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2017-11-21

私の息子が産まれときの話

10:00

この日段階で予定日を10日過ぎていた。これ以上は延ばせないということでクリニックに入院開始。診察中に破水先生方慌てるものの嫁は平常心。

診察の途中から私も参加、促進剤についての同意書にサイン入院部屋に行く。

部屋はワンルームをやや狭くしたくらいの場所

3人部屋だがカーテンで仕切られており、なにより今は私ら夫婦しかいない。

窮屈さはないし清潔感あって居心地悪くない。

入って早々地元訛りの助産師さんから説明、促進剤の点滴開始。まずは20mlから

 

11:00

10mlずつ増加させるものの変化なし。

自体は当面は動きそうにないので、ここで一人散歩に出かける。薬局マスク買ってファミレスカツ煮定食を食す。アラサーカツ煮定食コスパに感動。

途中で胎児心拍低下による促進剤停止という事態があり飛んで戻る。

 

12:00

ランチ野菜カレーカレイの揚げ浸し、スープサラダパイナッポー。目を閉じ多幸感に包まれながら食事を楽しむ嫁。

まりに美味し過ぎたためか完食した嫁、お腹いっぱいになりすぎその後やや後悔したようだ。

 

13:00

Toco値(なんの値かよくわからなかったが出産までの進行度合いと解釈した)を注視してみたが高い値になっても「生理痛よりはマシ」とのこと。

やはり痛覚は個人差あるのかな。

入院開始時は前駆陣痛が5〜7分間隔だったものがこの時点で3分間隔に。まだまだ笑顔。この時点で促進剤60ml。

 

14:00

2度目の外出。動けない嫁に雑誌を買おうと近くのコンビニを探す。

地元で有名な産科が近いからか出産関係雑誌が1角を占める。澤穂希表紙が目立つ。

めぼしい雑誌はなくクリニックに戻ると駐車場から車が消えていた。どうやらこの日は通院する人が少ないようだ。

 

15:00

促進剤追加。現在100ml。

痛みが生理痛をやや超えるレベルになってきたとのこと。

Toco値がMAX127なのは何か意味があるのだろうか。

本日中の出産可能性低そうだと看護師さんと会話する。

 

16:00

本日3度目の散歩。最寄り駅まで歩いてみる。

その間嫁は昼寝しながらラジオリラックスできている。

 

18:00

嫁と食べ物縛りしりとりをしたりアキネイターごっこをしたりして穏やかに過ごす。

 

20:00

面会時間が終わったためお義母さんに送ってもらい一時帰宅明日再度促進剤投与をする方針になった。

 

21:32

から電話胎児への負担考慮して急遽緊急帝王切開を取ることになったと嫁。

一時的心拍がかなり下がったこともあり無理はできないという医師判断だった。

急行

ハンカチある?ないなら貸すね。何用かって?出産後に感動した時用よ」とお義母さん。ハンカチを受け取る。

 

22:00

オペの説明を受けて嫁は早速手術場へ。

元々立会い出産希望ビデオカメラを持参していたが、使うこともなさそうだ。

廊下オロオロしながら歩き回る昔ドラマでよく見た典型的なパパっぽい感じになる。

 

22:17

手術開始。手術室前のロビーにてお義母さんと二人。時間永遠に感じる。

 

23:20

手術が終わったらしく先生から説明を受ける。

手術は成功。嫁の出血も少なく終わった。

しか胎児への負荷が大きかったようで、胎児に呼吸器をつけてなんとか酸素補給をしている状態とのこと。

状況によっては緊急搬送もあると説明される。

 

23:50

赤ちゃんに会いますか」と看護師さん。

手術後の胎児に対面する。

顔が青ざめており、ひゃっくりのような小さな呼吸をかろうじてしている状態

我が子への最初の声掛けは「頑張れ」だった。

 

24:10

産後の嫁に付き添う。労いの言葉胎児の容態が気になりトーンダウン。もうここは祈るしかない。

しばらくして先生から緊急搬送を取ることにしたと説明救急車で隣町の大型病院へ。

 

25:30

大型病院到着、胎児の無事を待つ。

義母さんの運転が優秀だったのか、救急車より早く着きすぎる。書類記載して提出。

緊急病院の待合室は独特のピリピリ感があって苦手だ。

この日はなぜかオカマさん(顔以外は限りなく女性に近い)がいて視線を奪われる。

 

26:23

係りの方に呼ばれる、NICUがあるエリアへ。

胎児の容態についてネガティヴ思考が強まっていった時間帯。

 

26:33

カンファレンスルームへ。ここからどれくらい待っただろう……時間永遠のように感じられた。

部屋には山ほどの赤ちゃん関係の本が。その中には「赤ちゃんの死を乗り越える」というタイトルのものもあり思考ネガティヴループが加速する。

気づいたら私もお義母さんも文字通り祈るポーズをとる。ただただ生きていてくれ。ネガティヴモードを振り切ろうと廊下散歩する。

 

27:30

病院看護師さんに呼ばれて私一人でNICUへ。熱を計り徹底的に手を洗い清潔な状態で入室。

 

胎児は全身を管に繋がれながらもさっきより顔色のいい状態スヤスヤ寝ていた。なんと可愛い寝顔だろう。

全体的にむっちりしていて丸顔で。天使ってほんとうにいるのだなと確信した。

「触ってあげてください」と看護師さんに促され頭を撫でる。剛毛で真っ黒でややパーマ。これはお母さん似かな。

よく頑張ったねと声が自然と口から漏れた。看護師さんも笑顔だ。

 

息子は「胎便吸引症候群」により体に強く負荷がかかり、更に肺炎を併発させて窒息ぎりぎり手前状態だったという。

クリニックの先生の緊急搬送判断(別のお母さんがその時間に手術予定だったが、我が家を繰り上げで対応して下さったよう。感謝しかない)、

大型病院のベッド空き状況/立地……などなど様々な幸運が重なったことによって生きることができた息子。

まだ頑張るところだがまずは人生スタートラインに立てたぞ。本当によかった。

 

27:50

NICU責任者先生から契約書類説明を受けサイン。息子の名前を初めて書面に記す。出生届よりも先に書くことになるとは。

「**(名前、産前にもう決めていた)っていい名前ですね!私の親友が同じ名前なのですよ。いいやつでね……」と先生。この人は信頼できるとなんとなく感じた。

具体的な検査結果は翌AM11時に説明させてくださいと先生先生寝る時間ほとんどないじゃないですか……おつかれさまです。

看護師さんから書類を受け取ったのち「忘れてた!」と息子の写真を渡してくれた。

処置中は目を開けてて「ここはどこなんだろー」って周りをキョロキョロしていたんですけどねー」と目をつむった胎児写真説明する看護師さん。

ここにいる人はみんな味方だ。

 

28:30

一通り手続きが終わり、お義母さんと一緒に里帰り先に帰る。

気持ちハイになっているのか眠気は全くない。

安心感からか涙が滴り落ちる。自身がめちゃくちゃ強張っていたことにやっと気づく。

iPhoneを起動、嫁と使っていた妊娠/出産情報管理アプリを開くと表紙が親子3人になっていてまた涙。

ハンカチ、ここで使うべきなんですかね」と涙を拭いた。

 

 

 


上記は息子が産まれときメモとして残していた日記

その後息子2ヶ月弱の入院を経て帰宅、順調に成長し、障害もなく元気に育ってる。

先日1歳の誕生日を無事迎えた際に懐かしくなったのと、コウノドリで近い例のお話があったので……増田投稿してみた。

出産にはこんな例もありますよってのを知ってもらえれば。

2017-11-13

どこにでもある、ただの世間話

おととい金曜から実家母が、肺炎で2週間の緊急入院してしまった。

最初はただの風邪かと思い耳鼻科へ行ったら、いつまでも熱が下がらず、たまたま通院予約を入れてた別のかかりつけ総合病院で、肺炎と診断されてそのまま入院、という流れ。

報せを聞いた金曜からずっと、自分んとこの家事用事をこなしつつ、実家家事と父の世話を、姉弟相談して役割分担してたら、週末があっという間に終わってしまった。自分実家の水回り家事担当として、明日から自宅仕事の合間に見舞いもしつつ、1-2日おきで実家洗濯掃除をすることになった。

