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2018-09-30

日本師弟関係がなぜ理不尽暴力的になるのかについての覚え書き

身毒丸』について検索していた時に見つけた、

折口信夫への旅 第1部 ~小説身毒丸」をめぐって(歌舞伎批評家山本吉之助)

http://www.kabukisk.com/geitohito33.htm

という折口信夫身毒丸解説文の中に、日本師弟関係がなぜ理不尽暴力的になるのかについての興味深い示唆があったので、

もしかして既によく知られていることかもしれないが、自分は初めて知ったので、覚え書きとして残しておこうと思う。


日本師弟関係

最近ではそういうことはだんだんなくなって行きましたが、日本師弟関係はしきたりがやかましく、厳しい躾(しつけ)をしたものでした。まるで敵同士であるかのような気持ちで、また弟子や後輩の進歩を妬みでもしているかのようにさえ思われるほど厳しく躾していました。

例えば最も古い感情を残している文楽座人形遣いなど、少しの手落ちを咎めて、弟子を蹴飛ばしたり、三味線弾きは撥で殴りつけたりした。

そういうことは以前はよくあった。そうした躾を経ないでは一人前になれないと考えられてきたのです。

なぜ、そうした、今日の人には無理だなと思われるような教育法が行なわれてきたかということが問題になります。(中略)

それはある年齢に達した時に通らねばならない関門なのです。(中略)

子供または弟子能力を出来るだけ発揮させるための道ゆきなのです。それに耐えられなければ死んでしまえという位の厳しさでした。』

折口信夫座談会日本文化の流れ」・昭和24年12月)


■例えば…

七月に入り一座は泉州のある村の盆踊りに迎えられますが、源内法師は身毒丸の踊りに若い女たちの面貌がチラついていることを認めて、その晩、師匠身毒丸自分の部屋に引きずっていって「龍女成仏品」に一巻を渡し「芸道のため、御仏のため、心を断つ斧だと思って、血書するのだ」と厳しく命じます

しかし、出来上がったものを持っていく度に師匠はこれを引き裂きます

「人を恨むじゃないぞ。危ない傘飛びの場合を考えてみろ。もし女の姿がちょっとでもそちの目に浮かんだが最後、真っさかさまだ」と師匠は言います

身毒丸は血を流しながら一心不乱に写経を続けますが、身毒丸脳裏には彼の踊りに熱狂する若い女たちの面貌がなかなか離れません。

一心不乱に写経を続ける身毒丸の姿を見ているうちに師匠の頬にも涙が流れてきて、五度目の写経を見た時には師匠にも怒る気力は失なわれていました。


春琴の教え方は 非常に厳しく、

あかんかかん、弾けるまで夜通しかたかて遣りや」と佐助を激しく叱咤し、

時には「阿呆、何で覚えられんねん」と罵りながら撥で頭を殴り、佐助がしくしく泣き出すこともしばしばであったと云います


芸道小説としての「春琴抄」~谷崎潤一郎・「春琴抄」論

http://www.kabukisk.com/geitohito72.htm


『昔は遊芸を仕込むにも火の出るような凄じい稽古をつけ往々弟子に体刑を加えることがあったのは人のよく知る通りである

本年〔昭和八年〕二月十二日の大阪朝日新聞日曜のページに「人形浄瑠璃の血まみれ修業」と題して小倉敬二君が書いている記事を見るに、


摂津大掾亡き後の名人三代目越路太夫の眉間には大きな傷痕が三日月型に残っていた

それは師匠豊沢団七から「いつになったら覚えるのか」と撥で突き倒された記念であるという


また文楽座人形使い吉田玉次郎の後頭部にも同じような傷痕がある

玉次郎若かりし頃「阿波鳴門」で彼の師匠大名人吉玉造が捕り物の場の十郎兵衛を使い玉次郎がその人形の足を使った、

その時キット極まるべき十郎兵衛の足がいかにしても師匠玉造の気に入るように使えない

阿呆め」というなり立廻りに使っていた本身の刀でいきなり後頭部をガンとやられたその刀痕が今も消えずにいるのである


しかも玉次郎を殴った玉造もかつて師匠金四のために十郎兵衛の人形をもって頭を叩き割られ人形が血で真赤に染まった。

彼はその血だらけになって砕け飛んだ人形の足を師匠に請うて貰い受け真綿にくるみ白木の箱に収めて、時々取り出しては慈母の霊前に額ずくがごとく礼拝した

「この人形折檻がなかったら自分は一生凡々たる芸人の末で終ったかも知れない」としばしば泣いて人に語った。』

谷崎潤一郎:「春琴抄」)


日本古代の、理不尽に怒る神と無辜民衆との関係

自分にはこのような仕打ちを受ける謂われはない」という強い思いです。その場合・何に対して彼は意地を張るのかということが問題になります

世間に対して意地を張る場合もあると思いますが、あるいは神に対してという場合があるかも知れません。


ここで神に対して意地を張るということは、神に反抗するという意味ではないのです。

そのように考えるのは近代人の捉え方でして、古代人の場合には絶対者である神に対して反抗するという発想は考えられ ません。

自分に対する神の仕打ちが不当であると感じた時に、古代人は自らの清らかさを神に示すように控え入るのです。

「神よ、この清い私を見てくれ」というようにです。

まり表面 上は畏れ入っているのですが、内心には自分に対する神の仕打ちは不当であるという強い思いがあるように思えます

(中略)

神に対して自分が清い(あるいは正しい)ということを示そうという気持ちを失ってしまえばそれは不信仰ということになります

から理不尽な神の仕打ちに耐えて・彼がそれでもひたすらに生き続けることは「神よ、この清い私を見てくれ」ということになるのです。

それは神に対して意地を張るということでもあ ります


折口信夫座談会神道キリスト教」において次のようなことを語っています

折口は憤りを発することが日本の神の本質であるします。

神の憤りとは人間がいけないからその罰として神が発するものではなく、神がその憤りを発する理由がどこまでも分からない。

神がなぜ祟るのかその理由が分からない。

このことが重要である折口は言うのです。


神が憤るのは人間がいけないからだ・人間が何か悪いことをしたから神が怒ったに違いないと考えるのは、道徳倫理が完成した後の時代の人々の感じ方なのです。

既成の道徳基準があれば、人々はそれに照らし合わせて・神がこれほど怒ったのにはこんな理由があったに違いないと後で納得できる説明を付けようとします。

しかし、道徳がまだ成立していなかった古代人には照らし合わせるべき倫理基準などまだなかったのですから、人々には神が怒る理由など全然想像が付きませんでした。

古代人にとって神の怒りは唐突で・理不尽で、ただただ無慈悲ものに思えたのです。


『神の怒りに当たることと言う怖れが古代人の心を美しくした』(折口信夫・「道徳研究」・昭和29年)


古代人にとって神の怒りはただただ理不尽ものでした。

そのような理不尽な怒りを神はしばしば・しか唐突に発しました。

例えば地震台風洪水旱魃・冷害などの自然災害がそのようなものです。


このような時に古代人は神の怒りをみずからの憤りで以って受け止めたのです。

みずからの憤りを自分の内部に封じ込めて黙りました。ただひたすらに耐えたのです。

そうすることで古代の人々はみずからの心を倫理的に研ぎ澄ましていったのです。

「神よ、この清い私を見てくれ」と言うかのように。


古代人の 生活というものは、風雪災害飢饉病気など、現代人が想像するよりもずっと過酷で・辛く厳しいものであったということなのです。

そのような時に古代人は神の理不尽かつ無慈悲な怒りを強く感じたのですが、そこをグッと持ち耐えて自己を深い内省と滅却に置くことはまこと殉教者以上の経験したことになるのです。

折口はそのような過程から道徳のようなものが生まれて来ると考えました。


貴種流離譚というもの民衆に与えた印象というものは「身分の高い人が落ちぶれて哀れな姿になって・・」というものでは決してないのです。

民衆貴種流離譚に見たものは神の与えた理不尽かつ過酷な試練に従順に耐える殉教者の姿なのであり、それは過酷な生のなかに生きる民衆自身の姿と も自然に重なって来るわけです。

民衆貴種流離譚を愛したのはそれゆえなのです。


神は別に何もするわけではないのです。

しかし、神がたまらなさを感じて涙を流してくれるならば無辜贖罪者は何かしら救われることになる・ 実はそのことだけで十分なのです。

これが古代人が神に対する時の態度です。


源内法師は身毒丸無慈悲折檻を強いながら、それに抵抗することなく・懸命に師の言いつけを実行しようとする身毒丸の健気さ・ひたむきさのなかに無辜殉教者の姿を見たのです。


