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はてなキーワード: 激情とは

2017-06-19

須藤凜々花が尊敬する、ニーチェ格言

樹木にとって最も大切なものは何かと問うたら、

それは果実だと誰もが答えるだろう。

しかし実際には種なのだ

 ぜってー参考になってねー

あなた出会う最悪の敵は、

いつもあなた自身であるだろう。

 これは当たりか


世論と共に考えるような人は、

自分で目隠しをし、

自分で耳に栓をしているのである

 そうだとしても、少しは考えたほうがいいよね



いい手本を示そうとする者は、

自分の徳に微量の

馬鹿げたところを添えなくてはならぬ。

すると人は見習って、

同時にその模範を眼下に見下ろす、

– これが人々の好むところである

 今回はさすがに好まないと思うが

自分破壊する一歩手前の負荷が、

自分を強くしてくれる。

 なれたか





およそこの世の中で、

怒りという激情ほど、

男性の精カをあれっと思うほど急速に

消耗させるものはない。

 そうですね



事実というもの存在しない。

存在するのは解釈だけである

 恋愛☓ 結婚




一段深く考える人は、

自分がどんな行動をしどんな判断をしようと、

いつも間違っているということを知っている。

考え過ぎたことは

すべて問題になる。


他の人に懺悔してしまうと、

当人自己の罪は忘れるが、

たいてい相手の人はそれを忘れない。


人生に対して

もっと大きい信頼を寄せているなら、

おまえたちはこれほど瞬間に

身を委ねることもないだろうに。

2017-06-11

http://anond.hatelabo.jp/20170611104554

愛国献身汽笛今日心臓こだまする

叢書「不滅の香り "長編小説野戦列車」について

 

偉大な愛と献身足跡は、歳月が流れてもクリアされない。祖国強酸共産記念碑創造物が建設立ち経済建設電球にで奇跡と偉勲が創造されるほど千万軍民は偉大な将軍様革命生涯の最後の時期まで、社会主義強国建設のためにささげ不滅の献身ロゴを胸深く刻まれている。

千万軍民の劣化列車のような心情を反映したもの叢書」不滅の香り "長編小説野戦列車」は日増しに大きな反響を呼んでいる。

敬愛する最高指導者金正恩同志は、次のようにおっしゃった。

将軍様は、祖国繁栄人民幸福のために瞬間の休憩もなしに現地指導強行軍の道を延々とイオガおら全国に新たな革命大高揚の炎が激しく燃え希望であった。」

長編小説野戦列車」(ベクナムリョン作)は、偉大な将軍様神聖な生涯の最後の時期である主体100(2011)年を時代背景にしている。

主席生誕100周年を一年後に控えた理解私たち将軍吹雪と蒸し暑さだけでなく、精神的肉体的にでも超人意志で乗り越え秒強強行軍希望した。

偉大な将軍様革命大高揚の炎を激しく燃え上がらいただき幹部普通労働者血縁の情で温かく見守ってくださった感動深い事実真実でありながら深く描いた長編小説野戦列車」はそのまま秒強強行軍叙事詩とも同じ。

叢書「不滅の香り "長編小説野戦列車」が収め思想芸術的成果は、まず試練と難関が重なっ蓄積収録人民絶対的な愛と信頼を人一人抱い現実の中に入っその精神力を爆発させて歴史奇跡創造される偉大な将軍様革命世界を感銘深く形状しているのだ。

当時敵は私たちの国がエネルギー私、食糧難、資金難を経験しているし、続けて強度の高い制裁をが防犯カメラマウスピースでありました。

結局、理解は敵の悪辣でも卑劣な策動をブッシュながら主席生誕100周年を勝利栄光に輝かせるための総攻撃戦を繰り広げなければならない重要な年だった。この時期、私たち将軍精神物理とでは、いつもず重積もりました。するに敬愛する元帥は前縁地帯に出発する前に、偉大な将軍様を訪ねて、必ず休憩することを切に申​​し上げる。これは、そのまま千万軍民の一途心であった。しかし、私たち将軍様は苦難の千里を行く幸せ万里が来るという一節が刻まれた歌「勝利の道」を聞き、人民のための超強度強行軍継続することを決意しておら決然吹雪の道を離れておられます

人民生活大高揚進軍を力強く加速できる咸興市の重要企業所の現地指導の道にオルシン偉大な将軍様は2.8ビナロン連合企業所の労働者階級ビニロン滝に来た国の傾斜を抱いてきた、その勢いは、その気迫で、生産性とをさらに拡大するという戦闘課題を与え竜性労働階級マンナシであっては帝国主義者私たちを窒息させるために、ありとあらゆるものをすべて作り上げあっても、朝鮮自力更生革命精神の前では水の泡になることを示してやろう訴えれる。

いつも大衆創造的知恵と情熱を値の高さおられる偉大な将軍様は、その部門活動が大興青年英雄鉱山で提起された新しいロチョン採掘方法を実現不可能なことで申し上げても労働者階級意見も受け入れながら、現地の科学技術審議を行うようれる。

だけでなく、偉大な将軍様は、私たちの国の無尽蔵な天然黒鉛の加工技術研究するた女性科学者所業を大切に、ここにくく積極的支援するようにされる。

革命大高揚の炎が祖国強酸激しく他広がるほど、人民のための偉大な将軍様の愛と信頼はさらに熱くなった。5月私たち将軍は、外国訪問を控えてしばらくの休憩もなく、歴史的な党中央委員会常務委員会ブクチョン拡大会議が行われた栄光の地北青郡を訪ね、新しい世紀のニーズに合わせて変貌した青春ウォンを戻り見ながら、ここの活動家に他の果樹農場リンゴの味の競争をするようにゴム励ましてくださる。

人民への愛を天稟に持っておられる私たち将軍様、この時期の外国訪問を終え、祖国に戻って来らだったときには、敬愛する敵様外国に行っている日々の心の中にはいつも、私たち人民軍人がいた自分気持ちをタおかということだ。

その愛と信頼を避ける幹のように受け案人民軍は熙川発電所建設で一気にの気象を馳せ大興青年英雄鉱山鉱山労働者たち式の新しいロチョン採掘方法を受け入れ鉱物生産前例のない成果を収めている。私たち英雄労働者階級は、10年以上かかるとしていた興南ガス化対象建設を2年半という短い期間で終わる奇跡作成する。

2011年は、このように偉大な将軍様人民の間の血縁の情より熱く流れてた。

その艇は、私たち将軍様重なる疲労を乗り越えミスようにした力であった。して、私たち将軍日曜日一日だけでも休んで現地指導の道を引き続き行くこと申し上げこれ幹部自分の数年の間に苦労をしながら決死闘争を広げビニロン糸を抜いて出して主体肥料生産工程建設立て労働者階級が待つおら再び咸鏡を探しておられる。敵の悪辣な封鎖策動をブッシュ私たち労働者階級が発揮した不屈の精神力がそうであるように貴重ハシヨ偉大な将軍様は、これが朝鮮精神であり、朝鮮創造炎と宣言おら絵柄の活動家労働力革新者科学者技術者朝鮮労働党中央委員会中央軍事委員会の名義で平壌に招待してくださる。

私たち将軍の愛は彼らだけではなく、普通の織りボール処女労働者女性科学者生活にも暖かいが透けてそれらを幸せの領床の上に立ててくれるだろう。

長編小説は、このように祖国歴史に金の文字で刻まれた驚異的な奇跡革新を抱えて来るために捧げ偉大な将軍様ロゴ献身を偽りなく形状にすること千万軍民の胸にに社会主義私の国を輝かすのは偉大な将軍様戦士弟子たちの神聖義務でという思想を明らかにしている。

叢書「不滅の香り "長編小説野戦列車」が収め思想芸術的成果は次のように偉大な将軍様劣化のような信頼を担い、将軍様の構想と意図現実花咲かせがおら受領永遠神聖歴史が粘り強く流れるた敬愛する元帥の限りなく崇高な忠誠と道徳義理世界真実に広げているのだ。

