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はてなキーワード: 選書とは

2021-03-30

anond:20210330150430

あの時代みんな東京を目指してって時代でもないからねえ。

映画だって全然入らないし(エヴァで34億)、ちょっとあとにでたシャングリラは48万枚。

1992年だと、まだ田舎地方80年代のまんまだったね。


杉浦の解析入門がぎりぎり読めた時代かな。93年から下りだしてったから。

カセットテープはまだ現役。150分テープすらあった。

ヤマハはまだ教会オルガンを作っていた。

岩波基礎数学選書が一冊づつチャージされてった時代で、地方都市ならどこにでもあったが田舎にはない。

予備校は今より繁盛していた。


勘違いしてる人が多いんだけど、1990年代に入っても田舎地方は何も変わってないね

唯一変わったのは「首都圏」で、美術の新しい潮流が始まっていたけど、そんなの田舎地方になんかない。

ポップアートで「モナリザバーコード」ってのを出品した奴がいたんだが、そいつカルトQに出ていたのを思い出す。

でも団塊世代とそのあとの世代はほぼ中卒と高卒と専門卒で、彼らレヴェルではなんもできない。

しかたがなく大学受験をした人間が一番多かった。

2021-03-27

anond:20201029101359

なによりの人生の山場が大学受験や専門・大学に在学中のお勉強ってほんと言葉を失う

https://anond.hatelabo.jp/20201029101359

言葉を失うのは、日本人の全員ではないし、共感を呼ぶ層でもなさそうだ。

25歳前後だと必然的にそうなるような気がするし、アメリカ大学院だとQualification Examだから当然なんだが、少々の反論がある。

日本昭和時代、9割が田舎地方に捨てられており、しっかり岩波基礎数学選書を積んでいるような境遇人間は1割を切っていたような気がする。私がいた潰れた本屋さんにも、岩波基礎数学選書は奇麗に並んでたことを思い出す。

私は今の専門が数学ではないので、今の数学科のカリキュラムのことをあまりよく知らないのだが、とにかく図書館で本を積んで生活するという経験はあるだろう。

医学部医学科だと下宿に本のタワーができる。

大学受験や専門・大学に在学中のお勉強」は、「自分人生自分で切り開く」ことでは、ない、のかどうかである

私が知っている高名な人物は、確かに大学学問放棄して別の学問に移り大成した。ある人物難関大学中退して、非常に有名な声優になった。こういうケースは稀で、ほぼすべての日本人に該当するとはとても思えない。

大学受験や専門・大学に在学中のお勉強」が、「自分人生自分で切り開く」ことであってもよいし、なくてもよい。

これでいいではないか

日本に欠けているのはこの柔軟性なんだろうと思っている。

中学受験をさせても、一向に自分の子供の頭の出来が良くならないのも、このあたりに原因があるのではないか

日本に住んでいる人間は騙されてはいけない。首都圏に住んでいる人間地方の倍賢いということはない。1.33倍くらいだと思ったほうが良い。

2035年ごろには、1.22倍くらいにまですり減っていることは容易に推察できる。

2021-02-21

anond:20210221015015

「~までに読みたい古典文学」に乗っかったネタにしては全体的に選書が新しすぎない?

2021-02-09

anond:20210209162437

ここの選書をたのまれるような選抜だけで偏差値を取ると85あるから

2021-02-08

anond:20210208151630

これはもうどうしようもない!

だってね、あんた、大学卒業できたのが2割だよ。1990年代は。1990年代末でも2.5割だったはず。

理系はその1/3。

岩波基礎数学選書なんて見たことも聞いたこともないのが14%。

もちろんランダウもなんも知らんよ。

これが20世紀日本の知性だよ。

今と全然違う。

2021-01-22

anond:20210121232528

中学生なら、もう岩波基礎数学選書は読むでしょうし、

ソナタフーガは無理ですが、和声法や対位法ならやり始めるお年頃ですし、

スミルノフ高等数学ってのも読むお年頃ですし、

早い子なら、哲学書現代哲学ではない)なんかに手を付けるのもいるでしょう。

そういう人は田舎だと1人くらいですわね。

都市だとこれが数百倍なんですよね。

それでも35のころになると、99%素人になってるんですが。

2020-12-13

anond:20201213164114

リンク先)おー!加藤和也先生だ!今はシカゴですかな。

>>しか日本国民ほとんどはこの程度のバッタモンを「本物」と認識してしまう程度の教養しかないのだろうから笑えるよな。>>

そりゃそーだ。岩波基礎数学選書絶版になってオンデマンドの国でしょ。低学歴国家という証明なんだよ。

anond:20201213050745

個人的には、高校数学だけじゃなくて一般数学面白そうだと気が付いて、書店に並んでた岩波講座基礎数学の棚を見たときかな。買ってないけどね。

でも、地方都市ならそれは全部そろってたんだよ。ところが、地方都市から岩波基礎数学選書すらなくなったのが2010年代くらいかな。

2020-10-31

地元図書館が一つ増えた。

しばらくは密、もしくは密回避のための制限入場だろうから、行かない。けど、タウン誌取材記事を読んだら不安になってきた。新しい図書館、とても楽しみにしていたから、実際に行ってがっかりするのも悲しい。

まず運営はかのCCC、ではない。でも、バリバリ意識している。「人と人が出会う場としての図書館」「暮らしのなかの図書館」、うんぬん、かんぬん。蔦屋は嫌いじゃないけど、この町はおしゃれをいつも間違える。この数年、税金を投入してつくられる建物、行うイベント、すべてどこかで見たようなものばかりだ。マルシェを併設した健康増進施設オーガニック入院食が売りの産婦人科マグロもりもり乗っけ放題の丼が目玉の道の駅。このの漁港マグロなんて獲れたことないでしょうよ…

