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2017-08-12

Aセクシャルの人に10年間片思いした話。  

相手迷惑ををかけたくないので身バレ防止にいろいろフェイクは入れるけれど、出来事体験に関してはなるべく正直に気持ちを書こうと思う。


 私はいま25歳だ。地方田舎で育った。相手幼稚園からの幼馴染だった。漫画みたいな幼馴染じゃないけれど、地元友達で、幼稚園小学校中学校と一緒だったし、小学生ときにはよく一緒に公園とかで鬼ごっこかくれんぼをした。中学に入ってからは、もともとお互いに漫画アニメが好きで、本の貸し借りをしてライトノベル時雨沢恵一の「アリソン」とか「涼宮ハルヒ」とか)というものを私が教えてもらったりもして、まだそういうオタ趣味学校でおおっぴらにできない時代だったのもあって、よく話すようになった。それで、なんでか覚えてないけれど、気になりだして、気が付いたら好きになってた。中3の時にはがんばって同じく一緒に好きだったバンプライブに誘って一緒に初ライブに行ったりもした。相手は異性の友達はどちらかといえば苦手そうにしていたけれど、その中でいちばん仲のいい異性になることができた。

 中学卒業したら高校別になることはわかっていたから、とにかく気持ちを伝えたくて彼の受験が終わったタイミング告白した。どうなるかも深く考えないまま、共通友達うまいこと呼び出してもらって、小さいこからよく遊んだ公園気持ちを伝えた。ずいぶん長い沈黙があって、そのあとの断りのセリフは「ごめん、恋とか愛とかがよくわからない。人をうまく信頼できないんだ。増田がきらいとかじゃないんだけれど、そういうことがどうしてもできない」というものだった。彼は少し泣いていた。話そうか迷って、きちんと誠実に断るために探してくれた言葉だと、今ならわかる。その誠実さがすごく尊いもののように見えて、おおげさに言うならすごくきれいに思えて、区切りをつけるとかは吹き飛んで、余計に好きになってしまっていた。そのカミングアウトの内容そのものに惹かれてしまった部分もやはりあったと思う(今考えると業が深い……)。

「でも、そんな風に想ってくれる人がいると思うと、なんだかうれしい」という言葉本心からのものか、それとも彼のやさしさだったのかは、いまだにわからない。

 けれど、当時の私の思考回路はひどく短絡的で、「だったら、彼に信頼してもらえるようになればいいんだ」というものだった。そういうわけで、違う高校に進学したわけだけれど、中学時代グループの集まりを定期的に企画したり、高校部活人間関係の悩みとかの相談積極的に乗ったり、ガラケーメールぽちぽち打ったりした。今考えても涙ぐましいし、ムダに行動力ありすぎた。相手性格を考えるとちょっとやりすぎな面もあったけれど、そんな重いエゴまで含めて本気の恋だった。彼のことを考えない日は嘘偽りなく一日だってなかった。それが空回りしている自覚もあったし、全然そういう目で見てくれている様子がないこともわかっていたけれど、思い続ければいつかは、なんて甘い幻想も同時に持っていた。

 結局、高校3年の終わりに中学時代地元グループ卒業旅行に行って(もちろん企画からすべて私が幹事をした)、そこでまた告白したけれど、まったく同じ断り方をされて撃沈した。今度こそもうダメだなって思って、おしまいハグをしたらちょっとびっくりされたけれど、手を背中に回してポンポン、と叩きながら「ごめんね」と言ってくれた。 今にして思い出すと、これはすごく、彼にとってきつかったかもしれない。

 大学は私が都会の大学に行ったので、地元グループとも帰省したときくらいしか会わなくなった。大学では初めての恋人ができたり、他にも普通大学生らしいことをいろいろ経験したし、様々な恋愛関係する感情を味わった。彼のことはあきらめて気持ち封印してはいたけれど、それでも常にずっと心の中では彼のことをいちばんのところに置いていた。このころになると、ずっと片思いをしているということが完璧に美化されていた。

 そうして、アセクシャルAセクシャル)という言葉を初めて知ったのも大学時代だった。知った時、真っ先に彼のことを思い浮かべた。

 大学卒業して、Uターンで地元に帰ってきた。久しぶりに地元特に仲のいい何人かと再び会うようになった。ある時、彼の親友的な人と話していたら「増田さん、中高のとき彼のこと好きだったでしょ」と真正から指摘されて、封印していた気持ちが解けてしまった。4年間蓋をしていたものが、びっくりするくらいあふれてきた。その親友が「だんだん結婚とかも皆考え始めるような歳になっているのに、そういう話題が彼にあまりにもないか増田さんをあてがってやろうかと思って」と言うのでこれに甘えて利用して、彼と遊んだデートしたりした。お互いにいろいろ話すけれど、でもやっぱりこれまでと同じく恋愛的な意味での全然手ごたえは何もなかった。それと並行して。やはりAセクの件があったので、その親友に彼はAセクなのではないか相談した。親友氏にも思うところはあったようで、何度かそれについて議論もした。

 複数回デートらしきものをして、どちらにせよこの恋はだめだと思い知らされたので、結局過去と同じように自分気持ち区切りをつけるために告白をした。Aセクの件もあったから、一応相手負担にならないようにというつもりで、その当時でできる限りの気遣い自分の率直な気持ちとを文章化して手紙として渡した。後で読んでと言ったのに彼はその場できちんと読んでくれた。そして返事の代わりに、件の親友名前を出して「こないだ、Aセクシャルっていうのを教えてもらって、自分でもいろいろ調べて読んでるうちに、読めば読むほど『そうだ、これだったんだ』とわかって涙が出てきた。他人を愛することができない自分は、どこか明らかにおかしい、欠けた人間だって思っていたから、すごく安心したんだ」と教えてくれた。

私にはそれを受け入れるしかなかったし、何よりも泣きそうな顔だけど解放されたみたいなすっきりした様子の彼を見てうれしかったのも事実だった。

 私と親友氏とで「一応、Aセクであるとすぐに決めつけすぎないほうがいい」と伝えておいたものの、十中八九彼はそうなのだと思うし、少なくとも今現在彼の自覚Aセクということになっている。


 ここからあとは、私一人の話。

 私にとって、彼はまさに青春のものだった。そう思い込んで美化してきたところや、一途な自分片思いに酔っていたところ、そのエゴに時折死ぬほど自己嫌悪したところ、醜いとこや酸っぱいところも、些細なことでめちゃくちゃ幸せな瞬間も、ぜんぶぜんぶひっくるめて、いま大人になった私を作っている大切なものだ。詳しくは書かないけれど、彼を好きにならなければ私の人生はぜんぜんつまらない方に変わっていたはずだと思う。たとえ片思いでも、幸せだったし、幸せをくれたと思う。恋愛ってそういうところがあると、私は思う。

 ただ、そんな恋愛を、彼はしない。そういう感覚を彼はおそらく持たない。今後一切、恋愛から何かを得ることはない。

 このことを、私はどのように整理したらいいのだろうか。

 恋愛はすばらしい。いろんなドラマ物語においても恋愛至上主義圧倒的多数な世の中で、人々はそんなフィクションを見て、やはり恋愛はすばらしいものだと思う。誰しもが人に恋をして人を愛するのだと信じ込む。そう刷り込まれた?私の観念はとても硬い。

 では、他人を愛さない人は、すばらしいものが欠けているのだろうか。人生のなにかしらを失っているのだろうか。彼はおかしいのだろうか。

 断じて違うと、私は確信している。でも、それは私の中の固定観念矛盾している気がする。

 私にとって恋愛のない人生は、ずいぶんパサパサとした無味乾燥もののように思えてしまう。彼がAセクである自覚を得た日以来、失恋による大きな胸の空洞がつらいし、今まできれいに思えたものがきれいに思えなかったりする(感覚がにぶっている感じがする)。彼を好きだったとき世界の見え方はとても色鮮やかだったのに。

 気が付いたら私は25歳で、中学卒業してから10年が経とうとしていて、10年前のあのころキラキラした感覚がいろんな意味で信じられなくなってきている。恋愛しか得られない感覚があると信じているくせに、彼のことがあって今の世の中における恋愛絶対性について疑ってもいる。人間幸せの形ってもっともっと多様だと思いたいのに、自分経験がその価値観に異を唱えてくる。

 こんなことを考えていると、結局彼と私とではとんでもない隔たりがあったのかなとか考えてしまって、今でも少し凹む。



 自分の中でもいまだに結論がでていないせいで最後何を言いたかたかよくわからなくなってしまった。こんな深夜に書きなぐった読みづらい長文を読んでくださって、ありがとうございます。なんでもいいのでみなさんの意見を聞いてみたいです。ちなみに私がちょっとヤバいのは承知です。

2017-08-04

俺男だけど教室女子に下見せられたことあるよ。

https://anond.hatelabo.jp/20170803125338

2月くらいに、なんかレクレーション的な奴でみんなが外で鬼ごっことかやってるときに、当時小2か小3だった私とクラスで一番かわいい女子風邪だっため二人きりで時間つぶしてたんですよ。

なんでか、女って本当にチ◯チ◯ないのなどという話になり、向こうが見てみる?などと言ってきて見せられたのだけど、私はなんというかいたたまれなくなり、教室を飛び出し鬼ごっこに遅れて参加したという。。。殆ど見てないののだけど、今思うとちょっとくらいエロいことできたな。

2017-07-24

ゲーム実況が大嫌いな底辺ゲーム作者の愚痴

フリーゲームを作ってる。

そうすると嫌でも実況界隈が目につく。

投稿ゲームを実況不可にしておくべきだったと今更ながらに後悔した。

ゲーム実況という文化が本当に本当に大嫌いだ。

ニチャニチャした喋りのプロ気どりの一般人が、自己顕示欲満たすために人様の作ったもの踏み台にするあの感じ!!