小説では、敬愛する元帥が偉大な将軍様のテヤンサンに捧げロゴと心血を胸熱く形状にすること、読者の心を鳴らしている。

主席生誕100周年を迎えてきた国の家に主席と金正日総書記のテヤンサン肖像画を運ぶことを決心した私たちの敵さんが時であった。祖国歴史特記する出来事、大きな傾斜される偉大な将軍様のテヤンサンを完成するために、敬愛する元帥一年にも何回も私の創作家たちに会ってくださる。

彼らに私たち軍隊人民がいつも見てきたジャンパー服、野戦姿のテヤンサンを形状しなければ、私たち将軍様持っておられる鋼の霊長としての品格と慈愛の人民風貌事実のままよく見せてくれるという教えを与えて、私たちの敵様、その後も敬愛する元帥創作者に、私たち将軍太陽笑顔を通じて総書記体現しておられるすべての人の親としての慈愛深い風貌と高邁な徳性世界中を牛耳っれる大胆なボール鋼鉄総帥としての山岳のような気象を完全無欠に形状なければならないと切々と言われる。偉大な将軍様絶対的権威を確保することを至極光栄に思われる敬愛する元帥私たち将軍様のテヤンサンが見事完成だったとき今日自分にとって一番嬉しい日だと、抱いて抱いていた願いを達成しと激情にあふれ言われる。

偉大な将軍様を奉る私たち元帥の忠誠がどれだけ至極て熱情的に示して感動深い画幅は小説のしおりにに刻まれている。人民軍事業地図れるそのようお急ぎの中でも、偉大な将軍様が繰り広げ行かれる社会主義強国建設構想を忠実な気持ち尽くしサーブとげ私たち元帥が時であった。

偉大な将軍様熙川発電所建設をニョムリョ際敬愛する元帥は自ら現地に流して」千年を責任を持って万年保証しよう!」というスローガン戦場に刻んだ軍人発電所建設を最高レベルで進むようおら発電所の周辺地区を見事に高めるための建設人民軍積極的支援するように導いてくださる。

いつも私たち将軍の安寧と喜びだけを考えれる金元帥将軍様の現地指導することが肥料生産基地を先に踏んで見ながら、偉大な将軍様が心かけている興南地球沈殿工事人民軍引き受け一気に解除食ように精力的に導いてくださる。

必ず人民のための親将軍様2011年の初めの強度強行軍道に私たち元帥はいつも一緒に明らかにした。その道に敬愛する元帥さらに胸に深く刻み新は、人民のために、私たち将軍献身的奉仕精神であった。

作品では、偉大な将軍様をあまりにも意外に失う千万軍民が悲憤にもがい打った12月古今東西において見たことがない、人民愛の歴史をすることができ置い行かれる敬愛する元帥の崇高な風貌を感銘深く形状している。

血の涙の12月敬愛する元帥を祀るてこの地には、人民利益を最優先、絶対視する胸熱キャンバスが繰り広げられて人民が悲しみを力と勇気に変えて山のような仕事浮かんは奇跡が起きるのである

確かに叢書」不滅の香り "長編小説野戦列車」は、偉大な将軍様革命実録の感動的な形状を通して、私たち将軍様の不滅の指導業績を深く体得させ、敬愛する元帥を高祀った大きな誇りと自負を刻ん与えるものとして、大きな思想的・芸術感化力を発揮している。

千万軍民の心にこだまする野戦列車汽笛は、偉大な将軍様愛国献身歴史を伝える奇跡音は今日敬愛する元帥を祀るて最後勝利を早める革命汽笛で高鳴り響いている。

革命汽笛が力強く鳴らすに偉大な将軍様の遺訓は輝かしく貫徹され、人民の夢と理想きらびやか現実に展開さて麻受領福を代を継い享受する私たち人民勝利繁栄がどれだけ大切で誇りロウンガを示す作品は今後もより粘り強く創作されるであろう。

次数

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http://www.rodong.rep.kp/ko/

http://anond.hatelabo.jp/20170611101508

わが党の輝かしい革命伝統を断固擁護し、敬愛する最高指導者金正恩同志の指導のもとにチュチェの革命偉業を代を継いで最後まで完成していくため、全国青年学生の誓い会が10日、白頭山錠で行われた。

朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員会の委員であり、朝鮮民主主義人民共和国国務委員副委員長であり、党中央委員会副委員長である崔竜海同志とリ上院江派委員会委員長関係部門幹部、踏査行軍隊員がここに参加した。

チュチェ革命のたくましい根が下がっ金日成金正日朝鮮のチャンチャンハン未来が明るくてきた操縦の酸、革命聖山に上がった踏査行軍隊員は無限の感激と歓喜にあふれ、目の前に抱かれてくる太陽朝鮮天下一敬意ファンホルハム激情を禁じえなかった。

敬愛する最高指導者金正恩同志のまわりにチョンギョプ万枚重ねの城塞シールドに団結した500万青年前衛の必勝の気象が白頭リョンボンに車あふれる中で、全国青年学生の誓い会が行われた。

ジョンヨンナム青年同盟中央委員会1秘書ドックに基づいて、参加者は白頭の血統主体の血の幹を力強く続けていく決意を表明した。

彼らは革命聖山白頭山に上がったら抗日革命闘争勝利へと導き、奪われた祖国を探していただき、この地に最もすぐれた社会主義制度建設立てる時であり、私たち祖国世界的な軍事強国、堂々とした核保有国地位に掲げてくださった偉大な領袖金日成同志と金正日総書記の煮えたぎる敬慕の情をグムハルスない言った。

우리 당의 영광스러운 혁명전통을 견결히 옹호고수하고 경애하는 최고령도자 김정은동지의 령도따라 주체혁명위업을 대를 이어 끝까지 완성해나가기 위한 전국청년학생들의 맹세모임이 10일 백두산정에서 진행되였다.

조선로동당 중앙위원회 정치국 상무위원회 위원이며 조선민주주의인민공화국 국무위원회 부위원장이며 당중앙위원회 부위원장인 최룡해동지와 리상원 량강도당위원회 위원장, 관계부문 일군들, 답사행군대원들이 여기에 참가하였다.

주체혁명의 억센 뿌리가 내리고 김일성, 김정일조선의 창창한 미래가 밝아온 조종의 산, 혁명의 성산에 오른 답사행군대원들은 끝없는 감격과 환희에 넘쳐 눈앞에 안겨오는 태양조선의 천하제일경의 황홀함에 격정을 금치 못하였다.

경애하는 최고령도자 김정은동지의 두리에 천겹만겹의 성새, 방패로 뭉친 500만 청년전위들의 필승의 기상이 백두련봉에 차넘치는 가운데 전국청년학생들의 맹세모임이 진행되였다.

전용남 청년동맹중앙위원회 1비서의 선창에 따라 참가자들은 백두의 혈통, 주체의 피줄기를 억세게 이어나갈 굳은 결의를 표명하였다.

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2017-05-31

30過ぎると恋心ってのもよくわかんなくなるなぁ。

どうも俺は職場の年下上司女が好きな気がする。

一緒にいると意識してるってことはめっちゃ自覚ある。

この間、その女との会話中に呼ばれて、つい口から「このタイミング・・・。」と出てしまって自分もびっくりした。別に呼ばれて困るタイミングじゃなかったから、アレは内心あちゃー・・・とも思った。

が、どうにもこうにも恋心がそんなに熱烈じゃない。

仕事関係なのに名前すら覚えられていなかった事に、普通ならしんどくなりそうなものだが、「まいっか。」と思ってる。

そして、「その女のことが頭から片時も離れない」なんてこともなく、休日には全然違うこと(趣味のこととか)を考えてて、女のことなんかすっかり忘れてる。職場で顔を合わせてからようやくなんかスイッチが入る。

1020代恋愛感情ってもっと心を引き裂かれるような激情だったんだが、もう歳かねぇ。

元彼女と別れて半年ちょいになるが、全く引きずらなかったし、その前の彼女ともかなりあっさり別れた。

まぁ、そんなに激しく恋愛してても疲れるからこれはこれで良いんだが、なんだか少し寂しい気持ちもあるな。

2017-05-28

http://anond.hatelabo.jp/20170528165058

国の核武力強化の道に響いた多発的、蓮発赤性

地上デジサン中長距離戦略弾道弾「北斗-2」型の試験発射で再び成功

敬愛する最高指導者キム・ジョンウン同志

弾道弾発射実験を参観希望であった

 

