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はてなキーワード: 娼婦とは

2020-05-13

[][][]「報国致死はわが社中の精神

第二章 「貧富を問わずに人才を作るは、前金を払うて後の苦労の種子を買うもの

      ――貧民には最低の教育しかいらない 35

「銭あり才あるものは上等の学校に入るべし」

――福沢は選別教育必要を強調する 36

「最も恐るべきは貧にして知ある者」

   ─福沢は貧知者を生まない教育模索する 40

教育の過度を防ぐは、財産の安寧を維持するの一法」

   ─貧知者が生まれぬよう授業料を高くせよ 42

「もっぱら富豪の子弟を教うるの門を開かしむるこそ知者の事」

   ─貧知者が生まれぬよう官立学校を廃せよ 44

「年齢の制限児童を遊惰に導いて悪風に染めしむる」

   ─子どもの遊びの権利も福沢の眼中にはない 48

断じて政事に関するを得せしめず」

   ─文部省から独立にも限度がある 50

学問のすヽめ」の放棄

   ─士族遺伝子を残すためには選別教育こそ必要 58

「報国致死はわが社中の精神

   ─慶応義塾の建学の精神 61

「ただ普通教育・知見のみ、高尚なる学育は第二のこと」

   ─女子高等教育はいらない 67

インパクト出版会 / 天は人の下に人を造る  「福沢諭吉神話」を超えて


第七章 「男女を同権にするがごときは衝突の媒介

――女の領域は家、その美徳優美さ 215

「さしむき自力をもって殖産に従事せんとするも難きこと」

   ─労働権を軽視する福沢女性論は男女平等論とは無縁である」216

「男女を同権にするがごとき平均論は衝突の媒介

   ─良妻賢母主義の原形 219

裁縫の嗜みなき者は女子にして女子にあらず」

   ─家事育児は女の天職 221

新家族の苗字中間一種の新苗字創造して至当ならん」

   ─偕老同穴論が前提されている 226

 「夫婦間の権利については、条文の規定一点の疑いを容るるところなく」

   ─福沢は「明治民法」に全面的な賛意を示す 229

「家会を開設し、婦人女子に家政参与の権を与えたき」

   ─女に参政権はいらない 232

「無遠慮なるべからず、差し出がましく生意気なるべからず」

   ─「女徳」へのこだわり 234

「内実は不品行を犯すとも、これを秘密にして世間の耳目に隠すべし」

   ─ 239

娼妓に依頼して社会の安寧を保つの外あるべからず」

   ─良家の娘を守るために公娼制は不可欠 242

内地においてさえ娼婦必要は何人も認むるところ」

   ─娼婦出稼ぎ人民移住に伴うべきもの 247

人間以外の醜物」、「人類の最下等にして人間社会以外の業」

   ─薄幸な貧しい女性をそこまで指弾するか?! 251

天は人の下に人を造る

声優ってのは結局娼婦なんだよな

2020-05-07

anond:20200507133128

技能実習生身の回りに(日本にしては)大規模農園工場がないからでないか

少なくとも首都圏でも工場で働かされてる技能実習生ニュースに上がってるぜ?

あと娼婦ホストホステスは朝の新宿下り列車見ると結構いるぞ

anond:20200507131749

万引き少年無職ニートやラリ女ややくざホームレスや、公園で草食べてるおじさんやら色々見てきたがじのうぎっしゅうせいと娼婦は見たことがない。白人黒人インド人結構見るけどじのうぎっしゅうせいはついぞ見ない。マジでどういう人たちなんだか。奨学金返せなくなった大学生とどう違うのかもわからない。レアな苦労人なんか今まで通り無視すればよくないか?これから苦労するのが目に見えてる子どもたちを何とかする方がまだ建設的だ。

anond:20200507012523

じのうぎっしゅうせいって実際には見たことがない。実在するのだろうか。娼婦も見たことがない。岡村も。

2020-05-03

もやもやしながらはめふらをみている

今季一番面白いアニメは今のところ、はめふらだと思う

主人公野猿もといカタリナが良き登場人物たちを敵に回すことなく、むしろ好感度MAXココロを掴んでいく鮮やかな流れが魅力的だ

彼女が敏腕営業マンのように狡猾に篭絡しているなら、あら恐ろしいわね(これはアルテの高級娼婦)、と言っていられるが、あくま自然体で好かれていることが物語快感演出している

だけど、主人公のあまりの人たらしっぷりに、視聴していて歯が浮くような気分になる

なぜかというと、やっぱり心のどこかで、何かが欠けた相手なら上手くすれば自分に心を開いてくれるんじゃないか、と思っている自分に気づくからなんだ

現実はそうじゃない、他人が埋めてほしいものなんて簡単にわからない

手を差し伸べようとしても拒絶されるのが関の山だったりする

そんなことを考えていると、はめふらはストレスフリー視聴者原始的な願望に訴えかけるという意味で、俺TUEEEの亜種なんじゃないか

まり一言でいうと、みんな私が大好き、私YASASHIIIってことなんだと思う

岡村JKハルを読んでみるといいと思う

「49歳で独身恋愛経験全然いからこんなことになる」

異性愛者で恋愛経験もなさそうなひとたちが『百合』とかいって喜んでいる」

似てる!

そんな評論家牧眞司氏がかつて激賞したなろう小説こちら、平鳥コウ「JKハル異世界娼婦になった」。

http://novel18.syosetu.com/n4381dp/

タイトル通り、主人公セックスワーカーというのも例の件を連想させるけど、何より重要なのは千葉」というキャラ(悪役)

こいつは「典型的異世界生主人公」の象徴かつ、陰キャ非モテコミュ障クソオタ(元)童貞高校生で、異世界転生してチート能力を得てから立場の逆転した(と本人は思ってる)クラスメイトハルに対してマウントかましまくるような奴。あと当然、客になってセックスもする。

異世界に転生したら、もう絶対面白いとあるんです。転生したら、なかなかのかわいい同級生風俗嬢やります。女は冒険者になれませんから

というわけ。

千葉はかつての自分学校の中での弱者だと思ってて、それに対して陽キャで高カーストハル強者であるという認識を疑わない。だから転生後の世界で、ハルを金で買って身体を好きにすることをある意味、正当な「復讐」のように考えてるんだけど、自分男性であるだけで加担している女性への抑圧には完全に無自覚なんだよね。前世でも異世界でも。

JKハルに登場する他の生き生きとしたキャラ達と違い、千葉人間ですらなく完全に壊れた非モテモンスターとして描かれていて、まともな倫理観を持った人なら誰しもが嫌悪感を覚えることだろう。でもそんな千葉に、敢えて深く感情移入して「JKハル異世界娼婦になった」を読むことで得られるものがある(男性もいる)んじゃないかと、JKハルの大大大ファンであるあたしは思ってしまうんだな。

便乗布教失礼。

2020-05-02

女は金次第で誰にでも股を開くと思っている糞野郎どもが99岡村を叩く

タレント岡村さんの発言話題になっている件。

さすがにお前らフェミニズム20年嗜んできたはてブ民は岡村さんを叩いていないと思う。

セックスワーカー=可哀相な存在と短絡的に定義することは、女性自由意思否定するものであり、フェミニズムからかけ離れた理論であるからである

そもそも岡村さんがこのような発言に至ったか、考えてみよう。

岡村さんはかなり若いからブサイクキャラとしてブレイクした。

あの身長の低さと猿顔で、内向的性格であるならば、やりたい盛りに女の子キャッキャウフフすることは難しかったであろう。(モテモテだったかもしれんがファンではないので知らん)

