「座談会」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 座談会とは

2019-02-05

anond:20190205070002

(3)

そして今度は2005年5月に「第二次惑星開発委員会」と銘打って再び「善良な市民」の名でサイト運営を開始します。宇野さんはどうやら東京移住したようです。旧・惑星開発委員会にもあったクロスレビューに加え、テーマについて語り合う惑星座談会機動戦士Zガンダムを全話振り返る機動戦士Ζガンダム回顧録などがメインコンテンツです。メンバー宇野さんがネット面白い文章を書く人に声をかけて集めたそうです。

旧・惑星委員会との変化はメンバーだけでなく善良な市民キャラクター設定微妙に変わってます。旧での苛烈作品批判は軟化し、良いところはきちんと誉めるようになり、下の世代の目を意識しているのか啓蒙的な要素が増えています。また旧ではパロディ範囲内だった評論を真面目にやろうとしている印象を受けます

そして、「宇野常寛」の名前ライター活動を開始します。この頃の宇野さんは「宇野常寛」と「善良な市民」を分けて使っており、「宇野常寛」での仕事掲示板で「ぬるい」「何で毒舌キャラで行かないんだ?」と言われており、ライターとして真っ当に仕事をこなすのが「宇野常寛」、毒舌キャラ評論を展開するのが「善良な市民」と使い分けようとしてたのでは、と推測できます

2005年12月には今や数千部の部数を誇ると噂されている「PLANETS」の第一号をコミックマーケットにて販売

2006年4月にははてな界隈オフ会に飛び入りで参加しています。その時の宇野さんの様子をid:laisoさんはこのようにブログで書いています

しきりにオタっぽい仕草をする失敗した高橋克典みたいなひとで、

芝居がかったライトノベルキャラのようなことを素で喋る。

善良な市民という人はしょっちゅうこっちをチラ見してきて超絶うざかった。

「見んなって」というと「見てないよ。それは君がこっちを見てるから――」と

返してくるのでなるほど、それはそれでそれはそれだと思って、

自意識バトルを常に仕掛けてくるのだなと思った。

宇野さんは高橋克典似のイケメンかつ知性溢れる聡明人間のようです。

2006年4月さらサイゾーインタビュー記事担当したという告知をし(活字媒体での仕事を発表したのはこれが初めて)、2006年7月には「PLANETS」第二号の告知がされます。この号から正式に「宇野常寛」名義になり、東浩紀原稿依頼をして断られたりしています

ちなみにその当時の「宇野常寛」の知名度はこんなもの

168 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2006/06/26(月) 10:44:41 ID:4MUYMtgg

宇野常寛 の検索結果のうち 日本語のページ 約 32 件

・・・

この時期、某掲示板での宇野さんへの評価は「ある程度良い大学学生オタク批判してたのは小気味良かったが、売れないサブカルライター必死オタク批判してるのは見てて痛々しい」といった調子です。また「この仕事量で食べていけるのかな?」と心配する声もあがります。PLANETS第二号の白倉プロデューサーへのインタビュー特撮界隈で話題になるもこんな書き込みが。

802名無しより愛をこめて [sage] :2006/08/14(月) 12:21:50 ID:FJc6m3X80

>800

お前の読む労力なんざ知らん。まあインタビュは8Pしかないけど(しかメールインタビュだ)

けど言った手前とりあえずガンダム云々について(ID違うのは気にしないで)

インタビュア:現在本誌でも特集しているTBS竹田Pの手がけるアニメーションでは作品に明確なアンチグローバリズムメッセージが盛り込まれています。同じアンチグローバリズム立場から、娯楽番組制作するという立場で、竹田Pと白倉Pは共通しているはずですが「竹田アニメ」のような直接的なメッセージを「白倉ライダー」はほとんど発することはありません。これはプロデューサーとしてのスタンスの違いなのでしょうか?それともアンチグローバリズム観の違いでしょうか?

白倉:グローバリズムかいう耳障りのいい言葉を創出して価値観押し付けるのには反対です。価値観思想信条は個々人がみずから経験を通じてそれぞれ獲得していくものであって、誰かから押し付けられるのでは宗教と変わりありませんただ、番組メッセージを盛り込むなどというのも、同じく、公共的な番組私物化する行為だと思います

なんか一時が万事この調子サブカルから平成ライダー語ろうとする同人誌側と>サブカルとかまったく意識してない白倉

とで齟齬があって凄く微妙(白倉が種とかハガレンとか見てるとは思えないし)

まあ上の文からでも白倉Pの番組観はちょっと見えるけどこういうのは今までも散々言ってるし

白倉Pに対して特定作品に関してでないインタビュは貴重だから期待してたんで余計にガッカリ

切通理作井上インタビュくらい相手発言を引き出してくれるのはないもの

808名無しより愛をこめて [sage] :2006/08/14(月) 23:26:32 ID:nAGLeJSg0

なんかギャグみたいなすれ違いだなw

管理職として実務に携わっている会社人とサブカルライターとの違いが

痛いほど伝わってきて、イタイ

現状を憂えた宇野さんの熱意はなかなか動物化したオタクには伝わらないようです。

そして、2006年9月に「惑星開発委員会善良な市民宇野)氏を批判する」と題した文章アップロードされます。書いたのは転叫院さん(id:tenkyoin)。第二次惑星開発委員会の中核メンバーで、ウェブ上やPLANETS誌上で宇野さんと対談をしています。お互い、一目置きあっている「盟友」って感じだったのですが……。

惑星開発委員会批判している対象への批判があまりレベルの低いものであったから,私は惑星開発委員会に関わった.だが,いまや,惑星開発委員会への批判があまりに低レベルだと感じる.だから惑星開発委員会へのまっとうな反論を書きたいと思った.

そして、宇野さんへの批判を展開し、最後にこう締めます

これから惑星開発という立場を離れてレビュー等を書く,一人の書き手に戻ろうと思う.

以後、転叫院さんはメンバーから外れ、自身ウェブサイト「惑星開発委員会の善良な市民(宇野)氏を分析する」「ゼロ年代の想像力」に対する批判者のためのメモ書き」惑星開発委員会宇野常寛氏を批判する 2007」と、度々宇野さんの批判を展開しています。転叫院さんの契機が何だったのか、本当のところはわかりません。友達大事しましょうね、宇野さん。

2019-01-25

無職で女とセックスしたことないので創価学会に四年前に入ったけど

期待して入ったけど職の世話も女の紹介も何にも無かったぞ

座談会と年一回の寄付選挙協力要求と月一くらいの大きな会合の誘いが来るだけで全く何の利益もなかった

お前らのデマに騙されたわボケ

2019-01-11

anond:20190111175129

俺が直接見たわけじゃないけど、ニコ生か何かの覆面座談会での話しだったらしい。

2019-01-09

VTuber事務所の枠を超えたママ活動  1月10日23:00

https://anond.hatelabo.jp/20181125055351

VTuber身体や服を作っているママ同士が交流するママ活.

最近ではときのそらちゃんのところのホロライブメンバーママ同士が自分の子供達とコラボすることが日常化してきた.

そんなホロライブメンバーママ達二人とにじさんじメンバーママであるノートママというママ友同士のママ活が1/10配信される.

必見だ.

https://twitter.com/yuzukichococh/status/1082705317715013633

1月10日23:00

👑竹花ノート先生(@nano_phan)

👑しぐれうい先生(@ui_shig) 

👑ななかぐら先生(@nana_kaguraaa)

ママ達を集めた

ママとも座談会を開催!

目線お話や裏話

最後

とあるゲームに挑戦します❤

2018-11-30

anond:20181130223121

こんだけゲロゲロ書くような人、

うっかり本音座談会の場に呼んだら、

まるで正義を行うかのように、いっちゃいけない事やらを拡大解釈して

ややこしくしちゃいそう。暗黙の了解で言わないことを取捨選択できないで混乱して舞い上がって喋りまくりそう。

派遣派遣から採用されたということを忘れちゃいけないよ。同じ仕事してても。

2018-11-29

女子アイドルグループ元彼氏の座談会みたいなのもあったなぁ(興味ないからみてないけどw)

その逆になりそうな💝たのしみ💝

2018-11-28

現役のメディア広告営業から見たダイナース炎上

ゲーテ掲載ダイナース記事広告炎上し、広告である三井住友トラストクラブ取材した記事buzzfeedで公開されていた。

記事によると、マーケティング担当者の「弁明」は大きく2点。

(1)ゲーテから持ち込まれ提案だったため、企画制作はすべてゲーテに一任した

(2)秘書たちの発言については「実際に座談会で出た議論」で「当社が誘導や指示等を行ったものではありません」

なんだこれ。責任転嫁も甚だしい。メディア広告営業立場から見て、腹立たしい部分が多々あったので書き残しておきたい。

記事広告主語は常に「クライアント

まず、広告業界をあまり知らない人のために簡単説明しておくと、記事広告は以下のようなステップで作られる。

タイアップ広告発注契約

記事方向性メッセージ形式等)を事前に擦り合せ

・協力者の確保(今回で言うと秘書女性たちの募集など)

取材

クライアントによる原稿確認修正

記事公開

記事広告とは、クライアントによるクライアントのためのクライアントのものだ。もちろん、著作権はどこにあるとか、媒体のコンセプトを貫くとか、媒体に紐づく要素も多々あるが、「お金を払って記事を書いてもらって出す」という行動の主語は常にクライアントである

GOサインを出したのはダイナース

ダイナース側は「企画制作はすべてゲーテに一任」し、自分らはさして関わっていないかのような回答をしている。

かに企画制作はすべてゲーテに一任」したかもしれないが、それを発注し依頼し確認GOサインを出したのはダイナースである

広告記事クライアント確認OKなしに記事が公開されるわけがない。「美人秘書いいね!これでいきましょう!」というダイナース側のマーケティング担当者の一声があったか記事は公開されたのである

仮に確認なしで出ていたとすれば、

ダイナース側のマーケティング担当者が、主体性戦略もなしに媒体代理店に丸投げする、職務放棄した能力底値人間である

ゲーテを発行する幻冬舎営業部が常識を逸したクライアントワークを行う会社

のどちらかだ。

誘導も指示もクライアント権利

(2)については、本当草生える

「実際に座談会で出た議論」って言ってるけど、ダイナースが金を出して作った広告記事で、秘書たちに「やっぱ楽天カードだよね」「東急カード、最高ね」と言わせるわけがない。

クライアントマーケティング担当は、「ダイナースカードをこういう風に見せたい」と媒体営業担当企画趣旨を伝えるのが仕事だ。それが媒体営業担当を通じて協力者に伝えられる。

参加者発言について、誘導するのも指示するのもクライアントの当然の権利。当たり前だが、たまたま集めた秘書たちが、たまたまダイナース取材後半で褒め始めるーーなんてことはあるはずがない。

わざわざ否定して守りに入っているのが痛々しい。

▼なんでこんな記事ができた?

内容に関しては「よくこんなにチープな出来で公開したな」という感想しかない。

「私の上司ダイナース」「ダイナースな男は最高」とダイナースを持ち上げる話への持っていきかたは下手くそで不自然シラフ営業担当だったらこ記事内容でクライアント確認出せないだろう。

なんでこんな記事が出来上がってしまったのだろうか。

ライターから上がってきた記事を「うわ〜これ安いなきっついな〜」と思いながらゲーテ担当者から確認出しをしたら、適当ダイナース担当者から案外OK出ちゃった

・当初はもっとまともな記事だったが、ダイナースからもっとダイレクトに俺らの名前を出せ!」「もっと面白く」「もっと!」と修正がかかり続けた結果、この内容になった

想像するに、こんなところだろう。

代理店クソ問題

あともう一点、考えられるとすれば「代理店クソ問題」。広告記事には、クライアント媒体社の間に代理店が入っているパターンもある。

代理店バカでザルすぎて勝手OKを出した結果、クライアント意向にそぐわない記事内容で公開されてしまった可能性もありえる。この場合も、下請けのように記事をつくり、炎上し、叩かれるのは結局媒体社。

まあ、こんなの媒体社にとっては「よくある話」。媒体社の広告営業やってるみんな〜〜〜!分かってくれるよね。自分可愛いクライアント代理店が、ミス媒体側に押し付ける。押されて押されて叩かれ叩かれ、広告費用も叩かれるんだな。あるあるすぎて、つらい。

…と、ここまで書いてきたものを引っくり返すようで恐縮だが、この騒ぎ、案外ダイナースゲーテも「美味しい」と思っているんじゃないか。騒ぎのおかげで掲載期間短縮したって余りあるほどのPVを得たでしょう。ゲーテ側で設定している想定PVなんてやすやすと上回って、手を取り合いきゃっきゃしているかも。

ブランドを落としましたね」と訳知り顔の業界関係者を尻目に、「やっぱいい男にはダイナースだよな!」と自信を強固にしたおっさんだって多分いるんだよ。

いいこぶった業界人の予想と大炎上に反して、ダイナースゲーテ蜜月は続くのかも知れない…。

2018-11-18

anond:20181118163059

意に反して働かされたのが良くないってのは分かるけどそれは慰安婦の話ではなく売春全般の話でしょ?

この点は、全くそのとおりだと思う。

もし、管理売春業者に対する公権力側の監督責任という面が【現代的な意味での奴隷】として定義されて、責任を問われるのであれば、

売春防止法以降の、事実上管理売春容認から斡旋業者放置、それらも論理的には同罪ということにならなければおかしい。

戦時慰安婦だけの問題ではない。では、なぜ売春全般の話にならないのか。

売春防止法の制定の背景として、管理売春のもの国際社会から悪とみなされていたがゆえに、

国際社会への早期の復帰を目指していた日本は、GHQから公娼制管理売春)が廃止されて以降、法の制定を急ぐ必要があった。

しかし、売春のものに対する罪悪感は日本人には微塵もなかった。むしろ吉原など貴重な観光資源だと行政認識していた。

売春防止法施行直前の55年、新聞社が開催した「吉原を語る座談会」において、地元議会議員らが次のようにアドバイスしている記録がある(婦人新風1955年4月号)。

みつ豆でも気軽に食べにゆける吉原でなければならないのじゃないか・・・気軽に遊びにいって、そして飲んだり食べたりしているうちに最後にお互い同志気があったとき目的を達するというふうにすればよい。

当時は、東京都警視庁も、吉原観光資源として積極的活用していこうという感覚だった。

こうした過程を経て制定された同法は、風営法とセットで完全なザル法。今に至るまで。

赤線トルコ風呂と名を変え、トルコ風呂がそーブランドへ名を変え、名前は変わっても実態管理売春の黙認だ。

現在でも、サービス提供する施設に寝泊まりさせられているなど、一昔前だとジャパユキさんと呼ばれ、

いわば監禁同然の扱いで働いている出稼ぎ外国人女性存在する。それは興行ビザ来日しているフィリピン人であったり、韓国であったり、中国であったりする。

個人的には、アダルトビデオについての人権問題も含めて、日本風俗産業のあり方を行政として放置していることのほうが、我々世代責任問題だし、よっぽど気になる問題戦時世代の悪のついての責任よりも、だ。

ところが、同じ論理からといって、現在日本管理売春の黙認を、現代奴隷制だとして、非難されているかというと、、

実は、アメリカ国務省人身売買報告では、かなり以前から非難されている。

技能実習生とセットでね(余談だが、技能実習生についても、結局、問題の根っこは同じで、戦時徴用問題パラレルだ。)

そして第一安倍政権とき(05年頃)にも日本政府としての対応が迫られていた。外圧に近い形で法整備が求められた。

日本政府は、国際組織犯罪防止条約の「人身取引議定書」と「密入国議定書」の批准を受けて、刑法改正し、2005年人身売買罪を創設した。

この制定過程において、05年6月8日国会法務委員会で次のような答弁がある。

江田委員 ・・・人を支配する行為全般について、この人身取引に対して実効性のあるものに今回の法改正はなっているということでございます

 次の質問をさせていただきますけれども、この人身取引議定書要請を満たすため、これにつきましては単に形式的文言対照するだけでは私は足りないと思いますが、人身取引議定書理念を十分に取り込んだ法律やその運用になっていなければならないと考えております

 ・・ 売春をさせている者が、この外国人女性売春することに承知しているんだ、同意しているんだから人身取引とは言えないだろうというふうに開き直るケースが多いと聞いております。成人の女性家族貧困から救うために、親からの働きかけなしに自発的にみずから売春希望して売られたような場合など、人身売買について被害者同意がある場合のようにも見えます

 しかし、・・人身取引議定書が、「女性及び児童特別考慮を払いつつ、」と規定していることからしても、女性児童特性を考えて、売春をすることについて承知しているとの事情、これを過大視するというのはいかがなものかと・・、今回の法律案につきましても、売春をすることについて同意をしている場合であっても人身売買罪が成立するのかどうか、そこを法務当局にお伺いいたします。

