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はてなキーワード: ハンドルネームとは

2020-05-17

anond:20200517195202

そんないい言葉見つけたんなら自分だったらこっそり胸の内に留めてなんかのハンドルネームに使う

2020-05-01

ハンドルネーム

増田匿名掲示板に入り浸り長年名無しさんとして生きてきたがTwitterを始める事にした

名無しさんの癖に口喧嘩は苦手なのでダイエット食べ物の話でも書こうと思う

そこで困ったのがハンドルネーム

何でもいいやと思ってたけど、これからずっと名乗ると考えると案外こだわりが出てしまい立ち往生してる

・好きな食べ物にしたとして、

 オムライス「天気ポカポカで気持ちいいなあ」

 フォロワーオムライスさんこんです!」

・慣れ親しんでいる増田名前を入れる

 増田丸「仕事終わった」

・長文気味で自己紹介名前

 酢モツ大好きおじさん「どうぶつの森面白い

考えれば考えるほど難しい…

2020-04-13

「おねロリキメセク天皇事件についての個人的まとめ

簡単な経緯

星野源氏がInstagramに、「誰か、この動画楽器伴奏コーラスダンスを重ねてくれないかな?」というコメントと共に、弾き語り動画「うちで踊ろう」を投稿。言うまでもないが、新型コロナで人々が外出自粛を強いられていることを背景としたもの

呼びかけに賛同した人々により、Instagramだけでなく、TwitterTikTokYouTubeなどでも、元動画楽曲を素材にした「うちで踊ろう」動画が多数投稿される。

安倍晋三公式Twitterアカウントが、安倍晋三が自宅?で(踊るでも演奏するでもなく)優雅に犬と戯れるだけの動画を、元動画と並べて投稿する。添えられたコメントは、

友達と会えない。飲み会もできない。ただ、皆さんのこうした行動によって、多くの命が確実に救われています。そして、今この瞬間も、過酷を極める現場で奮闘して下さっている、医療従事者の皆さんの負担の軽減につながります。お一人お一人のご協力に、心より感謝申し上げます

コロナこわいけどぉ、安倍イヌ見たら元気出た😊😊😊」という同一の文面のツイートが、短時間複数投稿される。

安倍イヌツイート政府による?工作と疑う声が出始め、それを受けて映画評論家町山智浩氏が安倍晋三公式に、当該ツイートアカウント画像付きで「あと、こういうネット工作お金のムダかと。」というリプライを送る。

当該ツイート投稿したアカウントに「おねロリキメセク天皇」「野糞専門誌"UNCHING STYLE"担当編集ブリブリ男」といったアカウント名が含まれている等の理由から政治工作とは考えにくいことが指摘される。

町山氏が当該リプライを削除する。

「おねロリキメセク天皇

この事件へのネットでの反応は今のところ、「おねロリキメセク天皇」という異常な文字列だけで真面目な(?)工作用のアカウントではないと一発で察せるだろ!といった批判ツッコミが大半を占めていると思われる。

正直なところ俺も感覚的にはそれに頷きたくなるが、改めて考えると「おねロリ」にしろ「キメセク」にしろごく一部で用いられる特殊ネットスラングに過ぎず、その意味を知らない人間の方が多数派であることは間違いない。そういう人たちが、彼らにとって意味不明な「おねロリキメセク」部分を無視して、目についた「天皇」だけを理由保守的思想の持ち主によるアカウントだと早とちりすることは十分にあり得る。

まり、「おねロリキメセク天皇」というアカウント名(の過剰なネタ性)それ自体は、町山氏の決定的な過失を示すものではないのだ。

(その意味では「おねロリキメセク天皇事件について〜という当増田タイトルも若干不適当ではある)

町山氏が見逃した、他の「ヒント」を見ていこう。

数日前の「コロナこわいけどぉ、安倍声聞いたら元気出た😊😊😊」騒動

新型コロナに関連して、安倍政権世論操作では?と疑われたTwitter投稿は、「安倍イヌ」が初めてではない。

4月7日安倍晋三記者会見に合わせて、このようなツイートがやはり同一文面で複数アカウントから立て続けに投稿されている。

安倍のインスタライブ見てるナウ〜‼️

なんかむずかしい言葉ばっか使っててイミフなんだけど😭😭😭😭

コロナこわいけどぉ、安倍声聞いたら元気出た😊😊😊

これに気づいたTwitterユーザーにより情報拡散され、一時は何らかの工作であることが半ば事実であるかのように語られていた。

しかしその後、ねとらぼによる当該ツイートを行ったアカウントの一部への取材により、単に仲間うちでツイートコピペし合う「遊び」の結果であったことが既に明らかになっている。