最近ではそういうことはだんだんなくなって行きましたが、日本師弟関係はしきたりがやかましく、厳しい躾(しつけ)をしたものでした。

まるで敵同士であるかのような気持ちで、また弟子や後輩の進歩を妬みでもしているかのようにさえ思われるほど厳しく躾していました。(中略)

子供または弟子能力を出来るだけ発揮させるための道ゆきなのです。

それに耐えられなければ死んでしまえという位の厳しさでした。』

折口信夫座談会日本文化の流れ」・昭和24年12月)


折口がこのように語る時、折口日本伝来の師弟関係なかに理不尽に怒る神と・神を信じてその仕打ちに黙々と耐える無辜民衆絶対的関係をそこに重ねて見ているのです。


神はしばしば理不尽な怒りを発して、我々に謂れのないひどい仕打ちします。

我々には神の意図することがまったく理解できません。それはただただ理不尽ものに思えます

しかし、それでも神をひたすら信じ・神の指し示す道を黙々と歩むということことです。

過酷仕打ちを受けてもなお神を信じて神に従う人を見る時、神はそのような人々に対して賜らない愛おしさを覚えるであろう。慈悲の涙を流してくれるであろう。願わくば我々を悲嘆のなかから救い上げてくれるであろうということです。

折口はそのような気持ちから道徳のようなものが生まれてくるというのです。


そこには正しいとか・間違っているという倫理基準など存在しません。

善とか悪というのは道徳が成立した以後にある基準なのです。

あるとするならばそれは「清い」とか・「清くない」という感覚的(あるいは生理的な)基準です。


源内法師と身毒丸理不尽に怒る神と無辜民衆との関係無意識のうちになぞっていることになります


まり


神の理不尽な怒り(地震台風洪水旱魃・冷害や飢饉病気など)

→「自分にはこのような仕打ちを受ける謂われはない」と思う

→それでも神をひたすら信じ・神の指し示す道を黙々と歩む

 「神よ、この清い私を見てくれ」


これが、古代の神と民衆関係であり、師弟関係はこれをなぞっていると。


なるほど、自分がそういう目にあうのはいやだけど、ドラマ物語で接するとなんとなく納得してしまうのは、そういう古代から宗教的感覚が今も心の中にあるからなのかもしれない。

2017-07-29

ローマタクシーボラれた話

ローマにいる。たった2時間ほど前までに起きていたことを書こうと思う。読んで楽しい話ではないと思うが、やりきれないので吐き出したい。

イタリアには一週間ほど前に到着し、あちこち見て回って明日の便で東京に帰る。出発前の前泊をするために、夜中8時にローマ空港に到着した。私、妻、10歳の息子の3人であるローマ空港は市内から30分ほどのところにあり、時間も遅いため、タクシーホテルまで向かうことにした。ローマ空港から街までのタクシー料金が固定であり、48ユーロである(とゆるい知識としては知っていた)

タクシー乗り場の列に並んで、私たちの番になった時、後ろの方から一人の運転手が我々に声をかけ、荷物を運び始めた。タクシー乗り場では、黄色ベストを着た係員が客をクルマに振り分ける。この運転手は係員の振り分けを受けていないので怪しい(あとから思えば)。とはいえ、まあよかろういう感じて男に連れられて車に向かう。確かこの時、息子がパパ大丈夫?と、私に聞いて、大丈夫だよ、と私が答えた(この下りを思い出すと悔しさが増す)。男は荷物をひったくるようにしてトランクに放り込む。強引である(後から思えば)。

助手席に乗り込むと同時に、私はいくらだ?と聞く。メーター制でない事前交渉式のタクシー旅行する中で何度となく経験していた(ので、ちょっといい気になっていた。今から思えば)。すると今は夜間料金が60ユーロで追加で荷物料金がかかる、ということを早口でまくしたてる。早口のところがよく聞き取れないが、あぁ、みたいなぬるい返事をした。怪しいならば車が走り出すのを待たずに降りるという手もあった(後から思えば)。おい、ホントにそんな値段なのか、と聞くと、ほらそこの看板に書いてあるだろう、と男が指差す(が、どこを見ればいいかからない。ここで無理に止めて確認する方法もあった)。車が走り出した。この時点で勝負あった(今から思えば)。

車が高速道路を走り出した後に、私と妻とで、やはりこれはおかしい、ということになる。強い語調で、で、いくらだ、と聞くと男が75ユーロだという。無線LANネットタクシー料金制度確認し、やはりおかしいので、おいお前いい加減にしろ、48ユーロだろう、というが、一向に話を聞かない。今すぐ空港に戻れ、といってももちろん戻らない。そんな感じで、街中までの道すがら、30分あまり、押し問答を続ける。子供もそれを聞いている。ヤバいところに連れて行かれると怖いので、GPS地図を見ると高速を降りた後にホテルの方向には向かってはいる。警戒のために、嫁との日本語の会話でGPSという単語をわざとらしく混ぜる。

そうこうしてる間にホテルに到着する。あっさりおろしてくれるのだが、金を払わなければトランクを開けない、という。運転手とは私が会話を続け、48ユーロか、運転手の主張する75ユーロかの押し問答を続ける。妻は子供を連れて、ホテルフロントに助けを求めに行く。

ホテル人間運転手に声をかけるのだが、運転手ゆずらない。ホテル人間もある程度話を続けると、勝手しろよ、という感じで肩をすくめてホテルに戻ってしまった。これぐらいのことでは警察も呼べない、という。

結局ホテルの前で30分近く押し問答をしたが、こちらが根負けして70ユーロを払って終了した。当初の向こうの言い値よりは5ユーロだけ安くなっていたが、完敗であるホテルの前のオープンテラスレストラン人間たちは店員も客も含めて、一部始終見ており、時折口を挟んで来たり、終わった後に私たちに声をかけて来たりしたが、結局は他人事なのでホテル人間同様に役には立たない。車のナンバー写真で撮ったが、運転手もどうぞご勝手に、という感じであった。

たかだか正規料金より余分に払ったのは22ユーロであるが、おそらく自分にとってはこれが最後かもしれないイタリア旅行の思い出が最終日前日に台無しにされたことが悲しい。金を払ってホテルチェックインしたのは夜の十時過ぎで、気分転換食事に行くこともできない。悶々として、これを書いている。妻と息子は眠ったようだ。

ホテル人間レストランで見ていた人間はなぜもっと助けてくれないのか、空港からの固定料金制が機能していないではないか、という思いもあるにはあるが、一方で私もわかってはいる。ほかの誰か、ほかの何かが悪いのではない。いや、運転手、一番悪いのは勿論お前だが、それ以外ではダメだったのは、他ならぬ私だ。油断して家族を守れなかった私だ。息子よ、ごめん。海外よりディズニーランドがいいと、出発する前に言っていたよね。もう遅いかもしれないけど、海外のことを嫌いになるな。妻よ、頼りなくて申し訳ない。これを書き終わって眠ったら、私も気持ちを切り替えて、明日の残り半日を少しでも楽しめるように努力する。

2017-07-16

祖父はもうボケていて祖母が死んだと聞かされても「そうか」とぽつり言ったと、ただ防腐処理のために連れ出される祖母を見てよたよたと歩いて出てきた

叔父と母は「わかってないのかもしれない」と言ったが祖父ボケていなくても祖母が死んだら「そうか」の一言で済ませる気がしている

感情表現の下手な一族だ、祖父介護必要になってから「君と結婚してよかったな」とつぶやいたと祖母からいたことがある、結婚して50年初めて聞いたと

告別式明日かと祖父に聞かれた、葬儀に呼ぶ親戚の話にも時折口を挟んでくる、祖父は私が小学四年生とき自由研究宇宙についてをまるまる書いてくれた、私は清書もせずに提出した