実家の父は、自分では家のことを絶対に何もしない、やらない、全てを母に任せっきりの、昔気質典型的昭和偏屈男で、母の作った料理しか食べない、でも母が倒れても看病すら一切しない、定期的に服用しないといけない薬は全部母に管理させている……といった具合で、むしろ入院中の母の世話よりも、家でテレビを鳴らしてる置物化した父の世話のほうが壮絶で大変そうだ。おまけにいま、我が家は全員風邪気味ぽくてヤバい。もうこれ以上倒れられない。これ書き終えたらハチミツ湯飲んで通院する。

母が倒れて寝込んでも「大丈夫か?」の一言もなかったという父のことを、もう面倒見なくてもいい、もし母がいなくなったら施設に入って、とすら思ってしまった。とはいえ、どちらも自分たち子どもら3人を育ててくれた大切な両親なので、しっかり役割分担して、母が戻ってきても家の中がめちゃくちゃになってると落胆しないように、これから2週間、母の退院後もしっかりサポートしたいと考えてる。

しかしこれ……一時的ものはいえ、たとえば両親の介護を家庭&仕事を両立してる家のひとなどは、本当に想像以上の負担を抱えながら、壮絶な日常生活を送っているのか、と身をもって痛感してる。うちは実家姉弟も近くで仲は良いので何とか乗り切れそうだが、実家が遠かったり兄弟間の仲が良くなかったり一人っ子のひとなどは、それぞれケースも異なりだいぶしんどそう。父的には、自分らの世話は子どもに全部面倒見てもらって当然、の考えはこんな事態になっても到底変わらないらしく、このたびよい反面教師となってくれた。

先のことなど正直わからんけども、どんな家族構成であっても、老後や万が一の自分のことは自分で面倒を見れるよう、今のうちから考え方やイメージプランだけでも漠然と持ってたほうが良さそうだよねーと。現場からは以上です。あと喉の痛みにはハチミツ湯、最高です。

2017-11-08

anond:20171108122651

がん検診とか昔っからやってんだろ

肺炎だのなんだの細かい専門検査が月替りじゃねえかってレベルCMやってんだよ

2017-11-05

子供に先天性疾患が見つかった話

増田夫婦夫婦とも30代会社員

結婚して数年で子供を授かった。子供をもうける予定を立てていなかったから正直びっくりした。

不安のような喜びのようなことを思っていたけど、問題はここからだった。

安定期に入ってから病院胎児が総胆管嚢腫と診断された。

そんな病気は聞いたことがなかったので狼狽えるところなのかもよくわからなかった。

ネットで調べたり、様々な先生から聞いたの話を総合すると以下の様な疾患らしい。

  • 幼児に多い先天性疾患である
  • 今後どのようになるのかはわからないが、総胆管拡張症もしくは総胆管閉塞症に発展する可能性がある

これだけだと、どんな疾患でどういう悪影響があるのかわからないと思うので、もう少し補足する。


自分医療従事している人間ではなく知識もないので、もっと専門家から意見を聞きたかった。

というより、専門家から何か安心できる説明を聞きたかったし、

安心できなくても今後どのようなことに備えなくてはいけないのかを聞いて、そのための準備をしたかった。

その後、様々な検査説明の機会があり、結論からいうと自分の期待や人体に対する理解はとても甘かった。

得られた情報を要約すると以下の通り。

要するに現段階ではどうなるかわからないらしい。(逆にいうと現段階で心配しすぎてもどうしようもないということだけど)

手術をしたと仮定して、5年後10年後に何か再発したり体に悪影響を及ぼす可能性はあるのでしょうか?という質問に対しても、

5年後10年後まで継続して状況を見ている事例はないので不明ということだった。

かに自分が今肺炎になったと仮定して、これが10年前に患った風邪が原因かどうかなんて病院も変わってるしわかんないよね。

でも心配してしまうし、その心配ストレスになって夫婦喧嘩して子供を支えるはずの親が支えきれないみたいなのは本末転倒

なので「親だから心配はするけど、気疲れは起こしてはいけない」と思ってるんだけど、

近しい状況のご夫婦は、どのようにこういった心配ストレスと戦ってらっしゃるんだろうか。それとも心配しすぎなんだろうか。

なかなか友人にも相談しづらい話なので増田に書いてみました。

2017-10-26

NHK契約員のひどさ

肺炎で自宅静養時、ピンポンが鳴り出ると

「届け物です」

と言われたので届け物なら今の体調でも大丈夫かなと思い

出てみたら、「NHKです」と言われ、若めの青年がそこには居ました…

「体調悪いので別の機会にしてもらえませんか?」

と言うと

「5分で終わりますので」

ということで、話を聞いていたらなんだかんだで、30分以上かけて説明され

フラフラになり、

「体調悪いので」と言っても終わらず

相手契約お話呪文のように聞こえて来て、

こちらの契約サインなどがグチャグチャになっても

お構いなしに契約が取れれば、という感じで強引にされました…

結果として悪化して仕事復帰までが長引き

NHK悪魔だなと感じてます

2017-09-26

人工透析、やめるんだって

叔父の話だ。

豪放磊落職人で、昔はパンチパーマに紫のサングラスをしていた。

大叔母に聞くと、いま68歳だと。

しか十年ほどまえから腎臓を壊し、透析を受けていた。

一昨年あたりから外見が急に変わり、老人というよりは幽鬼のような顔になり、自力では動けなくなっていた。

68歳、人によっては全然元気で、人生を楽しむ時期らしい。現に同い年の俺の親父は元気にバレーボールをやっている。

にもかかわらず、大叔父は来月100歳になるうちの曾祖母(大叔母の母)よりも年をとって見えた。

昔、太かった腕は枯れ枝のようになって筋肉ほとんど溶けてしまった。

厚ぼったい唇もなくなってしまった。

10年前の大叔父と同一人物には思えないような様相

大叔母は俺に微笑んで状況を説明しながら、大叔父の手をさすり、やがて耐え切れずに泣き崩れた。

すでに先月から会話もままならなくなり、本人の体力も先日罹患した肺炎で尽きてしまったということで、現在透析も行えない。

そして、今後も再開はしない。

ともかく、大叔母は圧倒的に間近に迫った大叔父の死に向き合いながら病室で寝起きをしている。

不可避の事象ではあるけど、長年連れ添った亭主の人生の幕を引く、あるいは幕引きを了承してしまった大叔母の心中も察するに余りある

事前に喪服を準備するのは縁起でもないといわれるが、それでもこちらにもこれから続く生活があり、都合がある。

透析を止めた人間というのはどのくらい生きるものか、だれか知っていたら教えてください。

2017-09-13

祖父遺言状

祖父病院で亡くなった。車に轢かれて頭を打ち、2年ほど植物状態になったあと肺炎で亡くなった。

祖父は常々子供迷惑を掛けたくないと言っていた。俺が植物状態になったら安楽死させてけれな!も元気に言っていた。ボケないよう新聞を読だりみんゴルしたり1万歩の散歩をしていた。あとから知ったが万が一のために延命治療をしないで欲しい旨の遺書も書いていたらしい。

だが安楽死はさせてあげられなかった。交通事故場合相手殺人犯になるから延命拒否は出来ないらしい。そんなバカな話があるだろうか。相手はもう事実上祖父を殺してる。

意識は戻らず床擦れはひどく、乾燥するから目玉に薬を塗る。タンの吸引は苦しそうだった。一生懸命看護したけど可哀想で見ていられなかった。こんな姿祖父も見られたくなかったと思う。

それがふと肺炎で亡くなった。法律なんかの話は親がやっているので聞いていない。

本人の意思無視してでも無駄延命治療をするのは正しいんだろうか。

2017-08-27

なぜ赤ちゃん連れが電車に乗ってくるのか?

