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はてなキーワード: 住職とは

2017-05-19

円仁(えんにん、延暦13年(794年) - 貞観6年1月14日(864年2月24日))は、第3代天台座主。慈覚大師(じかくだいし)ともいう。 入唐八家(最澄空海・常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人。下野国の生まれ出自壬生氏。

目次 [非表示]

1 円仁人物

2 遣唐使の渡海の困難

3 天台山を目指すが…

4 在唐新羅社会の助け

5 五台山巡礼

6 長安への求法

7 帰国の旅の苦難

8 関連文献

9 脚注

10 関連項目

11 外部リンク

円仁人物像[編集]

794年延暦13年)下野国都賀壬生町現在壬生寺)に豪族壬生氏(壬生君:毛野氏一族)の壬生首麻呂の子として生まれる。兄の秋主から儒学を勧められるが早くから仏教に心を寄せ、9歳で大慈寺に入って修行を始める。大慈寺の師・広智は鑑真の直弟子道忠の弟子であるが、道忠は早くから最澄理解者であって、多くの弟子最澄師事させている。

※生誕地については

美加保ノ関(藤岡町三鴨の都賀字館)

手洗窪(岩舟町下津原

壬生寺壬生町

などの説があり、順徳天皇撰による「八雲御抄」では、みかほの関、みかほノ山での誕生が記されている。

また、美加保乃関は万葉集歌人によって和歌も詠まれており

下つ毛野 みかもノ山の越奈良の須 目ぐはし頃は 多が家かもたむ

あずま路の 人に問はばや みかもなる 関にもかくや 花は匂うと

石ふまぬ 安蘇の川原に 行き暮れて みかほの関に 今日やとまら

下野や 安蘇の川原に 行きくれば みかもの崎に 宿をかりなん

この他、近くにある円仁ゆかりの安蘇の川原は、みかほの関を沼越しに眺める名所として多くの和歌が詠まれている。

安蘇山の麓に生まれたという説では、慈覚大師円仁の出生については「桓武天皇延暦13年、廣智菩薩大慈寺住職とき南方に紫雲がたなびき、尋ねていくと安蘇山麓現在の三毳山のふもと岩舟町下津原手洗窪)…下津原の手洗窪は「慈覚大師誕生の地」として栃木市史跡指定されている。

15歳のとき、唐より最澄帰国して比叡山延暦寺を開いたと聞くとすぐに比叡山に向かい最澄師事する。奈良仏教の反撃と真言密教興隆という二重の障壁の中で天台宗確立に立ち向かう師最澄に忠実に仕え、学問修行に専念して師から深く愛される。最澄が止観(法華経注釈書)を学ばせた弟子10人のうち、師の代講を任せられるようになったのは円仁ひとりであった。

814年(弘仁5年)、言試(国家試験)に合格、翌年得度出家)する(21歳)。816年(弘仁7年)、三戒壇の一つ東大寺で具足戒(小乗250戒)を受ける(23歳)。この年、師最澄東国巡遊に従って故郷下野を訪れる。最澄のこの旅行は、新しく立てた天台宗の法華一乗の教えを全国に広める為、全国に6箇所を選んでそこに宝塔を建て、一千部八千巻の法華経を置いて地方教化・国利安福の中心地としようとするものであった。817年(弘仁8年)3月6日大乗戒を教授師として諸弟子に授けるとともに自らも大乗戒を受ける。

性は円満にして温雅、眉の太い人であったと言われる。浄土宗開祖法然は、私淑する円仁の衣をまといながら亡くなったという。

遣唐使の渡海の困難[編集]

836年(承和2年)、1回目の渡航失敗、翌837年(承和3年)、2回目の渡航を試みたが失敗した。838年(承和5年)6月13日博多津を出港。『入唐求法巡礼行記』をこの日から記し始める。志賀島から揚州東梁豊村まで8日間で無事渡海する(しかし「四つの船」のうち1艘は遭難している)。円仁の乗った船は助かったものの、船のコントロールが利かず渚に乗り上げてしまい、円仁はずぶ濡れ、船は全壊するという形での上陸だった(『行記』838年(開成4年)7月2日条)。

上陸である唐の開成4年7月2日日本の承和5年7月2日と日付が一致していた。唐と日本で同じ暦を使っているのだから当然ではあるが、異国でも日付が全く同じであることに改めて感動している(『行記』838年(開成4年)7月2日条)。

天台山を目指すが…[編集]

最後遣唐使として唐に留学するが、もともと請益僧(入唐僧(唐への留学僧)のうち、短期のもの)であったため目指す天台山へは旅行許可下りず(短期の入唐僧のため日程的に無理と判断されたか)、空しく帰国せねばならない事態に陥った。唐への留住を唐皇帝に何度も願い出るが認められない。そこで円仁遣唐使一行と離れて危険を冒して不法在唐を決意する(外国人僧の滞在には唐皇帝勅許必要)。天台山にいた最澄の姿を童子(子供)の時に見ていたという若い天台僧敬文が、天台山からはるばる円仁を訪ねてきた。日本から高僧が揚州に来ているという情報を得て、懐かしく思って訪れて来たのだという。唐滞在中の円仁の世話を何かと見てくれるようになる。海州東海県で遣唐大使一行から離れ、一夜を過ごすも村人たちに不審な僧だと警戒され(中国語通じず、「自分新羅僧だ」と主張しているが新羅言葉でもないようだ、怪しい僧だ)、役所に突き出されてしまう。再び遣唐大使一行のところに連れ戻されてしまった(『行記』839年(開成4年)4月10日条)。

在唐新羅社会の助け[編集]

当時、中国山東半島沿岸一帯は張宝高をはじめとする多くの新羅人海商が活躍していたが、山東半島新羅人の港町・赤山浦の在唐新羅社会の助けを借りて唐残留成功不法在留者でありながら通行許可証を得る等)する。遣唐使一行から離れ、寄寓していた張宝設立の赤山法華院で聖林という新羅から天台山の代わりに五台山を紹介され、天台山はあきらめたが五台山という新たな目標を見出す。春を待って五台山までの約1270キロメートルを歩く(『行記』840年(開成5年)2月19日4月28日の58日間)。

五台山巡礼[編集]

840年、五台山巡礼する。標高3000mを超す最高峰の北台にも登山する(47歳)。五台山では、長老の志遠から「遠い国からよく来てくれた」と温かく迎えられる(『行記』840年(開成5年)4月28日条)。五台山を訪れた2人目の日本人だという(1人目は、最澄とともに入唐し、帰国せず五台山客死した霊仙三蔵)。法華経密教整合性に関する未解決問題など「未決三十条」の解答を得、日本にまだ伝来していなかった五台山所蔵の仏典37巻を書写する。また、南台の霧深い山中で「聖燈」(ブロッケン現象か。『行記』840年5月22日条、6月21日条、7月2日条)などの奇瑞を多数目撃し、文殊菩薩の示現に違いないと信仰を新たにする。

長安への求法[編集]

当時世界最大の都市にして最先端文化の発信地でもあった長安へ行くことを決意し、五台山から1100キロメートルを徒歩旅行する(53日間)。その際、大興善寺の元政和尚から灌頂を受け、金剛界大法を授き、青竜寺の義真からも灌頂を受け、胎蔵界・盧遮那経大法と蘇悉地大法を授く。また、金剛界曼荼羅長安絵師・王恵に代価6千文で描かせる。

台密にまだなかった念願の金剛界曼荼羅を得たこの晩、今は亡き最澄が夢に現れた。曼荼羅を手に取りながら涙ながらに大変喜んでくれた。円仁は師の最澄を拝しようとしたが、最澄はそれを制して逆に弟子円仁を深く拝したという(『行記』840年10月29日条)。描かせていた曼荼羅が完成する(『行記』840年(開成5年)12月22日条)。

しばらくして、唐朝帰国を百余度も願い出るが拒否される(会昌元年8月7日最初)が、その間入唐以来5年間余りを共に過して来た愛弟子・惟暁を失う(『行記』843年(会昌3年)7月25日条。享年32)。また、サンスクリット語を学び、仏典を多数書写した。長安を去る時には423部・合計559巻を持っていた(『入唐新求聖教目録』)。そして、842年(会昌2年)10月、会昌の廃仏に遭い、外国人僧の国外追放という予期せぬ形で、帰国が叶った(会昌5年2月)。

帰国の旅の苦難[編集]

当時の長安の情勢は、唐の衰退も相まって騒然としていた。治安悪化不審火も相次いでいた。その長安の街を夜半に発ったが(曼荼羅や膨大な経巻を無事に持ち帰るため)、夜にもかかわらず多くの長安住人の送別を受けた。送別人の多くは、唐高官の仏教徒李元佐のほか、僧侶及び円仁長安暮らしを支えた長安在留新羅人たちが主であった。餞けとして絹12丈(30m余)を贈ってくれた新羅人もいた(845年(会昌5年)5月15日)。歩くこと107日間、山東半島新羅人の町・赤山まで歩いて戻った[注 1]。

この際、新羅人の唐役人にして張宝高の部下の将・張詠が円仁のために唐政府の公金で帰国船を建造してくれたが、密告に遭い、この船では帰れなくなる。

円仁が無事生きている」という情報日本に伝わっていたらしく、比叡山から弟子の性海が円仁を迎えに唐にやってきて、師と再会を遂げる。楚州の新羅人約語(通訳のこと)劉慎言に帰国の便船探しを頼み(彼は新羅語・唐語・日本語を操れるトライリンガルであった)、彼の見つけた新羅商人金珍の貿易船に便乗して帰国する。円仁は劉慎言に沙金弐両と大坂腰帯を贈っている。朝鮮半島沿岸を進みながらの90日間の船旅であった。新羅船は小型だが高速で堅牢であることに驚いている。博多津に到着し、鴻臚館に入った(『行記』847年(承和14年)9月19日条)。日本政府円仁を無事連れ帰ってきた金珍ら新羅商人に十分に報酬を報いるように太政官符を発し、ここで9年6ヶ月に及んだ日記『入唐求法巡礼行記』(全4巻)の筆を擱いている(『行記』847年(承和14年)12月14日条)。54歳。

この9年6ヶ月に及ぶ求法の旅の間、書き綴った日記が『入唐求法巡礼行記』で、これは日本人による最初の本格的旅行記であり、時の皇帝、武宗による仏教弾圧である会昌の廃仏の様子を生々しく伝えるものとして歴史資料としても高く評価されている(エドウィン・ライシャワー研究により欧米でも知られるようになる)。巡礼行記によると円仁は一日約40kmを徒歩で移動していたという。

目黒不動として知られる瀧泉寺や、山形市にある立石寺松島瑞巌寺を開いたと言われる。慈覚大師円仁が開山したり再興したりしたと伝わる寺は関東に209寺、東北に331寺余あるとされ、浅草浅草寺もそのひとつ岩舟町観光協会HP)。このほか北海道にも存在する。

後に円仁派は山門派と称された。(円珍派は寺門派、両者は長期にわたり対立関係になった)。

2017-04-27

寺の世襲って何が問題なんだ?

住職が跡継ぎ作って安定してる方がいいだろ

2017-04-26

寺の世襲という問題の難しさ

http://anond.hatelabo.jp/20170425210458

読んだです。私も現役の住職です。この手の話はよく聞きます

一番エグいと思ったのは、男子後継者がいないので養子をとって寺の娘と結婚させ、子供が生まれてしばらくしたら離婚して養子を追い出して、住職から孫に継がせるという話。

誰が聞いてもエグすぎると思うんだけど、こんなことは実際に横行しているし、寺だけでなく教団の要職なんかもデカい寺の世襲坊主で寡占している現状もある。

後継者がいない場合は親戚寺院の子弟とかで補充するのでそこらじゅう親戚だらけ。議会議員会派政策関係なく、親戚の多い人が当選する。

教団職員宗門大学ゼミ閥&世襲の寺の子弟で占められるので、息が詰まりそうなほど集団の同質性が強く、パワハラが横行。うつ病休職する人が後を絶たない。

この外から人を入れる努力を全くしないで、世襲血縁でギトギトに利権を分配している組織が、「差別をなくそう」とかキラキラした目をして社会運動しているわけです。笑っちゃいますよね。ワタクシには全く理解できません。なんだか頭がクラクラしますよ。

そういやこんなニュース話題になってますな。

http://www.sankei.com/west/news/170426/wst1704260015-n1.html

うちの宗派の話じゃないけど、まあどこも似たり寄ったりです。

で、じゃあ、世襲が全くダメなのかというと、そうとも言えないような現状もある。

お寺に入りたいみたいな人は確かにいます。でもね、そういう人って結構お寺を選ぶんですよ。田舎の食っていけないようなお寺に入る人なんてめったにいません。というか、紹介しても断られる。まあそりゃ、食べていけない職業に自らつく人なんていませんわな。

一方、世襲の人はお寺を選ぶなんて出来ない。貧乏寺だろうと田舎だろうとそこに生まれ自分運命を引き受けて、なんとか他に仕事を見つけて兼業で頑張ってる訳です。実際の所日本仏教ってそういう人たちが支えています月曜日から金曜日まで働いて、土日で法事をこなして、お寺の行事とき会社を休んで、会社員住職自分ボーナス退職金を寺の普請につぎ込んだりする。頭が下がります

確かに坊さんらしくはないかもしれないけど、人の中に入って人と同じように働いて教えを残している人たちで、そういう所に「寺生まれじゃないけど、お寺をやりたいんです」とキラキラした人が入ってくるかというと、なかなか入ってこない。

うちの寺もそうなんだけど、日本のお寺の大部分は「食べていけないお寺」なんですよ。そんなの世襲じゃなければ継ぐ人なんておらんよねとは、やっぱり思いますよ。

記事増田は、お寺を兼務している人が在家の人に譲らないと言って嘆いていたけど、実際はそうでもないですよ。現状を知ったら尻込みして来ないんですよ。

あ、ちなみに僕は在家出身、つまり寺生まれじゃない僧侶です。だからこの世襲ドロドロの寺社会で相当嫌な思いもしてきたし、今もしてる。まあでもね、経済的には全く得にならん、というか思いっき自分人生を縛ってる寺ってものを、それでも代々守ってきたお寺だから仏教は素晴らしいからって継いで残してきた人は尊敬していますよ。

世襲なんて大嫌いだけどさ、すこし世襲の肩も持ちたくなったので書いてみた。

http://anond.hatelabo.jp/20170425210458

こういう現象が続いたことが明治廃仏毀釈に至ったわけで、その時代に各地で失われた多くの文化財のことを考えれば、放置すると仏教界だけでなく日本全体にとって不利益というのは分かる。ただ、「そういう目に遭ってもなお性懲りもなく同じことを繰り返す人々」なわけだよな。結局、体制自体を変えないとダメなんだろう。

地元の様子を考えるに、僧が寺を「我が家」のようにして後を継いでいくのが100%悪いとは思わないのだが、後を継ぐ肉親がいなくなった時点ですっぱり手放すという決断自分でできないのが問題なのだと思う。知り合いのところも、子がダメなら孫、みたいな感じでなんとか後を継がせようとしてた。それは結局「自分が住み慣れた家(寺)から出て行きたくないから」なんだよね。

かといって、増田のあげた例で言うなら、「養子で入った新しい住職」の権利を強めると、今度は「信じて入れた養子に冷たく追い出された高齢の元住職夫妻(あるいは元住職が亡くなって、妻のみが追い出される等)」といった別な方向の修羅場が発生するだけのことだと思う。難しいね

とりあえず、元住職夫妻限定で入れる素敵な養老院を、本山出資して整備してみるとかそういう方向での解決はどうなんだろうかね。

2017-04-25

役僧侶だけど「空き寺」「後継者不足」などよりもっと深刻な問題

最近新聞でも目にするようになった「空き寺」「兼務寺院」「後継者不足」が問題として取り上げられているけど、こんなの実はそんなに問題なんじゃないんです。

最も問題なのは、「空き寺」には誰が住職の籍を置いていて、「兼務寺院」は誰が兼務しているのかということと、「後継者不足」なんて実はしていないってことなんです。

■3つの問題リンクしている

宗門大学や大きな寺にはアルバイト在家出身僧侶なんて多くいるのに、なんで「後継者がいない」なんて言えるんでしょうか。

この場合の「後継者がいない」という場合の多くは「自分たちの子がいない」という意味だと思っています

在家出身僧侶はたくさんいるけど、そういう人たちに後継者として寺を任せたくないのが本音なんです。

というのも前述のように「寺」は「家」で、僧侶財産になっているので血の繋がっていない知らない人に任せたくないんです。

何故こういうことが言えるかといえば、以下のようなケースが少なくないからです。

「寺なんてやりたくない」という子供が出ていった…バンドで食っていくとか、失敗したとき保険をかけて夢を追えるいい環境です。

から在家出身僧侶」を養子として迎えて後継者として書類を残します。

バンドで食っていけないし、もうまともな職も就けないと悟った30歳児が保険申請します、つまり「親父…俺が悪かった、俺…僧侶になるよ!」と寺に戻ってきます

住職は迎えた次期後継者に対して「養子縁組解消してください」…なんてはっきりと言わないで、寺に火を付けようとした、不真面目で浪費家だと言ったイジメによって追い出しにかかります

自分から出ていってくれないと書類を残している分、不利だからです。

しかし、折角掴んだチャンスを在家出身僧侶も安々と手放すこともなく、ほぼほぼ裁判沙汰になります

回りの寺は在家出身の者より昔からの付き合いで住職の味方に付くので、次期後継者環境的に出ていかざるを得なくなりますが。

こういう昼ドラ脚本家も恐れ慄くことが繰り広げられているケースは本当に少なくありません。

まり後継者不足」=「自分たちの血のつながりのある人がいない」という言葉に置き換えて問題がないと思います

繰り返しますが、在家出身僧侶は本当に多いですが、そういう人が幸せに寺に入るケースは極めて稀ですし、ましてや妻帯しないで寺に入るなんて、茅ヶ崎海岸ダイヤモンドを見るけるレベルの話です。

上述のような「子供がいる寺」は、なんとか後継者問題仏事ではなく民事的に解決します。

子供がいない寺の場合は、そもそも在家出身僧侶が呼ばれることはなく、親類の寺が兼務することになります

兼務なので常駐するわけではないので「空き寺」と呼ばれる状態になります

あくまで常駐していないだけで、書類上は住職がいます

さらに「空き寺」の寺宝(文化財という意識がない)を自分の寺に持ち帰って、本当に何もなくなる「廃寺」状態になります

室町時代仏画を自慢し始めたかと思えば「これ兼務してる寺のやつやけど、キレイでええやろ?」なんていうことが横行していまして、倫理が欠損しているのも大概なレベルです。

どんなに小さなお寺でもいいので、地方過疎地域のお寺でも、アイデアで乗り切ろうと考える若手僧侶存在します。

しかし「檀家」が10件でも、兼務寺院住職にとっては「固定資産檀家)」なので、そういう若手僧侶住職の話はほぼほぼありません。

おかしいですね。本山にとっては「空き寺」が問題のはずなんですけどね。

3ヵ寺を兼務していて「忙しい」という割には、絶対に1ヵ寺も若手や在家出身者に住職権を渡すことはありません。

これを執着と言わずしてなんと言ったらいいのか分かりません。

個人的日本仏教はもうダメな気がしています

それは何度も言われていることかもしれません。

言葉は悪いですが、団塊世代年功序列的にトップになってからカウントダウンが加速したように思います

権力偏重が激しく、「寺」が相続されるべき「財産」になっていて、正直悔しい思いが一杯です。

真面目じゃダメなんですよ。世の中も、お寺の世界も。資本がないとスタートラインにも建てないんですよ、世の中も、お寺の世界も。

僕のような丁稚の弱小者本山にとっては単なる搾取対象しかありません。

これが仏教なのかと、経典論書を読んでは枕を濡らす毎日です。

感傷に過ぎましたが、「空き寺」などの問題の根源は、世襲制に基づく寺の「私有財産化」にあると思っています

どうか社会的圧力が高まって、改革兆しが訪れんことを。

追記

極論に過ぎている部分があるので補足しておきます

もちろんイレギュラー本来的にはレギュラー)な場合も多くあります

そもそも「寺」は宗教法人法に則った「法人」なので、多くは代表役員(主に住職)と役員檀家総代等)で構成されます

イレギュラーケースとして、代表役員在家者を置き、従業員として僧を置く場合があります。これは伝統仏教では少ない形態です。

法人運営在家者が行い、仏事に関しては僧侶が行う、これで何か問題があるのか分かりません。

そもそも代表役員事務総理するのであって、僧侶聖職者である必要はなく、住職という名称代表役員イコールではありません。

思うに、会社法のように株主過半数取締役などを解任するなどの方法宗教法人法にはありません。

代表役員として不適格であれば、役員を寺から追い出すくらいの規則法律によって決まっていてもいいように思います

本来は宗団内でそれくらいの「律」があれば法律的に定める必要のない問題のない話なんですが、法律にそんなことが決まっていないという主張によって不祥事をしても代表役員に居座ることができるという算段です。

仮に法改正されれば、葬儀墓地の年間使用料などで私服を肥やしてばかりの代表役員を解任でき、少欲知足でやる気あふれる若手を迎えられる可能だって出てきます

在家の人も抑圧された僧侶なども多くの人が助かるwin-winになりそうな気がするんですけど、そもそもそれくらいの自浄作用を宗団が持っていないのが問題なんですよね。

仏法に明るく、自分をよく戒め、よく人に施し、人とともに悩み、人に慕われる僧侶住職門跡管長あるいは長老なんじゃないのか…。

知人の僧侶最近こんなことを言っていました。

現代僧侶間の不条理在家出家者との軋轢を解消できないのだから仏教は間違っているのかもしれない。

しか日本文化地下水脈のように育んできた仏教を疑うよりも、それにあぐらをかい運用している人こそを先ずは疑うべきではないのかと思い直したって。

2016-12-03

高野山東京別院執事野村懐忍さんの私に対する発言まとめ 続き

http://anond.hatelabo.jp/20160827122113からの続き

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13163510618

言って欲しいか?今回のことはアンタが言ってはいけないことを軽はずみに投稿したことから始まる。

以前「始末書くらいでは済まなくなるぞ」と警告しておいたはずだ。以前のやり取りもプリントアウトして主監に提出だ、あなたバカから自分投稿包囲網をどんどん狭める(大笑)。

退職願の書き方は調べたか?「私は弘法大師信仰していませんでした」とか「私はバカでした」とか、バカ正直に本当のことを書かなくて良い。「一身上の都合」でよい、よかったな、安心して退職願いが書ける。

依願退職から失業保険は無理だがはるかに多い退職金がでる、外道退職するからといって高野山真言宗退職金を払う必要なないと思うけれどあなた人生ではそれなりの大事件なんだからもらっておけ、許す。

バカが騒げば騒ぐほど主監はバカかばえなくなる、自分の首を絞めるだけでなく主監の選択肢を狭める、あなたの愚かさは主監を追い詰める。主監は「信仰者」だが本山は主監に「信仰者」として行動することを期待している。本山が絡むと主監はあなたかばえなくなる。

あなたのように太い人脈はないが本山に知り合いが全然いないわけではないから、本山に知らせておいてやる。

諦めが付いたか??

ファイナルカウントダウンを始めたのはあなただ、自分でまいた種は自分で刈らねばならぬ、ジタバタするな、見苦しい。

日本仏教世界最強の仏教だが欠点もある、inchiki_2004さんのような金持ち寺のバカ息子がいっぱいいて平均点を引き下げていることです。

高野山東京別院へご参詣の皆様にお願い、

金持ち寺のバカ息子に「エサを与えないでください」。

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http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10163694695

過去投稿を見ればわかる、頼むからもう少し仏教勉強してくれ。

あなた給料を得るのは普通免許を持っているから、私が給料を得るのは仏教徒からだ。

「要普免」で高野山真言宗に貢献しているのか?釈尊弘法大師の「信仰者」=仏教徒として給料を得ているのか?

世襲の寺に生まれたと言うことしか仏縁がない(本当に仏縁のある人がはたして寺に生まれるか??)住職目標外道と、成仏目標仏教徒とでは勝負にならんのだよ。

「送迎」で役に立てないおのれを恥ずかしく思ってるから、「仏教」で役に立たないあなたを恥ずかしく思ってくれ。

古代インド近国では母音を伸ばす

ヨガは間違い、ヨーガが正しい。

それゆえ、

パーリ語は間違い、パーリー語が正しい。

削除するなよ。

プリントアウトすることは誰でもできる、内容は誰が出しても同じだ。

そんなにまな板の上にいるのが不安なら、自分プリントアウトしてメモもつけて主監のデスクに置いておくか、ご自坊に匿名で郵送すればよい。

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http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11164778016

ワイワイガヤガヤ楽しく妄語得上人法してますね、ゴミガラクタがお互いをプラチナだ、ダイヤモンドだと言う。

(略)

金持ち寺のバカ息子」の無能ぶり・バカぶり・怠惰放逸恥知らず等々、朝から晩までいやと言うほど現量=直接知覚してる。比量=推測・推理などする必要は全くない、目や耳が汚染され洗いたくなるくらいだ。

(略)

inchiki_2004さんはバカヨガヨーガが正しいのだからパーリ語パーリー語が正しい!!)だから”現量”知覚能力はあるが”比量”推理能力は3歳児、肉体は健常だが精神問題あり。

寺務から「主監からお話がある、ちょっと特別応接まで」と何時言われるか?死刑執行が何時になるか?

多少でも仏教知識があれば自分の犯した【罪】の程度を比量できるんだが、なにせ「金持ち寺のバカ息子」は「パーリー語が正しい」と「積極的に主張」!!する仏教ゼロから、僧籍剥奪か?懲戒解雇か?退職願か?始末書か?退職金は出るかどうか?見当もつかない。

「おねげーでごぜーますだ、教えてください」と土下座リクエストする。

早く早くと死に急ぐな、遅かれ早かれ処分は出る。

他人のせいにするなよ、まな板のうえが心配不安なのは仏教を知らないおのれの自己責任だ。

もう少しビクビク心配させてやる(笑)

(略)

蓋天蓋地!!宇宙が自坊だ!!くらいのこと言えないか!!

テーラワーダ外道いじめ精神年齢3歳児をおちょくるのは面白いが、一人には高野山真言宗当局から泣く子も黙る」厳しい処分??が下され、もう一人は10月15日に懺悔悪口雑言を悔い改めてホンモノの「釈尊仏教」=「日本仏教」に転向するのだから今回はこのくらいで許してやる、ちなみに世親大乗転向したとき大乗を謗り続けてきたおのれの舌を切り裂こうとしたそうだがアンタの舌など別院に置いて行かれても迷惑なだけだからやらないように。

井の中の蛙、牛跡のボウフラ、穴の中でメクソとハナクソ、ゴミガラクタがお互いにプラチナダイヤモンドだと「妄語得上人法」していられるのもあとわずかだ!!

あなたバカ暴走には同志○○さんもフォローのしようがなく困惑してると思う。

金持ち寺のバカ息子のレベルがよく解かる。

(略)

もとの言語サンスクリットであれパーリであれ「短母音」と「長母音」を別の母音として区別する言語なんだから、その区別を反映しようとしない文字表記ローマ字であれカタカナであれデーヴァナーガリーであれ間違いである。

音を文字表記するとき正解はないが間違いはある。「パーリー語」は間違いである。

ちなみにヨーガのオーがオじゃないのはオの長母音からではない、オーは二重母音

梵:Śāriputra シャーリプトラ、巴: Sāriputta サーリプッタ

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2016/11/16より「samantabhadra1611」という別ID投稿を始める。別人を装って以下の発言

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11167211446

高野山東京別院へ参詣してaksobhyavajraさんと会話してきました。

>もう犯人探しはしないがaさん(編注:野村氏の問題行動について高野山東京別院質問状を送った方)から公開質問状の入った封筒スマホ写真に撮っている職員を目撃してビックリした。

とおっしゃっていました。

ちなみに高野山東京別院警視庁高輪警察署と隣接してるんですね、チットモ知らなかった!!別院で悪いことをするとすぐ捕まえてもらえますね。

刑事告発状の書きかたを知ってますか?と訊かれてビックリしました、何かあったんですか?

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こちらもどうぞ。

高野山東京別院執事 野村懐忍さん発言集 傑作選 - Togetterまとめ

2016-12-02

http://b.hatena.ne.jp/entry/310831157/comment/fumikef

うちもこれだ。

なーむぁーみだーぶなーむぁーみだーぶなーむぁーみだーぶなーむぁーみだーぶ、

なーむぁーみだーぶなーむぁーみだーぶなーむぁーみだーぶなーむぁーみだーぶ、

なむたみーだぶつなむあみだ~ぶ。

住職がこう言えって言ってた。

2016-11-19

檀家によって坊主を追い出した寺はどうなるか

全国でも屈指の寺院の密集地が中部地方にあるわけですが、知ってるだけで今年は3件追い出しがありました。

大きな変化は寄付金の大幅な減額。寺に併設された住居は処分坊主例外なく新車セダン乗ったり、子弟私立に行かせたりすることをなんとも思ってない人種なのでそこを負担しなくてよくなるのも大きい。

檀家の総代が本山に連絡して住職を送り込んでくるなと伝える。墓地管理もしばらく総代が行う。

寺の管理地域自治会内に寺院保存会ができるはずなのでそこに委託管理する寄付金が集まらなければ廃寺になるだけ。

2016-11-14

多摩での住職暴行事件から弱者救済の難しさについて考える

http://toyokeizai.net/articles/-/144985

東京多摩地域にある寺で、「体験修行」として預かっている中学生らに、住職暴行していた疑いなどがあるとして、児童相談所中学生らを保護していたことがわかった。

この事件についてインターネット上でもたくさんの反応があって、なかには「戸塚ヨットスクールと同じ案件か」なんて意見も見られたが、事実はどうだか良く分からない。

私がこの事件を見て感じたのは、人間人間を救済するということの難しさだ。

人間人間を救うことは不可能なのかもしれないと思ってしまった。

精神障害者としてサポートを受ける立場になってみて思ったこと。

私は精神障害者になってから福祉施設サポートを受け就労を目指しているのだが、

支援をする側の人間支援を受ける側の人間には、明らかに境界線があると感じる。

同じ人間ではない、そんな感覚

支援する側は当たり前のことを当たり前にやり遂げることを求められる生活の中生きている。

例えば9時-5時の勤務時間を守る。少しの体調不良くらいでは休まない。ノルマを達成する。仕事効率化を常に考える。

精神障害者からしたらかなりレベルの高いことを、当たり前のようにこなしている支援者

その支援者支援する人間は、これがほとんどできないわけである

朝決まった時間に起きられないので遅刻欠席は当たり前、体調がしょっちゅう悪くなる。のんびり生きているのでノルマとか効率化とか考える余裕のない人が多いと思う。(私もそうです。)

支援されていて思うのは、たまに支援者の人が精神障害者の人に対してイラついてるな、と感じることがあるということ。

そして、障害者側も健常者である支援者がそう感じるのは仕方がないとどこかで思っている。

昔はやったドラマ聖者の行進というえげつない内容のドラマがあった。

あのドラマ福祉施設経営者精神障害の子供たちを食い物にしていたぶるという鬼畜まりない内容なんだが、今も実際にそういう施設はたくさんあるんじゃないかと思う。

そもそも人間人間を救うなんて傲慢な話なんだ。

神様でも仏様でもない人間が広い心を持って自分が当たり前のようにやっていることをできない人間や、病気であることを理由に頑張らない人間に対して優しく接し続けるなんて難しいと思う。

一日も早く、弱者救済職業や役目をロボットが担う世の中になればいいと思う。

2016-10-26

http://anond.hatelabo.jp/20161025183018

問題おかしいやつにまともな責任能力を持たせたことだと思う。

措置入院必要だったのはむしろこの親父。それも早期に薬物治療必要だった

DVしろ「金を取られている」という妄想しろ統失典型的な症状だろ。

本人が「あ、俺統失だわ」って気づいて自ら病院に出向くことなんてないんだから、周りがなんとかできなかったのか

それとも長江寺の住職が「統失病院では治らないか祈祷させろ」と言って悪化させたか

2016-10-18

私の大好きなおじいちゃん

私が生まれ育った滋賀県田舎では、

大雨が降ると、鯉とかオオサンショウウオが上流から流されてきた。

うちはお寺だったけど、肉や魚は普通に食べていて、

住職をしていたおじいちゃんは特にオオサンショウウオの肉が好物だった。

から、雨が降り出すと、おじいちゃんは、

もっと降らんかのぅって楽しみにしていた。

私はそんな嬉しそうな顔をするおじいちゃんが大好きだった。

ある年、秋も終わりの頃に、台風関西方面に直撃する時があった。

おじいちゃんは、

「ひさびさにオオサンショウウオの肝が食べたい」といって、

家族が止めるも聞かず、網をもって川にいってしまった。

そして、おじいちゃんは川に流され、帰ってこなかった。

翌日、警察が川を捜索をしたところ、3km下流川岸で死んでいるおじいちゃんが見つかった。

なんでも、その時のおじいちゃんの屍体に、

オオサンショウウオが群がっていたそうです。

から、いまでも私はオオサンショウウオを食べると、

ああ、これが大好きなおじいちゃんの味なのかなー、と思うのです。

2016-09-23

増田投稿ブクマ数稼ぐときのコツ

みんなどうしてますか?

私はまず、乙丑の日を選び、その未の刻に東南東にある神社に参拝します。ここの神社神様特に八幡様礼拝しまます。その後に、3日ほど肉などを避けた精進料理を続け潔斎し、次にここが重要なのですが最終日にトウゴマから作った自然由来の下剤をじっくりと飲んで、体内の不純物(うんこ)を排出します。そうして仏壇祖先神礼拝し(このあたり、うちでは上手く神仏習合した仏壇になっています)、パソコンの周囲に香をたき、お神酒や榊を手順どおりに配置します。右手パソコンの電源を押下し、祝詞を唱えながら起動させます。次にインターネットエクスプローラを起動します。ここでも正信偈などしかるべき経文を唱えます。近所のお寺の住職に頼んで3人体制でやることもあります。充分にブラウザの準備が整ったら、googleの神ラリーキリスト式で祈祷し、不空羂索観音真言を唱えます。そして「はてな匿名ダイアリー」と押下しサイトに参りますログインの際には文殊菩薩、書きこみの際には広目天真言を唱えてます

こんな感じてやってるんですが大丈夫でしょうか? 特にどのタイミングでどの神仏に祈るのかちょっと自信ありません。皆さんのやり方というか、稼ぐときのコツを教えてください!

2016-06-24

檀家住職を追い出しまくってる

近所の寺が無人になるの何件目だろう。

特に悪い噂がない住職が金が払えない檀家によって追い出された。

日本は貧しくなった。

もうお坊さんはボランティアしか無理なのだろう。

2016-06-13

祖母が90歳を越えて、宗教不眠症になって老衰している話

タイトル通りなのだが、色々調べて不思議気持ちになったので書いておく

うちの祖父母は双方90歳こえて元気にやってる信心深い夫婦で、先祖代々名古屋昭和区興正寺檀家をやってきている。

ここ数年、興正寺が色々と問題を起こしている。

http://www.asahi.com/articles/ASHCN7T68HCNOIPE025.html

(興正寺プレハブ対立問題)

http://anago.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1360116318/

(僧侶不当解雇見習い通夜問題)

うちの祖父母は、割と熱心な檀家でもちろんこういった問題があることは知っているものの、

「おっさま(名古屋弁で坊さんの意)や若様が、考えもなしにそんなことするわけにゃーて。みんな信じとるもんでだいじょうぶ」

と何を心配しているのかも最早よくわからんが、何か達観した様子でこの手の騒動をみていた。

家族としては、信仰の魅力はわからないけど楽しそうだし、

信仰自由尊重し、まぁ好き勝手やってくれと思っていたが、この手の問題には眉を潜めていた。

興正寺(U住職) と プレハブ寺(高野山から派遣された稲沢市のA寺のM住職)が要は対立しているのだが

このM住職というのが、元々15年ほど前に興正寺で働いていた住職だと祖父から聞かされた。

ニュースでは不当解雇となっているものの、

解雇された M住職・N住職・U住職というのは うちの婆様界隈ではみんな知っていることらしいが

興正寺への寄付を懐にしまい、自分の寺の修復費用に充てるなどを何度も繰り返しており

それを現職のU住職は見て見ぬふりをしていた。

・・が、余りにも目につくようになりU住職代替わりが近いタイミング解雇と相成ったらしい。

(興正寺名古屋一二を争う大きな寺で、名古屋市近郊の坊さんがたくさん働きに来るのだとか。雇用形態などの仕組みはよくわからない。)

祖父母は檀家総代などをやっていた為、プレハブ寺側のM住職とも面識があり、最近偶然出くわした際に以下のような会話をしたらしい。

90超えの老人のいうことなので、どこまで正確かはわからないが。

M住職「◯◯さん、今のままあちらさん(興正寺)を支援なさるんかね。高野山を敵に回したってことになりますよ」

祖母「私は、あんたさんがやってきたことをよく知っとるからあんたの支援はできん。興正寺興正寺高野山高野山。私は興正寺檀家。」

M住職「私が興正寺代表になった時には、◯◯さんには色々やめてもらわなきゃいかんね・・」

この会話をうけ、祖母は泣き崩れてしまった。

母と興正寺相談にいったらしい。M住職が、興正寺代表になることはあるのか?と尋ねたところ

興正寺「M氏が、規則にない住職代行を名乗ってまで興正寺に取り入ろうとしている目的は、数年前の不始末を消すことでしょうから。そんなことは私達は本山が何を言おうと許しません」

肝心の質問ストレートに答えないあたり、坊主というのは流石な生き物である

Q:Mは代表になりますか? A:許しません

祖父母は、興正寺戦後の再建などに大きく力を貸したようで、寺を守るという意識ものすごく強い。

もう3人しか生きていないが、茶飲み友達などは、M住職興正寺を入ることを本気で拒んでいる。

(私はその感覚が全く理解できないので、口も出せないが)

この相談にいった日から祖母調子おかしくなった。

「墓に入るなら興正寺と決めていたのに、Mが代表になったらと思うと恐ろしくて眠れない」と言うのだ。毎晩眠れないらしい。

祖母に色々聞いてみたところ、何十年も前に、祖父に隠して興正寺寄付をしていたらしく それをM氏に渡していたのだと言う。

寄付をすることにより、なんかに寄付人として名前掲載されるはずだったが、本来載るべきだった名前が載っていなかったそうだ。

祖母の周りでもM氏経由で寄付をした人たちだけが寄付人として 名前が載らなかったようで

M氏が横領したのでは?と言う噂もたったが、目を瞑っていたようだ。そして、10年ほど前、解雇されてホッとしていたそうだ。

それが現在興正寺の目の前にプレハブ小屋をたて、住職代行を名乗っている。数年前なら檀家がそんなことは許さなかったが

力を持った檀家高齢化には勝てず、M氏のことを知る人が減ってきたところで今回のこの騒動のようだ。

ちなみに、祖母祖母友人の寄付総額は、私の年収の倍以上だ。バカらしくてめまいがした。

私としては、もういい歳なんだし好きなことやってていいよ、と思うものの、

祖父母にとっては興正寺が宝のようなもので、檀家であることに誇りを持っている。その趣味やめろとも言いづらい。 

・・が、余りにもタチの悪い趣味である金も時間もかかるし、何より登場人物銭ゲバ坊主だらけである

そもそも高野山興正寺関係もわかっておらず、祖母の話を話半分で聞きながら興正寺周りの噂を探していたところ、不気味なブログをみつけた。

http://blogs.yahoo.co.jp/crusiafr/archive/2016/04/27


実名まくり

どこまでが事実かわからないが、ここにある坪単価や値上げ額などは事実

8 :名刺は切らしておりまして:2013/02/06(水) 11:11:52.08 ID:sdFlk7sq

お寺が朝鮮人に乗っ取られたら、だいたいこうなる

お前らも気を付けろよ

http://anago.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1360116318/8


この書き込みを思い出して、いやな寒気がした。

祖母にとって興正寺とは、仏教とは 

それらが何なのかがよくわからないが、家族のように大切なモノだと私と母は解釈した。

祖母はここ数日で急激にやつれた。

毎日困るくらい元気そうだったが、ここ数日全く元気がない。

調べてみたり近所の人らに話を聞いてみたが、正直よくわからない。

興正寺はU住職じゃなきゃ困る。」と近所の人は言うが、ネット上で記事になっているのは「U住職は悪」という内容ばかり。

何が真実なのかよくわからない。

私としてはプレハブだろうと興正寺だろうと構わないのだが、坊主が老人が眠れなくなるような事言うなよ!と怒りが湧いてくる。

なんか誰かに聞いて欲しかったのでとりあえず書いてみた。

2016-06-08

増田警察

俺の故郷田んぼばっかりのまさに田舎ってとこだったんだが

近所のお寺に住み込みで手伝いしてるオッサンがいたんだ

まれつきの知的障害があってあんまり会話は成立しないけど

いつもニコニコして寺の掃除とかしていた

 

