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はてなキーワード: 玉置浩二とは

2020-03-17

サバチップ

タイで人気らしい

サバが7割くらい入ってるらしい

玉置浩二はたぶん関係ない

浅野温子もたぶん関係ない

イワシ練りこみチップスを食べたような青魚感がある

・生臭くないので食べやすいまたは物足りない

・こんなサバが高くなってから持ってこなくても…

2019-12-29

anond:20191228040416

続き。

以下雀荘登場人物

Aさん。

どこかの会社専務。愛車はシーマ

出張かなんかで一か月もいなかったがその間勝ちまくってた。

とにかく鳴きまくってツモ上がるという、なかなか真似できない打ち筋。

相手リーチかけようがどんどん突っ張って、変なタンキ待ちとかもツモ上がってしまう。この人が大きな役に振り込んだのはあまり見なかったと思う。

時間打つ客が多い中、この客は3時間くらいでスパッと止めて帰ったのも勝率の高さに関係してると思う。

勝ち逃げ常連から文句やすいけどこの人はなんかすごく強くて貫禄あったから許容されてた珍しいケース。

Uさん(社員

唯一給料からマイナスされなかった店員。30代くらいで若い店員

ママに気に入られていた為、ほかの店員と比べて常連からもあからさまにやられたりしてなかったのもあるが、卓に入ると人が変わったように全く手加減などなく、上がるときはとことんまであがりまくって、勝つ時の点棒やチップの数は凄かった。鳴きが多くなるルールの中、面前あがりも多く、あがった時の点数が大きくツモ上がりが多かった。

勝率は高くないけど、勝つ時の金額が大きかった為トータルプラスに持って行けたんだと思う。

オーソドックスな打ち筋だがメンタルが強く打ち筋が全くブレなかった。

あと、男ながらに指がキレイで牌の扱いがやたら手慣れていたのを覚えている。

この人と2入りした時は楽しかったけど容赦なくやられまくった記憶

この2人は別格の強さだった。2人に共通してたのはツモあがりが多かった事かな。

Iさん(店員

僕が入った時の教育係的な人。

若いけど長髪でタオパイパイみたいな感じで、麻雀っぽい風貌だったけど、麻雀はあまり上手くなく負けが混んで2ヶ月くらいで飛んだ。

Mさん常連さん)

製薬会社勤めという噂だが、ナメック星の最長老みたいな見た目で、髪の毛はいつもフケだらけで見た目は汚かった。

店にアウトが100万近くあったが、昼間の立ち番の女を買ってたという噂。(ママ面白くないから言いふらしてたっぽい)

打ち筋は、すぐ鳴いて安いあがりが多かった。負けが混むと日和ることが多く、勝敗がうち筋にモロ影響が出ていた。

そのくせ麻雀が大好きで12時間とか平気で打ち続けていた記憶

赤ウーピンが入ると必ず食い仕掛けして安い手役作るのでわかりやすかった。

けが混むと目先の500円が欲しくなるんだと思う。

Kさん

かいのぱちんこ屋の住み込み店員さん。見た目はハゲコアラみたいなおじさん。

店の2階に住んでいるので、いつも遊びに来ては負けて、お金がなくなっても店の中で冷やかしていた。

店のアウトは最終的に100万超えていたが、卓割れしそうになると店がアウト追加して無理やり打たせてたらしてたのでアウトはどんどん増えてった記憶

麻雀もふざけながら打ってる事が多く、本人は本気かもしれなかったけど笑って冗談言いながら打ってたのでカモにされていた。おっちょこちょいで打牌のミスも時々あった。

この人も日和るとすぐに鳴いて500円のために点数を下げてた。(他の客もだいたいこのタイプ

Tさん

工場勤めの中年

手に油汚れがいつもついてて、作業着で店に来たこともあるからたぶん工場勤めなんだと思うけど詳細は不明

この人は店に50万くらいアウトあったと思う。競輪も大好きだったので、店から借りた金を競輪につぎ込んでた疑惑あり。

上がらなかった自分の手配を見せつけたり、人のあがりや捨て牌にやたら文句つけたりする、いわゆる講釈垂れるタイプ

そのくせ、他の人の三味線には厳しく(やめたやめたと言ってあがりを諦めたかのように見せてロンした客と喧嘩してた事もあり)僕にしてみればどっちもどっちかなと思っていた。

最初はあまり強くなかったけど一年後くらいからなんか強くなった印象。

僕はこの人は苦手だったけどUさんはこの人をめったくそにやっつけるので見てて爽快だった。他の客と違い、勝ち負けより麻雀を楽しんでる感じなので、Uさんが勝ちまくっても逆に喜んでた節すらあった。なぜかMさんと仲良しだった。