大林政府参考人 御指摘のような事例におきまして、表面上被害者がみずから売春をして金銭を稼ぐことに同意していたといたしましても、本来は、不特定多数相手方性交等を行うことなどを希望しているものではなく、家族貧困から救うため金銭を稼ぐには売春によるほかはないと考えてやむなく売春に及ぶに至ったと見る事案がほとんどであろうというふうに思われます。このような場合には、被害者同意自由かつ真摯意思に基づくものとは認めがたく、当然に犯罪の成立が否定されるものではない、このように考えております

江田委員 ・・今、法務省の方からは、その事情考慮して、勘案して、売春をすることに同意している、そういうふうに見かけられる場合であっても人身売買罪は成立、適用されるということでございますので、私どもの申し入れの内容にも沿った法律案の改正になっているかと思います実効性が上がることを期待しております

売春行為が好きでそうした職業につくことなど、そんなに多くは考えられないだろうから、貧しい国から移民のケースでは、多くの場合適用がありそうだということになる。

人身売買罪の創設は、対外的アピールとしては政府として大きな動きだったとは思う。

しかし、アピールとしはそうかもしれないが、風俗に関するさまざまなザル法放置され続けている。

出稼ぎ外国人母国はどう対応しているか、というのも気になるだろう。

同法の制定過程において、出稼ぎ労働者の有力な送り出し国のひとつフィリピン政府は、当初「就労機会を奪うな」などとごねていて、実態把握の動きが遅かったという報道はみたことがある。なるほど、そういう背景は重要だなと思う。

慰安婦問題に戻ると、私は、いつになったら、慰安婦問題現在進行形の風俗問題に飛び火するんだろうという視点で十数年前から関心をよせていた。

しかし、そういう気配は微塵もないなかで、慰安婦というフレーミングけがヒートアップしていったように思う。

慰安婦問題に封じ込めたいというメカニズムがどこかに働いているんだろうとは思う。

それは社会的にも経済的にも、そして文化的にもいろいろあるんだろう。

我々の心理かもしれないし、自国もしくは相手国の政治経済的な背景かもしれない。

要するに、過去問題ならば、あまりブーメランにならずに、そして現在利益も損なわずに、

思う存分、叩ける、ということなのかもしれない。それはメディアに一番問いたいことでもある。

2018-10-05

anond:20181003105040

id:hoshitamotsu あの座談会ゲーム歴史定義するなんて大仰なものじゃなくて彼らがどのようにゲーム歴史を捉えているかという宣言に過ぎないので、電ファミは明らかな事実誤認ほとんど指摘できない時点で的外れだったと思う

http://b.hatena.ne.jp/entry/372072275/comment/hoshitamotsu

https://anond.hatelabo.jp/20181003105040

2018-09-30

日本師弟関係がなぜ理不尽暴力的になるのかについての覚え書き

身毒丸』について検索していた時に見つけた、

折口信夫への旅 第1部 ~小説身毒丸」をめぐって(歌舞伎批評家山本吉之助)

http://www.kabukisk.com/geitohito33.htm

という折口信夫身毒丸解説文の中に、日本師弟関係がなぜ理不尽暴力的になるのかについての興味深い示唆があったので、

もしかして既によく知られていることかもしれないが、自分は初めて知ったので、覚え書きとして残しておこうと思う。


日本師弟関係

最近ではそういうことはだんだんなくなって行きましたが、日本師弟関係はしきたりがやかましく、厳しい躾(しつけ)をしたものでした。まるで敵同士であるかのような気持ちで、また弟子や後輩の進歩を妬みでもしているかのようにさえ思われるほど厳しく躾していました。

例えば最も古い感情を残している文楽座人形遣いなど、少しの手落ちを咎めて、弟子を蹴飛ばしたり、三味線弾きは撥で殴りつけたりした。

そういうことは以前はよくあった。そうした躾を経ないでは一人前になれないと考えられてきたのです。

なぜ、そうした、今日の人には無理だなと思われるような教育法が行なわれてきたかということが問題になります。(中略)

それはある年齢に達した時に通らねばならない関門なのです。(中略)

子供または弟子能力を出来るだけ発揮させるための道ゆきなのです。それに耐えられなければ死んでしまえという位の厳しさでした。』

折口信夫座談会日本文化の流れ」・昭和24年12月)


■例えば…

七月に入り一座は泉州のある村の盆踊りに迎えられますが、源内法師は身毒丸の踊りに若い女たちの面貌がチラついていることを認めて、その晩、師匠身毒丸自分の部屋に引きずっていって「龍女成仏品」に一巻を渡し「芸道のため、御仏のため、心を断つ斧だと思って、血書するのだ」と厳しく命じます