大事大事に作ったゲームに、その場の笑いを取るためだけに半ば重箱の隅つつくようなツッコミを入れまくるアレ。

私みたいなスキルのないクソ素人だとな、素材の全部を1から作るのだって大変なんだよ!!!

から時には善意で素材を公開してくださる素材サイトさんのマップチップBGMを借りることだってあんだよ!!!

制作ツールデフォルト素材だってめちゃくちゃ重宝してんだよ!!!

それ見て「これ他のゲームでも見た」とか軽々しく言ってんなよ!!!

こっちは限られた中から選びに選んで使わせて頂いてんだよ!!!!!!

実際作ってないてめーらには分からないだろうな!!!

しかも完全自作派じゃないかぎり、マップチップはなかなか思い通りの配置にできないんだよ!!

向きとか差分とかでどうしてもままならず、多少不自然な配置になっちまうことだってあるんだよ!!!

操作キャラクターとの大きさの対比がおかしくなることだって当たり前にあるんだよ!!!

それをここぞとばかりにツッコミまくってんじゃねーよ!!!んなもん笑いでもなんでもねえよ!!!

キャラクターセリフになりきってアテレコしたりするのもマジでやめろ!!!

私が作ったキャラクターはそんなニチャニチャした喋りしねーよ!!馬鹿にしてんのか?

んでもってそういうゲーム実況信者、こいつらも本当に許せない。

「このゲームにボイスがついたら、このキャラの声は絶対●●(実況者名)以外考えられな~い」って、耳と脳みそ本当に機能してんのかよ。

「このゲームに人気が出たのは●●の動画のおかげ」って馬鹿かよ。

それは作者の努力と支えてくれるプレイヤーの皆さまと素材屋さんのおかげだ、うぬぼれるな。

しかも最悪なことに、動画だけみてゲームやった気になった連中が平気で作品ファンを名乗ってる。

ゲーム投稿サイト感想欄にも「実況でしかみたことがありませんが~」的な前置きでコメントしてる。

それ見て作者が喜ぶと思ったら、お前ら本当に馬鹿だよ。頭にうんこ詰まってるとしか思えねえよ。

無料なんだからプレイしろよ、ファンなんだろ?動画見る時間あんだろ???それともゲームはただの交流ツール???

で、一番むかつくのは「これ●●のパクり」とかいコメント

実況者が選んだゲーム動画ばかりしか見てないから、それが世の中に普通にありふれた演出だってこと知らねーんだろうな。

ゴシックな探索型ホラーゲームは全部あの有名な美術館脱出ゲーのパクりか?

鬼ごっこ要素が入っていたらブルーベリーみたいな色をした全裸巨人に追われるゲームパクリか?

即死トラップどんでん返しストーリー黒猫セーブポイントの家脱出ゲーのパクリか?

んなわけねーだろ、くそが。

お前らに言わせりゃ、名前太郎とつく子が動物従えたり鬼退治する桃太郎と金太郎もパクりなんだろうな。

お姫様が困難超えて王子様と幸せになるストーリーは全部夢の国映画パクリなんだろうな。

なんかもう疲れるわ。

実況者と信者は閉鎖コミュニティに籠って一生出てくんな。ただひたすらに不愉快だ。

当たり前だけど、この愚痴別に全作者の総意ってわけじゃないよ。

実況好きで歓迎している作者もいるし、宣伝兼ねて実況OKにしている人もいるしね。

なのでこれはただの底辺ゲーム作者の愚痴、おわり。

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■追記(2017/07/25)

愚痴の吐き捨てのつもりだったので反応がたくさんあって驚いた。

感情にまかせて汚い言葉を使ったので不快にさせてしまったらごめんなさい。

あくま愚痴自分が正しいとは1ミリも思っていないので、もらった反応は全部耳が痛い。

嫌ならそもそも実況動画をみるな、という意見。本当にその通りだなぁ、なんで見てしまったんだろ。

その上で、一部だけ補足を。

    

「お前も素材を1から作ってないか同類だろ」という意見について。

→まったくもってその通りなので、底辺ゲーム作者とうぬぼれてるただの底辺愚痴として見てくれると幸い。

  

批判されるのが嫌なら公開するな」という意見について。

別に批判が嫌なわけではない。きちんと「自分で」プレイしてくれた人の意見感想ならなんでも嬉しいし直せるところは直したい。

底辺作者としてはDL数がひとつ指標なんだけれど、それに貢献せず動画だけをみて無責任に飛ばされる野次が嫌という話。

    

元々自己満足ゲームを作り始めたのに、つい欲を出して投稿サイトで公開したのがそもそもの間違いで、作品を公に出す覚悟が足りなかったんでしょうね。

アドバイスでいくつか頂いたように、ほとぼりがさめたら実況不可にして二度と実況動画を見ないよう自衛したい。

  

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再追記(2017/07/25)

まとめサイトに載ったらしく、サムネイル特定の実況者の画像が載せられていたとのこと。

この愚痴特定の実況者に宛てたものではなく、画像の人ももちろん無関係です。

まとめサイト記事の削除申請を出しますので、今しばらくお待ちください。

迷惑をおかけした方々に深くお詫び申し上げます

2017-07-11

ジェイソンになったりキャンプ指導員になったりして鬼ごっこするゲーム流行ってるので

観たこと無かったので本家映画の方を何本か借りてきたんだけど、

10がめちゃくそ面白かった

ジェイソン宇宙に行く!って

どう考えてもネタだろ!!

と思ったけどアイディア一杯詰め込まれててすごいワクワクした

2017-07-09

終わりゆくIT業界(SIer客先常駐web系)の矢面を見て

少し前、SIerやweb系でITエンジニアをしていたので、現状を少しだけ書こうと思いたった、そこで思ったのは、ここで言われてることが割と最先端で、その他のネットで言われてることはリーマンショック前後くらいの古い認識ということを嫌というほど体感しました。

ここの外で言われてるのは「特定派遣は安定している」とか「web系に脱出するべき」だとか言われてるが、現実は全く持ってそうではなく

特定派遣は来年の秋には廃止になるのは確定しているし、web系は現在もはやレッドオーシャンを通り越してブラックオーシャンと化しています。

以下に示す例を見てなお、それでもITエンジニアになりたいという気合の入った益荒男がいましたら、きっと理詰めと政治とソーシャルエンジニアリングを使ってバリバリのし上がり、ひとかどのエンジニアになれるでしょう、そうじゃない人はこんな業界はやめて、カタギで真っ当な仕事についてください、この業界より酷いのは営業職と広告系と出版系の一部くらいしかありませんから

・もはや技術なんてレベルの話じゃない

特定派遣やweb系で技術を積んで神エンジニアになるぞ!と息巻いている方たち、これから飛翔しようとしているエンジニアの卵たち、残念ですが客先常駐やら、有象無象のweb系で得られる技術なんてマトモなものはありません、精神と体力と将来を消耗するだけです。

比較的マトモなSIでも、情報系の院生クラスで(なぜそんなところに入ったのかは突っ込まないとして)、最初の数年やらされるのはテスターや部分改修のみです、下流も下流です、しかブラックです。大卒なら25~6歳、院卒なら27~8歳の時点で、あなた経験は下流が3年程度です、さてこんな状態で転職したところで、マトモなところが相手してくれると思いますか?使う言語も開発環境も全てにおいてもはや化石レベルのものばかり、オマケに給料は都内フリーターとどっこいなんてところがザラであります。

私自身異業種に身を置いていまして脱出しましたが、普通はこれくらいの年齢になると、後輩に指導をしているレベルになります、現に私が新卒の頃は、これくらいの年齢の人は出向先の子会社の新入社員を10人くらいまとめて面倒みてましたね

え?web系はどうかって?一世を風靡した最先端の自社開発!最先端の技術を常に使ってスタバマックを操って私服でゆるいノリでバリバリ仕事意識高い!なんてイメージありましたね、はい、間違ってはおりませんよ、日本語って言い方変えれば正反対の意味にもできますからねぇ

実態はweb系言語でも周回遅れのバージョンで、もはやいやがらせや拷問の類としか思えない短納期を延々繰り返し続けます、休日はチャットで呼び出し、休日も自宅で仕事、夏に友達がやれ湘南だ都内プールだと楽しむ中、部屋で一人仕事です、しか年棒制の裁量労働制なので、残業代なんてビタ一文でませんよ(しかも業績傾いたら翌日には福利厚生がなくなっていき、業績が戻ろうが上がろうが、絶対に元に戻ることはありません)

「それは仕事ができない無能だからだ」「生産性が高ければ余裕」、はいその通りです、生産性が高くて神プログラマーなら余裕で仕事終わらせられますね、じゃあもっと仕事できますよね?今度これお願いね☆とあなた方のキャパを気が付けば超えた仕事が割り振られるようになります、結果「月月火水木金金」の完成です、週休0日フルイニング出勤、驚異の月稼働時間496~500時間ですよ。名だたるブラック企業もびっくりの稼働時間ですねぇ(※最悪の例ですがこういう構造で凄まじい稼働時間になってワークライフバランスなんて存在しないというのは本当です)

web系業界でいうワークライフバランスというのは「Macbookproは恋人、Rubyは愛人、フレームワークソースコードオカズにアレできるくらいの変人」の基準でホワイトでありワークライフバランスです。マトモな脳みそと健全な性癖をした紳士淑女の皆様は決して騙されないようにしましょう。(そんな彼等でも下でいうゴッドエンジニアクラスと比べるとハタから見るとガ〇ダムかヒュッ〇バインくらいの違いにしかわかりません、ガン〇ム知らない人にとっては色違いの同じモンにしか見えない程度のレベルですし、出来る仕事範囲も似たようなもんです。もっといえばガ〇ダムなどという強いロボットではなく、陸戦型〇ンダムです、簡単にザ〇とかド〇にパンチ一発で手とか足が明後日の方向へひん向いて吹っ飛ばされてやっつけられるガ〇ダムっぽい何かといっていいレベルです。)

東京まで来て引きこもって職場と自宅の往復なんて、出来の悪いなろう小説の主人公みたいな人生ですね。勉強会になんて参加する時間ありませんよ?それを棚に上げて酸っぱい葡萄で「勉強会はなれ合いだから…」とか戯言ほざくITドカタ社畜の鏡もネットには多いですけどねぇ

もちろん普通はこれくらいの年齢になると…(以下ループ)

・何故こんなことになってしまったんだ(ウルトラマン)

端的に言えば、web系に関しては過当競争が行き過ぎた結果です、ブルーオーシャンやらレッドオーシャンなんて単語が飛び交っていた時点で、こうなることは目に見えていたのかもしれません

SIer系に関しては、なんかもういうのも呆れ果てるくらい終わってるので、その目で実際に確かめてみてください、なぁに、何事も人生経験です、3か月くらいバイト感覚で入れば勉強になるでしょう、まぁ来年の秋には特定派遣禁止になりますから、自殺志願者でもない限りはこんな業界には絶対に来ないでください、新卒でブラックだとかに当たったりいろんな理由で職歴に傷がついたスネに傷のある人間がわずかなクモの糸を取りあうために人生一発逆転を狙って食っていくための場所です、IT系ってのは

というか、会社変えればいいだろとか舐めたことを抜かす奴等もいますが、会社変えるたびに一か月無給で貯金をすり減らすような生活になるので、どう考えてもブラックなweb系自社開発にトチ狂って突撃するなんていうことや、よりにもよって「特定派遣(人売り零細中小ベンチャー)」や「IT一般派遣」で糊口をしのぐなんて、勇気と無謀をはき違えたことは絶対にやめましょう。30過ぎどころか、25やそこらでキャリア人生が完全に詰んで、恍惚の人を化します。というか、そんな境遇になれば、まず営業でもビルメンでも警備でもなんでもいいから、異業種に転職してください。その方が100倍マシですし、そうしないと、冗談抜きであなた実家ウンコ製造と酸素を二酸化炭素かえるだけの簡単なお仕事と、自宅警備員を兼ねた自称ノマドワーカー引きこもりと化すか、キャリアバキバキにされて人生を若くして完全に詰んで、自室か青〇ヶ原あたりの樹海で首をくくって、なろう小説の異世界に転生して、当地で魔法プログラミングをするようなハメになりかねません。

また、あなたが昔や今にでも、女や男をIT技術者寝取られたとかで、坊主にくけりゃ袈裟まで憎くなり、IT技術者という存在そのものに復讐したいのであれば、ここでもどこでもネット

「IT一般派遣最高!特定派遣最高!SES最高!これからの時代は一般派遣特定派遣だ!否定する奴は主語がデカい!」と喚きまくってください。間接的に人生狂わされて不幸になる人がたくさん増えますので、気は晴れるかもしれませんよ?

そもそもプログラマー・SE=ハッカーではない

歴史に名を遺すハッカーや、クラッカーラノベアニメや映画で活躍するカッコイイサイバー戦士たち、新しい戦場縦横無尽に戦う無敵の諜報兵士、誰もが憧れますね、だからといって杓子定規にSIやweb系に入るということ自体が、もうそんな存在になりたいのをドブに捨てているようなもんですのでやめましょう

例えば、FBIと下村努氏と激闘を繰り広げたケビン・ミトニック、彼はプログラマーではありません、世界を変えた天才スティーブ・ジョブス、はい、意識高い系教祖の如く奉る伝説の存在です、彼もプログラマーではありません、彼の親友ウォズの魔法使いさんも、「プログラマー」では厳密にいえばありません。

彼らはパソコンのものに詳しかったり、パソコンを使って商売をしている人たちですし、10年ちょっと前に秋〇原でシコシコとパソコンパーツやパソコンを買い付けては公安警察鬼ごっこしていた北朝鮮サイバー軍も、純粋な「プログラマー」や、ましてや「SE」なんていません。でも彼らはアメリカ軍でさえ時折競り負けるほどのITスキルを身に着けてサイバー戦争での恐怖と畏怖の代名詞になっていますね、彼らが日本で真っ当に働けば手取り20万円、残業定額使いたい放題プランで、きっと1年で発狂して、職場で幼児退行を起こしたり、精神崩壊を起こしたカミーユ・ビダンのようになって、両親親族に号泣され、いきなりティッシュを食べ始めて笑いながら失禁し、黄色い救急車で運ばれ一生社会人として働けない廃人になっているでしょう。

・現代の奴隷、ITエンジニアサンクチュアリ社内SE

そして目指す先は皆ここになります、はい、社内SEサラリーマンにしてエンジニア、IT身分階級ピラミッドにおける青い血の貴族、バラモン階級、公家、上士の出の存在、社内SEです

我らIT奴隷たちをアゴでコキ使い、最上流の仕事バリバリ働き、定時退社は当たり前、福利厚生も整い上手くいけば役員や社長からも「我が社のIT守護神〇〇くん」といわれ寵愛を受けますね、まるで出来の悪いなろう小説の主人公の無駄に高い待遇のようですね。ExcelVBAを組み、PCをキッティングし、電話口だけでWordやエクセルの使い方を教えれば、まるで肉を両面焼いたり、コインを10枚まとめて数えたりするだけで、ゴッド扱いのなろう主人公のごとき扱いを受けます、偉い人や周りの人達や美人OLたちから「すごーい!君はITに強いフレンズなんだね!」状態です、オマケに安定安定また安定、ちょっと給料が低いのが珠に傷(それでも上記のIT職種より1.5~2倍上、福利厚生を入れれば6倍はマシです)

ですが、世の中そうはいきません、00年代前半はリアルヤクザまでもがフロント企業として参戦しまくった現代日本無法地帯、IT業界でそんな貴族階級になるのなんて、これまで悪いことなんて一切したことがない真面目一辺倒の人間が、いきなり戦闘員からショッカーの首領を目指すとかいうようなもんです、普通の会社で課長くらいまで昇進するほうがまだ可能性があります。

まず、この業界、正社員なんてものは100人いたら1人くらいしかいません、え?特定派遣正社員だろって?あんなもんただの派遣ですよ、というか定義上お国が定めた立派な「派遣」です、不安定半端ないじゃないですか実際

結論、社内SEになるには比較的ブラック環境ですら、倍率30倍40倍に上ります、そんなの目指すくらいなら最初から別の業界へ転職してください。

・我々は「携帯電話である

そもそも自分は最先端の技術を常に勉強してるから心配ない!技術力があれば何でもできる!はい、なんて考えてる9割のIT技術者たちさん、残酷なことを言いますが、私やあなたたちの代わりなんていくらでもいます。(少なくともお金出して雇う人たちはそう考えています)

この日本の「IT業界」において「神クラスのIT技術者」なんてものは、OSだの新言語だの作るレベルとか、その研究開発で飯食ってる暮らすレベルのゴッドエンジニアたちだけです、彼らを黄金聖闘士とすれば、たかだかちょっとフレームワークがいじれるだの、言語やDBを複数操れるだのなんて、せいぜいスチールセイントです、青銅ですらありません(もちろん私自身もエンジニアだったので納得いかいかもしれませんが、世間一般ではそういう認識です、金払って雇う人たちの認識がこれくらいです)

そんなレベルのゴッドエンジニアたちは、客先常駐なんてしょっぱいことしてませんよ、いきなりエリート街道驀進で大活躍ですよ、我々普通のエンジニアスターリングラードで二人に1丁の銃だけ渡されて後ろから政治将校マシンガンで狙われながら敵陣地に突撃する使い捨て一兵卒、せいぜい技術力があればスコープ付きのライフル貰って足に鎖括りつけられてそこから敵に撃たれるまで狙撃し続けろとか言われる木っ端スナイパー程度です――とするなら、彼らゴッドエンジニアは、DOGDAYSというアニメ主人公並の待遇と扱いになります。ラブコメしてて道楽みたいな仕事してるだけで、英雄ですよ。好きなことなんでもやらせてもらえて、家庭も持ってリア充街道驀進してますよ。30過ぎにはもう奥さんと子供がいますよ、家のローン払ってますよ、レベル低くて最低アッパーミドルですよ。あと、上で木っ端の意識高い系web開発者などIT知らん一般人から見ればガンダ〇とヒュッケ〇イン程度の違いでしかないですが、ゴッドエンジニアはマジンカ〇ザーや真ゲッ〇ーロボ、マ〇ロスやパ〇レイバークラスです、優秀で高性能、しかもよく知らない人でも見た目一発でわかるほどの存在感(技術力)を放っています。当然、あなたがITエンジニアといえば?と我々を並べたとして、陸戦型ガン〇ムだかジ〇だかザ〇だか知らんような似たようなのにしか見えない我々木っ端のエンジニアと、彼等個性も能力も半端でなくわかりやすく凄いゴッドエンジニア、どちらが「この人がITエンジニアっぽーい!」と選ばれると思いますか?粋がったところで我々の付加価値などSIだろうがweb自社開発の意識高い系だろうが、ゴッドエンジニアと比べればその程度の物なんですよ、日本のガラパゴス井の中の蛙やって偉そうなことをユーザーに対して物申すなんて、大それたことができる身分かオメーらはよ、大したことやってねぇくせに偉そうなことほざく前に身の程を知って分際をわきまえやがれってんだプライドだけは王侯貴族並かテメーらはコラ。という話ですね。

我々は、携帯電話です、古くなったら捨てられて新しいものが買われ、壊れたら捨てられ新しいのが買われ、何か気に入らないのなら捨てられて新しいのが買われます。

皮肉ですね、かつての携帯電話開発で組み込み技術者が、アウシュビッツ収容所並の虐殺労働を受けて、枕を並べて討ち死にをして壊滅したように、我々は市場ごと消えたガラケー、web系ならスマートフォンです。

これからIT業界を目指す人は、強い人になってください、ソーシャルハッカーとして業界をのし上がっていく、現代のスパイのようにタフに生きてください、きっと人売りITの社長やweb系であれば上場させるためにイカれたブラック労働を自社内エンジニアに敷いて上場したら売り抜けてトンズラを狙おうとする上場株ヤ〇ザにでもなって、もはや存在自体が日本や社会と警察と厚生労働省の敵、公共の治安と真っ当な納税者健康ブラック労働で脅かし、日本経済にダメージを与えるまごうことなき極悪テ〇リストとかそういうレベルの悪業の塊のような技術者たちの生き血を啜る経営者になれますよ、良心がマヒした人間しかもうこの業界残ってませんから。(俺は死んでもそんなのにはなりたくないからこの業界やめましたが)

命を大事にしたい人、マトモな人、自分が悪いことをしている自覚すらない極悪人と関わりたくない人、産んでくれたご両親に申し訳ないと思う人、お天道様に対して胸を張って真っ当に生きたい善良な人であれば、決してこんな業界には来ないでください、変わりの仕事なんていくらでもあります、少なくとも300万円や500万円で殺される寸前まで奴隷労働に従事させられるようなことなんて、他の業界はいくらブラックでもありえませんので。

最期一言日本のIT業界へ

ITは未来があるが、日本のIT産業には未来なんてねーよ、IT技術者なんていくらでもいるだの、技術は重要じゃねえだのとほざくのなら、お前らは木札と和紙と筆とそろばんで事務処理でもしてろ、そして一生表へ出てくるな。以上

追記

初めてはてなに登録して書いたものの、目を離していたらブックマークが凄い勢いでついてたので驚きましたが…

web系にまだ夢見てる人たち多いので、そんな無責任な人たちに未来ある若者たちが騙されないように2016~17年までの実際に業界にいた実態はまた機会があればかくとして、社内SEに夢見すぎというのに一言

ITエンジニアくんたちね、自社で自社の社員たちとお仕事をしていろんなことをするという社内SEという生き方はね、あれこそが世間一般でいう「普通のサラリーマン」的生き方なんですよ。

別業種で普通にリーマンしてたことがある自分がいうから間違いないですよ、夢見すぎというのはほかの業種で働いたことがないから言える発想なんですよね

別に自分が物語の主人公みたいになりたいなんて、思い上がりも甚だしいことをいうつもりはありませんよ。

そもそも私は、社内SEのものも評価なんてしてませんよ?なんでたかが普通のサラリーマン生き方に回帰するのに、ブラック待遇でも倍率30倍とかイカれた競争率で職探す必要があるんですか?普通に別業種に転職した方がよっぽど楽ですよね、それ。

意識高いこというのもいいですけど、現実見ましょうよ、現実。私たちはゴッドエンジニアではありません、世界を救う勇者でも、前世は天使と悪魔の血を引く堕天使とかでもなんでもありません、日本刀擬人化したイケメンでもなけりゃ、戦艦擬人化した美少女に傅かれるような立場でも身分でも能力もないでしょ?

身も蓋もないことを言ってしまえば、本当に技術だけで日本を背負うレベルエンジニアや、技術だけで食っていけるブラック・ジャック先生やゴルゴ13クラスビジネスマンなら、増田で書いてる暇も必然性もありませんからね。彼等はオフの時筋トレしたり、医学論文読み漁ってるでしょ。

ITエンジニアなんて、365日稼働のプロ野球選手みたいなもんですよ?特にweb系みたいな属人性が強い分野なんてその傾向が顕著なわけで

プロ野球選手ですらオフシーズンは何か月もあって、その間でもトレーニング欠かさなくて、それでも現役は40歳くらいまでなのに、こんなところで上から目線で物申す人間が、技術力だ付加価値だ言ったって、全く持って説得力ありませんね。

というわけで、未来ある若者、物語の主人公のように輝きたいと思ってる若者のみなさんは、決して惑わされないようにしてくださいね。

2017-07-08

どうして鬼ごっこ

プロ化しなかったのでしょうか?

2017-06-26

インシュリン

糖尿病男子中学生に、インシュリン注射教室の外で打つよう指示した教師問題になっているが

受験というふるいにかけられていない中学校教室なんか

奇声を上げながら鬼ごっこする奴

周りを見ずにぺちゃくちゃおしゃべりしながら歩いて人にぶつかる奴

手に持った教科書や机の上の筆箱をうっかり落とす奴

興味本意で人のことをじろじろ見る奴

こんなのが驚くほどたくさんいる

酷いのになると見せて!って注射を取り上げて針をツンツン素手で触る奴もいるだろう

お前らネット民みたいにおとなしくて聞き分けのいいガキはごくわず

「今増田くんが注射を打ってて危ないから近づかないようにしよう、ぶつかって針が折れたり変なところに刺さったら大変だ」

増田くんは病気で苦労してて大変だな、自分注射を打つなんて偉いな」

こうやって考えることができる奴は恐ろしいことにほんの上澄みだ

教室外で打つことを指示するのは別におかしくない

叩いてる奴は教室でやって問題起きたら「保健室に行かせてやるべき!」とか言いそう

2017-06-13

美大に行けなかった女

祖父画家だ。

美大卒業してすぐに専業画家として独立

その道の人が喉から手が出る程欲しがる賞なんかも受賞して、

から見ると画家として順風満帆人生を送ってきたように見えると思う。

しか祖父プライベートでは周囲にかなり迷惑をかけてきた。

戦争で家が燃え盛る中、貴重品には目もくれず画材だけ持って逃げたり、

駆け出しの頃余裕のなさからちょくちょくヒステリーを起こしたりとか、

そういう話はよく祖母とその息子(=私の父)から聞いたし、

画業が軌道に乗るまではかなりの貧乏暮らしをしていたらしい。

そのせいでうちの家系アート関係仕事に対して風当たりが強い。

父が美大ではない一般大学を出、一般企業サラリーマンとして就職した際は

一族からまともな奴がでた」と周りが泣いて喜んだという。


孫の私は小さい頃よく祖父の家に預けられていた。

(私も祖父都内住みなので、母が忙しい時、面倒を見てもらっていた)

父が幼かった頃はまだ生活に余裕がなく、祖父子供の面倒を見る事はなかったが、

絵が売れるようになってからできた孫の私の事はかなり可愛がってくれた。

祖父は私にお古の画材をくれ、好きに絵を描いていいと言ってくれた。

仕事をする祖父の近くに陣取り、見様見真似で絵を描き始める。

幼稚園児の絵なんてプロの目から見なくても下手くそだし、祖父から絵を褒められた事は一度もない。

それでも下手な絵を量産し続ける私を見る祖父の目がとても優しかったのは覚えている。

やがて私は外で鬼ごっこをするよりも絵を描く方が楽しいと思うような子供に育った。

近所に住む幼馴染の友達も絵を描くのが好きな子で、

放課後はその事一緒にスケッチブックを持って公園に絵を描きに行くのが定番コースになった。




そんな私に家族はいい顔をしなかった。

小学生の頃、近所のお絵かき教室に行きたいと何度頼んでも全部無視された。

でもテレビでみかけた新体操選手を見て一言可愛いと言った次の日には新体操教室を探してきてくれた。

数学が苦手だとぼやいたらすぐにそろばん教室に行かないかと勧められた。

家族は私が絵を描く事以外に興味を持ってほしかったのだと思う。

一回だけ口を滑らせて「美大とか美術専門学校に行きたい」と言ってしまった事がある。

父は大激怒あん鬼のような形相をした父親を見たのは後にも先にもあの時だけだ。

親戚中に言いふらし、それから何人もの親戚から連日の様に

「お前に祖父のような才能はない」

美大に行くような奴はそれしか生き方を知らないろくでなしだけだ」

「お前は絵の為だけに人生を棒に振れるのか、そうとは思えない」という電話がかかってきた。

安定した仕事に就いてほしいという彼らの気持ちもわかる。

でも「美大楽しそう」は中学に入ったばかりの小娘の言葉だったのだ。

それからずっと絵を描くのが好きだという気持ち封印し、

隠れてノートに絵を描いてはいものの、普通大学に入って普通にOLとして就職をする道を選んだ。

それでも社会人になっても絵を描きたい欲が抑えきれず画塾に通い始めた。

美大の夜間コース金銭的にも時間的にも無理だった)

