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はてなキーワード: 池田信夫とは

2018-09-30

おしどりマコって何が良くないの?

まったく知らない名前なのに一部の人たちにものすごく嫌われているので何故なのか知りたい。

適当検索してみたのだが、批判しているのが池田信夫とか菊池誠とかはちま起稿とか名前を見ただけでうんざりするような連中ばかりなので、今のところ読むにたえそうな記事が見つけられない。

まともな人が書いた批判記事ってどこかにある?

2018-09-07

anond:20180907002758

終戦から現在に至るまで「戦後リベラル」はポピュリズムと温情主義に陥り、日本社会を変えられなかったのはなぜか――。

そんなテーマで書かれ、朝日新聞批判ひとつの柱になっているのが経済学者池田信夫さんの著書『戦後リベラル終焉』(PHP新書である

(略)

ある大手新聞主筆にこう問うたことがある。>「あなた新聞は、いい加減に社会党的な体質から脱却すべきだ。社会党は政府のやることは何でも反対し、批判した。少しは対案を出すべきだろう。新聞も同じだ」

すると主筆はこう答えた。「対案を出すのには才能がいる。努力もいる。金も時間もいる。しかし、批判なら何もいらない。うちの読者には土井たか子さんのファンが多いから、ヘタに対案など出せば部数が減ってしまう」

2018-08-23

脱原発要求するアメリカ批判する!

最近アメリカ日本脱原発を迫っているらしい。まったく怖い話である

しかし、ワシは大丈夫アメリカ相手にしないような小物である。ワシのような者が原発を推進しなければならん。もちろん売名が目的だ。

福島原子力発電所事故は深刻だが、むかしか原発推進を言っておったワシはいさらひっこみがつかない。

左翼が嫌いで原発推進を言っていたら、大変なことになった。

原発反対の運動に関わる若者なんて若者じゃないと思っていた。ルーズソックスはいているようなのが若者

そういう若者が好きなんだ。酒鬼薔薇聖斗のようなバカもまた良い。酒鬼薔薇だけは口が避けても支持できないがな。

でも事故後にデモに加わっている若者は本当に今時の若者らしい。

まったくムカつく話だ。

なんとか彼らを「若者じゃない」と言うことを考えたが、考えつかない。自己嫌悪に陥ってしまった。

最近知ったが、ひとの思考を読み取れる技術があるらしい。エロいことを考えているのがバレるのはいかん。

CIAはわしを調査しているようだが、言論の自由がある。謀略などしかけてこんだろう。

原発推進派は池田信夫先生を心から応援しています

2018-08-12

食べログ化する政治ネット世論幼児化と山本太郎Kindle版 宮脇睦 (著)

内容紹介

書籍名:食べログ化する政治ネット世論幼児化と山本太郎

要約:

政治マニア軍事オタクロリコン。彼らが創り出すのがネット世論ネット選挙が盛り上がらなかった理由はここにある。

そしてネット政治家も有権者も「幼児化」させる。ネトウヨ放射脳幼児化の徒花だ。

ネット選挙の解禁により、真面目な議員疲弊し、誤報一方的な思いこみを繰り返すもの政治家になった。

山本太郎氏の当選とは「政治食べログ化」によるものなのだ

まえがき

第1章:政治幼児化がはじまる

 幼児化とはなにか/子ども純粋な悪/橋下徹という症例政治家に作家性を求める愚/政治家のツイッターブログ炎上する3の理由/『食べログ』になる政治

幼児化が招いた日米同盟危機 ほか

第2章:ネット床屋政談の危うさ

 保育園児の多数決池田信夫が信奉する床屋政談の危うさ/主婦の娯楽が民主主義を変えた/ネット民意を汲み上げる愚か/極論化の徒花がネトウヨ

ネット選挙解禁と原発事故/見たい現実児童ポルノ ほか

第3章:悪意を増殖するネット

 デマ拡散は防げない/桐島ローランドが『逮捕』された理由/新たなる国民負担ネットリテラシー万能論」/マスコミネットリテラシーは中二レベルウェブ有識者非常識常識 ほか

第4章:グーグル支配される民主主義

 グーグル支配される民主主義美人に左右される検索結果/惨めな失敗を晒しグーグル米国アウトソーシングするなりすまし対策/主導権を握り損ねた日本政府 ほか

第5章:ネット選挙解禁前夜という時代検証

 時代の流れには逆らえない/フェイスブックをめぐる誤解/アラブの春の本当の主役/菅直人ゾンビにしたネット力/人間性が発掘されるネット柿沢未途氏〜/山本太郎当選に見つける政治食べログ