そして怒涛の地元押し。行政要望しているのかもしれないけれど(だとしたら市民ニーズに鈍感)、もしくはコンペに通りやすいよう運営受託者が提案したのかもしれないけれど(ありがち)、地元出身作家作品に登場するモチーフが館内各所にちりばめられ、豊富地元関連資料地元商店街店主による講演会企画、うんぬん、かんぬん。それ、本当に市民興味ある??住んでて、そんなに地元のこと知りたい?新しい恐竜最近どんなの発見されたのかとか、キム・ジヨン入り口韓国文学読んでみたいとか、認知症介護医者の言うこと理解するために信頼できる医療書読みたいとか、中学受験経験談を読んで塾選びしたいとか、話題の独学大全ってどんな本?とかそういうのじゃない?暮らしに密着した図書館に求められる本って。誰のために企画して選書しているんだろう。建前のため?地元資料、古くから図書館にもメチャクチャ置いてあるじゃん。。地元商店街店主の講演、この先長く続けられる?集客バラツキが出て市役所から動員する羽目になったりしない?地元作家の本だからこの絵本読み聞かせしてあげよう!なんてならないよ…。サクっとノンタン探しちゃうよ。

私が図書館にお願いしたいのは、まず快適で集中できる空間。照明・温度湿度。静かに歩ける床。ユニバーサル動線バギー車いすを置けるスペース。それから質問やす司書さんたち。○○な本はありますか?って聞いたときに、こういう探し方もあるかもって打てば響くように返してくれるプロ司書さん。混まない程度に配置された検索端末。ギチギチに詰め込まれていない取り出しやすい棚。ボロボロになる前に交換される世代を超える名著たち。時代に合わせてどんどん新陳代謝する情報技術医療・家庭・歴史などの実用本。ベストセラーや寄贈書籍などもありつつ、万人が借りるわけではないが痒いところに手が届く本をバランスよく蔵書する姿勢。市内各所の図書館との融通の利く取り寄せサービス学生勉強やす豊富学習コーナー。PCOK、電源ありの現実的作業コーナー。その先に、地域の人との交流とか、活動発表とか、地元で愛されるモチーフ(見たことないけど)がちりばめられているとか、そういうのをやってほしい。

でも大変でしょ、だからまず基本だけでいい。どうか新しい図書館が、良いところでありますように。

追伸、おすすめ図書館があったら教えてください。旅先で行きたい。今のところのベストは、奈良県情報図書館

2020-09-15

大学図書館 学生希望図書制限ふつう

北海道大学 教育学部

一人当たり申請上限額(院生希望図書 30,000円、学生希望図書 15,000円)

年間予算額院生希望図書 200,000円、学生希望図書  50,000円)

北海道教育大学付属図書館

・申込みの上限 年度において1人3冊以内かつ合計金額20,000円以内

希望者以外に利用が見込めないと思われる資料対象外

東京学芸大学図書館

年度1人当たりの購入上限冊数 7冊

税込み価格10,000円を超える図書は附属図書選書委員が購入の是非を検討

一橋大学附属図書館

年度1人当たりのリクエスト冊数・金額の上限

学部学生 15冊 30,000円

大学院学生 30冊 100,000円

和書洋書とも、図書1点当たりの定価が、1,000円以上、50,000円以内のものに限る

新潟大学附属図書館

1冊3万円以上の高額な資料対象外

当該年度につきリクエストできる冊数・金額の上限 年10冊まで(月5冊まで)、合計金額が3万円以内

京都大学付属図書館

価格税抜き定価)が1,000円に満たない、もしくは30,000円を超えるもの対象外

一人が同一年度内に申し込める上限 原則として12冊まで、もしくは総額120,000円まで

琉球大学附属図書館

リクエストできる図書 希望者本人以外にも広く利用される図書であること

購入上限額(年間・一人あたり) 学部学生: 5万円 大学院生: 10万円

大学図書館に図書購入を依頼したところ「学生リクエストにしては高額なので保留します」

2020-07-22

anond:20200722102412

字数制限あるから追記とかはこっちで。

内容には全く関係がないが、「文字ギュッとね!」というフレーズが浮かんだ。ああいかん、こうして見栄えのことだけに触れることもまたルッキズムだな…。

おっさん乙。

しろanmin7さんが書いたのかとすら思ってた。題材や、『銀英伝』、『蜃気楼』あたりで……。

すまん、実は『炎の蜃気楼』読んでないんや。存在は知ってるってだけで……

増田自分が男とは一言もいってないのでは?

最初の方で男オタクって書いてますやん。

二次創作好きを二次オタクって略すの一般的二次元好きが二次オタだと思ってたけど

北田論文ではちゃんと「この論文では二次創作に興味があるオタクのことを二次オタクって呼ぶよ」っていう定義がなされた上で使われてるのでまあ問題はないと思う。この論文の中ではこういう用語法にしますよ、という話だから

なのにtwitterグラフ画像だけ切り取って拡散するやつがいから勘違いされちゃうというね。その論文では一般的用法とは違う用法をしてるって理解してくれー。

そんなに酷い本なのか、指摘されてる点が素人でも分かる程酷い

北田(2017)はあくまで本の1章やで……他の章に罪はないやで……参考文献にはちゃんと何ページから何ページまでって書いてあるんだからちゃんと見てほしいやで……

追記の部分で終わってはいるが2007年って何年前よ、ということ(データ古すぎ)。

もとの調査2010年やで。10年前のデータってのは古く思えるけど、2010年データ採って、それをもとに色々分析して、本の形で研究成果を発表したのが2017年でしょ? これだけの共同研究で7年なら、早くもないけど特別遅いってわけでもないよ。さすがにそれは言いがかりすぎて北田が気の毒。

北田は、東浩紀(2001)のデータベース消費論に依拠しつつ』まで読んだが、その時点でもうほとんど相手する必要ない感がすごいある。謎の『二次オタク・非二次オタク』だったかの分類も意味わかんなかったけど。

いやその分類それ自体別に悪くないやで……ただ分類に際して「興味がある」をそのまま「好きである実践している」と同一視してる点とか、二次創作への興味を表す項目を腐女子操作定義に使ってるのが論理的おかしいって話やで……そういう分類も仮に適切に定義して適切に運用できるならまったく問題ないやで……