里帰り出産

あなたの見た赤ちゃん連れが大きな荷物を持って移動していたのならそれはおそらく里帰り出産から自宅に戻るところです。

パパが忙しい場合など、実家に戻って出産前後を手伝ってもらう人たちがいます

産褥期は実家休み、自宅に戻るのは生後1ヶ月くらいという人が多いです。

生後1ヶ月の赤ちゃん個体差が激しいですが目安としては

1日あたりおしっこ10~20回、うんち7~8回、授乳回数10~15回くらいです。

基本的に午後になる程機嫌が悪くなる。お腹が空いてくると機嫌が悪い。

この辺りを考慮しながら時間の合間をぬって移動をします。

電車ラッシュを避け、新幹線飛行機に機嫌が良い時間帯に乗ることができれば最高なのですが

だいたい計画通りはいきません。急いでいるときに限ってハプニング引き起こしてくれるのが赤ちゃんからです。

乳児健診

あなたの見た赤ちゃん連れが、マザーズバック一つで移動していたらそれはひょっとしたら乳児健診かもしれません。

赤ちゃんは定期的に病院や保健センター検査を受けます自治体により多少異なりますがだいたい、1ヶ月健診、3ヶ月健診、6ヶ月健診、9ヶ月健診、1歳、1歳半、2歳、3歳 くらいの間隔です。ラッシュ時間帯を避けて欲しいところですがこちから時間指定できません。

予防接種

乳児健診でないのなら、ひょっとしたら予防接種に行くところかもしれません。

赤ちゃんはたくさんの予防接種を受けます。Hib x 4、肺炎球菌 x 4 、4種混合 x 4、 BCGMR、水痘 x 2、B型肝炎 x 3、ロタ x 2、おたふく、計22回。

0〜1歳半までのあいだにこれだけの予防接種を受けます

その他病院

汗疹、湿疹、かぶれ、発熱便秘下痢おっぱいが出ない、体重が増えない、乳腺炎、食物アレルギー、さまざまな理由病院に通います

じいじとばあばへの顔見せ

もし、連休中に赤ちゃん連れと出会ったのなら

それはおじいちゃんおばあちゃんに会いに行くところかもしれません。

その赤ちゃんは0歳でしたか?ひょっとしたら産まれて初めて会うのかもしれませんね。

お盆正月に1回ずつ帰省するとして、赤ちゃんがじいじとばあばと会えるのはあと何回でしょうか?せめて後3年元気でいてね。祈るような気持ち故郷に向かいます

 



余談ですが、私は里帰り先から自宅に戻るときに3人の方から席を譲っていただきました。

どうもありがとうございました。

2017-08-23

田舎のクリニックのはなし

デカ病院だと大変なのは看護師長の身内見てたら嫌ほど痛感するけど、

田舎のクリニックでは誤診はよくあるし(風通と判断されたが翌日別の病院行ったら肺炎だったらしく即入院した)、

辛くてしんどい表情してたら「それが医者に対する態度かね」と嫌味?言われた

どっちも同じ所だからもう二度と行かないけど、じゃあ他の近くの病院、となると隣町の総合病院になるんだよなぁ…。

2017-05-23

28既卒就労童貞博士ストレスにやられる

もうずっと食事が喉を通らない。

固形物を口に入れた瞬間、それが喉に詰まって窒息したりあるいは気管に入って誤嚥性肺炎を起こすことを想像するからである。いままでモチを詰まらせたことも魚の小骨を引っ掛けたことも無いというのに不思議な話であるが、おれの頭の中では食事と死のイメージとが鮮やかに直結しており、視界に映り込んだ鼻の頭のようにあるいはピンク色をした象のように、意識しだすと止まらない。おれはやがて経腸栄養しか口にできず糖分を採りすぎて糖尿病になって失明し脚は壊死して腎臓を壊して透析で苦しんで死ぬ。親が大手病年収が×××万円以上でなければ、なんとかと云う結婚紹介所におれを登録できないのだと云う。収入の不足分を補うためにかれとかれの母がもつ不動産相続させるとも云った。過干渉。おれが未婚で長男キモオタ身の回りの支度ができない無職プー太郎で優良企業就業済既婚の弟がいるものからそういう余計なお節介をされるのであろう。自分はその紹介所で妻との縁ができたのでお前もそこに入会せよと云う。おれくらいの年齢の頃、かれはすでに一と三分の二流くらいの企業に勤めていたからかれはその相談所に入会できたわけだが、28無職就業経験ゼロという現状そしておれのもつ素質たとえばわが指導教官にそれゆえにお前は研究者に向いてないと直々に云われるほどの社会性の無さなどの資質を鑑みれば、おれがその年収を達成することはとうてい困難なことに思われた。だからおれは早く家を出て住所も電話番号も秘匿して蒸発してしまいたいくらなのだがおれの学費生活費と住居費の××年分および奨学金の返済にかれの収入の大部分が充てられているという事実がある以上そういうわけには行かない。ところでかれはおれが野良博士という現代の不可触賤民であるにも関わらず一流有名企業に入れる実力を持っていると勘違いしているようで、どこぞの大電メーカー博士卒を重点的に募集しているなどと有難いタレコミを呉れる。あるいは予備校講師などしながら企業研究職を狙えばどうか、などとも云う。博士就職がいいと云っても景気がいいのは人工知能関連の分野だけだということをどうもかれは理解しておられないようである。おれはと云えば研究室にも行かず×年間も自宅に引篭もってノートの上の数式を弄っていただけの人生だったから、プログラミングスキルも各種資格もろくに無く、きょうびどこの企業からも御呼びでない。頭の回転も遅く某社のSPIでは酷い点数を取ってしまったために面接すら受けさせてもらえない。これでは受験数学問題など到底解けないだろう。登録していた就職斡旋から貴方にはシンクタンクなどが向いているでしょうなどと調子の良い言葉をもらったが一か月経ち二か月経っても音沙汰が無い。当たり前である。何かの手違いで某外資から研究内容を紹介する機会をもらったこともある。おれの能力を試すためにあえてそういうポーズを採ったのかもしれないが、かれらはおれの話を理解するそぶりを全く見せなかった。ショックを受けた。明らかに企業側の需要とのミスマッチが感じられた。おれのプレゼン問題があった可能性は否定しないが、要するに世界でも十人くらいにしか価値を認めてもらえない仕事を延延黙黙やっていたということは、おれも同意するところである。その十人のうちの一人がわが指導教官だったのは幸運だったのか不運だったのか分からない。もともとおれは数学などで分からない問題があるとイライラが募り便通が悪くなり院試の頃は特に最悪で原因不明の腹痛で入院するくらいで、睡眠時間食事の回数もゴリゴリと減っていき、歯ぎしりが止まらなくなり、かと思えば今日サボりの日だと云ってネットサーフィンに明け暮れるものの心はまったく休まらず、夜中唐突に呻きながら自転車で遠出をしたり、風呂洗濯もせず、機嫌は最悪で周囲に怒鳴り散らし、ただでさえ無口な性格だというのにいっそう塞ぎこんで誰にも相談できなくなり全て自分の力だけで問題解決したくなる人間だったから、博士課程に進学することは当然の帰結であった。おれが天才数学者だったなら上記のエピソード天才の微笑ましい奇行としてウィキペディア埋め草にでもなったのだろうが、悲しいことにおれはアホでマヌケIMOメダリストなどからは程遠い知能の持ち主だったか学位をとるのに結局◆年もかかり(思考速度と問題解決能力研究能力のすべてではないという当たり前の事実に気づけたことが大学院における唯一の収穫である)今では無職である。元から変だった自意識は余計に拗れメンタルは不調をきたした。食事が怖い。面接が怖い。唐突に脳血管の破裂が怖くなる。あれほど楽しかった学力試験が今では恐ろしい。自分の劣等具合を再確認させられるから大学院など行かなければよかった。博士課程など行かなければよかった。満期取得退学しておけばよかった。学位など取らなければよかった。高卒就職すればよかった。以上。

2017-05-07

医者として働き始めて不思議なこと

今年から研修医になって実際の医療現場の渦の中にいると不思議に思うことがいくつもある

最初に感じたのが医療行為不思議さだ

自分経験した科が内科からかもしれないが毎日パソコンを弄っているだけで患者が治っていくのである

外来で経過を見ていた患者肺炎を起こし呼吸困難になったので入院した

私は取り敢えず点滴のための静脈路確保のため患者さんに針を刺した

針を刺したら逆血が来たので静脈と針先が繋がったことが確認できたら否や、ナースさんは「あとはやっておきます

といって交代してくれた

その間に私は電子カルテで「オーダー」を出す

呼吸困難なので酸素マスクの指示を入れる。 発熱があるので一応血にばい菌がないか血液培養」を取る。培養を取れたことを確認しだい「抗生剤食塩水に混ぜて点滴に入れて下さい」と指示を入れる。

