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2020-10-12

[]75日目

なわとび:602回

ボクシング:109kcal/22歳

数日前からフィットボクシングインストラクター中村悠一に変えているのだけれど、癖がなくて馴染みやす

早見沙織中村悠一以外のキャラクター個性をつけるためか、やや過剰な癖がつけられている感じがあって、そこが何となく自然に感じてしま

前のPCのパーツ一式を秋葉原じゃんぱらまで売りに行った

6年も前のPCのパーツなんてゴミにならなければ御の字かなくらいに思っていたのだけれど、結果的に1万円ちょっとで買い取ってもらえた

ありがたい

これでようやくPC更新も一段落ついた感じがある

2020-10-10

人類が全員教師になったら

同級生のうち何人かは教師になる。

学校教師じゃなくても何かしらのインストラクターなど教える仕事に就く。

これがもし全員教える側になったとしたら面白そうじゃないか

教える人間を育てるために教わる、このサイクルが永代に渡って続くのである

我々人類は何をしているのか分からなくなるだろう。

だがこうならないのは何か不思議な力が働いているからだと思われる。

これを解明したい。

2020-09-25

太っているかあなたとは離婚したいといわれて離婚した

35歳の時、婚活サイトで知り合った38歳の方と1年お付き合いし結婚したが、結婚後1年で「あなたが太っているか離婚したい」と言われました。

言われたというか、正しくはメールで伝えられた。最初冗談だと思っていたが、仕事から神妙な顔をして帰ってきたので本気なんだと。

私の当時の体重身長155cm体重52kg、痩せてもいなかったが離婚されるほど太ってもいなかったと思う。

職業スポーツインストラクターとか警察官とか自衛官のような身体酷使する仕事だったので、そこそこ筋肉がついており日々鍛えていたのでぽちぽちゃはしていなかった。

趣味として年に1度はフルマラソンを走っているし、そもそも初めて彼と出会った時と体形が変わっていなかった。

から本当に最初冗談だと思ったのだ。

冗談じゃなかった。

はいつも「痩せている女はゴージャスだ」と言っていた。ふーんそんなものかと流していたが、今思えば遠回しに「お前は太っているから痩せろ」と言っていたのだ。

それに気が付かなかったのは、そもそも彼が太っていたから。私より少し背が高いくらいの小太りだったのだ。少し綺麗目の芋洗坂係長といった感じだ。

製薬関係営業をしていて、出張や夜の付き合いも多くお腹お酒のせいでポッコリと出ていた。

まさかそんな人に太っているから痩せろだなんて言われると微塵も思っていなかった。

私はどうしても離婚したくなくて、ゴネた。

こんな理由離婚するのも嫌だったし、たったの1年で別れるなんでお祝いしてくれた父や母、祝ってくれた職場の皆になんて言えばいいのか。

しかし彼に「これから痩せるから!」と言ってももう遅いよ、とため息をつかれるだけだった。

35歳でようやく結婚出来て、仕事をしながら料理洗濯掃除弁当作りも頑張った。

それなのにこんな理由離婚を切り出されるなんて、悲しくて悲しくてどうしようもなかった。

どんなことをしても別れたくなかった私は、無理難題押し付ければ離婚回避できると考え、「慰謝料〇万くれたら離婚する」と言った。

この頃、彼はどうしても私と別れたくて弁護士相談していたらしいが、私に一つも落ち度がないので(浮気家事放棄など)どうしようもなかったようです。

数日後、彼は「これで離婚してください」と、本当に現金で〇万持ってきて私にくれた。

帯のついた札束を見るのは初めてで、なんだかまったく現実感がなかったのですがここまでしても私と別れたいんだな、と泣く泣く離婚に至りました。

今思えば彼がバツイチだったので大々的な結婚式はしておらず、親の顔合わせだけで、財布もお互い働いていて別だったのは良かったです。

また、私は子供が欲しかったけど、「女性はすぐ子供欲しがるけど、僕はいらない」と言われていて諦めていたので、無理に作らなくて良かった。

今思えば、彼はなんで私と結婚したんでしょう?

10年たった今もよくわかりません。

気の迷いだったのかな?それとも浮気してたのかなあ?

かに彼は私と正反対の、派手な女性が好みでした。

離婚後すぐ、1度だけ彼を偶然町で見かけました。

ヒールはいて背が高くミニスカート、金茶のロングヘアーを綺麗に巻いた若い女性と繁華街で車で待ち合わせていました。

その女性はなぜか1歳くらいの赤ちゃんを抱いていて、彼はぎこちくその子あやしていました。

はいたたまれなくて逃げだしたけど、

あ、そうか。当時はわからなかったけど、あの赤ちゃんの子か。それなら納得いくな。

私と結婚後、夜のお店の子赤ちゃんできて産んでしまたことを知らされたのかもしれない。

からあん大金ぽんと出したり、弁護士相談してたりしてたんだ・・・・。

ここに書き込むことで、過去出来事が整理されました。

こんな長い文章にお付き合いしてくださった方、ありがとうございました。たいしたことではないですが、誰にも言っていない過去出来事を吐き出したかったのです。

離婚して2年後、私は職場の隣の部署に転勤してきた同い年の男性と知り合い、結婚子供も生まれ今は幸せ暮らしています

仕事を辞め地元も離れ、私が過去に別の結婚をしていたことを知っているのは両親と兄弟だけです。

今の夫は芋洗坂係長より背も高く、スタイルもよく、細マッチョ家事育児もよく手伝ってくれる良い夫です。

私がバツイチなのは知っていますが、なぜ離婚したのかは知りません。聞いてもこないので話していません。

そして私は子供を産んだらすっかり太ってしまいました。

今更税金がかかると言われても困るので、慰謝料金額は伏せました。

いただいた慰謝料は、子供教育費にしようと思います

2020-09-09

その年になってまともに食券買えないのはどうなの

食券制のラーメン屋で、ランチタイム営業を任されるようになって半年

世の中こんなに食券を自分で買えない大人がいるとは思わなくて日々イライラしてる。

高校生くらいまでならまだ分かるよ。まだ親とも友達とも食券制の店で飲み食いする機会なんてあまりないと思う。純粋に食券の買い方が分からないのも仕方ない。

でもな、会社員夫婦連れ。お前らは何だ。

何が悲しくてお前らに食券の買い方を教えながらラーメン作らなきゃいけないんだ。お前ら食券買ったこと生涯に一度もないのか。それとも何度買っても学習しないのか。

部活帰りに友達と寄ったりとか、修学旅行の行き帰りに駅の中で一杯とか、遠方のライブ帰りにちょっと気になる店でとか、なんか、そういうのなかったのか。まあ自分がそういうのあった側だから、ない人生想像できなくてモヤモヤしてるんだろうけどさ。

でも、ないならないなりに下調べして来ないのはなんでなんだ。

なんで店の位置まではしっかり調べて辿り着けるのに、この店以外にも汎用性の効く食券の買い方は調べられないんだ。Google店舗情報にも堂々と食券機写ってるぞ。店の真ん前だぞ。

そんなこと言うと「せっかく食べて応援しに来たのに」みたいに反論されるんだろうけどな、応援になってねえぞ。お前らが長考してる間に並んでたはずの客が去ってってんだよ。せめてそういう客に順番を譲ってやれ。そしてその後ろで手順を見て覚えてくれ。

ていうかそもそも食券機の前に来て長考すんなよ。何のために店先にメニュー掲示してると思ってんだ。お前らみたいな奴がレジでも会計始まってから品物取りに行くんだろうな。

んで、いざラーメン作って持っていくと半券返そうとしてくる奴、本当にお前何も分かってないだろ。フードコート呼出票じゃねえんだぞ。領収証ってそこに書いてあるだろ。それくらい読めや。

ほんと、どう生きてたらそこまで何も知らないでいられるんだ。お前らの食券インストラクターになりたくて働いてるんじゃねえんだぞ。分かったらさっさとラーメンえこ野郎

2020-08-15

囲碁教室今日おやすみ

 お盆中だから、ということだ。お陰で今日の昼御飯子供達をせっつきながら慌ただしく食べることはなく、のんびりできていい。

 このご時世で親戚回りもできず、外に遊びにも行けず、ハイパー暇なので、最近の子ども囲碁事情をただの碁好きなだけで素人であり、我が子が子供囲碁教室ボランティア運営)に通っているというだけの私がわかる範囲だけだけど書いていく。

子ども囲碁大会の規模が年々大きくなっている。

 県内大会だけの話だけど、毎年参加人数記録を更新している。ただ、地方少子化が進んでおり、県内囲碁教室があまりなく大会も開かれないという県もあって、そういう所から子供達が越境してきて大会に参加しているという事情もある。囲碁人口の増加だけじゃなくて集約化されているようなのだ

大規模な子ども囲碁大会全国大会の予選を兼ねているものだが、ほとんどの子全国大会予選には出られない。

 子ども囲碁大会は二つのセクションに別れている。棋力認定戦と全国大会予選である。どちらに参加するかは個人自由なのだが、基本的には囲碁教室先生に声を掛けられた子が予選に出場するって感じだ。

 棋力認定戦でぶっちぎり優勝してもただ昇級・昇段できるだけである……というのを、保護者ちゃんと解っていないケースを見たことがあるんだが、そこで揉めると当の子供と教室先生可哀想なので、わきまえて欲しいところ。