Sさん

リリーフランキー吉田鋼太郎を足して2で割った感じの人、小指がない。

たぶん金貸し。ちょっと小綺麗な身なりでいつもセカンドバッグを持ってた。

僕はこの人になぜか凄く嫌われてて、あからさまに邪険にされたけど理由は今だによくわからない。

嫌われてたので一緒に打った事が少ないのもあって打ち筋の特徴はあまり覚えていない。金持ちからアウトはなかったけどトータルでは負けてたと思う。

Mさん

バーのボーイ。20代半ばくらい。

見た目は嵐の二宮っぽい感じ。

かわいい女子高生と付き合ってた。

深夜の閉店後の明け方に店によく打ちに来てくれた。

僕にスロット教えてくれた先輩(Uさん)もすごいイケメンで、同じバーで働いてたから仲が良かった。

年が近かったのもあって僕にもよくいろんな事を話してくれた。

ちょっと奇妙な打ち筋に感じる時もあり、変わった麻雀を打つなあと思う時もあったが、後からなんであの時こうしたんですか?って聞くとなるほどなあと思わせられた事が何度もあった。

下手ではないがトータルで勝ち切るほど強くもなかった(勝つにはゲーム代分はプラスにしないと一般客はゲーム代で負けます

Oさん

焼肉屋の店主。

深夜の閉店後に来て本当に楽しそうに麻雀を打ってた。

打牌に勢いがあり、手役を作るのが好き。

優しくて、半分遊び感覚で打ってるように見えたから負けてた事が多かったように見えるが、楽しそうに打ってた。

赤のみであがったり、汚い待ちで引っかけたり、変なアンカンしたりする、いわゆるチップだけ取りに来る麻雀をする年寄り客を嫌っていた。

Mさんと打つのをいつも楽しみにしていた。

Uさん。(バイト店員

僕にぱちんこスロットを教えてくれた人。

から知ったけど実は同じ大学の先輩だった。(私も先輩も在学中)

最初Mさんと一緒に客として来ていたが、ママスカウトした。

斎藤匠系のすごいイケメン

客の時はだいたい迎えに来ていたが、彼女も凄い美人だった。

この人も変な打ち筋。テンパイしてもなかなかリーチをかけずに手代わりにつぐ手代わりで手牌をこねくり回して他の人に上がられてしまう、というパターンが多かったのが印象的。基本門前全然鳴かなかった。

この人はなんだかんだで結構負けてたと思う。

流れ者の従業員が入れ替わり立ち替わりだったが、この人と社員のUさんと僕はなんだかんだで長かったと思う。

社長

実質オーナー地元小金持ちの息子?という噂。

ナニワ金融道に出てくる悪人ヅラ

自民党石破茂野村沙知代を足して2で割って顔を黒く塗った感じ。

怒ったら凄く恐いらしいけど、怒ったところを見ることがなかった。

笑う時は「グフフ」って笑う。

顔が広く、定期的に新規の客を店に連れてきていた。

割れしそうな時はいつでも電話するように言われていて、客が1人だけになってもメンバー2人と社長で打つ事もあった。

先ヅモがひどく、打牌もめちゃ早く、口癖は「はいサクサク

手加減してたのかわからないけど勝ちまくってたところはあまり見た事がなかった。

立場上なのか、汚いあがりやノミのあがりはあまりなかったと思う。

競輪が大好き。

ヤクザから金を借りてるという噂が流れ、闇金ウシジマ君を思わせるジャージ姿の怖い人たちが時々店に出入りするようになって、ある日突然ママを置いていなくなった(という噂)

Kさん

中国人の女。たぶん30代半ばくらい。

見た目は沢尻エリカ系。香水匂いが凄くキツかった。

水商売の帰りなのかいつも露出の激しい服を着ていた。

麻雀に関しては基本、おりるという事をせず、他者からリーチがかかろうが自分の手配のみ見てあがりに向かうというスタイル

そのスタイルゆえ、他者の明らかな染めてにも構わず牌を鳴かせまくったり、字牌も全く絞らなかったので、場が荒れまくっていた。

社員のUさんはこの人と一緒に打つのは苦手そうにしていた記憶

大体深夜から夜明けくらいまで打っていた。

まだまだ他にも、タクシー運転手×3人、明け方に来る志村けんコントに出てきそうな入れ歯のお爺さん、同じく午前中に来る玉置浩二っぽいおじさん、泉ピン子を2倍に太らせたような定食屋のおばちゃん、それほど背が低くないけど池のめだかっぽい角刈りの寿司屋大将外車を乗り回し金のネックレスやら高そうな時計やら服のファッションが素晴らしい成金チンピラっぽい人、広島カープ菊池っぽいヒゲ面のバーの兄さん、サングラスしたキャバ嬢送迎の兄さん、優しそうなおじさんと思いきや上半身刺青だらけで行く店店で呼び名が違ったおじさんとか、やたら講釈垂れまくってメンバーイジメまくってた髭のおじいさんとか、棒テン即リー全ツッパのおじさんとか、金髪の謎のおじさん、スーツネクタイいかにもサラリーマン風の人、ヤクザあがりでラーメン屋やってる人、

メンバーは毎月何人かは入れ替わっていたのでまだまだかなりの人達がいた。

ここまで書いて、大体スタイル

麻雀を楽しむ人」「チップ最優先の人」「自分の手役優先でブンブン来る人」に分別される気がした。

チップ最優先の人は目先のチップ最優先なので、出あがりしてしまうのに対して、上手い人はツモあがりが多かったのでチップ負けもしてなかったと思う。

僕は給料がなくなることはなかったけど、毎月は給料の半分くらいは負けてた。

2019-12-10

カレーと言えば玉置浩二っていうひといる?

鯖の缶詰工場で働いて野球してなせかギター一本で歌い出す玉置浩二ドラマを思い出してしまう。

2019-09-12

新しい人に勧めるユーミン

ユーミン荒井由実/松任谷由実/呉田軽穂)は天才である。それも本物の天才である。本物の天才の対比を偽物の天才だと言いたいわけではない。それはそれで天才である時代文脈依存しても、先行者足り得るのは凡人では無理だ。しかユーミン天才はそう言うものではない。時代文脈を越えていくものだ。楽曲として、理に適っていると言ってもいい。

天才と言うと努力分析とは無縁で、「ギフト」だけで成立しているかのように捉える人もいる。天才の側も、ある意味商売ではあるから、敢えてそう言う風に言いたがる傾向もある。しかユーミン天才はまず第一アルチザンとしての、研究の上に成立している。そこから更に浮揚しているところが天才のゆえんなのだが、真似は出来なくても解説可能である彼女に限らず、ニューミュージック天才たちを扱う周辺で最も欠けているのは、アナリーゼである

それを私が出来る、と言うのではない。残念ながらそれだけの力量はない。ただ、分かって欲しいのは、「天才」と言う言葉ブラックボックス化して、そこで思考停止しないで欲しいと言うことなのだ。本物の天才は、「感性」のみに依存しなくても、圧倒的に存在し得るから本物の天才なのだ。私はここでは、本物の天才と言う言葉を、羽生善治が本物の天才だと言うのと同じ意味で用いている。

そのユーミンとしても作る曲作る曲すべてが傑作であるわけではない。ただしその傑作率の高さは異常である。それは彼女自身がほぼありとあらゆるジャンルに挑戦し、それぞれの中で珠玉の域に達しているかである。「ひこうき雲」を書いた人が「曇り雨」を書くのは分かる。「旅立つ秋」を書いた人が「地中海感傷」を書くのは分かる。しか彼女は早い段階で「ルージュの伝言」を書く人でもあり、「78」を書く人でもあった。その水準の高さ以上に驚くべきは多様性である

シンガーソングライターは、出だしの一音、一フレーズから、「いかにもさだまさし」であり「いかにも中島みゆき」であり「いかにも玉置浩二である。そう言うものなのだユーミンもまた、「いかにもユーミン」ではあるのだけど、その「いかにも」の引き出しの多いこと。さいとうたかおのようにプロダクション制なのではないかと思ってしまうほどだ。一生涯に一度、その水準の楽曲を書ければ一流だと言えるような楽曲ユーミンは百も二百も書いている。特に年2枚のアルバムを出していた頃、荒井由実から松任谷由実になってから最初の4、5年のいわゆる「不遇期」の作品は、すべてがその水準にあると言っても過言ではない。

新しい人に勧めるユーミン

ユーミン荒井由実/松任谷由実/呉田軽穂)は天才である。それも本物の天才である。本物の天才の対比を偽物の天才だと言いたいわけではない。それはそれで天才である時代文脈依存しても、先行者足り得るのは凡人では無理だ。しかユーミン天才はそう言うものではない。時代文脈を越えていくものだ。楽曲として、理に適っていると言ってもいい。

天才と言うと努力分析とは無縁で、「ギフト」だけで成立しているかのように捉える人もいる。天才の側も、ある意味商売ではあるから、敢えてそう言う風に言いたがる傾向もある。しかユーミン天才はまず第一アルチザンとしての、研究の上に成立している。そこから更に浮揚しているところが天才のゆえんなのだが、真似は出来なくても解説可能である彼女に限らず、ニューミュージック天才たちを扱う周辺で最も欠けているのは、アナリーゼである

それを私が出来る、と言うのではない。残念ながらそれだけの力量はない。ただ、分かって欲しいのは、「天才」と言う言葉ブラックボックス化して、そこで思考停止しないで欲しいと言うことなのだ。本物の天才は、「感性」のみに依存しなくても、圧倒的に存在し得るから本物の天才なのだ。私はここでは、本物の天才と言う言葉を、羽生善治が本物の天才だと言うのと同じ意味で用いている。

そのユーミンとしても作る曲作る曲すべてが傑作であるわけではない。ただしその傑作率の高さは異常である。それは彼女自身がほぼありとあらゆるジャンルに挑戦し、それぞれの中で珠玉の域に達しているかである。「ひこうき雲」を書いた人が「曇り雨」を書くのは分かる。「旅立つ秋」を書いた人が「地中海感傷」を書くのは分かる。しか彼女は早い段階で「ルージュの伝言」を書く人でもあり、「78」を書く人でもあった。その水準の高さ以上に驚くべきは多様性である

シンガーソングライターは、出だしの一音、一フレーズから、「いかにもさだまさし」であり「いかにも中島みゆき」であり「いかにも玉置浩二である。そう言うものなのだユーミンもまた、「いかにもユーミン」ではあるのだけど、その「いかにも」の引き出しの多いこと。さいとうたかおのようにプロダクション制なのではないかと思ってしまうほどだ。一生涯に一度、その水準の楽曲を書ければ一流だと言えるような楽曲ユーミンは百も二百も書いている。特に年2枚のアルバムを出していた頃、荒井由実から松任谷由実になってから最初の4、5年のいわゆる「不遇期」の作品は、すべてがその水準にあると言っても過言ではない。

2019-09-02

やばい、心に響いた

おまえら中島みゆき作詞作曲研ナオコが歌う曲を聞いてみろ。

2~3時間、あっというまに過ぎるわ。

歌がうまいのは、玉置浩二とか井上陽水が群を抜いているが、

研ナオコの歌は、心に響くわ。

中島みゆき世界観を、完璧に歌にできるのが研ナオコ

これはすごい、ぞ。

2018-05-15

仕事プライベートの落差に衝撃を受けた芸能人シリーズ

玉置浩二

最初に観たのが名前忘れたけど、潰れかけの工場カレー味の鯖缶で一発逆転するドラマで、そのイメージのまま目にしたワイドショーのあまりにもアレなプライベートに衝撃を受けた。

ドリカム

言わずもがな

広瀬すず

もはや清純派とは欠片も思わない。

2018-04-16

一週間のご無沙汰でした。玉置です

サバカレー玉置浩二とかオッサンすぎるだろ

いまどきアネロスをエネマグラとか言う奴いないし

というかサバカレーなんてショップ99で売ってるじゃん

https://anond.hatelabo.jp/20180416122922

2018-03-04

サバフライ好きなんだけどな

しゅわしゅわーって口の中に広がる食感がジューシー

でもなかなか売ってなくて

銀座(西荻)へ寄ったときくらいしか食べられない

サバカレーも好き

チャーリーじゃなくて玉置浩二のほう

100円ローソンの缶を溜まったドコモポイントでよく買う

お値段以上の栄養感ある栄養

2018-02-27

コーネリアス小山田圭吾)って表記、カッコ書きの意味いか

たとえば、安全地帯玉置浩二バンド)って表記だと、安全地帯を知らない人に玉置浩二バンドだと伝えられる。意味がある。ユニコーン奥田民生バント)とかもそう。

けど、コーネリアスを知っている人は当然小山田圭吾を知っているし、小山田圭吾を知っている人は当然コーネリアスというソロユニットを知っている。

いったいなんのための(小山田圭吾)なんだ?

2018-02-26

玉置浩二ヒット曲

「♪みんな死ぬ~んだ~、ここで死ぬ~んだ~」

みたいなのなかったっけ。曲名が思い出せない。。。

2017-11-08

懐かしのJ-pop

amazon musicが使えるのでとりあえずJ-popヒッツというプレイリストダウンロードした。一通り聞いたけど古い曲が多くて懐メロヒット集みたいな感じだった。何曲か印象に残ったのをメモする。ちなみに自分1990年まれです。

Love is.../ 河村隆一

出だしで悲鳴に聞こえた。全体でも悲鳴に聞こえる。なんとなく聞き覚えはある。

セーラー服を脱がさないで/ おニャン子クラブ

サビだけ聞いたことあったけど全体の歌詞ドン引きした。当時これを歌わされてた人どんな気持ちだったんだろう。

田園/ 玉置浩二

親が玉置浩二好きだったので懐かしくなった。この人の唄で「フォッ…フォフォフォッ…フォフォフォッフォッフォッフォッフォー」みたいな歌あった気がするんだけどタイトルが思い出せない。

ズルい女/ シャ乱Q

全国の小学校替え歌流行りました。

2017-05-23

自分の女を連れてる有名人気持ち悪い

高須院長の傍にいつもいる西原理恵子さん。

玉置浩二さんの傍にいつもいる青田典子さん。

『ぺこ アンド りゅうちぇる』とか『林家ペーパー夫妻』とかビジネスカップルのそれとは違う気持ちの悪さ

「俺はいつもこんないい女を連れてるんだ感」の異様さ

2016-10-04

ゲスの極みなんとかって活動自粛する必要あるのかね?

彼らはモノ作って売ってるだけだ。曲がダメなら売れないまでのこと。売れないならやめればいいけどさ。

小室哲也とか玉置浩二とか私生活がめちゃくちゃでも食っていける人たちもいるし、ああい世界の人はそれでいいんじゃないのか。

飲酒云々は褒められた話ではないが逮捕されたわけでもあるまいし。そもそも18歳以上OKに法律を変えるべきという話もある。

2013-09-19

マスダ80年代女性アイドル論~斉藤由貴

80年代女性アイドル格付

マスダ80年代女性アイドル論~松田聖子論

マスダ80年代女性アイドル論~中森明菜論

マスダ80年代女性アイドル論~小泉今日子論

マスダ80年代女性アイドル論~インターバル

マスダ80年代女性アイドル論~薬師丸ひろ子論

マスダ80年代女性アイドル論~南野陽子論


マスダ女性アイドルシリーズですが、今回で一応の区切りとなりますが、あともう一回、総論とお知らせを書く予定です。


人生山あり谷ありと申しますが、浮き沈みの激しい芸能界、これまで取り上げたトップアイドル5人ですが、プレミアム感を維持しながら、それぞれに生き残っているのはさすがです。80年代に小話のネタで「ミナミヨウコミナミヨウコ、一字違いで大違い」というのがありました。南田洋子さんは若い時は大変な美人女優で、当時も上品美しい人ですから、この言い方はずいぶん失礼だったのですが、まあ若いからすればおばさんには違いない、敢えて南野陽子比較すれば、それは南野陽子の方が当時としては全然いいわけです。でも考えてみれば当時の南田洋子の年齢と、今の南野陽子の年齢はそうものすごく違うというわけでもない。それでいて、今でもテレビバラエティに出てくれば、「あのアイドルナンノちゃんが来てくれました!」みたいなハレの日感を維持していますね。

これは80年代女性アイドルに限った話ではなく、80年代に登場した/有力になった人物、フォーマットは未だに影響力があります。例えばお笑い界で言えば、60年代クレイジーキャッツ70年代ドリフターズ萩本欽一はそれぞれ続く10年では息切れしていましたが、お笑いBIG3は未だにお笑いBIG3です。これと似たような現象が、80年代についてはありとあらゆる分野について見られます

もちろんそうは言っても、人そのものは年齢を重ねてゆくわけですから80年代トップアイドルたちもそれぞれ見せ方を変えてきています。一貫してアイドルである松田聖子でさえ、もう聖子ちゃんカットにはしてくれません。デビュー当初の松田聖子はとてもキュートでしたが、映画野菊の墓』で前髪を上げた時、キュートさがびっくりするくらい無かった、彼女にとって前髪がものすごく重要であることを多くの人が認識したのですが、結婚以後、どういうわけか彼女はかたくなに前髪をオールバックにしていますね。

そういう小さなことから歌唱スタイルをまったく変えてきた中森明菜に至るまで、プレミアム感を維持したトップ芸能人という立場は同じでもその内容は違う、そういう変遷をそれぞれに辿っています

しかほとんどアプローチの仕方が変わっていない人もいて、斉藤由貴がそうです。

彼女場合路線変更や、あれこれ小ネタを仕込む必要もないほど、順調だった、彼女人生行事に合わせて、芸能界仕事がいいように流れて行った、だから流れに身を任せれば良かった、そういう特に恵まれた境遇にあるのが見てとれます

アイドルとしてはもちろん、芸能人として斉藤由貴ほど恵まれた立場にある人はそうはいません。もちろん、アイドルとして彼女よりも成功した人たちはいるのですが、その人たちから見てさえ、斉藤由貴境遇は出来れば替わって欲しいものでしょう。これまで取り上げてきた5人のアイドル斉藤由貴のうち、事務所を移ったことがないことがないのは小泉今日子斉藤由貴だけです。聖子明菜も、薬師丸も南野も、それぞれに苦闘と逆境がありました。小泉は天下のバーニングプロダクションの、郷ひろみと並ぶ最古参タレントのひとりとして安定した立場にありますが、その立場は結果であって、トップアイドル上り詰めて維持するためには試行錯誤セルフプロデュースを試みなければなりませんでした。斉藤由貴のみ、ただ流れに乗っているだけで、他の人が垂涎するような仕事に恵まれて、その流れがずっと維持されています

自分人間関係では子供の時からずっと不器用で苦労しているけれども、こと仕事に関しては順調だった。運動神経もあんまりよくないので『スケバン刑事』の仕事の時はあんまり乗り気じゃなかったけれど、その仕事好調視聴率もよかった。あんまりこの仕事はしたくないというのがないので、来る仕事をそのままこなしていたら、思う以上にいい結果が出て、それがずっと続いている感じです」

