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はてなキーワード: サイケデリックとは

2021-06-17

バンドの転換期

ピンクフロイドが68年のSet the control of the heart of the sunでそれまでのシドサイケデリックロック遺産から一気に転換し、プログレッシブオーケストラロックにかじを切ってそのままLive at Pompeiiへと続いて大成功したのだと思う その意味でこの曲はあまり注目されていないが歴史的名曲である

2021-04-30

ネットって頭おかし統合失調症人間いっぱいいる割には

他害的糖質や会話が通じてないどころか都合の悪い意見文章は見た瞬間視界が歪んで幻覚サイケデリックな色でマスクされるから見えなくなるのでそもそも会話が成立しない

って末期のレベルやばい糖質わりといっぱいいるのに

カリタス奇襲事件や青葉ファイヤー事件とかしぇしぇのし特攻事件みたいなのってあんま起こらないのが不思議だよね

この間音がうるさいとか被害妄想女子大生を惨殺して焼身自殺した頭おかしオッサン事件くらいか最近あったのは

ネット糖質総数考えたら毎日一件は無差別殺人とか起こってそうだけど実際はそうじゃないのが不思議だよね

どういう心理状態なんだろうそういうギリギリの人って

2021-03-19

anond:20210319140231

野菜なんか食べなくても大きくなれると思っていた

私は野菜が大嫌いだ。

あのようなまずものを嬉々として食べる人の気が知れない。

野菜なんか食べなくても大きくなれる。

現に、これまでの人生でまともに野菜を食べずとも生きてこられたのだ。

そう思っていたが、間違いだった。私は見てしまった。夕飯の準備をする母が、ハンバーグのひき肉に大量のすりおろし人参を混ぜているところを。カレーに大量の玉ねぎを混入する母の姿を。

私が今まで食べていたのはハンバーグではなかった。半分は人参だった。母の愛情のこもったカレーは、具として入っているのも含めると1/3は玉ねぎでできていた。

野菜を食べずとも大きくなれたのではない。母が私にバレないように大量のすりおろし野菜を仕込んでいたから、野菜を食べずとも大きくなれたのだと思い込んでいたのだ。

私は春から大学生になる。いずれは一人暮らしもする。いつまでも母がすりおろし野菜を入れてくれるわけではない。

私は野菜嫌いを克服することを誓った。大人になってから今までの習慣や癖などを直すのは困難だと言う。好き嫌いを直すチャンスも、ギリギリ10である今が最後だろう。

あるとき、駅の構内にある喫茶店パスタプレートを注文した。店内はオレンジ色がかった照明と、オシャレな音楽がかかっていて落ち着いた雰囲気。この落ち着いた大人ムード漂う空間ならば、野菜嫌いな子供自分を克服できるかもしれない。

パスタプレートには、小さいサラダが一緒についてくる。緑の葉っぱの中に、なんか紫っぽい葉っぱと赤い玉ねぎみたいなのが入っている。植物なのに色がサイケデリック勇気を振り絞って口に運んでみる。

シャキシャキ感がすごい。すごい苦い。水分がすごい。あとかかってるドレッシングが酸っぱい。ただただまずい。

小学校担任に「野菜も食べろ」と言われて口に入れたものの飲み込めず、こっそりトイレで吐いた記憶が蘇る。

吐くことはなかったものの、全然だめだった。この時気がついたが、私は野菜を「食べ物」「料理」ではなく、完全に「植物」「葉っぱ」と認識しているっぽい。

新鮮な葉物野菜を噛んだ時のシャキシャキした感触が、中学生の頃顕微鏡で見た、植物細胞壁の四角形を想起させてしまってダメだ。

しかし私は諦めない。思うに、まずはマヨネーズごまドレッシングなどのまろやか系から挑戦すれば良いのではないか

とにかく、野菜を好きになるまでは行かなくとも、健康を保てる量の野菜摂取できるようになりたい。

↑これとかそうじゃん

(追記)野菜なんか食べなくても大きくなれると思っていた

私は野菜が大嫌いだ。

あのようなまずものを嬉々として食べる人の気が知れない。

野菜なんか食べなくても大きくなれる。

現に、これまでの人生でまともに野菜を食べずとも生きてこられたのだ。

そう思っていたが、間違いだった。私は見てしまった。夕飯の準備をする母が、ハンバーグのひき肉に大量のすりおろし人参を混ぜているところを。カレーに大量の玉ねぎを混入する母の姿を。

私が今まで食べていたのはハンバーグではなかった。半分は人参だった。母の愛情のこもったカレーは、具として入っているのも含めると1/3は玉ねぎでできていた。

野菜を食べずとも大きくなれたのではない。母が私にバレないように大量のすりおろし野菜を仕込んでいたから、野菜を食べずとも大きくなれたのだと思い込んでいたのだ。

私は春から大学生になる。いずれは一人暮らしもする。いつまでも母がすりおろし野菜を入れてくれるわけではない。

私は野菜嫌いを克服することを誓った。大人になってから今までの習慣や癖などを直すのは困難だと言う。好き嫌いを直すチャンスも、ギリギリ10である今が最後だろう。

あるとき、駅の構内にある喫茶店パスタプレートを注文した。店内はオレンジ色がかった照明と、オシャレな音楽がかかっていて落ち着いた雰囲気。この落ち着いた大人ムード漂う空間ならば、野菜嫌いな子供自分を克服できるかもしれない。

パスタプレートには、小さいサラダが一緒についてくる。緑の葉っぱの中に、なんか紫っぽい葉っぱと赤い玉ねぎみたいなのが入っている。植物なのに色がサイケデリック勇気を振り絞って口に運んでみる。

シャキシャキ感がすごい。すごい苦い。水分がすごい。あとかかってるドレッシングが酸っぱい。ただただまずい。

小学校担任に「野菜も食べろ」と言われて口に入れたものの飲み込めず、こっそりトイレで吐いた記憶が蘇る。

吐くことはなかったものの、全然だめだった。この時気がついたが、私は野菜を「食べ物」「料理」ではなく、完全に「植物」「葉っぱ」と認識しているっぽい。

新鮮な葉物野菜を噛んだ時のシャキシャキした感触が、中学生の頃顕微鏡で見た、植物細胞壁の四角形を想起させてしまってダメだ。

しかし私は諦めない。思うに、まずはマヨネーズごまドレッシングなどのまろやか系から挑戦すれば良いのではないか

とにかく、野菜を好きになるまでは行かなくとも、健康を保てる量の野菜摂取できるようになりたい。

(追記)

今まで野菜と向き合わなすぎて、野菜サラダだ!と思い込んでいたので、ブコメトラバを読んで勉強になった。

一応、鍋料理スープに入っているクタクタ白菜などなら食べられる。しかし好きではない。

色々な食べ方を知ることが出来たので、まずは汁物煮物からチャレンジしていこうと思う。

そして、世の中にはサラダがそんなに好きではないという人が結構いることに驚いた。

しろ、母は大の野菜好きで、ドレッシングなしで生野菜バリバリ食べる人だし、祖母もそうで、父は好き嫌いがなくなんでもうまいうまいと食べる。(親の背中を見て子は育つというが、このような環境野菜嫌いに育ったのが不思議である)

しか外食に行けばセットでサラダがついてくることも多い。

からサラダ生野菜というのは割かし大勢の人が好んでいて、野菜を摂る手段として1番手っ取り早いものだと思っていた。

とにかく火を通したものから挑戦してみて、野菜の良さに気がつく日が来るのを待とうと思う。

同じく野菜嫌いの人や、歳をとって味覚が変わって食べられるようになったという人のコメントを見て、「好き嫌いを克服せねば」と力んでいたのが、良い意味で力が抜けた気がする。

