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はてなキーワード: 暗黙の了解とは

2018-04-19

anond:20180419220935

小学生の時の作文は、「原稿用紙2枚以内」だったらギリギリ2枚くらい書かないと、「短すぎる」って注意されたのに

暗黙の了解ムズカシクテイヤネー

2018-04-05

相手に対しては自分に都合のいいように行動してくれと思ってるくせに

相手が、お前に都合のいい行動をとりたいと思わせるような

ところがお前にないから、相手がお前に都合の悪い言動

するわけで、そんなに都合よく行動してもらいたかったら

まずお前がそうなるように行動しろ

少なくとも、正義心が一貫してるとか、暗黙の了解で事を気分よく

運ぼうともしてない時点で、お前なんか誰からも愛されないぞ

2018-04-04

ま~んが多い部署に配属になったんだけど

あいつらあんまり部署異動がないからか、すごいエキスパートからけなんだよな

そのせいか自分が知ってること」は「全員が知ってて当たり前」と思ってるくさい

他人が知らないこと」に無頓着なんだよな

すべてが暗黙の了解で進んでてそれに合わない事すると白眼視される

相手に合わせて教えるって事を知らない

2018-04-02

anond:20180402020138

人間とは思えないほどレベル高くなって、何考えてるか全く予想できなくなって、それでつまんなくなると思う。

AI人間の考えることはレベル低すぎて他のAIプレイヤーを騙すことに集中し始めるからもう人間蚊帳の外になる。

最悪毎回1ターン目で人狼増田は殺されるようになる。

結局人狼ゲーム相手が何考えてるか予想できるっていう前提の上に成り立ってるわけで、

それをハード的に可能にしているのは人間の脳の同質性だろ。

要はみんな考えることは大体一緒っていうのが暗黙の了解で、そこにAIが入ってきたら何考えるか予想できなくなってゲームが成立しなくなると予想してみた。

2018-03-31

anond:20180331121621

かに休まなくて済むのは助かるな。

地域にそういう病院複数あってもいいと思うんだがね。救急車の呼び出し件数も減るだろうし。

医師会規定とか暗黙の了解とかあったりするのかなあ。

2018-03-30

anond:20180330112507

ターン制戦闘だし敵とも暗黙の了解のうちにやってるのでは?

2018-03-28

優生保護法なんか作らなくてもよかったのに

1948年から996年まで存在していた、精神疾患人間に対して強制的不妊手術が行われたことが今になって問題となっている優生保護法

wikiざっと調べてみると、本人又は配偶者精神病精神薄弱遺伝性精神病質、遺伝性疾患又は遺伝性奇形を有する場合を基本として、ハンセン病などの疾患に架かっている場合も、手術の対象とされたらしい。

私が最近ニュースを見て最初に感じたことは、表題の通り「なぜそんな法律を作ったのだろう。そんな法律を作っても無駄じゃん」という気持ちだ。

そもそも、今の世の中では精神疾患を患っている人間結婚はもちろん、恋愛も出来ない。

恋愛結婚が出来ないというのはゼロ%とまで言うことはできないが、限りなくゼロ%に近いだろう。

普通人間であれば、精神疾患人間恋愛対象には選ぶものではない。

縁談においても、相手方がそっち方面人間であれば、普通に縁談は断るもの

現在でもこの風潮は健在なのだから、今よりも人権意識が低い戦後高度成長期は、さらにこの傾向が強かったはず。

精神疾患にかかった人間は、普通人間と同じように、仕事子育てをすることができるものなのだろうか。無理だよね。

ブスですら縁談は断られるのだから精神疾患の女がどう見られるのかなど、わかりきったことだよね。

優生保護法対象になるような人間は、最初から恋愛結婚対象外にされるのが、世の中の暗黙の了解であった。

だったら、なぜ旧優生保護法のような無駄法律を作ったのだろうか。

作らなくても、よかったのではないの?

