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はてなキーワード: 政治運動とは

2022-06-10

anond:20220610093805

転機がしりたいよね

さら過去世代では労働者運動政治運動も活発だったんでしょう?何が上の無関心無気力世代を作ったの?

2022-05-14

anond:20220514163909

しかしそれって弱者男性論も同じ、というか殆ど弱者政治運動で同じだよね

障害者とか人種差別とか全部含めてだけど

結局、政治的発言を聞いてもらえる時点で

話術、階級文章力、人脈、時間的余裕、なにかがそれなりになきゃいけないので

底辺の話ってのは俎上にすら上がらない

2022-05-03

anond:20220503005611

当時日本では交通事故がめちゃくちゃ増えたし司法もクソだった

ネットが普及すれば政治運動もしやすくなるから軍産金融はその対策も考えたのではないか

2022-04-05

anond:20220325183220

クズ。一生幸せにならないしあなた家族友達幸せにならないかもしれない。

のしない飯を食い美味しくもない酒を飲みながら早死する。

ホスト禁止するための政治運動でもして規制法を作れ。

2022-03-02

今日知った知識ゲーム実況や生配信を行う人のことを総称して「活動者」と呼ぶらしい。

 

現在の俺の脳内

活動家:政治運動を行う市民左派寄りが多め)

活動屋:映画製作

活動者:インターネット有名人←New!

活動」ってつく奴に碌なのいねえな

2022-02-18

もっと規制緩和すれば経済上向くの?

規制緩和派は、成長しなかったのは規制緩和が足りなかったからだというけどさ。

本当に規制緩和競争力減ってるのか?

ただ細かい所聞いていると、公的機関が持っている立地の良い土地自分達に使わせろって感じのがな。


イギリスサッチャーより前の時は、サービスが悪いとかあって、そりゃ緩和した方がよかったってこともあるだろうさ。

日本の今ってそうじゃねーと思うのな。


ドローンがすぐ規制された、とか、過剰気味のはある気はするさ。

でもドローンが仮に規制されなかったとして、経済に効くか?国産企業もないのに(法人向けは除く)

You Tubeドローン動画の量が増えるとか、政治運動ドローン映像使われてニュースを賑わすだけじゃねーのか。

事業で進めようって真面目にやってるところは許可得てるだろうし。

2022-02-07

エスパー魔美の「あいつはけなした! ぼくはおこった! それでこの一件はおしまい」では終わらないフェミ炎上時代

昔はそれで良かったのかもしれない。

しかし、けなすだけで終わらないのが現代だ。

ただ、「けなすだけ」が目的ではないからだ。

オタク雑談で「宇崎ちゃんの胸がキモい」といえば、それで終わる話ではなくなった。

政党トップテレビに出てきて宇崎ちゃんの胸をdisり、多くの学者弁護士政治運動家が参入して、キャンセルカルチャーを爆発させるようになった。

キャンセルカルチャーという政治が絡んできている。

こういう作品をけなす場合、「作品を滅ぼそう。もしくはキャンセルさせよう」という意志が介在するようになった。

まり批評目的ではなく、キャンセルカルチャー目的である

そうなると話は別だ。

まり、「作品のものを滅ぼそうとする相手」に対して、ただ「ムカつくこと言ってやがる」では終わらないのである

こういう時代において、「公表された作品については見る人全部が自由批評する権利を持つ」という前提は正しい。

しかし、その自由の背後にキャンセルカルチャーを忍ばせて、散々政治運動をふっかけたあと、

個人の感想です」と言い出すのは卑劣政治ムーブメントである

最初から政治運動でやってます」とは言わない。

あくまで「個人の感想です」でごまかす。

でも呼びかけて、ハッシュタグ付けて、集団タイミングを狙って炎上戦略を取っている。

こういうことをやると、「個人自由として怒る権利がある」からイーブンであるとはならない。

徒党を組んで政治闘争を仕掛けられているのだから作家は団結しなければならなくなる。

嫌な時代だ。

2022-01-23

表現規制反対派がメジャーになれたのは「左翼文系学者が離れたから」じゃないの?

オープンレターの件を観てて思う。

表現規制反対派がメジャーになれたのは「サヨク文系学者が離れたから」じゃないの?

左翼学者世界には社会人として最低限な常識がない。

いままで、左派学者の噛んだ反安倍運動や、原発再稼働運動しばき隊系運動、たくさんあるけれど、どれも継続できなかった理由がわかる。

内紛しすぎ。

社会常識がない。

いつも喧嘩ばっかりしてる。

あれじゃあ政治運動続かないよね。

左翼文系学者オタク文化攻撃し始めたころと、表現規制反対運動が急速に広がりだした時期、びっくりするほど一致するんだよね。

2013年頃に左翼文系学者界隈が急速にオタク文化攻撃し始めたんですが、

同時に、急速に表現規制反対運動成功し始めたんですよね。

ほんとうに不思議

2021-12-31

問題職員の正しい辞めさせ方 2/10

A夫さんとの面談の日はすぐやってきた。先日と同じ面談室だった。

こちらは予定どおりの布陣で、A夫さん側は2人。今回は上司と一緒だった。「一緒に来てほしい」と上司に頼んだという。

あの時と同じく、だらしない恰好だったが、上司指導によるものか、前回よりは綺麗だった。ネクタイはまっすぐで、謎のシミもない。

「A夫さんですね。今年から人事~~として採用されました××と申します。前回、あの端にあるソファに座っていた者です……いきなりで申し訳ありません。A夫さん、今日はどうして呼ばれたかわかりますか?」

はい、なんとなく。処分のことだと思います

「そうです」

新聞自分のことを見ました。情けないです」

方言標準語に直したうえで、特定のおそれのある箇所を編集している。以下、職員の会話はすべて同じ処置を行う。

私のメモによると、こうしたやり取りが面談最初にあった。

会話のクッションを何度か挟んだ後、私はついに言った。

以下、主要なやり取りを抜粋する。

単刀直入ですが、A夫さんには退職の道を選んでいただきたいと考えています

「……ん?」

懲戒免職処分を下します」

「いや、いや、それできないでしょう!」

「市としての決定です」

労働組合は?」

組合関係ありません。組合に入っていようがいまいが、処分内容が変わることはありません。今回、あなた万引き窃盗という罪を犯しました。それだけでなく、過去社会人としてよろしくない行為、仲間から尊敬されえない行為を繰り返している。改善の見込みもない」

