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はてなキーワード: 墓参りとは

2018-07-13

プリズンブレイク見終わった(シーズン4まで、ファイナルブレイク除く)

最初は嫌いだったケラーマンマホーン・ドンセルフ

最後にはめちゃくちゃ好きになってしまっていた

墓参りのシーンボロボロ泣いちゃった

男性ではマホーンが、女性ではソフィアが一番好き~!

  

Tバッグと将軍クリスティーナざまあ

2018-07-11

奇妙な再会

FacebookTwitterといったSNSが普及し始めて、卒業したらなかなか会うこともないであろう人とも簡単に繋がれる世の中になった。

関係希薄になるといったデメリットもあるがなによりまたお互いの存在認識しあえるというメリットはかつてにないものだと感じている。

そんなある日

ふとFacebookを見ていると、

友人かもの欄に見覚えのある名前

小学校の頃の初恋の子、A美

詳しい情報は見れないもの

写真の顔が当時の顔の面影が少し残っている気がした。

A美は幼稚園から小学校まで同じところへ通い、家も近所だったため仲が良かった。

A美の家は小さなアパート母親と弟の三人で住んでいた。母親水曜日と金曜日仕事で家にいなかったのでその日はその子から家に招かれまだ小さい弟の面倒を見ながら遊ぶ日になっていた。

一年生の頃は家でご飯を食べたりゲームをしたり、その下の弟と三人でA美が好きなままごとをしたりしていた。

2年になると、弟は保育園に行ったので2人で近くの山に木で建てた小屋秘密基地としてそこで日が沈むまで2人きりでいろんな話をした。

日見テレビの話やA美が好きなアイドルの話、大人になってからの話

サバサバした性格だったのでよくある大人になったら結婚してねっていうようなタイプではなかったものの、少なくとも僕としては2人で過ごす時間幸せだった。

しかしその時間は長くは続かなかった。

小学校3年生になった春、A美は突然母親再婚シンガポールに行くことになった。

旅立つ数日前に2人でいつも遊んだ小屋で話をした。

A美「いつかまたここに帰ってくるよ。帰ってきて大きくなったらあの部屋で一緒に住もうね」

僕「うん。なにかあったら、なにもなくても手紙でも電話でも必ず連絡くれよ」

旅立ちの日、あまりに悲しくなってどうしていいかからなくなった僕は父親に頼み込んで地元から成田空港まで送ってもらった。

何時発なのか聞いてなかったため、向こうより早く着いてしまったけど、

ロビーで見つけた時は2人して大泣きしてしまった。

A美に昨日徹夜して書いた手紙を手渡しそこでお互い無言で握手をして別れた。

そんな過去のことを思い出して今彼女がどうしているのか気になった。

個人ページを開いた瞬間

愕然とした。

(下記英文)

2016/08/02

A美の弟です。

姉は昨日8月1日午後23時6分にS病院にて

25歳で亡くなりました。

通夜葬式は…

ついこの間初恋相手が亡くなった。

急にいてもたってもいられず東京から地元へ車を飛ばし実家にあるアルバム記載されていたシンガポール彼女の自宅の電話番号に電話をした

弟が電話口に出て、事情を話すと弟は近々用事日本に来るということだったので翌月都内で会うことになった。

弟は向こうも僕を覚えていてくれて

シンガポールでのことや、なぜ亡くなったかを聞かせてくれた。

僕は何も声に出すことができなかった。

そして弟は

「実は来年、姉は日本に帰る予定だったんだ。日取りが決まったら真っ先にあなたに連絡したいと実家電話番号が書いてあった冊子をよく探してたんだ。前にもらった手紙あなたもずっと待ってるって書いてくれてたからそれが姉は嬉しかったみたいでずっと大切に持っていたよ。だから向こうに帰ったらあなたにあって、まだ約束を覚えてくれてたらあのアパートで一緒に暮らしたいと言ってたよ。」

胸が苦しくなった。

僕も約束を忘れてたわけではない、むしろいつもどこかに引っかかっていた。

シンガポールに旅立ってから僕は様々な人とお付き合いをした。今まで付き合った人たちは皆彼女にどこか似ていた。

今の彼女も5年の交際期間になりもうすぐ結婚しようとも思っていた。

A美は忘れてなかった。むしろその約束を守れなかったのは僕だった。

彼女がもうこの世にいないという悲しみと

彼女がずっとこの約束を思っていてくれたことへの苦しみ

彼女が苦しんでいたことを知らずなにもできなかった虚しさ

僕は目の前の弟とその傍であの時と同じあどけない笑顔彼女写真にひたすら謝ることしかできなかった。

墓は地元に納められた為、命日の日は墓参りに訪れ、彼女が好きだった白い花を備えてそこでゆっくり墓石に話しかけている

秘密基地で語り合った話をしたように。

2018-06-29

小さい頃、おじいちゃんが苦手だった


一昨年死んでしまったおじいちゃん。もちろん悲しい気持ちはあったけど、私は泣くことができなかった。

おじいちゃん自分勝手で、すぐに怒るし、声が大きいし、大人になるまでは正直苦手だった。

思い返すと浮かんでくるのは、まだ私が4、5歳のころ、一緒に動物園に行った記憶

昭和気質でぶすっとした表情のおじいちゃんの手を握る力が強くて、私は泣いてしまった。

すぐにお母さんとお父さんがやってきて、おじいちゃんから取り上げるように私を抱っこしたのを覚えている。

この間、息子と遊園地に行ったとき、手をつなぐのを嫌がられてしまった。

ギュッって力が強くて手が痛いから」と。

もし人混みではぐれてしまったらどうしよう…、なんて考えているうちに、つい手に力が入っていたみたいだ。

そしてそんな親心を知らずにむくれる息子に、幼い頃の自分を見た気がした。

今年のお盆ちゃんとお墓参りに行こう。

小さい頃、おじいちゃんが苦手だった

一昨年死んでしまったおじいちゃん。もちろん悲しい気持ちはあったけど、私は泣くことができなかった。

おじいちゃん自分勝手で、すぐに怒るし、声が大きいし、大人になるまでは正直苦手だった。

思い返すと浮かんでくるのは、まだ私が4、5歳のころ、一緒に動物園に行った記憶

昭和気質でぶすっとした表情のおじいちゃんの手を握る力が強くて、私は泣いてしまった。

すぐにお母さんとお父さんがやってきて、おじいちゃんから取り上げるように私を抱っこしたのを覚えている。

この間、息子と遊園地に行ったとき、手をつなぐのを嫌がられてしまった。

ギュッって力が強くて手が痛いから」と。

もし人混みではぐれてしまったらどうしよう…、なんて考えているうちに、つい手に力が入っていたみたいだ。

そしてそんな親心を知らずにむくれる息子に、幼い頃の自分を見た気がした。

今年のお盆ちゃんとお墓参りに行こう。

2018-06-13

anond:20180612014743

質問曖昧過ぎて分かんねーな。

死の定義もだけど、どうなるって"何が"なんだよ? オマエの意識の話か? オマエ以外の現実世界か? オマエの身体か?

検索すりゃ全部出てっけど、テキトーな疑問だからキトー知識で書くと心停止にしても脳死にしても時間差があるだけで脳の活動が止まった時点でオマエの意識は消えていく。

まり何も考えられなくなる。だから無になるってのはある意味で正しい。

それからオマエの身体は腐り始める。オマエ以外の世界がそれにどう関わるかはオマエがどういう人生を歩んできたか、そして直前にどういう行動をしていたかに大きく依存する。

一般的葬儀の際には業者が防腐処理をするので火葬前に腐臭がするような事はないが、死体は硬くなっていき体内の汚物自然と流れ出てきたりもするようだ。

この辺りはよく知らんが『おくりびと』とかって映画とかでも見りゃいんじゃねーの?

それから焼き場だな。この時点で意識がある事はまずないから気にしなくていいが、高温で一気に焼き上げるから肉は残らずなくなる。残るのは骨だけだ。

あとは骨壺に入れて遺族に渡され、墓に埋めたり散骨したりロッカー式に押し込んで終わり。

遺族がいなきゃなんか宗教カンケーがテキトーに処理するんだろ、ってので少し調べてみたが、引き取り手がいないと市町村火葬して担当の寺ってのが決まっててまとめて埋められるみたいだな。

http://life-epilogue.jp/funeral/2138

オマエに金があるとこの辺りでまぁ揉める。何式で葬儀するかとかどこに埋めるかとかぶっちゃけオマエの残した金メの物を誰が受け取るかって話だな。

これはどんなに親戚の仲が良くても必ず揉める。金がなければないで誰が葬儀費用を持つかで揉める。借金なんかあったらマジで迷惑。情もクソもねぇからw だってオマエ死んでるし。

それから――、

まぁオマエがどうなるかってよりオマエの焼け残った骨がどうなるかの話になるが、何十年とかって単位で少しづつ風化してくみたいな感じらしい。

要は粉だな、粉。骨の粉末になって細かくなってくんだろう。微生物とかでさ。そんでよく知らんけど水分とか吸ったり蒸発したりとか繰り返したらそれも減っていくんじゃね? 土壌に流れたりとかしそうってんで、墓を作ると近所が反対するのはこの辺の話らしいな。

で、まぁそうなる頃にはオマエの事を憶えてる奴も歳を取っていくし、普通日常をこなさないといけねーからだんだん忘れていく。墓参りとかないと数年で「そういや居たな」って感じだ。

100年で骨がなくなるかどうかは知らねーけどまず大抵の奴は死ぬから、そうなると誰もオマエの事は憶えてないし知りもしない。子孫が居ればそういう人がいたって教わるかもしれないが、会った事もないジーさんバーさんとか興味ないだろ?

から歴史に残るくらいの偉業をしてない限り、その辺で存在してたって事実も無に近くなる。

別にオマエが無価値だとかそういう話に持っていきたいんじゃなくて、そもそも価値とか意味なんて生きてる間だけの話なんで元々ないんだよな。

だって死んだら関係ないじゃん?

虚しいとか怖いとかすら思わない(ハズだ)から、逆に生きてる間は死んだ後の事って考える意味がないんだよ。

俺が今考えたのはこのくらいだけど、満足したか

2018-06-11

anond:20180611160415

俺はネット墓参り対応立体駐車場みたいなメカニカルな墓で良いわ

Webブラウザから遠隔で墓の周りをLチカできる機能があると尚良い

2018-06-02

墓参りする合理的理由ってある?

めんどくさいじゃん

2018-05-25

この頃リゾート地を買ってる外国人かにビジネス提案したい

ホテルカジノの近くで、永代供養サービスのお寺を運営することだ

夏休み子連れ墓参りしたい家族はまだ少なくない

子孫がおらず墓の維持に困っている人からも料金がとれる

2018-05-09

引きこもりの兄

私には兄が二人いる。

上の兄は引きこもりで、12歳の頃から18年間引きこもっている。

彼が引きこもり始めた当時は「何で学校に行かないの?」と聞いても答えてくれず、親が叱れば暴れてばかり。機嫌が悪いと私もよく蹴られたり叩かれたりしていた。

なので、親か上兄か分からない怒号が聞こえると、よく下の兄と押入れに隠れていたのをよく覚えている。

上兄が18歳になった折には、山奥にある自立支援学校入学させることを両親は試みたが、それも本人に拒否されたようだった。親は、甘いのか暴力振るわれるのを避けたいのか、良くないワガママも結局聞いてしまうようだった。

そして上兄が20歳になった頃、中学生だった私はイジメを受けて、不登校になった。友達だった子にもヒキコモリ!wと悪口を言われる人間になった。

でも親にはこれ以上精神負荷を掛けたくなくて、学校は行かずとも、勉強は頑張って高校に行こう思った。それから無事に高校専門学校に通い、就職した。

今年、私は社会人3年目になったが、兄はヒキコモリのまま30歳になった。

兄は子供の頃よりも明らかにコミュニケーション力が欠落している。

例えば、親戚の墓参りが終わった後(帰りに外食できるからなのか、墓参りには何故か参加する)レストラン母親が「何食べたい?」と聞いても、無言でメニューハンバーグを指さすだけで、全く言葉を発さない。

子供の頃から引きこもりを続けていくと、親にもまともに喋ることのできない人間になってしまうのかと、今になって驚いた。それから、そんな兄に腹が立ってしかたなくなって何故か泣きたくなって、トイレで泣いた。