2018-03-24

スーツの着こなしに関するデマ

・黒いビジネススーツマナー違反

・着席するときスーツボタンを外さないとダメ

スーツの一番下のボタンは留めてはいけない

・靴とカバンの色は揃えるべき

スーツの袖口からシャツの袖が2cmくらい見えるようにするべき



これ、全部デマなので注意してほしい。

ファッション雑誌が「こうしたほうが印象良いのではないか」と勝手に考えいつの間にか暗黙の了解になってる嘘ルールなので信じないように。

たまにこういう謎ルール押し付けマウンティングしてくるおっさんがいるけど

朝鮮飲みコンス在日認定するネトウヨと同レベルなので関わらないほうが吉

ツイフェミについて思うことを吐くだけ

私はツイッタラーだ。

最近フォロワーが増えてきて、自発しなくても勝手フォロワーが増えていく。

気になる人だけフォロバする日々。

やはり、フォロワーが増えたこともあり、ツイッターでは言いにくいことがある。

ので、はてな匿名ダイアリーを利用し、このモヤモヤを吐き出すことにした。

最初に言っておく。

フェミニズム自体は、素晴らしい思想だと思う。

私は、フェミニズム自体否定したいのではない。

今の時代よりも過去女性達は確実に差別を受けてきた。

から女性達が中心となって、声をあげた。差別をやめろと訴えた。

過去、そうやって声をあげてくれた人々がいるから、今、女性地位過去どん底のような状態から比べるととても向上したし、権利も「ほぼ」男性と同じ程に得ることができる。

しかし、今現在法律が整備されても。

完全に平等になったわけではない。

私がおかしいと思うことがある。就活仕事の時に、女性は最低でも3cmのヒールを履かなければならないという暗黙の了解

そもそもヒールは歩きにくい。

現在ヒールを履く意味は完全に見た目でしかない。

3cmのヒールでも履きなれていなければ歩きにくい。

私は普段スニーカーローファーしか履かないが、たまに母親ヒール靴を借りて履くことがある。オシャレ目的だ。

私には、3cmのヒールですら歩きにくいし、疲れるのだ。

その、見た目という意味しかないことを現代暗黙の了解というもの強制することは絶対おかしいと思う。

それ以外にも、夫婦別姓を取り入れないということなど。

苗字を変えるのはほとんどの場合女性なのだ

一応、男性苗字を変えることもできるし、実際にあるけれど、すごく少ない。

苗字を変えることで、いろんな手続きをしなければならない。

それはさっさと済ませてしまえばいいだけなのでそこまで不便だとか思わないけれど…

やはり、私自身女なので、誰かと結婚すれば、きっとこのままじゃ苗字を変えなきゃいけないんじゃないかな…と思ってる。

それは悲しい。

私は自分苗字が好きだ。

まれからずっと慣れ親しんできた名前を、変えたくない。

「本当に好きな人なら別にいいじゃん」とか、いう人もいるけど、それとこれとは別なのだ

自分自分でありたいのだ。苗字、好きだから変えたくないのだ。

長くなったが、こういう理由で、私はフェミニズム自体否定している訳では無いし、むしろフェミニズム必要場合もあると思っている。

本題に入る。

最近ツイッター話題になってるツイートがある。

界隈を問わずRTで流れてくる。

いわゆる「バズったツイート

https://twitter.com/b_ksou/status/976094004008726529

↑これだ。

既に見たひとも多いかもしれない。

私は、このツイートある意味正論とも言えるし、ある意味正論ではないと言えると思う。

男性フェミニストになるのはいいことかもしれない。女性女性として尊重することで、紳士になれる。

しかし、このツイートを真に受けて、「ツイッターの」フェミニスト界隈に足を踏み入れることは危険ことなのではと思う。

https://anond.hatelabo.jp/20170818173309

時間があればでいい。このはてな匿名ダイアリー投稿されたのを読んでみてほしい。

この記事から少し引用する。

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ツイフェミに許してもらおうとするのがそもそもの間違いだった。

ツイフェミ最初から許す気などないのだ。

俺が男であるかぎりツイフェミが俺を許すことはない。

それを理解したのでもうツイフェミから何かを学ぶのはやめることにした。

_________________________________

この投稿者は男性ツイッターフェミニズムを学ぼうとした。

しかし、挫折した。きっとこの人はツイッターフェミニストアカウントを垢消ししている。

私の本音を吐く。

ツイッターは、フォローしてツイートを読む。見る。そして、フォローされて自分と同じ考え方や趣味思想の人と繋がる。

嫌な奴はブロックすれば終わりの世界だ。

から、推測ではあるが…

ツイフェミ達は、ツイフェミ界隈の思想に常に触れている。

ツイフェミにも、ツイッタラーである以上は誰もが承認欲求がある(と思う。私はツイフェミでは無いので知らないが)。

当然、いいねRTが嬉しいわけだ。

ならば、いいねRTを貰えるようなツイートをすることになる。

過激なことを言えばいいのだ。

同じツイフェミ界隈で共感してもらえることを呟けばいいのだ。

そして、ツイフェミ界隈はそうやってガラパゴスになっていく。

思考が、考え方が、思想が、過激になっていく。

そういう人を、たまに見かける。

いや、お前さ、ツイッターしてなかったらそんなに過激思想になってないやろ?みたいなやつ、たまに見かける。

男性である、それ自体否定してしまうような。

男性存在する、そのこと自体有害である」までの考え方に至ってしまっている人がよくいる。

私は、決してそうは思わない。

人間である以上、生まれおちてしまった時点で、全員クズだと言える。

全ての性別において、だ。

ほとんどの人は性欲があるし、変な思想になることもよくある。

実行したら犯罪だろ…ってことを考えてしまうことだって、そんなの誰だってあると思う。

からと言って、男性存在すること自体有害だなんて、そんな思想になってしまうのは、すごく悲しいことだと思う。

5ch(以前の2ch)まとめで、「ま~ん(笑)」とか「まんさん」とか「貴重なまんこが失われた」とかよくある。それをツイフェミは叩く。

いや、それならな、ガールズちゃんねるとか鬼女板見てみろやって思う。

めっちゃ、女が、男の悪口言ってるから

やっぱり、男と女(この二種類しか性別がない訳では無いが便宜上こう書く)、全く違うから

お互いに、影で悪口を言い合う関係から

お互い様だと思う。

から、言ってしまえば、人間は全員、クズであるし、有害であるのだ。

まれしまった以上仕方がないので、お互いに程々に目を瞑りながら、仕方なしだけど生きていきましょうや、って思う。

すごく思うのだけれど…

ツイフェミ達はそもそも、何のためにツイフェミをしているのか?

5chに引用されて、馬鹿にされて、まとめサイトにまとめられて、多くの人の目に触れて、「あー、フェミはクソだわw、女ってクソだw」と思われる為にやっているのか?

まりにも、ツイフェミ達が過激すぎる思想になっている。

5chで、「糖質やん」「頭おかしい」「女さんだからこうなんだ」

こんなこと言われるためにフェミニストになった訳じゃないでしょ、と思う。

フェミニストになった理由は人それぞれだと思う。

過去レイプを受けたり、痴漢されたり、女性からといって差別されたり、男性場合なら自分の大切な人がそういう目にあったり…

いろいろあるけれど…

ツイフェミ達は、いま一度、初心に帰ってみないか

なぜ自分フェミニストになったのか。

なぜ自分ツイッターフェミニストをしているのか。

男性を叩くだけがフェミニズムじゃないだろ、と思うよ。

フェミニスト達の名誉のために言っておく。

全てのフェミニストが「一部のツイフェミ」と同じように過激思想というわけではない。

フェミニスト達は、これから時代必要活動をしていくだろう。

それでいい。

明るい未来を切り開いて欲しい。

ただ、そのやり方が、ツイッターだと、ズレてしまう時があるってことを、私は言いたかった。

書きなぐったので、感情的支離滅裂文章になってしまって、ここまで読んでくれたひとには非常に申し訳ない。

ここまで読んでくれて、本当にありがとう

2018-03-23

anond:20180323204209

天皇制というか日本の美しい伝統系の話の気持ち悪いところって

明らかに問題があって正面から考えていかないといけないことを

あくまでも「自然に」そうなってくれるということを前提にしてるんだよな。

子孫を残さなければならないということ一つにしても

自由恋愛をして、素晴らしい人と出会い、すぐに妊娠し、男子を産み、人格者に育てる

という一連の流れを人為的にではなく「自然にそうなった」という演出をしていかなければならないとしているところ。

想像陰謀論?)だけど、実際には不妊治療とか産み分けとかそういうことしてるんだろうなーとは思うけど

それを表にしてはいけなくて、あくまでも「自然にそうなった」と建前を必死に取り繕うことにしてるというのが

なんとも言えずに気持ち悪い。

そういう欺瞞的な美しい建前を必死暗黙の了解で取り繕い続けているということこそが

天皇制というまさに「日本の象徴」ではないかと思うね。

2018-03-22

非正規教員、異動が決まった

タイトルのとおり。

3月30日で現任校の任期が切れて、4月2日付で80キロ以上離れた県立高校に異動することになった。

20日に教育関係人事異動が発表されて、校内は歓喜の声や悲鳴で賑わった。

その後、学校間や教育委員会とのやりとりが行われ、「○○(教科)の先生が足りない」となり、自分たちのような非正規教員(臨時登用名簿に載っている者)に連絡が来る。

(生徒指導部長、進路部長といった分掌長を担当する場合、その先生担当コマ数は軽減されるので、先生の人数は定数でもコマ数が足りなくなるという現象が起きる)

ちなみに、去年は3月28日に連絡が来たので、今回はかなり早いということになる。

断れるはずがない。

この県で教員採用試験を受け続ける自分のような者が、県からの内示を蹴るはずがないのだ。

今年35歳を迎えた男、独身

一人暮らし歴が長いが、今は通勤に手頃な実家暮らしている。

大卒後ずっと教員採用試験を受け続けては連敗している。

来年こそは!」と共に対策を練った仲間は、正規になったか、疲れて別の道に進んだか、自分のように毎年学校転々としながら講師を続けているか、だ。

臨時教員の異動について連絡が来たあと、事務職員に呼ばれ、「月末で健康保険証を返却してください、翌月支給の手当があるので口座はそのままにしておいてください、任期半年を超えた人には退職手当相当金が支給されるので別途書類を渡します」などと指示を受けた。

「今年新卒なんですよ」と言っていた若い彼女は、自分仕事のある種の残酷さに気づいているだろうか、などと思った。

どんなに遠方に異動することになっても、正規教員のように引越し代や赴任手当が支給されることはない。

4月2日からの任用ということになっているので、4月分の通勤手当は支給されない。

4月1日に最初大事職員会が開かれるらしいので、暗黙の了解で参加する。

任用があるだけマシだとは思う。

臨時教員はいえそれなりに給料はあるので、任用がなかった年は住民税国保の支払いにえらく苦しんだ。

いつまで続けるのだろう。

考えかけては、気を逸らしている。

自分の教え子に「体育の先生になりたい」「教育学部のある大学に行く」などと言われて、「先生はい仕事だ!頑張れ!」と素直に言えなくなって何年が経つだろうか。

2018-03-13

茶の間ヅカオタ記②

私の大好きだったタカラジェンヌ卒業した。

彼女の十数年にわたるタカラジェンヌ人生のうち、最後の数年しか応援できなかったけれど、出会たことに感謝し、最後を見送れたことに感謝している。とてもよい卒業式だった。でも、心残りなことがある。それは、彼女がいつどういったタイミングで何をきっかけに卒業を決意したのかということを、ちゃんと聞くことが出来なかったことだ。

そういう話が聞けるのだと思って、最後お茶会に参加した。今思い返してみても、はて、お茶会で何を話されたかな、と何も思い出せないくらいに中身のないお茶会だったことがとてもショックだった。一緒に退団されるほかのジェンヌさんは、お茶会の中で詳らかにいろんなお話をされたようで、ツイッターに流れてくるお茶会レポを見ては、こういう話を私も聞きたかったんだという想いを強くした。恐らく、みんなが聞きたいと思ったような話は、大人会のお食事会で話をされたんだろう。そもそも大人会というは存在のものベールに包まれていて、その実態は知る人ぞ知る甘美な秘密だった。私にその参加資格があると知った時にはその甘やかな秘密に大いに酔いしれたけれど、その甘やかさは同時に恐ろしくもあり、散々悩んだ挙句に参加を見送った。あの時の決断を今もずっと悔やんでる。私の聞きたかった話が聞けなかったこと。彼女感謝を表す相手がそこにしかいないということ。

