はてなキーワード: 恭平とは
この日が巡る度、毎年思い出す。
しんどかったな~って笑
ハッシュタグの飛び交う中、嬉しいのに純粋に120%この日を喜べない思いを消化し、きちんと喜べる日にしようとこの日記を書きました。
そもそも何故なにわ男子の結成日が『6日』なのかと言うと、Duet、POTATO、Wink UPの所謂『3誌』の発売日だからである。
なにわ男子の結成は上記3誌で発表された為、発売日の2018年10月6日と相成った。
どこのユニットもほぼそうだと思うが、結成日と言いつつ正確には結成『発表』日である。
早売りの情報が流れて来たり、見ない様に流れて来ない様にしたりの毎月であるが、この日この情報を見なかった関ジュオタクはいないと思う。
メンバーは西畑大吾、大西流星、道枝駿佑、高橋恭平、長尾謙杜、藤原丈一郎、大橋和也。
今と同じ7人である。
メンバーが発表されたことで、この短文の情報がありとあらゆる関ジュのオタクに混乱をもたらせてしまった。
·MAINで活動していたのは西畑大吾、向井康二、大西流星、室龍太の4人だったのに4人中2人の名前が無い。
年齢的にオタクも焦っていたと思うので、下から下克上を起こされ、省かれた様な空気が流れた。
·藤原丈一郎·大橋和也の公式ユニット加入も、Funky8と言う屋良朝幸くんの作ってくれたユニットの事実上自然解散を思い知らされない訳にはいかなかった。
『リューン』の時に丈ちゃんが言っていた『3列目の逆襲』が本格的に始まったのである。
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正門良規·小島健(もんビバ)
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※西村拓哉·大西風雅·嶋﨑斗亜·岡﨑彪太郎·當間琉巧(ちび5)
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※藤原丈一郎·大橋和也·林真鳥·古謝那伊留·朝田淳弥·今江大地·末澤誠也·草間リチャード敬太
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他
※は場合によって入れ替わっていた様に思う。
此処のもんビバを飛び越えてしまったことにより、もんビバ担にも衝撃が走った。
こじけんは兎も角、この年はれんれんのデビュー年でもあり、当時の関ジュからするとユニットもないのに『デビュー』なんて言葉が思いついている訳もなく、同期の正門くんも『早くデビューしてほしい』どころか『やめないで』と言った不安が気持ちが何処と無く漂っている時期であった。
そんなこんなで、なにわ男子と言うたった7人のユニットが結成されたことにより、ほぼ関ジュのオタク全員をゆるがす大事件となってしまった。
当時私は関ジュ担のTwitterに住んでいたが、あの日の凍った空気は忘れられない。
(今後の自担が何も見えていない中でとてもじゃないけど『おめでとう』等言える心境ではない)
(そんな空気の中でとてもじゃないけど喜べない)
私は当時からなにわ男子のメンバーの担当であったが、例に漏れず誰からも『おめでとう』とは言ってもらえなかったし、自分自身も何も発信出来る空気感ではなかった。
(兄組の担当さんはまた違ったのかもしれない)
色々書いたが空気的にはやはり『康二くんは?』と言うみんなの思いが1番強かった様に思う。
そんな一夜にして訪れた問題の数々をオタクが解決出来る訳も無く、私達にはその時『Fall in Love』と言う梅芸公演が迫っており、常に目の前に見えていながらその問題は一旦見ない、と言った本当に無理矢理な方法で終わった。
勿論なにわ男子に入る入らないで関ジュオタク同士がお互いを好きになる訳でも嫌いになる訳でもなく、複雑なその問題は受け止めつつ華麗にスルーする運びとなった。
関西Jr.のバリバリサウンド、略して関バリと言うラジオ番組は当時藤原丈一郎·大橋和也·正門良規·高橋恭平の4人がレギュラーメンバーとして放送されていた。
丈くんの面白さ、正門くんのフォロー、橋橋のおバカ加減が絶妙なバランスで、この中に担当がいない私も当時は毎週楽しみに聴いていた。
メンバーを見てお分かりのことと思うが、4人中3人がなにわ男子となった。
生放送だったので同じ時間軸で進んでおり、なにわ男子が結成されて初めての放送を固唾を飲んで聞いていた。
挨拶は変わらず、『関西ジャニーズJr.の藤原丈一郎』『大橋和也』『正門良規』『高橋恭平です!』で始まった。
ユニット名を名乗らないどころか、その日の放送ではなにわ男子が結成された話は1mmも出なかった。
こんな大きなニュース近年の彼等に無かった筈なのに。
彼等もまたオタクと同じ様に、『なにわ男子を一旦スルー』することを、なにわ男子も、なにわ男子以外も、選択していた。
彼等もきっと、苦しんでいた。
私は、『あの大らかそうな正門くんでもこんな空気になってしまうのか』とことの重大さを改めて思い知ることとなった。
一方で、その頃丈くんは『タイヨウのうた』と言うふぉ~ゆ~辰巳くん主演の舞台にも出演していた。
当時なにわ男子は勿論関ジュも今みたいな爆発的人気はなかった為、この舞台も当日券で、大阪の初日を観劇することが出来た。
そこには、最後のカーテンコールで『なにわ男子の藤原丈一郎です。』と挨拶をする丈くんがいた。
『僕、今初めてお客様の前で『なにわ男子』って言いました』と嬉しそうに言っていた。
関西ジャニーズJr.が他に誰もいないこの空間で、初めて丈くんは何にもとらわれず自由に『なにわ男子』を出すことが出来ていた。
話は戻るが、SNSでの反応が芸能人に届かない時代でもなく、恐らくなにわ男子自身が1番反対されている空気感を感じ取っていた(SNSでは応援より批判の声が常に大きいしね)。
それが梅芸初日に立ってみて『応援されていることが分かって安心した』と言う様な彼等の当時の発言に繋がっていたと思う。
梅芸が終わり、クリパが終わり、序列が変わったことをオタクは口に出さずに徐々に受け入れて行くしかなかった。
そんな時にまたしても大事件が勃発する。
私は入っていなかったが、同日に3公演もあり、それぞれを観ていたオタク達10人近くと夜に打ち上げと言う名の新年会をすることになっていた。
終演後、出て来たオタク達は精神状態がかなりボロボロであった。
ROTでも取り上げられているし、素顔4でも発売されたが、公演があんな状況であった。
マイドリでみんなが泣いている。
今迄ああ言う時の関ジュは誰かが辞める時であり、『この人が辞める訳では無いと思う』『こっちかなぁ?』『何だったんだろう?』と解散する迄ひたすら答えの出ない議論が繰り広げられた。
康二くんのSnowMan加入は彼に残された最後のチャンスであったことは誰の目にも明らかであり、喜ばない人はいなかった半面、あんなに関西を愛して来た彼が何故東ジュにならないといけないのか。
そんな中、希望が見え始めたのが『Lilかんさい』の結成である。
私はユニットが『なにわ男子』だけでなくなったことに心底安堵した。
元々『ちび5』として非公認ながら5人でいることが多かった為、こちらは誰も増えず欠けず、すんなり受け入れられた様に思う。
そして『Aぇ!group』の結成。
Funky6の行方が知れない中での末澤·草間、そして間にいたもんビバの活動が保証されたことで、なにわ男子担的にも自担の長年のツレが多いユニットであり、『良かったね』と言う雰囲気であった。
立て続けのユニット結成であり、非加入組担にも既に『関ジュは変わってしまった。仕方がない』と言う空気も流れていた。
こうして、『一方的に叩かれ続けたなにわ男子』はこの辺でふんわりと歴史を閉じることとなる。
その後、龍太くんも俳優専業となり、真鳥くんも振付師への転向、朝田くんは3月の春松竹で退所と、徐々にみんなの道が決まって行った。