そんな彼にとって、風俗嬢お金を対価に肌を重ねてくれる巫女――天使や天女の化身なのである

巫女娼婦が重なることは世界中古代中世文明で見られることであり、人間普遍的感覚なことはご存じであろう)

そして、お金を払っても手が出ない一般女性達は、彼にとって雲の上の手の届かない神(もしくは存在しない透明人間である

一方、岡村さんの発言批判した人達にとっての風俗嬢は「可哀相な不幸な女」である

何故なら、現代において「可哀相ではなく、不幸ではない風俗嬢」は存在を許されない。

あなた風俗嬢で、他人自分風俗嬢であることを伝える時に「仕方ない理由はない」と言うだろうか。

顔出しで風俗嬢として顔を売っていこうとしている女性であれば、そういうこともあろう。

しかし、ほぼ全ての風俗嬢そもそも他人風俗嬢であることを知らせることはない。

それが発覚した場合は「これこれこういった致し方ない理由があり、他に手段がなかった」という話になる。

外に出る話は、それらの「仕方なかった」話になってしまう。

限定のバッグが欲しかたから」

「夢を追いかける彼を応援したいから」

FGOガチャで爆死したから。邪ンヌ……」

「整形したいから」

バンドの追っかけをするから

「とにかく色々派手に遊びたいから」

ホストの彼に貢ぐから

これらの理由風俗デビューした女性日本に何人いるのであろう。

若いうちにとにかくお金を貯めたいから」

シングルマザーなので、短い時間生活費を稼ぎたいから」

大学授業料を払いたいから」

起業資金を集めたいから」

こちらの理由はどうだろう。

彼女達は「不幸」な存在だろうか。

そして、これらの理由デビューした風俗嬢はどの程度いるのであろうか。

私にはわからないし、この世界の誰もわからない。

人は常に言い訳を探す生き物であるから様々な「仕方なく」が語られているのであろう。

ただし、上記で挙げた理由風俗嬢になった女性一定存在することは間違いない。

彼女達は「不幸」だろうか。

不幸な風俗嬢存在する。

バカからふつーの仕事なんてできるわけない」

「週5回も働く気力が起きない」

「ずっと座っているとか無理」

「同じことを続けられない」

「人に命令されるとイライラが止まらない」

対応可能であり、割りの良い仕事として風俗を選ぶ者もいる。

彼氏がやれって」

「親が・・・

借金・・・

本当に不幸な女性もいるのは間違いない。

つまるところ、風俗嬢を一括りに語るなんて、愚かでしかないということだ。

それにも関わらず、岡村さんは謝罪することになった。

何故であろうか?

女は性を売ることに躊躇がないと公言たから。

別に岡村さんは全ての女性売女と言ったわけではない。

彼にとって一般女性は神であって手が出せない存在であり、風俗嬢お金を対価に地上に降りてくれる天使なのであるから天使の話しかしていない。不景気時に気まぐれな天使が地上に降りることが増えるだけの話である。彼の中では天使と神が明確に分離しているのだ。

しかしながら、「女は金を出せば誰にでも股を開く」と思っている者には「不景気になると股を開く女が増えて喜ばしい」と聞こえ、感情をひどく刺激した。

何故感情を刺激するのかと言えば、図星を突かれたからに他ならない。

岡村さんの発言が「風が吹けば桶屋が儲かる」ぐらいの話と思えば、誰も批判はしない。

的を射ていると感じたからこそ、炎上したのである

図星を突かれた人達女性観は酷いものだ。

「女は性に対して受身である」「女は意に沿わない相手との性行為に死と同様の苦痛を感じるためセックスワーカーは不幸な存在」「女は金を出せば誰にでも股を開く」

これらの矛盾した考えを無理矢理合体させたのが、今回の顛末である

岡村さんの女性観の方がピュアであり、批判側が女性を性悪に見ているにも関わらず、このような炎上が発生したこと皮肉しか言いようがない。

女性自分の性に関して決定権を持っているというご普通の考えを持っている方々には、さぞ異常な炎上であったであろう。

追伸:過去報道を見ると、岡村より矢部の方がたくさんの女性を傷つけているはずでは……?

2020-04-27

anond:20200427114651

お前…風俗嬢結婚したくない理由最初は「妻としてのスキル」とか何度も言ってたくせに、結局最低なダブスタ職業差別野郎かよ。わかってたけどな。

 

つーか、子に障害が出る可能性がある性病って梅毒

梅毒なら男も同じだよね。女だけ「結婚に向かない」とか言ってるのは単なる職業差別ハイ

   

それにその前の段階として、風俗嬢が妻として母としての幸せを得にくいというのならそれは女が風俗嬢になりたがらない原因になる。つまり不要職業差別が原因でなりたくないのではなく、明確なリスクがあるからなりたくない」のだとお前が証明したことになる。

次に、風俗嬢が「性病にかかりやす環境放置され、自浄作用も期待できず、女としての幸せから遠ざかることが決定的」であるのなら、むしろ積極的風俗業を撤廃してくべきだろう。

職業差別はんた~い、そうすればもっと風俗利用しやすくなるはず~、ってバカか。

 

最初から矛盾してんだよ。

妻にしたくない→妻に向いていないから、ってことは、風俗嬢結婚しにくいってことだ。増田は断固拒否

だけど、風俗嬢は増やしたい、もっと気軽に(?)風俗を利用できるようにしたい、ってことは、

増田の言っていることは「女をもっと気軽に、低額で性的消費したい。しかし、そのための女は自分の妻となる女からはきっぱり区分しておきたい。そして、性的消費する女は増やしたい」。

 

中世の男もそういう理由娼婦堕ちする女が増えるのを喜んだんだよね。

でも増田が言ってることは、「一生男が結婚したがらない女をもっと増やしたい」だよ。

風俗嬢がおおむね、若いうちしかできないことを考えたら、女の貧困化を望んでいると言い換えても過言じゃない。

お前は本当に心の底から性根の腐った下衆だよ。

2020-03-23

( ・3・) クラシック好きの上司ディランを聴きたいと言いだして 3

https://anond.hatelabo.jp/20200323025005

クリスタルマジック

――ところで、わたしは昔から最後のスタンザは少し弱いのではないかと思っていたのですが……。

( ・3・) 弱い? 「リング」と「スプリング」とで韻を踏むのはありきたりだとか?

――弱いというよりは、ピンとこないといったほうが正確かもしれません。「彼女は春に生まれたが、わたしは生まれるのが遅すぎた」――これはどういうことなんでしょう。

( ・3・) 彼女のほうが歳上だったんじゃないか? 50歳くらい。

――それはたしかに too late な気がしますが、もし年齢が離れていることが問題なら、彼女三月まれであれ、七月生まれであれ、一年のうちで生まれた時期に言及する意味はないはずなんです。

( ・3・) 春に生まれようが夏に生まれようが誤差みたいなものからな。

――はい。これではまるで――占星術ではないか

( ・3・) ははは、まさか

――ここに一枚の写真があります1975年に撮られたものです。

https://twitter.com/kedardo/status/1242030916232339458

( ・3・) ボブ・ディラン、本を読む。

――何という本ですか?