俺ら子供連中はそのオッサンの背が

小学校高学年くらいしかいか

子供+オッサン」で失礼だけど

「こどっさん」と呼んでた

俺と友達何人かでよくからかったりして遊んだりしたけど

基本的にはみんな、

こどっさんのことは別に嫌いじゃなかった

 

冬になりかけぐらいのある日、

こどっさんが寺の外にいるのを見かけた

その様子が普通じゃなかった

 

手にはいつも境内焚き火をしたりするときに使う

火かき棒持って顔を真っ赤にして走り回っているが

声をかけても全然聞こえてない

 

俺らは、もともとおかしかったこどっさんが

ついにトチ狂ったと驚いて、家に走って帰り

「こどっさんがおかしゅうなった!」

と報告して何人もの大人がこどっさんを追いかけて

それに俺らが走ってついていくという形になった

 

ついにこどっさんを発見したけど、

こどっさんは血走った目で取り乱していて要領を得ないし、

すばしっこく動いて大人にも捕まえきれない

 

そのうち集落のはずれに停まっていた

白いバンの窓ガラスを火かき棒で叩き割った

 

「キャー!」

という悲鳴が響き渡って、

もついにこどっさんが

この村からいなくなってしまうんかなとか

妙に他人事みたいに考えてた

 

でも白いバンの様子がおかし

から誰も出てこないし

エンジンをかけて移動しようとしているし

それをこどっさんが棒でガンガン叩きまくっているし

バンの中からはキャーキャー悲鳴が上っている

 

いかけていた大人集団にいた

ウチのはす向かいのお爺さんが突然

「C実(俺の同級生女子)か?!」

と声を荒げた

 

何を言ってるんだろう?と

みんなが思っているとバンの中から

「お爺ぢゃーーーん!」

とまさにC実の声で叫んだ

 

なんとC実が拉致されるところだった

 

大人全員でバンから大学生数人を引きずり出して

駐在さんを呼んで一件落着

 

C実は衣服が少し乱れていたけど

他には何もされていなかったし

何より顔をグシャグシャにして泣きまくっていた

 

後で住職が落ち着いたこどっさんから聞き出した話では

寺の掃除をしていたら、

C実の悲鳴みたいなのとドヤドヤ騒ぐ音が聞こえたか

棒を持って寺を飛び出したということだった

 

俺が何より驚いたのが

天然のアホで俺ら子供区別もつかないと

思い込んでいたこどっさんが、

声だけ聴いて誰かこの集落の子供に

危険が迫ったのを察知して武器を取り

あんなに必死に走り回って探してくれていたことだった

 

事件後一番ブチ切れたのはC実のおじいちゃんで

戦争行った時に使ってた刀を家から持ち出して

「お前ら全員たたっきってやる!」

と大暴れしていたのを

C実のお父さんに羽交い絞めで止められていた

 

こどっさんはそれからニコニコしながら

寺の手伝いしてたけど

俺らちょっとこどっさんを尊敬するようになった

 

一昨年、病院で亡くなられたこどっさんを思い出しつつ

投稿してみた

2016-03-31

お坊さんをお呼びした家族葬(D.I.Y.葬)が総額42,360円で完璧に出来たお話

平成283月14日特別養護老人ホームに入所していた認知症の叔母さん(父方)が亡くなりました。齢90歳。

叔母さんからみて、兄の子である私がひとりでこの叔母に関する全てを執り行ない、総額42,360円の支出のみで完璧に満足のできる葬儀が出来ました。

本日様々な手続きを含めて全てが終わったので記録として書いておきます

しかすると家族葬費用をかけずに行いたい方には参考となるかも(?)しれません。

家族構成

私の実家富山県

隣接した岐阜県に私は現在居住しています(実家には車で高速道を使って約2時間30分の距離)。

富山県実家には現在私の母親がひとり暮らし

父は数年前に他界しています祖父母も他界

老人ホームに居たのは私の父の妹で、結婚はしていましたが旦那は既に他界子供は居ませんでした。

旦那の両親も兄弟他界して、その旦那兄弟には子供が居る模様(不明)。

叔母の兄弟は3人。上から順に姉(他界)、私の父(他界)、叔母。他界した姉さんには女1人と男4人の子供がいます。叔母さんから見て、その5人は私と同じく姪とか甥にあたるわけですが、今も健在。 姪とか甥は全部で6人居てそのうち1人が私というわけです(私が最年少)。

叔母は旦那他界後に体調を崩して富山県内の老人ホームに入所しましたが、その時に保証人となっていたのが私の父でした。

父の他界後は母が時々面会に行っていましたが、母は高齢運転免許もないので、私が父の後を引き継ぐ形で叔母の保証人になっていました。

入所後は月に1回くらい母と私で施設に面会に行く程度。従兄弟や友人が面会に来たという話は施設職員の方に聞いてもほぼ皆無。

そんな叔母さんが「食事を充分に摂れなくなった」と施設から連絡を受けたのが今月の初め。

施設に行くと、「食事自分で摂れなくなったので"胃ろう"にしますか?それとも"点滴処置"を希望されますか?またはこのまま看取り介護に移行しますか?」と選択を迫られることに。

"胃ろう"なんて造っちゃったらまた数年生存してしまうかもしれません。それで元気になるのであればいいのですけど、既に認知症悪化していて先はありません。点滴したとしても数週間生存が延びるだけです。施設の順番待ちの方も沢山いますし、これ以上税金が叔母さんに使われるのはかなり躊躇われます

「看取り介護にしてください」と、迷わず伝えました。この時点で全て自分責任判断で進めることにします。

さて、ここで叔母さんの余命はあと2週間程度であろうと推測。そうなると近いうちに葬儀の準備が必要となります

以前私の父が亡くなったときには普通に葬儀を行いましたので150万円ほどかかりましたが、叔母さんは長く施設に入っていましたし、面会者も私と母以外に全くいませんでしたか家族葬で充分です。なお、叔母さんは認知症でありながらも面会毎に「私が死んでも葬式は要らないからね」といつも言っていたのですけども。

まずはネット検索してみます業者を使うと直葬(火葬のみ)で10.8万円とかのプランもありましたが、叔母さんが以前から檀家であるお寺が存在していることを聞いていましたし、せめてそちらのお坊さんにお経だけは読んでもらおうと考えました。

(激安のプランって結局「霊安室レンタル時間料金」とか、「搬送10km以内でそれ以上は激割り増し料金」だとか、「エンゼルケアは完全別料金」とかどんどん高額にならざるを得ないシステムなので要注意です)

次にネット検索で棺を購入します。直葬セット6点セット(棺(折りたたみ式)、白布団、仏衣、骨壷6寸、骨箱、顔あて布)というものが送料込み27,600円。早速注文して実家に送ってもらいました。amazonでも18,000円とかで棺が売っていましたが(笑)実家に大きな棺をそのまま何日も置いておくのも嫌でしたのでそちらの折りたたみ式のものを選択。

その後は私も普通に職場仕事をしていましたが、「叔母さんが亡くなったら自分喪主となる予定ですのでその時はすぐに休暇ください!」と職場ではアピールをしておきました。

そして、3月14日17時すぎ、施設から「亡くなられました」と電話がかかってきました。私のスイッチが入ります

すぐに実家近くのレンタカー屋さんに電話し、ハイエースバンを予約。死亡から24時間火葬することが出来ないため、その翌日17時ではすでに火葬場は時間外となります。ですので、火葬さらに次の日になるはずだと判断して48時間借りることにしました。

車で帰宅途中にレンタカー屋さんに直行実家に帰ったときはすでに21時を廻っていました。

借りたハイエースバンに届いていた棺一式を載せ、母と一緒に老人ホームに向かいます

ところで、以前父が亡くなったとき家族の前で葬儀屋さんが身体を拭いたり仏衣を着せたりするのを私は見ていたのですが、当時その行為ものすごく違和感を感じていましたので、次に自分が執り行う葬儀場合は全部自分ひとりでエンゼルケア(死後の処置・湯灌)や納棺を行おうと心に決めていました。

22時頃に施設に到着。職員の方に「私がエンゼルケアしますので部屋は私一人にしてください!」と宣言し、「葬儀屋さんは呼ばれないのですかっ?!」と職員さんに驚かれつつ、エンゼルケア中は母にも外で待機してもらいます

叔母さんはずっと食べていなかったので排泄物ほとんどないはず。身体を拭き、準備しておいた紙おむつを履かせました。あとは購入した白装束を着せて手を組み、数珠を持たせます

お化粧もしてあげました。アイラインを引き、チークを入れてリップも塗ります

叔母さん、とても可愛くなりました。お化粧なんて施設入所してからしていないもんね。

亡くなってはいますが、ちゃんとお話をしながらお世話出来たことが私にはとても満足でした。

痩せて小さな方なのでなんとかお姫様抱っこで棺に収めます。「終わりました!」施設職員の方々に手伝ってもらい、棺をハイエースバンに載せます。法的には死亡診断書があれば車に載せたままどこに移動してもOK。

荷物は後日取りに行くことを伝えて実家帰宅ホントは棺を一時家に入れてあげたいところですが、私一人の力で棺を移動させることは到底無理なので、そのまま毛布を棺に被せてハイエースバンを霊安室の代わりとさせてもらいます(汗)。

寒い時期だからよかったのですが、夏だったらドライアイスの購入が必要ですね。

翌日、朝一で市役所に行って死亡届を提出し、火葬許可証を発行してもらいます。次の日の午前10時に火葬予約が取れました。

早速、叔母さん本人が檀家だというお寺に行って、お坊さんにお経を読んで頂くためのお願いをします。

「叔母さんが昨日亡くなられました。明日10から火葬します。お骨になったら都合のいい日にこちらのお寺に持ってきますので、その時にお経を読んでいただくことは出来ますか?大変失礼かもしれませんが、お布施予算は3万円です!」

あらかじめお布施予算をお坊さんに宣言してしまう私も私だと思いますけども、どこまでやってもらえるのかが全く解りませんし、あとで揉めないためにも仕方がありません。

住職のお坊さん、その唐突なお願いと内容に大変驚き、しばらく唸って考えていましたが、「わかりました。それでは、明日直接火葬場に出向きますので、お葬式としてのお経をそこで読ませて頂きます。お骨になったら、骨壺を持ってもう一度お寺に来てください。」と提案していただきました。

これでお坊さんの手配ができました。本来、枕お経(?)と言って火葬前にお経を読むこともあるようですが、お葬式としてそこで読むのは初めてとのこと。

ここまでで、この日に行う調整は全て終了です。老人ホーム挨拶に行くと、施設長さん(高齢女性です)が応接室に通してくれました。

昨日からお話をしたところこれまた大変驚かれ、「私もそうやって家族にやってもらいたいわ!」と感動されました。何でも、今の人達は全部業者(要は他人ってことです)にお金を払ってやってもらうのが普通で、「昔はそういうことは全部家族でやったのよ・・」と全てお金で解決して他人事のように進めてしまう現状を嘆いていらっしゃったのが凄く印象的でした。

帰宅して翌日の葬儀のための喪服を母と準備。ここで叔母さんは亡くなってから2日目ですけども、ハイエースバン霊安室にはあと1晩活躍してもらうことにします(汗)。

翌日、母と一緒に棺を載せたハイエースバンで火葬場に行きます寒い時期なので、ドライアイスがなくとも車内に全く臭いしませんでした。

火葬場の玄関に車を横付けし、火葬場の職員さんを見つけて「棺を降ろすのを手伝って頂けますか?」とお願いします。職員さん、承諾はしていただいたものの、何か怪訝な表情。

葬儀業者の方?」と聞かれて「いいえ。家族です。自分で持ち込みました」と言ったところまた大層驚かれて「経験があるのですか?」「いえ、全くありません。何事も初めてですから教えてください」と答えるとさらに周囲の職員皆驚いている様子(←なぜそこまで毎回毎回皆さん驚くのか未だに全く解っていない私)。

そういうやりとりをしているうちに、お坊さんが15分前に到着。棺の前でお葬式(告別式)としてのお経を読んで頂きました。お経がめちゃ早口です(笑)。内容はわかりませんけど、それなりのお経だったのだと思います10時ピッタリに読経終了。さすがプロですね。

火葬が終了するのは11時50分とのことだったので、それまでの時間を利用して、棺を降ろして空になったハイエースバンで老人ホームに向かい、残っていた荷物を引き取りに行きました。

お礼やら挨拶をして11時30分に火葬場に戻ると、職員さんが既に玄関先で待っていて「もう終わりましたので収骨に来てください」とのこと。

収骨は別室で行なわれます通販で購入した6寸の骨壺は全骨収骨にはピッタリの大きさでした。骨箱に壺を収めてお寺に向かいます

お寺に着くと、そのまま壇上に上げてお経を読んで頂きました。15分くらいでしょうか。檀家ってことで、壺に戒名?を書いて頂き、そのままお骨は預かってもらうことになりました。もしも拒否されたら散骨でもしようかと考えていましたけども。

「これで全部終わりました」とお茶を出されて母と一緒に一安心。(お坊さんが関わったのは車での移動を含めて約1時間程度)

住職に「今までこのような葬式をされたことはありますか?」と聞いてみると、「以前1回だけ、身よりの無い人に対してお経だけというのはしたことがありますが、こういうのは初めてです」とのこと。うん、そうなのですね。よほど珍しいのですね・・、まあいっか。

お約束どおり3万円の入ったお布施の袋を渡し、お礼を言って今度は近くのリサイクルショップに先ほど施設から回収した大量の衣服キャビネット家具等の荷物を持ち込みます。「全部置いて行きますが、お金要りませんので処分もいいでしょうか?」との条件で交渉成立。

そのまま帰りにレンタカー屋さんに寄ってハイエースバンを返却。母と歩いて実家に帰ります。途中でお昼ご飯。

さて、火葬手続きで前日に市役所に行ったとき年金手帳国民健康保険証等の返却等は除籍謄本が出来る1週間後でないと事務処理は無理だと聞いていましたので、私はここで一旦仕事のために岐阜の自宅に戻ります

葬儀を執り行った連絡を先の5人の従兄弟に通知します。以下の内容でハガキを送付しました。

……………………………………………………………………………………………

叔母 ○○ ○○儀 かねてから特別養護老人ホームにて療養中でございましたが

去る平成二十八年三月十四日に永眠いたしました

ここに謹んでご通知申し上げます

葬儀におきましては 故人の生前意志により 誠に勝手ながら家族のみにて執り行いました

本来ならば早速申し上げるべき処でございましたが ご通知が遅れましたことを お赦しください

生前中賜りましたご厚誼に心より御礼申し上げ 失礼ながら 書中をもってお知らせ申しあげます

平成二十八年三月十八日

〒○○ ○○-○○

○○ ○○

喪主 ○○ ○○

……………………………………………………………………………………………

一週間後、休暇をとって実家に戻り、市役所年金事務所に行きます。この年金手続きを行うため、あらかじめ私の居住地自分住民票(家族全員)、戸籍抄本を取得しておきます(これがないと叔母との関係証明できない)。

また、生計一関係に関する申立書(遺族年金・未支給・一時金)※配偶者・子以外が請求するとき っていう書式が必要となります。直系家族ではないので、関係があったということを第3者が証明するためです。理由は「毎月面会して日用品などを援助していました」とかでいいみたい。証明には老人ホーム施設長さんの名前と印が必要だったので、FAXしてあらかじめ返送をお願いしておきました。

市役所で取得するのが叔母の住民票の除票、叔母の除籍謄本、私の父の除籍謄本返還するのが叔母の後期高齢者医療被保険者証(国民健康保険証)。これを返すと葬儀費用として3万円が支給されますので、棺とレンタカー領収証を提出します。あとは介護保険保険証障害者手帳印鑑登録証なども返却。自分預金口座を通知します。

次いで年金事務所に行き、叔母の住民票の除票、叔母の除籍謄本、父の除籍謄本、私の住民票(全員)、私の戸籍抄本と準備しておいた生計一関係に関する申立書を提出。これだけ揃わないと、叔母との関係証明できないとのこと(謄本等に祖父母の名前が書いてあることで関係確認)。ここでも自分預金口座を通知します。

叔母が亡くなるまでの1ヶ月程度の年金支給されるのですが、凍結されてしまった叔母の口座では入金できないため、私の預金口座にしないといけないのです。

ちなみに、こんなこともあるだろうと以前叔母の口座はネットから操作できるようにしておいたので、残っていたわずかな預金は凍結前に私の口座に振り替え済みなのでした(笑)

これで叔母さんの葬儀と様々な手続き全てが終了しました。実際に私が動いたのは亡くなった日の夕方から葬儀終了までの2.5日間の間と、1週間後に市役所等の手続きに使った1日間の計3.5日間のみ。

葬儀費用

直葬セット6点セット 27,600円

お坊さん葬式お布施 30.000円

レンタカー(ハイエースバン)48時間 14,500円

葬儀を行った旨の親戚への通知はがき代 52×5=260円

合計 72,360円、市から葬儀費用30.000円が支給されるので、

葬儀支出費用は 42,360円 ←後日支払われる日割りの年金支給分で完全に相殺される予定

お疲れ様、お母さん、そして自分

そして最後に 叔母さんのご冥福を心からお祈りして終了させていただきます

合掌

2016-02-22

日本死ね

俺、建築関係仕事やってんだけれども、先日、岩手県とある古いお寺を解体することになったんだわ。

今は利用者もないお寺ね。んでお寺ぶっ壊してると、同僚が俺を呼ぶのね。

「俺君、ちょっと来て」と。俺が行くと、同僚の足元に、黒ずんだ長い木箱が置いてたんだわ。

俺 「何これ?」

同僚「いや、何かなと思って・・・本堂の奥の密閉された部屋に置いてあったんだけど、

   ちょっと管理してる業者さんに電話してみるわ」

木箱の大きさは2mくらいかなぁ。相当古い物みたいで、多分木が腐ってたんじゃないかな。

表に白い紙が貼り付けられて、何か書いてあるんだわ。相当昔の字と言う事は分ったけど、

凡字の様な物も見えたけど、もう紙もボロボロで何書いてるかほとんどわからない。

かろうじて読み取れたのは、

大正??年??七月??ノ呪法ヲモッテ、両面スクナヲ???二封ズ」

的な事が書いてあったんだ。木箱には釘が打ち付けられてて開ける訳にもいかず、

業者さんも「明日、昔の住職に聞いてみる」と言ってたんで、その日は木箱を近くの

プレハブに置いておく事にしたんだわ。

んで翌日。解体作業現場に着く前に、業者から電話かかってきて、

業者「あの木箱ですけどねぇ、元住職が、絶対に開けるな!!って凄い剣幕なんですよ・・・

   なんでも自分が引き取るって言ってるので、よろしくお願いします」

俺は念のため、現場に着く前に現場監督に木箱の事電話しておこうと思い、

俺 「あの~、昨日の木箱の事ですけど」

監督「あぁ、あれ!お宅で雇ってる中国人留学生)のバイト作業員2人いるでしょ?

   そいつ勝手に開けよったんですわ!!とにかく早く来てください」

嫌な予感がし、現場へと急いだ。プレハブの周りに、5~6人の人だかり。

例のバイト中国人2人が放心状態プレハブの前に座っている。

監督「こいつがね、昨日の夜中、仲間と一緒に面白半分で開けよったらしいんですよ。

   で、問題は中身なんですけどね・・・ちょっと見てもらえます?」

単刀直入に言うと、両手をボクサーの様に構えた人間ミイラらしき物が入っていた。

ただ異様だったのは・・・頭が2つ。シャム双生児?みたいな奇形児いるじゃない。

多分ああい奇形の人か、作り物なんじゃないかと思ったんだが・・・

監督「これ見てね、ショック受けたんか何か知りませんけどね、この2人何にも喋らないんですよ」

中国人2人は俺らがいくら問いかけても、放心状態でボーっとしていた(日本語はかなり話せるのに)。

あ、言い忘れたけど、そのミイラ

「頭が両側に2つくっついてて、腕が左右2本ずつ、足は通常通り2本」という

異様な形態だったのね。俺もネット2ちゃんとかで色んな奇形写真見たこと

あったんで、そりゃビックリしたけど、「あぁ、奇形か作りもんだろうな」と思ったわけね。

んで、例の中国人2人は一応病院に車で送る事になって、警察への連絡はどうしようか、

って話をしてた時に、元住職(80歳超えてる)が息子さんが運転する車で来た。開口一番、

住職「空けたんか!!空けたんかこの馬鹿たれが!!しまい、空けたらしまいじゃ・・・

俺らはあまりの剣幕にポカーンとしてたんだけど、住職が今度は息子に怒鳴り始めた。

岩手訛りがキツかったんで標準語で書くけど、

住職「お前、リョウメンスクナ様をあの時、京都の~寺(聞き取れなかった)に絶対送る

   言うたじゃろが!!送らんかったんかこのボンクラが!!馬鹿たれが!!」

ホント80過ぎの爺さんとは思えないくらいの怒声だった。

住職「空けたんは誰?病院?その人らはもうダメ思うけど、一応アンタらは祓ってあげるから

俺らも正直怖かったんで、されるがままに何やらお経みたいの聴かされて、経典みたいなので

かなり強く背中とか肩とか叩かれた。結構長くて30分くらいやってたかな。

住職は木箱を車に積み込み、別れ際にこう言った。

可哀想だけど、あんたら長生きでけんよ」

その後、中国人2人の内1人が医者首をかしげ心筋梗塞で病室で死亡、

もう1人は精神病院移送解体作業員も3名謎の高熱で寝込み、俺も釘を足で踏み抜いて5針縫った。

真相が知りたく何度も住職に連絡取ったんだけど、完全無視だった。

しかし、一緒に来てた息子さん(50過ぎで不動産経営)の連絡先分ったんで、

しかしたら何か聞けるかも?と思い、電話してみた。

なかなか話し好きなオジサンだった。要点を主にかいつまんで書く。

俺 「アレって結局何なんですか??」

息子「アレは大正時代に、見世物小屋に出されてた奇形人間です」

俺 「じゃあ、当時あの結合した状態で生きていたんですか?シャム双生児みたいな?」

息子「そうです。生まれて数年は、岩手とある部落暮らしてたみたいだけど、生活に窮した

   親が人買いに売っちゃったらしくて。それで見世物小屋に流れたみたいですね」

俺 「そうですか・・・でもなぜあんミイラの様な状態に??」

息子「正確に言えば、即身仏ですけどね」

俺 「即身仏って事は、自ら進んでああなったんですか!?

息子「・・・君、この事誰かに話すでしょ?」

俺 「正直に言えば・・・話したいです」

息子「良いよ君。正直で(笑) まぁ私も全て話すつもりはないけどね・・・

   アレはね、無理やりああされたんだよ。当時、今で言うとんでもないカルト教団がいてね。

   教団の名前は勘弁してよ。今もひっそり活動してると思うんで・・・

俺 「聞けば、誰でもああ、あの教団って分りますか?」

息子「知らない知らない(笑)極秘中の極秘、本当の邪教だからね」

俺 「そうですか・・・

息子「この教祖がとんでもない野郎でね。外法(げほう)しか使わないんだよ」

俺 「外法ですか?」

息子「そう、分りやすく言えば(やってはいけない事)だよね。ちょっと前に真言立川流が、

   邪教だ、外法だ、って叩かれたけど、あんな生易しいもんじゃない」

俺 「・・・具体的にどんな?」

息子「で、当時の資料も何も残ってないし偽名だし、元々表舞台に出てきたヤツでもないし、

   今教団が存続してるとしても、今現在教祖とはまったく繋がりないだろうし、

   名前言うけどさ・・・物部天獄もののべてんごく)。これが教祖名前ね」

俺 「物部天獄。偽名ですよね?」

息子「そうそう、偽名。んで、この天獄が例の見世物小屋に行った時、奇形数名を

   大枚はたいて買ったわけよ。例のシャム双生児?って言うの?それも含めて」

俺 「・・・それで?」

息子「君、コドクって知ってる?虫に毒って書いて、虫は虫3つ合わせた特殊漢字だけど」

俺 「壺に毒虫何匹か入れて、最後に生き残った虫を使う呪法のアレですか?(昔マンガに載ってたw)」

息子「そうそう!何で知ってるの君??凄いね

俺 「ええ、まぁちょっと・・・それで?」

息子「あぁ、それでね。天獄はそのコドクを人間でやったんだよ」

俺 「人間密室に入れて??ウソでしょう」

息子「(少し機嫌が悪くなる)私もオヤジから聞いた話で、

   100%全部信じてるわけじゃないから・・・もう止める?」

俺 「すみません・・・続けてください」

息子「分った。んで、それを例の奇形たち数人でやったわけさ。教団本部か何処か知らないけど、

   地下の密室に押し込んで。それで例のシャム双生児が生き残ったわけ」

俺 「閉じ込めた期間はどのくらいですか?」

息子「詳しい事は分らないけど、仲間の肉を食べ、自分の糞尿を食べてさえ生き延びねばならない期間、

   と言ったら大体想像つくよね」

俺 「あんまり想像したくないですけどね・・・

息子「んで、どうも最初からそのシャム双生児が生き残る様に、天獄は細工したらしい

   んだ。他の奇形刃物か何かで致命傷を負わせ、行き絶え絶えの状態で放り込んだわけ。

   奇形と言ってもアシュラ像みたいな外見だからね。その神々しさ(禍々しさ?)に

   天獄は惹かれたんじゃないかな」

俺 「なるほど・・・

息子「で、生き残ったのは良いけど、天獄にとっちゃ道具に過ぎないわけだから

   すぐさま別の部屋に1人で閉じ込められて、餓死だよね。そして防腐処理を施され、即身仏に。

   この前オヤジの言ってたリョウメンスクナの完成、ってわけ」

俺 「リョウメンスクナって何ですか?」

息子「神話時代に近いほどの大昔に、リョウメンスクナと言う、

   2つの顔、4本の手をもつ怪物がいたらしい。

   伝説にちなんで、例のシャム双生児をそう呼ぶ事にしたんだよ」

俺 「そうですか・・・

息子「そのリョウメンスクナをね、天獄は教団の本尊にしたわけよ。呪仏(じゅぶつ)としてね。

   他人呪い殺せる、下手したらもっと大勢の人を呪い殺せるかも知れない、

   とんでもない呪仏を作った、と少なくとも天獄は信じてたわけ」

俺 「その呪い対象は?」

息子「・・・国家だとオヤジは言ってた」

俺 「日本のものですか?頭イカレてるじゃないですか、その天獄って」

息子「イカレたんだろうねぇ。でもね、呪いの効力はそれだけじゃないんだ。

   リョウメンスクナの腹の中に、ある物を入れてね・・・

俺 「何です?」

息子「古代人の骨だよ。大和朝廷とかに滅ぼされた(まつろわぬ民)、いわゆる

   朝廷からみた反逆者だね。逆賊。その古代人の骨の粉末を腹に入れて・・・

俺 「そんなものどこで手に入れて・・・!?

息子「君もTV新聞とかで見たことあるだろう?古代遺跡や墓が発掘された時、

   発掘作業する人たちがいるじゃない。当時はその辺の警備とか甘かったらしいから・・・

   そういう所から主に盗ってきたらしいよ」

俺 「にわかには信じがたい話ですよね・・・

息子「だろう?私もそう思ったよ。でもね、大正時代に主に起こった災害ね、

   これだけあるんだよ」

 1914(大正3)年:桜島の大噴火(負傷者 9600人)

 1914(大正3)年:秋田大地震(死者 94人)

 1914(大正3)年:方城炭鉱の爆発(死者 687人)

 1916(大正5)年:函館の大火事

 1917(大正6)年:東日本大水害(死者 1300人)

 1917(大正6)年:桐野炭鉱の爆発(死者 361人)

 1922(大正11)年:親不知のナダレで列車事故(死者 130人)

そして、1923年大正12年)9月1日関東大震災、死者・行方不明14万2千8百名

俺 「それが何か?」

息子「全てリョウメンスクナが移動した地域だそうだ」

俺 「そんな!教団支部ってそんな各地にあったんですか?と言うか、偶然でしょう(流石に笑った)」

息子「俺も馬鹿な話だと思うよ。で、大正時代の最悪最大の災害関東大震災の日ね。

   この日、地震が起こる直前に天獄が死んでる」

俺 「死んだ?」

息子「自殺、と聞いたけどね。純粋日本人ではなかった、と言う噂もあるらしいが・・・

俺 「どうやって死んだんですか?」

息子「日本刀で喉かっ斬ってね。リョウメンスクナの前で。それで血文字遺書があって・・・

俺 「なんて書いてあったんですか??」

日      本      滅      ブ    ベ    シ

俺 「・・・それが、関東大震災が起こる直前なんですよね?」

息子「そうだね」

俺 「・・・偶然ですよね?」

息子「・・・偶然だろうね」

俺 「その時、リョウメンスクナと天獄はどこに・・・??」

息子「震源に近い相模湾沿岸の近辺だったそうだ」

俺 「・・・その後、どういう経由でリョウメンスクナは岩手のあのお寺に?」

息子「そればっかりはオヤジは話してくれなかった」

俺 「あの時、住職さんに(なぜ京都のお寺に輸送しなかったんだ!)みたいな事を言われてましたが、あれは??」

息子「あっ、聞いてたの・・・もう30年前くらいだけどね、

   私もオヤジの後継いで坊主になる予定だったんだよ。

   その時に俺の怠慢というか手違いでね・・・その後、

   あの寺もずっと放置されてたし・・・話せることはこれくらいだね」

俺 「そうですか・・・リョウメンスクナはどこに??」

息子「それは知らない。と言うか、ここ数日オヤジと連絡がつかないんだ・・・

   アレを持って帰って以来、妙な車に後つけられたりしたらしくてね」

俺 「そうですか・・・でも全部は話さないと言われたんですけど、

   なぜここまで詳しく教えてくれたんですか?」

息子「オヤジがあの時言ったろう?可哀想だけど君たち長生きできないよ、ってね」

俺 「・・・

息子「じゃあこの辺で。もう電話しないでね」

俺 「・・・ありがとうございました」

以上が電話で話した、かいつまんだ内容。はっきり言って全ては信じてない。

長生きはしたいです。

2016-02-05

http://anond.hatelabo.jp/20160204031629

気持ち、よくわかります。大変でしたね。

私も若いころ、まあまあ、よく似たような経験があるので、こういった時に、逃げるセリフ・・・

「○○に、相談しないと・・・(今は決断できない)」で、やんわり断りましょう。

○○は、お父さんでも、お母さんでも、結婚されていたら、パートナーでもよいと思います


「○○に、相談しないと・・・(今は決断できない)」・・・このセリフを言っても、「こんなことも、○○に相談しないとダメなの?」と追い打ちをかけてくるような人は、「はい、そうなんですぅ」と言って

断ち切りましょう、それでも、断らせてくれない人は、おかしい人です、あなたのことも、○○のことも考えてくれていない、つまり自分のことしか、考えていない人です。

そんな人から、安かろうが、高かろうが、価値があろうがなかろうが、ものを買っても、良いことになる可能性は、圧倒的に低いです。

ちなみに、相談する○○さんは、本当にいても、いなくても、相手にわかることではないので、仮想でも良いと思います

○○は、顧問弁護士さんでも良いし、子供の頃からお世話になっている有名なお寺の住職さん、なんてのも、パンチが効いて、いいかも・・・です。

2015-11-09

高校生とき新興宗教にハマった。

きっかけは些細なことで、高一の初め頃、産まれからずっと一緒に暮らしていた祖父が末期癌の闘病の末亡くなり、

大きなショックを受けていたところ、当時付き合いだした彼氏からパンフレットを渡されたのがその宗教との出会いだった。

パンフレットには、間違った神を信仰すると仏罰が下る、というようなことが書いてあったように記憶している。

祖父が亡くなったショックで茫然自失としていた自分に、彼氏差し出してきたひとつの優しさに、まだ世間知らずだった私はまんまと乗っかった。

彼氏はお寺に連れて行ってくれて、数珠を渡し、勤行の仕方を教えてくれた。

程なくしてその彼氏から振られた私は、大好きだった彼に会えるかもしれないとの気持ちからひとりでお寺に通うようになった。

高校に行く前に勤行をしに行き、それから学校へ行くこともあった。

お寺の中にも知り合いができ、そこにできた居場所のようなものが祖父を喪った悲しみを慰めてくれた。

彼氏にはこっぴどく振られたが、私は寺に通い続けた。

なすがままに、入信する同意書に判を押し、入信の儀を済ませてしまった。

親には寺に通っていることも入信したことも黙っていた。

それから半年ほどして、親が学校鞄の中にある数珠を見つけた。

私はこっぴどく叱られ、父親が私を連れて寺に怒鳴り込みに行った。

父は、今後うちの娘とは関わらないでくれ、と住職に言った。

それからのことはよく覚えていない。ただ、祖父を亡くしたショックを埋め合わせていた信仰を突然奪われて、

何にすがって生きていったらいいのかわからなくなったことは記憶している。

私は寺に通うことをやめた。

それから私は大学受験を経てカトリック大学に進学し、宗教というものを違った視点から捉えられるようになった。

高校ときに信じていた宗教のように、その宗教以外邪教として排斥するような宗教では、

宗教同士の争いになるし、視野が狭くなるということを身を以て体感した。

それでも何もわからず信じていた高校生ときは、鳥居を潜るのも怖かったし(しなかった)、

毎朝毎晩の勤行を絶やす自分の身に何か悪いことが起こるんじゃないかって恐怖心が身を蝕んでいた。

そんな私が縁あってカトリック大学に入って、カトリッククリスチャンの人たちと接する中で、

宗教というのは恐怖心や猜疑心を生むためのものではなく、自分の生をよりよくするためのものだということを身に染みて感じた。

カトリック洗礼を受けようと思ったこともあったけど、その気持ちも長くは続かなかった。

また受けようと思うときがくるかもしれないけれど、そのときはそのときに考えようと思う。

けれど、私の視野を大きく広げてくれたカトリックの人たちには本当に感謝しています

新興宗教マルチには本当に注意しようね、と、子どもが出来たらよーく教えて聞かせたい。私の青春時代の話、以上です。

高校生とき新興宗教にハマった。

きっかけは些細なことで、高一の初め頃、産まれからずっと一緒に暮らしていた祖父が末期癌の闘病の末亡くなり、

大きなショックを受けていたところ、当時付き合いだした彼氏からパンフレットを渡されたのがその宗教との出会いだった。

パンフレットには、間違った神を信仰すると仏罰が下る、というようなことが書いてあったように記憶している。

祖父が亡くなったショックで茫然自失としていた自分に、彼氏差し出してきたひとつの優しさに、まだ世間知らずだった私はまんまと乗っかった。

彼氏はお寺に連れて行ってくれて、数珠を渡し、勤行の仕方を教えてくれた。

程なくしてその彼氏から振られた私は、大好きだった彼に会えるかもしれないとの気持ちからひとりでお寺に通うようになった。

高校に行く前に勤行をしに行き、それから学校へ行くこともあった。

お寺の中にも知り合いができ、そこにできた居場所のようなものが祖父を喪った悲しみを慰めてくれた。

彼氏にはこっぴどく振られたが、私は寺に通い続けた。

なすがままに、入信する同意書に判を押し、入信の儀を済ませてしまった。

親には寺に通っていることも入信したことも黙っていた。

それから半年ほどして、親が学校鞄の中にある数珠を見つけた。

私はこっぴどく叱られ、父親が私を連れて寺に怒鳴り込みに行った。

父は、今後うちの娘とは関わらないでくれ、と住職に言った。

それからのことはよく覚えていない。ただ、祖父を亡くしたショックを埋め合わせていた信仰を突然奪われて、

何にすがって生きていったらいいのかわからなくなったことは記憶している。

私は寺に通うことをやめた。

それから私は大学受験を経てカトリック大学に進学し、宗教というものを違った視点から捉えられるようになった。

高校ときに信じていた宗教のように、その宗教以外邪教として排斥するような宗教では、

宗教同士の争いになるし、視野が狭くなるということを身を以て体感した。

それでも何もわからず信じていた高校生ときは、鳥居を潜るのも怖かったし(しなかった)、

毎朝毎晩の勤行を絶やす自分の身に何か悪いことが起こるんじゃないかって恐怖心が身を蝕んでいた。

そんな私が縁あってカトリック大学に入って、カトリッククリスチャンの人たちと接する中で、

宗教というのは恐怖心や猜疑心を生むためのものではなく、自分の生をよりよくするためのものだということを身に染みて感じた。

カトリック洗礼を受けようと思ったこともあったけど、その気持ちも長くは続かなかった。

また受けようと思うときがくるかもしれないけれど、そのときはそのときに考えようと思う。

けれど、私の視野を大きく広げてくれたカトリックの人たちには本当に感謝しています

新興宗教マルチには本当に注意しようね、と、子どもが出来たらよーく教えて聞かせたい。私の青春時代の話、以上です。

2015-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20151102210631

宗教にハマれたらもっと楽だろうなあとしばしば思うんだけど、宗教がかなり嫌いなんだよな。

神社仏閣教会などを観光するのは好きだし、そのお土産自分でお守りとかおみくじ買うのは好きだけど、人から心をこめてお守りをプレゼントされたりすると、心遣いはありがたいけどどうにも気持ち悪くなっちゃレベル

あとお寺でバイトした時に住職含め上司同僚との人間関係ストレスで凄い辛くなったから、そういう意味でもキライつうか信用してない。

2015-08-22

http://anond.hatelabo.jp/20150822135642

あるお寺の住職の話「汚いですが、コップにおしっこをしてからそのコップ..

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ホントだこらもうはてブあかん

2015-08-21

http://anond.hatelabo.jp/20150821111821

あるお寺の住職の話「汚いですが、コップにおしっこをしてからそのコップをきれいになるまでよく洗います。その後そのコップにお茶を注ぎ、飲む。この時に感じてしまう心理的抵抗が『穢れ』の本質なんです。おしっこがコップに残ってなくても感じてしまう。」



佐野さんは、トートバックの問題けがれてしまったんだ。

佐野さんというコップに汚水が入ってしまったのだよ。

もう、佐野さんが何を主張しデザインしようとも、誰も認めてくれない。

それが日本の文化といふもの


私もエンブレム問題トートバックの問題根本的にまったく異なるものと思いますし、

ベルギーの人のそれとは似ているとしても問題にするほどのことではないと考えていますが、

いかんせん、日本人は穢れを嫌いますからね。。。残念ですが。

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