夏の8·8で、康二くんは加入から7ヶ月でデビュー組への階段を昇ることが決まり、同じく夏にAぇ!groupはなにわ男子より先に単独関西ツアーを回ることになった。
叩かれたのは何だったのか。
Aぇが出来たことによりこれで叩かれなくて済む、と言う安堵感と、モヤッと感と。
そこから何年も経ち、なにわ男子が出来てからのファン、デビューしてからのファンがもりもり増え、何のしがらみもなく純粋に喜ぶ人が沢山増えた。
10月6日は、私にこの1年弱の色々な感情を思い出させる日にちなのであった。
ニンテンドースイッチのゲームまた50本遊んで感想書いたのでまとめ(部門別ランキング)
「明日宇宙飛行士になって大気圏外で愛を語ろうか」の歌詞が主人公が夢を持って職業を選ぶことがルート分岐の重要な点になるストーリーと密接に関係しているのが大好き。
・旅路の果て
「長い道のり超えてたどり着いた私たちの“先達”」
どのルートでもしっくり来るが個人的にはサクヤルートを踏まえて聞くのが好き。
アカイイトは泡沫のボーカル版もいいんだけど、これはゲーム内には未収録なので選外。
・星の瞬くこんな夜に
この続きを読みたいなあ。
ハートとため息を盗む怪盗ミスアルテに一目惚れ、もといハートを盗まれてから自分も同じ信条を掲げて怪盗を始める導入から、かなり色々なエピソードがありこの信条の重さがどれほどの物かを理解するシーンは胸が激って熱くなった。
女性キャラだけでなく男性キャラからも惚れられる展開もあり、その際に割と躊躇せず行くのも貪欲で大好き。
・タイラ
宝探しゲームが大好きで、彼が考えるアクティビティが楽しいことが、周りの人間をどんどん引っ張って行くのが前向きで凄くいい奴。
このシナリオライターさんの主人公はみんな同じキャラと批判されるのを見たことがあるが、その点をうまく脱臭してシナリオに落とし込めていると僕は思う。
・静希草十郎
電話すらない田舎から引っ越してきた純朴な青年で、慣れない街に四苦八苦しながら一生懸命に生活をする様が格好いい。
疑わないぐらい当たり前のことが当たり前じゃないことを気づかせてくれる彼の独白は非常に興味深く、それが魔法と同じぐらい特別で異質に見えるその境遇が重たいし考えさせられる深さがあった。
・怪盗ミスアルテ
AMBITIOUS MISSIONのヒロインで、ハートとため息を盗む怪盗。
作品の大きなテーマであるハートとため息を盗むを実現し続ける様は、カッコよすぎて開幕から一気に引き込まれた。
そんな格好いいキャラが中心だからこそ、最終盤で彼女のハートとため息を盗むように盤面をひっくり返すあのシーンは堪らなく燃える最高のシーンだった。
・スバル
マイナス思考で陰気で自分勝手な、世間一般の価値観ではよくないとされるキャラで、作中の言動も度が超えてる程に度し難いシーンが多い。
しかしその自分勝手さもここまで一貫すれば見事と言うしかなく、彼女の働かず誰とも交流せず美味しいフルーツと牛乳だけを飲み食いし自然を愛で続けたいという欲望を、ガチでドン引きするぐらい繰り返すくだりは圧巻だった。
・小熊真央
FatalTwelveに登場する主人公とヒロインの友人キャラ。
デスゲームの参加者じゃないのに参加者よりも忙しそうに活動し続け、ヒロインのメンタルをケアし、主人公に察することを教えと、縦横無尽に活躍する名脇役。
恋のキューピットと言えば聞こえはいいが、主人公とヒロインの二人のために献身的が過ぎるので、彼女が彼女自身の幸せを見つける追加ファンディスクなども遊んでみたい。
・葛
小学生ながら廃屋で一人暮らしをしているため、夏の蒸し暑い時期なのにお風呂に入っていない。
しかも、彼女の攻略ルートに入ると主人公もお風呂に入れないため、蒸れが蒸れ蒸れになるのはエッチがすぎる。
アウトドアが大好きなため、汗臭いのは当たり前と割り切っており、キャンプ場でシャワー浴びたいとゴネる友人を冷たい目で見るシーンがたまらない。
その証拠に、シャワーを浴びるルートに入るとスリラーサスペンスな展開が始まるが、シャワー浴びずにいると男性と急接近し恋愛ルートに入るため、恋愛においてもお風呂は入らない方が良いことが示唆されている。
・保村
Night of the Crabz ~カニの頭に気をつけろ~のヒロイン。
常にふざけており下品なことも平然というキャラクタだが、温泉旅館に泊まりに行くのに変えの下着を持ってこず同じものを履き回すというエッチな技を披露する。
お風呂に入ってがっかりさせた後、下着の履き回しで興奮させる高等テクニックに感謝。
男子学生なのだけどとある事情からプライベートでは無理矢理メイド服を着せられている不憫なキャラ。
かなり流されるタイプで押せば普通にエッチなことできちゃいそうな様が可愛かった。
・レイ
災難探偵サイガ~名状できない怪事件~のワトソン役を務める助手キャラ。
性別不明なため男女どちらかは作品内で明記されておらず、ビジュアルもその通りどちらとも解釈できるデザインになっている。
路上生活を長く続けていたため、お風呂に入る頻度も少なかったに違いなく、その点を深掘りしていきたいと考える。
・翔太
成人済みの男性ながらオンラインゲーム内のアバターでは女性キャラを使い、他のプレイヤーに媚びを売って所謂「姫プレイ」を楽しんでいる。
サークルがクラッシュしてからも、色々なキャラに依存心高めに媚を売る様は普通にエッチで、可愛いキャラだ。
コロシアイ学園生活というダンガンロンパの根幹をなす設定をおちょくりまくる、シリーズ屈指の名エピソードの立役者の一挙手一投足。
V3だけでなく、1と2も含めた今までの学級裁判が如何に黒幕の恣意的な誘導であったかが理解できる設定の妙が面白かった。
死生観に関する非常に独特な設定が開示されると共に、その異端なキリスト教の解釈を否定する岡田黒洲の有り様は驚いた。
特にオーラスもオーラスで、作品のタイトルの意味を独白しながら彼が叫ぶ慟哭は、物語のために作られたミステリらしいトリックで、謎解きやパズルではなくミステリとして優れた作品だったと感じた。
・ワールドエンドシンドロームの主人公の名前入力にまつわる仕掛け
プレイヤーが自分で名前を付けるのは、テレビゲーム黎明期からあるありふれた仕様だが、この点を見事にトリックに昇華しており驚いた。
さらにこれが叙述トリックやサプライズの類ではなく、フーダニットの過程に用いられるのがたまらなく決まっていた。
・ルストと翔太
アーキタイプ・アーカディアの主人公と独自ルートがある男性キャラ。
彼のルートを選択すると密接な関係値のエンディングを迎えられる。
カップルか否かは議論の余地があるかもしれないが、依存心が強く自立できない翔太と、他人に固執せず内に篭りがちなルストはまさに割れ蓋に閉じ蓋、幾つもルート選択があるゲームだがこの組み合わせがベストカップルだと感じた。
一夏のボーイミーツガールものだが、とあるSFガジェットの登場により、随分と歳の差カップルになる。
この歳の差に苦悩するところがいじらしく面白いので、アフターストーリーとして少ししか読めないのは物足りなかった。
・佐知子と貴呼
二人の関係値は話の大きな主題にあるため、このゲームが好きということは自然とこのカップルが好きになる。
女性同士だからこそのアクティビティもあったりして、とても幸せそうなカップルで素敵だった。
⚫︎好きなスチル絵ベスト3
2枚あるがどちらも最高で甲乙は付け難いが、2枚目に出てくる方が好き。
ミスアルテ、ミッドナイトに続く3人目の怪盗だが、まさかここで来るかと驚かされ、さらに背景にちらっと映るある事情を抱えた前作のヒロインたち。
今作の仕掛けが一点にあつまる万感の想いがこもったいいシーンな上に、前作への気配りもされた完璧な一枚絵だった。
・島の電気が復旧するスチル絵
ATRI -My Dear Moments-の最後の方に出る、主人公とヒロインは後ろ向きで、電気で明るくなる島の家々がメインのスチル絵。
今までの苦労が報われる上に、電気が付く背景の美しさが合間って非常に感動した。
