はてなキーワード: 寛解とは
おととし(2022年)の夏、母親が76歳でホジキンリンパ腫(ステージ3)になった。A-AVD療法を受けたのであるが、それで9割が治るようなので、治るとばかり思っていたのであるが、治らなかった。
標準量の6割しか投与されていなかった。別の病院に転院して、免疫療法(キイトルーダ)を受けたものの、こちらでも寛解せず(3割くらいは寛解するらしい)、延命になってしまった。
6割しか投与されていないので、髪の毛もそれほどは抜けなかった。
医者は投与量が減らされていることを全く説明しなかった。1,2回目の投与の時に入院している時、看護師同士が部屋で減薬していることを喋っていて、母はそれを聞いたので知ってはいたのだけど、そのとき医者に問い質せばよかった。そういうこともあるのかなくらいしか思っていなかった。
高齢だと医者が副作用を怖れて、投与量を減らすことはあるらしい。しかし、転院した先の先生は、うちなら全量入れますと言っていた。そうすれば必ず治ったとは限らないが、いいところまで消えていたので、たぶん最初からそこに行っていれば治っていたと思う。
最初の主治医は、がんの名前が分かったときの説明も「抗がん剤が効きやすいがんです」だけだった。説明が乏しく、たいがい一言しかない。
4クール(1クールで2回投与)が終わったときに、母が「いつCTを取るんですか」と聞いても「決めてます」としか答えなかった。このあたりでちょっとおかしいと思いだした。
最後の抗がん剤のときに、母が「しんどいです」と訴えると、「じゃあ緩和ケアに行ったらどうですか、緩和ケアも立派な治療ですよ」と言われ、この先生はちょっとやばいんじゃないかと思ったものの、時すでに遅し。
骨髄を取るときも、その先生は、麻酔をしてからすぐに骨髄を取ったから、ものすごく痛かったそうだが、転院した先の先生は、少し時間を置いてから取ったので、そこまでは痛くなかったらしい。歯医者などでも麻酔をしてから効き目があるまで待っているはずであり、そのくらいの配慮もできないようだ。
聞くところによると、その病院は生え抜きを優遇していて、そのため優れた医者が軒並み辞めていっているらしい。麻酔科しか良い医者が残っていないそうだ。看板だったある診療科などは、名のある先生がいなくなったので、その科ごとなくなったらしい。
弁護士に相談しに行ったけど門前払いで、医者の裁量の範囲であれば(今の主治医によるとそうらしい)、説明があろうがなかろうが、同意書にサインをしているので、説明義務違反で訴えても負けるらしい。
医者との会話を録音しておらず、説明がなかったことの証明はできないので期待はしていなかったが、それ以前の話のようだ。
これだと説明などしなくてもいいわけで、弁護士は「だからお医者さんって優しくないでしょう」と言っていた。
長くなってしまったが、教訓を二つくらい記しておきたい。
一つは血液のがんを甘く見てはいけないということである。もし他のがんであれば、手術が必要になってくるだろうから、当初の病院では治療を受けなかったと思う。しかし、血液のがんということで、抗がん剤を打つだけなので、どこでも同じなのではないかと考えてしまった。
しかし、そうではない。抗がん剤は副作用が出てくるので、それに対処できるかどうかは医者の腕次第であり、高齢者は副作用が出やすいので、腕がないと安易な減薬をしがちなようである。だから、血液のがんでも、いい先生に診てもらった方がいい。こういう次第なので、高齢者こそいい先生に診てもらうべきなのかもしれない。
もう一つは、当たり前のことであるが、言葉の足りない医者は避けるべきであるということである。頭のいい先生であれば、ちゃんと答えるくらいは朝飯前であって、それができないというのは悪い兆しでしかないようである。
この経験で知ったのは、医者には天と地くらいのレベルの差があるということである。転院した先の先生は、説明は当然のようにちゃんとしてくれたし、質問にも答えてくれた。腕もあるようだ。最初からここに来ていたらたぶん助かったのにと思うと後悔でいっぱいが、転院できただけでも良かったとは思う。
こういう失敗はありがちなのだろうとは思うが、病院選びの失敗は本当に命に関わるし、後悔も大きいので、この文章をここまで読んでくれた人はくれぐれも注意してほしい。
※追記あり
吐き出せる場所がなかったので、ここに書き記させてほしい。何かの肯定も否定もするつもりはない。ただの愚痴だと思って、暇つぶしにでも読んで頂けたら幸いである。
付き合っておおよそ2ヶ月程度だが、長々隠し続けるのもよろしくないと思い、酒の力を借りて(これに関しては良くなかったと思っている)震えも怯えも誤魔化し、宗教3世であることをカミングアウトした。恋人は、その場では多少驚いて見せたが、変わらない様子でその後も過ごしてくれた。そんな恋人を見て、受け入れてくれたのだなと脳天気に考えていた。
しかしその翌日、自分の宗教観、信仰心の程度、両親とも信仰をしているのか、何か金のかかることをしているのか、等を仔細に尋ねられた。
全てに素直に答えた。自分に信仰心はないし、両親に信仰心はあるが、より強かった母は既に逝去しており、父は母に言われて入信したにすぎず、母の死をきっかけに多少強まったとはいえやはりそこまでではない。金が出ていった形跡もない(母の医療費でそれどころではなかった)。これらのことを丁寧に伝えた。そして、自分は布教をする気はないし、宗教的な儀礼にも参加していないし、あなたに危害を加えるつもりは一切ないということを何度も何度も必死に伝えた。
それでも恋人の不安は止まらず、信頼(どころか崇拝の域だとは本人談である)している友達に相談したらしい。同じ宗教を信仰している知り合いがいたそうで、大金を叩いて大変なことになっていたらしいというエピソードや、信仰心がないと自称しているがそれは周りに信心深い人が多いからそう思っているにすぎないのでは?といった意見を聞いたそうだ。
そして自分で調べてみたら、拝金主義のヤバい宗教である、カルトそのものだ、2世や3世は人生を壊されている、などといった記事が次々と目に飛び込んできたらしい。
言わせてもらえば、インターネットなんてそんなものだろう。センセーショナルなものほど目立つ。たとえばある人について、懸命なボランティア活動を行っていたという報道よりも、その裏でセクハラをしていたという報道の方がよっぽど目を引くだろう。ましてやテーマは宗教だ。大きな事件もあったことだし(自分の属している宗教のものではないが)、大衆の関心は高い。面白おかしく取り上げるにはうってつけの題材だろう。
大金を叩いて大変なことになるかもしれないというのも、先述の通り我が家ではそんなことはなかったし、自分自身だって宗教的なものに金を使うつもりはない。使えと言われても断れる自信がある。信仰心がないからだ。
恋人は「安定した生活を共に送れるパートナー」を求めていたらしい。宗教3世なんて肩書きのある者はそれに値しないとのことだった。やはりお金を宗教に使うリスクや、世間からどう見られるかといったことが気に掛かって仕方がないらしい。早く辞めてほしいと涙ながらに懇願された。
そもそも同性カップルである時点で世間から一切後ろ指をさされないとはいえないのではないか(もちろんそうならない世界に一刻も早くなってほしいが)。残酷なようだが、100%安定したパートナーを求めるのはハナから厳しい話なのではないか。
仮に同性カップルであることの誹りならば耐えうるというのなら、パートナーが自分の意思とは関係なく宗教に入信させられた(自分は出生した時点で入信させられたらしい)特に信仰心のない3世だという誹りも耐えられないのだろうか。同性愛よりも宗教への風当たりが強いという現実は否めないが、そこに差異を感じる理由が自分にはあまり理解できない。そもそも隠し通すことだってできるはずだ。自分だって今までそうしてきた。
ましてや自分はそれなりに安定した身分だ(身バレを防ぎたいのでぼかさせてもらう)。恋人が何もできなくなったとしても支えることはできる。これはまごうことなき安定した生活の保証ではないのか。こんな生まれついたもので、打ち消されてしまう程度のものなのだろうか。
生まれついて選択権のなかったものという点では性指向も宗教3世も同じなのではないかと思う。恋人は「宗教に関しては自分の意思で辞められるだろう」と言い返していたが、それなら、これはあまりにも暴力的な理屈だが、同性愛者であっても異性と性交渉をすることは精神的にはともかく物理的には可能じゃないか。自分だって本当にこんなことを言いたくはないが。世間の目線を気にし、自分の意思で無理矢理異性と結婚した同性愛者だって少なくないはずだ。恋人はこのような人達の存在も当然の行いをしたまでだと判断するのだろうか。
実際さっさと脱会したらいいのでは?という意見はよく目にするが、これもなかなか難しい話なのである。信仰心がないからといって即座に脱会!というわけにはいかない。宗教の人達からどういう目で見られるのかと考えるとやはり恐ろしい。宗教のみを理由にして優しくしてくれていたのだとしたら、その事実を目の当たりにするのがどうしても怖い。それこそ信仰心がないからだ(信仰心があれば、宗教の人たちとの繋がりが切れることへのシンプルな寂しさしか抱かなかったであろう。信仰心のない自分が抱いているのはただただ恐怖のそれだ)。それまでの縁であったと割り切ることはきっとできると思う。しかしそれには大きな傷が伴うし、時間もかかるだろう。私は母が病死した際に、宗教に基づく儀礼等に従った方式でなくただただお線香を上げに来て下さった宗教のひとびとが、信仰心に基づいてそれを行ったとは思えなかったのだ。
ましてや父に勘当だってされるかもしれない。そこまでいかずとも、大きく傷つけてしまうかもしれない。今の父は、さきほど述べた通り、母の大事にしていたものを大事にしたいという心境から、信仰心が少しだけ強くなっている。そんな風に抱きしめているものを、突然唯一の子供から強く否定(に近い行動を)されたら、父はどう思うのであろうか。
そして、これはもしかしたら当事者にしかわからない感覚の話かもしれないが、信仰心とはパラレルに、やはりそこにアイデンティティが存在する。同じ括りにしていいのかはわからないが、出身地のようなものだ。地元愛があるかどうかは別として(自分はない側である)、その地の出身であることは人生の一部に他ならない。もしくはタグか何かだろうか。生まれついたものであり、見せびらかす人もいれば、隠したがる人もいて、いずれも外せはしない。
それでも恋人は、今後の自分の発言や行動を「宗教の人」のものとして認識してしまうと泣いていた。散々長々書いたが、結局この人のためにいつか脱会しないといけないなと思っている。この辺りの時期かな、となんとなく目処も立てている。まだ踏み切る覚悟はできていないが。
そしてここからは宗教3世とは話題が離れるが、この話の流れでついでに吐露されたことがある。
まず、自分は鬱病を患っている。原因は母の病死と父の精神状態の悪化だ。通院をしており、現在闘病中である。今でも「お前らがストレスを与えるせいで私の病気は悪化して死ぬんだ」との母の昔の発言を引きずり、自分はどれだけ母の寿命を削ってのうのうと生きているんだろうという罪悪感を抱きしめ、病床の母や咽び泣く父の姿がフラッシュバックし、毎晩母を想って「〇〇ちゃん(母の愛称)、どこ行っちゃったんだよ」と泣く父の声を聞き、それにしんどさを覚える自分にまた罪悪感を抱き、それら全てをないまぜにした希死念慮と喧嘩している。それでもやっぱり死にたくはない。どうにか寛解を前向きに目指している。
このことについて、恋人は「鬱病だっていつ治るかわかったもんじゃない、精神疾患を抱えてるパートナーがいるってことも世間からどんな目で見られると思ってるんだ、ずっとずっと不安で仕方がない」と涙ながらに吐き出した。
「絶対にいつか治るよ、少しずつ良くなってるから、安心して」としか返せなかった。自分だって自分の鬱がどうなるかなんてわからないが、絶対に治す意思はある。一生鬱をやっていくつもりはない。そして、これだってなりたくてなったわけではない。
自分の意思でない肩書きのせいで泣く恋人に、世間の目が怖いと震える同性の恋人に、これ以上何ができたのだろうか。自分が「こう」でなければよかったという自責の念が止まらない。やはり生きていることへの罪悪感が、止まらない。生まれてくるべきではなかったのかもしれない。大好きな恋人をこんなにも悩ませ、泣かせてしまった。末永く付き合って、幸せにさせてほしいと思っていたのに。それも生まれのせいで叶わないのかもしれない。自分だって可能なら無宗教として生まれたかった。消えてしまいたい。
拙文で申し訳がない。繰り返すようだが、この世の何かの肯定も否定もするつもりはない。ただの愚痴に顔も名前も知らないあなたを付き合わせてしまい、申し訳がない。
追記:
ただのチラ裏愚痴のつもりだったため、想像以上の反響にただただ驚いております。どのような感想を抱いたにしろ、読んで頂いた方々にあらためて感謝させて頂きたいです。
気になる(負の感情ではありません)コメントがいくつかあったため、自身の見解を述べさせて頂きます。
信仰心があるようにしか見えないというご意見をいくつか拝読いたしました。あくまで自分視点での話にはなってしまいますが、本当にないつもりです。宗教3世であるというアイデンティティはあれど、何も信じていないし、教祖的な存在への批判もすんなりと受け入れます。母がいよいよという時にも、宗教には決して縋りませんでした。信じていないからです。
宗教コミュニティに依存していること自体が信仰と関係なく怖いのでは?というご意見も頂きました。脱会してその人達からの扱いが露骨に変わってしまったら傷つくなあという不安イコール依存ではないのではないかなと感じます。ありがたいことに、コミュニティ外の友人も沢山いるので(依存してるとしたらこっちの方かと思います)そこまで依存はしていないつもりです。一度経験しなければならないであろう傷つきが怖い、それだけのことです。縁が切れたらそれまでとも思っております。
脱会すればいいとのご意見も頂きましたが、本当になかなか厳しいのです。どうしても当事者にしかわからない事情で歯がゆいのですが、簡単にできることではないということだけ知って頂けたら幸いです。
なかなか知り得ない世界のことですし、そう思われて当然だと思っているため、どんな意見も(たとえ対面であれば言わないであろうものであれど)ありがたく受け止めさせて頂いております。3世当事者である以上、視野には限界があると思っているため、なるほどこういう考え方もあるのかと勉強させて頂いております。
自分への心配や慰めの言葉をかけて下さった方、親身になって怒って下さった方も、大変にありがとうございます。泣いてしまいました。どこの誰とも知れぬ自分にこんなにも優しくして頂けて、感謝の思いでいっぱいです。
自分は恋人のことが本当に大好きです。これからどうにか妥協点を見つけていけたらいいなと模索中です。いくらなかなか簡単にはいかないこととはいえ、先述の通り脱会も前向きに考えております。鬱もせめて心配をかけない程度には寛解を目指すつもりです。
人間関係でメンタルを病んで休職に至るまでと復職までをエントリしました。
今しんどい人や療養中の参考になれば嬉しいです。
休職まで
年位で徐々に体調を崩し、もっと早く気がつけばと今なって思う
その後は休日の楽しみだったネイル、マツパで今どうしたいかを選べなくて同じものリピート
テンションが上がらないなと思い通うのを辞めた
同時に寝つきが悪い、すぐに目が覚めるといった不眠
顔の蕁麻疹
多汗
金曜夜や在宅勤務の前日は中々お風呂に入れない
推しの現場で今まで通りのオシャレをしていない自分が嫌で1秒でも早く終わって欲しかった(推しから自分は見えていなくて認知もいらないけれど)
休日出勤や残業中に会社で首を吊れる場所ってないんだなと探している自分に気づいてやっと受診を決めた
初回で鬱の診断と即日の休職診断が出た
増田は支店の1/4強売上があって、先輩や上司のクレームリカバリー先が何社かある
推しの現場、大事な人の冠婚葬祭といった何ヶ月も前から有休にしていた日に、先輩社員のミス謝罪訪問をさせられたり社内からどうでもいい電話がひっきりなしにかかって対応が常
休めないし、きっと休ませてもらえないから無理だと話すと主治医に怒られ鼻水垂らして泣いた
休職に入ってから、誰とも話さず取り残された焦りで毎日が終わる
メンクリ以外の外出は無理でネットスーパーとアマゾンに助けられた
少し前に風呂キャンセルが流行ったまさにそれで髪はおろか顔も洗えない
よかったこと
近くのメンクリを選んだ
ダラ着スッピンに伊達メガネとマスクでも徒歩3分だと許容できた
薬の効きが悪い、過食、落ち込みといった症状を毎回伝えて擦り合わせた
初診で鼻水垂らしているから今更恥ずかしいことはない
スキンケアの必要がないからシモはほぼ毎日洗えた。コスメ垢で良かった
ゴミを捨てられた
親がとある依存症の汚家育ち恐怖と24時間ゴミ捨て可物件で汚部屋を回避できた
過食の対応
休職直前から10キロ(通常時の5キロ増)でも過食嘔吐はしなかった
業務引き継ぎの合間に定期の払い戻しやサブスク解約できたのは偉かったな
リア垢アニメ好きの幼馴染が「全人類見るべき」でツイートしたハイキューの映画に興味を持った
上映時間が85分の短時間、レイトショーは社不でも行けそうなハードル
出かけられた日は一生忘れないと思う
最近のコンテンツなのに誰も怪我しないし死なない!絶対病室のおじいちゃんぽっくりすると思ったのに
チームメイトもだけど大人がまともでいい人ばかり。武ちゃんマジで幸せになって欲しい
小学校〜大学まで続けた競技で全国何回か出た真剣に頑張れた自分を思い出せた
ダメ人間じゃなかった
学生時代の頑張りの気付きから、色んなことが今はできていないだけと視点が変わった
復職前後に前職の同僚や上司と会う機会があって沢山励ましてくれた
ヤバい色のリップ塗ってゲラゲラ笑ってる増田も今のカジュアルな増田も年相応で悪くないこと
初めて教育した新卒が渡したマニュアルをもとに教育担当を頑張っていること
今は働き方をセーブ中で通院と両立できてちょうどいいと思えている
得た物
今まで見ないでいようとした問題に向き合う期間になった
増田は条件付きでしか自分を肯定できないし尊重できないと知った
大学生からずっとシンデレラ体重以下を10年以上キープするなんて無謀だし
営業職しながら、丁寧な暮らし、コスメと推しオタク、美容の全ての両立は難しい
休職で失ったものもあるけれど、頑張り屋で愉快な可愛い自分を少しずつ愛せるようになりたい
もし今辛い人がいたら、「できない」じゃなく「できていた」と思って欲しい
(女性の方で生理の異常がある場合はすぐ受診してください!増田は生理不順で受診してストレスかなと言われてから1年放置してこのザマなので)
余談
青根君と鷲尾君すっごい好き
強面デカい無口だけど心優しくて強い男マジで癖なのにアクスタとぬいがない
バッグに入れて通勤したいよー
同性愛および同性愛のセックスに関する、生々しい描写が含まれます。
苦手な方はこの場でブラウザバックしてください。
BLの世界では「攻め」「受け」ですが、ゲイの世界では「タチ」「ウケ」です。そして、アナルセックスで「挿入するほう」「されるほう」でもあります。
なお、アナルセックスをしない嗜好のゲイを「バニラ」と呼びます。ほぼ「ペッティング」ですね。
わたしは20代前半から40歳になるまで双極性障害を罹患していました。今は寛解しています。
わたしにとってセックスは、生きる不安や苦痛から目を逸らすための手段でした。出会い系の掲示板やマッチングアプリを使って、数えきれないほどセックスしました。
求められている実感がほしかったとかではないです。ストレスとセックスが密接に結びついてしまった。性的倒錯の一種なのでしょうか。
ちなみに、「疲れているとヤりたくなる」という男性はそれなりにいるんじゃないでしょうか。それに近く、わたしは精神疾患が原因で常に不安定で、常にセックスを欲していました。
パートナーは何回かできたのですが、わたしがあまりに荒れていたこともあり、どの人ともセックスはすることなく、一瞬で別れました。
「好きだから、愛しているから、セックスする」を一度も経験できなかった。
38歳のときに公認心理師によるカウンセリングを2年間受けたのですが、それが効果てきめんで、わたしの症状は劇的に治りました。
感情が安定していくにつれてゆきずりのセックスの頻度は減り、寛解したころには性欲はほとんどなくなってしまった。
そんなとき、今のパートナーに告白されました(もともと知り合いだった)。
彼には、「自分は性欲が薄い」ことを事前に伝えたうえで、「それは大丈夫。ただ、たまにはイチャイチャしたい」という返答をもらって、交際をスタート。
はじめはわたしも頑張って月に数回はアナルセックスをしていたのですが、彼に対する愛情が深まっていくのと反比例して、性欲が完全に枯渇してしまいました。
ここで具体的な話をしますが、アナルセックスをするためには「準備」が必要です。その準備が、個人的にはしんどい。行為のあとにぐったりと疲労してしまう(これは以前からそうだった)。
また、性欲が薄くなってわかったのですが、もともと出口であるところを入り口にするには、それなりの気持ちの昂りが必要なのです。気持ちが乗らないと、どんなに指でほぐそうとしてもほぐれない。
一度、どんなに頑張っても入れられないことがあって、それを最後にパートナーとアナルセックスはしていません。
しかし、彼の要望であった「たまにはイチャイチャしたい」は絶対に守りたくて、「前提」に書いた「バニラ」をするようになりました。
彼は乳首が性感帯なので、乳首を攻めるだけで射精できてしまう。
わたしの一方的な行為になってしまうので、「作業」にならないよう念入りに時間をかけて、気持ちを込めて、しています。
どうやったらもっとうまく気持ちよくできるか、男女の風俗系の記事とかも参考に試行錯誤してる。
彼は果てると本当にうれしそうで、それはわたしもとてもうれしい。前に彼がこれを「セックス」と呼んでくれたことがあって、たしかに「バニラセックス」なるジャンルはあるけど、「ああ、この人はこれをセックスだと思ってくれているのだなあ」と、すごくうれしかった。
とはいえ、彼がおふざけでわたしに抱きついて腰を振ってきたりすることもわりと多くて、本心では挿入のあるセックスをしたいのだなと。
酔ったときなどに、「またいつか入れたい」と漏らすこともあったりして、そのたびに申し訳ない気持ちになります。
彼と過ごしていると、リラックスして心から安らぐことができ、一緒にいるだけで満たされます。たぶん、オキシトシン的な恋愛なのでしょう。
自分の人生にこんな幸せがあるなんて、思いもしなかった。思春期のころからずっと死にたいと思っていたけど、今は生まれて初めて、まだ死にたくない、頑張ってもっと生きていたいと思っている。
彼を心の底から愛している。愛しているからこそ、セックスができないのです。
わたしにとってセックスはドーパミンの出る行為で、ドーパミンの出る行為はわたしにとってはもう快感ではないのです。今でも、日常でドーパミンがなるべく出ないように、感情の振り幅を小さくして、心に波を立たせないように慎重に生きてる。双極性障害が再発したら、わたしの人生はまた壊れてしまう。
彼の望んでいることはできる限り叶えたいと思っているけれど、どうしても、セックスだけが、できない。
彼には、外でセックスをしてきてもよいと普段からわりと真面目に伝えています。けれどやはり、彼がセックスをするなら、わたしとしたいのだそうです。
たぶんわたしの中に、「バニラはセックスではない」という固定観念があるのだろうなと。彼はバニラでも十分うれしいと言ってくれているのだけれど、このままだと、これから一生、彼にセックスをさせてあげられないという後ろめたさがある。
男女夫婦のセックスレスの増田の記事を読むたびに、自分が大罪人であるような気持ちになります。「セックスできないなら離婚しろ」というコメントも散見され、落ち込むこともしばしば。
どうしたらまた、セックスしたいと思えるようになるのだろう。もしくは、どうしたらこの申し訳なさ、後ろめたさと折り合いをつけられるようになるのかな。
はじめに:注意事項同性愛および同性愛のセックスに関する、生々しい描写が含まれます。 苦手な方はこの場でブラウザバックしてください。 前提わたし(43)ウケるほうパートナー(40)タチるほうBLの世界では「攻め」「受け」ですが、ゲイの世界では「タチ」「ウケ」です。そして、アナルセックスで「挿入するほう」「されるほう」でもあります。 なお、アナルセックスをしない嗜好のゲイを「バニラ」と呼びます。ほぼ「ペッティング」ですね。 本題わたしは20代前半から40歳になるまで双極性障害を罹患していました。今は寛解しています。 わたしにとってセックスは、生きる不安や苦痛から目を逸らすための手段でした。出会い系の掲示板やマッチングアプリを使って、数えきれないほどセックスしました。 求められている実感がほしかったとかではないです。ストレスとセックスが密接に結びついてしまった。性的倒錯の一種なのでしょうか。 ち