国全体が主体朝鮮の新型中長距離戦略弾道ロケット火星-12」型の試験発射の大成功を熱烈に祝い、大きな激情歓喜に激しく沸い広がっている中部隊実戦配備を控えた地上デジサン中長距離戦略弾道弾「北極星-2 「型試験発射が再び成功裏に行われてきた惑星震撼している。

偉大な党の指導により、日に一日一日、新しい叙事詩英雄を広げている私たち国防科学研究部門と軍需労働者階級は、この間、米太平洋司令部が巣ハワイ米国アラスカを射程圏の中に置いている新型中長距離戦略弾道ロケット試験発射で成功したその勢いは、その気迫にジュルギチャンリョンソク攻撃戦を展開し、中長距離戦略弾道弾「北斗-2」型の系列生産準備を終え敬愛する最高指導者同志を迎えて部隊実戦配備のための最終的な試験発射を行うことになった。

朝鮮労働党書記であり、朝鮮民主主義人民共和国国務委員委員長であり、朝鮮人民軍最高司令官であるわが党と国家軍隊最高指導者金正恩同志が現地に出る以上、地上デジサン中長距離戦略弾道弾「北斗-2」型の試験発射を参観希望であった。

リービョンチョル同志、キム・ジョンシク同志、ジョンスンイル同志、ユージン同志、ジョヨンウォン同志をはじめとする朝鮮労働党中央委員会責任幹部朝鮮人民軍戦略軍司令官作戦軍枚ギムラクギョム同志が同行した。

敬愛する最高指導者同志を現地で槍し同志、ジョンイルホ同志をはじめとする国防科学研究部門と軍需工場幹部科学者技術者たちが迎えた。

今回の発射は、地上デジサン中長距離戦略弾道弾「北斗-2」型兵器システム全般テクニカル指標を最終確証し、各がした戦闘環境の中で適応可能性を十分に検討して部隊に実戦配備しようのに目的として行った。

敬愛する最高指導者同志は同行した活動家と一緒に監視所を占めし発射コマンドを下し時であった。

天地を揺るがす派手同音を壮快に決め「北斗-2」型が眩しい閃光を噴き出しながら万里対空に向けて発射された。発射された弾道は著しく強化された私たちの国の尊厳位相、国力を誇示して、5月の澄んだ青いハヌルガに勝利飛行機雲を誇る冷やし漏れであった。

今回の発射を介してリ大食強行発射台車でのラング発射システム、弾道弾のアクティブ区間の飛行時の誘導と安定システム階段分離特性、大出力固体発動機始動作業特性信頼性の精度が完全確証された。また、核操縦ジョンツブの分離後、中間区間操縦と末期誘導区間でのすべてのテクニカル指標が遠隔測定データによって再確証されただけでなく、ジョンツブに設置された撮影映像データに基づいて姿勢制御システムの精度もさらに明確に検討された。これと共に弾道弾とリ大食強行発射台車をはじめ、地上記載を実地戦闘環境の中で、その適応性を十分に検討した。

敬愛する最高指導者同志は監視所での活動家と一緒に打ち上げ結果を分析評価し百、満点だと、非の打ちどころなく完璧だと大満足の意を表した。

敬愛する最高指導者同志は弾道弾の人中性が非常に正確であること、「北極星-2」型弾道弾は完全に成功した戦略兵器と誇りにあふれ言葉ながら地上デジサン中長距離戦略弾道弾「北斗-2」型兵器体系の部隊実戦配備承認希望であった。

敬愛する最高指導者同志は弾道弾に設置した撮影を介してリアルタイムで受信される地球写真を見て、私たち撮影したロケット地球をずっと降り撮ったものをみると、本当に気持ちがいい、世界中のすべて美しく見えるおっしゃった。

敬愛する最高指導者同志は、地上デジサン中長距離戦略弾道弾「北斗-2」型の戦術技術仕様が党から要求される目標に確固到達したとしながら、今すぐ多く系列生産して人民軍戦略軍の装備しなければならないと教えた。

敬愛する最高指導者同志はアメリカ帝国主義者とその追従勢力がまだ精神取り戻す新しいなく、私たちの核力の多様化、高度化をさらに推し進めていかなければならないと改めて強調しながら、核武力強化で提起戦略的課題を打ち出した。

敬愛する最高指導者同志は党の指導に限りなく忠実な私たちの信頼できる国防科学研究部門と軍需労働者階級が国の自衛国防力、核抑止力をしっかり固めていくための闘争の道で屈することな継続革新前進、リョンソク攻撃していくことで敵にジョンリュルと恐怖、死をかぶせる川威力朝鮮式主体武器、核攻撃手段さらに見事、より多く作ら下しなさいは大きな期待と確信を表明し希望であった。

敬愛する最高指導者同志は、地上デジサン中長距離戦略弾道弾「北斗-2」型の試験発射を再び正常に踏み切った全国防科学者技術者労働者労働者を熱烈に祝ってくださって、彼らと一緒に歴史に残る重要記念写真を撮った。

本社政治報道の半分

국가핵무력강화의 길에 울려퍼진 다발적, 련발적 뢰성

지상대지상중장거리전략탄도탄 《북극성-2》형시험발사에서 또다시 성공

경애하는 최고령도자 김정은동지께서 탄도탄시험발사를 참관하시였다 [ ] 05.22

http://www.rodong.rep.kp/ko/

2017-05-17

江戸川 女子高生殺害青木正裕被告について

事件の内容が既知であることを前提に書く。知らない人はURLを。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170516-00000560-san-soci

憶測を踏まえて、彼について思ったことや犯罪者境遇などについて書く。また、この見解が上記のリンクニュースZERO報道内容をソースとした、個人の雑多な意見であることを念押ししておく。

まず、彼がサイコパスと指摘されていることに関して、昨今のサイコパスについて誤解を述べる。(参照:サイコパス-冷淡な脳-)

現在サイコパス倫理観の欠如した人間代名詞として、市井では乱用されているが、医学上、サイコパス及び精神病質は、脳の前頭前野皮質眼窩部と側頭葉前部、扁桃体などが18%ほど先天的に萎縮した遺伝的な発達障害者であることがわかっている。その結果、他者に対する共感能力の欠如が起因となり、倫理観の欠如が現れる。また、サイコパス特質として、不安に対する鈍感さ、過大した自尊心がある。ここにおける自尊心は、精神医学における自己愛パーソナリティ障害ナルシシズム的な歪んだ自己愛ではなく、正真正銘の等身大自分を愛していることであるサイコパスは決して自暴自棄にはならず、不安も感じない。不気味なほど前向きだ。今回の青木被告供述境遇から、彼がサイコパスでないことは明白である。よって、ここからは彼に罪悪感と不安が備わっていることを前提として書いていく。

この事件についてブコメに書かれているのは、「オタクによる犯行に関する意見」や「自殺しろ」、中には「どうせなら他の奴をを殺せ」といった過激ものであるが、この記事で最も注目すべきは彼の境遇だと思う。

彼は親から愛されず、周囲からいじめによって虐げられ、生活費のために借金までし、健康も患っていた。経済的に困窮してまで、親に頼らず一人暮らしをしていたのは、おそらく自身を愛してくれない母親といるのが苦痛に感じることや、愛してくれない母親感覚的に親ではなく他人に感じ迷惑をかけたくなかったことが関係していると思う。彼の自尊心精神は、その環境によって着実に蝕まれていき、もはや人生希望や魅力なんてものほとんどなかったのだと思う。アニメゲームは、おそらく彼にとっての現実逃避、唯一辛い現実を忘れさせてくれる憩いの場であったはずだ。彼にとってのオタクカルチャーは、犯行助長するものでなく、むしろ疲弊した精神癒し、こういった破滅的な末路を長引かせることに寄与したと思っている。残念ながら、それを回避させるほどの効果はなかったが。