その上で、これは日本の小さな離島の電気が復旧しただけで、世界はまだまだ苦難が多く、これを第一歩にするという決意に繋がるのも良きシーンだった。
・死の線が見えない月明かりに照らされたアルク
月姫-A piece of blue glass moon-の志貴がアルクに惹かれる印象的なシーン。
直死の魔眼という得意な能力のせいで人とは違う生死感を持ってしまった主人公が、美しく見えるヒロインが登場するのは非常に納得感があり、一気に話に引き込まれた。
個人的には原作の際は琥珀さん派で、他のキャラにはあまり思い入れがなかったのだけど、リメイク版はここだけでアルク派に鞍替えした。
⚫︎美味しそうな食い物ベスト3
・月の涙
味についても言及されているが、現実世界には無いので飲みたくてしかたなかった。
食事に舌鼓を打つシーンは多いゲームだが、前後の文脈も相まって印象的でお腹が空くシーンだった。
実のところ繰り返し登場するわけではなく、要所で数回出るだけなのだが、印象的なシーンが多いため読了後にコンビニに買いに走った。
ストーリーとして綺麗に終わってはいるものの、設定や未来が知りたいことが多すぎる。
特に周瀬律架については蒼崎姉妹と何か関係値がありそうなので深掘りを期待したい。
ポケモンの買い切りゲームはいくらあっても困らないので半年に一回ぐらいは何かリリースして。
素材使い回しでいいから1時間ぐらいの短編を定期的にリリースするのが向いてると思うんだけど、難しいか。
○ご飯
朝:なし。昼:おにぎり。おみそ汁。夜:牛丼。サラダ。豚汁。たまご。牛皿。間食:豆菓子。イカフライ。
○調子
○探しものは夏ですか
スマートフォン向けアドベンチャーゲームとして高評価だった作品をケムコADVチームと手を組んでリメイクした家庭用ハード向けの移植版を遊んだので感想。
昔お世話になっていた駄菓子屋のおばちゃんが亡くなったことを知り、久々に母方の実家へ帰省する大学生の主人公の空木恭平、そこで何故か主人亡き駄菓子屋で生活をしている謎の女子高生織原真琴と出会い、一夏の青春が始まる。
メーンヒロインとなる真琴はかなり気が強く物怖じしないが、主人公の恭平は人付き合いが苦手で知らない人に話しかけるのも苦手だし家族とすら上手く会話ができない。
しかし、真琴は真琴で考えなしに突っ走しり失敗するところがあるし、恭平には慎重に物事を下調べしたり考察を巡らせる良い点がある。
二人の凸と凹がハマっていき特別な関係値が生まれていくストーリーだ。
当初は真琴のビー玉を探すという素っ頓狂なお願いを叶えるために街を歩き回るのだけど、徐々にこの田舎町で何かが起きていることを知っていく。
神隠しや町に伝わる伝承などが雰囲気を盛り上げて行き、物語への期待度が少しづつ高まって行く。
中盤明らかにギアが変わるエピソードがあり、そこからはウジウジしていた恭平が男を魅せるシーンや、勝ち気な真琴の裏にあるもう一つの一面が見えるなどの、良きシーンで盛り上がっていく。
この辺は主要な登場人物を絞っているからこそ、やりたいことが強く伝わるし、スチル絵もしっかり用意されていて好きなシーン。
ただ、それらに至るまでの序盤のあっさり目な文量は惜しいところだ。
タメがあるからこそ、中盤のそれを覆すシーンが燃えるのだけど、そこが物足りなかった。
恭平がウジウジ、真琴がハキハキというのも、具体的なエピソードは数個で、あまり対比になっていない上、恭平は割と真琴には早々に強気な態度を取るので、そういう設定だが実態を表現する量が物足りなかった。
文量の少なさは終盤の謎が解決していくシーンでも感じられる。
序盤のビー玉探しパートで振られていた謎が解かれていくのだけど、複雑な構造の割にスムーズに話が進んでいき、それらに対する悩みもあっさりと踏み越えてしまう。
何しろ主要な登場人物が二人しかいないのだから、深く濃厚な描写を期待したくなるのだが、あらすじ感が強くもっとボリュームが欲しかった。
恭平、真琴共にそれぞれのルートでとても大きな決断をするのだけれど、覚悟の決まり方が早く、話がサクサク進んでいってしまう。
真琴の方はまあそういう性格だと割り切れるものの、恭平の方はもっと色々と策を講じても良かったんじゃないかなと思ってしまった。
ストーリーのテンポが良いのは悪いことではないのだけれど、中盤から登場するとあるSFガジェットを利用した展開は様々な活用方法が考えられるので、二人しかいない主要人物同士でそれらを議論して段取りを立てるシーンをたっぷり見たかったのは、僕の好みで一般論とは違うかもだけど、そう思えてしまうほど文量が物足りない。
勿論、ストーリーの主題はSFガジェットを利用した段取り小説ではなく、一夏の青春、一夏の恋愛なのだから、この辺は好みの問題ではある。
ただ、この二人での議論シーンがかなり薄いのは、真琴の人の話を聞かない性質がかなり理由の一つに感じられたせいで、真琴への好感度があまり上がらず、恋愛のストーリーにも乗り切れなかった。
(これこそ好みの話だけども)
田舎町の夏を文章以外にも背景絵やBGM、SEで彩っており雰囲気は抜群。
真琴の立ち絵やスチル絵は水彩画風の色塗りが決まっていてキュンとする。
そして、最終ルートで流れる主題歌のウエノレイさんのshyderはめちゃくちゃ決まっている良い曲だった。
物語の主題歌としてキチンと話の筋を踏まえた歌詞になっており、恭平と真琴の関係値を端的に歌っていて素晴らしかった。
ストーリー面でも恭平が変わっていき、真琴だけでなく家族とも新しい関係値を結んでいくシーンは情緖豊かなシーンで印象的だった。
恭平と真琴の関係がこれから前向きに進んで行くところで終わるが、アレはどうなるんだ、こっちはどうなるんだと気になるところが多く、余韻が残るエンディングが好きだ。
決してストーリーが収まっていないわけではなく、物語上の謎はある程度しっかりと解決して、あくまで二人の恋愛関係が良い意味で先が気になり、今後の二人がどうなるのかを想像する楽しみがある終わりなのが良いバランス。
また声優の佐野裕理さんのイジけた恭平の隠キャ演技がバッチリハマっており、言葉面は肯定しているが内心は不平不満たらたらな本音が見えかくれするシーンを上手に演じてくれていてとても良かった。
好みの方向性こそ違っていたものの、一夏の青春恋愛ものノベルゲームとして小さく綺麗にまとまりつつ、彼らの先に広がる未来を想像する楽しみもある良いゲームだった。
アイドルの熱愛報道が出るとはてブみたいなお行儀の良い界隈では「そもそも恋愛禁止なんて人権侵害」「プライバシーは」みたいな意見が上位だけど現実はファンがこんな感じなのよね。
なにわ男子、全員が文春に目をつけられてるって事を分かってる上で普通に会っちゃってる所が1番ダメなんだよ
付き合ってる人がいるのは構わないけど「今だけは会うの控えよう」とか1ミリも思わないのかな、凄すぎる
いち人間の色恋沙汰について、叱れとも話し合えとも思わないけど、これだけ続くと、なにわ男子にとって熱愛報道って重要度高くないし、気にも止めてないんだなって悲しくなりますねぇ。
もうちょい仕事真面目にやるとかできひんの?AV女やら同業者やら手出して
仕事配慮より女との欲を優先か なんでこいつらが優遇されてKPが干されたん?表向きもうちょい我慢しろや
仕事ナメてんのか
デビューして間もないなにわ男子毎月女と撮られてるけどこれまで全く撮られてないHey!Say!JUMPもセクゾもまじですごいな、、、、なにわって一番性欲ないホモキャラなのに一番オスなのきつい
なにわ男子 あの可愛いって感じの雰囲気で売ってるアイドルのくせしてどいつもこいつも恋愛欲と性欲ゴリゴリの人ばっかりなのにデビュー曲が初心LOVEなの何の冗談?すぎる
普通に考えて、8月9月11月で立て続けの熱愛とかなにわ男子が初だろWW何回も言ってるけど、恋愛は自由。でもお前たちは女より第1にファンの事を考えろバレずにやれだから熱愛男子とか呼ばれるんだよ高橋に関して流出沢山して西畑と長尾が撮られてるから気をつけようってならなかったの?
やっぱりしんどいからあえて検索避けはせずに書くけどさ、1回目、2回目、3回目ときて、なにわ男子、どんどん呆れられてるのわかってる?
なんかもう、誰が好き?って聞かれた時になにわ男子!って言うのすら恥ずかしくなってきたよ。誇れないよ。
こんなアイドルグループは嫌だ!って大喜利があったら「一ヶ月ごとに熱愛出す売り出し中のキラキラ系アイドルグループ(笑)」堂々優勝出来るよ。
「プロ意識が低い」「アイドルの自覚が足りない」と叩かれまくってるんだけど恋愛していて会うな撮られるなとかどう考えてもムリじゃない?(リモートってコト…?)
https://service.smt.docomo.ne.jp/portal/special/life/entertainment/src/drama_89.html
ここに名前が出ている俳優をドラマの主要格と見なし年齢を調べてみた
二宮和也(40)中谷美紀(47)大沢たかお(55)江口洋介(55)中川大志(25)
おいしい給食 season3
市原隼人(36)大原優乃(24)六平直政(69)高畑淳子(69)小堺一機(67)
橋本環奈(24)沢村一樹(56)佐藤二朗(54)松本まりか(39)JP(40)
ミワさんなりすます
松本穂香(26)堤真一(59)恒松祐里(25)片桐はいり(60)高岡早紀(50)
けむたい姉とずるい妹
栗山千明(39)馬場ふみか(28)栁俊太郎(32)桜田通(31)雛形あきこ(45)
Maybe 恋が聴こえる
大和奈央(16)橋本涼(22)醍醐虎汰朗(23)坂本彩(15)木村昴(33)
君が死ぬまであと100日
髙橋優斗(23)豊嶋花(16)咲耶(23)新井舞良(22)井上瑞稀(22)
家政夫のミタゾノ
松岡昌宏(46)伊野尾慧(33)桜田ひより(20)余貴美子(67)平田敦子(60)
大奥 Season2
時をかけるな、恋人たち
くすぶり女とすん止め女
相棒 season22
コタツがない家
ぼさにまる
いちばんすきな花
帰ってきたらいっぱいして。
君となら恋をしてみても
キス×kiss×キス~LOVE ii SHOWER~
うちの弁護士は手がかかる
アオハライド Season1
きのう何食べた? Season2
たそがれ優作
ゼイチョー~「払えない」にはワケがある~
ギフテッド Season2
単身花日
泥濘の食卓
あたりのキッチン
猫カレ -少年を飼う-
どうする家康
たとえあなたを忘れても
フィクサー Season3
関西ジャニーズJr.に、四年ぶりに新ユニットができた。
その名も「なにわ男子」
西畑大吾くん、大西流星くん、高橋恭平くん、道枝駿佑くん、長尾謙杜くん、藤原丈一郎くん、大橋和也くん。
この七人とどんな景色が見れるんだろうって今から楽しみで、今はその気持ちでいっぱいです。
早売りでユニット結成を知り、Twitterが一気に荒れた。私は担当の名前があるのが嬉しくて、「やっとここまで来れたんだ、十五年目に掴んだチャンスを絶対に手放したくない」と思った。Twitterを見てから十数秒で全てを受け入れた。
時間が経つにつれて流れてくる様々な意見。本気で腹が立ったし、正気か??
「Funky8はどうなるの??」ってどうもならないし、ここ一年の様子を見てどうにかなるってよく思えるなぁ、何を見てたの?ってなった。もしかして今さら八人で何かするとでも?