その後、他の患者さんの作業があって入院患者さんの元を離れたのだが、その数十分後に入院患者さんの病室へ戻ると

もう綺麗に点滴装置が設置されてバッチリ抗生剤が入っていて、バッチリ酸素マスクを吸った患者さんがいる。ナースステーションには培養ボトルバッチリ血液が取れている。

私がやったことは最初に針を刺したのとパソコンで指示しただけである。それなのに患者さんのもとには様々な器具が装着され次の日にはすっかり患者さんは元気になっていた。

実はこの時、私は点滴装置のつなげ方も、抗生剤食塩水に溶かす方法も、食塩水の点滴バッグを点滴装置に繋げる方法も、酸素マスクの付け方も、血液培養方法も知らなかったのである

ここまで酷い研修医は私くらいかもしれないが、実際ナースさんが優秀で救急医療経験がないと、医者のほうが実際の器具扱いを知らないというのはままある現象ではないかと思う。

勿論指示を出したのは自分であるが、自分パソコンの前でカチカチしているだけで患者さんがみるみる治療され元気になっていくのだからなんとも不思議で新鮮な経験だった。

よく「医療ミス」や「患者取り違え」が話題になるが、本当にそういうリスクの高いことをやっているなあと実感する

一度ナースさんがやってくれている朝の採血を代わりにやらせてもらったことがあるが

ナースさんたちは一人で5~10人の患者さんの採血担当するのだ

「その程度でミスするなよ」と思うかもしれないが、現場はそう簡単ではない

血液検査はその項目ごとに採血管の種類があるため、患者さんの病気によっては一人につき7本も8本も採血管に血をいれなければならない状況もままある

効率よく採血しようものなら自分の手元には30~50本もの採血管があり、それらに一本も患者の取り違えミスも無く入れなければならない

私も気づけたから良かったもの、別の患者さんの採血管に別の人の患者さんの血を入れてしまったことがある(幸い外のラベルを張り変えるだけで解決できたが)

採血程度なら良いがこれが抗がん剤なら大変な問題だ。 患者や量を間違えたら命を奪う可能だって十分にある

勿論、医者側も毎日この抗癌剤をこの患者さんに入れます というのをナースと一緒に確認する。するはするが

実際に抗がん剤を点滴バッグにいれ、それを患者さんに入れる部分を目で見て確認しているわけではない(それを患者全員分しているほど暇でもないし)

そう考えるとナースさんの責任というか、日々やってくれていることの難易度凄さを改めて実感する

大変失礼かもしれないがナースさんは治療に関してはそこまで大学勉強していないはずで、抗がん剤の種類や内容(ある意味危険さやおっかなさ)も完全には把握していないだろう

にも関わらず、そんな危険ものの「投与」という超重要で取り違えたら大変なことになる高リスクな部分を確実に遂行してくれていあるのだ。

勿論投与の相手や内容を間違えれば、患者さんの命があぶないし、そんなミスをしでかしたナースドクターも「医療人生が終わる」自体だ。

そんなヤバイことをやってのけてくれている。 それも一人で何人分も。 なんと恐ろしい作業なことか

こんなヤバイことを分担しているのだからさぞかし信頼関係があるのか と言われるとそうでもない

ナースさんたちは医者名前性格を把握して毎日こちらのオーダーもチェックしてくれているように思う

しかし、大変申し訳無いが多分、多くの医者ナースさんの名前を全員分把握してはいない

リーダー格は覚えているが、ナースさんは医者の三倍近く居ることもあり(医者は1日じゅう患者担当をするが、ナース日中、夕、夜間の3交代制のため)中々覚えきれない

そして自分患者がどのナースさんが担当してくれているかも余り把握していない どんな人材が薬の投与などのおっかない作業をやっているか把握しようとすらしない

当然、担当ナース指名したりすることも絶対ない

そんな信頼関係で「患者医療者両者の命がけ」の治療は分担され、成立しているのである

医者同士の信頼関係も誠に不思議である

医者一般的サラリーマンとは異なり、働く場所が固定せず転々とする例が多い

(それは、病院毎に入院患者さんの病気の内容が違ったり、所属医局病院ごとの人員運営だったりといろいろな理由があるのだが)

その為、日々の診療も実は知り合って数日の医者同士で行われたりする

性格プライベートや経歴もお互いよくわからない状態のままでも、分担作業を平然とこなすのである

勿論、誰かが失態を犯せばチーム全員で責任を負わねばならない。にも関わらず 案外ケロッと任せてしまうのだ

そうしないと時間内に治療が回らないとは言え凄い信頼関係(?)だなと思う

病院経営として仕方ないとは言えこれだけ危険作業希薄信頼関係で成立させている現状は私にとって非常に奇異に感じるものであった

また医者人生というのもこれまた奇異なものである

普通サラリーマンならずっとその会社で生きるため、そして年を取り昇進をすれば多少は楽になるから

若いときに苦労をする。上司若い人材がその先会社を支えてくれるように一生懸命指導をする。

しかし、医者帰属精神は思いの外希薄

有名な病院に居る若手医師は「ずっとここで最前線で働きたい」という人はそこまで多くなく

「ここは勉強になるけどキツいか若い内だけでいい、修行だけ積めたら他に居場所を探す」という考えの人も多い

(それは有名病院ほど帝大出身医者じゃないと昇進できなかったりと幾つか理由はあるにはあるのだが)

ずっとそこに居たいわけでもないに彼らは本当に一生懸命に働いている

そして指導者もある程度彼らが一生自分の手足として働いてくれはしないことを知りつつも、一生懸命指導する

病院に居るとお互いのことをよく知らない中で、ものすごくリスクのある連携作業が平然とこなされている

非常に奇妙だがそれを実行させているのはやっぱり医療者個々人の責任なのだろうか?

2017-04-09

息子の孤独

(補足しました)

息子は5歳。先日、保育園のお友達4人で遊びに行ったのだが、息子だけ仲間外れ気味だったのが私の心を重くしている。元々息子は少しのんびりした性格で、言葉の発達も遅かった。予定日より5週ほど早産だったことや、1歳の頃肺炎入院していたことが関係しているかはわからない。3歳児検診で発達の遅れを指摘され、発達検査を受けたのだが、半年ほどの遅れだから様子を見ましょうということになった。それから2年の間、定期的に発達検査に通っていたが、4歳での成長が著しく、今年初めの発達検査で全ての項目が年齢相応ということになった。嬉しかった。保育園運動会学芸会も他の生徒と遜色なく活動できているようで、すっかり安心していた。

息子は他の男児の多くが興味を持つ乗り物や怪獣戦隊ものには関心を持たず、興味を持っていることは、アンパンマンドラえもんレゴブロック、おままごとお絵描きパズルといったところ。加えて、ハローキティプリキュアなどの女の子が好きなものが大好きだ。保育園で好きなお友達は皆女の子男の子は怖いという。保育園先生は、男の子とも遊んでますよーというものの、やはり女の子が好きなようだ。

そんなこともあって、保育園外で男の子たちと交流もつ機会があればと思い、ママたちに声をかけて企画した。他の3人の男の子たちは、決して息子が嫌いというわけではなさそうだ。お話もするし、おもちゃでも遊ぶ。でも、私から見ると、息子だけくっきり浮いているのが分かるし、他の3人の男児のノリが明らかに息子と違う。

遊んだ後の帰り道も、息子抜きで手を繋ぎ、ワイワイキャッキャッとじゃれあいながら走っていく。息子は慌てて仲間に入ろうと走るが追いつかない。男児の1人が息子とも手をつないでくれるが、すぐに手を離して他の男児と楽しそうにふざけあう。息子は寂しそうにまた追いかける。途中で転んで泣く。家に帰ってからもグズグズしているので、どうしたの?と問うと、「さみしかった。手をつないで帰りたかった」と言う。