祖母祖父を置いて亡くなる心配を昨日も、亡くなる間際までしていた

祖母毎日つけている日記は昨日の日付で、ノートをちょうど最後のページまで使い切って終わっていた

2016-02-10

他人に求められるままに完璧である必要はない

他人が時折口にする「えーそんなことも知らないんですかー」に惑わされてはならない。

素直に「知りませんでした。何ですかそれ」と返せばいいのだ。

そう言われたくなくて自分の興味の薄い分野にまで手を出せばQoLは低下する。

ヲタクっぽい人のマウント常識偏見これくしょんであることをまだ知らない人の相手メンタル人生をすり減らしてはならないのだ。

2015-12-03

トラウマ恋愛映画入門 町山 智浩

インベーダー・サマー (ソノラマ文庫ネクスト) 菊地 秀行

まっすぐにいこう。 全15巻セット (集英社文庫コミック版) きら

詩羽のいる街 (角川文庫) 山本

コミュニケイションのレッスン 鴻上 尚史

クアトロ・ラガッツィ (上) 天正少年使節世界帝国 (集英社文庫) 若桑 みどり

現代金融入門 [新版] (ちくま新書) 池尾 和人

日露戦争資金調達の戦い―高橋是清欧米バンカーたち (新潮選書) 板谷 敏彦

山本五十六 (下) (新潮文庫 (あ-3-4)) 阿川 弘之

井上成美 (新潮文庫) 阿川 弘之

米内光政 (新潮文庫) 阿川 弘之

心の力の魔術―驚くほどの富と幸福が得られる成功法則 ダビッド・J. シュワルツ

食卓から経済学―ニュービジネスのヒントは「食欲」にあり (ノン・ブック―先見サラリーマンシリーズ) 日下 公人

もろい青少年の心―自己愛障害 発達臨床心理学考察 (シリーズ 荒れる青少年の心) 上地 雄一郎

自己分析 ハインツコフート

死にたい気持ちをほぐしてくれるシネセラピー上映中―精神科医がおススメ 自殺予防のための10本の映画 高橋祥友

キレイゴトぬきの農業論 (新潮新書) 久松 達央

数学のまなび方 (ちくま学芸文庫) 彌永 昌吉

エロゲー文化研究概論 宮本直毅

野口英世ザベル・R. プレセット

モテないのではない モテたくないのだ! ! (アクションコミックス) カラスサトシ

遠回りまみれの青春タイプの人 福満 しげゆき

もっと! Vol.4 2013年11月号 (増刊Eleganceイブ) 水沢悦子

音楽の基礎 (岩波新書) 芥川 也寸志

ヒトラーのテーブル・トーク1941‐1944〈上〉 アドルフ・ヒトラー

しろうと理論日常性の社会心理学 アドリアンフランク ファーンハム

AKB商法とは何だったのか さやわか

ヒトラーを支持したドイツ国民 ロバート・ジェラテリー

グランヴァカンス―廃園天使〈1〉 (ハヤカワ文庫JA) 飛 浩隆

ドイツフランス共通歴史教科書現代史】 (世界教科書シリーズ) ペーター ガイス

ドイツ歴史現代史】 (世界教科書シリーズ) ヴォルフガング イェーガー

大学生社会人のための言語技術トレーニング森ゆりか

ポストモラトリアム時代若者たち (社会的排除を超えて) 村澤 和多里

言葉にして伝える技術――ソムリエ表現力(祥伝社新書214) 田崎真也

滅びの風 (ハヤカワ文庫JA) 栗本 薫

大日本サムライガール (星海社FICTIONS) 至道 流星

少女マンガ表現機構―ひらかれたマンガ表現史と「手塚治虫岩下 朋世

マルコヴァルドさんの四季 (岩波少年文庫) イタロ・カルヴィーノ

和解する脳 池谷 裕二

スティーブ・ジョブズ(1) (KCデラックス Kiss) ヤマザキ マリ

カリガリからヒットラーまで (1971年) ジークフリート・クラカウアー

さよならタマちゃん (イブニングKC) 武田 一義

物語体操―みるみる小説が書ける6つのレッスン (朝日文庫) 大塚 英志

プロ経営者」の条件 折口 雅博

資本主義という謎 (NHK出版新書 400) 水野 和夫

行動分析学入門 杉山 尚子

ここは退屈迎えに来て 山内 マリ

ウェブ炎上ネット群集の暴走と可能性 (ちくま新書) 荻上 チキ

統計学が最強の学問である 西内 啓

☆行動変容法入門 レイモンド・G.ミルテンバーガー

図説 イギリス歴史 (ふくろうの本) 指 昭博

アメリカ中学教科書英語を学ぶ―ジュニアハイテキストから英語が見えてくる (CD book) 林 功

☆☆「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか 鈴木 涼美