それ以前から「丈橋が引っ張って」っていう他担の意見が本気で気持ち悪かった。正式なユニットでもないのに他の人ありきでどうにかなろうって甘すぎない??いやいや自担に頑張ってもらってください。結果そういうところだと思うよ。
八人で公式化とか単独公演とか、こちらからすれば余計な道のりでしかないのにね。Travis Japanとコラボしたい!って八人が同じステージに立たなくなったこの一年半であっちはメンバー変わって、この一年は松松含めた七人で横浜アリーナ埋めて、先輩のメインバックでドーム回ってオリ曲もらって、夏も単独公演して今もそれぞれが舞台に立ってる。そんな場数を踏んできたトラジャと、この一年半同じ括りで仕事したのは雑誌撮影のみ、それもこの半年は雑誌に載れない人すらいた八人が??どう戦うつもりだったの??えーやだこっわ。
人の好きはそれぞれだから仕方ないけど、でも自担が前に進むのに足枷になるものは本当にいらないし、女と写真撮られて謹慎になるような人が人がいる括りに夢も希望もあるわけないじゃん。主演舞台して、千秋楽の翌日から休む暇もなくホームの松竹座に戻ってステージに立ってた人と、また同じところに並べると思ってたのかな。厚かましいにもほどがあるし、もしそうなってたなら二人の頑張りを踏みにじってるでしょ。そんなことをよく望めるよね。なにわ男子結成を機に他の担当が八人に名残があるのはまだ分かるけど、あの人の担当だけには何にも夢を見る権利はないと思うよ。決定打を打ったのに。
「この七人で二人が今までどおりのパフォーマンスができるとは思えない」
「スキルが違いすぎる」
丈くんと大橋くんはその場に合わせて手を抜くような人だと思われてるんだ。何を見てきたんだろう。どこにいても力を十二分に発揮するアイドルなのにね。そんな見当違いなことを言われなきゃいけないんだ。ユニットに選ばれるって大変だね。何にも分かってない人に、今までのことを全て否定されるようなこと言われなきゃならないんだ。
スキルが違うのなんて当たり前なのに、それを言ってどうしたいんだろう。スキルが同じくらいでも女と頻繁に目情上がる人とか写真流出するような人と一緒にいるところなんて見たくないよ。
なにより、八人にこだわって上のような発言をする二人の担当が無理だった。内輪でワイワイして盛り上がってってそれだけで満足なんだ。今年の二人を見てもなお八人に何かを望むのはお門違いじゃん。あんな仲間と本気でデビューできるとでも思ってた?デビューなんかしなくていいから八人でユニット組んでほしかった?なにわ男子で端にいるのが許せないのに足引っ張ることしかしないあの人たちのことも、そんな人たちと一緒にいることも許せるのにね。三列目の逆襲だってしなくてもいいんだ。三列目でもセンターにいればそれで満足なんだ。
それを望むような二人じゃないのにね。「靴箱をメインの方にしたい」って言ったのも、「デビューしたい」って言ったのも選ばれた二人。それはあの八人での未来じゃなくて一人と一人の夢。
受け入れられないなら鍵付けるなり降りるなりしてね。自分が応援してる人を悲しませたりするような発言しか出来ないなら一生関わらないでください。
ちょっと前のハナシになるけど、都内の小劇団の公演を見に行ってきた。
というか、なんかこの2ヶ月、小劇団を観に行くことが多くて。
(いや、そんなマニアみたいに毎日、毎晩ってわけじゃないけど)
キッカケは、
https://anond.hatelabo.jp/20170925212923
この劇団で。
でもって、出演していたキャストが新宿ゴールデン街でバイトしているという情報を聞きつけて、その店を仕事の接待の2次会で使ったのよ。
いろいろと話も聞きたかったし。
.
そしたら、その女優さん。
舞台の上の颯爽とした男装イケメンぶりとはまったく違うホニャホニャ~っとした実に気立ての良さそうなお嬢さんで。
思わず「よ~しオジサン太っ腹なところ見せちゃうぞ~!」と彼女の新しい公演のチケットを購入したのが一ヶ月以上前。
.
演目は『人形を殺す』(劇団 竹/竹林 林重郎 作)
.
例によって記憶を記録に変えるため、ここに自分の感じた印象を残しておくことにする。
随所にその後の聞き取りで得たデータもはさんでいくんで、そこはご参考までに。
.
■全体として
いろいろと語りたいことはあるけれど。
まずは。
.
まさかこのオッサンが芝居で爆泣きさせられるとは思わなかった。
.
もう、その、なんだ。このイヤな感じに古びてネジれまくった心のどこに、こんな涙が残ってたのか、ってくらい。
.
全体のアウトラインとしては。
.
とある一家の主人、フトシの葬儀に彼の隠し子のミツルが訪ねてくるところからストーリーは始まる。
子供世代にあたる長男、長女、後妻の連れ子、隠し子の4人を物語の中心として、彼らの記憶にある父、父の愛人、母、後妻の姿が交錯する。
回想を交えて次第に明らかになっていく機能不全家庭のかたち。
すでにそれぞれの人生を発見、構築して、最後の手仕舞いとして葬儀に集まった子供世代が “その後の物語” を交換しあい、そして何を選択するか。
.
という感じ。
.
安直なプロモーター/宣伝担当者だったら “失われた家族の再生の物語” とか言うところだろうけど。
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これは “再生” じゃない、“自己修復” だ。
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どこからか聖なる光が降り注いで、そして全てが安直に元通りになるんじゃなくて。
命がけで力をあわせ、新しい家族システムとして自己修復していく物語だ。
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機能不全家庭のサバイバーたち、それぞれが心で悲鳴を上げながら過去を振り返り、つながりを模索して、あたらしい動態平衡を獲得する、そんな自己修復過程の身を切るような苦しみを描写し尽くした作品になっている。
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ただ、上に書いたような文芸路線の重たい家族ドラマってだけじゃない。
そこに、キリスト教、ヒンドゥー教、アミニズム、シャーマニズムの神々が乱入し、信仰とヒトの関係性が語られ、西武ライオンズの奇跡の優勝が回想され、ときにタブラ+4つ打ちテクノに合わせて踊る白装束の群舞とビデオプロジェクションのインサートシーンが交錯し、どこかサイケデリックな、なんというか……
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うん! そうだ! “現代の寓話” だ!
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(どうしても想像が及ばない人は、ここで、
“もしも、もしも故・今敏監督が、重た~い家族の自己修復のドラマを
というのを想像してみてください。
当たらずといえども遠からずのはず)
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うん、これ以上語ってもしょうがない。全体としてはこんな感じ。
「傷ついた人は、傷ついた家族は、成熟とともに修復される……されるのか?」
というのがテーマ。
そして俺、爆泣き。
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そして、本公演の劇団である “劇団 竹” の主催者にして劇作家、竹林林重郎氏の作劇術、というかタッチというか、そういうのも、なんとなく見えてきた。
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モノローグでもポリローグでもなく。
(回想シーンのフトシ、サダコその他は隣に聞き手がいるものとしてダイアローグにカウントする)
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ーーここで父フトシの隠された2重生活と、実の子以上に愛され、
育まれてきたミツルの姿が明かされる
↓
ーーいまではヤンママのシンママとなったツグミの愛に飢えた幼少期への思いが爆発
↓
ーー今となっては過去に見切りをつけ、自身の “家族” を獲得したヒデフミに対して、
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という大枠の流れに、回想シーンとして
・父フトシと母ノリコの外食
(後に愛人となるヤスコを含めると3人以上が登場するのはここだけ、だったかな?)
・フトシとヤスコの逢瀬
・夢の中でシュウタに、出奔という自分のギリギリの選択を明かす母ノリコ
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といずれも1 on 1。
対話の一方が次の対話に持ち越されるバトンリレー形式で話がすすむ。
(例外はサダコが壁のロザリオを叩きつけるシーンと、ノリコの出奔シーンくらいか)
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というわけでダイアローグ主体の作劇なので。
最後に全兄弟が登場する対話のシーンを見たかった気もするが、そこはビデオで後日談が語られることで代替されている。
というか、前半のツグミ役のキャストのあの演技を見たら、後半まで登場したら、おそらく彼女のメンタルがもたないだろう。
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ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」
俺「おおっ! あなたはツグミを演じたラムネさん! アレくらい、余裕っすか?」
ラムネさん「んふふ~」
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と、明確な答えは得られず。
ただ、別に彼女のコンディションに配慮したわけではなく、たんに作劇上、そうなっただけらしい。
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余談。
確かなことは。
無軌道な妊娠と出産、自分を一番に思っていた継母を鬱病と自殺に追い込んでしまった(と考えている)彼女が過去を悔いて流す涙。
ツグミの慟哭はそれだけの迫真・魂の演技だった。
余談終わり。
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もう1つ。
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気にしなければ流すこともできる。
気にして、拾い上げるつもりがあればハッキリと分かる。
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(いや、これは俺の思い上がりで、拾い上げてないレベルのメタファーがドッサリあるのかもしれないけど)
たとえば。
ミツルとツグミが同時に正座をといて、「ここから深い話をしよう」という意図を見せたり、とか。
ヒデフミが現在ではロザリオの製造業に努めていて、毎日キリストを十字架にかけている、つまり、 “完全な棄教者” であることを暗示したり、とか。
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いろいろなレベルで多層的にメッセージが投げかけられてくるのが気持ちいい。
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そして、ストーリーに大きな比重を占めているビデオプロジェクションについて。
冒頭、中間、エンディングと(自分が覚えている限りでは)3回、舞台の白壁をスクリーン代わりに、撮影・編集済みのビデオ映像が使われる。
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1回目はオープニングタイトルなので、深い意味はない。多分。
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2回目は、うーむ、解釈に困る。
シヴァ、ヴィシュヌ、ガネーシャ(ブラフマーも出てきた、かな?)とヒンドゥーの神々がサイケデリックなビデオコラージュで次々と諸々の事象と一緒にカットバックされる、ある種のイメージビデオ。
どことなく、今敏っぽい。
無理して考えれば、愛人ヤスコと隠し子ヒデフミの家にあったという、キャラクター人形を並べたデタラメな祭壇から喚起されたイメージの奔流、というところだろうけど。
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1)キリスト教
家族システムの自己修復の媒介者、というか見守り人としてのキリスト教の存在と、一般人レベルの、一般人なりの神学論争がたびたび登場する。
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愛人ヤスコは沖縄のユタ(シャーマン、巫女)の血を引いている、という設定で、ここでキリスト教的な硬い理論体型ではすくい切れないアミニズム、シャーマニズム、スピリチュアリズムの象徴として彼女の存在がたびたびクローズアップされる。
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3)フトシ人形
元愛人ヤスコいわく、「死んだフトシの魂が乗り移った人形」。
そもそも隠し子ミツルが「この人形を一緒に火葬してほしい」と持ち込んだところから全てのストーリーが始まっているわけで。
その後は、子供たちの亡き父に代わって踏まれるは、叩きつけられるは、この人形、まさに踏んだり蹴ったり。
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余談。
この人形、終演までよくボロボロにならずにもったよなぁ。
と思ったら、Twitterを見たら劇団の忘年会にまで生き残って参加してるし。
まじで何か乗り移ってね?
余談終わり。
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ビデオプロジェクションの3回目は、エンディング(後日談)とスタッフロール。
ここで、子供世代が集合して親睦を深める後日談が挿入され、ストーリーに一応の決着がつく。
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と、合計3回のビデオなんだけど。
うーむ、評価に困る。
なんというか、悪くは無いんだけど。
編集も音楽も上手すぎて、なんか、こう、才に疾りすぎているような印象を受けた。
芝居のシーンが不器用な人間たちの不器用なふるまいの話であれば、なおのこと。
逆にいえば、重苦しくなりがちな主題のハシやすめとしては、効果的だった、とも言えるけど。
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ラムネさん「お客さんのアンケートでは、良かった人と、悪かった人が半々くらいだったみたいですよ~」
俺「うーむ、人によって評価はマチマチか。まあ、そんな感じだろうなぁ」
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■観劇後
で、さてさて。
終演後、もう、あふれる涙をぬぐいながら、挨拶に出ていた竹林氏に突撃インタビューを敢行してみる。
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俺「グスン、あ、あの、最後の後日談のビデオなんですけど。やはり、あれは小さな子供たちを舞台に出せないっていう制約があってのことですか?」
(と、最初の軽いジャブのつもりの質問だったんだけど、誤解したらしく)
竹林さん「あ……あれなんですけど……ハッピーエンドってわけじゃ……ないんですよね。
あの子供たちは全員ツグミの子供かもしれないし……。ヒデフミとシュウタが家庭を持つ踏ん切りがついた……とも言えないわけで……。そこはお客さんの判断にゆだねるっていうか……」
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え? あれ、ハッピーエンドじゃないの?
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∧∧
ヽ(・ω・)/ ズコー
\(.\ ノ
、ハ,,、  ̄
 ̄
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そりゃないよ竹林さん! こっちは希望の光に魂が洗われるような涙を流した直後だっていうのに。
と、ともかく、気を取り直して次の質問をする。
俺「と、ともかく、アレです。そうだ! あれ、あれ! あのキャストの4人が白装束で踊るダンスシーン! あの挿入シーンには、やっぱりなにか意味が?」
竹林さん「あ……あのダンスシーンには……特に意味は……ないんですよね……」
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∧∧
ヽ(・ω・)/ またまたズコー
\(.\ ノ
、ハ,,、  ̄
 ̄
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なんてこったい! 全部インスピレーションというか成り行きまかせかい! なんだよコラ! というか、あんな太っといストーリーを産み出しておいて、なんでそんな慢性自信喪失症みたいな振る舞いしとんねん!?
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ラムネさん「そんなこと、ないですよ~」
俺「おお! ラムネさん! するとあのダンスには深い意味が?」
ラムネさん「1つ1つの振り付けに意味を込めて、竹林さんが決めていったんです~。彼、ダンスができるわけじゃないんで、稽古の一番最初にダンスから始めていって、大変だったんですよ~」
俺「それじゃまた、なんであんなウソを……」
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うーむ。
いろいろと事情はあるようだ。
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■あらためて全体として
というわけで、あらためて全体としては。
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もう、激烈に良かった!
チケット代の倍くらいのモトは取った!
劇団竹、というか竹林林重郎氏は今後も追いかける! 決めた!
という感じ。
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本来なら、ここでキャストの印象から書くんだけど、先に言っておきたい。
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映画で言うところのプロダクションデザイン、美術のレベルが俺的には空前絶後のハイレベル!
舞台というかセットは “そこそこ成功した事業主が建てた一軒家の客間、中央には卓袱台” という固定化された空間なんだけど、まあ、ここの造作が細部まで実にリアル!
フトシと妻の外食シーン、ネパール料理屋ではビールが銅製のタンブラーに入っていたりとか、細かいところまで実にリアリティのカタマリ!
サウンドも隅々までハイファイで、SEのキューイング(演劇用語では “ポン出し”だったっけ?)もタイミング完璧!
後ろを見れば、おお! これまでの観劇で初めて卓(コンソール)の収まったコントロールブースがある!!
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今回の劇場、スペース雑遊の設備なのか?
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ラムネさん「いえ~、あのブースは、わざわざ場所を確保して作ったんですよ~」
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ですよね~。
照明も特段の過剰な演出に走ることなく、的確。
何もしていないかっていうと、そんなことなく、舞台のシーン、ネパール料理屋のシーン、
シュウタが心から祈るシーンと、細かく細かく抑揚をつけている。
ともかく、作品の作家性、キャストもさることながら、舞台全体をバックアップするスタッフの力量が、もう、これまでとまるで違う!!
彼らにはノーベル賞、ピューリッツァー賞、紫綬褒章を金銀パールをそえて贈りたい。
それくらい気持ちよかった。
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劇場の “SPACE雑遊” もじつにいい。ほどよい温度で静かな空調。
ともかく見過ごされがちな観劇のための空間づくりだけど、ここまでストーリー没入を妨げない総合的な配慮は、うん! 控えめに言ってサイコー!
この劇団って、いつもこんなハイレベルな制作陣なのか?
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ラムネさん「いえいえ~、前回までの公演は~」
俺「ふむふむ」
ラムネさん「セクマイ三部作っていって~、小さな民家を舞台にしたり~」
俺「なるほど」
ラムネさん「こんな舞台は初めてなんじゃないかな~」
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うーむ、俺はひょっとしたこの劇団の大新機軸、大飛躍の場所に居合わせたのかもしれない。そうだったら嬉しいな。
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そして、キャストなんだけど、はじめに言っておく。
キャスティング上の軽重はあれど、全員が全員、演技巧者の高能力者ばっかり!
どうなってるんだ!
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ラムネさん「今回のキャストは~、じつはこれまで仕事をしたことがあるヒトばっかりで~」
俺「なるほど、すでに信頼関係のあるキャストばっかりなのね。アナタも含めて。ということは~、二度と呼ばれないヒトもいたりとか?」
ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」
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うむ。ノーコメントなり。
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というわけで。
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■石川雄也(フトシ)
一家のお父さん。酒乱。浮気。全てにおいて、だいたいこの人が悪い。
コピー機の販社を起業して営業のためにキリスト教に入信ってのが痛いくらいにリアル。
回想にしか登場しないのに、ほぼ主役。
劇団竹に所属。
地味に驚いたのが、ワンカップ半分ならワンカップ半分、ビール1缶ならビール1缶と、アルコールが入った分だけ、確実に立ち振舞いを変えてくる。
上手くいかない事業と美女の誘惑、アルコールへの弱さと、たよりない大黒柱の悲哀を全身で表現。
もっといろんな所で見てみたいと思った。
(↑そういう仕事をしていらっしゃるのデス)
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■森川武(シュウタ)
長兄ってツラいよな。
いきなり子供が3人もできた父の辛い立場を理解したのは、このヒトだけ。
そして、彼の祈りのシーンで大事なことが示唆される。
それは、
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神はどこにいるのか。
神は祈る心の裡(うち)にこそ顕現する
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ってこと。
ツグミの嘆きを受け止める。
そして、ヒデフミの “シンカー投げ” という決別の儀式を見守るだけだったところに、ロザリオのカツーン! という落下(これを偶然か神の啓示か、はたまたシンクロニシティか、どうとらえるかは、それこそ観客にゆだねられている)からの、もう、怒涛の、言いがかかりに近い、というか完全に言いがかりの引き止め工作。
ここに俺は、家族システムが血ダルマになりながら自己修復していく音を確かに聴いた、ような気がする。
そして俺、爆泣き。
劇団竹に所属。
こうしてみると、キャスティングも要所々々はプロパーさんで固めているのね。わかる。
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ラムネさん「このヒト、普段は “コボちゃん” って呼ばれているんですよ~」
俺「おお! 言われてみれば確かに似ているwwww」
(このあと、コボコラの話に盛り上がること5分)
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■江花実里(ツグミ)
あれ、おっかしーなー。
つい1ヶ月前に月蝕歌劇団を観たときには颯爽とした美青年・明智小五郎(に化けた怪人二十面相)だったんだけどなー。
いま見ているのはチークの乗りも痛々しい元ヤンのシンママだよ。
しかも、そこに至るまで、彼女の感情は3段階に分けて少しずつ前面に出てくる。
最後に兄シュウタの腕の中で継母のサダコを想って感情を爆発させるとき。
役者ってすっげーな!
でも正直、この時の俺は爆泣きとまでは行かなかった。
でも、それでいいと思う。
この公演が竹林氏が観客の情動に仕掛けるカチ込みだとしたら、彼女は鉄砲玉というか切り込み隊であって。
あるいは、森川ー佐々木ラインという本隊の大規模侵攻の前に敵陣深く潜入する特殊部隊の役割であって。
「さて、この劇団、どんなものか見てやろう」という観客の批評眼をかいくぐってハートの深いところに潜入し、情動の扉をこじ開けて本隊の到着を待つ。
これが彼女のミッション。
いや、実に良かった。
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■辻村尚子(ノリコ)
フトシの最初の妻。
夫の浮気のストレスから子供を虐待することを恐れ、みずから出奔。
舞台が2018年の設定なので、旦那の事業の立ち上げ期が80年代末。
キャラ作りが、なんというか、トレンディドラマの女優そのもの。
彼女が居間のふちに腰かけて靴を履いて家を飛び出すところが2回、描写される。
つまり天丼なんだけど、
なんでだろ、ビデオその他の映像作品だと天丼って、うっとうしいだけなんだけど。
なんか、生身のキャストがやると重く感じるんだよな。
劇団 竹に所属。
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■大森華恵(サダコ)
フトシの後妻。
うつ病で自殺。
なんというか、いろいろと痛ましい。
(継子とはいえ)娘への配慮と、大人の知恵と、世間知と、いろんなものに押しつぶされて最後の選択として自殺、か。
この舞台で、壁に掛けられたロザリオは合計3回、床に落下する。
2回はサダコが床にたたきつける。この時はSEのみの描写。
そして1回はシュウタの祈りに呼応して、本当に落下する。
ここでも天丼(繰り返し)が重たい。
なんというか、堅物で悩み事に弱そうな人物像を的確に体現。
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石川、辻村、森川と3人までは劇団正メンバーなんだけど、彼女だけがゲストにも関わらずダンスに参加。
ダンスシーンについては、べつに拘束期間とか難易度とか、そんなことは関係なく、竹林氏のメッセージにそった人選なのだろう。
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子供が十分な子供時代を生きられず、そのままムリヤリ大人になることを要求されたようなアンバランスな感じ。
わかる。
そして、いまでは自分も義父のようにシンカーが投げられることを義兄シュウタに示すため、最後のキャッチボールを決別の儀式として実行する。
と、ここで舞台で実際にボールを投げるんだけど。
キャッチャーのシュウタは後ろに下がって観客から見えなくなる。
おそらく板に座布団とか、そういうギミックでボールを受けているはず。
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ラムネさん「いえいえ~、あのシーンは本当にキャッチボールをしていますよ~」
俺「おいマジですかい?」
ラムネさん「本当に最初はキャッチボールの練習から始めました~」
俺「でも暴投とかしたら、危険じゃないですか?」
ラムネさん「ですから~、危険な場所には、あらかじめスタッフを座らせたりとか~」
うむ、配慮も危険対策もバッチリのもよう。
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空飛ぶ猫☆魂に所属。
みなさん、それぞれの所属先劇団の看板または主戦級の役者さんなのよね。
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■森川結美子(ヤスコ)
沖縄のユタの血を引く、占いもできるウェイトレス。
なんというか、どの女優さんも年の頃もビジュアルも大差はない感じなのに、演技と役作りで、その、あれだ、いかにも浮気相手になりそうなフェロモ~ンなプリップリのツヤッツヤな感じに寄せてくるのがすごい。
ちなみに、ご本人に取材したところ、使われていた占いはネパール伝統の占星術(ピグラム暦、という独自の暦を使うそうだ)にタロットカードを組み合わせた架空のもの、とのこと。
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鉄道会社というカタい職業につき、シュウタ以下の兄弟とは別の、なんというか、まっすぐな人生を歩んできたことをうかがわせる人物造形。
朴訥。
観劇直後は「なんか印象が薄いなぁ」だったんだけど。
それも当然で。
俺も含めた観客は、彼の人物ではなく、彼を通して見せられるミツルとヤスコの家庭の様子を見せられていたわけで。