しかし、出来上がったものを持っていく度に師匠はこれを引き裂きます

「人を恨むじゃないぞ。危ない傘飛びの場合を考えてみろ。もし女の姿がちょっとでもそちの目に浮かんだが最後、真っさかさまだ」と師匠は言います

身毒丸は血を流しながら一心不乱に写経を続けますが、身毒丸脳裏には彼の踊りに熱狂する若い女たちの面貌がなかなか離れません。

一心不乱に写経を続ける身毒丸の姿を見ているうちに師匠の頬にも涙が流れてきて、五度目の写経を見た時には師匠にも怒る気力は失なわれていました。


春琴の教え方は 非常に厳しく、

あかんかかん、弾けるまで夜通しかたかて遣りや」と佐助を激しく叱咤し、

時には「阿呆、何で覚えられんねん」と罵りながら撥で頭を殴り、佐助がしくしく泣き出すこともしばしばであったと云います


芸道小説としての「春琴抄」~谷崎潤一郎・「春琴抄」論

http://www.kabukisk.com/geitohito72.htm


『昔は遊芸を仕込むにも火の出るような凄じい稽古をつけ往々弟子に体刑を加えることがあったのは人のよく知る通りである

本年〔昭和八年〕二月十二日の大阪朝日新聞日曜のページに「人形浄瑠璃の血まみれ修業」と題して小倉敬二君が書いている記事を見るに、


摂津大掾亡き後の名人三代目越路太夫の眉間には大きな傷痕が三日月型に残っていた

それは師匠豊沢団七から「いつになったら覚えるのか」と撥で突き倒された記念であるという


また文楽座人形使い吉田玉次郎の後頭部にも同じような傷痕がある

玉次郎若かりし頃「阿波鳴門」で彼の師匠大名人吉玉造が捕り物の場の十郎兵衛を使い玉次郎がその人形の足を使った、

その時キット極まるべき十郎兵衛の足がいかにしても師匠玉造の気に入るように使えない

阿呆め」というなり立廻りに使っていた本身の刀でいきなり後頭部をガンとやられたその刀痕が今も消えずにいるのである


しかも玉次郎を殴った玉造もかつて師匠金四のために十郎兵衛の人形をもって頭を叩き割られ人形が血で真赤に染まった。

彼はその血だらけになって砕け飛んだ人形の足を師匠に請うて貰い受け真綿にくるみ白木の箱に収めて、時々取り出しては慈母の霊前に額ずくがごとく礼拝した

「この人形折檻がなかったら自分は一生凡々たる芸人の末で終ったかも知れない」としばしば泣いて人に語った。』

谷崎潤一郎:「春琴抄」)


日本古代の、理不尽に怒る神と無辜民衆との関係

自分にはこのような仕打ちを受ける謂われはない」という強い思いです。その場合・何に対して彼は意地を張るのかということが問題になります

世間に対して意地を張る場合もあると思いますが、あるいは神に対してという場合があるかも知れません。


ここで神に対して意地を張るということは、神に反抗するという意味ではないのです。

そのように考えるのは近代人の捉え方でして、古代人の場合には絶対者である神に対して反抗するという発想は考えられ ません。

自分に対する神の仕打ちが不当であると感じた時に、古代人は自らの清らかさを神に示すように控え入るのです。

「神よ、この清い私を見てくれ」というようにです。

まり表面 上は畏れ入っているのですが、内心には自分に対する神の仕打ちは不当であるという強い思いがあるように思えます

(中略)

神に対して自分が清い(あるいは正しい)ということを示そうという気持ちを失ってしまえばそれは不信仰ということになります

から理不尽な神の仕打ちに耐えて・彼がそれでもひたすらに生き続けることは「神よ、この清い私を見てくれ」ということになるのです。

それは神に対して意地を張るということでもあ ります


折口信夫座談会神道キリスト教」において次のようなことを語っています

折口は憤りを発することが日本の神の本質であるします。

神の憤りとは人間がいけないからその罰として神が発するものではなく、神がその憤りを発する理由がどこまでも分からない。

神がなぜ祟るのかその理由が分からない。

このことが重要である折口は言うのです。


神が憤るのは人間がいけないからだ・人間が何か悪いことをしたから神が怒ったに違いないと考えるのは、道徳倫理が完成した後の時代の人々の感じ方なのです。

既成の道徳基準があれば、人々はそれに照らし合わせて・神がこれほど怒ったのにはこんな理由があったに違いないと後で納得できる説明を付けようとします。

しかし、道徳がまだ成立していなかった古代人には照らし合わせるべき倫理基準などまだなかったのですから、人々には神が怒る理由など全然想像が付きませんでした。

古代人にとって神の怒りは唐突で・理不尽で、ただただ無慈悲ものに思えたのです。


『神の怒りに当たることと言う怖れが古代人の心を美しくした』(折口信夫・「道徳研究」・昭和29年)


古代人にとって神の怒りはただただ理不尽ものでした。

そのような理不尽な怒りを神はしばしば・しか唐突に発しました。

例えば地震台風洪水旱魃・冷害などの自然災害がそのようなものです。


このような時に古代人は神の怒りをみずからの憤りで以って受け止めたのです。

みずからの憤りを自分の内部に封じ込めて黙りました。ただひたすらに耐えたのです。

そうすることで古代の人々はみずからの心を倫理的に研ぎ澄ましていったのです。

「神よ、この清い私を見てくれ」と言うかのように。


古代人の 生活というものは、風雪災害飢饉病気など、現代人が想像するよりもずっと過酷で・辛く厳しいものであったということなのです。

そのような時に古代人は神の理不尽かつ無慈悲な怒りを強く感じたのですが、そこをグッと持ち耐えて自己を深い内省と滅却に置くことはまこと殉教者以上の経験したことになるのです。

折口はそのような過程から道徳のようなものが生まれて来ると考えました。


貴種流離譚というもの民衆に与えた印象というものは「身分の高い人が落ちぶれて哀れな姿になって・・」というものでは決してないのです。

民衆貴種流離譚に見たものは神の与えた理不尽かつ過酷な試練に従順に耐える殉教者の姿なのであり、それは過酷な生のなかに生きる民衆自身の姿と も自然に重なって来るわけです。

民衆貴種流離譚を愛したのはそれゆえなのです。


神は別に何もするわけではないのです。

しかし、神がたまらなさを感じて涙を流してくれるならば無辜贖罪者は何かしら救われることになる・ 実はそのことだけで十分なのです。

これが古代人が神に対する時の態度です。


源内法師は身毒丸無慈悲折檻を強いながら、それに抵抗することなく・懸命に師の言いつけを実行しようとする身毒丸の健気さ・ひたむきさのなかに無辜殉教者の姿を見たのです。


最近ではそういうことはだんだんなくなって行きましたが、日本師弟関係はしきたりがやかましく、厳しい躾(しつけ)をしたものでした。

まるで敵同士であるかのような気持ちで、また弟子や後輩の進歩を妬みでもしているかのようにさえ思われるほど厳しく躾していました。(中略)