この頃になるともうこれから芸術の道に進む事はないだろうと安心したのか、家族から白い眼で見られる事もなくなったし、

祖父コネでもらった展覧会チケットも興味があるのなら、とくれるようになっていた。

画塾に通い始めた事も「社会人になって趣味を持つの大事な事」と肯定的な目で見てくれるようになって、少し認められた気がして嬉しくなった。

ただ一言「お前、絵描くの好きだったんだな、知らなかった」と言われるまでは。

あぁ、幼稚園小学生の頃あんなにお絵描き教室に行きたいと頼み込んだの覚えていないんだ。

後、大学一人暮らしを始めてから同人漫画も描き始めた。もちろん家族には言っていないけど。

同人イベント金銭のやり取りをするようになってから、絵一本で祖母、父、そして父の妹を食わせ、大学まで行かせた祖父のすごさを再認した。

親戚が私に才能がないと言った気持ちもわかる。私は祖父になれなかった。なろうとする事すらおごましい。

でもこの趣味出会った友人達には美大とかアート系の専門学校に通っていた人も多くて、やっぱり羨ましくなってしまう。

そしてその人達ほとんどは家族の言う「芸術の道に進むしか能がないろくでなし」ばかりではないし、

卒業普通OLとして社会人をやっていけている人にもたくさん出会った。

デザイン系の仕事をして会社に雇われている人もいれば、

祖父自営業画家として生計を立てていたように、フリーランスとしてやっている人もいる。

何より皆、人より絵を描くのが得意な「社会常識のある普通の人」だったのだ。

美術系の学校に進む人は全員頭がおかしいという親戚の言葉は、

美術を専攻するとOLという道は閉ざされるから絶対に稼げないという親戚の言葉

嘘だった。

そして思ってしまうのだ。

正直言ってしまうと同人誌はそこそこ売れているので、私に絵の才能が全くなかった訳ではないと思う。

もし美大に行けてたら…祖父の様に専業画家として大成功する事は無理でも、デザイン系のOLとかで生活できる程度に稼ぐ事はできていたのかな…と。

甘い考えだってのはわかっているけれども。

父の口癖はこうだった。

「本当に何かをやりたい人はどんなに反対されても勝手にやる。祖父は家が燃え盛る中、泣きながら画材を持ちだして死にかけた。手塚治虫戦争中、絵の具がなかったか自分の血で絵を描いた。芸術の道に進むというのはそういう事だ。」

きっとそうなのだ

私が本当に美大に行きたかったのなら、親戚中に反対された中学の時点で家出でもすればよかったのだ。

バイトをできる年齢になったらお金を貯めて、学費自分で賄えばよかったのだ。

そうしなかったのは心の底から美大に行きたいと思っていなかったからなのかもしれない。

ないとは思うけど、明日北朝鮮ミサイル東京に降ってきたら、私は真っ先に通帳とか印鑑とかを持って逃げると思う。

そして、足腰が弱ってあまり歩けなくなってしまった祖父は、それでも若かった頃と同じようにパニクりながらカンバスと絵の具を持って避難するだろう。

そういうところなのだ、親戚が「芸術家ろくでなしだ」と言うのは。

通帳は全部祖母に任せて自分画材だけ持って逃げるから

明日おまんまがなくなって、家族全員打ちひしがれていても、スケッチブック燃えなかった事を泣いて喜ぶような人だから

本物のミサイルなんてそうそう見れるもんじゃないと喜び勇んでスケッチを始めるかもしれない。

因みによく一緒に公園スケッチに行ってくれた幼馴染は高校から画塾に通う事を許され、無事美大合格卒業後は有名なゲーム会社就職した。

彼女ものすごい努力をしていたのを私は知っているし、就職の報せを聞いて私も嬉しかった。

でも北朝鮮ミサイルに対して彼女はどういう行動をとるだろうか?

私が趣味世界出会ったデザイン系の仕事に就いている人達は?

紙と鉛筆を持って逃げるだろうか?

幼馴染とは今でも仲がいい。

同人活動を通じてできた友人の中にはジャンルが変わっても付き合ってくれ、一緒に旅行に行くような仲の人もできた。

積極的美大とか専門の話はしないけれども、そういう話題になっても自分の知らない世界の話を聞くのは単純に楽しいし、新刊ネタになるかもとワクワクすることもある。

でも嫉妬心を全く覚えないと言ったら嘘になる。

日本火の海になった中で、紙と鉛筆でなくて通帳と印鑑を持って避難するような人だったとしても、彼女達が美大進学を許された特権階級である事は変わりないのだ。

そう思うと何だかもやっとしてしまう。





一時期このもやもやから逃れたくて、絵を描く事を伴わない趣味を探した事がある。

スポーツをしてみたり、美味しいご飯屋さんを探してみたり。

このスポーツ団の制服可愛いから模写したいとか、肉の「照り」の部分を絵の具でどう表現しようかとか気付くと考えてしまっていたけれども、頑張って思考の外に追い出していた。

そんな中、某韓国アイドルにハマった。

お気に入りだったのが音大出身で抜群の歌唱力を売りにしている子。

彼の美しい歌声に乗った異国の言葉は心地よくて、生まれて初めて海外アーティストの曲を買った。

ある日、彼が番組企画ファンの為にイラスト色紙を書いてくれる事になった。

その日の彼は機嫌が良かったのか、普段はあまりしないプライベートな話をしながら色紙を書いてくれた。

小さい頃から歌う事が好きだった事。

母親に勧められて合唱団に入った事。

歌手を目指し挫折した経験を持つ母が、音大合格した時泣いて喜んでくれた事。

色紙を書き終えた彼はそれを満足そうにカメラに見せ、言葉をつづけた。

「歌も好きだけど…絵を描く事も好きです。上手くはないけどね。僕の従姉妹がこの絵を見たら笑ってしまうかも、彼女美術大学に通っているんだ。」

頭を鈍器で殴られたような感覚がした。

今までアイドルと言うのは自分とは全く別の世界に住んでいる人間だと思っていた。

この世に存在しないくらい見た目が美しくて、スタイルが良くて、歌やダンスが上手で。

からどんなにイケメンアイドルを見てもこんな人と付き合いたいとか、

どんな美人アイドルを見てもこんな風に美しい女性になりたいとか、そういう気持ちが湧いてきた事はなかった。

自分人生と関連づけられなかったのだ。

特に彼は外国人だったので、そうした傾向が強かったんだと思う。

でも彼の口から美術大学」という言葉がでてきた瞬間、一気に身近な存在になってしまった気がした。もちろん悪い意味で。

音楽芸術だという当たり前の事を思い出し、生まれて初めてアイドルに対して悔しいという気持ちが湧いてきてしまった。



彼は芸術家になる事を親から応援されてきたんだ。従姉妹さんも美大に通っているという事は、きっと一族の大半が協力的なんだろう。

羨ましかった。私も応援されたかった。

美大に行きたいという言葉を発した時に、罵詈雑言を浴びせられるのではなく、彼の母親の様に応援してほしかった。

彼が歌うのが好きだと気付いた母が、彼を合唱団に入れてくれたように、お絵かき教室に行きたいとせがんだ私の事を父に認めてほしかった。

本当は新体操選手なんかに憧れてはいなかったんだ。

お絵描き教室が駄目なら新体操も駄目だろうと思って発した言葉だったのに、すぐに新体操教室を探してきてくれた親に対してショックを覚えたんだ。

美大コンプレックスから離れる為に始めた趣味だったのに、またもや同じ気持ちを味わったあの日、結局このコンプレックスはどこに行ってもついてくるんだなという絶望感を覚えた。

もちろん、高校から画塾に通って美大進学をした幼馴染、趣味を通じて知り合った美大出身友達

皆親を説得するために苦労をしたんだと思っている。

そしてただでさえ狭き門である芸術系就職活動成功させる為に、

反吐を吐く様な努力をして作品ポートフォリオを作り上げたんだろう。

きっと私には想像もつかないような辛い道のりだったに違いない。

大好きなアイドルと彼の従姉妹だって日本よりさらに厳しい学歴社会と言われる韓国音大美大進学を決めるのには相当な覚悟があったはずだ。

音大合格して彼の母が泣いたのだって、その一悶着があったからという事もあるかもしれない。

でも。本当に悪いけど。その内誰だって祖父レベルに達しているとは思えない。

祖父の様に絵の神童と呼ばれていたという話も聞かない。

祖父彼女達と同じ年齢だった頃に描いた絵を見ると、素人から見ても月とすっぽんの差がある。祖父の様な天才じゃなくても美大に行かせてもらえる彼女達。特に幼馴染は「本当は美大に行きたかった母親が大賛成」してくれて、祖父の様な絵に対する執着心もないのにすんなり画塾に通わせてもらえて、本当に羨ましかった。

もし、私の祖父画家じゃなければ。天才じゃなければ。

しかしたら説得できたんじゃないかって思ってしまう。

家出なんかしなくたって、絵の具の代わりに血を使わなくたって、北朝鮮ミサイルが降り注ぐ中、愛用の画材を泣きながら探し回らなくたって。

しかしたら、私にも美大に行かせてくれと説得できたのかもしれない。

彼女達が本当に羨ましい。泣くほど羨ましい。

祖父の様に絵を描く事しかできないわけでもなく、(少なくともデザインOLをやれる程度のコミュ力はあって)、でも祖父の様な並外れた才能があるわけでもない彼女達が

家族から美大進学を許されたのが、本当に悔しい。

祖父天才じゃなければ。数回頭を下げただけで私も美大に行かせてもらえたかもしれないのに。


祖父の事は聞かれない限り他人に話してはいない。父の職業ならまだしも祖父の事を聞かれる事は稀だし、自分から言いふらすような事でもない。

でもごくたまにある。お祖父ちゃんは何をしている人なの?と聞かれる事が。

そして答えると大抵「だから増田さんも絵が上手いんだね!」と返ってくる。

(もちろんお世辞だ。私は下手ではないと思っているけれども、上手くもないと思う。ただ、そういう仕事をしていない限り社会人になってまで絵を描いている人は案外少なく、相対的にそう見えるだけだ)

そんな時自分がどんな顔をしているのかはわからない。

絵を描く楽しさを教えてくれたのは祖父

お金にならないのに、今まで絵を描き続けてこれた情熱を持てたのも、祖父遺伝なのかもしれない。

でもそれを仕事にしなかったのも間接的には祖父が関わっている。

そして何より、私には祖父ほどの才能がなかったのだ。

2017-04-04

外で怒鳴ってるおじさんを見ると、理由はどうあれとりあえずハリセンを取り出して「メルシーボクーーー!!」などと叫びながら全力で頭を張り倒したくなるのは僕だけじゃないと思う。

でもホントにやると殴り合いのケンカになったりしそうで、そしたら僕は自分でも驚くほどフィジカルが弱いので、そうなるともう僕には少し距離を取って周囲をフニャフニャと舞い踊るくらいのことしかできない。

回ったり踊ったり傘をクルクル回したりしていると楽しくなってくるので自然笑顔になるのだけれど、昔から僕の笑顔は目が笑ってなくて怖いらしくてとても不気味だと言われる。

口角あがりまくった能面みたいな感じらしい。

鬼ごっこの鬼をしたら年下の子が漏らしたり、夢に出てきたとか言われて、結局鬼が回ってこなくなって、暇だから鬼を追走するようになったら鬼ごっこ自体開催されなくなったりした。

まあ、そんな顔のおかげか、毎回怒鳴るのをやめるまで続ける気概気合を入れて挑むけど、まだ失敗したことがない。

はいえ、中学生のころからやってるけど年に数回くらいなのでまだ通算50回もないと思う。

から怒鳴りつけおじさんに遭遇してしまうとたまに会社に遅れるけど、ちょっと遅れますって電話しとけばセーフぐらいの範囲で済んでて助かる。

踊りながら怒鳴りつけおじさんと何度も目が合うと、怒鳴るのを止めるか、たまにこちらに向かって怒鳴ってくる人もいる。

でも怒鳴られても、踊るのが楽しいのでウフフ、オホホと曖昧な返事をしていると皆じきに立ち去ってくれる。

怒鳴られていた人と一緒に「なんだアイツヤベェよ」「ヤバイっすね」と言いながら去ってくれたりするととてもうれしくて背中を見送る口角が余計吊り上がる。

きっとそのあと再開されるお説教では、道端で怒鳴りつけていた先ほどまでほどの熱はこもらないだろうから、もう少し理性的に話し合いや指導ができているといいなといつも思う。

最近なにやら診断も下ったりしたが、どうやら僕は物事の捉え方とか、やるやらないの判断とか、衝動抑制とか、そういうのがいろいろ多方面にズレているらしい。

はいえ昔から自分では、どれだけ周囲と自分幸福にしつつなるべく善良に暮らそうとしても、純粋気持ちで「人を殺してみたかった」とか言っちゃったり、自分のしでかしたことをものすごく他人事のように淡々と語ったりするタイプの、ヤバイ犯罪者言動にごくナチュラル共感できてしまう、かなり紙一重な感じのキチガイであると思っていたのでその辺はさして変化はない。

好奇心に対する歯止めがかなり薄いのだと思う。

やらかししまって理由を問われても、自分としては「やってみたくなったから」「気になったから」以上の答えがあまり用意できない。

なのでたまに職質されると、よしよし日本警察はちゃんと僕のような不審人物を見抜けているのだな、ととても安心する。

まあ、グロいのとか血とか痛いのとかダメから他人物理的に危害を加える系の方向にはそういかないとは思うのだけれど、人から「優しい」と称され倫理観ブレーキ的なものがあるように見えても、単に自分がしたくないから偶然それはしてないだけみたいなスレスレ感が常にある。

そして、お外で怒鳴りつけるおじさん各位はそうした行為が、奇怪な風体をしたミニマムスローダンスおじさんである僕を呼び寄せるくらいキチガイホイホイであることを自覚して、ちゃんと戒めて欲しいと思う。

2017-01-30

http://anond.hatelabo.jp/20170129234423

人より鳥のほうがうるさい田舎から町中へ引っ越し

 

親子ケンカ

100m離れてる県道の車の走行

家前駐車場の深夜アイドリング30分

バカ

駐車場鬼ごっこしてる糞ガキ

福祉施設の入浴中の会話

福祉施設エアコンの室外機多数

 