 数年前、全国大会予選会が開かれないことがあった。その時は大会主催者とかなんかお偉いさん達が協議した結果、推薦枠で一人の子試合をせずに全国に進んだ。県内の有力選手の中に、その子匹敵するような子がいなかったらしいと聞いた。なんだろう、プロの門下生だったのかな? ここら辺をズルいと保護者が思っちゃうとやっぱり辛いのは子供囲碁教室先生である。今の囲碁界の感じだとプロになれる子とただの囲碁を嗜む子供の間にはとても越えられない壁があると私は思う。

地方囲碁大会にのんびり参加している時点でもうプロになる見込みはほぼないと思って、保護者あきらめた方がいいと思う。

 けど、親としてはやっぱり頑張ればプロになれると思っちゃうのかなあ。夫婦揃って教室大会についてきては子供右から左から激励して追い詰めている親がいるけど。

 いきなり世界レベルの話をするけど、囲碁二大強豪国の中国韓国では囲碁スポーツと見なされていて、まだ幼い子供達の中で才能のある子供達を手厚く厳しく育成している。

 日本囲碁界も最近世界でめっきり通用しなくなってきたということで、子ども棋士英才教育に乗り出しているけど、そういうのは基本的には都会だけの話で、私が住んでいる地方では、まず少子化甚だしい中で子供達に囲碁を普及することから頑張らないといけない状態

 多くの囲碁少年少女囲碁を知るのは早くて保育園幼稚園の年長さんで多くは小学生から、すーごいゆっくりペースで碁を覚えていくという状況で、英才教育を受けている子供達には到底敵わない状態だ。

 スポーツとしての囲碁陸上とか野球とかがそうであるように体力溢れる若いうちが強い時期なので、小学生から趣味範囲内で頑張ってももう遅いのだ。

 かつてフィギュアスケートタラ・リピンスキー五輪最年少優勝をしてその直後に引退したこと問題になり、五輪出場に年齢制限が設けられたが、囲碁にはそのような質の制限はまだない。ずっと制限のないままでは、これから囲碁若さこそが強さであり若いしかやる価値のないスポーツになっていく。

 囲碁強豪の韓国はすでにそんな状況になっているようだ。韓国内や世界タイトルを若手棋士が取りまくることによって、プロ棋士は盛りを過ぎた途端に収入を得られなっているそうだ。これから自分家族を持ち養っていかなければならないという時期に食えなくなるとなれば、態々囲碁棋士になろう、あるいは我が子を棋士にしようと思う人はそのうちいなくなるだろう。

 日本において、子供プロを目指して囲碁修行をするというのはそうとう特殊事例だと思うけど、いずれ日本囲碁界も世界の潮流に呑まれていくとすれば、将来棋士になって良いことはさしてないだろうと思う。

囲碁が安く学べる時期はそろそろ終わると思う。

 うちの子が通う囲碁教室地域囲碁好きなお年寄り達のサークルが面倒を見ている。ボランティアから授業料がすごく安い。他の教室もだいたい似たような感じだと思う。ボランティア人達がいなくなったら、囲碁教室もなくなってしまうだろう。だが、ボランティア人達年代特定年代に偏っていて、後から入ってくるひとは多くなさそうだ。

 囲碁人口を絶やさないためにまずは子供達に囲碁を知ってもらうことから、ということで、ヒカルの碁ブームの頃から囲碁普及を頑張って来た人達が、ヒカ碁第二世代小学生になるまで持つかどうかというのが問題最近は中邑菫ちゃんの登場だったり、将棋藤井聡太君の活躍ちょっと便乗できた(近場に子供将棋を習える場所がないので仕方なく囲碁に流れて来たというケースがある)ので、少子化の酷さのわりに地域の子囲碁人口は減っていないのが救いだけど。

 趣味囲碁を教えてくれる人がいなければプロ棋士インストラクター教室に通うしかないが、それはかなりお金がかかることだし、囲碁は少数の人の高等遊戯になるだろう。

 我が子がお安く囲碁を習っていられる今の状況はもうすぐ終わるかもしれないというのに、ただの数ある習い事選択肢ひとつとして厳しい目で保護者が選別しようとすれば、子ども囲碁教室寿命は益々短くなると私は思っている。

2020-08-04

娘が迫害妄想キツイ

と言ってみたけど彼女はまだ12歳だし統合失調発症してるわけでもない。毎日しょーもないことで「ママのせいで…」と恨まれるのがキツイ。くらいの意味だ。

昨晩寝る前に娘が泣きながら抱きついてきた。

めずらしいことだ。

ママと仲良しできなくて悲しい」

とシクシク泣かれた。

とりあえず

ママもいつもイライラしていてごめんね。」

と言ってぎゅっと抱きしめた。

ほんのりとうんちの臭いがして

「ああ、シャワー浴びて欲しいな…」

と思ったけど、夜もとっぷり更けてたので舌かんで耐えた。

ここ数年、彼女に話しかける時は

「アレした?これは何?」

と責め口調になりがちで

スギスした会話しかできてない気分だ。

子供を生む前は

息子だったら

鬱陶しいと邪険にしそうで

怖かった。

子供の頃から

男児臭いしうるさいし汚いと思って生きてきた。

「男は嫌いだ」

公言してはばからなかった。

が、

20歳を過ぎて一人暮らしを始めたら、人恋しい気持ちに流されて、なりにイイ人だけど結婚相手とは思えない相手ばかりと恋愛ごっこをしながら30代になった。

「このままではアカンやろ」と婚活して頭のイイ経済力のある誠実な相手を見つけて半年でデキちゃった婚に漕ぎつけた。

ギリギリセーフ子宝にも恵まれた私はとてもラッキーだ。神様感謝せなアカンな。と思っている。

宗教は嫌いだけど。

娘が生まれた時は

「何かとムツカシそうな男児じゃなくてよかったー。」

と思った。

が、

娘は眠らなかった。いわゆるかんの虫が強い赤ん坊だった。

常に抱っこしてないとダメ

おっぱいがないと生きていけない分離不安オーラが出てた。

昼寝も2歳位にはしなくなった。

寝付きが悪く、夜中に泣き叫んで起きる。

午前1時、3時、5時のいずれかに起こされる日々が8歳くらいまで続いたお陰様で、夜驚がない平和な夜でも私は2時間おきに目が醒める体になった。

8歳の誕生日が過ぎた頃やっと8時間睡眠できた。

けど、夜中に目が醒める睡眠障害な体が健全リズム回復したのはホントに極最近の話だ。

つい最近まで、娘が寝返りうつたびに

「いつ怒号が響き渡るのか」

と身構えてた。

PTSD患者さながらの警戒心を持ちながら寝てたと思う。

よく病気にならなかったものだ。

と我ながら感心するが、脳が破壊されたのをひしと実感する。

記憶力も集中力もなくなった。

自殺願望絶望はしてないがイライラするしネットびたりで現実逃避してる自分ははっきり言ってうつだと思う。

娘と喧嘩するようになったのは、彼女が4歳になって息子が生まれた頃からだ。

男児は弱い

育てるのが大変

という先入観があった。

娘は予定日よりも2週間近く遅くデカくて難産だったが息子は1週間前にちっちゃく生まれてお産がラクだった。

娘の時には産後2−3週間は立つだけで息が切れる程消耗したが、息子の時は

え?ホントに?

ってくらいラクで、3日めには家の掃除ができるくらいには回復してた。

彼が生まれから

もしかして

娘はめちゃくちゃ難しい子供だったのかも」

と思うようになった。

娘に比べると息子は一人で放っておいても平気な赤ちゃんだった。

「常に抱っこしなきゃ」

という焦りがないことがこんなにラクだとは。。。

と衝撃だった。

となると

一時が万事きーきー泣く娘に

何でそんなことで。。。

と邪険に扱う気持ちが生まれた。

先月娘は12歳になったが今でも時々パンツにウンスジをつける。

ストレスなのか胃腸の具合がイケてないのか。

拭き忘れた

というレベルではない。

べったりとうんちで汚れたパンツを洗うのは私だ。

幼い頃は

臭いからパンツ変えよう」

と促すと

「そんなことない。大丈夫だ」

彼女は怒った。

10歳くらいか

臭いな。。。」

と私が気づく前にパンツを変えるようにはなったが。。。

丸め洗濯かごに突っ込むので、うんちに気づかずそのまま洗濯機に放り込んで干す時にパンツにうんちがついたままで洗濯し直しということが何回かあった。

「できたら自分で手洗いして欲しいけど、無理ならせめてバケツに入れておいてくれないと洗濯機だけではうんちはキレイに落ちない」

と頼んだら、1回だけ自分で洗ってくれたが、その後は汚れたパンツバケツに放り込まれるようになった。

自分不安が強くIBS男性下痢女性便秘と症状に性差がある)な旦那彼女気持ちがよく分かるらしい。

羞恥心が強い余り自分に否があることを指摘されることに怒りを感じる

うんちを指摘されるなんてもってのほか

だそうだ。

かに引っ込み思案で恥ずかしがり屋な子供だったかもしれない。

が、ステージダンスをしたり学校初日もやる気満々で臨んでいた。

そこまで人見知りで困ることもなかった。

が、一度

ダメだ」

と思ってしまうとてこでも動かない。ガンとして拒否する。

水泳クラスは泣いてイヤがった。

不安が強い彼女は、強引で繊細さに欠けるインストラクター

「できない」

と言えず、嫌なことを無理にやらされて拒絶反応になるらしい。

泳ぎだけは早く覚えて欲しかったので嫌がられるのは困った。

注射が大嫌いで定期検診も全力で嫌がる。

HPVワクチンをどうしようか迷ったが、

「今やっとかないと大人になってから受けても効果が薄いですよ。」

医者に説得されて受けさせることを承諾した。すごく痛かったらしい。3−4日痛い痛いと文句を言われた。この調子では旦那アイスクリームか有料アプリで釣って連れて行くことになるのだろう。私はやらなければならないことを甘いもので釣ってやらせるのが嫌いなのでいつもバトルになる。

