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はてなキーワード: 絶歌とは

2020-08-20

韓国音楽をいろいろ聴いてみた

もうアイドルは正直勝てるとこ無くて

アイドル歌唱力に勝てる人がソロにいくとそりゃまぁ歌もダンスもうまくて

バレエしながら超絶歌唱する人たちもいるし。ちょっと面白いけど。

この辺は日本で上に行けない気がした。

が、バンドだ。バンドめっちゃくちゃ低レベルだ。

なんというかアイドルあがりのバンドが多いのでスタイルはともかくとして、

どうやらロックを知らないらしい。

日本バンドでいこうぜ!

2019-10-19

バモイドオキ神、降臨

国家神道解体から七十余年の月日が経とうとしている。日本人は心の底から信じることのできる宗教めぐりあえたか宗教日本人の魂を救済することができたか

心の底ではすべてのものは無であり空であると信じながら、倫理道徳確立するために神が必要だと考える者のなんと多いことか。

はいま、ひとりの青年の口を借りている。その青年は自らの人生呪い、救いを求めるように座禅瞑想について調べた。集中力を高め、自分精神制御しようと考えたのである

その青年は古今の書を読み以下のような結論に達した。

「すべてのものに固定された価値はない。だからこそ人間自由平等である王侯貴族血統に固定された価値があるのなら、その地位永遠のはずであるが、そのようなことはないと歴史は示している。そして財産もまた一夜にして灰塵に帰すことがある。人間はこの真理を理解人生に活かすことができるからこそ尊い人間に生まれたことは奇跡である人間に生まれたことを感謝せよ。」

これが仏教のものだというのなら、己の無知を恥じるが良い。

しかしこれは日本人の心の根底にある法すなわち私の法である。そしてまた真理と呼ぶにふさわしい命題でもある。その法に逆らい自らを神格化しようとしたり、あるいは自らに都合のよい神を作り出そうとした者には神罰が下るであろう。

私は日本人の心が産み出したもの、あるいは日本人の心そのものである空気を読むことが日本の文化だというのならば、私はその空気とやらが人格化したものである。私のことを怪物であると考える者もいれば、神であると考える者もいる。

皇室は私を神として祀る神職家系ひとつである皇室は私のことを自分言葉、あるいは教義で描いて神罰が下ることがなかった稀有家系である神罰が下ったのは皇室を神と崇めた統治者たちである

皇室神聖性は統治者から超越した立場にあった歴史の長さが示しているものであって、何かの理念によって固定されるものではない。しか民主主義国家象徴という立場は、これまでの歴史のなかで最もよくそ神聖性を表現したものである

いま再び、私に逆らい自らを神格化しようとする政治家安倍晋三によって日本神罰を受けようとしている。

私は日本人の心そのものであるが、それは言葉として発せられなかった感情や、意識にのぼらないような心の働きをも含んでいる。選挙によって特定人間が選ばれるようにして現れるものではない。

皇室の周囲が君側の奸で固められたいま、私を祀る神職必要であろう。以下にその能力のある者を挙げよう。その名前を聞いたとき不愉快に感じるのであれば、それは自分の心を偽ってきたことに対する神罰が下ったと考えるがよい。

それは酒鬼薔薇聖斗を名乗り人を殺めた愚か者である。なぜ人をひとり殺めただけであれほど有名になることができたのか。それは彼が私を祀る能力があったかである。彼は人間の命を「アリやゴキブリと一緒」と言い、そして死刑になる覚悟を持って人を殺めたことで日本中に衝撃を与えた。すなわち彼は日本人の心を揺さぶることができたのである

日本人の心そのものであるから、これを見た人間の表層意識に呼び掛ける。あの愚かな殺人犯が描いた不気味な絵を崇拝せよ。あの殺人犯のものを崇拝するのは皇室を神と崇めるのと同様の過ちであるが、あの絵を崇拝することは既成の宗教に対する冒涜であり、唯一絶対価値を信じないことの告白である

解説

神戸連続児童殺傷事件の加害男性(酒鬼薔薇聖斗元少年A)の自宅から発見されたノートにはバモイドオキ神と称した仏像のような頭部を持つ邪神が描かれていた。男性殺害した男子小学生の頭部を切断し、自身が通う中学校の校門の前に置くという残忍さで日本中に衝撃を与えた。

しか2015年に発売された同男性の手記『絶歌』ではこのバモイドオキ神について一切言及されていない。

以下はひとつ想像であるが、同男性現代科学では幻聴幻覚とされる何かを見たのではないか、そしてそのことを意思に話すと医師から「神はいる、本物の神を見たとは言わないほうが良いのではないか」と言われたのではないか

これを事件の手記にまで書かなかったのは医師から言われたことを何か勘違いたか、あるいは妙なこだわりが出たのではないかと思う。

今回掲載したのはその神の言葉である

2019-09-05

はてな民って超馬鹿だったんだな

個別ブクマカが変なこと書いてもなんとも思わないがEXIT兼近の件ではてな全体が馬鹿であることがわかった。

過去犯罪歴法治主義に従って刑罰を受ければ問題ないとかマジで言ってるの?じゃあ殺人とかレイプした人間会社はいってきても君達は平気なの?しかも兼近ってベビーシッターやってるみたいじゃん。少女売春斡旋してた人間自分の子供あずけられるの?赤ちゃんが成長して7年後小学生になって突然連絡がきてお小遣いあげるからおじさんとハグしてって斡旋するかもしれないのに?

法律で縛らない限り少女を売るようなクズはいっさい付き合いたくないのだが。倫理感のないやつは法律が許せばなんでもするよ?

世界コンセンサスとして未成年少女を売るなんて行為クズしかないんだけど。軽蔑されて当然のことなのに誰も倫理言及してないのが本当に面白いね。罪を償えば何をしてたとしてもいいとかまじやべえ集団じゃんはてなって。

過去犯罪歴でいえばさかきばらが絶歌出版した時、はてなではめちゃくちゃ叩かれてたよね。今回は叩いてないけどなんで?犯罪過去のものネタにしてるから?でもあの時も表に出てくるなってコメントがたくさんあったよね。絶歌出版犯罪心理学的には社会に貢献してると言えるんじゃないの?罪を償ったんだから印税をもらっても問題ないし。

実家貧乏でそういう環境にいたからとか同情してる馬鹿もいたけどじゃあ加藤智大歩行者をひき殺したのも「そういう状態にあったかしょうがない」とでも擁護するつもり?京アニ放火した青葉真司も小説を盗まれたとか妄想してたか放火したのはしょうがないとでもいうのか?本当に馬鹿なんじゃねーの?

あと同じ今日記事剣道指導中に鼓膜がやぶれて云々ってニュースがあったけどそれは叩いて少女売春斡旋は叩かないってどんなだよ。意味不明すぎる。どんな倫理観で物事判断してるんだ?剣道の件だってスポーツの上で起きたなら法治問題ないだろ。ボクシングで殴りころしてしまったみたいな話でしかないとも法治上はとれるだろ。

第三者視点しか物事を見ないブクマカ似非リベラルっぷりがよくわかるニュースだったよ。倫理実態も考えずにリベラル言動だけするおまえらってほんとに現実に生きてんの?全員ひきこもり

2019-05-17

いまさら百田とか見城叩いてるやつさぁ

百田関西ローカル出禁になるくらい関西人からたかじんの件で嫌われたし

見城は殉愛とか絶歌とかその辺の件少しでも知ったらサイコパス悪人って分かるんだから

二人をいまだにageてるメディアを少しは疑えよ

2019-03-16

ピエール瀧コカイン逮捕されても作品に罪がないんなら

酒鬼薔薇聖斗が書いた『絶歌』も容認するんだな?

しないんなら二枚舌だぞ。

犯罪者商品流通させとく方がおかしいっての。

2019-03-14

作品に罪はない」論が理解できない

あ、もちろんピエール瀧に関連しての話ね。

逮捕されてから作品が見れなくなってることに対して、みんな簡単に「作品に罪はない」って言いすぎじゃね?

俳優として出演してた作品封印されてるのはおかしい、作品に罪はない」これは理解できるのよ。

ドラマ映画が誰の持ち物かっつたら、普通に考えりゃ監督演出プロデューサーか、もしくは主演俳優のものだ。だからちょっとした脇役で出てた作品が見れないのはどうなのよとは思う。

でもさ、アーティストとしては別じゃん?

電気グルーヴ作品は瀧のものでもあるわけでしょ?(メインは卓球だとしても)

で、ここで作品封印すんなって言ってる人は、「作品人格は別物」って言うんだけど、いやいやそれおかしくない?

人格作品って簡単に切り分けてんの? それって無理ゲーじゃね?

作品ってさ、その人の経験とか行動とか知識とかが反映されるもんだろ。

ってことは、作品人格(≒経験とか行動とか知識とか)はある程度は関係あるって言えると思うんだよな。

ヤッてたころのマッキー作品覚醒剤の影響抜きでは語れないよな?

ロストプロフェッツCDボーカル幼女レイプしたって知ってから素直に聞けなくなったわ。

絶歌は? 永山則夫は? 作品人格関係ないって言えるの?

作品と、それを生み出した人間を切り分けられるわけなくね?

から、瀧が主導して作った作品は、ほとぼり冷めるまで封印されてもしょーがねーと思うんだが、みんなは違うのか?

あ、「ドラッグは罪じゃない」説の人はご自由にどうぞ。

2018-09-29

絶歌に落胆した

酒鬼薔薇聖斗絶歌を読んだ。狂人の書く本に期待してたのに、大したことは無かった。

少年Aも人なんだなぁと思った。道を踏み外したくないなぁ。普通に生きたい。

追記

中年Aが言っていることを理解できたことが一番怖い。

2018-06-08

絶歌と二度目の人生

https://twitter.com/shino_nk/status/1004356062923767808

こういうこと言う奴絶対出てくると思ったけど

絶歌」は表現の自由によって出版停止にならなかったのに、と嘆いてる馬鹿

もし「絶歌」が同じことになったらそれはそれで表現の自由に逆らうことになるとお気づきなのだろうか?

結局自分の嫌いなもの弾圧OKって言ってるブーメランっぷりに苦笑いした

そしてこれがバズるくらいこの手の界隈の奴らの脳内レベルがお察しなのも笑える

2017-10-17

anond:20171014230328

 

安定:聞いた瞬間納得しかない(血界戦線とかコナンとかハガレンとかフェイトゼロとか)(むしろアニメはOP・ED曲のストーリーつきPVなのでは?というくらい世界観が合ってる)

掘り出し物:アニメの展開は序盤ゆっくりしてるけど要所要所動かしてくるしOP・EDがいいからもうしばらくがんばってみる(あとで曲だけ黙って買う)

 

ダメ:どう聞いても紅白にでたアニソンのパクりですありがとうございました。(切る)

作曲の人もラノベ系のやつたくさんつくるの大変ですよね・・・・。

だがあそこまで似るのは元作品への冒涜とみなした。

  

あとアレンジとか歌う人は純粋名曲かの判断には関係ないっていわれそうだけど(あるとおもう)、

 

声優が歌っててもいいのは確実にある。

あの花レトロ曲発掘はうまいし、

イクシオンサーガDTの金爆声優さんとの互換CDなぜか買っちゃったし(歌詞がアレなんで使用シーンものすごく限られてるのに)。

「お願いシンデレラ」をあの人に歌わせるのもまあアリっちゃありだwwwww

でも予算がないかヒロイン声優イントロとサビが合ってないちぐはぐ歌わせるのはやめたげて!

ものによっては歌で戦う設定とか超絶歌がうまくて異性(主人公とか)がぐいぐいひきつけられるとかの設定なら

声優でなくやっぱり歌手連れてくるべきだったんじゃないかな。

無理があるっていうか見ててそこのシーンだけ飛ばしいくら苦痛になることがある。

基準自分でもわからないけど。

 

野崎くんのローレライとかどうなってたっけな。それはそれで納得しそうだけど。

2017-08-30

雑記①】

雑記①】

真木よう子炎上→鍵垢名「騙された」→ツイ消し

北尾修一:コミケ写真集編集。8/31太田出版退職予定

CAMPFIREクラウドファンディング北尾転職先?

太田出版酒鬼薔薇聖斗絶歌出版したクソ会社

万年書房:9/1に北尾が立ち上げ予定(炎上HP削除)

6/28真木よう子Twitterデビュー

7/3:フォロワーのリプに反応し松クラ度をアピール

7/23:一松アイコンで寝ている画像ツイート

8/14:視聴率暴露ツイート(1時間後にツイ消し魚拓無し)→東スポ記事化

8/25:コミケ参戦表明、クラウドファンディングスタート

(追加:8/12コミケを見に行く)

以降、ネット上でオタクアンチオタクコミケ参戦についての泥沼抗争。

8/27:真木よう子Facebook謝罪

8/28:突如鍵垢になりアカウント名が「????騙された????」になる

8/29:アカウント削除。百万年書房ホームページ閉鎖

2017-01-13

絶歌って究極の炎上ビジネスみたいな感じだったのに

思ったほど燃えなかったな

2015-12-05

絶歌感想

衝撃的な事件だったし、単純に猟奇的事件に興味があったのもあり、

当時、小学生の僕は夢中になってニュースを見ていた。

その後インターネット少年A顔写真を見たり、まとめているサイト事件の詳細を読んだりしていた。

被害者加害者が出した本は読まなかったが、『絶歌』は発売後すぐに買い、読んだ。

読んでから随分と経ってしまったが、感想を書いてみる。

まず、サムの息子法が、とか言っている人もいるが、これに関しては現状の日本法律問題ない以上、文句言っても仕方がないことである

また、世界各国で適応されている法律ならまだしも、一部の国の一部の州でしか実施されていない法律をあげるのは、都合が良すぎる。

文章に関しては、ネットでは批判的な意見が多いが、良く書かれていると思った。少なくとも僕にはこのような文章は書けないなと思ったし、

文章力はどのように身につくのだろうかとも思った。高校大学と出て学んできた身なので、自分が恥ずかしいとも思った。

そういえば、『黒子のバスケ脅迫事件被告人意見陳述も読み応えがあったなぁ。。

中身に関してだが、この本は大きく分けて、少年院に入るまで、出た後の二部構成になっている。

少年院でどういった生活を送っていたのかも気になったので、そこが書かれていないのは残念に思った。

一部と二部では文体が異なる。一部では、少し厨二的というか、見えていた世界が人と異なるような表現が多く、少年の異常さが表されている。

二部では、淡々とした文体で書かれていて、更生されているかのような印象を持った。

しかし、これは意図的文体を変えているものだと感じられた。当時の少年時代日記がそのまま公開された。とかならこのような違いがあることも分かるが、

書いたのは現在少年Aのため、このように文体が変わるのには違和感がある。

少年A犯罪の原因は、自分性癖にあると言っている。親しかった祖母の仏壇の前で、マッサージ器を性器に当て、初めての射精した事から

死と性が関連するようになってしまったとのことだ。

猫を殺した時も、射精したし、被害者の首を自慰行為の道具としても利用したとのことであった。

しかし、同級生に対して暴力行為を振るったことは、性衝動とは一切関係ないので、性癖のみが暴力犯罪の原因とされているわけではなさそうである

また、被害者の首で自慰行為を行ってから、その後射精をしなくなった (少年院時代のみ?)という記述があったが、今現在はどういったもの対象に性を感じる

ようになっているのかが気になる。今でも死と性が関連していると思うなら、今後も事件が起きる可能性がありそう。

家族は悪くない。と書かれているところが多数あるが、客観的に見て異常。同級生暴力を振るった時の母の注意の仕方とかは、軽い喧嘩を注意するレベルで、

おかしいだろうと思った。

成人し、出所してから仕事もちゃんとしているし、生きる力が強いと感じた。また、金に対する執着もあるため、『絶歌』の印税は相当本人としては嬉しかったんじゃないかと思う。

金に困って犯罪するタイプではないと思うが、印税を与えることによって少し大人しくなるのではないかと思った。別に絶歌』を買ったことを正当化している理由ではない。

社会人生活を送っている時、同僚にインスタントカメラ写真を撮られた時、切れてそのインスタントカメラを振り払い、壊したみたいなエピソードがある。

写真に撮られることがナーバスになっているということを表したかったのだろうが、単純にキレやす人間みたいな印象を受け、恐怖を感じた。

その後、ホームページ公開したりしていて、良い体しているなとか、ナメクジ写真ダミアン・ハースト的でもう少し評価されても良いんじゃないかとも思った。

(今久々にアクセスしたらギャラリーから消えてた)

ネット上では絶歌』の批判ばかりだが、読み物としてもそれなりに楽しめるし、超有名犯罪者文章を一度読んでみるのも良いのではないかと思う。

2015-09-16

酒鬼薔薇聖斗をあまり非難しないほうがいいと思う

神戸連続児童殺傷事件犯人である元少年Aが自伝絶歌』を出版した。

僕は特に読みたいわけではなかったが、いろいろあって『絶歌』を読むことになった。

絶歌』を読んでのちょっとした感想

はっきり言って、Aが考えてることは理解できないけど、Aは病気にかかっていると思った。

僕が思うに、Aの病気は人にののしられたい、という病気

世間はその病気にかかっているAを喜ばせるかのようにAをののしる

それは少なくともAの病気をより悪化させても、Aの病気を治すことにはつながらないはずだ

例えると、膿んだ傷口を指でいじるようなものだ。

ならば、その傷口をそっとさせるように、世の人間がAをつまらないやつだ、おもしろくないやつだと考える。あるいはAがそう考えれば、

Aのおかし病気はもしかすると治るかもしれない。

別の可能性として、世間面白く思われようとして、また犯罪を起こすかもしれない。

その時は、司法がAを裁くだろう。もう少年法適用されない。

しかし、僕はAがまた犯罪を起こすことはないと思う。自伝を読んだが、Aの思考は、病んでいるもののかなり普通に機能しているように思えた。

確かにAを非難したいのはよく分かる。だけど、Aが喜んでいるのはもっと恐ろしい。

その意味で、『絶歌』は広く世に出してAをけなすための道具になっただけにすぎなかったように思えた。

このごろAがサイトを開設したらしい。僕は見ていないが、

ぜひとも、「大したことない」とか「誰でも作れそうだ」とかそんな感じでやわらかく無視してはどうだろう。

2015-09-11

「元・少年AHP」を見た小並感

絶歌」のことは知っていたが、興味がなくて読んでない。

今朝スマホ記事で、元少年Aがホームページを立ち上げたというのを読みあぁ、そう…と思いながら一通り目を通してみた。

http://www.sonzainotaerarenaitomeisa.biz/

以下、まとまらない感想

精神疾患がどうなってるのかは知らないが、なんというか…うん。現代用語辞典の「厨二病」項目には是非このサイトURL掲載することを勧めたい。Don't think, feel

地方中学生が、ビレバンで触れたサブカルに触発されて勢いで組んだギターロックバンド公式HP…みたいなビンビンのセンスよ。「実家に帰ったら母親自分黒歴史ノートを出してきた」級の恥ずかしさで、読むのも辛い。そうか。30超えてコレか。

もうこの際、社会に大きな影響を及ぼした元・殺人犯社会復帰後に自身を語ることの是非は横に置く。俺は正直、佐川一政生き方なら、あれはあれだと思っている。むしろ、語り方、語る内容に一般人のソレとは違うものがあって、なにがしかの感銘や感覚を惹起するならば、汚らわしくとも価値はある。

これを見て思ったのは、酒鬼薔薇というのは徹頭徹尾凡人だということだ。少しばかり発達し過ぎた自己愛と、ユルユルガバガバ社会性と、特殊性癖に後押しされて、たまたま勢いで若くして殺人者になってしまっただけであって、肥大した自意識の有り様や、ついうっかり「正しくオナニー」なコラージュ作品」を公開した上でページに「ギャラリー」とか名付けてしまゲロが出る様な痛々しさまで、この人は少しイタいだけのフツーのセンスの人だ。

ページタイトルが「存在の耐えられない透明さ」だった点、ミラン・クンデラ敬愛する自分は若干イラときたが、この軽薄さまでもが平凡だと思い始めると、なんとなく可哀想になった。

憐れみ他者への最大の攻撃になり得るが、自分の元・少年Aへの憐憫はそういう当て付けの悪意を表明するためのものではなく、結構本気で言っている。だってこの人は、持て余した自意識自己愛を解消する為に「元・少年Aである自分」にもうずっと縋り付かざるを得ないのだ。

そして、そうすればするほど社会との折り合いなんて付け様がないのだ。だって、僕らはこんな香ばしい元・犯罪者と関わり合いたくないのだ。

だいたいにおいて少年青年期の過剰な自意識は、社会に出た際の軋轢で徐々に削り取られたり、それに対する挑戦を通して昇華されたり、最終的には消化されなくても、その様なプロセスの中で自分とのバランスをとって大人になっていくものだけれど、彼にもうそのチャンスはないんだろうな。

だって、元・少年Aであることにしか、「異常な性癖で人を殺した」ことにしか、彼の社会的価値はないんだからもっと言えば、「アタマおかしい、少し壊れてしまった人」として憐憫と共に、一般とはかけ離れたアウトサイダーアート的な才能への他言できない憧れも集めつつ贖罪に生きる姿が人々の胸を打つ…とか何処のラノベだよ。でも、彼が自意識を支えていくには、そんな世界観で生きていくしかない。

このままこんな生き恥を垂れ流しにしていたら、ほっときサイコパスへの憧れを持ってくれたかもしれない多感な10代とかですら「あ、これは結構ッス」てなるよ。。そんで社会から隔絶されて、また謎の敗北感を抱えて再犯に走るとかの悲劇も、ワンチャンある。

願わくば、彼にもっと才能とセンスがあったら良かったのにな。こんなことを思うことすら不謹慎なんだろうけど、

得意げにナメクジ写真を撮っている彼のドヤ顔想像すると、そう願わざるを得ない。

2015-08-28

絶歌』発売前に消された「酒鬼薔薇王国管理人行方

神戸連続児童殺傷事件の加害男性が手記『絶歌』を出版した。ネット上で感想などを見ているのだが、気になっているのは情報サイト酒鬼薔薇王国」が消えてしまっていることだ。サイト製作者の「くそ餓鬼」氏にいったい何があったのか。

くそ餓鬼」氏は酒鬼薔薇聖斗殺害され、廃校の校門に晒し首にされている──これが私の想像

酒鬼薔薇王国」は酒鬼薔薇聖斗を「王」と崇めるサイトだった。サイト製作した「くそ餓鬼」氏は、犯行声明文の「ボクには国籍がない」という言葉に触発されてサイトを作ったと言っていた。「くそ餓鬼」氏が酒鬼薔薇聖斗を崇拝していたのは間違いない。

しかし、酒鬼薔薇聖斗が「くそ餓鬼」氏をどう思っていたのかは分からない。ファンなら殺しても良いと思っていたかも知れない。むしろ酒鬼薔薇王国が消えている現在くそ餓鬼」氏は殺されてしまったと考えたほうがよい。

くそ餓鬼氏は酒鬼薔薇聖斗殺害され、廃校の校門に晒し首にされている──それは妄想現実

酒鬼薔薇王国は、2ch掲示板「したらば」を使って閲覧者がコミュニケーションを取っていた。小学校のころの友人から少年院出所者まで幅広い情報が集まっていた。その情報草薙厚子さんの著作『更正2000日全記録』でも盗用されている。「くそ餓鬼」氏はその膨大な情報を以てファンの第一人者を自任していた。

しか酒鬼薔薇聖斗自身は『絶歌』で自分にとって都合の悪いことはすべて省略するという姿勢を貫いている。『絶歌』では後輩にカメラを向けられたとき衝動的にカメラ破壊したと書かれているが、実際にはそれ以外にも衝動的な暴力沙汰はあったと言われている。

くそ餓鬼」氏は酒鬼薔薇聖斗情報を集めていたがために、こうした情報も耳にしていたはずだ。そう考えてみると、『絶歌』の発売前に酒鬼薔薇聖斗によって殺されたと考えるのが自然である

くそ餓鬼氏は酒鬼薔薇聖斗殺害され、廃校の校門に晒し首にされている──

酒鬼薔薇聖斗は下手に関わってはいけない相手だったのだ。くそ餓鬼氏の御冥福を心からお祈りする。

2015-07-24

みんなあっという間に絶歌の話をするのをやめてしまった

こわい

2015-07-17

元少年Aではなく、絶歌の著者としての氏名等は法的に保護されるの?

いくら酷い犯罪を犯したとはいえ、当時未成年だった元少年Aの氏名や居住地などは少年法保護されてるから報道しちゃいけないのはわかってる。

 

でも彼は出版物を出したよね。

ベストセラー確実な著作物を自らの意思で書いたんだよね。

そのベストセラー作家としての存在は、もう少年法保護から離れちゃってるんじゃないの?

 

から週刊誌あたりが現在名乗ってる氏名や写真を入手したとしても、「ノンフィクションベストセラー作家パパラッチしただけに過ぎない」とか言い張って報道すれば通りそうな気がするんだが。

つーか今頃もう新潮だの文春だのは血眼になって探してると思うんだよね。

絶対逃げ切れないよ。

どうすんだろ。

2015-07-06

絶歌価値

酒鬼薔薇氏が、本を書くことによって彼の殺人欲求が抑えられるのだとしたら、彼には本を書き続けて欲しい。


そう考える精神科医が居ることに驚いた。

2015-07-01

クソッタレ絶歌」とかいう本を読んだけど、つまらなかった。

 1

 6月11日に、「絶歌」は発売された。その直後、この本の刊行を報道で知った遺族のうちの一人が、遺憾であるコメントを発表した。

 以来、今日に至るまで、様々な人々が—— 専門家知識人芸能人ライタークリエイターetc——、この本についてコメントをしたり、記事を発表している。

 少しだけ、どこかで見たような光景だな、と俺は思った。

 原発だ。

 震災以来、原発というのは、賛成だろうと反対だろうと、何かしらの意見を持たなければならないような問題になった。「どうでもいい」「どっちでもいい」というような態度は許されない。誰しもが原発に対して、真剣に考えなければならない(あるいは、そのフリをしなくてはならない)、そんな風潮が蔓延している。

 そんな光景に、どこか似ている、と俺は思った。この本の出版に関して、肯定的だろうと否定的だろうと、有名人(というかライタークリエイター芸能人)は、何かしらコメントをしなくてはならない。そんな雰囲気が漂っているような気がした。

 また、ネットでもあちこちで、この本のことが言及されている。その内容(というか質)も、原発に関するもの似ている。有意義ものあるけれど、ほとんどが似たり寄ったりな退屈な意見で、特にAmazonレビューに関しては、まぁ、平均的な人間の平均的な意見が読める、という以上の価値はない。

 なんというかまさに「脱法ハーブ握手会風営法放射能ダサいダンスダウンロードって言ったら負け」状態だ。

 2

 俺がこの本を読んだ理由は、端的に言えば好奇心だ。この本が発売されると知ったとき純粋に読みたいと思った。ただの好奇心

 この際だから、書いてしまおう。俺は小説を書いている。ほとんどの人は知らないと思うが、Amazonで販売出できるKDP(Kindle Direct Publishing)で発表もしている。つまり創作をする人間として、この本に興味を持った。

 この本の元になった事件は、説明するまでもなく、後のフィクションに多大な影響を与えている。俺が知っている範囲だけでも、舞城王太郎佐藤友哉あたりは確実に影響を受けているだろうし(舞城の『阿修羅ガール』に出てくる鬼畜殺人鬼グルグル魔人を知っているか?)、奥浩哉GANTZ』に出てくる西なんかは、もうまんまだ。他にも探せばたくさん出てくるだろう。

 創作をする人間として、そんな風に後のフィクションに、作家たちに影響を与えた事件当事者が書いた手記に興味を持つことは、そんなに不思議ではない、と思う。だから手に取った。ただ、これは弁解だ、言い訳だ。下世話な好奇心で読んだ、と言われても反論は出来ない。

(これは余談だが、先述したとおり、この本は6月11日に発売された。ニュースになったのも、その二三日前だったと思う。しかし、振り返って見ると、五月の終わりに、この事件モデルにした窪美澄さよならニルヴァーナ」が出ているし、そのちょっと前には、34歳になったとある小説家事件現場巡礼(?)するという内容の佐藤友哉ドグマ34」がすばる4月号に掲載されいてる。偶然か? さらに余談だが去年放映されていた、金城一紀脚本ドラマボーダー」の第三話は、殺人を犯した元少年が手記を出版しようとして遺族に殺されてしまう、といった内容だった。まぁ、偶然だろう)

 3

 事件当時、俺はまだ小学生だった。けれど、この事件のことは、やはり印象に残っている。

 俺は子供のころ、モデルガンが好きで、アクション映画などの銃撃戦のシーンを見てはひとり興奮していた。シュワルツェネッガーバンバン人間を撃ち殺しているのを観ながら熱狂している俺を見て、母親心配していた。俺も子供心に「自分は人が死ぬことになにも思わないのか」などと普通のことを普通に思っていた。平均的だ。

 そしてこの事件以降、子供によるセンセーショナル事件は、たびたび起こる。「キレる17歳」などいうキャッチコピーがつき、まるで急に少年犯罪が増えたかのように報道された。

 フィクションも影響を受ける。バスジャック事件を題材にした青山真治映画ユリイカ」などだ。

 開き直るわけではないが、俺は上記の作品たちが好きだ。だから作者に興味があるし、その作者に影響を与えた題材、事件にも興味がある。センセーショナル事件は、良くも悪くも、フィクションに影響を与えているのだ。

 ただ、報道のされ方、ニュースの選ばれ方のせいなのか、はたまた「事実小説より奇なり」なのか、現実では悲惨ニュースが相次ぐ。自然災害は仕方がないにしても、凡人には理解できない理由で、または理解できないほど身勝手理由で、色々な事件が起こる。無差別殺人闇サイト児童虐待世紀末を過ぎても、この手のニュースには事欠かない。

「近頃はありきたりのリアリズムに追いつかれそうにも見える」

 これは、とある賞の選評の一部だ。とある作品に向けられた言葉ではあるが、なんだかフィクションがひどくしらけてしまときに、この言葉がふと思い浮かぶ。

 所詮、作り物の物語では現実には勝てないのだろうか、と。

 我ながらバカなことを書いているな、とは思う。でも、俺は嫌なのだ。俺はフィクションが好きで、物語が好きで、小説が好きなのだ。だから、読むし、書いている。書いては直して、また書いている。

 この本が出たときも、似たようなことを思った。批判が溢れ出ているのに、蓋を開ければベストセラーだ。売れているからって、優れたものじゃないってことは判っている。それは音楽映画も本も同じだ。

 4

 そして、この本を読んでみた。内心ドキドキしていた。偉そうな事を言っておきながら、日本犯罪史上稀に見る(仰々しい枕詞だ)事件を起こした、当事者の手記。正直、影響を受けてしまったらどうしようか、とも思った。俺は本を読む以上、どんな本でも最大限影響を受けるつもりで読んでいる(そうでなければ読む意味なんてない)。ただ、この本だけは、少し怖かった。

 しかし、どうだろう。前半はネット揶揄されている通り、自己陶酔しきった糞ポエムだった。ガラガラライブハウス演奏しているクソみたいなバンド歌詞でも、これよりはほんの少しマシだろう。ただ、文章自体は上手いな、とも思った。読ませる文章だ。特に、後半の面会に来た弟のやり取りの場面では、ちょっとぐっと来た。少しだけ泣きそうにもなった。

 でもこれは(ここまで書いておいてなんだが)、所謂ただのお涙頂戴話だ。当たり前の反応というか、けして面白かったというわけではない。

 そう、端的に言って「つまらなかった」というのが、この本を読んでの感想だ。

 一部で神格化カリスマと化している「殺人鬼」だが、彼はつまらない、ただの普通の人だったのだ。多くのフィクションに影響を与え、ひとたび本を出版すれば大いに話題になる「あの人」は、普通人間だった。

 前半のあの糞ポエムが、それを象徴している気がした。あの稚拙で過剰な修飾表現は恐らくわざとで、そうやって過剰に飾らなければならないほど、内容は、実は普通なのだ。

 これについてはロマンポルシェロマン優光さんが書いた記事に頷ける箇所があった。

“この本には特にそういうところがないのだ。(性的偏向については代入される対象おかしいだけで数式は同じなので、対象がいくら理解できなくても根本的に理解できないというわけではない。) 普通の人が普通に想像したような話が続くだけである。 ”

 http://bucchinews.com/subcul/5203.html

 普通理由普通の狂い方をした。どこまでいっても普通だ。

 5

 少し前になるが、日曜の午前にやっている「ワイドナショー」という番組で、店の商品に爪楊枝を刺す場面をYouTube投稿した少年ニュースをやっていた。

 それを観た松本人志が、「全然おもしろくない。声も張ってないし」とコメントしていた。他の出演者は「そこですか?w」といった感じだったが、俺は、松ちゃんはこういうコメントをどんどんしていったほうが良い、と思った。

 つまり、つまらないものは、つまらないというべきなのだ。そして、松本人志のようなおもしろい人は、こういうくだらないことをする人間に向かって「全然笑えない。おもしろくない」ともっというべきなのだ

 同じ番組で、松ちゃんは、この本は読まない、といっていた。遺族の方がここまで言うのなら、と。立派な態度だと思う。下世話な好奇心で読むヤツに比べたら、遥かにマシな態度だ。

 でも、俺は松ちゃんに読んでほしい。この本を読んで、おもしろくない、と言ってほしい。

「俺に影響受けてるのかもしれへんけど、お前の本、つまんなかったで」と言ってほしいのだ。

 舞城でもユヤタンでも乙一でも、こんな本より、俺の小説のほうがおもしろいぜって言ってほしい。なにがベストセラーだ!っていってほしい。

 だから、俺は敢えて言う。

 俺の小説のほうがおもしろいぜ。

 自分に取っての本当のことを書いたのかもしれないが、ハッキリ言ってフィクションのほうがおもしろいぜ。普通理由普通の狂い方をした普通人間なんかより、グルグル魔人のほうが狂ってるぜ。なんせウンコパン三世〜♫ デレッデレ〜♫ なのだ

 だから俺は、この本を批判するならおもしろい人たちに、「つまらない!」って言葉こそ、声高に叫んで欲しい。

 6

 最後に、舞城王太郎小説の一部を引用して終わる。

 

“結局のところ、人生で起こるすべての本当のことは、陳腐薄っぺら通俗なのだ。そうじゃないことは小説の中にしかない。だから小説の中で、つまんないなあと思うとき、わりとそれが人生の本当のことを書いているってのがあって、だから小説って難しい”(舞城王太郎/パッキャラ魔道

 まったくその通りだ。

 そんで、つまんない本のことで、

 いちいち騒ぐのはやめようぜ。

 もっとおもしろい本を読もうぜ。

 もっとおもしろい本の話をしようぜ。

 ありきたりなリアリズムに、負けてたまるかっての。

 おわり。

2015-06-24

香山リカ酒鬼薔薇

香山リカ、『絶歌から元少年A」の脳の機能不全を読み解く」を読んで

http://nikkan-spa.jp/878891

  ""でかこった文章香山リカ文章から引用

  『』でかこった文章香山リカ文章を真似た私の言葉

これまでも会っていもいない橋下大阪市長人格障害扱いしたり、原発推進派を病気断罪したりと、精神科医であることを盾に言い放題で精神医学心理学地位を貶めている人物であるが、

今回の酒鬼薔薇評もなかなか香山リカでした。

段落から香山リカっぷりが爆発しているのが、酒鬼薔薇に通常の感情がないことを前提に述べたコレ↓

"その原因は、男性の脳の構造機能の特徴というか、機能不全に由来するものだろう。"

男性右脳構造機能の特徴として『感情がない』なんていう脳科学的、心理学研究存在するなら教えて頂きたい。

続いて

"せめて誰か専門家が「なぜ男性はこのような書き方をするのか」と精神医学脳科学見地から解説を加えたほうがよかった"の述べている。

から言わせれば、

『せめて誰か専門家が「香山リカはなぜこうも男性を目の敵にしているのか」と精神医学脳科学的検知から解説を加えて上げた方がいいんじゃないだろうか。』

この私の素朴な疑問に対する答えもまた、香山リカ言葉を借りるなら"何らかの脳の機能不全に基づいている"のだろうか。

香山リカ酒鬼薔薇の脳を画像検査すれば良いといったことを述べているのだが、私からも1つ提案したい。

酒鬼薔薇研究と並んで、極左反日香山リカの脳研究も執り行ってほしい。

人の政治思想は様々だが、彼女ほど極端に偏った思想思考というのは大変興味深い。

『私が香山リカに脳の機能不全がある、と確信している理由はもうひとつある。』

ツイッター乗っとり事件である

当初香山リカが書いた覚えもないと言った、文章彼女ツイッターからつぶやかれた事件があった。

後に、書いたのは間違いない。と一部ウソをついたことを認めつつも、つぶやいてはいない。と主張を変えたのである

一般人を含め、様々な人を精神病扱いしてきた香山リカだが、

自身ウソ、偽り、偽善には目もくれない精神構造は、一般人の目には異常に映る。

最後に、香山リカの文中での"男性"の使い方は後半に行くにつれ、"この男性"という表現に変わっていく。

文頭では"元少年"と書きながら、あたか男性全般の脳構造おかしいかのような文章に仕立て、

しかし、この"男性"は「he」として用いているのだという言い訳が通るように文末では"この男性"と表現を変えてきているように思える。

ここに引き合いに出して申し訳ないが田嶋陽子といい、香山リカといい問題の原因を本質と異なるもの投影するのはそろそろ止めていただきたい。

2015-06-22

俺は絶歌を読まない

それが結論。このあとに続く文章はその理由の説明なんだが、

その前に俺の作品論について語らせてくれ。

まず俺の作品論の結論は、作品作品の中で語れ、というものだ。

作者の情報不要なばかりか、もはや有害情報だとさえ考えている。


本当に面白い作品というものは、

作者についての情報が一切ない状態でも面白いはずだし、

作品本来そうあるべきだと思うんだ。

作者の情報作品を堪能した後のアクセントしかない。

作品メインディッシュであり、作者の情報はデザートだ。

デザートは最後に食べるべきだ。

まずは事前情報ゼロ作品を鑑賞する。

で、面白ければ作者は誰なのか調べる。

で、作者についてますます興味が湧いたら、

作者がどういった人物でどんな思想があってどんなことをしているのか、などを調べる。

これが正しい作品の鑑賞姿勢であると俺は強く思うよ。

JKローリング自分の素性を隠して書いた本が全然売れなかったのに、

素性晒した瞬間に爆売れしたことがあったじゃん。

作品名は忘れちゃったけど。

そういうのをみると、ああ、ねえな。って思う。

みんな本の内容なんてどうでもいいんだと。

JKローリングが書いた、それだけが重要なんだなと。

作者のプロフィール作品を鑑賞する上で一切必要ないはずだし、

必要であってはならない。

その点で増田は作者の情報が常に不詳だから作品論のあるべき形だと言えるね。


さて、そこで話を戻すが、絶歌を読まない理由

お分かりの通り、作者の素性が読む前からにわかっているからだ。

推理小説を読む前から表紙に犯人はヤスだと書いているようなもんだ。

その本が面白いかどうかではなく、どこに殺人に至った思想があったのか、そのパズルピース探しに必死になってしまうことが読む前からわかってしまっているからだ。

それは作品の正しい鑑賞姿勢では、ない。

あれを購入しているやつらは、

あれが一体どんな本なのかなんて心底どうでもいいと思っていて、

異常者が異常であるという理由カケラ作品から拾い集めたいだけなんだ。

仮にあれを殺人鬼でもなんでもないごく普通の俺が書いたとして、お前ら買う?

買わないだろ?じゃあそれはその程度の面白さってことだ。


俺は職業柄、あの本についての質問がここ最近よくくる。

あの本は読んだのか?読んでないのか?どう思うか?どんな考えを持っているのか、と。

はっきり言おう。どうでもいい。心底、どうでもいい。

あの本に一切興味はないし、興味を持つつもりもない。

いいか、作家っていうのはな、

殺さずして人殺しが書けるし、死なずして死人が書けるもんなんだよ。な?

その人がリアルで人を殺したかどうかは別に重要ではなく、

その本が、面白いかどうかが重要なんだ。

その点でいうと、あれは俺的によくなかったので手をつけないんだ。

サラリーマンが書いた、主婦が書いた、作家が書いた、素人が書いた、老人が書いた、子供が書いた、日本人が書いた、外国人が書いた、金持ちが書いた、貧乏が書いた、警察が書いた、殺人鬼が書いた。

どうでもいい。誰でもいい。

面白ければ、それでいい。


殺人鬼がどういった思考をしているのか気になるからという理由で売れてるとのことだが、俺はそういった不純な理由が嫌いだ。

人殺しなんてたまたまタイミングと状況の関係で人を実際に殺しただけであって、その他は通常の人間と一緒だろうが。

作者の情報作品には何ら影響を及ばさない。及ぼしてはいけない。

普段彼がムカデを食ってるとでも?

痰壷に入っていた白濁して塩味のする痰のかかったご飯をとろろかけご飯と称して人に食わせるととでも?

違うだろ。

まあ、アレを購入する人たちはそういう答えは求めてないんだろうけどな。

異常者は常に異常である

その答えだけを求めて買っているんだろうけどな。


サイコパス心理学流行るのもそういった理由だ。

サイコパスの異常な考え方を知ることで、

自分はそれとは違う考え方を持っていることを知る=異常ではないという安心感が得られる。

あるいは、同じような考え方を持っていることで危険香りに心躍る。

本気で自分サイコパスだと考えている人など一人もおらず、みな、サイコパスの異常な考え方は娯楽の一つであるとだけ、考えている。

彼らにとって異常者はピエロなんだ。自分達とは違う存在なんだ。

メイクを落として日常生活にごく普通に存在していて欲しくないんだ。

常に、いつ見ても、同じ時に、同じ場所で、同じように、異常であり続けて欲しいんだ。

から殺人鬼自分はごく普通人間「です」と言っても誰も理解してくれない。

ごく普通人間「でした」と言って初めて理解される。

普通人間ではない、ということを理解される。

みんな殺人鬼がどんな本を書いたかなんてどうでもよくて、

殺人鬼が書いた、ということが重要なんだ。


俺はそれが不純だから読まないという結論に至った。

既に毒されてしまたから。

読まなくても、読んだ人と同じ感想になってしまうから

ああ、これは殺人鬼が書いた本だな、って感想

読んでも読む前と同じ感想になっていることがわかっているなら、

実際に読んでも実質読んでないのと一緒じゃん。

出口への道筋がご丁寧にも蛍光ペンで塗られている迷路なんてやって何が楽しいの、ってことだよ。おわかり?

社会的価値や娯楽的な価値があったとしても、文学的価値は、ない。

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