思う

それっぽいのを作れる原作が多い印象

 

集英社

カラー違和感あるけど漫画面白いなどは多い

作画は良い人が多い

 

 

まとめ

なろう系コミカライズって長く連載していても絵柄が変わらなかったりするんだよね

少年誌だと結構変わったりしてると思うんだけどなぁ

 

結局のところ読んでみないとわからんのが多い気がするのでみんな読もう!

2021-01-27

某界隈のオタクに燃やされたんだけど、ホント感情を殺して怒るんだな

とある界隈のオタクに燃やされた。経緯を少し婉曲して話すと、某アイドルグループ活動支援のために、ファンが主導してクラウドファンディングを行っていた。当初設定した期間の半分程度でゴールし、最終的に目標金額の1.5倍近くを集めることに成功する。

私はそれを見て、「凄いな~、今って結構簡単に集めることができるんだな~」とツイッターで発信する。そのつぶやきが発起人の目に留まった。

簡単なんて言わないでください。ここまで来るのに本当に大変だったんです」と言いながら私のつぶやき引用RT。その発起人をフォローしている界隈住民がわんさと押し寄せてきた。

「私達の苦労の何が分かるんですか?」「こういう発言をする人って思慮が浅いのでは?」

見知らぬ人間から攻撃的なリプライは、その数も相まって狂気的な連鎖反応を生んでいた。

そんな燃えるタイムラインを眺めながら私が感じたのは、「ネット人間って、怒るときですら感情を押し殺すんだなぁ」ということであった。ファン達が飛ばす敬語交じりの罵倒には、まるで「感情を表に出すことは低俗で醜い人間のやることであり、怒っていても理知的振る舞うのが大人のやりかたである」というイメージ内包されているようだった。

ただ、どんな時も理性的に喋るのってそんなに素晴らしいことなのか?

私が理性で感じたこ

ファンたちの怒り方には感情を感じない。リプライで多く散見されたのは、「何故○○だと思ったんですか?(間違ってますよね?)」と私の考えを推し量った上で否定するような文章――あたか自分達のほうが良識ある大人であり、間違った考えを抱いている相手に、間違いを気付かせたうえで啓蒙するような言葉――である。その言葉激情ほとんど乗らない。どうやら感情混じりに怒りを発散するのは子ども仕草であり、忌むべき恥ずかしいふるまいのようだ。

でも、感情を殺して理性だけで語って、いったい何が生まれるのか?

そりゃ個人感情は排して、客観的事実データを軸にして話した方が正確な発言になるだろう。

しかし、「これが正しくてこれが間違っている」という意思決定には、その人の思考感情が密接に結びついている。誰かに何かを表明するときは必ず自分の思いを言い切らなければ意味が無い。端的に言えば、感情バイアスがかかっていない主張など存在しないのだ。

私に落ち着き払って攻撃的なリプライをしてきた人間も、本当は思っているのだ。「あんたがムカつく」「お前が嫌い」という感情が。だけれども、それを表立って発散するのは恥ずべき行為であるから自分感情敬語の陰に潜ませてお気持ちを表明する。そんな回りくどい行為の末に出来上がるのは、言葉だけバカ丁寧な侮辱文句だ。

「どうしてあなたは○○ということが理解できないのですか?普通発言する前に考えませんか?」この言葉を聞いて相手が悔い改めると思うのだろうか?何故「私はこう思います」といい切ることを怖がるのだろうか?建前は冷静、本音はぶち切れ。どこの誰に気を遣って天邪鬼みたいな煽り屋をやってるのか?

そして何より思うのは、「そんなに感情を押し殺してまでキレて何をしたいんだ?」という疑問である

リプライほとんどは、「自分は冷静です」という素振りをし続けるあまりに、「結局お前は何が言いたいんだ?」と首をかしげざるを得ないものばかりであった。

前述のお気持ち表明ツイートが示す様に、感情の秘匿はクソリプの原因に繋がる。

私のツイートに対して思うところがあるにもかかわらず、それをごちゃごちゃこねくり回してなるべく理知的発言をしようと考えるから、「AについてBだと思った」という簡単な受け答えすら成り立たなくなるのだ。

そもそも、理知的人間なら見知らぬ人の発言を捕まえてリプで殴り掛かってきたりしない。それをしている時点で理性も民度も無い人間なのだから、素直に「それは嫌いです!なぜなら~」や「私は違うと思いますだって~」みたいに、感情混じりでどう気に食わないのかを表明したほうが、よっぽど有意義な会話でクソリプも少なくなると思うのだが。


私が感情で感じたこ


クッッッッッソむかつく。マジでむかつく。絡んできたやつ全員頭おかしカス集団

私は「昔に比べてクラウドファンディングというサービスが発達した結果、カンパ出資簡単にできるようになった」って言ってるだけで、別にお前らの努力を軽んじてるわけじゃねえよ。そもそもお前らのやってる努力にこれっぽっちも興味が湧かねえよ。

そんなに「あなた達がんばりましたね」って褒められたいんか?「アイドルの魅力によってゴールを達成しました」じゃなくて、「私達の頑張りによってアイドル活動続けられます」ってことにして自尊心を満たしたいんか?クッソ哀れだなこいつら。結局己が褒められたいだけの自意識てんこ盛り野郎の集まりかよ。

ということで、ここから特にムカついた「冷静ぶったチンパンジー」を2種類発表していきま~~~す。

一般論を語ってくる奴

「これに限らず、世の中の色んな活動は多くの人の努力で回っているんですよ」

コイツ?そんなん当たり前だろ。自分が何を言わんとしてるか頭で理解できてるのか?

これも感情を排して語る弊害が生んだ動物なんだよな。

「お前の軽率発言がムカつく」ってストレートに言いたいところを、「私はあくまで冷静で賢い人なんです」風を装いたいから、丸めて削って薄めた出涸らしみたいな意見を自信満々に発してくるんだ。

そこまでして喋らなきゃいいのにって思うんだけど、そういうわけにはいかないんだよな。だって心の底は「ムカつく」っていう感情支配されてて、どんな言葉でもいいかコイツパンチ喰らわせてやらないと気が済まないって沸き立ってるんだから。根はバカのくせに言葉意識高い。そんな二層式フィルター感情をくぐらせて出来上がったのは毒にも薬にもならない薄っっっすい一般論自分感情をはっきり喋ることができないなら黙っててください。イラつくので。


クラウドファンディングに携わって無いのに攻撃してくる奴

企画したわけでも出資したわけでもない完全無関係人間ファンかどうかも怪しい。何なのこのバカ

謝っても炎上が収まらないどころか高く燃え上がるのは、加担してる奴らが「別に怒ってない」からである。怒りの感情が無い人間に謝っても効果はないのだ。

こいつはそれ以上の意味不明な存在、「完全な部外者である部外者のクセに倫理ネットマナーを説いてくる筋金入りの不審者。で、お前はいったい私に何をしてほしいんだ?

これも自分感情無視して殴ろうとする弊害が生んだ動物だ。自分気持ち無関係な行動をするという意味では前述のチンパンジーの亜種であり、啓蒙思想の旗のもと正義感に酔うねじ曲がった人間である。キレるパワーがあるなら金落としてやれよ、いやマジで


はっきりと感情で言います。あの界隈の住人全員嫌いです。今まで名前の知らなった某アイドルグループまで嫌いになるぐらいムカつきました。二度と姿を見せないでください。

2021-01-24

コロナ音楽

彼に会ったのは、人手が足りないからと友人に駆り出された室内楽イベントだった。

私は普段アマチュアオーケストラの片隅でビオラを弾いているが、コロナ禍でオーケストラ練習は軒並み中止に追い込まれている。

N響による検証では、管楽器でも一定距離以上の飛沫が飛ばないことは分かったが、練習会場が閉鎖されがちなのでどちらにせよ練習できない。)

そんな中、友人が所属するオーケストラでは、弦楽四重奏五重奏の数曲を演奏する催しをするという。

予定曲に対して参加希望者が微妙に足りないということで、私にお声がかかった。昨年9月頃の話だ。

初回練習日に会場につくと、私と一緒の組で演奏するメンバーを友人が紹介してくれた。

チェロ奏者は、理系研究職に就いているという彼であった。

巷のステレオタイプ研究職のイメージよろしく眼鏡をかけており、外見にあまり気を遣っていないようだった。

リハーサルが進むごとに、心の機微をよく理解し、優しいことが分かった。そして音は自然で伸びやか。タイプだ。

ただ、こちらも三十余年を生きており、人並みの自制心は持っている。

数回のリハーサルを経て、本番を迎えた。

ベートーヴェン激情のなかを私たちは進む。

目を合わせる。息を一緒に吸い、一緒に音を出す。彼が問いかける。私は答える。音楽が少し走り出す。私たちは目くばせをして合わせる。

音楽の根幹が「空間を共有し、呼吸を合わせる」ことにあると再確認する。

コロナ禍で半年以上コミュニケーション自体が激減していたところ、彼との無言の会話は劇薬だった。

本番が終わった後、ご飯に行けるはずもなく、話しながら一緒に帰った。遅くなりがちなところ上手くいってよかったです。でも最後ちょっとばらけちゃいましたね。

話している最中、目を逸らさずに見てくるので動揺した。反則なのでやめないか。瞬間、私は演奏中の光景を思い出して赤面する。

そんなこんなで私はあっさりノックアウトされた。

それから特に用事もないまま時間けが過ぎていく。コロナ前ならご飯に誘ったんだろうがこのご時世だ。

音楽に関しても練習ゼロ生活に元通り。

友人に探りを入れたが、二年ほど前に「今は仕事正念場なので恋愛とか結婚とかは考えられない」と言っているのを聞いたという。

かく言う私も、このまま仕事がうまくいけば、半年後に今の居住地を離れる。こんな宙ぶらりんな状態でどうこうするのは申し訳ない。

第一必死仕事をしている人に「私のためにあなた時間をください」と伝える勇気は今の自分にはない。

研究職が今が正念場なのも本当で、考えれば考えるほど、今はそっとするべきという結論になる。私の勝手邪魔をしてしまうのも悪いしな。

友人の団体には、演奏会の助っ人枠にいつでも呼んでくれと伝えてはあるものの、冬に続き、夏の演奏会も無くなる公算が高そうだ。

というわけで、残念だけど、どうしようもない。

9月のあの一日は白昼夢だったのではないかとすら思える。

とりあえず、はよコロナ収まってくれ。

2020-12-17

私はまだ「新サクラ大戦」をプレイできていない

サクラ大戦が発売されてから一年が経った。発売日に買ったゲームパッケージは、封を切られることな本棚の中で埃を被っている。

私はまだ、「新サクラ大戦」をプレイできていない。

私は15年近くサクラ大戦ファンを続けている。いや、続けて「いた」と言っていいかもしれない。2006年PSPで発売されたサクラ大戦1&2にドはまりし、ドリキャスPS2を買って3,4,5をプレイした。一日の受験勉強を終えた後、深夜0時~3時までドリキャスを起動し、3時間だけ睡眠を取って学校と塾へ行き、帰ってからまたサクラをやる。大学受験という過酷生活の中で、サクラけが生きがいであった。

ゲームプレイした自分は次々に派生作品へと手を伸ばしていった。OVAと旧アニメ活動写真を鑑賞し、小説漫画を買い漁り、CDを聞いて武道館ライブにも足を運んだ。あらゆる公式作品では飽き足らずに、ネットに転がっている二次小説を片っ端からガラケーで読んだ。サクラにはまって宝塚も鑑賞した。私にとってサクラとは、自分青春を賭けたコンテンツであったのだ。

サクラに熱を挙げていた私とは裏腹に、サクラ自体にはほとんど進展がなかった。Vの発売以降も定期的なショウは開かれていたものの、公式的な動きはパチンコや他ゲーとのコラボ程度であり、ジャンル前進させるコンテンツ――本編の続編は止まっていたに等しかった。1年、また1年と歳月流れるにつれ、私も他のジャンルに手を広げていく。サクラは依然として好きであったが、あくまで懐かしい思い出の中の1つという立ち位置になっていった。


しかし、2018年4月のセガフェスでついにその瞬間が訪れる。

「新サクラ大戦始動」――太正29年の帝都東京舞台に新しい花組が復活する。Vから13年経ってのナンバリング続編が満を持して発表されたのだ。

あの瞬間の興奮を今でも覚えている。アパートを着の身着のまま飛び出し、家の前の川沿いを下流のほうへ歩いては折り返し上流のほうへ歩いてはまた折り返し、何度も何度もあてどなく歩き続けた。頭の中に溢れて来る激情身体をじっとさせてくれなかった。

私がサクラ大戦を初めてプレイした時は、すでに当時のシリーズ最終作であったVが発売されていた。私にとってサクラ大戦出会った瞬間から最終回であり、ずっとナンバリングの続編を望まれながらも、決して叶うことはない幻のゲームであった。

それが、ついに、叶う。サクラの続編を遊べる日が来るなんて、本当に夢だと思った。忘れかけていた青春時代熱狂と興奮が心をかき乱す。たまらずに開いたTwitterタイムラインは狂乱の渦に包まれていた。


2019年3月末、セガフェスにてサクラ大戦の続報が発表される。メインキャラクターデザイン久保帯人氏が、ストーリーイシイジロウ氏が、そして音楽田中公平氏が手掛ける。檄帝にコーラス等のアレンジを加えたメインテーマは、今までのイメージ踏襲しながらも新しい風を吹き込もうとしている。私の心は歓喜と期待に溢れていた。Twitterでは友人がPVを見て考察を巡らせていた。発売日は2019年12月12日――もう一度あの世界が味わえると思うと自然気持ちが昂った。

同年の6月から、「帝劇宣伝通信」というコーナーがセガyoutubeチャンネルで始まった。公式新規情報を発売日まで随時公開していく番組であるプレイ動画キャラクター世界各地の華撃団の紹介、グッズとメディア展開など、様々な情報が発信されていく。

私はそれらを欠かさずにチェックしていった。しかしながら、一か月、また一か月とカレンダーをめくるにつれ、自分の心の中には言い知れない不安のような影がよぎっていった。


果たしてセガは、サクラ大戦未来へと続く作品にできるのだろうか?」

今の時代美少女たちと触れ合えるゲームはそこらに無料で溢れている。歌う少女も戦う乙女も、20年前とは比べ物にならないほど多くなった。群雄割拠ゲーム業界サクラというジャンルは生き残ることができるのだろうか?

サクラ大戦時代とともにあった。当時のアドベンチャーゲーム、ありていに言えばギャルゲーの中で、サクラは独特の地位を占めていた。歌劇スチームパンクの融合、セガサターンという機種だからこそできた恋愛ゲーム一般向け展開――あの頃のサクラを不動の地位に置いていたものと言えば、新規性と物珍しさによって時代を先取りしたコンテンツ力であったことは疑いない。

しかし、時代は変わった。ゲームは何でもアリになった。アイドル物のゲーム世間一般にまで浸透するとともに、きちんと遊べるゲーム性を核としてギャルゲーさながらの恋愛要素を取り入れる作品はいくつもリリースされている。

サクラ大戦は初代から24年の歳月を経た。その年月は時代性という重りになってサクラ大戦にのしかかっている。

「これは今の時代に耐えうるものなのか?」

気づけばそう問いかけていた。プレイ映像が公開されていくにしたがって、自分の中の情熱が冷静なものに変わっていくのが分かった。



そして2019年12月12日、私のもとにAmazonからパッケージが届いた。そのとき仕事が忙しく、届いてから3日ほどやる時間が取れなかった。

極力ネタバレは控えていたものの、つい気になってTwitterを覗いてしまった。

そこには、「熱」がなかった。

新作発表、主題歌公開のときに賑わいのあったタイムラインは嘘のように静かであった。ストーリー言及するどころか、面白さやつまらなさを語る人もいない。ぽつぽつと流れる呟きは、まるで腫物に触るような言葉の数々であった。

好きの反対は嫌いではなく無関心である。本当に面白コンテンツであれば、人々は誰に先導されるでもなく自然と語り始める。それはネタバレであれ考察であれ妄想であれ、大きな熱となりジャンルを強く後押ししていく。しかし今は、その熱がどこにも見えなかった。栄華を極めたかつてのコンテンツを前にして、友人たちは出来の是非を問うこともなく、ただ当たり障りのないことを呟くばかりであった。

――ああ、そういうことなんだ――

その様子を見た私の心の中に、言い知れないほどの寂しさが襲った。それは悲しみや怒りといったハートを揺れ動かす激情ではなく、まるで亡くなった親友を前にした時のような、涙も出ない喪失感であった。

私はそれを見て、新サクラ大戦を遊ぶことを止めた。プレイしたらそこで終わりになってしまう。20年以上続いたシリーズの行く末を見届けてしまえば、「いつか続編が発売されたらいいなあ」と心を躍らせることもできなくなってしまう。

そして何より、サクラを見限ってしまうのが怖かった。

「ああ、こんなもんだったよなあ」という気持ちで終わらせることが嫌だった。ゲーム面白さに興奮することも出来の悪さに嘆くこともなく、ただただ現状を受け入れて観念することがたまらないぐらい恐ろしく感じた。

こうして私は、サクラ大戦というシリーズを思い出のまま取って置こうと決めた。私にとってサクラ大戦は、続編を望まれながらも決して作られない希望ゲームであるあのころノスタルジーを終わらせもせず続かせもせず、優しい思い出のままそっとしておこうと心に決意した。

そんな私とは対照的に、漫画テレビアニメ舞台と、次々にメディア展開が進められていく。ユーザーとの熱量の違いは目に見えており、ゲーム中古価格がそれを如実に表していた。


そして202012月15日、新サクラ大戦から約1年後、ゲームアプリサクラ革命」がリリースされた。開発はソシャゲ業界大手FGOを手掛けるディライトワークス。リリース初日にも関わらず、タイムラインでは話題にすら挙がっていない。PVを見て考察を巡らせていた友人は、FGOのカルナサンタに熱を上げていた。

もう、誰もいなくなっていた。

そして私はまだ、「新サクラ大戦」をプレイできていない。15年前の思い出にずっと閉じこもり、夢の続きを見ることを拒否しているのだ。

2020-12-15

三島由紀夫のような激情を持った人がいない

今の政府に反抗する者は少なくなってしまった

2020-10-17

正直な話フェミスト界隈は複雑すぎて本人すらも自覚してなかったりするから面倒臭くて関わりたくないので真面目に聞いてくれる人が減っていくと思う

男女公平を求めるフェミニストって言ってるがアンチフェミニズムだったりミサンドリーだったり下手すればミソジニーだったりするので、本人すら気付いてない呪いをかけられている人が複雑な感情を整理しないまま主張してたりする。主張してたりするのはまだいい方で激情をそのまま生搾りでぶつけてくる。

公平を求めているのか、憎しみをぶつけてるのか、加害するな差別するなと訴えてるのか、妬みや怒りをぶつけてるのか、とにかくネガティブ感情も多々混ざっているので、論点を整理するだけでも疲れる。

twitterを見ているとフェミニスト界隈同士でも喧嘩してるような話を聞かされるので、そういう話を聞くとフェミニストとは何なのだろうかこの世すら呪って女に生まれてきたくなかったという呪詛を吐いている生き怨霊なのだろうかという人物もいる。女の中には菩薩夜叉がいるという表現を聞いたことがあるが、夜叉とはかくなるものなのか。

これでは彼女たちの主張を落ち着いて聞くことができない。聞いてるこちら側が名探偵ホームズ名探偵ポワロのように、フェミニストか、アンチフェミニズムか、ミサンドリーか、ミソジニーは入ってないか、どのようなブレンド割合はどうか、分析しながら推理しつつ主張を聞かなければいけない。難度が高めだ。もう少し分かりやすく話し合ったり論点を整理できたりすればいいのにと溜息が出てしまう。

2020-10-06

好きな女には私より長生きしてほしい

半年くらい前に高校3年間ずっと好きだった人に彼氏が出来た。そのあと1週間くらい何に対するやる気も起きなかったし、コロナ禍で外に出られなかったのも手伝って5キロ近く体重が落ちた。

高校で同じ部活だったけど、無事卒業したのでこれを機に連絡を切ろうと思った。でも出来なかった〜〜!! 私は結局大学でもその子と同じサークルに入り、3ヶ月に1回くらいのペースで遊ぶ関係が続いている。 私はその子にマ〜ジで邪な感情を抱いているので、「一緒のサークルに入らん?」って聞かれて断れなかった〜〜!!!

まあそんなこんなで私はその子20番目くらいに仲良しな友達ポジションに置いてもらっている訳だけど、最近心境に変化が訪れたな〜と感じている。

変化というのも、今までは「好きで好きで仕方ない!その子彼氏が出来たら死ぬ!」と思っていたのに、今は「その子幸せになって私より長生きしてくれたらそれでいいわ〜」と思えるようになったのだ(後者後者気持ち悪いとか言ってくれるなよ)。

考えられる要因は2つ。 1つ目は「その子彼氏がメチャメチャ良い奴だった」ことである。もしその子大学で見つけたぽっと出の男に掻っ攫われていたら間違いなく死んでたしなんなら刺してた(その男を)。 でも、その子彼氏超良い奴なんだよ……。 そもそも善性の塊であるの子が2年くらい片想いしてた男なんだからいい男じゃない訳がない。周りの評判も上々、顔もいい頭もいい身長も高い。 あれ私勝てるところ無くない?! それはいいとして、2年間少しずつ距離を詰めていってやっとのことで実った恋なのだ。 私は20番目くらいの仲良しな友達なので元々その子の思いは聞かせてもらっていた。 そのため覚悟が出来ていたというのもあると思う。

2つ目は「思ったよりその子が私のことを好いてくれている可能性が出てきた」ことである高校1〜2年生の間は私の完全なる一方通行で(今思えばそんなことは無かったのだけれど)、遊びに誘うのもいつも私からだったし、善性の塊であるの子の周りにはいつも他の子がいたし、向こうは私のことなんて眼中にないのだと思っていた。 大学に入ったら多分私のこと忘れちゃうんだろうな〜なんて夜な夜な泣いたりもした。 でもこのところ、実はそんなことないのでは?と思い始めた。 遊びに誘ったら必ず直近で空いている日を教えてくれて、コロナ禍で会えなかったときには電話してくれて、誕生日には忘れずにメッセージをくれる。えっこれ友達としては相当好かれてない? イタい勘違いイタい勘違いだったらヤダな〜〜〜。 高校ときは「〇〇(その子名前)過激派ファンキャラでやってきたので(過激派なのは事実)、その子も"キモオタへの対応"的な返しをすることが多かったけど、私が大学受験で忙しかったのと、その子の恋が上手くいきそうだったこから距離を置いてみたら私からしても向こうからしてもちょうどいい距離感を築きあげることが出来た。 恋愛は上手くいかなかったけど友情としてなら上手くいっていると今は自信を持って言える。

以上の2つの要因から私は高校3年間抱き続けた激情から目を逸らし、一生消えることのないであろう恋心(と言えば聞こえはいいがただの執着もしくは信仰である)と向き合い始めている。

まだその子のことは超好きだから、時々一緒に撮った写真を見て泣いたりもするけどこれもこれで悪くない。

多分私は結婚することも子供を産むこともないだろうけど、その子のことを好きになれて、その子の後の人生を友人の立場から見届けられる人生幸せと言えるんじゃないかな。

ただ、その子がもし不慮の事故病気で亡くなったり、誰かのせいで不幸になったら立ち直れないしそれこそ死ぬ気がするので是非ともその子には幸せになって私よりも長生きしてほしい。これは切実に。



あとはその子結婚式に出席出来て、その子に似た子供と年に1回くらい遊べて、その子が私のお葬式に参列してくれたら大満足かな〜〜!!(いやめっちゃ強欲やんけお前)

2020-10-05

anond:20201001115317

激情が迸ってる

本人の人間性うんぬん考え方うんぬんは兎も角として、インパクトのある文章

2020-10-02

心療内科へのハードルが高すぎる

心理的というよりは物理的というか…。

ここ数年人に「結構すごいこと言いまくってるから一回診てもらった方がいい、でないと人が離れていく」というようなことを言われていて、増田にドバッと吐いたら増田でも病院に行くべきだと言われたので、流石に行くかと。ちょっとした躁鬱?を繰り返しながらたまに連絡を取ろうとして、でも自分病気だなんて認めたくないのもあってやめたり迷ったりしている。

関東在住、都内ではない。心療内科はいろいろあるみたいだがとりあえず2軒あたった。

Aメンタルクリニック

電車で一駅。駅ビルの中にあって、知人にメンクリに来たとはバレにくい(重要)連絡したのは春頃。

平日の午後に電話して、予約を試みた。

「混んでて1ヶ月は空かないんです、一応半月後に新しく受付を始めますが、先着順です」とのこと。loppiじゃないんだぞ。私は今辛くて辛くて仕方がないのに、半月なんて待ってられるかよ死ぬぞ!と怒鳴りたいのを堪えて、なるべく丁寧に電話を終えた。怒鳴ったら次恥ずかしくて電話しになくなるから…。結局今電話して、また同じようなことを言われると思ったら今度こそ我慢できるか不安で、電話できていない。

B心療内科

最寄駅近く。歩いて行けるのは悪くない、悪く無いんだが外に面しているので、ここに入っていくところを近所の人に見られでもしたら終わる。友人が世話になったことのある医院だそうで、予約の電話を入れた。

「混んでいるが、平日の朝なら空いてる」

なんかわかる気がするが、平日の朝は私だって働いているので、土日の朝にしてもらえないか聞いてみる。

休日の朝は混んでいるので、初診は受け付けていない」

ちょっと気が遠くなった。心療内科にかかるというのは私にとってほとんど敗北宣言と一緒なのだ自分負け組なのを確かめるために有給を取るのはつらい。というかいきなり言われても取れない。限界でなんか文字もろくに読めなくなって焦りながら電話するけど、誰も私の焦りなんか気にしてないのだ。当たり前です。どうしてよどうしてよどうしてよなんで私ばっかり!と叫び出したいのを飲み込んで電話を切る。叫んだら電話しにくくなってしまう。

と、そんな具合でなかなか病院接続できていない。みんな簡単心療内科にかかれとは言うが、実際無理じゃ?と思う。私はまだ自分で探して自分電話をかけてられる分それなりに元気なんだろうと思うが、本当に希死念慮の塊みたいになっちゃってる一人暮らしはどうなっちゃうのかなと思った。都内もっとあっさり行けるのかな?

ここから先は自分語りなのでクソ

こんな風になかなかうまくいかないと、就活していた頃のことを思い出す。書類で落ちたことは一度もないのに、面接に入った瞬間バンバン落ちた。ブスだからか、声が悪いのか、答えを考えてもどうしてもうまくいかなかった。面接官と話が盛り上がることもあったが、なんとなく「あ、これ機嫌取られてる」ってわかった。私と面接官の間にはゼラチンの塊みたいな透明の壁があって、言うことは何にも伝わっていないのだ、みたいな感覚が常にあった。ちゃんキャリアセンター面接練習してるのに、「態度も言うこともきちんとしてて悪いところなんて一つもない」って複数人に言ってもらえたのに通らない。グループディスカッションだって「まず人を褒めて、意見を付け足す」のを徹底して協調性のある良い人をやった。バカじゃねえのと思っていても顔に出さな練習をした。それでもダメで、なにがどうダメなのかわからなくて毎日泣いて、目の前の文字が読めなくなったり急に涙が出てくるのを皮膚毟って誤魔化したり、それでもアルバイトなんか全然動けなくなって鍵穴に鍵を差し込んでどっちに回したらいいかからなくてなってパニックになったり、気がつけば裏方仕事しかさせてもらえなくなっていた。そらそうだ。そんな恥ずかしいこと友人はともかく家族にも絶対言えなかったが、涙だけはボロボロ出て、「いい歳して情けない」とか言われて、本当その通りで何しても止まらない涙やわけのわからない妄想に困り果てていた。ヤバいのが「私は小説家になるので働いてる場合じゃない」何言ってんだ?この思想がポンとバイト中に出てきて、真っ当な人間になれそうにない、終わりだ、と思った。結局めちゃくちゃよく喋る社長ものすごい勢いで楽しそうに話すのを聞いて面接が終わったような会社に入って、そのまま田舎で過ごしているような状態。だけど心が就活中のままなのかもしれない。選ばれないことが苦しくて辛くて悔しくて、何かの調子に頭まで就活してた頃にパン!と戻る。普段バネを引っ張って目の前のものに集中してるフリをしてるが、少しを気を取られるとすぐにバネが戻って頭と心があの頃に戻ってしまうのだ。最近トリガー結婚結婚したいだなんてひとつも思っていないのに、知人の結婚の報せを聞くとバネが大暴れして大変なことになる。結婚するための努力を何ひとつしていないのが唯一の救いだ。何かしてたらもうヤバかった。誰のことも好きじゃないのに、誰か、これも誰でも良いと言いつつも私が定めた「普通」の人に一度は選ばれないとダメ、みたいになっている。就活結婚も、人生途中経過を答え合わせしていると思ってしまうのだ。スムーズに良い会社就職できなければ0点。ちゃんとした人に一度も選ばれなければ0点。このまま0点が続いて頭がおかしくなりそうだ、みたいなことを自虐っぽくツイートして、それで傷つく人がいることを考えられない。今は一時的になんてバカなことしてるんだろうと考えられるけど、ツイートしてる時はそれどころじゃない。表に出せない激情みたいなものを全部吐き出して人を傷つけて、また好きなものひとつもない日常に戻る。一人暮らしだけど、ひどい時は殺されたくて鍵を閉めないで寝てしまう。田舎から何も起こらず普通に朝。

2020-10-01

お前は俺の任天堂への気持ち理解していない

から俺は元増田に負けているからアホだって書いてるだろ。

お前はわざわざ負けているって書いているが文章を読めば俺が元増田に敗北したなんて一目瞭然だろ。

なぜ百も承知ことなのにそれを理解せずに可哀想にとか書いている。

そんなことも分からんお前の方が頭が可哀想だろう。

俺が書いた増田任天堂就職できなかった敗北から生れ出た愚痴嫉妬だと言うのが何故理解できない。

何度も繰り返し元増田への怨念を吐いていたら俺が敗北しているのは明らかだろう。

なぜそんなことも分からない。学校教育国語の点数が低かったのか。それともお前には協調性が足りないか理解できないのではないか

お前は俺はアホだと言ってる人間に、アホだなってまだ言い続けて何がしたい。俺に同意してもらいたいのか。

任天堂就職できなかったアホに今更何を望んでそんなくだらないトラバをしたんだ。俺にはお前が理解できん。

俺を罵っているとでも言うのか。

仮にそうだったとして俺はお前に罵られるようなことをしたとして、お前のは罵っているとは言えないぞ。

俺はアホだと自覚しているからだ。自覚しているアホに今さらアホと言って通用すると思うのか。

批判非難をしたいのか。いや、それもなってない。

俺は批判非難をされるのは当然のような辛口しか嫉妬をむき出しにしてこの増田を書いた。

悔しい、なんでこいつは任天堂を辞めたんだ。悔しい。俺が欲しくて手に入らなかったものを手放しやがってってな。

そんな醜悪感情をひけらかしたら批判非難もされるなんて当然だろう。

ゆえに今更批判非難をされたところで一向に構わんが、お前は俺が既にお前の言う事を理解しているのにまだ同じことを繰り返している。

お前は俺が言ってることをただ跳ね返しているだけだ。

お前はマホカンタか。

俺の人生は確かに惨めで哀れで身体障碍者しかも頭が悪くて大変悲惨だが、ゆえに俺は任天堂就職した元増田激情嫉妬をした。

文章を読めばそんなこと容易に伝わるだろう。

頭が可哀想な奴とも簡単に受け取れる。

そんな誰にでも分かる事を、今さら繰り返してどうなる。お前は本当にマホカンタだ。

俺は任天堂就職できない。しかしそんな俺が任天堂就職できたら人生安泰だったのになってことを書いた。

見苦しい嫉妬なんて誰が読んでも理解できるだろう。

なんてことだ。あんまりだ。あの憧れの任天堂を辞めるなんて。そんな気持ちでいっぱいだった。

気が付けば俺の心が叫んでいた。悔しい!悔しい!悔しい!悔しい!悔しい悔しい!ってな。

こんな許しがたい事を増田に書きやがって。許せない許せるわけがない!こんな惨めな気持ちにさせやがって!ってな。

人間はな、こうやって感情が揺さぶられるんだ。

お前がもしそれを否定するならお前は人間なんかじゃねえ。

お前は本能に理性と言う皮を身に纏ったロボットだ。しかもその皮はとても分厚い。まるでダウンジャケットのようにな。

俺は理性という皮を剥いで本能晒し人間だ。

本能いかに醜く、それが例え悪と言われることであっても俺は我慢ならなかった。

なんで俺はこうなんだ!畜生元増田任天堂退職するなんてあってはならないんだ。

そしてキーボードをひたすら打ち続けた。

ああ、これを読んでいるのはトラバ先のお前だけじゃない。当然お前にだけ言ってることでもない。

これを読んでいる奴はきっとなんだこいつ統合失調症かとか、こういうの知ってる、鬱病とか頭の病気だとか言い出すんだろう。

そうやってなんでもかんでも否定しやがって。

お前らはすぐに俺みたいな頭の悪い奴を叩き、そして頭の悪い俺みたいな奴が嫉妬したことを更に叩く。

俺のような不出来な人間は、剪定され、そして地に落ちる。

俺は地の底から、立派な枝として輝いている元増田を見ている。そして俺は誰かにまれて折れていく。

まぁとっくの昔から折れてほとんど原型をとどめていないようなものだがな。

元増田は選定された。厳選された木の枝だった。それなのに自分から落ちていこうとした。許せるものか。

俺が欲しかった幸せを軽々しく捨てやがって。

こういう時、隣の芝生は青く見えるとか言い出す奴がいる。

からなんだ。俺だったらその芝生にいたら最高に幸せなんだ。元増田とは違う。

大卒定年退職するまで37年。いいか37年だ。37年間、一生くいっぱぐれない安心感をお前らは分からない。

俺のような非正規はいつ切られるか常にびくびくして、安定した生活が送れない。一寸先は闇だ。

しか任天堂正社員なら37年という長い年月安定した生活を送れる。

37年間安定した生活が出来る任天堂就職したら簡単結婚ができるだろう。

それなのに元増田はそれを捨てたんだ。

さしずめスーパースターを取って無敵だったのに自分から穴に落下したマリオだ。ふざけるな。

底辺非正規の俺は、今回はクビにならなかった。契約を延長して貰えた。まだこの先も続けられる。良かった。

こんなことで毎日毎日とても不安だ。正社員には無縁の感情だろう。

おっと、ここでだったら転職して正社員の所に行けばいいなんて言うのは駄目だ。それは絶対に許さねえ。

そんなことが出来るならとっくの昔にやっているだろう。

ここまでこの文章を読んだお前らが俺を正社員で雇いたいって思うか。思わねえよな。俺だってそうだ。

悔しいがそれを認めるしかない。だからこそ、そんな俺だから元増田嫉妬しているんだ。

例えば劣等感を持っていたとして、君は馬鹿だねえとかこんな企画が通ると思っているの?とか言われたところで

37年間人生安泰に暮らせるしこんな発言どうでもいいってなるだろう。

非正規でクビになって金が無く、明日が見えず自殺すら考える毎日と比べたらどっちがいいか分かるだろ。

俺が仮に任天堂就職したら37年間人生安泰!って気持ちドーパミンアドレナリンが通常の21010倍出るだろうよ。

任天堂名刺を渡せば、相手は思わず脳内スーパーキノコを取った時のBGM流れるか、ゼルダアイテムを手に入れた時のBGM

流れてくるだろう。そんな事を考えるだけでテンションが上がってくる。

会社名を聞かれた時に任天堂ですと答えたとき相手は全身にPKサンダーほとばしるだろう。

合コンとかで女と話すとき、ハッハッハッハ!とカエルの為に鐘は鳴るキャラみたいに高笑いをするだろう。

更にスプラトゥーンを一緒にプレイするような関係になれるだろう。

だが!

俺は任天堂社員ではないんだ。そんな未来は永劫に訪れないんだ。

親に生活大丈夫ちゃんと食べてる?なんて聞かれ、仕事大丈夫なの?今コロナで大変なんでしょ?なんて言われる。

いつまでもいつまでもこうして親に不安を持たせ、そして親は俺の事を心残りとして死んでいくだろう。

祖父祖母大丈夫?と常に俺の事を心配していた。そして気が付けば亡くなっていた。

どうだ、この気持ちが分かるかお前らに。

任天堂正社員だったらこんな気持ちにならずに威風堂々と正々堂々と前を向いて歩いて行ける。

それを捨てられたらこいつ、こいつこいつこいつこいつ!ってなるだろう。いいやならなきゃおかしいんだ。

37年間任天堂正社員でいられればもう何も恐れるものはないんだ。

まだ身体障碍者になる前のガキの頃みたいにバスタオルを持って押入れからジャンプしてマントマリオだぞーわはははー!

なんて馬鹿みたいなことができるくらいに元気にはなるだろう。

俺にはもうその明るさがない。根暗になってしまった。

俺の人生破滅まっしぐら。そんな最中それを捨て去る増田がいたらそれはもうこいつふざけるな馬鹿

折角の37年間をたかが先輩とか上司とかより輝いてないからって台無しにしやがってってな。

絶対終身雇用。この魅力を何もわかってなかったのか。

任天堂絶対破産しないというのが分からなかったのか。

俺なら絶対に37年間退職しない自信がある。

それほどまでに任天堂は最大最強の企業であり無借金経営の無敵の世界的な企業なんだ。

お前らはそれを理解しろ

任天堂正社員になれれば悲しいことも辛い事も苦しい事も絶望する事もなく、ただ前だけ向いて行ける。

だって任天堂から

悩み事なんか一つもない。

だって任天堂から

明日死ぬかもしれないなんてことを考えなくていい。両親に心配をかけなくていい。

恋人だって簡単にできる。結婚だって簡単にできる。子供だって二人以上いても楽な生活が出来るだろう。

それが任天堂なんだ。

そういう風に思っているのが俺なんだ。そして負け組が俺なんだ。

分かったかお前。お前はわざわざ可哀想とか言い出したが、最初からそんなこと分かっているって事が。

誰にでもわかる事をお前は今更俺に言ってきたが、俺は分かっているんだ。分かって分かって分かっているんだ。

それをまだ言うのか。言い続けるのか。

なら自分から言ってやろう。

俺は頭が悪く可哀想人間任天堂正社員になりたかったがなれなかった哀れな身体障害者で頭も悪い高卒の男だ。

これで満足か。いいや満足しろ。俺のことをきっちり理解しろ

そして金輪際俺に同じような事を言うな。

こっちはもう分かっている事なんだ。分かっていることを改めて言うな。

任天堂に憧れて元任天堂社員嫉妬して任天堂社員になりたかっただけのアホな話なんだ。

そのはちきれんばかりの感情さらけ出しただけのアホな増田なんだ。

そしてこれを読んでいる奴ら。

任天堂正社員がどれだけ偉大なのかを知れ。

任天堂正社員になればもう最強だったことを知れ。

分かったな。

anond:20201001101535

2020-09-27

要約すると元増田は意味不明。これに共感したと称する人々も意味不明

読んだやで。まずは解説ありがとう

要約すると『意味不明』ってことであってる?

それだけだとせっかく書いてくれたのに読んでないっぽいので引用も貼っておく

 

自分より稼いでる人は自分より優れてるって考えてるから金持ちを妬むこともない。

こは意味不明。

 

これは元増田anond:20200926032122)に対してなのだけど、

 

そもそも日本人に生まれただけで世界の大半の人より稼ぐけど、それって優れてるとか努力とやらは要らんよね?

ついでに、Am○zonのジェフ・ベゾス氏の資産が妬ましくて夜も眠れないとかおおよそ一般的感性でもないよね?

まぁ、そんな激情に身を焦がさず、夜寝てもいいし昼寝してもいいけど、

ふとした瞬間に世界一の富豪ジェフ・ベゾス氏が浮かぶとかなったらそれはもう恋だよね?あるいは宿敵?

 

まぁ端的に、『意味不明』だよね。あと感情が雑

どの口が『 傷つきましたは嘘じゃない!わからない人たちは感情が雑なんだ!🥺😡 (anond:20200926032122) 』なのかと

 

からこそ、元増田に 『共感理解したっ!!😤🥺』 を寄せている人たちから解説が欲しかったのだが、

冒頭でオチがついてしまたったという・・・

 

でもせっかく続きも解説してくれてるからその先も貼っておく

   

努力したんだな、運がすごく良いんだな、とは思う。

 

ここから元田の「優れた人間」観が窺える。

れた人間とは、「努力を沢山出来て運にも恵まれた人間」だと言うことだ。

 

 

何をもって元田が妬み嫉みを判断しているかは気になる。

 

田は自分より劣った人間に妬み嫉みを感じることがあるのかも知ない。

その場合元田は妬み嫉みを理解しているので、増田への書き込みを「これは妬み嫉みによるものだな」と判きるのかもしれない。

 

自分と違う思考を持ってる相手面白い

元増田は少なくとも自分より上の人間には妬みをない。よって自分より上の人間を妬んだり嫉んだりする人間を見て「面白いなあ」と感じているということ

 

元増田anond:20200926032122)が、本気で ライフハックなり生き方の考え方なりを書いてるとは思っていないので、

非常にナイーヴ元増田の考え方自体には触れないでおくとして、

 

フツーに読めば、上記増田解説してくれた通りだよね

 

自分よりも上の者には嫉妬を感じないが、下の者には嫉妬を感じるので、その感情嫉妬かどうか理解判断出来る。
自分よりも上の存在嫉妬を感じないので、上の存在嫉妬を感じる人たちを面白く感じる。

 

おそらく釣りネタで書いただろう、元増田anond:20200926032122)には思うところなにも無いけど、

 

この釣りネタをライハック扱い・生き方の考え方話題の扱いをして尚つ、

トル以外も読んだ、共感した、理解したと称する人たちの世界観は非常に気になっているし、すごく興味があるよ

 

(※ トラバのご要望に応えて2色にしました)

2020-09-19

世界が狂っている時、自分正気であることをどう整理するか

脳内ダンプって感じでまあまあ、読む人のこと全然考えていない悪文です。なにかの主張とかじゃなく現時点での自分脳内の整理(とちゅう)です。

どっちが狂っているのかはまだ良くわからん

とりあえず世界には割と正常な部分と狂った部分が両方ある。当たり前だけど正常っぽい動きのほうが多い。

でも正常な主張や理論に基づくそれぞれの人の動きや制度の仕組みが重なって、狂った現実を紡ぎ出す場面も度々目にします。

よくわからないなりに、折り合いつけているんだけど、それはこの世界の狂った部分を認めているわけじゃなく、世の中狂ってるよな〜。世の中の狂った部分に巻き込まれないように注意して安全ルートを生きるしか無いよな〜。といった形で生きます

自分からなんちゃら教に足を運んで、狂気の渦に巻き込まれ必要ないし。

大企業とかエリート公務員目指して、圧倒的な過労状態で心身をすりつぶしながら、名誉だか金だかを価値の全てであると、そういった謎の心情にすがりついて、生きるのも良くわからないし。いや、わかるんだけど、その先に何があるかと言うと、実は何も無いのではないか、なにもないことをちゃん理解した上で空虚自分の命を燃やしていることに気がついているのか、それを飲み込んでの働きなのか。

そういった部分を考えていくと、ルサンチマンっぽくなるんですけど。

ルサンチマンと違うのは、そういう活動をする人の事自体批判とか反対とかはしないっていう、そういう考えというかポリシーはあったほうがみんな自分活動を認め合うことが出来て、比較幸せ世界になるのかなーって思うけど、

みんな他人の行いはおろかで醜く無用ゴミだと思ってる感じはする。自分他人がやっているどうでもいいこととか、どうでもいいことでエラソーにしているやつ見かけたら、脳天かち割っててめえの頭骨ヒヤシンス植えてやろうか!ってな気分にも一瞬なる。

だけど、まあ。エラソーにしてるやつが、エラソーな態度するかどうかと、自分人生にそのエラソーな態度がなんか関係あるのかとか考えると別に自分人生になんの不都合もないし、エラソーにしてるやつのこと別にどうでも良くなるので、エラソーにしたことに対して頭かち割るのはやりすぎだよなっていう、常識的結論がついさっきの激情を沈静化させるので、なんとか平静を保てます

保てない人が家族殺したりします。

大体の殺人は知人同士とか家族同士が多いですね。

殺されたくなかったら、交友関係とか家族関係メンテナンスに力を入れるべきです。

不審査警戒して監視カメラとか防犯ライトとかつけても意味ねーです。

あと自分が狂っているかどうかって、やっぱりわからない気がするので、自分が狂っている可能性をいつも頭の片隅に入れておいて、取り返しのつかない行動(たとえば殺人とか)をやらない、みたいな線引は引いていたほうが良い気がする。

でも自分家族とか知人とか皆殺しにされて、そいつらが絶対的悪事してたから犯されたりぐちゃぐちゃのミンチにされたり、死体にしょんべんかけられたりするの当たり前だよな〜みたいな感じで、世界中の人間が狂いまくって自分を敵視した時、殺人衝動を抑えることができるかと、まぁそんなこと無いんだろうけど、仮にそんなやべーことになったとしたらと考えると、流れぶち壊しですまないけど意外と殺人しないような気がする。

まあ実際になってみないことにはわからないんだけど、屈辱というものがどこから来るのか、ってのは自分社会のどの位置存在していて、その位置関係自分脳内の中の社会マップみたいな部分で自分のいちを誰しも把握していると想うんだけど、仮にそれを脳内カーストとでもしようか、

脳内カーストとずれた態度をされる、たとえば後輩から呼び捨てにされてパシッてこいとか顎で使われたら、めちゃ怒るひと居ると想う。その人は脳内カースト現実のズレに恐怖するし怒るわけですよ。なので、最初から脳内カーストがどれだけ信憑性あるのかとか、実は脳内カーストってのは妄想であり、現実世界と対になるものではないってことに気がつけるかどうかな気がする。

それに気がつけば、人はすぐに死ぬし、ゴミ雑巾のように殺されるし、ゴミ雑巾のように他人を殺すっていう現実を受け入れられる気がする。

それ受け入れるとどうなるかといえば、自分の苦しみがなくなるのかな。仏教だと多分そんな答えだろう。

神様(他、スピってる人とか超常の力(ご先祖様、魂のステージ)などなど)信じてる系の人なら、神様(他、スピってる人とか超常の力(ご先祖様、魂のステージ)などなど)が、私の日頃の行いを評価してさばきを与えてくださる、世の中の幸福バランスをもとに戻してくれる(公正世界仮説)みたいな、現実逃避のありもしない妄想にすがりついて、死ぬまで苦しんで生きるしかないっぽい。

自分のために怒ってくれるの嬉しい!っていう気持ちはわかるけど、そいつが怒ったからって現実が変わること無いし、もっと現実世界を丁寧に扱って、人間関係とか社会構造ヒエラルキーとか、そういった目に見えないどうでもいいことに固執するの、そろそろ狂っているっていう自覚は、ぽつぽつと気がつく人が出てきてもいい頃合いかな(過度な期待)〜って感じです。

透明のガラス戸ってあるじゃん。あれをガラガラ~つって閉めるふりすると、戸が空いたままにもかかわらず犬がそこに入れない〜っていう、見えない壁の存在を感じてる困っているわんちゃんめっちゃ萌え萌えきゅんきゅんのヤバかわ動画があるんだけど、(invisible door とかでググれ)昔だと宗教の謎の論理性のかけらもない嘘話を信じ込んで神の教え(文書書いたの人間だろ!)を守れば死後救われる系異常者集団現代だと人権とか金とか地位とか、そういうこの世に存在しない概念とかイデオロギーを盲信してる人ら(まぁ自分も一部イデオロギーの主張には乗ってるけどそれが宇宙の真理ではなく人間社会の秩序をより良くするための方便で、人工的に作り出された共同幻想であることは自覚してる)はさ、そういう妄想とか幻想を、現実と捉えてて教信者じみたムーブしているの、狂っているとしか思えないし、事実狂ってる。

社会ほとんどの人が空気のように受け入れてる概念(コンセプト)やイデオロギーってのが、妄想産物であると、共同幻想であると、どれだけ意識しているのか、一人ひとりがそれらを認識すると世界変わるだろうけど、

人間身体(脳を含む)は基本原始人と同じなので、急激な社会文化の変革は望めないかな。

実は自分というもの存在しないし、自意識ってのはこれら幻想と同じで実在はしていないらしいっすよ。これはなんとなくわかってて、ソフトなんだから意識も何かしらのデータであり情報であり、波とかいうとかっこよい理系っぽい感じする。なので物質の上に乗っかった性質みたいな感じで、実在しているかと言うと、実在はしていない感じする。神とか金とか役職みたいな感じで、世の中の人が俺の意識あるよな〜っていう感じに認識している(本人含む)ことで初めて、人間自我とか意識が立証されていて、すごい不安定もの人間社会の基礎になってるんですね。

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2020-08-28

昔好きだった男の子が見事に「アベガー」になっていた話

入りきらなかった題名

『昔好きだった男の子が見事に「アベガー」になっていて百年の恋も冷めた話』

題名の通り。昔好きだった男の子が、「アベガー」になっていた。それを知ったのは2、3年前の話だけど、今日安倍総理が辞任されるという話を聞いて色々と思い出したので書こうと思う。

政治の話がしたい人には申し訳ないが、ここからしばらくは私の恋話に付き合っていただきたい。ウヨもサヨも、野党与党安倍総理も、全く関係がない。

長い前置きで悪いね。でも言っておきたい。私は彼のことを責めているのではない。私は結構自分勝手人間だったってことを自覚したと同時に、世の中の残酷さを味わったという、ただそれだけの話。

昔、というのは私が中学生の頃のこと。現在の私は社会人1年目。社会の荒波に揉まれながら毎日頑張っている。

これは、私が中学2年生だった頃から23歳を目前に控えた今日までずっと消化しきれなかった、小さな恋の話である

中学2年生のとき好きな人ができた。彼の名前は"リュウ"としよう。クラスメイトが時々彼は神木隆之介さんに似ていると言っていたからだ。リュウは賢く、明るく、優しく、運動も得意で、先生にも好かれている、常にカーストてっぺんに立っているような人だった。対する私は、良く言えば大人しく、悪く言えば地味な眼鏡っ子勉強はそこそこ、運動は苦手、国語先生には好かれて体育の先生には嫌われるようなタイプだった。

リュウは私のような人にも優しかった。人見知りの私は初対面の人間の大半が苦手だが、不思議と彼を苦手だと思ったことはなかった。初めて隣の席になったときなんて、もう毎日が夢のようだった。教科書見せて、これどうやって解くの、今日朝練やってたね…少しずつ、少しずつ、私たちは"ただのクラスメイト"から"友達"になっていった。

友達になった私たちは、あっという間に仲良くなった。(私は人見知りだが彼のことが大好きだったから、どうしてもこのチャンスを逃したくなくて必死だったのだ。)ノートの切れ端で手紙を交換して、授業中に目が合えば小さく手を振られて、休み時間はよく2人で頭を突き合わせて数学問題を解いていた。

私は彼のことがずっと好きだった。今でも覚えている。中学3年生のある日、彼はこう言った。

「俺、増田のことがずっと好きだった。付き合って欲しい。」

もちろん答えはイエス。隣の席になったときよりも、もっと夢みたいだった。

で、まぁよくある話だけど、幸せ時間は長くは続かないんだよね。夢みたいに幸せな私が、彼と恋人でいられたのはたったの半年だった。公立中学校の3年生には、受験というものがあるからだ。ありがちな展開で申し訳ないが、私たちは進学を機に別れてしまった。より正確に言えば、私は彼に振られたのだ。

大半の大人から見れば、中学生恋愛なんて所詮はオママゴト。中学校より高校高校より大学大学より社会人になってから恋愛の方がより真剣で、大事ものだと思っている人も多いんじゃないかな。でも、私にとってあの時の恋は本当に真剣で大切で、今でも忘れられない出来事だった。

話は変わるが、私が初めてスマートフォンを手にしたのは高校入学したときのことだ。スマートフォンを手に入れた女子高生がすることといえば?

…そう、SNSだ。私はTwitterアカウントを手に入れた。(Instagramを始めたのはもっと後の話だ。)

始めたばかりのTwitterアカウント、それもリア垢でフォローするのは誰?

…そう、リアル友達だ。私は友人たちを探してフォローしたし、彼女らも私をフォローした。そうやっていつの間にか広まって、私のフォロワー欄には同じ中学校や高校の人たちが並んだ。

その中にリュウがいた。恋人になる前の私とリュウは気の合う友達だったし、趣味も話もよく合った。SNSでも、滅多にリプライなんてしないしされないが、それでも私たちは時々、本当に時々、ネット世界で顔を合わせるようになった。

まだ私は彼のことが好きだった。あの時だって、「面倒な女」「聞き分けの悪い女」になりたくなくて、別れ話にも納得したフリをしただけだった。必死で忘れようとして、本当に忘れた時もあったけど、やっぱり好きだった。多分ずっと好きなんだと思う。

ストーカーだと思われたくないから、今までの話は誰にも言ったことがないし、行動を起こしたこともない。私は彼にLINEの一件すら送ったことがない。

私の激情もだいぶ落ち着いて、大学生になったある日。リュウTwitterたまたま見てしまった。いや、わざわざ彼のアカウントを見に行ってしまったのだ。友達彼氏ができたって聞いて、私はやっぱり彼のことを思い出してしまたから。

高校生の頃は確かにあったはずの、彼の好きなスポーツ音楽部活ゲームに本や漫画話題は全て消えていた。真っ白なタイムラインタップしてリプライ欄。メディア欄。空っぽ

どうしたのだろうかと考えながら、またタップいいね欄。私はここで2度目の失恋をした。

安倍晋三総理大臣としての責任果たしてさっさと辞職するべき。」「アベはこの問題について一体どう考えているのか。逃げていないで説明しろ!」「アベは国民バカにしている!」「アベが」「アベが」…。

どうしたというのだろう。何故彼のいいね欄は政治の話…それも所謂「アベガー」ばかり。

リュウは優しい人だった。自分努力家で、同じく頑張る人を見捨てられない、優しい人だった。

間違っても、誰かを口汚く罵倒するような人ではなかった。

なのに、どうして?

私の恋心ゆえに、記憶の中のリュウがかなり美化されていることは分かっている。(クラスメイトよ、リュウ神木隆之介似というのは流石に言い過ぎだと思う。)

でも、優しくて賢くて、誰かに手を差し伸べることはあっても、誰かを攻撃するような人ではなかったことは紛れもない事実だ。

何がどうしてこうなったんだろう。リュウが私の理想通りにならなかったことに怒ってるんじゃない。絶対に言い返さない、言い返せない人に向かって、安全からこそこそ口汚い言葉を使うような人に共感しているなんて、ショックだった。

直して欲しいとは思わない。誰が何を考えていようと自由からだ。彼は自分共感した意見いいねを押して、私は勝手にショックを受けた。ただそれだけの話。

勝手でごめんね。だから私、振られたんだろうな。

今日安倍総理が辞任を発表した。

私は懲りずに彼のアカウントを見に行った。凍結されていた。

恋って一体何なんだろう。

2020-07-29

癇癪起こしたい

理性と羞恥倫理観があるからこそ我慢できるが、元々気が短く何にでも苛立ちやすいせいで、喉元まで癇癪が出かかっている私はきっとキチガイの類

社会的地位の為に我慢をし続け苛立ちを押し込めた結果、胃をやってしまった

自分激情自己中毒に殺されそうだ

ああ、いっそ目につく奴全てに殴りかかりたい、地面の上をのたうち回りながら下劣な事を大声で叫んで泣き叫びたい、着てる服を破り捨てて投げ捨てたい、目に映るもの全部殴りかかって壊したい

クスリ激情を消せるなら劇薬でもいいから飲んでやるよ

2020-07-18

ガチャで人の推しが出た時に謝る文化に振り回されるオタク

単刀直入に言うと、タイトルにある「ガチャで人の推しが出た時に謝る文化」を、私はどうしても理解共感できなくて困っている。

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【主な登場人物

・私…オタク腐女子

・A(仮称)…数年前に知り合ったオタク腐女子の同僚。

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数年前の引越しを機に、私は日本全国から人が集まるような場で生活を送ることとなった。その中で有難いことに、共通趣味を持つ人にも出会えた。その中の1人が、Aであった。