2020-12-14

乳首オーガズム、そして童貞供養

先日、乳首オーガズムを会得した増田です。

https://anond.hatelabo.jp/20200910150220

しか自力ではなかなかイケず、本日イメクラ嬢の助けを借りて乳首イキに挑戦。乳首だけで3回もイッてしまいました。

強烈なドライオーガズム連続に思わず大声が出そうになり、声を押し殺すのに苦労しました。


また、今回は本格的なイメージプレイに初めて挑戦しました。

人生も折り返しを過ぎ、ここのところテレワークで物思いにふける時間ができたせいもあって、「あのとき、ああすればよかった」という思いがふつふつと湧いてきます

私が高校生の頃、思いを寄せてくれるかわいい後輩がいました。

結局交際には至らず、高校生活は童貞のまま終わりましたが、あの頃の憧れやときめきと思春期鬱屈した思いが混ざった澱(おり)のようなものを、ロールプレイで「ありえたかもしれない青春」を疑似体験することで、童貞供養をしたいと思ったのです。


イメクラ嬢に「高校時代片思いだった後輩に告白たかった」と伝えたところ、頭の回転が速く利発な彼女はすぐに私の意図を察してくれて、ごく自然イメージプレイ世界へと誘導してくれました。

放課後の誰もいない教室で待ち合わせて、彼女に私から「ずっと前から好きだった」と告白

ベタな展開でも、プレイだとわかっていても、心の奥からなにかせつなく懐かしい感情がこみあげてきて、泣きそうになってしまいました。


その後は、かわいらしさと聡明さをかねそなえ、かつ床上手というなにもかも申し分ない彼女との閨房術の応酬

前述の乳首オーガズムのおかげで性感が高まっていたこともあいまって、心を満たすあたたか多幸感下半身か押し寄せてくる激しい快感に包まれて、ビッグバンのごとき大団円を迎えることができました。

目を閉じると花火昇天していくようなサイケデリックイメージ脳裏をかけめぐり高校時代悶々としていた私の童貞ルサンチマンは、この日、見事に成仏したのでした。


心身ともに完全に満たされた至福のひとときの思い出として、ここに記しておきます

2020-12-07

ボディペインティングドラえもんことわざ辞典CFNMPETA

くどいけれども、ドラえもんCFNM

幼いころ、何かのイベントフェイスペインティングをやる機会があったのだけれども、当時の僕は顔に何かが付着するのが不快に思われて、断った記憶がある。

それ以来、身体に何かを塗ったことはない。皮膚科の薬くらいか女性場合ファウンデーションを使うので、フェイスペインティング男性よりも抵抗が少ないと思われるのだがどうだろう?

それはともかく、同様の理屈でボディペインティングはやったことがない。とはいえドラえもん学習漫画で、水着を忘れたのび太が絵の具を塗ってごまかそうとするが、前だけを塗って尻を塗り忘れて恥をかく場面があり、それが自分の野外露出CFNM願望とマッチしていたのを思い出す。気づいたしずちゃんが顔を覆って赤面しているのも高ポイント

実際に水着ショートパンツを描いて野外を全裸徘徊する女性動画は、各種動画サイトで閲覧可能だ。

身体に色彩をまとう歴史

人々が顔や身体を様々な色彩で飾ってきた歴史は長く、世界中で見られる。ブラックベリーサフラン粘土木炭などで様々な色合いが用いられてきた。つまり、赤、黄色、青、黒、茶色などが利用できたわけである

用いられてきた場は様々だが、代表的ものは次の通り。

現代欧米における大まかな歴史

欧米では、顔や腕を塗ることが多かったし、今でも大道芸人ピエロなどもそうだ。全身をカンバスとして用いるのがメインストリーム芸術ファッションに導入されたのは、1933年シカゴ万国博覧会でだった。Max Factorバーレスクの大女優Sally Rand映画のためのモデルにしたが、裸を公衆面前に出すのは同時としては当然挑発的に過ぎたし、社会的通念からは外れていた。そして、全裸アートは人気にならなかった。

これが60年代から70年代ヒッピー文化時代になってくるともう少し人気が出てくる。花やピースサイン、その他サイケデリックな模様を、大義を信奉していることを表現するために描いた。今でも海外ヌーディストたちがワークショップか何かで全身にそうした絵を塗っているのを確認できる。くすぐったそうである。この時代もまだ、カウンターカルチャー的なもので、主流ではない。

革新的であったのが1992年、Vanity Fair誌をDemi Mooreが飾った時だ。彼女は全くの裸であり、芸術的でかつタイトスーツを着ているようにみえペイントをしていたのである。今までこうしたものメインストリームの前面に現れたことはなかった。

一応、乳首が見えているので、直接のリンクは張らない。Demi’s Birthday Suitで検索してほしい。

現在欧米における用途実践

芸術

身体に名画を直接描いたり、人体の形を活かして生き物の姿を描いたりする。全裸も多いのでリンクが晴れなくて申し訳ない。中には会田誠作品のように、セクシーさというよりはシュールさで有名なものがある。漫画のすごい顔の絵を描いていて、おっぱいに目がある。たぶん現代美術好きな人だったら見たことあると思うのだけれど、ものによっては普通に割れ目までも見ているのでリンクしない。女性器は猥褻だとは思わないが、残念ながら規約違反になってしまうおそれがあり、ブルマー記事まで削除されてはたまらない。

商業

例えば「アバター」なんかの映画で用いられるメイクアップで用いられる。他にも、Playboy誌が時折ボディペイントを使うことがある。2005 年のカレンダーでは皆がビキニを着る中で、Karen McDougalやHiromi Oshimaはボディペイントだった。そのほか様々な広告でも用いられる。

祝祭

フットボール試合レイヴパーティー、その他の祭りなのでボディペインティングが行われる。また、国際的なボディペインティングフェスティバルもあるようだ。World Bodypainting Festival(1997年より開催、50か国以上より3万人が参加)など。

Fantasy Festなるフロリダストリートパーティでも用いられるようだ。おそらく、全裸・半裸になりたいけれどもファッションは楽しみたい、という需要にボディペインティングは応えている。

抗議活動

PETA動物倫理的扱いを求める人々の会)が動物の模様を身にまとって抗議することがある。また、全身を様々な色で塗っている写真英語版ウィキペディア確認できた。

いい機会なのでPETAについての記事斜め読みしたのだが、増田ではよく叩かれているとはいえ、捨てられたペット保護や、ヒツジの臀部から皮を剥ぎ取るミュールシングの代替手段模索に向けての活動については知らなかった。もっとも、セクシーな抗議がフェミニストの怒りを買っていたり、殺人虐殺犠牲者と屠畜された動物を同列に並べて猛反発を受けていたりしてもいるようだ。

軍事

迷彩用。ご想像の通りの用途である

用いられる画材

水性

一番安全。すぐに落ちてしまう恐れがあるが毒性がなく、アレルギーほとんど引き起こさない。加えて、石鹸と水ですぐに落とすことができる。手入れが必要で長続きしないが、皮膚の敏感なひとや妊娠中の女性に適している。

アルコール

汗や水に強いのが特徴なので、夏の音楽フェスパフォーマンスに適している。落とすときには専用のリムーバーを使うか、アルコールで拭く必要がある。ただし、少し時間がかかる。

ラテックス

ラテックス油性画材は全身を塗るのに適しており、目を引く視覚効果を上げられるし、芸術的な目的にも使われる。取扱説明書を事前にしっかり読む必要があり、塗る前に全身の毛をとり除くひつようがある。毛が残っていると脱毛ワックス的になって痛いためだ。

クリーム

多くの化粧品に含まれているのと同じもので、前衛的な外観を作りやすく、長続きするが、割れたり摩耗したりしやすい。利点としてはアルコール系と同じように汗や水に強いことが挙げられる。しかし、完全に乾燥することがないので、仕上げのスプレーパウダーで駄目になるのを防がないといけない。

ヘンナ系

アジアアフリカの熱帯地域植物から採れる色素で染める。髪を染めたり、ボディペインティング材料にしたりするだけでなく、繊維を染めるのにも用いられる。落とせるタトゥーとしても使われる。

Brown henna基本的には天然素材で毒性はないが、black henna金属が含まれており、長期にわたって使われると皮膚を害する恐れがある。

実際、素っ裸になる必要ある?