( ・3・) 『クリスタルマジック』と書いてある。マジックのつづりが変だけど。

――目次には次のような言葉が並んでいます。「ケンタウルス獅子を狩る」「シャンカラ理論現実をどう捉えるか」「ハクスリーの知覚の扉」「アジナチャクラあるいは第三の目」「カバラの諸相」

( ・3・) 神秘主義ロイヤルストレートフラッシュという感じだな。

――星座が何であれば、支配星は何、エレメントは何、という表も載っています

( ・3・) 本を読め、ただしまともな本を、と釘を刺したばかりだというのに。

――まともな本も読んでいますよ。このころディランチェーホフコンラッドに傾倒していたはずです。 [3] [4]

( ・3・) じゃあ『クリスタルマジック』はたまたま手にとっただけで、内容を真に受けたとまではいえないんじゃないか

――1974年コンサートツアーを再開した理由を、ディランは次のように語っています。「わたし惑星系 (my planetary system) において土星障害となっていた。その状態がしばらく続いていたが、いま土星は別の場所へ移動した」 [5]

( ・3・) プラネタリ・システムて。

――1976年アルバム『ディザイア』のバック・カヴァーには、タロットが描かれています

( ・3・) タロット! イタロ・カルヴィーノの『宿命の交わる城』は何年だっけ。ちょっと待って――第一部・第二部の合本が出たのが1973年英訳1977年だ。

――1978年のインタヴューでは、占星術を信じているのかと単刀直入に訊かれています

PLAYBOY: OK, back to less worldly concerns. You don't believe in astrology, do you?

DYLAN: I don't think so.

PLAYBOY: You were quoted recently as having said something about having a Gemini nature.

DYLAN: Well, maybe there are certain characteristics of people who are born under certain signs. But I don't know, I'm not sure how relevant it is.

PLAYBOY: Could it be there's an undiscovered twin or a double to Bob Dylan?

DYLAN: Someplace on the planet, there's a double of me walking around. Could very possibly be. [6]


( ・3・) 信じているかといえば、信じてはいない。星座人間気質とのあいだには何か関係があるかもしれないが、どの程度なのかは分からない。――うーん、言質を取られるのを避けているみたいだ。

――もともと質問に率直に答える人ではないのですが。

( ・3・) 思い出した。昔、日本の有名な批評家イェール大学文学を教えに行ったんだが、向こうでは占星術流行っていて、同僚の学者の生年月日がどうのこうのと書いていたっけ。あれも70年代半ばじゃなかったかな。

――期せずして、アメリカにおける神秘主義流行、というテーマに足を踏み入れてしまいました。

( ・3・) ……引き返そうか。

転がる石はふりだしに戻る

――「彼女は春に生まれたが、わたしは生まれるのが遅すぎた」の意味をめぐって脇道にそれてしまいましたが、実は、意外なかたちで問題消滅します。

( ・3・) 占星術よりも説得力のある解釈が見つかった?

――いえ、問題自体が消えてなくなってしまうんです。アルバム発表から一年も経たないうちに、歌詞が書き直されて、最後のスタンザは大きく変わります1975年ライヴ録音を聴いてみましょう。

https://youtu.be/BP_pZ841Nqs

People tell me it's a crime

To know too much for too long a time

She should have caught me in my prime

She would have stayed with me

Instead of going off to sea

And leaving me to meditate

Upon that simple twist of fate


( ・3・) ジェミニ連想させる "she was my twin" も含めて、占星術につながりそうな表現はなくなったな。詩の問題解決を、人は問題消滅によってうやむやにする。

――「彼女わたし双子だった」も、考えてみれば謎めいた表現です。「本当の恋人だった」と「双子だった」とが置き換え可能かといえば、そうではないと思います

( ・3・) 歌詞だけじゃなくて、コード進行旋律も変わっているぞ。

――そうなんです。これまでわれわれが検討してきたことの少なからぬ部分が、このヴァージョンには当てはまらなくなっている。ディランにしてみれば、もう「わたしはそこにはいない」んです。

( ・3・) うなぎみたいなやつだな。

――歌詞の変更は1975年以降も続きます。「彼」と「彼女」とが入れ替わったり――

( ・3・) 体が?

――立場がです。第一タンザで「孤独を感じ」「まっすぐに歩いていればよかった」と願い、第二スタンザで「夜の熱気に打たれるのを感じ」るのは、「彼」ではなく「彼女」になります80年代にはさら全面的な変更があり、90年代には――

( ・3・) もはや原形を留めなくなった?

――いえ、それが――。

( ・3・) それが?

――おおむね元のかたちに戻りました。

( ・3・) ……。

――……。

( ・3・) 「彼女は春に生まれたが、わたしは生まれるのが遅すぎた」も?

――はい。細部の表現は今でも揺れていますが。

( ・3・) 抑圧された占星術回帰……。なくなったはずの問題の再燃……。まるで人生のようだ。

An’ I have no sense of time

――これで「運命のひとひねり」は概観できました。全体について何かありますか?

( ・3・) 英語は易しめだったな。

――ほかの曲はもっと歯ごたえがあるので安心してください

( ・3・) 「彼」と「彼女」との間に何があったのか、曲のなかでは詳しく語られないけど、これは、その、いわゆる一夜の関係というやつなの? [7]

――なぜそう思ったんですか?

( ・3・) 「ネオンの輝く見知らぬホテル」とか。

――ただ、それだと、彼女がいなくなったときの彼の傷心ぶりや、「指輪をなくしてしまった」のくだりはうまく説明できません。

( ・3・) そうなんだよな。じゃあ、ある程度つきあった恋人たちの最後の夜だったんだろうか。

――第一タンザに、「体の芯に火花が走るのを感じた」とありますが、これは恋に落ちるとき表現だと思います。まあ、よく知っている相手に対して改めて火花を感じる、という可能性もゼロではありませんが。

( ・3・) すでにつきあっている恋人同士なら、見知らぬホテルの前でまごまごするのも不自然だしな。うーん、こんがらがってきた。一方では、彼と彼女とは一夜の関係に見える。ある日の夕暮れに物語が始まって、翌朝には彼女は姿を消している。その一方、物語の後半では、彼は生涯の伴侶を失った男のように見える。

――常識観測結果とが矛盾するときは、常識を捨てなければなりません。

( ・3・) 何を言いだしたんだ急に。

――ある日の夕暮れから翌朝まで、と考えて矛盾が生じるのであれば、そう考えるのをやめればいいんです。

( ・3・) いや、でも、ある日の夕暮れから翌朝までじゃないの? ネオンの輝く見知らぬホテル長期滞在して、数年後の朝に彼女はいなくなりました、なんていくらなんでも無理があるだろう。

――キュビズム絵画では、ある対象複数視点から捉え、平面のキャンバス再構成して描きます

( ・3・) 何を言いだしたんだ急に。

――ある日の夕暮れから翌朝まで、という枠組みのなかに出会いから別れまでの一切が凝縮されたかたちで描かれているとしたら?

( ・3・) 時間の流れが一律ではなかったということか? 