終章:食べログ化する政治

 食べログ化とは何か/政治食べログ化とは/丸川珠代スキャンダルという事例/あとがきにかえて

2018-05-25

AA

土屋敏男氏(日本テレビ

「実は、ぼくら地上波テレビをやっている人たちは、視聴者を信じていないんですよ。

見ている人のことを、かなりモノがわからない人だと想定して、その人たちにどう見せるかと工夫しているんです。

ものすごく悪い言い方をすると、もう馬鹿にどう見せるか」と、みんな絶対にクチには出さないけれども、

どこかの所ではみんながそう思っているようなフシがありますね」

http://www.1101.com/T-bucho/2002-06-24.html

大橋巨泉

――テレビ日本民度低下に影響しているということはありませんか。

「その見方は、すごく皮相的だよ。(米国では)ビル・ゲイツブッシュ家も、ニューススポーツ中継以外、

テレビなんか見てませんよ。(日本も)勝ち組とか金持ちとかインテリテレビを見なくなっただけなんですよ。

負け組貧乏人、それから程度の低い人が見ているんです。だから芸能界の裏話を共有した気になって満足しているんです」

テレビは今に「貧困層王様」になるはずです」

http://business.nikkeibp.co.jp/free/tvwars/interview/20060127005218_print.shtml

池田信夫氏(元NHK

「私がNHKに勤務していたころ教わったのは、典型的視聴者は、50歳の専業主婦高卒だと思え」ということだった。

たぶん民放もっと低く設定しているだろう。それが市場メカニズムでは正解である

1億人の知的水準平均値は、当ブログの読者には想像もできないぐらい低いのだ。

それに迎合する古舘氏の戦略は正しいが、まともな視聴者が見ていて気持ち悪いということは知っておいたほうがいい」

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51294993.html

2018-05-21

ちきりんは終わった

ちきりんが終わっていた

数年前俺が愛したちきりんが終わっていた

革新的知識人がただの飽きられたブスになっていた

世の中の移り変わりは激しい

派手な花火ほどすぐに終わってしま

ちきりんは終わった

内田樹池田信夫ナントカ優も終わりだろう

人気者は長続きしない

栄枯盛衰ということか

2018-04-20

池田信夫@ikedanob

女性はもう使わない」のが最善の策。

駒崎さんをはじめ「セクハラ」に大騒ぎする人々が、女性の職域をせばめている自覚を持て。

男同士なら「悪ふざけ」ですむ話が、女が相手だと「セクハラ」と名づけられ、ネットで公開されて

職を失うとなると、女性デリケート情報に近づけないのは当然だ。

こういう「女性の味方」みたいな顔をしている連中が働く女性の敵。

テレ朝財務相更迭を求めるなら、最低でも女性記者懲戒解雇報道局長更迭するのが業界常識だ。

少なくともテレ朝社長が辞任しないかぎり、麻生さんが辞める必要はない。

昔は「変態」とか「エッチ」といってたのを今は「セクハラ」といってるだけ。

アメリカでは流行したが、日本では昔の「言葉狩り」でみんな飽きてるよ。

なんで女の人権が男より重いんだ

週刊新潮記事を読むかぎりでは、福田氏は若い女性記者不勉強質問猥談ではぐらかしているだけ。

それもわからないで音声データを売るとはとんでもない話だ。

福田氏は大事質問をされると「胸さわっていい?」などと答えてとぼけているだけ。

テレ朝なんかに大事情報は出さない。

かつて「差別語狩り」に抵抗できなかったサラリーマン表現の幅を大きくせばめ、

NHKでは「身体に関する比喩禁止」になった。

今度「セクハラ」と称する差別語狩りを許すと「女性に関する比喩禁止」になるだろう。

それで損するのは女性だ。

http://agora-web.jp/archives/2032219.html

2018-03-11

取材源を守る

https://twitter.com/ikedanob/status/870302780199665664

池田信夫@ikedanob 0:35 2017年6月2日

日本マスコミ取材源を守るルールが徹底していない。読売下ネタルール違反だが、こういうことが一度あると朝日記者がみんな迷惑する。

https://twitter.com/ikedanob/status/972480634395361280

池田信夫@ikedanob 23:33 2018年3月10日

取材源の秘匿なんて法的な権利でも何でもない。単なるマスコミ特権意識ネットメディア時代に、何をとぼけたことを言ってるのか。

2018-01-20

人気コメ表示って池田信夫のおかげやったんやな

誹謗中傷問題改善の取り組み[編集]

はてなブックマークでは、コメントタグネガティブ意見罵倒が並んでブログウェブサイトオーナーが傷ついたり、炎上を引き起こすことがある。池田信夫は、はてなブックマークユーザーを「はてなに集まるネットイナゴ」と呼び「悪貨が良貨を駆逐する」と批判した[40]。そのため翌月に褒めることしか出来ず、コメントハードルが高い「はてなスター」が始まった[41]。しか池田は納得せず、翌年も「匿名の卑怯者」「暗黙の言論弾圧装置」と批判した[42]。そのためかオーナーがmetaタグを設置すれば、『コメント一覧の非表示』が出来るようになった[43]。それでも池田は納得せず、次の年も「チャレンジしないでストレス飲み屋ウェブで発散するサラリーマン」の「卑怯者に「ガス抜き」のプラットフォーム」を与えていると非常勤取締役梅田望夫批判した[44]。はてなブックマークユーザーは、はてな平均より男性(9割)や中・高所得者年収500万円以上が6割)が多いようで[3]、池田はそれを念頭発言したようである。この批判に応えてエントリーページでは、はてなスターの付いた人気コメントが優先的に表示され、池田が求めたようなシステムになった。またtwittermixiなどのSNSとの連携機能を整備する要因になったようである

サンキュー池田のブ男

2017-12-16

anond:20171216083245

そりゃ警告一色だったよ。

池田信夫が「現在経済は正常」と書いたとき経済はてなダイアラーが一斉に反論してたっけ。

ジュリアナで踊ってるようなブロガーはてなモヒカンたちに見つかり次第さんざん叩かれてさ。

あの頃のはてなは今よりもっとストイックだったなー。

2017-09-27

ブコメ非表示にするコードを挿入する人は総じて良識

anond:20170927115543

これね。今更だよね。はてブ外部サイトからブログ著者がはてブを知らなければブコメは届きもしない。

それが攻撃性を高めてる上に、言う方は自分が正しいと思っており、他のブコメが更に自分の正しさを証明してくれる気になるからいくらでも乱暴な言い方をする人がいるわけ。

ブログ著者としては、仮にそれが正当な向きの誹謗だったとしても、そんな人間の醜さが開陳される場を自分メディアにくっつけたくない、と思うのが正常。

ちきりんとか池田信夫みたいに、非表示にするのが普通感覚だと思う。

本来なら、はてなはすべてのWebサイトに対してデフォブコメ非表示にし、許可したサイト上でのみブコメ機能オープンする、オプトインベース謙虚さがあって然るべきだった。

そのへんは他の乱暴ITベンチャーと同じ気質だね。

一方的な場は不健全だし非建設的。会話可能ブログ付属コメ欄SNS連携で言ってもらうか、あるいは一切コメントを受け付けない方がまだマシだ。

コメ欄は開いておくが返信はほとんどしない人もいるけど、それでも「返信しない」という事自体が一つの返信として受け取れるわけだからね。

ともかく、一端のソーシャルブックマークサービスを名乗る前に、実態は「ネット陰口プラットフォーム」ですって自白した方がいい。

2017-09-25

イケダハヤトが嫌いだ

イケダハヤトが嫌いだ。

嫌なら読まなきゃいいので、読まないことでやり過ごしているのだけど、どうしてイケダハヤトが嫌いなのか、最近までよくわからなかった。

炎上マーケティングは嫌いじゃない。

ちきりんも、池田信夫も、不快気持ちにはならない。

炎上要素ゼロ平和ブログでも、ヒトデなんかは嫌いだ。

どこが違うのか?

多分、好かれようとしてる態度なんだと思う。

イケダハヤトは、炎上させつつも、共感者を募ってる。

そうだそうだと、褒めてもらい違ってる。

1000人のうちで999人がムッとしても、1人が自分ファンになってくれればオーケー

記事の内容じゃなくて、イケダハヤト人格を気に入って読んでくれるファンがいれば安定したPVは稼げるし、あわよくばサロンに入ってくれてもっと吸い上げることが出来る。

反対に、ちきりん池田信夫は、同じように炎上マーケティングでも、たとえ1000人中1000人に嫌われてもよいというスタンス

イケダハヤトのように、ファンクラブブログを支えようおいう意図がない。

もちろんよいしょしてくれるファンが多ければ、それはもちろんプラスだけど、いなかったらいなかったで構わない。

あれこそが、炎上「芸」だ。

ネタを本気に取る連中はインターネットを見ないほうがいいと思うけど、そういうバカを煽ってPVを稼ぐ商売なんかをしてるからキチガイに絡まれるのも自業自得だとは思う。

イケダハヤトのそれは、芸じゃない。

ただの社会寄生虫だ。

彼のブログは、文章としての価値も、内容にも価値がない。

「ほら、社会寄生して生きていけるのに、あくせく働いて消耗してるの?」

と言われてる気がして、彼の存在を認めたくない。

彼は人類歴史を、ほんのわずかでも変えたのか?

働かなくても寄生して生きていけばいいという価値観が、世界にどれだけいい影響を与えたのか?

2017-07-26

ニセ科学批判ネトウヨが結び付けられるようになったことについて

 最近、ニセ科批判とネトウヨの結びつき、みたいなのについてツイッターでよく見るので、思うところを書いてみることにする。

 先に、俺の立場について書いておくと、もともとニセ科学批判クラスタにいる(た)人間である。以下、いろいろと書き連ねたような事情もあって、最近はニセ科学批判クラスタを批判的に言及することが多くなってきたが、やっぱり世界科学だろう、という思いは変らない。

 余談だが、ニセ科学批判クラスタを批判する人、というのがニセ科学勢力とか、トンデモ勢力というのは意外に成り立たない。そういう連中を自分積極的フォローしてないというのもあるかもしれないが、その手合いはまず自分たちに批判的な人がいることについて詳しく言及すること自体不都合なので、あんまり触れないのではないかとも思う。クラスタの言説に詳しく触れながら批判する人というのは、何だかんだいって「ニセ科学は嫌い」寄りの人間が多いようだ。

 あらかじめ書いておくと、自分見解は、「ニセ科学批判とネトウヨ本来、つながらない」であるしかし、そう言い出す人がけっこういる、というのも理解できないではない。まして、「またネトウヨ連呼厨ガァー!」などと言い出す気にはなれない。なので、どうしてそう思われるようになってしまったのか、といういくつかの自分の思っている理由について書いてみようと思う。

 なお、あくま自分観測範囲ベースなので、それ以上のエビデンス統計的根拠はない。ほしかったら基盤Bでも持って出直してきたら調べてやらんでもない。

 あと、話は基本的ツイッター世界が中心である

3.11以後の動き

 ニセ科学批判とウヨの親和性、という問題が語られるようになったのは、やっぱり3.11以後が決定的である。いちおう、3.11以降について、特に放射能デマをめぐる後始末についていうなら、ニセ科学批判派がおおむね正しかった(細かいとこで間違いや軽口があったのは否定しない)というのは間違いないので、これはどんどん認めていくべきである。そして、その上で、致命的なレッテルを引き寄せる結果となったことについてもそろそろ考えるべきだと思う。

 3.11直後にデマ批判をする人が、今となってはかなり信じがたい形で「ウヨ」と手を結んでいたのは確かだ。これはひとえに、デマの流布をほっておくことが人権問題になりかねない状況だったことによる。一例としては、ゴリゴリ左派左巻健男石井孝明をRTしていたことがあるくらいである。それは、個人的にそこはRTしなくてよかったんじゃないかと思うツイートだったが(別にどうしてもしなきゃいけないRTでもなかった)、しかし当時はそれでも連帯できるところは連帯しないといけない事情だったのも確か。とはいえ、そのRTを見てニセ科学批判派の中にいる自分でも嫌悪感を覚えたので、その外にいて、かつ左派寄りの人がどうとらえたか想像に難くない。

 元々、デマ批判を発信していた人には政治的には左派が多く、その中には、事態が落ち着いた今は左派クラスタのなかへと帰っていった人も少なくない。今となっては、「福島差別」について関心が高いアカウントというのの少なから割合がただのウヨアカウントであり、人権問題危機感を抱いて近づいてきたというよりは単に「ダシにしにきた」ことも明らかになりつつあるのだから、この時期のことについては、ちゃんと後処理をしておくべきではないかと思う。一方で、安易にウヨレッテルを張った側も、そのレッテルについて再検討する必要がある。

多層的な「ニセ科学批判者」

 ニセ科学批判というのは多層的に発信される。最初の発信者、つまり、積極的に資料をあたったり文献をあたって、情報を発信していた人はもちろんいるにしろ、その人たちの話がどう広まっていったかといえば、メディアが広めた場合ももちろんあろうが、ツイッターなどネットではそれを再発信する人によって広まったわけだ。この人たちの中にも濃度がいろいろあって、「なんとなくRTした人」「そういう話を見たら積極的にRTする人」「RTして、自分でもそれをベース意見をいったりする人」「それがさらにバズって積極的ニセ科学情報を集める人」とまあ、いろいろだ。

 こうなると、ニセ科学批判クラスタといっても、もともとの「ニセ科学批判派」の声は流通する情報割合的にはごくわずかということになる。

 俺がやばいと思う層は、じつはこの水増しされた部分であるデマ批判が機能したのはこの部分あってこそなので、水増しという言い方は語弊があるのかもしれないが、しかし、ネトウヨニセ科学批判がむすびつけて論じられることに責任があるのはこの層ではないかとも思う。

 この層、とひとくちにいっても、いくつかある。

(1)善意悪用して、自分イデオロギーをのっける層

 まあこれは文字通りの「ウヨ」層だ。前述の石井孝明とか、池田信夫なんてのもそうだろう。この亜種(1A)としては、ウヨというよりは「左派が憎い」というイデオロギーをかぶせていくケースもある。佐々木俊尚とか、伊藤剛あたりがそうだろうか。そうそう、伊藤剛と昔仲良し今は犬猿の仲唐沢俊一も忘れてはいけない。君たちお仲間だよおめでとう。あるいは、こうやって膨らんだ層を客層にあてこんだ「御用文化人」というケースも亜種(1B)の一つだろう。いちえふの作者なんてのはそうだと思う。最初はけっこうまじめな信念を持って作業員のルポを始めたんじゃないかなー、とは思うのだが。

(2)人を叩くのが好きな層

 言っちゃあ何だが、科学正義であるしかも、ある程度実証が積み重なれば、相対化しようがない正義だ。本当は正義とか正しさなんて一ミリも興味はないのかもしれないが、とにかく人を叩く根拠がほしいならず者にとって、こんな都合のいいものはない。しかも、人権問題としての問題意識までくっついている。人権なんて一ミリも興味がないのかもしれないが、以下同文。

 正義暴走がデンデンという人はネットによく転がっているが、あまりこの点には言及しない、どころかこの正義だけは振りかざすのが大好きだったりもする。彼らの心情は、よくわからない。

(3)理系としての選民思想の持ち主

 一昔前のメディアに流れる文章には、理系に対する嘲笑偏見がいりまじったものというのが結構あった。それを見た理系人が、お前ら哲学で作った飛行機に乗れるのかよ、というような反発を持つのは想像に難くない。俺も昔はそうだったし。それは仕方ないところもあると思う。

 ところが、ネット理系研究者がどっぷりつかっていたり、エンジニアがどっぷりつかっていたりする場なので、そういう人が意外にマスをもてる世界である。それはいいことでもあるんだけど、結果、「理系カルト」のようなものが出来てしまうという面もある。その結果、「文系」をバカにするようなアカウントが出来上がる。昔、科学ネタアニメ談義が話が合うという理由高専生や理系大学生をけっこうフォローしていたのだが、どうもこういう方向に流れていく人が多く、非難がましいツイートが増えた結果リムられたりリムったりブロックされたりが増えた残念な記憶もある。

 これらの人が、放射能デマ批判、さらにはより広いニセ科学批判に群がったわけだ。どれもこれもあまり近づきたくないタイプである

 しかし、本来意味でのウヨはこの中では(1)か、せいぜい(1A)までに限られる。それが全体のうちどれくらいの割合を占めるかというと、あんまり高くないと思われる。おそらく、悪印象のかなりの部分は(2)(3)に起因しているのではないか。(2)と(3)は、本来的にはウヨ思想とは関係がない。しかし(2)はそもそもモラルを欠いている層で、ネットイナゴといわれる集団に近い。そういう人が、ネトウヨ思想親和性を持つのはまあ時間問題である。(3)は正直因果関係を断定しづらいのだが、確かに自分観測範囲では重なる人が多い。理系でもウヨ色の薄い人は理系絶対主義みたいなところには陥らない、みたいな雑な印象がある。

 そうすると、本来関係のない「ウヨ」と「ニセ科学批判」がセットで観測されるということが大量発生する。しかも、(2)(3)は人間性として最悪の、できればブロックしておきたいタイプだ。どこをどういじっても、ニセ科学批判がいい印象を持たれる展開がない。しかも、こういうアカウントに限って、やけにRTされる数が多く、ダメな方向にネットへ広がっていく。

 (この部分追記)「冷笑系」と呼ばれるような集団がともかなり重なっている、というのもいくつかの反応で見かけた。これはもっともだと思う。特に(1A)や(3)あたり。

 後出しじゃんけん承知で言うと、推敲前は言及していたのだけど、定義にやかましい人の怒りが二乗になりそうなのと、話がとりとめもなくなったのでなんとなく端折ってしまった。けれど、ニセ科学批判との関係について考える場合には、「いわゆるネトウヨ」より重要カテゴリーかもしれない。

こじらせびとたちの罪

 ネトウヨ定義というのは曖昧である。むしろ、厳密に定義したところで境界線附近人間大手をふって歩き出すだけなので、ある程度曖昧でいいと思う。ライトノベル定義みたいなものだ。物語シリーズラノベかとか三毛猫ホームズラノベかと言ってる分には意味もあろうが、そこにかこつけて「聖書はラノベでは」とか言い出す奴はつまみ出せばよい。

 しかし、世の中には問題児がいる。自分たちはつまらない理由ネトウヨ扱いされた、だからネトウヨを名乗ってトンチキなことを言い募ってやる!と言わんばかりの連中である。いまどき子供ももう少ししつけられていると思うのだが、そんないい大人がネットにはたくさんいる。被害者意識をこじらせているとしかいいようがない。本人はネトウヨ認定したほうが悪いと思い込んでいるのかもしれないが、申し訳ないが狂人の真似だと言い張って東大路通を走る人間京大生でなければ狂人である京大生でも狂人かもしれない。

 菊池誠氏があんなふうになったのは、一つのきっかけはここにあると思う。しかし、年齢的にも知性的にも社会的立場的にも、責任能力を逃れられる人ではなかろう。自分の不始末は自分でつけていただきたい。きっかけのもう一つの原因(と俺が思ってること)は、次の項で述べる。

 ジャンルは違うけれど、所謂キモくて金のないおっさん」を名乗りたがるネット住民、についても似たようなことが言える。

フィードバックはめぐる

 ツイッターにはRTとかふぁぼという機能がある。ふぁぼはまあいいとして(最近はこれもTLに流れてくるようになったが)、RTは誰が何をRTはしたかが、ある程度分かる。

 RTの基準は人によっていろいろだろうが、まあ第ゼロ近似としては「それに共感するんですね」だろう。直後のツイートで批判的に言及でもしておかないと、そう思われないほうがおかしい、と思う。

 ここでめんどくさいのは、「それに共感するんですね」の「それ」はツイート文章のものであるツイートしてる本人であるか、である。直感的には、前者だろう。後者は雑な見方に映る。ただ、発言属人的に見ない、というのはけっこうなことに見えるが、発言主と合わせて文意判断しない、ただの無責任な態度となることもある。見てる側が、いつも「こいつはどうしようもない奴だな」と認識していれば、それをRTする方も同類とみなされることもある。そんなのおかしい、という人もいようが、そういうものだ。

 さてここで上のニセ科学批判情報の発信の話になる。発信者する側も、自分が発信した情報を受けて賛同し、意見を述べたり非難したりするツイート自分のRTという形で放流するということをよくやる。別に発信者じゃなくてもやると思うからニセ科学批判に集まった人も、さらにそれをやるわけだ。

 ところが、その放流元が「札付き」であった場合、それを「ニセ科学批判に賛同してくれた」という文脈だけで読んでくれる人は、あんまりいない。ごくふつうアカウントなら、はいはい賛同者だね、ということになる。ところがそうじゃない場合問題だ。そりゃあ、ツイート単体ではいいことを言ってるように見えたりするかもしれない。でもそれを、みんな属人的に見ないでくれるだろうな、というのはおめでたい

 でもまあ、そういうことが一度や二度あった、というだけなら、まあどうということもないかもしれない。しかし、これを長く繰り返し続けていくとどうなるか。

 「お前はそういうやつなのか」で離れる人というのは離れられる側にとっても、分かりやすいし素直だ。だが、「お前のRTうぜえわ」で離れる人も出てくる。離れられた側は、もしかしたらなんだか事故にあったつもりになるかもしれない。自分はただ「賛同できるツイートを流しただけなのに」、と。

 それもそうかもしれない。でもそれが繰り返されるうちに、クラスタ自体が、濃縮されてだんだん汚染されていく。そして、やり取りをする相手というのは、本人も気づかないうちに影響を与えていく。フィードバックされちゃうのだ。

 2012年か2013年くらいまでは、きくまこ先生もそこまで変ではなかったが、その後加速するようにヘンな発言が連発されていくのは、こんな感じだったのではないかと考えている。

 ニセ科学批判そのものを凶器として振り回す層というのが出来た結果、その印象がネットイナゴ、あるいはネトウヨと非常に近いものになってしまう。あとは災害が広がるのみだ。子宮がんワクチン水素水、EM菌。本来ならネトウヨと関連付けられる要素なんてないものも、そのスジのアカウントが言及してはバズる、という光景は、「そこ」がイニシアチブを握っている、と認識されることになる。そうなれば、ウヨに批判的な人は近寄りがたくなる。もちろん、もともと発信元として活動していたような人は、自分左派であろうと発信を続けるだろう。でもそこまで中心にいない人は、距離を置くか、あるいはニセ科学批判派の語り口に疑問を持つようになる。

