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はてなキーワード: 年賀状とは

2021-05-02

anond:20210502155242

https://anond.hatelabo.jp/20210502155909

https://anond.hatelabo.jp/20210502155323

適当に199N年1月分のブログというより個人家事メモ。ひっこしして1人めを育児してゲームしてそこそこのんびり新妻してたらしいな。下から読んだほうがわかりやすい。今そこから3回(旦那は4回)転居した。

食事の内容がわりあい粗食である点については事情があるので参考にしないほうがいいぞ。

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引越の買い物 収納ボックス 照明器具 台所フィルム 押入の敷物 冷蔵庫 (乾燥機付)洗濯機 カーテン・・。

桃太郎電鉄V(プレステ

「アイマックDV」をiに下取りしてもらって買い換えよう!マックの「アイブック」。

フィスラー4.5L 2万くらいで。(圧力鍋ブランドですね。)

接写のできるカメラ?←デジカメ中古(50万~100万画素程度)?

2月にでるATOK13

売ってくれる人、情報のある人は今すぐ??????@geocities.co.jp  までお知らせ下さい!←いまちょっとサーバー調子が悪いかも?しっかりしろジオティ

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1月31日(月)

引越最初の平日なので、市役所に行ったり駐車場契約に行ったり銀行に行ったり。旧居の鍵を返したり。カーテンを買いにさまよって結局昨日の店で買ったり、その途中でmが大うんちをしたり。夕食はドーナツ

1月30日(日)

また旦那の両親が来てくれた。父は旧居から残して置いた冷蔵庫洗濯機を運び出すため自動車で2往復。母は旧居のお掃除を手伝ってくれた。私はmと新居にのこってとりあえず当座必要ものの在処を確かめた。あと子守。それにしても新居はほんっとーに、むっちゃくちゃ寒い腰痛に響く。お昼ゴハンを一緒に食べた後お帰り。夕方カーテン照明器具を探してさまよう。良いのが無かった。

1月29日(土)引越当日

朝8時から引越屋がくるので6時起き、10時にかぎ引き渡しにでかけ、通帳を詰めてしまたことに気が付く。11時前に積み終わって昼過ぎに運び込み。手すきの連中で餃子を食べ、旦那サンドイッチを買って帰った。引越屋は照明の取り付けを手伝って3時頃帰ったが、すぐ後に新しく買った冷蔵庫洗濯機の運び込み。これから開梱をがんばらないと。昼過ぎ実家の両親が来て旧居の掃除と子守を手伝ってくれ、冷蔵庫の中身や浄水器も運んでくれた。新居はむちゃくちゃ寒いので灯油も買ってきてくれたが、カーテンが足り無いのや隣近所がまだ居ないので、いくらファンヒーターを焚いても暖かくならない。バーンアウトは無理だと旦那が言ったとおりだった(でもノンホルマリンでもやっぱり臭い)。風呂むちゃくちゃ早く沸いた。洗濯機エラーばっかり出てうごかん。照明が足りない。夕食はおごり。ごちそうさまです。

1月28日(金)

引越前日ということで旦那の母が来て荷物梱包を手伝ってくれた。おそろしいほど早い。夕食までおごってもらった、と思う。私は風呂掃除をちょこっとした以外子守(離乳食をやらないのでご機嫌悪い)。

1月27日(木)

旦那のお休みはいったけれどなんか何をやっていたか思い出せない。ただ最初働いてくれないと思っていらいらしていたので、本でも詰めたのだと思う。夕食はマイクロウェーブディナー(要するに昨日買った冷凍食品)だったか?私は早くも1日mを背負って腰痛になった。 

1月26日(水)

今日旦那引越最後の出勤日。引越がせまるにもかかわらずmのお散歩ついでにスーパーに行って買い込んでしまった。だって冷凍食品5割引、低脂肪乳1本100円、伊予かん5個200円には勝てない・・。

2月までは日記更新出来なさそうですが皆さんよろしく~~。

1月25日(火)

銀行郵便局に行って市民税を7万円以上も払って帰ってきたら背負っていたmの靴下が片方無くなっていた。またか・・。夕食は昨日の残りを卵綴じにして。

1月24日(月)

じつは今日オレシカクリアした。割と簡単クリアできてしまったのは簡単モードだったかである。1030年。 外はとても寒かったがコーヒー牛乳1L98円とか買ってきた。

夕食は牛肉タマネギ牛丼風、と思ったらたれをすき焼き風にしたらしく、とても甘い。と文句を付けたら豆腐とお麩と春雨を追加してホントすき焼き風にしてくれた。

1月23日(日)

朝すぐでかけ朝マックコジマ電気に入り浸り、カタログを持ち帰り検討し、昼デパートに行って授乳と昼食をとってまた戻って、冷蔵庫(450Lクラス)と洗濯機(8kgクラス)を検討冷蔵庫は、電気を食う富士通三菱却下ナショナルいまいち東芝サンヨー日立で結局安くて製氷パイプが洗える東芝洗濯機超音波重力と斜めドラムと静かとイオン水でイオン水にした。たくさん買ったのでカードの限度額を超えた。リサイクルショップに寄って帰って3時、みんなでお昼寝。mがうんちして泣いたので起きた。

夕食はベーコンエッグみそ汁、サヤインゲンの炒め物、焼きタラコ。しょっぱくてのど乾いた。テレビ特報200Xで、母性について。マンガン不足に注意、ナッツキウイ玄米を食べよう。 明日は「月下の棋士」やるらしい。人がまた死ぬらしい。麻雀も書いたんだからカードゲームでも書けという某学生に一票。

1月22日(土)

初詣に行った後、旦那様がビデオを見たりしていたらあっという間にお昼。1時半から内覧会。今度は旦那がしっかり採寸してくれた。3時半頃実家の両親が来て冷蔵庫を車に積んだ。その後mを子守してもらって荷造りが少々進んだ。5時過ぎに近くの回転寿司に行きおごってもらった、親とはありがたい。気に入ってもらえたみたいでよかった。帰ってからmがくさーいうんちを少々。マッサージが効いたらしいが、うんちするとき泣くのは参った。

冷蔵庫一個無くなっただけでずいぶんすっきりした。この調子でもう一個の冷蔵庫洗濯機旦那実家にあげたらもっとすっきりする予定だ。見積もりしなおしてもらわないと?

旦那は「動物のお医者さん」全12巻読了、mに「なあ、チョビ」などと呼びかけている。飼いたいらしいがmが大きくなるまでだめ。

1月21日(金)

から敷き布団一枚を資源回収に出した。強風のなかリサイクルショップに出かけて、マホービンは800円、揚げ物鍋700円、電気鍋2000円で委託。足元見られてるけどまあいいや。一旦帰って新たに食器なども持っていこうとしていたのだがmが寝たので中断。夕ご飯ハムエッグ納豆

1月20日(木)

午前中天気が良かったのでリサイクルショップに出かけて敗北。定休日だったよ・・。今日委託品は大きいマホービン:800円、温度計付き揚げ物鍋:1400円、小さな電気鍋(しゃぶしゃぶ用):3000円。マージン35%も取られるけど明日にはまた売りにゆこう。

ご飯は昨日の常夜なべ+牛肉。たぶんしゃぶしゃぶに近い。食後にライチ(7ヶ月前の冷凍もの)。7ヶ月冷凍庫に入れて置いた牛肉完璧冷凍庫の臭いになっていた。歯ごたえは良かったんだけどね。 どっちの料理ショーは鶏煮込みうどん海鮮堅焼そば海鮮が豪華だと思ったら鶏の勝ち。あれ?3層麺、そんなにおいしかった? 来週は豚汁となんだろう?豚汁はいつ食べてもおいしいから負けそうだと思うけど・・。

1月19日(水)

今日も寒くなるそうで、出かける気がしない。灯油も使い切り(引越のため)、何一つ暖房のない我が家しかたないかエアコンでもいれるかな。今日インフラ(?要するにガス、電気電話水道)に引越すると電話した。

ご飯豚肉の常夜なべ。 夕食後のテレビタイム旦那が「動物のお医者さん」をよんで、たまに吹き出している。はまったな、ふふ。

1月18日(火)

晴れた。暖かくて嬉しい。mもよく寝る。自転車で遠くの銀行写真の焼き増しや最低限の食料品を買い物しに行った。

ご飯枝豆豆腐と挽肉の麻婆風(ワカメはなし)。ワカメみそ汁

1月17日(月)

暗いと思ったら大雪。チェーン忘れを痛恨の一撃にするこの雪・・。午後晴れてから郵便局銀行に行った。頭金のためにたくさんお金はらって通帳が3つほど空になった、と思ったら1個だけ通帳記入を忘れてた分が残った。でもそのお金家具を買って使い切る予定。結婚したときまり家具を買わなかったので、ここでばっちり揃えてしまおう。ドラム洗濯機っていいのかしら?

ご飯干物焼き魚、若布のみそ汁冷蔵庫空っぽ計画なのだ

1月16日(日)

ご飯は近所の回転寿司。私は安い巻物を中心にたくさんたべた。そしていよいよ内覧会。まずしょっぱなから駐車場抽選にはずれた(といっても後で調べたらそんなに最悪ではなかった)。旦那はそのショックで肝心の家の内装などはチェックしていなかったと後で告白。そうね、ただバタバタとドアを開け閉めしてたわね・・。メジャーは持参したけど使わず、ただやっぱモデルルームよりは狭いという印象。私が内装ケチを付けてなおしてもらうようにして、その他いろいろ手続きして、帰って落ち込んで、ぐちをたれまくって(実家にも)、近くのスーパーのお総菜でしょんぼりごはん

mはそんなことにも気づかずご機嫌。最近はころころ寝返るし、お気に入りあやし言葉「ぷしゅー」でケケケと笑う。親ばかなのでビデオを持ち出し撮影会

1月12日~15日

12日:食料を片づけ、りすに餌をやってから迎えに来た父と電車でお出かけ。母は忙しく、夕食はけんちん汁など。電車に乗ったせいか、mが腸重積ではないかと思うほどの夜泣き。「谷村志穂飛田和緒1DKクッキン」「2DK」「お買い物」

13日:午前中はのんびり。昼は焼き肉宝島のお膳、680円。午後は母が忙しいためお留守番。妹と父とおでんをたべた、おいしかった。「PAPA TOLD ME」「研修医なな子

14日:金曜日ということでみんなのんびり。昼はステーキ宮、夜は豚バラ高菜の煮込み(大好物)他。

15日:お昼はうどん民芸公園遊んだ旦那が迎えに来た。だいぶよれよれになっているので帰りは運転してあげたら、さら疲れたらしい。かえったら不動産からしかりの電話

気が付いたら、実家からタイヤチェーンを持って帰るのを忘れていた。「動物のお医者さん」はもって帰ったのに・・。ぼけてる。

1月12日(水)

初雪が降った。このあたりはつもりそう。旦那の身内に不幸があり、旦那自動車で出かけていった。私は実家に帰って旦那の留守を過ごす予定なので、またもや更新が滞りますよろしく

1月11日(火)

からうんち。離乳食フレンチトースト(煮たの)、ミカンみそ汁ご飯写真の焼き増しが1駒ずれていた。郵便局銀行を回った。昼過ぎまたうんち、これで3度目。そりゃ1週間近く溜め込んでたんだからと思いつつ心配。熱はあまりないけど・・。添い寝してたくさん昼寝させた。

ご飯は豚のソテーウスターソース風味、粉ふきいもとサヤインゲン添え。コーンスープ。おいしかった!

1月10日(月)

から書斎の片づけをしている旦那。私はmをお散歩につれていったり。昨日から旦那ホントによく働いている。ので、ちょっとゲーム休憩を挟む。オレシカ、佳境です。

ご飯は、カッペリーニ白いソースタマネギ、サヤインゲンハムチーズクリーム)。深夜、泣いて居るのでおむつを見たら久しぶりにうんちをしていた。

1月9日(日)

から旦那掃除している。私もお手伝いして、大きな本棚を片づけた。段ボール7箱+2箱くらい積み上がった。夕ご飯牛肉ゴボウ柳川風。

1月8日(土)

ゴハン旦那がつくってくれた。豆腐わかめネギみそ汁目玉焼き。mには、豆腐みそ汁掛けご飯目玉焼きの黄味を離乳食ミカンデザート。その後、出かけた。まずは初詣旦那は行ってなかったので)と思ったらむちゃくちゃ混んでて中止、レッドロブスターサラダランチクーポン使って長居してその後お昼寝mをつれてコンピュータ店。アイマックDVを検討。わが家のデジタルビデオカメラfirewire(IEEE1394)端子がないじゃん・・。変換器とかいるのかな。あと、やっと繋がったDVD-RAMドライブ、OS9との相性は?とかいろいろ調べたくなり、その場でインターネット検索掛けたりして長居保育園に出かけて2月から契約して1ヶ月分の月極料金を支払い。背水の陣に気分はすっかりおセンチになってデパートへ。mを買い物カートに乗せるとしっかり握るからもう極悪にかわええ~。テレビ売場で名人戦の中継みてBS入れたくなったり。次に安売り店で買い物して上がり。夕食はマクドナルドテイクアウト。mにはベビーフード。

今日も鼻水は止まらず乾いては鼻くそになって大変。と思っていたらベビーフードの匙にがじがじと異様な手応え、とうとう下の歯が頭を出した!初めての風邪と歯が生える時期が重なるってホントです。 あと、最近「えんむ~」とか「め~、め~」って甘え泣きしておもしろい。「ぶぶぶ」は終わって、「んめ~」で歌ってます

1月7日(金)

週末が近いので楽しみ。夕食はおでんにとうとうとどめを刺した。旦那映画ツイスター」をみて妻の気持ちを逆なで。明日からばんばん働いてもらうことに決まり

1月6日(木)

タッチおじさんの綿毛布が当たってしまった。びっくり。伊豆写真をみて気力を回復

夕食はやはりおでんさら蒲鉾を追加。

1月5日(水)

実家でmが風邪をもらってきたようで鼻を詰まらせていたが、熱はなく機嫌もいいのでちょっと厚着させてあといつもどおり。昨日は離乳食がろくにできなかったので、ジャガイモみそ汁に卵を落として。卵の黄身を食べさせると鉄分補給され血色がよい。

夕食はおでん。ねりもの大根、牛筋、こんにゃく白菜巻きソーセージ、餅袋、卵、ジャガイモ

12月31日(金)~1月4日(火)実家にて

31日:昼ご飯は軽く食べ、年越しに天ぷらそばを食べた。エビなすピーマンなど揚げたて。mを風呂に入れ早めに寝た。一戸建ては夜寒いが、それほどでもない。2000年対策のため父は夕方から出勤。

1日:父は何事もなく始発で帰宅。mに良い服を着せておせちを食べて(きんとん、くろまめ、かずのこ。ちなみにお雑煮は鰹だし。もちの上に、ぶり、こまつな、ゆりね、ぎんなん、とりにく、するめ、こぶ、だいこん、れんこんごぼうにんじんかまぼこ等が載っている。)お年玉あげて初詣して実家年賀状が来て新聞を読んだらあとんのーんびり。mの離乳で遊んだミカンいくらでもしゃぶる。夕ご飯は到来物のお肉でしゃぶしゃぶ。夕食後に旦那から電話がかかってきた。あちらは大変らしい。

2日:上の妹は電車初売りに。残りの家族は近くの赤ちゃん用品店や本屋ファミレスホットケーキお茶やぐるっと一回りして戻った。mにしゃぶしゃぶの出しで雑炊豆腐みそ汁はヒットかも。ごろごろ。早めに風呂に入れてショムニをゆったりとみたぞよ。夕ご飯手巻き寿司エビ・カキのフライ

3日:お散歩に行った。本屋絵本が充実)とスーパー。苺を片手に握りつぶしながらしゃぶる(といってもどちらかというと握っている手を・・。)mの姿はもうかわいい一言であった。昼は煮込みうどん(mに卵の黄味をやる)、夕ご飯豆腐の煮たの他。「MASTER KEATON」「監察医ケイ業火

2021-04-24

年賀状を書かなくなってから5年が経ち、

十二支が言えなくなっていたことに気づいた。

ねーうしとらうー…うー?う?うーん。うーの次はえっとえっとなんだっけってなってしまった。

年賀状って大事だな。

2021-04-19

僕がずっとできなかったことと、それでも片足を上げられた日の日記

何でもできそうになった日じゃなくて、少しは何かできたかもしれない日の話。

母方の祖父母はどちらも素晴らしい人だ。いつも穏やかにしていて、人格者で、思慮深く優しい。みんなからも当たり前のように愛されていて、毎年昔の教え子(夫婦である芸事教室をしている)から年賀状誕生日プレゼントが大量に届いてお酒が飲み切れないと笑っている。

そういう人が僕のおじいちゃんとおばあちゃんだった。そんな彼らから僕はまた当たり前のように愛されていた。会う頻度は少ないけれど、わかる。会うたびに見せてくれる笑顔や、優しかったり厳しかったりする言葉、とにかく彼らがくれるものすべての細部に愛が籠っていた。

当たり前のように愛してくれて、だから僕も彼らのことが大好きだった。

でも僕は傍目ではいつも彼らによそよそしくしていた。わざとしていたわけではなく、、つまり、話し方もちゃんとした甘え方もよくわからない、親の背中に隠れる子供のまま礼儀正しさだけ身に着けてしまったんだと思う。彼らはそういう僕を分かってくれているのかそうじゃないのかよくわからないけれど、とにかく驚くべきことにそれでも優しかった。当たり前だけど申し訳なかった。僕は受け取った分の 1mm でも返せているのかな? といつも疑問で、だからいつからか二人が笑いかけてくれるのもなんとなく気まずかった。

祖父母のことだけじゃない。何もかも勇気がなくて。先延ばしにして。僕はそういう人だって分かってたからもうなんでもいいかなと思うことも多かったけど、それでも祖父母のことだけはずっと僕を非難していた。多分、僕に本当に大事に思える他人は少ないから。大事になんてできてないけど。

何でもできそうだ思った夜が何度もあり、同じ数だけ何もかも無理だと感じた朝があった。

そういう日のうちに、あるキャスを聞いた。

「親みたいにずっとお世話になっていた人に会いに行って、ご飯を作ってくれたときに、お皿を洗えて(ほんの少しでも恩返しできたみたいで)良かった」という話だった(わたしの語彙...)。

こう書くとよくある話かもしれないけど、僕は彼女(キャス主)が僕のように何にもしてこなかったような人ではないことを知っていた。つまり恐らく彼女が会いに行ったのも、連絡を取ったのも普段の積み重ねの延長上にあって、、

でも普段からそうしていたとしてもまだ「お皿を洗う姿を見せられて良かった」なんて思うんだと、そう思った。それからたまたまそのとき彼女を少しだけ身近に感じていたのもあった。普段から尊敬する彼女の中に素朴なものを感じて、うまく言えてないけど、とにかく僕にも何かできるし、躊躇ってることがあるなら前に進みなよって言われてる気さえした(なにかこちらに語りかけてくれたわけではない。多分周囲にいい影響を与える人ってこういう人のことを言うんだと思う)。それでその日は遅かったので明日とりあえず祖父母の家に電話してみることを決めて寝た。

翌日よくわからない時間に起きて、頭が回りだしたのは午後。その日は休日だったけど夜にちょっとしたプレゼンをしなければならず、その資料作成をしていた。

正直めちゃめちゃ忙しくて、明日でいいかなーと思ってた。ぼんやり考えていたけど電話をして何を話したらいいかいまいちからなかったし、ちゃんと話すことを考えてまとめる時間が欲しかった。

ただ、キャスの彼女がまたお世話になっていた人に連絡を取ったっていうツイートを見たとき(確かにまた連絡を取りたいと言っていた)、見て、作業に戻ろうとしたけど、うまくできなくて、スマホを手に取ってたまたま充電がなかったことに気づいて逡巡した挙句財布を持って公衆電話に向かった。

一度、電話番号を覚えてないことに気づいて戻った。話すべきことは歩き出せば意外にもすぐ決まった。国道沿いのコンビニで車のうるささに辟易したけど一度深呼吸して、右耳を手で塞いで左耳に受話器を当ててダイヤルした。僕から祖父母彼らに掛けること自体は初めてはなかったけど、自発的ものは初めてだった。

正直すぐには意味があったのかどうかもわからなかった。言いたかたことは1割も伝わったかどうかわからないし、そもそも僕が電話を掛けた意味相手はすこし取り違えて理解したようだった(大学を辞めたことの謝罪をしたかったのだと思われたみたいだった。もちろんそんなことが一番言いたかたことではない)。

こんなんで僕は少しでも彼らを大切にできたんだろうか? その片足でも上げられたのかな。そういうことをぐるぐると考えていた。

でも最終的に、少なくとも僕がこのきっかけを後悔することを彼らは望まないよな、と思った。僕は間違いなく愛されていて、それには自信があったから。

https://i.imgur.com/z6iG1R3.png

2021-04-02

ひんやり冷たくてほよほよでたゆんたゆんのおっぱいの話

成人式で、乳を揉ませてくれた同級生地元に戻ってくるらしい。

トイレで書いてたら興奮のあまり長くなりすぎた。全部読んでも大したことは書いてない、すまない。

彼女同級生の中でも結構金持ちの家の子で、長い髪をお嬢様むすび?(アイマス橘ありすみたいな髪型)にして、授業中はメガネをかけていた。学区は近かったけど俺は野球をやってた上に、彼女はたいていデカ外車に乗ったお母さんが送り迎えをしていたからあまり学校帰りに一緒になることはなかった。

彼女とはただの同級生しかなかったから、思い出が特にたくさんあるわけではない。俺が外で遊んでいる時、彼女教室で本を読んでいた。あんまり、関わりはなかったように思う。

4,5年生の時だ。宿題が終わらないで居残りさせられていたら、見かねた彼女が手伝ってくれたことがあった。それから漢字の書き取りが多すぎると愚痴っている俺に「送り仮名が長い言葉を選べば少し楽じゃない?」と言って、例に挙げられていた「原因」ではなく「因みに」と書けばよいと教えてくれた。「ちなみに」という読み方を、この時知ったのを覚えている。

彼女はいから年賀状をくれるようになった。母ちゃんに「あんたにくれるなんて律儀な子だね〜」とからかわれるのが嫌だったけど、流行ってた丸文字じゃなくて大人っぽい字で、俺の名前と何らかのひとことを添えてくれていた年賀状は未だに捨てられない。

中学生になると、男女の溝がくっきりするようになった。彼女優等生の真面目な女子に、俺は野球部のイジラレ役になって、接点はまた少なくなった。たまに話す機会もあったけど、そのうち俺は彼女敬語を使うようになった。彼女は授業中も眼鏡をかけるようになって、髪型ポニーテールになっていた。彼女は県外の進学校に進み、俺は地元工業高校に行った。大学は知らないけど、多分有名なところだと思う。俺は、地元会社就職した。

成人式の日、着物彼女は遠目にしか見られなかった。黒っぽい高そうな着物を着ていたことだけはわかる。乳を揉ませてくれたのはその日の夜だ。俺の地元では、成人式の日の夜に中学校ごとの二次会が開かれる。

彼女ピンク色のドレスみたいなひらひらの服を着てやってきた。小さなブランドバッグを持っていて、やっぱり金持ちは違うな〜といじられていた。俺は誕生日3月から先生がいる2次会で酒は飲ませてもらえない。もう眼鏡をかけてはいない彼女ビールを美味しそうに流し込んでいて、大人になったんだなあと妙な感想を抱いたりした。

先生達が帰って、三次会居酒屋に移動したあと、彼女と話す機会が訪れた。「久しぶり、変わらないね」という彼女いかにも育ちが良さそうな喋り方は変わっていなかったし、俺は相変わらず「うっす」くらいしか言えなかった。隣に座った彼女は顔色1つ変えずお酒を飲んでは笑い、俺にお代わりをねだってコップを差し出してくる。こき使われているような状況もちょっと心地よかったのだが、彼女高校から付き合っているという恋人の話もしていて、ああ、彼女はもう俺の知っている眼鏡女の子ではないんだなと悲しくなったりした。

そうしているうち、不意に彼女がこう言った。「小学校の時、熱出した私にジャンバー貸してくれたでしょ。あれはときめいた」口ではそう言えばそっすね、なんて言ったけど、彼女が俺との思い出を残していることに驚いた。そう言えばどころではない。俺は、早退する彼女が返してくれた上着を着ずに持ち帰って、抜いた。首にあたっていたあたりからほんのり甘いような、新品の教科書のような匂いがしてしばらく置いておきたかったが、母ちゃんに洗われた。

「なあなあ、おっぱい超でかくなってね?」俺が甘酸っぱい思い出に浸っていたら、野球部のツレに耳打ちされた。

かに、昔から彼女巨乳だった。合唱部だった彼女は外で走ったりしないし、学年いちの巨乳だった陸上部女子ランニングする時ゆさゆさ揺れていたのでゆさパイと呼ばれていた)に隠れていたけど、多分学年で2,3番目にでかかったと思う。

ドレス姿の彼女の胸はだいぶ破壊的で、谷間は見えない清楚な感じのデザインにもかかわらず、その大きさは十分わかった。

「ひと揉みさせてやってよ!こいつ、こんなでっかいおっぱい触る機会なんてないと思うからさ」ツレが彼女にそんなことを言ったから、顔がボッと熱くなった。真面目な彼女から無視するか、不潔!とか言われるだろうと思った。なのに、彼女は笑って「こんなのでよかったらどうぞ?」と言って、胸を差し出してぴったりしたドレスの胸元をぺろんと開けた。

俺は取り敢えずいいっすと断ったけど、耐えきれず触ってしまった。酒に酔ってるはずなのに、彼女の胸はひんやり冷たくて、この世で一番柔らかかったと思う。三次会からは酒を飲んでたし、おっぱいの衝撃でその後の記憶ほとんどないけど、ツレの話だと他の男には揉ませていなかったという。女子は数人もんでいたらしい。

彼女は「明日普通に大学なの、辛い」なんていって、明け方まで飲んでそのまま電車に乗って帰って行った。それっきり、もう10年近く会っていない。そんな彼女が、地元に帰ってくるらしい。在宅勤務が増えたから、骨折してリハビリ中のおばあさんのために月の半分はこっちで暮らすのだとおばあさん本人が言っていた、と母ちゃんづてに聞いた。

俺は、ふうん、そうなん、と言ったけど、ほんの少し浮き足立った。別に、好きとか嫌いとかではない。連絡先も知らないんだし、どうということもない。でも、あのひんやりしてほよんと柔らかいあの乳が、俺の地元にあるということが嬉しくなってしまっただけで。反芻しすぎて食傷気味だったあの柔らかさが、また息を吹き返したみたいだ。今夜は思い出して抜こうと思う。

2021-03-30

メイプルストーリーの思い出(追記)

小学生の頃、狂ったようにMMORPGで遊んでいた。

自分には所謂お金持ちの友人がいて、彼は自分専用のデスクトップを3台所有していた。

彼は自分を自宅に招き、そのPCであらゆるゲームを紹介してくれた。

ぱどタウンからまり(これはゲームではなかったが)、ハンゲームメイプルストーリー天上碑(だったと思う)、REDSTONEDJMAXなどなど。

その中でも彼はメイプルストーリーにハマっており、ジャブジャブ課金をしていた。

彼はどのゲームにおいてもゲーム内フレンドを作るのが怖いらしく、そこで「現実の友人をゲーム内に連れてきてフレンド登録しよう」と考えたそうで、それで選ばれたのが自分しかった。

自分は家にPCどころかインターネット回線もなく、フレンドというにはかなり心許ない気もしたのだが、彼は自分毎日自宅に招くことで解決を図った。

実際ゲームはどれも面白く、かなり不健康光景ではあったが、「友人宅で毎日PCに張り付き隣に座る友人とゲームチャットで会話をする」ということをかなり楽しく感じていた。

しかし、彼の一番熱の入っていたメイプルストーリーを進めるうちに、課金しまくっている彼とのレベル差や装備差がかなりある事が気になってしまった。

そこで自分祖父にねだってノートPCインターネット回線を用意してもらい、彼とは違うサーバーで新しくメイプルストーリーを始めた。

彼に言われるがままにスキルを上げ、モンスターを狩る生活から、なにもかも手探りで文字通り冒険する生活へとシフトチェンジしたのだ。

正直言って、彼と一緒にゲームをするよりもはるかに楽しかった。

自分ゲーム内で知らない誰かに声をかけてフレンドになることを特段苦痛に思わなかったので、積極的に声をかけてはフレンドを増やし、さまざまな狩場でさまざまなメンバーと一緒に遊んだ