私は、A4用紙にプリントされた罪状を読み上げていった。その数は20件以上にもなる。

どうしてこんなものがあるかといえば、人事課のデータベースに、職員のさまざまな問題行為が毎年追加されているからだ。三十年以上前忌避行為であっても筒抜けというわけだ。

A夫さんは硬直していた。最初よりもはるかに緊張感に満ちている。睨むようにこちらを見つめながら、両手の指を組んでさするような手つきだった。

彼の上司は、何も言わずに片目でガラス卓の鏡面を見ていた。部下を庇う様子はない。

「なんとかなりませんか」

「なりません。しかし、総務部長とも話し合った結果、A夫さんが自ら退職願を出すのであれば、懲戒免職にはしません。通常どおりの退職となり、退職手当も満額出ます。これまで40年近くもK市のために働いてこられたんですから、この程度の寛大な措置(※諭旨免職)はあってしかるべきかと。そのうえ、今回は早期退職制度の利用を認めるので、割増退職もつます

組合相談します」

「わかりました。では、こちらがA夫さんが今回の処分に不服である場合の申し出のやり方を書いた資料になります。受け取ってください。それで、A夫さんがどうしても納得いかなければ」

「……はい

「K市は妥協しないので、後は裁判しかありません。判決でA夫さんの主張が認められた場合は、K市に残ることになりますが、今の部署は相応しくないと判断されるため、異動を覚悟してください。今のところは、〇〇課か〇〇センター(※一般的公務員にとって辛い労働をする部署不要判断した職員を、サイコパスと思しき管理監督者の元で働かせる。その管理監督者というのも、K市にとって不要人材判断されたため、同じく問題職員監視するポストに就いている。いわゆる蟲毒)を予定しています

組合にも相談しますし、嫁や子どもにも相談します」

「A夫さん。あなたは罪を犯しました。信用失墜行為です。全体の奉仕者としてふさわしくありません。繰り返しますが、本来処分懲戒免職です。しかし、法をそのまま適用すべきでない場面だとも判断されることから、これまでのA夫さんの功績を考慮して依願退職を認めるものです」

A夫さんは、不服申し立てに関する資料を受け取ると、そそくさと出て行った。彼の上司がその後に続く。

それからの1か月は、あっけないほど順調に進んだ。

まず、労働組合執行委員長書記長ほか数名が怒鳴り込んできた。彼らのスタンスはわかっている。怒鳴り声に2、3分も耐えていると、あちらも私達が本気であることがわかったのか、冷静になった。

組合としては、A夫さんは必要職員だというご認識ですか?」

組合員としてA夫は仲間だと思っている」

「知ってのとおり、A夫さんは信用失墜行為を犯しています。K市としては、彼のような職員はいりません。A夫さんが、自らの意思早期退職を選ぶのであれば問題ないですね」

当局がA夫を脅迫しているなら話は別である。もしそうなら、仲間として守らせてもらう」

「そうでないならいいんですね?」

当局は~」(以下略。何かあっても組合責任はないことの確認をしていた)

さて、労働組合本質政治運動にある。K市の組合もそうだった。加入者の毎月の給料から約3パーセント徴収し、その何割かを左派政党に納める。そして、プッシュした議員労働者寄りの政策を実現してもらうのだ。

職員労働組合――職員同士の互助会であり、組合員を不当な権力から守るという本来的な意味での組合活動は、それに比べると優先順位が低い。口には出さないが、彼らはそう思っている節がある。この事件の後で、団体交渉を何度も経験した私はそう直感した。

A夫さんは、別に組合にいてもいなくてもいい。組合費が入らなくなるのは惜しいが、当局(※労働組合経営者側をそう呼ぶ)に対して、「A夫さんをなんとかしてほしい」と交渉するまでの価値はない。とはいえ組合員のために戦った、働いたという実績はほしいので、こうして形だけの食い下がりを続け、ほどよいところで悔しそうに退散する。それが私が見た、一市町村労働組合の姿だ。

これ以降、私は計15人の問題職員退職勧告を行い、そのうち13人が実際に退職した(残り1人はK市を訴えた。もう1人は更生の余地が認められたので勧告撤回)のだが、労働組合最後まで食い下がって助けた職員の数はゼロだ。本気で当局私たち)を動かそうと行動に出た回数もゼロ。こうして辞めたうちの1人は、組合の元役職持ちだった。

彼らは、口酸っぱく、「当局当局!」と騒ぎ立てるだけだ。本気で争うつもりなどない。ただ組合員に、「当局は許しがたい行いをしている」と知らせるにすぎない。

交渉テーブルの上で、彼らはよく主張していた。「仲間をクビにするとはどういうことか」「同じ職員として恥ずかしいと思わないのか」「〇〇さんは十分市に貢献してきたはずである」と。しかし、同じ交渉最中に、「職員組合としては、免職処分の取り消しと引き換えに、このようなことできる~」などといったバーター提示や、「取り消さないなら現業ストライキを行うことを辞さないが~」(※公務員労働三権の一部しか認められないが、現業職員に限ってはもう少し広く(+団体交渉権と協約締結権)認められている。なお、現業職員であってもストライキは認められないが、一部の地方自治体では事実上のストが行われることがあるという)といった、交渉者としての態度が出てくることはなかった。

彼らは、組合利益が薄いと見るやいなや、交渉と見せかけた陳情だったり、見かけ倒しの規範論を繰り返すばかりだった。これは、まったく個人的感情になるが――それにしても気持ちの悪い連中だった。偽善と嘘ばかりを繰り返している。ああいう男らしくない連中には虫唾が走る