斉藤由貴は述べています

ただし、単に流れに身を任せているだけではなくて、彼女場合は結果を出しています。来る仕事来る仕事ホームランで打ち返している、だから次につながっているのです。こと彼女に関しては、東宝芸能と言う事務所マネージメントが的確だったのは確かでしょうが、無理やり事務所ねじこんだタレントではなくて、確実に結果を残してきたから順調であったのです。結果として彼女タレントとしての個性と、東宝芸能と言う事務所芸能界での立ち位置マッチしたとは言えますが、彼女以外のアイドル東宝芸能マネージメントを受けても同じような結果を残せたはずがありません。一方で、やはり他の芸能事務所では斉藤由貴と言う才能を活用しきれなかったでしょう。


斉藤由貴が恵まれたアイドルであるのは間違いありません。恵まれていると言うのは、女優としていい流れで仕事サジェストされてきた、歌手として楽曲の水準が高かったという点においてです。そして最初からずっと順調でした。斉藤由貴デビューが遅いアイドルで、高校三年生の時から芸能活動を開始していますが、1984年春に東宝シンデレラオーディション準グランプリに選出されたのが芸能界入りのきっかけです。よく、ミズマガジンコンテストグランプリから彼女の経歴が書かれることが多いのですが、ミスマガジン東宝シンデレラオーディションの後です。そういう経緯から彼女東宝タレントであるわけです。

東宝は言うまでもなく、大手映画会社の一画を占め、現在は業績においては圧倒的に日本トップ映画会社です(ただしそれはTOHOシネマズなどの映画館チェーンが好調からですが)。それだけではなく阪急東宝財閥中核企業であり、宝塚歌劇団グループ内に抱えていますマネージメント業務を担当する東宝芸能は、数ある芸能事務所の中でも、一番安定していると言えるでしょう。

東宝シンデレラオーディションは、東宝が久しぶりにスター発掘のために開催したオーディションで、第一回のグランプリ沢口靖子準グランプリ斉藤由貴でした。彼女たちは今では東宝の顔になっています東宝マネージメントある意味タレントの自主性を重んじる傾向もあるのですが、東宝シンデレラオーディション出身者、特に第一回の出身である沢口と斉藤については社運をかけているという面もあって、脇をがっちりとサポートして、手塩にかけて育てた、本格派を目指させた、ありとあらゆるチャンスを与えた、そういう感じです。

沢口はデビュー作が、当時、東宝看板映画だった『刑事物語』の三作目、続く二作目がやはり東宝看板作品であるゴジラ』です。沢口は『ゴジラビオランテ』にも出演していますから堂々たるゴジラ女優ですが、こういう売り出し方がアイドル売りの王道とはかけ離れていることは言うまでもないでしょう。沢口や斉藤は、学生、もしくはついこのあいだまで学生だったのですから、学園ものを演じさせればそれなりにはまったはずですが、「身近な経験から演技を構築してゆく」のではない、物語のものからキャラクターを構築してゆく演技を最初から要求されています。そういう演技が難しいのかどうなのか、演技の資質がある人にとってはかえってやりやすいのではないかと思いますが、そうではない人にとっては真夜中に霧の中を進むようなものでしょう。とにかく、日常の「女の子から演技を積み重ねてゆくような、私小説的なアプローチを封じたわけで、これは斉藤由貴についても同様です。

斉藤由貴ドラマ初出演作は『野球狂の詩』で、その次が『スケバン刑事』です。いずれも東宝制作ではありませんが、非日常的と言う点では、十分に非日常的なお話から斉藤は演技をスタートさせています


斉藤芸能活動の開始は1984年からですが、高校三年生であったこの年、彼女神奈川の県立高校に在学していたので、大きな活動はありませんでした。ミスマガジンマガジンの表紙を飾ったのと、伝説的なCM『青春という名のラーメン』に出演したくらいです。続く1985年1月月曜ドラマランド枠で『野球狂の詩』が放送され、2月にファーストシングル『卒業』が発売されました。

『卒業』が発売された時には、斉藤由貴はもうかなり話題になっていたので、『卒業』はいきなりベストテン入りして、最高6位までチャート順位を上げていますデビュー曲ベストテン入りしたアイドルは既に映画女優として実績のあった薬師丸ひろ子原田知世おニャン子の流れでデビューした工藤静香を除けば、「80年代女性アイドル格付 」ベストテンの中では斉藤由貴だけです。