自暴自棄になっていた」「死刑になろうとおもっていた。」という供述から、彼が死を願っていた、この現実から逃げたがっていたことが伺える。自殺を避けた動機については不明瞭ではあるが、やはりそれを為す気概がなかったのだと思う。「自殺すればいい」という直情的なコメントも見受けられるが、一人の幸も不幸も喜びも苦しみも感じる人間が、自らの意思で死を選択し実行する難しさを考慮しているのだろうか。自殺大国といわれることもある日本においては、他者自殺は珍しくないかもしれないが、一人の人間にとっては、自身の全てに自ら終止符を打つ人生最大の決断であるはずだ。容易に成せることではない。

から彼は自分ではない外部に殺害を委ねたのだろう。こんなことを言ってしまっていいのか不安ではあるが、少なくともこの国で最も効率よく確実に外部に殺害される方法は、司法制度における死刑執行を受けることだと思う。リスクを物ともせず、罪悪感を排斥、または抑制自己欺瞞していることが前提であれば、この国で極悪非道犯罪を犯すことは容易だ。多くの人々が周囲になんの警戒もなく、街を悠然と出歩いている。殺人を望む者にとっては、いつでも凶器などを用いて犯行を犯せる環境だ。それは多くの通り魔事件などが示している。そして今回、彼は「連続殺人をして、死刑になろうと思っていた」という判断に至った。しかし、この判断はもはや理知的計画性があったかどうか怪しいところである。心身ともに疲弊していた彼には長期的な計画想像試行錯誤ができるとはあまり思えない。おそらく思いつきに近いのであろう。倫理の軛から一度は解放させられた彼の思考は、この人生最後の機会を用いて、自身の醜い欲望を満たすことに帰着した。次は事件時の彼の心境と性的嗜好について書く。

ここから私が見たニュースZERO報道ソースとしている。

彼が犯行の標的として、バイトの同僚を選んだ動機は、殺害成功可能性の高さ、か弱く家に連れ込むことができるという合理性と「青木被告女性が首を絞められ、乱暴される様子に興奮する性癖があった。」というものと関連している。ここで注意したいのは、彼の性的嗜好が「女性が首を絞められ、乱暴される様子」であって、「女性の首を絞めて乱暴すること」ではないことだ。昨今の、アダルト業界カテゴリーに、二次元三次元を問わず、「強姦」というカテゴリーがある。また、そのコンテンツからこのカテゴリーの大きな需要が伺える。彼の自宅からそういった類のアダルトビデオが見つかっていると報道されていたので、彼もそのコンテンツ消費者であることがわかる。彼にとっての自慰行為は、オタクカルチャー同様、現実逃避の一つであったと思う。彼は創作物の、画面の向こうの非現実的世界にある「女性が首を絞められ、乱暴される様子」に興奮することを、「女性の首を絞めて乱暴すること」で興奮することと混同していた。大きな罪悪感は性的欲求を阻害するが、非現実的アダルトコンテンツはその罪悪感をなくさせ、単純な性的欲求のみを刺激する。事実報道によると、彼は被害者絞殺後、「遺体を見て申し訳ないと思った」と供述しており、罪悪感が起因となり、強姦を行うことができなかった、したくなかったようだ。

犯行中、彼は被害者の首を絞めるリアル感触の中、興奮なんてしないことに気づいていたはずであるしかし、もはや後には引き返せずそのまま犯行遂行した。犯行後、彼は現実に戻り罪悪感を感じた。そして、ここで彼は「遺体写真を撮った」と供述している。ここの行動の意図は明かされていなが、可能性の低い見立てとしては、画面の中に遺体を収めることで犯行を非現実的ものに感じたかったのかもしれない。犯行後、彼は当初の荒唐無稽計画を断念した。これは殺人に対する恐怖と罪悪感が原因だろう。また、彼の「すっきりした」という供述は、犯行それ自体が爽快なものであることを示したものではなく、自首までの二日間の意気消沈と冷静さを含んだ思考からくる人生へのけじめを示すものであるように思われる。

被害者は彼とまともに話してくれる数少ない人間の一人であり、彼にとってはそれなり重要存在だったと思う。自暴自棄になり盲目的に死に向かう彼はそれに気づいていなかった。二日間の冷静な思考気持ちの整理の結果、自身の罪について、本来備わっていたわず倫理観がその贖罪判断した。死にたいではなく、死ぬべきだと。

裁判中の、深々と頭を下げた彼の、遺族と被害者に対する謝意本心からくるものであると思う。死刑を望む彼に情状酌量を得るための演技は必要ない。おそらく、自暴自棄からくる死への渇望、被害者を巻き込んだ罪悪感、それに連なる遺族への罪悪感、わずかな倫理観からくる自身のあるべき姿、などの多くの感情思考犯行後の彼の精神を占めているのだろう。

おそらく、常人であれば、「強姦」のコンテンツを消費して、「女性が首を絞められ、乱暴される様子」と「女性の首を絞めて乱暴すること」を混同しないと思う。しかし、死を望むほど精神的に追い詰められていた彼には、そこまでの自己洞察はできなかったのである。この記事を見ている人の中には、このコンテンツ消費者のような、あまり公にはできない欲望を持っている人もいると思う。しかし、あなたブレーキを踏むことができ、社会的な行動をすることがさほど難しくないであろう。だが、彼のブレーキはもはや壊れていた。彼を取り巻く環境破壊したのである

追記

彼はごく普通人間として生まれた。社会的意味でも普通な人生を、本来は送れたはずなのである。多くの者が彼などの犯罪者境遇犯罪者を生み出す起因について鈍感であるように思われる。もし彼が両親から愛され、周囲から適切に親しみを持って接してもらっていたら、彼は今回のような犯行を犯しただろうか。彼の自尊心は両親の愛によって確立され、適切な社会との接触により、健全精神が養われていれば、今回のような結果は起きなかったはずである。これは彼だけではなく、サイコパスを除く犯罪者ほとんどにあてはまることだと認識している。多くの犯罪者境遇は、現在ある程度の社会的地位を確保している者のほとんどにとっては無縁のものであり、想像すらカスリもしていないこともある。今回のようにその境遇報道されようとも、多くの者が犯行それ自体に目がくらみ、犯罪者自身について考えず、激情に任せた罵声を浴びせる。まるで彼が生まれつきの狂人であるかのように、自分たち一般人とは違う側の人間であるかのように認識する。彼はただの平凡な人間であり、現在の我々が彼とは違う道に進んでいるのは、たまたま彼とは違う環境にいたかである。決して、今の自分自身の力のみでここにいるなどとは思ってはいけない。頭でわかったふりをしても、先入観のどこか思っているというのもダメだ。我々がこの混沌とした世界で、今のところはある程度健全精神をもって犯罪を犯さず生きていける側の人間位置していることは、ただの偶然の積み重ねによる一つの奇跡だと思う。その境界線があまりにも曖昧であることを、彼と我々の違いがどれだけわずかなものであるかを自覚すべきである

こんなことを書いたところで何か大きな変化が起こるなどとは思っていない。こういった事例を避けるために政府がどれだけ社会に介入できるのか、個人にできることはなんであるのかはわからない。法は法であるから守る価値があるのであって、決してそれが正義であるから守るのではない。もちろん、法を施行する側の人間は、倫理正義を持ってそれをなすべきであるしかし、法の内側にいる我々一般市民が、少なくとも法のもとにいると意識している間は、法に対しては盲信的な姿勢が肝要となる。また、法を破った者を、倫理的非難非人間的である非難するのではなく、ただこの国のルールを破った者として機械的認識することが、重要であるように思える。健常者である犯罪者にも倫理感はある。国家には守る価値のある秩序もある。なのに犯罪は今もなお横行している。

2017-04-21

感情的になれない、ロボットみたいと言われた

俗に言う人間らしさってもの自分には備わっていないらしい。

祖母にあたる人の通夜に参加した時姉にロボットだと言われた。

多分、親族皆がメソメソ泣いているところで私だけが普通にしていたからだろう。

悲しくなかったわけではないのだけれど、別に泣くほどじゃなかった。

私にとって涙を流すというのはとんでもない激情支配されたときぐらいで、正直な所祖母が亡くなったからと言ってそこまでの気持ちにはならない。

逆に話を聞く限り祖母に早く亡くなって欲しい、財産がほしいと語っていたという私の母の姉(何ていうんだっけ?)がわんわん泣いていたのが不思議しょうがない。お前死んでほしかったちゃうんか?

私も喜怒哀楽がないわけでは無いのだけれど普通の人よりは弱いとは思う。

感情支配されないおかげで得られるメリットも色々あるけれど、他人からロボットと言われるデメリットよりは大きくない。人間らしくないと避けられることはちょくちょくあるからね。

表情に出ないだけで私も喜怒哀楽を感じているので、ロボットと言われるとちょっと傷つく。

少しのことで喜んだり悲しんだりできる人が心底羨ましい、そっちのほうが楽しそう。

2017-04-10

忘れてしま

もうずっと昔のこと。

ヒト一人が生まれて、大人になって、そこからまたヒトが生まれるぐらいの昔のこと。

だけどすごく大事な、自分の中ではとてつもなく大事なこと。

だったのに。

あの時はあんなに忘れないって思ったのに

忘れられるわけなんてないって思ってたのに

そんなことは不可能

気が付いたらそのことを一度も思い出さずにいる日があって

そんな日が気が付いたら週に何度もあって

気が付いたらそれが1ヶ月の半分ぐらいになって

でも時々思い出して泣くんだよ

つの間にか、思い出しても涙が出なくなって

つの間にか 思い出せていたはずのディテールあやふやになって

つの間にか 靄がかったようなぼんやりしたものになって

その頃の辛かったことなんてもう思い出せないけど

その頃の幸せだったことだけは何故か消えなくて

壊してしまった理由は鮮明に覚えてるのに

あの日激情はとうに消えてしまっていて

悲しみは薄れこそすれ

愛しさは消えることはないのに

それなのに、思い出せない

今もこんなに愛おしく思っているのに

忘れてしま

砂時計の砂粒よりも小さい欠片になって崩れていくように?

素焼きの器から水が染み出していくように?

つの間にか

その笑顔さえも

2017-02-12

3回目 ラスト 印象と感想

一旦投稿


毬が転がった後の暗転が、すごく暗闇。DVD撮影日、最前列、と見たので、今まで実はそんな暗くなかった。

ほぼ最後尾だったので、暗闇がすごかった。

その暗闇から「不幸という言葉が…」という一説(長い)(日本どうこうまで入るよ)が聞こえると、井戸の中で亡くなったものの嘆きに聞こえます

場所紀州の孤島。「ここが最後場所」と言う。物語最後場所であるらしい。

ちなみに舞台では紀州の孤島の諸戸屋敷改装しているとやはり最後に言っている。

亡くなられた方が、私たちのいる現代に帰ってこられて、語られているようす。

鬼のことは姿が見えないという。

どうにも諸戸の最後手紙に苦しんだという旨かのような発言に聞こえる。暗記できない…

なんというか簑浦と諸戸やはりお亡くなりになっていて一緒にいる。

私は学生時代の簑浦が「あつい手だね」と言ったこと、~`,+@~若いから嫌悪感なかったということなど、『私』の簑浦は諸戸との恋愛にどうしても繋げてしまう。

というか、学生時代の終わった恋の簑浦、諸戸との友情箕浦というのは、状況的にはスッキリする。いや心理的にもそうなのだけど、後半の解釈がうまくゆかぬのだ…

箕浦「ここからは僕の物語」が、おそらくセリフとして正しいはず。毎日稽古しているようだけどセリフ変わってたらどうしよう…見る回によって難易度違うのは勘弁してほしい…

役者以上に完全に登場キャラクターだよなあこれは。

から結構衝撃だった。

よくよく聞いてないと本当に流してしまう…

諸戸との再会は初代さんちで深山木さんもいる時でしたね。

作中で声が重なるのは4回。

  • あつい手だね
  • ヒグチ?
  • 早くないですか?
  • 僕の(お前の)母親だよ

最初最後はわかる。まん中二つがわからん

「早くないですか」は、もっと諸戸と話したかった(のに邪魔された)という意味

ヒグチは初代と秀子…あ~

言葉に二重の意味がある時に同時に話すのか? いや、私は原作からも「あつい手」を二人が同時に感じる相思相愛エロチシズム表現だと解釈している。これはハッピーエンドを目指すとき絶対に揺るがせない。

私>箕浦って世界への権力差は確実にある。これがな~どこまでを私とし箕浦とするか、というのが厄介にさせている。

いや逆か。おそらくどこかに数式の解があって、それであるならすべて説明可能になるように設定の証拠が上演されているのだ。

『私』と諸戸だと共犯関係のような雰囲気を感じるけれど、箕浦と諸戸は親しく親密にしていてもどこか絶対の別個体感があったんだけどなぁ。う~ん…印象に補正かけている気もする。

諸戸と箕浦萌えるのって、それこそ不倫の恋のように感じて抵抗がある。初代から秀ちゃんに心変わりすることを「恥はないのか」と責めることと、まったく同じ事象が「箕浦が諸戸に心変わりした」という場面でも発生すると思うのだ。

諸戸と箕浦身長であるとか、近い距離感であるとか、激情を秘めた哀しみのHSK×鈍感素直な陽属性ノンケという組合せだとか、萌えなくはないのだけど…ってあーーーー!

これが「諸戸と簑浦は何かへんだぞ」か! そして箕浦完璧ノンケの態度しかとっておらず、盗み見たり接触しようとしたり近い距離にドキドキしていそうなのは、変なのは諸戸の方だ!

学生時代の再来ではないか

そうだ、二回聞いたなと思っていたのはここだ。学生時代の思い出語りで諸戸の友愛や親切に感謝していると『私』は言い募るのだ。セリフの仔細はちがうだろうけど、井戸で襲われかけている時も『私』はそう募る。

どうにも『私』は諸戸と恋愛できる可能性を抱えているように見えてしかたなく…やはり手を握り返さな箕浦に驚いて『私』を見るシーンの解釈が…

あれは握り返すより握り返さない方がエロくないか…?

あれ?もしかして再会してから、諸戸が初めて『私』を見たのがあの時か!?

ねえそれなら、諸戸は「手を握り返されられない」ことに『私』=簑浦の中にある恋の種に気付いたのではないか

から諸戸に見られた『私』は顔を背けその瞬間箕浦は手を握るんじゃないか

恋する人格から初代さんの名前も呼ぶ…?

ああそうか、もし諸戸が自分の身を恋に燃えるイドと美しい友情超自我に分けられたなら…

箕浦が居ないときに『私』と話していたり、

五郎滞在していけと言われた時、諸戸は先に『私』を見て「だってさ。」と言い、それから箕浦を見ている。

秀ちゃんが吉ちゃんの手を自分の胸にやるシーン。あそこは死んでしまいたいというセリフだっけ? 井戸の中で諸戸と死ぬことを受け入れた箕浦は、抱き締める諸戸の手をどうした?

あの時は吉ちゃんは発情していなかった。だから胸に手をやるのは凌辱表現ではなく、秀ちゃんによる吉ちゃんの受容だったのでは。セリフはなんだったか

《みのうら》している箕浦は、諸戸の回想とか見えていない。だから語っている諸戸を見ている。『私』には諸戸の回想が諸戸と同じように見えている。

そう、秀ちゃんに恋したところを見咎める諸戸、めっちゃ非難する諸戸、あれって諸戸よりももう一人の自分みたいだったんだ。ある意味箕浦に似ていた、諸戸とは少し違わなかった?

私、簑浦が同性愛否定するようになったのはあの夜以降で、その倫理形成は諸戸だったのではと思うの。超自我教育で培われるでしょ、簑浦の同性愛嫌悪はそのまま自己否定する諸戸のようだと思うの。

「君は嫉妬しているの?」ってセリフ、あれはああ言うしかない会話の流れででもそしたら嫉妬しているって答えるしかなくてじゃあ今こそ受け入れてくれるの?って流れになるに決まってて…って思うんだけど、そこでも簑浦は友情しか受け取らない…「うん秀ちゃんが無事で嬉しい」って言えばよかったの?