その中のどこかのタイミングで、自分は柊シミヒロ(仮名)というプレイヤー出会った。

その隣には柊シミコ(仮名)というプレイヤーがいつもいて、2人はどうも姉弟しかった。

そしていつしかその柊姉弟と、あとアスタリック(仮名)というプレイヤー自分の4人だけで、メイプルストーリーは完結するようになっていた。

かいことはもう忘れたが、毎日他愛無い話をしながら狩場を巡り、ジョブチェンジする時もみんなでバランス良くなるよう話し合いをしながら慎重に決定した気がする。

そうして遊ぶうちに、自分は柊姉と文通をするようになった。

柊姉は受験が終わり無事志望した大学合格したことや、一人暮らしが始まることを、とても丁寧な細い字で記していた。

一方自分が何を書いたかは覚えていない。ただ、大学入学を目前にした彼女にとっては、小学生の書く手紙などとてもつまらなく稚拙な内容だったに違いない。

そのうち自分は別のゲームに移ってしまい、メイプルストーリーにはログインしなくなってしまった。それでも柊姉との文通は続いた。

しかしある日、彼女からの返事は来なくなってしまった。

きっと大学が忙しいんだろう、と思いそれ以上もう踏み込むことはなかった。

それから数年が過ぎ、自分MMORPGを完全に引退し、いつかの柊姉と同じように、志望する大学合格した。

その時ふと彼女や弟のことを思い出し、自分はそのハンドルネーム検索をしてみた。

当時のハンドルネームいつまでも使うとは思ってもいなかったので、なんの情報も出てこないことに特別落胆はしなかった。

けれどあれほどにまで熱中した日々がどこにも残っていない事にはすこし寂しさを感じて、検索結果をどこまでも潜っていった。

すると、柊弟と似た名前ユーザブログが見つかった。

記事は数年前に更新が止まっていたが、そこには家族が亡くなったことと、姉が精神的に参ってしまたことが書かれていた。

そして多分その記事投稿されたタイミングと、柊姉との文通の止まったタイミングも合っていた。

柊弟のブログだと確信した。

それ以上のアクションは何も起こしていない。

彼の捨てたブログコメントをするつもりは一切なかったし、彼女自分に伝えた住所に再び手紙を送るつもりもなかった。

名前を変え、インターネットから消えていった姉弟に縋り付くつもりもない。

けれど心のどこかでは、「20年近く前に遊んだ小学生が今もあなたたちのことを覚えていて、再び何かのきっかけで出会えて話ができたら嬉しいと思っている」ということを伝えたいと思っている。

そして姉弟過去にあったさまざまなことを乗り越えて、今元気でいてくれたら、もっと嬉しいと思っていることも伝えたいと思っている。

(追記)

コメントありがとうございます

お金持ちの友人は中学受験合格し、丁度柊姉と文通を始めたくらいのタイミング地元を離れていった。

何度か年賀状の交換はしたがあまり楽しそうな雰囲気は伺えなかったうえ、大学合格した頃、風の噂で彼がもうお金持ちの友人ではなくなってしまたことを耳にした。

アスタリックについては、彼も大切な思い出を構成するメンバーではあるものの、姉弟と比べあまり個人間でのエピソード存在しない。

というのも自分は当時柊弟に恋をしており、柊姉もそれとなく察して色々と配慮をしていてくれたため、彼と個で会話することは少なかった。

いただいたコメントを読み、再び柊弟のブログを探してみたものの、もうどこにもなかった。

また自分も度重なる引越しで当時やりとりしていた手紙を紛失していたようで、柊姉弟との繋がりは完全に途絶えていることがわかった。

それでもふと何かの拍子に彼女らのことを思い出して、連絡ができたらなと思うことがあるかもしれない。

そう考えると少し寂しくはあるが、でもそれで良かったのだと思う。

自分人生ドラマチックを求める材料彼女らを利用したくはないし、彼女らもきっとそれを求めていない。

2021-03-15

利害関係で繋がれた人

○○さんじゃなくて、●●の○○さんの●●が大切。恐らく●●がなくなったら切るし、切られるしそうゆう関係

 

よく定年すぎたら、年賀状来なくなったとか言っている老人馬鹿にしてたけど、俺も変わらない。

仕事とか関係のない付き合いがしたい。

2021-03-02

閉鎖病棟入院してたとき

創価学会員のおばちゃんが世話を焼いてくれて、

退院して県外に逃げた後もたまに電話をしたり、年賀状を送りあったりしている。

宗教個人のものから勧誘を受けたこともない。選挙の時もなにも言われない。

そういう人もいる。

2021-02-27

思い出せ! 勇者ヨシヒコよ お前の使命を思い出すのだ

その官製はがき年賀状を、四角い箱の中に早く入れろ

郵政公社がひさびさに、全力でもなかなか難しい配達案件

たびだつまえに、投函してほしかった

 

思い出せ! 勇者ヨシヒコよ お前の使命を思い出すのだ ※魔王を倒すよりとはいえないが・・・

 

優先順位はわかる。

しかしだなぁ

2021-02-26

プリンター天文学的数字増田酢魔ナジ臼杵テク眼モンテノータンリプ(回文

おはようございます

あのさ、

天文学的数字確立で、

プリンター3台が同時に故障するという、

スロット目押しスリセブンの達人でもなかなかこういう偉業は達成できないはずよね。

もはや同時3台故障って笑っちゃうわ。

プリンタースリセブンってところかしら。

とりあえず

プリンターカウント数は15万枚と公表されている保証内のスペックの耐久枚数はゆうに印刷してくれたから、

上々な働きっぷりだったのかも知れないわね。

よく頑張ったわ!って表彰状を上げたいところだけど、

また新たにプリンターを同機種買うのより

さすがにビジネスプリンターなので

本体よりインクの方が高いでお馴染みのホームユースのプリンタより

ちょっと修理に出した方がいいみたいね

さっき集荷の依頼をかけたので、

明日事務所にいなくちゃいけないことは否めないわ。

あーあ。

ラッキーなのかアンラッキーなのかこういう時、

日本語でなんて言っていいかからないけど、

とりあえず

こういうことはあり得ない確立だと思うので、

言葉意味はよく分からないけどとにかくスゴい自信をもって

スゴい確立だってことは言い切りたいところね。

正直トナー代も馬鹿にならないアホほどかかるので、

ビジネスインクジェットプリンターでじゃんじゃん印刷したいところ、

もうペーパーレスよろしく

うちはぜんぜんペーパーレスじゃないところなんかがまたにくいところね。

でもコスト的にはインクジェットプリンターだと10分の1なので

これはじゃんじゃんだすなら、

トナー代も節約節制しなくちゃって思うのよねー。

あんまりよその会社かいったいどうなってるのかってあんまり意識していない人が多いのかも知れないけど、

1枚印刷するコストはまったくもってすっとこどっこいだってことは

知っていた方がいいわよ。

家で年賀状印刷するレヴェルとは違って、

家だと本当にその季節や時期的なことじゃないと

印刷しないわよね。

いま紙に写真を焼いたりしないっていう、

もう焼くって言い方がよく分からないけど

写真に限っては焼くって言うけど

最近はすっかり焼き増ししてね!って

写ルンですで撮った旅館の思い出をダブルピースとともにお送りする写真などを焼き増しするでお馴染みだったフレーズだったけど

今はすっかりその焼き増し!って言葉使わなくなったわよね。

私も使ったことないんだけど、

今で言うとシェアってことなんだと思うし、

こればっかりはペーパーレス社会到来と言っても過言ではないかも知れないわね。

正に思い出は色褪せない!って上手いこと言いたいところ。

今日はだから印刷は全部PDFにしてあとで印刷することにするわ。

なんだか

効率いいのか効率悪いのかよく分からない話ね。

とにかくプリンターが早く直って帰ってくることを願ってやまないわ。

うふふ。


今日朝ご飯

タマサンドしました。

やっぱり定番と言うか私殿堂入りしたサンドイッチランキング

殿堂入りだけあって

いつでも美味しいこと請け合いよ!

お腹調子まり良くないときとかは別格に格別ね。

デトックスウォーター

大根セロリときゅうりと人参スティック野菜みたいにしてそれで作る

スティック野菜4種ウォーラーよ。

スティック状よりピーラーでぴらぴらにした方が、

有効野菜成分が水に溶け込んでいるような気がするわね。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2021-02-14

今気づいたが、今年もう残り320日じゃん!

まだ年賀状書いてない・・・

というかクリスマスカードも書いてない・・・

年末大掃除面倒くさい・・・

色々考えた挙句、とりあえず寝正月用のアイスを買ってくる事にした。

他に買うものある?

保育園の頃の知人が、AV女優になっていた。

保育園の頃の知人が、AV女優になっていた。

正しくは、ほぼほぼ関係のない大昔の知人、多分相手自分ことなど覚えていないと断言できるほどの知人の近況を興味本位検索したら知ってしまった。


の子は、保育園に通っていた頃はずっと一緒に遊んでいて、仲が良くて、今でも自分本名を覚えているくらいには印象に残っている。

多分自分母親も覚えているはずだ。

しろ自分は、彼女母親の顔まで覚えている。

眼鏡をかけた真面目そうな、笑顔が印象的な女性だった。なにか、疲れてくたびれたような雰囲気もあったような気がする。

保育園から小学校に上がるとき、学区の関係で顔を会わせなくなったが、それでも小3、小4くらいまでは交流があったと思う。

年賀状とか、保育園イベントでとか。

中学校は幸い一緒だったので、再開をちょっと心待ちにしていたのだけど、中学校で会った彼女自分の知っている彼女とは結構、だいぶ変わっていた。


髪の毛は茶髪で、制服は着崩していて、化粧をして、口うるさい教師から面倒くさそうに目を反らして髪先をいじっていた。

確かクラスが一度一緒になったけれど、滅多に教室はいなかった。

クラスでも彼女のことを話題にすること自体そもそも少なかったはずだ。

少なくとも友人という枠で括って会話することはなかったと思う。

「あの荒れてる子」

「どこ高に彼氏がいるらしい」

「もう処女喪失したんだって

そういう、確実に憧れではないトーンで、ひそひそと囁かれていた。

腫れ物に触る、といえばよいのか。

周りは荒れている彼女しか知らないから、そういうトーンで話をするんだなと思っていたけれど、自分はどうしても、保育園の頃の彼女を知っているので、聞くたびに違和感があったのだと思う。


修学旅行の班分けをして、彼女と一緒の班になったとき彼女たまたま教室にいたので、「修学旅行、一緒の班だけど」とかなんとか、話しかけに言った。

すごく印象的で覚えている。話しかけられた彼女ちょっと瞠目して、そのあとに「いや、行かないから、大丈夫」と返した、はずだ。

親しみのある表情ではなかったし、目も合わなかったけれど、特段冷たくもなかった。

あ、そう。なら大丈夫。と会話を終わらせて自分の班に戻ったけれど、ちょっと安堵したのを覚えている。

不良と言われていて、他の子からも腫れ物のように扱われている彼女は、もしかしたら自分の知らない子になっているのかもと思っていた。

けれど、少なくともあの瞬間だけは、普通の、自分の知っている彼女だった。

班に戻ってから「何普通に話しかけに言ってんの!?」と小声で問われて、その安堵もじくじくとしたなにかに変わってしまったが。

かに彼女は特段変わっていなかった。変わっていなかったけれど、自分と一緒ではないのだとも一方で強く思った。班の子の問いかけで、より自覚させられたのかもしれない。

振り返ったら彼女はもう教室にいなかった。

問いただしてきた班の子には、自分彼女保育園の頃の友人だったので、別に怖くもないし、相手自分のことをたぶん知っているはずだと返した。


彼女との会話は、それが最後だ。


AV女優になるまでに色々あったみたいだが、(名前も変わっているし、どうやら整形をしているようで、顔を見ただけでは正直本人かどうかの確信が持てなかった)、Wikiを見たらだいぶ出演作品が多かった。

自分こちらの業界に詳しくないけれど、なにか賞ももらっているらしいので、天職なのかもしれない。

ツイッターフォロワーもわりとついている。そもそもWikiがある時点でちょっとすごい。

動画があったので(そういう動画ではなく、Youtube活動をしていたので)声を聞いたら、あの若干舌っ足らずの話し方に聞き覚えがあった。加工をしていない動画の表情は、整形をしているとしても、自分の知っている彼女面影のあるものだ。

ああ、本人だな、とそこでやっと確信が持てた。

動画のなかの彼女は、楽しそうに話していた。少なくとも自分が会話をしたときより、いきいきして見えた。

なんだかよくわからないが、幸せになってほしいなと思った。

AVという産業偏見を持っているわけではないと思うけれども、そういう仕事をしている彼女に対して、嫌悪感が沸かなかった。不思議ものだ。

しろストンと、そこならあるべき自分でいられるんだろうなと納得した。

どうか元気で。


まあでも、母親には保育園の頃のあの子AV女優になってたよ、って話すと思うけど。

2021-02-08

anond:20210208121950

でかくて雑な釣りだな

少なくとも70代くらいは呪いのように必ず句読点を打つぞ

年賀状じゃないんだし

2021-01-30

ネトストしてた人が芸能人の奥様だった

Twitter美女を見つけて、きれいな人だなぁ…と見とれるレベルだったのでフォローして、その美女があげる自撮り画像モデル仕事をしたときの他撮りの画像を眺めてうっとりしていた。

ある日美女結婚を発表 美女は30歳 お相手男性は50歳

美女イケメン金持ち結婚するもの。きっとその年上男性お金持ちなのだろうと思った

美女が「旦那は人前で話をする仕事」と言っていたので

人前で話をして、大金を稼ぐ仕事教授かな?と

大学教授勝手想像していた

先日、美女旦那さんの誕生日誕生日ケーキ画像をあげた

そのケーキには「(旦那さんの芸名)誕生日おめでとう」と書かれていた

美女旦那さんに「身バレするからやめて」と言われてすぐに画像を削除してしまったが、たくさんの人がその画像を見ていた 自分を含めて

自分はすぐに旦那さんの芸名検索

知らない芸能人だった。

旦那さんのTwitterアカウントを見ると

美女が以前、旦那が◯◯する動画YouTubeにあげてたという発言をしていたのだが、その発言通りの行動をしていた。そして、美女が牛の絵を描いた年賀状Twitterにあげていたのだが、旦那さんもTwitter美女が描いた牛の絵が載っている年賀状画像をあげていた

決定的だった。美女の歳上の旦那さんは芸能人だったのだ。

芸能人結婚した一般人女性という存在を初めて見た

それを見たからといって、別にどうもしないし、自分美女ともその芸能人とも関係がなく、ただ離れたところから見ているだけの存在だけどなんとなくここに書いてみた

2021-01-27

普段ダラダラと相方について思うこと

3月に家が建つ。人生で一番大きな買い物と言われる注文住宅

昨年増田で「何もねぇと思ってた土地に根を下ろすと決めたのだ」的な文を書いた。


引越し4月にした。今は家関連だと、チマチマと使わない物を引越し会社のくれた段ボールに詰めつつ、断捨離をする毎日だ。


そんな時、私の相方の宝物を入れた箱を見つけた。


こんな箱は私も持っていて、中学の時分からもらった手紙年賀状などが詰まっている。

相方のは、年賀状が3通と写真やらちょっとした雑貨だった。

年賀状はうち2通が私のものだった。

残りの1つ、相方断捨離を進めつつ年賀状を見てみたら、妹の友人から学生時代にもらったものらしい。


ふーん、と思って目の前で読んでいたら「XXXXと会えなくて寂しい、本当にめちゃくちゃ大好きだから戻ってきたらまた遊ぼう、メールしよう」と書いてあった。


これはこれは。かなり“想われている“ではないか


ほほー。なるほどなるほど。


相方に声をかけた。「とっても好かれていたんだ?」


「うん。よく一緒に遊んでいたし」

差出人を見た。我が家に妹と共に泊まりにきたことがある人だった。


「付き合わなかかったの?」


「うん、べつに」


「へえ、なんでなんで」


「いいから手を動かして」


それ以上は聞くこともせず、断捨離を進めた。


その日の夜、私は考えにふけっていた。
相方は私より早く寝るのでその隣で、kindle活字を眺めていたが1文を理解することもなかった。


思えば、相方は優しく(本当は否定する力がない、自分に自信がないだけ)

見た目が良く(歯並びも良くて、清潔感も良く、身長が高すぎず低くもない)


そして他人依存やすかった。(これってつまり自立していない人なのかもしれないが)


刺さるヒトには刺さるタイプだよな、と思った。


私が選ばれたのは、たまたま学生時代に席が4年間前後だったことや、

勉強を教えていたことや、


一緒に飲み歩いていたことが、


相方人生のよきタイミングに合って、
功を奏したのかもしれない。


当時はただの友人と思って深夜の2時に呼び出して酒を飲みに行こうなんてやったりもしたが、


相方の振る舞いや私への扱いで学年全員が相方の想いを知り、


3年の夏とうとう告白はなく、私が折れる形で付き合おうと提案したのだ。


(母に言わせれば、実家に帰っても学校のことを聞くと相方の話が多かったのでいずれ付き合うだろうと思われていたが。)


あの時の自分に今でも心の底から感謝している。
相方がいなければ私は家を買っていなかった。そもそも買えなかった。
仕事一筋に打ち込んで、キャリアアップしたりしなかっただろう。


私の無茶ぶりにいつでも応えて、共に悩み・苦しみ、

でも最後に必ず笑っている私たち

本当にただラッキーだったのだろう。


結婚妥協、と一時期友人にゲラゲラと話していた自分がいたが
ブン殴って車の後ろに繋いで5kmくらい引きずってやりたい。


相方完璧だ。
人間としては完璧ではないかもしれないが、私にとっては完璧だ。
デコボコがぴったりとハマった、あの感じをいつでもひしひしと感じる。


相方はコツコツ作業が得意で、家事掃除毎日する。


私は継続が苦手で、1週間にまとめて家事掃除をする(が、相方が来てから家事ほとんどしなくなってしまった)


代わりに私は辛い作業を軽くする提案をするために相方作業を見る。(ルンバを買おう、食洗機導入しよう、弁当のおかずは1週間分作り置きしてしまえば朝詰めるだけになるよ、などなど)


他所から見れば、私はたいそう嫌われ者に写り、吊し上げるだろう。


実際、私自身は私の評価が低い。なんでいまだに相方結婚したままでいてくれるのかわからない。


しかしたら、愛などはとっくにかすれているのかもしれないが、慈悲深い相方のことだ。

相方無くしては私は生きられないだろう、と哀愁眼差しで私といてくれているのかもしれない。


熟年離婚やなんか路線かこれは、と普段から考えながら、
私は少しでも家事をしようとチラッと掃除機をかけたり、食器を洗ったりするのだった。


今日は天気がいいか洗濯も回してやったぞ。
干すのは面倒だから乾燥機だが。


どうだ相方よ、恐れ入ったか

好きだった文化

2021-01-26

性欲の恐怖

 旧帝大卒なのにコンビニ夜勤をやっている同級生のことが気になって気になって仕方がない。

俺は昔から彼のことが大好きで、筋トレをしているから本当に魅力的だった。

今でも筋トレしているようで、自作MVYoutubeに垂れ流しているからその肉体の様子がよくわかる。

 筋トレをしている人間は性欲が強い という話をネットで読んだ。

それから筋トレをしている彼も性欲が強いのではないかと思って心配になり早朝覚醒とかの症状が出てきた。

だって、性欲が強いということはその分、彼が誰かとセックスをしている可能性が出てくるからだ。

 人生で色んな人と出逢うと、「こいつには一生童貞でいてほしい」とか「こいつは結婚なんかできっこない」

と思いたくなる人間がいる。その尊い願いが崩壊する可能性が1ミリでも出てくると、本当に厳しい気持ちになる。

旧帝大卒で、筋肉もあって、それで女もいるとしたら、俺はどう考えたって勝ち目がない。そして何より彼のことが愛おしい。

 負けたくない気持ちと、愛おしい気持ちが同居していて、俺は何かと闘っているんだろうか。

 今年なんて、初っ端から久しぶりに来た同級生年賀状が、妻との連名と子供写真が載っていて

本当に発狂しそうになった。

 筋肉も、結婚も、みんな性欲の問題だ。

 人間の数だけ、セックスがある。この恐怖を解消するには、筋トレをしてセックスをするしかないのかもしれない。

2021-01-23

おもいでのはなし

中学生の頃さぁ、いろんなクラス学級崩壊しとって、とある新人若い女先生いじめられて休みがちになっとったんよ。

家庭の事情不登校気味やったわいはその事情をあまり知らんで、たまたま先生廊下ですれ違ったとき、オモムロに「先生の車かっこいいなぁ!」って言ってしまったんよ。

先生は当時セリカ(5代目やったかな)乗ってて実際かっこよかったんよ。

なんでか知らんけど、すれ違ったとき咄嗟にそのこと伝えてしまったんよ。

先生はよく知らない奴に話しかけられたことにビックリしたのか、今終えば、イヤなこと言われると思って身構えたのか一瞬ビクッとしてたけど、すぐに少しニコッと笑って「ほんとー?」と返してくれたんよ。

先生と交わした会話はそれだけなんよ。

その1ヶ月後くらいに、とうとう先生学校にぜんぜん来られなくなって、やめてしまったんよ。

噂では鬱病だとかで、学校に来ると吐いたり倒れたりしてしまうらしい。

それから1年くらいたって、わいが高校入学するとき、わい宛に手紙が届いたんよ。

封筒に入った手紙貰うのなんて初めてだったんよ。

差出人はあの先生だったんよ。

きれいな字で、便箋3枚くらいに、あのときわいに声をかけられてどれだけ嬉しかたか、どれだけ励みになったか書いてたんよ。

わいは正直、えっ?たったあの1言だけで?あんなどーでもいい内容で?と不思議やったし戸惑ったんよ。 

から返事の手紙も、お世話になりましたとか高校がんばりますとか、そんなぼんやりした内容しか書けなかったんよ。

そのあとも年賀状くらいはやりとりしてたけど、だんだんとぎれとぎれになって、今はなにもやり取りがなくなった。

あのとき、どんな返事を書けば良かったんかなぁ。

いまでもわからんわ。

街中でかっこいいクルマ見かけて思い出したんよ。

最近ボケてきて物忘れはげしいから忘れんように書いておくわ。

2021-01-22

anond:20210122200155

なんでや月夜ふの年賀状ネタおもしろいやんけ!(よくわかっていない

anond:20210121185424

非モテ女。生まれてこの方20数年、誰にも"告白"されたことがない。

告白して振られたことは小・中学時代に3回ほど。

非モテにならない性でこのザマなので、そこらの童貞に負けないくらいには拗らせている。

ただ"告白(好きです/付き合ってください等)"は間違いなくされていないが厳密に言えばパーフェクト非モテではない可能性がある。

母親が何度か私の同級生(男)に「○○ちゃん(私)が好き、かわいい」と言われたらしい(謎)

同級生から「○○君が○○ちゃん(私)のこと好きらしいよ」という根拠のない噂を聞くことは覚えている限り10数回

・転校する時に住所を聞かれて何年か年賀状が届いた

ちょっとしたお菓子とかよくくれる人がいた(好きらしいという噂は聞いた)

異性からモテっぽいなにかはこれくらいはあったが直接言われたことは確実に一度も無いので全て勘違い&根も葉もない噂のコンボだったという可能性も十分考えられる。

ただ確率としてはこれだけあれば1つくらい本物のモテだった可能性が無くもないのでパーフェクト非モテではない可能性もある。

しか証拠がない以上私はモテカウントできないので恋愛に関してかなり拗らせたまま成人してしまった。悲しい。

2021-01-19

年賀状お年玉当たってうれしい。

切手二枚もらってうれしい。

2021-01-17

PCデポを辞めて何年かした(から出来た)話

最近不意にCMで見るようになり、ビックリしてます

入社した時はサービスに金かけたいかCMや余計な広告は打たないとか言っていたんですけどね。

退職エントリー(寝かせすぎですね...)となります

長くなりますが、お付き合いください。

PS:プレミアムサービス以下略させていただきます

まず、経歴を

とかくいう自分も数年前に辞めていますが、例の高齢者サポート問題の時(2016年夏)はまだあの会社で働いてました。

従業員スレとか見ると"バジェット主義"とか"PSとらないと叱咤される"とありましたけど、少なくとも自分サポート問題前でも半々だったと記憶しています

というのもサポート問題とは関係ないタイミング店長が変わった際に前の店長従業員スレの様なインカムを飛ばすタイプでした。

ただ、その店長素行の悪さから異動。

その後の来た店長接客リピート率や現金での売り上げ、商品の整頓など、普通量販店と変わらぬごく一般的な部分で指導していて、ステレオタイプPCデポ店長とは違いました。

自分担当PS勧誘がド下手でしたが、パソコン知識では負けてなかったので、クリニックと中古経験して、店長が新しくなったタイミングで、適性からDOS/Vパーツを売る部門定位置になりました。

これ以上は割れても嫌なので言及を避けます

PSの是非

自分自身はサポートお金がかかるという考え方には賛同的です。

車検を通すのだって整備士がいて、

病院で診察するんだって医者看護士がいて、

レストランご飯食べるにも調理師はいる。

その人に人件費が発生するのは至極当然です。

ただ、IT関係になるとなぜかなかなか理解されない。

パソコンを買ったからと買った店に出向いてやれ「年賀状印刷の仕方を教えて」やら「レンタルしたDVDコピーしたい(※場合によっては違法です)」だの、パソコンという比較的高い機器を買ったから許される的な感覚無償サポートを望まれがちです。

メンテナンスオプションもつけてない車でカーディーラー行って「おたくで買った車だから車検無料でやりなさいよ」って言っているのと本質的には変わらん気がします。

パソコンの代価と売った人の人件費は払っているかもしれんが、サポートする人の人件費ただ乗りするなよと。

この辺はケータイショップも同じ悩みに一周遅れではまっていた所だと思います

設定講座とか使い方講座とかで受講料取ったり、総務省の値下げ指示からの一連の流れで逆にahamoだのPovoなどサポートレスがくるのはパソコンと同様に追い付いたと言えそうです。

話を戻すとサポートに代価が必要というは賛同しました。

しかし、PCデポPSはというと

一般的に高く見積りすぎる(例:非会員の価格とかだとソフマップワンストップ(掛け捨て)サポートのが安くてオススメできない)

定形に当てはめるばかりに局所的に欲しいサポートが上位プランしかなく、他の部分は下位プラン相当でいいのに上位プランに入れ込みすぎる(例:パソコンは使えんがスマホバリバリ使えるとかその逆だったり、iPad一人暮らしでも使いたいのに付帯プランがなかったり。)

上層部がそれを良しとして上位プランバジェット(実売上とは別にPS売上高独自指数にしたもの)を優遇しすぎる (例:下位プランを3件とっても上位プラン1件に劣る等)

・月額のPSだと使わなかった人が不利になる為、逆に毎日の様に来て元をとろうとする余り、回転率が落ちる(≒お得意様が居座るクソ客になりやすい)

は非常に痛感しました。

この辺が問題点であり、従業員の重荷になっている部分です(さらに辞めた後に変なPSが増えてて問題化してるかもしれませんが)

従業員間や職場雰囲気

店によっても変わりますが、自分がいた店は大変良かったと感じています

相互評価だったり、トーゼンカードだったりでライバルになる側面ありましたが、たまに先輩社員が決めた案件トーゼン報告わけてもらったり、インカムフォローや時に励ましなどもありました。

比較的売れる店だったのでギスギスしにくかったなと後になると思うところはあります

会社に対して

辞めた理由はいくつかあります

・例のサポート問題後、PS営業自粛としながらも抜本的な対策に至らず、いくつかは名称を変えて旧態依然のままな部分がある(トーゼンカード→ヤッタネカードだっけ。)

バジェットの引き算(いわゆる将来解約)がキツい(店舗で阻止してもコールセンター解約があったりする)

上層部マジでクソ(現場顧客満足を得ながら苦戦した売上をなんだと思っているのか)

・成績の振るわない社員本社人事部に呼び出して退職勧奨(なんかアルファベット2文字+面談みたいな呼ばれ方されてたやつ、忘れた)

みたいなのを見聞きするうちに「今ならやり直せる」って感じで店舗異動時にちょうど遠くなるのと同期で一人やめるのも例の問題の年に相まって辞めました。

今は新天地でこっそり同業他社パソコンパーツ売ってます

おしまい

神奈川新聞によると移動式のキャラバンカーみたいなので店舗空白地に売り込みをかけるみたいです。https://www.kanaloco.jp/news/economy/article-339184.html

人材があるならコロナ禍に対して有力な方法かもしれませんけど、実店舗のが疎かになりそうな予感がします。加えてうまく実店舗への導線になりうるのか、PSコール部の受け皿は足りてるのか。心配ですね(棒読み)

個人的には一度ポシャらないと変わらんと思います(小声)

2021-01-14

年賀状さらっと書けない

年賀状に書く手書きコメントが苦手だ。

宛名イラスト印刷して、余白に手書きさらっと書く一言。この「さらっ」ができない。何十枚も書くわけじゃないのに、いつもこの一言に悩む。全面プリントして手書きしなければいいんだけど、余白のあるデザインだし、せめてお世話になった人あてには一言書かなきゃ、と思う。

何を書こう。自分の近況か、相手健康を祈るのか、やっぱりコロナには触れるべきか、あーだこーだ悩む。面白いことを書こうなんて思ってないのに、コピーライターになりたいわけでもないのに、たった一行が浮かばず数時間も悩んでしまう。

何も考えずに「今年もよろしく」と書いていた子供の頃が懐かしい。いや昔もあれこれ悩んだ結果「今年もよろしく」だったと思い出す。そういえば作文も苦手だった。遠い昔を想っても何か浮かぶわけでもないのに。

こねくり回した結果なんとか完成したもの何だかひねくれていて気持ち悪い。できることなら書き直したい。しかしそんな元気もないし、ましなものができるとも思えない。出すことに意義があるんだと自分に言い聞かせてポスト投函する。

年が明けて自分あてに届いたものを見ると、穏やかな年になりますようにとか、コロナが収まるといいですねとか、見事にさらっとした当たり障りのない一言で、なぜこれが自分に書けないのかと少し落ち込む。

来年出す年賀状はまた少なくなったけれどきっとまた何を書こうか悩むんだろう。やっぱり全面プリントにするか。

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