多くの人がボディペインティングときに実際に何を着ていくか迷うらしい。特に野外で行うときには最低限、皮膚の色に近い紐パンや、ペイスティース(乳首の前貼り)だけを身にまとうことがある。トイレに行くときにはローブ必要であり、加えてペインティングスタジオ寒いことがあるとのこと。

WNBR(ワールドネイキッドバイクライド)なんかだと普通に全裸に人もいるし、そういうイベントでだったら全裸普通にOKだろう。

まとめ

今後の展望

今回は、野外露出目的ではないボディペインティングについて調査した。今後は、ヘナタトゥーなどについてももう少し情報を得たい。

また、ヌーディズムのもの歴史ストリーキングムーニング(尻を見せる行為)などについて調査予定である。すなわち、身体自然と触れ合う喜び、抗議・無防備さの象徴としての全裸宗教的全裸それから、祝祭としての全裸についても調査したい。

参考資料

Significance and Origin of Body Painting - Lynn Schockmel Body Art

History of Body Painting - Facts and Types of Body Painting

History of Body Painting - Ancient Body Paint Art

How Body Painting Works | HowStuffWorks

Body painting - Wikipedia

2020-11-10

フレンチ・カンカンの穴あき見せパントップレスのショー

カンカンとの出会い

フレンチ・カンカン、というかラインダンスとの出会いは、おそらくは文明堂のCMだ。それからドレミファソネットどしたらできるの」で有名なso-netのCMだ。なぜかこのCMではおじさんの脚線美を見ることになるのだがそれはさておいて、Youtube検索すると今でも天国と地獄に合わせて踊る動画確認できる。

カンカン歴史、当時の見せパン

本題に移ろう。Can-can dressについてはウィキペディアではおおよそこのように述べている。ドレス基本的に何層にもなった大量のフリルがついていて、当時の下着の上に縫い付けられていた。脚は黒いストッキングや網タイツで覆われていた。つまりレオタード姿のソネットCMフレンチ・カンカンではないのである。足の動きの速さからしてまるで違う。

衣装ではなく、カンカンダンスのものについては、日本語版ウィキペディア英語版ウィキペディアで書いてあることが若干違う。おそらく英語から訳したときの版が違うのだろう。

両者の記述を比べてみたが、フレンチ・カンカンにおける見せパン起源はかなり曖昧らしい。足を思い切り上げてスカートの中が見えてしまう動きは、ショーの場では1820年代にアクロバット的な動きで知られるCharles Mazurierがバレエの大開脚を取り入れたことにさかのぼるようである。初期のダンサー娼婦セミプロ役者だけであったのだが、1890年代になるとムーラン・ルージュではトゥールーズロートレックの絵で知られるLa Goulue(食いしん坊さん、的な意味)やJane Avrilなどの高給を取るスターが生まれた。La Goulueのページでは当時の衣装とセットの見せパン確認できる。これらのスター生活は華やかだが晩年は不遇であることもあった。この二人もビジネスの失敗や大恐慌財産を失い、寂しく亡くなっている。

さて、カンカンは足を高く蹴り上げるので、当然スカートの中身が丸見えになる。しかも、それや当時としてはよりスキャンダラスであった。というのも、当時の下着であるpantalettesは衛生上の理由からロッチ部分が開いていたからである。要するに性器丸出しになるわけであるもっとも。そのあとにこんな記述がある。カンカンのための特別下着を用いていたという記録はないが、ムーラン・ルージュでは下着露出は禁じられていたことになっていた、と。どうもこのあたりの記録は曖昧というか[要出典]をつけたくなる箇所が多い。ウィキペディア普段自然科学記事を読むことが多いが、そこよりも曖昧記述が多い印象だ。文体もなんだか違う。

ところで、今のフレンチ・カンカンとして知られる、大人数の女性10分以上高度な振り付けを続けるスタイルは、1920年代アメリカで人気が出たスタイル逆輸入したものでそうである

実際、19世紀から20世紀初頭にかけては女性の脚部を見せるということでかなりスキャンダラスものとしてみられていた。また、陰部を覆う白い生理用(?)下着と黒いストッキング対照エロティックだとして見られていた。さらに、体を折り曲げてスカートを後ろからまくり上げ尻を見せる動作もあったという。先述のLa Goulueはこの芸で知られていたとのこと。また、前の席の客の帽子を蹴り飛ばすほど近づいて、スカートの中身を見せることもあった。もっとも、顔を思い切り蹴られる危険もあったのだが。

結論から言うと、当時のフランスに見せパンのものであったかどうかはわからないが、パンツが見えることは覚悟の上だった、ということになりそうだ。女性器が見えていたかどうかまでは根拠が怪しい。もっとも、今ほど表現自由でなかった当時のこと、そんなことを文学絵画で記録に残せたかどうかは怪しいものだ。ちなみに女性器を堂々と描いて当時の偽善的風潮に反発したクールベの「世界起源」が1868年ヌードスキャンダルを生んだ「草上の昼食」が1863年である

著名なキャバレーについて

パリはいくつも有名なキャバレーがあり、それは近現代芸術芸能に多大な影響を与えてきた。たとえば、ムーラン・ルージュ活躍した人物としてFrank SinatraやCharles Aznavourがいる。それらのすべてをここで述べるのは大変なので、地球の歩き方広告が載っていたと記憶しているものピックアップして簡単に述べる。子どもの頃、トップレス女性旅行ガイドに載っているのを見てドキドキしていたものだ。もっとも、その女性の姿はせいぜい五ミリくらいの大きさしかなかったのだけれども。

学生時代パリを訪れたときには、そこには寄らなかった。一日中美術館で過ごしてぐったりしていたし、まだ女性経験がなくて図々しくなれなかったからだ。今となってはいい思い出である

ムーラン・ルージュ

赤い風車で名高いキャバレーで、ここを舞台にした映画は数知れず。トゥールーズロートレック作品群でも有名。著名なダンサーも多く、全員を紹介するのはとても無理だし、別のキャバレーにも出演していて、キャバレー別に紹介するとややこしくなるので端折る。

ところで、ウィキペディアだけからヌードがどの程度ショーに盛り込まれていたかはわからないが、1893年舞踏会に裸の女性いたことがスキャンダルになったそうである。なんでもヌードモデルが活人画として周囲を歩き回り、裸の女性が深夜にテーブルに立っていたとのこと。一方、英国劇場のように活人画、すなわち生きた人間絵画再現する目的としてならヌード猥褻ではない、という意識もあったようである。例えば英国では劇場ヌードが現れたとき当局1930年代に裸の女性が動くことを禁じた。この禁令をかいくぐるために、モデルたちは活人画のように止まったままとなった(ストリップ記事を参照)。また、戦後日本でも「額縁ショー」と呼ばれるストリップのさきがけのようなものがあった。動かなければ猥褻ではないという謎理論がまかり通っていたのである。当時のGHQが何を意図していたのかはよくわからない。

これまたよくわからないのがゾラ1880年小説「ナナ」では、ヒロインがヴェリエテ劇場でほぼ全裸披露して観客を魅了するという場面があるのだが、実際のところどうだったのだろう? 本記事カンカンについてなので劇場ヌードについては語りつくせないので、今後の課題としておきたい。

1889年開業1915年に一度焼失するも再興し、ドイツ占領時代にも営業を続けて今に至る。

フォリー・ベルジェール

モネ絵画「フォリー・ベルジェールのバー」舞台としても知られる。また、黒人系の女性Josephine Baker活躍したキャバレーとしても知られる。バナナ型のスカート以外はほとんど身に着けていないエキゾチックな姿がオリエンタリズム流行した当時ヒットしたのだが、後にその恰好人種差別的だとされるようになり、そこからネグリチュード黒人意識の発展にも寄与した。また、彼女黒人人権活動家としても知られている。最近グーグル彼女の生涯を記念するドゥードゥルトップにした。

1869年開業1872年に今の名前になる。けばけばしい衣装で知られ、時としてヌード披露されることで知られる。

リド

映画「ファイアbyルブタン」で有名。セミヌードを含む映画公式予告がyoutubeに上がっている。身体をやわらかな特殊素材のように扱ったショーは性欲やエロスの向こう側に行ってしまっており、すごいものになっているとしか言えない。リンクを貼ったら怒られそうなので検索してください。もちろん、そこまで独特なものではなく、もっとわかりやすいショーもある。

