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2018-07-18

[] 東條英機麻原彰晃の相違点

 

遺骨と墓

絞首刑後、東條らの遺体は遺族に返還されることなく、いったん川崎市米軍基地に車を入れた後、午前7時半、横浜市西区久保町久保山火葬場に到着し、火葬された遺骨は粉砕され遺灰と共に航空機によって太平洋に投棄された。

小磯國昭弁護士を務めた三文字正平と久保山火葬場の近隣にある興禅寺住職市川伊雄は遺骨の奪還を計画した。

同年12月26日の深夜、三文字らは火葬職員の手引きで忍び込み、残灰置場に捨てられた7人分の遺灰と遺骨の小さな欠片を回収した。

回収された遺骨は全部で骨壷一つ分程で、熱海市伊豆山興亜観音に運ばれ隠された。

1958年昭和33年)には墳墓の新造計画が持ち上がり、1960年昭和35年8月には愛知県幡豆郡幡豆町(現西尾市)の三ヶ根山の山頂に改葬された。

同地には現在殉国七士廟が造営され遺骨が祀られている。

 

合祀

東條英機は自らが陸軍大臣だった時代陸軍に対して靖国神社合祀のための上申を、戦死者または戦傷死者など戦役勤務に直接起因して死亡したものに限るという通達を出していたが、彼自身のかつての通達とは関係なく刑死するなどした東京裁判戦犯14名の合祀は、1966年昭和41年)、旧厚生省(現厚生労働省)が「祭神名票」を靖国神社側に送り、1970年昭和45年)の靖国神社崇敬者総代会で決定され、靖国神社1978年昭和53年)にこれらを合祀した。

 

2018-07-06

anond:20180706203923

親が宗教を信じていてつらい。

お寺の行事のたびに何千円とかだすし。

葬式とか百万くらいだしてたし。

坊さんの説教が一時間とか二時間とか長いし。

親も「住職も年をとって同じ話ばっかりだね」とか言いながら永代経とかきっちり参加するし。

親戚のつきあいで、親の葬式はださないといけないだろうし。

嫁の実家は、お寺と関係が悪くなって檀家をやめたけど、神道の方にいっちゃうし。

宗教なんて捨てろよって思うわ。

地方じゃないけど消防団そもそも勧誘おかし

消防団員です。

普通にサラリーマンしてたんだけど、退職して実家家業を継ぐ段階で目を付けられた。

そもそもうちが檀家やってる寺の住職(若院主)さんが消防団員

いろいろ情報聞きつけて、地元自営業してるなら……って目をつけられた。


勧誘の日取りをセッティングされて、焼肉を奢られる。

その時には消防団の分団長地域ごとの組織で一番偉い人)はもちろん来る。

んで、うちもまあまあな土着なので、分団長とは軽い親戚。

月に一回会議に出るだけ。

5年? つとめたら何十万もの退職金が出る。

飲み会多い、コンパニオンも呼ぶ。

海外にも旅行いく。

とにかく月に1回ぐらいしか……

ってことで了承したんだけど。


月一どころか、毎週のように会議的なのあるし、飲み会もノリが違うくて楽しめないし、じゃあ旅行売春ツアーらしい)も息が詰まるから行く気ないし(欠席者には2万円ほどの商品券かお米が支給される)

ほんで、例の大会が行われる。

運よく初年度は選手には選ばれなかったんだけど、地域消防署の訓練地を借りて、一月ぐらい、毎日(は言い過ぎだけど週に4~5日)呼び出される。

夜だったり、早朝だったり。

我々(選手以外)が行うのは使ったホース丸めたり、タイム計ったりという雑用で、そんなにつらくはないんだけど。

いろいろ理由つけて断わってたけど、来るのがデフォみたいな雰囲気

構成員そもそも土地なり物件なり持っててお金持ち。

自営業造園とかが多い)っていう時点で、実社会とは隔離している。


さらには、団員がいろいろ便宜を図ってるJA農協)の職員とかも、無理やり参加させてるし。

あたしは運よくってか、ほんとにプライベートしかったので、2年で退団できましたが、

しがらみがあって、入って抜けられない、かつモチベない人からしたら地獄組織


ついでにいうと、うちのところは、団員に支払われれるべき給料的な手当てを、団が取りまとめて、宴会費やら旅行費に充ててたかブラックなんよね。

2年在籍して1円ももらえなかった。

数回飲み会にただで参加した(50人ぐらいに対してコンパニオン女性が10人くらいいいる)、会議の時に缶コーヒー飲み放題入団のお誘いの時に焼肉奢ってもらた

ぐらいのメリットしかなくて、わりにあってない。

2018-07-02

anond:20180702131324

死ぬ前には信頼できる預け先を見付けたいものだな

本当にテキトーなとこに頼んだらだめ

例えそれが寺であっても

うちなんか寺に預けた五百羅漢絵図をクソ住職共のバカ管理ボロボロにされたからな

2018-06-06

知り合いに寺の息子いるけど、真面目に坊主やってたの大学出た後の修行時代の2年くらいだけで

その後はずっとほぼニートみたいな生活してるわ

普段ソシャゲばっかやってて、家が金持ってるから課金しまくり

そんでたまに親父(住職)の手伝いや、坊さん仲間の助っ人法事とか葬式のサポしてるだけ

2018-04-22

anond:20180417125540

暴走族集会に注意して殴られた住職がいたとしてだ

その住職が死んだのは当人が悪い扱いになるのか?

卑猥言動条例違反違法じゃないの?

なんで法律を守るほうが反するほうに遠慮しないといけないの?

2018-04-19

anond:20180419174530

お寺の永代経でちょくちょく住職の話をきくけど、持ちネタシャバの話があって何回も聞かされてる。

2018-04-13

anond:20180413143124

住職は良いもの食ってるから100歳まで生きるだろう

人生100年時代

このまえお寺の永代経で、住職人生100年時代でウンヌンみたいな話をはじめた。

住職は80近いけど100まで生きるつもりなのかね。

政府の言ってる人生100年時代って今の子供や若者が老人になったとき平均寿命が100になるって話だよな。

2018-03-24

anond:20180324230120

Youtube欲望快楽思想むき出しで教育に悪い

若いうちからこんなサービスを利用していては神父様にも住職様にもなれない

2018-03-19

不思議地名の人々の恐ろしさ

「斗に入らず(不)」という意味地名ですが、全国あるようです。私の住んでいる地区もそんな名前のところです。そこの山の寺で騒動が続いています

檀家と言われる人の中の一部の者が自分たちが行った悪事(水泥棒)を隠し、罪を逃れたらしい。そんな頃、山の寺が焼失した。今度は悪事を働いた者たちが

焼けたお寺の掛っていた火災保険保険金をかすめ取ろうと、その寺の総代と結託して住職を追い出しにかかった。現在進行中

2018-03-01

会社サボって京都に行った時の話

 

「どうして人って自分理解できないことに対して寛容になれないんだろうね」

会社をサボろうと思ったわけじゃなかった。今日だけは一人になりたいと思った。自分の割り振られている仕事はこっそりやっておくつもりだった。なんだけど、昼すぎには東京駅から広島行きの新幹線に乗っていた。大学生ときはこんな簡単に乗れなかったのに。少しだけ大人になった気がした。

なんで京都だったのだろう。多分、その意味無意識自分にはわかっていて、意識自分にはわかっていない。思えばいつもそうだ。いつも無意識自分は答えを出している。懐疑的な僕だけが無意識に出した答えを理解できずに苦しんでいる。無意識の僕は僕よりも僕のことを理解している。なんでなんだろう。僕はいつも僕に負けている。

京都についたらとりあえず清水寺に行こうとだけ決めていた。京都駅から歩くと30分以上かかってしまうけど、歩いていきたかった。ただ歩きたい時もある。その時はそういう気分だったのだ。

 

 

清水寺植民地なっちゃったよw」

タカは、「清水寺日本人全然いない」と驚いた様子の僕に向かってそう言った。京都についた時、一応連絡しておいたほうが良いだろうと思って連絡を入れたところ、

タカから「急にどうした?」と返信が来たので、「確かに急だったわ。なんか一人になりたくて」と言った。するとタカは何かを察したように

「19時から会おうよ。なんか食べたいものある?」と聞いてきた。僕が「お好み焼きもんじゃ」と注文したら、「もんじゃ東京食べ物からw」と笑われてしまった。

もんじゃ東京食べ物なのか。もんじゃとかお好み焼きとかはなんとなく関西発の食べ物イメージがある。本場のお好み焼きはやっぱり広島なのかな。よくわからないけど、関西に来たら食べるべきものってその辺なんだろうなって思っていたのに。

 

 

 

「よくわからんのだけど、多分おれ社会人向いてないわ」

タカは呆れた顔で「今更?」とだけ答えた。

「そんなことはわかっているんだけど、なんかほら、そういうことじゃなくてさ。向いていないことなんて百も承知だったよ。だけど自分はそれが自分課題だと思っていたから。克服すべきものだと思ってた。昔から社会性のなさで怒られてばっかりだったし、大学入ってからもそれは変わらず指摘を受けるばかりだったから」

「りゅーちゃんにそれは無理だと思ってたよw」

僕もそう思っていた。だけどそれでもきっと何かを変えるためには、多種多様な方々と協働することが求められるのだと。そう考えた時、社会性のなさは致命的だと思った。

・・・まぁ確かに、いまこうしてここにいる時点で克服できるとは言い難いね。笑 タカはどうなの?こうして今自分事業やってるわけだけど。俺と似たような課題感じていたわけでしょ?」

「もちろん全くできないよね。絶対無理!ってわかってたか半年で辞めるつもりだったしね〜。

 ただ私の場合成功体験があったからさ。大学時代に。それでイケる実感があったよね。まあ、最低限のお金さえ回っていれば潰れることはないしね。」

僕は店員さんが焼いてくれたお好み焼きに青のりをかけてからヘラで4等分にした。

絶対無理かあ。それ、いいね。俺も決め切れたら少しは楽だったのかもしれん。だけどやっぱ、難しいわ。」

タカは4等分にされたお好み焼きひとつ取って、息を吐いた。

「なにがあったの?」

 

 

 

お店を出てから、「これからどうするつもりなの?」と聞かれたので

漫画喫茶に泊まるつもりだよ。あ、それか温泉の付いているホテルとか、今から入れないかな?」と言った。

明日みんなで温泉いくよ。学生の子達連れて合宿すんのよ。宿泊費とか食事代とかはうちで持つからメンターやってくれない?明日には帰るつもりなんだっけ、帰るの明後日なっちゃうけど。」

温泉・・・宿泊費タダ・・・

すごい魅力的だった。でも急に押しかけてそこまでしてもらうのは申し訳ないと思ったので、

「いやさすがにおれなんかがメンターとか、大丈夫か?これ・・・なんかみんなきまずくしちゃいそう。。」気を遣ってみたのだが、

「なにさっきからうるさいわ!こういうのは流れで行くもんだろ!そういう旅なんじゃないの?今回は!」と怒られてしまった。

こんだけ勢いのある感じなら、確かにスパパーンと会社を辞めて事業を興すくらい容易いんだろうなと僕は思った。今日タカの家に居候させてもらうとして、合宿に参加させてもらうことにした。

 

 

自分のやりたいことを実現するためだったら、政治的な動きだっていやだと思うことないって言ってる人がいてね。その人の気持ちがよくわかる。今京都行政トップの人たちとお話する機会あるけど、そういう人たちの理解をいただくのとかって、自分事業のためだったら苦じゃないよ」

いつから僕は人から好かれることが苦手だと思うようになったのだろう。いつのまにか、目上の人はみんな自分のことをいけ好かないやつだと思っていて、余計なことを口走るくらいなら、会話せず穏便に済ますほうがいいと思うようになった。みんなから気に入られて、それでコトがうまく進むのなら、どんなに生きやすいだろうか。

自分は人からどう見られているかに対して無頓着なままだった。ものすごくくだらないことだと思っていたし、気にしても仕方がないに決まっていると思っていた。みんなが意識せずに行っていることを全くしてこなかったからか、まわりからどう思われているのかを意識することがまるでできないらしい。それに今だって、心底どうでもいいと思っている。自分価値を人に決めさせてしまって良いのだろうか。それは僕に対して最も無礼な態度に思う。

 

でも多分、こんな僕だけど目上の方々は僕が苦手だと思っているほどには僕のことを苦手としていないのだろう。きっと僕が歩み寄り方を知らないだけで。

 

 

 

嵐山から望む京都景色はとても奥ゆかしくて、いつまでも眺めていられた。奥嵐山にはちょっとした小屋があって、ベランダみたいなところから景観を味わうことができる。ボケーっとした顔で座布団の敷かれたベンチに座っていると、住職おっさんが僕の隣に座り、京都のことや奥嵐山のことについていろいろ教えてくれた。四条にある木造カフェブレンドウィスキーを入れて飲むとか、でもおっさんウィスキー水割りにしてそのまま飲むとか。ブラタモリで紹介されたとか、夏目漱石がここで昼寝して帰ったとか。14時になった時、僕の隣で法螺貝を吹いてくれた。宗派によって吹き方が違うらしいのだけど、どこがどう違うのかまではわかりそうになかった。

比叡山に行きたいの?今が一番のチャンスだね。本場の比叡山体験できますよ。」住職おっさんは言った。

「本場ですか?本場というと・・・

修行僧が登った比叡山だよ。2月寒いし、ロープウェイが動いていないからね。バスも出てるけど、歩いて登るんだ。修行になるよ。」

「それは過酷ですね・・・いまから行くと登り切れなさそう。」僕は残念に思った。

これは無意識の僕と意識の僕が対話をするための旅なのだからもっと旅らしいことをしていいのかなって思った。さすがに歩いて登るわけにもいかいから、ひとまず夜行バスの予約をして、そこから京都駅レンタカーを借りて比叡山を登ることにした。

 

 

「これからどうするつもりなの?」僕は言った。

比叡山の頂上から見える夕暮れの景色の美しさに言葉が出なかった。奈良まで続く京を一望できた。この景色がまさに権力象徴しているように感じた。僕はこの平地に思いを馳せた当時の人々のことを思った。ある人は太平を願い、ある人は戦乱を望んだ。比叡山を焼き討ちするくらいの器量は僕にはないだろうな。僕は彼の方がバグっていることに少しだけホッとした。「それよりはいくらか、だいぶマシだよな。」

京の反対側の景色も好んだ。どこまでも山脈の続くような予感が僕の想像世界を掻き立てた。さらにすぐそこに琵琶湖があって。つくづく京都はいいところだなって思った。この景色をいつでも見られるなんて。

これから東京に帰る。そう思った時、 タカの家のドアを開けた6階から景色を見て、「うわ、すごいねこれ、タカにとっては見慣れた景色かもしれないけど、俺にとってはすごい貴重なものだよ」と言ったことを思い出した。

タカは「知ってるよ」と満足げに笑った。


 

 

タカの部屋には今だに世界史教科書政治経済用語集が置いてあって、僕たちはそれを手にとって、

「うわあ、いまやったらすげえ理解できるのに。。東インド会社とかって、もう、そりゃそうするよね・・・

政治経済もやってたの?あれ、二次試験って、文系2科目? うわ、すごい、ケインズ説明。みてこれ。この一文にケインズ政策とその課題点書いちゃってるよ。」

と盛り上がっていた。

知らないものに対して関心を持つことは難しい。僕は勉強が苦手で、覚えなければならないことを覚えることができなかった。そんなことよりも日本史whyを解き明かして行くのが好きだったのだ。

「なぜこの絶望的な状況下で戦争に踏み切ったのか。教科書では陸軍の勢いって書いてあるけど、それだけで本当に説明つくのかな?」

いまだからわかることが受験時の記憶から解き明かされるのが面白いアームストロング砲を答えとして書かせる大学があって、当時は「なんだこの重箱クソ問題」と思っていたが、その答えを書かせることで戊辰戦争真意を解き明かすきっかけになっていることに後から気づくことがあるといったように。

無駄ものっていうのは実はそんなにないのかもしれない。

それを解釈活用する力がないだけで。

 

 

 

国際会館駅からバスで30分ほどの旅館から帰ってきた時、

改札前で「これからどうするつもりなの?」とタカは言った。

「ん〜どうしようかな。帰りのバスまでフラフラしたいな」

「いや、そっちじゃなくて。辞めちゃいなよ。リクルート

彼女は僕よりも僕が今一番欲しい言葉を知っている。

 

 

2017-12-19

anond:20171218232002

檀家から求められる愛され住職にならなきゃなのですよ。

2017-11-02

年賀状増田発売だってっ題跋は出す魔うょ慈顔ね(回文

年賀状とかがもう発売だってさ、

なんか年の瀬を感じる年末進行に突入兆しよね。

年賀状発売の前に大事ものあるんじゃない?

そう、

来年干支っていつ決まるの?

それが決まらないことには年賀状イラスト描けないじゃない!

わかる?

いや、私は分からないわ!

だって

干支そもそものいわれとして、

競争してたどり着いた順番の並びが干支の並びってことになってるじゃない?

最近無秩序

いったい来年干支はいつ決まるのかしら?

今年の漢字委員会清水寺住職も、

そわそわしている季節よ!

でさ、

干支の順番を決める競争で、

ハーレーダビッドソンに乗ったおっさんが1位になってたら、

ハーレーダビッドソン年!ってことになるんじゃない?

それはそれでなんか

自転車サドルじゃなく荷台に座って乗って

ハーレーダビッドソンならぬジテンシャダビットソン!

みたいな!!!

そんなこと小学生の頃やったわよね!

やったわよね!!!

ふーるいあーるばーむーめくぅ~りー

って涙そうそうよ。

想い出に浸っている場合じゃないわ、

年末年始のうちにまず始めたいのは、

読まなくなった漫画処分

掃除してるときに読んじゃうのよ!

捗らないわっ!

小まめに毎日できるところは掃除していきたいものね!

今年の汚れは今年のうちにっ!!!

うふふ!!!


今日朝ご飯

玉子トーストチーズハムパン

そういえば、

圧倒的に朝パンが多いわね。

玉子やチーズパンとの組み合わせは

エッギーでチージーよね!

デトックスウォーター

もう、だんだん寒くなってきたので、

柑橘系コールドウォーラー年寄りの冷や水だわ。

かいものを求めてしまう。

そんな今日はホッツレモンウォーラー

ポッカレモンは案外香りが弱いので、

国産レモンがあればベスト

皮の香りが良いわ~。

でも出回ってないから、

冷凍国産レモンストックを使うわ。

これ何かとあったら便利よ!