彼女のために

と思ってやらせることを「ものすごくイヤだ」オーラ全開で拒絶されると私もムカついて

あんたの為に何かしてあげたいという気持ちがなくなる」

と怒鳴ってしまう。

息子は何でもオッケーなイージーモード

「言いなさい。」と教えてもないのに

「御願い」

「ありがとう」を極自然に発語した。

礼儀正しく」と躾けるのは趣味に合わなかったので娘の時には何も言わなかったら、彼女「ありがとう」も「御願い」も言わない娘になった。「何で私の〇〇がないの?」「誰も私の〇〇を持ってきてくれない」等と彼女の前で誰がそんな話し方をしてるわけでもないのに常に非難がましいのもムカつく所以だ。給食のおばちゃんにも意地悪をされたらしい。「ありがとうございます」とちゃんと言えないからではないだろうか。。。と思い、それを聞いてからは事ある毎に

「『ありがとう』は?」

と促すようにした。

彼女が事更に

ママごはん美味しい」

とか

「ありがとう」

とか言っても

「口先だけじゃなかろうか。。。」

と常に疑ってしまう。

娘には注意欠陥や学習障害の傾向もあるのだろう。

診断されるほど顕著ではないが

他人の話を聞いてない

理解してない

ということが多い。

息子は

明日は〇〇の日だからね」

幼稚園の時から予定を把握して私に伝えた。

娘の時には学校からの連絡だけが頼りだった。

宿題も、

「え?!もう、終わったの?!」

となる日も珠にあるというのに、ダラダラ終わらない日の地獄が壮絶を極める。

「これ分からない」

質問するくせに教えると

「そんなこと習ってない」

と怒る。地団駄を踏んで泣き叫ぶ。

冷静に対応できず、怒鳴り返してしまうことが続き

「もうママには宿題は手伝ってもらわない」

ということで落ち着いてから随分と気分がラクになった。

娘は幼い頃から切り替えが苦手な子供だった。

毎日の予定が決まった予測がつく生活が大切」

なのは分かっていたが、私には毎日同じ時間ご飯を食べさせて寝かせることが難しかった。

家族に予定を事前に一々言葉で伝えることも億劫だった。努力して改善を目指したが今でもキツイ

娘の友達が遊びに来た時

「おばちゃん今日は何するの?」

と無邪気に聞かれて衝撃を受けた。

娘は

「そんなこと聞いてない」

と怒ることはあっても自分から

今日の予定は何?」

と聞くことは全くなかった。

旅行の時にはトラブル予測されたので細心の注意を払い、予定を紙に書いて伝えた。が、無駄だった。

移動の度に

「そんなこと聞いてない」

と怒られる2週間は地獄だった。

子供たちの中では今となっては良い思い出となっているのか

「また行きたいね

と言われるが

「もう二度と家族旅行になんか行くものか」

と誓った私の心のもやもやは中々晴れない。

夜寝るのも嫌がった。

風呂に入るのも嫌がった。

外出するものバトルだった。

一々

「服を着て」

靴下履いて」

かばんはどこ?」

「靴はいて」

と指示しないと何もしない。

息子が3歳になる頃には、私が娘と外出前のバトルに興じている間に彼は一人で服を着て靴を履いて玄関で待機していた。

彼にはできる

「次は何をする」

という「予測」が娘には何故できないのかとイラ立ちが募るようになった。

頭では分かるのだ。

痴呆老人が、

「全てを忘れてしまった」

ことにおののき攻撃的な言動に出るように、娘も自分の注意欠陥傾向にうすうす感づいている。

ママちゃんと言ってくれないから…」

他責するのも、私に甘えられるからだ。と頭では分かっていても、怒鳴られるのはキツイ

怒鳴り返す衝動を抑えようと頑張っても邪険な反応をしてしまう。

最初は耐えてても最終的には怒鳴り合いに進展することも頻繁だ。

昨晩シクシク泣いてたのは

「パパと何かお話たからなの?」

と聞いたら、娘は2−3年前の喧嘩を思い出して罪悪感を感じたか

みたいなことを言った。

いつものようにくだらないことでものすごい喧嘩したこと何となく覚えているが詳細は忘れてしまったその事件

娘が楽しみにしていたケーキを食べようとしていたら私の手があたってケーキが床に落ちてしまったみたいなことで始まった。

多分最初は泣きわめく娘に

「ごめんね。もう一つ買ってこよう。」みたいなことを言って場をおさめようとしたのだと思う。が、いつまでも泣き叫ぶ彼女に最終的には私がぶちキレる修羅場となり娘は

ママがわざとぶつかるからケーキを落とした」

みたいなことを言ったらしい。

「本当はそんなこと思ってなかったのに。。。」

と殊勝な顔でうなだれ彼女を見て

何となく娘を託児所に預けた時のことを思い出した。

不安の強い彼女を2歳で託児所に預け始めたのは

「失敗」だったのではないか

と今でも思う。

息子は4歳になるまで

保育所に入れなかった。

自覚は薄かったが、今から思うと、娘の時には、とにかく彼女から離れないとやってられない。くらい切羽詰まってた。

息子が生まれからキツイことはキツかった。彼には八つ当たりもした。

娘に手を出したら只でさえ手のつけられない癇癪が修羅場に発展すると思うと絶対に手を出せなかった。が、息子は立ち直りの早い「簡単な」やつだ。という甘えからべしべし頭を叩いた。息子には何回も

ママはヒドイことをした。すまない。」

と謝っているが

ママは昔僕の頭を叩いたね。本気でべしっとやったよね。スゴく痛かった」

と息子からは事ある毎に言われる。

息子が生まれから気持ち的にはどんどん余裕がなくなって暴力的衝動を抑えられなくなってはいったが、娘の時に感じた

「とにかく赤子と離れなければおちおちトイレにも行けやしない。」

という追い詰められた感はなかった。

物怖じせず社交的な息子なら2歳児保育でも全くオッケーだったと思う。

が、娘は毎朝泣いた。

弁当直後にお迎えに行くとなりに楽しそうに遊んではいたが、居残りさせるとしばしばうんちのついたおむつでお昼寝させられていた。

最初ちゃんトイレに行かせてくれてたけどそのうち寝たくないが為トイレ長居するのだと見破られたようだ。そんな託児所に預けるのは気が引けたが徒歩で行けるのはそこだけだった。

カーシートで泣き叫ぶ娘を車に乗せることが苦痛だった。

彼女が分離不安の強い赤ん坊だということは分かっていた。寝付きの悪い娘はおっぱいがないと眠らなかった。寝たかと思って離れると泣き叫んだ。赤子ながら彼女に「ワシのおっぱいはどこや?口の中にあったはずなのに、どこへやってくれたんや?ごるらあ。」と怒られてる気分だった。

常に抱っこしていないと怒られるストレスから逃れる為に私は彼女を納得できない託児所に置き去りにした。

何かを恐れる心はその恐怖を現実のモノにする。とどこかで読んだ。

怒られるのがコワイ娘が、他者イラ立たせ理不尽に怒られる不遇に遭わないためにも

閉鎖病棟でうんちで遊ぶようなことにならないためにも

彼女の自省心を養うためにも

仲良くしなきゃダメだ。と思った。

うんち我慢しないで欲しい(切実)。シャワー毎日浴びて欲しい。1年くらい後にはきっと朝晩2回シャワー浴びるようになって、お願いだからそんなにお水使わないで。。。となるのだろうが。。。