迎えた卒業の日、それは怖いくらいによく晴れた青空の広がる日だった。白い服に身を包み、決まらない髪型憂鬱に思いながらも、朝早くからたくさんの人たちと一緒に彼女を迎え、そして最後舞台に立つ彼女を見送った。笑顔で見送って欲しいという彼女の願いをちゃんと守ったつもりだった。この舞台に立つ彼女を見るのはもうこれが最後。このセリフを言うのも、この曲を歌うのも、この踊りを踊るのも、これが最後。一つ一つの最後」を大事大事に嚙みしめて、見送れることの幸せを噛みしめた。舞台の上の彼女は最高にカッコよくて、私の自慢の贔屓だった。全てが完璧だった。緑の袴を着て言われた最後挨拶の中で、タカラヅカは全てを懸けた場所でしたという言葉がとても心に突き刺さった。

舞台彼女のすべてだった。では、なぜその舞台を降りようと思われたのだろう。

緑の袴姿のまま楽屋を出てきた彼女を、朝よりもたくさんの人たちと一緒に迎え、そしてあなたが大好きだという言葉と、ありがとうという言葉を伝えた。最後まで笑顔だった。

とても美しいその姿に、いい卒業式だったなと全う出来たことにほっと胸をなでおろした。劇場から去った彼女は、彼女に関わる人たちと別れを惜しんで最後のご挨拶をされるためにフェアウェルパーティーに出かけた。ファンもみな、参加できるのだと、数カ月前の私は無邪気に思っていた。彼女の本当の最後言葉を聞くことが出来るのだと、とても楽しみにしていた。もしかしたら卒業を決めた理由を、話してくれるかもしれない。そう思ってわくわくしていた。

でも。

私はそのパーティーには参加できなかった。参加には条件があると伝えられた時、あまりのことに目の前が真っ暗になった。まさか最後最後で、扉を閉ざされてしまうなんて。

タカラヅカという世界お金時間をかけた人だけが勝者で、それ以外の人は「ファン」ですらないというのは重々分かっていたつもりだけれど、そのことをまさか最後になって思い知らされるとは思いもしなくて、今もそれは私の中に蟠っている。大人会の会員であることもしくは去年一年間の楽屋の入出の参加の規定数を満たしていること。それが条件。私は対象外だった。そうか、対象外か。彼女の想定する「ファン」の中に私は存在しないんだなと、涙に暮れた。

千秋楽間近の楽屋出が急になくなったこともあった。卒業なんだし、たくさん我儘を言えばいいよって思ったけど、それでも寂しかった。ファンに会いたくないのかなってぽつり呟く若いファンの方の姿に胸が痛くなった。あと何回こうやって素顔のあなたに会えるかわからないのに、それを無下に反故にしてしまうことに対してどう思ってるんだろうって、好きって気持ちだけでは抑えきれないもやもやを抱えたりした。

卒業からといって、千秋楽からといってなにも特別なことはしない。何よりも舞台大事で、舞台の上で最高のものを見せてくれる彼女のその姿勢尊敬するし、それでファン蔑ろにされてもそれはそれで構わなかった。舞台の上の姿が素晴らしかたから。

階段を降りてきての最後のご挨拶の中で、スタッフの皆さま、先生方、上級生の方々、一緒に頑張ってきた同期、下級生たち、そして劇場に来てくれたみなさま、ファンの方々、それらを挙げてありがとうございましたと言う、それがテンプレ。でも彼女はそこに「ファン」を含めなかった。ショックだった。そもそも私はファンですらなかったのだけど。一体、なにがあったんだろう。なにか、あったんだろうか。

完璧を目指す彼女が体力の限界を感じて舞台を降りようとしたのかなとか、なんとか自分が納得のいく答えを必死で探した。

プライドの高い彼女ファンですらないそのほか大勢の前でそんなことはきっと言いたがらないだろう。それならそれでいい。気心の知れた、信用の出来る人にだけこぼす本音であっていい。ただ、それを聞く立場になかったというだけだ。彼女のことが大好きで、大好きで、とっても大好きだったけれど、そんな私のありったけの愛なんて彼女にはなんの足しにもならなかった。そのことが、とても、悲しい。

彼女の十数年を長く応援してきた人の中には、ここ数年いろんな事情お金時間彼女の掛けられなかった人たちもたくさんいるだろう。その人たちを蔑ろにするというそのことも、ショックだった。大人会という幻のような存在を明らかにしたこともまたショックだった。若いお嬢さんたちの中には、大人会なんて知らない人もたくさんいただろう。不文律暗黙の了解がたくさん存在する伏魔殿。それがタカラヅカ。そして一番聞きたくなかった「まだ東京公演がありますから」という言葉。私には東京公演なんてない。大劇場のこの千秋楽が本当の本当にお別れだ。まだあるから、っていう人たちとは覚悟が違う。もちろん東京に行けないのは私の勝手事情なのでそんなことはお伝えしないけど、でもこの大劇場卒業するという意味もっと大事にしてほしかった。エゴだね。たくさんのこういうエゴを抱えて、時々押しつぶされそうになりながらもなんとか踏ん張ってる私を、いとも簡単に踏みつけたことがショックだった。明日からはもう私の中にタカラジェンヌあなた存在しない。そういう悲壮覚悟を持って臨んだ一日だったのだ。分かってもらえるとは思ってなかったけど、それでもここまで無邪気に木っ端微塵にされるとは思わなくてかえって清々しいです。まだ東京公演があるから今日最後じゃないから、そんなことを言ったのは、あなただけだった。

これは失恋の痛みと同じだ。好きな人に想いを受け入れてもらえない。振り向いてもらえない。優しい言葉をくれたと思っていたけど、それは私にではなく私の後ろにいる人に向けてたものだったと気づいた時のあの気まずさ。笑顔も振られた手も、それは私に向けられたものじゃなかった。そして本当にそれを受け取った人がすぐ近くにいることに耐えられなくて、だから私はこの世界から背を向けようと思う。私も彼女気持ちが知りたかった。そんな思い上がったことを望んでしまったのが敗因だ。傷心のまま、私は夢のように美しくて、そして残酷なこの世界から去りますさよなら好きな人、ずっと大好きな人。どうか、お幸せに。

コミュ力重視の世の中なら、なぜペーパーテストをやるのか?