あさましい!」と叫んで振り切って、「(原作セリフ) 死んでたまるか!まっぴらごめんだ!」と

2017-01-31

AVデビューに俺の名字を使われた

かなり訳が分から困惑している。

しかも下の名前本名漢字を変えているだけなので、知り合いが見たらすぐに分かるはずだ。

ゲーセンで知り合った中卒の女で、当時から確かに悪い噂はあった。

飲んだ勢いで告白されたとき相手にはまだ彼氏がいたのだが、高校出たばかりの自分童貞を捨てたい一心でその誘いに乗ってしまった。

実際に付き合ってみると感情の起伏が激しくかなり扱いづらい部分はあったが、それでも浮気もされずに何年か付き合うことになった。

同棲まではしてみたものの、仕事が忙しくなって相手ができなくなると、突然同棲をやめると言いはじめて、それから連絡がとれないままに別れてしまった。

悪い噂というのは、とにかく片っ端から男に手を付けるというもので、本人にも問いただしてみたことはあるがそれなりの数の男と付き合っていたらしい。

付き合っている最中もこちらの気持ちお構いなしに求めてくることが多く、贅沢なことかもしれないが、正直仕事との両立は厳しいと感じられるほどだった。

別れてから2年ほど経った今、まさかこんな形で相手の今を知ることになるとは思わなかった。

はっきり言って何故そんな風に自分名前が使われているか理由が全くわからない。

復讐?それとも未練?

いずれにしてもそんな激情のもとに別れを迎えたような恋愛ではなかったはずだ。

金遣いも性欲も、AV女優になりかねない素養は多分にあったとは言え、これはなかなかにきつい。

当時のゲーセン仲間も縁遠くなっているから構わないと言えばかまわないのだが、こんなに気持ちが悪い経験は初めてだ。

とりあえず理由が知りたい。うっかり読んでくれたりしないだろうか。

2016-08-30

例のあれ

自分はすごく面白かったんだが、「面白かったね~」って言ってたら「あーーww俺あの映画いっきらいだわwww」とわざわざ口出ししてくるひとが居て、好きな映画だったはずなのにもうそれで色々と萎えて、楽しかった思い出が全部ぶっ飛んでしまった。もうあんまり思い出したくない。

すごく悲しかった。

まあ自分で気付いていないだけで、同じようなことをわたしもきっとこれまで繰り返してきたんだろう。対人コミュニケーションとは傷付き傷付けられることだし、多くの場合勝手に傷付けられる方が悪い。繊細ヤクザという言葉もあるし、そうならないよう、自分もっと愚鈍であらねばならない。そう思って溜飲を下げようとしている。

--

そういう自分脆弱さが本当に憎らしい。

本当はその楽しかった思い出を、向こう半年くらいは反芻しながら生きていくつもりだったのに。今はその作品について思い出そうとすると、あのときの場の変な空気とか、自分の子供っぽい激情とか、数刻後にどっと押し寄せた疲れと悲しみが思い出されるので、後悔しかない。↑のひとに対して多少ムムときたのは否定しないが、自分への怒りと後悔の方がそれに勝る。自分もっと他人価値観尊重したうえでコミュニケートできるような人間であれば何も問題はなかった。

--

TBのひとありがとう

2016-08-12

邦画うんこぶり

ロストバケーション面白かった。

85分ぐらいの短い映画だが、見せ場に富んでいて興奮した。

この作品に緊張感を与えているのはインテリヒロインの奮闘ぶりだろう。

どれだけ追い詰められてもヤケクソにならず、サメの特徴を見極めながら冷静に対策検討し、

その上で決断勇気で策を実行していく。

逃げるだけでなく、サメ攻撃するアイディアをひらめいたら果敢に攻撃に転じていた。

 

これと対照的映画として思い浮かんだのが、品川さんのZアイランドだ。

ゾンビだらけの島に来てしまった人々はパニックになったまま、必死に知恵を絞ることな

激情もしくはあきらめに駆られて玉砕戦法に走ってバタバタ死んでいく。

死にたがっている人たちが死んでもスリルが無い。

日本人は考えることから逃げるんだよ。無根拠覚悟気合いが美学になってしまってる。

頭が無くて気持ちだけで作っている邦画ゴミだらけなのも仕方が無い。

2016-06-17

[]

白鳥異伝を読んだ。久しぶりの読書。読みきった充実感はあるけど、荻原規子小説自分には合わないのかもしれないと思った。

少女主人公から仕方がないのかもしれないけど、白鳥異伝も少女小説っぽいなって感想を持った。生まれ持った使命や純真恋愛などもろもろもの要素を練り込んだ大作になっていたと思う。

空色勾玉よりかエンターテイメント性に指針を振っていてので読んでいて楽しかった。特に小倶那の出生および悲劇的な運命は読ませるものがあったと思う。本当に可哀想男の子だった。

一方の遠子なんだけどすごい癖のある人物で困った。最後の方は好きになれたけど、中盤は本当にきつい。菅流に指摘された通りの思い込みの激しい人物で、なおかつ直情的なもんだから本当に共感しづらかった。初めに少女小説的って言ったのはこの遠子の性格が原因。彼女感情移入できるならかなり楽しめる作品なんだと思うんだけど、自分には難しかった。

また遠子に限らず、登場人物が揃いも揃ってものすごく感情に忠実なもんだからわず突っ込みたくなった。激情に駆られても理性が勝って冷静な判断をする場面が、殊に遠子に至っては殆ど無かったんじゃないかと思う。何やってんだよと何度か思ってしまったし、またこうなるのかとうんざりすることも多かった。

また古代日本舞台にしたファンタジーから当然とはいえ、折に触れて運命やら定めやらのキーワードが出てくるのも辛かった。その運命なり定めなりにしても、内実をある程度明らかにしてくれていたらすんなりと読み込めるのだけれど、ぼんやりとぼやけたままある状況下に陥ったのはお前の運命なんだよみたいな流れが出てくるのでもやもやした。まあ運命やら定めって言葉はそのように使いのが普通なのかもしれないけれど。

これら二つの気になる箇所が所々で悪魔合体たかのような読書感を与えてくるもんだから閉口してしまった。もちろんそのように感じる方にも問題があるんだけど、なかなかに辛かった。二度目読むときはその時々の登場人物が抱いている本当の感情がわかっているから楽しめるような気がする。一度目は文章だけを頼りに頭空っぽにして読んではつらいと思う。いろいろ想像して書かれていな本当の気持まで読まないと楽しめない小説なのかも。

その他の人物について。菅流がとびきり良い人物だった。喧嘩っ早くておちゃらけてて尻が軽いのに、面倒見が良くて優しい菅流は遠子と小倶那のいいお兄さんになっていた。七掬や武彦みたいな年長者たちは相変わらずどっしりと構えていて頼りがいがあった。

結局この物語大王が糞なのと、百襲姫が狂ってたのが元凶だったのかなあ。妄執というものは何に対してであれ恐ろしいものだと思った。

二巻三部に渡る物語で、それぞれガラリと話の感触が変わるけれど、一貫したエピソードでもって引っ張っていく小説だった。今度は薄紅天女を読む。

2016-06-02

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.「○○に親でも殺されたのか」といった文言は何ですか。

個人が唱える論が執拗であったり感情的であったりするときに、揶揄的な意味合いで使われることが多いな。

これにはいくつかの説がある。

定説は、「人間は身内を殺されたりするほどの背景や動機がなければ、そこまで執拗だったり情熱的になれない」とする説だ。

もちろん、冷静に考えれば必ずしもそうではない。

だが受け手にしてみれば、その人間が「なぜそのような言動を?」というのを納得するアンサーとして“物語”が必要なんだ。

虚実がどうあれ、他人理解する手法としてコストパフォーマンスに優れているからな。

では、なぜその理由が「親が殺されたのか」というと古今東西物語において主人公の親の死亡率は高かったのさ。

そうやって物語に触れてきた人たちにとって、動機や背景として「親が殺された」というのは分かりやすかったんだ。

だって、親が殺されたら激情に駆られるだろ?