性欲(不安)が強い子供はうんちを我慢するのが快感らしい。と整体先生が言ってた。

うんち臭いと抱きしめるのもキツイんだよな…

2020-07-23

スキューバダイビングにいってうんこを漏らした話

もうかれこれ10年ほど前の話なので書く

自分担当していた取引先の社長から来月の連休沖縄旅行に行くという話を聞いた

那覇ではなく宮古島ダイビングをやりに行くというので、「そうなんですか 自分も昔講習受けてライセンスだけは持ってるんですよ」と返事をしたのが間違いであった

暫くしてその社長から電話があり「参加予定の1人が急遽これなくなってキャンセル料とかもったいないので増田君来れないかな」と誘われてしまった

自分としてはそこまでダイビングが好きではないしという思いもあったが、「若くてかわいい女性看護士2名も来るよ」という台詞に負けて参加することとなった

参加メンバー取引先の社長とその友人、60過ぎくらいの夫婦若い看護士さん2名、自分インストラクターの計8名

関西空港から宮古島直行便に乗り、到着当日はダイビングはしないというのでその夜はしこたまお酒を呑んだ

翌朝酷い二日酔いの中でダイビングをすることになったわけだが、船での移動時間が異常に長い

自分海岸からすぐのところに潜るのかと思っていたのだが、ダイビングポイントまで高波に揺られながら1時間以上かかるという

酷い二日酔いの中でさらに船酔いにもなり、吐きそうになるのを耐えながらようやくポイントに到着

海の中は名前のよく分からないカラフルな魚でいっぱいだったが、自分吐き気を抑えるので精一杯だった

ダイビング終了後、また1時間ほどかけて帰るわけだがダイビングをしたあとなので10月の沖縄といってもやはり寒い

他の人たちはマイ機材に防寒着も準備している中、フルレンタル機材で防寒着なんぞ用意しているわけもない自分はすぐに尿意を催してきた

インストラクターにその旨を伝えるとボートを止めるのでボートのへりに捕まって下半身を海につけてしろと言う

なるほどと思いながらもう限界に来ていた私は指示されたとおりに小便をしようとしたところ、あろうことかブリブリュと下痢便も水着の中に出してしまった

両手はボートに捕まっているので水着を脱いで海水で洗うことも出来ない しばらく時間がたちインストラクターが「終わりましたか」と聞いて来たところで私は全てを白状した

インストラクターに片手を掴んでもらいながら水着を脱ぎ海水でゴシゴシと洗いながしボートにあがる自分

若い看護士さんからの「大丈夫ですよ 私たち二人ともオペ看なんでもっとグロいのとか見慣れてますから」というフォロー自分をより一層惨めにさせた

3泊4日のダイビングツアーであったが、私は翌日のダイビングキャンセルさせてもらい、一人で宿で待機し昼間からオリオンビールを呑んだ

その日の夜食にはダイビング中に見たカラフルな魚の刺身が出てきた

「もしかしたら自分下痢便を餌として食べた魚たちがそこら中泳ぎ回っていて、みんなそれをおかずとして食べているのかな」と思うと少しだけ気が晴れた

2020-07-20

真夏プール帰り

今日は久しぶりに晴れて、溜まっていた洗濯物が一気に片付いた。喉が渇いて、近くの自販機コーラを買いに歩いた時、今年初めて『真夏空気』を感じた気がする。体全体に容赦なく熱い空気がまとわりついて、何かの拍子に堰を切ったように汗が流れてきそうな感覚だ。

毎年、この感覚を初めて感じる時、決まって小学生高学年の頃の記憶が呼び起こされる。夏休みが始まって少し経った、学校プールの日の事だ。

僕達の小学校では夏休みに入ると、週2回ほどプール登校の日があった。通常の教室授業は無く、学年別にプールに直接集まり、終わったらそのまま放課となる。水温や気温が低くて中止になる日は、国旗掲揚台に白旗が上がった。

地元比較暑い地域だが、その年は例年より涼しく、夏休みに入っても気温がなかなか上がらず、2階の窓から白旗確認してがっかりする日が続いていた。ドラクエFFロマサガと家での暇つぶしには事欠かなかったが、やっぱり友達プールで遊ぶ時間が待ち遠しかった。

そんな中、7月ももう終わりに差し掛かる頃にやっと気温が上がり、その夏休み初めてのプールが開催された。クラスメート達も、皆僕と同じような浮かれ気分でプールに集まった。水泳指導先生もそれを察したのか、水泳練習時間を早々に切り上げて大半の時間自由時間としてくれた。ただの真四角な25mプールだったが、ゴーグルを付けて水中ではしゃぎ回るだけで時間は過ぎていき、すぐに僕達の学年の時間は終了になった。

更衣室では友達と午後遊ぶ約束をしながら、木製のロッカーを隔てた向こう側の女子の声に耳をそばだてていた。でも、窓から流れ込んでくる大音量セミの鳴き声のせいで、内容はほとんど聞き取れなかった。

校門を出て、ビーチサンダルパタパタ鳴らしながら家の方向に歩き始めると、正午を告げるサイレンが鳴り響いた。その音に驚いたように、電柱カラスが1羽、はばたいていった。電柱のうしろの空はかき氷シロップみたいに青くて、雲は綿アメみたいに白かった。今日夕立が来そうだな、と思った。

2つ目の角を曲がろうとすると、同じクラスのA子が立っていた。薄い水色の袖無しワンピースは、濡れた髪で肩のところが少し濃い青になっている。A子とは隣の席で良く教科書を見せてもらっていたが、夏休みに入る前の席替えで席が遠くなってしまっていた。女の子として意識する事は無かったけど、優しく透き通った声の朗読を近くで聞けなくなったことを、僕は少し残念に思っていた。

僕がA子に挨拶すると、A子は、少し言いづらそうに、「この後、うちで遊ばない?」と言った。

その時、響き渡っていたセミの鳴き声が一瞬止んだ気がした。僕は彼女の顔が見れず、2つに縛られた髪の片方を見ていた。僕は女の子の家なんて遊びに行った事が無かったし、高学年になってからは他のクラスメートからもそんなの聞いたことがなかった。僕は少し言いよどんで、「いや、この後○○の家に行く約束してるんだ」と言った。A子は、「そっか。」と言って踵を返し、こちらを見ずに「じゃ、バイバイ」とつぶやいて歩いていった。プールシャワーで汗は引いていたのに、真夏の熱気が僕の全身を包んで、汗が吹き出してくるのを感じた。

A子とはその後、学校で会っても何となく気まずくなってしまい、一度も話す事が無いまま小学校卒業を迎えた。僕は公立彼女私立中学に進んだため、その後会うことはなかった。

去年、当時のクラスメートB(男)と飲んだとき、久しぶりにA子の名前を聞いた。高校とき学習塾でA子と再会し、共に都内大学に進学した後2年ほど付き合っていたらしい。お互いのアパートに入り浸り、朝そのまま大学に行くこともあったみたいだ。

Bによると、彼女の家は当時複雑な事情を抱えていたという。小さな会社経営する父親は外に女を作って家に寄り付かず、母親自分が通うジムインストラクター不倫していた。両親とも幼い弟の方を可愛がり、A子はとき暴力を伴う厳しいしつけを受けていたらしい。

ところであの暑い日、A子は僕を家に呼び何をして遊ぼうとしていたのだろうか。夏の熱い空気を感じると、いつもあの日の事を思い出す。

2020-07-18

フィットネス業界から見ての一部演劇とお水業界レベルの低さ

コロナの件でフィットネス業界クラスターが発生して迷惑を掛けた

からコロナ感染の経緯を把握し業界で細かい指針を出して徹底するようにしている

検温入場、マスク着用強制、レッスンとマシン間引きや仕切り設置、声だしやハイタッチ禁止、長時間滞在禁止、ドアと窓の常時解放と換気、消毒液設置と消毒の徹底、混まないよう人数制限接客カウンタービニールで囲い、間隔開けて並ぶようマーキングし、座れないよう椅子撤去

スタッフマスクフェイスガード着用、スタジオイントラマスク着用、プールも水中用マスク付けて指導、汗を激しくかくようなレッスンは中止、勿論出勤時の体調管理徹底etc

…無症状感染者が入ればそれでもクラスター発生と隣り合わせだ

でも、今経済を回すというのは感染者が紛れても他人に移すリスク可能な限り減らしてやってきましょって事でしょう

尚且つ利用者には移る危険性を理解して貰った上で、それでも誠意を込めて出来る対策を全部やるというのが最低限の妥協点だと思ってる

勿論再開しないのが一番だけど、それは暴論だ

からこそ、再開以降今のところなんとかクラスター発生を抑えてる業界人間からして、患者が居た場合ちゃんと店も公表もしてた業界人間からして、未だにクラスターを発生させ続け、更には匿名条件にPCR検査受けてる新宿ホスト業界だとか話にならないし

ある意味イントラと似たような立場にある、演劇の、杜撰対応してクラスター出した劇場演者意識の低さには腹立つ

かたや大きい声を出し参加者盛り上げて激しく動くイントラが、息苦しくて見苦しくてもマスクをしてソーシャルディスタンスを保ち、客に苦しくてもマスクさないで!苦しかったら休んでね!と呼び掛け徹底し、終わった後も客とのコミュニケーション取らずにサヨナラしてるのに

そんな最低限の事すら出来ずに、客の要望のままフェイスガード未使用放置ソーシャルディスタンスも取らず客を振り払えないからとファンサ、あまつさえ「警備や感染対策など、僕たちなりに努力しました。でも金ないし~」って…何いってんだこいつは?

客に啓蒙して守らせるのも仕事だし、触れあおうとする客をかわすのもイントラとしての仕事だと叩き込まれてるから本来それが一番出来なきゃいけないだろう役者が、しかも金すら掛からない部分でも出来る事を全くしてないのに何いってんのとしか思えない

わざわざ断りやすいように出待ち禁止と案内あったそうなのに客が来ちゃうから~と言い訳して触れあうとか問題外

こっちの業界からしたら、それこそファンサありきで客を引きとめて客の金を巻き上げるだけで、その客に対しての上っ面の気遣いだけで本当に払うべきコロナ対策という健康状態への気遣いゼロって、下っぱの演劇界もお水もプロじゃないわ

過ちを犯した業界が何を言ってるんだと思うが反論はしないし叩けばいい

マイナスプラスには出来ないし、他を叩く資格もない

から増田で一介のインストラクターが吐き捨てておく

2020-07-05

[] 朝倉未来総合格闘家

YouTube研究してみようと思ったきっかけは、朝倉未来動画面白かったからです。

コロナ自粛イベントが開催されない中、YouTubeで人気が出ている模様。

 

朝倉未来 Mikuru Asakura - YouTube https://www.youtube.com/channel/UCJZVj2iBrdvbNc416i0V-UA/

 

プロフィール

朝倉 未来(あさくら みくる1992年7月15日 - )は、日本男性総合格闘家YouTuber、スポーツインストラクター

愛知県豊橋市出身

トライフォース赤坂所属

THE OUTSIDER階級(60-65kg級・65-70kg級王者

空手二段、禅道会三段、ブラジリアン柔術紫帯。

  

感想

テレビバラエティー番組とはちょっと違うノリだけど、ほのぼのとしたドッキリとかもあって、庶民的な笑いを提供しているところが面白いのでしょうか?

格闘家なので喧嘩が強いという点が強みだけど、それとのギャップ演出しているのも面白さの要因かも。

 

 

一番人気の動画は、炎上系のYouTuberをボコ動画でした。

やはり、視聴者格闘家に求めているのは「暴力」「強さ」なんですね?

 

朝倉兄弟の弟(こちらも格闘家)のチャンネルも人気みたいです。

弟の動画の一番人気は、街の半グレヤクザタバコポイ捨て注意で、テレビにはない面白さがありました。

 

兄弟で人気YouTuberなので、広告収入もかなりありそうです。

これで英語がしゃべれたら、世界中で人気が出るかもしれませんね。

英語勉強もしておこう)

 

[YouTuber]の研究 https://anond.hatelabo.jp/20200705102651

2020-06-18

採用担当はんは履歴書職務経歴書を見て、募集しとる業務にたいやる適性を判断しまんねん。たとえばやな、インストラクター希望でぇああれば、コミュニケーション能力が重視されるって思うで。アルバイトでぇも学生時代クラブ活動でぇも、人前でぇ話したり説明したでうな経験がああれば、それを書くってええって思うで。アルバイトでぇああれば職務経歴書でぇ学生時代でぇああれば履歴書に書くこってになりまんがな。応募やる仕事でぇどねんうな能力がもってめられとるかを判断し、それがうちにはでぇきるちゅうアピールをすんねんが履歴書って職務経歴書や。そのアピール絶対しも、今んところのお仕事でぇなくてはならへんちゅうこっちゃはおまへん。まず、インストラクターに求められる能力を考え、それに対しておのれはこれがでぇきるちゅうもんを整理やるトコよってにスタートしまんねん。いきなり、用紙に記入しねんうってしてもあきまへんねん。

職務経歴書の書式やけど、字がきれいでぇああれば、手ぇ書きでぇもかまいまへん。きょうび手ぇ書きでぇ書く人がすくないのは、紹介会社を利用やるってExcelのもんをくれたりやるよってにや。

人材ビジネス業界でぇ働おっておるけどダンさん、

履歴書志望動機の欄がああるのは一般的やねんし、

職務経歴書にも自己PR記載しやん方は書類審査でぇ疑問を持たれる事が多いや。

絶対記載やるこってをお勧めしてんねん。

まるっきし同じ内容でぇは困るんやが、似たねんうな内容になってしまってもええさかい

兎にも角にもなぜなら即ち恐らく絶対に書おったほうがええやん。

頑張ってほしいんやけど!

2020-06-04

人に熱心に教えるっていう事。

ポッと思い出したので書く。自分小学5年生まで自転車に乗れなかった。

それまでの生活で、学校も徒歩3分、友人も徒歩10分というようなせまーいエリアでの生活がメインだったかそもそも自転車に乗る必要が無かったというのが大きかっただろう。

小学5年生になると市内の公共施設に泊りがけでのイベントがあった。確か山奥の交流センターみたいな所だったと思う。

そんなイベントのメインイベントに、"ツーリング"というビッグイベントがあった。市の職員さんがインストラクター的な立場で参加するものだったが。

外の広場に集められ今日の日程やコース等が説明されていく。

マジで!?」と聞いてなかった俺は焦った。だって自転車乗れないから。事情を知ってる友人等はくすくすと笑っている。

そんな中「ちなみに自転車に乗れないって人はいますかー??」と職員さんが問いかけた。合計50人ぐらいの生徒の中、手をあげたのは自分オンリー。50/1ってそうそうないでしょうよ。

んで、今考えれば珍しくもないと思うんだけど、まさか小5になって自転車に乗れない子供がいるとは

向こうも思っていなかったらしく、もちろん補助輪付きの自転車も用意しているわけも無く「どーすっかな…」的な空気が流れた。

そんな微妙空気の中、インストラクター役の市職員の一人が口を開いた。

「でわ僕がこの子自転車を教えます。他の方は通常通りコースを進んでください」

と。そんな提案をしてきたのは、すごくわかりやすオタクっぽいオタク風体のお兄さん。

直毛剛毛なセンター分けヘアに、ぼつぼつとした肌に、なんとも言えないチェックシャツ。そして何より肥満体型。

ちょっと古いけど、コミケビームサーベルで参加するオタクの人が非常に近い。そんな感じ。

周りのクスクスが明らかに(笑)として響いている。なぜなら、自分肥満体型だからだ。

肥満児が肥満体型のオタクっぽい人から自転車を教えてもらう」

というのはもう、小5からしたら最高の嘲笑だろう。

というわけで49人は颯爽と自転車にまたがり次々とコースに出発していく。

その中で「肉どうしがんばれよーwww」「兄弟仁義wwww」「デブ同士wwww」等の心無いコメントをして出発していった

5人。今でも覚えてるからな。

みんないなくなった後、だだっ広い広場肥満児と肥満体が二人。空は非常に青く爽快。

いや、晴れすぎて若干暑い。今はまだ運動してないか大丈夫だけど、この天気の中運動をすれば

自分のような肥満体型はひとたまりもない。そんな無意識アラートも感じていた。

「でわ始めましょうか!あ、ちなみに大西仮名)です。よろしくね」

そんなこんなで肥満体型二人の自転車チャレンジが始まった。


さて、では実際にどうやって自転車を教えてくれたかというとよくある、自転車の後ろを掴んでのイメトレ。

ゆっくりとぎこちないながらも大西さんが荷台をガッチリ掴んでくれているので転ばない。

とはいえフルフルとおぼつかない肥満児(推定60kgぐらいだったと思う)の自転車を支えながら

並走するという行為がどんだけしんどいか。

「頑張って!大丈夫!しっかり!」と非常に前向きな声援をしてくれる大西さんだったが

振り返ると自分以上に必死オタク肥満体がそこに。

そっくりそのまま、その声援をあなたにお返ししたい所だ。

滝のような汗。剛毛すら汗でしっとりとしている。というかセンター分けの左右の先端から汗が滴っていた。

肥満特有の乳下の海溝型の汗ばみ。やばい。ちなみに大西さんの体型はたぶん100kgオーバーだったと思う。

そんな地獄のような自転車チャレンジ必死に続けた。

途中、大西さんが自転車は何故倒れないかという事を教えてくれたのを覚えている。

要は遠心力云々の話で、バイク等の二輪にも言える事なんだが、そんな理論的な事を小5の俺にわかやすく教えてくれた。

まりにわかやすかったので今でもはっきり覚えている。

休憩等をはさみつつも約1時間半ほど続いた。もう後半からマジで大西さんの方が心配になるレベルだった。

「がバッ!!がばっって!頑張って!ハァハァhxaa!!だじょーぶ!だじょーぶ!ゼェゼェゼェ!!!!」

もう、大西さんの顔にアワワワとなった。

「よし!そろそろ!手を離すよ!ゼェゼェ!さっきの、遠心力は覚えて!るね!!だじょーぶ!絶対に!倒れないから!ハァハァヒィ」

そういうと、大西さんは荷台から手を離した。

「あわっわわわわわ!!!!!」とふらつく自分。それを見て大西さんはダッシュで並走しながら

こいでこいでこいでこいで!」と必死に声をあげた。

そんな中、これまで1時間以上、肥満体型がダッシュしてきたわけで、大西さんももう、ヘロヘロのぐでんぐでん状態

足がもつれて、ギャグ漫画ばりにダイナミックにコケた。

ズザァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

振り返ると土埃にまみれ大西さんが地面に倒れている。

「お、お、大西先生!!!!!!!!!!!!!!!!!!(ちなみにいつのまにか先生と読んでた)」

すると大西先生は、顔だけをこちらに向けて

「行ってーーーーーーーーーーーーー!!!!行ってーーーーーーーーーーー!!!ふりかえらずにーーーーーーーー!!!!」

と、何の映画だと言わんばかりにドラマティックに叫んでいた。

「は、はいいぃいーーーー!!」と大西先生の気迫におされ自分必死ペダルを漕いだ。

すると、フラフラと揺れていた車体が安定し、自転車は軽やかに走り出した。

その時の感動は今でも忘れない。ET自転車のシーンぐらい感動的だった。いや、正確にはETを見た事無いので

完全に雰囲気なんだが、たぶんあのシーンくらい感動的だった。

風が気持ちよい。これまで流し続けた汗が風にあたり余計に気持ち良い。

あの時程、「頑張る」という事を体感した事はその後の人生でも無かったかもしれない。

まりの感動に無意識に5~6周していたと思う。われに返り大西先生の元に戻る俺。

先生はそのまま地面に顔をつけながら、颯爽と漕ぐ自分をずっと見守っていてくれたようだ。

「せ、せんせい!!!!乗れた!!!!!!ありがとう!!先生!」

戻った俺は、先生最大級感謝を伝えた。小5までの短い人生で、人にここまでありがとうと伝えた事は無かった。

本当に嬉しかった。地面にうずくまっている肥満体型の人に感謝を伝えてるシーンがなかなかシュールではある。

そんな言葉を聞いた大西先生は、一呼吸おいてゆっくりと立ち上がった。

そして一言「おめでとう…!!」と満面の笑みで答えてくれた。

そして、その大西先生の両肘、両膝はびっくりするぐらいの鮮血が流れていた。

2020-05-12

calcnews 私は、休業期間中特に手続きしていないから会費を払い続けていると思うのだけど、コナミは会費を客から徴収し続けていながらインストラクターにはお金払ってないということ?

これトップブコメだけど、ググったら普通に休業期間中は次月に回すって書いてあったぞ

2020-04-14

ヨガスタジオ電話して4月末での解約希望を伝えた

3月は1日だけ、4月最初の1週間だけの営業

3月分は全額返金とのことだったが

4月に25% 5月に75%で振り替えるとのことだった

4月には一度も行ってないけど、返金なしもやむを得ないとは思ってたから、まあいいかという感じ

5月末に引っ越す予定なのだけれど、そもそもこの状況で引っ越せるのだろうか

1ヶ月半後には少しはおさまっているのかなあ

それにしても、もう10年以上行ってるヨガスタジオで、毎週行ってたクラス先生ともけっこう長かった

最後挨拶くらいしたかったなと、ちょっと残念に思う

でもまあ、最後の別れをきちんとできないなんて、コロナでいろいろ出ているわけで

ジムの解約でインストラクターさんに挨拶できなかったくらいで残念がるのも、と思う

生きてればいずれ会う機会もあるのだし

でもそうだな、メールくらい連絡しておこうか

2020-03-15

30年間ずっと運動が嫌いだと思っていた

物心ついた時から足は遅いし自転車はなかなか補助輪が取れないしバスケの授業ではヘイパス!ヘイパス!って声を張り上げてるだけの置物になるしでとにかく運動が苦手で嫌いで、なので社会人になってから運動から距離を置いた生活を送っていたんだけど、こないだ縁あって川にカヤックをしに行った

そしたらあれだけどんなスポーツをやっても箸にも棒にもかからなかったのが嘘みたいに、何故かこれだけは上手く出来た

すんなり船に乗れたしどう足を突っ張っていれば転覆しないか感覚で分かったしどうパドルを動かせば進みたい方向に進めるかも考えなくても分かった 自分でも本当に不思議だけど

何よりも嬉しかったのはインストラクターのお姉さんが「センスありますね!」と言ってくれたこ

その時は滅相もないと否定したんだけど、現金ものでこの日を境にあれだけ運動を嫌いと思っていた気持ちがかなり和らいだ

それで運動に対するハードルが下がったのか、それからパーソナルジムに行き始めた

誰と比べられることもなく自分のペースで体力づくりが出来てすごく楽しかった

他に何か運動してるんですか?ってトレーナーのお姉さんに聞かれたので「カヤックやってます」って言ったら「運動好きなんですね!」と言われてとてもびっくりした

そんなこと言われたの生まれて初めてで、というか人生のほぼ全てを運動なんて嫌いと思って生きてきたので

でもそう言われて、「あー私運動好きって思っていいんだなー」って、大袈裟に言うとなんか呪いみたいのから開放されたような気がした

というか私が嫌いだったのは運動ではなく体育の授業とか、明るくて運動出来る子の隣で自分のどんくささを突きつけられて心がぺしゃんんこになるあの惨めな気持ちとか、そういうことだったのかなーって思った

もっと早く出会ってたかったなー

今も相変わらずカヤック以外のスポーツはさっぱりだけど、それでも体を動かすことは楽しい

2020-03-09

ジムに通ってるけど、実際のところ今のジムって年寄りの憩いの場になってね?

俺が通ってるとこだけかな

50代以降の年寄りの男女がのんびりと運動してるのが目立つ

あとジジイジジイになってもインストラクターのお姉さんをエロい目で見てる(ま、俺もだけどw)

マッチョもっと違うタイプジムに行くんかな

2020-02-18

anond:20200218195305

というかオーダーシューズもオーダーインソールも持ってるけど

スポーツブランドふわふわランニングシューズのが楽

ただ、健康に良いかは知らん

足の裏の筋肉体重の掛け方で身体バランスが変わるらしいので

その辺は義肢装具士さんとか理学療法士とかスポーツインストラクターのが詳しそう

2020-02-10

塾の講師やらインストラクターやらコーチやら

いわゆる生徒(クライアント相手仕事をしていて

かつての自分もそうだし、同僚の中にもいるけども

生徒に思い入れが強いコーチ講師)に今は違和感がある。

語学コーチを今はしているけど、教えるのは文法などでなく

あくまでも「学習法」。

クライアントモチベーション学習進捗管理なども仕事

まれてるけど、語学指導は入ってないはず。

とはいえクライアントガンガン聞いてくるんだよね。

コーチングが何かまだ知られてないのもあるからそれは仕方ないけど、

気になるのは、クライアント文法などの指導に逐一丁寧に答えてる

コーチいたこと。

個人でやってる事だから別にほっとけばいいのだけど、それが

会社スタンダードだと思われたらいい迷惑です。

コーチ同士の相談掲示板でも、得意げに、

クライアント質問に全て答えることで信頼関係を作ってます!」

って話してて、うーん?となった。

顔が見えない関係からこそ、信頼関係ってすごい大事だけど、

申し込まれた時点でクライアントコーチを含めたサービスをある程度信用してるし

コーチとして稼働してるのなら、会社からコーチとしての信頼はもらってあるはず。

クライアントと直に信頼関係はそりゃ初対面でないだろうけど、

最低限のベースはあるものとして、お互いを開示していけばいいんじゃないの?

わざわざ余剰サービス提供してまで、信頼関係作らなきゃだめ?

しろコーチとしての自信がないから、余剰サービスで補ってない・・・

辛口すぎて、さすがに人に言えなかったけど、これには根拠がある。

私自身がそうだったからだ。

昔、家庭教師をした時、初めての通訳業務をした時、コーチになりたての時。

自信がなかった私は、とかく生徒やクライアントに“尽くした”。

生徒に好かれるため、クライアントに認められるため、例えば生徒にはイベントごとに

プレゼントや、生徒のつまらない無駄話を真剣に聞いたり。

クライアントからの無給で時間外労働のお願いも快く受けたり。

今思えば、いわゆる「都合のいい女」よね(苦笑)

結局、生徒の気まぐれで家庭教師チェンジ通訳業務も次につながることはなく。

なんだかすごく損したし、すり減った。

プロなら、プロに徹する。

たとえ自信がなくても、自信があるフリをする。

仕事以外の要望丁重にきっぱり断る。

その分、本業をきっちり仕上げる!

大体、コーチの話に戻ると、そうやって文法質問とかしてくる人、

十中八九、聞いても「ふーん、わかりました」程度。

こちらはプロだけど、わかりやす説明するためにいろいろ調べてるのに!

ひどい人になると、質問している自分に酔ってるだけの人もいるか

教えない方がその人のため。

調べ方は、コーチとしてきっちり指導するけど。

熱血コーチはいつか潰れる。

そして、熱血≠成果を出すコーチではない。

冒頭のようなことをしていると、クライアントコーチ依存してしまうし

一人で学習できなくなったら、コーチングの意味はない。

まぁ、その前にコーチが潰れるだろうけど…。

どっかでみんな気付くだろう。

どんなに心砕いてクライアントに尽くしても、あんまり

感謝されないよー、、、と。

本当に成果を出してるコーチプロに徹して、クライアント

距離を空けて客観的分析しつつ、痛いこともプロとしてずばりという。

尽くすコーチは言えないんだよ、嫌われたくなくて。

嫌われても、いうべきことを言える人は、結果としてクライアントのためになるし

それに気づいてくれた時、本当の意味で信頼してもらえるコーチになる。

ま、気づかれずにコーチ変更言われるかもだけど。

それはそれで。

やるべきことをやっていれば、会社咎められることはないし。

そこは割り切らなきゃね。

2020-02-06

初めて参加したヨガクラス瞑想時間というのがあった

人に大切に扱われたこと、自分が誰かを大切にしたことを思い出してみよう、と言われ目を閉じて考えてみた

が、あの人の優しさは言わば営業だよなあ、とか、あの人の優しさはまあ弱者への哀れみだろうな、とか、親の優しさは‥生物としてのものと惰性みたいなもんだな、とか

ろくなことが思い浮かばなかった

じゃあ逆に自分がした他人への優しさは、と思い返すも、相手を思っての優しさというよりは自分の信念でやってることがほとんどのような感じだ

とある自分語りマンガで作者が、優しくしているのに相手から感謝されないことを悩んでいた

作者はなぜ感謝されないのか、ということについて、自分評価しろという見返りのための優しさだからだ、そういうのが相手に伝わるのだろうと自己分析していた

私も結局自分の信念と自分の中での行動規範に基づいたものなので、たぶん相手はとくに感謝も感じないだろうなと思う

そう思うと人に優しくされ、返ってくる関係には、両者が同じ思考パターンを持っていないと成り立たないよな、…

と考えたあたりで瞑想タイムは終わった

きっとインストラクター先生のしてほしかった瞑想は違うんだろうな、もっとこう、人に感謝していこう…とか、人の優しさに気づいていこう…とかいイメージを持つべきだったんだろうな、と思い、しまったと思った