コロナこわいけどぉ、安倍声聞いたら元気出た」――”工作疑惑 ttps://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2004/09/news148.html#utm_term=share_sp

増田リンク数に制限があるためh抜き)

「おじさん構文」というのは俺もよく知らないし、同一文面をひたすらコピペし合うことの何が面白いのか、多くの人にとって理解不能行為ではあるだろう。しかし、今回の問題にそれらは関係がない。

重要なのは、「安倍イヌツイートが「安倍の声」ツイートを下敷きにしているのが誰の目からも明らかだということだ。「安倍の声」工作疑惑顛末を知っていれば、それだけで「安倍イヌ」を本物の工作と思い込む可能性は極めて低くなるだろう。

安倍イヌ」の前後ツイート

安倍晋三の「うちで踊ろう」(踊ってない)動画を目にして(RTして)から安倍イヌ」の前後で、当該アカウントはどんなツイートをしていたのか。代表例として、「おねロリキメセク天皇」氏の発言を見てみよう。

ttps://twitter.com/kimehito/status/1249138860153614337?s=19

小池百合子首相動画コンテンツ勝負して百合子が完勝した感じになるの面白いな、嘘だろ……

ttps://twitter.com/kimehito/status/1249139614847287297?s=19

自宅で恋ダンス踊ってる動画アップしたら再評価する

ttps://twitter.com/kimehito/status/1249146171521712131?s=19

首相×星野源コラボ動画無限に笑ってる

ttps://twitter.com/kimehito/status/1249152256575975424?s=19

私はトラ晋固定ですがそれはそれとして晋三が恋ダンス踊るなら相手は昭恵だと思うんですよね、トラ晋は恋ダンスを踊らない

ttps://twitter.com/kimehito/status/1249161929593171971?s=19

晋と源との絡み、これ恋愛文脈ではないのに節操のない晋総受け厨が色めき立っててマジ最悪だし、晋昭厨も根拠ゼロ撮影:昭恵説を推してホクホクしてるの本当に殺意しかない……

これを見て、イヌ動画および安倍晋三純粋好意的アカウントだと思える人間がこの世にいるだろうか。政権支持の世論操作どころか、徹底的にネタとして小馬鹿にしているだけだろう(その享楽的ネタ消費的態度の是非はさておき)

実際「おねロリキメセク天皇」氏は、後にこういうツイートもしている。

ttps://twitter.com/kimehito/status/1249482376977121281?s=19

安倍首相動画について、私はどちらかといえば批判的なスタンスなんですが、町山●浩がマヌケだったせいで動画批判する熱が私のハンドルネームおもしろがる動きに横取りされてしまったっぽくてちょっと悲しい

ネット自己申告をまるまる真に受けるのは危険だが、俺にはこれは、偽らざる真情に見えた。

ツイート自体の文面

そもそも、「コロナこわいけどぉ、安倍イヌ見たら元気出た😊😊😊」というツイート安倍への好意、もしくは見る者に好意喚起させる要素を本当に感じるか?「安倍の」「イヌ」だぞ?

感じる、と言い切られたら困るが、それはあまり一般的感性ではないと思う。

町山智浩氏の責任

「おねロリキメセク天皇」のような、異常なアカウント名。

直近に発生し、既に解決済みである同様の「ネット工作騒動

当該アカウントの、安倍イヌ以外のツイート

安倍イヌ自体の、バカバカしい文面。

不幸にもこれら全ての「ヒント」を見逃し、町山智浩氏は「安倍イヌ」をネット工作の所産と決めつけてしまった。それも、31万という膨大なフォロワーを持ち、それこそネット世論に少なからず影響を持つであろうTwitterアカウントにおいてだ。

それ自体ももちろん大きな問題だが、どんなに優れた人間でも失敗をしてしまうということは必ずある。だから俺は、この勇み足自体をあまり強く責めようとは思わない。

しかし、やらかししまったその後の、始末の付け方(というか始末の付けてなさ)に関しては完全に擁護のしようがない。町山氏は、「ネット工作」を糾弾するリプライを削除して以後、この件に関してはもはや無かったことにしてしまっているように見える。それはさすがにダメだろう。

(こんなツイートもしているが、余計に……

ttps://twitter.com/TomoMachi/status/1249214970979430400?s=19)

町山智浩氏は今からでも、「おねロリキメセク天皇」氏をはじめとした、自分工作アカウントであると決めつけた人々に対して、(できれば一人ひとりに直接)丁寧に謝罪するべきだと、俺は思う。

