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はてなキーワード: ヒンズー教とは

2019-05-28

anond:20190528193015

イギリスヒンズー教冷遇してイスラム教厚遇する差別をしたのをきっかけに、

インドパキスタンに分裂して延々と戦争しているけど、

男が美人厚遇してブス冷遇した結果、ブスオタク女が美人スイーツと言って叩くようになったのは、

完全なる分割統治成功という感じがするな。

それが今、諸悪の根源イギリスじゃね?ってなるみたいに、

諸悪の根源は男じゃね?ってなってるのがフェミオタク女。

2019-05-23

anond:20190523223727

ヒンズー教では牛は傷つけてはいけないんだろ

なんでビーガンになるととたんに尊重しなくていい解釈になるんだ

2019-05-22

つのページのはてブコメント比較する

動物はおかずだ」デモに関して(1) - 道徳的動物日記

せめて「差別ではあるよね」で合意できないのか

http://fut573.com/compare/?url1=http%3A%2F%2Fdavitrice.hatenadiary.jp%2Fentry%2F2019%2F05%2F21%2F172032&url2=https%3A%2F%2Fanond.hatelabo.jp%2F20180225105423

id:nippondanji

例として挙げられている権利は、対象人間から認められた。権利規定している人間社会においては、人間同士は対等だという考えが根底にあるから。他の動物はその範疇ではない。

でも形式的には差別だよね?" その通りだと思うよ。そして、この主張に対して感情的批判殺到しているところに差別根深さがあると思う。

id:sunechamacell

ヴィーガニズムかいうクソカルト(無能自分から目をそらすために他人の罪を捏造してくれる教義)に賛同してるの、見事なまでにはてサはてフェミばっかで笑えて来るんだよな。お前のお気持ちは法でもなんでもないぞ

差別であることすら認められない傲慢差別主義者が「ポリコレ推進側」だってんだからお笑い種だわ。そのノリで全世界自分好みに線引きするつもりか?

id:TakamoriTarou

権利運動とは「その社会で認められていない、ある属性のある種の権利を、認めさせるように要求する運動」」これが既に間違い。連中はエタ・ヒニンの差別主義者が名前ロンダリングしただけ。まず歴史を知り恥を知れ

同感。この件の反応を見ると、まだ理論思考が定着しないんだなと思う。誤ったら死ぬ病、なんて揶揄があるけど、普段差別問題だと考えている層ほど、妙に強弁を重ねていて非常に残念な事になっているのを目にする。

id:wildhog

動物が殺されない権利を認めると、肉食動物はその権利侵害していることになる。するとなぜ人間だけは動物を食べたらダメなんだろということに。飼うのがダメというならハンティングはいいのだろうか?

差別場合によっては許されるって正気なん?人種とか国籍とかの差別場合によってはアリなのか?許される差別なんてあっちゃだめだよ。一時的緊急措置ならありうると思うけど。

id:tano13

ヒンズー教は牛を神聖視して屠殺禁止している。ムスリム神聖視してるわけじゃないが豚を食べない。それぞれの主張の権利は認めるが、自分賛同しないだけ

定義として「主語を大きくすること」が差別と考えているので、これは差別。これの解決策は「男性専用車両」を作ることであり、女性車両にのせろという主張は女風呂に入らせろと言う主張と同レベル

id:camellow

この人何言ってんの?例えば「レイプする権利を求める運動」をした場合、それに反対する人は「レイプする権利という過去には認められなかった権利取得を妨害してるからダメ」と言うの?反論するにしても的外れでは?

ブコメイチャモンっぷりがすごい。自分意見を補強するためには論理もなにも関係ないって姿勢はどうかと思うなあ。おれは増田の主張にわりと賛成。

id:kirifuu

アニマルライツは肉を食う権利を奪っていると言えるのではないか。お前それサバンナでも同じ事言えんの?ってこった。

増田に賛成だ。同じ料金払って受けられる公共サービス性差があるってのはまぁそら差別だろ。

id:suzunya

やべえ思想だ。怖い怖い、戸締まりしとこ

ほんとこれな。なんで差別ではないと言い張れるんだろう

id:rgfx

おわ、「アニマルライツ運動」と「動物屠殺されない権利」をイコールで結んじゃった。

ミソジニー者の認知の歪みって本当にどうしようもなくだだ漏れになるよね。いやー臭い臭い。君に必要なのは社会ではなくて、宗教の中で閉じて生きることなんじゃないのかなとすら。

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動物はおかずだ」デモに関して(1) - 道徳的動物日記

はてな民は底の浅い偽善者差別大好き集団だよ

http://fut573.com/compare/?url1=http%3A%2F%2Fdavitrice.hatenadiary.jp%2Fentry%2F2019%2F05%2F21%2F172032&url2=https%3A%2F%2Fanond.hatelabo.jp%2F20170709150706

id:inmysoul

おいお前、今微生物踏み殺したぞw

はてなーにとっての多様性とは「自分の好きなものリスト」。認めるとおしゃれだったり知的・寛容に見られるものだけ援護して、おっさん(の性欲)や喫煙者なんかは人格攻撃よ。

id:sunechamacell

ヴィーガニズムかいうクソカルト(無能自分から目をそらすために他人の罪を捏造してくれる教義)に賛同してるの、見事なまでにはてサはてフェミばっかで笑えて来るんだよな。お前のお気持ちは法でもなんでもないぞ

はてサ自分発言ブクマ履歴って形で追えるってことに無自覚すぎるんだよなあ。ポリコレポリコレってカルト宗教みたいに唱えながら自分バンバン差別発言ブクマとして残してるというね

id:kingate

「今までどおりで本当に良いのか?」と考える時期になってきているけどジャップにはわからいからね。後、産業商業という「他人の儲け」に自分人生観生き方を左右されすぎ。「他人迷惑かけるな」は呪い

なげーし、上から目線バーカバーカ言いたいだけ。いいからさっさと紅衛兵にでもなって俺を殺してみろよカス。やりたいのが意識改革じゃなくて意にそぐわない奴の殺戮だってとっくに知ってるぞバーカ。

id:Yagokoro

人間以外の動物権利保護したいなら、とっとと自殺すべき。それが論理的帰結。

声高に反差別を掲げる攻撃的な連中がもっと卑劣差別主義者だってハッキリ分かるんだよな。

2019-05-13

anond:20190513155616

あれ?おっかしいな~人類にはすでにベジタリアンがたくさん含まれてるんですが

ヒンズー教ベジタリアンせやなベジタリアンは長期にわたって健康やな」

禅宗僧侶精進食美味しい」

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%E8%8F%9C%E9%A3%9F%E4%B8%BB%E7%BE%A9

個人菜食主義レベルは生まれ家系で決まっており、カーストと同様に変更できないものであった。

2019-03-04

[]タギー

英語読みでは「サギー」。あるいは「パンガル」とも。

14世紀から19世紀までインド実在したというカルト教団

ヒンズー教女神カーリーへの供物として殺人義務付けていた。

裕福な旅人行商人ターゲットとし、同じ旅人のふりをして近づくと、

神話記述に則って黄色スカーフ絞殺し、荷物を奪って死体は埋葬した。

1830年代、イギリス軍人のウィリアムヘンリースリマンによって、タギーは撲滅された。

2018-11-13

anond:20181113191628

ヒンズー教カースト作ったようなこというなよ

いまだに裁判宗教家が実権もってるイスラムと違うやろ

2018-10-07

サリンを撒かないオウム

最近自民党というか現政権は『サリンを撒かないオウム真理教』なんだな」と思うようになった。

オウムが掲げる教義は、ヨーガヒンズー教をはじめとする既存宗教研究解体し、自分たちの都合の良いように再構築したものだった。世の中の倫理観からはかなり偏って見えた。

一方、日本会議が育んでいる「教育勅語復権」や「大東亜戦争肯定」「ジェンダーフリー是正」といった思想も、程度は違えどだいぶ偏って見える。

両者の違いは「その思想によって生活アイデンティティを脅かされる人数の差」くらい。

あと「宇予くん」や「クールジャパン」みたいな、時代遅れ甚だしい感性メディアに打って出るやりかたも似てる。

突如、総理自分名前をサビにした歌を歌いだしたとしてもまったく驚かないだろう。

とはいえ、実際オウムよりは上手くやってると思う。

戦後から権益が礎になってるから立場が危うくなっても無闇な虐殺はしなくていいし、急に弁護士一家を殺したり、サリンを撒いたりもしない。

生活を捨てさせずに支援者を増やして、彼らが持て余している在日外国人同性愛者らマイノリティへの蔑視や敵意を上手く育てている。

今回の新内幹部から過去に「天賦人権論はやめよう」とか「同性愛者は国民として格下」みたいな頓珍漢な理屈が飛び出してても、国民過半数普通に生活出来てるからそんなに炎上しない。

そうやって、彼らはあらゆる疑惑を舌先と金で巧みに躱しながら、自分たち気持ちいい宗教イデオロギー民衆を導きたいんだろうなと。

そう思えば「オウムにしては頼りになるな」と思えるのではないだろうか。

仮に、あの世紀末にオウム真理教サリンを撒かずに与党に吸収され、教義を表向き廃棄としつつ隠匿、民主主義標榜しながらこの国を治める立場になり、じんわりと教義を主張し始めたとしたら、きっとこんな感じになるのではないか

まあ「教育勅語」のような数十年の間のみ通用した文言重要視する歴史観だったり「EM菌よく知らないけど大臣を引き受けました」といった現代科学を軽視する様を見るにつけ、オウムと比べると姿勢はダサく、知性は幼稚に見えるけど。

でもいいのだ。それなりに生活できてるし。

このまま、サリンを撒かずにこの国を治めて欲しい。思想以外は支持しています

そして、出来ることな露骨な身内贔屓や醜い言い逃れを改めて欲しいです。出来ればだけど。

更に言うなら、野党にはもっとしっかり彼らを見張ってて欲しい。

そんなに目立たなくてもいいから、丁寧に正確に問題点を指摘してくれていれば、きっと支持者は増えるから

2018-04-09

anond:20180409111720

価値観というものが一致しない人なんて世の中にごまんといるし、

それがLGBTだろうが、普通ので棘民みたいな異常なやつだろうが、宗教だろうが、

全部一緒で、こいつは私とはちがう。とだけ思っておけばいいだけなんだけど、

LGBTかになると途端に扱いが他と変わるよね。

イスラム教ヒンズー教の人は牛とか豚食べないけど食べる人を気持ち悪い!

と言って差別したりしないし、逆もまたしかり。

2018-01-08

政治的に正しくない七福神

恵比寿大黒天毘沙門天弁財天福禄寿寿老人布袋七福神しかし、政治的には正しくない。

文化の盗用

日本出身の神は恵比寿のみ。その他の神は、ヒンズー教道教、禅僧。完全に文化の盗用。

女性が1人のみ

女性の神は弁財天のみ。1/7で14%。比率が低すぎる。少なくとも3人は女性を入れるべき。

黒人の神の不在

黒人の神がいない。黒人の神を入れるべき。ただし、文化の盗用と黒人の神の不在を同時に解決できる方法存在しない。

2017-10-15

FGOパールヴァティー話題

なんか妙に燃えている

主にベースとなったキャラの扱いとヒンズー教への配慮不足が燃焼材らしい

どちらも分からないではないのだが、この両者を混ぜて論じる人がちらほら居るのが気になる

特にキャラの扱いが気に食わない人が自分の主張の補強材料として宗教的配慮問題を利用してる様に見える

キャラの扱い云々は言ってしまえば「俺が気に入らない、俺に合わせろ」なのでそれだけでは正当性が弱いと感じているからなのかもしれない

だがキャラの扱い、つまり創作の在り方の問題宗教的配慮問題は分けて考えるべきで、混ぜて論じるものではないと思う

別に「俺が気に入らない、俺に合わせろ」でも良いんだ

創作物を見たり読んだりした時に感じるものは人それぞれで、どうしても受け入れられないという反応が出てこない方がむしろ自然

ただその感情言葉にする際に他人言葉を借りて補強するのはやめた方が良い

自分感情言葉にするのなら拙くても自分言葉で行わなければ伝わるものも伝わらない

他人言葉を借りても他人の色が混ざるだけで良いことは何もない

2017-07-30

家族の思い出

 風呂掃除をしていてうっかりゾーンに入った。

タイルの目地を狂ったようにタワシで磨く行為を1時間程続けていたのだ。汗が眼に入った。脇から流れた汗がTシャツを通って腰に伝った。今日はよく晴れていて、風呂の窓からは蝉の声がシャーシャー聴こえてきた。頭の位置を変えたら酷い立ちくらみがして、大きく長い息を吐いた。

普段まったく家事をしない。必要に迫られないとしない。そして「必要に迫られている」と感じるのが人よりだいぶ遅いようで、自分でも呆れる位、家事をしない。

今日、年に何度か訪れるこのうっかりゾーン最中、あることを思い出した。

以前、同居人がいた。2年と少しくらい一緒に暮らしていた。

同居人家事全般、とりわけ料理が得意だった。事情があって一緒に暮らしはじめ、事情があって家事はあまり分担せず同居人が一手に引き受けていた。家事が好きだから、好きな方がやればいいじゃない、と同居人はよく言った。色んな事情があったので、バランスを取るために自然とそうしていたのだと今では思っている。そして実際うまく機能していたと思う。

それでもたまに、何から何まで申し訳ないなと思うことがさすがにあった。そんなとき今日のように風呂タイルの目地を磨いたりしていた。家事が苦手な人の特徴なのか、自分の特徴なのかは知らないが、いったんやり始めると今日のようにうっかりゾーンに入る。一時間や二時間、平気でタイルを磨いていた。

そんな時よく同居人背中から声をかけてきた。「お茶のみませんか」「居酒屋さんごっこしませんか(揚げ物とビールを準備しているとき)」「お蕎麦屋さんごっこしませんか(日本酒卵焼き、板わさを準備しているとき)」。

背中から鬼気迫るものを感じていたのだろう。無理にとは言いませんけど、区切りませんか、そんなニュアンスだった。そんな時はたいていハッと引き戻されて「するする」と犬のように尻尾を振ってタワシを投げ出して、いい匂いを嗅ぎながらタオルで濡れた身体を拭いた。

今日タイル磨きをやめるタイミングを掴み損ねて、立ちくらみを味わいながらそんなことを思い出した。

 かつての同居人とは、何故かあるタイミングでお互いの事情が一致して暮らし始めた。

行為は付かず離れずしていたが、恋人ではなかった。友だちとも違った。同じ家で暮らして、一緒に起きて、一緒に食べて、一緒に眠る人だった。子供ができたらいいね、と年に何度か言い合うことがあった。動物として自然の流れでそうなったらいいね、という意味だ。自分同居人も、お互いについての感情は「たまたま一緒の檻になったライオン」のような温度だった。

恋愛感情が無かったわけではなくて、持っていた頃も多分あった。お互いそうだと思う。ただいろんな事情理由があって、結婚選択肢に入らなかった。それぞれが別の異性と遊んだりすることもあった。「浮気してくる」「異性と交遊してくる」と言って出かけることもお互いあった。気をつけてね。何時に帰るの。お互い自分自身をそんなに素晴らしい人間だと思っていない同士、そんな生活に不満は無かった。一緒に暮らし続けた。

 もちろん人間感情はそんなに陶器のようにツルンとしてないようで、色んな諍いはあった。お互い思った事を口に出す人間では無かったので(悲しいことだと今では思う)、喧嘩にはならなかった。言い争いの代わりに、子どもや猫のような抗議をお互いよくした。突然夜中に居なくなったり、家に帰らなかったり、メールに返信せずに心配させたり、寝たふりをして返事をしなかったり、料理をしなかったり、料理を食べなかったり。そんな小さいギザギザは数ヶ月に一度あった。それでも同居人とは同じ檻同士、基本的に信頼しあっていた。お互い求められた通りの心配をした。夜中の公園真冬に探し回ったり、帰ったら好きなお酒料理音楽が準備されていたり、心にもない優しい言葉をかけたりした。どうせ仲直りするのはお互い分かっていた。早くしたいとお互い思っていたのだ。諍いに限らずあらゆる事が、始まり方は子どもでも終わり方は大人だったと思う。

 一緒に暮らしから色んな事が変わった。そして、これは自分にとって驚くべきことなのだが、色んな事を学んだ。

まず、健康になった。皮膚や髪の毛の質、睡眠の質が変化した。これは食事がガラッと変わったので当たり前なのかも知れないが、自分には驚くべき事だった。風邪を引いたり、一日寝て過ごす事も減った。同居人が酒好きだったので、自然自分の飲む量は減った。酔っ払いが二匹居ては収集がつかないと思ったためだ。伴って体重も減った。

趣味世界物事視野も広がった。同居人にとって当たり前のことは、初めて知る事ばかりだった。色んなモノが世の中にはあること、それぞれの用途のこと。野菜ジュース野菜代替にならないこと。直火炭火焼きの違いのこと。季節の食べ物のこと。いろんなお酒が世の中にあること。いろんな方言のこと。悲しいとき運動をするといいこと。泣きながらご飯を食べられないこと。スーパー鮮魚を買うと捌いてくれること。沖縄本州で畳のサイズが違うということ。島の暮らしのこと。革製品の手入れのこと。

そして、自分にとって当たり前のことにも興味を示された。テクノエレクトロニカのこと。色んな漫画や本のこと。映画や芝居のこと。旅行海外のこと。色んな動物のこと。身体の変化のこと。変な服のブランドのこと。仏教イスラム教ヒンズー教のこと。お互いの好きな物を教え合ううちに教えられた方が詳しくなって、それが原因で諍いになることもあった。ばかっぽい。村上龍キャンプについてはそうだった。だいたい土日の昼間に料理を作っている同居人の周りをチョロチョロしながら様々な話をした。自分がこんなに話をする人間である事や、甘えたがる人間である事、そして人間に救われる人間である事。ある業界仕事をしていた時期から人間を信頼することは自分とあまり関わりがないと思っていた自分にとって、これは大きな発見であり変化であった。アルキメデス浮力発見した事に次いで偉大な功績だった。ユリイカ

そんな暮らしの中であっても、人間は変化する生き物なのだった。自分にも、変化のスピード生活を合わせたいと思う時期が訪れた。それで、同居はやめた。自分が変化したのは同居人との暮らしのお陰だった。それはとても辛かった。それでも、時間が経った今はあの決断をした自分は偉かったと思う。偉大な功績だ。ユリイカユリイカとして、正しいか死ぬ時まで解らない。

 多分ここまで読んで、同居人との関係性について嫌悪感を示す人もいるだろうと思う。我々は少しネジの緩んだ同士だった。誰にも理解されないような、子ども同士の暮らしみたいな生活が好きだったのだ。毎日親がいない家みたいだった。ヘンゼルとグレーテルのようだった。一般的理解できないものを受け入れることが、わりあい得意な人間同士だったんだろうと思う。人間は変化するので、多分いま暮らしても同じふうにはならない。でも、かつての同居人は今でも家族のような感じがする。かつての同居人もそう思っている気がする。うまい言葉が見当たらないが、belongしあっているという感じ。今でもたまに顔を合わすと、たまに会う親戚のような顔をされる。元気にしてるの、ごはん食べてるの、ちゃんと洗濯してるの。言葉にはしないけれど眼から発信されてくる。

 先日、会社女性に「彼氏同棲しようかなって話してるんです」と言われた。相談ではなく背中を押して欲しいだけなんだと表情から伝わった。なので、「同居はいいよ」と無責任なことを言った。こいつの責任を持つ筋合いはない。「同居はいいよぉ、まいンち、楽しいことしかないよ」。

 同居はいいよ。毎日楽しいことしかないよ。

 家族になるっていいよ。

 同居をやめたのは、今日みたいな夏の暑い日だった。突然ひとりにした。突然ひとりになった。「素直に言ってくれてありがとう」という言葉。「がんばったね」。依存しあうものが無くなったあの開放感と、途方もない悲しさ。同居人が見えなくなるまで距離を取ってから階段でめちゃくちゃに泣いた。部屋に入るまでもたなかった。汗と涙と鼻水がごちゃごちゃになった。蝉の声がシャーシャー聴こえてきた。鼻の奥がずっとツーンとして、酸欠になって頭がくらくらした。一人にしないで一人にしないでと布団の中で喚いた。相手のほうが思っていただろうと思う。だから相手には言えなかった。血縁上の家族以上に大切だった。人工の家族だった。相手可哀想から、という感情共依存だと知っていた。お互いの変化を阻害すると知っていた。だから行動に移した。自分のために手放した。相手理由にするのは相手を一番傷つけると知っていた。対等な人間関係でありたいと願う、自分に残った唯一の正義だった。

何を見ても同居人連想する日々が続いた。何をしても楽しくなかった。食事の質が落ちたせいで体調も変わった。それでも不思議と、死んでしまいたいとは思わなかった。悲しい事に集中すると、他の事に集中しすぎずに済んだ。なんていうか色々捗った。ロボットのように仕事食事や人付き合いをこなした。こんな辛いことを乗り越えたのだから、何があっても生きていけるだろうと、直感理解した。悲しいとき運動をした。泣きそうになったらご飯を食べた。あれからだいぶ時間が経った。何かを見て同居人を思い出すことは、今では殆ど無くなった。

それで今日風呂場でうっかりゾーンに入って思い出した。

人間記憶はすべて熱量だと思っている。同居をやめてから、変化に対応していくなかで、たくさんの記憶熱量エネルギーに変換して生きてきた。変換したら消えていく。記録と事実は残るが、涙が出るような、胸が痛むような熱量は、失ったら二度と戻らない。

あらゆる事について、もう少し若い頃はこの「失っていく感覚」「燃えていく感覚」を怖いと思っていた。なるべく残したくて、よくテキストにしていた。いつからかそんな執着は無くなり「燃えているな」「もう二度と会えないんだな」とまっすぐに見つめるようになった。何かを決断した自分が得た変化の一つだ。燃えエネルギーを、これから別のなにかに注ぐ事。もう二度と出会えない分だけ、新しい事が入る余地が出来るんだろう。望むと望まざるに関わらずだ。

もう思い出す種火が少なくなっているのかもしれない。タワシを洗いながらそう感じた。消える前の焚き火を思い浮かべた。少しくらい残したっていいだろう。それくらい愛していた。自信をくれたのだ。自分で作った人工の家族の思い出の事。嘘は一つも書いていないが、自分同居人性別や年齢や重要なことは書かない。

同居はいいよ。毎日楽しいことしかなかったよ。

2017-04-22

http://anond.hatelabo.jp/20170421215211

新興宗教場合信仰を持ってるだけでなく、広めようとする可能性が割と高いからじゃないですかね。

カトリックヒンズー教でも、熱心すぎて周りにセミナーミサ)に参加しないか誘ってくるような人はやはり信用出来ないでしょう。

そして、仏教カトリック等、生活干渉しない範囲のゆるい感じで所属できるメジャー宗教が周りにあるのに、

敢えて少数派である新興宗教信仰し、その更に信仰を明らかにしているような人は、

「そうしなければならない何らかの理由がある」という想像が働きます

そこで想像される理由なんて、あんまりマトモな物は思い浮かびませんよね。

そんなわけで、新興宗教信仰してる人は「何か信用できない」という印象を受けますし、

そう考えるのがおかしいとは思いませんね。

2017-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20170421215211

どの宗教か知らんけど知らんもんにうっとなってるだけじゃないの

ヒンズー教とかクリスチャンとか仏教徒常識から知ってるし怖くない

知らんもんは怖いっていうだけで

信仰とは何なのか

私は特定宗教信仰していない。

教会結婚式を挙げ、子供七五三には神社祈祷をしてもらい、多分死んだらお寺でお経を読まれるであろう、ある意味典型的日本人だ。

今日とある宗教団体若者達と話をする機会があった。彼らの身分学生で、あと何年かすれば社会に旅立って行く子達だ。

彼らに会いに行ったのは仕事の付き合いで、正直気乗りするものではなかった。私の仕事について講義をし、簡単ディスカッションを行うといった内容だ。

仕事柄、こういった講義の依頼は大学専門学校などから年に何度か受けているのだが、今日講義ディスカッションを受けた学生の質は、非常に高かった。そして私が感じた率直な思いは、「こういった形で出逢わなければうちの会社に欲しいところだ」というものだった。

彼らの団体に対する依頼を受けた事で、彼らは私をその宗教理解のある人、つまり味方であると捉えている。私に対しては自分信仰さらけ出してもいいのだと信頼をしている。しか申し訳無いが、私は別にその宗教に対する理解者では無いのだ。ただ信仰を持っている人達だという理由で避けたり差別すべきで無いという精一杯の倫理観で引き受けたにすぎない。

結果今、私はひとり思い悩んでいる。

素直で、熱意を持って私の話に耳を傾けてくれる優秀な彼らを心から信頼し、受け入れる事が出来ない自分に。

頭のすみに「得体の知れないもの」という一抹の不安が引っかかり続けている自分について。

私の会社にはクリスチャンがいる。しかし私を含め誰一人、その事で不安になるものは居ない。よく行くカレー屋のインド人ネパール人かも知れない)はヒンズー教人かも知れないが、だからどうしたといった感じだ。優秀なプログラマであればヒンズー教人のインド人を雇う事に躊躇はしないだろうし、親戚の婆ちゃんが頻繁にお寺にお参りに行く事を微笑ましくさえ感じている。

しかしこれが新興宗教となると気持ちが一変する。私の中の警告アラームが鳴り出し、倫理観で抑えようにも抑えきれずにいる。そしてこれは私だけの感覚で無いと確信さえしている。

仮に今日会った彼らの事を社員説明し、将来彼らを雇うと言ったら反対する者が一定数いるだろう。反対を押し切って入社させれば、「退職します」と言いだす者も出てくるかもしれない。

この差は何なのだ。なぜ受け入れられる信仰と、受け入れられない信仰が、無宗教である私の中に既に形成されているのだろうか。

そんな事を考え続けいるのだが一向に答えが出ない。

2016-11-27

http://anond.hatelabo.jp/20161127002956

仏教ってあれなのか。万人救済はする気はないんか。分かる奴だけ来い、みたいな

「救済」ってどういうことなんですかね?

黄泉の国にでも連れてけっつってんのですか?

んなこと考えてるからオウム真理教とかにコロッと騙されちゃうんじゃないっすか?

 

ヒントはね・・・

むかーしのインドでは・・今もそうらしいですけど・・「輪廻転生」を繰り返す、とかって思われてたらしいんですけど、仏教創始者と思しき人々は輪廻転生なんかないって言っちゃったらしいです。

たったそれだけで、輪廻の苦しみから逃れられますよね。

なんで「輪廻転生なんかない」ってはっきり言えてしまったんでしょうね?

 

ちなみに、インド気候って激しい雨季があって乾季があって、のように繰り返すので洪水や飢えに苦しむのも繰り返し。

その上、バラモン教古代ヒンズー教)、カーストは生まれ変わろうと変わんないとか言われてたので、ぐるぐる繰り返す苦しみだけがあるのが人間、という思い込みが強烈だったそうです。

そういうのが輪廻転生思想の源流です。なのでみんなそこから解脱たかったんですよね。

そういう古代インド思想をそのまま仏教でも引き継いでます用語とかがそのまま使われていると言うような意味でね。

その辺をちょっと理解すると理解の助けになるかもしれません。

 

でも、日本サラリーマンだって似たようなもんですね。毎日毎日仕事の繰り返し・・・宝くじでも一発当てて楽になりたいって気持ち古代インド人のそんなのと一緒ですよねーw

2016-07-25

Android市場ってヒンズー教に似てるよね

ごく少数のバラモンは華麗な生活を満喫する一方、信仰すら許されない不可触民も居る。

2016-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20160222162535

経典

釈迦が編み出して弟子に伝えたものから

議論余地は無いの。


まあ別の宗教瞑想はまた別なのかもしれないけどね。

仏教瞑想についてなら正しいやり方があり、

それをやる限りは効果保証する。

ヒンズー教とか別の宗教瞑想ならそっちの人に聞いて。

(一応仏教立場では理論的に間違いなんだけどここであえて否定はしないし

 それぞれの伝統的なメソッドに従えばある程度の効果はある。)


でも世の中に出回ってるインチキ瞑想は他宗教ですらなく

インチキさんのオリジナル瞑想でしょ。

から仏教瞑想みたいなすごい効果はないし、

宗教瞑想のようなそこそこの効果すらない。

何にも効果が無いっていうのはオリジナルインチキ瞑想証拠だよ。

2015-12-11

男根メタファーダメって言うなら、男根崇拝してる神社にでも抗議してきなさいよ!

単にアニメからダメって話にしか思えないのよね…。

キリスト教はようしらんけど、ヒンズー教仏教神道男根元ネタとした用語なり、像なりがあるし。

日本にはもろに男根を祀った神社とかあるし、明らかにソッチのほうが生々しいし。

http://matome.naver.jp/odai/2136858729947749601

男根だの性的だのという事自体をそもそも否定してかかる人はある種のダブルスタンダードか、自分達が生き物だということを否定してる不自然な連中だと思うんだけど、どうなんですかね?

性的な色目・誘惑する表情をしてるとか、露出がやらしいとかも、もっと過激ものはいくらでもあると思うけど…どうなんですかねぇ?

と、僕自身は未だにもやもやしてるけど周り見てみるとそうでもないのよね…。

男根メタファー」って言葉がある種の大喜利大会の題材みたいになって、「フェミとか反オタク的な人達からの当て付け」であることからも忘れ去られそうになってて、その「大喜利大会」もそれほど面白い方向ではなく、「相手が100%悪いバカから100%」叩いていいみたいないじめ様相を呈してるのがあまり好きになれないんだよなぁ…。

うーんどうなんですかねぇ?

2015-08-13

ベイズ推定で考えてる

昨日友達と話してたら。お互い高学歴同士だったんだけど。お互い理系

  

話の結論的には。

相手 「朝食を食べたほうが成績が伸びるとかって、話として怪しい、根拠は何って感じ」

俺 「たしかに、朝食を食べた人達と、食べてない人達テストの平均点を比較する手法は現状否定されてる」

相手 「だろ?だからからないんだよ、朝食を作ってくれるようなやさしい親なら、教育に金だすだけって結論かもしれないし、朝食の微量蛋白パフォーマンス上げるのかもしれないし、分からないはず」

俺 「でも、尤度で考えると、『朝食を食べて成績が上がった人数』『朝食を食べて成績が上がらなかった人数』『朝食を食べずに成績上がった人数』『朝食食べずに成績上がらなかった人数』この4者を比べれば、朝食を食べたことで成績が上がったのか、成績が上がったことと朝食を食べることは無関係なのか、はっきりと数学的に示せる」

相手 「知らないなあ、でもやっぱりおかしいと思う」

俺 「ふ~ん」

  

  

  

  

  

俺 「宗教とかってさ、その土地遺伝子に有利なように作られてるじゃん?だからさ、俺らの遺伝子日本制度になじんでるし、インド人ヒンズー教になじんでるんだよ、牛を食べちゃダメとかさ~、あれも、農業より肉食優先だと不利な環境からとか、そういう理由だと思うよ~」

  

相手(最近外人彼女ができた) 「俺そういう考えきらい、そういうの関係なく宗教あると思うし。分からないじゃん。何が原因とかって。」

  

俺 「ふ~ん。でもさ、日本人とかって、血がとまりにくいじゃん。でも、欧米の人って血が止まりやすいんだよね、手術のときとか。それってさ。欧米人って狩猟してたから、血がダラダラ流れてたらまずいけど、日本人とかって農業からさ、血が固まらなくていいじゃん的な」

  

相手 「う~ん、まあそうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないよね、別の原因とかさ~。証明できないじゃん」

  

俺 「一応、そういうの証明ってか、何の影響が大きいかを証明できるってので、尤度比ってのがあってさ。簡単に言うと、薬を使って、効果が出たでないじゃなく、薬を使わないで効果でたでないって人達も見て検証するみたいな?本当に薬の効果なのか、ほら、プラセボって言うじゃん、それのせいなのかとかさ。あるいは、薬Aと、薬Bどっちがよく効くかを比較するとか。ベイズ推定って聞かない?」

  

相手 「知らないなあ。でもおれはそう思わないんだよなあ。肉食ったか身長が伸びたとかいうけど、オランダとかって世界一身長高いじゃん?あれ、肉に成長ホルモンいれたから、それでっていう話で。日本人も肉食が原因っていうけど、成長ホルモン入りの肉食ってるからでしょって」

  

俺 「だから、そういうのでも答えだせる手法があってさ。肉食がとかさどの程度身長に及ぼすかって、肉食わなくても身長伸びた人、肉食わなくて身長伸びなかった人、肉食って身長伸びた人、肉食って身長伸びなかった人の4者の比率で分かるってか。どの程度の影響度か証明できるんだよね。」

  

相手 「ちょっと勉強してないからからないなあ。」

  

まりさ。

俺が当たり前にクリアカットに答えを出せる人生を生きる上での悩みみたいなの。それをクリアできるできないって、こんなところで差がついてるんだなあ。って思った。

実際、医学ってこんな感じで、「この病気の原因はこれらしいぞ」とか、推定を絞っていくのは普通にやられてるし、それで普通に教科書載ってるし、それにそって医学的な診断や治療が現状なされてる。

まり、これは正しい手法かはちょっと謎だし、もっといい手法が将来生まれそうだなとは思うけど、「実質そうやって判断されている」ってのを知らずに生きているのと、知って生きているのとは段違いだなと思った。

と同時に、これ理解できないと、多分一生この相手はこれを理解できないんだろうけど。そういう勘違いも含めて人生かなって思った。

2014-03-12

http://anond.hatelabo.jp/20140312171400

よく分かっていて、客観的には怖がったり避ける必要が無いものでも、信条から避ける権利は誰にでもある。

たとえばイスラム教豚肉とか、ヒンズー教牛肉とか、日本人が猫や、近代ではイヌを食べないのとかね。


放射脳も基本はそれと同じで「”彼らにとって”安心できないから食べない」というのはいいの。

教義に反するから事実を学ぼうとしないのは、まあ、黒に近いグレーだろう。

ふつう宗教と一緒ね。個人の信仰の範囲。


あなたの主張どおり「安心できないから食べない」というのは確かに自由。

ただし、「それは(人間にとって)安心できないものだ」と事実ねじ曲げて主張したり、拡散するのはいけないこと。


放射脳と呼ばれる人々はカルト宗教と一緒。

ある事実に対して「(客観的な根拠がないのに)危ない」とか「事実を隠している」とか主張して

それを他人に押しつけようとしたりするから駄目なの。


しか善意で。正しい意味での確信犯ってやつです。

2014-03-05

http://anond.hatelabo.jp/20140305052145

大事なのは生産過程を知ること。そんな教育をどこかで導入し、一般的に広く知れ渡らせることが必要なのかもしれない。

それさあ、部落差別についてもう少し勉強してから言ってよね。あなた東京周辺の人なのかも知れないけどナイーブすぎる。

仏教ヒンズー教不殺生戒を動物とかにも拡げてるわけだけど、そこでどういう人が被差別カーストに追い込まれたか、その辺考えた上でもの言ってる?

食べるなとも思わない。個人の自由だし、文化の形であるから弱肉強食世界が成り立たなくなるし。

自然界が弱肉強食である」ことは弱肉強食である「べき」ことではない。

そこをごっちゃにするのは社会ダーウィニズムで、ナチスまで後一歩だよ。冗談抜きで。

2010-11-10

http://anond.hatelabo.jp/20101110181909

ヒンズー教の最下層賤民がヒンズー教抜けて改宗する話みたいw

あれもヒンズー教人達はやっぱり怒るらしい

2010-07-06

「卵」 by Andy Weir

発端:http://i.imgur.com/VlwP6.jpg via Reddit

オリジナルhttp://www.galactanet.com/oneoff/theegg_mod.html

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おまえが死んだのは帰宅の途上のことだった.

車の事故だ.なにも特別なことはない.ただ命取りだっただけだ.お前は妻と2人の子供を残して逝った.痛みはなかったはずだ.救急チームはベストを尽くした.でも駄目だった.おまえの身体は完璧にぶっ壊れてたから,死んだほうがよかったんだ.嘘じゃない.

そしておまえは私と出会った.

「一体……何が起こったんです?」お前は尋ねた.「ここはどこなんですか?」

「おまえは死んだ」事実ズバリと言ってやる.

トラックがいて……それからそいつがスリップして……」

「そう」と私.

「わたしは……死んだ?」

「そう.だがまあ気を落とすな.誰だって死ぬ」と私.

おまえはあたりを見渡す.まわりには何もない.おまえと私だけだ.「ここはどこなんです?」お前は尋ねる.「死後の世界ってやつですか?」

「そんなところだ」と私.

「あなたが神様ですか?」とお前.

「ああ」と答える.「私は神だ」

子どもたちは……わたしの妻は……」とお前.

「彼らがどうした?」

「今後上手くやっていけるのでしょうか?」

「うれしいことを言ってくれるじゃないか」と私.「死んだというのに一番気にしているのは家族のことか.善い振る舞いだ」

おまえは魅惑されたように私を見ている.おまえには私はまったく神様らしく見えない.ただの男,あるいは女性のように見える.多分,ある種の漠然とした権威を示す姿形だろう.「全能者」というよりも学校の文法の教師のほうが近い.

「心配しなくていい」と私.「みんな大丈夫だ.子どもたちはおまえを何事にも完璧な父親だったとして記憶する.彼らにはお前のことを思ってうじうじと悩む暇なんてない.お前の妻は外では泣くだろう.だが内心ではほっとしている.公平に言えば,おまえたちの結婚は終わっていたんだ.ただし,彼女自分がほっとしていることをとても後ろめたく思っていると言えば慰めになるかな?」

「あぁ……」とおまえ.「で,これから何が起こるんです?わたしは天国地獄かそんなところへ行くんですか?」

「いや」と私.「おまえは生まれ変わる」

「おぉ」とおまえ.「それじゃヒンズー教徒は正しかったんですね」

「どんな教えもそれ自身の意味では正しい」と私.「ついてきなさい」

おまえはついてくる,私が虚空を歩くに従って.「どこへ行くんですか?」

「どこへ行くというわけじゃない」と私.「ただ,歩きながら話したほうがいいと思ってね」

「それでどうなるんですか?」とおまえ.「わたしが生まれ変わったら,まっさらな状態になるんじゃないですか?ただの赤ん坊に.わたしがこの人生で得た経験も何もかも意味がなくなってしまう」

「そうではない!」と私.「おまえは過去の人生で得た全ての知識と経験を持っているのだ.ただ今はそれが思い出せないだけだ」

私は歩みを止めておまえの肩を掴む.「おまえの魂はおまえが考える以上に素晴らしく,美しく,莫大なのだ.人の心というものは存在のほんの断片しか保つことができない.ちょうど水の入ったグラスに指を浸して,水が熱いか冷たいかを確かめるようなものだ.おまえは自分自身のほんの一部分だけを水に入れている.そこから出してしまえば,得られた経験は全てお前のものになるのだ」

「おまえはこの48年間ずっと人間の中にいた.だからまだ広がりきってないし,浸っていたときの意識の名残りを感じている.もしも私とおまえがずっとこうしていれば,おまえは全てを思い出すだろう.だが,それぞれの人生の間でそうなることはない」

「一体,どれくらい私は生まれ変わったんです?」

「多く.とてもとても多く.様々な人生の中に」と私.「今回,おまえは西暦540年の中国農家の娘になる」

「何ですって?」おまえはつっかえる.「あなたは私を過去に送るのですか?」

「まあ,言ってしまえばそうだろう.時間というものは知ってのとおりおまえの宇宙にしか存在しないものだからな.私が来たところとは違うのだ」

「あなたはどこから来たのですか?」とお前.

「ああそうだな」と私は説明する.「わたしはある処から来た.ここではないある場所だ.そこには私と同じような者たちがいる.そこがどんなところか知りたいだろうが,正直なところお前には理解できないだろう」

「あぁ」おまえは気を落とす.「でも待ってください,もしわたしが同じ時代に別の場所で生まれ変れるのなら,わたしは自分自身とやり取りできるということではないですか?」

「もちろん.それはいつも起こっている.そして二人は自分自身の人生意識しながら,それが起こっていることに気づかないのだ」

「ではこれら全てに何の意味があるのですか?」

「本当に聞きたいか?」私は尋ねる.「本当に?おまえは今わたしに人生意味を問うているのだぞ.あまりに型にはまった質問じゃないか?」

「ええ,しかし利にかなった質問です」おまえは抗う.

私はおまえの目の中を覗き込む.「人生意味とは,わたしがこの宇宙全てを創った理由は,おまえを成熟させるためだ」

「それはつまり人類を?あなたは私たちに成熟してほしいと?」

「違う,おまえだ.わたしはこの宇宙全てをおまえのために創った.おまえが新しい生命の中で育ち,成熟してより大きくより偉大な知性となるために」

「わたしだけのために?他のみんなは一体?」

「おまえの他は誰もいない」と私.「この宇宙には私とおまえだけだ」

お前は呆気にとられて私を見つめる.「しかしこ地球上の他の人々は……」

「全てお前だ.お前の別々の生まれ変わりだ」

「ええっ,わたしがみんな!?」

「分かってきたようだな」とおまえの背中を励ますように叩いて言う.

「わたしは今まで生きた人類全て?」

「あるいはこれから生きる者も含めて,そうだ」

「わたしはアブラハム・リンカーン?」

「そしてジョン・ウィルクス・ブースだ」と私は付け加える.

「わたしはヒトラー?」お前は唖然として言う.

「そして彼が殺した何百万人でもある」

「わたしはイエス?」

「そして彼に付き従った者全てだ」

おまえは押し黙った.

「おまえが誰かを犠牲にしようとするたび」と私.「おまえは自分自身を犠牲にしているのだ.おまえが行った全ての親切は,おまえが自分自身に行ったことなのだ.人類経験した,あるいはこれから経験する全ての幸福と不幸,それを経験するのはおまえなのだ」

おまえは長いこと考えていた.

「なぜ?」とおまえ.「これら全ては何のために?」

「なぜならいつの日かお前は私のようになるからだ.なぜならそれがおまえという存在だからだ.おまえは我らが種の一員だ.おまえは私の子どもなのだ」

「なんという…」お前は言う,信じられなさそうに.「つまり,わたしは神の一員だと?」

「いや.まだそうではない.おまえは胎児だ.まだ成長の段階にある.全て時代の全ての人生を生きれば,おまえは孵るのに適したほどに成長するだろう」

「それではまるで,この全宇宙は」とお前.「それはちょうど……」

「ちょうど卵のようなものだ」私は答える.「さあ,次の人生に移動する時間だ」

そして私はお前を送り出した.

2009-11-23

「多文化共生」の最小単位はどこに設定すりゃいいのか

http://www.asahi.com/paper/editorial.html

外国人選挙権まちづくりを共に担う

 自治体首長議員を選ぶ際に永住外国人投票できるようにする。この外国人地方選挙権の導入に、鳩山首相小沢民主党幹事長が前向きな姿勢を示し、来年通常国会にも法案が出される見通しだ。

 98年以降、民主党公明党が法案を出してきたが、根強い反対論があって議論は進まなかった。この間に地域の国際化は急速に進んでいる。鳩山政権は「多文化共生社会」をめざすという。実現へ踏み出すときではないか。

 日本に永住する外国人はこの10年で5割増えて91万人になった。このうち歴史的経緯がある特別永住者在日韓国朝鮮人は42万人だ。年々増えているのは80年代以降に来日し、仕事結婚を通じて根を下ろし、一般永住資格を得た人たちだ。出身国も中国ブラジルフィリピンと様々だ。

 地域社会に根付き、良き隣人として暮らす外国人に、よりよいまちづくりのための責任を分かち合ってもらう。そのために地方選挙への参加を認めるのは妥当な考え方だろう。

 日本の活力を維持するためにも、海外人材が必要な時代である。外国人地方選挙権を実現することで、外国人が住みやすい環境づくりにつなげたい。分権時代の地方自治活性化させることもできる。

 「選挙権が欲しければ国籍をとればいい」との考え方がある。だが、母国へのつながりを保ちつつ、いま住むまちに愛着を持つことは自然だ。そうした外国人を排除するのではなく、多様な生き方を尊重する社会にしたい。

 合併などを問うための住民投票条例の中で、外国籍住民の投票権を認めた自治体はすでに200を超えている。地方選挙権についても最高裁は95年、立法措置をとることを憲法は禁じていないとの判断を示している。

 世界を見ても、一定の要件を満たした外国人参政権を付与する国は、欧州諸国や韓国など40あまりに上る。

 近年、声高になってきた反対論の中には「外国人が大挙して選挙権を使い、日本の安全を脅かすような事態にならないか」といった意見がある。

 人々の不安をあおり、排外的な空気を助長する主張には首をかしげる。外国籍住民を「害を与えうる存在」とみなして孤立させ、疎外する方が危うい。むしろ、地域に迎え入れることで社会の安定を図るべきだ。

 民主党選挙権日本と国交のある国籍の人に限る法案を検討しているという。反北朝鮮感情に配慮し、外国人登録上の「朝鮮」籍者排除のためだ。

 しかし、朝鮮籍の人が必ずしも北朝鮮を支持しているわけではない。良き隣人として共に地域社会に参画する制度を作るときに、別の政治的理由で一部の人を除外していいか。議論が必要だろう。

もし「多文化」の最小単位を「個人」にまで微細化してしまった場合、多分その場の全員が「中国人」か「イスラム教徒」かのどちらかになると思う。次点で「ヒンズー教徒」かな。人口比で言えば確実に彼らが多数派だし、人数の増え方もトップクラスだもん。数の論理で、二者がそこら中に存在する事を受け入れる事なければならなくなってしまう。しかしそうなると逆に「中国人」や「イスラム教徒」以外のアイデンティティがこの二者に駆逐されてしまう現実もある。彼らの他文化に対する寛容さはぶっちゃけ下から数えた方が早いんだもん。どちらもあちこちで中華街とかスラムとか作って、現地の人間と隔絶されたコミュニティー作りまくってるから。そういう連中に対して「多文化共生」を唱えてる連中がアクション起こした事あんの?何か成果を出してるの?

そもそも多数派を占める彼ら自身が、「多文化共生」なんて屁の突っ張り程度にも考えてないが故に多数派を獲得しているんだよね。だから「多文化共生」を唱える事が、結果的に「多文化共生」を微塵も考えてない連中を利する事にしかならんのよ現状は。こっちが相手を受け入れる準備を整えても、相手がこっちを受け入れるとは限らんでしょ。

この社説子にも言いたい事だけどさ、「多文化共生」を訴える相手偏りすぎてるよね。前述の中華街作って、中国人同士で勝手に結束しちゃってる連中にも言うべきだよね。なんか彼らの長老会みたいな所に乗り込んでいって。「それではいけない!長老会にもアメリカ人日本人ロシア人を参加させるべきだ!多文化共生万歳!」ってさ。それをやらないから保守的な連中から「ていうかお前どこの国の味方?」と疑われるんだと思うよ。それが嫌なら、タリバンとか反米国家に向けて「多文化共生しましょう!欧米文化を受け入れましょう!」って言えばいいと思うよ。何故かそういう所に関しては、「帝国主義アメリカに抵抗する勇敢な人々」みたいなとらえ方する人多いけど。

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