子供または弟子能力を出来るだけ発揮させるための道ゆきなのです。

それに耐えられなければ死んでしまえという位の厳しさでした。』

折口信夫座談会日本文化の流れ」・昭和24年12月)


折口がこのように語る時、折口日本伝来の師弟関係なかに理不尽に怒る神と・神を信じてその仕打ちに黙々と耐える無辜民衆絶対的関係をそこに重ねて見ているのです。


神はしばしば理不尽な怒りを発して、我々に謂れのないひどい仕打ちします。

我々には神の意図することがまったく理解できません。それはただただ理不尽ものに思えます

しかし、それでも神をひたすら信じ・神の指し示す道を黙々と歩むということことです。

過酷仕打ちを受けてもなお神を信じて神に従う人を見る時、神はそのような人々に対して賜らない愛おしさを覚えるであろう。慈悲の涙を流してくれるであろう。願わくば我々を悲嘆のなかから救い上げてくれるであろうということです。

折口はそのような気持ちから道徳のようなものが生まれてくるというのです。


そこには正しいとか・間違っているという倫理基準など存在しません。

善とか悪というのは道徳が成立した以後にある基準なのです。

あるとするならばそれは「清い」とか・「清くない」という感覚的(あるいは生理的な)基準です。


源内法師と身毒丸理不尽に怒る神と無辜民衆との関係無意識のうちになぞっていることになります


まり


神の理不尽な怒り(地震台風洪水旱魃・冷害や飢饉病気など)

→「自分にはこのような仕打ちを受ける謂われはない」と思う

→それでも神をひたすら信じ・神の指し示す道を黙々と歩む

 「神よ、この清い私を見てくれ」


これが、古代の神と民衆関係であり、師弟関係はこれをなぞっていると。


なるほど、自分がそういう目にあうのはいやだけど、ドラマ物語で接するとなんとなく納得してしまうのは、そういう古代から宗教的感覚が今も心の中にあるからなのかもしれない。

2018-08-18

anond:20180818213931

オフパコを60人集めて座談会ってそもそも無理じゃない?と思ったけど

記事読んだらなんか思ってたのと違うな

2018-06-29

女の敵は女(女同士で勝手に自滅)

女同士で足の引っ張り合いをしているので、いつまで経っても女は男の上に行けない。

 

一方で番組山口氏を擁護する人物として、自民党杉田水脈議員取材した。杉田議員は、ネット座談会などで伊藤氏を強く批判している。

 

番組取材に対し杉田議員は、伊藤氏には「女として落ち度があった」と語った。

 

男性の前でそれだけ(お酒を)飲んで、記憶をなくして」、「社会に出てきて女性として働いているのであれば、嫌な人からも声をかけられるし、それをきっちり断るのもスキルの一つ」と杉田議員は話している。

議員さらに、「男性は悪くないと司法判断が下っているのにそれを疑うのは、日本司法への侮辱だ」と断言。

伊藤氏が「嘘の主張をしたがために」、山口氏とその家族誹謗中傷脅迫メール電話殺到したのだと強調し、「こういうのは男性のほうがひどい被害をこうむっているのではないかと思う」と述べた。

 

杉田 水脈(すぎた みお、1967年4月22日[1] - )は、日本の政治家。新しい歴史教科書をつくる会理事衆議院議員(2期目)。

 

所属政党

みんなの党→)

日本維新の会→)

次世代の党→)

日本のこころを大切にする党→)

日本のこころ→)

自由民主党細田派)

 

脅迫被害

2018年2月Twitter上で杉田の娘の写真を探していたと名乗る者が「杉田水脈さん。明日にでも国会議員をやめて頂けないでしょうか」「報復措置として貴方の娘さんに被害が被るかもしれませんよ」との書き込みをし、この書き込みを見た人が警察通報し、警察家族の安否確認を行った。

この脅迫行為に関し杉田は「毅然とした態度で臨む」と語り、警視庁赤坂署が脅迫などの容疑を視野捜査を始め、2018年3月ツイッター上で脅迫を行った無職の41歳の男性逮捕された。

2018-06-05

そうさ……俺は……HOIKU園にいる……シンパパが怖い

これが……新たな伝説の生まれた夜の話だ……

先日ムスコが通う……HOIKU園の0歳児クラスのKONDANKAI……そんな予感がしてたんだが……あった。

HOGOSHA担任合わせて20名程の出席者の中……そうじゃねえ……一人だけPAPAさんがいた。

KONDANKAIは座談会形式で…そうさ……もてあました時間を埋めるために来てるのは俺ひとりだけ…みたいだった…

皆BabyLagoon……子どもの‎Growする様子や……Child care……悩みなんかを話している中……

Oderが回ってきたPAPAさんが開口一番「半年前にTSUMAとは死別……した」と涙目…で告白(…赤崎よう……赤崎よう……)。

冗談じゃねぇ……。KATEI……走りに飢えた魔物事情なんて皆……色々あるんだし……この場で言う……魔法言葉か?