コミケ会場でアンケート取れば全国から来てるだろうし良質なサンプルが集まりそう(今年は無理だけど)

これ、「オタク研究」じゃなくて「若者趣味に関する共同研究」なので……他の章では音楽とか読書とかも扱われてて、オタクジェンダー観の分析はその1章というだけ。

オタク統計で扱うのはなかなか難しいと。

別に難しいことじゃないんだけどなぜか変なことしてるなぁ、という感じ。山岡(2016)の操作定義は割とマトモだと思う。

なんで二次創作好きに絞って調査したのか気になる。一次創作好きと二次創作好きで分けて著作権意識について調査するとかなら必要性もわかるけど

それには、

  1. オタク二次創作と女オタク二次創作の違いを主題にしている(研究テーマとしてはわかる)
  2. 二次創作との親和性オタク度の指標にしている(どう考えてもおかしい)

という2つの要因がある。

北田は、男オタク東浩紀提唱した「データベース消費」をしているけど、腐女子はそれとは違う「関係性消費」をしていて、前者は既存ジェンダー規範に対して親和的だけど、後者既存ジェンダー規範に対して批判的で、むしろ臭い既存社会構造に挑戦している、という議論をしているのね。

その文脈二次創作に注目する、というのは、(議論妥当性はさておき)まあわかる。

でも、北田おかしいところは、「二次創作に興味がある」という項目から、これに賛同したやつはディープオタクだろうとか腐女子だろうとか定義してるところね。「マンガ二次創作に興味がある女≒腐女子」ってのはデータがどうこう以前に論理的おかしい(『炎の蜃気楼』や『刀剣乱舞』で掛け算してる腐女子は「マンガ」で二次創作してるわけじゃないし、商業BL専門の腐女子もこの定義からは外れてしまうし、男女CP二次創作やってる女オタクなんていくらでもいるし、好きなマンガBLにするな! って毎日のようにBLを叩いてる女がいたとして、そいつ定義上「マンガ二次創作に興味がある女」ってことになるけどそれを腐女子と呼ぶのはどう考えても間違い)。これは山岡皮肉ってる。

例えば、与野党政治家報道関係者一般国民に至るまで、多くの者が総理大臣言動に興味を持っているだろう。「興味を持つこと」と「好きであること」を同一視すれば……驚異的な支持率になる。……(山岡 2019: 21)

それと、男オタクと女オタクデータベース消費うんぬんの話で東園子の先行研究を引いていて、これは私はまだ読んでないからなんとも言えないんだけど、『ヘタリア』と『東方』の差異で男女の消費の差異を論じてる箇所があるらしいんだよね。……『ヘタリア』、普通にギルエリとかヘテロCPもあったよな? 『東方』、男オタク界隈でも早期から百合(つまり関係性消費)の勢力が根強かったジャンルだよな? まあでもこれは東園子を読まないと何も言えないのでまずは読んでみますわ。

で、北田(2017)のツッコミどころはたいてい指摘されてて(てゆーか北田も一部については自己批判してる)、正直私がここでこんなこと書くのって車輪の再発明しかないんだけど、あのグラフ画像として独り歩きしてて「男オタク保守的、女オタク腐女子進歩的」の論拠として用いられることがまだまだ多いんだよね。だから、いやもともとの論文もけっこうおかしいよね? そんなとこから批判に持ってきて男オタクを云々されるの困るんだけど? というのをブクマカ諸氏に訴えかけておきたかった。

ちなみに北田はその後note山岡(2019)に応答してるけど、今んとこ山岡からの再反論はなし。

https://note.com/gyodaikitada/n/nf3ec68635b4e

https://note.com/gyodaikitada/n/n64fa34704698

https://note.com/gyodaikitada/n/n1c5f282be513

ただこの夏に山岡新刊出すらしいんでそっちで反論があるのかも。個人的には北田反論noteとかでやってないでどっかの紀要かに載っけてくれればいいのにと思うけど、まあ印刷物はすぐにはできないので気長に待つとしましょう。仮に去年の夏ごろに紀要原稿投下してればそろそろ刷り上がってくるころかな(『現代思想』では江口聡のtweet引用してdisってるんだからウェブ上の論争を紙でやることに抵抗はないのだろうし)。

フェミニズムの人って文献を批判的に吟味出来ているのかな?なんか北田グラフをそのまま鵜呑みにしている反応を見たんだけど...

まあ畑違いの分野だったり自分に馴染みのないテーマだったりすると批判的に読むのすら難しいしねえ。同じドイツ近代史の真面目な研究者さんでもキリスト教に詳しくないとカール・レーフラーを見抜けなかったので……あと、フェミニストでも腐女子じゃなければ操作定義おかしさに気づくのとか難しいだろうし、腐女子フェミニストでも研究についてよくわかってなければ吟味する能力がないのは仕方ない面もあるし。でも腐女子を自認してるフェミニスト研究者はさすがになんかおかしいと思わなかったのかよとは思う。

一応全部読んだんだけど、北田氏の言説がアレげな事はおぼろげにわかったが、それを突き詰めるために原典全部に当たろうとはとても思えない話だった

北田(2017)は日本語で50ページくらいの分量やで……選書からページあたりの文字数もそこまで多くないしグラフも含めてのページ数やで……

こういう反論があることはいいと思うけど、評価されてほしいというか、何らかの別の論文などで引用できるのだろうか

引用例置いときますねー。

引用しちゃダメな文献なんてないんやで。どんな文献でも引用してよくて、その中に肯定的引用すると信頼度が落ちる文献とか自説を補強する目的引用するとバカにされる文献とかがあるだけだから、もしも引用に値すると思うのなら匿名記事でもガンガン引用してええんやで。まあこんなガバガバ増田から引用するくらいなら素直に北田(2017)や山岡(2019)を引用しよう!