ユニークなのはそのショーの一部をyoutubeの公式チャンネルで公開していることだろう。かなり古い白黒のものである。それと、公式ホームページ見ていたら驚いたのだけれども、リド自体には12歳以下の子どもでも入場できるそうであるヌードトップレスがないショーならOKなのか、それとも芸術ヌードならOKなのか。フランス映画年齢制限がないやつでも割と普通におっぱい出てくるし、表現規制の国ごとの温度差を示す実例であるのかもしれない。

1946年開業1920年代の人工的な砂浜をその前身とする。

クレイジーホース

ストリップティーズ」の項目によれば1960年代全裸のショーが行われた、とある

現に、創業者であるアランベルナルダン芸術性を伴った女性ヌードショーを見せるという着想に至ったそうで、要するに最初から全裸である

とはいえ、ただの全裸ではなく、巧みな照明技術により女性の裸体をキャンバスのようにとらえ、万華鏡のようなカラフルかつシャープな模様をダンサーの肌に映し出していることに特徴がある。ただ脱いだだけではないそうだ。1951年開業

余談

天国と地獄の曲を初めて聞いたのは文明堂CMと、音楽ファンタジーゆめでだ。後者CG黎明期であったせいかサイケデリック表現が多く、当時の感覚としても幾分薄気味悪いと同時に、今から振り返ってみると技術の未熟さ(失礼!)から来るアルカイック芸術のような独特の魅力があったように思われる。

ところで、この曲は地獄オルフェとしても知られている。タイトルからすると、ギリシア神話オルフェウスが死んだ妻を冥界から取り戻そうするとする話のはずだ。なのに、なんでこんな軽快な曲なのだろうと思って調べたら、ギリシア神話パロディ的なオペレッタからだそうだ。なるほど。

まとめ

今後の展望

こうしたレオタード姿のラインダンスカンカンではないと述べたが、それではこれはいからあるのか調べたい。おそらく日本国内では宝塚歌劇団関係している。また、バーレスク的なものとの関連について知りたく思う。そもそもバーレスクとは何か、僕はよくわかっていない。日本語版ウィキペディアバーレスクの記事には、乳首と陰部に前貼りを貼っただけの姿でパフォーマンスをする女性写真がある。リンクは張らないが、鍛えられたきれいな体だなあ、僕も筋トレ頑張らなきゃなあ、とは思う。しかし、欲望はそこまで感じなかった。隙がないのである

また、劇場において全裸が許容されたのはいからか、それも調べねばならない。

だが、まずはラインダンス調査に移りたく思う。

2020-09-21

anond:20200921162519

閃輝暗点ってサイケデリックでかっこいいんだよね

自分が見たのはファイアーパターン、巨大な歯車三日月型で虹色に激しく明滅し、

周辺の視野認識しづらくなる

徐々に大きくなるとともに視野が戻り、今度は頭痛が始まる

脳内の血管が収縮して起こるというが

LSD摂取したとき幻覚ってこんな感じかなと思ったりする

睡眠時の幻覚のような模様について

表題の通り。

連休の3日目の月曜日今日、暇でゴロゴロ布団で惰眠を貪っていたんだけど、その時、歯車のような、流線型のような、模様のような黄色?の幻覚のようなものが見えたんだ。イメージ的にはお洒落雑貨幾何学ちっくなデザインのような、あるいは典型的サイケデリック模様のような感じ。

特に昼寝の時、覚醒睡眠狭間にいるときに、多かれ少なかれ見るんだ。で、これは自分にとってまあまあ普通のことで高校ぐらいから見える、というか知覚できるようになった。当時、友達に話してみたけどわかんないって言ってた。増田のみんなで経験がある、またはその分野に詳しいという方、コメント待ってます

以下追記です。

閃輝暗点

偏頭痛もちだけど、その時は現れない。しかも、生理的な、単にギザギザした光の形というというよりは無意識、夢の世界に近くて、アーティスティックぽささえあるように思える。頭痛はないけれど、倦怠感はある。

ナルコレプシー

Wikiで調べたんですが、これ系ぽいですね。わりと慢性的にやや倦怠感があり、特に感情が高ぶったりすると、運動神経全般がぎこちなくなるような感覚があります。ただ、軽く力が抜けるという程度で、倒れたり、体が動かなかくなるというのはないので、この症状と上手く付き合っていきたいところです。なお、神経内科で診てもらうのも検討しておきます

Pink floydプログレッシブ・ロック

当時から結構音楽好きで、サイケデリック・ロックやプログレッシブ・ロック(すまんが知らん人はググってください)をよく聴いていて、何となく幻想的な精神世界に興味を持っていました。初めてこの症状を見たときは、高1の冬休みに、チャイコフスキーの『冬の日の幻想』を聴いていた時で、(とは言ってもそこまで自分には響かず、退屈感も少なからずあった)目を閉じると幻覚的な光景が、色鮮やかに映し出されていって、不思議でもあり、怖くもあったのでますが、知的好奇心に身を任せ、束の間の風景を楽しんでいました。こうしてみると、この症状は少なくとも自分にとっては音楽と強い関わりがあるように思えます

2020-07-27

anond:20200727193614

そんな青っちろいもんが隙間を埋められるわけがなかろう……!

埋めてくれるのはピンク!圧倒的にピンクなお花畑!なんならサイケデリックに歪んだ極彩色ピンクじみた何かだ!

狂気的な秩序の中に充満する性的ほのめかし!臭気!それを観衆が取り巻き祭り上げる狂乱!

それこそがうら若き少年少女偶像たらしめ、現実を塗り替える虚構の宴に浸るためのフィールドを生成するのだ!

2020-07-24

死ねないだけで生きてきた

初めて死にたいと思ったのは小学2年生の頃だった。

家のすぐ隣に出来たゴルフ練習場の明かりが眩しくて、眠れない夜が続いた時だ。

死にたい」という明確な気持ちがあったと言うよりは、明日もこのまま寝不足学校に行って、

眠くてぼんやりとしているところを先生に怒られて、というのを続けるぐらいなら、いっそこのまま消えてしまったらいいのにと願っていた。

そうやって暗いイメージが湧き出しては止めることが出来ず、幼少の自分には長すぎる苦痛な夜の時間から抜け出したくて、

ベッドに横になったままできる限り精一杯長く息を止めるのを繰り返し「うっかり窒息死してしまえたら」と子供じみた自殺未遂を試み続けていた。 

次に死にたくなったのは高校2年生の時だった。

高2病とも言われるような、人生を斜に構えて無気力に過ごしては自身無力感に苛まれていた。

次第に学校もやや不登校気味になり、気が付けば「皆が真面目に勉強している中でフラフラ遊んでいる」というレッテルを貼られ、

たまに教室に顔を出そうものならクラスメートだけでなく教員たちから厄介者のような扱いを受けていた。

そんな時、家の薬箱から母親が昔飲んでいたらしい薬局の袋に入った睡眠導入剤を見つけた私は、

「これをたくさん飲んだら死んでしまえるかもしれない」と袋に入っていた束になったシートから錠剤を全て取り出して震える手で飲み干した。

どくんどくんといつもより大きな鼓動を打つ心臓が、自分死ぬかもしれないという不安と緊張と少しの期待のせいなのか、

それとも単純に薬の副作用だったのかは分からないけれど、私は暴れる心臓の音が家族に聞こえないように自室の中で布団に包まっていた。

暗闇の中で止めどなくほろほろと溢れる涙を流しながら、その時を待っていた、そして私の意識は途絶えた。

翌日、私は何事も無かったかのように、いつも起きる時間よりもだいぶ早くに目が覚めた。

遺書も残さず、数少ない仲の良い友人にも何も言わずに突発的に試みた自殺未遂だったけれど、

拍子抜けすると同時に、あれこれ残したりせずにして良かったと安堵していた。

まだ誰も目覚めていないキッチンに行って水を一杯飲んで、違和感を覚えた。

かめるように冷蔵庫に入っていたオレンジジュースを飲む、味覚が無くなっていた。

冷汗が止まらず、ただただ「どうしよう」という言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。

自殺しようとして薬を沢山飲んだら味覚が無くなってしまった」などということを誰かに相談する訳にもいかず、

しばらくは生きた心地がしないまま、味のしない食べ物咀嚼するのはまるで砂や泥を食べている気分で、誰にも気づかれないように胃に押し込むことにひどく苦労した。

結局、三日も経たない内に味覚は元に戻るのだけれど、この時に「次に死ぬなら確実に死ななければいけない」と心に誓ったのだった。

 