キャラクター人形をでたらめに並べた狂った祭壇。
父フトシのハグ。
彼を通してフトシの別の人格と別の家庭を見せられていた。
この役者さんも、おそらく高能力者。ただ本人が嘆いたり動いたりしないだけで。
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んー、こんな感じか。
ともかく、全体としては。
この劇団、劇団 竹、そして主催の竹林林重郎氏は、買いです。
次の公演にも注目して良いです。
自分もそうするし。
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真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。
いい質問だ。
レバニラはマズい。
だからといって、レバノンやレバニラが中村恭平や村中恭平と相関関係にあるわけではない。
日常系のことだ。
例えば裕福であったりだとか、争いだとか漫然とした不安の存在しない、問題のない世界。
もしも、それを享受するとするならば悦楽的だろう。
当然、そんなことを完璧にこなすことは現実的ではないので、建前だけでも目指すならば虚構を含んだり逃避する必要がある。
人々が社会と共にあるのは避けられないことではあるが、意識下においては二人三脚というわけではなかった。
それを反映させるなり、象徴的に描く媒体として、フィクションが都合のいいものであった側面は否定できないだろう。
もちろん、そこに停滞感があると恐れるが故に、それらを破壊するフィクションも一定数は好まれているが。
■ インターンを雇って失敗した話 | MTRL BLOG.TOKYO
多くから批判を浴びたのに対して、社員の一人yutaishikawaさんという人物が社長を擁護する記事を書いて、火消しに失敗しているという。
■ 「インターン」ですがなにか? | MTRL BLOG.TOKYO
二人の記事の要旨は、インターンとして雇った学生が戦力として使い物にならなかった、金が無駄になった、彼らは批判をされて当然であり、今後インターンを雇わないのも今回のインターンのせいだ、というもの。
読んでたまらなく嫌な気分になった。そして、学生の心情を思い、ため息が出た。
あなたを励まそうと思って、この記事を書いた。「MTRL」「インターン」というキーワードであなたがネットを検索することがあれば、この記事がいつか、あなたの目に留まるかもしれないと思いながら。
どうか、自分を過度に責めることがないように。
まず、あなたの元ボスは、かなり特殊だという認識を持ってほしい。
日本には約260万の企業がある。それだけありながら、元社員をインターネットという公共の場で悪しざまにののしる企業はたまにしか出てこない。さらに言うならば、その中でインターンを採用している企業は4600社ほどになるのだが、インターンシップ制度の趣旨をわきまえていれば、いくらインターン生に不満を持っていようと、それを公言する事はまず無い。
つまり、佐野 恭平さんという人物が、一般的な社会通念を犯しているということ。
何十人とインターンを雇う企業の社長が、その年のインターン生をまとめて批判するのとはわけが違う。その場合は匿名性が守られるからだが、MTRLという企業ではたった二人しかインターンを採用していないというじゃないか。インターンには多くの人が関わっている。親、斡旋業者、大学などなど。そのすべての人が、この学生の「評価」を知ることになる。経営者として社会的地位もあり、信用される人物が、社会人となる前の一個人を、公共の場で口を極めておとしめた場合の危険性を、長年マスコミで働きながら知らないはずがない。
インターン生の成長を願って記事を書いたと、この社長は言い訳するかもしれない。だが、動機が正しければ過失責任すべて免れるわけではない。
子供を虐待する親は、「子供のため」「しつけのため」「わが子の成長のため」と言って虐待する。
教師が生徒を虐待する場合も、「教育指導の一環としてやった」と言い訳する。それが許されるかどうか、考えればわかるだろう。
コンプライアンスをわきまえた普通の企業では、個人を特定できる形でここまでその能力や人格を毀損することはしない。
「ブレストがろくにできたことは一度もない」
「アウトプットを形にすることができなかった」
「口だけであり行動が伴わなかった」
「仕事なんてたいして任せてもないのに、目の前のことにいっぱいいっぱいになり過呼吸になる」
「黙って座っているだけで5000円」
「『ファッション鬱』を着飾って」
社長と社員がよってたかって、教育の失敗、ジョブトレーニングの失敗を棚に上げて、元インターンだった人間を、ここまでくそみそによくぞけなすもんだ。
この記事を書いた社長は、主婦と生活社の月刊誌『JUNON(ジュノン)』に連載も持っているという。
日本全国に流通するメディアに寄稿している人間が、「社会常識を知らなかった」では済まされまい。
yutaishikawaさんは、「あいつら機能してないと思うんで、早々に切ってください」と社長に進言したという。まともな会社の常識のある先輩ならば、半人前の学生を育てようとしても、その芽をつぶすようなことはしない。大学を中退したから社会常識がない? そんなことはあるまい。こんなことを公の場で口にしたらいけないくらいはわかりそうなものだ。社長にしてもこの社員にしても、人間の尊厳や人権をなんと思っているのだろう?
日本では、人権がともすると軽んじられがちだ。キリスト教の「神の前ではすべての人間が平等で、等しく神から愛されている」という確信をもとに西洋では人権思想が根付いたが、日本にはその土壌がないからだろうか。本来ならば、仏教の「一切衆生悉有仏性」という思想に人権思想を接ぎ木しなければならなかったのに、明治維新の神道重視のため、日本の思想の根幹にある仏教が人権をサポートできなかったのが原因だろうか。
戦後70年で、人権思想が大きく根を張り花を咲かせつつある。しかしながらときおり、大企業の社長が労働基準法を守らず土日も忘れて働くべきだと放言したり、新卒採用した人物を過労死させながら反省しなかった人物が議員として選ばれることがある。残念なことだと思う。こうした日本の人権軽視が、ブラック企業を生み出す遠因となっている。
精神疾患を訴えるまでに追い込まれながら、会社ぐるみで中傷されて傷ついたあなた方へ。
初めての社会経験だから、そこでいろいろなことを言われたかもしれない。その通りだと思って、今、自分を強く、強く責めてしまっているかもしれない。それは大きな誤りだ。
もしも一生懸命に頑張ってもうまくいかなかったとしたら、その場所があなたに合わなかっただけだと、まずは思ってほしい。無能だとののしられていても、職を変えたことで大きな成果を上げて、人生が好転した人を私は何人も知っている。正しい場所にいなければ成功することはないのだ。もしもスティーブ・ジョブズがラジオ局で働いていたとしたら、あのように成功しただろうか、と考えてほしい。こうした思考実験を重ねてほしい。
などと追い込むが、それに騙されないでほしい。
そして、一人で悩むのではなく、こうした問題に詳しい人に悩みを打ち明けてみてほしい。そうすれば、心が軽くなるかもしれない。
たとえば、b:id:dennou-kurage氏は『脱社畜ブログ』というブログを書いていて、ブラック企業全般について詳しい。あなたが会社の中でどのように扱われたのかを、情報提供してみてはどうだろうか。
また、「はてな」には多くの論者がいる。彼らの意見に触れて、洗脳を解いてほしい。たとえば、常に弱者の目線に立ち、日ごろ感じる憤りを長年ブログに書き続けているkyoumoe氏の『今日も得る物なしZ』や、揉め事に詳しいhagex氏の『Hagex-day info』という著名ブログ、様々な難問を冷静に斬ることで有名な女性ブロガーtopisyu氏の『斗比主閲子の姑日記』などをのぞいてみるのもお勧めだ。彼らの正論の中で、常識を取り戻してほしいと願ってやまない。
それにしても問題は『JUNON』という雑誌である。次代を担うべき、貴重で弱い学生を数か月で精神疾患寸前まで追い込み、辞めた後も侮辱するような人間に執筆の場を与えるということは、彼の行動を支援するということに他ならない。「主婦と生活社」はどうお考えなのだろう?
こんな雑誌に広告を載せている企業もまたしかりだ。現在の号や次号に広告を載せている企業には(時間的に)責任はなかろうが、次の次の号に広告を載せた企業は、今回の社長の行動を黙認していると考えて間違いなかろう。それはどういう企業なのか、機会があれば追ってみたいと思う。