……そうか、無神経なことを聞いてしまったようだな。

まあ、私の中でも親は死んでいるので、おあいことしようじゃないか

2016-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20160510005944

両親がうざいからなんとかしたいってこと?

だったら全力で反論したらいいよ。暴言吐くとか、ヒステリーとか、物にあたるとか、そういう激情を両親にぶつける感じ。そうしたら理解にせよ疎遠にせよ何かしら進展はある。

2016-03-06

子は親がしたことを繰り返すものなのかな。

母親激情型でマウントするために手も口も激しく出るタイプ

外面はめちゃくちゃいい。

父親自己中心的時間の使い方も仕事自分の好きなようにしたい。

家族を持つのに向いているかといえば微妙。どちらかといえば天才肌。

私は短気で外面良くて自分のペースを崩されるのが嫌い。

いつか別れてしまうなら結婚したくないし、自分時間が減るなら子供も欲しくない。

母親とはオリが合わなくて、いよいよ絶縁して家を出ることになった。

もっと悲しいかなと思ったけど、清々しい気持ち

死にたい

2016-02-28

上司の注意の仕方について思うところ

俺は入社3年目、工場勤務の作業員。24時間稼働の工場で3交代で働いている。最近風邪インフル流行っていて欠勤者が多くなっており、この間も二人休む事になった。そこで俺が勤務の変更をすることになったんだが、まぁめんどくさい。シフト確認して出れそうな人に一人ひとりに電話して勤務変更していいか聞かなければならない。しか相手交代勤務をしているので夜勤の人なんかは昼間寝ていて電話にでれないことが多い。電話が繋がるまで時間を空けなながら残業して電話をすることもある。今回も1時間くらいずつ時間を開けて電話にしていた。ラインが回せるようにシフトが変更できるまで帰れない。こっちは早く帰れないのに電話が繋がらない限り無駄残業時間が伸びてしまう。なんとか電話がつながりシフトを組むことが出来た。しかし途中で「早く終わらせて帰りたい。無駄残業だな」と俺が言っていたの上司が聞いていたらしく、後日注意を受けることになったんだがその注意の仕方にが感情的に怒って注意をしているようで、上司として部下に注意をする仕方としては疑問を感じてしまう。

「俺は無駄残業だと思わない。ラインを円滑に回すために必要作業だ。入社3年目のお前が他に何が出来るんだ。無駄だと思うなら残業つけずにやればいいじゃないか。」

という注意を受けた。

勘違いしてほしくないのが俺はシフトの変更作業無駄作業だとは思っておらず、電話が繋がらずに残業時間が伸びてしまうのが無駄だと感じてしまったなので、上司から注意を受けた時に違和感ありまくり。なんか勘違いしてるぞコイツ、となってしまう。

弁解をしようかと思ったが感情的に注意をしているのでここで弁解したら「言い訳すんじゃねぇ」と激情してしまいそうで何も言わず謝罪だけしていた。

勘違いから起きた上司の注意ではあるがその注意の仕方に疑問を感じてしまう。

まず感情的に注意をするのが上司としてどうかと思う。なぜ感情的に怒っているのかと判断たかというと上司の注意の発言のうち、主語が「俺は」になっていたのと俺のことを「お前」という攻撃的な発言で言ったことから判断している(普段「お前」という二人称を使う人ではないので)。

通常、感情的に怒って注意をしてしまうと論理的に見えないため説得力が低下してしまうし、相手に怖い印象を与えてしまう。最悪今後の関係にも影響を与えてしまう恐れがある。

今回の注意についても「俺は無駄残業だと思わない。ラインを回すために必要残業だ」という発言も言い方を変えて「そういう発言をすると職場雰囲気が悪くなるし、後輩への影響もあるから控えてくれ」という客観的理由を明確にした注意の仕方をすれば納得もできる。しか主語が「俺は」になっているので個人的イライラして注意したんだなと思ってしまうし、実際にそうである可能性のほうが高い。まぁ若造が「無駄残業だ」と言った発言をすればイライラするのも分かる気がするが、まず勘違いなので最初になぜそういった発言をしたのかを聞いてくれればよかったと思う。そうすればこちらとしても、電話がなかなか繋がらないため帰ることも出来ず、イライラしていましたすいませんでした。と言った具合に無事問題にならずに住んだと思う。

そして上司発言の中に「3年目にお前に何が出来る」という発言があったが、感情的になっているからとはいえこ発言を部下に対してするのは正直どうかと思う。俺はまだ若造とは言え、それなりにやらなければいけない仕事が多々ある(ライン作業以外の業務的な作業で)。むしろ若造なので仕事を色々押し付けられてかなり業務量が多いと言っていい。なのでそういう発言をされてしまうとこちらの仕事に対するモチベーションが低下するのでやめてもらいたい。こちらの言い分として、まだ若手なので上司のように高度な内容の仕事は出来ないが、若手なりに精一杯仕事をしている自負がある。それを「お前に何が出来るんだ」というい方をされるのは正直不愉快である

また、「無駄だと思うなら残業をつけずにやればいいじゃないか」という発言に至ってはもう完全に意味からない事を言ってしまっている。まず残業をつけずにやれというブラック発言自体がもうアウト。上司としてアウト。パワハラモラハラ、何言ってんだコイツ状態である。完全に感情的に後先考えずに言った言葉だと思うけど完全に論理破綻している。もし仮に今回の作業無駄残業だと仮定して、なぜ無駄作業からといって残業を付けずに作業することを推奨する理由になりえるのか説明してもらいたい。こんなことを言っているようでは上司として信用もクソもない。


長くなってしまったが結局何が言いたいかというと、上司の人は部下に対して、感情的にならずに注意したほうがいいよということ。

2016-02-13

蛸壺屋同人雑感

蛸氏の艦これ同人を読んだので感想を書いておく。

けいおん3部作を読んで熱狂した私にとって、あのころの蛸氏はもう居ないんだなあと、しみじみと悲しい気持ちでいっぱいになる。「まんがでわかる太平洋戦争」とでも言いたくなるような単調な進行と、取って付けたようなエログロ。まったく実用性もストーリーとしての作用も皆無なエロシーンが唐突に挿入されていたのを目にしたときには「はいノルマ達成」という消化試合感覚を感じた。

ストーリーと言えるものはなく、淡々太平洋戦争海軍)の戦史を追っていくだけなので、特定キャラにつよくフォーカスを当てることもなく、物語主題として何がいいたいのかわからない。もっと読者を感情移入させて叩き落とすような、激情を揺さぶるような漫画を読めることを期待したい。

2016-01-20

[]「友達のパパが好き」

2015年最後に観た映画。年初(実際には年末あたり)に芸能人が起こした不倫ゴシップによって思い出した。今現在は、スーパースターの解散騒動でワサワサしているが、自分映画感想を書く時間がやっとできたので備忘録的に書いておきたい。

実際には起こったらかなり修羅場不倫コミカルに描いた映画

高校卒業したての女の子であるマヤちゃんと妙子ちゃんが主人公的な扱い。

マヤちゃんは友達のお父さんを好きになっちゃう程度の枯れ専不思議ちゃん魔性女子(元彼は担任で、担任ストーカー化する)。

友達のお父さんを好きになり“恭介さん”と名前で呼ぶ。それを本気で気持ち悪がるのが妙子ちゃん。恭介の娘で、マヤちゃんの友達友達がお父さんに向ける好意を(嘘だよね?と思いつつ本気で)「気持ち悪い」と思っているし、希望的観測を含め「(恋仲になるなんて)ありえない」と思っている。

そんな妙子ちゃんがちょっと自暴自棄になったときの「お父さんをあげるよ」を間に受けて、本気で振り向かせに行くマヤちゃん。

ここからストーリーが動き出すのだが、妙子ちゃんの父である恭介はすでに不倫相手がおり、その女性お腹赤ちゃんができていた…。

これだけでも結構修羅場なのだが、恭介が不倫していたのは嫁さん(妙子のお母さん)がガン闘病をしていた頃。かなりの畜生なのだ

恭介の長い不倫もあり、離婚することになるのだが、不倫相手を孕ませておきながら娘の友達マヤちゃんのアプローチに負けて恋に落ちてしまう。

ストーリーが結末に向かうにつれて、恋が人を盲目にさせるのがわかる。笑っちゃうくらい激情的になり、二人だけの世界に入り、他者が入る余地も与えない。そんな二人の恋愛劇場は、どちらか一方が少しでも冷静になったとき恥ずかしくて死にたくなるようなものなの。