などなどでノイローゼになって自律神経乱して、

キチガイになって派遣切りになりそう

2017-01-27

http://anond.hatelabo.jp/20170126204733

さすがに「ごくわずか」ってこたない。

子供が駆け回って鬼ごっこするのに、公園みたいなデカさは必ずしも必要じゃないわけで。

グーグルアースで見れば10m×10m程度の区画まるっと緑地で一つの敷地とか、渋谷とか新宿でもかなりある

普通に前の道歩いてると気付けないだけだと思うがな。

2017-01-26

東京育ち大学に行っていない夫と地方育ちで大学に行った私の話

私の夫は東京で生まれ東京で育った。

彼の両親も、それぞれ23区ど真ん中にある一軒家で育った。

夫の親族ほとんどは都内に家があり、大半は大学出で、半数が東大海外大学卒業している。

母方のひいおじいさんは大学教授、おじいさんは会社経営者で、父親は超大企業に勤めていた。父方の祖父医者だ。

都心にある両親の実家はそれぞれ部屋数が10以上あり、庭は子供鬼ごっこをできる広さがある。

ここまで聞くと、小町によくあるような夫自慢に思えるかもしれない。

しかし、夫自身大学に行ってないし、お金持ちでもない。

夫は都内私立中高一貫校に進学し、専門学校(夫曰く、名前を書いたら入れるそうだ)を卒業してエンジニアになった。

年収は同世代中央値のちょい上くらいで、1千万円を超えることは一生ないだろう。

実家もロクデナシの父親のせいでお金持ちではなくなっている。

一方私は、中堅地方都市にあるアパートで育った。うちはどちらかといえば貧乏寄りで、住んでいるアパート同級生に見られるのが嫌で嫌で仕方なかった。

家は6人で暮らすには明らかに狭く、自分の部屋がある友人がとても羨ましかった覚えがある。

家族の中では私だけが都内大学に進学した。

奨学金親族からお金を借りて学費をやりくりしたのだが、曲がりなりにも大学に娘を通わせられたのだから、そこまで貧乏というわけではなかったと思う。

そんな私にとって、夫は今まで出会った人の中で最も育ちがいい人間だ。

夫は乱暴な言葉を決して使わない。いつも柔和で物腰も柔らかく、大きな声を出しているところも見たことがない。

躾が厳しいお祖母様が、ジェントルマンとしてのマナー所作を教え込んだらしい。

夫は怒らず、驕らず、感情的にもならない。女性を見下すことも絶対にしない。

対して私の言葉遣いは乱暴だ。仕事中は丁寧に話すことを心がけているが、すぐ地金が出てしまう。

ホテル食事をしたことも、きちんとしたフランス料理も食べたこともないかマナーもわからない。少ないお小遣いは本に費やしたため、趣味らしい趣味もない。

夫との育ちの違いを最も感じたのは、箸づかいだ。私は箸づかいがとても悪い。練習してもうまく使えるようにならなかった。

夫は箸づかいがとても綺麗で、いつも果物がある家に育った。

私とは何もかも違う人間だ。

夫に貧困の話をすると、明らかにピンと来ていないのがわかる。

驚いたのは、「うち(私と夫)は、中流の下くらいだよねえ」と言ったことだ。

うちは共働きでそれぞれ正職員として勤めていて、都内マンションにすんでいる。

すくなくとも私の実家よりはるかに余裕がある暮らしをしている。

「じゃあ、君の実家はどのあたりなの?」ときくと、「僕の実家がちょうど真ん中(の生活水準)だと思う」と返され、二の句が継げなかった。

思い出したのは、義母との会話だ。義母の庭は定期的に職人に手入れしてもらっており、色とりどりの季節の花や木が植わっていて、とても見応えがある。

「こんな素晴らしい庭は見たことがない」と伝えると、「そんな立派なものじゃないわ。近所の方や、知り合いの家の方がよっぽどすごいわよ」と家族一同に全力で否定された。

その時は、「謙遜してるんだなあ」と思ったが、今思い返すと、あれは本気で言っていたのだろう。

私にとって一番凄い庭は夫の実家のものだが、夫の家族もっと広くてもっと手入れされている庭をいくつも知っているのだろう。

私にとって一番凄い家は夫の実家だが、夫の家族もっとお金持ちでもっと格式がある家をいくつも知っているのだろう。

しろ、そちらが中道なのだ

夫にとっての「貧困」は、テレビで写し出されるアフリカの現状のようなものなのかもしれない。

存在は知っているが、リアリティを感じないし、遠すぎて自分の家と比較をしたりしない。

夫が大学に行かなかった理由の一つは、「行く必要がなかった」からではないか

私は狭い家を抜け出し、自分の部屋で生きて行くためには絶対大学に行く必要があった。

すくなくとも、18歳の私はそう思っていた。

そのために膨大な時間お金を費やして大学を出た。

しかし、夫にはそう言った飢餓感や、行かなければならない必然性がなかったのではないだろうか。

大学に行くと、様々な人がいた。

その中には都内で育った人もいたし、私のように奨学金学費を賄っている地方出身の子もいた。

だが、私が出会った最も育ちの違いを感じたのは東京でそだって大学いかなかった夫なのだ

2016-12-12

結局今のネットダメになったっていう人は

バカに見つかったら別の場所に逃げるっていう鬼ごっこを続けるしかないんじゃないの

メディア質的差異なんて二の次でさ

2016-12-05

http://anond.hatelabo.jp/20161205000002

自分の中に封印されている記憶を引きずり出してみる

小学3〜4年の頃、いじめをしたことがある。俺がいじめていた「彼」は当時つるんでた仲のいい5〜6人の友人グループの一人だった。

友人グループとは言っても、一人のリーダー格とその取り巻きのような感じだったと記憶している。俺はそのグループ内ではNo.3くらいの立ち位置だった。

詳しい経緯やきっかけはもう覚えていないが、グループの中でもヒエラルキーが下の方だった彼には、普段の遊びの中で徐々に「リアクション芸」が要求され始めた。

特に彼に障害があるとか頭が悪いとかではなかった。何故彼がそうなったのかあまり覚えていないが、外で遊んでいる最中に転んだり、何かの拍子にボールが直撃したりした際に叫んだ言葉面白かったとかそういう事だったと思う。当時見ていたテバラエティ番組企画のように皆で公園「ゲーム」をしたり、学校内で鬼ごっこや缶蹴りをする中で、彼には毎度のように何か知らの試練とリアクションが求められるようになった。

そのうち友人グループの間でどんどん遊びがエスカレートしていき、彼に対する仕打ちもどんどん過激になっていった。最もひどかったときはもはや単純な暴力だった。肩パンして痛がっているのを笑うような雰囲気になっていた。

そのなかで俺も、ヘラヘラしながら何度も彼に暴力をふるったことがある。所有物を隠した事もあった。多分もっと色々酷いことをしたと思う。確か良心が痛んだと思うが、その時は良心の痛みよりも仲間内で目立つことや皆が笑うことの方が大事だった。

今思っても本当にひどいことをしたと思うし、自分の中では凄く反省している。思い出すたび胸がズキズキする。

彼の母親学校に殴り込みに来て、いじめは終わった(と思う)。

彼の母親クラス全員の前で、息子が受けた仕打ちや家で落ちこんでいる彼の様子などを怒りを込めて話した。

俺は、少なくともグループ内で遊ぶときには彼は楽しんでいるものだと思いこんでいた。暴力苦痛に思っていたことがショックだった。

俺はクラスの前で立たされ、怒鳴られて泣いて、涙ながらに彼に謝罪した。それまで人前で泣いた事が無かったのでそれもショックだった。

俺はそれ以降その友人グループとつるむのをやめた。怒られたのがきっかけでなんとなく空中分解したという言い方が正しいかもしれない。

彼の母親に怒られた日の帰り道に「これから人に優しくしよう」と決意したこと、帰宅してから事情を聞かされていた母親の前で大泣きしたことはよく覚えている。

今思えばこの経験がそれ以降の俺の人格形成に大きく影響した気がする。

中学に進学した俺はクラスメイトの中でも孤立している人や転校生と仲良くするようになった。いじめていた彼を同じ部活に誘った。そうすることが罪滅ぼしだと思っていた。

あれから20数年経っているが、俺がいじめていた彼は地元に帰ると必ず会う特に仲のいい友人の一人だ。

いじめいたことが良かったなんてこれっぽっちも思ってはいない。今でも思い出すと辛い気持ちになる。

他のトラバにある

一番エグいいじめする奴って、そのグループで2番手3番手だったりするじゃない

というのはその通りかもしれない。

そもそも、いじめてる側は多くの場合いじめてる認識がない。

いじめてる当時は「あいつは私を不快にさせたから、これは正当な報復だ」と正当化し、

年を取って振り返っても「いやあ、あのころちょっとヤンチャしてたわ」と矮小化

こういう「仕返し」でいじめをするパターンもあるのかもしれないけど、遊びの延長線上でいじめパターンが多いのではないか自分経験から思う。

自分行為が「やんちゃ」だったとは思わない。最早トラウマ

2016-11-17

いじめ記憶

35歳になりいじめ記憶を辿るという、かなりどうでもいいことをなぜかしようと思ってしまった。そこまでハードいじめのではなかったのかもしれないがまぁ思い出してみよう

自分の中でいじめだったという認識があるのは保育園、小中?高の4時代中学はそこまででもないが順に辿ってみる

保育園

保育園はいじめっこが2人いた僕はジャイアンスネ夫見立てていたがさながら僕はのび太だった。

ジャイアンと僕は同じ女の子のことが好きだった。彼はいつも「女の子ちゃんは俺のモノだ」と言って誰も近寄らせようとはしなかった。多分、彼女も当時はまんざらでもなかったのだと思う。とてもうらやましかったのを覚えている。(これは嫉妬

保育園に通っている間は、ほぼその2人に毎日殴られ、泣かされて帰った。これは保育園ながら結構辛かった。ジャイアンスネ夫は僕とは違う小学校に入った。救われたと思った。

人間失格のくだりではないが同窓会などで保育園の時の話をすると、当時の僕を覚えている人がなぜかいない。存在感が薄かったのだ。写真にはよく写っているようで不思議がられる。

小学校

小学校は山側に住んでいる人と、谷側に住んでいる人にわけられた。小学校20人で1学年1クラスしかない小学校だったが、僕は山側に住んでいた。山側に帰るのは僕ともう1人だけ。残りの18人は谷側に帰る人達だった。おかげで、登下校時の話題に乗り遅れ、ブームに乗り遅れた。また、下校後に山側と谷側で遊ぶ交流もほぼなかったし、おまけに僕はピアノを習っていたため女のようだと言ってからかわれる日々だった。

そのうち成長してくるとクラスにはボス誕生した。もちろんボスは谷側の人であったため、しもべのような人を数人従えて必ず僕はのけ者にされた。ドッヂボール鬼ごっこサッカー・班決め。チームになるような何かの時には必ずヒエラルキー通りのチームわけになった。なので、勝ったためしがない。多数決では、彼の意見にみんなが賛成したのでかなり不条理な決定がまかり通っていた。先生もなぜか不条理なことを受け入れていた。

あるとき集団相撲というのが流行っていた。チームで分かれて全員をなぎ倒したら勝ちというルールで、特に土俵などは存在しない遊びだった。教室でやっていたらロッカーの角に頭をぶつけて頭から大流血した僕はすぐに病院に運ばれた。

手当をされて戻ると「あれ?生きてるの?」と言われた。後になってわかったが、僕が病院に行っている間に先生指導のもと、黙祷されていたようだった。今でも信じられない。

しかし、小6の頃革命が起こった。クラスリーダー格の女の子が隣の席になると一気に仲良くなった。

その女の子と仲良くなることで女子陣が味方につくようになった。無論、男子たちとは更に距離が開くことになったが、初めて友達ができた感じがして救われたのは間違いない。

中学校

中学校では走り出しは順調だった。新入生代表挨拶自分が読んだためだ。

(とはいえ、新入生代表挨拶は、小学校の時誰もやりたくないということで、ボスが僕を指名したために決まったものだった。誇れるものではない)

入学して3ヶ月頃までは普通だった。しかし、突然風向きが変わった。それまで仲の良かったと思っていた人達が僕を外し始めた。僕が小学校時代弱者であるという認識が広まったのかもしれなかった。そして、若干名の無視を受けていたものの、そこからいじめが発展したということは特になかったが、中学時代はそのくらいだったので、平穏無事に終わったと思ってもいいだろう