――いいですか、時計の秒針が聞こえてくるのは、彼女がいなくなった後です。それから彼にとっての永遠現在が始まり彼女がいた過去は、彼の記憶のなかで遠近法的な奥行きを失うんです。

( ・3・) 時計一種の仕掛けと見立てて、内在的に解釈するわけか。理屈は通っているかもしれないが、常識を捨てさせるには、まだ十分ではないと思うぞ。

――では、時間の流れが一律であるとは限らないという外在的な傍証を。1978年のインタヴューです。

Everybody agrees that that [Blood on the Tracks] was pretty different, and what's different about it is that there's a code in the lyrics and also there's no sense of time. There's no respect for it: you've got yesterday, today and tomorrow all in the same room, and there's very little that you can't imagine not happening. [8]


( ・3・) おい、詩に暗号が隠されていると言っているぞ。

――その点は保留にしてください。

( ・3・) 時間意識は失われている。過去現在未来が同じ部屋に混在して、想像しえない出来事などほとんどない。

――はいどうでしょう

( ・3・) 「運命のひとひねり」の解題ではないんだな?

――アルバム全体についてのコメントです。

( ・3・) そうだな、まだ腑に落ちるとまではいかないが、時間の扱いは気に留めておいたほうがよさそうだ。

――はい。実は、キュビズム絵画や、時間意識をもちだしたのは、次に聴く曲「タングルド・アップ・イン・ブルー」でも同じ問題がでてくるからなんです。邦題は「ブルーにこんがらがって」。ディラン重要な曲を挙げるとしたら、まず10位以内には入る。人によっては1位かもしれない。というわけで、ウォーム・アップは終了です。次は少し難しくなりますよ。

おいとま

そのようにして彼らは「タングルド・アップ・イン・ブルー」を聴き、「シェルターフロム・ザ・ストーム」を聴いた。窓のかたちをした陽だまりが床を移動し、寝ていたストラヴィンスキーの首から下が影に入ってしまった。もう次の曲に進む時間は残っていなかった。デレク・ベイリーCDを持って帰らなければ、と彼は思った。マイルス・デイヴィスビル・エヴァンスならいつでも買い直せる。しかベイリーは品切れのまま再発されないことだってありうるのだ。

「もう帰るのか?」と上司は言った。

はい。それで、デレク・ベ」

「おまえの家は一戸建てだったな、たしか。陽当たりと風通しは良好か?」

「陽当たり? まあ、それなりには。それで、デ」

「窓からの眺めは?」

「眺め? まあ、壁しか見えないということはありませんが。そ」

「じゃあ、決まりだな」と上司は言い、リムスキー=コルサコフの両脇を後ろから抱えると、目の高さまで持ち上げた。

「新しいパパだよ」

それから

かくして予言成就し、わたしは持っていったもの以上を持ち帰ることになる。小さなモフモフと、モフモフの当面の生活必要なモフモフ用品とを。

まずはこの子に、猫としてまっとうな名前をつけよう。このままだと、もし何かの拍子に迷子にでもなったら、「リムスキー=コルサコフ! リムスキー=コルサコフ!」と大声で呼びながら近所を捜し回らなくてはならない。獣医にかかるとだって、きっと問診票に名前を書く欄があるだろう。常軌を逸した飼い主だと警戒され、信頼関係を築くのに支障をきたすかもしれない。

しかし、猫に名前をつけるのは難しい――T・S・エリオットOld Possum's Book of Practical Cats にもそう書いてある。クラシック作曲家では大仰すぎる。ジャズミュージシャンではどうだろう。わたしCDレコードの棚の前に立ち、名前候補ピック・アウトしていく。チェット。論外であるマタタビに耽溺してばかりの猫になってしまいそうだ。ドルフィー。才能も人格も申し分ないが、早世の不安がつきまとう。ベイリーデレク・ベイリーCDを取り戻すまで、わたしはあとどれだけの道を歩まなくてはならないのだろう。

わたしは気づく。予言成就していない。少なくとも完全には成就していない。人知を超えた力によって予言ねじ曲げられ、わたしは持っていったもの以上ではなく、持っていったもの以外を持ち帰ったのだ。新しい家の探検を終え、お腹を上にして眠るさなモフモフよ、おまえのしっぽが曲がっているのも、運命のひとひねりのせいなのか?

[1] 実際にはEより少し高く聴こえる(テープ再生速度を上げているため)。

[2] これ以降、歌詞引用は2小節ごとに改行を加えている。

[3] Bob Dylan. Chronicles: Volume One. Simon and Schuster, 2004. p. 122.

[4] Sam Shepard. Rolling Thunder Logbook. Da Capo Press, 2004. p. 78.

[5] https://maureenorth.com/1974/01/dylan-rolling-again-newsweek-cover-story/

[6] Interview with Ron Rosenbaum. Playboy, March 1978; reprinted in Bob Dylan: The Essential Interviews. Wenner Books, 2006. p. 236.

[7] 草稿では、第三スタンザは以下のように書かれたあと、大きなバツ印がつけられている。"She raised her weary head / And couldn't help but hate / Cashing in on a Simple Twist of Fate." 初めは娼婦として描かれていた点を重視することもできるし、その構想が放棄された点を重視することもできる。

[8] Interview with Jonathan Cott. Rolling Stone, November 16, 1978; reprinted in Bob Dylan: The Essential Interviews. Wenner Books, 2006. p. 260.

2020-03-20

anond:20200320153820

そこまで単純化してしまうと「公共の場ミニスカートを履くな」という話になってしまうけど、そういう話ではないはずだし、そういう話にしてはいけない。

一方でたとえば、「公務員女性制服としてミニスカート採用しました」というのは問題だろう。しかしそれを批判するときに「こんなもの娼婦服装だ」とか言ったら炎上もするだろう。

その辺りを批判側も擁護側も混同しているから話が噛み合わないんだと思うよ。

2020-01-27

[]浅い批評家ほどポリコレぶる現象

異世界レビュアーズ」第三話に強く抗議する。

https://anond.hatelabo.jp/20200126232858

いねこれ。



1.ちゃんと見てんのか?

→いや人間の男の乳首だって神経通ってるよな?と突っ込んだが、まぁそれも許す。

そこは乳首じゃなくて女性器の話だろ

ちゃんと観てんの?

途中で男性の性産業従事者に対するルッキズムっぽいものもあった気もするが、

まぁキライなオカズに当たっちまった時の反応だろと思ってスルーする

はあ~~~あ?

「ぽいもの」「あった気もする」ってなんぞ?

そんなの1話からガンガンに出てきてるが?

ていうかレビューで点数付ける話なんだが?

ちゃんと観てんの?

問題オチだ。

オチとは以下の通りだ。

両性具有天使女体化した折に、プレイ相手としてハイエナ娘(男根がある)を選んだことを

人間あいつ、確信してるじゃねぇか」(眉をひそめて)

エルフ「というか、あいつやっぱり」(顔面蒼白

ホビット「男もいけるんじゃ」(顔面蒼白

……一同、振り返って異形を見る眼付で天使を見る。

天使「?」

その天使の背景にレインボー(虹)が出て……

                  (終わり)

いや何だよこの展開!

男が男性セックス相手にすることを、明らかに変態趣味として扱ってるよな?