あぁーこれは繰り返されるに違いない。そんな人を狂わせる恋、人の可笑しみを見せてくれる恋を楽しめた映画だった。

2015-12-25

わかったよエウレカ

最近愛について考えていた。

自らを愛し、そして世界を愛する。愛とは、全てを許し受け入れることである

  

であれば、

  

人の負の面。例えば7つの大罪

傲慢高慢)憤怒(激情嫉妬(羨望)怠惰堕落)強欲(貪欲)暴食(大食)色欲(肉欲)

なども、許し愛することができて、初めて本物の愛といえる。

  

口で言うのは簡単だ。

だがもし、自らや自らが大切と思う存在攻撃された時に、私は攻撃してきたものを許し愛することが出来るのだろうか。

この問について、私は考えていた。

  

そして唐突にわかった。

  

ハンムラビ法典の「目には目を歯には歯を」という言葉を思い出した。

これだ!とわかった。

  

私を攻撃するあなたを許し、あなたの行動を許そう。

そして、私があなたのその行為邪魔し、私が私のためにあなたのもの排除しようとすることも、同じように愛し許そう。

  

全ては平等に愛され、平等に許されるのだ。

  

ここに私の愛は成熟した。

2015-12-12

http://anond.hatelabo.jp/20151212000451

ハブられたんだろ。騙されたーの一言激情ソースを添えてSNSでうんぬんするのがマナーでは。

2015-12-11

http://anond.hatelabo.jp/20151211144157

そういう好きって激情感じたい 別に冷めてるとかそういうのでなくて、感じたことないのでなにかコツでもあるのかな

2015-11-18

自分は思いやりが無いのか

私の相方は、ある一定の不機嫌レベルを超えるとその不機嫌状態が最低でも1日、長い時は数日間持続する。

その状態になると、何を話しかけても気の無い返事が返ってくるし、向こうから事務的な事以外は話しかけて来ないし、笑顔はないしと重苦しい日々が開始される。

普段は他愛ないやりとりで笑いが絶えないくらい仲が良いので、その激しい落差がさらに気分を重くする。

しかも一緒に暮らしているためしばらく会わないという選択肢もない。

さらにその状態になると、相手は許容レベルが著しく下がっており、何を言っても怒ってしまいそう(あるいは怒っているように見える)なので、話し合いをする事もできない。

相手の機嫌が直った時に話し合いをすればいいのだが、いつもの明るい雰囲気が戻ってくると、話し合うという事をすっかり忘れてしまう。

その状態が発生した直後は、何か自分が悪い事を言っただろうか、やっただろうかと申し訳なさと不安が心を支配するが、次第にずっと不機嫌で解消のしようもない相方を見ているとイライラしてきてしまい、最近ではもはや不機嫌状態が発生するだけで腹が立つ状態になってしまっている。

今の所その不機嫌状態を解消するのは時間だけなのである

私は感情が薄く、ほとんど激情することが無いので、そういう状態になる事が理解できないのも腹が立つ原因のひとつである

人間なので、怒ったり不機嫌になるのは仕方がなく、それをやめろとは言えないが、その感情を持ってしまった相方に対して「腹が立つ」という私は思いやりや許容の足りない人間なのだろうか?

前置きが長くなってしまってすまない。

また、不機嫌状態が発生するトリガーは、私と関係ない所で嫌な事があったなどで不機嫌状態直前の相方に対し、普段であれば笑って返されるような私の何気ない一言であったりする、

2015-10-17

僕が子供を欲しくない理由

まず大前提として僕はきわめて子供が好きだ。あやしかたなんかうまいほうではないけれども彼ら彼女らはとても愛らしい

道行く子供など見ているだけでも楽しい

ただ僕が子供を好きであることと子供自身が持つ人生は全くの別だ。100%の主観他人を見て関与するのはやめておいたほうがいい

それがたとえ愛だとしても


現代歴史上で最も人間人間らしく生きることが難しい時代だと感じている

「なにをバカな、昔は宗教戦争があってコロッセオで人を虎に食わせて結核にかかったら必ず死ぬ時代だったんだぞ。今は飢えて死ぬことはどんなに貧乏でもありえなくどこにでも行ける交通手段があって子供武器なんか持たせなくていいんだぞ」

とおそらく人は言う

けれど闘争弱肉強食宗教という信念に準じた戦争尊皇攘夷日本赤軍アーリア人の強烈なナルチシズムもどれも人が自然に生きる中で生じた出来事であり、人としての感情が素直に発露した結果である。ここで書きたいのはそれが良い悪いの話ではない

現代暴力権力自意識、怒りなど人が最もエネルギーを発揮する感情は全てそれがどんなに小さいものでも即座にたたきつぶしにくる

かわりに悲しみや平和ばかりが讃えられる。何か犯罪が起きた時に被害者遺族の悲しみには同情しても加害者の怒りにはほぼ誰も同情しない。特に女性は100%と言って良いだろう、聞いてみればいい

「君はストーカーに同情しますか?」と

まれた時からほぼ全員が道徳正義常識にそぐわない怒りというものをこれでもかと封じ込められてきた

しかしまともに生きてきた人間なら怒りほど行動力思考力や集中力を高ぶらせるものはないと知っているはずだ

自意識激情には徹底的に蓋をする。そういう時代

けれど「私」に蓋をすれば同時に悲しみや喜びにもふたをする。エーリッヒ・フロムはそれを抑うつの正体だと言った

これは何も先人達闘争によって獲得された現代平和否定する話ではない。ただ人が有機体として生きるとは何かという話である

東京を歩いているとたまにどういう気持ちでいればいいのかわからなくなる時がある。人はその時々の環境によって見せる顔も役割気持ちも違う

家で鼻くそほじくっている時と仕事している時

吉野家に入る時とフレンチに入る時

歯医者に行く時と図書館に行く時

アルマゲドンを見ている時とホタルの墓を見ている時

意識せずとも経験自然感情の流れでその場その場に適応していく

悲しい時には泣けばいいし笑いたい時には笑えばいい。そうやってその場の温度がつくられる

けれどどういう気持ちでいればいいのかよくわからなくなる時がある

パチンコ屋の上に精神科のクリニックが入っているビル

貼り付けた笑顔接客するファミリーレストラン

タバコを売っているJTが設置した喫煙所嫌煙広告

ingress提供するgoogle

大手TVに出演する元不良のコメンテーター

笑ってセックスするAV女優

二面性を否定するほど子供ではないがそれでも憂慮も沈黙も罪悪感も置き去りにしているように見える無機的に見える事物が多い

愛よりも金や資本有機体よりも無機質な物の趨勢がかなり強くなっているように感じる

前後が逆だ。英語表現するとわかりやす

I have to do 私は何かをしなければいけない

I am to do 私は「可能性、責任運命、予定、意志」で何かをする

何かを持って何かをするというのはしなければならないと訳される一方で後者は自らでいるために何かをすると訳される。言語というのはかくも面白い

例えば笑って接客する店員はHe has the job to laugh at strangers with no reason.となる

直訳は彼は理由もなく他人笑顔を振りまく仕事を持っている、省略すれば彼は笑わなければいけない、だ。

持つことを否定するわけではない。仕事金も車も恋人も持つために持つと書くと強制になってしまう。欠乏している他人をさげすむ人は必ずこの思考様式である

自身も金に脅かされほとんど逆転してしまっている。もう抗うことは不可能なほど機械化もとい無機化が進行している

2045年には技術的特異点によりいよいよ機械が人を超える時が来るようだ

時代が悪い。過激な言葉でいえば人が生きている時代じゃない。そんな時代に僕は子供を欲しくはないんだよ

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