結局、A夫さんは、年度末での退職を選んだ。

何のことはない。あと数年で定年退職だったので、裁判で争うよりも、あと1年未満でいいので今の職場ゆっくりやりたいと考えたのだろう。正しい判断だと思う。

勝てるかどうかもわからない裁判を抱えて、勝ったとしても地獄のような部署で働くことになるよりは、早期退職を選んだ方が本人にとっていい。

今回の結果を受けて、副市長激怒した。私は電話副市長室に呼び出され、ほかの総務人事関係幹部職員と一緒に説教を受けた。

上述のとおり、市長から退職勧告を行うことについての了解は取っていた。以後、A夫さんが退職を決めた後で正式市長了解を取り、文書での稟議を回していた最中出来事だ。意思決定者の合意が先で、文書での伺いは最後民間企業でも一般的なやり方である

誤算の一つは、市長や他の幹部副市長に一声かけていなかったこと、もう一つは副市長同意しなかったことだ。主には、私がK市での仕事に慣れていなかったせいである。

・なぜ早まったことをしたのか?

市長相談したのになぜ私にしないのか

身分保障という慣行を破ってはならない。先人が決めて守ってきた大事ルールである

といった意見をぶつけられた。副市長とA夫さんが同じ年に入庁した同期という事情もあっただろう。ちなみに人事課長も同期だ。

ほかの幹部は、申し訳なさそうにしていた。私は堂々たる姿勢で、「K市にとって不要職員だと判断しました。罪を犯したのに反省の色もなく、最初面談ではヘラヘラと笑っていました……切るべきかと。市長もやってみろ、と言っていました」と答えた。

これらの台詞は、当時のメモを見返しながら書いている。そこまで間違ったものではないはずだ。私は確かに副市長に対して上記のような返答をしている。

こういう時に大事なのが『自信』だ。自らの想い、行動への信仰と言い換えてもいい――下の人間に好き放題やられた副市長からすると、自信なさげだと「悪意でやった」と思われかねない。越権行為であるからこそ、組織にとって正しいことをしたのだとアピールする必要があった。

目的はわからなくはない。理解はする。だが、こういったことをする場合は、私に事前協議するように。私を飛ばし市長のところに行くな。今後相談しなかった場合は、決裁の判を押すつもりはない」

それが副市長メッセージだった。その後、幾人もの問題職員諭旨免職によりK市を辞めることになった。副市長のところには事前協議に行ったが、判を押してくれたのは2人分だけ、A夫など比較にならないほどの悪に限って決裁の判を押してくれた。

『よくない人間を辞めさせることに利があるのはわかる。しかし、行政世界はそういうものではない。不合理に見えても、ここの大事ルールだ。みんなにダメだと思われている奴でも辞めさせるな。それが本当にダメな奴、組織にとっての癌だと、人間の目でいったいどうしてわかるというんだ?』

これは、私が要約した副市長の主張だ。

一応言っておくが、副市長の考えは正しい。ただ、私や市長の考えと合わなかっただけだ。公務員身分保障は、行政行為を円滑に回すための全世界共通ルールである。実際、公務員身分保障がなければ、社会制度をまともに維持できないことには私も同意する。

例えば、税務系部署にいる職員は、自らの裁量で税務情報システムログインし、市民課税情報を書き換えることができる。K市くらいの住民規模だと、上司もいちいち課税情報の変更をチェックできない。彼ら彼女らは、やろうと思えば不正ができる。

もし彼らの身分保障されていない(生活できないレベル給与水準簡単にクビを切られる環境権力者に脅迫されても守ってくれる存在がいない)場合、何が起こるのかを想像していただければ、副市長の言うことに理があり、私があくまで慣習への一挑戦者にすぎないことを理解いただけると思う。

https://anond.hatelabo.jp/20211231220516

2021-11-25

ツイフェミネトウヨ/パヨクと反ワクチン陰謀論は根っこが同じだな

もっとも、この中ではネトウヨ歴史が古くて変遷も大きい&現実政治運動にまでリンクしてる側面もあるので一概に「ネトウヨ」とまとめづらいんだけど。

いずれも独自理論独自用語を大量に構築していること、外部の権威に頼りがちで(その権威が出典めちゃくちゃだったりするんだけど)、議論する気はなく、感情と信念ベースで行動している。宗教に近いのではないだろうか。。。

もっとも、戦後労働運動なんかでも末端にあっては議論思想をしっかりと持っていたというよりは「xxさんについていけば良くしてくれる!」という人柄ベースからまり、信念というかカーゴ・カルト的に(あるいは単に宗教的にというべきか)、用語連呼していたりするような運動メンバーも多く見られた。。。

また、特定要求で一件一致するようなケースも見られるが(e.g. 移民反対・観光地公的機関のxxのキャラ排除ワクチンパスポート反対)、基本的には受動的・リアクション的で具体的に大きな要求をきちんと掲げることはできていない。ウーマンリブ婦人参政権運動、妥結可能政治的主張が無い/勝利条件が感情に依っているためゴールが見えない。

その点では天皇制復活主張の右翼のほうがまだマシにすら見える(実現可能性がゼロなのとそのための道筋についてノープランすぎてあれだが)。

なお、海外では「ワクチンパスポート強制」というのが反ワクチンだけでなく様々な思想(個人主義自由主義など)を束ねる現実的な脅威として直面している!というところもあるので団結・直接的なデモ抗議活動になる側面もある。それにゴールも明確だしね。

あとわざわざ書かなかったけど当然サヨクっぽいものの中にも似た特徴を持っていたりする。けどなんかサヨクっぽいのは共同幻想が薄い感じがするか?(だから選挙でも負けるのかな)ていうかネトウヨサヨクのことは範囲広すぎだしあんま触れるべきじゃなかったかもしれんが。

とにかく、ツイフェミや反ワクチンは信念・思想感情問題というものが大きく、権威付けや理論フレーバーふりかけ用語を使っていたりするが、現実問題として対処したいわけでもないようだ。

なので、これらは「人間関係を良くする(根気よく)」「社会的活動に参加していく(徐々に)」「その枠(ツイフェミ・反ワクチン)から外での認知承認を高めてもらう」「日常生活を一緒に過ごす(少しづつ、だんだんと長く)」「一緒に興味を持てることを探す・温かな人間関係キープする(根気強く)」「否定はしない・肯定もしない(話題をそらす)」

2021-11-24

最近若い人は知らんと思うけど、看護師給料が高いのは労組労働運動のおかげ

なんだよなぁ。主に1970年前後の。

 

政治運動割合下げて、まじめに労働運動交渉・スト・世論へのアピール)をすれば賃上げできるって証左なんだよね。技能職だから転職にも困らないし、労使対等に渡り合える。

 

ここら辺を範として、政治運動に関わらない(選挙のお願いぐらいはまだ良いとして、イベント等への動員が無い)労組が増えてくると良いんだけどなぁ。

2021-11-22

増田番付スター力士忘れてる

最近の大物見逃してるので補遺

あなたは愛する党の為に毎日あれだけの長文投稿できるか?

https://anond.hatelabo.jp/20201128150814

増田ッピ

延々毎日野党特に立憲民主党批判する長文を投稿する増田

政府東京五輪強行、ワクチン遅れにより東京医療崩壊が発生し政府批判が激しくなった2021年初夏頃に登場。東京では死が身近になり当時のはてなはどこを見ても与党自民党への憤怒で溢れているような血色ばった状態であったが見事に流れを変えた。

特徴は「心情的に立憲支持だが現状ではこういうのがあるから支持できない」というレトリックを多用すること。結論は必ず野党批判になる。渉外的な仕事に就いている会社員にはお馴染みのレトリックだが、耐性が無い内勤者には刺さるようである

また大きな特徴として選挙期間中には投稿が無かったことが挙げられる。開票と同時に投稿を再開した。

これはネットフジTVデモが盛り上がり企業脅迫に転じていく際にそれらを一切扱わなくなった痛いニュースに似ている(最終的に懲役になった者が出た)。業務的にこなれており政治運動慣れが窺わえる。由って名の由来とした。

文章に緩急があり口語調を巧く挿入して読み易くするなどネット文章を書く能力に長ける。

弱点は一般新聞などから情報を得ていないこと。ほぼ全てネットメディアや機関誌から得ている。

また戦後政治史立法社会科学一般に関して素養が無いこと。岸田文雄がヤバくて高市早苗保守本流と思い込むなどの常識の無さが挙げられる。

自民党員を公言。尚、自民党では家族党員制や紹介制を採っているため党費だけ払えば党員になれるという事はない。縁が必要である。この為党員都市会社員より地場産業従事者や宗教右派に寄っている。

2021-11-19

フェミなんかほっとけほっとけ

昭和学生運動みたいに先鋭化極まってるからほっといたら内ゲバ起こして勝手に自滅するだろ

今でさえもはや主導権争いでフェミ同士が殴り合いしてる状況じゃん

完全に末期的になってるでしょこの手の政治運動

あんな奴らを気にして恋愛仕事に手がつかないのは人生の空費だ

ドイツ赤軍みたいにフェミがなったところで暴力に合う可能性なんてほとんどない

2021-11-01

現代政治運動における嘲笑効果戦略

政治運動において敵対者への嘲笑時代地域を超えて普遍的である

SNSにおいても、特定政治家のみならず支持者や大衆への嘲りは、もはや見飽きた光景だ。

だがその効用は明らかとは言い難い。

嘲笑することは一見敵対者への攻撃にはなるが、第三者の反応はまちまちだ。

一緒になって攻撃するか、逆に攻撃者への批判を呼び起こすか、そういった争い自体忌避して場を立ち去るか。

とくに、最後効果、つまり政治自体忌避させる原因を、政治運動における嘲笑帰結する分析もある。

支持を拡大するという目的マイナスにもなりうるのにも関わらず、なぜここまで嘲笑が溢れているのだろうか。



社会学において支配関係類型化した初期の学者であるマックス・ヴェーバーは、政治運動上層部運動員に与える精神報酬ひとつだとしていた。

選挙活動などの強力な支配行動に人々を動員するには当然、従わない人間よりも多くの報酬必要である

しかし、(とくに猟官制の廃止された後の)民主主義では、大衆を動員するときに直接的な経済的見返りを与えられない。

それ故に様々な精神的見返りを与えることが必要であり、「嘲笑のための大義名分」がそれにあたるのだと。

この描像だと、嘲笑あくま精神的な見返りのひとつであり、怒りや復讐心の発散なとど同列とされ、そこまで重視はされていない。

政治家トップダウンで操る戦術オプションとして扱われている。



現代的な心理学の描像だと、嘲笑もっと政治に直結したものだとみなされる。

そもそも、「笑い」という行為や付随する情動は、自他の思考や行動の間違いを指摘するために獲得されたと考えられている。

人は、社会的に正常な状態だと思いこんでいた状態が間違っていると発見したとき、その気付きに対して笑う。

自分が間違っていたと自分で気づいた場合には行動を改めるだけだが、重要なのはこれが仲間に、かつ攻撃的に向けられたとき(すなわち嘲笑)だ。

期待されている効果は、間違っていた人間が態度を改め、仲間に従うことだ。

だが、仲間の「間違い」に気づいたとしても、実際に正しいのは自分なのか、相手なのか。それはどうやって決まる?