そして1985年4月からスケバン刑事』の放送が始まります


ここで彼女異端性について触れておきましょう。ご存じのとおり、彼女信仰心がある人です。現代日本では信仰信心があること自体が異端で、それも仏教系・神道系ではなく、外来キリスト教信仰しているのは異端の中の異端、更にキリスト教の中でも、末日聖徒イエス・キリスト教会モルモン教)の信者であることは異端です。キリスト教新宗教派の中でも、その教義戒律おい異端性が特に濃厚なセクトです。エホバの証人統一教会比較しても、特に異端性が強いと私は見ているのですが、最近はあたりが緩やかになっているのでしょうか。2012年アメリカ大統領選挙で、共和党の候補にモルモン教であるロムニー氏が選ばれたのは意外でした。現在キリスト教おいては、全体がリベラル色を強める中、保守回帰宗派転向する人も増えていますイギリスカトリック転向する人、中南米カトリックから更に原理主義的な新教系原理主義転向する人、そういう例もかなり見られます教皇フランシスコが先日、同性愛を容認する方向についに踏み込みましたが、カトリックからキリスト教原理主義転向する人も増えるかも知れません。

そういう中でモルモン教異端であるがゆえに、より濃厚な保守主義を維持したい人たちの受け皿として浮かび上がっているのかも知れません。

斉藤由貴宗教おいても特に異端性が強いセクト信者であるわけですから、どうしても異端性を自覚して生きてこなければならなかったはずです。それが彼女に他の少女とはまるで違う、ゆらぎのような魅力を与えています。それは純粋さ、純潔さであるように見えますが、要は世界観のずれ、であるわけです。西洋人ジャポニズムに感じたような世界観のずれから生じる「発見」「新感覚の体験」、斉藤由貴はそうした未知の体験を触れる者に与えるのです。

彼女社会おい異端であることを踏まえれば、彼女ある意味おいて「生きづらい」のも当然なのですが、それでいて彼女信仰のものを相対化するようなゆらぎをも抱えています彼女が単純に敬虔信者というならば、二度に及んだ不倫など出来るはずがないのです。彼女自身はその不倫正当化はしていません。そういう意味では信仰を維持しているのは確かですし、その行為があったからと言って「魔性の女」扱いするのは不適当ですが、それほど信仰する宗教の中にあってさえ、時にやむにやまれぬ衝動に突き動かされる、異端性を彼女は持っているということなのです。

そのセクト信者であることによって社会生活おい彼女異端なのですが、彼女自身のキャラクターによって信仰仲間の中にあっても異端なのです。それが彼女の「生きづらさ」になっていますが、事が彼女信条性格に由来するために、それこそ生まれ落ちた時点から彼女はこの異端性を抱えています。だからそれが当たり前なので、ある意味、「もはや問題ではない」のです。空が青いのと同じく、生きづらいのがデフォルトなので、もちろんそれに伴う苦労はあるにしてもそれで悩むことはもはや意味がない、だから悩まない。彼女には異端でありながら底抜け楽天主義があるとしたらその根っこは諦めの境地です。


斉藤由貴特に楽曲に恵まれたアイドルです。シングルはいずれの曲も神曲レベルにあります

作詞では松本隆森雪之丞谷山浩子作曲では筒美京平玉置浩二亀井登志夫原由子らが担当していますが、いずれも彼らのキャリアの中でも一二を争う水準の作品を提供しています。これはおそらく斉藤由貴創作意欲を掻き立てる何かがある、ジャポニズムに触れたゴッホのように、斉藤由貴によって創作トリガーを引かれる何かがあったということなのですが、デビュー曲『卒業』を例に、見てみましょう。

続く

http://anond.hatelabo.jp/20130919170745

2013-09-04

承前

http://anond.hatelabo.jp/20130904155613

あまちゃん』の配役が面白いなと思うのは、80年代女性のある種の典型が描かれているからです。

天野春子キャリアおい挫折した、しか挫折たか結婚して子供を得た。

鈴鹿ひろみキャリアをまっとうした。しか子供は出来なかった。天野アキに、可能性的はいたかも知れない自分の子供を投影するしかない。

薬師丸ひろ子には全共闘世代から流れてきたジェンダーフリー的な雰囲気があると指摘しました。それがジュヴナイル的なるものの正体だと。しかし人はいつまでもジュヴナイルにとどまってはいられません。キャリアをとるか、子供をとるか、それがその後の80年代女性に突き付けられた二者択一の選択です。天野春子鈴鹿ひろみはこの意味おいても裏表の関係になっています

鈴鹿ひろみ薬師丸ひろ子自身をモデルにしている印象があります


歌手になることは難しいのですが、歌手であり続けることはさらに難しい。ほとんどのアイドル歌手キャリアを重ねるにつれ、歌手から撤退し、女優に移行しています。ただ、いったん売れてしまえばビジネスとして歌手の方が旨味があるのも確かです。桜田淳子歌手に早くに見切りをつけて、女優として一応の名声を確立しました。まだそこそこ売れていた時に歌手から撤退したものですからもったいないという声もあったのです。映画一本作るのには何百人、何千人が関わりますが、CD制作コンサートでは関係する人数がはるかに少なくて済みます。それだけ一人頭の取り分が増えるということです。桜田淳子結婚後、芸能界事実上引退して、今では彼女収入で一家が生活しているようですが、歌手には歌唱印税が入りますから彼女クラスになれば働かなくても一家が生活できる程度の収入は見込まれます。これは役者より歌手が恵まれている点です。

薬師丸ひろ子は元が女優ですから歌手活動に一区切りがつけば女優に専念するのは当然なのですが、ずいぶん長い間、テレビドラマには出演しませんでした。キャリア最初期、70年代にはちょい役で出た経験はあるのですが、それ以後、1997年の『ミセス・シンデレラ』までテレビドラマに出演例はありません。テレビドラマ映画の違いは何よりもまずその長さにあります映画は長くても2時間テレビドラマはワンクールでも延べで言えば9時間以上になりますから、掘り下げ方が違ってきます連続テレビ小説では延べで39時間になります映画が引き算ならテレビドラマは足し算、アプローチも違ってくるのです。

生活のためで言えば薬師丸はおそらくもう働く必要はないでしょう。蓄えもあるでしょうし、歌手として定期収入もあるでしょう。映画に拘って、映画女優としての人生をまっとうする生き方も選べたはずですが、そうはしませんでした。2000年代に入って、薬師丸は積極的にテレビドラマに出演していますが、当人が女優と言う仕事のものに、別の角度の意味合いを見出したのかも知れません。

薬師丸ひろ子1991年玉置浩二結婚、そして1998年離婚していますが、恋愛に関する報道が少ない人です。これもジェンダーフリー的な意味いから来ているのかも知れませんが、玉置浩二と言う人選はいかにも薬師丸らしいと思ったものです。玉置浩二安全地帯80年代日本ミュージックシーンをリードした一人ですが、なまじテレビで売れたために、かえってアーティストとして評価される機会が少ない人ですが、ソングライターとしては(そう、ソングライター、としては)まごうことなき天才の一人です。彼の人となりを知っていれば、なんでまたああいう男と、という疑問が生じなくもないのですが、才能に惚れるタイプ女性もいるものです。ただ、結婚はままならない他人との共同生活ですから、最終的には自分が折れるか相手が折れるか、双方が折れるしかありません。玉置浩二のような人であれば、何よりも自分の才能が大事で当たり前なのですから、当人同士の好みは別にして、自分を押し殺せる人が相手でないと結婚生活は無理です。あれで薬師丸は結婚は無理、自分には要らないと思ったのかも知れませんが、選んだのが一番、劇薬に近いタイプですからね。まだ先の人生は長いのですし、こうと決めつけてしまって人生の幅を狭めて欲しくない、他人事ながらそう思います


最後にもう一度、『あまちゃん』の話をしましょう。あの中で天野春子は「主演が一番楽。全部自分に合わせてくれるので演技力が要らない」と言っています。まさしく真理です。実は薬師丸はデビュー以来ずっと主演、もしくは準主演の形で映画出演を続けてきました。映画Wの悲劇』ではチャンスを必死に求める下積み女優を演じていますが、公開当時のインタビューでは、「自分はずっと主演だったので、そういう下積みの人たちの心理が分からないところがある。今回演じてみてそう言う人たちって大変なんだなと実感した」と何気なく述べていますが、下積みの人たちからすれば相当カチンとくる発言でしょう。この無意識ぶりが、薬師丸が徹底して主演の人、最初から王道の中でキャリアを積んできた人だと物語っています。薬師丸はずっと主演だったために、演技が上手いとか下手だとか、そういう部分は焦点があてられずに来たのです。海のものとも山のものとも知れない時から相米慎二に鍛えられたわけですから、これ以上贅沢な環境ちょっと考えられません。マリー・アントワネットが少し入っている発言ですが、マリだってハプスブルク家に生まれてフランス王妃になったのは彼女が選んだわけではないので、そこをどうこう言われても困るでしょう。

薬師丸は日本映画産業おいてこれ以上は無いという環境キャリアを築きました。それは反面、彼女自身の役者としての技量に誰も注目してこなかったということを意味します。

今回、『あまちゃん』では演技においては神がかり的な技量を持つ鈴鹿ひろみを演じています。その鈴鹿ひろみ女優として本領を発揮する場面を、薬師丸が演じるという二重構造の中で、演技において卓越した鈴鹿ひろみが演じる姿を演じるという、『』付で切り取られた形で、私たちは薬師丸の演技力のものすごさを目の当たりにしました。それは彼女寄りにあらかじめ作られた数々の主演映画では見られないものでした。

彼女もまた、80年代の遺産の一人なのです。

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