ぬばたま (新潮文庫) あさの あつこ

果てしなき渇き 深町 秋生

去年はいい年になるだろう 山本

日本人英語 (岩波新書) マークピーターセン

兵器戦術世界史 (中公文庫) 金子 常規

あなたを苦しめる過去から自由になる本 石井希尚

2015-01-10

交通事故特殊

長いけど勘弁な。

なぜか生き残らされてしまった話。

始発前の超早朝が出勤時間帯、なおかけで通勤バイクだった。

当然、そんな時間帯だし走るのは二車線の直線。

見晴らしのいい街道から制限速度ちょい超えるくらいのスピードで走ってたんだ。

まあみんなやってる程度の速度超過。

仕事終わりは当然車の量も増えてるからフツーに走って帰宅

レンタルショップスーパーで買い物等々、寄り道なんかしてね。

そんな日常を繰り返してた。

で、ある日疲れがたまってたのか寝坊した。

もちろんソッコー着替えていつもより飛ばしたよ。ただ気が急いてたから正確なスピード分からん。後々ブレーキ痕で判明するんだけど。

信号スムーズに行けよ。とか思いつつ出発。

しばらくして大きめの交差点横断歩道シマシマ模様が見えてくる。

視界を少し上に向けて信号は青。少し左に振って歩行者信号の点滅もなし。アクセルは緩めない。

と、なぜか右から左おっさんぽい人影が動いてくる。対向車線のど真ん中。赤信号のはずなのに。

え?信号無視

直進の信号が変わった?

もう一回視線を上に青信号確認

正面に視界を戻した時には

あいつまだ歩いてる!」

「え?小走りになってね?」

「ホーン!!ブレーキ!!」

おっさん気付けよ!!!!!」

ってのが0.5秒ぐらいの間に一気に頭を駆けまわり必死操作する。

ブレーキにギャッ!ってバイクがきしむ。

けどもう間に合わない。

ホーンにも気づかず正面きちゃったようわぶつかるまじかよ全然気付かねーよどーなんだよドン!!

ここから数秒ぐらい記憶が飛ぶ。

全身を強く床に打ち付けられるとしばらく動けなくなる経験ってないか?

ガキの頃少し高めの場所から飛び降りようとして失敗したとかさ。

エビ反ってウンウンしちゃうの。あるだろ?

アレの強烈版だった。

呼吸が出来ず、うー。うー。って唸りながら身動きがとれない。

けど何とか、ゆっくりだけど腕は動く。

真っ暗だった視界がゆっくりと明るくなってきて真っ黒な血だまりが目に飛び込んできた。

おまけにどうやら俺の顔のどこかからまだポタポタと血がたれ落ちてる。

そーゆー時って不思議なもんでまず口元に手を当てるのな。

ドラマで何かに気付いて「ハッ!!」ってやるみたく。

俺はジェットヘルを被ってた。

で、どうやら下顎から思い切りアスファルトダイブをしたっぽい。

そっから出血してるのか?コレまた不思議なもんで無造作に口元に指先を当てた。

手触りでいつもの形と違うのが分かる。

もう滅茶苦茶な造作になってて血でヌルヌルして唇が避けてるな。

前歯もぜんぶねーっぽいぞ?それにしても出血ひどくね?

上顎が痛い。

変な感じがする。

手を突っ込んでみると折れた下の前歯が上顎に突き刺さってるのがわかった。つまみ出す。

なにこれ?俺ヤバイじゃん。とかぼんやり考えてた。

でも身体は動かず、唸りながらも「おっさんどーなった?」と身体を何とかよじらせて見回したけど視界に入らない。

そーこーしてる間に「おい!ひでーぞこれ!大丈夫!?」なんて声が聞こえてくる。

どうやら通りがかったドライバーが駆け寄ってきてくれたらしい。

なにか話しかけてくれてたけどその時俺は顔、滅茶苦茶になっちゃったのか?ってのと、人身かよまじかよつー二種類の恐怖を味わってた。

折口の中に手を突っ込んで様子を探ったりしながら「ダメっぽい。そーれより相手の人はどーなってますか?」って話してるつもりなんだけど唇がめちゃくちゃになってるから上手く話せない。

このとき記憶はおぼろにあるけど後はとぎれとぎれ。

気付けば救急隊員が目の前にいて質問してるけどうまく答えられない。

そのまま意識飛んだのか今度は病院ストレッチャーに載せられてる。

看護士医者の「よいしょ!」って掛け声とともに処置用のベッドに移し替えられ、速攻で唇を縫われてる感覚はあるんだけど、だんだん周りの声が聞こえなくなってくる。

視界が狭まってやがて真っ暗になる。漆黒の闇ってやつだ。

感覚だんだん鈍くなる。全身麻酔なんてしてないのに。

あれ?死ぬか?