共通の履修ジャンルに加えて腐の趣味もある(しかも一部推しカプまで共通している)貴重な人材ということで、あっという間に距離は縮まり私たちは友人となった。

一緒に推しジャンルライブに行ったり、某アニメショップで買い物をしたり。住んでいる場所が近いこともあり、オタ活を共にすることも多くなった。

しかし過ごす時間が増えるにつれ、同じオタクでも微妙価値観が合わないというか、そういった違和感が生まれ始めたその中でも1番モヤモヤするのが、前述の通り「ガチャで人の推しが出た時に謝る」文化である

(他にも価値観のズレを感じる場面はあるがここでは割愛する)

最初にこの違和感を感じたのは、何気ない会話の中。とあるソシャゲでのガチャ云々の話で、AがAの友人であるB(私とは面識は無い)のSSRを引いたというものであった。

Aは「何気なく10連したらBが狙ってた推し来ちゃって、もう申し訳なくてさ、BにLINEで『ごめん出た』ってスクショ送ったらもうその時の反応が面白くてw見てこれw」と言ってLINEトーク画面を見せてきた。

この時、私は「なんでAは謝ったんだ?」という疑問が浮かんだ。

私は「ガチャスクショを送る=自慢」という認識だった。(今までの私の交友関係場合ガチャ運が良かった時に友人にスクショ自慢を送ったり送られたりしても「すごい!」「おめでとう!」「羨ましい!」とお祝いムードになるか、報告が地雷タイプ相手なら黙っておくかが普通だった)ので、「謝るならスクショを送らなければ良いのでは?」と感じたのである

Bは、自分推しガチャ失敗した時の他人の出ました報告が地雷タイプ人なのかと思ったが、トーク画面を見ても特に荒事もなく会話が普通に進んでいる。

そういうタイプの人もいるんだな、という感想でこの場は終わった。

しかしこれ、価値観が違うことも相まって、自分が実際にやられると非常にムカつくのである

私は数あるジャンルの中でも特に熱を入れている某ソシャゲがある。決して大手ジャンルではないが大好きなソシャゲだ。

その中にある、とある私の最推しSSRカード。当時は年齢による課金制限で「出るまで回す」が出来なかったため、限られた万単位の金をつぎ込んでも出なくて泣く泣く諦めたカードである。ちなみに私は未だに持っていない。

それを最近、どうやらAが引いたらしい。しかも通常SSRよりも更に確率の低い、いわゆる箔入りのSSRである

TwitterやってればSSR出ました箔入り出ましたのガチャ報告なんて散々見るからガチャで当てたことに対して特に思うところは無い。だから今回も「まじか、すげー」くらいの気持ちだった。

ここまでは良かった。

例のガチャ報告ツイート最後を見ると、「〇〇(私の名前)ごめんね!!ww」という一文が添えられていた。

けがからなかった。

なんで謝った? なんでわざわざ私を名指しする必要があったんだ?

なんとも思っていなかったガチャ報告のツイートが、最後の名指しの一文のせいで一気にイラときた。

数分後、AからLINEの通知がきた。「すみませんでした」の一言と共に、Twitterでみたガチャ報告と同じスクショが添えられていた。

けがからなかった(デジャヴ)。

Twitterだけに留まらず、なぜわざわざLINEしてきた。謝る気なんて微塵もないくせになぜ謝るんだ。

私って沸点こんなに低かったんだ……とどこか頭の中で他人事のように考えながらも、苛立ちが余計に増していた。謝罪一言がただの煽り文に見えて仕方がなかった。

こういった報告が何度かされるようになる度に、私は謝る気なんて無いであろうAの「ごめん」に、自分宛じゃないツイートであっても見かける度にイラつくようになってしまった。

ガチャとは別の例だが、今挙げたソシャゲとは別ジャンルブラインド商品を一緒に買った際に、Aが私の推しを当てたことがあった(私は自分推しでもAの推しでもないキャラだった)。その度にAは「なんかごめんね、〇〇(私)が引いたのがウチの推しだったら交換したんだけど、ね……?」的なことを言ってくる。私は交換してくれなんて一言も頼んでいないぞ。

(まあ一緒に買い物をするとどちらが何を買って推しが出たか出なかったかはその場でわかるからまだしょうがないのかもしれないけど…)

いまの一連の流れを読むと「推しが出なかったことに嫉妬してるだけじゃん」と思われそうだが、私はAが私の推しを当てたことに苛立っているのではなく、その報告に"謎の謝罪"が入っていることが非常に腹立たしいのである

とはいえ私も人間関係コミュニティが多少広がったとはいえ、この「謝罪文化」に今まで触れてこなかったから今は拒否反応がでているのかもしれない。

ここまで読んだ人には「こんな小さいことで何をww」と笑われているのかもしれない。でも自分でこの苛立つ感情を処理出来れば、字書きでもない私がこんなお気持ち長文なんてわざわざ書かない……というか自分お気持ち長文を書く日が来るなんて思ってもいなかった……

Aには悪気は無いだろうから、ここで私が「謝ってくんじゃねえ!!」と激情をぶつけてもそれはただ私がAに私の価値観押し付けるだけになってしまうので、書き殴って気持ち落ち着けることにした。

とはいえ冷静に考えても、現時点でこのガチャ謝罪文化は絶っっっ対に共感できないから正直やめてほしいのが本音だ。

それぞれのオタクとしてのあり方、価値観共感は出来なくても理解はして、冷静でいられるような大人になりたいなあ。そう思った未熟なオタクお気持ち長文でした。

2020-07-07

私は感想屋にすらなれない

オタクお気持ち文章です。

スパッと介錯してくれ、死なせろ。

まず増田感想屋の話題があり

https://anond.hatelabo.jp/20200629213448

おけパ中島がバズリ

https://twitter.com/sanada_jp/status/1269465337675698176

闇の感想屋(漢字やばい方)が炎上した。

https://anond.hatelabo.jp/20200706042509感想屋そのものには誘導したくない)

要約すると、

『とても文章力のある感想書きが界隈を席巻してしまった』という内容の愚痴増田話題になる

神字書きと字書きを題材にした創作漫画登場人物『おけけパワー中島』に注目が集まる

有償ポジティブ感想を書きますと言いだした『感想屋さん』を名乗る人物が、サービス内容の不備や文章稚拙さおよび返金対応への不誠実さなど千々に炎上

ここ一週間ほどの間で、以上のような文脈が発生した。

この結果、感想屋という文言に幾つかの意味合いが発生してしまい混乱を招いたり、炎上したものと似た屋号サービスへの悪影響が心配されたり、純粋な長文感想書きが誤解から心を痛めたりしている。このあたりは個々に注意されたし。また、有償の『感想屋さん』の問題点については羅列していったらきりがないので、特別記述はしない。

前置きが長い。

私はオタクである特に創作はしていない。時折、特に萌えを感じた時に短文を書く程度の人間である。昔長文を書こうとしたが冒頭三千字を書いたあたりで挫折放置している。その上特に交流もしていないし、感想も書かない。一言で言えば、ROM専である

それなのに、私には妙な自信があった。それは言葉にするならば、「俺だって本気出せば書ける」。小説はそれなりに読むオタクからちょっとした文章ならば書ける。商業のような文章は無理でも、なろう程度なら。書評は無理でも、紹介文くらいなら。また嫌なことに、学生時分は図書委員会だの新聞委員会だので短文を書いて「本を読む人だから文章うまい」と言ってもらって有頂天になったりしていた(今自分で思い出して、あれはお世辞だったのだろうと恥じ入っている)。

そんな私が、ここ一週間の流れを追って、何を思ったか

まず増田を読んで、二次創作するオタクは大変だなあ、と他人事のように思った。

二次を書き、二次を読み、交流し、その動向に一喜一憂する。どうも大変そうだ。ROM専はその点気楽でいい。だが、まあ、感想というのは良くも悪くも人に影響を与えるものなのだな。時には感想を書くのも、善行かもしれない。そのように思った。

次におけパ中島に触れた。

最初創作物として面白く読み、リツイートした。その後おけパ中島話題になっていることを知り、もう一度、我が身我が事として考えてみた。私にとっての神とは誰だろう、おけパは誰に当たるだろう。実際に当てはめてみると、ツイッターでつぶやかれている感想は、なるほどもっともと思えるものも多々あった。私の悪いところは、ツイッターにすぐ感化されるところだ。オタクの嘆きに共感し、すぐに自分で考えついたように錯覚する。私は、まるで自分主人公になったかのように(馬鹿たことだ)酔いしれ、おけパ中島への薄っぺら恨み節ツイートしてみたりした。

そして、最後有償感想屋さんだ。

感想屋が出してきたものは、かなりひどいものだった。界隈のオタク気持ちを踏みにじるものだったし、何より悪文だった。それは野次馬である私にさえわかるものだった。下手くそで、金を取るような文章ではなかったし、そも人に見せられるような文章ですらなかった。

その程度の文章に、私はひどく動揺した。

何が私に衝撃を与えたかって、それは、その悪文が、私の書くものに途方もなく似通っていたことだ。

いや、あそこまでの悪文ではない。ない、と信じたい。下ネタを好まないゆえにあそこまでの下劣さではない、はずだ。

だが、似ている。文章構成が、筆の運びが、何より配慮の欠けた思考回路が。私もかつてこういう文を書いて、自信満々に教師に提出したことがなかったか。こういう感想を、臆面もなくファンレターとして出しやしなかっただろうか。その稚拙文章他人を傷つけていたかもしれないことを、否定できない。

そもそも自分文章に自信を持ったのはなぜだったろう。

それは、他人よりも本が好きだという自負だ。小説を読むのが好きなことと、文章を書くのが得意なことを、取り違えて混同した、おぞましい勘違いだ。その上、私が読むのは『他人に比べて』多い程度であって、誇れる程ではない。何一つ、誇れることなどなかったはずだ。眼高手低とはこういう事を言う。

私は自分文章に向き合ったことがあっただろうか。何度も推敲し、多面的に読み直し、練り上げた文章を書き上げたことなど、一度でもあっただろうか? そう問うてみれば、一度もなかった。この文章だってほとんど読み返さず、激情のままに綴っているだけだ。プロットも、描写力も、考えて作ったことなど、一度もない。

私自身が、物事を考えたことはあっただろうか。物語を読んで、薄っぺらい表面的な理解をしてすべてを分かった気になったことは。まるで自分で考えたかのような顔をして、他人考察を口にしたことは。私は、私自身の無能と向き合った事が、これまでに一回でもあったのか?