社会的な正常さを決めるのは、群れの政治力学だ。人間原始的社会は単純な多数決でもないし、かといってリーダー強者による完全な序列制でもない。

たとえば、強く序列が高い人間の笑いには追従の笑いをもたらす効果がある。これによって周囲から笑われた人間は態度を改める。

しかし、リーダーが明らかに間違っている場合には、群れの全員から嘲笑され、リーダー側が反省を強いられる場合もある。

場違いな場面で他人を笑った人間が、逆に間違いを笑われることもあるだろう。

このように、嘲笑とは複雑な政治行為の最も原始的な発露であり、人間特有の行動である



無論、現実、とくにSNS上の政治言論における嘲笑はこの2つの描像の中間にあるというのが実際のところだろう。

特定政党政治家言論人が嘲笑行動を種々の政治目的扇動する場合もありうる。

そういった目的を持たない、無意識の笑いが政治シーンに影響を与えることもある。

もちろん、この無意識なかに個人政治信条も含まれている。

ただ、そういった背景を無視して効果だけを見れば、ひとつほぼ明らかな事実がある。



嘲笑多数派を固めるためだけに有効であり、それ以外の場合には逆効果になる、ということだ。

集団的に行われる嘲笑は、味方には精神報酬をあたえ、仲間関係確認し、支持を固めて動員する効果がある。

また、怒って反応する敵対者あぶり出し、敵として認定することもできる。

日和見派のうち気の弱い人間には追従笑いを引き起こす。彼らはすくなくとも言論の場では逆らわないことが期待できる。

そして、何よりも重要なことに、それ以外の無関心層を遠ざける効果がある。

これによって、多数派勝利を確定させる一方、少数派にとっては確定するのは敗北となる。


さて、ここから考えると、もしあなたがすでに多数派だとわかっている場合だけ、集団嘲笑戦略をとるのが合理的である

という非常に単純な戦略しか導かれないように思われる。

だが現実には、少数派が集団的他人嘲笑し、かえって袋叩きに合い、劣勢を固めてしまうという現象はありふれている。これは何を意味するか?

まず、自分多数派か少数派かを判断するのは、大半の人間には難しい。

社会調査などの客観的指標でなく、周囲の人間意見を重視してしまバイアスは容易には逃れがたい。

次に、感情を抑えてまでマクロ合理的政治行動を行うほどのインセンティブ個人にはない。

感情進化的な意味では合理的であったとしても、それは過去環境適応したものであり、現代政治における合理性とは相容れない。

これらはそもそも戦略的に振る舞えない個人がいるという問題だ。



が、真に重大なのは、この理由により「少数派に属している時、味方が嘲笑という不合理な選択をとりうる。そしてそれに対する良い戦略がない」ということだろう。

その味方は自身多数派だと意識的あるいは無意識に考えている。

嘲笑追従しないことは、対象孤立させるシグナルとなるし、たしなめたり批判したりすれば敵対行為だとみなされるだろう。

よって追従することが局所的には合理的だが、それにより嘲笑は拡大し、多数派敵対者日和見派の目にとまり、敗北を拡大することに貢献してしまうのだ。



この問題にたいする回答は筆者の力量では思いつかない。

SNS上において政治言説をひろめたい、政治的に少数派であると考えている人々は、この現象対応する戦略を考案する必要があるだろう。

2021-10-30

anond:20211030100338

あなたはそう思うかもしれませんが、大多数の人はそう思いません。マイノリティ政治運動しなければ政治家に認められません。終わり

2021-10-29

暮らしをよくするために選挙に行こう!みたいな論調死ぬほど苦手

お前らは「選挙に行け」しか言わないよな https://anond.hatelabo.jp/20211018110917

これ読んでまあわかる~となった選挙行かない26歳だけど、少し自分が行かない理由とは違うのと、これだけ書かれててもなお明後日な方向に説教かましてるブコメ散見されるので書きたくなってしまった。

さて、選挙が近づいてきて連日選挙カーとTwiterの選挙大事だよツイートのバズがうるさい時期になってきましたね。

なんか特にここ数年、若者自分のために選挙行こう!とか、生活を良くするために選挙行かないと!とか、選挙行かないのに文句だけは~みたいなクソ説教死ぬほど聞く気がするのですが、

個人的にそういうの全部、なんていうか、不自然だな~と感じていて、その手のことを言っている人がいるとタレントでも知人でもア~・・・って思ってしまう。

この増田趣旨としては、選挙に行かない言い訳をしたいわけでも、政治選挙制度それ自体批判したいわけでもなく

上に書いたような「選挙に行こう!」みたいな発信への思うところを書いております

まり詳しいというわけでもないので間違いもあるかもしれない。納得できる論理で、じゃあ選挙に行ってみるか、と思わせてくれる反論がつくことも微妙に期待しております

以下、選挙行こうよ話でよく使われる文句と、それに対応して増田の思うこと、というかたちでお送りさせていただきます


若者層が投票結果への影響を増やす政治家も若者意識せざるを得ず、若者向けの公約政治家が増えてくる。

・ひととおり公約を読めばどの党も高齢者一辺倒ってわけでもないし、社会保障の皺寄せが若者に来るのは人口構成比にもよるものも当然あると思う

・そも高齢者自分に得だから選挙に行く、というわけでもなくて、時間があるから投票に行きやすいとか、地元候補者やその関係者との付き合いがあるとか、地域根付いた人間関係(互助世間体)が強いとかある。

人口構成比や細かい政治システム関係なく世界各国でも投票率は低下傾向があるし、世代間格差が開いているっぽい(軽くググった知識なので古い/誤解かもしれない)。ということは単に現代若者生活スタイル情報収集手段に現行選挙マッチしてないという事情も少なからずあると思う。

オンライン投票可能期間を伸ばせば若者投票率も多少上がるだろうけど、課題は多し。

・あと単純に因果が逆でも成立しない?そのロジックがアリなら、20代世帯に5万円配りますつって普段選挙に行かない若者票を荒稼ぎする政治家が先に出てきててもおかしくない、気がするのだけど…

さらにいうとこの論調危険なところは、本来なら富裕層/貧困層対立構造として問題視すべき部分まで世代問題すり替えてること。

民主主義として選挙に参加する権利放棄している。(=普通選挙平等選挙に対する冒涜だ/政治文句を言う資格も手放す)

政治参加方法選挙だけじゃない。ストライキデモパブリックコメントなど直接意思を表明できる手段は色々ある。なんなら政治文句を言う政治批判なんか、一番歴史が長い政治手段なんじゃなかろうか。

→そも無から選挙権が産まれるはずがなく、普通選挙権を獲得したのは批判政治運動だよね。

・昔は全員に投票権があったわけじゃない。

→これ本当に謎。昔はできなかったんだから今しないのはもったいない、なんてこと腐るほどあるでしょ。論点がぶれそうだから具体例は出さないけど。

選挙に参加する権利=恩恵を受ける権利社会を作っていく権利、というわけでもない。選挙権は、政治上の代理人を選ぶための1票を投じることができる権利以外の何物でもない。

個人的には投票しないと文句言えないのロジックも飲み込めてない。選挙制とか多数決に納得して投票をした人の方が文句言えないんじゃないの?と思うし、与党投票なんかしようものなら口をつぐむしかなくなるのじゃないか

・あとは、少なくとも民主主義の下に論じているのならば投票しない人への排他的な態度は正解ではないと思う

●1票の影響力だって云々、その他

・現状の選挙システム現実主義見方をするなら、1票の影響力は正直なところかなり小さいよね。

人口比率による世代間の票の格差があるので若者についてはさらに小さい。まずそこを認めてからなんじゃないの。

純粋公約を読んで判断して、という個人も当然少数ってわけじゃないと思うけど、業界として票田を持っているとかそういう大きい組織票の殴り合いもあるなか、自分の1票を重いと言い切るのはやっぱ無理あるような気がいたします。しかもみんな同じ党に入れるわけじゃないとなるとなおさら

公明党がなんで連立与党になってるかとか、なんで特定業界との癒着が発生してしまうのかを考えれば自民公明だよね。

・あと政治に正解はなく、世代とか右翼左翼だけじゃないその人々の立場価値観で最適解は変わってくるのに単純化(=投票すれば暮らしがよくなる)している風に見えることがとても引っかかっている。

若者が〜の例でいえば、高齢者向けの社会保障分が若者に回されれば社会全体ハッピーなの?という感じ。そんな単純でもないけど。

・これだけ書いておいて元も子もないことをいうと、選挙以外の方法政治が変わることを期待しているわけではなく、 政治憎しでも選挙憎しでもなくて、「若者選挙に行こう!」憎し、というのがニュアンスとして実感に近い

なので選挙に行く人は普通に偉いな〜と思って見てるし、行かない人はわかる〜って思って見てます

2021-10-26

暮らしをよくするために選挙に行こう!みたいな論調死ぬほど苦手

お前らは「選挙に行け」しか言わないよな https://anond.hatelabo.jp/20211018110917

これ読んでまあわかる~となった選挙行かない26歳だけど、少し自分が行かない理由とは違うのと、これだけ書かれててもなお明後日な方向に説教かましてるブコメ散見されるので書きたくなってしまった。

さて、選挙が近づいてきて連日選挙カーとTwiterの選挙大事だよツイートのバズがうるさい時期になってきましたね。

なんか特にここ数年、若者自分のために選挙行こう!とか、生活を良くするために選挙行かないと!とか、選挙行かないのに文句だけは~みたいなクソ説教死ぬほど聞く気がするのですが、

個人的にそういうの全部、なんていうか、不自然だな~と感じていて、その手のことを言っている人がいるとタレントでも知人でもア~・・・って思ってしまう。

この増田趣旨としては、選挙に行かない言い訳をしたいわけでも、政治選挙制度それ自体批判したいわけでもなく

上に書いたような「選挙に行こう!」みたいな発信への思うところを書いております

まり詳しいというわけでもないので間違いもあるかもしれない。納得できる論理で、じゃあ選挙に行ってみるか、と思わせてくれる反論がつくことも微妙に期待しております

以下、選挙行こうよ話でよく使われる文句と、それに対応して増田の思うこと、というかたちでお送りさせていただきます


若者層が投票結果への影響を増やす政治家も若者意識せざるを得ず、若者向けの公約政治家が増えてくる。


・ひととおり公約を読めばどの党も高齢者一辺倒ってわけでもないし、社会保障の皺寄せが若者に来るのは人口構成比にもよるものも当然あると思う

・そも高齢者自分に得だから選挙に行く、というわけでもなくて、時間があるから投票に行きやすいとか、地元候補者やその関係者との付き合いがあるとか、地域根付いた人間関係(互助世間体)が強いとかある。

人口構成比や細かい政治システム関係なく世界各国でも投票率は低下傾向があるし、世代間格差が開いているっぽい(軽くググった知識なので古い/誤解かもしれない)。ということは単に現代若者生活スタイル情報収集手段に現行選挙マッチしてないという事情も少なからずあると思う。

オンライン投票可能期間を伸ばせば若者投票率も多少上がるだろうけど、課題は多し。

・あと単純に因果が逆でも成立しない?そのロジックがアリなら、20代世帯に5万円配りますつって普段選挙に行かない若者票を荒稼ぎする政治家が先に出てきててもおかしくない、気がするのだけど…

さらにいうとこの論調危険なところは、本来なら富裕層/貧困層対立構造として問題視すべき部分まで世代問題すり替えてること。

民主主義として選挙に参加する権利放棄している。(=普通選挙平等選挙に対する冒涜だ/政治文句を言う資格も手放す)


政治参加方法選挙だけじゃない。ストライキデモパブリックコメントなど直接意思を表明できる手段は色々ある。なんなら政治文句を言う政治批判なんか、一番歴史が長い政治手段なんじゃなかろうか。

→そも無から選挙権が産まれるはずがなく、普通選挙権を獲得したのは批判政治運動だよね。

選挙に参加する権利=恩恵を受ける権利社会を作っていく権利、というわけでもない。選挙権は、政治上の代理人を選ぶための1票を投じることができる権利以外の何物でもない。

個人的には投票しないと文句言えないのロジックも飲み込めてない。選挙制とか多数決に納得して投票をした人の方が文句言えないんじゃないの?と思うし、与党投票なんかしようものなら口をつぐむしかなくなるのじゃないか

・あとは、少なくとも民主主義の下に論じているのならば投票しない人への排他的な態度は正解ではないと思う

●1票の影響力だって云々、その他


・現状の選挙システム現実主義見方をするなら、1票の影響力は正直なところかなり小さいよね。

人口比率による世代間の票の格差があるので若者についてはさらに小さい。まずそこを認めてからなんじゃないの。

純粋公約を読んで判断して、という個人も当然少数ってわけじゃないと思うけど、業界として票田を持っているとかそういう大きい組織票の殴り合いもあるなか、自分の1票を重いと言い切るのはやっぱ無理あるような気がいたします。しかもみんな同じ党に入れるわけじゃないとなるとなおさら

