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はてなキーワード: 力点とは

2020-02-17

まだ若い子供ロリマンコが自分容姿問題解決力点としてやってるものではないかカスになるだけ

 弁護士だろうが裁判官だろうが、もう全員問題解決していて何も考えてないくだらん野郎ばかりだから

仕事カスになるわけで他に問題はない。昭和公務員はそうではなく仕事人生をとしていたが、平成のは

整形したりして自分性的不遇の問題解決したクソカスしかいないから都会がこのようにクソになるだけ

2019-11-25

マジ使えない年上の部下ってどうやって接すればいいんだ???

ほーんと毎日毎日その人の事ばっかり考えていてすごく辛い!!!!!

辛い……辛いよ……

  

と思ったがそうやって使えないとか辛いとか思っているだけだとずっとこのままだからちょっと状況を整理しなければと思った。

えーっとなんだっけ

  

1)どういう相手なのか?

・首記の通り

  

2)どのあたりがダメだと思っているのか?

・割り振られた業務上目標に対しての達成率が悪い

・処理すべきタスクや指示したタスクの抜け漏れが多い

メールなどの確認漏れが非常に多い

・机の上が汚くて適切にタスク管理されているとはとても信じられない

・態度が悪い。机を叩いたり悪態をつくのをやめて欲しい

 

3)どうなって欲しいのか?

プロジェクト内で与えられた課題の達成をしてほしい

・サブプロジェクト等の自らがプロジェクト管理を行わなければいけない内容について、早い段階で処理を進めてほしい

    

4)なぜそういう状態になっていると思うのか?

事務処理が遅い?(割り振られた業務から判断する限り他の人に比べてそこまで抱えてるとは思えない)

 純粋機械操作上などのテクニック問題

優先順位けが上手くない? 整理整頓出来ない。適切にタスク管理出来ていないなどのテクニック問題

優先順位付け問題については業務における精度と速度がトレードオフになっている中で、必要十分な精度がどの程度なのかという力点を測れていないのではという印象。

タスク管理が上手くいっておらず、状況がコントロール出来ていないのでストレスが高くなって、それが業務効率を下げるという悪循環のように見える。

 

5)どうすれば改善すると思うのか?

整理整頓させた上でタスク管理方法を叩き込む。

優先順位付け問題についてはその人の中の「業務に際してこのくらいやらなければならない」というこだわりが実際業務を回すのに必要な精度を大きく上回っているように思われるので認知行動療法的に思い込み改善を促す。

 

6)改善方法はなぜ上手くいかないのか?

・年上に対する業務方法指導となる為現時点では提案という体裁をとって話をしているが、その時は肯定的に話を聞いてくれているのだが実行してくれない。強制力をどこまで働かせて良いのか悩んでいる(あまり強制性を高めるとプライドを傷つけられたと不機嫌になりそうな印象)

優先順位付け問題についても上に同じ。

優先順位付け問題についてはそんなの全部見てらんないよという自分時間的問題結構強い。

・結局介入するにしても時間的制約によって介入は限定的になるわけで、その中で成果を出さなければならない……。

  

7)上記を加味して時間的制約がある中でどうすれば改善すると思うのか?

業務全体性や何をしたのかについて日報的な形ででも提出させ、個別個別で報告を求めて判断代理しない。方向性提示する。

方向性についての例示が貯まってきた後にはそれを指針の一覧として開示する。

業務方法指導については介入しないとどうしようも無い。時間をかけて改善していく。

って感じかな〜〜〜。でも現在業務上の困難さとか業務量について文句はすごい言われるんだけど、実際何に困ってるんですかとか聞くと「何って言われても……とにかく忙しい」とかいう感じなんだよな〜〜〜。しかも実際何やってるのか全然わかんなくてマジで何が忙しいの????って感じなんだよな〜〜〜〜。

基本的にはグループ全体のプロセス改善に伴って業務方法を変更していく事で強制力を発揮していくしかないような気がするけど非協力的な態度を取られると適切に出来るのか全然自信が持てないのだぜ。

  

先週も「これこれが忙しくて先の予定のあれとかあれとかは出来ない」って言われたけど、いや……それくらい出来るやろ……30分くらいしか枠も取ってへんぞ……ってな感じでまー参ったね。特にこのギャップがね。本人は忙しいと思っていて実際本人の処理能力や様々な優先順位付けによる作業量削減が上手く回っていない中ではまー忙しいというのも正しくはあるんだろうが、大先輩が2年目の新卒よりも生産性低いのはね……、お給料問題もあるからちゃんと働かせてね!って上からも言われていてなんかなーこれ。お前言うは易しやぞ!!!

  

という感じであーでもないこーでもないと毎日毎日考えていて本当に参った。

しかもすぐ不機嫌になるんだもん。やめてよ〜〜〜〜。

よくあるネット小噺とかではこういう人も実は縁の下の力持ち的な役割があってこの人でないと回らない業務が隠されていたのだ!!!それを危機的な状況で始めて理解してそのおかげで助かったのだ!!!とかあるけどそうだったらどれだけ良いか……。賭けてもいいがそういうのはありえない感じなんだな。

  

8)で、実際どうするよ?

方向性は定まっているので地道にやる。

・期間を設定してそれを過ぎた場合強制力を発揮する。

・社内の他のマネージャー相談する。

・諦めて別の部署放出願いを出す。

・諦めて放置する。

  

いやあ……。

まー、実際その人も生き辛そうだなあとは思うよね。一生懸命やってるんだろうけど様々な理由で上手くいってないんだもん。

そういう意味では手を差し伸べたいという気持ちもあるんだけど、でもそれによって自分が苦しくなるんだったら申し訳ないがちょっと無理だよね。

でもそういう程度の覚悟では手を突っ込めなさそうな空気感じるんだよなあ。

  

で、どうすればいいんかね。

オチは無い……。

2019-09-01

ロシア語中性名詞で、-ствоで終わるもの

このタイプ中性名詞は、曲用で形を変えても力点位置が動かないことが多い。

ロシア語中性名詞で、-оで終わるもの

ただし-ствоで終わるものを除く。

  • го́рло のど
  • де́рево 木
  • зе́ркало 鏡
  • зо́лото 金
  • лицо́ 顔
  • ма́сло バター、油
  • ме́сто 場所
  • молоко́ 牛乳
  • не́бо 空
  • о́зеро 湖
  • окно́ 窓
  • перо́ 羽
  • письмо́ 手紙
  • пра́вило 規則法則
  • серебро́ 銀
  • у́хо 耳
  • число́ 数
  • яйцо́ 卵

このタイプ中性名詞は、単数形複数形力点位置が異なることが多い。

  • зе́ркало 鏡
    • 単数形: зе́ркало, зе́ркала, зе́ркалу, зе́ркало, зе́ркалом, зе́ркале
    • 複数形: зеркала́, зерка́л, зеркала́м, зеркала́, зеркала́ми, зеркала́х
  • лицо́ 顔
    • 単数形: лицо́, лица́, лицу́, лицо́, лицо́м, лице́
    • 複数形: ли́ца, ли́ц, ли́цам, ли́ца, ли́цами, ли́цах

ただし、そうじゃないものもある。

  • го́рло のど
    • 単数形: го́рло, го́рла, го́рлу, го́рло, го́рлом, го́рле
    • 複数形: го́рла, го́рл, го́рлам, го́рла, го́рлами, го́рлах
  • пра́вило 規則法則
    • 単数形: пра́вило, пра́вила, пра́вилу, пра́вило, пра́вилом, пра́виле
    • 複数形: пра́вила, пра́вил, пра́вилам, пра́вила, пра́вилами, пра́вилах

де́рево、перо́、у́хоは、不規則変化する。

  • де́рево 木
    • 単数形: де́рево, де́рева, де́реву, де́рево, де́ревом, де́реве
    • 複数形: дере́вья, дере́вьев, дере́вьям, дере́вья, дере́вьями, дере́вьях
  • перо́ 羽
    • 単数形: перо́, пера́, перу́, перо́, перо́м, пере́
    • 複数形: пе́рья, пе́рьев, пе́рьям, пе́рья, пе́рьями, пе́рьях
  • у́хо 耳
    • 単数形: у́хо, у́ха, у́ху, у́хо, у́хом, у́хе
    • 複数形: у́ши, уше́й, уша́м, у́ши, уша́ми, уша́х

2019-06-17

バカ「その時点で即国民死ぬ訳ではないが自衛権を発動するのか」

枝野氏の発言は数年前「海峡を封鎖」されたケースを例に集団的自衛権の発動条件になるのか否かを質問した時のもので、その時点で即国民死ぬ訳ではないが発動するのかという点に力点が置かれてる事に留意すべき

2019/06/17 リンク Add Starauient (green)theta (green)mugi-yama143morimarii

枝野氏の認識への批判がこんなバカブコメで盛り返してるのを見ると本当にはてなって馬鹿なんだと思う。

本当に、本当に、馬鹿だよこいつら。


これ右翼とか左翼とか自民とか民主とか関係いからな?

「その時点で即死ぬ訳ではない」ってどんな判断基準なんだよ。

じゃあ逆に国民即死シチュエーションてどんなものなの?

「悪い奴が日本絶滅ミサイル起動させて発射カウントダウンしてる」ぐらいでしか成り立たないだろ。

そんなタイミングから開始する軍事行動ハリウッド映画以外の現実世界には存在しねえよバカバカが。

このコメントに星つけるようなはてなバカ軍団のそびえたつバカタワーが。


例えば今回タンカー攻撃のあったホルムズ海峡だって

あの海峡がもし封鎖されたならそれは日本の大動脈が断たれるに等しい。

動脈が断たれればその生物死ぬんだよ。

まず末端の組織から壊死が始まって、すぐ全身が動けなくなり抵抗力無くなって、そのまま好き放題にされて死ぬの。


バカにもわかるように引き寄せた言い方をするなら、

地方自治体から壊れて年寄り子供病人のような弱いものから死に始めて

すぐに国の機能全体が麻痺してどんどん犠牲者の規模が拡大して

そんで防衛力もガタ落ちするから悪意を持って海峡封鎖した何者かに攻撃されても抵抗できなくなる。

これはバカもの基準で言ったらどこまでいっても「即国民死ぬ訳ではない」よな。

ゾッとするぐらいのバカの群れだろ。

バカバカの実を食べた超人(パラミシア)系のバカ人間なのではないだろうかこいつら。


俺はお前等バカ肥溜めよりは枝野氏を信じる。

あの発言レトリックというか国会の言い合いの上での詭弁であって、

もし彼が総理の時に海峡封鎖されたら「即国民死ぬ訳ではない」なんて狂った答弁はせず、ちゃん軍事オプションを取るのだと信じる。

から当該発言への批判は広く言えば揚げ足取りだと思ってるし、

もちろん詭弁が行き過ぎて隙を見せた枝野氏も政治家としてはあかんけど、そのていどのことだと。


それをまさか

枝野氏の発言は数年前「海峡を封鎖」されたケースを例に集団的自衛権の発動条件になるのか否かを質問した時のもので、その時点で即国民死ぬ訳ではないが発動するのかという点に力点が置かれてる事に留意すべき

この文字のまま擁護に足ると思ってるバカ人間がいて、バカが大挙してそれを支持するとは。

本当に怖いわお前等が。

だってこれもう右翼とか左翼とかではない純粋バカなんだもん。

こいつ等は政治的ごり押し枝野氏を庇ってるのではなく、

このバカバカブコメ知的な態度だと勘違いして、頭いい振る舞いのつもりで星つけてるんだもん。


右翼とか左翼とかがうじゃうじゃいて下品なこと喚いててもそこまでゾッとしないけど

こういう純真バカの群れが多数決で1位取ってるの見ると心底ゾッとする。

人間害虫のようなクラスタがあるとすれば右翼左翼ではなくこういう純粋バカからな?

こいつ等は社会を悪いほうへ動かす原動力しかならない。

だってバカなんだもん。

思考力皆無なのにその自覚が無いという真の害悪、それがバカ

2019-05-13

自己責任論者が何故かドヤ顔している話題

この話題で何故か自己責任論者がドヤ顔マウント取ろうとしてる意味がわからない。

はてなブックマーク - 韓国人含む人質救出、仏世論「無謀な観光客のせいで軍人の命が犠牲に」-Chosun online 朝鮮日報

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/05/12/2019051280037.html

まずそもそもジャーナリスト観光客の違いがある。

ジャーナリスト危険地帯へ行ってでも情報を取ってくる行為に十分価値が認められている。

そういった社会的意義もなく観光目的危険地帯へ無理やり侵入するなら、一体何しに行ったんだと言われて当然だ。

その違いを考慮に入れず「自己責任論への批判」へのカウンターにこの記事が使えると思ったのなら短絡的と言わざるをえない。

カウンターになると思うのであれば、この記事から社会的意義のある行動だったとしても、同じ反応になる」と筋道たてて説明しなければならない。

また、自己責任論には主に以下の2パターンあるかと思う。

自己責任なのだから助ける必要などない

②助けるべきだが、自己責任なのでどんな結果になっても文句言ってはいけない

このうち、②の「自己責任論者」は「自己責任論への批判者」の一部又は多くと実は立場がほぼ同じだ。

ただ「結果を受け入れろ」の方に力点を置くと「自己責任論者」に見え、「助けるべきだ」に力点を置くと「自己責任論への批判者」に見えやすいというだけの話で、その見え方の違いがなんとなく敵味方のようになってしまっているだけだ。

なので②の立場であれば言ってる事はどちらも似たようなものなので、これはどっちの批判がどうこう言う類の記事ではない。

翻って①の自己責任論者に対してはどうだろうか?

しろドヤ顔できるのは「自己責任論への批判者」の方である

助ける必要などない、などとんでもない!ちゃんと助けに行ったじゃないか

お前らの立場とは大きく異なる。

また、救出時に犠牲が出るような事態になれば当然、この記事フランス人同様、日本の「自己責任論への批判者」たちもかなりの苦言を呈すだろう。

(もしかすると、その批判犠牲が出るようなやり方を採用した政府に向くのかもしれないが)

どちらにせよ「まず助ける」という意味では、このニュースは①の自己責任論者がカウンターを気取れるような内容じゃない。

寧ろ君らの自己責任論と異なり、ちゃんとやるべき事をやっているし、批判の仕方も「自己責任だろ」ではない。

一体この記事のどのあたりから自己責任だろ」の論理を読み取ったのか摩訶不思議であるが、彼らには「拘束された人の立場の違い」はどうでもよく、そして「渡航に関する勧告は守れ」という類の批判は「自己責任だろ」と同じ内容になるらしい。

まったくバカバカしい。

最後になったが、犠牲になった部隊の方にご冥福を。

2019-03-06

anond:20190306131003

マジレスすると「普通」ではなく「日本人(japanese nation)」に力点を置いた表現だろ。

 

国家主義者として普通ということだ。

2018-11-22

anond:20181122124801

小説映画化されたものっていう意味理解してた。映画だと小説重要構成要素がどうしても抜けるって意味な。

最初からライトSF映画として作られてるもの雰囲気演出力点を置いた別物作品なら「マトリクス」や「ジュラシックパーク」みたいな良作あるよもちろん。

でも元増田趣味はそれとは違うっぽいしな。

2018-11-04

フェミ判定フローチャート

【1】

君の目の前に萌えキャラを愛でているキモオタが居る。

無視する。→【2】へ行け

萌えキャラ性的搾取性を語り出す。→【3】へ行け


【2】

おめでとう。君こそ真のフェミニストだ。fin


【3】

逆上したキモオタが襲いかかってきた!言葉を剣に変えて戦わなければならない!

君 体力点20 技術点15

キモオタ 体力点10 技術10

まず君とキモオタそれぞれのサイコロを振り、出目を技術点と加算せよ。

君の合計値が大きければキモオタの体力点から2を引く、キモオタの合計値が大きければ君の体力点から2を引く、同点ならば変わらない。

力点が0になるまで繰り返し、君が勝てば【4】へ行け。君が負ければデッドエンドである最初からやり直せ。


【4】

キモオタスレイヤーとして成功した君はいしかフェミニズムなどどうでも良くなりキモオタを刈り続ける人生を送る。fin

2018-08-18

高知県立大学の蔵書の件

高知県立大学の蔵書の整理の件、ブコメでいろいろ意見出ているが思うところを述べる。

ブックマークコメントの粗さがしをしたいわけじゃないので、論点となりそうなところを適当に項目立てて書いていきます

やすことで二度と手に入らなくなる

そんなことはない。図書刊行物なんだからどこからでも手に入る。

裏返しで、どこにもない一点モノの本や史料を捨てたらそりゃ問題だ。

富士山測候所の日誌が処分されたのとは、ここが違う。

一点モノか、刊行物か。まずここを峻別して議論した方がいい。

刊行物の場合、一ヶ所の施設が捨てたとしても代替措置いくらでもある。

キャパティ問題で捨ててもいいということ。

記事には古そう、かつ郷土関係する、かついかめしタイトルがならんでいるが、これに騙されてはいけない。

刊行物か一点モノか。ここで判断すればいい(もちろん「○○氏文庫」とかを崩すのは問題があるけれども)。

むろんその境界あいまいで、限定された刊行物なんてのもあるんだが。

電子化するべきだったのでは?

これも一点モノor刊行物の機軸で考えてみよう。

他所にもある刊行物をあえて電子化する意義はどこまであるだろうか。

当然、コスト問題がある。膨大な資料スキャンする。そしてそれを常に使えるようシステム保守していかなくてはならない。

刊行物に対してそこまでするメリットはないのではないか

頻度の問題

記事には『国史辞典』『日本国語大辞典』が燃やされたとある

いやあ国史日国重要辞書ですよ。でも、それ使ったことある人どれだけいますか? 手に取ったことある人どれだけいますか? 

私は日本史学専攻だったのでアホほど使ったけれど、世の中のみんながこれを使っていたとは思えない。むしろみんな使ってたらすごい社会だと思うが。

他の本もそうだと思う。私は記事で上がっている書籍について、恥ずかしながら国史日国以外、ほとんど手に取った事有りません。

本が一冊一冊貴重なのは重々みんな承知している。だけど、それをどの程度で使ったり読んだりしているのか。

そんな中で廃棄の判断がなされた。国史日国も重複してるんだし、今は電子化の絡みで言えばジャパンナレッジあるし。

大学は知を守るところなのに……

その通りで、未来に向けて予算が限られるなか建物を建て替え、未来に向けて増え続ける蔵書を合理的に整理していかなくてはならない。

一見すると蔵書の焼却は知の後退のようにみえるけれど、実際、今後数十年数百年存続していくための知的チャレンジであるように思う。

じゃあ、どうすればよかったのか?

高知県立大学の今回の措置で責められるべきは、焼却の前に頒布の機会を持つべきだったということ。

新聞記事にもあるが、大学図書館の蔵書を処分する際にはいくつか頒布方法がある。

私の大学では、書庫の大改修の際に本が放出された。エクセルの表になっていて、希望者は随時図書館を訪れ、本を受取る。

本には図書館所蔵印のうえから廃棄の印が押される。

また、しれっと近くの古くからある古書店図書館のラベルが付いた本が並ぶことがあった。

事務処理的には、入札して適正に古書店販売したのだろうと思う。

表を作ったりなんなりと事務作業量は増えるけれども、このあたりは本の処分の前に出来ることだったのではないかと思う。というかほかの大学ではやっている。

ただし、これはこれで問題になることがある。どうしても、一点モノに近い貴重書が混ざるのだ。

先輩から聞くところには、農学部放出した書籍の中に著名な植物学者の記名のある本が含まれいたことがあると言う。

そういう「瑕疵」みたいなのを露見しないためには燃やしちゃえ! となるのかもしれない。いずれにせよダメだが。

高知新聞の書き方

高知新聞の書き方は、いらずらに問題を騒ぎ立て過ぎな印象を受ける。

貴重な書籍が失われた、というところに力点ありすぎる。述べてきたとおり、刊行物は貴重かというとそうでもない。失われた、といっても代替はいくらでもある。

頒布の機会もなく燃やしたこと図書館の蔵書管理キャパティに関する話題と絡めて語るのであったならばどれだけ良かったか

本が燃やされた! 残念! という感情に訴えるところに力点があり、この辺りに記者の見識・力量の限界が見える。

まとめ

刊行物はそれほど貴重ではないよ

使用頻度を考えた方がいいよ

未来に向けて蔵書を整理するのは仕方の無いことだが頒布の機会を持つべきだったよ

高知新聞記者はその辺りに鈍いんじゃないかと思うよ

2018-02-04

から煙草を取ったら何が残る

垂れ目が残る

取ったら何が残る思考が残る

残るって何だ

尻尾

徐々に煙草をやめる

形容詞用法の徐々にへ

力点を置くとすると

徐々にって何だってことを考えながら

煙草を吸えば良い訳だ

それから15分後

煙草を吸う暇があったら空気吸えよ思考誕生煙草グラデュエーションは室内環境の変化を蒙り

2018-01-09

掃除機が壊れて丸3年経った。

買い換えようと家電店に行ったが掃除機どれも高い。ネット民が好きなマキタ充電池とかゴミ袋とか考えるとなんか面倒…と手ぶらで帰ってきたのが3年前。

家の床は全部フローリングだし、仕事やらで日中は家にいない大人しかいてないし、ペットも飼っていないし鉢植えがいくつかあるぐらい

そもそも大して広くもない家、それほど掃除が大変なわけじゃないか…、とマイクロファイバーのモップを買い、もともとあった使い捨てモップと併用することにした。

平日は目についた埃や髪の毛をささっと取る程度の雑なそうじ、休日マイクロファイバーのモップで水拭き、というサイクルを3年やってみて

年末大掃除がどんどん楽になっていることに気付いた。

水拭きすごい気持ちが良い。週に1度(2週に1度のこともたびたびある)水拭きするから大掃除力点をおく必要がなくなっている。

水拭きするついででサッシの桟の拭き掃除もできるし隅っこのほこりもきれいになる。

使い捨てモップの水拭き?用のシートは香料がいまいち苦手で馴染めなかった。水拭きで全然いい。

うちはリビングが南東向きで風通しも良いので、水拭きが乾きやすいというのも大きいかもしれない。あとフローリングの素材にもよるか。

問題梅雨時~夏。雨の続く時期には水拭きはあまり気持ちよくない。6月あたりは「やっぱ掃除機のが楽~~」と思う。

あとクローゼットの下のところとか掃除している時は掃除機の方が圧倒的に楽。あれは吸い取るのが一番楽だなぁやっぱり。

その対価を払う価値があるほど素晴らしい掃除機があれば買いたいと思うが、今のところはそれが出てこない。うーん。掃除機、高すぎないかなほんと。

2017-11-26

ぬいぐるみからペニス生えてきた

って、確かに言い得て妙ではあるけど、勘違いされやす表現なのよね。

力点があるのは「生えてきた」で、「ぬいぐるみからペニス」じゃないから。

大好きなぬいぐるみ欲望してきたら、ある意味ベストぬいぐるみぬいぐるみのままペニスあったらそれはまた嬉しい。

でも「生えてきた」瞬間にそいつぬいぐるみじゃなくなってる。本来ぬいぐるみは女が求めるペニスしか持てない。

ぬいぐるみ比喩がよくないなら「着ぐるみ」。

だって着ぐるみ」着てる。それずっと着てようとしてるときに、男は脱ぎはじめるでしょ。ペニス生やし始めるでしょ。それ単にコミュニケーション放棄して一方的欲望押し付け始めてるだけだから

ファンタジーレイヤーが違うという側面はあるけど、そんなにヤリたいならその違いを交渉すりゃいいじゃん。

「女がそのレイヤーを超えるべきだ」みたいなこと思ってるだけじゃなくて、お前も超えてこいよと。互いのファンタジー最後まですり合わせろやと。

まあ、どうでもいいけど。

2017-09-10

anond:20170904204228

似たような事情自傷痕持ち。

暑いときついよね。

参考になるか分からないが。

自分彼氏がおり、先方の両親への挨拶も済ませ、たぶんそのうち結婚する。

そして今後も普段と同じように振る舞うというか、適宜長袖は装着していくつもりでいる。彼のご両親の前でも、ママ友にも見せないようにするかな。

誤解や偏見肯定する訳じゃないんだが、そういうものから身を守るというか、単純に、スムーズ生活したいから。あと自分自傷痕で子ども不利益がくる事態は何としても避けようと思っていて。

子どもができたら、子どもから傷を隠すのは難しそうだし、その対応は頭をひねらないととは思う。まあ1歳とか2歳だったら「熊と戦ってきた」「〇〇レンジャー遅刻して間に合わなかったから私はひとりで熊と戦うほかなかった。お前は遅刻する大人になるなよ」(大人の秘技でさりげなく話の力点をずらす)みたいな感じででかわせるんじゃないかと思うし、だから、どう説明するか考える時間猶予はあるよね。その間に子ども性格も観察して、最適解を考えて...

個人的意見だけど、今現在結婚子育てが考えられる心身・社会的状態(経済的なこととか)なら、家庭を築く夢を自分から諦めなくていいんじゃないかと思う。理解してくれる人は存在するし、そういうパートナーリスクヘッジしながら生活して、問題が出たらその時考えるようにして。

難しいけど、「リスカする人間人間としてだめだ」とか、否定的価値観を内在化しないことが大事な気がする。

人の目が気になるなら、一年ほとんどが長袖がデフォみたいな所で暮らす選択肢もあるしな。

長文ごめんな。

2017-05-24

日本人の脳が英語リスニングするために必要なこと

前回ここでリスニング学習法を書いたところ思いのほか反響を得ることが出来た。

http://anond.hatelabo.jp/20170522214348

今回は実際のところどうやってリスニングしているかをまとめてみようと思う。

人はどうやって音を聞いて言葉として理解しているのか

リスニング無意識下で行われる実に精妙なプロセスで、自分でもどうやっているのか正確にはわからないが、注意して観察すれば大まかなところは分かってくる。

まず単語について。日本語は「交渉、高尚、考証、公傷、公称」のように同音異義語が多い言語だ。「こうしょう」は広辞苑で50の見出し語を持っているという。対して英語単語意味時代とともに付け加わり多義的になっている。Random HouseTakeを引くと126の意味登録されている。

どちらにしても、音を聞いただけでは単語意味特定することは出来ず、文脈から単語とその意味を導く必要がある。

文脈が分かっているということは、あらかじめ相手のいいたいことが予想できているということだ。現在トピック、話の向かっている方向、相手のいいたい結論がわかっていれば、リスニングは格段に楽になるが、我々学習者はそれを簡単に見失ってしまい、リスニングは著しく困難になる。

相手の表情や身振り、口調などは文化的な差が大きいが、これに慣れることで相手の話したい内容が事前に予想できるようになり、リスニング力が上がる。

文の予測

文脈を踏まえ、相手の言いたいことを察知した上で、相手の話の最初の数語を聞く。そこで出てきた単語文法構造を元にして、その後に続く文を人の脳は予測することができる。

正確に言えば、英語学習した脳において、文の最初の数語、動詞が出て来るまでを聞けば、その後の展開として考えられるさまざまな可能性は、あらかじめ学習によって脳の回路に刻みこまれているので、その回路が後に続く文を効率的解釈してくれる。

我々は学習によって脳の回路を育て、「始めがこうなら、文の続きはこうなる」という様々なパターンを繰り返し刷り込んで、文を解釈するために必要な脳の回路を作り上げている。そのおかげで、音を聞いてリアルタイムに文として解釈することが可能な脳が構成できている。

まり適切な用語ではないが、これを便宜的に脳による予測と考える。あらかじめいろいろな展開に備えた準備を入念にしているので、「その展開は俺の予測範囲内だぜ!」といった返しが、どんな文の展開が来ても出来るような状態にあるということだ。

予測の中に正解がなかったら、リスニングは失敗する。文のパターンを大量に仕入れて、最初の数語を聞いただけで引き出せるようにしておくことが必要だ。

相手の話が進むにつれて、予測された文の解釈候補が次々と脱落していき、相手の話す一文の終わりにはその解釈も一つに定まる事が多い。

詩的な文では、それが何を意味しているのか一つに絞りきれないことがある。そういった場合複数解釈が渾然一体となって聞き手脳内に残り、深い味わいを残すことになる。

英語を先頭から順に一語ずつ解釈していくプロセス

日本語英語では思考の順序がまるで違うので、英語最初から順番に解釈していくのは多大な困難を伴う。しかしそれが出来ない限りリスニング不可能だ。このときに頭のなかで何が起きているのかできるだけ詳細に追ってみようと思う。

最初の一語の前

英語単語ごとに区切りがなく、滑らかにつながって発音される言語で、それが日本人による聞き取りを著しく困難にしている。

ただ、最初の一語に関しては前に繋げるものがないので、ネイティブにとって少し無理をしたような発音になり、変な音が漏れることがある。これを単語と誤解しないようにしなければならない。

また、変な音の発生を避けるために一瞬「ウェ」という音が入ることがあり、これは喋ることを考えている時に文頭に出てくる単語"Well"とされ、日本語で言うと「ええっと」とか「まあ」にあたる。しかし実際は最初の一語をスムーズ発声するための準備運動という意味合いが強い。

主語

最初主語としてのHeとかIとかTheyとかWeのような、非常に出現率の高い単語が出てきやすい傾向がある。

日本語では主語の省略が頻繁に起こるが、英語では発音の省略が起こる。日本語では言わなくても分かることは言わずに省略するが、英語では言わなくても分かりそうなことは発音がいい加減になる。

文頭のTheyやWeなどは一瞬th音やw音が聞こえるだけということも珍しくない。一般的に、出現率が高い単語ほど発音がいい加減になる。

文頭が聞き取れないとその後も何を言ってるのか分からなくなってしまいがちだ。最初の語が聞き取れなかった場合主語重要でなかったのだと考え、とりあえず先に進んでみるのが重要である

英語字幕と話していることが違う場合

ちなみに英語でもIt isは省略されて全く発音されないことがある。しか英語字幕の中では、ないと不自然なため補われていることがあり、学習からすると「字幕と言ってることが違うぞ!」という困った事態になる。

英語字幕では話し言葉としては自然だが文法的に間違った表現が直されていることがよくあるため、注意しなくてならない。

助動詞動詞

主語の次は動詞か、あるいは助動詞がくる可能性が高い。その中でも、一般動詞ははっきり発音されるので聞き取れるはずだ。

助動詞、あるいはbe動詞は非常に出現率が高いため、ほとんど発音されないことがよくある。

w音が来た場合willかwouldであるほとんど聞き取れない一瞬の休符を感じたらそこにはcanが入っている可能性が高い。r音を感じたらYou're, They're, We'reの'reの部分だ。

そういった出現率の高い音を覚えて一瞬の音を聞きのがさないことが重要だ。

助動詞の後には動詞がくる。その後に来る文のパターンはそれぞれの動詞によって変わってくる。

動詞ごとの文の形

動詞はその次に目的語をとるもの補語として形容詞も取れるものgo toのように前置詞を置かないと目的語が取れないもの目的語が二つ取れるもの二つ目目的語の前に前置詞が必要もの二つ目目的語位置動詞の原形が入るものing形が入るもの、to+動詞が入るものなど、様々なものがある。一つの動詞に様々な使い方があり、句動詞と言って動詞の後に続く前置詞や副詞コンビネーションにより意味が大きく変わるものも多い。リスニング成功させるためには、動詞ごとの文の展開の全パターンを把握し、脳に刷り込んでおく必要がある。

ちなみに、前置詞の後にくる目的語は、動詞目的語と考えず前置詞の目的語と考えるのが正しい文法用語のはずだが、私は区別していない。正しい文法用語思考している人には不便だろうが、ご容赦願いたい。

目的語、前置詞

目的語の中には自分の言いたいポイントになる目的語と、そうでないどうでもいい目的語があり、どうでもいいものは弱く、ポイントになるものは強く発音される。

目的語を二つとれる動詞giveで説明すると、「I gave him a ○○」私は彼に○○をあげた、という場合は、何をあげたかに話の力点があり、彼にあげたというのは話の流れから明らかな場合が多い。

このhimのように、「出現率の高い単語発音はいい加減になる」というルールに当てはまり、話の力点も乗っていない単語は、音が省略され聞き取りは非常に困難になる。例を挙げると、himは「イム」、herは一瞬「ァ」themは「エム」itは一瞬「ィ」といった発音になる。

前置詞も非常に出現率が高く、話の力点が乗ることもあまりないので発音が省略されやすい。ofは一瞬のv(ヴ)音、withは一瞬のth音といった感じになる。

thやvは日本語にはない音なので、聞き取るのが難しいが、注意して聞いていれば分かるようになってくる。正しい発音の仕方を覚えて、音読時に実践していると、さら聞き取りやすくなる。

から単語判断する仕組み

それでもやはり、日本人にとって、音から単語を正確に識別するのは難しい。それに英語にも同音異義語はある。

それが母国語であれ外国語であれ、単語は「音、文の形、文脈」の3つの要素から無意識下で総合的にリアルタイム判断される。

たとえばwantとwon'tの違いが音からからない、という事が私にもある。この二つはそもそも発音が異なるので、ネイティブなら区別は容易なはずだ。しか日本人にはなかなかそうは行かない。

助動詞本来弱く発音されるが、否定形のcan'tとかwon'tのようなもの否定であることを強調するために比較的強く発音されるため、普通動詞との判別が難しい。また、I want you to ~のように「君に~をして欲しい」の~の部分に力点が置かれる場合I want you toの辺りはゴニョゴニョと発音されて弱くなるので、won'tと区別がつかないといった事が起こる。

しかし、ウォントの後にtoやyouが来れば「さっきのはwantだった」動詞が来たら「さっきのはwon'tだった」と判断し、名詞にも動詞にもなる単語が来たら、文脈リズムから名詞動詞判断する、といったことで区別可能だ。このように、様々な情報無意識下で総合的に使うことでリスニングは成り立っている。

これは実は母国語でもそうで、日本人の話す日本語でも、発音曖昧だったり、失敗していることは結構ある。注意して聞いていると、聞く側が自然に補って意味を汲み取っていることが分かる。音から言葉が分からなくても、他で補って総合的に判断するというのは、人の脳が持っている能力だ。

日本語英語発音は大きく異なり、日本人には英語の音を判別するのは難しい。けれど周りの情報を使うことで弱点を補うことが出来る。

たとえば一瞬しか発音されない前置詞を日本人が聞き取るのは難しいが、動詞から現れる前置詞のパターン予測できていれば、一瞬の音でも聞き取りやすくなる。たとえ聞き取れなくても、予測した文の形に当てはめてみることで、文脈から前置詞を補い文を完成させる事もできる。

関係代名詞

英語動詞によって文の形のパターンが大体決まっていて、文の展開の予想を立てやすい。もちろん動詞副詞で修飾したり、toやed形,ing形などを介して名詞を修飾することで文章を飾ったりもするが、修飾部は文の屋台である主語動詞目的語とは発音リズムが変わるので区別できる事が多い。

それでも問題になってくるのは関係代名詞who、that、それと「関係代名詞の省略」のパターンである

関係代名詞who,thatは出現率が高く、発音が省略されるので聞き取れないことがよくある。一瞬のh音やth音を聞き逃さないことが大事だ。

関係代名詞の中は修飾部なので、文のメインとなる主語動詞目的語よりも一段弱い感じで発音することが多いが、区別は難しい。話の力点関係代名詞の中にある場合もあり、その場合は同等かより強く発音されることもある。

ちなみに英語において、弱く発音されるということはゴニョゴニョと、速く発音されるということであり、聞き取りにくくなる。英語重要度が低い部分は聞き取りにくく、速くなり、重要なことははっきりと、遅く発音することで、文の構造リズム表現する。

主語目的語のあとにいきなり主語動詞が出て来る、つまり主語主語動詞」や「目的語主語動詞」の形が出てきたら、関係代名詞が省略されているか、あるいは関係代名詞が聞き取れていない。

関係代名詞主語を修飾している場合は、その後でメインの動詞が来ることになるので、それを忘れないようにしなければならない。「主語 who 動詞」や「主語 that 動詞」で関係代名詞を聞き逃すと、ただの「主語動詞」と認識されるので、その後に動詞が出てくると激しく混乱することになる。

関係代名詞を聞き逃さなかったとしても、文の途中で他の文を処理して前の文と頭のなかでつなぎ合わせるのは難しい。そういう複雑な文の構造を使いたがる人は、さらにandで繋ぎたがる傾向があり、そうなるとお手上げということになってしまいがちだ。

一文が長くなってくるにつれて、何の話かわからなくなるのは誰にでもあることだ。それが外国語であれば避けては通れないように思う。

文全体の構造を見失ったとしても、今いる部分の意味を追い続けることが重要だ。文脈、話の向かう方向さえ追えていれば、その先の話を聞き取るのに不都合が生じる可能性は低い。混乱しても立ち止まらずに話を追い続ければ、言いたいことの要旨は分かる可能性が高い。

関係代名詞whatや関係副詞where, whenなども弱く発音されるので聞き逃しやすい。I know where you live(あなたの住所を知っている)と言った時にはwhereとyouが弱くなってウェユリヴ、what it is(それが何であるか)といった場合はwhatもitisも頻出語のため全部ごちゃっとなってワリリズといった感じになる。

英語において「場所、時」は文末にいきなり現れる。なのでwhere,whenはどんな文でもいきなり出てくる可能性がある。

さまざまな場面で、w音は聞き逃すと話を見失う原因になるため、注意して聞く必要がある。

フォーマティと省略

英語において音の省略はインフォーマルな、友達職場の同僚との会話の時などに起こりやすい。目上の人との会話や、フォーマルスピーチでは、いい加減な発音は起こりにくく、日常の何気ないところでは発音が崩れて、聞き取りの難度が格段に増す。

これも結局のところ、フォーマルな会話は重要なのではっきりゆっくりと喋り、プライベート重要な話ではないので発音がおろそかになって、ゴニョゴニョと早く喋っているということだろう。

私は英語があまりできない日本人が「日常会話ぐらいなら出来ます」といってるのをよく見かけるが、あれはおかし表現だと思う。日常会話を聞き取るのはかなり難しい。

フォーマルな場では、日常使われるような基本単語を用いた分かりやす表現は避けられ、婉曲で難解な言い回し知的な感じがして好まれる。これはこれでとても難しいのだが、インフォーマルな場では砕けた発音スラングが出てくるので、これもすごく難しい。そういった英語の癖を掴んで、そういうものとして受け入れてやっていくことが大切だ。

反復と反射

さて、いろいろ書いてきたが、実際のリスニングの場で意識してこれらのことを実践することはできない。リスニングにゆっくり考えている時間はなく、全て反射的に無意識に行えなければいけない。

英語理解を反射にまで高めるためには、音読や、集中して繰り返し聴くことを行い、反復して脳に刷り込んでいくことが必要になる。

頭の中で黙読している時でも、英文自分のモノになっておらず、反射にまで至っていない場合、スルッと頭に入らず、引っかかる感覚がある。それに出会ったら、繰り返し音読したり黙読したりして、スムーズに頭に入るようにする。その積み重ねによって刷り込みが行われ、文が反射的に理解できるようになり、リスニングや、返り読みなしのリーディングが出来るようになっていく。

終わりに

リスニングの上達は基本的無意識レベル刷り込みによるものだが、注意すべきポイント理屈の上で意識していれば、脳内の処理も効率化されやすく、上達も早くなるように思う。

また、これらのポイント意識できていれば、「何だこの発音は! 全く聞き取れないじゃないか! 納得いかない!」といった混乱をすることが少なくなり、学習スムーズに行くのではないかと考えている。

私の英語学習は混乱の連続だった。日本語英語がなぜこんなにも違うのか、私には今でも納得いかない部分がある。怒りと諦めがないまぜになったような感覚と、それでもいつか理解できるんじゃないかという希望が私を英語学習に駆り立てている。

それでも、納得できないうちは頭に入ってこないので、なんとか納得して折り合いをつけて、受け入れて学習をすすめなければならない。

字面と全く意味が違うイディオムを受け入れ、ゴニョゴニョした発音を受け入れ、増えていく単語意味勝手に作られていくスラングを受け入れ、知的すぎて難解な言い回しを受け入れ、優秀なキャリアウーマンが話す信じがたいほどの早口を受け入れなければならない。

英語をあるがままに受け入れて理解しなければならない。この駄文がその一助になれば幸いだ。

2017-05-21

ハンバーグの正しい作り方

うぬらはハンバーグの作り方がまったくわかっていないようだ。そこでハンバーグの作り方を教えてやろうと思って筆をとる。

そもそもハンバーグとしての利点は以下の2点だ。

 

1、いろいろ混ぜられる。

2、形が自在である

 

1についての利点は皆、心得ているようだ。

野菜を入れてたり、豆腐を入れたり、チーズを入れたり、、まぁ好きにするがよい。

今日言いたいのは2だ。形だ。とくに肉の厚さだ。

ここで認識を改めてほしい。さて、大前提だがハンバーグは肉である

形が自在であるということは、厚みが自在であるということであるのだ。

まり、厚い肉を手頃に手に入れる事ができるということだ!そう、厚い肉はうまいのだ。

なぜうまいか。柔らかい肉を作れる温度にしやすいのだ。

柔らかい肉にしやすいかうまい、ということには、素人が焼いたんじゃうまくないということも言い含む。

作り方を伝授しながら説明しよう。美味しいハンバーグの作り方(焼き方)は以下だ。

 

1冷えたひき肉なら常温まで温めましょう。

 ここは最重要です。アホなやつは冷凍していたハンバーグ

そのまま投入したがりますが。ほんと、帰った方がいいです。

 

2たくさん揉むことで、(手の暖かさで)温めるのです。

 これ、多くのレシピで書かれている、こねることの最大の利点はなんと温めることなのです。

 なぜか。事前に温まってると、中心温度と表面温度とのギャップが小さくなる。

 すると、美味しい焦げ目のついた生焼けでないハンバーグが作りやすくなる。

(こねてる本人は気づいていないかもしれない)

 

フライパンの上で、形を均等に整えましょう。

 えーと、まだフライパンに火をつける、必要はないです。

 フライパンの上で、形を正しく整形しましょう。ぬるいと、ゆるいんで、フライパンの上で。

 ここで最も重要なのは、形を均一にすること。一緒に焼くハンバーグは、すべて同じ大きさ、同じ厚さを心掛けてください。

 あとあれ、真ん中へこませるとか。 

 

4いよいよ焼きます

 いまフライパンにはハンバーグが乗ってますね?

 コンロの火力が弱いご家庭の方は、フライパンハンバーグ詰めすぎないようにね。

 では、火をつけてください。ここからは焼き加減をしっかりと見ていきますよ。

 火力は強火です。触らずに、じっくり待ちます

待ってる間にハンバーグについての欠点を2つ教えておきましょう。

一、肉としての筋感がない

二、生では食べられない

そうなんです。生では食べられないんです。たとえ牛肉でもだめなんです。レアは。

からなおさら焼き加減が重要になってくるんですよ。

 

5焼き加減を見て、ひっくり返し、フタをする。

 どこで焼けたと判断するか、ここをしっかり覚えて帰ってください。

 ハンバーグの側面の色がすこし変わってきてますね?真ん中過ぎぐらいまで色が変わってるでしょうか?

 フライパンの面と接してる部分に焦げはあるでしょうか?

 焦げてたら、返しどきです!!さあ、かえしたら蓋をしてください!!

 

6蓋をしたら、水を少量投入し、スチームする。

 これ、蒸すというと何を勘違いされそうですが、目的は、蒸気で焼くのです。

 水蒸気は、100度を超えた水です。フライパンの中の温度を一気に高めるのが目的です。

 肉の厚さによりますが、変なニキビ潰したような汁が上から吹いてたら出来上がってます

 ひっくり返した後はすぐなので、よく注意してスチームコンベクションフライパンの中を見てくださいね

 

以上、どうだったろうか、9割を肉(ハンバーグ)の焼き方に力点を置いて説明した。

そのくらい焼き方(温度管理)が重要ということだ。

ジューシーにするためには卵の量がどうの、牛乳がどうの野菜がどうのこうの、と言いたがるが、

多分君が求めてるハンバーグの作り方の正解はそこにはない。

君が求めてるハンバーグの作り方の正解はこれだ。この焼き方だ。

十分参考にして、今夜は美味しいハンバーグを作ってインスタにでもアップするがよろしい。それではご機嫌よう。

2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170519182941

うそう。嫁の目の前で風当てたりなんだりするのは「すぐ食べたい」と「不機嫌になる」というふたつの理由ダメらしいのだ。

まり炊きたてのメシを冷ますという選択肢がなくなる。

とすると炊きあがり時間を前倒すように嫁の合意を取り付けるか、あらかじめ冷ましてあるメシを食うという二択になると思うんだよね。

嫁が「不機嫌になる」のは「嫁の目の前で風当てたりなんだりする」のを当てつけと解釈するからだろう。

であれば、あらかじめ飯を冷ましておくという選択肢も当てつけと解釈されるのでその選択肢はなくなる。

ところが増田は「こんな単純な頼みひとつをなぜ嫁は実行できないのか!」という部分にすごく主張の力点を置いてて、冷めたメシを食うのがゴールなのか、嫁をいっしょに罵倒してほしいのかが今ひとつ判然としない。故意にぼかしてるんだろうけどね。全レスみたいなことしてるわりに建設的な発言はことごとくスルーしてるから

実際「単純な頼みひとつ」であって、対応しない理由理解できないから、イライラして罵倒のようになっているだけだろう。あと増田だっていうノリで調子乗ってる感。

建設的な発言(のように見えるもの)は基本的に既に実施たか状況的に効果がないかのいずれかでは。

追記も一通り目を通したが、完全スルーしてるのはあまりないような。現実的で試してないのは LINE で事前に、くらい。多分無駄だけどそれ。

http://anond.hatelabo.jp/20170519133108

うそう。嫁の目の前で風当てたりなんだりするのは「すぐ食べたい」と「不機嫌になる」というふたつの理由ダメらしいのだ。

まり炊きたてのメシを冷ますという選択肢がなくなる。

とすると炊きあがり時間を前倒すように嫁の合意を取り付けるか、あらかじめ冷ましてあるメシを食うという二択になると思うんだよね。

ところが増田は「こんな単純な頼みひとつをなぜ嫁は実行できないのか!」という部分にすごく主張の力点を置いてて、冷めたメシを食うのがゴールなのか、嫁をいっしょに罵倒してほしいのかが今ひとつ判然としない。故意にぼかしてるんだろうけどね。全レスみたいなことしてるわりに建設的な発言はことごとくスルーしてるから

2016-10-30

PPAPを見るたび思い出す。

支点力点作用点!!(動画見てみたらそんなに似てなかった)

2016-06-01

IDコール

気づくのに、だいぶ間があいしまったので、これから

返信するのもどうかと思ったけれど、簡単おこた

しておきます

1.

id:oxymore “本当であれば”とか言いながら記事の内容に乗って言いたい放題政権disに繋げてる人は気持ち悪くないんですか?とても冷静とは言い難く、弁護士としての資質を疑います


そもそもそれを、どうしてわたしにおっしゃるのか。

わたしコメント力点は、なによりど素人が、さも

わかったふうに精神疾患であるかのように決めつける、

偏見しかないもの複数アカウントが持ち出して

いる陰湿な感じにたいして、何とも不快であると表明

しているところにあります

焦点の異なるコメントにたいする批判(?)としては、

いささか筋違いなのではないか愚考する次第です。

しかしCapricornusさんのいわれる「冷静」であるということ、

これはこれで大事だとおもう。正々堂々、「冷静」に議論すれば

いいと、わたしもそう思います精神障害だと決めつけている

ような人たちは、はたして「冷静」か、否か。あるいは、何かを

主張するさいに、その人の職業資質(?)や属性論点

ずらすようなやり方は、「冷静」で「説得力」をもつのか。

あなた論法は、このような方たちには適用されないのでしょうか。

弁護士」として発言してはいない人たちにはあてはまらない?

政権批判あなたの言い方なら「言いたい放題政権dis」)する

不届き者をやりこめるなら、少々の乱暴は許される?

しょせん、ネット便所の落書きの延長、実名だすならともかく、

本名なのらなければ何を書いてもいい? さて。

2.

Capricornusさん最初コメントにこう書かれていました。

事実に反するばかりと言う怪しい記事持ち上げてるこのブログを持って、保守速報を持ち出す安倍氏批判してる人たちには説得力と言うものを学んでほしい。事実はどうあれこんなペラ一信じ込む弁護士って不安じゃない?



この「事実に反するばかりと言う怪しい記事」というのは、

これ、誰がそう言っているのでしょうか? 伊藤弁護士

ブコメのどれか? それともCapricornusさん

伊藤弁護士記事中にはそのようなくだりは見つけることは

できませんでした。たしかに、彼女流出メモの内容に

ついては手短ながら例をあげつつ「的外れであると指摘

していますしかし、記事自体についてはそう言ってはいません

(もちろん、記事はすべて事実だ、とも書かれてはいない)。

FACTA記事言及したブックマークコメントも、眉唾だと

評しているものはおおいが「事実に反するばかりと言う怪しい

記事」といっている人が大勢、というわけではないようです。

池田信夫氏でさえ、「しょせんFACTAから真偽のほどは定か

ではないが」と書いていましたが、ひとまず真偽不明、とする

のが、「冷静」な読み方かと。

たとえメモの内容が、伊藤氏の現実の「事実に反」していた

として、そういったでたらめな文書が流布されている、など

いくらでも現実的にありうる事態を考えうるし、とうぜん、

それをもってFACTA記事を「事実に反するばかり」とは

論理的にいえません。

誤読詭弁、あるいは書き間違いでなければ、「事実に反する

ばかりと言う怪しい記事」と主張できる根拠わたしがよみ

おとしてしまっていることになります。面目ない、ぜひご教示

いただければさいわいです。

3.


しかに、伊藤氏の書きぶりにも脇が甘いところがある。

あなたの「記事の内容に乗って言いたい放題政権dis」という、

批判」と「誹謗中傷」を混同する言い回しには、わたし違和感

をもちましたが(かりにも自由民主主義を標榜する権力が、人々を

監視するならば、原則的には、それは二枚舌だと、批判されても

しかたがないでしょう)、伊藤氏の文中、とくに

って、およそ大人国家対応じゃない。子どもみたいな対応です。

恥ずかしいです。それこそネトウヨレベル。呆れてものが言えません。



のくだりの前後など、頻出する「ネトウヨ」、また「子どもみたい」、

「恥ずかしい」「呆れてもの」も言えない、などなど、読むものに、

ある方向での感情を抱かせがちな、いわゆる充填語がおおく、論点

取的な筆の運びになってしまっていると批判されてもおかしくない。

ただ、この文章活動家アジテーション権力監視行為一般

たいする牽制政治的声明NPONGO代表として権力による

監視行為への基本的姿勢を述べたものでもあるでしょう。

そのような性質文章ならなおさら言い回し・語彙の選択、どこまで

いえて、どこからは慎まなければならないのか、などなど、いくらでも

書くさいに考慮すべきことはあろうし、批判する方も仔細に吟味すれば

よい。伊藤氏の文章も、私のこの文章だっていくらでも批判される点

はあるでしょう。

ともあれ、弁護士ともあろうもの、「冷静」たれ、と批判しているひとが

いたとして、とうぜん、まわりはその批判者も「冷静」であるかどうかは

いやおうなしに見えてしまうし、「公正、フェア」であるかもはかられる

でしょう。そのような「冷静」な批判には、具体的な事実文言など、

根拠論理がそうおうに求められると思うが、いかが?

5.

などとつらつら書いているうちに、続報きましたね。

(続) 安倍政権が監視しているとの報道・FACTA編集部に話をきいてきました。

さて、「事実に反するばかりと言う」「怪しいペラ一信じ込」んで、

「言いたい放題政権dis」るようなとうてい「弁護士として」ふさわしからぬ人物が、

裏取りのような真似は間違ってもするはずがないので、いったいどんな

妄想を書きつけているか、楽しみにあとで読んでみようと思います

2016-05-23

『レヴェナント』のテーマ考察

『レヴェナント』を観た。

監督の前作『バードマン』に比べて難解で、現段階ではテーマがさっぱり分からないのだが、主に海外サイト議論を参考に、テーマ考察をまとめておくことにした(これを踏まえてオーディオコメンタリーインタビューが出るのを待つことにする)。

そこで以下、結論難解な理由、様々な視点から問題提起、現段階で考えられるテーマ妄想)の順に書いていくことにする。

1. 結論(先出し、めんどくさい人はここだけ読めばOK)

考えながら書いたので、思ったより文章が長くなってしまった。結論を先に書いておく。

(1) 『レヴェナント』はどういう物語

『レヴェナント』をそのテーマに基づいて要約すると次のようになる。

主人公グラスは、その人生の全てであった息子ホークを殺されたことで、生きる意味を見失い、死亡する。 しかし、息子を愛する気持ちにより、死と再生を繰り返し、野生動物に生まれ変わってまで生き残り、宿敵フィッツジェラルドのもとにたどり着く。

最後の戦いではフィッツジェラルド瀕死の重傷を負わせた末、神の代行者リーによる神罰を引き寄せ、息子の敵を討つ。 息子を失い、復讐という目的も失ったグラスの精神崩壊し、(ブチャラティ的な意味で生き延びていた)肉体もついに死を遂げる。

(2) 『レヴェナント』のテーマは何か

本作のテーマは、親が子を愛する気持ちいかに強く、大きいものか、ということである

2. 難解な理由

(1) 単純なテーマに落とし込みづらい

『レヴェナント』のストーリーを単純に言えば、「復讐心に捕らわれた男が、大自然の中で死闘を繰り広げるが、最終的に復讐をやめる話」である(図式的に表現すれば、『大いなる勇者』+『デルス・ウザーラである)。

このストーリーを見たとき、すぐ連想するテーマは、①復讐のむなしさであったり、②大自然と対比された文明批判である

しかし、①復讐のむなしさがテーマだと言い張ることには疑問が多い。というのも、(後述するように)復讐をやめた後の主人公の表情は発狂寸前のそれである復讐を完遂して破滅するか、中止して救われるかの方がテーマとしては明確なはずである)し、監督自身インタビュー復讐物語を描くこと自体には興味がないと答えているからだ。

さらに、②文明批判テーマだと言うのも苦しい。というのも、この映画には文明に対する疑問が提示されることがないからだ(『デルス・ウザーラ』のデルス、『大いなる勇者』のジョンソンのように、文明対立する人物が出てこない)。

ということで、『レヴェナント』は単純なテーマ理解することが困難である

(2) 解釈に影響を与えそうな要素が満載

『レヴェナント』は昔の映画からたくさん引用をしている上、宗教的意味ありげな要素がたくさん散りばめられている。さら監督過去作品との整合性まで考慮に入れるとすると、どの要素にどの程度力点を置いて物語解釈すれば良いのか分からないという問題があり、これがテーマ理解の妨げとなっている。

(3) 特にタルコフスキー引用が難解

(2)と関連するが、『レヴェナント』ではタルコフスキーの諸作品(『僕の村は戦場だった』、『鏡』、『ノスタルジア』、『アンドレイ・ルブリョフ』)から引用が多数なされている(これを分かりやすくまとめた動画がある:https://vimeo.com/153979733)。

しかタルコフスキー作品と言えば、それ自体が難解映画の筆頭である。そこから引用となると、どういう意図なのか(タルコフスキー意図をそのまま継いでいるのか、ただタルコフスキー表現が気に入ってやりたかっただけなのか)が皆目検討がつかないのだ。

3. 様々な視点から問題提起

そういうわけで、『レヴェナント』は難解な映画なのだが、海外ファンサイトでいくつか有力な問題提起がなされていたこから、これをいくつかまとめておく。

(1) [視点Ⅰ] イニャリトゥ監督過去作品から見る

ア. うまくいかない親子の関係

まず、イニャリトゥ監督過去作品では、「うまくいかない親子の関係」が描かれることが多い。

監督の前作『バードマン』では、監督そっくりの父親が、娘に全く愛されず尊敬もされていないことに気が付き、悩む様が描かれる。また、デビュー作『アモーレス・ペロス』では、マルクスそっくりの元反政府活動家が、活動のために家族を捨てたことで愛する娘と会えず、悲しむ様が描かれている。

これらの作品に比べ、『レヴェナント』は異質である。というのも、主人公グラス(ディカプリオ)と息子ホークの関係は互いに愛し合っているからだ。

この点をどう評価するのかがまず1つの問題である問題点α)。

イ. 死と再生

前作『バードマン』で、主人公は、演技に悩んだ末、舞台拳銃自殺をする場面で、拳銃実弾を込めて自分のこめかみに発射する。その死を賭した演技が絶大な評価を受け、主人公は自らの弱さの象徴であるバードマンを打ち倒すことに成功する。

こうした死と再生イメージは、映画でよく用いられるモチーフである(『鏡』、『8 1/2』など)が、『レヴェナント』ではこれが3回(数え方によっては2回とも4回とも)も行われる。

① 熊に襲われ瀕死となり、フィッツジェラルドに埋葬されるが、立ち上がる。② インディアンに追われ、川に流されるが、生還する。③ 崖から落下したのち、馬の中に隠れ、回復する。

ではそれぞれ、何に生まれ変わったのだろうか。前作『バードマン』で主人公は、拳銃自殺ギリギリのことをすることで、弱さ(バードマン)を克服した強い人間に生まれ変わった。では本作ではどうか。

これについて、海外サイト面白い考察があった。グラスは死と再生を繰り返すたびに、野生動物に生まれ変わっているというのである

(ア) 熊

まず最初にグラスは熊に生まれ変わっている。その表れとして、グラスは熊の毛皮を着て、首に熊の爪のネックレスをしている。さらに川で魚を手づかみにし(木彫りの熊)、それを生のまま食べている。

(イ) 狼

次にグラスは狼に生まれ変わっている。その表れとして、インディアンバッファローの肉をもらう際、四つんばいになって人間にへつらっている。そしてインディアンが肉を投げると、これを貪るように食っている。

(ウ) 馬

さらに、グラスは馬に生まれ変わっている。これは冷たい夜を生き抜くために、馬の死体の中に隠れ、後に這い出ていることから明らかである

(エ) 謎の肉食獣

最後の戦いにおいて、グラスは牙と爪で戦う肉食獣に生まれ変わっている。これは、銃を放棄し、斧(牙)とナイフ(爪)で戦っていることに表れている。

上記の見方はそれ自体面白い見方だと思うが、これによって何が言いたいのか、というのはまた1つの問題である問題点β)。

なお、グラスが当初の瀕死状態から山を走るところまで回復するのは、死と再生を何度も繰り返すからだという見方があった。

(2) [視点Ⅱ] タルコフスキー引用から見る

先に貼った動画https://vimeo.com/153979733から明らかなように、『レヴェナント』ではタルコフスキー作品から引用が非常に多い。

そのうちよく解釈に影響を与えそうなものとして挙げられるのは、「宙に浮く女性」、「ラストシーンでグラスがこちら(観客側)を凝視する表情」、「鳥」、「朽ち果て教会」、「隕石である

このうちここで取り上げたいのは、「ラストシーンでグラスがこちら(観客側)を凝視する表情」である。他の引用解説が面倒くさすぎるので各自ぐぐってほしい。

この表情の元ネタは、『僕の村は戦場だったである。この映画主人公イワンくんは、ソ連少年兵であるが、母と妹をナチスによって殺害されている。問題の表情は、そんなイワンくんがナチス相手戦闘を仕掛けるシミュレーションを1人でしていたときのものである

まり、この表情は、純粋で愛に満ち足りていた少年の心が、ナチスへの復讐心で歪み、壊れかかるときのものである

これをそのまま『レヴェナント』のグラスに類推するならば、グラスの心は最後の戦いの後、壊れかけていたことになる。

しかし、『僕の村は戦場だった』と違い、『レヴェナント』では復讐を止めた後にこの表情をしている。そのため、イワンくんの内心をそのままグラスに類推していいものか、グラスは最後にどういう心境だったのか、という問題が生じる(問題点γ)。

(3) [視点Ⅲ(おまけ)] 監督目標から見る

イニャリトゥ監督インタビューで、目指している映画として以下の5本を挙げている。

黒澤明デルス・ウザーラ』② コッポラ地獄の黙示録』③ タルコフスキーアンドレイ・ルブリョフ』④ ヘルツォークフィッツカラルド』⑤ ヘルツォークアギーレ/神の怒り』

共通点は、いずれも撮影に困難が伴った映画であるということである

①『デルス・ウザーラ』では秋の風景を撮るはずが雪が降ってしまったためソ連軍を動員して人口葉を木に付けた、②『地獄の黙示録』では台風でセットが全て崩壊した、③『アンドレイ・ルブリョフ』ではソ連当局検閲が通らず製作から公開までに10年以上の歳月を要した、④『フィッツカラルド』では実際に巨大蒸気船を滑車を使って山越えさせた、⑤『アギーレ/神の怒り』では撮影過酷から引き上げようとした俳優を銃で脅した、などなどの多数のエピソードがある。

そうすると、「テーマとかどうでもよくて、むちゃくちゃつらい撮影がしたかっただけなんじゃ・・・」という疑念が湧いてくるのである問題点δ)。

(4) [視点Ⅳ] 「復讐神の手にある」の意味から見る

これはグラスが途中で出会った一匹狼のインディアン言葉だが、意味は正直言ってよく分からない。

ただ、ラストシーンでグラスが復讐を委ねた相手インディアンリー誘拐されたポワカの父親である。このことから海外サイトの中には「リー神の手、すなわち、神の復讐の代行者である」との解釈が多く見られた。

(5) [視点Ⅴ] グラスの生きる意味から見る

イニャリトゥ監督作品テーマはいずれも生きる意味にまつわるものであるが、この点に関してグラスが2つの重要言葉を残している。

All I had was my boy... but he took him from me.“

「私にとって息子は全てだった。しかフィッツジェラルドは私から息子を奪った。」

“I ain't afraid to die anymore. I've done it already.”

「私はもう死ぬことを怖れていない。私は既に死んでいる。」

息子が全てだったという台詞は、グラスの生きる意味が息子にあったことを示している。そしてこれは、デビューから親子の関係を描き続けてきた監督自身言葉でもあるだろう。

息子がフィッツジェラルドによって殺害されたことで、グラスは生きる意味を失う。代わりに「復讐」という意味見出したかのようにも見えるが、それによって再生した姿は上述したように、野生動物の姿である

このことからすると、私は既に死んでいるという台詞は、「生きる意味を失ったことで、人としては既に死んだ」ということを意味するのではないだろうか。

(6) [視点Ⅵ] グラスは死んだのか論争から見る

海外サイト掲示板などで最も熱く議論されている論点は、グラスは死んだのか?という点である

これが問題となる理由は、①復讐モノの物語復讐者の死で終わる場合が多いということと、②戦いに勝利したとはいえグラスも致命傷を負っていること、③スタッフロールが始まってもグラスの吐息が聞こえること、といった事情があるからである

さら映画外の理由であるが、④前作『バードマン』においても主人公最後に死んだのか死んでいないのかで論争があったこともこの議論に影響を与えている。

死んだ説に立つ人は①②の事情を挙げ、死んでないよ説に立つ人は③④の事情を挙げている状況にある。

しかし、これもテーマとの関係で考える必要がある(問題点ε)。

4. 現段階で考えられるテーマ妄想

これらを踏まえて、現時点で筆者なりに『レヴェナント』のテーマについて考察してみたいと思う。

(1) 問題点α:監督過去作と違い、『レヴェナント』では親子(グラスとホーク)が愛し合っている。これにより、監督連続して掲げてきた「親子」というテーマ消失・変容したか

結論

① 『レヴェナント』においても主要テーマは「親子」である

「親子」というテーマは『レヴェナント』においても依然として維持されている。

その根拠は、(a)グラスの息子ホークというキャラクター史実存在していないのにわざわざ登場させたこと、(b)監督インタビューに対して、息子を登場させたのは親子関係を題材にすることで物語がより複雑で充実したものになると考えたからだと答えていること、(c)デビューから前作まで延々親子関係テーマにしてきた監督が、ここに来て生涯のテーマを捨てたとは考えにくいこと、である

② しかし、「親子」というテーマに対する切り口が、前作までとは違う。

前作までの切り口は、分かり合えない親子の問題をどう解決するか、というものであった。『レヴェナント』はそうではなく、子供を生きる意味としてきた親が、子を喪失したとき、どうなってしまうのか、という切り口で「親子」というテーマに迫っている。

その根拠は、(a)グラスが息子ホークが人生の全てであったと言及していること、(b)グラスが息子を失ったことで一度死んだと(解釈しうる)発言をしていること、である

(2) 問題点β:グラスは死と再生を繰り返す過程野生動物に生まれ変わっているが、これは何を表現しているのか。

結論:息子ホークを失ったことで、グラスが生きる意味喪失し、結果、人間としては死んだということを表現している。

その根拠は、(a)野生動物へと生まれ変わるタイミングが、息子ホークを失ったことをグラスが認識した時点からであること、(b)グラスが息子を失ったことで一度死んだと(解釈しうる)発言をしていること、である

(3) 問題点γ:ラストシーンでのグラスの表情の意味は何か。

結論:グラスの精神が壊れ(かかっ)ていることを意味している。

その根拠は、(a)元ネタである僕の村は戦場だった』のイワン少年がやはり精神が壊れかかったときにこの表情をしたということ、(b)息子ホークという生きる意味に加え、復讐という一応の生きる目的さえ失ったグラスには、これから生きる意味が何もないこと、である

(4) 問題点ε:グラスは死んだのか。

結論:グラスは死んでいる。

この問題は前作『バードマン』で同様の問題が争われたときと同様、作品テーマから考えなければならない。

前作『バードマン』で主人公の生死について争いになったとき、生きている説が有力となった理由は、作品テーマが「『中年危機』を迎え、娘ともうまくいっていない父親が、この先どう生きていけばいいのか」というものであったという点にある。つまり主人公が死んでしまうとこのテーマとの整合性が取れないのだ。

しかし『レヴェナント』では、主人公は既に自分は既に死んでいる旨を明言し、生きる意味を新たに獲得した様子も認められず、その心は壊れかけている。

ここから解釈が分かれるところだが、『レヴェナント』のテーマは「親が子をいかに愛しているか」という点にあるのではないか

グラスは本人が言うように、息子ホークの死亡を確認した時点で、死んでいた。それにもかかわらず死と再生を繰り返し、フィッツジェラルドのもとにたどり着いたのは息子を愛する精神の力(つまりジョジョ5部のブチャラティ的な意味で生きていただけ)によるものではなかったか

フィッツジェラルドを打ち倒し、インディアンリーによる神罰を引き寄せた時点で、彼の精神崩壊し、肉体的にも精神的にも死亡したのではないだろうか。

(5) 問題点δ(おまけ):監督は、むちゃくちゃつらい撮影がしたかっただけなんじゃないの?

結論:それはインタビュー見てるとそうかもしれない・・・。

5. 結論(再掲)

本作のテーマは、親が子を愛する気持ちいかに強く、大きいものか、ということである

2016-05-19

ズートピア』が描くグロテスクな"多様性"

 『ズートピア』はオーウェル小説動物農場』のディズニー流のアップデートである舞台こそ農場という本来動物がいるであろう場所から都市、街に移されて、動物たちの文明化もはるかに進んでいる。また、田舎と都会という多層的な背景を採用し、人間社会の複雑さがさらに反映され、戯画化されている。戯画化で思い出したが、古くから動物擬人化させて描かれた物語は数多くあり、日本でも代表的なのはその名の通り、『鳥獣戯画』であろう。その中でも『動物農場』がモチーフとされていると断定できるのは、こと権力の逆転が物語の節目として描かれているところだ。さらに、『動物農場』の結末が、「動物主義」という思想を掲げながら搾取的な社会構造が生み出されたのは、人間ほとんど見分けがつかない"2本足で立って歩く豚"であることを考えると、もはや『ズートピア』は『動物農場』の続編的な作品ではないのかと思えるほどだ。

 しかし、私が主に取り上げたいのは『ズートピア』と『動物農場』の相違そのものではない。『動物農場』のアップデートであるなら、そもそも『動物農場』という作品が生み出された背景がそうであったように、『ズートピア』もまた同様に"子供向け"に戯画化されたものではない、ということだ。つまり、ある一定ディズニー並びにハリウッド作品を観る際にどうしても想起してしまう"勧善懲悪"とも呼ばれる単純な力関係に留まる作品として論じてしまうのは、この作品が描いている(我々が住む"先進国"社会酷似した)社会形態のを、グロテスクものとして描いているという事実を見落としてしまう、ということだ。

 「グロテスク」が具体的にどういう性質を指してるかは後に詳しく取り上げるとして、まずは『動物農場』との相似を洗い出そう。『動物農場』では既存権力の持ち主である人間を打倒しようと農場内の長老である豚が呼びかけた後、その長老と同じ種である豚が主導となり人間の打倒と、権力の奪取を果たす。権力の逆転が描かれた後、そこからさらにその権力が腐敗し、かつての権力の持ち主と酷似していく様を描いている。『ズートピア』でも同様に、権力の持ち主である肉食獣を追放し、草食獣が権力を得る。しかし、その後の社会様相の腐敗として描かれるのは、『動物農場』のそれとは違うものである。この肉食獣が追放される背景は、砂川秀樹が「男色近代社会化以前には受容されていた」という言説に対する反論として、近代社会以前から否定的に捉える見方があったことを挙げ、それが近代化社会以降にゲイに対する「病理フレーム」が形成されたことの背景にあるという指摘していたケースと酷似している。すなわち、ズートピアという街にあてはめるなら、冒頭の子ども劇において近代化文明化というものを"進んだもの"とする言説が背景にあるからこそ、その言説が暗に導き出す"野生"というスティグマが、肉食獣という属性表象として充てられた、というわけだ。草食獣であり小動物であるジュデイが警察官を、肉食獣の子どもが税の査察官を目指すということを、それぞれの属性と"相反するもの"への志向(だからこそ"自由"や"可能性"の提示となる)として挙げられていること自体に、すでにこの世界形成する言説の中に、後に肉食獣が「病理フレーム」の中に収められることを暗示している。

 『ズートピア』と『動物農場』でそれぞれ権力の腐敗の在り方が違うのは、『ズートピア』が主題として据えているのは、差別が未だ存在する社会においての振る舞いであり、また、そうした社会対峙することの難しさであるからだ。だが一方で『動物農場』と共通しているのは、たとえ既存社会構造の不当な点を糾弾したものであったとしても、新たに権力に座する者が、特定属性を以てして社会的地位を不当に貶めたり、あるいはその逆に持ちあげたりすること。つまり権力立場にあるものが、いち個体が否応なしに複合的にまとうあらゆる属性の中から任意属性を持ち出したり、あるいは見出したりして、それを根拠権力側の良いように用いることそのもの社会の腐敗を招く、と指摘している点にある。こうしたケースは今日の"先進国"社会においても行われている。そのあらゆるケースの中でも、創業者であるウォルト・ディズニーが、かつて「赤狩り」と呼ばれたハリウッドにおける排除運動に加担していたという記憶を持つディズニーにとっては、なおのこと無縁ではないだろう。なぜなら、その赤狩りこそ、『動物農場』が受容されたのと同じ背景の中で起きた現象なのだから。つまり、『動物農場』が、"反スターリニズム、反ソ連"として受容された時代イデオロギーの中に回収された結果招いた、「赤狩り」という別の形での全体主義化を経た後の問題提起をする為、違った様相社会の変化を描く必要があったのだ。では、その必要はいったいどういう形のものなのか。

 まず、そもそものズートピア』(原題も"Zootopia")というタイトルから振り返ってみたい。誰もがその語感から動物園("Zoo")とユートピア("Utopia")を連想するこのタイトルと、それが充てられた都市の姿や本編内で取り上げられている問題とを照らし合わせると、この名前一種ミスリードを引き起こそうとしていることは誰の目にも明らかだろう。しかし、このユートピアに対するミスリードを行おう、という意図製作者側にあることを考えると、一方でユートピア思想のものを全く信じていないであろう、という可能性が高いものとして浮かび上がってくる。つまり、この作品世界はそもそも、主人公にとっての、あるいはそれに感情移入するであろう観客が考える様なユートピアを描こうという意図の下では成り立っていない、と考えることも決してできなくはない。では、それなら反対にディストピアを描こうとしていた、とするのもまた違うだろう。それこそオーウェルが『動物農場』の後に出したディストピア小説『1984年』で問題としているような、監視カメラシステムを駆使した管理社会は決してネガティヴものとしては描かれていないし、作中で市長と並び権力象徴として現れる警察だって最後にはジュディに味方する。ズートピアに張り巡らされている権力構造が、一様に悪しきもの還元されるものとして描かれていないところを見ると、『映画クレヨンしんちゃん モーレツ!オトナ帝国の逆襲』において大人たちが夢中になる昭和の街並みのように、ユートピアを模したディストピアを描いている、とするのものまた違う。では何を志向していたかといえば、ただひたすら身も蓋も無く、我々"先進国"における社会現在の姿を炙り出すことにこそ本作の力点がおかれていたのではないだろうか。

 オーウェルが『動物農場』で描いたようにユートピアへの志向がある種のディストピアを生み出し、また『1984年』でディストピアは一方で誰かにとってのユートピアであることを描いてきたこと、さらに言えば今までのディズニー作品ハリウッド作品が数多く生み出してきた作品へ寄せられた批判を鑑みれば、主人公ないし観客のユートピアを描くことで何かの可能性を見出そうとする、虚構作家なら誰もが夢見る境地との決別こそが、今のディズニーが走っている地点ではないか、とすら思える。だとするなら、管理化・全体化社会兆しとして表象される監視カメラとの関係、後半で肉食獣と草食獣とが分断されてしまったと言われる前から存在する、小動物と大型動物との"棲み分け"をあからさまに感じる都市デザインマジョリティマイノリティ形成マクロでいうところの都市デザインミクロでいうところの建築様式という、物理的な段階からすでに反映されている)、朝礼時には着席を強要しながら、大型動物に合わせて設計されてるが為に、ジュディが座ると署長の顔すら見えないサイズ感の机とイスが、ジュディが"認められた"後も変更は行われず、それどころかジュディとニックに同じイスを共有させること(1人分の席に2人が座らされているのである)や、かつてジュディに偏見しかいいようがない対応をしてきたことに対して何も悪びれもしなければ、むしろジュディに対して冗談を飛ばすほどの親密さを示してみせる警察署長の態度、そして何より権力に対して何も批判的な態度を持てそうにない警察という組織が持つホモソーシャル性格をあけすけもなく描いているのは、それらに対して作品内で明確な批判が行われないということの薄気味悪さも含めて呈示しているのではないか

 だとするなら、本作が「子供向け」であるが為に、権力に対して批判的な態度を伴っていない、とするのは、少々早計ではないだろうか。確かに、ディズニー子どもを含めた幅広い年齢層の支持によって成り立っている。しかし、その中には子供と呼ばれる低い年齢層の観客もいれば、それこそ子供の頃からディズニーに触れ続けた高齢の観客だっている。そうした状況の中で、こと任意の年齢層の観客だけ取り出し、それにのフォーカスをあてようとするのは、作品もつ性質を見誤ることに繋がるおそれがある。「子ども向け作品からしょうがない」とするのは、すでに子供の在り方を規定づけるものしかないのみでなく、未だ巨大資本によって子供たちが社会へ"馴致"されるべきだとすることへの別の形での肯定にも繋がる。しかし一方で、ディズニーが「子供向け作品」の地位に就いていることも、決して無視していいものではない。ならば、なぜディズニーはずっと「子供向け作品」であり続けたかを問わねばなるまい。結論から述べれば、それは「グロテスク」だからである

 これまで述べた「グロテスク」の定義は、マサキチトセが自身の論考のタイトルに用いた『排除忘却に支えられたグロテスク世間体政治としての米国主流「LGBT運動」と同性婚推進運動欺瞞http://ja.gimmeaqueereye.org/entry/23399 に依っているところが少なからずある。しかし、ここで取り上げたい「グロテスク」については、美術観点からのものである。どういうことかというと、ディズニーアニメ製作者としての名前を不動のものにしてからずっと追及してきたのは、デザインと動きの"かわいさ"である。"かわいい"とされるものは、その多くが直線的なイメージではなく、曲線的なイメージによって、硬質なものではなく、柔軟なイメージによって構成される。これらの美学根本を辿れば、動物植物をあしらった、古代ローマ美術様式の一つであるグロテスク様式に辿り着く。ツイッター上で「モフモフ」と公式アカウント形容された『ズートピア』を形成する美的様式は、根本からして「グロテスク」なものなのだ。この2つのグロテスク」がピタリと重なり合うのは言うまでもなく、主人公ジュディの造形や仕草であり、冒頭に警察を夢見る彼女暴行を働いたキツネギデオンウサギが(警察官を目指すに値しない)弱者たる徴として挙げた「鼻をヒクヒク」させる動きが、権力関係が決定的に転覆される場面の直前に配置されていることからもわかる。

 「かわいい」は弱者の徴である。それ故に、その「かわいい」を極めたディズニーは、今日アメリカ象徴し、公的権力からも寵愛を受ける地位を築き上げた。つまり、『ズートピア』は、その地位を利用しつつ、現在アメリカをはじめとする先進諸国社会形態の描く"多様性"の脆さと「グロテスク」さを描くことと、またそのヒントや問題は、明白に誰かに取り上げられているわけでなくとも、世界のいたるところにある、この2つを描くことを目論んでいたのではないだろうか。その一例として、コロンビア女性シンガーであるシャキーラ演じるポップスターガゼルモデルとなっている動物であるブラックバックは、オスにしか角が生えていないこと。つまりガゼルトランスジェンダーポップスターであるということが、作品内で明確に言及こそほとんどされていないが造形として現れていることから見ても、決して拭い去れるものではないと私は思う。

2015-07-19

自然日本語文を書くには

英文の私訳をちょこちょこすることがあって、違和感もたれないようにするにはどうすればよいかググって理解した内容を自分メモとしてまとめてみる。

次の例文を参考にする。不謹慎なのはご容赦いただきたい。

例文
英文
The heat killed many people.
和文
暑さで人がたくさん亡くなった。
スル言語とナル言語
英語

英語は力がどう動いたかに着目する。てこの原理のように、

The heat力点
killed支点
many people作用点

と考えると分かりやすい。

まり、「kill」という動作が「The heatから発せられて「many people」が受け取ったということになる。

日本語

日本語が状態の変化にのみ着目する。この場合

前は生きている状態
今は死んでいる状態

と変わったので、その状態変化を意味する「亡くなる」を遣う。

この後は

  • 誰が? → たくさんの人が
  • なんで? → 暑さで

という形で文に足していけばよい。

数量詞遊離

次の例文に違和感を持たれるだろうか。私は覚える。

―――郵便局の窓口にて
局員:いらっしゃいませ
 客:すみません、5枚の桜のマーク切手を下さい

客はどう言えばよかった

数量詞の遊離とはふつう動詞を修飾するべき数量詞が別のところを修飾してしま現象だ。上の例文だと「桜のマーク切手を5枚下さい」となるのが自然で、その場合は「下さい」を修飾することになる。

すみません、5枚、桜のマーク切手を下さい」と言うこともできるが、これも同じく「下さい」を修飾している。遊離先の場所が変わっただけだ。

many people

冒頭の例文も郵便局の例文と同じように考えることができる。「たくさんの人が亡くなった」と表現することもできるが、上記の遊離がされていないからことな翻訳調になってしまう。「亡くなった」を修飾するようにして、「人がたくさん亡くなった」とすれば自然文章が出来上がる。

まとめ

数量詞遊離はロジック面で不自然な文から自然な文に変える働きがある。

それ以上に重要なのがスルに着目するのかナルに着目するのかという考え方の違いだ。無生物主語の文に違和感を強烈に覚えるのもこうした考え方の違いなんだろう。この違いを覚えていると、英語の読み書きが楽になるんじゃないかと思う。

2015-05-12

響け!ユーフォニアム」の滝先生モヤモヤする件

アニメ響け!ユーフォニアム」を通して見る揺れる心

http://seagull.hateblo.jp/entry/2015/05/11/144400

こちらを見てて、滝先生が「生徒に目標を決めさせる場面が誘導尋問である」という指摘に「そう!そうなんだよ!」と思った吹奏楽経験者です。

自分は中高大とアマチュア吹奏楽続けてた(就職時間が取れなくて止めた)んだけども、中高はいわゆる弱小で、大学も中高に比べれば雲泥とはいえ、まあそこまで上手くはなかった感じの人間です(全国大会にはほぼ縁のないレベル)。

でまあ滝先生モヤモヤする点って、それが効果的かつピーキー手法からなんですよね。

そもそも吹奏楽(オーケストラもだけど)同時に演奏する人数がやたらに多い。

ロックバンドですら「音楽性の違い」とか様々な理由で解散するのに、50人からの人数(しかもまだお互いの意思疎通・合議能力に乏しい高校生)をまとめ上げるのは大変。

生徒の自主性を尊重してたら時間がかかってしょうがない。

その上、「部活の外の人たち」は「コンクールの結果」でしか部活価値判断してくれない。

短期間で「コンクールの結果」を出すためにはああいうやり方が効率的ではあるんですよね。

ただねえ、中高の部活って、「迷ったり・失敗したりする」事も大事財産だとも思うのですよね。

特に高校生ともなれば、自主的に色々やってみたくもなる年頃で(高校生だと演奏会で身の丈に合わない曲を選んで轟沈なんてことも結構ある)、それを先生がキリキリ誘導ちゃうのが正しいのかっていうところはすごくモヤモヤするわけです。

もちろん、生徒たちの意思サポートできる知識とか人脈とかはすごく大事なんですけど、結果として路頭に迷ってたからといって、圧倒的な手腕でひとつの方向に導くのが「正解」なのかどうかってのはまあ「答えのない問い」ですよね。だからモヤモヤする(それとは別に先生みたいな「デキる人」の表面だけ見習って、生徒を地獄に叩き落す勘違い指導者が少なからずいる、って問題もあるんだけどそれは別問題なのでおいておく)。


実際問題として、「顧問先生に導かれて結果を叩き出した」生徒たちの少なくない人数は、高校卒業音楽から離れます

まあもちろんそれはある意味当然の事(高校部活吹奏楽に限らずおおむねそんなものではある)なのだけども、「彼ら彼女らが高校自分が今後音楽にどう向き合っていくかを考える機会と知識」をきちんと得られた結果なのだろうか、ってのは色んな吹奏楽経験者を見ていて疑問に思うところなのでした。

結局先生にのせられて部活を続けて、「その先を自分がどう歩くか」を考える機会も材料も得られなかったんじゃないのかって。

ま、回答はありません。でもねえ、全国大会に出る吹奏楽部だった人でも、吹奏楽CD(今はCDに限らんけど)を買ったりする人って少数派だったりとか、吹奏楽プロ音源ってびっくりするほど多種多様にあるのに、売れているCDアマチュアCDばっかりだという現状とか、肝心の全国大会でもトップレベル学校がいまだに非音楽的な曲カットをしていたりする現状だとか考えてると、「結果」ってなんだろうなーと思うわけで。

そもそも音楽客観的定量的に決められるような「結果」なんてないんだから当たり前ではあるんですけどね。

あくま吹奏楽コンクール演奏技術のみを競う場ですから(だから音楽的にひどいカットをしても基本減点されない)。


なんかモヤモヤに引きずられて話がそれました。すいません。


で、原作の誠実なところは「このモヤモヤにはすっきりした回答なんぞない」というところをきちんと描こうとしているところだと思います

同じ音楽を扱った作品でも「BECK」とかだと勝負普通に勝ってしまうわけですけど(あれは基本的には、プロが「客ウケ=動員数」という基準勝負してる話だからそれでいい。作者の「本当にいい音楽は誰にでも伝わるはずだ」という暴力的な音楽観はヒシヒシ感じるけど)、この作品は「結果」ってのがそんなに分かりやすものではない事をきちんと踏まえている。

から先生全面的に作中で肯定されるわけではない(はず、原作一巻を読む限りでは)し、かつ、群像劇として多種多様価値観の人々が「設定された目的のために協力はしても考え方を相容れることはあんまりない」という方向で話が進みます


このモヤモヤについて、見る人が色々考えてくれるといいなあと、私も思う次第です。


他にも作中の曲についてとか原作者楽曲スコア見てなくて事実誤認してる部分とか色々言いたいことはあるんだけど、最後ひとつだけ。

「吹部」っていう略称は、大学の「回生」並に関東東北(多分北海道も)では通用しないから気をつけろ!

ただし、「ブラバン」はブラバンで熱心な吹奏楽部員の神経を逆なでする(brass bandは本義的には金管楽器打楽器の編成を指すので)から気をつけろ!

ちょっとだけ追記しておくと、

そもそも「コンクール全国大会出場」と「コンクールに出場して思い出作り」の二択しかないのがおかしいって指摘はきちんとしておいた方がいいですね。例えば演奏会に力入れたいからとかマーチング力点置いてるからとかでコンクールに出ないって選択をしている学校も少数だが存在するし。ここには滝先生の「吹奏楽部コンクールありきだ」っていう偏狭さがあるともいえるわけです。あえて極端な二択を提示することで、ほかの選択肢考慮する余地を奪うって言う詐欺師常套手段です。

極論、そういう様々な選択があってモヤモヤする音楽活動ってやつを、コンクール一生懸命やって技術的に上手くなるっていう否定しづらい名目で塗りつぶしてるともいえる、んだよね。滝先生は。

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