ハイボール作るとき

そっと添えると、

レモン香りがいいわよ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2017-05-19

円仁(えんにん、延暦13年(794年) - 貞観6年1月14日(864年2月24日))は、第3代天台座主。慈覚大師(じかくだいし)ともいう。 入唐八家(最澄空海・常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人。下野国の生まれ出自壬生氏。

目次 [非表示]

1 円仁人物

2 遣唐使の渡海の困難

3 天台山を目指すが…

4 在唐新羅社会の助け

5 五台山巡礼

6 長安への求法

7 帰国の旅の苦難

8 関連文献

9 脚注

10 関連項目

11 外部リンク

円仁人物像[編集]

794年延暦13年)下野国都賀壬生町現在壬生寺)に豪族壬生氏(壬生君:毛野氏一族)の壬生首麻呂の子として生まれる。兄の秋主から儒学を勧められるが早くから仏教に心を寄せ、9歳で大慈寺に入って修行を始める。大慈寺の師・広智は鑑真の直弟子道忠の弟子であるが、道忠は早くから最澄理解者であって、多くの弟子最澄師事させている。

※生誕地については

美加保ノ関(藤岡町三鴨の都賀字館)

手洗窪(岩舟町下津原

壬生寺壬生町

などの説があり、順徳天皇撰による「八雲御抄」では、みかほの関、みかほノ山での誕生が記されている。

また、美加保乃関は万葉集歌人によって和歌も詠まれており

下つ毛野 みかもノ山の越奈良の須 目ぐはし頃は 多が家かもたむ

あずま路の 人に問はばや みかもなる 関にもかくや 花は匂うと

石ふまぬ 安蘇の川原に 行き暮れて みかほの関に 今日やとまら

下野や 安蘇の川原に 行きくれば みかもの崎に 宿をかりなん

この他、近くにある円仁ゆかりの安蘇の川原は、みかほの関を沼越しに眺める名所として多くの和歌が詠まれている。

安蘇山の麓に生まれたという説では、慈覚大師円仁の出生については「桓武天皇延暦13年、廣智菩薩大慈寺住職とき南方に紫雲がたなびき、尋ねていくと安蘇山麓現在の三毳山のふもと岩舟町下津原手洗窪)…下津原の手洗窪は「慈覚大師誕生の地」として栃木市史跡指定されている。

15歳のとき、唐より最澄帰国して比叡山延暦寺を開いたと聞くとすぐに比叡山に向かい最澄師事する。奈良仏教の反撃と真言密教興隆という二重の障壁の中で天台宗確立に立ち向かう師最澄に忠実に仕え、学問修行に専念して師から深く愛される。最澄が止観(法華経注釈書)を学ばせた弟子10人のうち、師の代講を任せられるようになったのは円仁ひとりであった。

814年(弘仁5年)、言試(国家試験)に合格、翌年得度出家)する(21歳)。816年(弘仁7年)、三戒壇の一つ東大寺で具足戒(小乗250戒)を受ける(23歳)。この年、師最澄東国巡遊に従って故郷下野を訪れる。最澄のこの旅行は、新しく立てた天台宗の法華一乗の教えを全国に広める為、全国に6箇所を選んでそこに宝塔を建て、一千部八千巻の法華経を置いて地方教化・国利安福の中心地としようとするものであった。817年(弘仁8年)3月6日大乗戒を教授師として諸弟子に授けるとともに自らも大乗戒を受ける。

性は円満にして温雅、眉の太い人であったと言われる。浄土宗開祖法然は、私淑する円仁の衣をまといながら亡くなったという。

遣唐使の渡海の困難[編集]

836年(承和2年)、1回目の渡航失敗、翌837年(承和3年)、2回目の渡航を試みたが失敗した。838年(承和5年)6月13日博多津を出港。『入唐求法巡礼行記』をこの日から記し始める。志賀島から揚州東梁豊村まで8日間で無事渡海する(しかし「四つの船」のうち1艘は遭難している)。円仁の乗った船は助かったものの、船のコントロールが利かず渚に乗り上げてしまい、円仁はずぶ濡れ、船は全壊するという形での上陸だった(『行記』838年(開成4年)7月2日条)。

上陸である唐の開成4年7月2日日本の承和5年7月2日と日付が一致していた。唐と日本で同じ暦を使っているのだから当然ではあるが、異国でも日付が全く同じであることに改めて感動している(『行記』838年(開成4年)7月2日条)。

天台山を目指すが…[編集]

最後遣唐使として唐に留学するが、もともと請益僧(入唐僧(唐への留学僧)のうち、短期のもの)であったため目指す天台山へは旅行許可下りず(短期の入唐僧のため日程的に無理と判断されたか)、空しく帰国せねばならない事態に陥った。唐への留住を唐皇帝に何度も願い出るが認められない。そこで円仁遣唐使一行と離れて危険を冒して不法在唐を決意する(外国人僧の滞在には唐皇帝勅許必要)。天台山にいた最澄の姿を童子(子供)の時に見ていたという若い天台僧敬文が、天台山からはるばる円仁を訪ねてきた。日本から高僧が揚州に来ているという情報を得て、懐かしく思って訪れて来たのだという。唐滞在中の円仁の世話を何かと見てくれるようになる。海州東海県で遣唐大使一行から離れ、一夜を過ごすも村人たちに不審な僧だと警戒され(中国語通じず、「自分新羅僧だ」と主張しているが新羅言葉でもないようだ、怪しい僧だ)、役所に突き出されてしまう。再び遣唐大使一行のところに連れ戻されてしまった(『行記』839年(開成4年)4月10日条)。

在唐新羅社会の助け[編集]

当時、中国山東半島沿岸一帯は張宝高をはじめとする多くの新羅人海商が活躍していたが、山東半島新羅人の港町・赤山浦の在唐新羅社会の助けを借りて唐残留成功不法在留者でありながら通行許可証を得る等)する。遣唐使一行から離れ、寄寓していた張宝設立の赤山法華院で聖林という新羅から天台山の代わりに五台山を紹介され、天台山はあきらめたが五台山という新たな目標を見出す。春を待って五台山までの約1270キロメートルを歩く(『行記』840年(開成5年)2月19日4月28日の58日間)。

五台山巡礼[編集]

840年、五台山巡礼する。標高3000mを超す最高峰の北台にも登山する(47歳)。五台山では、長老の志遠から「遠い国からよく来てくれた」と温かく迎えられる(『行記』840年(開成5年)4月28日条)。五台山を訪れた2人目の日本人だという(1人目は、最澄とともに入唐し、帰国せず五台山客死した霊仙三蔵)。法華経密教整合性に関する未解決問題など「未決三十条」の解答を得、日本にまだ伝来していなかった五台山所蔵の仏典37巻を書写する。また、南台の霧深い山中で「聖燈」(ブロッケン現象か。『行記』840年5月22日条、6月21日条、7月2日条)などの奇瑞を多数目撃し、文殊菩薩の示現に違いないと信仰を新たにする。