私は何をしてあげられるだろうか。何もしてあげられない。自分大人になった今は、1人でも別にたいしたことないと思えるが、やはり息子には友だちと仲良く過ごしてほしいと願ってしまう。これから小学校学童中学校、塾、高校と多くの出会いが待ち受けるが、息子に楽しい時間を過ごして欲しい。1人だったとしても、孤独に耐える心、孤独を楽しむ力を持ち得て欲しい。私にできることは見守ることだけだろうか。有効方法があればどうか教えて欲しい。集団スポーツを習わせるとか、3人以上ではなく2人で遊ばせてみるとか、親が思い悩まず何も意識しないほうがいいとか、何でも結構です。よろしくお願いします。

補足

コメントくださった方、ありがとうございます。補足しますと、男の子4人で遊ばせる計画は3週間ほど前から決まっていて、息子に伝えると大変楽しみにして、毎日あといくつ寝ると遊ぶ日が来るの?と聞いて来たほどです。企画時点で息子が嫌がっていたら私も連れて行きませんが、息子が心底楽しみにしている様子でしたので、本当は男の子とも仲良くしたいのだと判断した次第です。先日の遊んだ出来事も、数日経った今は息子はかなり楽しかったと話しており、その日の様子を絵に描き、また遊びたいと何度も言っております。だから、私がくよくよと悩んでいるだけで、気にせず何度も企画すればいいのかとも思ったりもします。

2017-03-27

http://anond.hatelabo.jp/20170327183559

俺の経験を書くね。俺の友達の話だ。友達っつっても超仲良かったかと言われても微妙なんだけど。まぁ、何かあればそこそこ世間話ができるクラスメイトだったのは確かだ。高校卒業してから同窓会という名の飲み会でも顔を合わせてはお互いの近況について話をした。明るくそつのない印象は高校時代と何も変わらなかった。まさか彼女あんなことになるなんて誰も想像すらしてなかった。

様子が変わったのは大学卒業して社会人になってからだった。元々スリムだった彼女だったが、しばらくぶりに会った彼女は頬がこけ、まるで別人のように痩せてしまっていた。あまりの変貌ぶりにその場では何も言えず、後から彼女友達に何があったのかを確認した。そいつも詳しくは知らないようだったが、どうも彼女拒食症じゃないか、というのが通説だった。食べ物ほとんど食べられず、食べてもすぐに戻してしまう、とか。ストレスが原因でかかることが多いらしいが、彼女が抱えたストレスがなんだったのかは誰も知らなかった。一説には彼女が勤めていたIT関係職場問題があったとか、長らく続いていた恋人と別れたのが原因じゃないか、とか。結局のところ、俺にはわからなかった。

ある日、彼女友達からLINEで「彼女が亡くなった」と連絡があった。風邪から肺炎になったのが直接の原因だったらしい。

俺は葬儀に出席した。高校の知人を中心に、こじんまりとした式だった。出棺の前、花を棺に投げ入れる時、彼女の顔を見た。綺麗だった彼女の顔は見る影もなかった。落ち窪んだ目は閉じられながらもそれを拒否するかのように少しだけ開いていた。彼女の光のない瞳を俺は見た。背筋を寒気が走った。

「みんな大人なっちゃうんだね」

亡くなる前、彼女を含む数人で遠出をした時、消え入りそうな声で彼女は言った。その車内で起きていたのは運転手である俺と助手席に座っていた彼女だけだった。「しゃーないよね」と返すのがやっとだった。彼女は助けを求めていたんじゃないか。俺が手を差し伸べられていたら。もう二度と光を映さな彼女の瞳を見た時、その時のことを思い出さずにはいられなかった。

元増田に俺が言えることは何もないんだが、俺は彼女最後の顔を見て、月並みだが、人生が変わったんじゃないかと思う。命について、真剣に考えることが増えたんだ。

彼女の顔は今でも鮮明に思い出せる。きっと一生、忘れることはないと思う。

2017-02-15

後鼻漏対策のためになたまめ茶を飲み始めて半年経ったので感想

wikiによれば

後鼻漏(こうびろう)[1]とは、慢性副鼻腔炎患者に見られる咽頭腔への膿汁流下のこと。膿性痰、口臭歯肉炎、慢性気管支炎肺炎、食道炎、慢性胃炎などの原因となる。

個人の症状は軽い方だったけれども喉に鼻水が流れそれがへばりついたような違和感、そして鼻と喉の乾燥がつらくて耳鼻科へ行った

ネブライザーをし、漢方薬をもらって帰宅したら1時間位水のようなさらさら鼻水が止まらネブライザーすごいと感動した

しか漢方は1日3回飲まないとならないのが面倒で貰った10日分は飲んだが継続する気にはならなかった

そこで、もう少し簡単ものはないかネットで調べるとなたまめ茶もいいですよという情報を入手したので早速10包400円程度のお茶を注文

1回1Lほど煮出してそれを3日に分けて飲む これで1箱400円が1ヶ月分となりコスパもよかった

まめのお茶なので味は麦茶に似た感じでこれといった癖もなく飲みやすいし、3日に1回沸かしたお茶毎日1杯ずつ飲むだけなので一日3回の漢方よりも楽で良かった

肝心の効果についてだけれど、完全によくなったわけではないが喉の不快を感じることはほとんどなくなった

昨年はマスクをしても自宅でネブライザーをしても喉がとにかく乾燥してはりついたような不快感でなかなか眠れない、仕事も集中できないことが多々あったけど今年はマスクをせずに眠れている

マスク無しで眠れるのがこんなにいいものだとここ何年も忘れていたのでお茶はもうしばらく飲み続ける予定です

2017-02-01

会社1ヶ月休んでる

13日腸炎になった。内科いって整腸剤もらったけど、治らなかった。

土日、病院やってなくて我慢してたらすごい腹痛に襲われて、火曜におっきめの病院いったら入院言い渡されて、10日くらい入院した。

金土日月ポカリだけですごして、火水木金土日は24時間点滴ですごして、月曜からおかゆになった。

おかゆの週の木曜退院

金曜も休むように医者に言われた。そのまま会社に伝えて金曜も休んだ。

今週の月から出社予定だったけど、退院した週末の土に高熱がでた。

月に病院いったらインフルエンザだった。

金まで休むことになった。

1ヶ月近く会社休んでる。

一月はわたし人事考課に一番影響のある1ヶ月だったのに…。

上司にとってもそれは同じで人員マイナ1で成果出しきったとは言えず、上司査定にも響くと思う。

上司はいろいろよく見てくれて、推薦とか書いてくれるって言ってたけど、休んじゃったからその思い無碍にしちゃった。

しか上司の足をひっぱっちゃった。

恩を仇で返すみたいなことになっちゃって、すごい申し訳なくて、金曜出社したくない。

でも、心のどっか半分は、したくてなった病気じゃないから仕方なくね?って思ってる。

10日間絶飲食してたらさ、インフルエンザももらうよね、って。

退院一日前にすごい咳する高齢ババア入院してきてさ、肺炎だっていうけど、インフル明けの肺炎だったんじゃないかな。

なんですぐ隔離してくんなかったのかな。まあでも隔離されてても病院なかにいれば、インフルエンザもらうよね。

とにかく13日から出社してなくて、このままメンヘル休職しそうなくらい出社したくなくてストレスなんだ。

足をひっぱった申し訳なさと、そうは言っても仕方なくね?っていうのと、わたし査定よくしてやろうっていう面倒見の期待がありがたいけど応えられるほどわたしがんばれない、という感じでストレスなんだよ。

なんかわたしできる人に見られてるんだよ。

できないのに。

見られ方に寄せてふるまってるからつらたんなのよ。

はーリセットしたい。

でもいまの会社大企業からやめたくない。ボーナスいいもん。

転職はしない。

異動してーなあー

http://anond.hatelabo.jp/20170201115049

流し読みしかしてないけど、

若い人は高齢者になることを考えてないというか、なりたくない、安楽死導入してくれとでも考えてんじゃないの?

自分だってそうだし。

から高齢者排除って考えかたになってもなんら不思議ではない。

問題はいつやるか?

リソースは限られてるんだから高齢者養ってけるなら養ってもいいけど、足りないなら負担になってる高齢者は身を引くべき。少なくとも自分では身を引きたい、そういうシステムが欲しいと思ってる。

ついでにいうと、昔まだ元気だったころのじいちゃんが、

「もう年寄りで一人で暮らしていけなくなったら空からクレーンが降りてきてぴょいっと引っ張り上げてどっか連れてってくれたらいいのに」(意訳しております

って案を語ってくれたから、大正まれ年寄りでもそういう思想の人は昔から居るっぽい。まあうちのじっちゃだけかもしらんけど。

実際にじいちゃんは2年ほど寝たきりなったけど、延命治療は要らないって宣言してくれてたので、肺炎になってそのままあっさりと亡くなりました。

あの二年は家族にとって負担ではなく、恩返しという期間だったと自分は思えてるけど、介護当事者ではなかったので、

もっとじいちゃんへの世話が必要自分人生に支障が出たり、

期間がもっと長くなってたら、

いろいろしんどかったんだろうなーって思う

2017-01-26

ちきりん氏が誤っているからと言って、トランプ氏も間違っているとは限らない

http://anond.hatelabo.jp/20170126101104

この文章の内容の大枠自体には特に反論はない。

なんせ元増田氏が書いてるように「経済基本的な内容」だ。

反論へったくれもないw


ただしだからと言って、

狙いとは正反対効果を持つばかりだとわかるだろう。ただし、それを理解するだけの知恵がないのが、トランプとその支持者だ。

と決め付けるのは根拠が不足しているように思う。

元増田氏の言う「狙いとは正反対」とは、あくまで「全体最適を追及する場合の最善手に反してる」というにすぎない。

「いや、個別最適としても悪手だ」というのが、が元増田氏の趣旨であろうが、そこで「個別最適とは何か」に見落としがあるのではないか

と主張したい。


確かに「比較優位原則」という経済原理に反した保護貿易政策実施したら、(少なくとも中長期では)かえって米国経済は停滞する。

そこはいい。

ただしアメリカという国には

・消費需要において、他国と圧倒的な規模の差がある世界1位の市場である

一次産品含め、全く自給できない品目が非常に少ない(莫大な輸入額は資源/産業の欠如でなく市場が大きいがゆえ)

という他国に無い、世界米国だけしか兼ね備えていない特性がある。


すなわち「米国保護貿易」に限っては、他国での保護貿易経済的自殺行為なのと異なり、

米国経済風邪をひくが、世界経済肺炎に陥る」という事態になる可能性がある。

もちろん米国経済だって本来期待できたよりも)成長が鈍化するわけだが、果たしてこれは本当に

米国個別最適に反する」と言えるのだろうか?


「平均で5%成長している世界で、4%成長している米国」と、

「平均で2%成長している世界で、3%成長している米国

のどちらかを、政策で実現できるとしたら、真に「米国にとっての個別最適」を追求できているのはどちらになるのだろうか?

という話である


本来よりも景気が悪い」かどうかは実際には経済学者でもなければ腹落ちできないもの

例えば米国発で世界恐慌が起きるようなひどい事態になったとしても、トランプ氏は

他国あんなに不景気なのに米国は持ちこたえている! アメリカ第一主義は正しいのだ!」

宣言できるし、アメリカ人プライドは満たされるのではなかろうか。

この”「アメリカがNo1という満足」を「1,2%の失業率上昇」よりも重視する政策”は米国個別最適になっている

可能性は十分にあるのではなかろうか。


トランプ氏が馬鹿でも無知でもなく、真に合理的判断から世界中が不幸になる選択」をしている(アメリカ以外の不幸など知るか!)

という可能性は見落とすべきではないと思う。

2017-01-22

父の癇癪

私の父は数年前、アルツハイマー認知症を経て肺炎で亡くなった。

父は、昔の人によくありがちな典型的癇癪持ちタイプで、気に入らない事があると突然癇癪を起こすのが常だった。

好きなプロ野球チームが、父のお気に召さないプレーなどを示すと「なにやっとんじゃぁっ!!」と晩酌ビール瓶片手にしょっちゅう切れていたし、そのビール瓶を叩き割ってしまって自分で後片付けしていた背中が私の少年時代記憶に焼きついている。

仕事は、一人親方看板製作業で、小中学生の頃よく一緒に手伝いに連れて行かれたけど、現場に一緒に入っている他の会社作業員にブチ切れて怒鳴り散らす事も珍しくない人だった。

私はそんな父が別に嫌いだということはなかった。プラモデル作りや釣り音楽レコード鑑賞などそこそこ趣味を持っていた人で、私は釣りには興味は示さなかったが、プラモデルは好きでよく一緒に作ったものだ。父は職人肌のところがあり、プラモデルはとても上手だったし、音楽趣味も古い世代に多い演歌だけじゃなくて、ジャズニューミュージックなどのレコード豊富にあって、その影響で私の音楽趣味も醸成されたようなところがある。

ただ、夕食時は親父がテレビ見ながらいつ癇癪を起こすかわからないので、私や他の兄弟も大急ぎで食べ終えて子供部屋に逃げる日課。

そんな父に寄り添っていた母も大変だった。そんな風に子供が逃げるように食卓からいなくなってしまう事にまで腹を立てた父は母に怒鳴り散らして、「お願いだからもう少しお父さんと会話して」と母から何度も頼まれたりもした。

だけど、私を含め子供中高生大学生と成長するにつれ自分たちプライベート時間が長くなってくると、自宅が仕事場だったから、家の中には父と母しかいない時間が長くなり、ストレスを溜めた母がアルコール中毒になってしまったこともある。

父は母なしでは生活できない人だった。

夜遅く帰宅した私に「お母さんの様子がおかしい」と深刻な表情で訴えてきて、すぐに寝室にいた母の様子を見に行くと、泣き腫らして目も顔も真っ赤にした母が布団の上で一升瓶を抱きかかえて横たわり、「もうイヤだ。死にたい死にたい!」と消え入りそうな声でずーっと呟き、身体を異常なほど震わせていた。

どう考えても、すぐに病院に連れて行かないといけない状態なのに、父にはそれすらも分からなかったのである

それからしばらくは、私たち兄弟は出来るだけ自宅には早く帰って父母と一緒に過ごすようにしたので、母の状態回復の方向に向かったけども、当時は精神科受診する事すらも忌避される時代だったから分からなかったけど、母は多分かなり重度の鬱病のような状態に陥っていたのだと思われる。

その後、子供社会に出て自立し、一人暮らしを始めたりしてからも親には随分悩まされたけど、父が60を超えるくらいになると糖尿病や高血圧悪化して廃業する事になった。ちなみに子供は誰も家業を継いでいない。

そして、父は念願だった美術勉強を始めるなど、廃業して何年かは穏やかな生活が続いた。私も結婚して孫を見せる事も出来た。

だけどそれも長くは続かず、父のアルツハイマーが発覚して、発覚時には医師から発見が遅れたのであと1~2年でおそらく誰が誰だかも分からなくなる」と告げられ、その日のうちに孫の名前が言えなくなっていたのにみんなが気付いた。

徘徊は酷かった。あれは経験者じゃないと分からないと思うが、ほんとに突然いなくなるのだ。そうとしか言いようがない。例えば五分前に御飯食べてた筈なのに、周りにいた人がほんのちょっとテレビに気取られただけでいなくなっているのだ。そして、辺りを探し回ってすぐに見つかればいいものの、結局一晩見つからないこともしばしばで、しょっちゅう警察のお世話になった。

一度、GPS機器をお試しで身体に装着させようとしたけど、「こんなもんいらん!」と嫌がってしまって無理だった。

ただ、廃業してからずっと癇癪だけはなかった。いつのからか、「お母さんには散々迷惑かけたから優しくする事に決めたんだ」としょっちゅう言うようになり、その言葉のとおり癇癪を起こすことは、少なくとも私の知る限りなかったし、一緒にいた母にも聞いた事がない。

そんな父だったのに、亡くなる年に一度だけ癇癪を起こした。

それはお正月二日の日、実家にみんなが集まっていた和室で、おせち料理を囲んで団欒していた時、母が何かを台所まで取りに行こうとして立ち上がったときにふらっとよろけたその時だった。

「こらっ!そこどけ!」

和室が一瞬にして静まり返り緊張が走った。

多分、足を悪くしていた母に対する父の気遣いだと思うけど、にしてもしばらく聞いた事のなかった癇癪。

母のちょうど隣にいたのは私の息子だったが、それまで笑っていたその息子の顔が引きつっていた。

それから、二ヵ月半ほどして、肺炎を患った父は病院で亡くなった。

昨年くらいから、母も同様にアルツハイマー認知症と分かり、今は施設にいるのだが、この前私が訪れた時、母はこう言った。

「お父さんすぐ怒るから一緒にいてあげてね」

父が死んでも涙一つ流さなかった私だったが、何故か涙が溢れて止まらなくなった。

2016-12-09

韓国歴代大統領の退任後

wikipedia調べ

 

☆ 1-3 イ・スンマン    90歳 不正選挙ハワイ亡命客死

☆   4 ユンボソン    92歳「憲法秩序を破壊しようとする非合法活動である」と厳しく非難されて緊急措置9号違反で立件され実刑判決を受けた

★ 5-9 パク・チョンヒ   61歳 統一主体国民会議による間接選挙在任中に暗殺国葬

☆  10 チェ・ギュハ    87歳 軍部政権を掌握され、辞任。急性心不全のためソウル特別市で死去した

11-12 チョン・ドゥファン 85歳 退任後に死刑判決高裁無期懲役に減刑され、後に特赦

○  13 ノ・テウ      84歳 退任後に軍刑法違反懲役刑(後に特赦

☆  14 キム・ヨンサム   87歳 早稲田大学特命教授敗血症と急性心不全で死去

☆  15 キム・デジュン   83-85歳 ノーベル平和賞を受賞。肺炎、多臓器不全により、死去。韓国史上2人目の国葬

★  16 ノ・ムヒョン    62歳 不正献金疑惑。自宅の裏山のミミズク岩崖から投身自殺を図り、頭部を強打するなどして3時間後に死去。

○  17 イ・ミョンバク 74歳 大阪まれ土地不正購入疑惑

○  18 パク・クネ     64歳

 

計11名

 

☆5 普通死 全員80歳以上

★2 不審死 2人とも60代前半

○4 在 命 60~80代

 

大統領の近親者が逮捕暗殺の不幸はあるけど、

大統領本人はそうでもなかった。

2016-11-13

親類の葬儀に口を出し仕切りたがる親戚を見て、自分喪主になったら親戚呼ばずに直葬しようと思った話。

先々月に風邪をこじらせて肺炎入院した際に、医者からはもう長くないと言われていた。

11月に入り危篤状態になりそのまま息を引き取った。齢90歳。大往生だった。

 

亡くなった後の手続きはめまぐるしかった。といっても喪主私の叔父が忙しかったのだが。

 

たとえば、

入院した病院で死亡診断書を貰い、死亡診断書役所に提出して火葬許可証を貰ったり、

葬儀屋檀家になっている寺に連絡し葬儀を調整したり、

家系図を引っ張り出し祖母に近しい親類から順に参列する親戚の焼香順を決めたり、

 

叔父がはじめての喪主として慣れてない葬式手続きを頑張って進めていたのを見て、自分勉強になった。

普通に葬式が終わっていたなら、葬儀は高価で忙しかったって話で終わっていたと思う。

  

だが叔父の弟親子が、自分の方がもっと上手に出来ると言わんばかりに喪主に口出ししてきた。

こっちの方が正しいだの、ああしろだの。弟親子は喪主なんて一度も経験したことはない、

何度か近所の葬式を手伝った程度なのに喪主すらやったことのあるような口ぶりで喪主である叔父に指図する。

そのくせ、喪主が一緒に親戚へのあいさつ周りなど、喪主仕事をさせようとすると

私は知らないとばかりに喪主仕事を手伝わない。

 

叔父の弟は、日常でもたびたび自分が正しいと思っていて間違った他人を仕切ろうと、あれこれ指図するが、

葬式の時までそれをやられるとは、思わなかった。

正直、私も葬式運営の手伝いより、喪主の弟の仕切りたがりを右から左に流すことに疲れた

私が喪主だったら叔父のように笑顔で流すことができず、葬式邪魔をするなと喧嘩になっていたと思う。

 

 

もし自分の親が死んで、喪主になったとしたら、

あんわずらわしい親戚を呼ばず、自分の身内だけでひっそりと火葬だけする直葬にして、後で親類にはがきで知らせようと思った。

親の人生最期儀式喧嘩したくないから。

 

なお、葬儀一般的な斎場で行ったので場所代飲食費で100万。お坊さんへのお布施20万程度でした。

小さめの葬儀はい普通葬儀って高いんだと実感しましたとさ。

 

 

 

関連:お坊さんをお呼びした家族葬(D.I.Y.葬)が総額42,360円で完璧に出来たお話

http://anond.hatelabo.jp/20160331150720

2016-11-05

生きることは食うことだ!!!

離れて暮らす両親の話。

親父が癌だ。今は食道癌

最初の癌は15年前。白血病抗がん剤→骨髄移植で一応元気になった。

次は皮膚癌発症は顔のほっぺた。小さかったのと初期に見つかったので薄皮一枚削った。

次は今も闘病中だが食道癌。見つかった時はステージ3。皮膚がんたまたま見つけやすいとこだったか医者が気づいたわけだが、白血病で毎月検査しているからかあんまり他の癌に注意してなかった模様。まぁアホな親で困る。一度治療を終えたが、再発が見つかった。また抗がん剤が待っている。

食道癌は喉に出来たこともあり、切ろうと思っても声帯ごととる大手術になる。最初白血病の時にだいぶ体力を失っていたこともあり、手術に耐えれる体力が無いと医者判断され、抗癌剤放射線治療のみ。

抗癌剤治療副作用は凄まじい。巷では副作用が少ない抗癌剤がとか、科学進化がとか色々言っているけど、親父は白血病の頃から数えて10回以上抗癌剤治療を行っているわけで、傍からみててもう限界に近い。一回一回痩せていくその姿はとても痛々しい。元々痩せ型〜普通くらいの体型のくせに、体重は15kg前後落ちた。髪の毛が再生するのは最初のうちだけで、骨髄移植後はなかなか生え揃ってくれず、陰毛みたいな白髪がうっすら生えてくるだけだ。カツラをつけるって言っても、留める毛すら揃わない。大手保険会社部長を勤めたイケメンの姿はもうない。

抗がん剤治療を乗り越えるには、それなりに体力が必要。手術する体力が無いと言われた親父は、本当なら10日で退院できる抗がん剤治療でも1ヶ月半くらい軽く入院してる。色んな病気を併発するからだ。白血病の時は肝臓ウイルスがどうとかで1年以上入院した。前回の食道癌の時は肺炎になり、元々肺気腫気味だったけど悪化した。おかげで現在は5分も歩けないし力仕事なんてできない。

また、これだけ抗がん剤うてば、口の中も荒れ放題になる。もともと虫歯一つない歯だったのに、今では奥歯はほとんどない。入れ歯抗がん剤後には合わなくなり、調整してもまた治療したら微妙に合わなくなり。次の抗がん剤を間近に控えて、現在は痛くて使わなくなってる。

味覚も狂う。最初抗がん剤治療後(骨髄移植前)は、何を食べてもまずく感じるなか、唯一ラーメンけが美味しかったらしく、街中のラーメン屋を片っ端から食べ尽くしたらしい。骨髄移植後は割と味覚も戻り、美味しいものを美味しく感じれる生活を送っていたが、食道癌になってからは何を食べても美味しく感じないらしい。喉に引っかかるから飲み込むのも辛いとかなんとか。

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おかんは熱心な宗教家でもあり、エセ科学とか大好きだ。もともとそんな人なわけだが、抗がん剤治療で日々弱っていく親父を見るとなんとかしたいという一心から、様々なエセ科学を調べる。俺自身、身近な友人を抗がん剤治療関連死(まだ元気だったけど治療開始後一週間で亡くなった)とかあったので、抗がん剤を心から信じているわけじゃないし、おかん気持ちはよく分かる。

