はてなキーワード: シックとは
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定期的にネットではスポンジ論争が起きているがレースたわしユーザーはなんとなく蚊帳の外である。たわしだからね。
色んなスポンジを使ってきたがレースたわしを試したら戻れなくなってしまったよメモ。
・水キレが良い
・泡立ちが良い
・乾燥も早い
・シックな色を選べば部屋に馴染む
・スポンジと比べて寿命が長い
・1個700円~1200円前後なのでちょい高い
一人暮らしで1日1回程度の使用頻度なので大家族だと違ってくるかもしれないが寿命は今まで使ったどのスポンジより長い。まあたわしだけど。
ただでレースが引っかかるようなものを洗うと破れてしまうので注意が必要かも。刃のかけた包丁とか凹凸のあるスライサーやおろし器など。
自己啓発本の定番フレーズである「相手にも赤ん坊だったことがあると思えば許せないか?」が長年全然刺さらなくてさ。
「赤ん坊だった所から何十年もかけて成長してコレかよ!成長してませんって顔ならともかく、「俺って成長したなあ」って面して結局書きのままな所こそが許せねえんだよ!死ね!」って感じでさ。
だからもういっそ相手は成長なんて一切してないし、成長したつもりになってる大人ぶった子供なんだって割り切る切ることにしたの。
でも小学生程度のものだって考えると「この程度のことも出来ねえやつは小学校でも廊下に立たされてるわ!クラスでハブられてるわ!小学生未満だろうが!」みたいな気持ちが吹き上がってくることがあってさ。
もう諦めて幼稚園だと思うことにしたの。
ずっと悪口言ってる奴→ あーそんな奴いたわー
ずっとなんか食ってるデブ→ あーいたいた
噂話大好きだけど嘘ばっかの奴→ いるねー
化粧のこと気にしすぎな女→ いるわー
ナルシストだけどイケメンって程じゃない男→ ありがちありがち
なんかもう全部「あるある~~」で終わるんだよな。
だって幼稚園児の中にそういうのがいるのはもう自然の理みたいなものだもの。
「大人なんだからさあ・・・」という概念を完全に諦めるだけでなんかもう全部許せるのな。
「三つ子の魂百まで」とも言うけどさ、結局ちゃんとしてる人間は幼稚園の年中ぐらいでもう本当にちゃんとしてる片鱗があるし、キチガイはその頃からキチガイ、性格ネジ曲がってる奴はその頃からネジ曲がってるじゃん?
成長による社会適応は実際あると思うんだけど、それって結局は「他者は自分とは違う」とか「他人も自分と同じように痛みを感じる」とか「世界観が人によって違う」とか「俺の見えている世界は俺中心の世界だけ」とかを知識として理解するに留まるだけでしょ?
そういうのを超えた所、結局人の痛みが分かるようになった所で「でも、俺は痛くないよね」と考えるサイコパスとか、「こんだけ痛めつけてやったと思うと胸がスッとするぜ!」ってゲス野郎とかは、3歳時の頃に見せたクズの片鱗を開花させる方向にしか進まんわけじゃん。
ゆーて人前でクズムーブしすぎるとアカンって感じるから、大部分はある程度隠すように努力するようになるけど、それでもふとした時に性根のカスっぷりが社会で滲み出たり、弱い相手の前でだけ見せつけることで鬱憤を晴らしてるカスがいたりするわけで。
そういうのに対しての苛立ちを抑える方法として俺と相性が良かったのが「ここは幼稚園の教室で、俺達はみんな幼稚園児なんだ。年齢の差なんて年少と年長ぐらいのものでしかないんだ」と割り切るようにしたこと。
いわゆる「他人に期待しない」って奴を自分流に解像度を高めた形として俺にはこれがシックリ来た。
俺が通っていた保育所がほどよく世紀末かつほどよく秩序があったから、実社会をそれの相似形とするのに都合が良かったのはありそう。
もっとずっと世紀末で社会が成立しない所に通っていたら「いやいや流石に社会は幼稚園じゃないよ」と感じてただろうし、もっとちゃんとしてたら「社会は幼稚園未満だ!デカイ赤ん坊が暴れまわるこの世の終わりだ!滅ぼそう!」とか考えていたかも。
俺が今働いてる職場とか、住んでいるマンションの治安が、ちょうどいい具合に「先生の目が光っていれば大人しく、自由な時間になればモラルなぞどこにもなくなる幼稚園の1クラス」というイメージに当てはまるだけな所もあるね。
「グラフィックにかけた手間は関係ない」だったらまあ分からなくはないんだけど、「グラフィックの出来」だと流石にゴミみたいなグラフィックで面白かったゲームは思いつかないなあと。
そもそもゲームをデザインする段階でグラフィックはどうしてもくっついてくる訳じゃん。
そのゲームがどういう思想で作られているのか、コンセプトはどういうものなのか、それぞれのキャラの役割を伝えたりユーザーインタフェースを良くしたりと、ゲームとしてのコミュニケーション能力を支える重要なパーツでしょ。
たとえばRPGツクールのデフォルトグラフィックだけのゲームは素材を探す手間さえかかってないけど、ゲーム全体を通してグラフィックは統一されているし、それぞれのグラを与えられたキャラクターの役割(例:魔法使いだからHPは低いけど魔法攻撃は強い 水の精霊だから水属性)はシッカリ伝わるからねあのデフォルトグラは。
(おっとここで風のリグレットで反論しようとしたキミは見事にダウトだ~~~あのゲームは想像を掻き立てるシンプルなパッケージデザインと黒一色の画面という強烈なグラフィックを武器にしており、手間はそれほどかかってなくとも「グラフィックのインパクト」「ゲーム性を伝えるコミュニケーション能力」という意味では高得点なのだから~~~)
駄目なゲームにありがちなこととして「グラフィックによるコミュニケーションを軽んじている」という部分があるんだよ。
ゲームってのは基本的にはゴッコ遊びなので、グラフィックを見た瞬間にそのキャラクターや行為が持つ役割が伝わってこないとアカンのよね。
スピードが早いものにはスピードの早いグラフィックを当てはめるべきだし、鈍重なものは重たそうなグラフィックであるべきなのよ。
そしてなによりそのゲームが想定している「こういうイメージで遊んでくださいね」というものがゲーム画面をみてすぐに、そして少しでも具体的に伝わったほうがいい。
弾幕STGが人を引き付けるのは「一見回避が難しそうな弾が画面いっぱいに広がっていて、これをクリア出来たら全能感が凄いだろうな」と想像させる力があるから。
逆にクソゲーと呼ばれがちなSTGは「一見避けやすそうなのに全然避けられない弾が飛んできて、この程度も避けられない自分は無能だと感じさせてくる」ってパターンがかなり多いわけよ。
ゲームってのは元々はTRPG(テーブルRPG。サイコロ遊びと指輪物語ごっことノート迷路を足したようなの)みたいなごっこ遊びに端を発したものであり、ゲームソフトはGM(ゲームマスター(語り部・ディーラーぐらいの意味))としての役目があるわけなんだからさ、そこはちゃんと「今、こういうことをしています。この遊びはこういう所が楽しいよ」ってちゃんと伝えてくれなきゃ。
なんか手抜き感満載のグラフィックな上にそれぞれがどういう役割を持ってるのかも伝わらず、結局やってることがシックリ来ないし、どう楽しいのかも伝わらないならそんなゲームの評価はやっぱ下がるよ。
思い切って文字だけで表現するとか、諦めて汎用フリーグラフィックを使うとかで誤魔化してもいいから、少しでも自分のゲームがどういうものかを伝える努力をすることにエネルギーを使うべきなんだって。
公開時から4〜5年スパンくらいで見返しているが見るたびになんか違う感想が浮かぶ
・トキシックマスキュリニティにズブズブに毒されて洗脳された男のメンタルヘルスの話
・欲しいものを欲しいと言えない結末の話とも言えるけど、それ以上に、欲しくないものを欲しくないと言えない悲劇の話
・世間で欲しいとされているものを俺は欲しくないと言うことの方がもしかしたら難しいのかもしれない
・ようは、女が好きでもなく子供が好きでもないのに女と結婚して子供を作らねばならないというキリスト教的規範を内在化させてしまいそれが欲しくないと言うことができなかった上にその自己規範に囚われているが嫌々選んだ自分の選択に本心ではコミットしないので周りが迷惑
・というかイニスデルマーはなんならちょっと知的に足りないんだろうか
・ジャックツイストが死んだと聞かされた時に子供の頃にホモが惨殺されたシーンを重ね合わせるシーンは怖くてすごい。洗脳は恐ろしい。
・ジャックの父親が、数年前に別の男の名前を口にした、ていうのが良い。あのおしゃべりな女の旦那だったんだろうか。
・自分の気持ちを言語化せず回避し続けるイニスデルマーはクソな卑怯者
・しかしモテるのはなんなんだろうな 高倉健人気あるみたいな話なんだろうか
・最後の、これで永遠に一緒だみたいなことを抜かすのは本当に一発殴りたくなる卑怯者
・なんならもうこれで選択を迫られることもなく心穏やかになったと思ってるまであるよな
・この映画を初めて見た時に「ジャックツイストは悪女だな」みたいな感想しか浮かばなかったのが今となってはもはや謎 なんかもっとイニスデルマーは流されただけなんだよなみたいに見えてたんだな
・あとジャックは金があって上手いことやっていいよなイニスデルマーののっぴきならない事情も考えてやれよみたいに思ってたけど違うんだよな ジャックは自分のチップを賭けに積んでたのにイニスはそれを分かりながらも逃げまくってただけなんだよ
もはやウマ娘から3年たち、増田やはてなで競馬の話題が上がらなくなって久しいですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
それでもやはり、ダービーと有馬記念くらいはちょっと見ておきたいという気持ちの残った方もいるかと思います。
では今年のダービーについて考えていきましょう。
そもそも馬って、今みたいに車が流通する前は、自家用車であり、トラックであり、ベルトコンベアーであり、トロッコであり、戦車であったわけで、人の移動や物の輸送、または戦闘に欠かせないものだったわけ。
当然、仕事に適した車、さらには高級車やスーパーカーが求められるように、名馬は昔から珍重され求められた。
で、名馬の格付け品評会にあたる競争があり、そこで優秀な成績をあげた馬が種牡馬となり、名馬の親となったわけだ。
その最高の馬格付けレースが日本ダービーで、これは三歳の同い年の馬だけが生涯一度だけ走れるレース。
わくわくだよね!
競馬界のカレンダーはダービーが基準になってて、ダービーが終わると翌週から次の世代、2歳馬のデビュー戦が始まる。
要は馬にとって一番大事な時期が、2歳の初夏から3歳の初夏、ダービーからダービーまでってことだ。
ダービーに至るまで細かいレースがあり、そこで結果を残した子だけが出れる。
レースの着順に応じた賞金があり、その賞金をたくさん稼いだ子や、指定された有力競争で上位に入った子が出れる。
つまり、ダービーで最下位になろうとも、世代トップの18頭に名を連ねられるというのは名誉だってこと。
有力馬は何頭かいるものの、今回は確勝と言えるような飛び抜けた馬がいないと言われている。
つまり、多くの馬に勝つチャンスがある。
しかし、実力が明らかに上位だろう、という馬も何頭か見当たる。
ダービーは東京競馬場2400mという条件で行われるけど、東京競馬場は広く、最終直線が長いコースなので、紛れが起きにくいレースでもあり、馬の実力が反映されやすい。
そう考えると、今回のレースは着順まで当てることは難しいが、3着以内に入れる範囲をある程度絞ることができる、という認識でよいと思う。
馬はある程度スパートをかけられる距離はせいぜい600m、本気で全力疾走できる距離は200mくらいなのだが、東京競馬場の最終直線は500m以上あり、勝負どころがコーナーでごちゃつく、という事態にはあまりならず、直線のスパート勝負で何とかなりやすい、というのが、東京競馬場のレースが荒れにくい理由だ。
では、今回勝つチャンスを持っている有力馬を紹介していこう。
ここまで3戦無敗の皐月賞馬で、今回一番人気になると考えられている馬。
間違いなく強い。
皐月賞は新記録が出るような高速決着で、さらに前が止まらない馬場だったことと、キズナ産駒の消耗戦上等な性質が見事にマッチした結果だった。
皐月賞の中山2000は、後ろからの末脚一閃が決まりにくく、前を高速で走ってスタミナ勝負に持ち込むのは血統的にも最も適した戦法だったと思う。
じゃあ、じっくり行けば瞬間最高速の切れ味はそうでもないの?というとそれもそんなことなく、ドスローだった共同通信杯で見せた末脚は驚愕するレベルだった。
そうなると隙はないのか?というとそうでもなく、共同通信杯も皐月賞もペースが極端だったのが気にはなる。
両極端な条件でどちらもハイパフォーマンスだったのなら、どんな展開でも対応できるような気はしつつも、ミドルペースで末脚勝負が決まりやすい東京の直線、本職の差し馬の後ろからの追撃を凌げるか?というと正直差されても驚かない。
今回のダービー、おそらく皐月賞ほどの高速決着にはならないだろうが、共同通信杯みたいなドスローにもならないだろう。
そのペースをうまくコントロールできるかが勝負のポイントだと思う。
メス馬なのに2歳のオスメス混合のG1で優勝した女傑。
一級品の末脚が最大の武器になっている。
今回、瞬間的な末脚を出した馬は実はたくさんいるのだけど、ジャスティンミラノの共同通信杯や、ダノンエアズロックのアイビーステークスは驚くほど前半のペースが遅かったので、誰もがすごい末脚を使える条件での末脚だった。
レガレイラの末脚はそうではなく、ハイペースに流れた展開でもすごい末脚を必ず使えるのが彼女の魅力。
なんちゃって末脚じゃなくて、本職の末脚だ。
今回のレース、相手がジャスティンミラノだと思うと、最後にそこまでダレるとは思えず、ある程度の位置を取って最終直線に入らなければ届かないだろう。
皐月賞で6着に負けたことで嫌われている傾向があるが、皐月賞の時、調教後馬体重から11キロ減ってのレースで、かなり消耗があったという話が聞こえてきている。
フケ(発情)もあって、レース当日前日にかなり暴れて落ち着きがなかったとか。
正直、それが最大の敗因になっている。
今回は時期も変わり、もうフケの影響はないはずなので、そこは気にはならないと思う。
が、木村調教師のインタビューでも、以前から彼女は気高く、人を信頼しすぎず人と距離を取るような性格だそう。
なので、馬装をつけたり、パドック回ったり、多くの人と関わらなければならないレース前に、不必要な消耗をしてしまうことを心配していた。
ひとつ間違いなく言えるのは、皐月賞が本来の彼女の力ではないってこと。
レース中の接触の不利や、ゴール前の向かい風で差し馬の不利も起きていたし、言いだせば細かい不利はいっぱいある。
その皐月賞2着も、勝ったジャスティンミラノとタイム差はなかった。
ジャスティンミラノに迫るほどのスタミナを持ちつつ、レガレイラに近い末脚を持つのがこの馬。
当初の勝ち上がりに時間がかかったことと、勝ち切ってはいないこと、前回のモレイラが今回のらないことから人気を落とすようだけど、実績で言えば絶対買わなきゃいけない馬。
スターズオンアースのオークス前とかぶる。どう考えても強いのに、フロック視される馬というのはいて、この馬がそれに当たる気がしている。
ジャスティンミラノの真後ろのポジション取れたら、ミラノを差し切れると思っている。
が、不調のデムーロは向こう正面で動くレースもやりがちなので、末脚残しているかは正直わからない。
しかし、ダービーを勝つためにあえて皐月賞を使わなかった馬、というのは大体が強い。
この馬はそれに当てはまる。
しかもここまで無敗。
前のレースそのものはレベルの高いレースではなかったから、前走を見てダービーでどんな走りができるかは何とも言えない。
しかし、ドスローだったとはいえアイビーステークスでレガレイラと同じ上がりタイムを出してレガレイラに勝っている。
最終的に間に合わせてダービーに滑り込んだし、鞍上はモレイラ。
レース後の骨折が判明した弥生賞だけふがいない走りをしたが、万全の状態で出てくれば実質無敗とも言える。
勝っても驚きはしない。
あと、3着内で言えば、アーバンシック、シンエンペラーも抑えたい。
シンエンペラーは、血統や実績から軽視されがちだと思うけど、能力は間違いなく高く、状態も皐月賞より断然いいらしい。
ただ、気を抜いて遊ぶ癖があるので、本気を出してくれるかわからないのが難しさのようだ。
矢作先生は世界最高峰の調教師だし、鞍上の坂井瑠星騎手も成長目覚ましく、もはやトップジョッキーの実力を持つ。
ダービー楽しみだね。
そしたら隅っこにクロックスが置いてあって
へぇ〜…今のクロックスってこんな感じか、軽そうなメッシュの奴もあるんだなあとか呑気に思ってたんだよ
クロックスのくせに約1万円もするの
デートとか履いていけないようなこんなチープな見た目の分際でお値段1万円なの?