公明党がなんで連立与党になってるかとか、なんで特定業界との癒着が発生してしまうのかを考えれば自民公明だよね。

・あと政治に正解はなく、世代とか右翼左翼だけじゃないその人々の立場価値観で最適解は変わってくるのに単純化(=投票すれば暮らしがよくなる)している風に見えることがとても引っかかっている。

若者が〜の例でいえば、高齢者向けの社会保障分が若者に回されれば社会全体ハッピーなの?という感じ。そんな単純でもないけど。

・これだけ書いておいて元も子もないことをいうと、選挙以外の方法政治が変わることを期待しているわけではなく、 政治憎しでも選挙憎しでもなくて、「若者選挙に行こう!」憎し、というのがニュアンスとして実感に近い

なので選挙に行く人は普通に偉いな〜と思って見てるし、行かない人はわかる〜って思って見てます

2021-10-20

anond:20211020104932

金もらって政治運動してるとしたら現場忖度とかじゃない、業を続けるために必要な当然の沈黙だろ。

2021-09-23

社会における性的表現のあり方の理想の食い違いとか

昭和から平成の前半では、ポルノグラフィー・猥褻物への禁止圧力は主に保守系政治運動と結びついてて、左翼側はそういう禁止圧力の緩和やポルノ開放みたいな要求だったけれど、今では政治的には左翼側の人間が、猥褻理由とせずに「性差別助長する表現」を理由として、萌え絵代表される様な一部の表現禁止政治的に主張し、保守右翼側の人間が「性差別的」と決めつけられた表現表現自由を旗印にして守ろうとする、俺みたいな者の目から見ると「なんだか変な」時代になった。

 

日本右翼保守(要するに自民党)は、本質的には民主主義ではなく「統治者にとって都合よく制度設計された、民主主義と称するもの」を追求しているが、それ故に正面切って表現自由否定することは出来ないので、刑罰を以て表現を禁じるやり方(猥褻図画や小説の取り締まり。チャタレー裁判とか、愛のコリーダとか)をなるべく露骨に使わずに、出版業界映像業界自主検閲組織を作らせて「自主的に検閲しているので、法的には何の表現規制存在しない」状態を作り上げることで実質的表現規制をする様になってる。なので、公共利益公序良俗保護理由に法的に制限できる猥褻ならともかく、表現自由一義的に示す表現である思想的・政治的表現規制」はさすがの日本国でも不可能になってる。(少なくとも現状はポルノほどあからさまな実質的表現規制犠牲にはなっていない)

 

で、昭和の頃の左翼だと、こういった猥褻表現禁止であっても、国家による国民活動への制限は最小限であるべきで、猥褻規制はその限度を超えている、みたいな話をするものだったのだけれど、今やその左翼、とりわけフェミニストの中で「猥褻から」とは言わずに「性差別であるから禁じられるべきで、規制は全く十分でない」という意見が主流を占める様になってきたのが2010年代じゃないかなと思う。

 

何を以て性差別的かという理由付けは色々見るのだけれど、メディア効果論(それも強力効果論)に基づいたものが多いと感じるが、(多くは女性である自分にとって極めて不愉快であり加害的であって、公共の場での存在は許されない、ってものもかなり見かける。これ、伝統的な右翼によるポルノ撲滅運動題目が「子供教育に悪い」だの「破廉恥で見るに耐えない」だったのと、ほぼつながってないか?と思うのである極右極左政治的主張は逆だが、粗暴さや残酷さ、頑なさや頭の悪さは同じに見えるのと似た感じだが、そう言ってしまうと純然たる悪口になるので止めておく。

 

左翼側・フェミニズム側の表現規制主義者(本人たちが自分をそう認めることは絶対に無いが、それは右翼側でも同じこと)も、自民党と同じ様に自らが表現規制者と呼ばれる事を非常に嫌う。そうした中で憲法の示す建前を崩さずに「実質的表現規制」を行おうとするなら、自民党政府のもとで成功してきた、自主検閲組織業界に作らせて『自主的な規制権力から強いる』事で実質的表現規制を行うやりかたがやはり踏襲される。

特にフェミニストとされる人達特定表現(宇崎ちゃんとか)を特定場所日赤)で禁じようとする時には、これが権力による直接的な規制ではなく、在野の民間人による公的機関企業に対する言論圧力によって当該機関企業の「自己規制を促した」のだから、これは絶対表現規制じゃない、って言い方だった。彼らの言う通り、確かに憲法上の建前は守られた上で(彼らにとって存在の許し難い)不快性差別表現を「実質的に刈り取る」ことに成功していて、最初にこの自粛要請という「単純だが案外に強力な仕組み」を考えた政府役人自民党政治家達、そのアイデアをそのまま利用したフェミニストは賢いなと思う。

 

左右の違いが全然いかと言うと、それはそうでも無い様で、大昔の矯風会の様な保守アンチポルノ団体はあらゆる猥褻表現をあらゆる流通ルートにおいて消滅させようとしている感じなんだが、今の左翼フェミニズム的な「反性差別表現」をやっている人達は、流石に左翼であるだけあって「ポルノであるならこの世に存在を許さない」などということは主張しない。存在が許されない表現はある程度は絞り込まれていて、大体それが「男オタク好みの性的表現物」に被さっているし、流通に関しても「表通りに出てこなければ許す」という感じである。 ポルノショップ無修正ポルノ販売されることまで禁じろという主張はしてない。(コンビニ一般書店水着グラビア雑誌販売を禁じろは言ってるのがいるが)

 