長安への求法[編集]

当時世界最大の都市にして最先端文化の発信地でもあった長安へ行くことを決意し、五台山から1100キロメートルを徒歩旅行する(53日間)。その際、大興善寺の元政和尚から灌頂を受け、金剛界大法を授き、青竜寺の義真からも灌頂を受け、胎蔵界・盧遮那経大法と蘇悉地大法を授く。また、金剛界曼荼羅長安絵師・王恵に代価6千文で描かせる。

台密にまだなかった念願の金剛界曼荼羅を得たこの晩、今は亡き最澄が夢に現れた。曼荼羅を手に取りながら涙ながらに大変喜んでくれた。円仁は師の最澄を拝しようとしたが、最澄はそれを制して逆に弟子円仁を深く拝したという(『行記』840年10月29日条)。描かせていた曼荼羅が完成する(『行記』840年(開成5年)12月22日条)。

しばらくして、唐朝帰国を百余度も願い出るが拒否される(会昌元年8月7日最初)が、その間入唐以来5年間余りを共に過して来た愛弟子・惟暁を失う(『行記』843年(会昌3年)7月25日条。享年32)。また、サンスクリット語を学び、仏典を多数書写した。長安を去る時には423部・合計559巻を持っていた(『入唐新求聖教目録』)。そして、842年(会昌2年)10月、会昌の廃仏に遭い、外国人僧の国外追放という予期せぬ形で、帰国が叶った(会昌5年2月)。

帰国の旅の苦難[編集]

当時の長安の情勢は、唐の衰退も相まって騒然としていた。治安悪化不審火も相次いでいた。その長安の街を夜半に発ったが(曼荼羅や膨大な経巻を無事に持ち帰るため)、夜にもかかわらず多くの長安住人の送別を受けた。送別人の多くは、唐高官の仏教徒李元佐のほか、僧侶及び円仁長安暮らしを支えた長安在留新羅人たちが主であった。餞けとして絹12丈(30m余)を贈ってくれた新羅人もいた(845年(会昌5年)5月15日)。歩くこと107日間、山東半島新羅人の町・赤山まで歩いて戻った[注 1]。

この際、新羅人の唐役人にして張宝高の部下の将・張詠が円仁のために唐政府の公金で帰国船を建造してくれたが、密告に遭い、この船では帰れなくなる。

円仁が無事生きている」という情報日本に伝わっていたらしく、比叡山から弟子の性海が円仁を迎えに唐にやってきて、師と再会を遂げる。楚州の新羅人約語(通訳のこと)劉慎言に帰国の便船探しを頼み(彼は新羅語・唐語・日本語を操れるトライリンガルであった)、彼の見つけた新羅商人金珍の貿易船に便乗して帰国する。円仁は劉慎言に沙金弐両と大坂腰帯を贈っている。朝鮮半島沿岸を進みながらの90日間の船旅であった。新羅船は小型だが高速で堅牢であることに驚いている。博多津に到着し、鴻臚館に入った(『行記』847年(承和14年)9月19日条)。日本政府円仁を無事連れ帰ってきた金珍ら新羅商人に十分に報酬を報いるように太政官符を発し、ここで9年6ヶ月に及んだ日記『入唐求法巡礼行記』(全4巻)の筆を擱いている(『行記』847年(承和14年)12月14日条)。54歳。

この9年6ヶ月に及ぶ求法の旅の間、書き綴った日記が『入唐求法巡礼行記』で、これは日本人による最初の本格的旅行記であり、時の皇帝、武宗による仏教弾圧である会昌の廃仏の様子を生々しく伝えるものとして歴史資料としても高く評価されている(エドウィン・ライシャワー研究により欧米でも知られるようになる)。巡礼行記によると円仁は一日約40kmを徒歩で移動していたという。

目黒不動として知られる瀧泉寺や、山形市にある立石寺松島瑞巌寺を開いたと言われる。慈覚大師円仁が開山したり再興したりしたと伝わる寺は関東に209寺、東北に331寺余あるとされ、浅草浅草寺もそのひとつ岩舟町観光協会HP)。このほか北海道にも存在する。

後に円仁派は山門派と称された。(円珍派は寺門派、両者は長期にわたり対立関係になった)。

2017-04-27

寺の世襲って何が問題なんだ?

住職が跡継ぎ作って安定してる方がいいだろ

2017-04-26

寺の世襲という問題の難しさ

http://anond.hatelabo.jp/20170425210458

読んだです。私も現役の住職です。この手の話はよく聞きます

一番エグいと思ったのは、男子後継者がいないので養子をとって寺の娘と結婚させ、子供が生まれてしばらくしたら離婚して養子を追い出して、住職から孫に継がせるという話。

誰が聞いてもエグすぎると思うんだけど、こんなことは実際に横行しているし、寺だけでなく教団の要職なんかもデカい寺の世襲坊主で寡占している現状もある。

後継者がいない場合は親戚寺院の子弟とかで補充するのでそこらじゅう親戚だらけ。議会議員会派政策関係なく、親戚の多い人が当選する。

教団職員宗門大学ゼミ閥&世襲の寺の子弟で占められるので、息が詰まりそうなほど集団の同質性が強く、パワハラが横行。うつ病休職する人が後を絶たない。

この外から人を入れる努力を全くしないで、世襲血縁でギトギトに利権を分配している組織が、「差別をなくそう」とかキラキラした目をして社会運動しているわけです。笑っちゃいますよね。ワタクシには全く理解できません。なんだか頭がクラクラしますよ。

そういやこんなニュース話題になってますな。

http://www.sankei.com/west/news/170426/wst1704260015-n1.html

うちの宗派の話じゃないけど、まあどこも似たり寄ったりです。

で、じゃあ、世襲が全くダメなのかというと、そうとも言えないような現状もある。

お寺に入りたいみたいな人は確かにいます。でもね、そういう人って結構お寺を選ぶんですよ。田舎の食っていけないようなお寺に入る人なんてめったにいません。というか、紹介しても断られる。まあそりゃ、食べていけない職業に自らつく人なんていませんわな。

