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2021-06-13

anond:20210612194434

前原作六巻全部読んでないだろ。ポンポさんが完璧超人とか笑わせるわ。

ポンポさん自身創作狂気魅せられて葛藤し、マンネリを打開しようと施策をうち、現実予算事業)と夢の狭間でもがいてる一人だろ。ラーメンハゲと同じ構図だよ(あっちは一流だけを突っ走ってるけど)。

創作エゴというのも違う。そういう勘違いする奴が多かったからわざわざ映画土下座シーン入れたんだろ。「エゴだけで作品作れるわけねーだろアホが」ってね。

映画テーマは劇中の台詞でもあった「夢と狂気」。エゴのぶつかり合いとか、労働基準法とか、凡才天才とか、そういうくだらないモノ全部を無視した遥か上の次元創作は成り立ってるって話。

2021-04-16

sangpingは毎回大した文才があるかのように振る舞ってるが、明らかな凡才なのでその口を塞いでいればいい。

2021-03-23

anond:20210323145918

庵野秀明は爆発を描かせたら天才

それは宮崎駿が昔から認めている。

それ以外の点では凡才

俺はそう思ったね。

2021-03-17

anond:20210315235816

自意識が高いよくある中二病だと思うんで基本スルーなんだけど。

けど、ひとつだけ反論しておけば、君の理屈を突き詰めれば世の中には「もっともすぐれた人」が一人いればそれでいいという理屈にならないか

で、想像してみろ。

世界中人間がたった一人を残して絶滅。たった一人残ったサイコーにCOOLイカした天才は、その世界で一体全体何すんだ?

バカじゃね?

1%の天才いか天才でも、天才が輝くのは99%の凡才いるからだよ。

お前の問題は、自分がその99%であることを受け入れられない、高慢自尊心だよ。

2021-03-02

anond:20210302035712

凡才生き方は、天才のそれより複雑で手順が多いから考えたくない気持ちもわかるが、それでもやっていくしかない

中学生の神絵師

自分の生きる価値が薄れるような気がする

自分はいったい何をやっていたんだと

自分はいったい何をやっているんだと

例えば藤井聡太見て、天才だと思って、

自分とは何かと思うわけ

自分高校生の時は何やってたろうって

凡才と気付きたくなかった...

2021-02-10

anond:20210209103440

身の程を知れって言ってやるのが正解なんだと思う

日本人がどこの大学数学コンテストでも優勝できるのなら、それでいいと思うよ。

秀才はいっぱいいる。お前の番じゃない」ってやつでしょ。

でも、事実はそうじゃないからね。

秀才どころか、もう、国際レヴェルの凡才すらそろわなくなっている。

そろわないのなら、大学進学率が66%まで上がってもらうしか方法がない。

都民はおろか、2025年には地方都市人の努力の上昇が、ストップする。

これ以後は私のようにイオンもなければファミレスもない街の人間しか努力してやってこない。

そういう町に住んだことがあるか?

そういう町は、「理系って何を勉強するんですか」なんだよ。

2021-01-13

anond:20210113164328

復習は1回だけといわれても俺らは凡才なので、なんどもやるで、

2021-01-02

左利きエレン

天才になれなかった全ての人達へ」というキャッチコピーはとても秀逸だった。

天才であるエレンに対して凡才だった主人公光一が並び立つとまではいかないがエレンが街中で光一名前を見かけるという感じの少年マンガだ。

では「凡才にすらなれなかった人達へ」というキャッチコピーでひたむきに努力するも誰の目にも止まらず夢破れるというか設定で誰か描いてくれないかな?

オムニバス形式で救いのない話が見たい

anond:20201231223736

論理的思考放棄という文章話題になったことがある。

あれは天才でなければ正しく理解できない、もしくは著者と同じ思考をしている人間でなければ正しく理解できないのだと思う。

しかし、凡才であっても、あの文章を参考にして天才思考に近づけるのではないかと考えるのが人情である

私は、初めてあの文章を読んで以来、何度も読み返し、また著者の当時のブログを読み進めて天才思考に近づこうと試みている。

しかし、どうにも天才には程遠い。

しかし、あの文章を読んで変化があったことは、文章を書くときの制約を取っ払ったということだ。

プログラミングと同様、文章論理的に正確に書こうとすることは、文章量を制約することになる。

書けなくなるのだ。

正しく書こうとすると、書けなくなる。

これは非常に重要ポイントである

例えば、この文章を書いているが、これは公開することを念頭に置いて書いている、すると途端に文章が走らなくなる。

失敗を恐れるからだ。

しかし、この文章は公開しないと決めると途端に文章は走り出す。

実際のところ、この文章は走らなくなっている。公開することが念頭にあるからだ。

正しく書こうとしてはいけない。

文章を日頃から書いている人には当たり前のことなのかもしれない。

まずはとりあえず書く。書けないと感じるときほど書く。

論理破綻だとか誤入力だとかそういうものは一切考えない。

しかし、思うのだが、文章を書くときに、しかし、を何度も繰り返し使ってはいけないという文章作法があるが、それはおかしいと思う。

しかし、などという接続詞はある程度、込み入った文章を書こうとすれば、何度も登場させたくなるものである

しかし、しかしは何度も連投してはいけなくて、しかしを何度も使いたいのであれば、言い換えをして他の接続詞に置き換えて、うまくやらなければいけない。

しかし、それでは本来文章の内容において頭脳を使うべきであるところを、文章自体構成することに使用するという本末転倒現象が起こる。

本来文章作法などというものはある程度の、読みやすさを担保すればよいだけの話であって、論理破綻していなければ、厳密にこれはいけない、やってはいけないと制限するべきではないのだ。

そのような制限があるから活動が制約されて、成果も収縮してしまうのだ。

ここで本論に戻ると、制限である

私達は普段日常的に制限する。

なぜかといえば、制限しないとミスエラーを起こして、失敗して大事故を起こすからだ。

しかし、同時に私達は大抵のことを制限しなくとも、正しく実行できる。

歯磨き粉と間違えて手洗い石鹸を塗るようなことはしない。

から制限などしなくともよいのだ。

しかし、アクセルブレーキを踏み間違えると大変なことが起こるから、私達は運転に集中しなければならない。

大切なのは集中するということだ。

正しくは制限することではないのだ。

しかし、我々は何故か制限してしまう。

アクセルブレーキを踏み間違えないためには集中することなのだ。

話が脱線した。

ミスを起こさないために、失敗をしたくないために、過剰に制限する。

から、何も出来なくなるのである

社会的迷惑行為でなく、自分範囲で収まることであれば、どんどんとやるべきなのだ

これは文章を書きたいと思っているのだけれど、書けない人に読んでもらいたい。

別に間違っていても、あとから読んで恥ずかしくなっても、しかし、を何回使っても、別になんだっていいんだ。

自意識制限邪魔して何も出来ない状態から脱却するのだ。

こういった考えを公表すれば批判があるかもしれないし、あるいはなんの反応もなくて苦悶するかもしれない。

でも、それでいいのだ。

我々社会は間違いを許容できない。

これは正しい面も多々ある。

しかし、間違いを許容しないことは、制限をすることだし、そのことで何も生み出されない無を生み出していることは留意する必要がある。

ブレインストーミングでは間違いを気にしない、などといいつつ、絶対的に制約があって、正しくブレインストーミング集団で行うのは至難である

そのような状況は脱却するべきだ。

間違っている、間違っている、間違っている。

そうだね、間違っているね、だから、どうした?

間違ってすらいない、無である君が、だからどうした?

2020-12-27

より、わかりやすく示すなら、

A「Bは天才」→B「Cは天才」→C「Dは天才」という過程を繰り返した結果、Zがより強度の高い天才であると言える。

ただしこのやり方では極限値まで行き着いてしまった場合問題は残る。

その場合、畑違いの凡才を誤って天才認定したりといったことがありうる。

ただし天才評価を下すものが一人の凡才であるのならそれ自体は低い段階の強度を持った天才ではある。

2020-12-20

体操ザムライ

風が強く吹いている』『ツルネ』付近を狙った作風で、両作の面白さには到底追いつけずに終了。

訴えたいメッセージは楽しんでるやつは強い、という検索したら出てきそうなもので、苦虫を噛み締めながら努力するライバルとの対比、自分の苦境に対しても明るい主人公をみて、それを応援する天才バレエダンサーという比較も用意している。しか主人公を囲んでいるそれらは天才型ばかりで、1話から主人公はどちらかといえばムラっ気のある努力型として描かれる。

しか主人公にはどこか注目される華のような一種天才的な雰囲気があり。言い換えればこれは天才メンタルを持つ凡才の話なのだということ。だから周辺の人物いびつ努力型、メンタルの弱いナチュラル天才型という極端な構成になっている。これが競い合う話ではなく同じチームメイトだった場合、お互いの足りない部分を補強する話になっていたような気がしなくもない。

何れにせよ、「努力だけで天才に追いつけるなんて傲慢だろ」というセリフをすんなり受け入れさせる力を持った『風が強く吹いている』などにあるような強いメッセージ性は打ち出せず。よく読めば上のような構成ですね、という形で終わってしまった点が残念。わざと年代を古く設定した効果は余り出てない気がする。

anond:20201224204526

2020-12-13

天才だけど凄くチビブサイクな人を見て、不謹慎だけど疑問を頂いた

こいつ絶対人生楽しくないのに、なにモチベにそんな努力できるんだろう?という疑問。

自分は「努力自己肯定感ないやつはできない」という持論があり大体あってた。

しかしたら飛び抜けた天才

自己肯定感を高めてくれるのは勉強/仕事しかない」→「おもっきしブサイクチビだと、勉強/仕事以外は地獄すぎて、どんどん依存してく」→「どんどん頭が良くなっていく」

真実なのかもと思った。勉強/仕事別に凡才自己肯定感高めるレベルになかったり、それ以外に依存できるなにかがある程度のやつは、その境地にたどり着かないのだろう

2020-10-19

anond:20201018161601

相手(神絵師)にとってみれば自分(増田)は大量にいる凡才の一人でしかないわけで、そこに対称性は無い

2020-09-02

anond:20200902211954

学生時代なんかは特に世間が狭いから周りが全員「持っている」ように勘違いして鬱になったりするように見える

実際はどいつもこいつも一部の怪傑を除いて凡才しかないわけなんだし、そんなことよりその欠点を活かす努力視点を早々と見つけることが出来ればいいんだけど

狭い世界で生きてるから尚更その開路さえ見いだせず、ただただ他人自分を見比べてどんどん気落ちしていく気がする

2020-08-28

anond:20200828185916

そんな(о´∀`о) ただの凡才だよ(о´∀`о)

2020-07-24

12から成人向け作品を閲覧・執筆していた字書き腐女子の話

匿名しか書けないことだが、私は小さい頃からR-18作品を見たり書いたりしてきた。

我が家には子ども自由使用していいパソコンがあり、私は時間があればネットサーフィンを楽しんでいた。母も父も特に使い方などを教えはしなかった。ネットリテラシーに欠けまくった私は検索して出てきた記事にあるリンクに片っ端から飛んでいた。そうすると怪しいエロサイトに辿り着いたりする。その衝撃的な内容に驚く間もなく、身体が疼いて興奮してしまった。性に目覚めたての小学生(この頃9歳〜10である)の執念は凄まじく、夏休みには一日15時間くらいひたすら二次系のエロ画像まとめサイトを延々巡っていたこともある。自慰をすることもなく(膣が勝手に収縮する感覚はあった)、ただ興奮しながら見るだけだ。もっとマシな夏休みの使い道があっただろうに…。

エロを見ることに対する罪悪感はまるでなかったが、いけないことだとは分かっていた。コンビニに置いてあるエロ本に近づいた時、「子どもは見ちゃダメよ」と側にいた母から言われたし、何よりサイトが「18歳以上ですか?」と警告してくる。それでもバレなきゃいいだろうと開き直っていた。

そして私は12歳の時に色々あって腐女子になった。ひたすらパソコンカップリング検索し、残されていた個人サイト(全盛期は過ぎ去っていた)をたくさん巡った。そこでも平気で所謂「裏」「背後注意」と表記されている作品を当然のように見ていた。何度「18歳以上ですか?」と聞かれてもyes入力し続けた。

やがてpixiv存在を知った。ユーザー登録しなければ見られない作品が多かったので、悩んだ末にアカウント作成することにした。

そこで私は年齢が20歳になるように誕生日登録した。こうしなければR-18作品を見られないことを知っていたからだった。初めてそこで罪悪感と薄暗い後ろめたさが生まれた。

ROM専でいれば良かったものを、私には制作意欲が生まれしまった。推しカプの作品を作りたくなったのである。絵で作りたいもの表現するのは難しかったので、先ず文章を書くことにした。pixiv作品投稿のページに直でチマチマと1000文字〜3000文字?の小説を書き込んだ。タイピングが遅すぎて半日くらいかかった覚えがある。とにかく無事に嗜好を詰め込んだ作品は完成し、その日中投稿した。

12歳のクソガキが書いたその小説は思っていたより評価された。運が良かったとしか言いようがない。書いた推しカプは旬ジャンルで波に乗っており、私はそこに女体化妊娠要素を乗っけていた。(人を選ぶ要素のある作品一定ニーズにより評価されやすい気がする)ブクマは最終的に300程頂いたと思う。ありがたい話である

論文章は下手くそまりなかった。めちゃくちゃ改行するしポエムのような心理描写が並べられているだけの小説だった。語彙もなく背景描写もなく、今でも内容を思い出す度恥ずかしくなる。今あのクオリティーで出せば3ブクマとつかないだろう。

あの頭の悪い文章たちをちゃんと読者は成人済の書いたものだと信じていたのだろうか?未だに誰かにはバレていたんじゃないかと思っている。

それでも作品評価されたことが嬉しかったし、もっと書きたいと意欲的になった。時間が有り余っていた私はどんどん書いた。三日おきに投稿していた時もあった。ちゃんねる風にも手を出したり新しくはまったジャンル小説も書き始めた。

好き勝手書いた作品に点数もブクマコメントも頂けて、二次創作は順調に幸せだった。

しかし成人を騙れど中身は思春期真っ盛りの子どもであるイタイ時期が私にもあった。(これは現在進行形かもしれない)特にキャプションにそのテンション如実に現れていた。腐女子特有キャラ語りの気持ち悪い文章だとか、中学生イキリオタのノリだとか、ひたすらポエムを並べたりだとか…その辺だ。ここにも到底書けない。恥ずかしい限りである

ちなみに当時の名前は“キルリマ”と読ませる当て字だった。好きな厨二臭い漢字を入れて下されば幸いである。

自分を何故か居酒屋の娘だと設定し、フォロワーメッセージ上で交流したこともある。本当にチョイスの意味がわからない。高校の頃の苦手科目を聞かれて焦ったこともある。中学一年生には何も分からなかった。

結局最初に作ったアカウントは、「あ、やり直したいな」というある日の思いつきで消去した。使用歴は半年ほどである

そしてすぐに作り直したアカウント今日まで続いている。そこから比較的真面目に書き始めた。依然性癖は変わらなかったが、文章ちょっとだけマシになった。

そして新アカウントでとうとうエロを書いてしまった。ギリギリ中学一年生だった。しかも内容は強姦である馬鹿じゃないのと思う。その時にエロを書くのは難しいと知った。キャラに喘がせながら喋らせるのは難しいし(『ぁ』とか『、』などの適切な量が未だに分からない」の性器比喩表現も一歩間違えたらギャグになる。あと単純に文章力が低いので艶やかな文体に出来ないのだ。出来上がったのはただの拙い成人向け小説であり、エロ文章ではなかった。

それでもこりずにいくつか書いた。挿入なしのプレイものばっかり書いた。意味がわからない。しかネタに走ったわけではなく、大真面目に書いていた。

中学校三年間で書き上げて、今でも削除せずに支部に残してある小説は40程ある。評価数はブレブレでブクマだけで言っても1桁から4桁までまちまちだ。正直字書きとしてのレベルが分からないが、凡才だったことには変わりない。私の作品は「特殊属性女体化妊娠過去捏造シリアス、嫌われ、ちゃんねる系)」がついていないと評価されない傾向にある。純粋文章力はたかが知れていた。

最古の小説は6年前のものだ。それを怖いもの見たさで読み返しては勝手ダメージを食らっている。

高校に上がってから部活で忙しくなり、小説は書けなくなった。支部アカウントROM垢と化した。Twitterにも成人向けと騙ったROM専アカウントがあり、私は日々両方で二次創作を漁るだけになった。

途中うっかりnmmnにハマり、検索避けが備わった件のサイトでいくつか軽い小説を書いた。そこでも年齢を偽った。18歳以上じゃないとフォローできない方が多かっただけでなく、単純にエロを書いてしまたからでもある。内容は複数人ものだったと思う。未だにまともなセックスを書いたことがない。

そして今年の春に18歳を迎えた。4月1日になった瞬間に今まで我慢していた成人向け同人誌と目一杯買った。エロ同人もAVも買った。購入だけは18歳まで出来なかった。(だからどうしたということではあるが)

ここまで長々と自分創作記録を書いてきたが、実は自分のしたことに今は全く罪悪感を持てていない。後ろめたさは確かにあるが、皆やってるんじゃないかと思い込んでいるのだ。

ちゃんと18歳まで一つのエロを見ることもなく過ごした人を心から尊敬する。とびっきりの自制心をもって制御できる方だと思う。いや、単に私の心が弱すぎるのか。それとも性欲が強いのか。

一つ思うことは、上に書いた支部アカウント特定されないか、ということである別に晒されても燃えても仕方のないアカウントだが、上の情報だけで特定できたらすごいな〜と思う。

2020-06-17

映画監督鬼才多過問題

なにかと”鬼才!”と付けておけばいいだろうという風潮

しろ凡才映画が観たくなってきた

2020-05-24

anond:20200524154140

ヒャダインゆいかおりに書いた曲(ウェイカウェイカウェイカッってやつ)

アルバムの中であの曲だけクソ

ヒャダインは時折天才だと思うがあの曲は凡才

まあ私の主観ですけどね あれはクソ

2020-04-25

anond:20200425001110

政治文句を言っても何も変わらないんだ

目の前のことに集中するしかないんだ

みたいな発言する人ってつまらない人しかいないよね

頑張ってプラグマチックになろうとしてる凡才って感じ

一切合切自分コントロールできる範囲しか物事の興味が持てないって、逆に頭悪いと思うけどね

2020-03-22

知識を付けるために勉強するのって格好悪いと思ってたけど楽しい

海外情勢とか世界地理とかって苦手だ.イランイラクどっちがどっちかとか,キリマンジャロが何大陸にあるのかとかわからなかった.

かといって地図帳とか見て国の場所を覚えようとするのって何となく格好悪いと思ってた.ニュースとか海外小説とか読んでるうちに自然知識が身に付いてる状態が格好良くて理想だ.後者は好きなことしてるうちに賢くなった要領の良い天才タイプって感じで格好良いけど,前者は努力してる凡才みたいでダサい

そんな自分だったが,昨今流行りのクイズYouTuberに影響されて国の名前を覚える気になった.地図帳を開きながらアフリカヨーロッパのだいたいの国の位置首都を暗記した.格好悪いと思ってた行為だけど,これが意外と楽しい

まず,知識が増えるとそれだけで何か成し遂げた気になれる.昨日の自分に比べてこれだけのことを新しく知っている.だから目に見えて成長を感じられる.

次に,関連する他の情報が頭に入ってきやすくなると気付いた.例えば「チュニジアでこういうことが起こりました」ってニュースを見たとき,今までの自分だったら「チュニジアってどのへんだっけ…?」という疑問に脳内リソースを少なから占有されてたと思うんだけど,チュニジア場所がはっきりわかるのでニュースの内容が頭に入りやすくなった.

他にも「チュニジアってどういう国なんだろう?」「北アフリカって治安どうなんだろう?」と興味を持って少しは調べるようになった.今はヨーロッパにある世界遺産を通して世界史をちょっとずつつまみ食いしてる.

だいたい,格好の悪さを気にするなら人前で「いや,俺はニュースとかで見てるうちに自然チュニジア場所覚えましたけど?」って顔で振舞えばいいだけだった.こんな意味不明なことを気にして行動を起こさなかった自分馬鹿みたいだ.

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