良く知らない世界なのだが、腐女子世界における「学級会文化」というものがあり、世間に対して目立たぬように「厳しく自粛」(恐らく自己認識としては自粛ではなく相互批判によるコミュニティの自浄作用だろう)する傾向があって、それは同性愛を正面から扱う表現であるために『世間の目を憚る代物』である自覚があり、それ故に何かと謂われなく侮辱されたり非難されたりする『腐女子表現世界』を守ろうって云う同調圧力が(人・場所によっては)やたらに強い、って話を聞く。

そういう文化があるためなのか、同様な「当然の自粛」が男オタク表現物でも行われるべきで、それが全く行われずに結果として表通りの世間流出し、そこで調子良くのさばるべきではない、って理念が、腐女子でもある一部のフェミニスト(一部じゃなくてマジョリティなのかもしれないが)には潜在的にあるのではないかと考えているが、ちょっと確認が難しい。

 

この「表現自粛」に対する積極的な考え方は男オタク世界にはあまりなさそうなもので、この部分では政治的には極右オタクでも昭和左翼的な「政府による自由規制は最小限であるべき」って建前を大事にしてたりするし、左翼オタクならもちろんそう考えるはずなのであるがそうなっていない。これは恐らく今の左翼フェミニスト達による「最小限の規制対象」の裁定基準が「表現自由戦士」と悪意と侮辱を込めて呼ばれる人達にとっては理不尽に厳格であるってことなんじゃないかと思う。かくいう俺もフェミニスト達、とりわけネトフェミ悪罵される人達基準ちょっと、いや全く受け入れられない。

 

昭和左翼自民党政府による「公序良俗保守的性道徳観」の保護に反対した訳だが、基本的右翼である表現自由戦士」はフェミニズムからの「公序良俗=反女性差別的性道徳観」の保護に反対している訳で、その意味では政治的立場と主張の食い違いは無いとも言える。

 

どちらにせよ、憲法の建前からして最優先で守られている政治的表現と違い、その殆どエンタメである文学映画マンガアニメといった表現は、我国が戦前戦後内務省警察権力が強い強権的国家であったこともあり、公序良俗保護理由目的として簡単規制を受けがであることは戦後歴史証明してる。

 

それを守りたいと思うのであれば自分右翼であれ左翼であれ、機会を捉えて発言して意見議論することはどんなに嫌でも避けられないのであろう。 ああ嫌だねえ……

2021-09-20

anond:20210920012059

そのとき自由に何でもやっていいです、団結必要ありません、意思統一不要です、外部と戦う必要ありません

そんな政治運動ありえないやろ

けっこうあるよ。

世間ではそう思われてないけど、ベ平連とかね。

anond:20210919195238

いや当たり前じゃん

「一人ひとりの自由意志尊重する」だけの目標なら女性限定する必要ないですよね

女性だけの共通利益があり、女性だけである程度の意思統一ができ、政治運動可能である

という仮定をおくからfeminism、つまり主義が成立するんでしょ


なんか日本人って政治根本的に勘違いしてるよね

別にフェミニズムだけの話じゃないよ

特定集団利益のために団結するから政治運動するんやろ

そのとき自由に何でもやっていいです、団結必要ありません、意思統一不要です、外部と戦う必要ありません

そんな政治運動ありえないやろ

もちろん支持を広げるのに色々やるだろうけど

全員とか全人類が支持するような内容だったらそもそも政治運動する必要ねえだろ

馬鹿かよ

2021-08-29

anond:20210828231633

一理あるよな。諸外国若者みたいに政治運動したりしなかったからな。政治家脳死状態無能2世ばかりになって今の日本体たらくがあるんだよな。

2021-08-02

漫画ルックバックの描写が変更されて残念な気持ちと、それに対してできること

漫画ルックバック』の一部表現不適切だとされて変更された。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/shonenjump_plus/status/1422029631507427331

残念である

表現が人を傷つける力と人を救う力は同一であり、分割することができないものだと私は考える。(救うなんて表現はおしつけがましいし、そもそも表現価値は人を救う事とは限らないが、便宜上こう言う)

たとえ短期的には傷つける部分だけを削り救う部分は残すことに成功したように見えても、長い目で見れば、次の誰かの作品まで踏まえてみれば、傷つける力を弱める試みは必ず救う力までも弱めてしまう。

過去50年の間に許されなくなった表現はあるが、100年前200年前よりは許される表現は増えていて、だから私たちは色々な表現に心を動かされる現代にいる。

許されなくなった表現もっと少なければ、もっと豊かな現代になっていただろう。

からルックバックの表現が許されないとされたのは残念である



このような表現への抑圧を問題視する立場から何ができるだろうか。

出版社であったり圧力団体であったり政党であったりに掛け合うこと、コロナ考慮した上でのデモを行う事など、社会運動政治運動はもちろん有効である

だがそれに付け加えることとして、表現活動をすることを私たちみなに望みたい。

たとえ不適切だとか不道徳だとか言われそうだと思っても、必要だと思った表現は盛り込んだ作品を作り、発表しよう。

抑圧された時に余裕があるならつっぱねればよいが、大変そうならしれっと取り下げてもいい。

叩かれても折れない覚悟なんて、たいていの人間は持てないし持つべきじゃない。思いついた表現を世の中に放り投げる気軽さ、見る前に跳ぶ思い切りさえあれば十分で、着地でミスろうが安全ネットからまって笑われようが問題ない。

あなた表現が誰かの目に入ったならば、それを取り下げようと蒔かれた種は消えない。

表現自由への道は、自由を目指して倒れた作品たちの上に作られる。だから殺されたって価値がある。

そしてしばし休んだなら、また何かの名義で、何かの媒体で、作品を出せたら最高だ。

インターネットはずいぶん歪んだがそれでも表現者にとってはまだまだ武器だ、名義も発表場所も幾らでもある。

から表現の力に期待する人よ、あなたも何かを表現しよう。

2021-07-30

anond:20210730154525

el-condor これだけ五輪への医療資源優遇を当然視してると、難病治療にも優遇あったのかと問いたくなる/アスリートもいい大人なんだから政治運動はその結果も含め主張しよう。「何万人犠牲にしても五輪やりたいです」とか



これもセーフ判定ってマジ!?

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