臨死体験ってのはこういったものなのかもしれない。

よく耳にするけどホントあの時は「恐怖感」ってのが全然なかった。

あー、このまんま消えるのか俺。ぐらいの軽い感じ。

過去を振り返るとかそんな余裕もなく意識、つーか思考が徐々に小さくなっていく。

気が戻ると入院棟の、あのフカフカベッドに横たわってた。点滴つけられて。

あ、まだ生きてんだ俺って思ったな。

後になってケータイ見て驚いたけど、その時自画撮りしてんだよね。

せっかくだからとか生還記念に、とかバカなこと無意識ながら思い付いてやってたのかもね。

パンッパンに顔を晴らした朝青龍みたいな俺が写ってた。

ここから少し端折る。あと自分に起こってることとはい記憶とんでるのと医者からの後聞きなので「らしい」とか「っぽい」みたいなボンヤリした書き方になるけどスマン。

聞いた話だと病院に運び込まれた時、本当に俺は死にかけだったらしく、くも膜下出血顔面多発骨折の状態で、頭部(脳?)にあまり刺激を与えたくないから唇は最小限の処置だけされてた。

当然即入院

でもって外科の前にまず生き死にだろってことで脳外科の病棟へ。

運良く運び込まれたのが某大学病院だったから各科との横断的な治療を受けることができた。

そんで顔面からダイブだったってことで不幸中の幸い、頭部以外は外傷ほぼなし。

気になる顔面の壊れ具合はつーと下顎と鼻の下の骨がパックリ縦に割れてた。

下唇は顎の途中までバックリ断裂。

事故後、初めて鏡見た瞬間「ああ、もう前の顔には絶対戻らないんだな」ってガックリきたよ。

イケメンでもなんでもないけどコレまで付き合ってきた自分の顔は一生見れないんだから

毎晩寝るとき「このまま二度と目を覚まさないんじゃないか?」って死の恐怖に襲われてた。

1週間ほどで脳内の影も消え、異常なしって診断貰って今度は顔面の修理。

ハリガネみたいので歯を縛り固められ、ユルユルだった骨折部分が多少落ち着いたら今度は手術。

臨死体験をした身としては、またあーなんのかな?とか思う間もなく深呼吸数回でサクッと落ちた。

手術は無事終了。

チンコ差しまれたションベン管も「あ、あああ、あああああ~~~~……」ってな感じで引き抜いてもらった。

術後しばらくしてからレントゲン見せてもらったけど顔のあちこち、少なくとも10所以上はボルトが埋め込まれててサイボーグになった気分。

入院してから一ヶ月近くが経ってた。

手術までの間、何度も事故ったおっさんの事が頭をかすめた。

見舞いに来てる家族にもどうなったのか尋ねたけど「全身打撲で入院してるみたい。まずはアンタの代わりに謝罪してきた」てな返事。

助かったと聞いて胸をなで下ろす。

とにかく当事者の俺が謝罪しなくちゃなんない。けど手術もある。

向こうも落ち着くまでしばらくかかるかもしれないし、間を置いて謝罪した方がいいのかも。

あーそうか人身だよな免許取り消しだろうなー。とか思ってたな。

そーこーしてる間に移動はまだ車椅子だったけどだいぶ落ち着いてきた。

退院の日もほぼ確定。まずは第一段階終了かー。

みたいに一息ついて母と話してる時「相手の方、実は即死だったの」と言われた。

そう。俺は殺人者になってた。

でっかい溜息が何度も出てくる。わけがからない。

母が言うには「手術前に精神的ショックを与えないように警察からアドバイスされてた」とのこと。

けど俺が生き残っておっさん死ぬってどーゆーことだよ天秤が吊り合わない。

落ち込みまくること数日。交通刑務所行こう。償おう。そう考えるに至った。

口の周りは神経が切れてるから動くけど痺れは10単位回復していくと言われ、無くなった前歯はブリッジ入れ歯がはめられた。

そんなこんなで事故から二ヶ月にようやく退院

ホッとする間もなく警察から連絡があり取り調べたいという。実況見分も。