一方、世襲の人はお寺を選ぶなんて出来ない。貧乏寺だろうと田舎だろうとそこに生まれ自分運命を引き受けて、なんとか他に仕事を見つけて兼業で頑張ってる訳です。実際の所日本仏教ってそういう人たちが支えています月曜日から金曜日まで働いて、土日で法事をこなして、お寺の行事とき会社を休んで、会社員住職自分ボーナス退職金を寺の普請につぎ込んだりする。頭が下がります

確かに坊さんらしくはないかもしれないけど、人の中に入って人と同じように働いて教えを残している人たちで、そういう所に「寺生まれじゃないけど、お寺をやりたいんです」とキラキラした人が入ってくるかというと、なかなか入ってこない。

うちの寺もそうなんだけど、日本のお寺の大部分は「食べていけないお寺」なんですよ。そんなの世襲じゃなければ継ぐ人なんておらんよねとは、やっぱり思いますよ。

記事増田は、お寺を兼務している人が在家の人に譲らないと言って嘆いていたけど、実際はそうでもないですよ。現状を知ったら尻込みして来ないんですよ。

あ、ちなみに僕は在家出身、つまり寺生まれじゃない僧侶です。だからこの世襲ドロドロの寺社会で相当嫌な思いもしてきたし、今もしてる。まあでもね、経済的には全く得にならん、というか思いっき自分人生を縛ってる寺ってものを、それでも代々守ってきたお寺だから仏教は素晴らしいからって継いで残してきた人は尊敬していますよ。

世襲なんて大嫌いだけどさ、すこし世襲の肩も持ちたくなったので書いてみた。

http://anond.hatelabo.jp/20170425210458

こういう現象が続いたことが明治廃仏毀釈に至ったわけで、その時代に各地で失われた多くの文化財のことを考えれば、放置すると仏教界だけでなく日本全体にとって不利益というのは分かる。ただ、「そういう目に遭ってもなお性懲りもなく同じことを繰り返す人々」なわけだよな。結局、体制自体を変えないとダメなんだろう。

地元の様子を考えるに、僧が寺を「我が家」のようにして後を継いでいくのが100%悪いとは思わないのだが、後を継ぐ肉親がいなくなった時点ですっぱり手放すという決断自分でできないのが問題なのだと思う。知り合いのところも、子がダメなら孫、みたいな感じでなんとか後を継がせようとしてた。それは結局「自分が住み慣れた家(寺)から出て行きたくないから」なんだよね。

かといって、増田のあげた例で言うなら、「養子で入った新しい住職」の権利を強めると、今度は「信じて入れた養子に冷たく追い出された高齢の元住職夫妻(あるいは元住職が亡くなって、妻のみが追い出される等)」といった別な方向の修羅場が発生するだけのことだと思う。難しいね

とりあえず、元住職夫妻限定で入れる素敵な養老院を、本山出資して整備してみるとかそういう方向での解決はどうなんだろうかね。

2017-04-25

役僧侶だけど「空き寺」「後継者不足」などよりもっと深刻な問題

最近新聞でも目にするようになった「空き寺」「兼務寺院」「後継者不足」が問題として取り上げられているけど、こんなの実はそんなに問題なんじゃないんです。

最も問題なのは、「空き寺」には誰が住職の籍を置いていて、「兼務寺院」は誰が兼務しているのかということと、「後継者不足」なんて実はしていないってことなんです。

■3つの問題リンクしている

宗門大学や大きな寺にはアルバイト在家出身僧侶なんて多くいるのに、なんで「後継者がいない」なんて言えるんでしょうか。

この場合の「後継者がいない」という場合の多くは「自分たちの子がいない」という意味だと思っています

在家出身僧侶はたくさんいるけど、そういう人たちに後継者として寺を任せたくないのが本音なんです。

というのも前述のように「寺」は「家」で、僧侶財産になっているので血の繋がっていない知らない人に任せたくないんです。

何故こういうことが言えるかといえば、以下のようなケースが少なくないからです。

「寺なんてやりたくない」という子供が出ていった…バンドで食っていくとか、失敗したとき保険をかけて夢を追えるいい環境です。

から在家出身僧侶」を養子として迎えて後継者として書類を残します。

バンドで食っていけないし、もうまともな職も就けないと悟った30歳児が保険申請します、つまり「親父…俺が悪かった、俺…僧侶になるよ!」と寺に戻ってきます

住職は迎えた次期後継者に対して「養子縁組解消してください」…なんてはっきりと言わないで、寺に火を付けようとした、不真面目で浪費家だと言ったイジメによって追い出しにかかります

自分から出ていってくれないと書類を残している分、不利だからです。

しかし、折角掴んだチャンスを在家出身僧侶も安々と手放すこともなく、ほぼほぼ裁判沙汰になります

回りの寺は在家出身の者より昔からの付き合いで住職の味方に付くので、次期後継者環境的に出ていかざるを得なくなりますが。

こういう昼ドラ脚本家も恐れ慄くことが繰り広げられているケースは本当に少なくありません。

まり後継者不足」=「自分たちの血のつながりのある人がいない」という言葉に置き換えて問題がないと思います

繰り返しますが、在家出身僧侶は本当に多いですが、そういう人が幸せに寺に入るケースは極めて稀ですし、ましてや妻帯しないで寺に入るなんて、茅ヶ崎海岸ダイヤモンドを見るけるレベルの話です。

上述のような「子供がいる寺」は、なんとか後継者問題仏事ではなく民事的に解決します。

子供がいない寺の場合は、そもそも在家出身僧侶が呼ばれることはなく、親類の寺が兼務することになります

兼務なので常駐するわけではないので「空き寺」と呼ばれる状態になります

あくまで常駐していないだけで、書類上は住職がいます

さらに「空き寺」の寺宝(文化財という意識がない)を自分の寺に持ち帰って、本当に何もなくなる「廃寺」状態になります

室町時代仏画を自慢し始めたかと思えば「これ兼務してる寺のやつやけど、キレイでええやろ?」なんていうことが横行していまして、倫理が欠損しているのも大概なレベルです。

どんなに小さなお寺でもいいので、地方過疎地域のお寺でも、アイデアで乗り切ろうと考える若手僧侶存在します。

しかし「檀家」が10件でも、兼務寺院住職にとっては「固定資産檀家)」なので、そういう若手僧侶住職の話はほぼほぼありません。

おかしいですね。本山にとっては「空き寺」が問題のはずなんですけどね。

3ヵ寺を兼務していて「忙しい」という割には、絶対に1ヵ寺も若手や在家出身者に住職権を渡すことはありません。

これを執着と言わずしてなんと言ったらいいのか分かりません。

個人的日本仏教はもうダメな気がしています

それは何度も言われていることかもしれません。

言葉は悪いですが、団塊世代年功序列的にトップになってからカウントダウンが加速したように思います

権力偏重が激しく、「寺」が相続されるべき「財産」になっていて、正直悔しい思いが一杯です。

真面目じゃダメなんですよ。世の中も、お寺の世界も。資本がないとスタートラインにも建てないんですよ、世の中も、お寺の世界も。

僕のような丁稚の弱小者本山にとっては単なる搾取対象しかありません。

これが仏教なのかと、経典論書を読んでは枕を濡らす毎日です。

感傷に過ぎましたが、「空き寺」などの問題の根源は、世襲制に基づく寺の「私有財産化」にあると思っています

どうか社会的圧力が高まって、改革兆しが訪れんことを。

追記

極論に過ぎている部分があるので補足しておきます

もちろんイレギュラー本来的にはレギュラー)な場合も多くあります

そもそも「寺」は宗教法人法に則った「法人」なので、多くは代表役員(主に住職)と役員檀家総代等)で構成されます

イレギュラーケースとして、代表役員在家者を置き、従業員として僧を置く場合があります。これは伝統仏教では少ない形態です。

法人運営在家者が行い、仏事に関しては僧侶が行う、これで何か問題があるのか分かりません。

そもそも代表役員事務総理するのであって、僧侶聖職者である必要はなく、住職という名称代表役員イコールではありません。

思うに、会社法のように株主過半数取締役などを解任するなどの方法宗教法人法にはありません。

代表役員として不適格であれば、役員を寺から追い出すくらいの規則法律によって決まっていてもいいように思います

本来は宗団内でそれくらいの「律」があれば法律的に定める必要のない問題のない話なんですが、法律にそんなことが決まっていないという主張によって不祥事をしても代表役員に居座ることができるという算段です。

仮に法改正されれば、葬儀墓地の年間使用料などで私服を肥やしてばかりの代表役員を解任でき、少欲知足でやる気あふれる若手を迎えられる可能だって出てきます

在家の人も抑圧された僧侶なども多くの人が助かるwin-winになりそうな気がするんですけど、そもそもそれくらいの自浄作用を宗団が持っていないのが問題なんですよね。

仏法に明るく、自分をよく戒め、よく人に施し、人とともに悩み、人に慕われる僧侶住職門跡管長あるいは長老なんじゃないのか…。

知人の僧侶最近こんなことを言っていました。

現代僧侶間の不条理在家出家者との軋轢を解消できないのだから仏教は間違っているのかもしれない。

しか日本文化地下水脈のように育んできた仏教を疑うよりも、それにあぐらをかい運用している人こそを先ずは疑うべきではないのかと思い直したって。

2016-12-03

高野山東京別院執事野村懐忍さんの私に対する発言まとめ 続き

http://anond.hatelabo.jp/20160827122113からの続き

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13163510618

言って欲しいか?今回のことはアンタが言ってはいけないことを軽はずみに投稿したことから始まる。

以前「始末書くらいでは済まなくなるぞ」と警告しておいたはずだ。以前のやり取りもプリントアウトして主監に提出だ、あなたバカから自分投稿包囲網をどんどん狭める(大笑)。

退職願の書き方は調べたか?「私は弘法大師信仰していませんでした」とか「私はバカでした」とか、バカ正直に本当のことを書かなくて良い。「一身上の都合」でよい、よかったな、安心して退職願いが書ける。

依願退職から失業保険は無理だがはるかに多い退職金がでる、外道退職するからといって高野山真言宗退職金を払う必要なないと思うけれどあなた人生ではそれなりの大事件なんだからもらっておけ、許す。

バカが騒げば騒ぐほど主監はバカかばえなくなる、自分の首を絞めるだけでなく主監の選択肢を狭める、あなたの愚かさは主監を追い詰める。主監は「信仰者」だが本山は主監に「信仰者」として行動することを期待している。本山が絡むと主監はあなたかばえなくなる。

あなたのように太い人脈はないが本山に知り合いが全然いないわけではないから、本山に知らせておいてやる。

諦めが付いたか??

ファイナルカウントダウンを始めたのはあなただ、自分でまいた種は自分で刈らねばならぬ、ジタバタするな、見苦しい。

日本仏教世界最強の仏教だが欠点もある、inchiki_2004さんのような金持ち寺のバカ息子がいっぱいいて平均点を引き下げていることです。

高野山東京別院へご参詣の皆様にお願い、

金持ち寺のバカ息子に「エサを与えないでください」。

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http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10163694695

過去投稿を見ればわかる、頼むからもう少し仏教勉強してくれ。

あなた給料を得るのは普通免許を持っているから、私が給料を得るのは仏教徒からだ。

「要普免」で高野山真言宗に貢献しているのか?釈尊弘法大師の「信仰者」=仏教徒として給料を得ているのか?

世襲の寺に生まれたと言うことしか仏縁がない(本当に仏縁のある人がはたして寺に生まれるか??)住職目標外道と、成仏目標仏教徒とでは勝負にならんのだよ。

「送迎」で役に立てないおのれを恥ずかしく思ってるから、「仏教」で役に立たないあなたを恥ずかしく思ってくれ。

古代インド近国では母音を伸ばす

ヨガは間違い、ヨーガが正しい。

それゆえ、

パーリ語は間違い、パーリー語が正しい。

削除するなよ。

プリントアウトすることは誰でもできる、内容は誰が出しても同じだ。

そんなにまな板の上にいるのが不安なら、自分プリントアウトしてメモもつけて主監のデスクに置いておくか、ご自坊に匿名で郵送すればよい。

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http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11164778016

ワイワイガヤガヤ楽しく妄語得上人法してますね、ゴミガラクタがお互いをプラチナだ、ダイヤモンドだと言う。

(略)

金持ち寺のバカ息子」の無能ぶり・バカぶり・怠惰放逸恥知らず等々、朝から晩までいやと言うほど現量=直接知覚してる。比量=推測・推理などする必要は全くない、目や耳が汚染され洗いたくなるくらいだ。

(略)

inchiki_2004さんはバカヨガヨーガが正しいのだからパーリ語パーリー語が正しい!!)だから”現量”知覚能力はあるが”比量”推理能力は3歳児、肉体は健常だが精神問題あり。

寺務から「主監からお話がある、ちょっと特別応接まで」と何時言われるか?死刑執行が何時になるか?