それは夜の就寝前だ
世間で生きている人々と同じ活動ができているのだという安心感が強い
昼間寝込んでいるときの「この広い世界で自分たった一人だけが心の疲労に打ち勝てていない」といったような居心地の悪さがない
「夜の就寝前」はベッドの柔らかさだけを心地よく感じる、快適な時間だ
この安らぎはおそらく「正しい時間に正しい活動をしている」という喜びに由来するものだろう
だとしたら「普通」であるべきことに囚われすぎている気もしなくもない
うつの人間が「普通」であろうと意識して葛藤することはよくあることだが、体力も気力も使うし、強い苦しみも伴う
「普通」であろうとすること、「普通」の状態を喜ばしく思うこと
これをやめた方がうつの寛解へは近かろうなぁとは常日頃思っている
ただ、それは認知の歪みを正すことであり、とても難しい行為なので、とりあえず今は「夜の就寝前」が特別落ち着くこの感覚、これが快適であることを味わいたいと思う
四六時中不快感や苦しみに晒され続けるうつの中で、唯一安らげる時間なのだから……大事にしないと勿体ないという気持ちも大きい
私は普段反出生主義と安楽死合法化を推進するゴリゴリの過激思想をやっているのだが、それを見た人からしばしば「厨二病じゃん、思春期のうちに卒業しておきなよ」と言われる。
残念ながら、私が患っているのは厨二病ではなく自閉症と二次障害(双極性障害だったり統合失調症だったり診断名は何転かしている)というマジの精神疾患だ。
自閉症の特性ゆえの視野狭窄で小学生の頃から思想は尖り続ける一方だった。多感な思春期に二次障害を併発してからは、主に躁状態のときに思い浮かんだ攻撃的な思想が寛解期や抑うつ期にも正しく思えるようになり、いっそう反社会性の増す思想になってきた。
自分の中でもこんなヤバい主張は精神疾患から来るものだという客観性はまだあるものの、一方で先天性の発達障害を自分の人格と切り離して考えることも難しい。
「この思想は反社会的で悪であり、それを考えさせたのは脳の異常だが、異常者にも思想の自由はあり、これは私という人間が人権を行使して主張したい思想だ」という面倒なロジックで自我を保っている。
私のような過激な精神異常者が「厨二病」というマイルドな言葉でいなされるのは大いに平和的だが、完治のない精神疾患に気軽に「卒業」を要求されても困る。健常者は思春期以後丸くなっていく人も多いだろうが、私のように障害が原因で就職で詰むなどして孤立や貧困に向き合うと、加齢と共により過激な思想に傾倒せざるをえないのだ。
こんな異常者を人として生かし続けるというのなら、病人の戯言と受け流さずに私という個人の思想も聞くのが政治と福祉ではないのか。
大学生のとき、ADHDの二次障害で躁鬱と診断された。きっともっと前から躁鬱だったんだけど、いよいよヤバくなって病院に行った。
19歳〜21歳までが特にひどくて
・洗濯とか洗い物とかもできない
・1週間風呂入れない
・光熱費支払い忘れて止められる
・通院も無理すぎて薬をもらいに行けない
・過食して気絶して寝る
・消えたくて泣きまくって、目の周りの皮膚が剥けまくる
と散々な大学生活だった…
本当に散々だったんだけど、仕事を始めて経済的に安定したことや、仕事が性に合ってて充実してること、会社近くにメンクリがあってほぼ強制的に通院できることとかが重なって、躁鬱が寛解してきている。
・ゴミを出す
・週一で洗濯する
・使っちゃいけないお金は使わない
その次は
・自炊と洗い物をする
・土日に掃除機をかける
・ドカ食い気絶をやめる、人並みの食事量にする
そして最近は
・家計簿をつける
・土日のどちらかに作り置きをする
とかなり生活レベルを向上させることができるようになってきた!!!!!!!