しかもその後ヘラヘラ笑顔DRIVING STREET……で会話に入ってくんの。そうさ……俺は……なんか怖い。

「色々Teachしてくれ……」って言われても冗談じゃねえ……OTOKOOYAとは仲良くなんてできないし

KONGO・HOGOSHAKAI・DRIVING STREETのイベントなんかもある中で……良いPAPA……走りに飢えた魔物アピールはしなくて良いか

HOGOSHAの集まりには正直出てきてほしくない……

TAMAMAさんも思っていたんじゃないかな……

覚えとくんだな……HOGOSHAKAIの……流儀

忘れるなよ……翔。 おまえもな……

以下TSUIKI……

今の俺には謝ることしかできねえ……MASUDAで取り繕う必要はない……と思ったので

自分の中に沸き起こった薄暗いEmotionを……包み隠さず書いてみたのさ……

こんなことを思ってしま自分は根源的にSABETSU主義者……誰かがそう教えてくれた……

ただContradictionするようだがこのDRIVING STREETは……ヤバイんだろうなと思ったか

MASUDAで書いたとだけ……ごましお程度に覚えといてくれ……

保育園にいつつコンセンサスを得ているシンパパが順調すぎて逆に怖い

先般ムスコが通う保育園の0カラットコミュニティ懇談会トレンド入りした。

保護者担任合わせてヴァイジンテュープル名程の出席者のコンテンツに一人だけスティーブ・ジョブズさん(西海岸出身)がいた。

このスティーブ・ジョブズさん入園式も確かぼっちアポイントメントしてたので圧倒的に成長してるなーとマクロ的な観点から俯瞰していた。

懇談会座談会ビジネススキームで皆キッズYouTuberの成長の様子や育児のディストレスなんかを話している中

順番がPDCAサイクルしてきたスティーブ・ジョブズさんが開口一番「2クォーター前にパートナーとは死別した はい、今の発言シェアしといてね」と涙目告白

またまた冗談を重みを感じる重い重い。家庭の事情なんてエヴィワン色々あるんだしこのコワーキングスペースで声を大にして言うこと??

契約破棄したと思われるの嫌だったとか?自己スキーマ過剰でしょ#スティーブ・ジョブズ

付加価値としてその後ヘラヘラポジティブで会話に入ってくんの。なんか恐怖心。これメモっといた方がいいよ。

「未完了タスクが大量説明してみてください」って言われても男親とは仲良くなんて「自分軸」でできないんじゃなくて、あえてやらなかったんだし

これから時代保護者会のイベントなんかもあるコンテンツで、良いスティーブ・ジョブズアピールはし...取引先との商談が上手く行くこともなくて良いか

保護者クラスターには正直リリースしてほしくない

一種コワーキングスペースにいた他のママさんも思っていたんじゃないと言っても過言ではないかなぁ

以下追記

はてな匿名ダイアリーで取り繕う必要は無いと思わなくもなかったので

内なる「自分」のコンテンツに沸き起こった薄暗いスピリチュアルを包み隠さず『パワポ化』してみました。

このようなデータロジカルシンキングしてしま自分はラジカルにバイアス主義者なの、ってこの前読んだビジネス書に書いてあった。

ただパラドックスするようですがこの感情ハイリスク・ローリターンだろうなとグローバル的な観点から

はてな匿名ダイアリー言語化したと、つまり新しいアイフォーンだけエクスキューズさせてください。

2018-05-31

保育園にいるシンゴジラが怖い

先日ムスコが通う保育園の0歳児クラス懇談会があった。

保護者担任合わせて20名程の出席者の中に一人だけゴジラさんがいた。

このゴジラさん入園式も確か一匹で来てたので変わってるなーと思っていた。

懇談会座談会形式で皆子どもの成長の様子や育児の悩みなんかを話している中

順番が回ってきたゴジラさんが開口一番「ギャーンゴーン グワワァン」と涙目告白

いやいや重い重い重い。家庭の事情なんて皆色々あるんだしこの場で言うこと??

離婚したと思われるの嫌だったとか?自意識過剰でしょ…

しかもその後ヘラヘラ笑顔で会話に入ってくんの。なんか怖い。

「グワワァン」って言われても怪獣親とは仲良くなんてできないし

今後保護者会のイベントなんかもある中で、良いゴジラアピールはしなくて良いか

保護者の集まりには正直出てきてほしくないなぁ

とあの場にいた他のガメラさんも思っていたんじゃないかなぁ


anond:20180531120011

保育園にいるシンママが怖い

先日ムスコが通う保育園の0歳児クラス懇談会があった。

保護者担任合わせて20名程の出席者の中に一人だけボサボサの髪の毛の女の人が居た。

懇談会座談会形式で皆子どもの成長の様子や育児の悩みなんかを話している中

順番が回ってきたママさんが開口一番「半年前に夫とは死別した」と涙目告白

いやいや重い重い重い。家庭の事情なんて皆色々あるんだしこの場で言うこと??

離婚したと思われるの嫌だったとか?自意識過剰でしょ…

しかもその後ヘラヘラ笑顔で会話に入ってくんの。なんか怖い。

「色々教えてください」って言われてもどう扱って良いかからないし

自分名前の後にすぐ、死別したとか言う?普通

結局、皆腫れ物を扱うようにしていたけど、「絡むの面倒だなぁ…(気を遣うの大変だ)」

とあの場にいた他のママさんも思っていたんじゃないかなぁ。

これが悲劇のヒロインって言うのかなぁ。

anond:20180531120011

保育園にいるシンパパが怖い

先日ムスコが通う保育園の0歳児クラス懇談会があった。

保護者担任合わせて20名程の出席者の中に一人だけパパさんがいた。

このパパさん入園式も確か一人で来てたので変わってるなーと思っていた。

懇談会座談会形式で皆子どもの成長の様子や育児の悩みなんかを話している中

順番が回ってきたパパさんが開口一番「半年前に妻とは死別した」と涙目告白

いやいや重い重い重い。家庭の事情なんて皆色々あるんだしこの場で言うこと??

離婚したと思われるの嫌だったとか?自意識過剰でしょ…

しかもその後ヘラヘラ笑顔で会話に入ってくんの。なんか怖い。

「色々教えてください」って言われても男親とは仲良くなんてできないし

今後保護者会のイベントなんかもある中で、良いパパアピールはしなくて良いか

保護者の集まりには正直出てきてほしくないなぁ

とあの場にいた他のママさんも思っていたんじゃないかなぁ

以下追記

増田で取り繕う必要は無いと思ったので

自分の中に沸き起こった薄暗い感情を包み隠さず書いてみました。

こんなことを思ってしま自分は根源的に差別主義者なのでしょう。

ただ矛盾するようですがこの感情ヤバイんだろうなと思ったか

増田に書いたとだけ言い訳させてください。

2018-04-26

敬老公債(1/2)

天声人語 1978年昭和53年1月30日

 ひとつ提案したいことがある。政府自治体は「敬老公債」といったものを思い切って考えてみたらどうだろう。長生きすればするほど、利息がどんどんふえるというような、夢のある公債があってもいいのではないか。同時にそれは借金財政の助けにもなる

べつに筆者の思いつきではない。『如水会々報』という雑誌座談会で、中山平氏(興銀相談役)がこの、老人のための公債の話をしている。中山氏の話は、どうやら十七、八世紀に欧州ではやったトンチン年金が下敷きらしい

敬老公債の仕組みはこうだ。まず五十歳なら五十歳、七十二歳なら七十二歳の同年齢の人が組になって、一口百万円(十万円でもいい)の公債を買う。七十二歳組が一万人集まって一口ずつ買えば、百億円の公債が発行されることになる

計算をしやすくするため金利を仮に一割とする。最初の年はひとりあたり十万円の金利が入る。さて、ここが問題だが、この公債の特色は、死んだ人が利息を得る権利を失い、その分が生き残った人々に配分されることだ。そのため、七十二歳の老人は八十歳まで生きれば利息が三十数万円にふえる。百歳を越えてひとり生き残れば十億円の利息をそっくりもらえる勘定になる

いくら何でも十億円を一人じめするのは、という非難があれば、利息の最高額を五千万円ていどに制限してもいい。問題は、この制度が「長生きはしたいが、どうして暮らそう」という不安に少しでもこたえることができればいいのだ

永久国債の形にすれば政府は利息だけ払えばいいわけで、元本を財源にして、老人福祉に思う存分、金をつぎこめる。老人がなんらかの仕事をしながら生き生きと暮らせる施設をつくる財源にしてもいい

こういう制度を生み出すには難問題が待ちかまえていることはわかっている。しかし、片や借金財政、片や高齢化社会、というさしせまった時代を乗り切るには、大ぶろしき的な空想こそ必要なのではないか時代はむしろ「夢見る力」を求めている。

2018-04-22

anond:20180421161216

最近本当に妻の夫への愚痴過激化しててゾッとする。

はてなでも、働く父親たちが座談会育児愚痴をこぼしている記事に、「それでも父親か!」「恥ずかしい」と大量の叩きコメがついていてびっくりした。

父親育児に逃げ道があるということすら許せない、とか。

言われなくてもやれ、だけじゃなく愚痴もこぼすな、内心で不満を抱くことも許さんて怖すぎる。

なんでこの界隈の母親は働く父に厳しいんだろう。仕事育児ダブルワークのしんどさや「それでも親か!親ならちゃんしろ!」という抑圧の苦しみを働く母こそが一番良く知ってるはずなのに。

2018-04-13

anond:20180412225659

私は元増田と同じジャンルの現役プレイヤーです。

トッププレイヤーではありませんが、プロも夢ではない水準のプレイヤーだと自負しています

プレイヤー側の意見として、プレイヤーの代弁の形で偏った意見を書いていたのがどうしても気になるので反論します。

出来るだけ客観的意見意識してますが、これも偏っていたらすいません。


・賞金制大会を望んでいるプレイヤーは多い

賞金を出せばプレイヤーが集まる事は全世界証明されているし、格ゲーマーは「対戦相手がいなくなる事」が怖いので

賞金目当てであってもプレイヤーが増える事を歓迎するプレイヤーはかなりいます

また、専業プロは今も増えてますし、プロを目指すプレイヤーはほぼ全員が賞金を望んでいるでしょう。

「食っていくのは無理」と仰いますが実際スト5は専業プロ複数ますよ。


浜村を叩いている人は、ファミ通の悪評だけではない

これは権威を叩きたい人や、ファミ通の悪評で叩きたい人も勿論混ざっていると思います

それだけではなく基本的には「ゲームと金」という座談会での稚拙しか言いようの無い対応にガッカリした人が多いです。

「様々な質問をはぐらかす」「対立する意見を述べている相手威圧的な態度で対応する」「(木曽崇に対して)公式質問してもらえれば答えると言ったのに今も逃げている」

また消費者庁意見を聞いてライセンス制度を作ったと繰り返し述べていますが、消費者庁から異なる見解が出た現在

それに対してなんらコメントをしていません。

浜村批判が出てくる一番の理由はこういった「不透明さ」です。


・「これ一本で食い扶持稼ぎたい人」に会った事があるか

"これ"っていうのは賞金だけじゃないですよ。"これ"が指すのは"ゲーム"です。

ゲームだけで食い扶持稼ぎたい人はたくさんいます

今のセミプロの大半がそうですし、ゲーマー専門学校の生徒だってそうじゃないですか?

というか賞金だけで稼げないのだって現状の話ですよね?

スポーツポーカー囲碁将棋チェス、みたいに賞金だけで稼ぐプロになりたいって話がそんなにおかしいですか?

カードゲームMTGだって賞金だけで稼ぐプロ出てきてるんですよ、ゲーマーがそれを目指す。

なんで現状だけを基準否定するんですか?


個人意見としては色々分かります

繰り返しになりますが、ゲーマー代表みたいな顔で書き込まないで欲しいです。

2018-03-16

anond:20180316211941

将棋雑誌座談会で新手の定義について棋士が語っていた。棋士が初めて指した手の中で、その一手で形勢の評価が変わるとか深い研究や構想がある手が新手らしい。でも結論は「新手の定義は一概には決められない」だった。だから単に「将棋関係者の注目を浴びた手」でいいんじゃないかと思うよ、曖昧だけど

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん