「シリーズ物」を含む日記 RSS

はてなキーワード: シリーズ物とは

2020-08-25

anond:20200825151736

まあアイドルものに関してはなにも言えない。

バンドリも無理してみたけどよくわかんなかったし、SHOW BY ROCK!!も多角展開ありきで金かかってんなと思ったけどそれだけだと感じた。要するにアイドルものにもリアルアイドルものめり込めない。キャラ個人に入れ込める人の心理が昔からよくわからないので、多分ずっと無理だ。

関係性や地域性の話は納得していい。特にアニメではないが)アクタージュなんかは心理劇として非常に高いレベル構成されていて、シナリオ構成としても教科書レベルではあった。それが最高に面白いと感じるかどうかは別として。

ものによっては日常系も嫌いじゃない。ただ、好きだけど深いとかそういうのはないな。

アニメ自体凡庸でもファンが、というくだりは上のアイドルの話とも関わってる。そこに何かを感じられないのが薄いというのか、それを感じさせる導入や導引できる要素があるかどうかってのは大きい。例えばレビュスタがととても良い出来だったのでスマホ版やりますって気分にはなれなかった。続きは劇場でって言うのも違う。完結しててまだ続きが見たいと思わせる余力があるかどうかがでかい気がする(レビュスタに関してはきれいに完結してたので蛇足はいいという感じだった)。

そして好きだけど深くはない、とう話に関しては、増田の言う話と結構合致する話だと思う。

思えば昔の5時台のアニメはこんな感じだったような気がする。なんとなく続いてるけど終わると寂しいという。延々と続くシリーズ物を愛する傾向は日本人には特に強いので、深みはなくとも大衆に愛されるなにかは残ってほしいねクール制限されてそういう土壌もいなくなってる気がするけど。古くはルパン、少し前なら妖怪ウォッチのような。こっちの方面も金、金でないもんはしょうがない気もする。

2020-08-10

anond:20200808133321

別に他人好き嫌い自体はその人の自由からこっちが口出しする権利はないんだけど

好きって言っただけで人格否定するレベル攻撃してくる連中はどこか頭のネジが外れてるというか異常な奴が多いんじゃないかと思ってる

大体シリーズ物だと「皆で殴れるサンドバッグ」を求めている奴や、とにかく何でもいいから叩きたい奴が寄って来るからそうなるんだろうけど

増田だけだよ、こんな事ネットに公開して書けるの

2020-08-02

[] コンテンツサイズ

コンテンツの規模を、消費するのに要する時間や展開するメディアの数から評価した概念をこう呼んでいる。この概念が近年、重要になってきているのは、スマートフォンという媒体の普及に伴うコンテンツ発信スタイルの変化に因る。

例としてはソーシャルゲームが分かりやすい。ソーシャルゲームでは一定期間おきに更新ゲームイベントが開催され、ユーザ継続的プレイを促す。また、デイリーミッションという形で毎日ゲームを起動してルーチンを行わなければならないゲームも多い。あるいは漫画アプリの類では、毎日1話だけは無料で見ることができたり、週ごとに新しい話が追加されて期間を過ぎると見れなくなったりする。

こうした媒体は一貫してユーザに持続的な利用を促しており、かつての媒体のように空いた時間に消費すればよい、というものではなくなっている。多少の語弊はあるが、ここでは前者は新型コンテンツ後者を旧来型コンテンツと呼ぶことにする。新型コンテンツを楽しむためには、ユーザ自分の使える時間を短い単位、例えば1日の24時間から意識的に配分しておかなければならない。ユーザにとって定められた消費期限を過ぎてしまうと、コンテンツはむしろストレスの原因へと転じてしまうからだ(つまりコンテンツの発信者にとって、消費期限ユーザ継続利用を促させる武器であると同時に、それを過ぎた際にはストレスの元となって「じゃあもういいや」とばかりにコンテンツ放棄される原因ともなる両刃の剣であるわけだ)。結果として、ユーザはあるコンテンツに興味を持った際に、それが自分生活の中に取り入れる余裕があるか、ということを考え始める。自分自由時間、既に取り入れている新型コンテンツの数などを検討した上で、そのコンテンツに手を出すかを決めるのである

こうしてコンテンツサイズが今までとは違った意味重要になってくる。高品質製品であっても、同じジャンルに既にヒットしている新型コンテンツがあり、そのコンテンツサイズが大きいとすれば、取り入れてもらうことは単なる商業的競合以上に難しくなる。ならば、あえてコンテンツサイズを落とすという選択メリットが増してくるわけだ。だがそれだけでは不十分だ。この場合には単にコンテンツサイズを落とすことばかりでなく、ユーザに対してそれを伝えなければ意味が無い。逆に、コンテンツサイズが明瞭であるならば、特定サイズコンテンツを求めるユーザを狙い撃つことができる。すなわちマーケティングである

さて、以上は新型コンテンツについてであるが、この考え方は今や旧来型コンテンツにも波及している。いつ何時消費していい旧来型コンテンツであるとしても、それに手を出す際にはコンテンツサイズ意識する習慣を持ったユーザが増えてきているのだ。ここから未来の予想に過ぎないが、肥大化する一方のコンテンツ、例えば長期に渡るシリーズ物などは徐々にその価値を失っていくのではないか、というのが筆者の考えである。あるコンテンツを長期に渡って追いかけたり、過去作品を遡って楽しむ労力は思った以上に大きい。一度そのことを学んでしまえば、ストレスに敏感な現代人が、無数の選択肢の中からあえて楽しみきれないコンテンツを選び取るとは考えにくいからだ。だとするならば、前述の発信の仕方によるマーケティングにも更なる見解が加わる。例えばシリーズ物にあっても、作風システム踏襲しても、ストーリー的な繋がりは排していた方がユーザを獲得しやすい、というのは既知のことだが、この傾向は一層加速することだろう。ユーザコミュニティデザインする場合には分離を意識的に強めておいた方がいいかもしれない。

何にせよ、筆者の結論としてはこうだ。「コンテンツサイズを明示的に減らした製品を増やすべきだし、今後増えていくだろう」。

2020-07-29

anond:20200729190740

よっぽどの長期計画で作られるシリーズ物を除けば、最初作品は存続できるかどうか分からない

からその時点でヒットできるように全力を注入した作品なんだよね

キャラデザもそう

2020-07-17

萌えオタは口は出すが金は出さな

ついに萌えオタまでもがポリコレ棍棒を振るい始めた。

このとき重要なのが、表向きに言っていることが必ずしも本音とは限らないということだ。

故に真っ向から反論しても実は無意味であることがインターネットではまれによくある。

 

「女さんは萌えアニメにさんざんポリコレ棍棒を振るってきたんだ」

「だからオタクポリコレ棍棒で反撃されるのは自業自得だ」

これは嘘だ。

では本音は?

「女オタクの台頭に危機感を感じている」というのが萌えオタの偽ざる本音だろう。

 

 

数々の状況証拠が娯楽作品ターゲット萌えオタからオタクシフトしていることを示す。

このままいけば萌えオタ向け作品はなくなって女オタク向け作品ばかりが世間に溢れてしまう。

それだけは、なんとしても阻止しなければならない。

 

どうして、このようなことになってしまったのだろうか?

萌えオタがよく口にしていた理屈に「硬派厨は口は出すが金は出さない」というものがある。

改めて考えてみると、これはまったくもっておかし理屈だ。

逆の立場で考えれ見れば、それは明らかである

萌えオタは「シリアス展開」を蛇蝎のごとく嫌っている。

しか萌えオタ向け作品において、シリアス展開が採用されることはよくあることだ。

それならば萌えオタが金を払わないから罰としてシリアス展開が差しまれているとでも?

萌えキャラを採用すれば人気が出る」

シリアス展開を採用すれば人気が出る」

業界にそうしたジンクスがあるから萌えキャラであったりシリアス展開であったりが採用されるのだ。

ともあれ「硬派厨は口は出すが金は出さない」という理屈採用するのであれば「萌えオタは口は出すが金は出さない」という理屈もまた成り立つ。

言い換えると「萌えオタより女オタクのほうが金払いが良い」だ。

新しいジンクスによって古いジンクス更新され萌えオタは時代の流れに取り残される。

 

なぜ硬派厨萌えオタを嫌った(とされた)か?

萌えオタは硬派系作品に介入する」けれど逆はない。

シリーズ物は硬派から萌えシフトワンオフは除く。る一方で、萌えから硬派へのシフトはほぼない。

双方向でなく一方通行なのだ

 

これと同じ構図が今後は

の間で起こるようになるだろう。

 

今後、一部の萌えオタ向け作品は女オタク向けにシフトしていくだろう。

萌えオタと女オタクとでは例えばアイドル偉人など趣味領域が被っているのだ。

反対に「割の良さ」の差からオタク向け作品から萌えオタ向け作品へのシフトは起こらない。

そのため萌えオタは「萌えオタは女オタク向け作品ケチをつけてないのに、なんで女オタク萌えオタ向け作品ケチをつけてくるのか?」と困惑することとなるだろう。

 

ところで、萌えオタと女オタクの金払いの差はどこからまれるのか?

そこには「買い支える」という意識の差を指摘することができる。

 

一昔前、インターネット上で貧困JK話題となった。

貧困JKワンピース公式コラボカフェへ通うことが「無駄遣い」とバッシングされたのだ。

オタクと女オタクの「意識」の差があぶり出された好例と言えよう。

 

どういうことか説明しよう。

萌えオタには「面白ければ細けえこはいいんだよ」という意識がある。

この萌えオタ特有の「粋と感じたら金を払う」という意識が悪い方向に作用しているのだ。

公式だろうが、同人だろうが、面白いと感じれば関係ない。

そこに、萌えオタと女オタクとの差がある。

そう、女オタクは「面白くなくても金を払う」のである

 

硬派厨 「面白くても金を払わない」(とされる)

萌えオタ「面白ければ金を払う」

・女オタク面白くなくても金を払う」

 

※なお硬派厨とは半ば萌えオタの想像上の生物である

 

かつて萌えオタが硬派厨に言っていた「硬派厨は口は出すが金は出さない」という言葉が今では「萌えオタは口は出すが金は出さない」というふうにブーメランとなって帰ってきたのだ。

 

ついでに、これは私見だが萌えオタより女オタクのほうがある意味では格上の存在だ。

萌えオタは性癖などとイキっているが一般的には擬人化美少女化といった工程必要とする。

一方で女オタクはどうやらそのような脳内変換(「俺にはこれがこう見えているのだが?」的なイキリ)を必ずしも必要としない様子なのだ

そういった意味では1〜2段階ほど萌えオタのほうが上手だ。

 

今後、萌えオタ向けがオタク向けへとシフトしていくと見てほぼ間違いないだろう。

だが、それは悪いことなのか?

ロボットプロレスを真面目にやる、美少女動物園を真面目にやる、イケメンパラダイスを真面目にやる……、ということをやればいいのだ。

何事も中途半端は良くない。

イケメンとはなにか?

パラダイスとはなにか?

ロボットプロレス美少女動物園と同等以上に困難な問いかである

イケメンパラダイス意味真剣に考えた上で表現すれば、きっと名作を生み出すことができる。

時流を受容せよ。

 

結局のところ萌えオタは女オタク存在自体が気に食わないのだ。

娯楽産業萌えオタの相手をしていたのは割の良い仕事だったからだ。

かになにかもっと割の良い仕事が見つかれば、そのなにかに乗り換えるのは当然だ。

オタク存在が、そのなにかなのだ

オタク絶滅するまで萌えオタの攻撃はやまないだろう。

萌えオタは金払いで女オタク勝負しなければならない

だが見たところ明らかにオタクのほうが金払いはいい。

なぜなら渇望の差というものがあるのだからだ。

この渇望の差があるうちは女オタクのほうが勢いにおいて勝っていると見て間違いないだろう。

しかし、やがては女オタクも舌が肥えてきて、グルメ要求を繰り返すようになる。

かつての萌えオタがそうであったようにだ。

「俺達/私達を馬鹿にしているのか?こんなものでは満足できないぞ!」

そうなってしまえば最後、娯楽作品は女オタクを見限るだろう。

今、萌えオタがその渦中にあるように。

そのときオタクは一体なにと戦うことになるのだろうか?

2020-07-13

anond:20200713124205

感覚として「ポリコレ」は「シリーズ物」とセットで語られることが多いようには感じる。「シリーズ物ポリコレのせいでだめになったんだ!」的なヤツ。

2020-06-16

JFNラジオCMがおじさん目線キモい

会社ラジオ垂れ流しだから耳に入ってくるんだけど、JFNCMがおじさん目線キモい

以下、うろ覚えだけど特にキモい3つ

1.お土産を配る女性社員に対して「みんなに配るなんて律儀だな」と言う上司→「課長だけですよ」とか匂わせる女性社員あなたのためだけに放送しています

2.はさみで何かを切る音→「何を切ってるんですか?」と聞く若い男の声→「毛よ」というセクシーな女の声→男「どこの毛ですか?」→女「ナ・イ・ショ」→(ラジオは)想像力を、刺激しま

3.「部長、50歳なのにまだ一人で寝られないんですか?」と囃し立てる若い女性社員「あぁ」と認める上司独身なのに夜どうしてるんですか?とかバカにしてくる→ラジオを、聞いてますみたいなオチ

本当に気持ち悪い

これどっかで叩かれてないの?

同じように感じてる人がいたら気分がスッキリしそう

(2020.6.20追記)

毛のCM初めて聞いて以来多少意識して聞いてたらJFN Radio Loversかいシリーズ物CMっぽかった

かに1の男女逆転版もやってた

でも男女逆にしたところでキモさはあんまり変わらなかった

逆にシリーズ全部聞いてみたくなってきた

2020-06-15

おい、カプコン!お願いだからバイオハザードを終わらせろ。

先日バイオハザート8が発表された。

小学生の時に1を始めてから、もう30代になった。

出る度に新しいゲーム機を買ってプレイするのが人生の楽しみの一つだ。

ただもう長すぎる!

あのバイオの大ファン鈴木史朗さんの気持ちを考えた事があるか?

バイオの話が完結しない内に寿命を迎えるぞ!?

たまにシリーズ物について考える事がある。

自分が60代になった時にドラマゲーム映画などのシリーズ死ぬまでに完結するかが始めるかどうかの基準になるだろうと。

もし死ぬまでに完結しないなら死んでも死に切れないからだ。

梨泰院クラス」を途中まで見て死ねるか?(あれは1シリーズ完結だよ、例えの話ね)

今回のバイオの新作トレイラー舞台がまたどっかの田舎洋館みたいなとこだった。

はぁー、また今回も完結しないんだろうな、カプコンよ。

バイオは終わらせなくてもいいが、せめてクリス達の物語を終わらせてくれ。

鈴木さんの気持ちを考えると俺まで悲しくなる。

シリーズ物はどんなに長くても20年だろう。

2020-06-05

anond:20200605021641

円満なサ終のソシャゲ、少し古いがグリー版「英雄になりたい!0」が該当するのでは。

プレイヤーとある大陸存在する三ヶ国のうちどこか一国に所属し、英雄となって戦い、所属する国が大陸支配するのを目指すゲームだった。

当時サ終までプレイしていたが、運営が「一国が大陸支配したらゲームクリア」と言っていた通り、一国が大陸をほぼ支配したためエンディングを迎え、サービスが終了した。

一応シリーズ物だしシリーズ共通NPCもいたが、他のシリーズを知らない自分でも普通にこのソシャゲ単体で十分に物語を楽しく遊べた。

とはいえ自分勝利国に属していたからそう言えるだけで、敗戦国プレイヤー特に課金していた人やランカーの方々が円満と思ったかは分からない。しかソシャゲサービスとしては、予定通りの終了を迎えられたゲームだと思う。

使える時間すべて注ぎ込んだ最後の戦い、すごく燃えたし楽しかった。

2020-05-10

シリーズ物は2が最高傑作」って風潮なんなんだろうな。

anond:20200509230142

この増田見ててはっとした。

お題に関しては

SHUFFLE DAYZ Pt.2 が該当すると思う。SHUFFLE DAYZも聴けよな。

2020-04-27

シリーズ物の鑑賞順は公開順以外にありえないと思うんだが

2020-04-06

Switch転売高騰について

転売屋肯定する気はないが、何故予約しないのか…。

とりわけどうぶつの森に関しては、Nintendo Directなり情報サイトなり、CMなりがやり始めた頃には予約受付してたはず。

リングフィットと違って、シリーズ物なんだからどう言うゲームかは分かるだろうし。

2,3ヶ月前、同梱版は受付終了してたかも知れんけど、Liteは余ってたはず。

少しでも琴線に触れたら「面白そう…買ってみよう!」って躊躇なく購入しても良いと思うんだけどな。

おもちゃ屋に惜しげもなく通う子供のような情熱を持って予約サイトを見張っても良かったろうに。

レビューとか反応を見て吟味してから買うのは賢い買い方かも知れないけど、衝動買いしたって良いと思うんだ。

かくいう自分も、桃鉄が出るって話が出たから購入して待ってる。

去年から

2020-03-02

ソシャゲ区切りはないって言うけど

一般世論でそういうこと言いたい人の言いたいイメージは把握したうえで屁理屈をいうなら

FGOは「第一部完結」とかあったし

それより以前に神撃のバハムートでも周年記念のイベントシナリオでは大規模な世界危機みたいな話で

プレイヤーキャラクター騎士様が世界危機を救って第一部完結」みたいな内容だったりした

そういう意味では、買い切りソフトRPGシナリオと、実はやってることはあまり変わらない

(もちろんゲームシステム賛否両論あれどアップデート、改変されてく)

俺は大して遊んでないのでなかなか思い浮かばないが、他でも似たような「区切り」はあるんじゃないだろうか

もちろんRPGシリーズ物ソシャゲと違い、陳腐化していく舞台世界キャラスパッと切り替えることが可能

上に例示したRPGシナリオ路線キャラというかユーザー資産を引っ張り続けないといけない縛りがきつかったりはするが

そのうち、そういう問題をうまくクリアしてユーザーに不満を出させない形で

第一部完結とあわせてワールドリセットする手法も開発されるんじゃないか

2020-01-15

飽き性

シリーズ物映画ドラマに手が出ない

スターウォーズ一回は見てみたいんだけど本数見るとウワッとなっちゃ

三作ぐらいまでなら手を出せる

2020-01-01

anond:20200101052010

foorin team Eが出てきて結構ガッカリしたんだよな

日本語版パプリカレコード大賞をとったらしいけれど、普通に考えると時間が経てば売り上げは頭おちになってくるはず。

そんな時にteam Eを投入すればシリーズ物の続編を出したようなもので、前作のファンが何もしないでも買ってくれる。

応援ソング」だとか言って公共放送宣伝し放題やってきて、それでそこそこ売ったら続編を出す。

なんかそういう商業主義的なものが鼻について一気に嫌になってしまった。

今年この曲を聞いても米津さん儲けられてよかったねーと思うだけで、全く応援する気持ちにはなれないと思う。

一歩下がって、英語バージョンを出すことで世界の人に親しんでもらうというのだとしたら、なんでオリジナルメンバー多国籍にしなかったんだろうって思うんだよね。

2019-11-29

anond:20191129002208

それはあくまでもあなたがそう思っているだけで、大半の去年のドラマファンはそうじゃないんでしょ。

からただのカプ厨なだけなのにわざわざLGBTQの旗を掲げて今やってるドラマを殺そうとしているんじゃないですか。

面白いとかつまらないとか言うのは勝手。でもそれを越えて打ち切り署名だの作品を殺そうとする愚かな行為をしようとしている人がいて、それが一部だとしても、あなた含め止めている人がいないのならそれはもはや一部ではないです。他の界隈なら例え公式運営に不満があったとしても、こういう事あってももちょっとは自浄作用あります

制作陣や俳優イベントへの加害行為を仄めかす発言も見かけました(スクショでですが)。こんな行為が押し通され、罷り通るような前例が作られてしまったら絶対に他のジャンルにも波及するのでやめてほしいです。あなた含めああいう事している人達が一生おっさんずラブの巣に籠っているわけでもないですし、もはや「地獄」がおっさんずラブどころの話では無くなってしまます。一部ジャンル、一部同性愛者にとっては去年のこのドラマ放送されていた頃から既に地獄です。その地獄は去年のドラマファン民度の低さにより生み出されたものだと思っています。色々と迷惑です。去年からずっと。

あと例え如何なる不満があろうとも作品を推す上で「公式運営事務所絶対」って大前提原則ではないでしょうか。公式決断に従えないなら映画円盤も買わず黙って去ればいいだけの話。自分達が優しい世界と思っているつもりなら、その先の批評ですらない(ただの中傷になってるという自覚もなさそう)、愚痴や悪意は人目につかないところでぶちまけてください。作品ごとのファンが歩み寄れないのは決して公式のせいではないですね(正直ここの公式自体はまだマシな方ですし。シリーズ物SNSアカウント分けないのは普通です)。今のドラマ好きな人が歩み寄ろうとしても聞く耳を持たれなかったり、今のドラマが好きな事がいけないかのような否定を受けたりした結果が元増田投稿ですよね。

2019-11-28

anond:20191128002537

いや、シリーズ物はまとめて書いてある&時系列順になってないからわかりにくいけど外注の方が多いよ

任天堂が直接作ったのはSwitchだとゼルダ ブレスオブザワイルドマリギャラARMSマリカースプラトゥーンマリオメーカー2、12Switch、くらいでは。1ゲーム会社としては多いけど、それでも外注の方が多い

ゼルダ夢をみる島も、書いてないけどグレッゾだし。テトリスもARIKAだけど書いてなかったりするし。

2019-11-15

anond:20191115022648

シリーズ物ではないけど

LIVE A LIVEのワタナベ親子とか

7つ(+1)の世界オムニバス

現代未来幕末原始時代クンフー西部劇等々

異なる時代モノでそれぞれの主人公操作するRPG

どの世界でも、必ずワタナベもしくはそれをもじった名前の親子が出てきて、

親が死亡してとうちゃーーんって子供が退場するパターン

SF時代だと人間ではなくアンテナだったりする

描写はたいていギャグっぽくはあるが親が必ず死ぬってのが

今考えても不気味な設定だな(特定モデルはいないらしい)

2019-11-13

anond:20191113012639

シリーズ物やるなら[]でタイトルタグ付けてくれ追いやすいか

足跡つけるのって効果あるの?

自分アプリやってた時もそんなのいちいち気にしてなかったが

とにかくいいねを投網する

2019-11-12

1990年代映画と、現代のなろう小説に見る、若者にとっての世界必要性について

結論を言うと、現代若者世界に愛想をつかしており、救う価値が無いと思っている、ということである

一方、資本階級である老人は、この世界は皆にとって素晴らしく、救う価値があると思い続けている。

映画創作で人気が出るものは、その時代二次創作であるターミネーター北斗の拳冷戦時代の「いつか核が落ちて世界が荒廃してしまうかも」

という恐怖の二次創作として、読者は共感し、物語に入り込んだ。

どちらも来るべき運命を、救世主が救うというストーリー。当時の皆はこの世界は救う価値があるし、自分が上に立って救いたい、という救世主に憧れる思想があった。

当時は若者がそれなりに多かったし、世間の目も若者に向いていた。

しかしそういった作品も、冷戦が終わり、反戦雰囲気が醸成されていくにつれ、

そこから最終兵器彼女エヴァンゲリオンスターウォーズwp1も、ある意味セカイ系に近い。のような、「大人の事情」によって子供世界を救わされるという作品が幅を利かせてくる。いわばセカイ系と呼ばれる作品だ。

ここまでは、まだ現代舞台で、この世界は救う価値があるかはわからないが、自分英雄になって世界を救ってみたい、といわば中途半端思想だった。しかし、スターウォーズジュラシックパークが幅を利かせてきたように

「ここでないどこか」への幻想というものが生まれてきたのもこの時代なのではないかと思う。

そこから異世界系の物語ゼロ魔だとかが人気になる。千と千尋の神隠しもそうだ。「大人の事情」によって子供が「異世界を」救わされるという作品が表立ってくる。

しかしここまでは、この世界は救う価値があるかもわからないけど、戻る価値はあった。自分英雄になって世界を救いたい、という思想は残っていた。

そしてそこから不良マンガ流行った。一種パラダイムシフトなんかではないかと思う。

この世界は救う価値は無いが、少なくとも自分の周りの地域は救う価値はあるんじゃないか地域の中の英雄くらいには慣れるんじゃないか、という思想

しかしそれもすぐ終わる。不良が色々やらかしたのを見た人々は、反骨精神も、世界価値も、英雄譚的物語も、現実だとしょうもなくくだらないものに見えてしまった。

全てが虚無でダサいものになってしまった。というより、不良は伝統と化した。

特攻服を買うのは一部の金持ちのボンボンの子だけで、不良的ツッパリも逆に今の教師世代からは推奨される始末。twitter決闘の話が、守るべき貴重な青春物語として保護されるようになった。

そして現代に至る。景気は良くなってると言うけれど、肥えるのは中年資本家だけ。若者は職にはありつけるが賃金は低い。年金問題がよく語られるが、それを見て解るのは

貧しい若者の金が、さらに肥えてる中年に吸われていく絶望的な営み。消費税が上がって、年金問題解決すると喜ぶ老人たち。世の中にあふれる物語も、左翼全盛期の中年の為に用意されたポリコレばかり。

洋画シリーズ物興行収入を稼ぐものばかり。結果、なろう小説流行る。

なろう小説は「行きて帰らない物語」だ。英雄になりたいとは思っても、ニヒリズムに溢れた主人公で、人の上に立ちたいという欲望は薄い。

この世界は救う価値が無くなり、英雄にはなりたいけれども、人の上には立ちたくない。自分の周りの大切なヒロインを守ってればそれでいい。

という価値である一億総るろ剣時代だ。皆を助ける事は出来ないが、自分の周りくらいなら助けられるだろうと言う世界観。

現代を救う話は、共感できなくなってしまった。むしろ現代を壊す側の方に感情移入してしまう。

天気の子が売れたのも、そういう世相を反映してるのではないかと思う。君の名はまでは小さな地域を救う話だったが、天気の子はセカイを壊す話だ。

ゼロ年代あたりで生まれセカイ系物語に対する回答、「一人の子供ですら潰して利用する世界価値はない」という回答。

「何も知らないままで、知らないふりをしてる」豊かな人たちに「何も足さず、何も引かないでください」と訴えかける作品

ジョーカーが人気が出たのも、そういう世相を反映しているからではないか

現代を描くには否定的になり過ぎ、異世界を描くには肯定的になり過ぎる世界。この先はどうなるのだろうか。

異世界にすら絶望して、人一人、自分すら救えない話になるのだろうか。

ひょっとすると、ジョーカー一種異世界モノなのではないかと思う。兎に角世界を壊して、勝手に皆が英雄として崇め、ニヒル笑顔でそれを見つめる。

今時世界を救う話なんて流行らないんだよな。

2019-11-02

ある滑稽な字書きのお門違いな憎悪

 私は二次創作小説を書いている。ジャンルは人気だが、好きなカプは多分マイナーの部類に入ると思う。

 投稿サイトpixivだ。数年前、同ジャンルの別カプで書き、少しの間書くのをやめて(一次創作をしていた)読み手として二次を楽しんでいた。もちろん公式供給にも一人盛り上がり、楽しいオタク生活を過ごしていた。

 そして好きなカプが出来、また書いてみたいなと思って書き手に戻った。

 pixivでの評価は、前カプで二桁、今のカプで三桁行けば良い方。はっきり言って人気はないし、陽も当たらない。でも、前カプのほうがメジャーカプなのに今の作品ほうが評価してもらえるのは嬉しかった。文字数が増えたし、あと自分で言うことではないけど書くのがほんの少しだけ上達したからだと思う。

 前は「書きたいとこだけ書ければ良いや」みたいな考えで殴り書きに近かった。後から読み返して「よくこれで投稿したな……」と情けなくなったし、そんな作品でも読んでくれて評価までしてくれた人がいたのがありがたかった。

 それも踏まえて今度は「せっかく書くならもっとちゃんと考えて書こう」と思った。それであわよくば評価してもらいたい。承認欲求二次創作で満たすのはどうかと思うのだが、創作創作なのでやはりそういう下心もわいてしまった。

 "ちゃんと考えて書こう"という心がけは、一応成果を出した。前の作品で三桁の評価のものはないし、感想までもらえたのだ。スタンプも嬉しかったが、文章での感想は段違いに嬉しかった。

 感想をもらう前はTwitterなどで「感想がなくて筆を折った」や「感想創作者を救う」という呟きを見ても別世界の話で全く実感がなかったのだが、自分が実際にもらってようやく理解した。確かに読んでくれた人の感想は救いだ。これは誇張ではない。本当に本当に、救われたのだ。

 一人であーでもないこーでもないと悩み、一文一文もっと他に良い表現はないかと迷って完成させた小説。好きでやっているとはいえ、暗闇に石を投げてるような感覚だった。

 前カプの時も、暗闇に石を投げてる感覚は同じだった。他所では人気の字書きがワイワイやっていて、他の字書きや絵描き創作はしなくても同じカプが好きな人達と交流している。

 あまり認めずにいたが、私は彼らが羨ましかった。向こうはとても明るくて楽しそうだ。

 良いなぁと羨みながら、まあ私にはああい交流は無理だなと思っていた。なぜなら、私は彼らのように自分から輪に加わろうとしていないからだ。小説面白い面白くない以前の問題だ。

 人気字書きは小説面白さもだが、そもそも社交性があるのだ。Twitter面白い。人付き合いが苦手そうな字書きでも、誠実に小説に取り組んでいるんだなと分かる人はいて、やはりそういう人のもとにもファン同好の士は集まる。

 しかし、私はコミュ障だ。Twitterも何も面白くない。ネタにしたいことを呟けば人に取られるのではと不安で呟けない。盗まれるような大それたものではないのに、被害妄想ばかり膨らんで何もできない。

 もらった感想に対しても、ちゃん感謝を伝えたいのにどれだけ頭を絞っても無味乾燥文章になる。時間をかけて返信文を考えてもそれは相手には伝わらない。ただ"返信が遅かった"という事実しかない。しかも本当に嬉しいのか分からない文章だ。それでも何か返信しないよりはしたほうがマシだと思って返信する。

 これは二次創作関係なく、人から好意を向けられることに慣れてないのも原因なのだろう。自己肯定感が低い。好意に対する耐性がない。

 だから好意を向けられてもどうすれば良いのか分からない。相手にしてみれば、ただなんとなく気まぐれで送った感想なのかもしれなくても私からすると初めて見る光のようなもので、救いなのに耐性がないからただただ戸惑うしかないのだ。

 心の底ではあれだけ欲しいと思っていたのに、与えられたらこれだ。もっとそつなく対応できないのかと自分が嫌になる。

 世の人気同人作家は私とは比べ物にならないほどの感想好意を向けられていると思うと、彼らが別の生物に見えてくる。私より良くできた、なんか違う生物

 人気字書きと比べると憂鬱だ。比べるものじゃなくても比べてしまう。

 二次創作文章力より萌えるのが大事だとよく聞く。それは本当だとも思うが、萌えを伝えるにはまず文章力が必要だし、第一面白い二次小説文章に長けている。

 心理描写、情景描写キャラクターバックグラウンドを伝え、キャラ同士の関係性の変化やシチュエーションで読者を熱くさせる。これは並大抵ではできない。

 私も書くから、その難しさは身にしみてよく理解している。

 しかも、pixivはどちらかというと絵を中心に据えたサイトだ。だから余計に、小説評価されているのを見ると凄いと思う。

 同時に憂鬱なのだ。私も人気になってみたい。

 前もそう思っていたが、今はもっと強く思う。だって前より良いものを書こうと頑張っているのだ。読み手意識するようになってから、見返りが欲しいと思うようになった。

 当然、自分のために書いている。自分が好きなシチュエーションで、自分が好きなカプで。だが、書くなら上手に書きたい。自分他人も良いと思える、納得できる文章が書きたいのだ。

 承認欲求がどんどん大きくなっていく。それでも、まだ私は楽観視していた。書くためのエネルギーになるし、節度さえ守っていれば腹で何を考えていても問題はない。それに、何はともあれ小説を完成させなければならない。これが一番大事なことだ。そう言い聞かせてまた書いた。

 Twitter面白いSSツイートする字書きがいた。仮にAとする。軽い気持ちフォローし、SSを楽しみにしていた。

 Aはpixivシリーズ物長編投稿しており、これもまた軽い気持ちで読んでみた。

 二次小説で初めて圧倒された。徹夜で読み耽り骨抜きにされた。

 まだシリーズは完結していない。評価ブクマも良いねも多く、感想や続きを待つタグもあった。

 TwitterでもAはフォロー数より遥かにフォロワーが多かった。人気も人気、ファンがたくさんいる。

 Aの小説は人を選ぶ作風だった。オリジナルキャラクターが中心にいるのだ。内容も殺伐としている。読んでいてつらいが、それでも面白いのだ。表現力も構成も卓越している。

 私は人気字書きに対して、別の生物だと思うことで精神の安寧を図ってきた。コミュ障自分にみんなでワイワイ楽しくは無理だと諦めていた。万が一輪に入れても人間関係で消耗する。せっかくくれた感想に満足な返信一つ書けず疲弊するのだ。自分と彼らは違う。だから羨望は抱いても嫉妬まではいかなかった。

 しかし、私はAに凄まじく嫉妬した。オリキャラで、シリーズ物。内容も暗い。なのに人気だ。コメント欄感想で溢れている。多すぎるからか返信もしていない。面白いからそれが許される。

 初めは自分ももっと小説が上手くなろうと意気込んだ。だが、私がまだ序盤すら書けていない時にAは新作短編投稿する。それもすぐさま評価された。

 Aはよく、「自分は書くのが遅い」と言っていた。SSをやりながら数万文字小説を書いてそれを短編だと言って投稿するAが。

 Aの物差しではそうなのだろう。Aが言うことに私自身の物差しを当てはめてはいけない。他人には他人物差しがある。

 Aはよく謙遜した。「誰得か分かりませんが」「ほんと自分しか読んでて楽しくないんじゃないかな」「◯◯×△△が好きな人から怒られそう」と。こうして投稿された小説も、すぐに評価される。私も読んだ。面白かった。

 書いている最中投稿前、不安になるのはよく分かる。

 Aはよく質問箱で来る質問に答えていた。「どんな本を読みますか?」「執筆スタイルを教えてください」こんな質問が多い。Aは決まって「本はあまり読まないんです」「執筆スタイルと言えるほどのものはありません」と答える。

 …………

 嫌悪感を覚えた。この嫌悪感については上手く説明できない。嫉妬が源なのは確実なのだが、別の感情も含まれていると思う。

 自分とは何もかもが違う。Aは多くの人から必要とされている。長編コンスタント投稿し、完成度も高い。そして文章ストーリーを長文で褒められ、謙遜してもすぐに否定してくれるファンがいる。

 なんというか、皆に見守られている感があるのだ。見守られながら崇拝されている。

 他にも、Aは作中に性描写を入れずにこれほど評価されているのだ。私は性描写のある小説を書いていて、性描写のない小説投稿したがこれは全然評価されない。読んでももらえなかった。

 もう一つ、Aが私の嫉妬劣等感を煽る理由がある。それは、Aは一次創作でも人気を得るだろうなという確信だった。Aは一次創作をしていない。だからこれは私の想像というより妄想だ。Aは筆力がある。ストーリーに漂う空気感思想も一貫しており、本人に確固たるテーマがあると伝わるのだ。

 原作という確固たる軸をもとに、自己解釈を入れて物語を作るのが二次創作だ。対して一次創作は当然、作者が軸から作らなくてはならない。軸はストーリーを形作る上で作者の一貫した思想テーマ必要なのだ。それが脆弱だとどこか掴み所のない、微妙作品ができあがる。「文章は上手いけど……」とか「題材は良いんだけど……」とか言われるような作品。胸に訴えて来るものがない。

 はじめに書いたが、私は一次創作もしている。一次は二次より苦しみながら書いている。「きっとAは、そんな苦しみもなく、あったとしても見返りのある小説を書けるのだろうな……」こんな感情がわいたのだ。

 Aが書いてもない小説劣等感勝手に抱き、被害妄想を膨らませて勝手に苦しんでいる。滑稽この上ない。しかし理性より感情が勝った。次第に私はAに嫉妬嫌悪感を通り越して憎悪すら感じ始めた。

 Aのツイートを見る度に胸がざわつく。「書くの一生やめないかな」「消えないかな」などと考えるようになった。アカウントミュートにしては気になって解除し、フォローも外そう外したほうが良いと思ってもできなかった。この時点で、私はまだAの小説が好きだったのだ。新作は読まなくなったが、シリーズ物の続きだけが気になっていた。新作を上げる度に、早く続きを書けよとイライラしていた。

 こんな滑稽な人間いるだろうか。憎悪すら抱いているのに、その発端となった小説の続きが読みたいだなんて。我ながら馬鹿で笑える。

 Aはマシュマロを始めて、またたくさんの人に褒められている。マシュマロには丁寧な返信をしている。謙遜して、自分作品を"拙作"などと言って。心温まる返信だ。無味乾燥な返信文しか書けない私とは違う。

 私は今日pixivを覗いて、自分小説評価を気にしている。カプ名で検索しても、もう他の人が書いた小説に流されていくつもページを越えないと私の小説には行き着かない。新作を上げたいが、まだまだ書き終わらない。誰も褒めてくれない。一次も二次も。

 書くのがつらい。やめれば良いのに、やめたら自分価値がなくなる気がして怖いのだ。他人と交われない私にとって、小説を書いて評価されるのは唯一と言ってもいいくら自分を満たす慰めだった。私が書いた小説を、誰かが肯定してくれる。これは私自身を肯定されたも同然なのだ。本当は違うと分かっていても、ほんの少し救われた。

 このカプ、良いですよね。このシチュ萌えませんか。この小説どうですか。私の小説、好きですか。

 所詮趣味なのに、こんな思いを込めて書いて読む人に過度な期待を寄せてしまう。だから評価されないと無視どころか否定された気になる。私が駄目な原因だと思う。もっと軽く楽しめたら良かったのに。

 読み手意識して、感想をもらう喜びを知ったから脱け出せないだろう。何より、小説を書くのが好きなのだ。書いている最中ずっとつらいのに、書き終えるとまた書かなきゃとなる。

 ただ、なんとかAへの憎悪を消したかった。どうでも良いと思えるようになりたかった。その方法が分からない。私が人気になれば良いのか。それも根本的な解決にはならない気がする。Aが私の小説を褒めてくれたら良いのか。私のことなど眼中になく、そもそも全く知らないA。多少承認欲求が満たされるかもしれないが、こういうのは満たされてもすぐになくなる。

 他の人は、承認欲求が満たされたら本当にそれで満足できるのだろうか。欲求というコップがあったとして、まっとうな人は褒められるとコップに水が注がれてどんどん満ちていくのだろう。私の場合、多分コップの底に穴がある。自己肯定感のなさが穴の正体だと思う。はじめは穴がなかったのか、それとももともと空いてたのか、褒められて水が注がれてもどんどん落ちていく。全然満たされない。

 結局のところ、Aがどうのとか評価がどうのではないのだろう。原因は自分にあり、自分でなんとかしなくてはならない。

 自分が納得できる文章を書けるようにしたい。自分が納得できれば、評価二の次になると信じたい。幸い、納得の基準はまだ自分の中にある。こんな文章でこんな小説を書きたいと理想目標がある。これがある分にはまだ頑張れそうな気がする。そこから自己肯定感をつけていけば良いかもしれない。すでに評価依存しているが、まだなんとかなるかもしれない。

 理不尽理不尽だと理解できているうちに、自分小説ちゃんと書けるようになりたい。これで書くのをやめて憎悪に飲まれたら人として何か終わる気がする。荒らしなど惨めなことはしたくない。

 私は小説を書いていたい。一次でも二次でも納得のいくものが書きたい。他の字書きへの嫉妬憎悪原動力では嫌だ。

 嫉妬劣等感もあり、とてもつらいが少しでも気が楽になれるよう、自分の面倒な諸々と折り合いをつけたい。

 これはその一歩として誰にも吐き出せないためここに書いた。読みづらい文章だったと思う。でも、読んでもらえたらほんの少し救われる。小説が好きで、どんな文章でも大事だと再確認できた。それが嬉しかった。自分小説ちゃんと向き合えそうだ。

 読んでくれて本当にありがとうございました

2019-08-08

ユアストーリーとやら、誰の感想を何回読んでもわからん

自分で見に行く時間はない。


いやだってさあ、ウイルスちゃんやっておしまいオチなら何のゲームでもいいじゃん。

大体何のゲームでやってもエモくなる切り札でしょそれ…

シリーズ物ゲーム内でやっていいとは言ってないぞ分かってるのかSO3

でも何でもよくない構成になってる(ドラクエ5であるべき理由がある)のに、文句言われてるから憤慨してるんでしょ?

その理由とか根拠とかの描写絶対何かあるはずでしょ…


文句言ってる方はそれ映画オチ全然関係ない部分

(細かい設定とか、恐らく映像として収めるためにオミットせざるを得なかったものとか)ってところで

キレ散らかしてるし、

擁護してる方も「ドラクエ5はともかく」こういう事が言いたかったんだよってドラクエ5おざなりにするし、

別にネタバレ配慮もされてないのに何一つわからん。ギーグの攻撃か何かなのか。


結局の所、大衆の「原作知らないけどいい話だった」を選んだために、

ドラクエ5とそのファン犠牲になったようにしか見えてないんだけど

それで合ってるの?合ってないの?


プレイしてみようかなって気にさせるのが目的」って感想はつまり

原作知らないけどいい話だった」→「興味出たか原作やってみようかな」ってこと?

だとしたら、その目的を達成できるだけの良作だったんだろうってことは想像に固くないし、

そのために切り捨てられたドラクエ5ファン燃えるのもその達成の等価交換しかなくない?



それはそれとして、新規向けの成否はともかく

原作好きな人気持ちよくなれないアニメ化映画実写化とか本当にもう勘弁してほしい。ただ悲しい。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん