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2018-06-19

実写顔出しYoutuberをつまらない、テレビの物真似と叩いてたはてな民キャラクターのガワを被っただけのVtuberにはブヒブヒ言いながら興奮している姿が無様でしょうがない。

結局やってることといえばゲーム実況歌ってみた雑談の類。youtuberニコ生主の二番煎じしかくそこに新しさなんて全く無い。にも関わらずそれを新しい文化だのとほざく。表面しか見えてないのかな…。

こういうと技術がー双方向性がーと言い出す阿呆が現れるが、半目で痙攣しながら喋る割り箸アニメのどこに技術的な見所があるの?ダンボール背負ってゲームしている姿をスゲースゲーと称賛していた連中と同じ臭いがする。

双方向性なんてそれこそピアキャス時代からあるんだが?今更そんなことを持ち上げてる連中って本当無知で呆れる。

自己顕示欲だけは強い乞食のくせに顔出しはできない卑怯者の養分になって楽しいか?女の形をしたハリボCGのケツを追いかけ囲ってちやほやする姿ははっきり言って気持ち悪いよ。

お前らが嫌いなアイドルオタクのものじゃん。むしろ架空存在のおままごとに付き合ってるだけなのに選民思想のあるバチャ豚の方が臭いか。

2018-06-10

anond:20180609214605

毎日ではないが、だいたい夕食は自炊

なんか、コンビニ弁当とか食べた後のパックを捨てる時の感覚が苦手なんだよね

虚しいというか、おままごとの後始末してるみたいで

2018-06-07

韓国男子と付き合ってみてわかったこ

韓国男子情熱的だ。正確に言うと恋愛に関して情熱的だ。

いつもクールタイプも、大人しく物静かなタイプも、恋愛になると普段の態度が嘘のように積極的になる。韓国男子は基本恋愛至上主義だ。そして恋愛偏差値も高い。

告白は当然男から。フラれても一度や二度じゃ諦めない。

知り合いの韓国男子曰く「一度フラれて諦めるようならその程度の気持ちしかない」とのこと。

全身全霊をかけて恋愛する。燃え尽きるまであの手この手アプローチしてくる。

そして付き合ってからも凄い。

恋人を何よりも一番に考えてくれ、無償の愛を注いでくれる。

女の子の喜ばせ方もよくわかっている。男らしくリードしてくれる。

から一度韓国男子と付き合ってしまうと日本の男では物足りなくなってしまう。今までの日本男子との恋愛ままごとに思えてくる。

それくらい熱量が違う。

ただいいことばかりではない。

とにかく距離が近いので、恋人とも適度な距離感を求める人は付き合うのに向いていない。韓国男子はぐいぐい距離をつめてくる。

ペアルック記念日イベントなどが面倒くさいと思う人も付き合うと疲れてしまう。韓国男子はそういうことをとても大事にする。

また、浮気はしない代わりにこちらの束縛も凄い

総じてイチャイチャするのが嫌いな人、一定距離感を保ちたい人は付き合うのは日本男子が向いている。

また、結婚相手としても、あまりおすすめはできない。

私の周りでも韓国に嫁ぐ人が何人かいたのだけど、苦労話もよく耳に入ってくる。

政治問題文化の違い。そしてなにより向こうの家族との付き合いが大変だ。

韓国男子恋人としては最高だが、結婚相手としては最良ではない。

しかし一度好きになってしまえば、そのような事情など気にならなくなってしまうから、注意が必要だ。

2018-05-25

子供YouTube

うちの子供たち(小学校低学年と幼稚園)はYouTubeが好きだ。とくにキッズ系のYouTuber、かんあきちゃんとか姫ちゃんとか、え、友達?ってくらい詳しいし、食いついてる。

最近アップロードされた動画ほとんどチェックしてて、まめに更新されるから2日に1回は確実に見てる。

正直、人んちの子どもがおもちゃ遊んだりおままごとゲームをしてるのを見てて何が面白いのか自分にはわからないが、これだけ食いついてるんだから面白いんだろう。共感できないが理解はできる、って感じ。ちなみにテレビテレビイッテQとかシンカリオンとか毎週見てる番組はいくつかある。

YouTuberもいろいろいるけど、親としては小学校低学年に見せるのなら子供YouTuberの方が安心して見せておける部分はある。大人YouTuberだとデスソースとかコーラ風呂とかやることがきつい。食べ物無駄にしたり体を張ったりするようなところが、まだ分別のつかない子供には放置で見せておけない危なっかしさがある。まあイッテQも似たようなもんだけど、YouTubeの方が「自分もできそう」のハードルが低くなる感じが危ういというか。

1日1時間程度、自分スマホからクロムキャストテレビに映して見せてる。一度スマホ操作をこどもに任せたら、チャンネル権?を上の子が独占して下の子が泣いてたので、それ以来あまり子供には渡さないようにしてる。ちなみに下の子が泣いてた理由は「ハロウィン動画のおばけの仮想がこわいと言ってるのに、違う動画に変えてくれない」だった。

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自分が低学年の頃見てたものと言えば、全員集合とか、カトちゃんケンちゃんとか、SHOWbyショーバイとか、世界名作劇場とかのテレビ番組で、当時はもちろんめちゃくちゃおしろかったわけだけど、今はYouTubeのこういう感じがいいのかぁ、って思う。

いや、べつにYouTuberをディスりたいわけではないんだ。あの当時全員集合をみてゲラゲラ笑う自分に、母が「こんなばかみたいなの何が面白いの」っていってたあの感覚と全く同じことなんだと思うが、大人になったからわからなくなることってあるんだと思う。きっと自分子供の頃YouTubeがあったらはまってただろうし。

まとめると、クロムキャストはいいぞってことと、テレビしろYouTubeしろ放置で見させとくのはよくないよね、ってこと。

YouTubeTVにはない親近感と高い更新頻度による依存性はあながちかにできないよねと思いました。そんなところです。

あぁぁ

社会人3年目で彼女と1年くらい。

学生の時の彼女って、おままごとか性欲処理だったんだなって思うくらいお金生活、将来の相談?(結構一方的に言われる)をする。

いついつまでに同棲したいとか。

正直めちゃめちゃいい人だから、この人と一緒にいたら人生うまくいく気がする...とか思っちゃう

けど、相手の方が自分より優れてるの部分が多くて、紹介した友達にも言われたりして

めっちゃ卑屈になっちゃうし、自嘲的にもなって、いつでもフっていいみたいな事を遠回しに言ってる。

もちろん、逆に彼女自分友達に紹介できるような人になりたいと思って、いつもより仕事頑張ったり、筋トレしたりしてるけど

こんなの続くのかなーとか、別れたら無駄だなとか考えてる。

全然自分一人で解決できないから、と思って初増田書いてみたけど「あぁ」って感じ。

読み返すと何伝えたいのかわかんないし、何よりダセェ

もっと頑張らなきゃ。

2018-05-22

生活

ふとリビングに並んだ冷蔵庫電子レンジパソコンを見ると、それらの扉や画面が几帳面な顔をして佇んでいる。

たがそんな彼らを生んだ技術者や、工場作業員にも日々の暮らしがあり、悲喜交々人間の生の感情が潜んでいるということに気づくと、なにか嘘くさいものを感じた。

俺の両親は昔から仲があまり良くなかったが、数年前酒に酔った親父がお袋を殴ってから、お袋はPTSD気味になり親父と顔を見て合わせるのも嫌だという。

去年田舎大学へ進学した弟の世話をするという名目で近頃は、家にもあまり帰って来ない。

20数年で人生を語るのはおこがましいとは思うが人間生活はおままごとのようなものだと思う。

労働して得られた賃金人生を豊かにしたつもりで、大したことの無い自分を誤魔化して生きている。

こんな誠実さに欠けた世の中からは早くおさらばしなければいけない。

一昨年に高校の先輩が自殺してしまって、葬式で見た親御さんの表情を見てからは、とてもそんな事出来ないけどね。

2018-05-02

小さい主体だが目立つものを作ってる連中って

起業とかベンチャーだので、後ろ盾なしに、頑張って人生かけて作っているものでも、

組織の連中にしてみれば、ブンブン振り回して、かつ自分好みにして、気に食わなければ使い捨てできる。

うまく行けば自分個人出世につながるってやつの使い捨ておもちゃに過ぎないんだなぁと思ったりする。

当然使い捨ておもちゃにされるのが見えてる状態では、周りにそこそこ恵まれサラリーマン人生最高!

大企業でその他多数で、でも名誉収入が得られる状況最高!と言うのはわかる。

で、みんなが安定ばかり狙うと、新しいものを作るという実績を挙げれなくて困るから、なんとか煽って起業させようとする。起業いいよーすばらしいよー!と。

退路がなくなったところで、今日くまさん人形とおままごとしようかー、今日くまさん人形とお散歩しよー、

なんか気に食わないかくまさん人形引きちぎっちゃお!!!

うん。なんかホンマに情緒不安定幼女おもちゃだな。ベンチャーとか、下手にでかい夢を持って自分で立って歩いてる人間なんて。

2018-04-25

anond:20180425095032

なんのデータにもとづく根拠もないことを自分で明らかにしたじゃん。

女性専用車両こそ、「なんのデータにもとづく根拠もない」ですねぇ。

効果データすら示すことができない。

せめて鉄道会社社会差別であることを訴えるレポートくらいあるんでしょ?

鉄道会社には定期的に投書しています

それなしにやってるとか言うのは、自分小学生以下のおままごとみたいなことひか出来ないと証明してることになるぞ。

増田に書いてるのはおままごとですねぇ

anond:20180425094430

なんのデータにもとづく根拠もないことを自分で明らかにしたじゃん。

自分でやってるって勘違いするのは簡単だよ。せめて鉄道会社社会差別であることを訴えるレポートくらいあるんでしょ?

それなしにやってるとか言うのは、自分小学生以下のおままごとみたいなことひか出来ないと証明してることになるぞ。

2018-03-30

anond:20180330024257

んー、私が言いたいのはオリンピックみたいに権威があって人気があるとこが無償で人を使うことで(例えそれが志願制でも)それ以下の環境のところによくない影響があるんじゃないか?それは考慮されてるのか?ってことなんだよね

福祉現場って言っても広いけど、障害児童支援とかはボランティアを前提に組織が成り立ってるとこも多くてそれも(オリンピックと同じで)自分から希望してるボランティアの人が多い(だいたいは当事者家族ね)

で、そういうとこだとみんながやりたくてやってる感を出してたり、人助けだから、いいことをしてるから、ってのでお金の話になかなかならない

やるほうも責任感ないおままごとだったりするしね(で、一部の真面目な人が過大な負担を強いられると)

それをオリンピックみたいに影響力のあるとこがボランティアでなく、お金払います善行だし、希望者もたくさんいるけど、それでも払います)ってなればまあ多少影響はあるよね

その影響は考えてほしい

オリンピックは今までボランティアでずっとやってきたかもしれないけど、世界平和とか色々大層なお題目を掲げてやるような一大行事なんだから、そういう現代社会問題考慮して手本となるような変化を起こしてくれたら面白いなって思ってる

まあオリンピック絶対善みたいな顔してなかったらそこまでの要求はされてないと思うけど、実際はしてるわけだからそういう現代価値観に見合ってるのか・手本に相応しいのか(もっといえば、数々の大企業が支持する団体イベントとして相応しいのか、国の予算を使うのに相応しいのか)っていうことが都度検証されてくのはいことなんじゃないかな〜

2018-03-20

アイドル

本物の闇を経験した俺からしたらままごとしか思えん

こういうのは俺らみたいな闇系に任せてのほほん日常書いとけばいいと思う

圧倒的に暗い経験がたりない

カブトムシの味とか知らんだろ?

2018-03-18

誰の一番にもなれない

きっと私は誰かの一番はなれないし、私も誰かを一番に選ぶことなんてないんだろう。

まれから四半世紀。

私は誰かを好きになることもなく生きてきた。恋をすることなく生きてきた。

学生時代には友人の恋バナを聞いて、会社に入ってからは同僚や先輩たちの恋人愚痴を聞いて生きてきた。いつかは自分もこうなるんだろうか、なんて考えながら。

小学生の頃、○○ちゃんは○○くんのことが好きだとかそういう噂話をよく聞いた。小学生の頃の「好き」は何だかままごとみたいというか、噂する方もあまり真剣みがないというか、子供らしい遊びの一種というか、とにかくなんとなく「軽かった」。

中学生になってからは、そういう話は仲の良い子達だけでひっそりと語るようになった気がする。小学生の頃よりはそういった話題に慎重になった感じがするのだ。彼氏彼女という言葉現実味が出てきた。

テスト間中、少し早く登校したときに、教室同級生が仲睦まじくしているのに少し驚いた。邪魔をしてしまったなと思いながらも私は席についてテスト勉強をし始めた。

高校生。私の周りだけかもしれないが、恋人がいる、交際をしている……という子は少なかったような気もする。それでも中学生の頃よりは恋人がいる子が増えた。彼氏彼女持ちは鞄にお揃いのディズニーマスコットをつけていた記憶がある。一緒にディズニーに行ったんだろうな~。そんなことを考えていた。

高校生になる前はうすぼんやりと「高校生になったら私にも恋人が出来るんだろう」と思っていた。雪が溶けたら春が来るだろう、くらいの何の根拠もない漠然とした話だ。当然、私には彼氏彼女もできなかった。

私は大学はいかずに専門学校へいった。ちょっと特殊学校で、私の在籍した科には十人ほどしか人がいなかった。男女比は極端に片寄っており、でもそれに何らかの不満も抱くことはなかった。ここでも恋人は出来なかった。けれど周りを見渡せば、恋人がいない方が珍しかった。バイト先や高校で知り合った人と交際しているのだ、という話に私は「すごいね」と笑った。自分には何だか現実的でない話のように思えたから、本当に他人事だった。

恋人が欲しかたか、と言われると返答に困る。人の話を聞くといたら素敵だろうな、お休みの日に出掛けたりしたら楽しいのかな、などと思えるけれど、女の子達の「彼氏とずっとラインしてる」や「三日もライン既読がつかない」なんて話を聞くたびに正直『めんどくせぇな』と思った。そんなにこまめに連絡を取る几帳面さは私にはなかったし、そんなにたくさん話すことがあるものなのか、と驚いた。

でも、クリスマスになると男女問わず恋人に何をプレゼントしよう、どこでデートしよう……なんて頭を悩ませているのが素敵に見えた。恋人がいない身ながらも、プレゼントはこんなのがいいんじゃないかとか、こんなところでデートできたら素敵だとか、友人の相談にほんの少し乗ったこともある。

会社に入ってからも、私は恋人を作ろうとはしなかった。多分心のどこかで突然できるものだと思っていたのだろう。望まなくともそのうちなるようになるんじゃないか。今は恋人より仕事の方が大事だし。そんな風に考えて、結局ここまで来てしまった。

まれから四半世紀。

かつての同級生結婚出産をし始めている。二十三才の頃に「このままじゃいけないんじゃないか」と焦って婚カツをしてみたりもした。そこで私は気づくのだ。「私は恋が出来ない人間なんじゃないか」と。

そこまでの経緯は省くが、婚カツをしていてなんとなくいい雰囲気になった人がいた。何回か一緒に出掛けたりして、ランチしたりショッピングもしてみたりした。何しろ恋愛経験がないから男女が二人で連れ立って何をするものかもわからない。それでも何となくそれらしいように振る舞った。そのくせ、ショッピングしている間も食事をしている間も、私の頭の中には「何をしているんだろう」という疑問がずっとあった。

知らない人とご飯を食べて、買い物して、それで私は何をしたいんだろう?どうなりたいんだろう?

デートのような何かを終えて、別れ際に相手の人が笑顔で「またね」と手を振ってくれた。

本来ならこれはとても良いことなのだろうし、私に好意を向けてくれたのは本当にありがたいことのはなのだ。けれど私は「ええ、また」と微笑む一方で「馴れ馴れしいな」と思ってしまった。

馴れ馴れしいな。そう思ってしまった瞬間に、私は「恋が出来ない人間なんじゃないか」とふとひらめいてしまった。

厳密に言えば私がしていたのは婚カツだし、婚カツとは結婚相手を探す活動だ。だからしかしたらそこに「恋」を求めるのはお門違いなのだろう。

ともかく、好意を向けてくれたのであろう相手に「馴れ馴れしいな」と思ってしまった自分の最低さを恥じながら、私はその半月後には婚カツをやめていた。

恋人ってなんだろう、と思春期のような問いをずっと抱え続けている。婚カツをしている間にドライブに誘ってくれた異性も、夜の食事に誘ってくれた異性もいる。けれど、最終的には「面倒くさい」「ちょっと気持ち悪い」というような、本当に失礼な気持ちを抱くに至ってしまった。

ドライブといえば車の中でふたりきりなのだろうし、夜の食事といわれるとどうしても身構える部分がある。

「用心深すぎる」「隙がない」。知人友人によくそう指摘される私は、ここでも用心してしまった。

車で二人きりになって、そのまま知らないところへつれていかれたらどうしよう。食事で席をはずしたとき飲み物に変なものを混ぜられたらどうしよう。

書き出していて思ったが、これは都合のいい自分への言い訳なんだろうな。用心深く相手を見るということは、つまり相手を信用していないというわけで、きっと私は端から相手のことを信用しようだなんて思っていなかったのだろう。でもそんな自分正当化したくて「用心深い」なんて話を引っ張ってきたんだろう。

相手を信用できない人間が、相手に信用されるわけはない。

人を好きになるということは、その人を尊敬するのと似ているように私は思う。尊敬できる部分があるから好きになれるんだろうと思う。一緒にいて心が楽になるとか、楽しいとか、そういうメリットがある人間を人は「好き」になるんだと思う。自分にとってデメリットばかりの人間を好きになるひとがいるとはちょっと思えない。

私も友人や家族のことは好きだ。尊敬できる部分があるから。でもそれは「恋」じゃない。

恋をしてみたかった。

自分の中の何かを決定的に塗り替えてしまうような、その人のことしか考えられなくなるような、一言言葉を交わすだけで胸がドキドキするような、そんな経験をしてみたかった。

けれど、自分がそういうものを望めない人間だというのを何となくだがさとってしまった。

きっと恋をすれば、恋人になれば、手を繋ぐ以上のこと、キス以上のことにもなれていかなくちゃいけないだろう。しなくちゃいけないんだろう。私にはどうもそれが出来ない。

手を繋げるのはおそらく家族と友人の範囲までだろう。他人の体温は生ぬるく、どうも落ち着けそうにない。キスも同じだ。映画ドラマアニメ漫画物語の中で交わされるそれはドラマチックだけれど、自分がすることを考えると鳥肌が立つ。

一人でいるのは気が楽だ。自分のことは自分で決めて、自分以外の何者にも振り回されないというのがすごく楽だ。

誰かの一番にはなれそうもないし、誰かを一番に思うこともなさそうだ。でも自分が一番楽ならそれでいいや。最近はそう思いながら、恋人がいないことに悩む二十代のふりをしている。

2018-03-03

anond:20180303101745

平凡な学部文系最初仕事なんて

営業事務でしょ、それかSE見習い

なら、口頭コミュニケーション

TOEIC、所有資格で見たほうが、

入社後の仕事の出来と相関性高いよ

まー、俺が言いたいのは

私大文系学部卒が就職するような

ポジション学歴フィルターするのは、

本物の学歴フィルター現場から見ると

ままごとに近いって話

2018-02-11

女になりたくなかった

幼少期に女嫌いをこじらせすぎた。

原因は母親ヒステリー

毎日夫婦喧嘩は絶えず、家ん中じゃ麦茶が飛んで皿が割れた。

喧嘩の発端は、毎回、母親が突然に不機嫌になる事だ。

母は人付き合いが壊滅的に苦手だったが、父の仕事関係で、妻として表に出る事が多かった。

その中で生まれネガティブ感情が、大体二週間ぐらいかけて『そもそも結婚なんかしなけりゃ』という不満に発酵し、その後は『超不機嫌モード』に移行する。

そんな母の態度に、生来短気な父の堪忍袋の緒が切れると、家の中で怪獣大戦争が勃発するという仕組みだった。



──と気付いたのは大人になってからで、幼い私は兄と抱き合って震えながら、『うちのおかあさんは何故急に怒ったり不機嫌になったりするのだろう』と考えていた。

喧嘩が終わった後、私たちはよくベソをかきながら父に聞いた。『なんで母さん、ああなの』と。『気に入らないことがあるなら、言葉で言えばいいのに』と。すると父はこう返した。

『母さんは女だから。女の人は男の人と違って理論的じゃないから、よくわからないところで感情的になるんだ』と。

私は兄と一緒にふんふんと聞きながら思った。

『そうか、女だからか。女ってクソだな。』

健全な性の道を踏み外し出す、記念すべき第一歩だった。



第二ステージ

母親を疎み、兄や父と主に過ごしてきた私の読書習慣が、歪んだ固定観念をより強固なものとするに至った。

少年マンガの購読である

(先に断っておくが、私は少年マンガ糾弾する気は一切ない。ただ事実ありのままに書き記していくだけである。そして私はありとあらゆるジャンル漫画が大好きだ。)



兄弟と育った私は、コロコロを読み、ジャンプを読んで育った。父のコレクションである少年漫画に手を伸ばし、特にドラゴンボールを好んで読んだ。

しかし私はドラゴンボールブルマちゃんが嫌いだった。天才科学者とかそういう長所は、曇りきった私の目には見えておらず、『何も出来ない癖にすぐ泣いてすぐ叫び、恋や欲求にすぐ目がくらむ、ヒーローの足を引っ張る存在』とそんな風に見えていた。『ああ、父を煩わせる母と同じだ。やはり女というものはこういうものなのだ』と。



同時に、私の性の芽生えの切っ掛けもブルマちゃんであった。

詳しくは割愛するが、あのマンガって結構えっちだよね。

とにかく女体に興味を覚えてしまった私は、こっそり父の読んでいる青年漫画に手を出した。前に一度ちらりと見えた時、なんだか非常にえっちっぽいページが見えたかである

親の目を盗み、どきどきしながらページを開いた。そこには大人世界が広がっていた。

どろどろとした愛憎入り乱れる大人世界だった。女はひどく誇張された化粧と共に描かれ、男相手に股を開いていた。

べっとりとした口紅と真っ黒な性器が、多大なる忌避感を私に与えた。



『おヴぁああああああああああああ』と私は心の中で叫んだ。

ブルマちゃんの可愛らしいお胸とは正反対のものがそこにはあった。

だがリアル調のその漫画の方が真に迫っているような気がした。

なるほどこちらが真実だったのか、と小学三年生の私は納得した。

『女はクソだ、内面だけでなく外面も。』

齢九、私は何処へも辿り着かぬ道へと順調に足を踏み外していった。

ついでに化粧が嫌いになった。



さて私はある時期より、重大な気付きに直面する事になる。

それは『自分も女である』という事実であった。

私は自分母親のようになる事を極端に恐れた。ゆえに『感情的にならない事、理論である事』を信条に掲げて日々を過ごしてきた。

また、既に女という性を軽んじていた私は、『女子なんか』と遊べば『女』になってしまうと思い込んでいた。

ここでの『女』というのは、しばしば侮蔑的な響きを含むあの『女』のニュアンスだ。『まったく女ってのは』というあの感じだ。



女子ままごと菓子を好み、恋の話に興じるもの男子は外で体を動かし、虫やボールを追いかけるもの。前者は幼稚かつ非建設的で、後者建設的なもの──。

私は男子に混じって遊んだ。虫をつつき、ボールを追いかけ、カードゲームに興じては『女子にはわかんねーだろ』と男子と一緒に男ぶった。

てめーも女子だろ。

ともあれ男女問わずパンを履きまくっていた時期にそれを咎められる事は一切なく、私はこのままずっと『男』に混じって生きていくものだと思っていた。



しかし年齢が上がるにつれ状況は変わっていった。



中学時代より、『女子』としての振る舞いをするよう諸所で注意を受けるようになった。

足を開くな、スカートを履け、髪を整えて身綺麗にしろ

私はその度に反発を覚えた。それが身に染み付いた女嫌いゆえであるというのには、未だ気付いていなかった。ただ女らしくしろと言われる度、いいようのない嫌悪が体を駆け巡り、肉体を引き裂きたいような衝動に駆られた。

父や母も男勝りな娘の教育ほとほと手を焼き、私を『反抗期』と称した。私もそうであると思っていた。

──『反抗期』という言葉に、ひどく感情的な、理論の欠如の時期、という印象を見出した私は、すぐに『反抗期』を終え、男らしく振る舞うのをやめた。

女らしく振る舞う事もしなかったが、それで周りは満足したようだった。



さて年月が過ぎ、こうして高校までをしのいで来た私であったが、大学へ出るに当たり、いよいよ『社会』という漠とした強敵対峙する事になる。

家族は言った。『お前もそろそろ化粧を覚えないと』。

Wait, what?