次に死にたくなったのは22歳、大学留年した時だった。

真面目な学生では無かったけれど、なんとなく大丈夫だろうと思っていた淡い期待はあっさりと裏切られてしまった。

一応サークルには所属していたけれど、ほとんど活動に参加していなかった私は、文字通り大学一人ぼっちになってしまったのだ。

そんな私の唯一の心の拠り所はSNSの顔も知らない友人たち、その中でもとりわけ"メンヘラ"とカテゴライズされるような人々との交流だった。

最初は寂しさを埋めるためのアイテムだったはずが、尊大希死念慮に苛まれて生きるダメな人たちの存在可視化されることは私の良くない考えを加速させていった。 

あの頃を思い返すと、死にたかった、というよりも、いつ死んでもよかった、というのが正しかった。

私は名前も知らないおかしな人たちと浴びるように酒を飲むことも、サイケデリックな色をした「海外製」とだけ言われた錠剤をスナック菓子のように口へ放り込むことも、

そのまま外に飛び出して狂ったように遊びまわることも、怖いと思うことは何一つなかった

素面でいたくなかった、誰かと過ごしているようで、感覚けが宙に浮かび、幻覚の中を彷徨って倒れこみ、自分を取り囲む影と会話して過ごした。

路上はもちろん、駅の医務室や知らない人の家で目覚めることも日常茶飯事だった。

裸で目覚めて隣で眠る見知らぬ人を起こさないようにベッドを抜け出し、最低限の服と荷物だけ持って逃げ出したこともあった。

 一方で大学がある日は真面目に授業を受けていた。

離脱症状でガタガタと震えながら、倒れないように机に噛り付いて授業を受ける様は正しく狂人だったと思う。

ただ「死のうと思えばいつでも死ねる」ということが確かな心の支えになって、私は人より一年だけ多く掛けて大学卒業することができた。

真っ先に死ぬと思われていた私を残して、大学時代の悪友たちは4人が亡くなり、2人は隔離病棟入院していると風のうわさで聞いた。

 

気がつけば30歳を目前としている、生きてしまった、生き延びてしまった。

私は死ねなかった、自分長所や得意なものというのは思い浮かばないが、死ぬことは特別下手なようだった。

それどころか真っ当に就職して、結婚し、子供にも恵まれた、人は私のこと見て「幸せだね」と言うようになった。

ただそれでも「死にたい」という心の底に燻る感情は、初めて認識した時から今のこの時まで片時も消えてはいなかった。

から私は今夜も、精一杯長く息を止め続ける、「一度ぐらい上手くいきますように」と願って。

死ねないだけで生きてきた

初めて死にたいと思ったのは小学2年生の頃だった。

家のすぐ隣に出来たゴルフ練習場の明かりが眩しくて、眠れない夜が続いた時だ。

死にたい」という明確な気持ちがあったと言うよりは、明日もこのまま寝不足学校に行って、

眠くてぼんやりとしているところを先生に怒られて、というのを続けるぐらいなら、いっそこのまま消えてしまったらいいのにと願っていた。

そうやって暗いイメージが湧き出しては止めることが出来ず、幼少の自分には長すぎる苦痛な夜の時間から抜け出したくて、

ベッドに横になったままできる限り精一杯長く息を止めるのを繰り返し「うっかり窒息死してしまえたら」と子供じみた自殺未遂を試み続けていた。 

次に死にたくなったのは高校2年生の時だった。

高2病とも言われるような、人生を斜に構えて無気力に過ごしては自身無力感に苛まれていた。

次第に学校もやや不登校気味になり、気が付けば「皆が真面目に勉強している中でフラフラ遊んでいる」というレッテルを貼られ、

たまに教室に顔を出そうものならクラスメートだけでなく教員たちから厄介者のような扱いを受けていた。

そんな時、家の薬箱から母親が昔飲んでいたらしい薬局の袋に入った睡眠導入剤を見つけた私は、

「これをたくさん飲んだら死んでしまえるかもしれない」と袋に入っていた束になったシートから錠剤を全て取り出して震える手で飲み干した。

どくんどくんといつもより大きな鼓動を打つ心臓が、自分死ぬかもしれないという不安と緊張と少しの期待のせいなのか、

それとも単純に薬の副作用だったのかは分からないけれど、私は暴れる心臓の音が家族に聞こえないように自室の中で布団に包まっていた。

暗闇の中で止めどなくほろほろと溢れる涙を流しながら、その時を待っていた、そして私の意識は途絶えた。

翌日、私は何事も無かったかのように、いつも起きる時間よりもだいぶ早くに目が覚めた。

遺書も残さず、数少ない仲の良い友人にも何も言わずに突発的に試みた自殺未遂だったけれど、

拍子抜けすると同時に、あれこれ残したりせずにして良かったと安堵していた。

まだ誰も目覚めていないキッチンに行って水を一杯飲んで、違和感を覚えた。

かめるように冷蔵庫に入っていたオレンジジュースを飲む、味覚が無くなっていた。

冷汗が止まらず、ただただ「どうしよう」という言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。

自殺しようとして薬を沢山飲んだら味覚が無くなってしまった」などということを誰かに相談する訳にもいかず、

しばらくは生きた心地がしないまま、味のしない食べ物咀嚼するのはまるで砂や泥を食べている気分で、誰にも気づかれないように胃に押し込むことにひどく苦労した。

結局、三日も経たない内に味覚は元に戻るのだけれど、この時に「次に死ぬなら確実に死ななければいけない」と心に誓ったのだった。

 

次に死にたくなったのは22歳、大学留年した時だった。

真面目な学生では無かったけれど、なんとなく大丈夫だろうと思っていた淡い期待はあっさりと裏切られてしまった。

一応サークルには所属していたけれど、ほとんど活動に参加していなかった私は、文字通り大学一人ぼっちになってしまったのだ。

そんな私の唯一の心の拠り所はSNSの顔も知らない友人たち、その中でもとりわけ"メンヘラ"とカテゴライズされるような人々との交流だった。

最初は寂しさを埋めるためのアイテムだったはずが、尊大希死念慮に苛まれて生きるダメな人たちの存在可視化されることは私の良くない考えを加速させていった。 

あの頃を思い返すと、死にたかった、というよりも、いつ死んでもよかった、というのが正しかった。

私は名前も知らないおかしな人たちと浴びるように酒を飲むことも、サイケデリックな色をした「海外製」とだけ言われた錠剤をスナック菓子のように口へ放り込むことも、

そのまま外に飛び出して狂ったように遊びまわることも、怖いと思うことは何一つなかった

素面でいたくなかった、誰かと過ごしているようで、感覚けが宙に浮かび、幻覚の中を彷徨って倒れこみ、自分を取り囲む影と会話して過ごした。

路上はもちろん、駅の医務室や知らない人の家で目覚めることも日常茶飯事だった。

裸で目覚めて隣で眠る見知らぬ人を起こさないようにベッドを抜け出し、最低限の服と荷物だけ持って逃げ出したこともあった。

 一方で大学がある日は真面目に授業を受けていた。

離脱症状でガタガタと震えながら、倒れないように机に噛り付いて授業を受ける様は正しく狂人だったと思う。

ただ「死のうと思えばいつでも死ねる」ということが確かな心の支えになって、私は人より一年だけ多く掛けて大学卒業することができた。

真っ先に死ぬと思われていた私を残して、大学時代の悪友たちは4人が亡くなり、2人は隔離病棟入院していると風のうわさで聞いた。

 

気がつけば30歳を目前としている、生きてしまった、生き延びてしまった。

私は死ねなかった、自分長所や得意なものというのは思い浮かばないが、死ぬことは特別下手なようだった。

それどころか真っ当に就職して、結婚し、子供にも恵まれた、人は私のこと見て「幸せだね」と言うようになった。

ただそれでも「死にたい」という心の底に燻る感情は、初めて認識した時から今のこの時まで片時も消えてはいなかった。

から私は今夜も、精一杯長く息を止め続ける、「一度ぐらい上手くいきますように」と願って。

2020-07-22

サイケデリック旅行(序)

説明しよう。「サイケデリック旅行」とは人間の内的世界すなわち夢・無意識世界に没入することで、その鮮やかで自由世界散歩することである。本稿では荒唐無稽支離滅裂な内容が続くため、物好きにして、根気の強い人のみ読むべし。

さて、初めてのサイケデリック旅行は、高校一年の時である。それは忘れもしない冬休み、雪のしんしんと積りゆくクリスマスイブ日の出来事である。聖夜の前日ということもあって、私はくさくさと家に篭り、もののけ姫dvdを観た後に、チャイコフスキーの「冬の日の幻想」を聞いていた。確か40分弱の曲で、高校生の私には長く、単調なものに感じられたが、20分ほど聞いていると、不思議なことが起こりはじめた。

まぶたの裏にあらゆる断片的なイメージカラフル原色となって浮き上がってくる。それも、有名な絵だったり、カードゲームカードであったり、動物だったり内容はまちまちである。はじめは、歌川広重の「おおはしあたけの夕立」が浮かんできて、様々な色の斑点を伴いながら、暗闇の深淵へと消えていった。それから子供の時に集めていた遊戯王カードが、回転しながら現れて、その次に物置に仕舞った、白色のPSPが浮かんできた。さらにその次に現れたのは、なんと説明しようか、いわば極度に抽象化された、概念的なイルカだった。そのイルカ点と線のみで構成されるアルゴリズムのようであり、イルカショーで見られるような美しく大胆な、水から跳ね上がる運動を延々と描いていた。

https://www.fujibi.or.jp/our-collection/profile-of-works.html?work_id=1173

歌川広重「おおはしあたけの夕立

これは衝撃的な体験だった。それから私は無意識・夢の鮮やかで摩訶不思議世界の虜となり、夢日記をつけ、河合隼雄心理学を読み耽るようになった。夜、世界は青い静寂に包まれる。私は目を閉じて呼吸を穏やかにし、これからに映る美しい幻覚を心待ちにした。夢の中では空を泳いで、知らない街を見下ろしたり、通っていた高校に行って、やれやれ、なんて高校生らしい願望だろうか、ありとあらゆる同級生おっぱいを揉みしだいたり、セックスをしたりした。

以上が、この頃のサイケデリック旅行の記録である

2020-06-10

○イファイ

Hi-Fi=High Fidelity(高再現度)の略。主に音響機器が原音を忠実に再現していることを表す。

Sci-Fi=Science Fiction(科学小説)の略。Hi-Fiをもじったもの

Wi-Fi無線LANの規格。WirelessとHi-Fiを特に意味なく組み合わせたもの

Li-Fi=光無線通信技術。たぶんWi-Fiをもじったもの

Gi-Fi=ギガビットワイヤレス通信技術Wi-Fiをもじったもの

Eye-Fi無線LAN機能を内蔵したデジタルカメラSDメモリーカード。たぶんWi-Fiをもじったもの

Spy-Fi=Spy Fiction(スパイ小説)の略。SF要素を含むスパイ小説サブジャンル名でもあるらしい。

Psy-Fi=オランダで毎年開催されるサイケデリックミュージックフェス

2020-03-09

ラブライブの例のトレス作品は見事なものであったという話

ハローアニオタ諸君

久々にみんな大好き・トレパクネタを書く。

今回見かけたのはラブライブ!というアニメコンテンツにおける二次創作界隈のトレパク問題だ(厳密には問題になんて発展していないのだが)。

ラブライブ!が何なのかはヒッキーキモオタ諸君には特に説明は要らないと思うので省略する。

事の発端はミーマン氏という同人作家ネットに公開していたラブライブファンアートが、公式サイドが企画する動画配信において採用され見事な評価を獲得したものの、

それが公式ビジュアルトレースではないかという疑義を向けられた事にある。

疑義は正しく、実際にそれは公式ビジュアルからトレースであることは疑いの無いところでありさらにミーマン氏も後にこれを認めている。)

そこからはいものトレパク監査委員会の登場になる。いつものようにミーマン氏の過去作品サルベージして類似性調査したところ、結構な枚数で公式ビジュアルからトレース確認された。

また、ラブライブonly即売会(僕らのラブライブ!)においても有償頒布していた色紙にもそうした作品が少なからず含まれていたようだ。

トレパク監査委員会著作権者に代わって刑の執行を行う権限も持っているので、そこからはいものようにミーマン氏への糾弾が始まったのだと俺は理解している。

無論批判の声はトレパク監査委員会にとどまらず、同じラブライブ二次創作同人誌イラストを公開する同業者においても辛らつな持論(後述)が複数観測された。

しかし俺はそのミーマン氏の、動画配信採用されたという作品を見て愕然とした。

なんともオリジナリティに富んだ二次創作ではないか。色彩的にはサイケデリックとでも言うのか、派手ではあるものDQNが喜びそうな原色ゴテゴテの下品さも感じない上に線の力強さも見事なもんである

公式ビジュアルトレースであることは疑いようは無いのだが、これでは確かに番組サイドが採用してしまうのも頷ける。

あれは明らかに音楽で言うところのリミックスヒップホップのような、既存音源再利用したものに相当する立派な創作物であった。芸術の分野で言うところのコラージュという手法にも通じるものがある。

とはいえここまで書けば「どんなに素晴らしくてもトレスをした時点でアート失格」「トレスならトレスと書くべきだ」「金を取ったらアウトだろ」という声も当然予想できる。

しかし、俺は今回に関して言えばミーマン氏が数あるラブライブ二次創作作家の中で低劣なことをしていたとはとても思えないのだ。

もともとネットイナゴが好物にしているトレパク疑惑というのは大抵は他人作品の異なるキャラクターの象形をなぞった形が多いのだが、今回は公式ビジュアルキャラクターをそのまま再利用した形のトレスだ。

虹ヶ咲学園の逢坂しずくというキャラクター公式イラストを、同じく虹ヶ咲学園の逢坂しずくとして、服飾のデザインも変えずに描き上げておりそれは他のキャラクターにおいても同様であった。

公式ビジュアルであると同時にキービジュアルでもある作画トレスしていたのだからミーマン氏も「言わなくてもわかるだろ」という脇の甘い考えがあった可能性は否めない。

しかし、しかしだ。どうにも巷の反応が納得ができない。

特に違和感を持ったのは白玉氏という人物発言である

この白玉氏もまたラブライブ二次創作イラスト同人誌頒布している作家の一人であり、技術も高い。

白玉氏の現在作品公式ビジュアル酷似したタッチで描かれており、その水準は公式イラストに置き換えられる水準にあると言って良い。

近頃はとうとうラブライブ公式サイド(角川グループ雑誌)が企画するグッズのイラスト仕事まで受注するようになっているのでそこは疑いようが無いだろう。

そんな白玉氏はこう言った。

ただえさえ二次創作販売グレーゾーンなのに版権トレスした絵で金稼ぎはいかんでしょ

トレスなんかに頼らず、たとえ上手く描けなくても自分の力で1枚仕上げている絵の方が何万倍も素敵だと思います

どうやら苦手だったトレス絵師トレス指摘されて垢消ししたみたいだけど

謝罪も弁明もなく逃げるあたりやっぱり最後まで苦手な存在でしたね

その点逃げずにきちんと謝罪と返金対応までした彼はまだ立派だと思った

擁護するつもりはないけど

(※筆者注:「逃げずにきちんと謝罪と返金対応までした彼」というのはミーマン氏の事である。ミーマン氏は過去頒布した者に対して返金対応を表明している)

いや、待てよ、そりゃ待てよと。

白玉さん、あなた去年ラブライブ同人誌を出していたし、この前はエロイラストまで公開していたよね?