んで、最近食事療法的なよくわからんやつにご執心だ。体にいい食べ物、悪い食べ物に分類してあれはダメだ、これはダメだっていうやつ。これは良さそうに見えて本当は良くないとか色々ある。興味本位で色々聞いてみたら、おかんに入れ知恵している先生的な人曰く、坊さんの精進料理的なものしか本当に体にいい食べ物はないらしい。肉もダメ野菜も大半ダメ、魚もほとんどダメ。なんだそれ。

はいっても夫婦で食べる料理はそんなに極端に変わっていない。あからさまに体に悪そうな食べ物ファストフード的なやつとかポテチとかそういう系)は元々食べないし、別に我が家食卓でそんなに大幅な変化はない模様。二人とも元々同郷の農家だし、昔ながらの食い物ばかりな感じ。

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生きることはとどのつまり食べること。病人だって美味いと思えるものをしこたま食べれば体力も少しは戻ってくるだろうさ。少なくとも運動もできない体になった以上、食う以上に大切なことは思い浮かばない。

おかんにはそのことを話した。抗がん剤治療を信じない、食事療法で内側から治すという考え方は大事だと思うけど、病気を倒す体力や元気を身につけるには、体に良い悪い食事よりも親父が食べる事に喜びを感じる方が遥かに大事って。俺はさすがスピリチュアルおかんに育てられただけあって、スピリチュアルに伝える技術はいくらでもある。割と簡単に納得してくれた。ちょろい。

問題は本人。つまり親父だ。何食べても美味しいとは思ってくれない。そもそも奥歯がなくても食べやすくて美味しいものなんて俺にはなかなか思い浮かばない。刺し身と鍋は比較的いけるっぽいけどあまり楽しんでくれない。クソ。

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最近一つわかったことがある。

親父はおかんと二人の時より、俺がいた時の方が美味しいと感じるらしく、俺の嫁がいる時の方がもっと美味しく感じる模様。同様に姉家族が孫を連れて帰って一緒に食べる時などとても美味しい模様。

前回俺が嫁と一緒に帰った時に4人で外食したわけだが、その時に食べた鍋焼きうどんがとても美味しく気に入ったらしい。で、後日一人で食べに行ったみたいなんだけど、全然美味くなかったとかなんとか。

姉には子どもがいるが、俺にはまだいない。俺がガキつれて帰った方がご飯は美味しく感じるのだろうか。たぶんそうなんだろうな。

確かに孫と囲む食卓だったら、何食っても美味いだろうな。

贅沢な親父め。クソ。

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あれだけ弱っていて、かつ自分の死期が比較的近いと考えている人間が、あと何回抗がん剤治療を乗り越えられるのか、あと何年生きられるのか。

出来るだけ美味しいご飯を食べさせてやりたいなと思うところです。

2016-10-25

自爆自殺をした72才元自衛官DV裁判

祭会場で周囲を巻き込み自爆自殺をした元自衛官本人が口頭弁論調書を動画で上げていたので大雑把に書き出してみるhttps://www.youtube.com/watch?time_continue=3&v=XwwRqL5xJR0

自衛官の言い分はblogとあまり差がないようなので大雑把に奥さんの言い分をまとめてみました

気になる方は投稿された動画の方で読んでください

また時間があれば元自衛官側もまとめますが、読んだ感じでは無理があり支離滅裂おかしいと思いました

暴力結婚当初からあり妊娠中にお腹を蹴って仕事に出て行ったりした、子供たちが小学校に上がった頃から暴力が酷くなった

夫に小さなナイフを構えて見せた事はある、いつも寝入ってから夫が起きてきて性的関係を求めてきた、肺炎で39度の熱があるときも求めてきた、寝不足仕事にも行かねばならず困って自分の身を守るためにやった

夫は三女のせいで破綻したと言ってるが全く関係ない

ここで夫が証拠ナイフを取り出して手に持ち裁判官から注意される

三女の精神不安定の原因は夫の長女次女私への暴力を小さい頃から日常茶飯事に見てきて、転校も多かったので学校で馴染めず苛められた事

今は別居して落ち着き私をサポートして笑顔を見せてくれるようになった

ここで夫が「平成20年8月15日自分が就寝しているとき障害者手帳と通帳を渡せと首にナイフを突きつけたのは間違いありません」と割り込み裁判官からあなた認識あなた質問の時に聞くので質問にして下さいと何度も注意されるが同じ内容を繰り返す

夫が「先生からいい薬がありますよ服用しませんかと勧められましたか」と妻に質問

妻は三女が入院した時に「灯油を隠すぞお前は何で働かないんだ」と娘が父親言葉暴力を振るわれている事を医者相談し私も疲れていると言ったら「マイスリーという睡眠薬を飲んだら疲れがとれて仕事に行けますよ」と言われたと答える

夫が何度も同じ事を質問するので裁判官質問をはっきりしなさいと注意され、よい薬があると奥さんが医者から言われたかどうかでいいのですかとまとめられる

妻は「睡眠薬だと思います、この人は私を統合失調症とかにしたいから薬の質問を」と答える

夫が三女が包丁を持って暴れまわった事や妻が二千万を使い込んだ事を質問するが両方否定され

からよく嘘がかけるなと捏造大好きでしたけどと反論される

証拠

平成19年12月31日受傷の診断書右外傷性肩関節周囲炎

三女と夫の間にどうしたのと仲裁に入って、お前はなにも教えなかったと拳骨で暴力をふるわれた

朝起きて妻の座るリビングテーブルに置いてあった赤線が引いてある読売新聞一家殺害記事の切り抜き

日頃から家賃を払え光熱費を払え清算するぞと言われていてこういう記事が置かれていたので殺されると思った

平成20年9月3日受傷の診断書頭部顔面左前腕左足打撲

早朝2階で寝ていると夫が三女を怒鳴る声がしたので行ったら、お前はなにも教えなかったと暴力をふるってきた、三女と夫が揉めていた原因は三女が自転車籠に懐中電灯を置きっぱなしにしていたので乾電池無駄遣いになると怒っていた

平成23年5月7日三女の怪我の診断書頭部顔面上下肢打撲頸椎捻挫

母親仕事に出ている時に父親管理していた三女の障害者手帳を取り返したら父親が暴れだした、三女が母親電話をしている時には猛獣や野獣のような声が聞こえていた、三女に逃げるように伝えて警察保護して貰った

平成23年5月21日撮影の殴られている瞬間と痣の写真

三女が旅行にいった後でフィルムを持っていたので、殴られている時にとっさに写真を撮るように三女に大声で言った

夫は色々向かって来ているのではねのけている写真だと説明し無理があると突っ込まれている

三女が殴られてからシェルター保護を求め相談実績が必用だと言われ公的機関相談平成23年7月29日暴力から逃れるために別居

2016-09-14

社畜NEW GAME!は救い」

今週も私の魂の咆哮を聞いてください。

ひふみんコスプレ

 おい、全然エロくないじゃないか

 尺も短すぎだぞい!

 カメコCV藤田咲使ってる場合じゃねぇ。作画コストかけろよ。

カメコ雑誌記者まで女

 徹頭徹尾、男が排除されたまんがタイムきらら空間を作りたいのですね。

青ひふに期待

 青葉ちゃんの部屋に宗次郎のぬいぐるみがありましたね。

 原作者分身しょうが、青ひふの新展開を期待しているよ、私は。

情報流出の件がサラッと流されておる

 次回に期待させるためのサブタイ詐欺

 そんな小細工は要らないのですよ。

 俺たちは最期(NOT 最後)まで観るぜ。

ゆんとはじめって青葉の一個上だったのか

 離職率高杉ワロエナイ。

青葉の着替えシーンが控えめ

 コンテ切ったやつ出てこいよ。

 もっとおっぱい可愛い下着見たかった(切実)。

コウりん定期

 良い、続け給へ。

ヨドゥバシカメラの時と同様、緻密に描かれすぎている店内



微妙にねねっち推しでロリコンクラスタに訴求してて草



フェアリーズストーリー3(無印、2の外伝というか前日譚はよ)



今回のブラック要素

 コウの席のレッドブル

  青葉とねねっちが買うのは架空商品なのに、さりげなく描かれるのがガチっていうのは怖い。

 雷で鯖がぶっ飛んでほしかった。

 おでこ冷えピタはった葉月病院に運び込まれ肺炎って診断される展開を希望

 楽しいお泊り(ない)

 始発で帰れる(ない)

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