これは右とか左とか、政府コロナ対策がどうとかいう話とは一切関係ない。人に迷惑をかけてしまったら謝りましょうという、ただそれだけの当たり前の話だ。

しかしたら、ヘタに頭を下げると安倍政権支持のネトウヨがかさにかかって追い打ちをかけに来るかも、と心配しているのかもしれない。しかし今は、そんなバカ共の動向よりも、本来なら自分目標を共有しうる人々の信頼を失うことをこそ、町山氏は恐れた方がいいんじゃないか。

余計なお世話だろうが、この問題を横から見ていて言いたくなったので書いた。

2020-04-10

anond:20200410202449

横にも噛みつく狂犬

おめーとかい特定の人との会話がしたけりゃハンドルネームくらいみえるとこでやりゃいーのに

2020-03-27

anond:20200327223921

よく初期の頃にいたな

生きたスライムから

お暇な方はどうぞ

ハンドルネームでやってな

ひまなときインベーダーゲームみたいに

遊ぶわ

2020-03-23

anond:20200323160353

そこまでしっかり読んでやるやつもいたのか

俺はワニというハンドルネーム自殺を盾にクラウドファンディング騒ぎでも起こそうとしているのかという

若気の至りしか見えなかったか

あの漫画や作者自体にかかわらないようにしてた

ネタで衆目集めること自体どういう意図であれろくなものではないと思う

「娘が重病で寄付ください」って人でさえ相当今の世の中は難しいのに

2020-03-19

ハンドルネームでググったことある

長いこと色んな界隈で共通でつかってると

結構歴史が掘り起こされて「うわぁ」ってなるな

2020-03-18

はじめまして

はてなブログの方でブログ書いてる者です

ハンドルネームを使ってるとはいえ個人と関連付けられるのがやだなって思ってましたところ、こういうサービスを探してたんですよ

安心して発露できます

2020-03-16

anond:20200316214337

実名出して活動している人にはid(というかハンドルネーム)だけ出して批判するのも匿名批判するのも大差ないってのが悲しいですね…

anond:20200316134854

増田みたいなハンドルネーム無し完全匿名制はそれ系のやべー輩だけが選択的に残る気がする

2020-03-03

日本漫画好きらしき外国人の、ハンドルネームが漫子なんだが、これは教えてあげたほうがいいのか?

2020-02-29

14年ウォッチングしている人がいる

ハンドルネームを変えたら執念で新しいハンドルネームを突き止めることを繰り返し、彼女とも14年の付き合いになった。

有名人ではないのでウォッチしている人は自分くらいだと思う。

高校生だった彼女は今やもう30歳になった。

たびたびイベントに出店しているため会いに行こうと思えば会いに行けるが、流儀に反するので会ったことはない。

顔も出身高校本名も知っているほど彼女に関して詳しい。

一時期はレズビアン、一時期はFtM、一時期は心はお姫様という設定だった。設定が変わるたびに名前を変えてブログも変えていった。今は彼氏同棲している。

その彼氏FtM設定の時は「彼女」と書いていた。たまに素が出て彼氏と書くも、数日後には彼女と書き直していた。

ブログにたびたび登場する男友達告白して付き合い出したということなので彼女設定も綻びがありすぎた。

面白いので何年も追いかけているのにこの面白さを誰とも共有できないのがさみしい。

性格の悪い趣味なんだがやめられない。

何が自分をここまで駆り立てるのかはよく分からない。

アカウントを変更した人を探すのには、その人と仲良くしていたアカウントを掘るのがおすすめアカウント名前を変えても付き合いを続けていることが多々ある。

言えることはネット上に個人情報を書きすぎないほうがいいということです。

2020-02-27

ハンドルネームどうしようか迷ってる

都苗則人(となえのりと=唱え祝詞)

田倉間寛(たくらまひろし=タクラマカン砂漠)

摂津雅忠(せっつまさただ=マサチューセッツ)

安久伴人(あくともひと=アングバンド)

樫尾美爾(かしおよしじ=カシオミニ)

飯間徹(いいまとおる=トールハンマー)

どれが一番センスいかなあ

なぜ?多分とか盛り上がったことへの怒りとか言った側の人間が一番最初に見てあげろよなって思うけどなのであると思うほど頭の中から出たんですけどねというニュースを聞いてないから揚げパンを食べる前に一度くらいはしない限りなんでも女優はいとこに。

ハンドルネームとかだと思い込みましたがいない限りなんもないけどもいないかということにしてあげろよなって握るのは初めてだと思いますよろしくお願いしますと言ってたけどもね

2020-01-31

名前がたくさんある話

いわゆる戸籍上の名前は一つだけだけど私には名前がたくさんある。オタクほとんど使ってると思うがいわゆるハンドルネームのことだ。今ではネットで名乗る時本名を使う人もいるが、昔はそんなことありえなくて私も違う名前を使った。一番長名前はもう人生の半分くらいの付き合いになる。

アカウントを変えるたび(=ジャンル移行するたび)名前を変えていたので私には名前が増えていった。過去名前を呼ばれることは嫌ではなかったので引き続き繋がった人は昔の名前をそのまま呼んでいた。今のアカウントはいろんな名前がごちゃごちゃになっている。名前を変えた理由はただ単にこの名前いいなあと思う名前が多かったから。本名のことは嫌いではなかったしむしろ好きだけどネットの中くらいでは憧れた名前になってみたかった。だけどリアルイベントも多くあったので実際にネットの人と会う機会も多かった。一つのイベントに行ったとき三種類くらいの違う名前声かけられることもあった。

そして私は今恥ずかしながら水商売で働いている。この名前はお店から与えられた名前自分で決めた名前ではなかったけど不思議とすぐ馴染んだ。お客さんやお店の人に呼ばれても私のことだってすぐわかったし話をしていて間違えて本名を言ってしまたことは今まで一度もない。

仕事趣味も私は本名で呼ばれることはない。今本名で呼ぶのは親くらいになってしまった。これだけ名前がたくさんあっても不思議と混乱したことはない。すべて自分名前として受け入れてるのだ。どの名前も私だし自分のものだと思える。これって結構不思議感覚だ。なんでなんだろうね?

今度また新しい名前が増える。まだこの名前で私を呼ぶ人はいない。きっとすぐに馴染むんだろうな。名前ごとに人格を分けている訳でもないのに本当に不思議感覚。全部私なんだよなあ…。

2020-01-26

ヤフーコメント欄って医者が多いね

毒性が強いはずだとか

サーズと比較して同だとか

俺は素人から毎年のことだろと勝手に予想して安心するしかできない

というか医者右翼みたいなハンドルネームで会話していてビビる

2020-01-24

芸能人結婚とか不倫ってプライベートじゃないの?

増田依亜里(ますだ いあり)っていう芸能人がいたとして、これはあくま芸能事務所芸名含めて作ったキャラであって、メディアの前でだけシナリオ通りにキャラを演じて、カメラが回っていないときは覇手納栞(はてな しおり)という本名の、増田依亜里とは顔が同じなだけで無関係一般人に戻る。

その覇手納栞という一般人家族構成人格などをなんで他の人が知る必要があるのか。

かといって増田依亜里も架空キャラだ。芸能人テレビ番組で何を言ったかがいちいちニュースになるようだが、これは作られたシナリオだ。

だいたい芸能人本名がよく卒アルなどでバラされているけどこれもプライバシー侵害じゃないの?

ネットハンドルネーム活動していて、同時に本名を明かさないでしょ。

結婚芸能人キャラのうちだっていったら、結婚芸能人同士で行ったという設定にしておいて、話題作りのために不倫をするというのも設定で、中の人最初から別の一般人結婚してトラブルも何もなく平和生活することも可能だよね。

そういえばアイマスラブライブプレイしたことないけど、あれ全員本名なんだろうか?

枕営業とか反社や若手実業家との交流はないんだろうか?

2020-01-23

あ、最初に言っとくと、この文章別に結論ないです。ポエムです。

深夜のタイムラインで、旧知(というほどでもないが)の人とやりとりをしていて、ふと思った。どうやらその人いわくいまは「過渡期」であるらしい。

ま、確かにそうだ。

いい年したおっさんなので、もう20年くらいインターネットにいる。ということは、インターネットが「俺たちの隠れ家」だった時代から、だれにでもアクセスできるようになった2020年まで、その全期間をインターネットで過ごしているということでもある。

その過程では、ミクシみたいな場所に引きこもっていたこともあり、そこそこ名が売れていたときもありで、まあいろいろあった。

昔より、インターネットでなんか書くことに自由がなくなったとその人は言う。まあこれも自分の実感とよく合致する。主に「自分の書いたものがどこまで届くか」という制御という面において。これが制御できないのがなかなかに厳しい。ま、ゾーニング? そのへん含めて過渡期なのかもしんないですけど。

で、自分なんかは、そのほとんどの期間において、一線で書き続けてる人を何人か知ってるわけなんだけど、書き手のほうも状況に対応することをしなきゃいけない。いやおうなしに戦略的じゃなきゃその立場は維持できない。それができてる人ってすごいと思うんですよね。自分はできなかっただけに。

対応ってのは、そのどこかに迎合という語義も含みうるものだとは思うんですが、由来、文章書くのなんてだるいことなんですよね。それをわざわざするからには、なにか叫びたいことがあって、それを文章にしなきゃならない。これ大変なことです。ましてブログなんて看板背負ってたら。迎合なんてするくらいなら、最初からそんなめんどくさいことしてねえですよっていう。

ブコメ見ててよく思うんですよね。意見が違うのはもちろんかまわない、なんらかの理由思考の枠が違ってて合意のしようもない。それもかまわない。けれど、わざわざ看板背負って言挙げしたそのそもそもモチベーションを相対化するようなブコメはかなり苦手。みんながみんなそうとは言いませんけど、たとえハンドルネームだろうがなんだろうが、それを背負って書くからには「ほかならぬ俺は」こう思ったのだ、聞いてほしい、だれかに届いてほしい、という初期衝動があるんですよ。そこを相対化すんなよ、対等の熱量で殴りかかれよ。そんなことをよく思う。

けど同時に、そんなめんどくせえことする人もそうそういないよな、とも思う。

増田なんですけど、あれホッテントリに上がってくるようなやつって、たいていなんらかの意味ではおもしろい。それはある意味とうぜんで、どんな人にでも書かれるべき瞬間、これだけは伝えておきたいということ、まあそんなようなものをひっくるめて「輝き」みたいなものはあると思うんですよね。これかならずしも肯定的意味だけではなくて、無駄な輝きは共有されない。日常を脅かす脅威でもありますから。だから、書かれる。とてもおもしろい。

不断に「書かれるべきこと」を抱えているのって、ある意味では病人といってもいい。そこまでおまえは考えるのか。そこまでして伝えたいことがあるのか。それだけ書いても、まだ足りないのか。そして、そうして書かれたエントリに「いや、俺はこうだ」と殴りかかるのもまたそれ相応の熱量を抱えた病人ということがいえるかもしれない。

「俺が」というのは、ある意味自己顕示欲のものなんですけど「ほかならぬ俺は、こう思うのだ」というのは、自己顕示欲とは少し違うものだと思う。なにが違うのかはうまくいえないんですけど……。

ま、どっちにしろ看板背負ってるのはリスクなんですよね。これもう先行者利潤というしかないんですけど、昔から書いてる人は、その身振りを学ぶ機会ってのがどこかであった。いまの時代看板背負って書くのは、最初から大衆」とやらを相手に立ち上がるってことで、それをトレーニングなしにできる人なんてそうそういない。増田トレーニング場になるのかなとも思うんだけど、それもまたちょっと違うような感じがある。

なんにせよ、個人ブログの「おもしろい部分」ってのが、かなりの割合増田に持ってかれてるのは確実だと思うんですけども。

でもまあ、見たくはあるんだよなあ。バックボーンのはっきりした任意のだれかと、別のだれかが議論したりとかそういう光景。「あの人」と「あの人」だからこそ見えてくるものがあるというか。

別に昔はよかったとかそんな話じゃないんですよ。自分が「ちょっとなあ」と思う現状は、だれかにとっては所与の環境であり、そしてその環境からしか出てこない新しいものというのがあって、自分にとってはそれを見るのが最大の娯楽だったりするので。新しいものはたいていおもしろいじゃないですか。

ただまー、書き手としては「テーマ見出しにくい」時代にはなったとは思いますね。いや、自分なんも書いてないですけど。「俺が死ぬほど考えているこのことについて、不特定のだれかが、同じだけの熱量理解してくれて、そのうえで別の道を示してくれ」みたいな願いは、とてもかなえづらい時代になったなーとは思う。一人で考えるのは、わりと孤独で、しか効率がよくない。

まあ自分読み手としては、んなこと知ったこっちゃないんですけどね。今季も大量のアニメあるし。

でも、ひとたびテキストエディタを立ち上げたときに、ひょっとしたらそこには、空に向かって鉄砲放つような、一抹のさびしさがあるんじゃないか、そんなことを想像したりもします。

2020-01-12

anond:20200112043844

最近ADHDと診断された30代東大卒男だが、わかる。問題はバックレるかどうかじゃなくて、「成功する可能性」だけで満足できてしまうこと。

実際に成功するかどうかは本人の幸福にとって問題じゃないんだよ。だからといって、一般の人が思う「失敗を怖がっている」とか「プライドが高い」とかも完全に的外れ大間違い。

「まだチャンスがあると思える」事の方が、実際にチャンスを生かして成功することよりも、自分幸福にとって、ずっと重要なんだよ。

失敗しまくっているから、失敗しても自分人生がそこまでは悪くならないと知っている。成功体験がないのが問題でもなく、何回も成功した経験はあるが、大して嬉しくなかった。ADHD報酬系にも問題があるから成功時の「得した」感が普通より低い。だから、実際に成功たか失敗したかよりも、「成功する希望があるか」「成功する可能性があるか」といった期待感を持てるかどうかの方が、本人にとって生きる上でずっとずっと重要なんだ。「成功する可能性」の期待感だけあれば、希望を持って生きられる。「成功する可能性」が生きる希望なので、「成功する可能性」の期待感喪失を避けることが最優先になる。

バックレれば、「バックレなければ成功たかどうか」は誰にも永久にわからない。だから、「成功した可能性」は残る。「バックレなければ成功たかも」と思える。「バックレた」のは自分の行動だから自分で決められる。

まり、「バックレる」ことによって、「成功たかどうかの決定権は自分が持っていたんだ」と思うことができる。「やれば自分成功たかも」と思える。繰り返しになるが、「失敗を怖がっている」のとは全く違う。「自分にもチャンスがある」と思えなくなることを避けているのであって、たとえ失敗しても「またチャンスがある」と思えるのであれば全く問題ない。

たぶん、君が努力して手に入れようとしたものを手に入れる直前で手放してしまうのは、こういう理由だ。努力すると、同時に、「同程度の努力をもう一度行うのは不可能」という感覚も増す。最後最後で、成功をつかみかけて万一失敗したら、「同程度の努力をもう一度行うのは不可能」と知っているので、「自分成功たかも」とは思えなくなる。期待感を持って生きられなくなる。本人の幸福にとって重要なのは、結果ではなく期待感。なので、期待感の方が優先され、直前でバックレる。そうすれば、「もう二度手に入れる事が不可能ものを失った」とは思わなくて済む。自分人生に不可逆的なダメージを負った、とは思わなくて済む。「自分がバックレていなければ手に入れられたはず」と思えるし、「人生に不可逆なことはない、未だ何も失っていない」と思い続けたまま生きられる。

で、どうすればいいかわからん。結局、「幸福の感じ方」の問題感性問題成功すること自体よりも、チャンスがあると思えることの方がはるか重要

自分場合は、バックレる直前まで何もせずにいて、直前から努力して当たって砕ける…というタイプだったので、現実世界でも最低限の幸福は手に入れられた。

若いうちはそれで何とかなる。20代まではね。一般の、普通の「失敗した人」に紛れて暮らしていける。多分、元増田より年上だからアドバイスするとしたら、一般向けの「失敗を怖がるな」とか、その手の自己啓発のようなアドバイスは基本、役に立たないと思った方がいい。直すなら自問自答したり、ちょっとでも成功したら贅沢したりしてよいとかルールを作ったりして、「成功すること自体による幸福」の方を、「チャンスがあると思える期待感による幸福」より重要に感じられるようにするしかないと思う。それは、一般の人が行うやり方とは似て非なるものになると思う。

追記

合格しているのに手続きしない話はこれでは説明できない」という意見があった。また、「回避性パーソナリティ障害」というのがあるというのも初めて知った。

回避性パーソナリティ障害」については読んだけど、要するに人から批判されることを徹底的に避けるという話で、「合格しているのに手続きしない場合」を説明できないことについては回避性パーソナリティ障害説も同様だと思う。

合格しているのに手続きしない話」は、おそらく、「合格のもの」が成功なのではなく、「合格したことによって他人から自分評価が上がる/幸せになる」ところまでを「成功」だと無意識認識しているのだと思う。そう考えれば、上と同じ「成功する可能性を維持したい」説で説明できる。元増田資格危険物取扱者乙4種?)は、自分は分野外なので正確には知らないが、少なくとも弁護士公認会計士のような難関資格の類ではないことは確かだろう。つまり合格して手続きしたところで自分評価が上がったり、自分生活がよくなるとは限らない。せっかく合格して手続きしても、「成功」と思えるような外的評価が得られないかもしれない。そうなると、やはり、「成功する可能性」は失われる可能性がある。「手続き」しなければ、「成功する可能性がある」状態は保持できる。だから元増田にとって、「手続きする」のは億劫からやらないのではなく、そもそも「損するかもしれない行為」、自分幸せに生きるために必要な「成功する可能性」を不可逆的に毀損するかもしれない行為。だから無意識のうちに手続きしたくない、そんなのありえない、と思ってしまう。例えて言えば、近視の人がレーシック手術を受けるのと同じだと思う。高い確率で目がよくなるが、低い確率疲れ目のような症状が出るかもしれず、角膜削るので一度手術すると絶対に元には戻れない。だから、近視の人でも皆がレーシック受けるという選択をするわけではないことは理解できる。これと同じ。

追記2:

別に元増田の原因が「これだ」と決めつけているわけでもなく、元増田自身がこの仮説で納得するかどうかもわからない。そもそも元増田ADHDかどうかもわからないし、発達障害かどうかすらわからない。ADHDだが、この話は自分に全く当てはまっていないと思う読者もいるだろう。ただ、結局のところ、発達障害かどうかはキレイに分けられるわけではなく、中間段階があるもので濃淡のある連続的なもので、万人が少しはもっている傾向が極端に現れて生活に支障をきたすのが発達障害、というのは、おそらく学術的にも正しい言説だと思う。

元増田自分の症状の両方を説明できる、現時点で一番合理的な仮説と自分が思えるのが「可能性を実現より重視してしまう」説だというだけ。自分一年前は全然違う仮説を持っていたし、単に「失敗を恐れているだけ」なのではないかと思って自分を追い込んでみたこともあるが、どれも、自分先延ばしにして直前になってやり始める症状をうまく説明できなかった。別に失敗してもクビになるとかキャリアに大きな影響を及ぼさない場面でも、「できるだけ良いものを」と思うと先延ばし癖が出るのが自分の症状。

この「可能性による期待感を結果より重視する」説だと、選択肢が多いければ多いほど幸せになるはずだが、そうはならない。多分、選択肢が増えすぎることを忌避する傾向(選択選好)も、普通の人と同様、同時に持っていて、これも考慮しないといけないのだと思う。スーパーで同じ「プリン」というカテゴリのものを、様々な種類のものをたくさん仕入れすぎると、結局迷って買う人が少なくなるというアレだ。自分場合は、選択肢が少なくても、場合によっては選択肢が1通りしかなくて、それを行うか行わないか選ぶだけでも、「その選択肢を実現するか実現しないか自分の好きに決められる状態を維持したい」ということになり、結局最後最後まで決定権を行使しない。なんにせよ、何かが実現してしまうと、その何かが「実現しなかった」という可能性は0になってしまうわけで…実現しないことが後々プラスに働く可能性もあるような場合、なるべく、実現しない選択肢に後から切り替えられるように、最後最後まで決定をしない傾向がある。自分場合ね。多分、元増田も、そのあたりまでちゃん考慮して、「可能性による期待感を結果より重視」以外に、もう1つ2つ仮説を立てないと、ちゃん現象をうまくモデル化できないと思う。

追記3:

ブコメにいくつか返信。

>「東大卒って言う必要性ある?」

ある。元増田がその一人になるかどうかはわからないが、「先延ばし」症状に真剣に悩んでいて、この記事を読むことで症状が緩和される人が一人でもが出てくるなら喜ばしい。

音楽と同じで、何が刺さるかは人それぞれなので、合わない人が人がいることは想定内。だが、読んでもらわないと仕方がない。注目度を上げるためには、「東大卒」を出した方がよい。

それが鼻について気に食わない人も出てくるだろうが、そういう人は自分の「先延ばし」症状で真剣に悩んだ経験がないのだと思う。

本当に先延ばし症状に苦しんでいるのであれば、書き手東大卒だろうが高卒だろうがそんなことはどうでもよくて、自分の症状の一部に当てはまる部分があるかどうかを必死に考えるはずだから

>それを世間一般に「失敗が怖い」「プライドが高い」と言うのだ…

うそう、この手の分析開陳すると、「それを失敗が怖いというのだ」という反論をする人が必ず出てくる。結論から言えば、この手の発言は単なるマウンティングだと思っている。

1)仮に、世間の一部に「失敗が怖い」=「可能からくる期待感を結果より重視すること」を常識だと思っている人たちがいたとしても、これほど「腑に落ちた」というブコメがつくということは、明らかのその常識は一部の限られた人たちの常識であることは否めないだろう。自分常識が皆にとっても常識だと思うのは間違いだ。

2)「失敗が怖い」から、「バックレ」までの間を説明してくれ。先延ばしにしたりバックレたりしたら確実に失敗するのだから、「失敗が怖い」とその時点で矛盾するだろう。

3)「プライドが高い」の「プライド」とは何か、定義したうえで、「プライドが高い」となぜ先延ばしやバックレにつながるのか、説明してくれ。

4)少なくとも自分は、「失敗が怖い」とも「プライドが高い」も、自分先延ばし症状を改善するうえで役に立たなかった。真剣に「失敗が怖いのだろうか」と思って、失敗したらどれぐらい損をするのか多少強引にでも金額に換算し、失敗しても大した損にはならないと分かっている場面でも、先延ばしは発生した。「プライドが高いのだろうか」と考えて、実際に自尊心を低く保つように努力してみたこともあるが、先延ばし症状の改善には全く役立たなかった。「失敗が怖い」も「プライドが高い」も、結局、本人の症状改善につながらないなら分析として意味がないんじゃないか

自分経験したが、結局、この手の発言は、先延ばし症状を持っていない人間が、極端な先延ばし症状を持っている人間一般的な「弱さ」と結び付け、自分より格下に位置づけると同時に、惑わせて先延ばし症状の改善を遅らせる効果しかない。極めて悪質で卑怯な類のマウンティングだと思う。例えていえば、食べ物アレルギーのない人間が、食べ物アレルギーを持っている人間に対して、アレルギー存在自体を知ろうともせずに、「そういうのを、世間一般には食わず嫌いというのだ」と言って、歪んだ善意説教するのと同じ。赤ん坊蜂蜜与えて殺しておいて、「自分は悪くない」というジジババと同じだよ。何もいいことがない。

先延ばし症状に10年以上苦しんできて、いろんな人からいろんな事を言われたが、結局、アレルギーと同じで、症状を持っている人間がそれぞれ対処法を見つけて対処するしかないのだよ。

医者の反応もアレルギー比較すると分かりやすい。重篤で生死にかかわるようなアレルギーには医者真剣になって対応してくれるが、軽度なら医者一般的な注意をするだけ。

精神科医も同じで、今にも自殺しそうな患者をたくさん抱えている中で、先延ばし症状で困っている人間なんて、軽度の話だから大して真剣対応してくれない。だから、本人が自分対処法を考えるしかないのだよ。

追記4:

「見通しが立たないこと自体、不確実性自体を避けていると考えた方が説明がつきやすいのでは?」という意見があった。その可能性は自分でも考えたし、確かにその傾向はあるが、その仮説だと、そもそも成功するかどうかわからない資格試験とか大学受験とかスポーツ大会とか、そういうものに参加すること自体を極力避けようとするはずなので、何かに挑戦することそのものを避けないとおかしくなる。元増田自分も、何かに挑戦すること自体、挑戦への入り口自体は、特に精神葛藤なしに行えている。また、不確実性を忌避する傾向は普通の人にもある程度ある話なので(大学受験で滑り止めを受けるとか)、不確実性を避ける話は関係していると思うが、「不確実性を避ける」だけでは説明できないと思う。

追記5:

「不成功防衛」のキーワードも何回か見た。要するに、「成功しないことで自分を守る」という話のようだけど、結局、何をしたら「自分を守る」ことになるのかよくわからないし、自分の何を守っているのかも人それぞれ。なので、何にでも当てはまってしまうように見える。フロイトをひいて解説しているものもあるが、フロイト今日のような統計科学としての心理学が発達する前の人だし、あんまり信用できない。

人間が何を幸福と思うのか、リスク回避の傾向がどの程度あるのか、などは、統計が発達した後、行動経済学心理実験を通じたよく調べられている話。この記事に書いたことも、その辺の書店に売っている、プロスペクト理論の話にヒントを得て書いた。ちゃんと考えれば、意思決定の仕組みが定型発達と先延ばし症状のある人で、意思決定の仕組みがどのように違うのか、少数の器質的ハイパーラメタの値の違いで説明できるように思う。

追記6:

「では、どうすればいいか?」については、言及すると、「自分にはそれが合わなかった」という人がワラワラ出てくるだろうから意図的に放り投げて最初から言及しなかった。とりあえず、自分自身について書くと、今のところ一番有効だったのがスマホマルチタイマーアプリ。5分とか7分とか、そのレベルまでやることを細分化して、とりあえず目先のことを1つ終わらせる。

ただ、現状の不満は、どのタイマーアプリも「時間を測っていない瞬間」が存在すること。これによって、すぐにタイマーを回し忘れて、気が付いたら膨大な時間が過ぎている。とりあえず、「何かタスクをやっている」「休憩している」の2つでいいから、ボタンを押すとタイマーが切り替わると同時に時間計測を始めて、「時間を測っていない瞬間」が存在しないようなタイマーアプリを誰か開発してほしい。ストップウォッチより、何も入れないとデフォルトで5分とか15分とか計測時間自動的に設定されるタイプタイマーの方が自分には効果的だった。あとは、スマホのある場所職場か自宅かぐらいはスマホなら取れるので、その辺も考慮してくれるとなおうれしい。

追記7:

東大卒と名乗らなかったら、こんなにコメントつかなかったのでは」は、自分もそう思う。増田は、「東大」の名前効果的に出せるので良い。ハンドルネームでも本名でも、名前を出している状況で東大卒と名乗ると、必ず反感を持って個人的粘着してくる人が現れるので、自分から東大卒を名乗ることは基本的には難しい。

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