文章グチャグチャだ…

自ら命を絶ってくれればいいとさえ願っているが、あいつにそんな勇気は無いだろう。

どうすればヒキコモリを直せるかではなく、どうすれば兄を私達から突き放すことができるか、と考えてばかりいる。

2018-04-29

拉致被害者はみんな元気に生きている

うん。そうだよね。もちろんそうだよ。

でも仮にみんな亡くなってたとしたらどうするの?どうしたら日本は納得する?豪華なお墓を建てて墓参りツアー?あ、お金はないから払えないよ。

それともどこかの国みたいに永遠に謝罪要求し続けるのかなあ。

2018-04-24

今日会社をさぼった

体調不良と半分ウソをいって会社を休んで、

父親の命日だから墓参りにいった。

もう死んでから11年になるけど、

毎年この時期は精神的に不安定になる。

2018-04-12

親が死んだら仏壇を閉じて墓参りにもいかない

今は親につきあって、実家に帰ったら仏壇に手をあわせてるし盆正月には墓参りにも行ってるけど、親が死んだらそういうの絶対しない。

葬式必要ないと思ってるけど、親戚の目があるからこれはやらざるをえないな。

姉の旦那はお父さんが亡くなってるけど、旦那実家仏壇は閉じられていてお母さんは線香をあげたりはいっさいしないらしい。

の子供(俺の母ちゃんの孫)が実家にきて、姉の旦那実家のそういう様子を母ちゃんに話すと、そんなのありえない、みたいに憤慨したりしてるけど、おれもそうなんだわ。

宗教時間や金を使うのにまったく価値を感じない人間に育ってしまった。

ちゃんごめんよ。

2018-02-25

父親の死から7年経った。

父親の命日に偶然この曲を聴いた。

翌日、なんとなく聞き返し涙が止まらなくなった。

宇多田ヒカル - 真夏の通り雨

https://www.youtube.com/watch?v=f_M3V4C8nWY

父親の死から7年経った。

7年経っているにも関わらず。

61,368時間以上経っているにも関わらず涙が止まらなすぎる。

まらなすぎて困るので、父親の死を日常面と精神面に分けて考える。

日常面】

日常面において、高校を出てから一緒に生活していないため、日常生活において変化はほとんどなかった。

法事墓参りの日が年に数日増えるくらい。

法事・お参りや(月)命日に、思いを馳せたり、自身の現状と父親を重ね合わせる。

自分の年齢の時に父親はどのような事を考えていたのかな。

自分可能性を病気に奪われるのは悔しかっただろうな。

やりたい事が山ほどあっただろうな。

精神面】

精神面において、父親の死を受け入れるのにとても時間がかかった。

良いことも悪いことも報告できない。

自分が頑張っている姿を見せられない。

言葉(思い)を交わしたり、一緒に食事をしたり、酒を飲んだり、喧嘩したり、感謝を伝えることはできない。




仏壇に向かって報告をする。

脳内で会話をする。

誰もいない実家に帰り、父親の座っていたソファに座り想像する。

時の経過に伴い自身の中で折り合いがついてくる。

目の前のことに注力して結果を出すことで、受け入れられているような気がする。

精神面において、父親の死をある程度受け入れている自信があった。

それでも今、涙が止まらない。

真夏の通り雨を聴いて涙が止まらないのは、父親の死を消化しきれていないからだと思う。

受け入れているという自信の中身は、自分を忙しくして目の前の事に心血注ぐことで、父の死を忘れようとしていた弱さなのかもしれない。

これ以上ないバランスで、美しく洗練された宇多田ヒカル歌詞に、俺の心の底を全部掘り返されてしまった。

7年の時間が経っても通り雨は降ってくる。

親の偉大さ、自分の幼さ、感謝の不足を突きつけられて感服する。

そのおかげで恥じない(負けない)ように生きようと心底思う。

そう思わせてくれた宇多田ヒカル(とYouTube)には足を向けて寝られない。

宇多田ヒカルさん(とYouTubeさん)、本当にありがとうございます

2018-01-31

冠婚葬祭を最低限の費用で済ませるための新宗教をつくろう

欧米と比して宗教色が薄いと言われる現代日本でも、完全に宗教と決別して生きていくことは難しい。

いわゆる「冠婚葬祭」においても、近年では小規模化の傾向が見られるとは言え、有形無形の圧力により望まぬ負担を強いられることが常態化している。

そこで、出来る限りコストのかからない極めて簡素宗教を新たに用意し、それを宗教的圧力からの逃げ道にすることができないかと考えた。

簡素と言っても、冠婚葬祭を全く執り行わなければ社会的摩擦が生じ、かえってコストが増大しよう。それでは本末転倒である

なので最低限の儀式は執り行いつつ、それ以上の出費を防ぐために、「私の宗教では盛大な儀式が禁じられている」などと、宗教言い訳に使えるようにしたい。

まず宗教目的を設定しよう。

メタ目的が「宗教に関連するコストを低減する」ことであるので、「戒律を課す」「現世利益約束する」といったコストの嵩む方向性は論外である

そこで「死に対する不安を取り除く」=「死後の安楽」という点に絞る。

死後の安楽を保証するために、まず神を用意する。

神は全知である

故に神は「人の死後が安楽である」ことを知っておられる。

これを基本にしよう。

「神によって安楽がもたらされる」でないことに注意されたい。

安楽が神によってもたらされるのならば、神に対価を支払う必要性が生じてしまう。

しろ

神は無能である

とすべきだ。

無能であるが故に、神は何の行動も起こさない。

神は信徒に何も与えず、信徒は神に何も捧げない。

信徒は神に期待してはならない。

ただただ「人の死後が安楽であることを知る神が存在する」ことを信じるだけである

全知なる神は、既に信徒信心を知っている。

あらためて信心を表明したり、神へ誓いを立てたりすることは、神の全知を疑う行為であるので、できるかぎり慎むべきである

無能なる神は、決して信徒の求めに応えることはない。

ことさら神へ祈りを捧げたり、神の名の下に騒ぎ立てたりすることは、神の無能を疑う行為であるので、できるかぎり慎むべきである

と、このような教義を設定すれば、冠婚葬祭のたぐいを簡略化できるのはないだろうか。

結婚式

神は新郎新婦の愛を既に知っている。

よって神に愛を誓う儀式としての結婚式不要である

披露宴的なものはやっても良い。

葬式

神は死後の安楽を知っている。

よって死者のために祈る儀式としての葬式不要である

告別式的なものはやっても良い。

法事

神は死後の安楽を知っている。

よって年忌法要などは不要である

埋葬する必要もないが、埋葬した場合でも墓参りはしなくてよい。

といった具合だ。

もちろん冠婚葬祭以外でも様々なシーンで利用できるはずだ。

これを「全知無能神教」と名付けよう。

どうぞ信仰してくれ。

何の宣言許可もいらない。

あなた信仰を神は既に知っているからだ。

2018-01-30

腰の曲がり

うちのばあちゃんメッチャ腰曲がってんのよ。

日本昔ばなしの「ばあちゃん」みたいに曲がってんのよ。

そんな直角みたいに曲がる?ってぐらいで、物心ついたときからそうなんよ。

今、「二槽式洗濯機使って風呂場もシャワーがなくて蛇口のみ」っていう環境なんだけど、確かに家事の半分ぐらいは腰曲がってる…。

これをずっと続けていたんだね、ばあちゃん…

1ヶ月でも辛いのに、何十年も…。

今年はちょっと早く墓参りに行きます

辛い時、励ましてくれてありがとうね。

2018-01-25

プログラマーらしい死に方考えた

死んだあとにメッセージを出すんだ

世間に置き土産をする

botみたいな感じ?

 

アイディアネタ帳

メールで送る

動画投稿する

物理的に手紙で送る

・「君がこれを読んでる時、ワタシはもう死んでるだろう」という天丼(3回目くらいでセルフツッコミ、5回目から捻り)

生前なら炎上しそうな悪ふざけ

・死に芸、あの世レビュー

・「はいどーもー、電子悪霊◯◯でーす」

・「殺す気か! あ、死んでた」 ← 使いすぎると飽きる

・「今日は私の○回忌です。墓参りに行きましょう」というお知らせ(明るい調子で) ←死んだ日をどう取得するか、IoTでできそう

bot化して、幽霊みたいに存在してるような振る舞いをする

・要約ツールを駆使して、死語の世の中についてそれっぽい意見を言う ← 実は生きてる説が出ると良い

・「俺の財宝か?欲しけりゃくれてやる」 ←ネタが古すぎて理解されない

・1回忌くらいに「死後Hackやってみた」というネタQiita投稿

・動的遺書

 

課題

・送る人が居ない

技術革新メッセージ方法が変わる

バグ修正保守ができない → 外注使えば解決?死んでも契約遂行してくれる人

・「どうせ死んでないんだろこいつ」に対する返しが難しい、「は?ちゃんと死んでるし!」しか言えない

・ウケなかったら辛くて死にたくなる

 

 

___

 

おい伸ばすな

俺もちょっとサムいと思ってんだから

シュール系より素直に怖がらせるほうが面白いかな、死者から手紙が届くみたいに、死者が幽霊の真似する(真似?)

2018-01-18

友人(女)で失くなった父親のことをすごく尊敬&愛しているのがいる

毎年丁寧にお墓参りに行き、なにかあると「どこかで父に守ってもらってる気がする」的な発言をする

自分の娘がそれくらい自分のことを愛してくれたら嬉しいな、と思うが

彼女彼氏いない歴が長い

顔も悪くないし、愛されキャラだけど、男目線でなんかどっか引いてしま

家族愛することは大賛成だし、素晴らしいことだけど、それをアピールしてしまうのが原因かもしれない

喧嘩すると感情的になってそうだなーと思う

2018-01-01

墓参りの類に親戚と行くのって精神的に無益だわ

故人に今年あったことを報告したりする機会なんだろうけど、実際には『報告してるポーズを親戚に見せるだけの時間』になる。

親戚の存在感が多すぎて故人への感傷自分内面に没頭できない。

形だけを残して意義を失くした風習

2017-12-28

ふるさと納税の返礼として墓掃除とのニュース

墓参りという名目で盆暮れくらいは帰省しなさい顔を見せなさいという親心だったろうに

それすら無くなってしまってはもはや帰ってこなくていいか仕送りだけ寄越せという本音けがむき出しになってまう

2017-12-25

anond:20171225110050

そうじゃなくて、じーさんばーさん、まだ死んでないとしたらじーさんばーさんの親の墓はあるのか、ないのか、

墓参りにいったたことや葬式に出たことは一度もないのかなど、そういうことを聞いています。あと初詣とか神頼みとかも、十分宗教的な行動だね。

2017-11-25

会社として展示会に出すことになった。

なお、母親霊感商法に入っている。そこに情報流されるのが嫌なので、親兄弟には最小限の話しかしない。

自身財産もあるが、それは親せきの会社株式で、母親からの連絡を止めてからは換金がなくなった。

その金があれば、、、とも思うが、しょせん事業やるには小さい金だから、仮にその金が手に入ってもそこまで大きく変わらんよなという気もする。

結局どこかで売りが見えないと続けられないんだ。どこかが最初顧客になってくれないとならないんだ。それは他のやつの事業を見てもそう。

展示会に出ることを報告して招待券を送ろうかと思ったが、いろいろあってもやもや

しろ家族に対してどう接しようかと思ってもやもやしてる分時間と脳のリソース無駄遣いのような気がしてきた。

やっぱ正月帰るのやめよう。母親霊感商法への情報ダダ流しと、当たらない不幸な占いに付き合わない限り、親兄弟は何の味方になってもくれない。

しろ、足元を見て俺折れろみたいなものしか見えない。

ただ、会社を興すと怪しい人間が寄ってくる。これは宿命霊感商法が狙わんわけない。

霊感商法に付き合って、そういう怪しい人間本質を知れた以上、少しミスをする確率が減った、

後、少し踏ん切りをつけるための財産ももらえた。それでいいじゃない。

地元には友人たちの忘年会と、黙って墓参りと、痴呆がだいぶ進んで、施設に入ってて、三歩歩いたらみんな忘れるおばあちゃんのところだけいってさっさとこっち戻ってこよう。

2017-11-07

人生を分けるもの

あるドキュメント番組を見た。大きなリアカーを引いてダンボールを回収する仕事(1キロ5円の利益)をしている老人に話しかけるスタッフ。その老人によるとバブルの頃は兜町証券会社経営しており先物に手を出して大借金を背負ったという。今は故郷に帰って墓参りができたらもう何もいらないそうだ。

同じくバブル崩壊で大損したもの株主優待で食いつなぎ資産を3億まで増やした人物がいる。そのキャラクター面白さでテレビ雑誌に取り上げられ若い女性にも人気の桐谷広人さんだ。

この2人の人生を分けたものは何だろうか。リアカーを引いていた老人も証券会社経営していたぐらいだから業界に知人もいただろう。細かい事情はわからないがその人脈を使って再起をはかることもできたのではないか

私も自営の仕事をし綱渡りのような人生を送っている。大失敗をしてとことん追い詰められたとき、桐谷さんのように人生をやり直すことができるだろうか。明日は我が身だ。

2017-10-11

遺産で6000万入った貧乏婆さんの末路(追記の追記有り)

俺の母親なんだが、6年ほど前に俺の祖父(母から見て父親から遺産で6000万ほど入った

遺産相続した時、俺の母親の年齢は62歳。警備員で月に10日ほど働いて数万稼いで、生活保護もらって何とか生きてる状態

そこにいきなり大金が転がり込んだ。

それでどうしたか

まず家を買った。

これでまず1100万ほど消えて残り4900万。

俺が貸してた200万を返還させた。一生帰ってこないと思っていたが、これはラッキーだった。

残り4700万。

中古の車を買った。100万くらい。

残り4600万。

住んでた家を引き払って買った家に引っ越した。

退去の修繕と引っ越し家具家電で300万ほど使う。

残り4300万。

それでも62歳で貯金4000万超ってありがたい状況やん?家具家電新品だから10年は壊れんし、家も無借金リフォーム済だ。

生活保護期間は国民年金払ってるカウントされるらしく、6万くらいは年金出るらしい。

リフォーム済持ち家、貯金4000万、月に10日くらいは働ける、3年後には毎月6万入る。豊かに暮らせずとも、人生終わりまで何とかなるくらいやん?

でも違うのよ。貧乏人が棚ボタで金持つとアホになる。

まず20歳年下の男を作った。

仕事休みの日はパチンコ、そして毎日外食

何故か毎週ホームセンターに通って使わない物を買い漁る。

美容整形フェイスリフト?とかいうのやって、ラスベガスにも遊びに行った。

何か俺にも旅行お土産とか買ってきてたから、多少の付き合いは有ってさ。

まぁ大金入ったか最初ははしゃぐのも仕方なしと思ってたけど、いつまでたっても落ち着く気配が無い。

それで俺もちょっと言った訳ですよ。

「お前、もう金稼げないのだから、持ってるもの使い果たしたら終わりやぞ。節約せぇや」ってね。

そしたらこう言い返すわけです。「私のお金や、お前が何言おうが関係無い」と。

まぁその通りですわ。俺の金じゃない。

そんでこう言い放つわけです「遺産目当てか?私は使い切って死ぬ。どうせ長生きせんし」と。

ああそうかい勝手にせえやでその場は終わり。


そんで当然のように金が無くなるわけですよ。4年位で。

6000万を4年で使い切るのすげーなと思うけど、まぁ使うつもりになったらそんなもんだわな。

残念なのは、4年で母親が死ななかった事だ。

使ってる最中に梗塞でもおこしていれば、幸せなまま逝けたかもしれんのに。

ちなみに男は、金がなくなったら出ていった。まぁ金のない婆さんにつきあう必要無いわな。

遺産が無くなる数ヶ月前には深刻さに気がついたみたいで、警備員仕事増やしたり、外食ランク落としてた。

カウンター寿司屋じゃなくてスシローに行くみたいな感じ。

4000万から100万消えてもインパクトは少ないが、500万から100万消えたら怖いわな。

でも身についた贅沢癖は簡単にはなおらない。月100万使う所をなんとか80万には出来ても、金がある間は月10生活には戻れない。

から見れば月80万使う生活とか意味わからんし、贅沢出来て結構な事じゃねとしか思わん。

当人は相当なストレスが有ったみたいで、みるみる顔色が悪くなって身だしなみも崩れていった。

調子こいて呼んでたダスキンの家政婦や、毎月行ってたペットトリミングもやめた。

でもパチンコ外食遺産が無くなるまでやめられなかったみたいだな。

で、小金持ちの婆さんは、めでたく金無しの婆さんになりましたとさ。

で終わらないわけですわ。


口座に金が有るとクレジットカード作れるやん?

口座に一時期6000万とか有って、持ち家だっつー事で枠100万くらいのカードが有ったらしい。

金がなくなってクレカ生活。その枠もMAX使い切り。

66歳、警備員貯金無し、100万を年利15%で借りて利払いだけで年15万。

他にも信販から100万くらい借りてるらしい。

まぁ無理だわな。


現在母親は68歳。

何か自己破産はイヤみたいで、今は月に25日くらい警備員してる。死んだ顔しながら。

家賃無料だと、何とか借金の利息分は払えるみたいだ。

給料入ると借金の利息を入れて、余った金でパチンコ外食をして、給料日前は半額になった麺類を買ってきて凌いでるらしい。

パチンコ外食をやめて、借金全部返したら使える金が毎月数万増えるぞと言ったが聞く耳は持ってない。

バカジャネーノとしか思わんが本人の感想は違うのかもしれん。

まぁ俺が見た所によると、遺産を貰う前より無くなった後の方が不幸そうだ。

一時期にでも贅沢出来て良かったねというのが普通感性だと思うのだが、本人は違うもよう。

俺には理解できないが、金が最初から無いより、持ってたのが無くなる方が厳しいみたいだぞ。

宝くじに当たった人が不幸になるメカニズムを目の前で観察出来たっぽく、貴重な体験だったのでシェアしとく。

お前らも急に大金が入った時には冷静になるんやぞ。

追記

すげー読んでくれてるみたいでありがたい。こんな話、顔出して出来ないしな。

冷静に見えるみたいだけど、当時は俺によこせ有効利用したると思ってたよw


爺さんは貧乏暮らしに見えたんだが、昔商売やってた時に貯めてたらしい。

たまに食うアイスが好きで、俺がハーゲンダッツ持っていったら喜んでたよ。小遣いはびた一文くれなかったけどなw

俺はそんな金持ってるとは全く知らず、爺さんが死ぬ1ヶ月前に入院した時に、銀行から金降ろしてこい言われて残高見てビビった。

「ホンマはお前に残すのが正しいかもしれんが、お前はまだ貯金1000万くらいか。ほなこんだけ入ったら人生うから遺言は書かん。」て言われて、300万だけもらった。(生前贈与枠で処理済み)

実際に目の前で狂ってる人見て、ちょっと納得した所も有る。全額欲しかったけどねw

相続税はかからんかったらしい。払ってないだけかもしれん。

母親お盆墓参りにも最初の2年くらい行っただけで、最近無視してる。

俺のお盆の恒例行事の一つに、爺さんの永代供養墓にハーゲンダッツ持って墓参りが入ってる。

そんなに仲が良かったわけじゃなく、会うのも年に1回くらいだったけど、300万もらった義理が有るからね。よほど遠方へ転勤にならん限りは続けるよ。

今年は抹茶味を持っていった。来年は何味持っていこうかな。


追記の追記

何か相続税とかのブコメがチラホラ有るので調べた。

俺が爺さんの口座見た時に入ってた金額は6400万少々。

俺にくれたのが300万

入院費や爺さんが住んでた家の片付けでかかった費用100万を少し出るくらい

相続税は当時6000万まで無税だったみたいだ。

爺さん・・・死ぬ前に税金まで計算して俺に金くれたのか?

本当に食えないジジイだな。盆のアイススーパーカップにしてやろうかw

2017-09-29

なくなった祖母の宝物は

祖母が亡くなった。

去年まで元気だったのに、半年前に骨折

それから寝たきりで

脳梗塞になり、しゃべれなくなってあっという間だった。

祖母とは、高校卒業まで同居していて

私が大学上京してからは、お正月に顔を合わせる程度になっていた。

在学中、「美味しいもん食べなはれ。たまには元気な声きかせて」と

ダンボールにいっぱいの食料を詰めて

絵葉書と共に送ってくれていた。

一度だけ都内旅行に来たことがあり

ほおずき市に連れて行った事を今も覚えている。

汗だくで、化粧もすぐ落ちてしまった、暑い日だった。

私は当時大学四年生で、祖母自由に使えるお金が少なく

二人して安いお鮨やさんに入って、おいしいおいしいと言いながら

たくさん食べた。

卒業してから数年経って、お正月に帰るたびに

結婚するなら、優しい人にするんやで」

自分若い頃は…」

色々と説教をされていた気がする。

ありがたくも、少し鬱陶しく感じていた気もする。

そうこうしているうちに

正月帰省せず、友人や彼と過ごすことも増えていた。

去年のお正月帰省した時に

祖母自分宝石を入れてるケースを引っ張りだしてきた。

これとこれをあげる、と 大事ネックレスやブローチを中から出して

私に手渡し、「自分が死んだら、中のもの全部持ってってええ」などと言うが

そんな辛気臭いこと言わないで、あのババアまだ生きてる!ぐらい長生きしようと

二人で笑っていた。

先日、祖母の遺品を整理していた時

ふと、宝石のケースを思い出し のぞいてみた。

中に宝石らしい物は何もなかった。

その代わりに、私と一緒に撮った写真や、在学中書いてあげた手紙や、

小さい時に作ってあげた折り紙などが入っていた。

あのお正月にもらったもの以外は、全部換金していたようだ。


ボーナスでたら、日帰りでなく泊まり

もっともっと美味しいお鮨やさん連れていくから

東京遊びにおいでよ」

そんな、のんびりしたことを言っていた自分が悔しかった。

来年は、婚約している彼と お墓参りをするのかな。

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