山北(リバあり)

そう……。そのまま飲み込んで。僕の操作定義……。

そもそもがミソジこじらせてる連中が言う「俺らオタク」の定義ガバガバで、ジェンダー論に行く手前でもう突っ込みどころが満載なんだよなあ。アニメ漫画ゲーム以外にも山程オタはいるわけだし

この内容の増田にこのコメントある意味すごい。botかな?

2020-06-29

でも読書感想文に救われたこももいるよ


私以外で作文書くことだけやけに先生に褒められてたやつおる?


最近急にタイムライン読書感想文に対するツイートをよく見るようになって

なんでだろうと思ってたら、ついさっきこれがおそらく話題大元になったツイートを見つけた。


https://twitter.com/nanngin/status/1276943146639749121


現役の教員の方の一連のツイートだ。

たまーーーーに国語の授業の「作者の気持ちを考えましょう」の無意味さを皮肉った話とかバズってるし

定期的に小学校国語教育の話は出てくるけど、読書感想文、よっぽどヘイト買ってるんだね。

私は小学生のころ読書感想文が大好きなこどもだった。だからちょっと不思議だ。


他の教科はてんで駄目な中で、人以上に好きなことが作文を書くことだった。

これは今この文章を見ている人ならわかると思うけど、私は特別文を書くのがうまかったわけでもない。

国語の点数も……私は漢字の形を覚えるのがとにかく苦手なこどもで、今考えれば私はディスレクシアなんだけど

何度事前に予習や復習をしても授業で習った範囲の二割くらいしか覚えられなかった(今でも得意ではない)

から国語の点数も低かったし成績が優秀だったわけでもない。

じゃあそんな中でなぜ好きになれたのかというと、

単純に私を受け持った先生小学校教育方針が徹底的に「褒めて伸ばす」方針をとっていたからだ。


何度も言うが私は特別文章を書くのがうまかったわけではない。

ただ、空想自分気持ちについて突き詰めて考えることは好きだった。

読書感想文においてもそれは同じで、本を読むこと以上に本を読んだあと、

自分はどう思ったか、読む前と読んだ後でどのような心情の変化があったか」考えるのが好きだった。

私が作文や読書感想文を嫌いにならなかったのは、先生が誰も作文での自己表現を一度だって咎めたことがなかったことが大きいように思う。

添削アドバイスをくれた先生はいたような気がするけれど……それでもあくまで私の文章もっと伝わりやすく、もっと良いものにしようという意思のものばかりで、最終的に私の伝えたいことや表現しているものが曲げられたりするような添削をする先生は一人だっていなかった。

先生の求めるようなことを器用に書けていたこどもだった記憶もない。題材や思想や内容に対するお咎め修正もなかった。

どんな作文や読書感想文を書いても、先生はみんな私の書いた文章ちゃんと読んでから褒めてくれた。

元ツイを見るとどうもそうでない?学校先生が多いのかもしれない印象を受ける。

実際のところそういうものなんでしょか。

読書感想文についても同じで、普段私が本を読むのはもっぱらマンガ図鑑絵本辞典の方が圧倒的に多かったので

物語」が他者の手によって選書されているのが新鮮でこういう機会でもないと読まないこどもだったので大変ありがたかったと、それについて生徒が三者三様自分意見を書く、という部分が楽しくて好きだった。

その本を自分が選んでいないのに読書感想文全国コンクール文章読むのも好きだったな。

映画や本のレビューサイトに書いたことがある人ならわかると思うんだけど、同じものを見た人でも全然意見が違うことへの面白さって確実にある。そしてその面白さは、まず自分がその作品を見て自分自身の意見を持っていないと感じることが難しい。

その楽しさを身につけられたのは今思えば読書感想文のおかげかもしれない。

(元ツイにあった「感想文集の売上が図書館担当先生たちの研究会出張費用になってる」ことは知らなかったけど、その研究会がこどもたちの図書館教育国語教育有用に使われているのなら、私は別に……というかそこに何の問題があるのかわからない。生徒に直接売上が行く方がいいということなら大賛成です)


ただ、みんな同じ教育を受けていたのならみんな私のように文章を書くのが好きだったり読書感想文嫌悪感を抱かずに済むように思えるけれど実際そうではなかった。

私がそう強く記憶してるのは、学校の何かの催しの時に、作文とそれをスピーチする生徒が必要で、立候補制だったがなかなか手が上がらず、その時私が引き受けた思い出があるからだ。

この時は作文を書くのと全校生徒の前でその内容をスピーチするのがセットだったので後者の部分が重荷になって誰も手をあげなかったのかもしれないけど、とにかく進んで誰も作文を書きたがらなかった。

「作文を書けば先生に褒めてもらえる(しかテストと違ってここは間違ってるとか言われたり減点されることがない)」という

文章を書くことに対しては全方向ハッピーな考え方をしていた当時の私は多少不思議だったけれど、いくら学校方針ツイートに挙げられたような堅苦しい自己表現としての作文を許さないような教育を受けていなくたって、

そもそも大半のこどもは「できることなら作文なんか書きたくない」のかもしれない。

から教育方法いくら変えたところで作文や読書感想文が苦手な子供一定数は減らないかもしれない、と少し思っている。

こどもはそもそも面倒なことなんて進んでやりたがらない。好きでもない限り。

文書くのは好きだったけど、そんな私でも原稿用紙何枚も書き上げると腕が疲れてじんじんした。それでも私は好きだった。

私は学校でも家庭でも褒められることが少ないこどもだったのと、たまたま書くことに対するハードルが低かったので

「書けば無条件に褒められる」作文や読書感想文がとにかく好きだったしそれに救われていた。


元のツイートにあった、

原稿用紙はこう使いなさい」「作文はこう書きなさい」という形式的指導子供読書感想文嫌いにさせてる?

っていう部分について、私はかつてのこどもとしてこれは必ずしも正しくないのではないかと思ってしまった。

本当に何度も言うけど私は特別文章を書くのが得意だったわけではない。

けれど、この「原稿用紙の使い方」や「作文の書き方」を小学校のうちに教わっていなければ、

私の文章の書き方はもっと見苦しいものになっていたと思う。

教え方に問題がある(それに従わなかった生徒に厳しく指導する)だけで、内容自体はとても重要ことなんじゃないか

これは教育としては非常に重要ことなのではと思ってしまうので、現役国語先生からこの言葉が出ることに

私はちょっと驚いている。

原稿用紙の使い方や作文の書き方というのは「そう書かなくちゃいけない」というものよりも

「ある程度のルールに沿って書いた方が、見る人は見やすいし、書き手の伝えたいこともより伝わりやすくなる」という

学校教育の中でいうと採点側のためにあるのではなく、生徒のためにあるものだと思っていたからだ。

これは私の小学校時代先生の、私の文章を見てくれるときの態度がずっとずっとこうだったから、という影響が大きいと思う。

でもこのツイ主の先生辟易した書き方からするに、きっと現場ではそうではないんでしょうね。

自由自己表現をする」ことと「文章表現としてある程度の形式を学びそれに従った作文をつくる」ことは矛盾しないと思うんだけど、この矛盾しない教育がきっと難しいんだろう。

私の小学校でできていたことがそんなに特殊だったようには思えないから、その学校方針先生個人の考え方にも左右されるとは思うんだけど……。

あと私が小学校卒業してからもう十年以上が経っているので今の学校教育ではなかなか同じようには出来ないかもしれない。


ただ、私みたいに作文や読書感想文で救われたこももいるにはいるのだ。

「みんな嫌いになる」ものとして普遍的槍玉に挙げられてるのを見ると、偶然私が幸福なこどもだったのか、それとも異常だったのか、よくわからなくなってくる。できるなら前者であってほしい。

私を幸せなこどもにしてくれた学校先生と、作文と読書感想文には今でもとても感謝しています

できることならこういうこどもが、一人でも多く存在できることを祈りたいです。

2019-12-18

[]2019年12月17日火曜日増田

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2019-12-17

学校司書仕事内容

https://koumu.in/articles/268

学校司書仕事には、一般的図書館で発生するような、資料の貸出・返却などカウンター業務リファレンス、棚に戻す配架業務などがあります。そしてさらに、児童学生対象とした学校司書ならではの業務が加わると考えてください。

カウンター業務

カウンターでは、貸出・返却の手続きはもちろん、生徒たちからの問い合わせに答えたり、資料検索をしたりする、いわゆるリファレンス業務があります

生徒たちは一般利用者と異なり、「自分は何のために、どのような資料必要なのか」が自分自身で整理できておらず、漠然としていることがあります。「夏休みの宿題として」「社会科の調べ学習必要」「レポートを書くための下調べ」「単純に興味がある分野だから」など、様々な理由図書館を訪ねてきます。いきなりパソコンに向かって検索するのではなく、きちんとインタビューをして「何のための資料しなのか?」を知ると、ぴったり合う資料提供できますよ。

また、学校先生たちも、授業で使う資料ネタ探しに来ることがあります

生徒や先生質問に的確に対応するため、どの教科書で、今はどんな内容を扱っているのか、どの先生がどんな課題を出しているのかを常に把握しておくことも大切です。日頃から先生たちともコミュニケーションを深めておきましょう。

資料管理

司書業務として、資料の購入・廃棄などの管理業務があります

予算の限りがあるので難しいことも思いますが、全学年の生徒が読めるような資料バランス良く棚にあるか常に把握して選書(購入する資料を選ぶ作業)をする必要があります。例えば、小学校1年生が読むような本ばかりでは、高学年の生徒は退屈して読むものがなくなってしまます。逆に漢字が多かったり、難しい言葉を使っている資料を、低学年の生徒は読めません。もちろん、自然科学歴史芸術、昔話、エッセイなど、各ジャンル資料がある程度そろっていることが望ましいです。教科担当先生がいればよく相談をして、購入する資料を決めるのが良いでしょう。

子どもたちが読む本にも流行があります。これをある程度把握して棚に揃えておくと、子どもたちが図書館に来るきっかけにもなりますとはいえ、昔から読み継がれている名作や古典の良さもあり、読む力がついてきた生徒にはぜひ勧めたいので、古くなっても廃棄資料に回らないよう十分に気をつける必要があります。どうしても状態が悪くなってしまった場合は、新品を購入可能確認してからが良いでしょう。

その他の業務

生徒たちが本に親しみ、図書館を利用するように、図書館外での能動的な活動必要になります

読み聞かせや読み語りは、読書が苦手な生徒にも物語世界体験してもらう機会になります民話などの内容を全て暗記して語って聞かせる「語り」など様々な形態があるので、自分に合った方法選択してください。

ブックトークという、1つのテーマに沿って本を紹介していく方法もあります物語に限らず様々な資料連続して紹介でき、生徒たちの好奇心をかき立てる効果があります

また、小学校高学年以上になれば、生徒たちがお互いに本を紹介することもできるようになっていきます代表的なのは課題の1冊を決めてその内容について語り合う「読書会」ですが、各メンバーおすすめの本を持ち寄ってプレゼンし合う「ビブリオバトル」も流行しており、生徒たちが読書を楽しむ場を企画提供する実行力が司書には求められています

また、「調べ学習」の図鑑などを使って調べ物をする需要も増えています百科事典の使い方や、辞書辞典の引き方をレクチャーする機会もあるので、スムーズにできるようになりましょう。

学校によっては、新刊案内や図書館だよりといった印刷物作成・配布する場合もあります図書室に来る習慣がない生徒たちも興味が持てる情報発信を心がけて行います

anond:20191217162446

図書館にどの本を置くかの時点で選書して並べてることになる。

さらに生徒の相談に応じて適した本を勧めるのがリファレンス業務

2019-11-11

選書テーマ なんか奇抜なやつないか

さすがにアイデアが枯れてきた

新作を読んでないからなんだろうけど…

2018-11-17

百田尚樹の本に参考文献がないとかそういう話

はじめに書いておくと、『日本国紀』がデタラメの塊なのはかれの書くノンフィクションデタラメだらけなのを見ていれば容易に予想がつくことで、『日本国紀』がデタラメだというそ結論に異議を申し立てるつもりは毛頭ない。あんデタラメ本をわざわざ読み込んで批判されている識者の方々には心から敬意を表する。

だけど、ちょっと待ってほしい。参考文献がないという話だ。いや、参考文献が大事なのはわかる。研究書に参考文献がないのは論外だ。そして『日本国紀』にも参考文献が書かれていないということで、こんなん歴史書としてありえないとかさんざん言われている。『日本国紀』がクソなのはよくわかるのだが、参考文献リストがないからクソとか言われてしまうと非常に困惑する。

なぜなら、現に「参考文献が書かれてないけど、良い一般向けの歴史入門書」というもの存在しているからだ。

ぶっちゃけて言うと岩波新書で出た入門書の類である中公新書講談社現代新書最近「もう選書でやれよ」と言いたくなるくらいに参考文献リストを充実させており最近だと本文中での典拠明示もバッチリやっていたりするが、岩波新書は参考文献を載せていない一般向けの歴史の本というもの継続的現在に至るまで出し続けており、その内容がデタラメというならともかく出版から時間が経っても良質な入門書として評価され得るようなものだったりする。

百田批判したいあまりに「参考文献がないなんてありえない!」と言われると、過去岩波新書出版され私を現在研究分野に導いてくれた良書の数々が肩身の狭い思いをするので、もうちょっとこうなんというか、手心というか……。

参考文献は、当たり前だけどあった方がいいに決まっている。仮に知り合いが「これから一般書を書くんだけど、編集さんから参考文献は削ってって言われちゃった。どう思う?」って言い出したら「いや編集とバトルしてでも参考文献載せろよ」って言うだろう。だがもう出ちゃった本に対しては「良い本だけど、参考文献があればもっと良かった」としか言いようがなく、百田の本を叩きたいあまりに参考文献リストがないなんてありえないとか無価値だとかそんな言い方をされると、気持ちはわかるんですがそれはちょっと賛同できないっすね……とボソボソ呟くことしかできなくなってしまう感があり、あれだ、みんなもっと色んな本読もう……

本論とは違うが、ちょっとだけ言いたいこと。

参考文献は必要だが、「巻末参考文献リスト」はなくてもよい。あった方が便利なのは確かだが、本文中に典拠が明示されていれば、紙幅を気にして削ってしまってもよい。文系場合、参考文献を示すのに色々な表記方法が有り得るが(MLA styleとか)、脚注書誌情報を記すやり方もあり(具体的にはシカゴスタイル見てもらった方が早いかhttps://www.chicagomanualofstyle.org/tools_citationguide/citation-guide-1.html )、この方式場合参考文献リストは「あれば便利」という位置づけに過ぎず「必須」ではない。いやもちろんあった方が便利ですよあった方が。でも脚注だけでも「典拠を示す」という最低限の役割を果たし得る以上、紙幅が足りないねじゃあどこ削るとなったときに真っ先に参考文献リストを削るだろうなと思う。別にこれは日本語圏のみのルールではなく、英文査読誌でも脚注典拠を示させるスタイル場合は参考文献リストをつけない場合が多いんじゃないかな(author-date方式場合は当たり前だけど参考文献リスト絶対必要です)。たとえばこの雑誌https://www.tandfonline.com/action/authorSubmission?show=instructions&journalCode=fnep20脚注スタイルなので参考文献リストつけません。甚だしい場合書籍からも参考文献リストを抜くことがある。いやほんと参考文献リストをつけてほしいのだが、しかし出典表記義務はきちんと果たしているので、問題は単に「チェックしづらい」というだけだ。なのでめんどくせーと思いながらも注を丹念に辿って出典チェックをしたものです。ちなみに日本で出た一般書の話ではなくハーバード大学出版から出た英書の話なので誤解なきように。出典注とfurther readingはついてるけど引用文献リストはついてない、というのも見るな(MazowerのDark Continentとか)。

「巻末に参考文献リストを置いていない」ことと「いっさいの出典表示をしていない」は文系においてはまるっきり別の事柄であり、「参考文献がないのは駄目」という言説が後者意味で言われているならいいのだが前者の意味で言われているのならそれは明白に間違いなので勉強し直してほしい。いやだって文系研究書を乱読していれば絶対に「注で参考文献を表示しているけど、巻末に文献リストはない」本に一定数行き当たるでしょ……?(あー、社会学文化人類学のばっかり読んでたらそういう本には当たらないかも。文学とか歴史学とかだと稀によくあるんだよなー)

あと、新書とかエンタメ路線に振った本とかで注がないのは許せるのだが、ほぼ研究書並の分厚い本を書いておいて注を省くのは本当にやめてほしい自分の専門からは遠いから名指ししておくと最近出たやつだと『アイルランド革命1913-23』とか『ドイツ植民地研究』とかですね。新書とかは学識の折り詰めやエッセンスのようなものなので厳密な出典注を省いても別にいいというか対象読者が違うし……感もあるのだが、この厚みでこの内容で出典注ないのは勿体ないし価値を下げてしまっている。いやもちろん両方ともきちんと緻密な参考文献リストをつけてくれているのである程度は出典の見当がついたりするのだが、このボリューム、この内容で注なしは流石に……これなら、注をつけて文献リストを省いた方が100倍マシだと思う。だってどこを参照してるかわかんないじゃん……いちおう言っておくと英語圏でもこういう「なんで! この厚みで! この内容で! ちゃんと注をつけないの!」という本は存在するので日本文系ガラパゴスだとかそういう話を始めないようにね。でも注を省いてこのお値段なら注をつけたらいったいおいくら万円になっちゃうの……? というのも一方で思ったりするので難しいところなんだよな。ただでさえ日本語でも英語でも学術書は高いのにねえ……

2018-10-11

anond:20181011040543

ぶっちゃけ話をすると,私はこれまで「別に査読はなくてもいいだろ」という話を延々としてきたのだが,ブコメやらtwitterやらで文系擁護派の一部の人が「人文系学問査読になじまないんだ!」みたいな議論を始めてることには正直困惑している.

日本語文学関係査読つき論文とかたくさん出てるし,というか英文文学を専門にした査読誌は普通にあるし,国際的和文査読誌も存在するし,問題のおおもとになった日本社会学会には和文英文査読誌があるわけで,文学社会学論文本質的査読に馴染まないなんてわけはない(実定法学は知らん).査読できるならした方がいいだろう.学術的ではないエッセイにまで査読を求めるのは間違っているけれど,新規性のある学術論文査読制度に向いてないと言い募ることもおかしいと思う.

査読になじまない型の研究としては,たとえば史料校訂とかそういうのが挙げられるかもしれないけれど,それだってやろうと思えば外部チェックは入れられる.論集だってもし余裕があれば査読をした方が質が高まるし,選書系や新書系ではない単著査読をした方がいいだろう(このへんは出版社の体力との相談になってくる面もあるので,今すぐに査読制度を取り入れろとは言えないことがもどかしいtwitterではOxford University Press査読つき単著刊行した人が議論していたけれど,OUPと日本出版社は体力違いすぎるんで……).

私が査読なしの論文を業績として認めるべきだと主張するのは,現在査読がなくとも良質な論文や著書が多く存在しており,それらを形式的査読されていないという理由だけで無価値であるかのように扱うのは間違っていると考えるからだ.だが未来永劫査読すべきでないと主張するつもりはない.

もちろん査読という制度には様々な問題があるので,全面的な導入に慎重になるのはわからないでもない.文系分野での査読制度の拡大は止められない趨勢だろうが,一方で「査読されていないものの良質な文献」も産出され続け,全面的査読制度の導入まではかなり遠いだろう.そのあいだにじっくりと議論をすればよいと思う.査読がないか文系は無価値だ! と絶叫するのでも,文系査読はなじまない! と拳を振り上げるのでもなく.

追記

id:hogefugapiyox査読がないか文系は無価値だ! と絶叫するのでも,文系査読はなじまない! と拳を振り上げるのでもなく」ほんこれ/ 査読が実質なしという事で近年問題のpredatory journalについての考えも聞いてみたいか

英語じゃないと業績として認められない分野のことはわからないけれど,和文論文が業績として通用する分野ではpredatory journalの話はあまり聞かない.

というのは,和文査読誌を出してる主体は,学会もしくは大学研究所などの機関にほぼ限られるから

学会が出している査読誌の多くは,投稿資格を会員に限定していて,多くの学会は年数千円の会費(院生非常勤常勤では価格に差をつけている学会が多い)を払いさえすれば誰でも会員になれる(推薦者が必要場合もあるが,指導教官とか先輩とかに推薦してもらえばよほどのことがない限り会員になれる).つまり査読誌は会費で維持されており,こういう雑誌では投稿掲載ふつう無料だ(流石に抜き刷りとかは金を取ることが多いだろうが).会員は会費を払い,見返りとして論文投稿権利雑誌頒布される権利を得る(余談だが,日本学術誌のOA化にあたっての障害の1つがこの「会費で学術誌を維持する」システムだった.会員は会費を払って雑誌を受け取っているのに,会費を払っていない者にまで無料で公開するなんて何ごとだ! というわけ.今でも,CiNiiやjstageで無料公開してるのは発行から○年過ぎた号だけです,みたいな運用をしている雑誌はある.

大学研究所は言うまでもなく自分たち研究費で雑誌を維持しているので,投稿料や掲載料を取らないことが多い.それって紀要じゃ,と言われるかもしれないが,投稿資格学生教員限定していない場合があり,下手するとそのへんの学会誌よりも査読が厳しく良質な論文が載ったりするので,研究機関が出している=紀要というわけじゃない.これは外国でも割と見るんだよね.

もちろんごく稀に出版社商業で出している学術誌もあるのだが,そういう奇特出版社文系学問理解があり非常に良心的なので投稿料を取らないことが多い.少なくとも私が知ってる雑誌はそうだ.

そして,日本語アカデミアは豊かではあるが英語ほど広くないので,predatory journalが参入しようと思うほどの旨味がないし(全世界から微妙なデキの英語論文をかき集めてくるから商売になるわけでしょ?),たいてい自分レベルでも投稿できる雑誌が探せばどこかにあり,場所を選ばなければ発表できてしまうわけで,わざわざ悪徳業者にカネを払うインセンティブがないんですわ.最近学内紀要にも査読つきが増えてるから紀要に出して「査読つき論文です(キリッ」というのも可能.ただ学会誌か紀要かは下手すると雑誌タイトル見れば判別つくから,「あ,こいつ査読論文いっぱい書いてるとか言ってるけど全部紀要だわ」みたいなのはそれこそ業績リスト見るだけでわかったりする(まあ,学内紀要でもガチ査読していることはあるので,紀要からといって低く見られるのも可哀想なのだが.うちの大学では学内紀要に落ちたという悲鳴もちらほら聞こえます).

なのでpredatory journalに関しては,うちらには関係いね程度の感覚id:min2fly氏の指摘は本当にそのとおりだと思う.

(……)査読英語で“Peer review”,同じ分野の研究仲間(“Peer”)による評価を指すが,国際化が進み,大量の研究者・雑誌論文存在する状況において,果たしてある雑誌投稿者,査読者,読者が一つの研究コミュニティの「仲間」となっているのか,ということになるだろう。互いに見知ったコミュニティであれば,でっちあげられた架空研究者に査読を依頼するなどありえないし,不正査読を通過して論文掲載したところで,内容が稚拙であればむしろ評価を下げることになる。また,ある程度雑誌数が限られていれば,聞いたこともないハゲタカOA 誌に掲載された論文不審に思うはずである。(……)査読はある程度限られた規模の研究コミュニティにおいて問題なく機能する仕組みであって,現状の国際化・巨大化した研究集団の規模に適用するには限界があると言えるだろう。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/66/3/66_115/_pdf

2018-10-03

ウヨ歴史に興味がない

ここ10数年、右傾化ガーとか歴史修正主義ガーと言われて久しい。

ところがウヨが興味あるのは慰安婦とか南京とか戦前戦中の話だけで、それ以前はどうでも良いらしい。

過去10数年ぐらいに刊行されてる、吉川弘文館人物叢書だの、朝日選書だの講談社中央公論社だの各社の新書とかで、古代中世日本史の本を読むと、なぜウヨ激怒発狂しないのか謎でならない。

しろ古代史では『日本書紀』は大ウソだらけ、万世一系ではなく継体天皇の代からは新王朝可能性が濃厚、任那日本府は通説よりずっと規模が小さく「日本府」って名前も後世につくられた、「大化の改新」の中身はほとんど無し、厩戸王実在したけど聖徳太子の手柄の大部分は蘇我氏の業績、藤原氏中臣氏)を美化するための誇張が濃厚、壬申の乱記述天武天皇正当化する作為が濃厚――といった調子皇国史観絶対で「記紀の内容はすべて史実!」て言ってた戦前基準じゃ許されん話ではないか

神武天皇実在した」とかドヤ顔で語ってた自民党議員は怒らないのか?

中世史も、『平家物語』の名場面の大部分は創作源氏卑劣後醍醐天皇政治的無能だったか建武の新政は失敗、戦国時代には住民虐殺奴隷人身売買が通例……とかなんとか、そんな話がフツーに記されてる。

竹田恒泰とかの「日本伝統に詳しい人」と称する連中に言わせると、近代以前の日本には中国韓国のような野蛮で卑劣な話は一切なく、この世の悪はすべて戦後民主主義せいらしいが、全然そんなことはなかったと公然と書かれてる。

やれ「歴史戦」とか言う連中は、なんでこういうここ10数年の歴史学者の成果を「ブサヨ歴史捏造だ!」と言って怒らないのかw

ウヨ連中は本当に、明治期以降か下手すりゃ昭和戦前しか興味ねえんだろうな

専業主婦とか夫婦同姓が本気で日本伝統と思ってたり、小島毅が書いてたように「明治維新が起きたのは江戸時代儒教が広まったから」とか知らんで、本気で「中国韓国儒教国家だからシカラン」とかドヤ顔してる奴多いし

でもさ、ウヨって基本的に「昔は良かった史観」だろ? それがこんな近代以前にはまったく無知でいいのか

ま、あいつら「伝統興味ない」「天皇嫌い」が本音なんだろうけど

2018-09-12

anond:20180912221500

補足しとくと書店コンビニ程の公共性はないよな

知の公共性とか攻め方はあるけど公共性推しで行くと

政治的偏向のある選書フェア全滅問題

2018-05-06

anond:20180505191545

リンク先を読んだけれどもあまりにもひどい。

言及している人が少ないけれども

岩波書店の本は返品できないから注文するなというくだりも狂っているとおもう。

岩波が注文できないということは

が買えないということ。

どんな大学であろうともこの二つは必ず物理科の参考書指定されているはず。

他にぱっと思いつくだけあげてみても

理工学系の教科書というと

岩波朝倉吉岡丸善裳華房/培風館 などがあるけれども

この中で初学者向け入門書を扱っているのが岩波というイメージ

立教教授に教えた方が良い。

理学部死ぬぞ。

2018-03-02

選書むずい

子ども向けの本を職場に定期的に仕入れるのだが

例えば理科勉強に使えるような本を購入しようってなった時に

昆虫図鑑にすると「図鑑、高くない?」「今職場に2冊くらいあるよね、新しいのいらなくない?」「図鑑は載ってる虫の数は多いけど虫の種類一匹あたりの説明文の量が少ないから詳しく調べたい時に向かない」と上司から言われる

じゃあカブトムシの本を、って言うと「カブトムシしか載ってないの?他の虫もいろいろ載ってるのがいい」と言われる

あと「漢字ふりがなが載っている程度じゃ駄目、ほとんどひらがなで小1が読めるくらいのものがいい、内容は簡単だけど絵本みたいなのじゃなくて虫の生態についてちゃんと書いてあるのがいい」みたいなことも言われる

そんな都合のいいものはそうそうない

昆虫だけじゃなくて動物植物の本でもそう

簡単かつ詳細な中身とお手頃価格

小説は表紙が今時の漫画アニメみたいなオタクっぽい絵のは駄目

中身は昔の名作でも表紙がオタク臭い新装版は駄目

表紙は無難でも子どもが手に取るような作品

偉人歴史本でも同じ

恐竜の本?迷路の本?確かに子ども需要は高いけど遊んで騒ぐだけで勉強読書には使わないよね

あれも駄目これも駄目

でもどんな本を買うか選ぶのは増田さんの仕事から増田さん決めてね

どんな本を選ぶの?さあ早く言ってだいたいでいいから今決めて今早く

あ~~~~~~~~~~~~~~~~無理

2018-02-12

anond:20180211143325

自分としては別に男らしさなんて志向していないつもりだったけど、それなりに選書の時点でバイアスがかかっていたのかーなんて思った。それとも男女で好きな傾向は間違いなくあるのだろうか。

昔、男性として生まれ子供女の子として育てたけど、男の子が好むような遊びをし、人形ではなく車や飛行機などの玩具に興味を持ったっていうな。

問題ありまくる実験だったから記録をどこまで信じていいかは分からないけど、男らしさ女らしさが全て後天的教育の結果というわけではなく本来持ちうる傾向から発生した可能性を示唆するものだと言われている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%BC

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