あのねえ

彼等は買春趣味だと公言する荒くれ冒険者

初対面の少年娼婦を奢り未経験からと尻込みすればなお喜ぶという

ホモソの権化みたいな奴等として人物造型されてるんですよ?

リムに対する態度が問題だっていうなら1話の時点で大問題だろバーカバーカ。

3話になってわかりやすゲイの話が出てくるまで気づかないような頭の鈍いバカタレがなに偉そうに大騒ぎしてるの?

バカが一人前の人間のような顔してるの見せられるのってすごく不愉快


2.お利口さんポリコレ問題

女体化自体はどうでもいい。

せっかく女体化したのに、女を呼んで百合プレイをするというチキンな展開もどうでもいい。

は?

女体があったら男とやらなきゃいけないってこと?

女とやったらチキンてなに?男とやる方がガッツあって偉いの?

ほえええ~~~?なにそれ?ちゃん理屈説明できる?

変なジェンダーバイアス持ってるのはお前の方じゃありませんか?



結局お前の言ってるのってお利口さんポリコレなんだよね。

パターンで「こういうのはよくありません」ていう例題をまる覚えしてるだけ。

からやべえっていうなら1話からやべえってことすらピンとこない。

3話にもなって同性愛っていう表層的なパターンを見つけてようやく「いーけないんだ!」になる。

あげく同性愛への偏見告発する文で「せっかく女体なのに女とやるなんて」などと口走っちゃう

バカが。


ついでに言えば、クリム指向はあの3人から否定されただけで描写として別に異常者とか劣った奴として扱われてはいない。

客観的にいえば女体化をより自由根本的に楽しんでる今週の主役はクリムなわけ。

タンクとゼルは快楽主義者の癖にまだそこまで踏み込めてない未熟者という描写


プレイ内容ちゃんと見りゃ別に画一的価値観なんか描かれてないの。

ゼルは自分が思ってるほどストレート的なアイデンティティを固守出来てないし

カンチャルも強制的にだけどずっと痛い痛いって言いながら挿入される側になって普段サド男性としての自認や立場崩壊してるし

「男らしく」百合プレイに踏みとどまれてるのはスタンクだけ。

グラデーション出てるんだよね。

更にいえば「男らしさ」を守ったスタンクプレイ最初にサラッと流される一番しょっぱい退屈なものとして描かれてるのも気付いてるだろうか?

(「女とやってるチキンから」じゃねえよ?スタンクは女の身体でどう楽しむかについてビジョン持ってない奴だったからだよ。

  同じ状況でも「女になってレズプレイすること」に熱い欲望ビジョンを持って臨んだならこの回スタンクが主役になることだってできた。)


ついでに話数をまたいだことまでいえば

リムはクリムでスタンク達に偏見自意識過剰な警戒心を持ったことがあって

1話で命を助けられた直後でありながら(買春趣味だなんて、女性器があるとバレたら強姦してくるかも知れない)と考えて男だと嘘をつく描写があって

それが3話で逆に巨根を持ったバイだなんて、油断したら俺等もやられるのかも知れない)と偏見&警戒をされる側に逆転しているというギャグだったりする。

1話の時点で性体験ゼロで3話でも未だに消極的な顔をしてついて来るクリム

気付いたらスタンク達より前のめりな性を楽しむようになってて畏怖されるという逆転でもあって

単にゲイについてどうこうなんて単純な情報ギャグじゃ無いんだよね。


まあその場その場の表層描写しか理解できず

お利口ポリコレで誉めてもらうネタ必死に探すだけの目ではそんなとこまで気付かないだろうよ。



3.まとめ

レビュアーズはお下劣馬鹿エロアニメだけど

それにしたってお前の鑑賞と批評は浅い。浅すぎる。


お前が普通にアニメ批評書いてもつまんなすぎて誰にも相手されないだろう。

そういう素の能力勝負したら誰にも相手されない低能馬鹿の分際でレスポンス欲しがる奴は

そうやって外付けのお利口さんリベラル価値観に身売りして

サモ何か良心的で重要な指摘のような顔で「いーけないんだいけないんだ」する告発文を書く。

そして普段と違って誉められたり反応されたりして癖になる。


浅い批評に浅いポリコレもどきをくっつけて合わせ技でなんとか人に相手してもらえる水面に顔を出す存在

こういうお利口ポリコレ人間って本来ポリティカルコレクトネス理念からしても割と害だと思うんだけどね。

こいつらが本当に満たしたいのはただの承認欲求じゃん。

「何かを正義風に雑に攻撃する言説を繰り返す」って、承認欲求の満たしかたとしては圧倒的に間違えてるよね。


お前のようなやつの駄文は世の中を一ミリもよくしたりはしないよ。

ただお前がしょうもない承認をかき集めて束の間の満足を得て悪い癖を付けるだけで

お前自身の為にすらなってない。

異世界レビュアーズ」第三話に強く抗議する。

タイトルのこの「。」に鼻息フンスフンスしてるくだらない自意識が見事に現れててイイよね。

お前の文で一番面白かったのこの「。」だよ。

笑えた。

2020-01-14

娘が化粧したいと言ってくる

娘が化粧したいと言ってくる

気が付くと娘が外出するとき化粧するようになった。

みっともないのでやめるように言うが、仕事するときマナーだと屁理屈を言う。

そんなマナーいたこともない。男がいる職場なので色気づいているのだと思う。

まりに頑固に言い募るので、東電OLのように昼はOL、夜は娼婦として働いているのではないかとも勘ぐってしまう。

私は主婦で、小遣いの範囲内でまかなったアルビオンの一式で化粧するが、

年齢が年齢なので当然だ。娘はまだ20代だし未婚なので化粧は必要ないのではないか

娘は最近一人暮らししたいと言ってきかない。

職場まで電車で片道二時間とはいえ十分通える距離だし、未婚の娘が一人暮らしをするなんてふしだらな女だと思われてあっというまに襲われてしまうだろう。娘は強姦される責任も取れない癖に一人暮らししたいという。

言っていることがおかしいことに気づいていないのだ。

親と仲良くなれない人はどんな人間関係もうまくいかない。

娘は髪も短く切ってしまった。ショートボブとか言っていたが要するにただのおかっぱだ。

そんなの女らしくないし正常な男性プロポーズしてもらえないのでやめるように言ったのだがこれもきかない。

世の中のお母さんはどうやって娘に言うことを聞かせていますか?

