「教条的」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 教条的とは

2017-07-10

https://anond.hatelabo.jp/20170710194631

社会的公正はあくま教条的な正しさだと思うよ

「たくさんの人がそう思っている・苦しんでいる」という理屈じゃマイノリティは救われないもの

だいたい、そこまで広く受け入れられているのなら、そもそもそんな集団差別なんかに晒されるか?

ポリコレってのは本当はたぶん苦しいもので、時には人の嫌悪感に反してでも、

正しいものは正しい、これは差別からやってはいけない、と言うために必要ものなんだと思う

まりだ、ネット場末ポリコレ振りかざして正義気取ってるような奴なんてのは、

ただ人の尻馬に乗っていい気になってるだけのゴミカスだってことだよ

2017-05-06

救われぬ弱者としての自転車

歩行者より強いのは間違いないが、車に比べるとあまりにも弱い

しかし、とにかく歩行者を守ることが優先された結果、歩道からは追い出され

さりとて今更全国のあらゆる道に専用レーンを設けるだけの予算もない

その結果今みたいな宙ぶらりんな状態になってしまった

何かが間違ってこうなったというわけじゃなくて、教条的弱者優先主義

しぼんだ経済の行き着く先がこれというのがただただ悲しい

中途半端弱者全体のメタファーなんだよ今の自転車っていうのは

2017-04-26

オタク表現規制

 オタク自由放任主義右翼親和性が高く、いろいろと口うるさい左翼とは親和性が悪い。

 左翼は、その攻撃性でオタクを敵に回した自らの愚かさを悔いるべきと言う言説を最近良く見かける。

 その言説について思うところを描いていく。

 左翼による攻撃があった事は事実である

 ヘイトスピーチ所謂言葉狩り」については、間違いなく左翼と呼ばれる人たちが中心になっている。これらについては、人権の基本である他人人権侵害しない」という原則問題でもあるが、チャタレイ裁判に関する憲法学界隈から反論(1)や、大日本帝国時代児童文学新聞規制言論統制のものに変化していった前例が示すように、原則否定するべき物ではない。

 また、宇宙の戦士に対して、ファシズム的と言う評価(2)や、さらば宇宙戦艦ヤマトラストシーンに対しては、それぞれ「軍国主義的」について言及があったことは確からしい(3)。

 漫画関係表現規制で真っ先にやり玉に挙げられる「悪書追放運動」では「軍国主義への回帰」と言う表現が使われてきた(4)。

 これらの理由からオタク左翼的言説を嫌うことには一定理由があることがわかる。

 その上で、右翼放任主義という主張は疑わしい。

 チャタレイ婦人事件からずっと、右翼はむしろ表現規制側に回っていた。猥褻物公序良俗使用した最高裁判決に対しては、保守派批判する側の法律学者の方からこそ強力な批判が行われていたことを思えば、左翼表現の自由不寛容と言うのは、この手の表現の自由に関連する議論の実状からかけ離れているように思える。

 悪書追放運動以来漫画規制では政府与党応援してきた。悪書追放運動主体の一つである主婦層の応援をしていたのは、逆コースまっさかりだった当時の政権与党である

 所謂「左」が表に出ていたのは事実だが、思いっきり「右」がそれに乗っかっていることもまた事実なのだ

 84年の衆議院予算委員会で、マンガ規制するための法律の導入を求めたのは自民党の政調副会長だった三塚博氏だし、中曽根総理もそれに大いに賛同していた。

 漫画関係でも、保守派麻生議員とかは、漫画規制積極的な人だし、東京都でのマンガ規制が著しく深刻化したのは石原慎太郎都知事だった期間だ(5)。

 漫画に対して公序良俗に関するとして出版禁止のための法整備を実際に行ったのは自民党だ(6)。

 つーか、なぜかよく言われる「左翼の側が、オタク趣味ポルノ呼ばわりして規制している」と言う言説とは裏腹に、実際にオタク趣味ポルノ扱いして規制しようとしているのは保守政権側のほうが明らかに多い。ってか、実際何度か規制に踏み切っている。

 ついでに、戦前でも児童文学表現に著しい規制が付けられていた。

 表現規制問題を見ていると右も左もオタクとは親和性が悪そう。

 それどころか、この10年の間は、マンガ表現規制保守の側から行われている。

 だと言うのに、どう言うわけか保守層放任主義と誤解している意見が不自然なほど目立つ。

 幾度か、マンガ規制法制化がされるときに反対に回ってきた共産党立場がない。いや、共産党もちょくちょくマンガ規制するよう求めてはいたか濡れ衣ではないのだが(7)、法制化を阻止するために動いた(8)という一点においては、力が及んでいたかはさておき、むしろ表現の自由については無理解というわけではない。

 にもかかわらず、左翼教条的で何でも規制する頭の固い連中で、保守派は様々な価値観を認めてくれる懐の深い存在という、表現規制法制化の歴史を紐解くと真逆しか思えない、訳の分からない言説が結構広まっている。

 ……本当に、どう言うことなの?

 理由を考えてみると、実際の活動兎に角左翼系の攻撃の方がオタクの方に印象に残りやすかったのが問題なのではないだろうか。悪書追放運動発言や、ウルトラセブン12話、ジャングル黒べぇの封印や、さらば宇宙戦艦ヤマト宇宙の戦士への批判小説批評批判自体はまっとうな活動なのだけど)等、人気作品への影響が大きいこと為、実際の活動量以上に目に付く機会が多かった。

 特にウルトラセブンの「第12話は欠番とする」と言う趣旨文言は、兎に角目立つ。簡単に閲覧可能な人気シリーズに、「抗議による封印」の痕跡がポツンと残されているのは、イヤでも目立つ。

 また、政府肝いり団体でも、悪書追放運動の折りは基本的に「左翼」に同調する言動をとっていた。

 恐らく、「左翼」の認識が悪くなったのは、ここら編が原因だろう。

 で、そこから反対の陣営自分たちに寛容と勘違いした。

 その上で、90年代後半から2000年代初頭の「サヨク人権を御旗に自由侵害しようとしている連中」とか言う、自由主義史観発のいい加減な認識が、雑な認識化学反応を起こして、いい加減な認識を加速させたと言うのが実状ではないだろうか。

 00年代前半から10年、警察保守政権の側からによる表現規制が著しく深刻化していた時期に、そちら側からの影響が殆ど省みられていない現状を鑑みるに、自由主義史観発と言うか、小林よしのり発の「人権を美旗に世界の均質を試みている」と言う趣旨認識の影響は少なくない気がする。

 余談だが、戦前表現規制に対する反省と言うことで使われた「言葉表現問題ではなく、実際に差別をなくすことこそが重要だ」と言う考えが、この保守派への契合に対する触媒になっている節があるのは中々興味深い。

 左翼表現規制……所謂言葉狩りにも一片の理がある。

 実質的に、差別助長していたり、差別に根ざしている表現を使い続けることによる、現状の肯定差別の強化自体問題にされてしかるべきだ。

 キチガイと言う言葉が使われなくなったために、統合失調症の人の気持ちが幾分か楽になったと言う証言もある。言葉を狩っただけで問題解決されるわけではないが、差別に使われるメインウェポンを使用禁止にすること事態を無価値と断定することも、非常に問題がある考えのように思える。

 一方で、一片の理が合っても問題があるのは事実。だからこそ、チャタレイ裁判以降、多くの憲法学者表現規制のもの問題にしてきたし、前例がある以上、この手の批判積極的に行われてよい。

 兎に角、「表現規制する要理も、現状の改善の方が重要」と言う言説が「表現問題ではないのだから、どんな差別的表現を使い続けたってかまわない」と言う理屈正当化に使われ、惹いては、差別語を平然と使い続ける側の心強い理論武装になってしまっているのではないか

 いい加減話を終わらせるために、まとめに入る。

 「どんな表現にも寛容な保守と、教条的表現規制を押し進めようとする左翼」と言う、表現規制歴史に多少なりとも興味が有れば噴飯もの理屈ネットの世まかり押し通ってしまうのは

60年代悪書追補運動の折りに、法制化を進める活動家よりも、直接行動を行う「左翼」側の活動の方が目立った

・「セブン12話」や「宇宙の戦士批判など、容易な「左翼の抗議による作品封印」の戦果に容易にアクセス可能

00年代前半、個人サイト全盛期に自由主義史観初の雑な政治認識流行した

・「表現だけではなく、現状を変える事こそ重要」と言う、それ自体はまっとうな言説の悪用

 と言った要素が、悪魔融合を果たした結果ではないだろうか。

(1)浦辺法穂「全訂 憲法学教室」161~163ページ、岡田信弘「憲法エチュード86~91ページ

(2)ロバート・A・ハインライン宇宙の戦士」483~484ページ

(3)牧村康正・山田哲久「「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展狂気」第4章栄光は我にあり、広がりゆく波紋、第10段落

(4)長岡義幸「マンガはなぜ規制されるのか」100~102ページ

(5)長岡義幸「マンガはなぜ規制されるのか」177~180、196ページ

(6)長岡義幸「マンガはなぜ規制されるのか」143~144ページ

(7)長岡義幸「マンガはなぜ規制されるのか」139ページ

(8)長岡義幸「マンガはなぜ規制されるのか」129~130、143~144ページ

2017-04-16

民主主義を殺すのは誰か

それは政権交代可能野党の育成を阻害する、

野党に無批判教条的な支持をしめす野党支持者である

2016-07-11

『何故左翼は味方になりうる人を罵倒するのか』という問いの愚かしさ

 今回の参院選はいつも以上に左翼陣営から『意に添わぬ投票行動をする人々』に対する罵倒が多かった。

 それに対してはてブ等では、

「なぜ左翼は味方になりうる人に罵声を浴びせるのか。そんなことをして味方が増えるわけないじゃないか。非合理的だ」という意見散見されたが、

これはとても間違っていると言わざるを得ない。

 あるいははてブらしくもない、一面的、非リベラル的なもの見方だと言ってしまってもいいだろう。

 左翼陣営にとって、「仲間になりうる人に罵声を浴びせる」というのは仲間を増やすうえで非常に合理的、あるいは合教条的行動なのだ

 

 

 基本的に、左翼陣営が仲間を増やすときに用いるのはアブラハム宗教メソッドである

 このメソッドについて簡単説明すると。

 

 1、ありもしない罪を押し付け相手を貶める。

 2、それを足掛かりに暴力をもって物理制圧を行うか、精神マウントをとる。

 3、教化を行う

 

 

 このような手順になる。

 思想の輸入の際にメソッドも合わせて輸入されたのか、それとも敗戦記憶バビロン虜囚の代わりになったのか定かではないが、

日本でも左翼陣営が仲間を増やそうとしたときに行われる行動はおおよそこれで説明がつく。

 ここまで書けばお分かりいただけるかと思うが、彼らにとって仲間を増やすことと相手を貶めることは不可分である

 仲間を増やしたい『のに』相手罵倒しているのではなく、仲間を増やしたい『から相手罵倒しているのだ。

 メソッド的には何も間違っていない。本来ならばこの後に続く、相手を圧倒する物理暴力知的能力を持ち合わせていないだけなのだ

 

 

 はてブをご利用の皆様にはこのような文化の違いを考慮して、相互理解に努めていただきたい。

2016-07-09

私が三宅洋平を支持する理由

私が三宅洋平を支持する理由

三宅洋平という人を知っているだろうか?

今回の参院選東京選挙区から立候補していて、演説動画が異例の50万回再生最近ネットでもちょっと話題になっている人物だ。

出馬当時はほぼ無名で全く話題にもならなかったが、演説動画再生回数が増えるにつれ、

多くの賛同批判の声が上がるようになってきた。

特にここ数日は区議会議員ブロガーなどそれなりの有名人批判するようになっている。

政策無茶苦茶だの非科学的だの陰謀論者だのといった具合だ。

私はこれらの批判は至極真っ当なものだと思う。

確かに彼の考えは未熟だ。

根拠の不確かなもの憶測に過ぎない主張も数多い。

ではなぜそれでもなお彼を支持するのか?

それは彼が「自由」と「対話」とに基づいた民主主義を重視する人物に思えるからだ。

彼は3日目の新橋演説でこのように言っている。

「なんか悪の権化とか、安部やめろとか、安部せとかだけでは、

僕は日本の政治は深まらないと思います

そこに、対話を阻害する要因があるんですよ。

本当に、その歴史バックボーンが何で、

彼らが何を言いたいかということを咀嚼して、

同じように自分たちが何を思い、何を伝えたいかを伝える場、

としての、選挙。ていうものを僕は取り戻したいんです。」

安保法制に反対しているといえば「反日勢力」だの「脳内お花畑」だのと罵られ、

安保法制に賛成しているといえば「アメポチ」だの「ナチス」だのと罵られる。

自分を中心とした「敵」と「味方」の二項対立

これは安保問題だけに限らない。

改憲VS護憲原発再稼働VS反原発高齢者VS若年者、正規VS非正規大企業VS労働者、…。

相手の本当の考えなど知ろうともせず、勝手に都合のいい言い分を想定し「敵」を批判する。

「味方」同士でしか通用しない論理で盛り上がり、「敵」から批判には耳を傾けない。

そんな言論が硬直化し教条的となってしまっている現代において、

三宅洋平が語る、たとえ意見が違っても相手尊重するという姿勢相手意見をちゃんと聞き、自分意見をちゃんと言う、

対話」を通じて問題解決しようとする古くて新しい考え方はとても貴重なものだ。

ここで彼が批判されている内容についても少し意見を述べよう。

彼が今掲げている具体的な政策や主張は確かに無茶苦茶だ。

しかしそれは彼の周りにいるブレインダメなだけだと考えている。

政策というものは一人で考えるものではない。

周りの仲間や専門家相談しながら練り上げるものだ。

したがって今の彼の主張が政策ダメダメなのは周りの仲間、そして彼に色々な知識を吹き込むブレインの考えがダメダメなだけなのだ

もし彼がそういった陰謀論を盲信する狂信者なら私は彼を支持しないだろう。

でも彼は「対話」を大切にしている。

彼に「それって本当なの?」と疑問を投げかければ、「それっておかしくない?」と批判を投げかければ、

彼はちゃんと知らべ、考え、そして意見を返してくれる。

対話をすることで考えを改めたり深めたりすることができる。

から今の彼の政策ダメでも、今の彼のブレインダメでも、

これから彼と対話をすることで、

まともで説得力のある現実的政策に変えていくことが可能なのだ

これは特定支援者組織に縛られた他の政治家では絶対にできない。

このような特異性も彼が「対話」を重視しているからこそだ。

というわけで、私は三宅洋平を支持する。

2016-03-05

偏差値についての2つの考察。あるいは偏差値がどれほどあてにならな

かつて中央の大型私学にいて、現在地方国立にいる大学関係者です。偏差値議論がどこぞで上がっていますが。何処にとも書かずに心のなかにあった2つのお話を。

偏差値合格最低ライン

特に地方大学にいると、それなりにかなり優秀な学生がいる。それこそ2つくらい上のランクを狙えるような。で、なぜ現在大学にかよっているかを問いただしたところ、親が一人暮らしを許さなかったからという理由が多い。第一志望に落ちたからという理由はあまり聞かない。親が一人暮らしを許さないってのは、少し前までは女子学生に多かったのですが、最近は親にカネがないからか、男女問わず聞くセリフです。

偏差値はその学校合格する最低ラインです。状況によっては偏差値以上の学生ゴロゴロいる大学存在します、ってことは受験生らに伝えたい。

偏差値操作できます

多くの予備校公表する偏差値は、一般入試合格者数です。とくに大型私学を発端として、現在では国立を含む、多くの大学で、推薦、AOなどの複数回入試がとり行われています

推薦、AO入学生の学力はその大学偏差値には反映されません。結果どうなるかというと、推薦、あるいはそれに類似した名前一般入試もどきを乱発させることで、一般入試の枠を狭くすることにより、一般入試の倍率を高めて一般入試合格者の学力を高める、ひいては偏差値を高めることができます関西のR大学が率先して行ったこの方法は、いまや全国区になっております

ちなみに推薦、AOで予め合格者を囲うのは、文科省の締め付けによるところも大きいです。文科省は定員より入学者が1.2倍(この数値は今後変更)を超えたら予算を減らしにかかります。なので、推薦、AOで予め入学者数を確定したいという意図大学にもあります

私学の場合は国公立の結果次第でかなりの数が逃げられます。そのことを考えると、一般入試合格者数はかなり年度による振れ幅が大きいので、そんな面倒なリスクを取って文科に睨まれるのはヤダという発想です。

で、ぶっちゃけ推薦、AOで入ってきた学生ってのは大学に入ってからがアレなので、内部者としてはできれば減らしたいのです。ただ上の理由があるから一筋縄はいかない模様。

総括

で、まぁ何を言いたいかというと、偏差値にはかなりの誤差があり、また実際の学生の幅は大学により大きく異なるということです。あまり教条的に見ないほうがよろしいかもしれません。

2014-08-12

http://anond.hatelabo.jp/20140812145234

からだが、言ってることがよくわからないな。

・状態は出来るだけ減らす

・適切にクラス分割、カプセル化して状態の依存関係を極限化する

あたりなら分かるが、private void関数に対して教条的に拒否する合理性は感じない。

2014-07-29

http://anond.hatelabo.jp/20140728221918

勝敗は基準によってもどうにでも定められるものから、どういう基準を持つか、その基準にどれほど厚みがあるか、が真の問題では。

当事者含む社会けが判断できるものでもないからね。

少々教条的かもしれんが、己が負けたと思い込まない限りは負けない。

2013-05-22

橋下さんと乙武さんでアメリカ的なるものを見た

ここんところ、

橋下大阪市長の「米軍風俗利用」の話と

乙武さんのイタリアンレストラン入店拒否問題の話が、はてな上をにぎわせている。

どちらの問題もそれほど強い意見は無いので、流れては消えていくネット上の話題として

ブクマコメントなど眺めながら、ウォッチしていた。

そこでなんとなく思ったことは

*「ああ、これはアメリカ的なるもの」* の話が背景にありそうだなと。

アメリカという国は、3回生まれている。

一つは、フロンティア開拓者として生まれ

一つは、自由と民主主義の中で独立を勝ち取って生まれ、

一つは、奴隷解放宣言によって、人権多様性旗手として生まれ

といった具合だ。

人種サラダボールとよばれるように多様な人々、文化宗教をもちながら

共存をしている彼らは、日常的にいざこざを抱えながらも

国体を「自由」「民主主義」「人権」という価値観のもとに維持している。

それを世界に広げることが自らの正義だと信じている。

であるから、これらに関して教条的振る舞う

フロンティア開拓者としての「自由/自衛」の価値観のために

彼らはいかに犯罪件数が増えようと民間人から銃を取り上げることができないし、

当事者の会話のトラブルに見えても

障害者人権保護のためにバリアフリーでない店舗を許すことができないし、

レイプが横行していて、多くの私娼をひきつれて戦争していたとしても

女性の権利を守るために風俗利用はナンセンスだと言い切る。

こういったある種の建前で国民がつながっている国なのだ

この価値観ポリティカルコレクトといって公の場では徹底する国だ

私は、こういった価値観を否定したいとは思わないし

その教条主義であることから、結果的に世の中に価値がもたらされることも事実だとおもう。

2013-03-24

35病を読んで思った。

http://anond.hatelabo.jp/20130323205124

キトーに取り留めのない長文で批評してみる30後半35病患者感想

男性場合平気で素面下ネタを言い出す。若い女性キモがられても平気。

 見たことないなあ。環境の問題じゃないかな?

健康グッズに金を使い出す。

 まあ年代的に健康が気になる年頃だからしょうがない。若い時は気にしないでいいだけで。

>やたら説教臭くなったり教条的になったりする。

 むしろ私はジジイ化が行き過ぎたのか逆にテキトーにおだてて流すことが多い。

 それは単にトラブル作っても人生に益はないと学んだ結果。

 その結果この人がやけに嫌う「面従腹背」になるわけだが。

 Aを立てればBが立たないのは世の常だがそのうちこの人にもわかるだろう。

 テキトーに折り合いをつけてやっていくしかないのよ…ってのは多分説教なのかな?

>「最近の男は草食系」などと言ってるのはだいたいオバサン。

 …てのはこの人の言う35病とは違う理由だと思う。あえてそれ以上は言わない。

面従腹背。いずれにせよやたらと他罰的になる。

 面従腹背なのはしょうがない。人にはすべて表と裏がある。

 人の私に対する裏の評価なんか気にしない。

 後、やたらと周りを見て他罰的と思うのなら多分彼の入った会社が悪かったのだろう。

女性ならば旦那の悪口を外の人間実家などで言う。

 まあ、レストランとかでたまに見かけるかな。関わらぬが吉。

政府社会に対して批判的な言動だけど自分では何もやらない。それどころか反原発でもとかをバカにしたりする。

 社会が一番困るのは何もしないことだ。

 少子化だのなんだのでその辺の恐怖をこの国は現在進行形で味わっているはずなんだけど。

 何もやらない人ほど恐ろしいものはない。緩慢な衰退を生み対策のしようがない。

 サイレントテロなんて言葉であるくらいだし。それが嫌なのかもしれないが。

 ※私は基本無関心派で何もしない人だ。反原発デモもバカにしている。(原発はやむを得ない派なので)

  私はいさら生き方を変える気など全くないが、私みたいなのが増えると確かにこの国はまずかろうとは思う。

  まあ、若い人は私みたいなのを反面教師にして頑張って(私もう若くないし笑)。

>あるいは失敗談を茶化して笑い話にする。

 これはあるよ。否定しない。

 失敗談をネタにして笑いを取るくらいが一番私的に話を持っていきやすいので。

 まあ、裏でこの人が思うみたいに「こういうの迷惑」って思われてるだろうかねえ。

坂本龍一氏に菅直人氏に石原慎太郎氏に田中真紀子

 少々会社や店で横柄な程度ではああはならない。

 世の中ああじゃない老人の方が多いだろう。

 周りに抑えてくれる人がいればよかったのだろうけど彼らはちょっと地位が高すぎた。

 この辺を例にするのはいささか極端にすぎる。

 普通に生きてるなら多少は抑え要素がある。

>俺も今年で34だ。街で見苦しいおっさんおばさんを見かけると「俺もそのうちああなるのか」と非常に憂鬱になる。

 なると見た。素質が十分にある。あるいは既になっている。気を付けた方がいい。

2013-03-23

35病

http://anond.hatelabo.jp/20130323124047

中二病高二病大二病社二病を乗り越えて患うのが35病だと思う。30代後半から徐々に発症する。

若者のだったつもりがいつのまにかおっさんおばさんの仲間入り。こんな症状が出たら罹患を疑うべき。

正直、頭が禿げるとか加齢臭がするとか脂肪が増えるとか肌が荒れるとか、そういうのは年齢とともにやってくるものなのでしかたがないことだと思う。

でもこういう「会社や店で横柄な態度のおっさん」が年寄りになると、最終的に菅直人石原慎太郎田中真紀子みたいなジジイババアが出来上がるのだと思う。

若いころ「武満徹を殺せ」なんてビラを巻いていた坂本龍一も、今ではすっかり説教クソジジイになっている。

35病の厄介なところは、中二病などと違って年齢を重ねれば重ねるほど悪化していくところだ。

最近女性だけでなく男性向けにもアンチエイジング流行っているそうだけど、年をとりたくなければまずは見苦しいおっさんおばさん言動と行動をやめるべきだ。

かく言う俺も今年で34だ。街で見苦しいおっさんおばさんを見かけると「俺もそのうちああなるのか」と非常に憂鬱になる。

追記

「それ年齢関係なくて、そういう奴は若くてもそんなだ」というご意見を頂いている。確かに石原慎太郎坂本龍一富野由悠季若いから尊大な嫌なやつだったと思う。

でもこの人ら、年齢を重ねるごとに尊大さが悪化して説教クソジジイになったじゃないですか。これって年齢とは決して無関係とは思えないんですね。人生経験がかえってマイナスに働くというか、成長ではなく老化していくというか。

この文章からにじみ出ていると思うけど、俺も子供の頃から世の中を斜めに見る嫌な子供だった。それが嫌な若者になり嫌な大人になった。このままいけばきっと嫌なジジイになるのだと思う。三島由紀夫が45歳であんな死に方をしたのは、そういうジジイになるのが嫌だったからだと思う。

追記

http://anond.hatelabo.jp/20130330190713

35病のサンプルとしてリンクしておく

2013-02-16

左翼小児病

 「左翼小児病」は、ロシア革命家レーニンの本にでてくる表現である

http://kotobank.jp/word/%E5%B7%A6%E7%BF%BC%E5%B0%8F%E5%85%90%E7%97%85

さよく‐しょうにびょう 〔‐セウニビヤウ〕 【左翼小児病】

社会主義運動で、公式論に立って、現実的でない過激な言動をとる傾向。レーニンがその著「共産主義における左翼小児病」で用いた語。

現代風に言いたいなら左翼中二病といったところか

物事を観念的、公式的に考え何でもかんでも教条的に受け取り、カチンコチンにしか物事を考えられない。そして言葉遊びレトリックに敏感でそれに踊らされたり、相手を踊らそうとしたりする。

左翼小児病という言葉死語化してしまったが、昨今の左翼の言説をみるに左翼中二病の等式が成立してしまったのであえてこの言葉を使うまでもなし。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん