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2019-08-29

竹島についても日本自国領土だと根拠のない主張をしている」

こりゃもういよいよ行くとこまで行くんちゃうか

2019-07-13

未来のミライ面白かったな!(≠いい映画だったな)

はじめに 細田守映画には2種類ある

細田守を知らないほうが楽しめる映画

 デジモンサマーウォーズ

細田守を知っているほうが楽しめる映画

 バケモノの子未来のミライ

つの細田守らしさ

描きたい内容を単純化しつつわかりやすい折り目をつけ、誰でもついていきやすい速度でありながら明確な変化を持って描かれる最大公約数的なストーリーテリング。画面を広く使いつつ視点を大きく動かさないようにする雄大カメラワーク日常幻想の間に半透明の敷居を置き両者をはっきり区別しながら横へと並べる非連続的な非日常性。これがいい意味での細田守らしさ。

ショタコンにしてケモナー自意識過剰キャラクター。誰もが承認欲求に飢えているという断定の元に進む構ってちゃんストーリー。全てを自分の口で説明してしまう自信のなさ。ヒステリックさと寛容さの両極端。これが悪い意味での細田守らしさ。

悪い意味での細田守らしさを楽しめるか?

未来のミライ面白かったと言えるかの全ては、細田守の悪癖、性癖嗜癖理解した上で、その発露を作家性として消費することが出来るかにかかっている。逆に、そういったものに対して一切無頓着に、ただ何も考えずに綺麗な映像流れる時間パラパラ漫画だと思って鑑賞するかだ。

未来のミライには細田守内面”だけ”が描かれている。”だけ”である。この映画は主成分が細田守なのではなく、すべての成分が細田守なのだ。全スタッフの労力、作業製作過程で全て細田守分として返還されてしまう。そこに慈悲はない。この映画は全力で細田守であり、それ以外のものが含まれることは認められていない。実際、この映画制作にあたってスタッフ細田家のホームビデオが見せられたというエピソードすらある。スタッフが「家庭」というものに描くイメージを、「細田家の家庭」というイメージで塗りつぶし、他の家庭から異物を混入されることを防ぐ徹底した管理体制である

登場キャラクター全員が細田守である

くんちゃん

甘えん坊でわがまま自分を認めてもらいたくてたまらない子供は当然細田守であり、彼の成長を通して鑑賞者から贈られる称賛を求めているのも細田守自身なのだ。彼が作中では徹底して直接その苦しみを認められることがないのは、そういうふうに世界を見る細田守細田守の中に居るからである電車好きである点などは細田守の実子がモデルとなっている。彼にとってこの映画自分の子供が成長する姿を通して「かつて自分子供だった頃に成長したこと客観的に見ることになった」という事実を描いたものでもあるのだ。ケモナー成分を取り込んだりハチゲームクネクネしていたりと(ショタコンケモナー向け)サービスシーンも多く、彼が主人公であるということは、細田守にとってはケモナーショタコンであることが自己同一性の核であることを示す。

ミライ

客寄せパンダとして使われまくったのに、出てくるシーンは意外と少ない。未来という名前赤ん坊であること、婚期を逃すことを気にする発言、最終的にくんちゃんに血縁上のつながりを思い出させる役目、これらの要素から「男女の関係によって子孫を残すこと」のメタファー、ひいては「(ショタコンではなく)普通人間として生きること」のメタファーであることが伺える。同時に「世間で受け入れられ、未来に繋がる作品」のメタファーでもある。最初キャッチコピーとして登場し、最後クライマックスにおいてただの細田守回顧録であった映画一般向けの娯楽映画へと引き戻す役目を追っていることからもこれが分かる。

父・母

仕事人間であり、子供の親でもある細田守一般役割に対して性別が反転しているのはジェンダーフリーというよりも、それぞれに細田守に繋がる要素をもたせることで、どちらもを細田守にするためである。時折ヒステリックなのも妙に余裕ぶってみせるのも、自分たちが変わってきたと殊更に言うのも、全て細田守独り言なのだ

ゆっこ

オスケモ。王子だったという発言は、細田守の中で最も大事ものケモナー性癖だったことの暴露である。それにかつてという言葉をつけるのは、今の自分はそれを卒業したという自負である

曽祖父

ホモホモしい外見、言動であるのだがそれがハッキリと語られることはない。ここまで赤裸々にショタコンケモナー自己開示してきて、それをあえて語らないのは、細田守の中において自分ホモセクシャルへの興味がまだ疑問の残るものであるからである。逆に言えば「それすらも」赤裸々にスクリーンに映し出したのだ。

ストーリー解説

ミライが生まれる=『普通家族感』に侵食される

上で述べたようにミライは『普通の家庭』や『世間一般価値観』のメタファーであり、それが細田ハウスに持ち込まれるのは、ショタに興奮だけしていればよかった世界の終わりを意味している。ミライファースト生活否定する姿は、一般向け要素を散りばめた映画を作らされてきた細田守の姿である。その中で雑な反逆に出ては怒られる。悪い意味細田守らしい映画を作ってきたことへの反省と、それに対する怒りが描かれる。『自由ショタでケモいアニメだけやらせてくれ』、くんちゃんが繰り返すミライ否定発言はつまる所こういうことなのだ・

雛人形を戻す=結婚して家庭をもつ

雛人形を毎年1日ずつ出し続けていたら1年ずつ婚期が伸びる』という会話は、ずっと結婚できないということを意味している。それを片付けてミライちゃん未来結婚できるようになった。これは、細田守自分の中で幼少期から積み上げてきた結婚感を今一度棚卸しして、普通恋愛をして普通結婚をする人生を受け入れたことを意味している。作中に置いて、未来ちゃん過去にやってくるのは、細田守の中で過去細田守と共に今の細田守気持ちの整理をつけた経験を描いているのだ。そこに犬が加わっている理由は、それが彼の性癖に置いて重要意味を持つからである普通に見ていると何がしたいのかわかりにくいシーンも、このように整理していくと理解できる。これが未来のミライ面白さだ。

父や母と喧嘩したり和解したりする

これもうそのまま細田守自分の親に対して「心の中で」やっていたことです。自分が親になって子供を持つ身となってそれで子供の頃の両親の大変さとか知って感謝してーっていうアレです。そのままかよ!そしてその中で全部セリフにしちゃうのかよ!このシンプルさ!観客への信頼の無さ!そして自分表現への自信の無さ!これもまた細田守なんですわー。自分ちゃんと愛されているか不安だとそのまま口にするのは、自分映画ちゃんと観客に伝わっているのか不安だっていう宣言でもあったりするわけで。メタいぜー。

曽祖父自転車練習

ホモホモしいアンちゃんとの初体験。遠くを見据えろと語られるが、そのさきに見えるのは廃墟。この道の先に未来はない。細田守も分かっている。ショタコン一本では子孫は残せない。アニメだって歴史に残らない。分かっている。分かっているけど、そうして進んだ先で結果を出したのが今の細田守だろ?そんな叫びが聞こえてくる。補助輪無しで突き進むには、遠くに廃墟を見据えなきゃいけなかったんだ。そうしてバケモノの子が生まれしまったんだ……。

迷子ホーム

自分を見失ったとき、戻ってくるためには家族名前を呼ぶ必要がある。自分流れる血の繋がりを思い出す必要がある。そして、そのためにはミライを認める必要がある。ミライは「普通の家庭」「普通価値観」のメタファーであり、自分がそれと深くつながっていることを認めることが、自分を取り戻すためには必要だと、最後最後で認めることになる。途中からひたすらショタキャラメインで妙な話ばかりしていた映画が、ここで突然なんとも一般受けしそうなキャラと共にさもストーリーがしっかりとある映画であるかのような物語へと戻っていく。細田守の敗北宣言だ。人間としての細田守がここにいるには、彼の父親祖父ショタコン一本で通さなかったかである映画監督としての細田守がここにいるのは、デジモンサマーウォーズといった一般向けに迎合した作品を作ってきたかである自分が今ここにいるなかで、ケモナーであったことや、同性愛的な面を抱えていたことはたしかにあったが、それでも『普通』を受け入れてきたからだ。そう認めることで、見失っていた自分は取り戻される。そして、和解は結ばれた。ケモノショタへと一度は預けられた細田守界の王位継承権は、最後には『普通未来』へと託された。

これは、細田守が『普通』と和解するまでの物語だったのだ。

凄まじい映画だった。「作家性の塊」と呼ばれる映画はいくらでもあるが、純度99%作家性の劇物はそうそうはないだろう。アニメ映画というと娯楽作品ばかりで、文学性や哲学性を謳っておきながら結局は娯楽作品に片足と重心は置きっぱなしにした作品ばかりな中で異彩を放っている。そんな世界にこんなものが現れたらそりゃ受け入れられないだろうな。ましてそれを作った人間の最大のウリ文句サマーウォーズ時をかける少女なんていう痛快娯楽一般層向け作品なら。サマーウォーズ時かけ期待してこれ見に行ったら羊頭狗肉も良いところだって怒りたくもなるだろうな。

この作品には作家性以外を求めちゃ駄目なんだよ。日本広告業界映画業界はそれを頑なに伝えようとしなかった。そこは紛れもなくEVILだね。

ミライちゃんがただの客寄せパンダであり、その使われ方も「はいはいこのへんでパンダ投入すれば良いんだろ?」っていう態度で行われることに、細田守の中に渦巻いた鬱憤を感じ取ろうっていう気概最初から持って見る分にはね、いい映画なんですよ。

そこは分かってあげて欲しい。

でも娯楽映画としては本当に駄目だけどな。俺はこれを娯楽として楽しむことは出来たけど、それは正しい意味での娯楽じゃなくて単に俺の見方が捻くれてて性格が悪いから娯楽に出来ただけだわ。素直な心の持ち主が素直に楽しめる娯楽映画を作った方が最大多数の最大幸福だよ。新海誠君の名はと、細田守未来のミライ。このコントラストある意味美しいけどね。

未来のミライ」って、言うほど出来が悪いか

細田守監督の「未来のミライ」、公開時にぼろくそに叩かれてたので今までスルーしてたのだが、

金ローでやってたので見てみた。

言うほど出来悪いか?これ?

しかに今までと違ってエンタメ性が抑えられたこと、主人公くんちゃんがうざいこと、くんちゃんの声優違和感あること、

作品テーマが「昔があって今がある」という凡庸なことが低評価理由だと思われるし、それはわかる。

でもしかし、作品テーマ凡庸でも、今まで特に考えなかったことを再発見する、というのも別にいいのではないか

そもそも細田に「テーマのある映画」を作る力量があるとも思えないし(苦笑)

あと旦那家系が超金持ち一戸建てパパとか今どきどんだけレアなんだよ、とか、未来ちゃんが現れた理由が謎すぎるとか、あの変な駅の場面は丸々いらないと思うとか、

いろいろ思うことはあれど、細田作品の中でも一番テーマ性が明確というその点だけで評価したい作品である

2019-07-12

昨日の夢で見たラジオスター映画未来のミライ」評

前の週にランダムに決まった映画を私が自腹で映画館にて鑑賞し、その感想20分以上に渡って語り下ろすという、友人やゲストであっても忖度しない型映画評論コーナー。それでは、今夜評論する映画こちら!

未来のミライ』!

山下達郎ミライテーマ』♪)

はい山下達郎さんのこの主題歌、やっぱり沁みますねー。かの名作、アニメ版時をかける少女』『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』などを手掛けた、言わずと知れたヒットメイカ細田守監督原作脚本監督を務めたアニメーション映画

これは後ほどの僕の評で触れますけどね、どうも細田監督脚本外注するタームに一旦戻した方がよいんじゃないか僭越ながら思います。というのも、フィルモグラフィを踏まえると、細田さんが脚本に絡めば絡むほど逆にダメさが際立っているのが歴然となるという(笑)

さて、『未来のミライ』、どんな話かと申しますと、甘えん坊の4歳の男の子くんちゃんは生まれたばかりの妹・ミライちゃんと仲良くできず、両親を困らせてばかり。そんなくんちゃんの前にある日、少女が現れる。声の出演上白石萌歌さん。『君の名は。』のヒロイン、三葉を演じた上白石萌音さんの妹さんだそうで。これなんかは、僕、勉強不足で申し訳ない。存じ上げませんでした。それと、黒木華さん、麻生久美子さん。スーパースケベタイムこと星野源さんなんかもね、声を当てております

ということで、この『未来のミライ』、見ましたよ~というリスナーの方から監視報告結果をメールでいただいておりますありがとうございますメールの量は・・・多め。まあ、そんなもんですかね。注目度は高いでしょうからね。ただ、賛否比率が今回、賛のメールが3割、否定的メールが4割、そして普通が3割といった感じで。あらそうですか。まあ賛否両論というか、まあ世間的にも今回は否がちょっと多めな感じですよね。

多かった否定的意見としては、これなんか僕笑っちゃったんですけど、「未就学児にアナルプラグってどうなんですか(笑)」「クソガキにひたすらむかついた」「リアリティラインがずっと迷子演出が全て茶番」とかですね。みなさん手厳しいですね。一方褒める意見としては「まさに子育て中の自分にとってはくんちゃんの言動が“子育てあるある”でつい笑ってしまった」、「あの東京駅の造形は素晴らしい」、「全く予定調和ではない、ほとんどカルト映画のような展開に細田守のすごみを感じた」--最後のこれ褒めてるのかな(笑)--といったところがございました。

リスナー代表意見省略)

ということで『未来のミライ』、私もTOHOシネマズ日劇バルト9で計2回、見てまいりました。正直日劇の方はちょっと寂しい、イマイチの入りだったんですけどね、バルト9の方は、休日ということもあったのか、子供連れのお客さんが多い雰囲気でしたね。おちゃらけたシーンでは子供の笑い声があったりしてね。これ僕意外だったんですけどね。

それで、細田守さんの細かい説明、はもういいかな。もういいですよね?

ニッポンの夏と言えばもう細田作品、となりましたね。春はドラえもんしんちゃんコナンくん、そして夏は細田作品というね。改めて振り返るとですね、あの押しも押されぬ名作『時をかける少女』以来、なんとキッチリ3年ごとに細田監督劇場用新作長編アニメが天下の日テレをバックにつけて全国のシネコンでがんがん流れされるという。この光景果たしてユートピアなのかそれともディストピアなのか(笑)!・・・といった風情でございますが、“ポスト宮崎駿”という形容が正しいかどうかはひとまず置いておいて、現在日本アニメーション代表する監督のお一人であることは間違いございません!一方ですね、これだけ大メジャーになっても、細田さんの作品は、毎回変なんですよ、はい

日テレがバックにいます山手線にも全面広告出してます、たくさんの有名どころの芸能人が声あててます主題歌山下達郎です、で、騙されちゃいけませんよみなさん(笑)!“変”なんです。これも後で触れますけど、残念ながら悪い意味で、ですけれども。

細田さんなりの意識としてはね、今回はこれを描こう、これがテーマだというものがあると思うんです。そして大出世作時をかける少女』を除けば、特に細田さんのオリジナル作品には、ドーンと太い幹のテーマとして、「家族」たるもの、そのあり方、に明らかにオブセッションがありますよね。ジャンルも角度も全く違いますが、大枠のテーマ設定自体是枝裕和監督共通してる、ともいえます。両者とも相手作品のことは苦手そうですが(笑)

そして今回は最もそのテーマがわかりやすく出ているからこそ、これまで周辺の諸々で覆い隠せていたダメさが際立ってしまってるという。

これねえ、細田さんのホント悪い癖だと思うんですけどねえ。実生活作品に反映させすぎてるんですよ。

もちろんですね、ここは誤解しないでいただきたいんですけど、私も含めてですが、まずリアル生活があって、日々作品クリエイトしているわけでございますからそのことを安直かつ一概に悪いというつもりは毛頭ございません!我々の業界でも、それはそれはまあ古今東西のあちこちで「リアル」か「非・リアル」か、ということが作品、ひいてはクリエイターとしての評価軸として語られてきた闘争歴史があるわけでございます。まあここらへんの話はし出すと切りがないからやめときますが、また別の機会に特集でやれたらなと考えています

ただね、これ、我々とも共通しているんですけど、決して間違えちゃいけないのは、「リアル」だから偉いんじゃないんですよ。そして「非・リアルイコールダメじゃないんです。“リアル生活があってのクリエイト”の裏っ返しとして、作品ウンコなら、いくら本人的にリアルものであってもダメダメなんです。まあ当然の話ですけどね。言い換えると、てめえ創作をなめてんじゃねえぞ(笑)!というね。どういうことかというとですね、僕が常日頃から大変尊敬しております、故・藤子・F・不二雄先生のですね、こちらも大傑作『エスパー魔美』にですね、こんなエピソードがあります。大変有名なエピソードなのでご存じの方やこの流れでピンと来た方も多いとは思いますが改めてここで引用させていただきます

主人公魔美に対し、画家である魔美のパパの絵を酷評した評論家がこう言い放ちます。曰く「芸術は結果だけが問題なのだ。たとえ、飲んだくれて鼻唄まじりにかいた絵でも、傑作は傑作。どんなに心血をそそいでかいても駄作駄作。」と。さらに、魔美公の「父の絵が駄作だと・・・!?」という問いに対しても、件の評論家曰く「残念だが・・・・・・」と。

「くたばれ評論家」というタイトルの話ですけれども、前後も含めて気になる方は是非全編読んでみてください。文庫版第1巻収録でございます。これ、我々クリエイターにとっては誠におっそろしい、喉元に切っ先をつきつける真実言葉ですよ。作品内の一エピソードとはいえ、これを自作評論家に言わせるF先生のすごみってのが改めて感じられますけども。

これを今回のリアル/非リアル問題に引き直しますとね、こうなりますはいドーン!!

「結局、創作においては作品が全てなのだ。たとえ、童貞くんや処女ちゃんが作るAVでも傑作は傑作。ヤリチンビッチがその経験を総動員して作るAVでも駄作駄作。」

はい、そういうことでね(笑)、まず『未来のミライ』、何が一番ダメか、というと、これ、あちこちインタビュー細田監督自身がね・・・これホントダサいよなー・・・言い訳がましく語っているところでもありますが、4歳の男の子主人公なんですね。で、彼の視点で基本話が進んでいくんですけども、監督曰く、同じ4歳でも、女の子じゃなくて男の子がいいという。そんで、監督女の子男の子の二児をもった経験をそのまま持ってきているという。

これねえ、頼んでもいないのにてめえで勝手に4歳男児主人公にしといてね、4歳男児からね!彼の目線から!そういう体で!大目に見てよね!って言い訳にしてもクソダサいにもほどがありますよ!細田さん、昔はそんな人じゃなかったでしょ!?

なんでてめえんちの、オチもかわいげもないクソガキのホームビデオを延々と見せてんだ!っていう(笑)。一億万歩譲ってですね、ホームビデオだとしてもいくらでも演出のしようがあるだろ、と。こっちは先週ガチャが当たったおかげでクソガキのホームビデオ鑑賞に1800円の2回、合計3600円自腹で払ってんだぞ(笑)!っていう(笑)。まあ、最後のは僕だけの事情ですけど(笑)

別にね、幼児を主役にすんな、ホームビデオ劇場で流すな、ってそんな単純な話じゃないんです。北野武監督の『TAKESHIS'』『監督・ばんざい!』『アキレスと亀』のいわゆる芸術3部作ね。僕なんかは敬愛を込めて“偉大なる失敗作群”と呼んでますけど、あれらだってフェリーニの『8 1/2』方式といえばよいんでしょうか、意地悪な言い方すると豪勢なホームビデオっちゃあホームビデオですよね。それでもK.U.F.Uややり方次第で、いくらでも幼児ならでは、ホームビデオならではの特性を生かすことはできるんですよ。

これ、他の幼児キャラと比べるとはっきりわかると思うんですけど、みなさんご存じ“嵐を呼ぶ園児野原しんのすけ!これはまあちょっと特殊な例ですけど、もう少しリアルよりのちょっぴりわがまま幼児といえば『トトロ』のメイちゃんなんかもそうですね。あと、変化球としては、F先生オバQだってその言動だけ捉えたら幼児的な異物といえます

どういうことかと申しますと、もう名前も言いたくないな(笑)、今回のこのクソガキ様の挙動ビタイチ、ホンットビタイチおもしろくもない、かわいらしくもない、ムカツクだけ。“好きくない”?はやんねーしはやらせねーぞ。

要するにですね、このガキ、いや、おガキ様、ほぼ全編に渡って、人間のむき出しの感情欲望を、アクセル踏みっぱなしで発散しまくる、という非常に独特かつ個性的キャラクターであらせられ、たてまつられ候なわけなんですね。で、ここを「面白いかわいい!」と思える大変奇特な方も世の中には一定数いらっしゃると思います、あるいは、残念ながら僕のように「このクソガキ!」っていう風にやっぱり、拒否反応を感じてしまう方もいらっしゃると。これはねえ・・・もうしょうがない!

いや、実はしょうがなくはないんですけど。僕なんかはね、僕は自分の子供もおらず、あと僕自身末っ子なんで弟感、妹感ってのがイマイチからないですけど。でもね、その人の実生活上の“あるある”なんぞに頼らざるをえない時点で作品としてはその時点で“負け”なわけなんですよ。

どういうことが言いたいかというとですね、先ほどの例であげた『トトロ』のメイちゃんね。これ、宮崎監督さすがだなあと思うんですけど、ダダをこねるシーン、グズるシーン、いずれもひじょーにロジカルに「何故彼女がそういう行動に至ったか」というのが、お父さん、さつきちゃんとの関係性も含めてストンと腑に落ちる作りになっている。しか説明的なセリフほとんどなく。

さらに悪いのはですね、クソガキのダダこねに対してお父さん、お母さん--こち星野源さん・麻生久美子さん自体は好演だったと思いますけど--が突如ですね。表現過激申し訳ありませんね。白痴になられる(笑)。要はキャラクターとしての一貫性がないんですよ。

どういうことか。産休明け出勤時のお母さんは目の前に居る4歳児の甘え要請をガン無視(笑)。いやいやいや・・・(笑)。第二子が生まれとき第一子のフォローって別に特別知識経験がなくたって、“人として”ちゃんとやってやんないとヤバいのは直感でわかるでしょう?

そんで、自宅で仕事をしているとはいえ、4歳の幼児新生児をかかえてワンオペ育児父ちゃんの、千と千尋父ちゃんちゃんにも匹敵するレベル無慈悲既読スルー(笑)。『風立ちぬ』の堀越二郎だってもう少し周り見えてたぞ(笑)マジでこいつらサイコパス夫婦なの?何か目に見えない妖怪的なものに取り憑かれているとかそういうこわい系の話なの、これ?というね(笑)。他の作品でこんなの見たことあります?っていう感じですよね。僕、見たことないです。

あとねえ、僕個人的に一番許せないのがね、劇中、クソガキがミライちゃんとあるひどいことをします。この“ひどいこと”自体も、「ためにする」展開の脚本しかないんで、ただただ単に不快なだけなんだけど、その現場を見ていないはずのサイコちゃんが「何で仲良くできないの!仲良くするって言ったでしょ?!」と頭ごなしに怒るんですよね。僕、子供いなくたってわかりますよ、一番やっちゃいけないっしょこれ。これもねえ、怒る前に母ちゃん些細なイライラエピソードを入れるとか、クソガキが所在ない感じを示唆するとか、怒ってしまった後の後悔の瞬間をちらっといれるとかだけでも相当違うと思うんですよ。もちろん説明セリフじゃなくてですよ?少なくとも映画における省略技法ってこういうことじゃあないと思うんだけどなあ(笑)

(続く)

2019-06-12

anond:20190611211437

デイトレしたら種銭100くらいでもそれくらいいくんちゃう?

たとえば、日経平均ですら今年入ってから20000割ったところから22000まで戻してるし理論10%はとれるわけだ。

分散投資してあがったやつを利確してけば月8は行ける気がする。

2019-05-12

e-sports勝負が味気ない

僕はクラロワとシャドバを少し前までプレイしていたので、たまにプロリーグ配信を見る。

そこで環境に取り残された一視聴者として見ていると、知らない間に勝負が決まってしまっているような印象を受ける。

自分プレイしていた時は、これを上手くケアしたであったり、相手の手札を完全に読み切った上での動きであったりということがわかった。

しかし、環境から離れるとこれが全くわからない。

日本比較メジャースポーツ比較すると、野球ではボールのキレがいいとかコントロールが安定しているとかはぱっと見の一般人にはわからない部類だと思う。

一方で、ホームランや正確無比な送球となればキックベースしかしたことない僕にもすごさがわかる。

から、そういったスーパープレイが細かい技術の積み重ねの上にあったとしても、試合の動きが部外者にもわかる。サッカーなども同様だと思う(ロングシュートPKなどはわかりやすくすごい)。

まり野球サッカーパンピーにもわかりやすい(オフサイドを除く)。

e-sports、というか僕がやっていたクラロワやシャドバでは、プロ同士の力量が拮抗しているせいか、映えるスーパープレイいまいち起こりにくく、起きても(環境を走っている人以外には)わかりにくいのが現状だと思う。

こうすればいいという解決策も思いつかないので締めるが、アクティブプレイヤーしか配信を楽しめない以上、分母が限られてくるので、環境に左右されないわかりやすスーパープレイが見られればなあと思う次第である

ちなみに相撲などは僕からしたらe-sportsと同様試合の動きがわかりにくい部類のような気はする。

あとテニスドロップショットコースを狙ったショットは走れば届くんちゃうん?と見ていて思わなくもない(ただ、これらは一度そのスポーツ経験していると、なんとなく今のはすごいなあと見ていてもわかる、らしい。)

2019-02-14

[]映画 未来のミライ

細田守映画

トキカケ、バケモノノコ、ぼくらのウォーゲーム以来の細田守映画

サマウォとおおかみこどもは合わなそうだと思って見てない

結果、今回は合わないほうの細田守だった

見る前になんとなく予想できてたけど見るもんなかったからなんとなく見ちゃった

はー・・・amazonレビューにもあったけど、ミライタイムスリップしちゃって大きくなったミライちゃんともとに戻るためにてんやわんやするほうがよかったな

クリエイター自分わがままものづくりするのはいいとおもうんだけど、それが面白くないと悲惨だな

赤ちゃん未来ちゃんの絵はすごくかわいかったよ

声優俳優だらけの割に、主人公くんちゃん役の上白石萌音?以外はみんな違和感なかった

途中で久米田康治チタンが出てきてワロタわw

壮大っぽくて壮大じゃない、悪い意味等身大の話だった

子供向けの絵本を4冊くらいつなげた感じのぶつぎりストーリーだった

ラストがまた若干詰め込み説明口調でちょいうんざり

バケモノノコもラスト周辺が詰め込みすぎだったしなー

はいいから、おもろいシナリオかける人にかいてもらって映画つくってほしいな・・・

2019-02-05

anond:20190205100604

そうやって世を拗ねて人を威嚇しまくってるから人が去っていくんちゃう?

2018-10-05

togetter もうダメかも分からんね(追記

市民的公共性なる概念で…https://togetter.com/li/1273256?page=3

そのブクマhttp://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1273256

なんというか「市民的公共性って何だよ!」と吹き上がっている人、まず検索しような。中には「そんな義務教育で習わない人の話を」とか切れてる奴もいて吹いた。twitterに何を求めてんのか分からんが、端的に言って地獄絵図。別にこの千田某という教授がどんな人かは知らんけど、大学教授私的つぶやきに対して「一言一句中卒に分かるように喋れ」って、何アホなこと抜かしとんねんとしか思わんな。そもそも子供が分かってもない話に無理に口突っ込んで大人逆ギレしてる図がアンタやろって話。だいたい理性的に話ができている人が一人もいない。だって千田市民的公共性「で」表現「を」規制する、なんて一言も言ってないやろ? 素直に読む限り、これは「表現規制」よりも「市民的公共性」が「必要だ」という話なわけだが、そういう捉え方をしてる人が一人も見あたらない。まあ、これは、タイトル自体で完全にミスリードしてるまとめの人の力量の問題でもあるだろうが。

別にキズナアイの話でもこの話でも、千田さんの言ってることは別におかしくないよ。まさに「一般には見えない物事の構図(モデル)」を捉えるところに学者値打ちがあるわけだから「誰もそんなこと思ってない/考えすぎ乙」というのは何の反論にもならない。100万人の批判があっても、それが他の学説よりもより多くのことを説明できるモデルであればそのモデル学問価値は揺らがない。こういう事例見ても、まあ文系学問というのはホント尊重されてないなーと思う。気の毒な話だ。

千田の言ってることをごくかみ砕いて言えば、政府性器描いたらあかんとか乳首はセーフとか、でもこの雑誌ではアウトとか、そういうことするのおかしいでしょ。それより、自分らで考えて『あんたこないだ描いた画なあ、あれカワイイけどちょっとエロいから子供には見せたくないわ』『何言うてんの、あんなん健康なお色気やん。セーフやん。』『いやいや、これこれこういう理由でイヤな思いをする人もいるんやで』『そうかなあ。でもあれがああい表現になるんは理由のあることなんやで、つまりな…』『なるほどなあ、そしたらせめてこういう風にしたら、お互いうまくいくんちゃうかなあ』『ふむふむ、それも一理あるな。その方が売れるかもやし版元といっぺん相談してみるわー』」みたいなことでしょ。こないだキズナアイもの申したのも、そういう「言論」の一貫としてでしょ。政府機関による規制でなく、合理的言論の交換によってあるべき姿が生み出される公共空間を創出する、ってのはこういうことで、これは「規制」とは真逆な発想なんよ。まあ、コミュニケーション力の低さを自慢げに振りかざす連中の暴れるtwitterや、それを更に恣意的にまとめてあおるtogetterが盛んな状況では、百年経ってもこうなりえないのは目に見えているから、千田の見通しが現実的ではないという点については一応同意するけれども、それが理想だよねという意味では、オレは千田に一抹の同情を感じるね。

追記

みなさんご意見ありがとうねー。「言及」でついてるツリーの内容はおおむねTogetterと同様にすとろーまんな内容でこれはまあ想定内だったんだけど、ブクマコメントがどれも、賛意も批判も「なるほどなあ」とか「せやな」というところが突かれていて、とても読んでいて楽しかったです。ブクマの皆さんとはもう少し長文でやりとりしたいですね。

二点だけコメント

1つめ。メディアに載った学者コメントを「権力」視するのは違うんじゃないか、と思いました。学者だろうが一般人だろうが、問題コメントの質だと僕は思います学者を名乗る愚者(そういう方は、たいていの場合自分の専門外について恥ずかしげもなく肩書きつけてコメントしておられるケースが多いですが)のコメントなんて世の中にあふれているし、増田の名もなきコメントが世の中を動かすことだってあるでしょう。むしろ学者コメントであればそれは権威だ」という思い込みこそが、メディアに対するリテラシーを欠き、存在しないところに無意味権力を構築する考え方ではないかと思うのです。

2つめ。PCは「価値観の計画経済」だ、価値観の自由競争市場)という概念理解せよ、と独自概念推しておられる某氏。よくわからないのですが、千田氏はPCをかざして表現弾圧する「主体」ですか? あくまである見方」に基づいて「議論」をしているだけでは。それはあなたのいう「価値観の自由競争」そのものではないでしょうか? 多くの方へのブックマークを拝見しましたが、千田氏のような意見言論封殺だと「決めつけ」て、自由言論の交換を拒んでおられるのはあなたの方に見えました。根拠ある合理的批判を「弾圧だ!」と切って捨てるのは、それ自体が「言論封殺」的で、とてもじゃないけど「価値観の自由競争」を標榜される方の態度ではないと思いますよ。

2018-10-01

リアルこどもは「くんちゃん」であって「おっこ」を求めてはいけない

未来のミライ」と「若おかみは小学生!」、両方を観てきた(ネタバレあり)

どちらも面白かったよ。

 

未来のミライ」の主人公くんちゃん(4歳児)

観ながら自分のこどもが小さかった頃を懐かしく思い出しました。

ガキはぎゃあぎゃあ言うのが普通だしそれを親が手に余すのもよくあること。

それをつかまえて「主人公うるさいムカつく」「親の愛情が感じられない」とかい感想ネット上には多い感じ。

 

若おかみは小学生!」の主人公はおっこ(小6)

TV版と違って)映画では「両親の喪失」にフォーカスするストーリー

物語の後半、両親を失うこととなる「事故」を起こした当事者が出てきて、そのひとは家族幸せな感じなわけです。

当然おっこはそれを知ることとなるわけですが、許すんですよね、おっこ。自分の親を(ある意味)殺した相手を。

 

結論

聖人レベルの赦しを発動できる小学生おかみより、親の気を惹きたくて、寂しくて、プラレールで赤子をぽかする四歳児のほうが僕は断然好きなんですよ。人間味があって。

あ、いっそおっこが(CV山ちゃんに)恨み言のひとつもぶつけていたら、おじさん劇場でわんわん泣いちゃったかもな。

2018-09-10

anond:20180910183431

そうなのか?

うちの周りじゃ、子供が○○くんちジョイコン持っていって遊んだだの、○○くんがマリカーくそ強いだのの話ばかりきくな。

しかSwitchかどうかは環境にもよるのかもな。

でもやっぱNESエミュレータで誤魔化すのはどうなのか。その手の誤魔化しは、子供も長くやれば気づくと思う。

2018-09-05

ちびまる子ちゃん

作者の死がきっかけになるのもどうかと思うけど

どうしても懐かしくなってしまってアニメ見返したりまんが読み返したりしている

まる子がちょっと日常を飛び出したり身近な人の普段見ない側面を発見したりする回が楽しい

南の島編は私の永遠楽園イメージをもうずっと担っている

いつでもあの一編を読めばいやな日常から離れてキラキラした甘い南の島を味わえる感じがする

A Jolly Dayっていうまるちゃんもっと小さい時の小さい(本人には大きな)冒険譚も楽しくかわいい

まる子が夏休みに幻の洋館を見つけて探検する回も好き

先生の家に遊びに行く回もいい おばあちゃんの家に行く回も楽しい 

フランス料理食べに行く回も花輪くんちに行く回もヨッちゃん彼女が来る回もいいな

押し入れの中にベッドを作って妄想にひたる回も楽しい

まるちゃんとおねえちゃん留守番して二人でカレー作る回も好き

おねえちゃんとは母の日にもグラタンサンドイッチを作っててそれらがやけにおいしそうで

食べたいなーってずっと思いながら見しま

なんか懐かしくてほんとどんどん思い出してしま

雪見遠足いちご飴を持って行く回もいい

漫画アニメと混在した思い出

2018-08-14

未来のミライダメなところ

育児リアリティ表現したいって言っておきながら、世帯収入庶民からかけ離れすぎてて全く感情移入できなかった。

あんな家を建てておいて、土地の余ってる田舎かなって思ってたら横浜かよ。

完全オーダーメイド木造以外の構造含めると建物だけで5~6000万、無駄土地を広く使ってる分だけ設計除いても1億は堅い。

共働きしてた頃の世帯収入が1000万オーバーは確実で、あの若さを考えると2000万近くないと無理かもしれない。親の金だっけ?どっちにしても妬ましい。

そんな余裕のある生活の中で育児あるあるを見せつけられたって、お説教されている気分にしかならなかった。

証拠に、7歳と4歳の子供連れて夫婦で見に行ったけど、全員共通感想は「なんかずっと怒られてるみたいだったね」だったからね。

そりゃあそんな裕福な生活してれば全員身勝手になりますよね以上の感想がない。

ついでにいうと家の作りが子育てに向いてなさすぎて、くんちゃんがなにかする度に気になってしまってストーリー全然集中できなかった。

おもちゃの部屋に行くために玄関に続く急な階段の横を通らなきゃならないし、生活空間から子供部屋が離れてしまっているからいつ勝手玄関を出ていってしまってもわからない。

玄関扉が子供には開けられない作りなのかと思ったらすんなり開けるシーンがでてくるし、この親育児向いてねーわ。

家の中に危険がいっぱいあるのは仕方のないことだけど、わざわざそういうデザインにしたっていうなら設計士としては無能の極み。

たまにいるよね。ライフスタイル変えたくなくて育児破綻している人。特に余計なお金持っている人に多い。

同じように家の中に危険がいっぱいでもお金がなくて6畳一間のアパートしか住めないっていうならリアルだったなー。

そもそも監督庶民感覚なんてとっくに忘れてるんだろうな。金持ち爆発しろ

2018-08-08

https://anond.hatelabo.jp/20180807232651

くんちゃんより未来くんちゃんの方が細田性癖っぽかった

あと一瞬だけ登場する謎の色素薄い系男子

2018-08-07

未来ミライ見たけど思ってたのと違った

事前のネットの反応見てると、もっと兄になることを嫌がるくんちゃんに対して、

周囲が毒親ぶりを発揮してよき兄へと更生される物語を予見していたけど

実際はくんちゃん本人が家系図の人々との出会いの中で自発的に「兄」という役割を受け入れる物語だった。

建築物の奇妙な構造は確かに奇妙だったが、それは父親建築家からということであり、

また母型の祖母から奇妙であると劇中でも指摘されているので気にならなかった。

この作品だけを見て細田守家族観に憤っている人は小町的な言説に毒されすぎだと思う。

それとは別に同じパターンを反復し、かつプライベートに寄りすぎている物語はいささか退屈であったし、

くんちゃんの挙動に対して子共の持つ可愛さや愉快さよりも、気持ち悪さや不快感が先に立ってしまうのは問題だった。

また時間移動が実際に行われているたしいファンタジーの設定も後付感があり、

監督としては本来は全てくんちゃんの妄想という方向にしたかったのではとも感じられ、制作側の不協和を疑ってしまった。

東京駅での演出は師・幾原邦彦と盟友・橋本カツヨの息吹を感じられ、◎

2018-07-30

未来のミライにでてくるかっこいい未来東京駅によく似た駅を昔旅した中国で見たことがあるのだがどこの駅だったか

これは細田守想像する暗示としての中国侵略された未来日本の姿なのかもしれない

よくよく見返してみれば最初に映る鳥瞰図が豪邸に囲まれた狭い家であった

まりくんちゃんは日本

2018-07-29

未来のミライがツライ

見てきたんだけどお母さんのお父さんに対する態度がツライ

第一子のときに何もしなかった罰みたいな感じなんだろうし

イクメン(笑)に対する皮肉もあるかもしれないけど

うちの子に「なんでママはパパをいじめるの」と聞かれて困った

そりゃそう見えるよな

くんちゃんのときにパパが何もしなかったことは作品内で描かれるけど

「だからパパはママいじめられてもしょうがないんだよ」とは言えないし

そもそもあれはいじめじゃないんだよと説明して理解できるもんだろうか

どう説明したらいですかね、先輩ママさん、先輩パパさん。

2018-07-23

未来のミライ

女子高生ミライちゃんタイムトラベラー的なSF要素一切なくただのくんちゃんの妄想産物ってマジ?

しかも、メイン張るほどの重要人物でもなんでもないってマジ?

CMのあの犬になるシーン物語となんにも関係ないってマジ?

OK、ここでCM詐欺だとネガティブなことを言わず良い所を見つけるポジティブさが人生には大切。

面白くない映画面白そうに編集した広報エラい頑張った!

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