クロックスって2000円とか買えるような履き物じゃなかったっけ
あんまりにもショック受けて、クロックスのオンラインショップ見てみたら安いやつでも7000円、高いやつだと1万4000円とかする
1万4000円もあったらもっと見た目もシックでかっこいいレザーのサンダルとか買えるぜ
こんなチープな見た目のくせにお値段だけはめちゃくちゃ立派になりやがって…
知らないうちにクロックス、ヤバくなってたわ
これ分かるわ。
自分は長男だけど、机は母のシックなやつのお下がり、自転車は従兄弟の知らんキャラもののお下がり。
逆に弟は、机も自転車もその年齢らしい新品。(私のお下がりを使うには耐久年数を超えてた)
親も若い時期はお金がないから私に使うお金がなく節約しているんだろうと
弟が新品を気兼ねなく弟自ら選んで買って貰っている様を見るとくるものがある。
「兄弟と待遇が違うこと」「最初の重要な時期に自分で選ばせてもらえなかったこと」「親は私に金を使う気がない」
10歳になる前に尾を引いたのは大きくはこの三つ。最初がそうだともうねだれない。
そのくせうちの両親は「長男」に面倒を見てほしいというのが度し難い。
娘も嬉しくて、楽しそうに学習机を使っているのをみると、嬉しいが反面自分に違和感を感じてしまう。
娘には自分が親からしてもらったことと同じことをするときもあるし、違うこともする。
風邪をひいたら、テレビのある部屋につれてきて布団をひいてテレビを観ながら寝させるのは親が私にしてくれたこと。
朝、来ていく服を娘に選ばせるのは親が私にしてくれなかったこと。
小学生になる娘に学習机を買ったことは、親が私にしてくれなかったこと。
は親がしてくれたこと、してくれなかったこと、どちらでも良かった。
どちらでも、良かった。今までは
学習机を買って喜ぶ姿を見るたびに、自分に何かを感じ続けている。さみしくて、さみしくてつらい気持ち。
3人姉妹で、自分の学習机をもっている姉達。私に与えられたのは、地べたに座って使う小さな折りたたみテーブル。置く場所がなかったんだと今ならわかる。
でも、姉達とも友達の机とも違かった。自分はみんなと違う人間なんだと思いながら生きていた。
高校入学の際にやっと、買ってもらった。自分で選んでいいよ、と言われたから大人が使うシックなデザインを選んだ。届いて、家に置いたらシンプルな色合いを選んだ自分のセンス最高!と自分を褒めた。
でも、あまりうれしくなかった。
同年代の子がもっている、子どもが喜びそうなピンクやらカラフルな色合いが使われている少し使い込んだ学習机のほうが使いたかった。
一瞬、子ども向けの学習机を選ぼうか悩んだ。でも、それは10代の私が欲しいやつじゃない、昔の私が欲しかった机だ。10代の私はカラフルな学習机は趣味じゃない、シックな机が良かった。
本当に学習机が、欲しかったのは6歳のときだった。理由がわからず、なぜか姉達や友人達と違う机を使うのが嫌で仕方がなかった私にこそ学習机を買ってあげて欲しかった。誰もそれで辛かったりはしなかった。でも、折りたたみテーブルが嫌でテーブルの前で1人泣いたこともあった。本当に辛かった。
自分は免許持ってないし、憧れたこともないので機能性とかそういうのは全くわからない
産業としても巨大になってからかなり経つので、デザインにもそれなりにちゃんと拘って金をかけてるんだと思う
でも車に興味がない自分にとっては、機能美方向に振ってるわけでもなく、シックな感じでも武骨な感じでもなく、何がしたいのかわからない芋っぽさを感じてしまうんだけど、
消費者の需要にこたえて進化していった結果が今のデザインなんだから、多少のブレはあっても全体的に車好きな人にとってはちゃんとかっこいいんだとも思う
で、それは世界にもちゃんと通用してるわけよね? 海外の人にとっても超クール!でなかったとしても許容できるかっこよさはあるわけよね?
普通に知りたいので魅力を教えてほしい
ヤニくさいヤニくさいっておっしゃいますけど、汚いおじさんが臭いのは人類誕生以来、変わらない普遍的事実な訳でして。
紫式部さんとかも随筆で「おじさんいとくさし ヤニくさし」みたいなこと書かれてるんじゃないですかね?
よく知らないですけど。
まあ体臭で臭いのとヤニくさいの、どっちがマシかって話ですよ。
何? どっちもくさいから止めろですって?
おじさんから臭い部分を消去したら、おじさんという存在が消滅するんです!
え? 香水とかを使え?
イケオジの方ならともかく、汚いおじさんからフローラルなバラの香りとかしたら、そっちのがキモくないですか?
入るなり、カウンターの後ろに並ぶティーセットに圧倒されます。
食器には全く造詣が深くないおじさんにも、凄い食器なんだろうなというのがビンビンに伝わって来ます。
……コペ、こぺんはーげん?とかいうヤツじゃないですかね。
他のお高い食器の名前とか知らないのでテキトーに書いてますが多分凄いやつです。
店内はそんなに広くないですが、シックな感じのお洒落空間となっております。
圧倒されたまま着席すると、妙齢のマダムがお冷やとお皿に載った熱々の布おしぼりが提供されます。
ウッキウキでおじさん仕草(顔拭き)をしてから、さて何を頼もうかと店内を見渡しますが……あれメニューがない?
これはジョジョのレストランよろしくマダムが客を見てメニューを決める、みたいな感じなのかしら?
笑顔で「貴方、ふくよかだから水とサラダですわね」とか言われたら舌を噛み切って自害するしかないのですが、どうしたものか。
ドキドキしながらメニュー下さいとマダムに伝えるとおしぼりが載ったお皿がメニューになっている、との事。
死なずに済んだことに安堵しつつ皿を覗き込むと、そこにはメニューが!
バリバリ洋風の喫茶店に相応しいかは、ちょっと自信がないですがとても素敵です。
コーヒー:
かなり苦めの酸味が全くないタイプで実に私好み。
おじさんにとって人生は苦みに溢れてますから、これはもはや「人生を凝縮した一杯」と名付けてもいいのではないでしょうか。
今まで飲んできたコーヒーは置いておくと多少なりとも酸味が出てたのですが、これは全然酸っぱくならないのですよ。
理由が全く分からないので、とりあえずコーヒーを淹れて頂いたマダムは私の中で「コーヒーを美味しく淹れる妖精さん」という事になりました。
これ、うっかり落としたら軽く一万円くらい消し飛ぶヤツでは……
トースト:
かなり小さめですが130円。
ですが多分これ手造りなのではないでしょうか。
もちろん外側カリッと中はもちもちで、とても美味。
ケーキ:
おじさんの面倒くさい乙女心でケーキは頼まないのが常なのですが、ここのケーキはクリームチーズにドライフルーツを練り込んでリッツ風のクラッカーを2枚添えた独特な物。
見た目お洒落なフレンチの前菜ぽいので、マイルール的にギリセーフ。
ねっとりしたチーズにドライフルーツの甘さが加わって口の中が重くなるのですが、ここに苦めのブレンドコーヒーが絶妙に合います。
コーヒー→ケーキ→コーヒーのループで無限に食べれてしまいそうな危険さが。
……やはりマダムはコーヒーを美味しく頂かせる妖精さんなのでは?
疑惑は深まるばかりです。
非常に落ち着く空間なのですが一点だけ気になるのがBGMです。
クラシックがローテーションで流れているのですが、突然ワルキューレの騎行が流れ出すので若干ビクッとしました。
笑顔のマダムが「朝のナパームの匂いは格別だ」とか言い出したらどうしよう、などという考えが頭を過ぎります。
もちろんマダムはキルゴア中佐ではないので、脳にニコチンが回った私の妄想は実現しませんでしたけれども。
というか、これだけ趣味がよいお店ですからマダムの感性が絶対に正しいのです。
マダムが時間を掛けて練り上げたであろう美意識の一端に触れ、汚いおじさんの薄汚れた心も洗われた気がします。
さて、今回はこんな感じで終わりますね。
今回メニューが少なめなので、かなりヤニカスの妄想が多めになってしまいましたが如何でしたでしょうか。
石は投げないで頂けると非常に助かります。
今回に限らず、読んだ方が紹介した店舗に行ってみたいなと思って頂けているかが正直かなり不安ではありますけど、ニコチン以前に頭のおかしいおじさんの筆力ではこれが限界なんです、許して下さい。
また何か書いた際は読んで頂けたら、と思います。
それでは、またどこかで。
[追記]
続きを書きました。