2020-01-09

2019年かわいかったアニメキャラの思い出

年越えちゃったけど、振り返っておくね。








なんか去年はケモミミキャラ多かったね。ケモミミがついていると、この世のものでない感じがして好き。

2019のベストかわいいキャラを決めようと思うと、それぞれの良さがあるから迷うね。

2020-01-04

ブラック校則VS弁護士1990年前後の戦い

1.まえがき

ここ数年、ブラック校則話題になっているが毎日新聞の記事に『中学校でどのような校則があったか』の年代グラフがある。

こちらのグラフでは特に帰宅途中の買い食い』『スカートの長さ』などの校則について、今(正確には2018年)の20台~30台で一度は緩和されたことが見て取れる。

まり毎日新聞記事にあるような『昔より今が厳しく』という一直線の構図ではなく、昭和から平成へと移った1990年頃に“管理教育”への批判とそれに後押しされた校則を巡る人権救済案件裁判があり、

その影響で1990年代後半~2010年頃には校則の緩和が行われていて、その揺り戻しが最近になって再び出てきているというのが正しい実態なのではないか

そして、ちょうどその頃の『1990年ブラック校則』をめぐる案件に関わった話をたまたま本で読んだので書いてみよう。

ちなみにその本とは、伊藤芳朗(弁護士)著・『ボクが弁護士になった理由』という本だ。

2.S女子高校管理教育事件

著者は「この事件前後して綾瀬女子高生コンクリート詰め殺害事件があった」と書いているから時期はだいたい想像できる。内容については少し長くなるが以下に引用する。

この事件は、当時問題になっていた管理教育の最たるものでした。まず、登下校時には、100メートル置きに教師が立って服装髪型、歩き方などをチェックする。もちろん決められたルート以外の道を通るのは許されない。

山手線の駅に近いため、駅には教師変装してスパイ活動をしている。髪型は三種類に決められており、おかっぱ頭可、中くらいか、長いかだけ。中くらいの時は黒のゴムで2つに縛らなければならず、長い髪は三つ編みにしなければならない。

もちろんワンレンとかポニーテールは不可。パーマや毛染め、脱色はもってのほか(即退学)。しかも、三種類の髪型を変える時は教師許可必要

また、下着の色が決められていて、肌色か白でないとダメピンクは不可。そのため、全校一斉の抜き打ち検査が度々あり、全校生徒が体育館に集められ、男性教師が並ぶなか、一人ひとり服をめくられてチェックされる。

もし決まった色の下着を着ていなかったり、夏の暑い時にスリップを着用していなかったりすると、壇上に上げられて教師たちから「この子たちは娼婦です」と罵倒され、笑いものにされる。(中略)

体罰は横行し、女生徒も平気で教師から下腹を膝蹴りされる。顔を殴るのは当たり前。言葉による暴力も凄まじい。(上掲書。p.224-226)

平成の初めの時期ですらこのような管理教育があったという。このケースでは、中退した元生徒を申立人として弁護士会に人権救済を申し立て、最終的には校則制服の全面改訂で妥結したそうである

3.S高校パーマ自主退学強要事件バイク退学処分事件

前者のパーマ事件があり、報道されたことを受けて別の生徒が『自分もこのような理不尽な退学処分を受けた』と訴えてきたのが後者であり、著者が主に関わったのは後者であったらしい。

男子生徒はS高校在学中にバイクに興味を持ち、免許を取得してときどきバイクに乗っていました。その後、先輩が事故したこときっかけに男子生徒はバイクに乗るのを止め、自主的にバイク免許証を担任に預けていたのですが、元来メカいじりが好きな男子生徒は他人バイクの修理などを自宅で行っていました。そのような経緯から男子生徒は今でもバイクに乗っているのではないかという疑惑が持たれ、免許証を預けていたなどの態度も一切考慮されず、弁解をする機会も与えられないまま退学願いを出すよう強要され、これを断ると退学処分を行ってきたというものです。(上掲書。p.241-242)

最近は見直されつつあるというバイク関係、いわゆる「3ない運動」を厳しく実施することに関する事件だったのだろう。そして

最初学校側と復学交渉しましたが、あまり学校側の弁護士(元検察官)の態度が悪いので(元生徒)本人が怒りだし、ボクたちも頭に来たので、たぶん全国でも初めてだったと思いますが、裁判所に申し立てて、学校に残っていた職員会議録や元生徒の生徒指導要録を証拠保全裁判が始まる前に相手方が持っている重要証拠を押さえてしまうこと。医療過誤訴訟カルテの書き換えを防止するため行うことが多い)したのです。(中略)これも全国初だと思いますが、校則を正面から争った裁判で、生徒側が勝訴したのです。

という結果となった。

4.ボンタン事件

ボンタンというのは幅広ズボンのことだが、制服を改造したりするのが流行っていた時期だったのかその辺の影響はわからない。

とにもかくにも、男子生徒が校則違反ボンタンを履いて登校したところ学校からブロックアウトされ授業を受けられないという事例が埼玉県千葉県で同時期にあったという。

学校側の理屈は、「授業を受けさせないと言った覚えはない。校門のところで『履き替えてきなさい』と指導したら家に帰ってしまっただけだ」というもので、まったくお話になりませんでした。

しかも、論争していると、驚いたことに両校とも言うことは全く同じで、「それじゃあ弁護士さんたちは女生徒トップレスで登校してもよいと仰るんですか?」もうこれには言葉もありませんでした。ホントはこいつら女生徒トップレスが見たいんじゃないか、と思わせるほど同じ言い方だったのには呆れるばかりでした。(上掲書。p.244-246)



5.ところで

増田がこんなことを書いた理由は2つある。

1つは、『ブラック校則場合によっては弁護士会の介入や裁判を招く』ことを多くの人に伝えたいと考えたから。

もう1つは、これらの事件に関して同書に興味深い記述があるから。その興味深い記述とは以下のようなものだ。

(2の事件学校で)

ある体罰教師は言いました。「ボクも、本当にこんなに暴力を振るっててよいのかと自問したことは何度もあります。でも、周囲が同じようにやっていて、自分も今まで体罰を繰り返していたのに、急に体罰をやめると、自分としてもやるべきことをサボっているという錯覚に陥り、やめることができなかったのです」(中略)

さらに、校長先生お話もっとも印象的でした。「私は、実は何度も管理教育を見直そうと悩んだんです。でも、もしウチが突然管理教育を止めたら、生徒は一時的にも荒れるでしょう。そうすると必ず親の方から、『なぜもっと厳しく躾けてくれない』とか、『学校が甘いからウチの子がだらしなくなった』とか、必ず学校が責められるんです。でも、今回は弁護士会という外圧がかかった。だから、親からクレームがついても、『弁護士から圧力がかかったから、仕方がないか校則を緩めたんです。文句があるなら弁護士会に言ってくれ』って言えるでしょう。助かりました」

結局、管理教育をやる側の教師たちも、何も悩んでいない訳ではないのです。むしろ、内実を知らず、やみくもに厳しくすることだけを望む親との間で苦しんでいる姿がそこにはあるのです。

(4の事件学校で)

埼玉の方の学校は、帰りがけに教頭先生がポツリと、「実は私つい最近までアメリカ研究留学していましてね、本当はこんな服装のチェックばかりやらされて『アホらしい』と思っているんですよ」と仰るのです。

結局のところ、『無意味から止めろ』というのは簡単だ。だが、実際には『管理を強化』が必ずしも安全の向上には繋がっていないとしても、『安全のため』を錦の御旗にされるとなかなか反対できない。

あるいは本当に止めようとなると始めた人の責任問題になったり、互いの空気の読み合いになったりする。だからなかなか止められない。学校に限らず、企業役所非営利団体でもありがちな話だ。

そのような構造を見ると増田は別のことも思うのだ。

管理の強化は、結婚のようなものである。始めるのは簡単だが、終わらせようとすると苦労する』

2019-12-07

anond:20191207142351

途上国の薄汚い娼婦動物みたいなセックスしてるのがすげー抜けるぞ

リアルってこういうことだな

2019-11-04

お前らは全員フェミニズム理解していない

献血ポスターの件でまたあちこち燃えているけれど、フェミニズムについて両陣営がよく理解していないまま戦争しているなあ、と考えていたらふと学生時代に書いたレポートを思い出したので供養しようかと思う。

これは「ポルノグラフィ法規制」に対してのフェミニズム観点テーマであって今回の件とは必ずしも直接は関与しないが色々なところが補助線として使えるのではないかと思うのでもし議論の整理に何らか役立てば。

字数が切れていたので分割。

anond:20191104142158

以下本文

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1. 問題設定

レポートでは、ポルノグラフィとその法規制について、いくつかの観点から検討する。ポルノグラフィは、フェミニズム運動の中でリプロダクティヴ・ライツやセクシュアル・ハラスメントなどと並んで一定地位を占めてきた。一方で、その規制は、日本国憲法21条や米国憲法修正1条にいう表現の自由と正面から激突するものでもある。本レポートにおいては、日本国憲法の射程に限定しつつ、これらがいかに衝突するものであり、どう分析されるべきかを簡単に整理することを目標とする。

2. ポルノグラフィ定義

最初検討されるべきは、規制対象たりうるポルノグラフィいかなるもの定義されるかということである。もちろん、いかなる性的描写ポルノグラフィであって規制対象たりうる、という立場自体不可能ではない。しかし、表現の自由が強く保障されることを前提としたときに、容易には首肯しがたい立場であるということは言うまでもない。表現の自由への制約は可能な限り小さくなくてはならないというのが前提であるとすれば、規制対象となるべきポルノグラフィもそれ自体また狭く定義される必要があるであろう。

まず、一般的ポルノグラフィ定義について俯瞰する。いわゆる四畳半襖の下張事件において、「わいせつ性の判断に当たっては、文書全体としてみたとき、読者の好色的興味に訴えるものであるかどうか否かなどの諸点を検討することが必要で、これらの事情総合し、その時代健全社会通念に照らして、チャタレー事件で示したわいせつ要件に該当するといえるかどうか判断すべきである」という判断がなされており、わいせつ要件(通常人羞恥心を害すること、性欲の興奮、刺激を来すこと、善良な性的道義観念に反すること)をベースとしたうえで、社会通念に照らして文書等のわいせつ性が判断されるという判例を構築している。

判例立場は、わいせつ性が前面に出ているのか否かという観点を取り入れることによって性的対象を扱った作品であっても、芸術的価値の高さなどに応じてわいせつ物該当性を認めないという形で一定の制約を設定しているといえる。ここには、表現の自由との緊張が見て取れる。つまり本来性的表現であっても、直接他者危害を与えるものでない限り、国家によって自由を制約されるべきではない。しかし、わいせつ該当性があるならば、例外的規制することが許されるとしていわゆる定義づけ衡量を行ってわいせつ図画を規制しているものであるといえる。

一方で、Andrea DworkinやCatherine McKinnonはポルノグラフィいか定義たか。それは、実際に彼女たちが起草した反ポルノグラフィ条例に見て取れると考えられる。ミネアポリス市の反ポルノ条例第三条 は、「ポルノグラフィとは、図画または文書を問わず写実的描写され、性的にあからさまな形で女性従属させるものであり、かつ次の各事項の一つまたはそれ以上を含むものを言う。(1) 女性人間性を奪われた形で、性的な客体、もの、または商品として提示されている、(2) 女性苦痛や辱めを快楽とする政敵対象物として提示されている、(3) 女性レイプされることに性的快感を覚える性的対象物として提示されている、(4) 女性性が縛られ、切りつけられ、損傷を加えられ、殴られ、または身体を傷つけられた性的対象物として提示されている、(5) 女性性的服従姿勢提示されている、(6) 女性が、その身体の部位……に還元されるような形で示されている、(7) 女性が生まれつきの娼婦として提示されている、(8) 女性がモノや動物によって挿入された状態提示されている、(9) 女性が、貶められたり、傷つけられた李、拷問されたりする筋書きにおいて、汚らわしいものないし劣等なものとして、または出血したり、殴られたたり、傷つけられたりして描かれ、かつそれらの状態性的ものとする文脈の中で提示されている」と詳細に定義している。最高裁判例の打ち立てた上記基準と比べるとこれは、はるかに明快である

ところでこの二つの定義には、その明確性を超えて、根底的な部分でのポルノ観の相違が明々白々と見て取れる。これは、ポルノ規制日本において考える際にも重大な差異であると考える。

最高裁におけるわいせつ概念定義は、三要件を用いたその定義から明らかに社会的性道徳、善良な性風俗といったもの保護対象としている。つまり、過度に扇情的ポルノ作品市場に氾濫することで、社会を成り立たせている道徳基盤が破壊されることを防ごうという目的である。いわゆるチャタレイ事件控訴審における判決理由中の「かゝる文書猥褻文書として排除せられるのは、これによつて人の性慾を刺戟し、興奮せしめ、理性による性衝動制御否定又は動揺せしめて、社会的共同生活を混乱に陥れ、延いては人類の滅亡を招来するに至る危険があるからである」という文章は、まさにこの懸念わいせつ文書規制するべき理由であるということが念頭に置かれているものであると考えられる。

ミネアポリス市かいくつかの都市で起草された条例は、こうした目的のもとにポルノグラフィ規制しているのではない。それは、McKinnonらの論文や、また、条文そのものから明白である。ここで、ポルノグラフィはまさしく「女性差別」そのものとして認識されている。

ポルノグラフィは、女性を隷属させ、性的対象化objectificationするものである、とラディカルフミニストたちは考える。つまり、「ドウォーキンはいう。『女性従属においては、不平等のものがセクシュアルなものにされる』。マッキノンも次のように述べている。『ポルノグラフィーは女性の不平等をセクシュアルなものにする。それは女性の不平等セクシーものに仕立て上げる。それは、言葉の最も広い意味で、支配服従をセクシュアルなものにする』」 。

ここで、ポルノグラフィに対する定義が、二方向のアプローチを有しうることが示されている。つまりポルノが消費されたときに、社会倫理的道徳的にどのような影響を受けるかという観点と、道徳観点を一切取ることなく、ポルノの中で女性がどのように扱われているか、またポルノを消費する男性女性に対してそれを再演することでどのような危害が生じるか、という観点である

Millの提示した危害原理を素直に適用する限り、後者観点の方が規制根拠としては明らかに優れている。前者において、明白な危害存在していない。先に引用した人類滅亡論などは、まさしく論理の飛躍であろう。一方で、後者アプローチをとるならば、それが証明される限り、実際の危害が生じていると言える。これは、いか表現の自由価値絶対視し保護するとしても、しかしそれを規制する十分に強力な根拠たりえる。次章では、ここで主張される危害について検討する。

3. ポルノグラフィ危害

ポルノグラフィが「危害」を有するものであるならば、それは表現の自由を主張してもなお規制に当たることは言うまでもない。表現の自由に対して強く保護を与えることを主張したアメリカのOliver Wendell Holmes Jr.判事であっても、満員の劇場で「火事だ!」という嘘を叫ぶことをいかなる表現の自由保護しないと明言している 。また、実際にポルノグラフィ一般的危害を生ぜしめないとしても、上記の条文を見るに、発生しうる危害から逆算的にポルノグラフィ定義されており、これは限定列挙であると考えるべきであろう。

もっとも、注意しなくてはならないのは、ここで挙げられたものは、危害を「創作」したものまで範疇に含まれることである。つまり女性傷害を受けるという「現実」の存否にかかわらず、そうした創作は、ポルノグラフィとして定義される。そうした映像が、現実における傷害と必ずしも一致しないことは、あらゆる劇作の前提である 。そして、実際に生じた傷害については、こうした条例法律にかかわらず民事上、刑事上の責任を負わしめることが可能である

危害がどの広さで認識されるべきかということについては、確定的な見解はいまだ存在しないものと考える。元来はMillのいう危害原理、すなわち身体的な危害を指していたものであるが、現代的にはこれを精神的(に深刻)な不快の限度にまで拡大した不快原理offense principleと言われるものまで提唱されている 。もっとも、身体的な危害については明確で客観的基準の定立が可能である一方で、主観的不快およびその深刻性については、客観的判断が困難であり、現行の法システムに馴染むのかという点で深い疑義がある。

ラディカル・フェミニズムの主張する「危害」がそうしたグラデーションの中でどこに位置するものであるかは、詳細な分析必要とする。McKinnonの言明する危害は、ポルノグラフィはそれ自体性差別であり、それによって女性従属化されるということである。そして、そのポルノグラフィ撮影において、また、ポルノグラフィが再演されることによって、女性は「縛られ、殴られ、拷問され、貶められ、時には殺される場合さえある。あるいは、単に犯され、使用されている。視角ポルノに映し出されているあらゆる行為のために、女たちは実際に、縛られ、切りつけられ、焼かれ、猿ぐつわをはめられ、鞭うたれ、鎖でつながれ、肉吊り棒や木からロープで吊り下げられ、あるいは、……放尿させられ、排泄物を食べさせられ、ウナギネズミナイフピストルで貫かれ、喉の奥までペニスで侵され、血や泥や糞便や精液で汚される。……ちなみに、膣にペニスが挿入されるという意味での性交は、そこでは副次的テーマに過ぎない」 。すなわち、ポルノグラフィは、男性女性に対する性欲そのものが充足されるためのものではなく(それは副次的テーマに過ぎない)、もっぱら女性に対して暴行を加え、二級市民化することによって従属せしめることが目的とされ、そのためのプロパガンダとして成立しているものであるとされる。「ポルノグラフィ女性憎悪純粋蒸留物であり、女性経験の中でレイプ女性殴打、近親姦強制売春と結びついている。そのことを考えるなら、ポルノグラフィ擁護して発言する自称フェミニストがいったいいかなる道徳的・政治的原則にもとづいているのか、とうてい理解することができない」 と彼女は断言する。

実際にこれらが物理危害として発生しているのならば、それは全く看過することのできない危害のものであり、規制はされてしかるべきものであるしかし、これらは実際の刑法典、民法典の規定によって補足可能ではないか? という疑問が生じてくる。McKinnonはこれに対して、現実にそうした摘発がなされていないことをもって実質的に法は存在せず、それゆえ国家及び社会ポルノグラフィ公認していると見做される旨主張する。

McKinnonの熱烈なポルノ批判に対し、Drucilla Cornellはポストモダンフェミズムの立場のもと、一定距離を置く。「私たちは、ポルノグラフィ生産に対してとられるべき法的行為措置を、ポルノグラフィの配給に特化してとられるべき行為措置から区別すべきである。私は、この区別が、ポルノワーカーを含めた女性たちが、人格となるプロジェクトを引き受けるのに十分なだけ自己を固体化していく、というフェミニスト目的根本的に寄与すると主張する。この産業女性たちを連帯に値しない不幸な犠牲者として扱うことは、彼女たちの基本的尊重を拒絶することである」 という言葉は、ポルノワーカー女性について、「ポルノグラフィに出演している女性の多くは、子どもとき性的虐待の被害者であった。……自宅から性的虐待を逃れて都会に出てきた子どもたちは、そこでヒモに拾われ、レイプされ、殴られ、麻薬づけにされ、売春ポルノグラフィ従事させられるのであるポルノグラフィに出演している女性の多くは貧しく、たいてい教育を満足に受けていない。ポルノグラフィ存在している社会は、女性経済的に不利な立場に置かれている社会である」 と記述するMcKinnonらを批判対象としている。Cornellはさらに、「私は二つの特殊フェミニスト的な理由からポルノグラフィ規制法律に過度に頼りすぎることに対して懐疑的である第一に、反差別法の基礎としてステレオタイプ女性性を強化すべきではない。言い換えると、キャサリン・マッキノン仕事のように、女性を「ファックされる者 fuckee」か犠牲者に切り詰めたうえで、そのような存在としての女性に対する保護要求するような、文化的コード化された女性性を促進するような法はいらない。そういうわけで私は、マッキノンやアンドレア・ドゥウォーキンのそれのような、ポルノ規制の適切な法的手段としての市民権条例案を拒否する」 と言う。

2019-10-31

anond:20191031142137

海外映画日本人キャラが出てきたらその描かれ方や役割が気になるだろうに。

毎回毎回、海外映画に出てくる日本人が「詐欺師」とか「娼婦」役だったら、現実日本を知らない人は「日本人ってそういう民族なんだ」って思ってしまうだろうし、それに日本人は反発するだろう。

でもマイノリティが毎回毎回華々しく活躍して、なんならそれがノルマみたいになっていても、それにはどうせ何も言わないんでしょ?

ステレオタイプ存在それ自体問題なんじゃなくて、ただそれが好きか嫌いかってだけの話

anond:20191031140314

いや、本当その通り。

フェミは「女」の当事者として女性の描かれ方にこだわる。

海外映画日本人キャラが出てきたらその描かれ方や役割が気になるだろうに。

毎回毎回、海外映画に出てくる日本人が「詐欺師」とか「娼婦」役だったら、現実日本を知らない人は「日本人ってそういう民族なんだ」って思ってしまうだろうし、それに日本人は反発するだろう。

2019-10-07

anond:20191007142145

男だけど、ホントそう思うわ。

昼はメイド、夜は娼婦。ただそれだけを求めている。

2019-10-03

anond:20191003013039

馬鹿だねえ

前近代的社会ほど、貞操観念はきびしく、男尊女卑が強いんだから

ビッチ活躍できる場なんか現代よりずーーーーーっと少ないわけじゃん

体育会系じゃないとモテない世界にみずからオタが乗り込んでいくようなもんだよ

……という偏見を覆す話を書きたいのだろうか?

まあ性道徳感がきびしい時代に、すごい美女だけど貞操観念がゆるい女が乗り込んでくれば

男を引っかけまくるという展開も想像はできんこともないが

上流階級ほど処女性にうるさかったりして

下町売れっ子娼婦程度が関の山ではないのか

一定以上の教養もある上流階級相手の高級娼婦が成立したのは

史実だともはや近代に近い時期(18世紀ぐらい)だろうし

2019-09-30

任天堂人外キャラエロ

まあよく指摘されていることだが。

トワプリミドナや風タクのメドリなど、腰回りがすごく色っぽいし、

トワプリ雪山奥さんのような、外見は色気ゼロだが声が娼婦というパターンもある。

こうした斬られて斬るような奥ゆかしさが、さすが京都といったところ。

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