高校

高校も走り出し1ヶ月は順調だったが、クラス人間関係では最悪の高校生活だった。少しづ友達が増えてきたと思ったら1日にして孤立してしまった。

きっかけは、前の席に座っていた1人の男子だった。ある授業中、居眠りをするととても激怒する先生がいたのだが、彼は居眠りをしていたので、起きなさい的な意味で、冗談まじりに消しゴムカスを後ろからなげつけた。そんなに深い意味はなかった。起きて振り向いたが、殺すぞくらいのキレ方をされた。

そのことにおいては僕も悪かったのかもしれない。

それからだった。何日もしないうちにみんながよそよそしくなって、気付いたら完全に無視される状況が出来上がっていた。これは高校3年の夏くらいまで続いたので、2年半くらいだろうか。

初期の頃は本当に1日が長くて辛すぎた。特に辛かったのは修学旅行だ。3泊4日の沖縄は最悪の思い出だ。オール無視されながらの班行動。これはいじめ人生の山場だった。

高3の夏に何が起こったかというと簡単で、ターゲットが俺ではなくなっただけだった。そこで、そのターゲットハブるため、俺に声をかけてくるようになったのだ。しかし彼らと仲良くなろうなどという気も一切なく、うれしくもありがたくもなかった。新しくターゲットになった彼はとても辛そうにしていたが、僕の2年半にくらべたらどうってことないだろうと思ったし、そしてその2年半無視していた仲間がターゲットになったところで、どうでもよかった。

長年無視をくらって、それでも頑張ってくらしているととてもタフになる。もう全然1人でも楽しめるような自分が完成していた。暇さえあれば、写真を撮ったり、美術室で絵を描いたり、学校を抜けて映画館に行ったり、本を読んだりしていた。おかげでちょっと人とは違う感性高校生になっていたのだと思う。

そして、予備校大学と進んだがそこはなかなか良い友達ができた。

▼その後

23くらいの頃、高校同窓会が1度あったので参加してみた。既に俺のことを忘れてしまっている人もいたが、よく参加したものだと自分でも思うがまぁよい経験だろう

きっともう同窓会はないと思うが、あったらまた参加すると思う。おかげさまで強くなったし、自分感性が活きる仕事もついた。結婚もしたし、今はよい友達もたくさんいる。

こうやって記憶を辿るのはなぜか自分はわからないけど、今はとても幸せから、なんか見返せたような気がする。それを実感したくて書いたのかもしれない

2016-10-23

http://anond.hatelabo.jp/20161023001754

保育園保育士さんに促されて、

無理やり鬼ごっことかやってる集団に混ぜられたのが苦痛だった。

彼女たちからすると、いつも一人で絵本を読むか積み木崩しをやるだけという態度がめんどくさかったのだろう。

しかも時たま女の子やおっとりした子にちょっかいかけたり、

昼寝やおやつ時間に抜け出したりとナチュラル問題を起こす子どもだった。

人に合わせることはめんどくさいことなんだという気持ちを抱いた原体験はそのころにあるだろう。

今もやはり本を読んでクリエティティを持て余し、人をからかって規範的な生活にそぐわない態度で生きている。

それは長年積み重ねて熟成された自分感性従順な結果であり、

そんな風にしか振る舞えない不器用さの現れでもある。

保育園幼稚園で求められるのは社会性だけなのだ

走るのが速かろうが、物知りだろうが、ルックスがよかろうが、立ち回りが悪ければ良しとされない。

そしてそれをジャッジするのは管理者である保育士さんである

幼稚園に通うのをやめたというタモリエピソードに妙なシンパシーを感じる。

媚びる相手ぐらいは自分で選んで生きて行きたい。

2016-10-06

http://anond.hatelabo.jp/20161006000404

鬼ごっこの鬼役でみんなを追いかけてる奴。

自分が何かの拍子に鬼じゃなくなったらどうするんだろうな。



そりゃ逃げるに決まってるだろ。

2016-09-27

いまだにルールがわからないローカルっぽいボール遊び

ドッキュー

転校した先の山奥の小学校で、4人で陣地の境界線がわかるように十字線を地面に引いて、

ボールを自陣でワンバウンドさせてから他人の陣地に送り込む「ドッキュー」という初めて見る遊びをみんなでやっていた。

何らかのルールに沿ってボールを投げあって、負けた人は周りの順番待ちの子供と交代していくシステム

他に遊びがなかったのか、子供は一緒に遊ぶものだと教育されていたのかわからないけど、

基本的に常に教室に残る一部の女子以外は、学年全員(20人ぐらい)が毎日毎日この遊びをしていた。

他人ボールを送る時は一旦自陣でバウンドさせないといけないという他に、

ボールを送り込まれた側がキャッチしたらだめとか、自分が触る前に自陣で何バウンドしたらだめだとか、なんかそんな感じだった気がする。

最初ルールを聞いたけど、周りでは「みんないつの間にか知ってる」「知らないヤツに会ったことない」系の遊びだったようで、

明確に説明はできないけどプレイを見れば「今のはアウト」ってなんとなくわかるから成立していたようだ。

そんな感じだったので、改めてルールを聞いても誰もちゃんとルール説明ができなくて、結局今もルールがよくわかってない。

でも上級生も上級生同士でよくやってたので、その地域ではメジャーな遊びだったっぽい。

ただ、クラスの中心にいた運動の得意な男子とかはボールを割と保持してから

相手に直接ぶつけるフリをして勢いよく地面にボールを叩きつけてビビらせたりするのが許されてたけど、

今でいう陰キャ系の子ボールちょっと手に納めると即周囲から「「「はいアウトー!」」」と声がかかるような感じだった。

実は明確なルールに沿った遊びというより、ボールをお互いに投げ合うだけのキャッチボールの亜種で、

勝ち負けとかあんまり関係なかったけど、順番を回すために適当に中心人物に都合のいいルールを付け足していった遊びだったのかもしれない。

ルールイマイチよくわからないし、順番待ち長いし、ほぼ一方的ボールを投げつけられるのも楽しくなかったので、

私はすぐに外には出るけどドッキューに呼ばれても「えードッキュー?イヤやわー」と言ってドッキューには参加しなくなった。

代わりに一人で全然使われてない遊具を存分に使って、SASUKEごっこしたり、登り棒を足を上にして登ってみたり、

ブランコねじったり、砂場に水堀を作ったり、ジャングルジムで人喰いクモごっこしたり、フェンスに張り付いてヤモリごっこをしたり、

草花クッキングしてみたり、カマキリ決闘を挑んだり、小石を集めて塔を作っては壊す賽の河原ごっこをしたり、

ヘビになりきったり、校庭の端から端まで前転で移動して後転で戻ったりして一人で好き勝手に楽しく過ごしていた。

それを見ていた影響かはわからないけど、なんとなく「いやならドッキューやらなくてもいいんだ……」という感じでドッキューに参加しなくなる子が増えて、

それぞれに仲のいい子と数人で鬼ごっこかくれんぼケイドロサッカーで遊ぶようになっていき、

私が転校してから数ヶ月で同学年でドッキューが遊ばれる機会が激減して、ドッキューはみるみる廃れてしまった。

というわけでいまだに私の中で割と謎なドッキュー、もしくは類似するボール遊びを知ってる人がいたら、どんなルールだったのか教えて欲しい。

2016-08-17

[]

たけるになったらやりたいこと

無邪気を装って鬼ごっこで抱きつく

スカートをめくる

イカちゃんが風呂に入っている間に水着を隠す

ノー水着ワンピースきてキョドってるところにそしらぬ振りしてスカートをめくる

わざとエビフライを落としてそれを拾おうとイカちゃんが前かがみになったときの胸元をのぞく

イカちゃんは常時水着からトイレも全部脱いでやってるはず

そこにどばーん突入

寝てるところにいたずら

ハアハアハア

2016-08-11

周りにサバゲーを広めたいんだが

誘ってもイマイチ食いつきがよくない。

サバゲー経験の人、不安や疑問など敷居高く感じる理由あれば教えて。参考にする。回答できるものには回答する。

(追記)メモ

初期投資:全部レンタルできる。何も買わなくて良い。参加費込み5000円ぐらいで体験可能曜日で安くなるサービスもたまにある。

何が面白いの?:射的ゲーム+隠れんぼ+鬼ごっこ戦争ごっこ。日常にはないスリルがある。銃を撃つだけでストレス解消になる。

運動になる?:フィールドによる。狭い所だとあまり動き回れない。自分戦闘スタイルにもよる。動いて攻めるかじっと守るか個人の自由

どんな奴が多い?:おたく寄り。おっさん多い。女子は歓迎されるけど少ない。痛い人少ない。10人ぐらいいれば身内のみで貸切も可能

初心者狩り:上手い下手はもちろんあるがゲーム始まると割とカオスなので腕だけでは決まらない。死んでもすぐ次のゲームが始まる。

遠いの?:広くて面白いフィールド田舎にあるので遠い。千葉に良質のフィールドが多い。都内イマイチ

FPSじゃあかんの?:そらボルダリングクレイジークライマーぐらい違うやろ

2016-07-26

http://anond.hatelabo.jp/20160726150437

ポケモンGOで街中を勝手に遊び場にすることが社会に許容されたみたいだから

街中を使って鬼ごっこをしてもいいんじゃないかな?

凄く楽しそう。

http://anond.hatelabo.jp/20160726145729

横だけど、鬼ごっこで味わえるスリルと興奮は、ポケモンGOの比ではないってことだろ。

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