日程が決まり取調室でここに書いたような話をし、事故現場に足を運んだ。

ブレーキ痕から事故当時の速度は65キロだという。

それ以前に正面衝突の衝撃で血がこびりついたスピードメーターは65キロをさしたまま潰れてた。

おっさんも俺も40メートル近く吹っ飛んだそうだ。ホットロードどころの話じゃない。

フレームがひん曲がったバイクはもちろん廃車にした。

事故現場に立てられた目撃者求む、の立て看板からは数件の目撃情報があったという。

街道交差点だっつーことで設置されてた監視カメラにも事故映像が残っていたらしい。

事故担当してくれてた交通課の担当者検察局の検事は同じことを言った。

「目撃情報カメラ映像も、どう見ても飛び込みなんだよねー。そしてあなたはホーンも鳴らしてるしブレーキもかけている。避けられない事故ってのがあるんだよ。どうしても」

真相はわからない。

相手の方が亡くなっている以上、警察にも、もちろん俺にも飛び込んだ理由を問うても答えは出てこない。

運転ミスじゃなかったのか?

飛ばし過ぎじゃなかったのか?

もっとからブレーキかけられなかったのか?

結果俺は人を轢き殺したにも関わらず無罪になってしまった。

一方、免許証人身事故の最悪のやつだから当然取り消し。

1年間免許取得出来ません。つー欠格期間が付けられた。

そして保険

個人情報関係で詳細は知らされちゃないけど、相手の方は生活保護受給している65歳の男性だった。

役所その男性の担当をしている職員と警察の間で情報の交換をしたけど、どうも故郷家族とは30年近く連絡をとっていないっつー状態。

なんとか調べて見つけた家族事故で亡くなったことを伝えても「家を捨てた人の死には関わりたくない」てなスタンスだとか。

なんでそーなるんだよ。

もちろん前述のように個人情報の都合で俺から先方のご遺族へ謝罪する、どころか訪ねていくことさえ一切できない。

どうやってこの罪の意識を背負い込み続けていけばいいんだっつって軽く絶望した。

事故の夢を時々見てはうなされる。いっそのこと交通刑務所にぶち込んで欲しかった。

事故現場に献花して冥福を祈るくらいじゃ全然気持ちが収まらない。

ひどい話かもしれないけど、罪を償って少しでも気持ちを楽にしたかったってのが正直なところ。

半年ほど合間を見ては警察に連絡したり足を運んだり。ご遺族の状況を尋ね続けた。

保険金を受け取ってくれないかと、何とか伝えることはできないものか。

最終的には保険会社が間に入ってご遺族を説得したのか、ご遺族内でなんらかの気持ちの変化があったのか、保険会社と何度か書類のやりとりを済ませ、無事ご遺族に保険金が支払われた。

で、保険金が支払われたからといって俺の精神状態は全然落ち着かなかった。

顔面に埋め込まれボルトを抜き取る再手術入院とき主治医相談してメンタルヘルスを紹介してもらうことになった。

結果、鬱傾向にあると診断された。

正直落ち込みは激しい。っつか波がかなりある

事故から2年ほど経つけど免許証はまだ取得する気にはなれない。

メンタルヘルスにゃいまも通院してる。

事故のことを知らない久しぶりに会う知人に「おや?」って感じで顔を凝視されるのはつらい。

ビートたけしはどうやって気持ちを持ち直したんだろうか。なんて考える。

もし仮に、あのおっさんが世をはかなんで飛び込み自殺したんだとしたら。

自殺は増え続けてるってゆーよな。

けど死にたい奴はひとりで富士樹海にでも行ってひっそり死んでくれ。

誰に何が起こるかなんて誰にもわかりゃしないけど、死の方向に他人を引っ張り込むような真似だけはやめてくれ。

単車載ってる奴はフルフェイス被れよ。まじで。

エラソーかもしんないが、この話が教訓になればいいけど。

おっさん冥福を祈る。

 
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