私は心の中で叫んだ。脳裏に浮かんだのは、幼少期に見た、あのべったりとした口紅と醜い性器映像だ。

あの醜悪気持ちの悪い化学製品を、醜い女の象徴を、私に塗りたくれと言うのか。

女は醜いものだと教え込んだお前達が、今度は私に女になれというのか。そりゃないぜworld。



齢十八。私は化粧から逃げ回った。

言わずもがな、最たる要因は、家庭環境の最悪だったあの時期に読んだ例の青年漫画だ。

あの裸の女が身につけていた口紅だ。自業自得はいえ、最早トラウマだった。

親はありとあらゆる手で私を説得しようとした。

『最低限のマナーから』『そんなんじゃ社会でやっていけない』『化粧は有害じゃない』

『今はただの練習でいいから』『ええい駄々をこねるのをやめろ!』。



さて、呆れた事に私は自分がなぜこんなにも化粧品嫌悪を抱くのかを、未だ理解していなかった。

いくら醜悪描写漫画で見たからといって、なぜそれが全てだと思い込む?テレビを見ろ、タレント達は男女問わず化粧をして美しいじゃないか。──』

その裏に繋がる根深い『”女性性”への嫌悪』に気付けなかったのは、外面的な事に関して言えば、私の嫌悪がごく限定的である為であった。

化粧、ヒール、裸体を連想させるような肌の露出。装いに関して嫌だったのは、この三点に尽きた。

別に女の肉体を持っている事について、不満はない。

男の肉体が欲しいとも思わない。

着物であれば女性のものを好んで着たし、ミニスカートヒールでなければ、多少はフェミニンな装いも吝かでない。

非常にややこしく凝り固まった嗜好がどこから来たのかと、私は大いに悩んだ。

こうして書き出せば理路整然としているが、書いていない様々な事ゆえに気付きは遅く、私は自分が一体何故こうも屈折しているのかと懊悩した。



齢十八と半分。ようやく気付いた切っ掛けは恋だった。

幼馴染に、太陽のような男がいた。

高い背とおおらかな心が皆を惹き付け、彼の周りには男女問わず人が集まった。

私と男は気安い仲だった。ある時、抱えきれなくなった想いを彼に吐露した。

彼は赤面していた。想いが伝わったのだと浮かれ、私は何度も愛を告げた。間違いなく、あれがそれまでの生涯で一番幸せな時だった。

やがて彼は真っ赤な顔をして、はにかみながら、人を惹きつけるあの笑顔でこう言った。



『お前も可愛いよ』



大抵の女性であればここで舞い上がったのだろうか。しかし私は違った。

『おヴぁああああああああああああああ』と心の中で叫んだ。待て、お前、可愛いよってなんだ。可愛いよってなんだ。

かにも、私はその瞬間まで気付いていなかった。男に慕情吐露する事がどういう事なのかを。人として心から愛していたから、それを告げたい。ただそれだけだった。無責任な事だったと今なら思う。

いや、私は付き合いたいとは思っていたのだ。だがそれが必然的に『女扱い』に繋がるという事に気付いていなかった。彼は私に化粧やお洒落を望むだろう。まだ若く健全な男として、『可愛い彼女』を会得する事を望むだろう。

私は絶望した。

私はこの男を愛してはいるが、彼の女にはなれない。自分の中で育ててきた固定観念が、私に盛大に牙を剥いた瞬間だった。

ようやく私は自身に深く根をはる『”女性性”への嫌悪』に気が付いた。



私と幼馴染はどうともならなかった。

幼馴染も馬鹿ではない。彼は『可愛い』という形容詞がおよそ私には合わない事にすぐ気付いた。



暫く友人以上恋人未満のような関係を続けたある日、彼は言った。

『やっぱ俺、お前を女としては見れない。』

私は返した。

『然もありなん。』



さて、ようやく氷山の全容を眺める事が出来るようになった私だったが、ぎちぎちに凝り固まった偏見を見つめ直し、途方に暮れた。どれだけ難儀な奴だと。

いっそ潔く『俺は男だ!』と思えたら楽だった。

いっそ『女は等しくクソだ!』と思えたら楽だったかもしれない。

だが私は男でないし、女はクソではないし、女友達普通にいたし、大好きだった。

『””』を使って『”女性性”への嫌悪』と書いたのは、この『”女性性”』が、『世間一般蔓延してはいるが真ではない、女性に関する漠然として、かつ悪意を孕んだ偏見』に過ぎぬ為だ。

ネット漫画で嫌という程に見る”醜い女像”など、現実人間関係では見た事がない。

強いて言えば母親ヒステリーぐらいだが、それもも母親を一個の人間として見られるようになってからは、『母は女だからそうなのだ』という訳でない事を知った。



全てが根拠なき偏見ゆえと気付けたのなら、何も気にせず、ただ己として人生を歩めるだろうと思っていた。

だが、最早これは理論ではなかった。『女』として社会に出る事を考える度、『女らしい』格好をする度、どこからともなく嫌悪と惨めたらしさが迫り上がった。

『女の格好をすれば、きっと皆私を”女”と見るに違いない。甘ったるい菓子を好み、ぺちゃくちゃと甲高い声で噂をし、感情的に泣き叫ぶ、あの生き物と同類に思うに違いない。──』

『あの生き物ってどの生き物だ。お前の女の友人に、そんな奴が一人でもいるか。あと誰もお前の事は気にしねえよこの自意識過剰野郎。』

絶え間ない反駁でどうにかその考えを埋葬しようとするが、気が緩むと、それは何度でも蘇っては私の前に立ちはだかった。

また、たちが悪いのは、偏見が純然たる嘘でもない事であった。

私が私の中に根付かせた偏見は、何も初めから私が生み出したものではない。

漫画文学ネット、口さがない噂。

母親の姿。

買い物に少々時間をかけて良いかと問いかけ『女の子ってほんと買い物好きだよね』と返された事。

転んで涙を滲ませた私に『女って何ですぐ泣くの?』と問い掛けたクラスメイト──。



世間”が私を『女』と見る。女として生きたくない。いやそれは偏見に過ぎない。お前は女の友人達侮辱するのか。だがこの先、私が囚われてきた偏見と何度直面する事になる?

いっそ男になりたい。いやそれは逃げで甘えだ。男達をも侮辱する考えだ。だが少なくとも、私が嫌悪してきた女性性を押し付けられる事はなくなるだろう?



一つ、確かな事がある。私に恋愛が出来る気はしない。

私は幼馴染を心より愛していたが、『女』として扱われるのは耐え難かった。いっそ最初から男であったなら、私は彼を友人として愛せていただろうか。

近頃、新たに気付いた事がある。寝台で、男に抱かれる女としての自覚を得た途端、私は完全に不能になる。



必ずしも恋愛がしたいわけではない。

ただ目の前の人々を愛し、尊重し、あとは流れるままに生きていければいいと思う。

反面、やはり人と愛し合ってみたいという願いも漠然と持ち続けている。



こうなりたくてなったのではない。だが後ろ向きでもない。

『女はこうだ』『男はこうだ』と括る前に、目の前の人間を、一個の人間として見る事、

己と違う、十余年、数十年の生を歩んできた人間を、ただ一人の、別個の人間として尊重する事を信条に、

取り敢えず前を向いて生きている。

2018-02-06

VRようじょ(おじさん)のメンタリティとどのつまりドラァグクイーンと同じ

「ガワから解放」と

さもご高尚なお題目を掲げてるが

あれはおじさんから見た幼女象であって

現実ようじょ実態を映している訳ではない

その点で、自分の中で蓄積されたフィクショナルな女性像を

過度に強調したメイクや整形で投影する

ドラァグクイーン(いわゆるマツコみたいなテンプレオカマ)

と同じなのである

 

VRようじょおじさんは結局のところ

ガワをようじょに変えることで

自身社会が持っているステロタイプから

完全に逃れたわけではない

しろ自身の持つステロタイプ従順からこそ

ようじょにあこがれ、そしてバカげたままごとをするのである

 

本当にフリーな人と言うのは

ヘンな恰好3Dで飾りたてる必要は無いのだ

2018-01-31

anond:20180131150110

本物の闇を経験した俺からしたらままごとしか思えん

こういうのは俺らみたいな闇系に任せてのほほん日常書いとけばいいと思う

圧倒的に暗い経験がたりない

ガソリンの味とか知らんだろ?

2018-01-29

身も心も拘束され続けてはや4年。もうつかれた。

一人目を産んで一年半くらいの間はぶっちゃけ育児っていうほど大変か?と思ってた。

甘かった。

二人目が産まれから本当の地獄だった。

二人目はとにかく激しく動きまくる子供で、一人目ではなかったあれやこれやたくさんしてくれる。

ものはなんでも口に入れ、高いところへ登り、抱っこもベビーカーも嫌がり、猪のような素早さと勢いでどこかへ走り去り、陰に身を潜めてしまう。

1歳半の女の子だが初対面の人にはほとんどの確立男の子だと思われてしまう。

ハーネスも着けてみたがムダっぽい。ぐんぐんどっか行ってしまう。なぜ。

一人目は一人目でものすごい頑固者でオモチャ位置を座標があるんじゃないかというくらい正確に決めていて、これを乱されるとゆうに一時間は泣き続ける。

おかしいんじゃないかと思って病院とか各所で調べたが正常の範囲らしい。

おしゃべりでよく話す。ままごとが好きでなんかのごっこ遊びをいつもずっとしてる。だが、話の脈絡が無くて話をあわせるのがすごい大変だ。

造語も多い。ソーリャーピーヤってなんだよ。わかんねえよ。

こちらも3歳女の子

とにかく動きまくって二人で別々の方向に逃げていく子供たちを追ったり、謎のこだわりに付き合ったりするのに疲れた

あとお金かかりまくるのに超つかれた。

誰だよ二人子育ての労力は1.5倍とかてきとうこいたやつは。3倍かそれ以上はつらいだろ!畜生畜生

2018-01-21

anond:20180121123606

こいつのような印象操作は今でも消えてほしいと思ってますけどね

まあ弱い手の中でままごとしてるのだろうと思うと哀れにもなるのでなるべくほっとくようにはしてますがね

2017-12-29

ままごとだと笑ってほしい

担降りブログ、ということになるのかもしれない。担当というよりは推しだけど。私が推してきた男の子ジャニーズでないし、むしろ現実人間ですらない二次元キャラクターなので、これは担降りブログの真似事なんだろうなぁと思う。数多の担降りブログの語り口調まで真似てみたりして、まるでままごとなのは理解しているつもり。それでも年内にこの気持ちをお焚き上げしたかたから、せめて増田でくらい許してほしい。

私の推しは、アイドルだった。

彼はアイドル恋愛出来るゲーム攻略キャラクターで、彼と二人三脚で夢に向かって頑張って、ゲームの中で、外でたくさんの思い出を作ってきた。

彼の歌はどんな音楽よりもたくさん聞いたし、新作グッズが出れば彼のグッズは全て買って、ライブがあると発表されればその年の何よりの楽しみで、必死チケットを手に入れた。イベントもたくさん行った。

ゲームアニメも歌もライブも全てが楽しくて、新しい彼の姿が発表されるたびに大喜びして、過去画像と比べて成長してる!なんて妄想を膨らませながら楽しんだ。

作品公式企画姿勢が好きで、何より根底流れるテーマが大好きで、コンテンツ10年続くように、それ以降も楽しむことが出来るようにたくさんお金を使おうと決意して、気がつけば6年以上追いかけていた。6年以上、どんな対象よりもお金時間を費やしてきた。