19歳から本当にメンタルも生活も地獄だったんだけど、20代後半になってようやく人並みのメンタルと生活を得られて、人生始まってきた感じがする
いつ前の状態に戻るか怖いけど、このままちゃんとした生活を送り続けていきたいなと思う
生きていてよかった、と思えるようになってきて本当に嬉しい
20:30 就寝
4:40 起床
4:50 ランニング
6:30 出勤
8:00 始業
12:00~13:00 昼休み(10:00頃から強烈な眠気に襲われるので数分で食事を済ませデスクで昼寝)
17:00 終業退勤
18:30 帰宅、晩飯の準備、風呂(勉強したいが眠すぎて手がつかない)
(上へ戻る)
8時間寝るようにしてるし体も動かしてるのに日中たまらなく眠くなって困ってるんだがいい解決方法あった同志いませんかね……。
ちなみにストレス感じるとすげえ眠くなる。
【追記】
・ランニング後朝食は食べてる
・ランニングしてから仕事への集中力が高まったのと、もともと社交不安障害でロラゼパム服用していたが、ランニングしだしてから社交不安が寛解し薬が不要になった。それ以降ランニングが習慣になってる為、ランニングを止める予定はなし。
ホメオパシーの作用機構や効果効能の有無についてや死亡事故の説明は、専門家諸氏がされているのでここでは触れない。
筆者は元々ホメオパシーについては詳しく知らないのもあって中立か比較的好意的だったと思うが、施術者の異常さが目につくので筆を取った。
友人がホメオパシーをやっている。もう5回以上断っているのだが、「相談に乗ってほしい」と言って呼びつけては、自分の患者になるよう数時間かけて何度も説得をしてくる。
友人が言うには、全ての医療や民間療法は筆者の持病を治すことができず、世界でホメオパシーが唯一根治可能らしい。病院に近づくことも良くないそうだ。
医学的な客観性を許さないこと、医師ではないのに(代替)医療行為を行おうとしていること、完治できないと言われている病気(寛解はある)について根治可能と断言すること。
友人の言動に引っ掛かったところはこの3点だ。
筆者は小康状態ではあるが、毎年一度は救急病院に運ばれている。そして発作が起きるたびに後遺症があるため、なるべく再発は避けたい。そして発作を放置すると最悪死ぬ。
端的にいえば命を預けろと言われているのだが、友人は副業でホメオパシーをやっている程度で、普段はサラリーマン。何か起きたらすぐに駆けつけてくれるわけでもないし、医師ではないので緊急時の正確な診断も対処もできない。
自分のような不治の病を診たこともない。聞いた話だと高所恐怖症を治した程度だ。
高所恐怖症で死ぬ人はいないだろう。そういった生死に関わらない話なら勝手にやってくれと思うが、今回ばかりははっきり言って無責任で最悪な態度だと思う。
ホメオパシーは万病を根治させ、人生の諸問題をも解決に導くそうだが、友人は長年人間関係で悩んでいながら自身の悩みを解決することもできないし、それが長じて鬱状態になり自身の死を何度も仄めかしてくる。先日はコロナに感染したが発熱と後遺症で苦しんでいるらしい。
先般「コロナに感染しても、ホメオパシーを使えば発症はしない」と断言してたのを思うと、大きな矛盾を抱えているように思う。
これらを踏まえて筆者は通報した。今後友人と会うこともないだろう。
5年くらい前にパワハラで鬱発症してしばらく休職してた。復職していまは元気になったけど、ふとした時の落ち込みがすごい。
クリニックも細々通い続けて少量の薬を続けているおかげか、大体の時間は本当に普通に過ごしてる。
躁鬱でもない。
仕事や私生活になにか不安や原因があるのか?というとそうでもない。まあ普通に仕事はしたくないしプレッシャーもあるけど耐えられる範囲で、人も給料もいい。家族仲も良くて恋人もいる。特別コンプレックスもない。アラサーでちょっと焦燥感があるくらい。
でも本当に突然、希死念慮がやってくる。
2ヶ月か3ヶ月に1回くらい。
些細な原因があるときもあれば、何もないのにもう生きなくていいなーと思う時がある。いまがそれ。
あーあ、もういいやってなっちゃう。
精神疾患がない人は希死念慮ってないの?これが当たり前になってしまった。鬱って寛解するのかな。
こんな時はとにかく薬を飲んで寝るのがいい。
むかし1日30km歩いてたけど、10kmって普通の速度で歩いて2時間かかるでしょ。
外出できる時点で、そして2時間歩けるって時点でもうかなり良くなってると思う。
自分は躁状態のときは1日30〜40km歩いてしまって、うつ状態のときは家から一歩も外出できなくなる。
だから歩数が異常なほど増え始めたら躁の兆候、歩数が減り始めたらうつの兆候、というように歩数を気分変動の客観的な目安にしてるよ。
ように指導される。
躁状態になりかけのときはこの逆。運動しすぎない、なるべく睡眠時間を取るようにと指導される。