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はてなキーワード: 年賀状とは

2018-06-18

anond:20180618024944

「ついでに昔の年賀状も読み返して泣いてしまった。年賀状もこなくなって数年経つ。」

今は、みんなWeb上で挨拶していませんか?

誕生日なので死のうと思う

生没同日ってかっこいいなと思って。確かシェイクスピアがそうだったんだよね。昔演劇好きだったしちょうどいいや。

もう何をするにもだるくなってしまってせめてキリのいい日付けでもないと死ぬのも面倒なんだよな。ひたすらだるい。ここ一ヶ月くらいベッドの中でスマホ眺めるくらいのことしかしてない。

「残された人間の哀しみが云々」みたいなこと言われそうだけどそんなことははっきり言って世の中の大半の人間よりよく分かってる。私も自死遺族だし。14歳の時に父親がドアノブタオルで首吊って死んだ。夫と娘を自殺で亡くす母親は流石に可哀想。昔は自分絶対自殺だけはしないぞと思ったりしたけどなんかもうそういうのもどうでもよくなってしまった。

友人関係もっと悲惨で一回LINEアカウント消しちゃったから今連絡とってる友人は3、4人しかいないし向こうから連絡してくるのはまあせいぜい2人だからたぶん今私が死んでも誰も気がつかない。ていうか今の時点で誕生日祝いが誰からも来てないしな。ここ一週間誰とも喋ってなくて誰とも連絡とってないからいてもいなくても一切変わらないと言える。

なんかもう長い文章を書くのもだるい文章を整えるのもだるいし同じ単語が続かないようにするのとかもだるいんだよな。語彙力が死んでいる。いつからか本も読まなくなったからな。昔は読書が好きだったけどもうとてもそんなこと言えないな。

おまけに今は家の床に転がってた缶チューハイ飲んで酔っているからなおさら文章が乱れている。下戸なので普段飲酒しないんだけどなんとなくそこにあったし飲んでみた。意識朦朧としてた方が恐怖心も薄れるかもしれないし。眠るように安らかに死にたいもんね。

お酒のお供は昨日の夜買ってきたミスド最後の晩餐ミスドっていうのはどうかなと思ったけどなんかめんどくさいからそれでいいや。徒歩五分だったから。オールドファッション美味しうございました。一番好きなハニーチュロはなかったけど別の店舗まで行って探すほど食べたいわけでもないしそういうだるいことはできない。日を改めようにも私には明日は来ないので。

特にかに相談とか自殺予告的なことはしていない。死にたいって言ってもし死ななかったらタチの悪い構ってちゃんだもんね。死にたい気持ちが本物だったことを証明するには死ぬ以外方法がない。京都市左京区自殺ニュースがあったらそれは私なのでよろしく

もうみっともなすぎて人に相談とかはできないんだよ。相談する相手もいないし。

2012年くらいが一番幸せだったな……当時のメール読み返してたら悲しくなってきた。

「頼りにしてください」って言ってくれる人がいるうちに素直に甘えておけばよかったな。ついでに昔の年賀状も読み返して泣いてしまった。年賀状もこなくなって数年経つ。すごく優しい友人がいたんだ。色々助けてくれようとしたけど全部突っぱねちゃって後悔してる。もう連絡取らなくなって三年以上経つけど。でも今の私のことはたぶん嫌いだと思うよ。私も今の自分のことは嫌いです。死ぬ前に会いたい人に会いに行こうかなとか考えたりもしたけど今の自分を昔の友人の目に晒すくらいなら二度と会えないほうがマシだからやめました。あとクソだるいしね。

同情されたり見下されたりするのが嫌でつまづくたびに自分から連絡をどんどん絶っていった末路がこれだわ。願わくば今まで出会った人たちが私のこと全部忘れていてもう二度と思い出しませんように。どうせ嘲笑の的にしかならないし。

昔は「今のまま死んだら負けて終わりでみっともないから生き延びよう」とか思ってたけどもうそういうのもどうでも良くなっちゃった。私の人生が失敗作なのはもう確定だしなあ。これ以上もがいても苦しいだけだわ。

なんかやり直せるような気がしてたんだけどもうやり直せないし二度と誰にも合わせる顔がないしそしたらもう生き延びる理由はないじゃん。死んだらこれ以上恥を晒さずに済むし苦しくもなくなるし死はアド。むしろもっと早く死ぬべきだったとしか思っていない。そしたら楽しいままでしねたし無限可能性があったままで死ねたし惜しんでくれる人もそこそこいたのにさ。


昔に戻りたい。それができないなら死にたい。それができないか死にたい

やりたかたことは山ほどあるけどやりたいことはもうない。

子供の頃欲しかったおもちゃを今更買っても別に遊びもしないし処分に困るだけでしょ。でも未練だけは残っていて胸を押しつぶすわけ。本当に欲しかったのは子供時代に当時の友人とそのおもちゃ遊んだ記憶であってそれは一生手に入らないわけだから。まあ私の人生はそういう感じでした。


数日前に迷惑かけない自殺のやり方とか話題になってたけどそういうのを考えるのもだるいんですよね。ちょっと前は色々考えてたけどもう面倒臭いんで多少迷惑はかけるだろうけどオーソドックス首吊りでいきます身辺整理とかも結局間に合わんかった。

いい感じに眠くなってきたからもう行くわ。お疲れ様でした。

https://anond.hatelabo.jp/20180319174249

https://anond.hatelabo.jp/20180408192629

2018-06-14

気が進まなかった情シス社内SE)の仕事ワースト3

辞めてから数年、もう時効だと思うので、情報システム担当社内SE)として勤務していた会社での「不本意だった仕事」について書いてみる。


情シス気が進まなかった仕事 第3位 「社長個人パソコントラブル対応

年賀状印刷したいんだけど、やり方がよくわかんないんで教えて?」とか「新しいパソコンを欲しいんだけど、○○さんのお勧めってある?」とかの質問くらいなら、仕事中の雑談レベルで答えられた。

だが、自宅用のノートパソコンをいきなり仕事中の私の前に持ってきて、「なんか変なのが出るんだけど」とアダルト広告表示マルウェア感染した画面を見せられたときは、仏の○○と言われていた自分もさすがに青筋が立った。

「息子がいじってたみたいでさ、もう高校生からこういうの興味あるのかな」などと言っていたが、それにしては人妻熟女系の広告ばかり表示されていたのは、そういう趣味のご子息だったのだろうか。

情シス気が進まなかった仕事 第2位 「社長と揉めて辞めた社員PC調査

アクが強い社長だったので、揉めて辞める社員も時々いた。

そんな社員の一人が同業他社転職したことが判明すると、その社員が使っていたパソコンを調べて機密情報横流ししていないかどうか調査せよという社長命令が下った。

かに情報漏洩対策として導入した資産管理ソフトだけど、本当にそういう目的で使うことになるとは思わなかったな…と、辞めた社員ともそれなりに親しかった私は複雑で心が重い気分だった。

結果として情報流出はなかったのだが、辞める前のネット検索履歴に「退職 円満」「労働基準監督署 契約 異なる」などとあって、暗い気分になった。

情シス気が進まなかった仕事 第1位 「SIベンダーとの裁判資料集め」

導入した基幹システムトラブル短期間に相次いだため、開発を行ったSIベンダー裁判で訴えることになった。

ちなみに、現場担当者の私としては、トラブルが多かったのは事実だがSIベンダー対応は誠実であり、解決に向かう道筋も見えている状態で、責任費用を云々するよりもまず協同して安定稼働に持っていきたいというのが正直な思いだった。

だが、そうした状況を社長理解してもらうことができず、社長SIベンダーを訴えた。もちろん訴えるまでにいくつかの段階を経てはいるのだが、私としてはいつのまにか裁判が決まってしまったという印象しかなかった。現場の言い分を聞く前にいきなり社長SIベンダーに怒鳴り込んだ、という感じ。

そして私は、裁判に際して、基幹システムがどのようなトラブルでどれくらい停止し、それによって本業にどれだけの損失を与えたか、という資料を作るはめになった。

そうしている間にも基幹システムトラブルは収まらず、その対応に追われながら(しか裁判のおかげでSIベンダーの手を借りることも難しくなり)、1ミリ本業に関わらず1円の儲けにもならない資料を黙々と作成するのは苦行であった。お世話になったSIベンダー担当者の顔が思い浮かび(もちろん彼らとは裁判以降縁が切れてしまった)、心苦しさでいっぱいだった。

後にも先にも、あれほど不毛モチベーションの上がらなかった仕事はない。

2018-06-11

口腔崩壊と言われた。

歯にだめな人生を送ってきた。


はじめての虫歯小学校低学年。連れて行かれた歯医者が驚くほどに下手くそ(ということすらわからなかった)で

子供相手にひどく痛い治療を施す。

二本目までの間に親がまともな歯医者を探し出したようで、2本めの治療は非常にスムーズで痛みもなく金歯が30年も保ってる。

転校先では虫歯発生が落ち着いていたが親が変な歯医者にばかり当たり、「あの歯医者はだめだ」「下手くそだ」「痛い」「ふつうの歯を削った」と

文句ばかりを聞かされ、立派な歯科不信が出来上がる。


大学生になり、喫煙者になる。この頃から坂道を転げ落ちるかのごとく虫歯が発生するも、歯医者は怖い。歯医者は高い。歯医者は大体がヤブだという

洗脳から抜け出せない。

実家は没落するも親はプライドの塊で「歯の治療は金を入れなければならぬ。銀歯なぞだめだ」とまだ歯医者文句を言う。一人っ子家族相談相手もない自分

まだ親の言うことを信じて「だめか。だめなのか」とぼろぼろになっていく歯を、祈るだけで見送る。

会社員になる。自分お金を稼ぎ始め、まだ喫煙者で、治すお金はあるのに今度は通う時間がない。

ひどく傷んで眠れない夜の次の日に、とりあえず抜歯をしてくれる歯医者を探し、気がつけば奥歯も親知らずもなくなった。

そして恐ろしいことに虫歯は前歯を犯し始めた。

予約もいらず、よる遅くまで空いている歯科で、まだ30代前半の自分歯科医は言った。「ボロボロからこの歯も抜歯です。治療法のオススメ義歯です。」


義歯

入れ歯!本気?まだ私30代なのに。


逃げるように自宅に帰り、痛みがなくなったのでとりあえず先送りにしようとみないふりをした


そして結婚し、子供を生んだ。

子供を生んだあとから虫歯はどんどんひどくなった。

赤子を抱えて眠れない。共働き歯医者にかかる時間もない。唯一できたのは、毎日朝晩、2分間しっかり歯磨きをするだけ。

数ヶ月ごとに歯から激痛が発生する。そのたびにネット歯医者を探し、とりあえずの対処をしてもらい、ごまかす。


40代が目の前に迫ってきていた。持病で全身麻酔を受ける事になった。医師に言われた。「禁煙しないと、手術しません」と。

禁煙外来に駆け込んだ。命は大事だ。手術も受けねばならない。では今の自分不要なのはタバコだ。

2回目の禁煙外来で、すっぱりタバコを捨て去った。

無事手術は成功した。禁煙もずっと続けることができている。


しかし、数ヶ月ごとの歯からの激痛は止むことがない。

歯医者抗生物質をもらい、きっつい抗生物質の入った点滴を受けて、流石に悟った。このままではいけない。このままでは、ほんとにだめだ。

気がつけば40歳を超えていた。


かみ合わせがしんどかった。いつ前歯が折れるかわからない。いつ歯がひどく痛むかわからない。恐怖から逃げて見ないふりをするのにも

疲れ果てていた。


夫に聞いた。「私が入れ歯になっても、好きでいてくれる?」

「もちろん。俺は大丈夫。歯がなくなっても大好き。」


歯医者を調べるのに、ネット封印した。

新しい技術があっても、合わない歯医者はたくさんあった。

他の人が良くても、私は怖かった。


子ども学校校医さんで、一度だけかかった歯医者があった。

一度、レントゲンを撮っただけの子ども宛に、通ってもいないのに律儀に年賀状を毎年くれる歯医者さん。

うちから歩いてすぐの歯医者さん。デンターネットの評判も、最新技術もなにもない。でも、毎年年賀状をくれる。そして近い。

校医からさな子をよく診ている。きっと優しいに違いない。こんなボロボロで行くのは正直恥ずかしいけれど、行くならここかなとぼんやり思った。


そして、また、歯から激痛。

半泣きになりながら、近所のその歯科電話をして予約をとった。

初回診察は、レントゲン歯周病の診断だけだった。痛み止めをもらって、次の週の予約を取って帰った。

次の週は神経を抜いた。前歯の麻酔は、叫ぶほどに痛かった。1分で痛みは消えていったけれど。

そして今、一つ一つの歯を治すために校医歯医者に通っている。


噛んだら折れるんじゃないかと思っていた歯に、土台がたった。

これで折れない、ふつうに食べる歯が増えた。これだけで、本当に幸せを感じた。

毎週、歯医者に行くときは1時間から恐怖と戦っている。でも、治してもらえる。痛いけど、痛いかもしれないけど、歯が増える。

歯がなくて、笑うのも遠慮がちだった。大きな口を開けて笑えるように、なるかもしれない。

写真に撮られるのも嫌だった。でも、我慢して通えば、撮られるのが嫌じゃなくなるかもしれない。

ボロボロと歯が落ちる夢を、もう見なくて済むかもしれない。


保険診療してもらっているから、お金ほとんどかかっていない。

銀歯だらけになるかもしれないという不安はまだあるけれど、それでも歯は出来る。崩壊していない口が手に入る。

テレビを見ても、街の人を見ても、きれいな歯を羨まずに生きていけるかもしれない。私には歯がないからという変な劣等感を持たなくて済むかもしれない。


30年以上グチグチと洗脳された歯科恐怖は、歯科不信は拭いきれていない。でも、きっとこのチャンスを逃せば近い将来、総入れ歯アラフィフを迎えることになるんだろう。

からとりあえず人並みの歯の数になるまで、毎週歯医者に通う。



今、「もうこんな虫歯の数じゃだめだ」「痛い、怖い。無理」「金属は嫌だ」「歯医者なんて」と思っている口腔崩壊中の方へ。

虫歯は朝までずっと痛いけど、治療麻酔は1分ちょっとで非常な痛みが消えるから歯医者に行ったほうが恐らく、痛くない。

こんなBBAも街の普通歯医者でなんとかかんとかやってもらってるからきっとあなた大丈夫。行ける。行こう。痛いけど。


こんなとこでBBA自分語りはキモいけどつい書いてみた。

2018-05-25

anond:20180525153623

そもそも年賀状LINE になってきてるからな……悲しいことに。

やっぱりプログラムとか何か新しいものを作ろう!っていうとき

PCの利用価値が出てくると思うんだよね。

anond:20180525153042

いやぁ~、年賀状最後の砦だと思ってたんで…

もはやPC無能感を改めて思い知らされたんで頑張ってフォローする気も失せました。

2018-05-17

言及するボタン使わない増田なんなの!?

年賀状を一括でプリントして送ったら正月なのに「お世話になっている人への年賀状宛名手書きじゃないといけないぞ。俺は大丈夫だけど、気をつけておけ。」ってLINE送ってくるおっさんなの?

2018-05-14

友情なんて普通は30すぎたあたりで子育てに忙しくなって自然消滅だろ

年賀状が精々

2018-05-13

anond:20180513113629

あの、私は母親でなくて姉なんですが(^-^; 別に自分が何もやらかしてないという保証はないし、弟が父や祖母についていろいろと反発するところはあったのですが、少なくとも大学生の時点と、実家に住んで働いていた時点では経済的な面や家事などいろいろ両親に頼って生きていたはずです。自分が頼っていたことは忘れて過去の恨みばかり主張するのはどうなのかと思います

今となっては親と疎遠にしようが何だろうが自力生活しているので自由かも知れませんが、年賀状も寄越さず連絡先も教えないってどうなのよと思います。あまり自分生活干渉されたくないという意思理解しますが、住んでいるところが遠いのでそう簡単に尋ねていけるわけではないし、仮に会うとしても長時間拘束しようとか家に押しかけようとかそういうつもりはありません。年賀状一枚で親を安心させられるならそのぐらいしても良いんじゃないかと思います

2018-04-18

学歴だけじゃ幸せにはなれない

小学生:好きな子の家にお呼ばれされ、部屋に入る。バレンタインデーチョコ貰う。

中学生:好きな子から年賀状が来る。放課後二人きりで話をする

高校生夏祭り花火大会浴衣姿のあの子と手をつなぐ、キスする。

大学生:昼間からアパートでセックス。

これらの体験が全く無い奴は今後どんな人生を歩もうと

満たされる事はなく、悶々とした人生になる。

2018-04-14

anond:20180413132311

毎年、年賀状区分短期バイトやらせてもらってるけど、社員人達ゆうメイト人達も例年通り顔色悪かった

やっぱキツイよね

短期バイト視点だと人への投資もだけど、設備投資も足りてないと感じてる

人手が足りなくなって来てるのに、色んな作業人海戦術で行う事が前提になっている様に見える

短期バイト人間ですら、「あー上の方が馬鹿なんだなぁ」って感じる事が多い

社員や長期のメイト人達は尚更そういう事多いだろうなぁとは思ってた

2018-04-13

anond:20180412193254

職場の規模や体質によるけど、皆がいろいろな部署に散ったときに、お互いの部署情報が入ると便利な職場、人脈のあるなしで仕事のやりやすさが格段に違う職場というのが存在するので、出世したい人はある程度同期を大事にしておいた方が良いと思う。

職人的な仕事で黙々と一つの仕事に打ち込めば良いような職場なら無理しなくても良いけど、同じ職場の中で利害関係なくざっくばらんな話ができる相手がいた方が良いと思う。同期に限らず、先輩でも後輩でもウマが合う人がいたら大事にした方がよろしいかと。

私はコミュ障で、同期と年賀状のやり取り程度はしても、それ以上詳しい相手の近況を知ることができないけど、「もっと人脈があれば上手くやれたんじゃないか」と後悔すること多数。

2018-04-12

anond:20180412195027

結局誰かが我慢する羽目になるからでしょう。うちの両親は父方の祖母と同居だったけど、なまじ祖母友達が多いばっかりに母は要らない贈答品の処理に苦しめられ、祖母あての大量の電話年賀状をさばき、面白くもないおしゃべりに付き合わされ、祖父が倒れれば介護も任された。

三世代同居のどこが理想なのか分からない。義理の親と住んでも上手くやっていけるか、若夫婦共稼ぎ家事育児を義両親にやってほしいみたいな事情がないとメリットないと思う。

2018-03-30

とある事務所体制が嫌いな話

年末をもって活動を休止したシンガーソングライターがいる。

私はその人が所属している事務所のいい加減な体制が嫌いだ。

最初に不信を持ったのは、ファンクラブの申し込みをしたときだった。

HP必要情報入力して、年会費を振り込んだ筈なのに、いつまでたっても入金確認メールがこなかった。何か不手際が起こったのだろうか?と思い、明細書を添付の上で問い合わせのメールを送った。しかし返信はなく、入金から早くも一か月が経とうとしていた。

やきもきしていた所に同じアーティストファンの人からTwitterアカウントの方に問い合わせると返事が早くもらえる」との情報を貰い、TwitterDMから同じ文面を送った。すると返事があり、入会手続きに遅れが出ている為、案内ができていない、今週中には確認の案内が出来るとのことだった。丁度その時期は〇周年を記念したライブが開催された後であり、多くの人が来ていたので自分と同じようにファンクラブの申し込みをした人がいたのかもしれないと思い、気長に待つことにした。結局入金確認メールが来たのはその返事から数週間後のことで、会員証が手元に届いた頃には季節が変わっていた。

その後もわだかまりを抱えながらも、そのアーティストが好きだったのでライブに行ったり、グッズを購入したりしていた。でも、そうする間にも不満はどうしても出てしまった。

ある時、アーティスト新曲CDで発売してくれることになった。

販売方法は二通り。ファンクラブ会員限定販売、もしくは事務所主催するライブでの物販販売のみだった。ちょっと待ってくれと思った。ただでさえ会員手続きが遅延している中で、ファンクラブ限定販売とはどういうことなのか。また、ライブでの物販販売も思うところはあったものの、歌詞を知るためにはCDを買う以外に方法がなかったので、ライブ終わりにCDを購入することにした。

またある時。いつまでたっても会員規約に書かれている年一回のファンクラブイベントが行われなかった中、ようやくクリスマスに昼と夜でミニライブが行われることが発表された。一か月前のことだった。

疑問を抱えながらも、当分はワンマンライブがないだろうと思っている中、年が明けてから届いた手紙の中には、年賀状ファンクラブ活動がその年をもって終了する知らせが入っていた。その月の末には、5か月にわたって計8回のライブか行われることが告知された。嫌な予感しかしなかった。

案の定、その予想は当たることになり。夏の最後ライブをもって活動休止をする旨が発表された。でも、終わるはずだったライブの後に、新たなライブがどんどん追加された。事務所主催ライブ、かつてのロケ地でのライブ活動休止がどんどん延期していった。そして、最後ライブは、社長地元ライブがやりたいといって、そこで行われることになった。そして、夏の最後の夜に活動が、休止となった。

その後はライブラッシュのDVDを待っていたのだが、発売の延期が決定した。それと同時に別のライブDVDの発売が決定し、またそのDVD発売延期が決まった。その後、更に別のライブDVD販売も決まった。どうせまた延期するのだろうなと思っている中、社長Twitterにこんな発言があった。

「秋にもう一度ライブをしたい場所がある」

あきれ果ててしまった。何のためのライブラッシュだったのだろうか。終わったはずのファンクラブ会報誌はまだ来ない、誕生日カードも一切来ない。DVDは延期して当たり前。でも次のライブがしたい。延期が決定しても、手続きが延滞しても社長は何も言わない。指摘をされても知らん顔。理想論ばかりを語り、事務所の別のアーティストプロデュースは上手くいかず、ファン獲得もうまくいっていない。何時だってそのアーティストに頼りっぱなしだった。

でも、そのアーティストが好きで、その事務所に不満を抱きながらもそれに合わせてしまっている自分がいる。嫌ならやめればいい。わかってはいても、そのアーティストのことが好きだから、合わせるしかないのだ。

から、このブログ愚痴を書いた。どうせこの先も、あの社長ファンのこういった部分に甘えて運営を続けていくのだろう。いっそのこと、そのアーティストが別の事務所移籍してくれたらいいのにと思う。現にできるだろう。その人なら。でもしない。だからこうして不満をためながら、活動再開を待ちながらも、社長一言活動再開なんてしてほしくないと矛盾したことを思っている。この事務所が、体制が、社長が嫌いだ。

2018-03-26

anond:20180326233354

ワープロ専用機の衰退とともに、パソコンが台頭してきた時代

ネットで得られる情報がまだまだ乏しい時代パソコン役割は、

ワープロソフト一太郎を使って名簿や回覧板年賀状を作ることだった。

2018-03-25

anond:20180325153528

あのな、年賀状書く時に大切な人だけでも万年筆宛名を書いてみろ。

教授とか上司とか、取引先とか、気になるあの子とか。

一枚に5分くらいかけて万年筆宛名書きすると、払った労力以上の

評価を得られるから。まじで。

2018-03-19

おなら先生真実

中学生の時、おなら先生と呼ばれている先生がいました。

その理由はかつてその先生が全校集会マイク越しに大きなおなら

をしたからだと聞きましたが僕たちが入学する前の話だった為、真

相は不明でした。

ただその先生は気弱というかあまり生徒を強く叱るタイプ先生

はなかったので、おなら先生という不名誉あだ名もあり多くの生

徒にからかわれたりイジられるタイプ先生でした。

 

 

大人になった今でも同年代OBOG出会ったりすると、

おなら先生いた年代ですか?教わってましたか?」

という具合で、すぐに共通話題で盛り上がれるので本当に印象に

残ってる先生でした。

先日も実家帰省した際、新しく出来たレストランに寄ったら店員

さんが同じ中学OGでした。やはりおなら先生話題が通じたの

ですが、なんとその店員さんはおなら先生が実際におならをした現

場を知る先輩だったのです。

「○○先生ね、確かにおならをしたのよ」

「ははは!やっぱり伝説は本当だったんですね!」

と妻と子供と大笑いする私にその店員さんは続けて

「でもね、実はあれは○○先生が私を守ってくれたのよ」

と優しく語り続けました。

大笑いしたのが気まずくなる私と妻でした。

 

 

おなら先生真相はこうでした。

ある寒い日、体育館の全校集会でそのOGさんはたまたまトイレ

我慢できずその場でうずくまってしまったそうです。

臭いなどが周囲に気付かれあまりの恥ずかしさに泣いてしまって頭

が真っ白になっていると、体育館スピーカー越しに「ブブブ!!」

と大きな豪快なおならが響き渡ったそうです。

続けて「ごめん!ごめん!」と司会をしていたおなら先生こと○○

先生マイク謝罪し全校生徒がそれはもう割れるばかりの大爆笑

に包まれたそうです。OGさんはその大爆笑の間に保健の先生に付

き添われそっと体育館を抜け出して事なきを得たそうで。

おなら先生は、OGさんから周囲の気をそらすために自らマイク

しに屁をして無理やり自分に注目を集めさせOGさんを守ったとい

うのがおなら先生真実でした。

OGさんは卒業する時におなら先生に涙ながらに感謝言葉を伝え

ましたが、「あれは本当にたまたまおならが出ちゃっただけだよ。

卒業おめでとう!」と優しく笑ったそうです。

そのOGさんは今でもおなら先生こと○○先生年賀状のやり取り

をしており、結婚式にも担任でもなんでもなかったおなら先生に来

てもらったとの事。

 

 

私も妻もおなら先生の男気に感心しきりで泣きそうになりました。

おなら先生、私もあなたのような男になれるよう精進します。

2018-03-18

大好きな作家がいた
私はその人を傷つけた気がする
その人はコミケにはしばらく来ていない
プロとしての仕事が忙しいだけかもしれない
確かにアレやコレで時々名前は見る
しか自分存在があるからこそコミケに来ないのかもしれない
このアカウントツイートされないのかもしれない
全て自分のせいではないか、そんなことをここしばらく考えていた
今考えるとその人に対してずいぶん気持ち悪い行動をしたと思う
その人がかつて運営していたサイトイラストをかき集めた
それから数年後にコミケまでその人に会いに行った
その人のイラストを使って作ったものプレゼントした
失礼なこともしたと思う
メールでその人に対する熱い思いを語ったつもりだった
DM感想を伝えたつもりだった
返信がない以上その人は自分のことをうっとおしく思っていたのではないか
私は明るく振る舞うその人のツイートが眩しかったのだろう、だんだん敬愛すべき作家なのか昔の思い出にすがってるだけなのかわからなくなってきた
気がついたらミュートしていた
もっと交流すればよかったのに、出来なかった
ただその人の絵は美しい
漫画だってとても上手く、面白い
それだけは私の心に確かに焼き付いている

もう15年ほど前のことになるだろうか
パソコンを買ってもらって1、2年ほど経過した頃、私は例によってオタクだったのでアレやらナニやらいろんな作品同人サイトを巡っていた
当時は年齢が年齢なので18歳以上は云々のサイトに入れないはずだが、ギンギラギンの性欲を持つ厨房がそんな文言にたじろぐはずはない
まぁどうせ作者も厨房工房である
悪影響といえばファックしたりされたりしているキャラクター原作漫画アニメで見るのが恥ずかしくなった程度である
まぁとにかくいろんなサイトを巡った
掲示板メールでの交流はしなかった
長ったらしい文章を書くのがクソ面倒だったしネットに疎い親がメールを教えるなだのなんのかんのうるさかったためである
まぁ私自信もメールアドレスで住所割られたらどうしようとか考える程度にネットに疎かった
イラストサイトの閲覧はダイヤルアップというのだろうか、パソコンの横にぶっ刺すカードのおかげでクソ遅かったのもあるし恥ずかしいのもあってあまりしなかった
代わりに様々なテキストサイトを巡っていた
私が当時手にとっていた紙の本とは違い、拙いながらも熱を感じるめくるめく官能世界が繰り広げられていた
それはそれはすごかった
今読むと素人もええところだなオイと思うだろうが当時はそれで興奮していた
正直今も興奮する

そんな中、当時あるゲームに夢中になっていた私はいわゆるリンクだかリングだか同盟だかでとあるサイト出会った
イラスト漫画サイトだった
そのサイトでは少しマイナーキャラを中心に取り扱っていた
見る
絵がめっちゃれい
線、構図、色使い、その他諸々、私は絵に詳しくないが非常に美しいと思えた
漫画もこれまた面白い
ギャグからシリアスまでなんでもありのストーリーセンス!
遅い回線の中、イラストダウンロードさえ待つのが楽しみだった
後でわかったことだが当時そのサイトの作者は高校生だったようである
私はあっという間にそのキャラが大好きになった
そして当時はそういうのが流行りだったため、裏ページなんてのもあった
見た
更にすごかった
SMから四肢切断に女体化まであらゆる責め苦がそのキャラクターを襲っていた
しかしそれでも崩れることなくその人の筆使いや話の運び方には熱が入っていることがありありとわかった
掲示板には感想などは書かなかった
今考えると一言二言書いといたほうが良かったと思う
その人は同人活動もしていた
本の中ではWeb上を超えた更なる甘美で耽美世界が繰り広げられていることは間違いないだろう
しかしその人は主に東京国際展示場辺りで開かれるイベントに参加しているようだった
当時の私はどうにか親をごましまくって年に1回か2回、御茶ノ水あたりの損保会館とかいうところまで行くのがギリギリだったので会うことは叶わない
それ以前に厨房の肉体でエロ本下さい☆なんて言えるほど豪気ではない
なら通販はどうだろうか
親に何を買ったか説明責任存在する
住所を知らん人に教えてこれまたあーだこーだ言われるのも嫌だ
仕方ないから諦めた
少し後に秋葉原のどっかの同人誌取り扱い書店で年齢を聞かれずにエロ同人誌を買えたことをここに告白する
店員が悪い