そして深まる左右対立

 このような先鋭化の過程で、本来なら近しいところにいるはずの、歴史修正主義批判や、反知性主義批判(本来意味も、日本独自派生した意味もどっちも含まれる)との溝が深まっていくことになる。めんどくさいことに、これらの集団原発や巨大科学のようなものには批判的で、甚だしい場合放射能デマに一定の親和性がある人もいたりするので、頭が痛い。

 よく、ニセ科学批判クラスタはこれらのニセ社会科学・ニセ人文科学問題には無関心だと言われる。発信する側については実際には必ずしもそうではないアカウントも多いのだが、群がっている層については確かに無関心…… どころか敵意を持っている人が少なくない。理系人が多いので馴染みが薄いし慎重な態度でいる…… というのはなくはないのだろうが、どうもそれだけで済まないところがある。歴史問題法律あたりに目をつけて観察していると、「馴染みが薄いからかかわらない」ではなく嬉々としてトンデモさんを引っ張ってきて何かつぶやいている、という光景を目にして頭を抱えることになる。

 「Aを批判しているのにBを批判しないのはなぜか」はほっといてくれというのは分からないでもない。ただ、それは本当にたまたまのこともあれば、党派性を後ろに秘めてみて見ぬふりをする場合もあるので、けっこう一概には言いにくい論点である状況証拠次第によっては、判断材料として持ちたくなる疑問であるのは確かだ。また、別にこういう「疑問」はニセ科学批判クラスタけが受けるものではなく、左派いちゃもんのように昔から言い立てられてきたことでもあるので、やはり状況しだいでこう問いたくなるのも当然だろう。

 しかしその結果、溝はますます深くなるのである

 こんなことが続いていくうちに、ニセ科学批判クラスタは「身内」に甘い、というような見方もされてくる。そんなことないよ、と言いたいところだが、最近たまにはてブあたりに上がってくるニセ科学批判批判へのブクマコメントなど見ると、妙にニセ科学批判サイドへの批判を矮小化しようとする「ニセ科学批判者」のコメントが見受けられたりして「ああこの人もかあ」という気分になってくる。

経済をめぐる対立

 先日ツイッター問題になっていたのは、これのようだ。mika_berry氏というツイッタラーリフレニセ科学批判とネトウヨのつながりについて言い始めてそれにニセ科学批判派やネトウヨ定義が気になるタイプが反発して少し炎上のようになったらしい。

 経済には明るくないので、具体的なところには踏み込まない。が、ニセ科学批判クラスタ、あるいはもしかしたら理系クラスタまで枠を広げてもいいのかもしれないが、けっこうな割合がいわゆる「リフレ」に近づいたのは確かにそうだなと思う。

 ただしここも距離の違いはけっこうあって、単に「反緊縮」に近づいた人もいれば、はっきり「リフレ」に近づいた人もいる。俺も反緊縮については多分同意すべきなんだろうな、と思う。

 なぜこういう動きが起きたかは分からない。単に、時代的に緊縮はもういい、という風潮だったのかもしれない。反緊縮は数字勘定してイメージやすい「ロジカル」なものからという、もっともらしい理由がつけられるのかもしれない。それはわからないのだが、しかしこの「リフレに近づいた側」の少なからぬ人が、その後決定的にウヨに近づいていくことになる。

 これも理由は分からない。反緊縮には賛同する、という程度の人は、あまりそっちへ動かなかったからだ。アベノミクスなるものがあったからといって、他の論点がいっぱいあるのだから、ウヨに近づく理由にはならないのである。むしろ経済で結果を継続して出せるように安定させるためにこそ、おかしな動きは徹底的に批判すべき、と思うのだが、なぜかそうならない人というのがいた。ニセ科学批判クラスタの外にもそういう人がやはり「なぜか」いて、新たな集団を作るようになる。リフレ経済的に豊かになることを期待するクラスタ、というよりは「政権を応援しマスコミを憎み野党のアラ探しをする」クラスタとなる。経済には明るくないのでよくわからないのだが、アベノミクスのような政策はほっとくだけだと企業が潤うだけだと聞く。こういう人が「再分配を求めるべき」「企業給料をあげよ」というような動きをしたという話を寡聞にして聞かない。本当に経済大事だと思っていたのか、いまいちよくわからないところがある。

おわりに

 昔ながらのニセ科学批判は、党派性から距離を置いているつもりの人が多い。これは「左派が多い」という、上で書いた話とも別に矛盾しない。もちろん、ノンポリもいる。俺だって党派がかるのは大嫌いだ。