それラブライブ公式サイドに無断でやってるよね? 雑誌仕事のほうはいいよ。だけど同人誌頒布においては無断でかつ少なからお金も取っているよね?

あなたのやってることはグレーでもなんでもなくて、著作権を持つ人がNGといえば一発でブラックだよ。ブラックホワイトかの二択の世界だよ。

ラブライブ舞台設定やキャラ名前衣装を下敷きにしたもの勝手に作って発表しておきながら、ミーマン氏が同じ二次創作においてトレースという工程採用しているからといってそこまで言う資格があるかね?

金を取っているかどうかに関わらずこんなことは著作権者ジャッジがすべての世界じゃないか

これは白玉氏に限らない。

大半のアニメ二次創作なんて「公式はこの程度のことでクレームをつけてこない、みんなやってる。文句が来たら誠実に対応しよう」という、考えようによってはゲスい魂胆で活動をしてるはずだよ。

だったらさ、ミーマン氏がトレースという工程を取っていた事についても「当事者同士の問題」ということで静観するのが、同じ二次創作界隈で活動する者としての最低限の行動規範っつーか作法じゃないのかい

著作権者がアウトといえば金を取っていようが取っていまいが、借用元を明記していようが明記していまいが等しく悪なのだ。この点ではトレースという手法あなたのやっていることも大きな差は無い。全員ギルティだ。

同じ無断二次創作をしておきながら「トレスで金取っちゃいかんでしょ」などと自分の都合で自分に累が及ばない形で善悪ライン勝手に引くの、控えめに言ってもクズいぜ。

また、これも白玉氏に限らないが「トレスなんかに頼らず」とは何事だよ。同じ二次創作をやっている身でありながらなんでトレスという工程をそこまで蔑視するんだよ。

それは君たちに「自分のやってる二次創作の形の方が高尚」という意識があるからじゃねーの?

じゃあ「ラブライブなんかに頼らずオリジナル創作を描いた方が素敵です」って言われたら黙って創作やめるの?

トレス著作権侵害の問題に発展しやすい、これは事実だ。だけど創作においてトレスが悪とはならないし「トレスはしない方がクリエイティブだ」とはならんでしょうが

芸術方面世界ではコラージュという技術手法一定地位にあるジャンルとして存在するし、モノによってはコラージュトレス以上にオリジナル作品の含有性があるぞ。

あれだって著作権者がアウトと言えばアウトだけど、アートとして素敵かどうかという点においてはそこは評価軸にはならんでしょ。

ミーマン氏の作品トレス工程に取り入れたオリジナリティのある佳作だ。

それは公式が生配信で取り上げたこからしても一定客観性はあると俺は思う。

あとのことは本人と著作権者との間の仁義の話、それでいいじゃないか。俺たち外野はただ黙って絵師ミーマン創作物だけを評価すれば良いんだ。

著作権者被害感情があるかどうかもわからないのに代弁者になった気になって騒ぐのが本当に著作権者のためになると思ってるのかよ。

一次創作を専門にする同人作家が君たちを馬鹿にしたら俺は全力で応戦しろと思うけど、現状の君たちがそのような有様ではとても心細い。

こんなものはせいぜい著作権者にこっそり伝えるぐらいに留めておくべきで、外野に良いかいかだのジャッジする権利なんて無いよ。

模写だってトレスだってそれらに該当しない二次創作だって同じ二次創作じゃん。

もうさ、版権もの二次創作界隈の中でこういう差別感情をむき出しにしてマウント取り合うの、やめにしようぜ。絶対良いこと無いよ。

あとな、トレス二次創作した奴にも著作権があるんだから勝手にトレパクだトレパクだと騒いでその画像アップロードしてたら公式二次創作者双方のダブルパンチを食らう可能性があることを忘れるな。

っつーか著作権侵害だなんだと騒ぐ奴が無断転載してんじゃねえよ。目的はそっちじゃなくて私的制裁を楽しむためだろ。そいつらも娯楽にふけるのもほどほどにしとけや。

アデュー

2019-11-18

anond:20191118013734

飲んでから時間半が過ぎたとき、突然来た。

ふと自分の手を見ると粘土細工の様に見えてしまう。じっと見てると粘土の指がグニャと伸びたりする。周囲を見るとエンボス加工した写真に後から色付けした絵画の様な不思議世界になっている。周囲の人も動いているんだけど粘土の造物の様にも見える。目を閉じると極彩色モザイクの様なサイケデリック世界、後からから色が溢れ出て来る。皆の歌声が模様になって見えている事に気がつき、「音だって目に見えるんじゃないか! なんで今までこんな事に気がつかなかったんだろう!」とか「音と目に見えている世界区別っていったいなんなんだろう?」とかLALILA独特の奇妙な思考世界突入(苦笑)

http://lalila.tripod.com/aya.htm

2019-09-22

人生プレイリスト(前半)

雨が降ってて外に出られない

暇なのでビリーアイリッシュの真似して人生プレイリストを作った

14曲選んだのでまずは前半戦

1 不死鳥/SEKAI NO OWARI

2 IRON STORY/FB777

3 手の鳴るほうへ/薄塩指数 feat.重音テト

4 doki blaster/Voia

5 Me Like Joge/Psykovsky

6 ユリイカ/サカナクション

7 ヒューマニズム/NoisyCell

1

高校2年の頃、まだクラシックしかいたことがなかったので

イントロドラム気持ちよくて衝撃だった

まさに世界が開けたようだった

ここから音楽鑑賞が趣味になった

教えてくれた友達感謝してる

2

聴いた時期は細かく覚えてないけれど

多分大学1.2年

この曲は凄い

ジャンルとしてはおそらくドラムベース

7分があっという間

イントロの低音、中間の盛り上げ、ラストの切なくて美しいメロディと緻密で情緒的なスネア

短尺を繋げた曲で色々な顔が見れる、ラスト集大成が見える

構造

PVの画質の荒さも味があってとても良い

本当にもっと色んな人に聴いて欲しいし感想を聞きたい

3

この曲を聴いて自分の好きなことを勉強しようと決心できた

大学2年

ジャンルボーカロイド

カントリー調

ちょっと厨二感ある そこも良い

まず調教上手い テトなのも良い

聴くべき時に聴いたなという曲

モラトリアムのうだうだ感がすごく合う

この曲を聴きながら浴びた夏の日差し気持ちよかったです 夏は嫌いですがね

あと歌詞が良い、ネガティブが回り回ってポジティブになる

PVの絵も良い チョイスも良いよな〜センスだよこれがさあ

個人的に薄塩指数さんの曲は売れたら書けなくなる曲だと思うので 応援したいようなしたくないような難しい気持ち

4

SoundCloudから

大学2年

チップチューンドラムベースダンスミュージックにハマっていた時期

この曲は、いかベースビートが曲を前に進める上で重要か、盛り上げるために職人技を見せているか

を見せてくれる

正直上でピロピロいってるメロディ隊より10倍カッコいい

ごめん、ベースビートが好きなんです。

あとシンセでここまで抑揚をつけられる、ビートを感じさせるのも凄い

難しい、シンセ

これはオーケストラ編曲したいとずっと思ってる 弦隊が弓を弾いているのが目に浮かんでうずうずする

5

これは最近

EDMに飽きてサイケトランスに手を出してる

曲の頭からお尻まで一切止まらないこれがサイケデリックトランスだーーー!

メロディが図形を描いているみたいで楽しい

四つ打ちにハマっているようなハマっていないような感じがたまんない

中間トランス最高だな、お前を待ってたんだ

その後の迷宮を抜けるんか、抜けないんか、みたいなフェーズ気持ちよくて最高

抜けた後とかきもちよすぎて覚えてない

はい最高。

基本的アーティストじゃなく曲を好きになるタイプなんですが

この人の曲は大体好きなのでもしかしたらわたし神様かもしれない

たくさん聴く

6

就職先決まった時によく聴いた

ダンスミュージック

上京組なので共感

生き急ぐあたり、いつ終わるんだと思いながら生きてる

都会はいろんなものが色褪せて見える

それを含めて都会が好き

ここまで綺麗に落とし込んだ山口一郎尊敬する

ライブでも聴いたけど泣いた

ダンスミュージックは生半可な音でやっても曲として成立しないと思う

ここまで、ループを繰り返しているのに全く飽きないむしろこっちが盛り上がれるのは

聞き手ダンスミュージックが好きなのは勿論だけど、やっぱり一つ一つの音にこだわっているか

だと思う

かっこいい、尊敬

サカナクション殿堂入りしてる

ひとつ困ってるのがMVが今でも消化できてない

7

これもまあ最近

イントロ聴いた瞬間これは好きだ!!!一目惚れ!!!

ってやつ

ジャンルパンクスクリーモかな

まず歌詞の良さ

プライド高くて自分天才だと思っていてユーモアがあってアウトローで変に情にもろい描写が上手すぎる

矛盾だらけ、おんなじ失敗、出来事を繰り返して繁てきた人間

人間嫌いだけどなりきれない

そして音楽リンクのさせ方が上手い

ダダダ、とか

合間に入る遊びゴゴロあるサックスとか

ノイズも多分ずっと入ってるけど全然違和感ない、むしろ無意識気持ちいい

キュンキュンする

歌詞を生かすためのベースドラムコーラス

あと声良い、イイ、スキ…思考停止

マジで歌詞が良い、何度でも言う

一言一句素晴らしい






結構楽しいなこれ

明日もやる

2019-03-24

サイケデリックな模様を見る方法

真っ暗じゃなくても良いので部屋を暗くして、楽な姿勢で目を瞑る。そうするとチリチリと青い線や白い点々が見えてくる。見えない場合は十秒くらい目をギュッと閉じてから力を抜くと見えると思う。で、視界全体に広がる青や白のアレをどこを見るともなくずっとみていると、最初ランダムに散らばって規則性のないように思える光が、少しずつ視界の中心から放射状に広がっていくように変化してくる。さらに待っていると次第に様々な色が見え始めて、視野全体が明るくなってくる。二時間ほどで視野全体が放射状に広がるサイケデリックな模様で埋め尽くされる。

注意しなきゃいけないのは、どこかを注視してしまうと最初からやり直しになってしまうという事。物音に気を取られても同じように最初からやり直しになる。ひたすらどこも注視せず、何にも気を取られずに全体を眺めるような感覚でいれば良い。サイケデリックな模様を眺めているといつのまにか重力などを感じなくなる。

2019-03-10

流行りの?アヤワスカセッションを受けてきた。

文字通りアヤワスカセッションを受けてきた。運営青井硝子さんの主催セッション

やり方等は勝手にググってもらうとして、まずはエフェクトについて。

・閉眼幻覚 面白い。炙りのDMTをやったことがあるんだけど、それを弱くして長くした感じ。目を瞑ってダイブしてしまえばよく見るサイケな模様とキラキラしたあの世界に行ける。躊躇すると失敗するので流れに身を任せてダイブしちゃいましょう。

思考 幻覚の後に思考面白に入る。人生とは、自我とは、愛とは、世界とは、宇宙とは、そもそもDMTとは。この時間がまあまあ長い。

通過儀礼について。

ぶっちゃけつらい。寒気、吐き気、人によってはその他諸々。よくあるドラッグと違って、トビのピークの後に通過儀礼吐き気など)が来るのでヘビードラッグユーザーは面食らうかも。ぼくは面食らいました。

・抜け

意外と早い。人によるんだろうけど90分くらいでシラフに戻る。お代わり可能だったので、もちろんお代わり。しかしこれが失敗。

軽いトビの後に2回目の通過儀礼

お代わりすると吐き気や寒気を2度味合うことになるのであまりお勧めできないかも。だったら最初から倍量飲んだ方が通過儀礼を1回で済ませられるので初回倍量がオススメ

・気が付いたこ

なんせ、セッティングが悪すぎる。硬い床、場所による気温の差、手抜きなDJ、なんのためにいるのかわからないもう1人。食事制限して挑んでいるので食べ物持ち込まないでほしい。あと運営側の人間はもう少し参加者に気を使って欲しい。青井さんはとてもよくやっていたけどその他2人はぶっちゃけ邪魔だし要らない。ロボットの方が良いのでは?DJもまあまあ良かったんだけど、何回かミスって「歌詞のある歌」を流した時に急激に空気が悪くなる。そういう時に限って青井さんがいない。青井さんが居なくなると一瞬で場が悪くなるのでむしろ迎え等を他の人がやった方が良いのでは?

あと運営側のひとは、シャカシャカする服を着て欲しくない。ちょっとした「シャカシャカ」って音でダイブが止まる。急に現実に引き戻されるのでシャカシャカする服はやめてほしい。

・総括

事前の食事制限や薬制限、などが大変すぎる。その割には体験自体ははっきり言ってLSD以下の以下だった。LSDよりも良い点は、違法ではない、って点と、時間が短いかコントロールやすいって点、位かな?あと効きが人によってバラバラなのでお勧めできるかというとお勧めできないかもしれない。人生で一回くらいはやった方が良いとは思うけど、事前準備がかなり大変なので覚悟の上で。

青井さん自体はかなり頑張っているし感謝しかないです。

・今後について

たぶん今後は自分で輸入して自分の家でやると思う。いつかはわからないけど早々に輸入だけはしておくかな。セッションに参加することはないかも。理由はやはり青井さん以外の運営スタッフポンコツすぎてちょっと…。

あと、女性スタッフ入れた方が良いと思います

女性個人参加のひとは知らない男性に介抱されてもよくならない人がほとんどではないでしょうか?

そんなところかしら。

ぼくは個人的には面白かったです。

サイケデリック慣れしているのでどんどん深くまでだいぶできておもしろかったです。

青井さん、ありがとうございました。

参考 http://aoi-do.com

2019-02-18

anond:20190218163246

スイーツな感じではあるけど、そんな怪しい番組じゃねえだろw

と思ったけど画像を見たら確かに怪しいな…

背景の水槽が遠目にサイケデリックな模様に見える。

https://www.ktv.jp/nouveau2/

2019-02-07

こういうイラストジャンルって何て言うの?

自己解決しました】

ホッテントリに入ってる「Vaporwave」というジャンルでした。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59738

まだ記事読んでなかったんだけど、たぶんタイトルを目にしてサブリミナル的に思い出してたみたい。改めて記事を読んで、オルトライトと結びついてると知ってびっくり。

-----------

何年か前にはてブで「こういうイラストジャンル流行ってる」という記事を見かけて、これ好きだなーと思ってからその総称を忘れてしまったんだけど、覚えてる人いる?

サイバーパンクっぽい(スチームではない)

Tumblrでよく流れてた

海外発?海外流行ってた

・何かの音楽ジャンル関係してたかも?

カラフルグラデーション多用

・わりとノスタルジック

・たまにサイケデリック

ドット絵が多かった

80年代っぽいモチーフ

・あまり人は描かれてなくて、ビーチ、風景、部屋の中、車、PCデスクトップ、なんかの絵を見かけたか

追記

・このジャンル好きな人には、エモいドット絵を作る豊井さんの作品も好まれてた気がする(よくリブログされてた記憶

http://www.all-nationz.com/archives/1045559880.html

・このジャンルに対する自分イメージは「壊れたラジオ」「90年代windowsデスクトップ」「無人ユートピア/ディストピア

2018-10-04

おっさんレイアウトセンス

スマホアプリの画面でも、Webアプリでも、ExcelPDFでも、業務のものおっさんが決定権をもってることが多くて、出来上がったものに「これじゃ見にくいだろ」「わかりにくいだろ」とダメだしをしてくる。

で、指示通りに修正すると、字がでかくて余白がなくて、小さい領域に大量の要素をぎゅうぎゅうに詰め込むことになる。

なんでこうおっさんってセンス共通してるんだろう。

色もいろんな色を使いたがってサイケデリックにするのが好きなおっさんもいるな。

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