私の推し世界一笑顔がかわいくてかっこよくて、誰よりもハートマークを作るのが上手だと思ってた。ツイッターつぶやきを追いかけて、ハラハラしたり大喜びしたり、彼の言葉勇気付けられたりした。花火を見ながら泣いた冬もあったし、初めてMVが発表されたとき世界で一番幸せだと思った。ライブの度に涙を流して、その場にいることに、目の前のキャストたちに溢れんばかりの感謝をした。

彼はアイドルだけど攻略対象から、私にとっては恋人応援したい存在仕事の仲間で、楽しみ方によって色々な相手だった。アニメの中でしか描かれていないこともあったし、他のキャラクターの√でしか見られない姿もあった。その全てが大好きで、どんな存在よりも心を奪われてた。

ライブでもそれを引きずって、中の人には決して重ねていたわけではないけれど、それでも彼の声として演じてくれたから、たくさんの好きと楽しいと感動をもらっていた。その瞬間が全てだった。

からどうしても許せなかった。

彼の中の人結婚した。それは良い。

私がなによりも大切に思ってきたキャラクターを、彼の中の人の匂わせに使われたことがどうしても許せなかった。

だってそれ、貴方権利じゃないじゃん。公式がずっとずっと大事にして大切に育ててきたコンテンツキャラクターを、中の人の惚気に使われて良いわけないじゃん。

中の人のことも中の人としてそれなりに好きだったからそれ相応のショックはあったけれど、本題はそこじゃない。どうしてその発言を止められなかったの。そのキャラは、貴方だけのものじゃないのに。

貴方に彼を重ねていたわけではないけれど、そんな風に彼を使われたらどうしようもない。彼は貴方じゃない。それでも貴方は彼の声だ。

彼に裏切られたわけじゃないのにそんな気持ちが拭えなくて、彼のことはいまでも大好きなのに、もう素直な気持ちで見ることが出来ない。それが悔しくてたまらない。

何も考えないまま、彼のことをずっと好きでいたいのに、彼のことを見る度に考えてしまう。

ああ、中の人は彼のことをそういう風に使ってしまえる人だったんだなって。

そんなことを考えながら、それでも彼は絶対に悪くないからと自分に言い聞かせて、今年もイベントグッズを買ってきたし、缶バッジだって集めてきた。新作アプリ課金して、イベントカードだって5凸した。来年イベントチケットも買った。CDもおそらく買うだろう。ファンミも行く。映画も行く。

でも違う。それは私がコンテンツファンで、コンテンツについて行きたいと思ったからだ。コンテンツの彼について行きたいからだ。いままで応援してきたように、中の人の演技もひっくるめて彼自身の全部をまるきり好きでいることはもう出来ない。出来なくなってしまった。

そういう思いを抱えているうちに、もっと別にお金を使いたい存在出会ってしまった。

おたくお金を使ってこそコンテンツを支えられるし、それこそが応援だと思っているタイプおたくから、彼以上にお金時間をかけたい存在が出来てしまったそんな自分が、彼を私が人生をかける推しだと宣言することが出来なくなった。

彼のことはいまでも大好きで、コンテンツとしての行く先も楽しみで、いままで集めたグッズもCDも手放すつもりもまるでなくて、その笑顔言葉に救われることもたくさんあるだろう。

それでも彼を一番の推しだと、誰よりも応援したい人だと言えなくなってしまった。だからこれは、きっと担降りなのだと思う。

彼のことはいまでも大好きだよ。これからもよろしく。

だけどあのとき、全てを知る前までの気持ち応援していたときに得られた感動はきっと戻ってくることはないだろうから、これからは彼とのではなくて、コンテンツとしての思い出になっていくのだと思う。

からいままで、ありがとう

新しい推しを、いつまでも好きでいられますように。

2017-12-25

結婚したいけど相手がいないっていう人、何言ってるのかわからない。

相手がいてはじめて考えることじゃないの?結婚って。

ままごと相手が欲しいの?

2017-11-28

ままごと

って、子供自発的にやる遊びとしては、かなり興味深い

自我が芽生えたばかりの子供が、擬似的な家庭を演じて、ある種の主従関係とかが見えるのが面白い

だいたい主導権握るのは、女の子なので、女の子が成長が早いんだなあと実感できる

できれば、おじさんも、女の子とおままごとしたいなあ

2017-11-13

ごっこ遊び

2歳の娘がやたらとごっこ遊びをする。お医者さんごっことかおままごととかお店屋さんごっことか。自分はノリが良くないと言うか、上手に相手ができない。自分も2歳くらいの頃はこんな風に遊んでいたんだろうかとすごく不思議になる。

4〜5歳の頃に保育園でお母さんごっこが流行っていたのは覚えているのだが、自分はいつも赤ちゃん役とか犬役だった。そもそもリーダー的な子がお母さん役やお姉さん役をするようになっていたので自分にお鉢が回ってくることはなかったのだけれど、もしやっていいと言われてもお母さん役やお姉さん役をやりたいとは思わなかっただろう。ただ泣いたりワンワン言ってればいい赤ちゃん役や犬役は気が楽だった。

自分も2歳の頃は積極的ごっこ遊びをして役になりきっていたのか、それとも娘は今後お母さん役やお姉さん役を勝ち取るような自分とは全く違うタイプの子に成長するのか、気になる。

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