多少でも仏教知識があれば自分の犯した【罪】の程度を比量できるんだが、なにせ「金持ち寺のバカ息子」は「パーリー語が正しい」と「積極的に主張」!!する仏教ゼロから、僧籍剥奪か?懲戒解雇か?退職願か?始末書か?退職金は出るかどうか?見当もつかない。

「おねげーでごぜーますだ、教えてください」と土下座リクエストする。

早く早くと死に急ぐな、遅かれ早かれ処分は出る。

他人のせいにするなよ、まな板のうえが心配不安なのは仏教を知らないおのれの自己責任だ。

もう少しビクビク心配させてやる(笑)

(略)

蓋天蓋地!!宇宙が自坊だ!!くらいのこと言えないか!!

テーラワーダ外道いじめ精神年齢3歳児をおちょくるのは面白いが、一人には高野山真言宗当局から泣く子も黙る」厳しい処分??が下され、もう一人は10月15日に懺悔悪口雑言を悔い改めてホンモノの「釈尊仏教」=「日本仏教」に転向するのだから今回はこのくらいで許してやる、ちなみに世親大乗転向したとき大乗を謗り続けてきたおのれの舌を切り裂こうとしたそうだがアンタの舌など別院に置いて行かれても迷惑なだけだからやらないように。

井の中の蛙、牛跡のボウフラ、穴の中でメクソとハナクソ、ゴミガラクタがお互いにプラチナダイヤモンドだと「妄語得上人法」していられるのもあとわずかだ!!

あなたバカ暴走には同志○○さんもフォローのしようがなく困惑してると思う。

金持ち寺のバカ息子のレベルがよく解かる。

(略)

もとの言語サンスクリットであれパーリであれ「短母音」と「長母音」を別の母音として区別する言語なんだから、その区別を反映しようとしない文字表記ローマ字であれカタカナであれデーヴァナーガリーであれ間違いである。

音を文字表記するとき正解はないが間違いはある。「パーリー語」は間違いである。

ちなみにヨーガのオーがオじゃないのはオの長母音からではない、オーは二重母音

梵:Śāriputra シャーリプトラ、巴: Sāriputta サーリプッタ

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2016/11/16より「samantabhadra1611」という別ID投稿を始める。別人を装って以下の発言

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11167211446

高野山東京別院へ参詣してaksobhyavajraさんと会話してきました。

>もう犯人探しはしないがaさん(編注:野村氏の問題行動について高野山東京別院質問状を送った方)から公開質問状の入った封筒スマホ写真に撮っている職員を目撃してビックリした。

とおっしゃっていました。

ちなみに高野山東京別院警視庁高輪警察署と隣接してるんですね、チットモ知らなかった!!別院で悪いことをするとすぐ捕まえてもらえますね。

刑事告発状の書きかたを知ってますか?と訊かれてビックリしました、何かあったんですか?

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こちらもどうぞ。

高野山東京別院執事 野村懐忍さん発言集 傑作選 - Togetterまとめ

2016-12-02

http://b.hatena.ne.jp/entry/310831157/comment/fumikef

うちもこれだ。

なーむぁーみだーぶなーむぁーみだーぶなーむぁーみだーぶなーむぁーみだーぶ、

なーむぁーみだーぶなーむぁーみだーぶなーむぁーみだーぶなーむぁーみだーぶ、

なむたみーだぶつなむあみだ~ぶ。

住職がこう言えって言ってた。

2016-11-19

檀家によって坊主を追い出した寺はどうなるか

全国でも屈指の寺院の密集地が中部地方にあるわけですが、知ってるだけで今年は3件追い出しがありました。

大きな変化は寄付金の大幅な減額。寺に併設された住居は処分坊主例外なく新車セダン乗ったり、子弟私立に行かせたりすることをなんとも思ってない人種なのでそこを負担しなくてよくなるのも大きい。

檀家の総代が本山に連絡して住職を送り込んでくるなと伝える。墓地管理もしばらく総代が行う。

寺の管理地域自治会内に寺院保存会ができるはずなのでそこに委託管理する寄付金が集まらなければ廃寺になるだけ。

2016-11-14

多摩での住職暴行事件から弱者救済の難しさについて考える

http://toyokeizai.net/articles/-/144985

東京多摩地域にある寺で、「体験修行」として預かっている中学生らに、住職暴行していた疑いなどがあるとして、児童相談所中学生らを保護していたことがわかった。

この事件についてインターネット上でもたくさんの反応があって、なかには「戸塚ヨットスクールと同じ案件か」なんて意見も見られたが、事実はどうだか良く分からない。

私がこの事件を見て感じたのは、人間人間を救済するということの難しさだ。

人間人間を救うことは不可能なのかもしれないと思ってしまった。

精神障害者としてサポートを受ける立場になってみて思ったこと。

私は精神障害者になってから福祉施設サポートを受け就労を目指しているのだが、

支援をする側の人間支援を受ける側の人間には、明らかに境界線があると感じる。

同じ人間ではない、そんな感覚

支援する側は当たり前のことを当たり前にやり遂げることを求められる生活の中生きている。

例えば9時-5時の勤務時間を守る。少しの体調不良くらいでは休まない。ノルマを達成する。仕事効率化を常に考える。

精神障害者からしたらかなりレベルの高いことを、当たり前のようにこなしている支援者

その支援者支援する人間は、これがほとんどできないわけである

朝決まった時間に起きられないので遅刻欠席は当たり前、体調がしょっちゅう悪くなる。のんびり生きているのでノルマとか効率化とか考える余裕のない人が多いと思う。(私もそうです。)

支援されていて思うのは、たまに支援者の人が精神障害者の人に対してイラついてるな、と感じることがあるということ。

そして、障害者側も健常者である支援者がそう感じるのは仕方がないとどこかで思っている。

昔はやったドラマ聖者の行進というえげつない内容のドラマがあった。

あのドラマ福祉施設経営者精神障害の子供たちを食い物にしていたぶるという鬼畜まりない内容なんだが、今も実際にそういう施設はたくさんあるんじゃないかと思う。

そもそも人間人間を救うなんて傲慢な話なんだ。

神様でも仏様でもない人間が広い心を持って自分が当たり前のようにやっていることをできない人間や、病気であることを理由に頑張らない人間に対して優しく接し続けるなんて難しいと思う。

一日も早く、弱者救済職業や役目をロボットが担う世の中になればいいと思う。

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