これは恐ろしい事だ。誰かにとって恐ろしいのではない。タイムラインオタクにとって恐ろしいのではなく、創造上の誰かにとって恐ろしいのではなく、私にとって恐ろしい。誰かではない。私の恐怖だ。私の足元が崩れ、私の心が崩れている。他人事ではない。それが、こんなにも恐ろしい。

私は今、パソコンエディタを開いて、この文を書いている。隣にはもうひとつウインドウが開いていて、そこはまだ新規ファイルのままで、まっさらだ。そこに、小説を書いてみようと、思っている。

私は感想屋にすらなれない。

『なれなかった』と、過去形にしたい。今、切実にそう思う。せめて自分に誇れる自分でありたい。

そして、今度こそ。

自分で読み返してひどいな、これ。

2020-06-28

anond:20200628080118

まあ言いたいことはこれ。

基本的に伝記やドキュメンタリーって、監督側の意図が入りにくいんだよね。

メッセージ性を込めようとしても、どうしてもそいつ人生特有ノイズが入る。

奇跡的に全ての伏線を回収して終了、という話にはならない。

こないだのフレディ・マーキュリーのやつもそう。

LGBT勝利と歌を掛けてるのは理解できても、フレディの人生自体LGBTで大きく勝利したわけではない。

からメッセージぼんやりしてしまう。

LGBTから転じてみんな人生勝利者だ、と言いたいのだろう。

しかしピントがぼやけてるし一般化できる事項ではないので伝わらない。

何より歌手として大成したのは彼らの才能と時代努力であって、LGBTと何ら関係がない。



残ってるメモ書きから書いてみたけど、映画ドキュメンタリー/伝記は大体普通駄作って評してる。

なのであえてネットに書いてなかった。面白いと思う人もいるだろうから

2020-06-10

佐々木希への(現時点における)夫婦間修復のご提案

佐々木希について知っていることは、あまりない。

きれいな顔立ちをしていること、モデル出身であること、

女優としてはあまり評価されていないこと、

そして、アンジャッシュ渡部奥さんであることぐらいだ。

で、今回の騒ぎである

個人的には夫婦間の問題であり、外野がとやかく言うのは野暮な話だろう。

二人がしっかり話し合って解決すればよいことだ。

その話し合いは、どのようなものになるだろうか。

かにさめざめと泣いている佐々木希

阿修羅のごとく渡部罵倒する佐々木希

冷静に、建設的に話をしようと努める佐々木希

激情のあまり、グラスの水を渡部ぶっかけ佐々木希

私の望み、というか、素敵な提案ひとつある。

それは、無言で蹴ってほしい、ということだ。

そして、蹴ってほしいのは、渡部ではない。

私のことを蹴ってほしい。

涙を溜め、唇を噛みしめ、髪を振り乱しながら、カモシカのようなその脚で。

私が、佐々木希にできることは、ほかに何も思いつかない。

この勝手まりない提案には、ある問題が潜んでいる。

それは、私は佐々木希のことをあまり知らないが、佐々木希は私が存在していることさえも知らない、ということだ。

これでは蹴りたくても蹴りようがないではないか佐々木希は私がどこにいるかを知らないし、そもそも関心さえないのだから

だが、私が、佐々木希にできることは、ほかに何も思いつかない。

問題はもうひとつある。

一発蹴っただけでは、佐々木希なかに渦巻いているであろう「淀み」は

おそらく払拭されないであろうということだ。

ならばいい。二発、三発・・・カモシカのような脚を繰り出せばいいではないか

私が、佐々木希提案できることは、もう何も思いつかない。

惜しむらくは、私は佐々木希のことをあまり知らず、佐々木希は私が存在していることさえも知らない、ということだ。

から佐々木希は、今夜か明日か、明後日あたりにでも、渡部のことを死なない程度に蹴ればいい。

暴力はいけないことではあるが、世の中には、女性に「蹴ってほしい」と懇願する男もいると聞いたことがある。

でも、渡部に会いたくない。そんな心情だろう。

からこそ、蹴る相手として恰好存在がいることを忘れてほしくない。



渡部相方の大嶋のことを。

2020-05-25

クラブという拠り所が抜け落ちた私の毎日

感染症世界蔓延により、多くの娯楽やアクティティ提供する事業者自粛をするようになってから2ヶ月が経とうとしている。自らの趣味ライフサイクルの一部から距離を置かざるを得なくなった方も少なくないだろう。私の趣味であるクラブパーティとて例外ではない。

私は、平日は会社員として働きながらも休日アマチュアDJとして活動している。活動開始から4年が経とうとしていて、自分で言うのもおこがましいが、活動している地域自分が属する界隈では新人から中堅に差し掛かっているぐらいの立ち位置だ。もちろん自分自身クラブという場所が好きで、出演が無い休日にはパーティに客として遊びに行くことも珍しくない。

昨今の感染症世界蔓延によって日本全国のクラブライブハウス営業自粛をする事になった。クラブ営業してないとなれば、クラブファン達もパーティに足を運べない日々を送ることになる。

正直な事を言うと、私の心はもう耐えきれないところまで来ている。

時差出勤やテレワーク人件費抑制によって平日の仕事に費やす時間精神リソースは減っているのに以前より「仕事したくないなあ」「仕事行きたくないなあ」「いっそ仕事辞めたいなあ」と漠然と思う事が圧倒的に増えた。

一年前に比べて熱を出すことが増えた。昨今の情勢がアレなので病院にかかるがこれといった病気は無く。かかりつけの医師は「自律神経の乱れじゃないか?」と言った。

空いた時間や暇は前よりも増えたが、DJとしての活動の幅やスキルを磨くような時間(曲を掘ったり練習したり)に充てることはできなかった。むしろこれまでよりも費やす時間が減っているようにも思える。

蓄積したフラストレーションは着実に私を蝕んでいて、苛立ったり頭に血が上るような瞬間、出来事が増えている。先日パートナーとした喧嘩はお互いにヒートアップし、取り返しのつかなくなる一歩手前まで進んだ。

心の中から拠り所が抜け落ちた自分のような人間のすき間を埋めるためか、はたまた音楽シーンの火を絶やさないためか、たくさんのクラブ関係者DJオーガナイザーインターネットを利用したオンライン配信DJイベントを日々提案していて、今も普及、進歩は止まるところ知らない。

しかし、そんな配信パーティの数々も私の心のすき間を埋めるに至らず、最近は追うことも少なくなってしまった。

もちろん初めは自分も大いに楽しんでいたし、配信する側に回ったこともある。配信パーティ企画運営するそれぞれの人々が自分なりに考え、何かしら音楽体験提供しようと努力していることも多少なり感じているつもりだ。

だがどうしても提供されるパーティを、DJが投下する音楽の数々を、5時間なり、8時間なり、前のめりに聴き続けることができないのだ。いい音楽や素晴らしいプレイ体験して、思わず酒をあおりチャットTwitterにその激情を書き込んでも、結局自分がいる場所は家なのだ。酒が回りすぎてしまったらすぐ横にはベッドがあるし、少し気を抜けば手のついていない家事も、最近ハマって進めているゲームもそこにある。その感動を伝えたくても、結局家には自分しかいなくて、通話やらメッセージやらチャットやらに行くしかない。無論、自分の甘さが、弱さがすべての原因でしかないのだが、ふとした瞬間に無性に虚しくなる。

何気なく遊びに行っていたクラブ、その場所でよく馴染んだ顔ぶれと交わすドリンク、そしてその場所が生み出してきた数々の音楽体験。それらが自分の心をどれだけ占めていたのかを再認識させられる。

今日も流れ着くイベントの中止やクラブライブハウス閉店のお知らせが泥のように重くのしかかり、まとわりつく

大好きな場所へ恋い焦がれる気持ちと、それがまた取り戻せるのかという不安で唇を噛みしめることしかできない。

2020-02-19

職場ババア

年末あたりから連日

ババア3人からミスを責められてキレ散らかされているのだが

田舎ババア特有なんだろうか、なんていうかこの

人に対して物凄く感情を動かして ギイイイーーー!!!!キイイイーーーー!!!!ってのめりこんで顔をブルブルさせながら激情ほとばしる感じ

母性とか面倒見のよさの裏返しなんだろうか

あたしが面倒を見てあげなきゃ!!あたしが導いてやろうとしているのに何で思う通りにならないの!!みたいな

自分他人のことが心底どうでもいい人間なので

ミスをした側に落ち度があり叱られるべきだと考えてそう行動したりムカついたりするのは分かるけどよくそこまで大マジになってブチ切れられるなあと思う

おっさんたちはまあどんまいって感じで優しいけど

これは逆に心の底では薄情な部分があるからなのかもしれない

叱られるうちが華なんて言うが

見放されてもいいから怒られない方がいいなあ

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