 それはいいんだけど、そうありたいと思うこととか、自分たちはそうだと思い込むことは、あんまり何かを担保してくれることではない。

 ここ10年くらいのインターネット歴史は、ノンポリ政治的な層、特にウヨに振り回される歴史だった。

 1970年ごろの学生運動だって、多くは本質的にはノンポリだったという話はよく聞く。でも、左翼運動の迷走についての責任を問われないかといえば、そんなことはないだろう。

 俺が思うのは要するにそういうことだ。ニセ科学批判=ネトウヨというくくりは、なるほど雑だ。だけど、それを一笑に付せる無邪気さは、ちょっと俺には持てない。

(追記しました→https://anond.hatelabo.jp/20170802040735

2017-06-05

ネットで以前は高く評価されてたのに今はゴミになってるやつ

切り込み隊長池田信夫きっこ、あと誰がいる?

そんじゃーね

2017-06-03

反論すればいいじゃん」はインチキ

まあそういってる人のほとんどはわかってて言ってると思いますけど。

Fushihara 13%ガーって言ってるけどあの時みたいに間違ってますソースはこれって伝えればいいじゃん。相手も間違えでしたと訂正したし。個人からしか言ってないんじゃ、反論できる根拠何一つ無いんだなって思われて当たり前

これなんでインチキかわかりますよね。

ブキッキオさんが訂正したのは、30%とか13%とかい数字で明確に白黒付けられる間違いを盛り込んでいたからです。

しかも間違った数字根拠は何かと言われて示す事もできなかった。

エビデンスなんにもなく吹き込まれるままレポート書いてた。

こんなやつ実社会で話になりますか?

普通仕事してる皆さん、ここまでいい加減な人が取引担当者だったら取引やめるレベルでしょ。


これぐらい激しい&言い逃れ不能なチョンボがあれば

初めて訂正するのが国連特別報告者ということ。


ブキッキオさんレベルまで雑な仕事してない報告者には対抗不能なんですよ。

懸念される」「~が十分でない」「○○(文学的表現であるといえる」

って言われたらどうしようもない。

「その御懸念は当たらない、御忠告ありがとう」とでも言うしかない。


ちなみにブキッキオさんですら、特別報告者の役を追われたという話はありません。

それぐらい、なんとなーく国連イメージをバックに無責任なことを放言できる役職

こんな人達議論するのは圧倒的に不利かつ不毛です。


ちなみにこの人達

包括的に何かを調査しているというよりは特定NGOに吹き込まれるまま動きます

反対の立場の声を調べることもどれほどしてるか。

ブキッキオさんは仁藤夢乃さん、伊藤和子さん、といった香ばしくも同じ方向のNGO代表らのとこだけ「視察」してレポートをまとめました。

このNGO代表らはケナタッチさんを動かした人達とも重なってます

援助交際数字からもわかる通り、もとより事実で争う気などない人達です。

twitterでは適当発言をしては炎上し、事実関係議論ではあの池田信夫さんに負けるぐらいの人達です。

何度も何度も報告者ショッピングしながら同じことを繰り返しています

こんな人達に何かを動かされるのは民主主義ですらありません。


http://anond.hatelabo.jp/20170602175447

池田信夫一般論だけど……」

https://archive.is/RncXp

Nobuo Ikeda

一般論だけど、テレビ局就職しようとして「枕営業」をかけたが、失敗したので「美人局」で脅すということはありうるよね。あくまでも一般論だけど

自民党系のジャーナリスト評論家の間では枕営業から食ってよしとして昏睡レイプが幅広く行われていることが強く示唆されて味わい深いね

まあレイプドラッグなんていう一般人が手に入れるのはそれなりに難しいものをサーッとやってる時点で常習犯可能性が高いし、内閣情報官への相談メールが「(被害者名)の件です」で通じるくらいだから、かなり明確にフロー確立してるんだろう。

実はLiberal Democratic PartyはSuper-Free Democratic Partyだった可能性が微レ存…?

 

なお被害者は薬を盛られてからタクシーからホテルまでそこいら中でゲロ吐きまくっており、現実問題として枕営業どころの騒ぎではない、というか山口はよくレイプする気になったな。

ついでに一般論で言うなら、泥酔した女性をお持ち運びしているところが監視カメラに映っちゃってたために準強姦有罪になった例として内柴事件記憶に新しいね

事件を起こしたのが2011年有罪確定したのが2014年だけど、時期的には内柴事件が契機となって内閣直轄の揉み消しフローが整備された可能性もある……?さすがに邪推かな?

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