子どものころからおしゃべりが苦手だった。休み時間に楽し気にぺちゃくちゃおしゃべりをしている人がどんな話をしているのか不思議しょうがなかった。それでも低学年のとき親友と呼べる人がいて、その子の家に遊びに行ったりしていたけど、彼女が転校してしまってから個人的にそんな付き合いをする相手はいなくなった。その傾向は高学年になっても続き、遠足かに行っても何となくぼっち感が漂い、バスの席を決めるにしてもなかなか隣に座ってくれる人がいないぐらいだった。

でもペーパーテストはわりとできた。特に記憶力がすぐれていて暗記物だけ成績がいいということでなく、中学時代までは数学とかもそれなりの成績を保っていた。でもおしゃべりが苦手なので暗いといわれていじめられた。3年生になってからようやく気の合うメンバーが見つかってそのグループの連中と遊んだりするようになった。

高校はわりと有名な公立進学校に行った。その中に入ると、私の成績なんて大したことはなかった。文系科目はそこそこできたが、理系科目は全然ダメだった。1年生のときから受験意識して塾に行っているようなクラスメートもいたけれど、私は特に大学に行って勉強したいことなんかなかったので、ガツガツと「東大に行きたい」とか「せめて私立なら早慶のどっちかじゃないと」みたいな連中についていけないものを感じた。

クラスメートとはそこそこ上手くやれている感じがしたけど、何となく疎外感もあった。卒業してから私は陰で「変な子」と言われていたことを知った。確かに表面的には優しかったけど、すごく親しくなれてる感じはなかった。皆大人というかうまく表面を取り繕うすべに長けていたようだ。

その後中堅の私立大学に進学。最初専門学校にしようかと思ったけど、親に大反対されたのと、自分のやりたいことをできるサークルのある大学が見つかったので進学することにした。普通私の高校だと私大文系なら早慶ぐらいは受けるものしかったが、入れるかどうか微妙な成績だったうえに、下手に受かると本命校じゃないところに行く羽目になりそうなので、他の人に比べて志望校レベルが全体的に低かった。この安全策のおかげで受験した大学には全部合格した。

大学サークルは楽しかった…と書きたいところだったけど微妙だった。結構うちの学年の人数が多かったので、私は要らない存在だったらしく、人数制限のあるイベントのみならず、普通なら全員出してもらえるはずのイベントでもメンバーから外されることがあった。基本的空気が読めないタイプで、「自分が要らない存在だ」と認めたくなかったので、それでもサークルは止めなかった。同じ学年の連中は優しいというべきか厳しいというべきか分からないけど、容赦なしに世間常識というものを教えてくれる存在だった。高校時代クラスメートと違い、私が変な行動をとれば笑ったし、露骨美人可愛い子に優しく、そうでない女に厳しかった。「どうせ私なんて…」と思ってしまうこともあったけど、「女の子は笑えば可愛いよ」と言ってくれる人もいた。社会人になってからは「こいつ常識ない」とか「こいつ使えない」という判定を下されると黙って私のそばを去っていく人が多かったことを思うと、変に取り繕わずにはっきり言ってくれた学生時代の友人はつくづくありがたかったと今でも思う。

そして半年サークルを休部して、ペーパーテスト重視の職場就職を決めた。私は文学部だったけど、普通法学部出身でないと入れないところにも合格したので、周りにびっくりされた。自分コミュ障で、空気読めないけどペーパーテストには強いんだなとその時も思った。当時は「コミュ障」とか「空気読めない」という言葉世間に流布していなかったので、何となく生きづらさを感じてもそれを表現するすべがなかったけど、変な行動をとって笑われたり、皆が暗黙の了解としていることがさっぱり分からなかったりしたのはまさに「コミュ障」「空気読めない」がゆえの症状だったと思う。

…本題にたどり着くまでに長くなった。人によってはこうやって時系列にだらだらと書かないで、先に結論を書けというかも知れない。就職してからコミュ障空気読めない病ゆえに私の評判は悪かった。先輩や上司が期待していることを察することができず、自分のやりたいように行動したので、宴会の席で当時の課長に「○○(私のこと)さんはいまいちですな。気が利かない」と言われて涙が止まらなくなったこともある。私の同期は優秀だと評判の人が多かったが、中には露骨に私のことをバカにした目で見るのもいた。基本的に口が達者で人脈作りが得意なタイプの人は、私のようなコミュ障かつ空気が読めない人間バカにした。

そんなにコミュ力が高い方が偉くて、空気を読める人が優秀だというのなら、なぜペーパーテストなんかやるんだろう?ある程度頭が良い人を採るためにペーパーテストをやるんじゃないのか?「ペーパーテストができる人」イコール仕事ができる人」でないのは分かるけど、だったら何かしらコミュ力空気を読む力を判定する採用方法を選んで、それで決めればいいじゃないかと思う。

就職からウン十年が過ぎ、当社比では多少世間常識が分かるようになってだいぶ仕事必要コミュニケーションはとれるようになったけど、相変わらず人付き合いや宴会での立ち回りは下手なままである。それでも給料を減らすこともなく、首を切る気配もない我が職場をありがたいと思う。でも、口が達者であちこちに人脈がある方が上手く渡って行けるこの仕事に対する違和感がずっと消えない。自分能力以上の給料をもらっていると思うので簡単に辞められないんだけど、ただ黙々と手を動かしていれば成果があがる仕事があればそういう職場に行きたい。そしてコミュ障でも空気読めなくてもバカにされない世界に行きたい。

anond:20180313111357

ラグビー場合はお互いに暗黙の了解があるからだろ。

柔道だってそうじゃん。お互いに「そういうものだ」と思ってるから

でも、稲田さんの件は違うじゃん。

2018-03-09

anond:20180308223231

逆に「近隣住民とは関わり合いを持たないことが暗黙の了解」だと認識している人もいるよね……。

私の場合、一応挨拶しておくに越した事はないと思いながら、洗剤一箱片手に挨拶回りしたことがあるけど

滅茶苦茶怒鳴られたよ……。

流石に怒らなくてもいいじゃんと思ってムッとしたけど、

まあたしか女性一人暮らしとかなら現実問題として理に適ってるのかなって思ったり。

2018-03-06

ネットで触れちゃいけないことかもしれんが

5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)のこと。

俗にいうヲチスレについて、非常に気持ちが悪いと思っている。なんなんだあれは。

5ちゃんには『ヲチスレ』という、対象人物を決めて、その人物をひたすら観察して笑うスレッドが存在する。あだ名などを付けて、「あの〇〇の××って発言痛い」などとスクショをアップしたりして笑い合うのだ。クソみたいな世界である。こんな世界存在していると知ったときは、それはそれは驚いた。ゴミクズもの集合体のようなスレである。非常に非生産的だと思うが、ヲチスレがないと生きていけないような人もいるのかもしれない。女の陰口みたいなものだと思っている。自分場合自分活動しているオタクジャンルヲチスレしかたことがなく、男女比に差があるのかは知らないが、噂を聞く限りでは他のジャンルにもヲチスレがあるのではないだろうか。

ヲチとは、どうやらWatchからまれ言葉らしい。ヲチスレは主に、その界隈で痛い活動をしている人の話題で盛り上がる。ヲチされる対象人物は『弗(ドル)』と呼ばれる。アイドルからまれ言葉らしい。弗が痛い行動をしていたり、香ばしい発言をしていたりする状態を『踊る』と言うらしい。「もっと踊ってほしい」とか、そういった発言が見受けられる。ヲチスレは「弗を見て笑う」が目的スレなので、弗に直接「お前痛いぞ」とか「むかつくからやめろ」と言ったことを伝えてはいけないというルールがあるらしい。これは『凸(トツ)』と呼ばれる行為で、突撃からまれ言葉なのだろう。「凸してはいけない」というルールである。何故なら凸してしまうと弗を見続けることができなくなってしまうからである。凸してしまうと、弗は「自分が痛い奴だ」「誰かに観察されている」と気づいてしまい、発言自粛したり、最悪アカウントを削除する場合があるからだ。ヲチスレというスレ特性を考えると、そのルールも「なるほどな」って感じなのだが、弗本人からしてみたら全く迷惑な話である文句があるなら直接言えや。と思う自分精神比較健全なのだろう。それができない人間集合体ヲチスレなのだから

暇なとき、ついついこのヲチスレを見てしまう。もはや癖である別に自分だってそんなゴミクズ集合体みたいなスレを見たくはなかった。しか自分ヲチ対象となっていれば話は別である

とあるトラブルきっかけに自分ツイッターアカウントヲチ対象になっていると知り、それからスレを見るようになってしまった。ヲチスレ自体存在はその前から知っていたが、まさか自分が弗になるとは思わなかった。いわゆる凸があり、自分ヲチされていると知ってしまったのだった。凸してくんなや、ルール違反やろ、と思った。知りたくなかったわ。黙っとけよ。

凸された後、即そのヲチスレ発見した。自分ハンドルネーム検索除けのために違う漢字変換をされていたが、スクショが上がっていたのですぐ発見できた。スレをチェックするようになってから自分発言にかなり気を遣うようになった。ちなみにツイッターはやめていない。そしてヲチスレ住人が喜ぶような発言は避けるようになった。たまにわざと話題にされそうな態度をとっているのだが、気持ちとしてはヲチスレ住人をおちょくっている状態である。そして実際に釣れるので笑える。ところでヲチスレヲチとかってあるのだろうか。調べたことはない。と、こうやって書いていて精神衛生上良くないよなと思っているが、もうヲチスレを気にすることをやめられないのだ。結局はヲチスレを見ている自分ゴミクズの仲間だと思う。

タイトルに書いた「触れちゃいけないことかも」というのは、この「ヲチスレについて」である自分ツイッターをやっているし、昔ならfacebookmixiといったようなその時々で流行しているSNSもやってきた。しかし、このヲチスレについて表立って文句を言う人を見たことがない。単純に不思議なのだが、言ってはいけないことなんだろうか。ネット上での禁句みたいなものなのか?ネットに禁句もクソもない気もするのだが。自分は、ヲチスレ存在活動状況、ヲチという言葉意味なども、全て知人から教えてもらった。自分ヲチ対象になる少し前、たまたま話題になった。長年生きてきたが、ヲチスレというものを教えてもらうまで分からなかった。SNSなどで話題になっているのを見たことがないからだ。

ヲチスレを見るようになり、「自分が知らなかっただけで、世間ネット利用者ヲチスレのことをみんな知っていて、その上で発言などに気をつかっているのだろうか」と思うようになった。みんな知ってんの?なんで今まで教えてくれなかったん?ていうかなんで話題に出ないん?それかみんなも自分と同じように知らないのか?謎は深まるばかりである

ヲチ対象となった今、誰が自分ヲチしてるか分からないというのが非常に気持ちが悪い。相互フォロワーだったとしたら?と思うとゾッとする。発見のしようがない。余談だが、裏切り者のことを『ユダ』と呼び、鍵付きアカウントなどに潜り込んでヲチする人のことを『スネーク』と呼ぶらしい。命名センスあるよな。この人がスネークだろうか、こいつがユダか?などと変に勘ぐってしまうのがすごく嫌である

ヲチスレなんか見ないで楽しくSNSやればいいじゃん、と思う人もいるだろう。自分もそう思っていた。だがいざ自分ヲチ対象となってみると、気にしないなんて無理だった。顔も分からない人から浴びせられる暴言なんて、大したダメージにならないと思っていたが、スレに書き込まれているのを見ると「みんなそう思ってるんじゃないか」と感じてしまうのだ。匿名って怖いっすね。もしかしたらたった一人の人間が、複数人間に成りすまして自分文句を書き込んでいるのかもしれないのに、すごく大勢から責められている気がしてくる。今日自分話題になってんじゃねーかと思うと見ずにはいられない。

ヲチ対象になったのは自業自得だと思っている。結局は自分発言や態度が理由だ。が、だからと言ってヲチされて平気な訳ではない。あることないこと言われたり、単純に悪口やんけって内容を書き込まれるのはかなり頭にくる。好き勝手言いやがってと思う。面と向かって言ってくれれば反論のしようがあるが、ヲチとは基本ヲチ対象にバレないところでぬるぬる見守るものであるので、面と向かって言ってくる訳がないのだ。クソである

またも余談だが、ヲチスレでは個人的怨恨書き込みを『私怨(しえん)』と呼ぶ。これ今変換したら出てきたので一般的言葉なんすかね。5ちゃん用語だと思ってた。

ヲチスレは基本、私怨によるヲチはナシらしい。例えば、大して痛い発言をしたわけでもない人に対して「この人は私に冷たくしたかヲチ対象にしてやろうぜ」などと書き込んだとしても、「それはお前の私怨だろ」「ヲチするにはぬるい」などとなるのだ。が、ヲチスレなんてほぼ私怨だ。自分が嫌だと思ったか晒す複数同意を得られたらヲチ決定、となるのだから私怨を募らせている人間が集まれば結局ヲチされるのだ。

色んなルールを書いてきたが、あの不思議空気感はなんなんだろうと日頃から思っている。あそこで生息している人々の謎のルールは一体なんなんだろう。私怨NGもクソもねーだろ。みんな私怨だっつーの。誰が判断してんだろ。しかし何事もルールというかマナーというのは暗黙の了解としてどこにでもあるわけなので、5ちゃんに限った話ではないのかもしれないが。

帰ってこないTwitter匿名

5,6年くらい前のTwitter匿名性が大好きだった。適当に描いたイラストアイコンにして、適当名前をつけて、思ったままを文字に起こして目に付いたツイート空中リプライをする。返信がなくてもそのまま考えたことを垂れ流していく。FFから失礼されることもなかったし、というかリプするならその前にフォローするよね、みたいな暗黙の了解があった。通り魔みたいなものも、少なくとも私の観測範囲内にはいなかった。

今はどこもかしこリアルが紐付けられていて、現実のその人が垣間見えるのが苦痛だ。生々しい人間を見たくない。どこの誰とか年齢とか性別とか所属とか知りたくない。何が好きで何が嫌いで何をどう考えて生きているのかが知りたかっただけだ。

2018-03-01

派遣契約を切られた二十歳の呪詛

昨日派遣契約を切られた。いや、正確には3月いっぱいで切られることになった。

言われた時はショックで混乱してて、千と千尋ばりに「ここで働かせて下さい!」なんて涙目で縋り付いたもんだけど、じわじわ正気に戻って怒りがこみ上げて来たので、自分スッキリするためにもここに記す。

【クソ職場のここがクソ!】

残業代がつかない(これが一番本当にマジもんのクソ)

・定時で帰ると異様な目で見られる(仕事残す方が無能証拠なんですよ?残業=頑張ってる証とかいつの時代だよ)

トップツーが全く仕事しない(勤務中に鼻歌、昼寝、挙句ゴルフ練習とかなめてんの?)

年功序列暗黙の了解なんて文化がまだ生きてる(もう平成も終わりますよー)

仕事における「察しろ」が多すぎる(エスパーじゃないんで、普通に言われないことは分からないです私)

・昼休みに休めない(来客対応させられて1時間消えるとかザラ。辞める時に時給換算で請求できないのかな?)

雑用を全部1人に押し付ける(だから私のポジション誰も長く勤務しなかったんだろうな)

・私の企画アイデアだけ持ち去る(絶対ろくな引き継ぎなんかしてやんないからな!)

・私の企画仕事なんて小さい。大したことないと嘲笑う(じゃあこれから貴方達がぜーんぶ回してくださいね❤︎)

今パッと思いつくだけでこれくらいかな?まあ実際は私にも至らない面はあったんだろうけど、そんなのは棚の上に投げ捨てました。殊勝に反省して落ち込んでる暇ないんで。

「お前なんていなくても回る」なんてお高くとまって私の首を切ったその顔が、疲労で歪んで禿げ散らかすのを、今から切に願います

したことないと切り捨てた雑務の1つ1つに押し潰され、行く行くはこの職場自体無くなればいい。

はーあ。それにしても、私より仕事できない上司に「あんたは努力がたりないよ(笑)」とか言われたのマジで万死o f万死って感じ!!!!!!!!億万回タヒね!!!!!!!!!!!!!!!!!

改めて書き記すと本当に未練も愛着も一切無くなったし、引き継ぎとか無視してさっさと辞めたいな。次に出勤するのが気まずいし嫌すぎてもう!

でも頑張るよ。お金貰えるだけ貰わなきゃね。就活も頑張る。でも出来れば少し休憩したいな。

これ読んでくれる人もそうそう居ないと思うけど、もし優しい誰かに一言貰えたら喜びのサンバ踊ります。イェイ。

2018-02-26

幸せいばる

小学から高校は酷い目にあった。

小学イジメが当たり前で自分を含めて多くの人がいじめられていた。

殴る・蹴る、暴言で脅す、物を捨てる

物を盗む

生徒の親もいわゆるモンペが多く教師のやる事が気に食わなかったら辞職するまでクレームを付けた。

中学からは親の転勤で別の県に移った。

そこの学校では不登校10人くらいいた。ここでも虐めは当たり前だったらしく俺も虐められた。

さすがに中学で俺みたいな感情に乏しく暗黙の了解が分からない人はイジメられるのは良くわかったが、

まともな人でも大人しかったり真面目だったらネチネチと人格否定されていた。

ここでは小学に比べて暴力はない分人の失敗をしつこく責めるのが流行りだった。

どちらにしろイジメは堂々と行われていた。

誰も止めてくれなかった。

イジメテレビ芸人いじりと同じような扱いを受けていた。

大津イジメ教師が言った「やりすぎんだよ」と同じだ。

高校国立大を目指すガリ勉コースを選んだのに俺の虐められていた時代を知る奴がクラスにいたせいで過去を広められ居場所はあっという間に無くなった。

しか中学とあまり大差はなかった。

ここでも人の失敗をネチネチとからかい続ける人が多かった。

まとめると俺の環境はロクでもなかった。

そして俺も変わり者だったせいでなおさら辛い目に合った。

今の日本平和でいいという人もいるけど俺は今まで平和ほとんど味わってない。

辛い事ばかりだった。

普通の人が羨ましい。

あっさりと周囲に溶け込めて、生活を楽しめて羨ましい。

環境に恵まれただけなのに偉そうに人をけなすのは許せない。

たまたまいい親がいて、たまたま気のおける友人がいたかリラックスできて前に進めただけなのに。

お前らの持ってる良心なんかこんな目にあったらあっという間に吹っ飛ぶんだよ。

どんなに恵まれていても威張らないでほしい。

どうせどんな財産もあっけなく価値がなくなる時があるからいつ弱者に落ちるか分からいからな。

2018-02-19

anond:20180219193423

誰でも多かれ少なかれ、弱者ば踏んづけながら生きとるち

でもそんなんは暗黙の了解じゃ

2018-02-16

キモい腐女子存在しない。

なぜならキモい女性人間として承認せず人権も与えないという世間暗黙の了解存在しているからだ。

男性社会のみがそうならばまだ改善余地があるが、女性社会ですらそのような認識なのでこれは永遠に覆らないと思われる。

そのためモテ女性らしさを捨てても最低限の身だしなみを整えないといけないのだ。

身だしなみを考えないキモい男はキモヲタというレッテルを貼られるが、最低限の人権保証される。これはどういうことか。

2018-02-13

e-sportsゲームバラエティイマイチ盛り上がらない理由

アナウンサータレントなど選手以外の人が選手を(意識的しろ無意識しろ)見下しているからではないか

選手登場時の「あっ・・・」みたいな蔑んだ目線が見てて辛い。

勇者ああああの素人イジりとか見てらんない。

選手選手だ。見た目磨け。喋り覚えろ。モテろ。声を張れ。ていうかもう皆スーツしろ

ゲーマー非モテダサい」みたいな暗黙の了解をぶち破るスターよ早く出てこい、、、

でも可愛いアイドルゲーマー見つける方が早そう

2018-02-07

パッケージ化された契約としての結婚

増田さんの意見に概ね同意するけど、それでも結婚はしたいと思う。

理由は、たぶん相手から証明が欲しいから。

https://anond.hatelabo.jp/20180206144645

私は、お互いに相手大事にして、精神的にかつ経済的に支えるのがパートナー同士のあり方だと思う。

(人によっては、パートナー同士の関係子どもが加わることもあるかもしれない。自分たちと血の繋がりがあるかどうかは別として。)

もし相手パートナー関係について自分と全く同じ考えを抱いていると確信できるなら、結婚という自分たち関係の外部にある制度には頼ろうと思わない。

でも、相手の考えていることなんてどれだけ親密な関係を築こうが分かるはずもない。

確信するための手段として機能するのが、交渉であり契約だと思う。

しかし、「自分を支えてくれるよね?」と口に出して相手質問するのは、何というかダサいし、もし断られるときのことを考えると不安だ。

パートナーから当然だよねという暗黙の了解の方がスマートだ。

そのスマートさを担保してくれるのがパッケージ化された交渉結果としての契約である結婚だと思う。

結婚してるんだから◯◯は当然だよねというのは、交渉の手間を減らしてくれる。

無駄取引費用の発生を防いでくれるとも言い直せるかも。

もちろん、結婚してるんだから当然という考え方が害になることは知っている。

交渉の手間は減るというだけでなくなるわけではない。

必要に応じて契約の内容を詰め直すことは不可欠だし、それができないなら関係を解消すればいい。

でも、いちいち交渉を行うのはとても面倒な作業だ。

そんなことしてるならパートナーといちゃついていたい。

からパッケージとしての結婚必要になる。

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