2020-01-21

教わるのが下手な人

っていうのはいるなー、と思う。

こないだスキースクール普通の平日に大人自分から金を払って教わるやつ、を受講したら別の人(おそらく同年代)と2人で1人のインストラクターに教わることになったんだけど、その人がまあ見事に言われたことをやらないんだよな。

かに両足揃えたターンをうまくやりたいですよねーって話をしてて受講してたスクールだけどさあ。ちゃんとそのためにはこれこれこういう基礎が大事です、という話の上で板をV字にしてこうターンしてこういう姿勢をとってここに体重をかけて、と丁寧に説明をされて、じゃあ手本を見せますからってやって見せてもらって、で、やる。

やらねーのな。

なんか両足揃えて滑ろうとすんの。基本がなってないのに無理にやろうとするから明らかに説明されたことをやれてないし、表情を見てても自分ができてないのはわかってそうなのに、やらない。両足を無理に揃えて格好よく滑ろうとする。いや、その前に体重のかけかたが大事だって説明されたじゃん。それをV字でやろうって言われたじゃん。なんでやらねーの?

しかしこれ、思えば普段生活やら仕事やらでも似たようなことをやる人はいるなあ、と思ったのだった。基礎が大事だしこれができるようになれば次に繋がるからって言われてるのに、無理に一足飛びに次に行こうとして結局何もできない。あるいは説明を聞いてないのか耳を素通りしているのか、説明された通りにまったくやらない。自分が習う側にいて周囲を観察してると、これはなんというか、キツいねプロ先生は常にこういう人を見てるんだろうなあ。大変だ。

人の振りを見て我が振り直せという話でもある。気をつけたい。

2020-01-15

anond:20200115165509

日本全国にサイゼリヤがあるんだからサイゼリヤ向けに供給するようにすればよいだろ>油絵 あと間違いさがし用の油絵とかも作ればサイゼリヤから定期的にお仕事貰えるようになるはず。そこはもっと営業努力するべき。

陶芸陶芸観光地陶芸教室インストラクターさんとして働けば毎食パンの耳食えるくらいのお給料はもらえるだろ。こっちも営業努力やで。

2019-12-30

処女卒業レポ

男性処女卒業する体験記は思いのほか需要が高いようだ。そこで自分もその体験を記し衆目にさらしてみたい。

かなり昔のことを思い出してしたためるので、脚色や記憶違いがあるかもしれないが悪しからず。

反社会的ゲームばかりしていると反社会的欲望を持つようになる」

男の娘ジャンルエロ作品にあふれた現在において、女装に興味を持ってしまった人間が実際に女装に走るのは自明の理である

普段は昼食を手作りおにぎり水筒の水で済ますようなケチ自分が、ウィッグ衣装化粧品合わせて数万も使ってしまったのだから女装したいという欲望は相当なものだったのだろう。

当時、女装子とチェイサーのためのSNSがあることを知り、

コスローというハンドルネームを名乗り自撮り画像をあげては反応が来るという環境に「女装エロ同人みたいなことって現実だったんだな」といい気になりながらもどこか物足りない気持ちになっていた。

「よし、処女を捨てよう」

その物足りなさを埋めるために、この結論が出るのはすぐだった。

ネット出会った知らない人と一対一で会うことには恐怖心があった自分は、定期的にパーティーを開催しレポートも出している主催者のA子という女装さんにDMを送ることにした。

すると、「ちょうど新宿で近日に空いてる回があるけど参加する?」とお誘い。二つ返事で参加表明する。

うわの空でその日までを過ごし、当日。早番をパパっと済ませて自宅で荷物とって電車へ。車窓から湯河原の海を眺め、小田原で夕食をとる。

広い駅舎に大提灯、複数路線が止まるターミナルは都会に来た気分になるが、駅を出てすぐの北条早雲像や小田原城などの史跡歴史を感じさせる、過去未来が奇妙に混在する町という印象があった。

そこから小田急線へ、携帯ゲームで遊ぶもどこか心が浮つく。あ、見逃し三振した。

そんなこんなで新宿へ到着。そこにあったのは迷宮だった。

数十ある出口。

延々と続く地下道

気づけばデパート家電量販店の中にいる。

いつまでたっても外に出られない。

そんな環境にあって勝手知ったるようにすたすたと歩いていく人、人、人……。

やっとのことで外に出たらビルを覆わんほどの巨大な電飾パネル

ロボットアニメ主人公機を彷彿とさせる都庁

突如現れるモノリスめいたビル……

小田原程度で都会を感じていた自分にとって、新宿という町は未来だった。さしずめ、小田急線タイムマシンといったところか。

それでも間隔的に置いてくれてある地図付き看板現在位置確認しながら目的場所へ向かう。高層ビルも鳴りを潜め、民家が目立ち始める。

そして指定された住所と特徴の建物にたどり着いた。気づけば十時になろうかという時刻だ。

(ここが会場……)

一呼吸おいてチャイムを鳴らすと、男性が扉を開く。短く刈った頭とやや吊り上がった目、ランニングシャツから除く二の腕はたくましく、スポーツをやっていたことをうかがわせるアラサー男性だった。

「えっと、某SNSでお願いしたコスローです」

「ああ、聞いてます。どうぞ」

そう言って招き入れてくれた中は、客間のようにソファーテーブルが置かれており、酒やつまみが置かれていて二人の女性と二人の男性がAVを見ながら歓談していた。最も女性二人とも男性なのだろうが。

奥にも一室あり、引き戸は明け広げられているが、電気がついていないせいで遠くからでは様子がわからない。近づいてみると、深夜通販で見るようなアウトドア用のベッドの大きいサイズが置かれていた。

そして、その上では。

主催のA子さんが、抱かれていた。

彼女SNSにあげる画像から、A子さんに抱いていた印象は、「昭和末期の美女」といったものだった。

ややウェーブがかかったセミロングの髪、長身スリムな体格、切れ長の目に青基調の暗めのアイシャドウビビドレッド口紅。網タイツで覆われた脚。

古本の山からふと見つけてしまったポルノ雑誌モデルのような、目を離さなくてはならないと思いながらも見続けていたい、そんな魅力のある方だった。

いま身にまとっている黒のネグリジェもA子さんの魅力を引き立てる。

そんなA子さんが、エロ同人から飛び出てきたような太ったおじさんに正常位で疲れ、嬌声をあげていた。

邪魔をしては悪いと思いそそくさとその場を立ち去り、手前の部屋へ。戸惑いを紛らわすために用意してくれていた飲み物を口にする。

コスローさんでしたね、女装子さんなんですよね」

出迎えてくれた男性に尋ねられ、うなづく。

メイクルームはそこでシャワーはあっちね」

かに設備説明を受け、礼を告げてシャワーへ向かう。長距離を移動してきて汗もかいていたので、温かくなるまで時間がかかるシャワーは心地よかった。

身体の水気を拭き、どうせすぐ女装するからと思って下着だけ身に着けてメイクルームへ向かう。

下着女装のもの、百円均一で買った黒のスポーツブラと白いショーツ、黒のニーハイソックスに変え、ショートウィッグをつける。

衣装は黒のチャイナドレス。肩から胸にかけてのボタンとサイドにファスナーとがあるので頭からすっぽり着れて、腰からストンと脱げるので重宝している。

この時点で、心は女性になる……といっても男性にとって都合のいい、性欲を喜んで受け入れてくれるような現実にはまずいない女性だが。

顔にファンデを塗り、頬にチークをさし、アイシャドウで目を作り、唇を口紅で完成。

やはり、見慣れた自分の顔が男性から女性のものへと変化していく様を眺めるのは楽しい

これで客間に出ていき、もう一度全身が移る姿見で確認する……と、後ろから出迎えてくれたアラサー男性が近づいてきて、

「かわいくなったね」

と両肩に手を置いてきた。いきなり触れられたことに不快感はなく、むしろ女性としての価値を認められたことに喜びを感じていた。

「こういう会ってよく来るの?」

「いえ、初めてです」

「じゃあ処女なんだ」

「……はい

今日卒業したい?」

「……お願いします」

出迎えてくれた男性は、僕が着ているチャイナドレスの襟から手を入れて直接肩や乳首を触ったり、裾のスリットからしりを揉んだりしながら尋ねてくる。

「横になれると行こうか」

しばらく僕の身体を堪能したアラサー男性は、手を引いて奥の部屋へ招き入れた。まだA子さんとおじさんはまぐわったままでいる。

アラサー男性はベッドの端に腰かけはいていたジーパンを脱いでから、僕をひざまずかせた。

まずはパンツ越しに触ってほしいのかな、と忖度した僕。そうしてみると、ぶるぶると弾力のある、半立ちのモノの感触があった。

自分ので触りなれているはずなのに、こうして初めて他人のものに触れてみると、なかなか奇妙な感触だ。これは何に近い触り心地なんだろう。

理科実験で作ったスライム……よりは芯があるかな

釣りルアー……より不規則な動きかな?

ぶつけられてもいたくない子供用のゴムボール……より中身が詰まってるかな? うん、海綿体が詰まってるね。

「楽しそうだね」

そんなことを考えていたら上から声をかけられた。

「そろそろ舐めてよ」

そう言って彼はモノをあらわにする。なかなかに立派なモノだ。

真正からモノを見るのは初めてだな、自分のは上から見るし、エロ動画だと下から見るし、奇麗に剥けていて丸々と張りのあるカリは木に茂った梅の実を思わせる。

などと心の中でイチモツ評を下しながら舌先や唇で触れてみる、結構弾力があって跳ね返してくる。しばらくそ感触を楽しんでいると、唇で押しても沈んでいかないほど固くなって、カリを上に向かせようという力が働いてきた。

フクロの部分も舌を這わせてみると確かにタマがあることがわかる。当たり前か、とペロペロしながらおかしく思った。

「初めてでそんなに舐められるんだ、どこで覚えたの?」

「独学です」

「もうすごくうまいけど、飴をなめるような感じじゃなくて、麺をすするようにしてみてくれる? 歯には当たらないようにね」

したことのない難しい注文だが、なぜか何となく勝手はわかった。ずるずると竿をすする。自分がこんな下品な音を立てている事実に興奮した。

「いい感じいい感じ。今度は交互にやってみて」

まるでフェラチオ教室インストラクターのような指示に従ってしばらく楽しんでいると

「混ざっていい?」

と背後からの声。振り返ると客間にいた別のアラフィフぐらいの男性がしゃがんで僕の顔を眺めていた。

いわゆるこれは前から後ろからの3Pというやつか。あこがれてはいたが初体験でこれは過激すぎじゃないのか、しかしこの機会を逃したらいつできるかわからない、いや一生できないかもしれない……

などと迷っていると、アラフィフ男性がぼくの腰を両手でつかんできた。そしてそのまま膝立ちでお尻を突き出し姿勢にされる僕の上半身アラサー男性下半身体重を預ける格好だ。

そのまま後ろの男性チャイナドレスの裾をめくりあげて僕の尻肉をわしづかみにした。

そのままパンツもずらして後ろの穴がさらけ出されてしまう。そして、何か冷たいゲルのものが注ぎ込まれた。続いて今度はぬるくて硬いもの

これは指だ、と理解したのは何周もぐりぐりかき回す動きを感じた時だった。

体内での遠慮ない動きに思わず声を上げてしまう。同時に、自分の後ろの穴が、入ってきた指をくわえこむかのように締まる動き。

「おお、いい締まりじゃん」

後ろの男性が期待を込めた声をかけてくる。

「そろそろ本番準備しようか」

二人の男性は僕をベッドにうつぶせになるよう促した。

「初めてでトラウマなっちゃうと悪いから、言いたいことがあったら言ってね」

「……じゃあ汚したくないかチャイナドレス脱いでいいですか」

「あ、気づかなくてごめんね」

行為への持っていき方はやや強引だったが、細かい点に気の回る紳士方だったようだ。ますます心がメスになってしまう。そのままストンチャイナを脱ぎ下着姿になる。

かわいい下着だね」

着ていた下着は百円均一のもので、なんとなく誉め言葉をもったいなく感じた。

そしてベッドの上でうつぶせになると腰を浮かすように枕が差しまれる。

ちょうど、相変わらずはめられ続けているA子さんの顔が真横に見える位置だった。

「こんばんは、コスローさん、でしたっけ?」

息を弾ませながら尋ねてくるA子さん。そういえば挨拶もまだだった。

はじめまして、こんなタイミングなっちゃって、すみません

これから処女卒業しようとしているタイミングで初対面の挨拶を交わす。まさに「こんなタイミング」だろう。

「いえいえ、主催なのに自分で楽しんでてごめんね。いきなりエッチしてて驚いた?」

「ええ、実際に見るのも初めてなんでさすがにちょっと驚きました」

「でも、楽しんでもらえてるようでよかった」

はい、やっぱり、女として扱われるのって、なんだかうれしいですね」

ガールズトークを始める僕とA子さん。方や本番真っ最中で、方や本番前にほぐしているところだ。……あっ、指が二本になったけど、僕の後ろの穴、すんなり受け入れてる。でも三本だと痛い。

そして男性がいったん離れて何かに強く息を吹きかけたような仕草をした後(後で知ったことだがゴムが破けないようにしているらしい。ここらへんも手馴れている)ついに、穴にあたる気配が指ではなくモノに変わる。穴を穿とうとするが、何度か尻肉の谷間を滑る

ちょっと枕ごと潰す感じて浮かせない姿勢になってくれる?」

まれた通りにすると、床オナのように自分のモノに自重がかかってしまう。完全にたっているので、暴発しないか心配になる。

ちょっとくっつくよ」

そう言って、背中男性の体温と体重を感じ、一寸おいて自分の後ろの穴が男性のモノを飲み込んだ感覚。ついに処女卒業してしまった。あれ、どっちの男性がさせてくれたんだろう。まあどっちでもいいか

「あは、コスローちゃん処女卒おめでとー」

隣でA子さんが祝福をしてくれた。こちらに向かって伸ばされた手を握る。正常位ではめられてるA子さんと、バックで掘られている僕が、がっちりとシェイクハンド

自分の中で男のモノがうごめいている。出そうとしていないのに喘ぎ声がでてしまう。声帯ごと侵されているような感覚だった。

しばらくそのまま続けた後、ふいに引き抜かれていく感触、あれ、もうおしまいなの? と思っていると

「正常位でやろっか」

と腰に手を回しされ半回転するよう促され、仰向けになる。そこで初めて、相手が途中から入ってきたアラフィフ男性だということに気づいた。そのまま腿を支えられて腰を浮かされる姿勢になって、再び中に入ってくる。

「顔もかわいいね」

頬を撫でられたり、胸部の肉を集めるように両掌でわしづかみにされたり、腰骨をがっつりつかまれたまま前後されたりプレイは激しさを増していく。正常位になるまえに一旦離したA子さんの手も、知らず知らずのうちに握りなおしてしまっていた。

最後自分の手でやってみ」

そういうと男性は、僕のA子さんとつないでいないほうの手を、僕のモノのところに導いた。いわれるとおりに数回しごくと、すぐにせりあがってくる射精欲。

はめられながらも完全に立っていた僕のモノ。そのままイクと、自分ぶっかけることになってしまうが、もはや手を止めることはできなかった。

僕に向けられた鈴口から勢いよく精液が飛び出し、腹に、胸に、口に飛び散っていく。ああ、ブラにもかかちゃったかな、まあいいか、百円だし、気持ちよかったし。

後ろの穴は、男性のモノをくわえたままキュウキュウと何度も開いて閉じてを繰り返す。

「やっぱり女装はイクときの締まりがいいんだよな」

アラフィフ男性は満足そうに、僕を見下ろしながら言うのだった。

続くかな?

このレポを読んでの二次創作は歓迎しま

僕をモデルにしたエロ同人読んでみたい

2019-12-07

セックスより気持ちいいことした話

性犯罪やめられぬ男の本音  女子中学生2人殺害、出所後も繰り返す過ち「やらない自信ない」(47NEWS) - Yahoo!ニュース

性犯罪者の再犯率は激高らしいけど、セックスより気持ちいい事があるのを知ると変わるのかなと思ったり。

10年くらい前にパラセーリングをしたけど、マジでセックスより気持ち良かった。

「空に座る」という感覚はやったことある人じゃないと分からないと思う。

栃木赤岩ってパラグライダー場だったけど、素人でも午前中に練習して午後からは一人で崖からダイブできたので行くならそこがオススメ

後日に赤岩が遠かったのでタンデムっていうインストラクターと二人で飛ぶやつを近場でやったけど、全然気持ち良くなかった。

パラセーリング趣味だと保険料が上がるらしいし結婚したらリスクのある趣味はできなくなるから独身彼女もいない人は是非とも一度は経験してほしい。

2019-11-19

anond:20191119121502

別に賤業なんて思わないけど、基本的に塾の先生って「学問の道で(学者とか)食っていきたかったけどなれなかった」>「学校先生にもなれなかった」>「仕方ないので塾」ってパターンが多かったんだよ。別に元増田の父がそうかどうかはわからないが、そういうコンプレックスがある人が多かったとは感じる。

美術音楽先生が、芸術世界大成できず、食い扶持として先生音楽教室美術教室をやっているパターンが多いのと似ているかな。

スポーツインストラクターってのも、だいたいそのスポーツプロになれなかったから、ってのも多い気がする。

少なくとも自分の子供がそう思っていない、立派な親だと思っている、ってのは救いになると思うから言ってあげたら。

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