そのうちサイト更新されなくなった
日記を読む限り専門でいろいろやったとかどっかの会社就職したとかそんな感じだったと思う
後にインターネットアーカイブで読んでみたところとあるゲーム会社就職したようである
もう潰れたけど
そして私は堪え性がないのでまた別のゲーム漫画に飛んだりしていった
たまにその人のことは思い出していたがその後の動向がわからないのでどうしようもない
でもある日サイトを見に行ったらエンターページは残っていたものトップページは消え去りブログになっていた
記事はあまりなかった
例のゲーム同人誌出すとか書いてあった気もするけどもうよく覚えていない
気づいたときにはかなり前の日付で、もはやその作家の本を買う方法存在しなかった
書店委託もしてないし通販を頼む方法だってあったはずだが親が親なのでやめた
結局その作家への愛なんてその程度なんだと思ったよ
その辺りだろうか、せめてその人のサイトイラストを出来る限りアーカイブしようと決めたのは
今考えると気持ち悪いことをしたもんである
こんなもん作家に見せたら卒倒するわ
サイトアドレスを残してたりイラストを上げっぱなしにしてた作家インターネットアーカイブも悪い
改めて見てみるとこれが本当に美しい
HTMLとか文章とかはもうめんどくさかったのでひたすらイラストのみを保存していった
そしてCD-Rに焼いた
今はHDDにはなぜか残っておらずロムもどっか行った
それでいいんだろう

そして2011年である
私には地獄のような苦しみが絶えず襲ってきた
正直思い出したくもない
書くけど
まぁなやかんやあって熱は冷めてきたものの例のゲームオンリーイベントがあったので行ってみた
秋頃だっただろうか
会場内でうろうろしていたところ、上記作家が入れ込んでいたであろうキャラクターアンソロジーが発行されていた
こいつも大きく取り上げられるようになったなぁ、なんてすこしほっこりした
ふとその作家を思い出し、主催者っぽい人に冗談半分でその作家のことを聞いてみた
「この本に描いてますよ」
「そちらの方のスペースに合同誌がありますよ」
耳を疑った
すぐさま私はそのアンソロジーを買った
そしてすぐ横のスペースでテーブルに並べてある本をすべて購入した
読む
見つけた! この人だ!
絵柄は多少変わってはいたがキレッキレのギャグセンスは間違いなくその人のものだった
合同誌も同様だ
えらいものを手にしてしまった
もはやあの日から長い年月が経ったというのに

この辺からおかしくなってきた

アンソロジーサイトURL現在ペンネームが載っていた
早速アクセスする
極彩色イラストが私の眼前に広がった
相変わらずその人の絵はすごかった
仕事内容を見て更にびっくり、詳細は省くがとにかく驚いた
あんたこんなデカ仕事してたのか、と

冬の祭典コミックマーケットの季節が近づいてきた頃、その人のサイト更新された
コミケには当然サークル参加するという
絶対行こう、あわよくば色紙も描いてもらおう、差し入れも持ってこう、いろいろ考えながら当日を楽しみにしていた
とはいえいろいろ回るところはあったのでその人のサークルに着いたのは昼も大きく回った辺りだった
スペースに人がいる
あの人だろうか、ドキドキする、本を買う、〇〇さんはいらっしゃいますか?
「あぁ、今買い物に出てます」
まぁそんなもんである
他のところをうろついて数十分後、再びサークル前に戻る
別の人が座っている
先程買った本を見せ、〇〇さんですか?
ビンゴだった
差し入れを渡す
そして、
「先日☓☓のアンソロを買ったんですけど、数年前に☓☓のサイト運営されてた〇〇さんですか?」
その人はひどく驚いた顔をしていた
ビンゴだったのだ
本人に会うことは予定事項だった
しかし私は固まった
敬愛するその作家が目の前に現れたのだ
正直何を話したかもはや思い出せない
ただガチガチに緊張し、どうにか色紙を頼み、受け取ったときそこには美しい筆致で例のキャラクター存在しており、最後握手をした
それだけだった
そのコミケでは他に、自分勇気づけてくれた漫画を描いたある作家に会いに行ってサインもらったり握手したり、また別のある作家に大好きなキャラの色紙を頼んだところ、ものの2、3分で色紙を仕上げるというような曲芸じみたことをやってもらえたりもした
地獄のような2011年奇跡のような思い出で締めくくられた

当然のように次の夏コミに行った
思い切ってその人に当時発行していた本の在庫があったら売ってくれないか聞いてみた
了承してくれた
震える字でメモ自分の住所と名前を書いた
もはや親はいないので通販など自由だ

ひと月くらい経ち、郵便物が届いた
可愛らしいテープで封がされており、漫画で使われているものと変わらない字がそこにあった
数冊の同人誌が入っていた
メッセージも添えられていた
何が書いてあったか忘れたが、嬉しさで床をのたうち回ったことを覚えている
その日のうちにメールを送った
その人に出会ったきっかけや応援メッセージを書いた
今見たらゲロみてぇなこと書いてあんだろうなと思ったが思ったほどではなく安心している
とはいえヘッタクソな文であることは間違いない
返信は来なかったからだ
しかしどうやって料金を支払えばいいのか?
郵便為替とかそういったものが頭から抜け落ちていた自分は次の冬に会った時に支払いをしよう、ついでに冬で悪くなりにくいだろうしちょっといい菓子でも持っていこうか、なんて思っていた

念のため言っておくが封筒にはその作家の当時のものであろう住所と本名が書かれていたものの、突撃するとか年賀状を送るとか、そんな恐れ多いことはとてもじゃないが出来なかった
以前ワンフェスガレキ買ったとき部品が一個足りなくてディーラーメールを送ったが、送られてきた封筒には一つのパーツとディーラー名以外何も書かれてなかった
私ごとき自分名前も住所も書く必要ないんだよ、今になって思う

次の冬コミ、例によってその作家サークルへ向かう
もはや優先順位トップクラスになっていた
差し入れ菓子を渡し、その人に同人誌送付のお礼と感想を述べ、料金について尋ねた
昔のものだし別にいい、そんなことを言われた
なんだかものすごく申し訳ない気持ちになった
絵も漫画も良ければ人間性もいいのか
まさに「神」だった

この辺から記憶曖昧になっている
毎度のようにコミケではその人のサークルに行き、本を買う
それだけである
その程度の距離感のほうが良かったのではないか、今になって思う

その人は別名義でこれまた別のジャンルでも活動していた
当人Pixivかなんかに書いてあった
本のほかにグッズかなんかも頒布するらしい
初めてその人に出会った冬コミの一ヶ月後くらいのオンリーに参加するとのことだった
コミケでは「必ず行きます!」みたいなことを言っていた
しかし後から見直すとこのグッズ類が結構いい値段している
まぁどうせ相手自分の顔なんか覚えてないだろう、そもそも自分はこのジャンルに触れたての人間なんだからそこまで深いところに行く必要はなかろうよ、なんて思っていた
クズである
正直今は後悔している
実際にオンリーに行ったところ、確かにその人は来ていた
こっちからその人を伺う形になってなんか申し訳ない気がした
結局その人のところには行かなかった
とはいえ向こうだって約束した人が病気かなんかで来られなくなることがあることだってわかるだろう
その人が私の姿を見ていない限りは

心にそんなしこりを残したまま、その後のオンリーに赴き、その人の新刊を買う日々が続いた
まぁこれがエグい
当時サイトで見た性癖と変わらないものがそこにあって感動した
それでも美しいんだこれが
スペース前で軽くおしゃべりする程度で茶を飲みに行ったりだとかそんなことはない
自分自身コミュ障を患ってるのでそんなことはしないほうが正解だとは思っていた

しかしその沈黙は破られた
あるオンリーの日、例によって新刊を買った私は何を思ったのか
「ツイッターアカウントフォローしていいですか?」
なんて抜かしていた
「いいですよー」
当然ながらフォローするもしないも当人自由ではあるがなんかその人に対しては遠慮していた
鍵垢だからどんなことが書かれているかからない、いつも来やがるあの野郎また来やがった畜生め、みたいなこと書かれていたらどうしよう、などと考えていたが、了承するということは相手にすべてのツイートを見せるというわけで、そんなこと書いてたらそもそも「え…ちょっと…」という話になるじゃないですか
だから問題はない
帰ってその人に申請する
許可が来た
アカウントの中には太陽のように眩しい世界が広がっていた
ネガティブものなど一つもない、生きとし生けるものに愛を注ぐようなツイートが溢れていた
なんかもう自分がみじめになってきた
この文を書いている今も

まぁでもさ、人間現実世界では悲しくとも、せめて電子世界では気を確かに持って元気よく行こうよ、なんてことをする人もいるじゃないですか
だから気に病む必要なんてなかったんだよ
話を戻すが、さっそく交流を図った
ポップでキュートで元気なリプライな送られてきた
自分はなんと返信したらいいのかわからず、当たり障りのないことしか書けなかった
なんて自分は愚かしいのだろう、不器用なのだろう、申し訳なくなった
漫画と同じくらいその人のツイート面白かった
追随して自分もなんかリプライ送ってみようってなった
しかし恥ずかしくなってすぐに消すこともあった
別の人へのリプライはさっさと返してるのに自分だけ遅いこともあった
この辺は相手交流が深い人だから距離感もわかってるのだろうが、自分なんて最近話し始めた人間からどんな感じで返したらいいのかわからないんだろう、少し考えればわかることである
だいたい親しき仲にも礼儀ありとはいえ、ツイッターなんてある程度適当交流でも許されると、今になって私は理解している
当時の自分はそれが出来なかった
相手相手からというのもあるだろうが
だからサークルにいつも行くだけの人、という立場になっておけば良かったのだ

その翌年辺り、あることを思いついた
その人が描いた好きだというキャライラストを使って何か作って、それをプレゼントしてみよう、と
詳細は伏せるがまぁいい感じに出来たんじゃないかと当時は思った
本人の誕生日から数ヶ月過ぎていたが、オンリーが少なかったり仕事が忙しいのか本人に会う機会がなかなかなかった
そしてオンリー当日、その人にプレゼントを渡した
ついでにそのうちお茶しましょうとか調子乗ったこと言った
夜、リプライが届いた
来客用に使うと喜んでいたようで嬉しかった
また、ツイート上ではその日にもらったプレゼントなんかも紹介していた
私のものはなかったがまぁ私以外と繋がっている人などその人のフォロワーの中にはいないだろうし仕方ないだろう

正直この辺りから不安になってきた
この人私のこと嫌ってんじゃないだろうかと
私自身も現実世界でいろいろあり頭がおかしくなってたので余計に不安感が増して妄想が激しくなっていったのかもしれない
お茶しようと数カ月かけてようやく決めた日の少し前、その人に会うのが急に怖くなり、私は腰をやったと嘘をついて約束をフイにした
今考えてもまともじゃないよ、こんなこと

気がつけばその人は別ジャンルに移行し、新しくアカウントを作ってそっちでわいわいやっているようだった
ファンとして私はその人のアカウントを追いかけるべきだったのかもしれない
しか自分では触れようとも思わないジャンルだし、もしその人が本当に私のことを鬱陶しく思って私が今もフォローし続けているジャンルアカウントから姿を消したのだとすれば、その人の健康上に良くない
私はそれ以上追いかけることをやめた
とはいPixivは定期的に見て本は買いに行っていた
キャラのこととかよくわからないがその人の絵が見られるだけで満足だった
しかし本を買いに行ったときのその人の反応はどうもよそよそしく思えた
これやっぱ来ないほうが良かったんじゃないか、そう思わざるを得なかった

オンリーではなくコミケの、その作家にとっての表ジャンルとでもいうんだろうか、そちらでも引き続き新刊は出し続けていたが、私は遠くからその人の存在確認し、買い物に行っているときなど、その人がスペースにいないときに本を買うようになっていった
とはいえいつも来ているし、売り子と作家が「あの人また来てたよ」「マジかよ…」なんて会話を繰り広げている可能だってある
それでも私はそんな妄想上の反応を振り切って、その人に会いに行くことはあった
本を買って「いつも応援してます! じゃあまた!」それだけである

気がつけばその人がコミケに出る機会は少なくなっていった
やはり私が来るからだろうか?
でも、表でのツイッターアカウントを覗いてみると、ちょこちょこと様々な仕事をしているようだった
就職したという会社は潰れる前に抜けてフリーになっていたようだった
つまるところ仕事が忙しいのか、あるいは病気でもしたのか、ならばコミケに来るのは難しくなる
私はそうやって自分を納得させ続けていた

もうリプライでもDMでも「お誕生日おめでとうございます!」というメッセージは送っていない
私のアカウントを目にすることがなくたっていい
だがそれでも私はその人の活躍を祈り続けている
表に名前が出ない仕事をしている可能だってあるし、病気などをしているのかもしれない
しかしその人は素晴らしい作家であることは間違いない
15年に渡って自分の心にその人の存在が刻まれ続けているのだ
絵で食べていくという選択をしたのだから、苦労だってあるのだろう
ツイッター上で明るく振る舞うはいわゆる空元気なのかもしれない

だが、せめて、祈らせてくれ
あなたに幸あらんことを、と

2018-03-14

頭いいか起業することにした

みんな元気か😄

俺は元気だ😄

俺は今就活というものに疑問を抱いている💭

カンニングし放題のWebテスト😓

よく知りもしない会社ゴマすり😱

そして組織の中で一生歯車として生きていく😭😭

でもそんな人生はゴメンだ😅✋

そこで俺は金持ちがどう稼いでるかを分析した😏

メルカリ社長

Facebook創業者

ホリエモン

やつらが先祖代々伝わる財宝を持っていたか

😫まったくもってねえ

では持っているのは

ココ😏👈

タマ

自分の持てる知識を世の中にアウトプットすることで彼らは金を稼いでる👯

俺も高学歴なので頭は良い😇

なので起業をすることにした

俺は10万以上に及ぶ漢字辞書を見ながらなら書くことができる😉✊

から俺は住所代筆サービスを始めることにした!!!😌😁ピカリン

漢字は多彩で書くのが難しい😢

そんな人は俺に任せろ😆

俺の高学歴パワーでそんなのお茶の子さいさい

納期わずか三日間!😎

お前らも年賀状の住所、むずかしいだろ?

今ならプロモーション価格半額の、一通につき2500円だ😍😍😍😍😍😍😍😍😍!

さぁお前ら急げ😋😍

義理チョコ賛成派

おかげで今日はお返しとしていろんな美味しいお菓子が配られて、おやつを食べ過ぎた。本社だとこういう慣習を過度に毛嫌いする方向になっていて、もはや本命以外にあげてはいけないぐらいの勢いなんだけど、こんなささやかなやり取りで職場平和が保たれるんなら別にいいじゃないかと思う。

条件は「男女比がほぼ同数であること」「あまり高額なものを選ばないこと」「まめに買い物などに行ってくれる若手がいること」だと思う。男女比が偏ってるとどうしても少数派に負担がかかるので「やめようよ」という方向に行くけど、今の職場はその点ちょうどいいので助かる。

もう一つの虚礼廃止年賀状があるが、昔は職場で皆の住所録が平気で配られており、私はそれを見て、さほど仲良くもない上司や同僚にも年賀状を書いていた。考えてみれば仕事始めの日にすぐ会う相手年賀状なんか送らなくても、直接会って挨拶すれば済む話なのでムダといえばムダである個人情報保護に皆がうるさくなったこともあり、緊急連絡網としてお互いの携帯電話の番号だけが配られ、LINEIDを教えても構わない同士であればそれも使って連絡するようになった。

でも、うちの職場人事異動が多いので、それだと離れ離れになったとたんに連絡とらなくなっちゃうんだよね。自分意識して元同僚とかと連絡をとらない限り、その場限りの付き合いで終わってしまうのがちょっと寂しい。年一回だけ年賀状でやりとりして、お互いにちょっとした近況を書いて、「あぁ、今はこんなことをしているんだな」と分かるレベルの薄い付き合いもそれはそれで大事な気がするんだけど。

まぁ可愛い女の子の自宅住所を公開してしまってその子ストーカー被害にあっても困るし、義理だけでやたらと年賀状が届く管理職は返事を書くのが手間だろうし、自宅住所入りの名簿を配らない理由もわかるけど、年々減る一方の年賀状を見るとちょっと寂しい気がするのだ。

2018-03-12

anond:20180312155433

去年は3日くらいかな。年賀状の絵。かなり本気で描いてはいる。描いているうちにあーこうやって見えているのかーと気づくことが多い。

なお中学生の時に毎日石膏デッサンはしていた。へたくそだったけど。

2018-02-24

anond:20180224090355

子供写真年賀状カジュアルものなので、職場人間に出したりするのは元から非常識扱い。

親戚や子供ぐるみの付き合いがある友人ならごく普通

マナーが変わっていってるanond:20180223111333

私の時代は育休中に会社挨拶に行くのはマナーで、その際に赤ちゃんを連れて行くのは慣例だったから育休中に赤ちゃんを連れて行く所から叩く人がいっぱい居るのはめちゃくちゃびっくりした。

【育休中】赤ちゃん職場挨拶に行く時の5つの注意点

http://kokorogenki.link/赤ちゃんの悩み/840/

当たり前だった子供写真年賀状マナー違反子供見せびらかしたいのか非常識だと叩かれたし、社会が急速に子供の気配に攻撃的になっていってると感じる。

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